はてなキーワード: 唐突とは
あるいは、オリンピック続行に反対だが、選手は応援したい、というジレンマ。
全国的に感染が急拡大する中、こうしたジレンマに悩んでいる人、多いと思う。
wikipediaによると以下。
認知的不協和とは、人が自身の認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された。人はこれを解消するために、矛盾する認知の定義を変更したり、過小評価したり、自身の態度や行動を変更すると考えられている。
オリンピックに反対であるがゆえに、応援もしない、さらには選手を軽蔑する、という形で自分自身の内心の一貫性を持たせようとする心的な傾向は、まさに日的不協和の典型例なんじゃないだろうか。
しかし、近代社会というのは、個々人の内心が一貫していることを求めるものでもなく、むしろ個人の好みと社会にとって正しいと思うことがぶつかり合うことを前提とした制度設計がなされている。
例としては、うなぎは大好物だが、乱獲は抑止すべきだ、とか、プラスチックは便利だがプラスチックごみは規制すべき等も思いつく。
自分の欲求と社会のありようが完全に一致しているひとはまずいないだろうし、ありとあらゆる社会問題は、自分のなかに矛盾した形である、個々人の選好と個々人の描く社会の在り方(正しさ、善)を調整する営みなんだろう。
うなぎの例でわかるように、「したいこと」と「よいこと」が矛盾した認知的不協和というのはごく当たり前の心理状態であり、大好物という認知と乱獲防止への政策支持の不一致を解消する必要はない。
うなぎは好きで食べるけれども、乱獲防止政策に賛成という態度はあって当然のこと。むしろこの二重性がなければ、公共的判断は成立しない。
うなぎを食べながら規制に反対する、というのも、認知的不協和の解消方法のひとつといえる。人々が矛盾を抱えたままで「正しいこと」に合意し、公共判断を下せるのは、とても合理的な制度設計だ。
そう考えると、現代の民主政が直接ではなく間接民主制なのか、納得がいく。
個人的には好きではないけど自分が社会の在り方として正しいと思っていることを代表者が討議し、社会として選択する、という場が必要になる。
そうなると、意思決定者にも、討議に参加する代表者にも、欲望だけに囚われない、人間的にも理性的にも分別のあるマトモな人間であってもらいたい。
近代の民主主義を築き上げた初期の人たち、例えばアメリカの建国者のひとりジェファーソンは、
公共的な討議の場を設定するためには、市民としては、そういう矛盾する認知を整理し、公共的課題を自分の欲求から分けて考えることができる分裂症的気質こそ、民主政に必要な市民の資質だと考え、他方、代表者(議員)に必要な資質をアリストクラシー(自然的貴族)と呼んだ。
しかし、一般市民としては、自分のなかの矛盾に耐えられない、というのが当たり前。
社会はこうあってほしい、という思いと、自分はこれが好きだ、という、ふたつの矛盾する認知に直面したとき、
ふつうの人々は、自分の内面を整理するために、どちらかの認知に一貫性を持たせるよう、知らず知らずに認知を修正してゆくことになる。
今回のオリンピックの例でいえば、特に運営側の闇の側面をいやというほど見せつけれられてきたので、人々のオリンピック嫌いが加速し、中止または延期の世論は7割以上になった。さらに、自分のなかでの論理的一貫性を保つために、選手にも賛同しない、という考えすら生まれてきたのは周知のとおり。
オリンピック選手に対するある種の攻撃的な感情は、こうして醸成されてゆく。
社会の規範に合わせて自分に対して一貫性を要求しがちな日本人は特に、自分の欲求を我慢するのはストレスなので、場合によっては、自分だけではなく、他人にも一貫性を強く要求するようになるからだ。
別の例を挙げれば、60年代にセクト化が加速したサヨクの動きが典型例。
また、原発反対するなら電気使うな、オリンピック反対するなら、テレビをみるな、といったよくある論法も、同じ認知の一貫性を他人に求める一例。
サヨクのみなさんは、極端に走り勝ちで、じゃあ電気をつかわない、といって原始人のような生活を始めたりもしてしまう。
自分のなかで一貫性を持たせようとして、あえてオリンピックをみない、応援しないといった姿勢を貫こうとする人も少なくないようだ。
党派性それ自体は、個々人の選好が異なれば自然発生的なものだろうが、
それが過激化するのは、認知的不協和へのストレスのほかに、もうひとつ社会的な原因がありそうだ。
ますます両極化が進んでいき、相手方の一貫性のなさを批判し合うようになるまでには、認知的不協和を解消しやすい立場の人とと
そうではない人たちとの分断が背景としてあるのかもしれない。
コロナ対策では人流の抑制が課題なので、パンデミックが始まった一年前、ステイホームが大きく取り上げられた。
しかし、ステイホームできない、したくない人たちの現実、そして経済再開を望む多くの圧力を前に、
次第に言葉の力は失われ、今では行政も政治家も口にしなくなってしまった。
もっとも同時に、自粛警察もあんまり姿をみなくなったのは喜ばしいこと。
ステイホームができる人と、できない人の立場の差。それを声高に叫べば叫ぶほど、軋轢を生み、社会の分断が加速する。
思い出すのはベトナム反戦運動。ベトナム反戦真っ盛りの60年代のアメリカでブルーカラーと呼ばれる労働者階層が、ベトナム反戦に熱を上げる若者たちに
反感を抱いたのは、自らは徴兵されず、安全な場所から口だけ反戦を叫ぶやり方が気に食わなかったからだ。
コロナ禍でのステイホームのムーブメントでも、それと似たような分断が生じたように思う。
