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はてなキーワード: 白と黒とは

2016-01-06

本当に多様化してるのか?

多様性時代だなんだ言ってるけど、実際に多様化してるようには感じない。

せいぜい今まで白と黒だったものが、白と黒とグレーになった程度じゃないだろうか。

白黒グレーじゃ少ないから

白、ライトグレー、シルバーグレー、ダークグレー、グレー、アイビーグレー、黒

くらいの多様化かな。

2016-01-01

[]手塚治虫「古和医院ブラックジャックより)」

★★★★☆

前置き

2巻8話。

あらすじ

BJ山間部を走るバスに乗っていたところ、バセドー病患者を見かける。

ここ一帯で評判の医者へ行くというので、気になりついていくことにするが、

実はその医者モグリだった。

しかBJは、こんな無医村医者を続け、村人の尊敬を得ていることを立派だと話して去る。

一年後、BJ大都市の駅で医者を見かけ、話しかける。

医者は、大学正式勉強しようと思ったと言う。

BJは、まぶしい白衣の後ろ姿を何も言わずに見送るのだった。

感想

初見

ラスト白と黒の対比もよかったし、見送るBJがどんな顔してたであろうかも想像できて面白い

BJが手放しで医者をほめるシーンの、中空を見上げながらなんともいえない表情をしてるコマもすごくよかった。

ここで、自分と同じモグリなのにこんなに尊敬を集めてて小憎らしい!

とか、村人にバラしてやる!とかなんないのがすごいところだなあ・・・

俺はクズからまずそういう考えが浮かんじゃうわ・・・

自分にないものを認めて、素直にすごいと言えるってのは、簡単だけどすごく難しい。

でもそういう人間になりたいなあ・・・

ピノコor印象に残ったセリフなど

だが先生 あなたはごりっぱです

こんな無医村で三十年も医者をやって あれだけ村人の尊敬を受けているんだ

私はね 先生にほれこんだんですよ……フフフフ…

からこそオペもお手伝いしたんだ

ランキング 

1.ときには真珠のように

古和医院

ピノコ愛してる

二度死んだ少年

アリの足

はるかなる国から

えらばれたマスク

目撃者

白いライオン

シャチの詩

つの

幸運な男

閉ざされた三人

報復

万引き

タイムアウト

奇胎

からだが石に…

2015-08-21

多摩美統合デザイン学科の学生として思うこと

佐野研二郎盗作疑惑について(学生個人の意見です/2015年8月23日時点)。

彼はご存知の通り多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業し、現在アートディレクターをやりながら多摩美術大学統合デザイン学科の教授も務めています

実際には、まだこの学科自体設立から2年目で、佐野教授自身講義を行うことは今までにほとんどありませんでした(というか、私はまだ彼の講義を一回しか受けていません)

統合デザイン学

統合デザイン学科は、多摩美の本キャンパスとは別の上野毛キャンパス世田谷区)にあります

学科長はプロダクトデザイナー深澤直人教授で、そのほかに、ウェブデザイナーインターフェイスデザイナー中村勇吾教授HAKUHODO DESIGNの永井一史教授、そしてアートディレクター佐野研二郎教授の4人と統合デザイン学専任講師先生構成されています

現状、学校によくいらっしゃるのは深澤直人教授統合デザイン論)と中村勇吾教授メディア技術概論)で、あとのお二人は統合デザイン論に前期で一度講義をしたぐらいです。3,4年から講義が「プロジェクト」という形態に変わり、そこで教授別にクラスが再度編成され、たぶんそこからお二人もがっつり学校にいらっしゃるようになるはず。

世間的に言えば「つぶしのきく」学科だと思われがちなのですが、実際には「デザインベーシック」つまりデザインの基礎を最初の2年間で徹底的に教わり、そのベースを生かして次の2年間で社会的ローンチできるプロジェクトデザインを学んでいきます。具体的には現在グラフィックプロダクト・インターフェイス描写などの必修と、そのほか選択を受けています教授の顔ぶれをみてわかる通り、細分化されたデザインあらためて"統合"することで、「これからデザイン」に特化した人材を育成する学科です。現在デザインのものが非常に広い意味をもつようになり、そんな時代において「グラフィック」や「プロダクト」などに特化しているだけでなく広い知識と経験を持った人材必要とされています一見デザインとは直接関係のないようなこと(たとえば佐々木正人さんによる『アフォーダンス』の講義)や、表面的なグラフィックの造形技法からCADを利用した立体物、Webやメディアアート作品などに応用されるプログラミングなどいろいろな技術を学ぶことと同時に、それに付随する感覚みたいなもの学習しているように感じます。実際、そういった感覚みたいなぼわっとしたもの現場で役立つこともあり、領域の垣根を越えることでみえてくることや繋がることもたくさんあります

武蔵美の基礎デザインとどう違うのか、と聞かれることがあるのですが、基礎デとは根本的に近いはずです。学科長は原研哉さんで、そもそも深澤教授は基礎デザイン学科の教授だった)

(とにかくやることが多いので、課題の量は半端ないです。たまに自分がなにやってるのかわからなくなります。あと先生たちもまだどのくらいの量の課題を出したら学生達の生存に関わるのかをよくわかってないっぽい。勘弁して欲しい。)

先ほども言った通り、まだ学科が生まれから2年しか経っていないので、3,4年を経験した学生はいませんし、卒業生もいません。だから就職先のデータもなく、倍率はそこまで高くないのですが、統合デザイン学科特有のコンセプトに魅力を感じて、たとえば多摩グラ受かったのに蹴ってこっちに入学したり、試験内容が東京藝大のデザイン学科に似ているところがあるので(平面構成)そこを目指す人たちが受けたりすることもあるみたいです。

〜〜

ざっと学科についてはこんな感じです。詳しくは学科サイトをみたり、各教授のNHKプロフェッショナルとか本をみたりしてみてください。デザインに興味のない人でも、おもしろいと感じる点はきっとあると思います

さて、たぶんこれを読んでるみなさんが一番興味があるのは佐野研二郎さんについてだと思うので彼の話題に。

オリンピックエンブレムについて

 関係ない話ですがエンブレム発表の前日に佐野教授現場の手伝いに行った視デの友人曰く、めちゃくちゃ笑顔だったようです。彼自身亀倉雄策さんのオリンピックエンブレムがかなり好きで、それを(いい意味で)引用して新しいエンブレムを作り出し、それが選考で選ばれたんだから、嬉しくない理由がわかりません。

