はてなキーワード: 軽蔑とは
彼とは付き合って2ヶ月です。
早いと思いますか? そうですよね、でも知り合いではあったんですよ。
知り合って6年、色んなことがあった。
フィーリングが合うってやつだろう。
笑顔が可愛い、感情で生きているし時には八つ当たりだってされるけど結構人情深いところもあって弟思いの優しいやつだ。
たまに相談にも乗ったりした。
けど6年の間に4回も付き合っては別れを繰り返した。その度に僕に話を聞いてほしいと頼まれた。正直口ではめんどくさいと言いながらも、毎回嬉しかった。僕は2回付き合った。1回目は
彼女に紹介された子でとても良い子だった。
1年でその子に振られて、それからまた少し経って3年間続いた彼女が出来た。
彼女は僕より年上で常に一歩先の未来を見ていた。悪いところはない。とても優しいし美人で家族思いで料理も上手い人だった。
結婚する相手としては逃したらもったいないほどって痛いほど分かったし、実際半年前に結婚を迫られた時は苦しかった。毎日悩み続けた。
心の奥底に忘れたはずの、あの彼女の顔が思い浮かんだ。けど結婚前提に付き合い始めた彼女を裏切るわけにはいかなかった。両家の親にも
挨拶をした。あとは引っ越しの準備をして同棲を始めて婚姻届を出すだけだった。未来が見えた気がした。俺はこの人と結婚してみんなから祝われておめでとうとか言われてあの彼女にも言われて子供を作って生活する様子が思い浮かんだ。 限界だった。様子がおかしいと彼女に問い詰められて実はずっと前から好きな人がいてその人のことが忘れられないと告げた。
当然彼女は怒って泣いて家を飛び出して、最終的には慰謝料まで請求された。当然の結果だ。
3年も付き合って俺は一度も心からこの人のことが好きになれなかった。理由はない。
申し訳ないことをした。
付き合う前に結婚を考える前に、その人のことが好きかどうか自分に問いかけるべきだった。
答えは分かっていたはずだ。
最初は断られたし、その人に申し訳ないしそんなことをした僕を軽蔑していた。
好きであれば努力ができる。
好きという感情があるからこそ、お互いに少々不満や足りない面があったとしても、その溝やギャップを埋めるために努力をするだろう。
[緊急/拡散希望]自民党の附帯決議(案)について、特に第2項の後半部は容認できません(画像下線部)。9日の委員会審議再開まで時間がありません。自民党には「付帯決議(案)第2項を削除し、見直すよう」求める意見をこの週末に送ってください。
詳細⇒ https://t.co/0cuMtifvGT pic.twitter.com/2FAgUA8ASo— ヘイトスピーチを許さない川崎市民ネット (@Kawasaki_AR) 2019年12月7日
こんな付帯決議が付いたら犯罪の構成要件がグダグダになって、告発する方も起訴する方もまともにとりあっていられない条例になっちゃいますんで「本邦外出身者のみならず~罰則の改正も含め」までの決議案は削除してもらうのが肝要です。自民党川崎市議団宛て、9日(月)朝まで意見を! https://t.co/qIpN2JA1pq— C.R.A.C.K. (@crac_kawasaki) 2019年12月7日
この附帯を見る限り、単に邦外出身者のみならず何故か今まで対象から外れていた日本人も対象内にして適用すると言う割とまともな修正内容にも関わらず、何故かこれを削除させようとする精神が理解できないね。
元々ヘイトスピーチに罰則がある事自体が問題視されていて、外国人への暴言はダメだけど、日本人に暴言は許される点はそれこそ憲法違反なのでは?と割と世間でも問題視されていたのにね。
当たり前だけど、日本人に対する暴言は許されると言う逆差別の状態がこの川崎のヘイトスピーチの問題点の一つでもあったのにここが修正されて、困る人達はどういう方々なのかなと言う話にもなると思うけどね。
普通に条例を作らせて、当たり屋的に条例を悪用したかったと言う風にしか読み取れないのだけどさ。
しかし普段平等やら人権やら綺麗事を言っている様な人達が日本人を守る為の決議案に文句を言い、削除させようとしているのは皮肉以外何者でもないよね。
まさに日本人差別をしたいが為に活動していましたって今回言っている様なものだよ。
こう言うのもポリコレ棒を振り回したいと言う実例とも言える代物だと思う。
この手の人権屋とも言える様な行動をする人達はどんな界隈でもいるし、子供の権利や女性の権利を悪用したりしているのを知っているから、個人的には軽蔑する。
家の近所に創価学会の建物がある。今日病院に行こうと歩いていたら、母親とその子供が建物の中に入っていくのを見かけた。
あの小さい子は何の疑いもなく、ただ親に連れられて、どこか不思議なところにお出かけしてると思っているんだろうか。
将来創価二世として親子で活動していくのか、それとも途中で何かがおかしいと気付いて反発するのか。