自粛、在宅など社会に貢献できる人々と、ステイホームという形では絶対に貢献できず、むしろ足を引っ張ってしまうようにも見られてしまう業界。
それが特に浮き彫りになったのが、エッセンシャルワーカーというカテゴリからこぼれ落ちた飲食業界だ。
オリンピック選手もまた、一般人以上に、社会の安全と自己実現との間の認知的不協和に引き裂かれ、なおかつ、オリンピック反対派の標的にされるという意味では、深刻な犠牲者だろう。
以上の話は、人々のジレンマを構造的にとらえたらどうかな、という試みだけど、
自分自身が考えた正しさは、オリンピック賛成であれ、反対であれ、現在の自分の社会的立場のなかで認知的不協和を解消しやすい形で論理化されたものであり、
知らず知らずに自分の都合のいいように、正しさの論理的一貫性がアピールされているに過ぎない。
しかし、そんなふうにと口でいうのは簡単だが、ふつうはそんな悟りを開いたようなことはいえないし、そんなもの誰とも共有されない。
重要なのは、こんなふうに構造化して達観する、というか、悟りを開け、ということじゃなくて、
オリンピック観戦は選手の思いを知る絶好の機会。オリンピック反対がトーンダウンした、という論調もあるようだけど、
そうではなくて、自分的には反対は反対だけど、選手たちの置かれている立場もわかって、攻撃性が選手に向きにくくなったということだろう。
飲食でも、これまではタレコミにも怯え、苦しめられてきたけれど、最近は、ある意味、腹を括ったお店も多い。
タレコミも減ってきたという声もきかれる。
こうした寛容さは、行政の飲食業界への不十分な手当が報道されたり、飲食の場で実感することで、人々の認知が再修正された結果だと思う。
人々の認知には多様性が生じるものの、異なる立場の姿が可視化されることによって、自分のなかで矛盾する二つの認知をよりクリアに整理することにつながる。
こうして考えてみると、自粛要請をベースとした日本流の政策は、人々の認知が多様になるとかえって不都合なのがわかる。だからこそ政権与党は、人々が同じ方向を向きやすいタイミングを狙って、オリンピック直後の選挙を好機とみたりするのだろう。
自粛要請は、政策決定(ルール)に従う形で自分自身の好みという認知的不協和を解消しようとする日本人のメンタリティと、同じ社会の構成員にも同じ一貫性を要求したがる相互監視のムラ社会的なメンタリティが合わさって発揮して初めて効果的だといえるけれど、昨今のオリンピック運営のゴタゴタにみられるように、公共的なルールや判断への人々の不信感が強まると、必ずしも政策決定者に都合のいいような仕方で人々が一丸となって、認知的不協和を解消してくれるとは限らなくなる。
などと、都合のいい解釈で認知的不協和の解消を政策決定者自らが行うとなれば、
人々は、ルールへ従うことの意味が不明瞭になり、ああ、結局、好きなようにやっていいんだな、という思いを強め、相互監視は機能せず、自分の生活を変えることなくコロナへの懸念も自分の認知のなかで両立させてゆくだけだ。
しかし、現実には、2020年4月に実現した日本人一丸となったステイホームは夢のまた夢だし、飲食業界は我慢の限界をとっくに超えているしで、
人々はデルタ株猛威の現実にピンときておらず、人によって温度差のある、かなり適当な自粛をしつつ、コロナから目を背けられる絶好の機会とばかりにオリンピックに夢中になっている。
自粛に頼った政策は、結局のところ、オリンピックへの賛否が開催とともに揺れ動いてきたことに典型的に表れているように、認知的不協和の解消の仕方に多様性が出てきた瞬間、崩れ去ってゆく。「コロナは心配、、、」といいつつ普段通りに暮らす人々であふれかえるだけだ。
本来の政策というのは、そんな人々の認知(世論)など無関係に、討議されるべきであるし、人々は討議の結果に対して法的な拘束力を受け入れるべきだ。
例えば、自分の考えと相反していても、オリンピックは応援しているし、これからもしたいが、もし中止という政策決定がなされるならやむを得ない、
あるいは、オリンピックは懸念しているが、もし続行という政策決定がなされるならやむを得ないという態度でいられるほどに、政策決定者への信頼が重要になる。
「ほらみろ五輪楽しんでいる奴らが増えただろ」などという次元で政策を決めるべきではない。
むしろ「個人としては五輪は楽しんでいるけれども、政府には感染対策として中止するなら、中止を決定してもらいたい」という、ジェファーソン流にいえば分裂症的な市民の判断を見極めたほうがいい。
しかし残念ながら、いまの政権にはそうした信頼が全くといっていいほどない。
いつどんな判断をするか、全くわからない。データは出さない。モニタリングもしない。事実に基づかず楽観論でしか答えない。
将来シナリオを示さない。予測や分析を共有しないから、いつも唐突に首相が何かを決心したかのように物事が決まって、人々がついていけなくなる。
どうも美女です
容姿を褒めるのがタブーなんじゃなくて、距離感も理解しないまま脈絡なく褒めるからダメなんだよ
朝起きて枕の下にムカデがいたら最悪だけど、ムカデの事が嫌いなわけじゃなくて、昆虫館に行って見るムカデは良いんだよ
女のアッピルを見逃さず褒める男がモテるから「褒め上手はモテる」ということになるんだよ
進撃の巨人が完結したようだけれど、進撃の巨人が大流行していた10年前、様々な名言が取り上げられていた。
初期の諫山創の、狭い「内側の日本」だけにとどまらず世界に対する厭世的な見方、皮肉的な見方が
人によっては受け、人によっては鼻についたと思う。