 最初自分があのエンブレムをみたとき直感的にかっこいいと思いました。シックで、いままでのオリンピックエンブレムとは一線を画すような新しいデザイン、新しい東京イメージを担ってくれるような力強いものに感じました。そしてそれと同時に、あ、きっとこれ佐野さんのデザインだ!と思いました。たぶんそう思った要因の一つに、中央の「黒」の棒の部分があります。完全な黒ではありませんが、こういったエンブレムで無彩色の黒を使うのは一般的にはわりと暴力的結構批判もきそうだなと思ったのですが、そもそも佐野教授自身黒色を多く用いることで有名なので納得がいきます。たとえば、「統合デザイン学科」のロゴやその周辺のデザインはすべて白と黒形成され、学科の、現状では異端であるもののそれがこれからベーシックになっていくはず、という考えや、力強い勢いを感じられ、学科学生の多くはこのデザインを気に入っています。他にも東京国際映画祭ロゴをはじめ黒を多用したものは多く、今回のエンブレムに関して喪章だなんだと言われていますが、まあそういうネガティブイメージで彼がデザインしたということはないかと思います

 造形的にベルギーデザイナーエンブレムと似ているということで炎上していますが、擁護派の皆さんが言っている通り、ああいった幾何学図形を利用したロゴマークである限り、なにか他のデザインと似てしまうのはしょうがないことです。というか、そもそもロゴの本とかをみると似ているもので種類分けされているぐらいです。造形的に似ているからといって、そのなかにあるコンセプトは異なります。造形的な点のみで「パクリ」だと決めつけてしまうのは、あまりにも強引なのではないでしょうか。今回のエンブレムは、エンブレムとしてのオリジナリティよりもその拡張性や普遍性を追求した、シンプルで力強いものだと感じています

 さらに、ベルギーデザイナーはそのロゴ商標登録していないとのことです。となると、エンブレム側にまったく問題がないと言っても大丈夫なのではないでしょうか。

 記者会見佐野教授感情的だったという話がありますが、もともと彼は自分自身でも「おれはキレキャラだ」とおっしゃっていたり、講義中に実際にキレてくれたりするので、まあ無理はないかなと思います。余談ですが彼は最近藤子・F・不二雄関係仕事が多く(映画TOYOTA広告成功から)、ドラえもんミュージアムにあるレストラン新聞広告用の写真を撮りに行った際「ジャイ子の“ハット”シュッドビーフ」がもう販売中止ということを聞いて、レストランの方に無理を言ってその場で作ってもらい、その写真新聞広告に載せメニューを復活させたという逸話があります。好きなものに対してのオシは誰よりも強く、普段から感情的にはなりやすいような人なのだと思いますhttp://fujiko-museum.com/blog/?p=18605/

 このエンブレムに唯一問題があるとすれば、なんとなく「高揚感」が感じられないところです。ただ、それは佐野教授問題があるのではなく、それはこのデザインをたくさんの候補の中から選んだ選考委員問題があるのです。他に、もっとオリンピックらしさ」があって、高揚感の感じられるデザイン案なんていくらでもあったはずです。

 その選考一般的選考会の方式をとっているのであれば、いまいわれている佐野さんのデザインから特別に選んだということ憶測もありえないのではないでしょうか。基本的選考名前を伏せるはずだし、原研哉さんや葛西薫さんをはじめ他にも応募した有名デザイナーはたくさんいらっしゃいます(応募基準も厳しい http://www.fashionsnap.com/news/2014-09-19/olympic-tokyo-emblem/)。

トートバックについて

 これについては、一人のデザイナーとしても、いち仕事人としてもありえない行為だと私は思います。まったく擁護できません。佐野教授下の人がやったとしても、「佐野研二郎デザイン」と書いてしまたからにはそれなりに彼にも大きな責任が生じるし、そもそも画像からまるごとトレース(というよりコピペ)するのはまさに「パクリ」で間違いないと思います。いかに制作環境が劣悪だったかがわかります一般的デザイナーであれば、なにかをトレースする際、そういう素材の揃ったサイトに月額とかでお金を払って利用したりしていることがほとんどかと。こんなやっつけ仕事お金がもらえるなんて、純粋に「いいなー」と思いました。バレてよかったですね(今後のMR_DESIGNのためにも)。

デザイン業界は"腐っている"?

 ネット上では佐野教授周辺の関係図みたいなもの話題となっています審査委員が同じだとか、広告代理店が牛耳っているだとか、いろんな話があります。つまりデザイン業界は身内のなかで行われているということです。残念ながら、それは確かにあると思います業界内で評価するシステムというのは確かにあるし、長嶋りかこは彼の直属の後輩です。

 自分の話になりますが、私は実はまったくデザイナーになりたいと思っていませんでした。多摩美の、統合デザインに入りたいと思ったのは、まさにそのコンセプトに魅力を感じたからです。深澤教授のおっしゃっていた「いいものを触った時、『これがほしかったんだよね』と人は言う。本当に欲しい物のかたちは、すでに決まっている。」この言葉が、デザインのみならず広い意味で今後の「デザイン」に応用できると思ったのです。だからいまでもグラフィックプロダクトをやりつつもそれが最終地点ではなく、デザインという思想や考え方をあらゆる事柄に応用していきたいと考えています。そういうことを学ぶには、ぴったりな学科です。そして受験勉強をするために、予備校に通い始めました。そこの授業ではあらゆる有名デザイナー作品が取りあえげられるのですが、その中にはどうしても理解できないものもありとても悩んだこともありました。もしかしたら、そういったものなかに現在問題視されているような業界評価システムの土壌でうまれものもあるのかもしれません。

 一般人に受け入れられにくいデザインは、果たして優れたデザインと言えるのでしょうか。なにをもって、ただのデザインは優れたデザインになりうるのでしょうか。その答えはまだ私にはわかりません。