昔の自分を思い出す。創価学会とはまた違う新興宗教にのめり込む親とは何年も前に絶縁して、今は普通に生活している。
それに至るまで宗教というものには何回も嫌な思いをさせられた。
成人後に無理やり連れて行かれて「さあ、あなたもここの青年部に入って宗教を皆に広めましょう」なんて言われた日はもうね。
自分と同年代の若い子まで宗教を信じ切った顔をして勧めてくる。この子も被害者なんだろうなと憐れんだ。自分たちは間違っていない、正しいと本気で思っている。
当然拒否したけど、その時の反応が「こいつは人間じゃない」という感じで非国民を見るかのような、そんな目だった。
当たり前だろう。薬は毒だから飲んではいけないとか、病気はこの聖水を飲めば治るとか、物事が成功したら神様のおかげなんだとか。挙げたらキリがないが、とにかく胡散臭いを通り越して腐った臭いがする。
それを信じていた親はかなりの高血圧で、薬を飲まなければいつ倒れてもおかしくなかったのに頑なに病院に行こうとしなかった。それを心配してくれていた兄弟には最終的に見放されてしまった。
それでも親は病院に行くことなく、その信条を子供にも強制させて、風邪を引こうがアトピー性皮膚炎がひどくなろうが、いくら具合が悪くても病院に連れて行くことをしなかった。いわゆる医療ネグレクトだ。病院には大人になってからちゃんと行ったけど、適切な処置をして薬を飲めば症状がよくなることにとても感動した。
そして絶縁後のある日、病院から一本の電話があった。親が脳梗塞で倒れたからすぐに来てくれと。
病院には行かない。薬も飲まない。それでいつか倒れても絶対病院の世話にはならないなんて豪語していたくせに、その病院に助けてもらっているのか。
完全に自分と重ねてしまっているが、どうかあの親が自分で気付いて宗教をやめるか、せめて子供にはそれを押しつけないでほしいと強く思った。
大型ショッピングモールの中の
PayPay残高が920円くらい残っているのをしっかりと確認し
レジで「PayPayで」と伝えた。
「あれ?あれ?」となかなか来ない、
どうやらPayPayがエラーになったらしい。
私に
と言ってきた。
ぐっと我慢し
「では次はこれで」と
PayPayのクレカ払いをお願いした。
\ペイペイ!/
決済完了。
だが一緒に渡されたPayPayの控えには・・・
「9円」
え?と思いスマホを見ると
「9円」
「あのこれ・・・」
「問題ありません。」
「いやでもこれ「問題ありません。」
「・・・」
「お待たせしました、ありがとうございました・・・」と告げた。
私はとにかく
何が起きているかを全く確認しようともしない男性店員に腹が立っており
会計時の金額が間違っていたことを気づいていて、やりすごしてしまうことは
犯罪だというのは頭でわかっていたが、そのような形になってしまった。
なんかもう悲しくてつらくて・・・生きていてごめんなさい。
私はケチ。夫はケチではない。無駄遣いもしないけど見栄っ張りなタイプ。夫は本当はケチが嫌い。でもなぜかケチな私と結婚してくれた。私はケチだからそのせいで私は夫に時々嫌われる。私はポイント乞食。そんな私を夫は(冗談で)小馬鹿にしてくる。ポイント目当てで導入した楽天カードを夫は渋々使ってくれているが、本当はアメリカンエキスプレスのカードなどをスマートに出したいらしい。ごめんよ夫。電車は正規の値段を払って乗る夫。チケットショップで安い切符が売っていると勧めても取り合ってくれない。
別にウチはお金に困ってるわけでもなく、共働きで貯金も人並みにはあるが、生まれもってのケチなのでお金が実際にあろうとなかろうと、私がケチなのは変わらない。使えるお金は十分あるのに。
夫は別に客観的に見て浪費家ではないと思う。適切な場面で適切にお金を使うことのできるタイプだ。私がケチすぎるのが悪いのだと思う。松竹梅だと迷わず梅を選んでしまうタイプ。いや、梅を選べるならまだいい。実際にはタンポポと言うメニューには載っていない一番安い隠しメニューがないかと店員さんに聞いてしまうタイプだ。たとえ松を選ぶお金があっても。そんな私を夫は醜いと心底軽蔑している。
最近また、まあ詳しくは書かないが、私がケチなせいで喧嘩をしてしまった。(普段はラブラブ❤) 仲直りはしたんだけれどいつも同じようなパターンで喧嘩をしている気がする。いい加減ケチを直したいが、生まれ持ってるものなので簡単に直せるとも思わない。そこで、私は浪費家になることにした。きっと心の底からの浪費家にはならない、なれないと思う。だから普段一人でいる時は今まで通りケチを貫き、夫の前でだけ浪費家のフリをしようと思う。夫を驚かせたい。
私の愛する大好きな夫は、私が浪費家になるのを喜んでくれるだろうか。気が狂ったのかと思って驚くだろうか。
浪費すると言っても根っからケチな私、あまりにも無駄なことには使いたくないのでどうやって気前の良さを体現するのか迷う。宝くじを買うとかコンビニや自販機でジュースを買うとかソシャゲのガチャに課金するとか毎月分配型ハイイールド投資信託を買うとかそういうのは無し。たとえ演技でも私の魂が許さない。