「もし人類以外の強大な敵が現れたら人類は争いごとを辞めるだろうと昔誰かが言った。エレンはそう思うか?」と
それに対してエレンは「呑気な考えだ」と一蹴する。
初めてこれを見た時、唐突だなと思った。多分、諫山創の伝えたい個人的な考え方だったのだろう。
それを自分が見た時は東日本大震災の後だったので、絆とか言われてる時代、この見方はちょっとへそ曲がりな見方すぎるんじゃないか?と思ったものだ。
でも今回のコロナではっきりしてしまった。コロナの状況は進撃の巨人に似ている。外に出なければ、経済活動をしなければ比較的安全、死ぬこともない。しかし放っておけば、壁を「ウィルスをまとった人間」が破ってくる。
脅威は持続的で、永遠とも思える長い時間が過ぎる。グローバル化、医療の発達によって安全だと思ってた自分達も、蓋を開ければ結局インフルより少し強い程度のウィルスで支配されていたことに気付いてしまったのだ。
それで、人類は争いごとを辞めただろうか。
老人たちは壁の内側に籠り、若い人間を派遣させ「経済」という得体の知れない巨人によって食われていく。人々は責任を押し付け合い、誰かを敵に仕立て上げワイドショーで叩く。
中国から始まったウィルスなのに、飲み屋を叩き、そこに行く隣人を叩き、飲み屋を制限しない政治家を叩き、政治家は夜の街と若者を叩き、絆とはかくも脆いモノなのかと思わされてしまった。
深夜に殴り書いた言葉を公開させてください。
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私は夢見る、私の性別がなくなることを。
女友達と手作りの料理を持ち寄って会った。母親に男かと揶揄されるたび居た堪れない気持ちになる、と話したらいつのまにか女性の生きづらさの話になって、社会で圧迫される自分自身のことについて話してた。
絵の中で無性別になれるようになったこと、裸を描けるようになったこと。それは昨年唐突に訪れた解放で、ふりでない、本当の意味での理解が訪れた瞬間だった。昔からの友達に突然カミングアウトされたり、周りにいろんなセクシュアリティの人が増えて、そこに対して何も思わなかったけど、一方で私はどう考えてもシスヘテロで、ただ家族の強制する性の価値観はあんまり理解できなかった。
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女の子らしさはガサツで割と男性的とされる趣味の多い私にはハードルの高い問題で、170cm近い体躯と王子役を押し付けられまくった経験から「LGBTなの?」「腐女子なの?」と言われることも多々あり、それが耐え難き苦痛に感じる私自身も嫌だった。
普通であることに安心する家族。普通であることに怯えるわたし。曖昧な言葉には常に適度な距離感が必要で、冷静さを欠いた議論には意味がない。そういう話をするたび、周りの“いい人”たちはみんな私のことを考えすぎだと言った。そんなに思い悩むから生きづらいのだと。
思考をやめる気はさらさらないが、一方で年々神経を蝕まれつつあるのも事実だった。精神科にかかったことはないし、これからもお世話になるつもりはないが、胃痛で薬を飲むという意味がわかるようになってしまった。自傷的に何度か手を出した煙草のせいだが、倦怠感で身体が動かなくなったりもした。腹痛で意識を失いかけた。神経症で人は死ぬんだと思った。
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「S/N」を見たのは好きな人の影響だが、どうしてあの人を好きになったのかを思い出した。どうして彼じゃなきゃだめだったのかを。酷い時も、辛い時も沢山あったし、客観的に考えればこうした方がいい、とかもいっぱいある。ただ、それが重要なわけではなくて。愛の器官が母親の甘い束縛と重め(笑)の虐めで壊れて、他人からの暴力や罵詈雑言を崇拝の一形態だと感じるようになってしまったんだと思ってた。精神的に魘されないと安心できないのかと。でも違う。
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わたしはきっと、何者にもなりたくなかったんだと思う。透明になりたいし、全てになりたい。もう殴られたくないよと強く願ったら17歳になる頃には殴られなくなったけど、真綿で締め付けられるような虚無が残ったからいつも首に縄をつけてぎりぎりで生きてる。側からはそう見えないはずだけど。好きなトラックメイカーが音楽よりもいつか結婚した時の愛する人の方が大事だよ、と言っていて、すごく驚いた。私はずっと、天啓のような何かを信じることでしか、辛い過去を受け入れられずにいたから。いまもそうだし、そうでないといけないと思うの。
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本当にばかばかしくて、ちょっと幼い話だけど。わたしは、好きな人がわたしの目をじっと見て、「眼鏡でもかわいいよ」と言ってくれたその一言で22年近くの呪いが解けた人間である。でも、親の呪いがこんなに深くわたしの中にあるって知らなかった。
小さい頃から蝶よ花よと育てたられた私だけど、母は写真を撮るたびに眼鏡を外させた。かわいくないから外しなさい、と言った言葉はいつの間にか習慣になって、眼鏡さえ外せば最強なのだという行きすぎた自尊心すら生んだ。実際に眼鏡の有無で同一人物だと気付かれないことがあったのも遠因だろう。わたしは眼鏡を諸悪の根源にすることで耐えていた。