そのほかのデザインについて

 いま、どんどん新しい「パクリ疑惑」のデザインネットユーザーによって見つけられてきていますが、デザインの歴史が深くなり文脈形成されていくと、そこには明らかな引用模倣も増えていきます。それはどんな文化でも同じで、音楽なんかもそうです。デザインスタイルであり、継承されていくものなのです。だから、造形的な面でなんでもかんでも「パクリ」と決めつけられてしまうと、デザインの歴史が続いていくことそれ自体否定することと同じになってしまます。なにかから影響を受け、文脈形成されていくことを「パクリ」の一言否定しないでください。

 今回の件で佐野教授問題があったことも明確になりましたが、一方で、彼の講義を受けていたからかもしれませんが、とてもじゃないけどオリンピックエンブレムにおいて彼は雑な仕事をするとは思えません。

亀倉雄策仕事で一番好きなのは1964年東京オリンピックエンブレムだ。シンプルで力強く、唯一無二のデザイン。いつの日かこのようなシンプル骨太仕事がしてみてみたい、と思うようになった。ニッポンを、世界を、あっといわせる仕事。一生に一度でいいからそういうデザインをしてみたい。シンプルであること。明快であること。太くあること。Simple. Clear. Bold. ある日から僕のデザインの指針となった。デザインとはなんだ。デザインにはなにができる。そういう自問自答を繰り返した。(中略)目の前の画面は世界に確実につながっている。デザインシンプルで深い。考え、それを超えるべく手を動かし、また考え、また手を動かす。邪念はいらない。デザイン思想だ。簡単に。深く。明快に。太く。でも簡単に。ストレスはある。でもいつも朗らかである。そういうデザイナーでありたい。デザインの道はまだまだ続くのだ。負けない。僕には亀がついている。亀はゆっくり、確実にやってくる。

佐野研二郎

 エンブレム問題トートバックの問題根本的にまったく異なるものです。そこを一緒にしてしまうことが、今後のデザインを殺すことにつながりかねません。

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(追記1) より主観的意見です

エンブレムについて、おそらく審査員も彼の作品だと見ただけで分かる人もいたかと。黒を使用したこと、そしてあのTOKYO 2020のフォント。あれは東京国際映画祭ロゴでもおそらく使用していましたし、彼のデザインだと一目でわかる点でもあります。正直、あのフォント幾何学図形を用いたあのデザインにとって最も理想的フォントであったとは思いません。

学生じゃないだろみたいな意見をみて「いや学生ですけど・・・」と匿名なりに思ったりしたしそれを証明できないのもなかなか悔しいのですが、多摩美術大学統合デザイン学科の学生です。「業界の端っこにいるみたいな気分になってる時点でこの界隈の闇を感じた」美大って、セミプロみたいな人が集まるんだと思います。それは、一般大学とは別の特殊試験内容が課せられるからで、それをクリアするために誰しもある程度のレベルの状態で入学してきます。そういった意味で、業界の端っこみたいな感覚私自身拭えない点です。生意気だと思われてしまったら、申し訳ないですが・・・

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(追記2)

ベルギー側が商標登録していないためエンブレム盗用疑惑について私は「まったく」問題がないと書きました。著作権がある、ということだけでエンブレムとの類似性を訴えられるのであれば、本当にどんなデザインでも訴えられてしまます商標というシステムは、そういう意味でも機能している。ただ、自分自身勉強不足でもあるのでもっと調べてみますhttp://ipfbiz.com/archives/olympiclogo.html たださっき調べたら、東京オリンピックエンブレムもまだ商標登録が済んでいないとのことで・・・w

佐野教授への評価は、私自身、下がりました。学生とき評価とかなにを偉そうにと言われるかもしれませんが。こんな仕事をするひとにはなりたくないな、と純粋に思いました。トートバックのような小さな仕事でも、しっかりと制作しなければ、大きな仕事、つまりオリンピックエンブレムのような仕事ダメになるというか、結局ものをつくるとき姿勢ってそのひとの評価デザインにもちゃんと反映されるんですね。この一件はデザイナー関係者、それを学ぶ学生、もしくはいままでデザインの外部にいたとされていた人たちにとって、デザインとはなんなのか、パクリ模倣とはなんなのか、そういったことを知り考えるきっかけとしては良い機会になったと思うのです。だからこそ、そこで歪んだ考え方や間違った見解が社会に浸透していくことは、できるだけあってはならないことだと思います。なにが正しくて、なにが間違っているのかすらよくわからない時代ではありますが。

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(追記3)

多摩美情デに関する批判は完全に話題から脱線している内容であり、改めて読んでも全く的を得ていないものです。訂正しお詫びします。大変申し訳ありませんでした。

・ご指摘の通り「在日」や「売国」などに関しては一部のネットユーザー根拠のない事実拡散しているだけだと認識しています。この一件を複雑化させるだけだと感じたので訂正しました。

2015-07-25

虚構新聞対策

最近は、あまり見なくなったけど、リンクされてる文字列タイトルに「虚構新聞」って書いてないから、思わずクリックしちゃったじゃないか。虚構死ねかいう、とてもとても繊細な人を、割とよく見た時期があって。