家電などの実用品は普段から高くても買うので、ルンバやドラム式洗濯機は私の普段の人格でも買いそうなので無し。
今のところ思いつくのは、
①よくランチに行くお寿司屋さんで私はいつも900円の並の定食を頼むのだが、何の前触れもなく唐突に3000円ぐらいの特上を注文する
②今度ベッドを買おうという話が出てるのだが、ニトリなどの量販店ではなくシモンズなどの高級品を買おうと言ってみる
③セールではない時期に、デパートで定価で3万ぐらいのコート、バッグ、1万ぐらいのトップス、ボトムスを買う
どれもそんなに変な話ではないと思うが、普段の私のケチ人格からしたら考えられない行動なので気が狂ったと思われるかもしれない。
夫の反応が楽しみだ。他に良い浪費(というか相対的に高価なものを選ぶ)案があれば教えて下さい。
【追記】
①おそらく大喜利のつもりで冗談で書いてくれたんだろうけど、QJV97FCrさんの「イートイン申告で買った弁当を持ち帰る」というのはあまりお金がかからない割にケチじゃないところを見せつけられる最高の案だ。感銘を受けた。こういうのでいいんだよ、こういうので!!!普段イートイン使う場面はあまりないけど、私ら夫婦のパターンからすると、私が持ち帰りを申告して買ったものをイートインして夫に蔑まれる、ってのが予想されるいつものパターン。しかしもし実行したら、普段の人格と乖離しすぎて、夫には「イートイン脱税しようとしたのに慣れてないから意図したこととは逆のことをしてしまった馬鹿なケチ」だと勘違いされそうだ…
②プレゼントという案を頂いた。私ら夫婦はあんまり物欲がないので、良いプレゼントはすぐには思いつかないが、夫へのプレゼントなら10万でも20万でも惜しくないのでいいものが見つかればやってみようと思う
③旅行という案を頂いた。旅行はいつも私が予約してて、いつも竹レベルのところにするので、次の機会に松レベルのところに行ってみようと思う。
④ランチ定食並900円の寿司屋は、かなりボリュームがあって美味しくて、地元のお客さんで繁盛してる人気店。量を考えればお得なので、ケチな私でも通いたくなる店なんだ。
【追記2】
私がどんな風にケチかというと、同じものを高い値段で買ったり(定価商品、コンビニとか)、買ったものがすごい勢いで値下がりする(新築、新車)が耐えられない。リユース品が大好き。
子供の保育園の洗い替えはリサイクルショップで1着100円の服を買う。ヤフオクメルカリ大好き。しかし夫は「他人のお下がりなんて絶対うんこ付いてるに違いない💩(笑)うんこ付きの服なんてよく買えるね(笑)」と言ってくる。なんなら買う方じゃなくて売る方ですら、「タダであげれば良いのに中古品で金を取るなんてあさましい行為」と思っている。
私も、本当に良いものに相応のお金を払って良い気分になるのは良いことだと頭では理解している。ただ、体がついていかなくて、ついケチなことを口走って、その度に夫に嫌われているんだ…本当に貧乏根性だよ。
あ、浪費じゃなくて贅沢が正しいね。指摘してくれた人ありがとうございます。
死ぬ思いをして親元を飛び出して10年近くになり、以後一切の連絡も取っていない。
今回はとにかく父親の悪口を言うために投稿したので、あの女のことや、されてきたことはここでは触れないが、とりあえず虐待は18歳までに児相に相談するという証拠を残しておくとのちのち有利なので、虐待親に苦しんでいる人はぜひ。住民票開示拒否は忘れずに。
私の母親は火を見るより明らかなキチガイなのだが、毒親と縁が切れて少しずつ父親にも問題があったのでは?ということを、認識するようになった。
そもそも私は自分の環境が異常だということがよく分かっていなかった。
これは虐待家庭持ちにあるあるだとおもうが、単に私がアホということ以外に、虐待家庭という非常に社会から遮断されやすい環境にいたこと、一人っ子であること、私に友人が少なく平均的な家庭環境を知る機会がなかったことなど様々な要因があるが、まあそれは置いておいて。
知人や友人に、虐待の事実をカミングアウトをしたとき言われた言葉を覚えている。
20年間ものその間の父親は何をやっていたの?という疑問の言葉である。
やつがなにをしたかというと、
「俺も苦しんでるんだ 」「俺も辛いんだ」「俺は頑張っているんだ」「あいつ(母親)はおかしいんだから、お前が我慢しろ」と言い続け、何もしなかった。
いや、こういった自己弁護ばかりしていた。
常に自分も被害者で苦しんでいる、だから自分は何も出来ない、というかこれでも自分は頑張っているんだ、そしてお前も我慢しろ。という。
少しでも責められていると感じると上記のような発言を繰り返す、形式的な謝罪をする、時に押付けがましい土下座までする、だが改善はしない、何もやらない、根本は何も変えない。