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恋愛にもそんなに恵まれず、高校で軽い虐めに遭った際「わたしがかわいいからでしょう?」と母の言葉の確認をとったら、途端にキョトンとした顔をされ、その時から全てがわからなくなった。ルッキズムの最下層に突き落とされたような気分だった。
当時の私は髪のとかし方も知らず、見えている世界のレイヤーが少なすぎたので、たしかに見目麗しくはなかったと思う。でも好きなバンドのインストアイベントで憧れていたギタリストに前の女の子と明らかに異なる冷たい目を向けられたこととか、そういう体験が、私の不安を加速させた。何をやっても痩せなかったし、服屋の服は全部小さすぎて似合わなかった。最悪だった。
大学生になって古着にハマって、ようやくアメリカサイズの服を着ることでサイズの問題を解決したけど、やはり可愛いという言葉が怖かった。私から一番遠いところにある気がした。
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好きな人の言葉は頭の先から足元まで響くような衝撃で、衒いのないトーンは私を惑わせた。本当に、本当に、誰に言われても嘘だろうと、嫌悪感しか抱かなかったその恐怖が、ようやく解放されたような気がしたのだ。それ以降は人の褒め言葉を、きちんと信じられるようになった。
まあ今もコンタクトはたまにしてるけど、選択肢に眼鏡を含められるようになったのは、あの時好きな人が認めてくれたからだった。それだけで意味がある。私は体質的に目が乾きがちで、眼鏡ですら頭痛や眩暈がすることがある。健康被害よりも強迫的なコンタクト依存から解放されたのは、本当に嬉しかった。
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「S/N」を見た時に自覚した。わたしは他の人では満たされない渇きを、好きな人ならわかってもらえる気がしたのだと思う。ジェンダーの話はわたしも後追いだし、LGBT当事者でもなくて、フェミニズムに明るいわけでもない。どちらかと言うと旧体制的で、内心少し男根主義に傾いてるけど、でも、多様性を締め付けられる社会が本当に息苦しかった。私が可愛いものを好きなのはかなり異常者で、可愛くないことは罪だって、ずっと見えない誰かの声が聞こえて死にたかった。でもそれを人は幼いという。若気の至りだと。本当にそうだろうか?
好きな人に会う前から、男性に恋をしても、きっと眺めるのが好きなだけだった。男性の男性性は愛おしくはあるが恐怖で、私は母の教育方針もあって、結構性をタブー視してた。ちょっとフィクトセクシュアルの気もあるせいか、虚構を覗き見ることだけが唯一許されてる気がして、それ以外は全部怖かった。そこがギリギリのライン。
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それでもようやく付き合ってもいいかなという人に告白されて、焦りであっさり色んなことを済ませてしまったわけだけど、思ったより呆気なくて、何も感じなくて、その行為はいつの間にか虚無感に満ちた義務になった。心がない行動は演技で、いつも断れない自分も嫌だった。でも私というキャラクターが彼を承認した以上、そのキャラクターには責任を持たなければならない。告白を承認する、他人の人生を背負うとはそういうことだと思った。
そこには頭では納得していたけれど、ある時期から本当に、他人に身体に触れられること、好意を抱かれることに恐怖を抱くようになった。何度か背筋が凍るほど嫌な思いをしたせいもあるだろう。私を世の中に貸し出すのが無理になって、人が信じられなかった。そしてどこかで、プツンと糸が切れた。
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…好きな人もその一人といえばそうだし、それは最悪の搾取の仕方ではあったけれど、あれよあれよと巻き込まれたプライベートな時間は、たぶん優しさであったように思う。私は余りにも臆病で、そして彼の傷は大きすぎたから、私たちは付き合うという選択を保留することにしたけれど、彼は私に好意を伝えてくれたし、たくさん泣いていた。
なんかもう、それだけでよかった。
セックスは搾取じゃなくて優しさで、きっとお互いを信じ合うことで、小さな希望で、だから好きになってくれる人たちに怯えるのは私が間違ってるって思う。でも怖かった。
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好きな人は、私が今まで誰にも話さずに来た、心の穴を知っていた。きっと直感的に。運命めいたことを言うとキザだから言わないけど、彼は他の誰にもない魔法で、私を狂わせるけど、よく考えたらそれが無ければ痛くて痛くて生きてられなかったかもしれないし、また勉強が好きになれたからとか、恋心で作品が作れるからとかそんな現金な理由よりも、なによりも私が感じていた性の不安とか、かわいいに怯える切実な揺らぎとか、そういう感情に無理解でいなかったから。普通に属してるひとたちは…家族も含めて、気づいてなかったのだろう。私が泣くたびに宥められて惨めになる。好きな人だって適当な時あるけど、もしかしたら私のその不安を、あなたならわかってくれるんじゃないかと。
そういう、希望だったんだ。
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私の部屋はいま彼がくれたお洋服とか、お揃いのものとか、ドローイング、筆跡で満ちている。ちょっとファナティックだと自分でも思う。