そんな繊細な人のために、ユーザースクリプトとかを考えていたんだけれど、作るのが面倒になってやめたので、コンセプトだけ。

2015-07-09

カメラレンズ真実を写しているのか

昔、一眼レフを買ったときに舞い踊る気持ち紅葉写真を撮りにいった。

そして、一枚写真を撮ったときに、私はものすごく衝撃を受けた。

なぜかと言うと裸眼で見る紅葉より、一眼レフを通した紅葉のほうが美しかったのだ。

バカかと思われるかもしれないが、私はそのとき相当困惑した。

一生懸命頭を悩ませ、いろんな人に話を聞いた。

レンズから見える世界真実ではないのか、と

さまざまな答えが返ってきたが、一番印象に残っているのは

レンズ補正がかかっている場合がある

裸眼で見えるものには限界がある

という二点だった。

よって私はカメラレンズ裸眼で見える意味での真実は写していないという結論となった。


これは2年前ぐらいの話なのだが、つい最近あるプロモーションビデオを見た人のコメント

「こんなに美しい世界を普段見ていたということに改めて感動しました」

みたいなのがあって、過去経験より違和感を覚えた。

カメラレンズを通してない限り、その世界は見えない。

そして常にカメラレンズ私たちの目につけているわけではないとすると、その世界存在しないのと同義なのではないか。


中学生の頃授業で読んだ文章で、はっきりとは覚えていないのだが

世界から色が消えるときは、白と黒しか判断できない犬のみがこの世に残ったとき

 たとえカラフル景色存在しているとしても、この世にそれを見ることができるものがいなくなれば、世界から色が消えることと同義だ」みたいな文章を読んだことを思い出した。

それに似ている気がした。

まり何が言いたいかというとプロモーションビデオの内容と普段わたしたちが目にしているもの

別物と言ってもいいのではないか、ということ。

から悪いということでもないし、あんまり深く考えずに美しければいいじゃん、みたいなことを言われそうだが

なんとなく思ったことをまとめてみた。

2015-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20150613002556

ちなみにそういうのをやる仕事はなんていうか知ってる?営業って言うんだよ。

会社って営業だけしかいないと思う?なわけないよね。その裏でサポートしている人がいる。この人たちはなんていうか知ってる?事務。彼らはそんな肉体労働するわけないよね。まあPCの移動などの多少の肉体労働はするだろうが。

それで彼らを採用するのはどんな人達か。人事。お金管理しているのは。経理。他にもITなら開発職としてシステムエンジニアという人達もいる。彼らは社外に出ることはあるにはあるが、それが常ではなく、基本的オフィスの中での仕事がメイン。

君の思っているきっつい仕事けが全部じゃないし、君の思っているエリートはきつくないかっていうとそんなことはないよ。そして、きついときはきついし、きつくないときはきつくない普通な仕事もある。

君はこの普通な仕事について、もっと詳しく調べるべきだね。

会社白と黒だけじゃない。上じゃなくたって下じゃなくたって横にだって道はあるんだよ。

2015-06-08

世の女性は地味子というニーズを知ってください


イベントで知り合った女性デートしてきた。

LINEでしきりに「自分は地味だ」「通勤中の姿なんて見せられない」「スカート持ってない」と繰り返すので、

自分は落ち着いた感じが好み」「頑張りすぎてもつらいから普段通りでいいよ」と伝えたけど伝わらず、

カフェ駐車場に現れた彼女は不慣れな化粧とスカートのせいで、ぶっちゃけ最初は誰だかわからなかった。


この前と雰囲気違うね、控えめにそういうと彼女は「頑張ってきました~!」と満面の笑みを浮かべて僕の顔をじっと見る。

ああ、自分のために頑張ってくれたのはすっごい嬉しい。笑顔も最高にかわいい

けど残念ながら、僕の好みからは離れていた。


聞けば周囲の女性から「やっぱスカートっしょ! メイクバッチリ決めなきゃ!」みたいなアドバイスがあったそうだ。

違う、そうじゃない、普段のありのままでいいんだ、僕は地味子が好きなんだ。まぶたの紫色キラキラとかマジやめて。

なんで紫色なの? チアノーゼなの? 救急車呼ぶ? それとも冠位十二階? マウンティング女子ってこと?

付け焼刃メイクよりも、せっかくがんばるならメガネをかけてほしい。かけるだけでいいから



異性のための頑張りが空回りしてしまうことは、僕にも覚えがある。

僕は自分に自信が持てなくて、ネットにあふれるモテTipsをいくつも読んで、髪をセットし、香水をつけ、

体重を20kg近くも落とした。


だけどある時、ようやくできた彼女に聞いたところ、髪型香水よりも、気遣いとか、会話やLINE面白さだとか、

何より自分雰囲気が合うことが重要なのだそうだ。肌色ベイマックスのようなお腹もかわいく見えるらしい。


もちろん彼女女性代表というわけではない。

けれど、むしろ髪なんかセットせず、「これで大丈夫なのか?」ってくらいが、地味子にはウケるらしい。

ちなみに彼女も地味子だった。服のカラバリは白と黒と青しかなかった。残念ながら別れてしまったが。


同じくモテるために筋トレに走った知人は、僕よりもはるかスリムマッチョスリムだし職業ハイスペック

だけど残念ながらモテない。話がつまらなくて、何より空気が読めないから

本当に異性に求められる努力ができていない。



なぜそうやって空回りしてしまうのかというと、自信のなさの裏返しなんじゃないかと思う。

自分の自信のなさや嫌われる恐怖への処方箋として、髪型香水ファッションメイクで補強して、

自分大丈夫だ」と思うのだろう。かつて僕がそうだったように。いま彼女がそうであるように。

から僕は声を大にして言いたい。


1.その努力は、本当に相手のため? それとも自分のため?

2.相手の好みは素直に相手に聞いたほうがいい。ぶっちゃけトークは距離を縮める。

3.相手から認められ、好まれることが、何よりも自信につながる。

4.自分が地味だと卑下する女子は、「地味子」が好きな男がいることを知ってほしい。

5.だから世の地味子には自信を持ってほしい。天然のお刺身を安いフライにするようなマネはやめてほしい。

2014-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20140507221138

救うってのもそれはそれで超上から目線だろ。

で、見下してるヤツは自分とは違うと思ってる。

違うよ、両方共最低なんだよ。

で、お前は「俺は違う!」という無意識の上でこの文章を書いてる、最低なヤツ。

じゃあ何が正解かというと、物事は白と黒だけじゃない、灰色の事だらけ。ホームレス灰色と捉えるべきが正解なんだよ。連中、好きでやってるヤツばっかなんだから、救うってのも連中からしたら「はぁ?」って感じ。

2014-04-26

円城塔本の雑誌の連載「書籍化までn光年」で取り上げた本のリスト

http://anond.hatelabo.jp/20140421200127

書籍化まで7光年 (2009年)