子供が母親から虐待を受けているのなら、隔離するのが父親ならばやるべき真の役目だと思うのだが。
(ちなみに虐待を受けていても母親から離れないことの多い幼少期を過ぎた思春期になっても、あの男はこの姿勢を変えなかった)
上に挙げた性質の他、あの男は、気も利かない、空気は読めない。口を開けば自分は可哀想だという話ばかりする。被害者面が大の得意で、自分から改善する努力や行動は何もしない。面倒くさいと感じることは決してやらない。ケチでとにかく金やコストをかけることを嫌がる。心が狭い。不愉快なクチャラー。仕事は出来ない。
顔はティッシュ箱並にデカく、エラが張り、ほお骨は前にパンパンに突き出して、目は細くアホほど垂れ下がっていて、鼻は特大の団子鼻、青髭だらけ。
友人がいないのも当然だ。
挙句にスーパーでマネキンなどをしている若い女にはクソどうでもいい世間話やら愚痴やらで下心を持って話しかける。
(私もマネキンのアルバイトをした経験があるから言うが、キャバクラじゃねえんだよ帰れ仕事の邪魔だ失せろ と思う。←私の父親のようなケチクソジジイはこういう所には金がかかるからいかない)
職場の女性たちに徹底的に嫌われていたそうだが、娘ながら納得する。
私もこんな汚らしいオッサン(今はジジイ)とはかかわり合いになりたくない。
私が失笑した話をしよう。
お前が相手にもされないどころか嫌われるのは女側が面食いなせいではなくて、お前自身がブサイクで卑しくて性格的にも人間としての魅力が何一つ感じられないせい。当然の結果、帰結である。
余談だがこの父親は見合いを50回以上して失敗し続けたという武勇伝の持ち主だ。断った女性達は非常に懸命な判断を下したと思う。
しかし、これと結婚した頭のおかしい女がいた。つまり私の母親である。私は最悪の組み合わせから生まれてきた。一体前世で何をしたのだと疑うレベル。
思い返せば、小さな頃から、父親の『卑しさ』が恥ずかしかった。お1人さま1つという景品を鷲掴みで持っていくことや、とにかく何度言ってもくちゃくちゃものを食べることをやめないことなど。
そして、子供の頃、自分は酒やタバコ、ギャンブルをしない、のめり込まないからまともな男なんだというような話を言い聞かされ、世間から断絶された毒親家庭の一人っ子だった私は長らくそれを信じてきたが、大人になって気づく。
そ れ く ら い は 人として 当 た り 前 なのである。
私がどうしても忘れられないのは、私が母親に精神を叩きのめされ、追い詰められ、ああ、もう死ぬという直前にいたとき、あの男は「俺もあの女にこんな酷いことをされて辛くて」「かわいそうで」といつもの不幸話をし始めたことだ。
その直後、私は自殺未遂をした。
あの男は他人への共感能力が低く、自分の言動が他人にどう受け取られるかという視点が決定的に欠落している。
自分も辛いという話をすることで、自己弁護をしているつもりなのかもしれないが、お前の苦しみは子供を助ける義務の免罪符にはならない。
ポジティブな見方として、苦労話をすることで慰めているという解釈もできるかもしれないが、追い詰められており今すぐにでも助けを必要としている人間(しかも本来なら保護すべき子供)には、全くもって逆効果である。
歳を食った大の男が、俺は可哀想だ、俺も辛いんだ、とアピールし続けることが、どれほど己の無能さをひけらかし、周囲からの軽蔑を得るか。
驚きなのは、自分が何故娘に拒絶されているのか、現在進行形で理解できない・していない点である。
あまりにもゴミのような人間が親だったせいで、大人になった今でも、「え、親ってそこまでしてくれるんだ」と驚くことが多々ある。まるで異世界、テレビドラマを見ているような気持ちになる。
尊敬する人物はお父さんとお母さんですと宣う人の感覚はほぼ理解不能である。
幸運なことに、容姿に関していえば、私は父親には何一つ似なかった。
あの顔面の遺伝子から見たら、地球が逆回転を始めるくらいの奇跡、大成功の出来だ。
あの父親の顔で女に生まれていたら人生ウルトラハードモードゲームだった気がするので、こういう最悪な生まれながらも、神と自分自身に感謝したい。
オタクでも30年選手ぐらいじゃないと、オタク内部のヒエラルキーがわからないと思う。ぶっちゃけて言うと、オタク内部にも強烈なヒエラルキーがあるの。
萌えオタは、その中でもかなり低い。少年漫画オタとか、熱血アニメオタ、SFオタとか、そういう人間が地位が高くて、萌えオタはめっちゃ低かったのよ(その当時は萌えなんて言葉もなかったけれどね)。でも、みんな陰では萌えキャラが好きだった。
ラノベにもヒエラルキーがあって、90年代は、銀英伝とかは上、スレイヤーズは中、あかほりさとるは下、みたいな、要するに萌え系(当時はそんな言葉はない)の地位はめっちゃ低かった。はシスプリが出てきた2000年前半でもかなり地位は低かったよ。シスプリというだけで硬派系のオタクからは「うわーオタク内部でも好きだって言っちゃいますか。勇者ー」ってな空気だった。