でもこれしかなかった。彼になりたかったというよりか、嘘でもいいから愛されてみたくて、その嘘を嘘で終わらせるのが本当に耐えられなくて、本人の知らないところでそれを実現させるために、彼を統合失調的に創造しようとしたのだ。なぜか告白されたり、結局関係性がよくわからなくなったりして、側からみればきっと軽い地獄なんだろうけど。毎日家でも学校でも暴力を振るわれたり表現手段を持たなかった頃よりは、全然幸福だよ。
それそのものが救済なんだ。
私はセックスのない世界に行きたかった。それが思い出せたことだけでも、(私が生まれる前に作られた)この作品はとても、とても深い爪痕を私の身体に残したと思う。
菅首相会見 ワクチン接種 1日100万回を目標とする考え | 新型コロナウイルス | NHKニュース
これに対し、ぶくまは手厳しい。例えば、こんなふうに。
アメリカの1日の接種回数300~400万件を考えると目標としては妥当なラインだが、1日わずか数万件の検査で現場がパンクする日本でできるわけないと今から諦めている。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20210507/k10013017981000.html
しかし、アメリカは最初からうまく行っていたわけではなかった。
ワクチン接種が始まった当初は大混乱だった。
連邦政府と州との連絡調整不足、優先順位をめぐる混乱、各州ごとのバラバラな接種戦略、連邦政府のワクチン供給管理への州の非難などなど。
フランスでも1月時点はさんざんだった。報道では「お役所仕事」「縦割り行政」の弊害を厳しく指弾された。
ワクチン供給が始まって1週間もたつのに、わずか接種したのはわずか800名とは何事か、いう報道がみられた。
ただし、それは三か月前のことだけど。当時、アメリカのニュース報道をみていて、前途多難だな、と思ったのを覚えている。
1月に報道をウォッチしていた頃(といってもデイリーショーを英語の勉強がてらみていただけだけど)、
大統領就任から100日の4月下旬、バイデンが高らかに勝利宣言をすることになるとは想像できなかった。
以下は1月27日、デイリーショー(youtubeの報道バラエティーショー)で紹介していた報道の一部だ。
ワクチン接種の遅れにイラついたニュースキャスターがこんなことをいう。(同番組1分過ぎ)
また、現在の日本で報じられている、基礎自治体のワクチン接種予約サイトがパンク状態。
これも、アメリカは3か月前に経験していた。(同番組2分過ぎより)
https://www.youtube.com/watch?v=43y1TOC9aTM&t=140s
各地で予約サイトはクラッシュするなど混乱が続いています。ある予約センターでは、750回分のワクチンに25万もの電話が鳴り響いたという。
また、インターネットで予約するスキルがない高齢者が接種会場へ車の長い列をなして夜を明かしている、といった報道や
予約キャンセルによるワクチンの無駄な廃棄などが問題視された。
あるドラッグストアでは、予約キャンセルで余ってしまったワクチンをたまたま立ち寄った若い健康な女性に接種したという事例などが紹介された。
4月に入ってからも、ワクチン接種に消極的な人々を釣るために、「今ならもれなくビール付き」みたいなキャンペーンをやったりした。
今日、日本で報道されているワクチンのロジスティクスをめぐる問題は、すでに欧米が通ってきた道なのだ。
日本も各国の教訓を生かせばいいし、そもそも災害経験のたくましい日本に、行政にそれほどロジ能力が足りないとはとても思えない。
だから、ひょっとすると案外、一ヵ月もすれば、100万の水準にめどが立つかもしれないと若干、期待している。
しかし、ワクチン供給をめぐるロジ管理も喫緊の課題であるが、実はもっと重要なことがある。
バイデン政権発足後の「3本の矢」ともいうべき最初の取り組みのひとつがワクチン接種の促進だ。
しかし、そもそも一体何のためにワクチンを接種するのか。その方針と目標をしっかりと共有すること。
これがあいまいに理解されていると、一体なんのために急いでいるのかわからなくなる。
以下は、アメリカCDCのファウチ博士が、今年1月下旬、トランプ失脚後、初めて”自由に”会見を行ったときの報道だ。
https://abcnews.go.com/Health/wireStory/coronavirus-guidelines-now-rule-white-house-75419663
ファウチ博士:もし7割から8割の国民が接種されていれば。。それは夏頃になると思うが、少なくとも秋までにはある程度の正常性を回復できるだろう。
記者:(途中で質問を挟んで)それは秋までに接種が完了できると認識しているということですね。
ファウチ博士:いやそんなことは一言も言ってない。”もし”7~8割の大多数のアメリカ人がワクチン接種を受けていれば集団免疫が獲得できるということだ。正常性とはそういうことだ。今懸念しているのは、ワクチン接種を受けたがらない人たちだ。
重ねて、今後、ファウチ博士はホワイトハウスで定期的に記者会見を行うと発表。ファウチ博士は会見の最後にこう語る。
私が今後、会見でお伝えするのは、科学的な事実です。科学に語らせるのです。
https://www.nytimes.com/2021/01/24/health/fauci-trump-covid.html
abcニュースは、この報道に「ファウチ博士ワクチン接種に大きな但し書きをつけた」とした。
記者もまた、住民にワクチンがいきわたるかどうかという、行政サービスデリバリー目線での質問だった。