  1. アンドルー・クルミー 『ミスター・ミー』    「『ミスター・ミー』とドップラー効果恋愛小説
  2. ポール・オースター 『幻影の書』    「オースター百%の『幻影の書』と本のスカート
  3. ピエールバイヤール 『読んでいない本について堂々と語る方法』    「読んでいない本を語る方法と「特性のない本」」
  4. ジョン・クロウリーエンジンサマー』    「言葉の"ずれ"と物騒な本」
  5. 浅暮三文ぽんこつ喜劇』    「ひよこサクラ実験小説
  6. シュボーンロバーツ 『多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者』    「迷走と眩惑の理学タイトルの謎」
  7. David Flanagan 『プログラミング言語 Ruby』    「プログラミング言語小説屋」
  8. ジャック・ルーボー 『麗しのオルタンス』    「超絶馬鹿技巧小説『麗しのオルタンス』に隠された秘密
  9. ジャック・ルーボー 『麗しのオルタンス』    「数と音楽の秩序で作られた希代の小説
  10. ヒュー・ケナー 『機械という名の詩神』    「文学テクノロジー作家関係
  11. チャールズ・ストロス 『アッチェレランド』    「全編ボケ倒しのすごい奴」
  12. 多和田葉子ボルドーの義兄』    「『ボルドーの義兄』謎の276文字を追う」

書籍化まで6光年 (2010年)

  1. パウル・クレー新版 クレー日記』    「小説のような日記日記のような小説
  2. 中野美代子ザナドゥーへの道』    「多幸感に満ちた文字の連なり」
  3. ジャック・ルーボー 『麗しのオルタンス』    「『麗しのオルタンス』ジャック・ルーボーに直撃質問!」
  4. ミロラド・パヴィッチ 『帝都最後の恋』    「タロットにしたがって読むパヴィッチの本」
  5. ダンガードナーリスクあなたは騙される』    「現実小説よりハッピーなのだ!」
  6. ティーヴ・トルツ 『ぼくを創るすべての要素のほんの一部 』    「長い小説が書けない理由!?」
  7. 大野克嗣 『非線形世界』    「単純素朴なのになぜか伝わらない本」
  8. ジル・プライスバートデービス 『忘れられない脳』    「ジル・プライス忘却のない人生
  9. クラーク・アシュトン・スミス 『ゾティーク幻妖怪異譚』    「「そういう人」スミスが好き」
  10. スタニスワフ・レム 『泰平ヨンの航星日記』    「レムの欠番を埋めるのは」
  11. エミーリ・ロサーレスまぼろし王都』    「見えないものが見える瞬間」
  12. イヴィッド・レヴィット 『数式に憑かれたインド数学者』    「稀代の数学者架空伝記」

書籍化まで5光年 (2011年)

  1. ブノワ・デュトゥールトゥル 『幼女煙草』    「不穏さに満ち満ちた『幼女煙草』」
  2. スマイル・カダレ 『死者の軍隊将軍』    「不思議な国アルバニア戦争小説
  3. 高橋陽一郎 『変化をとらえる』    「数学教科書いろいろ」
  4. サイモン・シンエツァート・エルンスト代替医療トリック』    「代替医療に挑む議論の書」
  5. 辻原登 『闇の奥』    「辻原登は変である
  6. 柏野牧夫 『音のイリュージョン』    「聴覚だって騙される」
  7. マックス・ブルックスWORLD WAR Z』    「語り伝える書」
  8. ジェラルディン・ブルックスマーチ家の父』    「網目だらけ」
  9. グレゴリー・コクランヘンリー・ハー ペンディング 『一万年進化爆発』    「淡々進化中」
  10. イヴィッド・グラン 『ロスト・シティZ』    「見えない都市
  11. Federico Biancuzzi、Shane Warden 『言語設計者たちが考えること』    「言葉を作る人たち」
  12. A・R・ルリヤ 『偉大な記憶力の物語』    「無限記憶を持つ男」

書籍化まで4光年 (2012年)

  1. V・S・ラマチャンドラン、D・ロジャース=ラマチャンドラン 『知覚は幻』    「美の起源?」
  2. Charles Yu 『How to Live Safely in a Science Fictional Universe』(『SF的な宇宙安全に暮らすっていうこと』)    「ウーのくすぐり芸」
  3. マット・リドレー 『繁栄』    「人類は滅亡しない?」
  4. ウンベルト・エーコ 『バウドリーノ』    「エーコが好きだ!」
  5. Steven Bird、Ewan Klein、Edward Loper 『入門 自然言語処理』    「見えない辞書
  6. エットハミ・ムライ・アメド 『モロッコ食卓』    「信楽焼タジン鍋
  7. ピーター・ペジック 『青の物理学』    「青の見取り図
  8. クリストファーチャブリス、ダニエルシモンズ錯覚科学』    「見えないゴリラ
  9. 大沢文夫 『大沢流 手づくり統計力学』    「百円玉実験不思議
  10. トルケル・フランセーン 『ゲーデル定理――利用と誤用の不完全ガイド』    「ゲーデルさんごめんなさい」
  11. Mark Kac 『Kac 統計的独立性』    「数学者をつくる本」
  12. ロザリー・L・コリー 『パラドクシア・エピデミカ』    「矛盾と逆理の入門書

書籍化まで3光年 (2013年)

  1. レベッカスクルート 『不死細胞ヒーラ』    「ヘンリエッタ細胞
  2. ジョン・パウエル 『響きの科楽』    「宇宙人にあげたい本」
  3. 山田風太郎旅人 国定龍次』    「山田風太郎輪郭
  4. レニー・ソールズベリー、アリー・スジョ 『偽りの来歴』    「世界改竄
  5. Bruce A. Tate 『7つの言語つの世界』    「たくさんの言語
  6. 寺田尚樹 『紙でつくる1/100の世界』    「これは本です」
  7. アンソニー・ドーアメモリー・ウォール』    「非SF作家SF
  8. オリヴァー・サックス 『心の視力』    「サックスおじさんの症状」
  9. ダニエル・アラルコン 『ロスト・シティレディオ』    「読んでも未知の本」
  10. P・Gウッドハウスジーヴスとねこさらい』    「"ゆるさ"のシリーズ
  11. ヴィクトリアブレイスウェイト 『魚は痛みを感じるか』    「魚の痛みの判定基準
  12. イヴィッド・イーグルマン意識は傍観者である』    「傍観者法学

書籍化まで2光年 (2014年)