さらには萌え系は「お前らが萌え萌え言ってるから、差別されるんだ」と言われることもあった。女子でも、「腐女子というと軽蔑されるような空気」は残ってた。このあたりは、げんしけんとかにもテーマになってたりするよね。「腐女子だけど腐女子が嫌い」な荻上千佳とか。あれはかなり誇張して描いてるけれども、決して理解できないキャラ付けではない。オタクだけどオタクが嫌い、なんていうのはよくあるケースだった(本当だよ)。
で、萌えオタ(萌え豚ともいう)とか腐女子とかっていうのは、「名づけからして自虐というか差別的な要素」があるとおり、「要するにオタク内部でもヒエラルキーが低かった」んだよね。被差別の中にも順列があった(地獄にも階層があるように、オタクにもヒエラルキーはあった。ヒエラルキーが低いというのが適切でないならば、理不尽に攻撃されるケースが多かったといいえかてもよい)。
それが、涼宮ハルヒあたりのころから明確に崩れ始めちゃったんだよね。若い世代は萌えキャラで育ってきてるから、「お年寄りオタクの萌えキャラは恥ずかしい」って意識が理解できないんですわ。むしろ、「萌え絵や萌えキャラはオタク社会の中でもヒエラルキーが低い」っていう暗黙のルールを完全に無視した行動をとるようになった。これが良いことなのか悪いことなのかわからない。
「萌えキャラ=エロだろ」という意識は、30代以上のオタクがかろうじて持ちえるレベルの共通理解で、いまの中高生オタクになると「英語の教科書に萌えキャラ出てます」って時代になっちゃってるんだよね。だから、「萌えキャラは恥ずかしい」とか、「そういうのはこっそり家で楽しんでくれ」っていう、30代以上のオタクの共通認識が理解できないんですわ。
そういえば福島みずほが、宇崎ちゃんを「胸が。胸だ。えっちだ。えっちだ」と連呼してたけれど、あれはお年寄りの認識で、いまの若い子は本気で「どこがエッチなの?」って感じてる。だって教科書や参考書に萌えキャラが出てる時代だから、萌えキャラに対する文法自体が異なる。いわゆるエロゲ全盛時代に大学生や社会人だったオタクたちにとって、「萌え絵=エッチなもの」という認識があるけれど、いまの20代以下は「むしろ学校図書館でよく見る絵」だったりする。このあたりの認識のずれが、かなり大きい。
だから、「萌え絵は恥ずかしいものだから世の中に出ていかないで」っていう高齢のオタクは、「エロゲの絵でしょ」と認識してるけれど、若いオタクは「萌え絵のどこがエッチなんだ? 言いがかりつけんじゃねえよババア」って考えてる。
まとめるとこうなる。
高齢オタク「萌え絵はエッチでエロゲの絵だ。萌えオタはヒエラルキーが低い恥ずかしい趣味だからこっそり楽しめ。大っぴらに出てくるのは恥ずかしい」
若年オタク「萌え絵のどこがエッチなんだ? エロ同人の中身見せてるわけじゃねえぞ。言いがかりつけるなくそジジイ」
というわけで、この問題は、萌え絵と萌ジャンルに対するジェネレーションギャップがかなり大きいと考えてる。
家族が怪我して入院して、リハビリしてて、お見舞いに行ったりしてる。少し前には一時帰宅してた。
慣れない入院生活とおいしくない病院食だとかで、とにかく入院した本人はつらそうで我々家族への甘えというか愚痴というか、なんていうのかそういうベッタリした感情をぶつけられる。
仕方ないよ怪我してるし。なんて家族内で話し合ってた。回復まで出来る範囲のサポートをしましょうとみんなで決めた。
そしたら、あの、父がね。うちの父がね。入院してる家族のことを悪く言うんですよ。めちゃくちゃ悪く言う。こんな性格悪いんだってビックリしてる。
最初は家族の怪我が受け入れられないから否定したいのかな、なんて思ってみたけど、半年経つのに変わらないというか悪化してるからその性格の悪さに日々驚く。
今日なんか入院してる家族の、よたよたと歩く姿を、からかうために真似をしてみせた。ほかの家族だけに見えるように、明確に貶す目的でやってて、それを見て血の気がひいた。
入院生活やリハビリがつらいという愚痴を、聞くの大変だよねって家族内で愚痴を言い合ったりはする。「愚痴聞くのもしんどいね」「ね」くらいでも共有するだけでマシになる。一人で入院してる家族支えなきゃいけない人は大変だと思う。愚痴も吐けずリハビリしてる人だっているかもしれない。
でも父はそういう時の言葉のチョイスが酷く、ボキャブラリーが無いだけのバカなんだと思うようにしてた。でもこれ普通に性格悪いおじさんが酷い言葉吐いてるだけだな、と分かってきて、そんなのが父なのか、とジワジワ受け入れてたところに今日の動きの真似。
いや無理だよこのおじさん。なにそれ面白いと思ったのか。単純に無礼だし、リハビリを頑張っている姿なのに。なんなんだこれまである程度尊敬していた父親と同じ人物なのか?年取ると人間はこうなるのか?元からこんな奴だったのか?知る機会が無かっただけか?