abcも質疑の記者も、ミクロな視点で、アメリカ人がちゃんとワクチンにアクセスできるかどうかを問題視していた。
一方、ファウチ博士は、彼の答え方からわかるように、ワクチン接種の利益というのは、決して医療アクセスといった住民サービスレベルの問題だけではなく、
感染症の蔓延の克服だ。パンデミックの原因を取り除くために必要なこと、という視点で発言していた。
ファウチ博士のいうノーマリティというのは、個々人一人ひとりのワクチンによる免疫力強化というより社会全体の免疫力のことだ。バイデンも言及していたことだが、ファウチ博士はトランプ政権で一番欠如していた科学性を真っ先に訴えたのは本当に象徴的だったと思う。
しばしば報道機関は、どこの国であれ、災害や事故、殺人事件の現場に急行し、現場の窮状を訴えることでインシデント対応を促す。
しかし、インシデント対応と、リスク削減は根本的に発想の異なるものだ。
報道機関は例えば、殺人事件が起こってもセンセーショナルに報道しがちで、背景にある社会保険の欠如とか貧困といった原因部分を軽視しがちだ。
リスク削減とは、簡単にいえば、そこで起きている出来事の対応の問題点ではなく、出来事の「原因」にスポットを当て、原因を取り除くことにフォーカスすることをいう。
ファウチ博士が強調していたのは、その原因分析は科学的なアプローチでなければならず、そこがすべての出発点だということだった。
5月に入ってからの報道、例えば「バイデン政権、若年層へのワクチン接種へシフト」
をみても、一貫して集団免疫という戦略に基づいたワクチン接種促進を行っている。
https://abcnews.go.com/WNN/video/biden-administration-shifts-vaccination-focus-77501505
一体何のためにワクチン接種を促進するかという全体的な目標ではないかと思う。
住民にワクチンが行きわたるかどうか、の前提として必要なのは、なぜワクチン?という疑問に、「あなたの健康維持」というだけではなく、社会システムの視点から答えることだ。それが本来、公共というものだ。
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
をみても、残念ながら「あなたの健康」以上の情報が見当たらない。
厚生労働省はワクチンによる集団免疫獲得について、明確な見解を示していない。
まあわかる。よくわかっていないリスク(不確実性)については、下手なことは言いたくないものだ。官僚特有のディフェンシブなスタンスがにじみ出ている。
でも実は、その科学的不確実性について沈黙する姿勢こそが、リスク・ガバナンスの内なる敵なのだ。
水俣病に代表される過去の公害問題もその姿勢がボトルネックとなって被害の拡大が見過ごされてきた。
仮説を立てて意思決定をする勇敢さが必要だ。8割おじさんを思い出してほしい。
ファウチ博士が科学的にすべてを見通しているかというと、そうではない。
接種されたワクチンによってどれだけの期間、有効に免疫力を持ち続けることがえきるか、はっきりとした証拠は1月の時点でも、今日でさえも出ていない。つい先日もこんな報道があったばかりだ。
https://gigazine.net/news/20210507-covid-19-herd-immunity
ここでは、5月時点で成人の半数以上が少なくとも1回のワクチン接種を受けているアメリカでさえ集団免疫獲得は困難だと率直に表明されている。
ファウチ博士が7~8割としたコロナウイルスの集団免疫の仮説も、データが蓄積されるたびに、恐らく日々、新しい仮説に塗り替えられてゆくだろう。科学的不確実性と向き合うことがリスクガバナンスのキモだ。だからこそ、ホワイトハウスで毎週のように会見を開く、ということに意義がある。
疑問なのは、日本において、そういったリスク・コミュニケーションが開かれているのか、ということだ。
聞こえてくる報道は、直近のロジ課題、高齢者の接種問題ばかりだ。
それもワクチンの安全性の広報であったり、供給のロジであったり行政の住民サービスの視点が中心だ。
それって、役場の窓口でやる会話でしょ。重要じゃないとはいわないけど。
河野大臣は、恐らく菅首相から突然、ワクチン接種促進担当として指名されて、戸惑っただろう。
感染症の知識もあるわけではない。だからこそ、やれることを模索した結果として、接種促進のロジ分野に集中してしまった印象を受ける。
もちろんワクチンの安全性を広報することに意義がないと言いたいわけではない。
しかし、もっとも根幹にあるべきなのは、最終的なゴールを提示することだ。
高齢者の接種のあとどうなるか?何一つ見えてこない。
一体どれくらいでワクチンの効果が切れてしまうのか。10年持つ、あるいは一生、抗体が働くというわけではあるまい。
そうすると、抗体を持つ人間が何%で集団免疫が達成できるとして、仮定したワクチンの賞味期限以内に短期集中的に接種が完了しなければ
集団免疫がいつまでたっても確立できず、次から次へと新しい変異に対応させられるということになる。
アメリカがこんなにも早くワクチン接種のロジが進歩した理由のひとつは、バックグラウンドとして理解している接種戦略があるからではないだろうか。
やみくもに尻を叩いているわけではないはずだ。
日本では、先日、菅首相が唐突に思いついて7月末までの高齢者のワクチン接種を指示、混乱が広がっている。
冒頭の報道も、厚労省からすれば、寝耳に水だったとしても不思議ではない。
それくらい日本のリーダーの方針は行き当たりばったりにみえる。
一体なぜ7月までに?