  1. ブライアンクリスチャン機械より人間らしくなれるか?』    「純正人間の奮闘記」
  2. Clifford A. Pickover 『The Math Book』    「数学的あれこれ250」
  3. トレヴァー・ノートン 『世にも奇妙な人体実験歴史』    「楽しい自己人体実験
  4. フリオリャマサーレス無声映画のシーン』    「幸せ本棚
  5. ジョセフ・オルーク折り紙のすうり』    「折り紙数学
  6. ニール マクレガー 『100のモノが語る世界歴史』    「大英博物館のモノ」
  7. 根上生也四次元が見えるようになる本』    「四次元練習
  8. トーマス・トウェイツ『ゼロからトースター作ってみた』    「トースターを作る男」
  9. ロベルトボラーニョ『2666』    「ボラーニョの奔流」
  10. ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』    「言語世界の見え方」
  11. D・マンフォード、C・シリーズ、D・ライトインドラの真珠』    「空海フラクタル
  12. V・S・ラマチャンドラン『脳のなかの天使』    「九つの美の法則

書籍化まで1光年 (2015年)

  1. 川添愛『白と黒のとびら』    「数学小説の融合」
  2. リチャード・パワーズ幸福遺伝子』    「純文とSF
  3. ロン・カリージュニア神は死んだ』    「真正突破短編集」
  4. ラウディアハモンド『脳の中の時間旅行』    「素朴に語る時間の話」
  5. Franco Moretti『Distant Reading』    「遠くから見る世界文学
  6. Lev Manovich『Software Takes Command』    「新しい思考の道具」
  7. デイヴィッド・マークソン『これは小説ではない』    「小説ではない小説
  8. シャロンバーチュ マグレイン『異端統計学 ベイズ』    「紛糾する統計学
  9. 内村直之『古都がはぐくむ現代数学 京大理解析研につどう人びと』    「数学という営み」
  10. Stanisław Lem『Summa Technologiae』    「レムの『技術学大全』」
  11. M・G・ヴァッサンジ『ヴィクラム・ラルの狭間世界』    「言葉より速く」
  12. 語り手 姉崎等、聞き書き 片山龍峯『クマにあったらどうするか』    「クマにあったら」

書籍化まで○光年 (2016年)

  1. ピーター・H・ディアマンディス、スティーヴン・コトラー『楽観主義者未来予測』    「未来は本当に暗いのか」
  2. ジェシーケラーマン駄作』    「いない、いない、の本」
  3. キャサリン・ゴヴィエ 『北斎と応為』    「歴史小説の書き方」
  4. 横山悠太『吾輩ハ猫ニナル』    「色んな言葉が混ざる小説
  5. 佐久間保明監修、本庄千代編『しかけ絵本世界』    「四角な本の大革新
  6. エミリー・オスター『お医者さんは教えてくれない 妊娠出産常識ウソホント』    「経済学者出産育児論」
  7. クレイグ・モド『ぼくらの時代』    「オモチャ電子書籍
  8. Noam Nisan、Shimon Schocken『コンピュータシステム理論実装』    「コンピュータをつくる」
  9. マーティンガードナーガードナー数学パズルゲーム』    「人生を変える数学パズル
  10. ピーターメンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』    「「読む」を考えさせる本」
  11. 遠藤侑介『あなたの知らない超絶技巧プログラミング』    「プログラミングロマン
  12. ベン・H・ウィンタース世界の終わりの七日間』    「世界の終わりへ続く日々」

書籍化まで△光年 (2017年)

  1. 奥修『珪藻美術館』    「ぞわぞわ感の境界
  2. マークチャンバーランド『ひとけたの数に魅せられて』    「ひとけたの数を語る本」
  3. ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク『生物はなぜ誕生たか』    「地球が生まれから歴史
  4. ライナー・クニツィアダイスゲーム百科』    「機械が作るゲーム
  5. ウンベルト・エーコプラハ墓地』    「史上最大の偽書の成立秘話
  6. ユーディット・シャランスキー『奇妙な孤島の物語』    「紙に書かれた五〇の島の物語
  7. 高野秀行『謎のアジア納豆』    「納豆とはにかみ」
  8. ロビンダンバー人類進化の謎を解き明かす』    「友達は二百人できません」
  9. アンソニー・ドーア『すべての見えない光』    「ドーア言語兵器
  10. ティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?』    「変化する音楽生態系
  11. 鈴木真治『巨大数』    「書くことのできない数」
  12. コマヤスカン新幹線のたび 金沢から新函館北斗札幌へ』    「視点がひっくり返る絵本

書籍化まで□光年 (2018年)

  1. まつもとゆきひろまつもとゆきひろ 言語のしくみ』    「言語のつくり方」
  2. 原武史政治思想史』    「物から読み解く政治思想
  3. マリオ・レブレーロ『場所』    「どこまでも続く部屋」
  4. 横山茂雄『神の聖なる天使たち』    「ディーとケリーの奇妙な運命
  5. ルシオ・デ・ソウザ、 岡美穂子『大航海時代日本人奴隷』    「記録に残されなかった者たち」
  6. 倉谷滋『分節幻想 動物のボディプラン起源をめぐる科学思想史』    「「発生」をめぐる学問歴史
  7. イチカワヨウスケ『野菜だし』    「レシピと伝達」
  8. 古賀弘幸『文字と書の消息』    「文字歴史の広がり」
  9. 赤野工作『ザ・ビデオゲームウィズ・ノーネーム』    「2115年のゲームレビュー
  10. 本山尚義『全196ヵ国おうちで作れる世界レシピ』    「世界196ヵ国の家庭料理
  11. フレット・スメイヤーズ『カウンターパンチ 16世紀活字製作現代書体デザイン』    「美しい活字への道」
  12. ジェニファー・ダウドナ、サミュエルスターバーグ『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術発見』    「遺伝子編集の新技術

2014-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20140417011931

体の模様があるといい。絵はいらない。

鼻のところにすこしだけブチがあるとか、背中の前足の部分から白と黒でわかれてるとか、

他の猫と違いそうな特徴を書いておくだけで、結構わかってもらえる。

2014-03-22

子猫の代償

近所で子猫がわらわらしている。

3匹いるようで、どうも野良猫のようだ。

猫嫌いの隣人y本さんが可愛そうだけど保健所を呼びます

っていうので、あまりにもあんまりなので引き取ることにした。

白と白と黒のぶちと、キジトラがいて、

ソレゾレ大きさが違った。

ああ、子猫にも大小あるんだなぁって思った。

2013-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20130930144802

台湾人女性の「甜美味」をあなたは知る機会があったら、もう一度同じ記事をあなたは書くだろうと予言してみる。

リアル知人の台湾人女性40歳になろうが、結婚しようが、

キティちゃんで部屋を埋め尽くすし、

もちろん同窓披露宴パーティロリロリピンクピンクドレスアクセサリー、バッグで揃える。

え、何人見たかって?