……それでこんな風に、父に対する思いが諦めから軽蔑に変わってきて、表に出して無いだけで一緒だな。一緒か?全然違うあんな無礼なおじさんとは違う。いや攻撃的な感情持ってるのは一緒か。こっちはなるべく表に出しませんけど。ってもうなんか俺の感情ハチャメチャで面倒。反抗期終わってなかったのかよ。
まじでこの文章書き出す前は、入院してる家族と別の家族。と続柄明記しないで書こうとしたのに我慢出来なくなった。本当に嫌。シンプルに腹立つ。ぐちぐち言ってる自分自身も同類みたいだから本当に嫌。今一番大変なのは入院してる家族なのにな。
「入院してる家族を悪く言う父」と「父を悪く言う俺」で悪意がぶつかり合って爆発して、明日の病院食がたまにあるおいしい当たりのやつになってくれ。あと病院の人にはなにかと幸せな出来事が発生してくれ。
実際はお前が一番軽蔑されているけどな。
https://bunshun.jp/articles/-/15590
こういうニュースを見て思うのは、規制を求める側がそれを必要としてる人間に対してどういう「解決」を想像してるかっていうことなんだよね。
おそらくは、「適切な社会活動によって他者と適切な信頼関係を築き、同意の上で性行為を行う」というのが正当な理想的ケースであると考えているのでは、と想像するんだけど(あくまで想像なので、「違うよ!」って思う人は「違うよ!」って言ってほしい)、世の中にはルックスだったりコミュニケーションだったりあるいは身体的・精神的障害及び疾患などの問題で、どうしても他者とその理想的な関係を結ぶことが難しい人というのもいるわけじゃない?
そういう人に対してどういう「解決」というのを想像してるのかなっていうのが、いつも気になるんだよね。
もちろん他人と良好な性的関係を結べるなら、それはいいことだとは思うけど、「そうではない」「そこから漏れてしまう」人間について、その性欲や人恋しさをどうした方法で解決することを望んでるんだろう?
もしそれを、「普通の人間」のラインに達するまで努力しろとか、それができないなら我慢しろ、っていうふうに思っているなら、それはなんていうかものすごくむごい発想なんじゃないかって思ってる。
それっていうのも、10代のときの自分がわりとそういう考え方だった。「他人と良好な性的関係を結べる」状態にない人間が、性的なことに興味持ったり、エロ漫画やエロメディアで、「自分勝手な欲望」を満たすことが気持ち悪い、そういうふうに思ってたのよ。
自分は女性なんだけど、10代の頃はセックスがあまり好きではなかったし、「求められる」からやる、「求められる」ことは嬉しい、みたいな感じで、セックスというのが「他人から求められるだけの価値がある人間の特権」みたいに思ってた節があった。だから、オタクの人とかがエロ漫画とかエロゲーとかに興奮してるのを、「他人から求められてもいないくせに、物言わぬ相手に性欲求めて気持ち悪い」そういうふうに軽蔑してたんだと思う。
年齢や経験を重ねて、自分の中で「性欲の自我」みたいなものが芽生えてきて、それはかなりガラッと変わった。今では当時の幼稚な…というより他者に対する排他的かつ支配的な考え方をとても恥じてるよ。
男性だろうが女性だろうが、性欲のある人間にとっては、自分が性的対象としてるものへの客体的魅力というのはあって当然だし、それを何らかの媒体によって消費することは、たぶん無意識のうちにみんなやってると思うんだよね。その表現が「性」や「セックス」に結びつきやすいかどうかでわかりにくかったりするだけで。
あとやっぱ女性も男性も、セックスする気になれる・なれないラインって個人の中でどうしてもあるだろうな…って思う。もっと言えば、セックスしたい・別にしなくていいラインも。それが、それぞれの人ごとにバラバラなら平和だけど、やっぱり偏りがある。「セックスしたい」は結構割れるところあるけど、「セックスする気になれない」は、わりと似たようなところに固まる印象がある。
「理想的な性的関係の結び方」というのが、双方の同意と感情によるものな以上、どうしたって他人と性的関係に至ることが難しい人というのがいて、そういう人がお金という方法でラブドールなどの平和的な解決が図れるなら、それはそれでいいことだし、他人から批判されるようなものではないと今は思うんだよね。
他人の性生活や性のあり方に口を出すことは、非倫理的で不躾なことだと認識している人の中にでさえ、エロ娯楽に厳しい人もいるので、なぜなのだ…という感じはするけど。