・いつものことながら急に何かを決心するくせに、目的意義を聞かれても答えが返ってこない。
・方針や方向性を共有したうえで役割分担を決め、タイムラインを設定するということもしない。
・うまくいかないと、キレて「みろ、周りはもう先に進んでるじゃないか、何してるんだ」と部下を怒鳴る。
河野大臣にしても、自分のプレゼンスをみせるいいチャンスだったのに。将来の総理大臣候補と目されているのだが。
3か月の働きにもかかわらず、目先の短期的なロジ状況を伝達するだけの役人仕事になり下がってしまった。
ロジならロジでもいいのだけど、ドメスティックではない外交の動きがあってもよかった。
例えば、なんなら4月に菅首相とアメリカに飛んでもよかったはずなのに。
これではちょっと大臣の仕事内容としては物足りないというのが私の認識だ。
全体を見ているひとは誰なのか。それが日本ではわからない。それが問題だ。
リスク・ガバナンスというのは、平時のガバナンスに比べてより高い能力水準が求められる。
リスク自体が複合的で、科学的にも不確実性が高く、そして社会政治的な影響について認識がばらつきやすい。
ワクチンも、そういう意味では、リスク・コミュニケーションの能力が試される課題。
この話に唐突にオタクが出てきて、終盤に向けてどんどんクローズアップされていく理由がいまいちよくわからないんだけど…
「改めて振り返って見ると(あくまで感覚だが)普段から弱者男性やモテない男性、オタク等について酷い偏見や言葉を投げ付けているのは、女性よりも男性が多いと感じる。」
「男性もまた性役割に縛られるべきではない、弱くても、モテなくても、貧しくても、学が無くても、オタクでも、それを理由に蔑まれるべきでは無いし、差別されるべきでもない、それだけの事だ。それだけの事を理解する能力があなたに無いとは私は思わない。」
「あなたは例えばオタクについてどう思って居るだろうか?特に最近のオタクについて。左翼男性の中にオタクヘイターが多い事は知って居る。ただ平成生まれの私には(それが関係有るのかすら良く分からないが)あなた方のその憎しみがどこから来るのか、正直に言って皆目分からない。」
「ただ、あなたがオタクや弱者男性を蔑むその理由は何だろうか?もう一度それを考えて見て貰えないか、そしてその理由は本当に適切だろうか?」
オタクって弱者男性なのかな。だとしたら、どういう点で弱者なんだろうか。誰かに「オタクはキモい」みたいなこと言われてるから弱者ってことなのかな。それとも、弱者男性じゃないけど、弱者男性と一緒に蔑まれたり、差別されてる、と言っているのかな。
これからする話は、とある小さなジャンルの小さなカプの字書きである私がいかに身勝手だったかということを伝えるものである。
大多数の人間にとっては、読んでも糧になるものはなく、むしろ不快になるものだろう。
それでも記事にしようと思ったのは、私の中で未だに蟠った昏い感情をひとつの文章として昇華し、過去の出来事として今の自分から切り離し、客観的に見てみたいからだ。
P氏と私の出会いは三年前。
私はそれまで活動していたある大きなジャンルを抜け、小さなジャンルのABというカプで活動を開始した。
前のジャンルを抜けた理由は、そのジャンル民が望むものが書けなくなって、しかも自分がそれにショックを受けていたからというありきたりなものだった。
二次創作は、当然ながら自分が望むものを作って楽しむのが正しい。けれど、あなたの書く○○が好きだと言われ、しかもそれが結構な人数いたとするなら、自分のためだけに書くのではなく、他人が望むものを書きがちになる。承認欲求というやつだ。
当時の私は、自分の望むものではなく、他人が望む作品を作り出すことに腐心していた。厄介なことに、それが楽しいと思っていたのだ。
しかしある日、私ははたと我に返った。
自分のためにではなく、他人のために二次創作をしているということに気づいた私は、そのジャンルを去ることにした。
そうして辿り着いたABで小説を書き始め、私は驚いた。
文字が次々と紡がれていくのだ。
私はあっという間に小説を書き上げて、某サイトに投稿した。ツイッターも始め、このカプのここが好きだということを、誰のためにでもなく、私のために呟き続けた。
千人近くいた前のジャンルのアカウントに対し、今のアカウントのフォロワーはゼロ。私の呟きなんて、誰も見ていないから当然いいねもつかない。
それでも楽しくて、私は呟きを量産し、小説を書き続けた。
三年前の、四月の終わりのことだった。
フォロワーがゼロと言ったが、そもそもABの活動人数は少ない。
活動を始めたばかりの私がフォローしたのは四人くらいだった。その内の一人がP氏だ。
P氏はすぐにフォロバしてくれた。
お互いに挨拶をすることもなく、話しかけることもない。いるけどいない、という関係だった。
私自身、あまり積極的に絡みに行くタイプではなかったので、何人かの相互さんと話したこともなく、黙々と壁を打つ日々だった。
相互になって二か月ほどした頃だろうか。P氏が私にリプを送ってくれた。私はABで初めて、同ジャンルの人間としゃべった。
嬉しかったが、それだけ。
今から思えば、初めてリプをくれたのがよりにもよってあの呟きだったのはP氏の性癖が相当ヤバイことを示していると思うが、それはまあ別にいいだろう。
初めてリプを貰ってから、P氏と私は一カ月に一度の頻度でやり取りをするようになった。
どちらかが作品を上げると「素敵です」と言い、それに対して「ありがとうございます」と返す。それくらいだった。
彼女と急激に仲良くなったのは、はじめてリプを貰ってから一年と少し経った頃だった。
その時の彼女と私は、同じような人間関係の問題で、同じように悩んでいた。
その頃の私は人間関係に疲れて、殆ど誰とも繋がっていなかった。
フォロワーはP氏だけ。正直、ABで活動を続けていくことに限界を感じていた。
ただ、まだ書き続けていたいという気持ちもあった。
私は彼女しか見ていないTLに、ABの小説を投稿し続けていた。
P氏初めて通話をしたのもその時だ。
その時に私は、彼女が二次創作で仲良くなったフォロワーとどう付き合いたいのかを教えてもらった。彼女は「同じ熱量の人と狂っていたい」と言った。私も同じだ、と嬉しくなったことを覚えている。