驚くべきことに20人くらいそうだったんだよ…

そして、そうでないタイプ女性は薄め赤色ドレスエナメル白×ピンクアクセサリーにバッグが多かった。

(中華圏では結婚式披露宴にお客として行く時、白と黒の組み合わせは禁忌葬式スタイルと言われてしまう)

強烈な人はどこにでもいる。

もっとすごいの見ておいで。

2013-05-30

iPhoneが「たまごっち」化しつつあるという

白色がプレミア価格で取引されていた頃ではなく、流行が完全に終息し、内蔵されてるボタン電池よりも安くたたき売られていた頃の、である

どうやら女子中高生の間ではiPhoneスタイリッシュな憧れのアイテムではなく、目の前の流行安直に飛びついたバカの証として忌避されつつあるらしい

特に爆発的に普及したiPhone44S、5あたりは基本的なデザインが同じでカラーリング白と黒しかなく、カバーストラップの類でしか個性を出せないのが、少しずつではあるが競合製品(といっても実質Android搭載スマホだが)の多様な形状、デザインに対して見劣りしつつあるのだとか

また、発売から時間が経過すればするほど安くなるのも知られているため、今春の進級、進学を機に最近購入した者は「値段の安さに釣られて今更のように飛びついたにわか者」と仲間内から陰口を叩かれる事もあるそうだ

2013-05-18

頭がおかしくなっている

なんでこんな馬鹿げたことをしているのだろう.

白と黒の間を中途半端にふらついて,金と時間を惜しげもなくドブに捨てて,俺は何をしているのか.

 

彼女最後まで幸せにするのが俺の幸せなんじゃないのか?

それともまだ自分の醜悪な劣等感に抗いながら生きていくのか?

俺の幸せは,グロテスク自己内面と戦うことで得られるのか?

うそろそろいい時期なんじゃないのか?

 

彼女に尽くして,外したのか外れたのかも忘れたあの軌道に引き直して,またそれなりの社会的地位を取り戻して,それで充分幸せなんじゃないのか?

そのくらいの余力はまだ残ってるだろ?中途半端さえやめれば,鬼にさえなってしまえば承認欲求だってきちんと満たされるんだ.

今のうちに基盤さえ作っておけば趣味だってまた始められるし,

お前の可哀想な弟にも.そこそこうまい飯と,あったか寝床を与えてやれる.

それでいいじゃないか

俺はもうそれでいいじゃないか

2012-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20120930220152

いや、実際問題。白と黒以外は 他の家電だって 売れない(正確には売れにくい)ってのは事実

ビビットな色は、模様がえに追従しにくいしね。コストかかる割には売れにくい。その一端には流通在庫の問題もあるんじゃないかと。

量販店在庫抱えるの嫌がるからね。だからBTOで直送にでもしない限りは、色は出てこない。

需要はあるけど、少ないという事実もっとも、その少ないニーズをどう拾うか?というのはあると思う。

 

ただ、木目調とか、高級感 および、質感という路線は考えてほしいなとは思う。

黒と言ったって、いろんな黒があるんだが。と。

最近は、良いデザインも増えてきたが・・・いかんせん、黒は黒でも全体デザインとして悪いというのは、あると思うよ。

正直、オーバーベゼルマウント にはしてほしい。 ベゼル用のマウンタ穴つけておいて欲しいんだよね。

まぁ、シールでもいいけど。

あとは、IRの受光部はベゼルの上につけて欲しいとかね。下だと干渉することがあるんだよね。他のものと。

台の上には物が置かれることがあるって、考えてくれない。 センタースピーカーは当たり前、ぬいぐるみ置くやつだっているだろうに。

全体的に、コストばっかりで、いわゆる おもてなし は 少ないよなぁと思う。

2012-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20120531213113

20年位前に穿いてたぜ。白と黒の縞で妹はパンダさんのパンツなんて言ってたけど。

穿いてる写真なんてもちろん残ってないし、万一残っていたとしても小学校高学年の下着姿なんて今の御時勢やばいので

証拠の提示は不可能だけれども。

自分が見たことが無いか現実存在しないとか滑稽すぎる。

2010-12-19

はてさて、もう2010年も終わりだ。

今年の一年は今までの人生で一番目も当てられない一年であったと思う、なんとも自由で堕落しきった一年だった。

人との関係を蔑ろした一年だった、人に縛られないことを自由に感じるより人に縛られることを不自由さを感じた。

望んでいたもの手に入れたつもりだったのに、ダラダラしているだけじゃ不満ばかりが募った。

変えたいと思うのはいつも夜で、次の朝には忘れていた。

逃げた、いろんなことから逃げた。逃げた先に更なる苦難があることを知っていながら逃げた。

今年得たことは何だろう?

不正のためのスキルとか

音楽趣味の幅とか

偏見とか

ファンタジーな本の趣味とか

胸を張って「これを得ました!」みたいのが無い。

あー、そういえば絶対はまらないと思っていたパチンコにあっさりはまった年でもあったな、それこそ週3ペースで行ってた。

今思うとぞっとするな。

一回持ち金が尽きて2ヶ月前くらいからやってないけど、いつ足元を掬われるかわかったもんじゃない。

それにしてもあれは凄いな、依存を引き起こす仕組みが。なんでちゃんと規制しないのかな?社会が悪いんだ(笑)たいな?