自分は料理があんまり得意じゃなくて、美味しいものを食べたいときは奮発して外食するんだけど、もしそれを「料理のできない人間には美味い食事を食べる資格はない!自分で作れるだけの身の丈にあった飯だけ食ってろ!」って言われたら、そんなの味気なくて死んじゃいそう。お金を出して合法的に美味しいご飯を食べられる、そういう市場が社会に育ってることをとてもありがたいと思うよ。
まぁ、もちろん「女のくせに」「社会人にもなって」料理ができないとか、怠けているんじゃないか?何か問題があるんじゃないか?人として欠陥品では?みたいなことを言ってくる人は、まあまあそこそこいて、「ハイハイさよですね〜うるせー死ね」って思ってる。
>「リアルドールは女性の身体を男性の性欲・支配欲解消の手段として消費する性搾取文化」と批判。
ってあるけど、性欲だの支配欲だのの「人の業としてどうしても持ってしまうが、無差別に行使すると大変なもの」を、シリコンの塊で解消できるなら、よっぽど平和じゃない? 性欲も支配欲も持ってて自然な情動だし、それを「道徳的でない」として持たないことを強制するよりも、どう平和的に処理・解決するかのほうが現実的だし抑圧を生まないと思う。
女性の立場からすると、ラブドールという「女性の形をした人形」が性のために製造され、意志もなく性的な玩具にされている、というのが、「女性を性的客体として貶めてる」と嫌悪感を持っても仕方がないだろうな…とはなんとなく想像する。ただ、女性の性が人形や漫画などアンリアルな形態で客体的に消費されることと、現実の女性が貶められるような価値観が社会で醸成されることに、本当に相関があるのか?というのは個人的にとても疑問に感じている。
住宅や経済的な事情、あるいはアレルギーなどで猫を飼えない人間が、だけど猫が好きだからと本物そっくりの猫のぬいぐるみを買って家で撫でていたところで、おそらく批判はされない。ペットという生育に責任もお金も必要な存在を、ぬいぐるみという安価な手段によって「かわいい」だけを抽出して一方的に楽しんでいても、たぶん誰からも怒られない。猫にもそれぞれ思考と感情があり、生命を持った生き物なのになあ。
別に猫の尊厳を問いたいわけではないが、猫のぬいぐるみによって生きている猫の尊厳は毀損されるのか、ということを考えるとラブドールについても、もっと考える余地があるのではないかと思う。
もし、現実で「女である」ということを理由に誰かが傷つけられるようなことがあれば、それは許されるものではないし声を上げるべきだと思うよ。
その上で本当に健全な、近代的な社会というのは、女性あるいは男性の客体としての性的魅力が肯定され、「他人と良好な性的関係を結べない」人間にもその性欲を慰め満たす媒体を持ちつつも、現実の女性あるいは男性が性による差別や被害を受けない社会、他者に対する人権意識が娯楽メディア程度では曲がらない強靭な精神を育てる社会なのではないかな、と思う。もちろん、その理想が遠いというのはわかるんだけど、「究極的な理想」はそこなんじゃないかと思うんだよね。
とりあえずまずフェミニズムが学問としての名称として適切ではない。
例えば上野千鶴子は家族社会学、ジェンダー論、女性学を専攻とする社会学者、フェミニストであって。社会学者までは学問、フェミニストは運動ないしイデオロギーである。
古い例えになるかも知れないがミクロ経済学を専攻とする経済学者、リバタリアンという人や、宇宙物理学を専攻とする物理学者、ビッグバン論者、あるいは地球環境シミュレーションを専攻とする計算科学者、環境保護主義者というのを思い浮かべればいいと思う。
で、前者について議論するのが学会であり、科学である。そしてその知見を元に後者について語るのは本人の自由であるが、特段科学的であるわけではない。あとこれが誤解を生みやすい所であるが専攻以外の分野について雑談をするのも個人の自由であるが、特段最新の科学の知見に基づいているわけではない。
そして科学というのは一般論について語ったり、何かおかしなオカルトを否定するのは大変便利なのであるが、具体的な身近な問題にはろくに答えを出せない場合がほとんどなのだ。
例えば、今日では「地球が人間の出す二酸化炭素によって地球が温暖化している」というのはほとんど科学的結論といってよいが、その具体的な被害はそこまで明らかではなく、ましてや世界各国が何よりもまず優先して地球温暖化対策に取り組むべきなどというのは自明でもなんでもない。グレタ・トゥーンベリ氏の主張は前半は科学であるが、後半は科学ではないことを支持者も批判者もよく理解してほしい。