なにが問題なのかというと、熱量は主観的なものだということだ。
ある人の、あるジャンルに対する熱量を、客観的に計る方法はない。本人が冷めたと言えばそうだし、冷めていないと言えば冷めていない。
ここまでは、誰もが共通認識として持っていることだろう。
P氏も、私も、そう思っている。
ただ、私は、その先も考えていた。
ジャンルに対する熱量は主観でしか計れない。決して、他人には伝わらない。他人に伝えるには、行動として示さなければならない。こうした時に言葉で伝えるのは逆効果であること私は思っていた。
たとえば、あるカプについて毎日十以上の呟きをしていた人がいるとしよう。その人はある日別のジャンルにハマって、別ジャンルについて呟くばかりになって、あるカプについては殆ど話さなくなった。あるカプの絵や小説がTLに流れてきても反応しなくなった。以前なら、必ずその作者に感想を送り、フォロワーにその作品が素晴らしいからとプレゼンしていたのに、そうした反応を一切しなくなった。その人が唐突に「最近○○についてばかり呟いているけど、元のジャンルの熱は冷めてない。今でも大好き」と言ったとして、残念ながら私はそれを信じることができない。
完全に冷めてはないのだろう。新しくハマったジャンルの刺激が強くて、元のジャンルへの反応ができなくなっただけだろう。ただそれは、見方を変えれば、「冷めた」ことにならないだろうか。少なくとも、以前と同じように反応ができなくなったということは、そこに割く労力を減らしたことに違いはない。
別ジャンルにはまることも、そこに熱量を注いだ結果元ジャンルへの熱が冷めるのも、悪い事ではない。
何を好きになるのかは、その人の自由だ。
ただ私が、「冷めていない。今でも大好きだ」という言葉が出た時点で、その人はもう元のジャンルにこれまでと同じだけの熱量を注いでいないと思うようにしているだけだ。
本当に元のジャンルにも今までと同じだけの熱量を注いでいるなら、わざわざ言葉にしなくていいはずだ。
言葉にして、「冷めてないよ。だからこれからも仲良くしてね」と友情を乞うているような姿に、私は何とも言えない嫌悪感を覚えてしまう。
あくまでも私がそう思うだけだということは、言うまでもない。
人の考え方は人それぞれだ。だからこれは、私がこう考えたというだけの話であることを改めて記しておく。
話を戻そう。
P氏は私にこうも言った。
「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい」
別ジャンルに嵌って、別アカウントを作ってしまうと元々のアカウントのフォロワーと疎遠になるのはよくある話だ。チェックするTLが二倍になるのだから当たり前だ。そして先述の通り、新しくハマったジャンルの方に熱量を注ぎがちになるのも明白。結果として、元のジャンルの作品や元のジャンルで出来た知り合いの呟きへの反応は鈍くなり、その後ろめたさからアカウントを消すという人もいるだろう。
彼女は私にそうなって欲しくないと言いたいのだろう。別ジャンルにはまっても、同じアカウントで活動して欲しい、あるいは、別アカウントを教えて欲しい。たぶん、そういうことだと私は考えた。
ただ私は、彼女の言葉から彼女が望んでいることをできるだけ汲み取り、そうあるようにした。
その頃は、多分、上手くいっていたと思う。
彼女と私は毎日十や二十のやり取りをして、時々通話して、ABについてああだこうだと話していた。
傍から見れば異常だったのだろう。言われるまでもなく、当時のP氏と私の関係は、正しく「傷の舐め合い」だった。
少なくとも、私は楽しかった。今思い出しても、思わず頬が緩んでしまう。
そうしている間に、秋が来た。
彼女しか見ていないTLで「○○にはまった」と呟き。ABと一緒に新しいジャンルについて呟くようになった。
そのジャンル用のアカウントを作ったが、稼働させるのはすぐにやめた。
新しいアカウントで活動を始めると、熱量が分散されることを私は知っていた。だから、元のアカウントで新しいジャンルのイラストをリツーイトしたりしていた。P氏は私が新しくハマったカプについても「私は絶対はまらないけど」と言いつつも好意的だった。私が新しいジャンルに狂っている姿を見て楽しいと、初めて通話した時に言っていた台詞を繰り返していた。
彼女の様子が変わったと感じたのは、年が明けた頃。
彼女はしばしば、創作のモチベーションが上がらないと呟いていた。
例のウイルスの件もあり、イベントは軒並み中止。ジャンル民の創作活動も下火になっていた。
元々小さな規模のABというカプで、この一年間コンスタントに作品を上げていたのは、P氏と私だけ。
小説も毎日書かないと感覚を忘れてしまう。私の執筆スピードは目に見えて遅くなり、大量の文章を、人様に見せられるほどの完成度に仕上げられなくなっていた。
それがストレスでスランプに陥り、さらに創作頻度が下がっていることを自覚していたから、呟きは多くするようにしていた。
私がスランプに陥っている間、彼女はABの作品が増えないことに寂しさを募らせていたようだった。私は自分の不甲斐なさを痛感しながらも、スランプだから仕方がないと自分を励ましていた。
なんとか創作に集中できる環境を作りたいと四苦八苦していたが、そうこうしている間に彼女の方に変化があった。
毎日二十近くやり取りをしていた彼女は、私の呟きにリプを飛ばさなくなり、彼女自身が呟くこともがくりと減った。
私は彼女の行動に覚えがあった。
彼女はとにかく呟くタイプの人間だ。呟くことで、日々のストレスを軽減しているのだろう。だから、ここで呟いていないのなら、どこか、別の所で呟いているのだろう。そこで呟いているから、こちらで呟くことがなくなった。多分、そういうことだろうと私は考えた。
少しだけ、私の心に靄がかかった。
「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい」
かつて彼女は私にこう言った。
別ジャンルにはまって愉しそうにしている姿をみせてくれと言っていた彼女は、しかし、別ジャンルにはまって楽しそうにしている姿を、私に見せてはくれなかったのだ。
春の訪れと共に、P氏と私の最後の一カ月が始まった。