話を元に戻せば、「女性に特定の服装を明示的あるいは社会的規範として強制することは、女性に対する抑圧的構造たりうる」「女性の性的な特徴を過度に強調したポスターが町に溢れることは女性の尊厳を傷つけうる」というのは科学的結論としてあり得る話ではあるが、「ハイヒールを問題とすることが女性の解放につながる」「宇崎ちゃんのポスターを赤十字が掲示するのは問題だ」は学問を学んだ人が思いついた個人の自由な意見であってそれ自体は科学ではない。
だから今回話題に登っている討論会などというものは学問の場でもなんでもなく、ただただ立場の違う個人と個人が意見をぶつけ合う場に過ぎない。
そして学問としての女性学は今後100年たっても「漫画の女性描写規制は正しい」などという極端な結論を導き出すことはできないから安心してほしい。経済学者が「好景気を維持する方法」を開発できないのと同じである。
なお「ハイヒールを常用することで足の健康を損ないうる」というのは医学の領域であり、社会学の話とはまた別の話である。
それから専門外ということで言えば宇崎ちゃんポスターに噛み付いていたフェミニストの中に「漫画」の専門家がいるのかはよくわからないし、実際(女性学の対象であろう少女漫画についてすらも)漫画に対して無知な人が目立ったと思う。であるとすれば在野の「漫画」専門家が彼らと同レベルの知識人として堂々と漫画表現について議論するのはあるべきことだし、大学の教員たちも肩書に驕って漫画を軽蔑するなどという態度は(彼らの専門外なので学問者としてはどうでもいいが運動家個人の資質や印象の問題として)やめるべきである。
アホか!
動画全部一括で落とさないと検索出来ないとかアホか。アプリ開発のど素人か!
最近無限スクロール実装したと思えば、一度に取ってくる件数少なすぎだし
アホか!てめーでバックエンド改修しろ!PHPだかRubyだかしらねぇが大したことない修正だろうが。工数半日だ馬鹿野郎
1ユーザーが購入してる件数なんて大したことねーだろうが、バックエンドでsqlのlike検索で十分だろうが
つかちと前なんて購入済み動画とかお気に入り一覧表示するの遅すぎだったぞこら!
ど素人からオメーら金あんだろ!機能改善のペースも遅すぎんだろ!
最後にもう一回
お前がそれを諒解するか、しないかは、知らないが、俺は大変に救いがたい人間だ。
使い物にならない肉体と精神を与えられ、役に立つことは何一つできないばかりか、多くの素晴らしい人間たちの足を引っ張るのだ。
しかし愚かで醜く度し難い精神の持ち主である俺は、それでも生きていたいと願わずにはいられないのだ。
俺は税金を納めず、マックと図書館に住み、オンボロの2in1でこれを書いている。
貧しい身なりで、悪臭を放ち、酒と煙草で潰した喉で聞きがたい声を発し、下らない本を読み、下らないものを書き、排泄している。
書くとは排泄行為だ。
わかるか?
わかっている奴は、俺を軽蔑するがいい。
そうでもしてくれないと、俺は恥ずかしさのあまり、死んでしまいたくなる。
いいか、ただ生きていくだけなら、頭など使わずとも生きていけるのだ。
難しいのは、どう生きるかということだ。
俺はできれば、よく生きていきたいのだ。
愚か者にも愚か者なりの戦いがある、ということは、知らなくていいことだ。
愚か者の戦いとは、すなわち、愚かでない者たちの足を引っ張らずに生きるということであり、具体的には、罪を犯さずに生きるということだ。
それこそが、愚か者にできる最低限度の「よい」生き方であり、俺はそのためだけに全身全霊を傾けて生活しているのだ。
そんなことは問うても意味がない。
愚か者は、その事実を直視しつつ、恨みや嫉妬や悪意を飼いならさねばならない。
あるいは、ここには俺に似た者どもがいるかもしれない。
俺に説教染みたことを言う資格などあるはずもないが、俺は先達として次のことを言わずにはいられない。
すなわち、救われたいのならば、「なぜ自分はこうも人と違うのか?」というような、無意味なことを問うのはやめるべきだ。
俺たちはただよく生きるということに専念するしかないと知るべきだ。
その履行が途切れた瞬間、お前はお前自身の魂を裏切ってしまうのだ。
俺は何度も何度も俺自身を裏切ってきたので、裏切りによる責め苦の恐ろしさを知っている。
いいか、俺たちはよく生きることでのみ救われるのだ。
よく生きるということだけを考えろ。
何があっても、自分の魂を裏切ってはならない。