そういえば、人に対しての見方がひどく悲観的になった気がする。

人は自分のことしか考えてないんだーとか、弱肉強食だーとか、人は一人だーとか、人間なんて所詮動物だーとか、世界はもう征服されてんじゃないかーとか

それと働きもしてないな、知り合いの偉い人が「学生の本分は勉強」とか言ってたから、まぁそれなりに単位は取ったけど。

アホな大学だしな、自分を嫌いになるよ。ああいうトコは。自己認証がみるみる崩れて気がおかしくなってしまった。

ほんと、さっさと辞めてしまたいけれど、裕福でも貧乏でもない?両親の金で(もったいなさすぎて恐ろしい

行かせて頂いている学校だし、文句を親に垂れることはしてない、辛いとか言ったら全国の奨学生の目の敵になるから言わない、言えない。

あまっちょろくてごめんなさい。

そういえば、今まで自分の属するコミュニティの中に美人がいれば逐一惚れてきた、恋多き男だったはずなのにこの人と付き合いたいと思った人に出会わなかった一年だった。

昔の人はよく「恋こそが生きる原動力」だとか言うよね、まさにそうなのかもね。ぜんぜん服に金を掛けない、靴なんて一年ほとんど同じ靴だったことには自分ですら引いちゃうな。

人と会わないか必然だったともいえるけれど、どんどん俗世との隔絶が深まっていってるような気がする。

戦術論、販売、会計英語組織論サボった分の穴埋めも年明けまでにしなくちゃいけないなー

クリスマスの予定が無いんだよなー、家にいると肩身が狭いなー、あー

大晦日正月は昔の友人とその元カノ(顔見知り)とその友達(面識ほぼ無し)という前年と同じ奇妙な集まりがあるから寂しくはないんだろうけどなぁ

しいってなんだろうな、もう自分がそういうのに飢え過ぎていて、そのことにも気づかないことに気づいているレベルだよ、もう。

寂しくて泣いたのは今年が始めてだったな。

あーもうぜんぜん女の子と喋ってない、ヤバイ。っていうか男とも喋ってませんでした、声が出るか心配です

自分に嘘つきまくって、白と黒が逆になった。

好きなものは嫌いになったし、嫌いなものを好きだと思い込んだ。

しかったものは捨てるべきものになったし、

必要なものは不必要になったし、

持ってたものは無かったことに、

しいことは悲しいことに。

空虚だ、空っぽだ。

こういうのって、大体の青年期に訪れるらしいけど、やっぱり結構重症かもしれない。

しい死にたい

あー、そういえば高校の部活ではしょっちゅう「部活やめる」って言ってたよ、俺。

きっとかまってほしかったんだと思う。いい迷惑でした、ごめんなさい。

あー、でもだましだまし過ごすことに限界を感じてる気もしなくもなくもない。

くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

2010-11-08

http://anond.hatelabo.jp/20101108223524

アートイベントっておされな人とか個性的な人たちが多いんじゃないの?

と言っていながら、

大人しいのになんか印象として一クセある服装してたり。「目立ちたくないならユニクロジャストサイズのシャツスカート買えばいいのに。白と黒で」って余計なお世話なことを思ったりしてた。

と言う矛盾。

まぁ、個性的だけとおしゃれじゃないと。言いたいんだろうが。

なぜ自分はそんなに「キモイ・・・」と全力でひいてしまったのか

アートイベントに対する期待と実際に感じた事のギャップ。

日本アートシーンに対しての理解不足からくる違和感

そんな辺り。

日本と言う国は、他国と比較した場合に異常なほど無彩色に近い色の表現名が多い。

江戸時代平民に無彩色が推奨されていた時期があるからなんだが、わずかな違いで名前が違う。

黒ですら、黒、漆黒、濡羽色、少しでも色が付くと紅黒、黒緑、烏羽色などと呼ばれる。

そんな国のアートが、無彩色に近いどどめ色とか、豊富にある和彩色で表現されていても何も驚く事は無いと思う。

なぜ「キモい」ことはいけないのか?

理解できないから。

理解できないから、危険かどうかが分からない。

というか、理解できないものは危険な事が多いから避けたいと思うのは当たり前。

2010-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20100616182828

元増田です。

過去に、男女交際を全て禁じ、それどころかオナニーまで禁じ、でも性風俗は許容するような純潔教育存在していたことを踏まえると、「純潔」という言葉に敏感なのも当然かと思います。

なるほど、しかし「純潔」という言葉は私が言い出したものであって石原が使った言葉ではありませんよ。にもかかわらず石原は叩かれた。

それに、私自身「自分自身に純潔道徳を課していた」みたいなことを書きましたが、増田以外のところでこんなことを言えば「童貞負け惜しみ乙」とかへんな風に受け止められてまともに相手にされないのがオチですよ。少なくとも私が自分自身を律するためというためだけのあのような考え方でさえ、「そういう考え方があり得る」という程度にさえ受け取られないのが現状だということを考えると、単に宗教原理主義的な動きへの警戒というだけでは説明が付かないものがあると思います。

そしてたぶん、あなたは「自分責任が取れるようになるまでセックスは控えておいた方が自分のためだよ。どうしても無理なら避妊しなさい。」にも否定すると思うのだけど、それに対する反論は以前書いたとおりです。

きちんと教育した上で行うセックス危険性は、きちんと教育した上での自転車危険性とそう違うとは思いません。

いや、その言い方は否定しないし(ニュアンスは違うかもしれないが)、「以前書いた」という「反論」が具体的にどの部分にあたるのか読み返してみても今ひとつわかりませんでしたが、自転車危険レベルが同等とは思いません。

少なくとも都市部においては日常の移動手段として小学生ぐらいでも自転車を使うことに反対する理由は見あたりませんが、どれだけ「きちんと教育」したといってもたとえば中学生ぐらいがセックスすることがよいとは思えません。第一、あなたの書いたとおり「やるやつはやるよ。だって性欲あるもん」なのです。避妊をしなければいけない、とかそのあたりの自制心を働かせたり言い出したりできず、その場の流れで過ちをおかすことだって十分あり得るでしょう?中学生ぐらいって精神的にもそれぐらい未熟ですよ。教育避妊手段の整備という議論自体には同意しますが、あなたやフェミはその効果を過大評価しすぎていると思わざるを得ないです。

そもそも、危険性では圧倒的に低い酒やタバコにしたところで、「酒はやめておいた方が自分のためだよ。どうしても無理でも一気飲みだけはやめておきなさい」なんて生ぬるい教育が通ると思いますか?そんなことないでしょう。要するに、どうしても、「性」だけは特別視したいというイデオロギー的なもの(という表現が適切かどうかはともかく)を感じるのですよ。あなただけでなくて社会全体からね。

さて、後半は「性的主体」である未成年が自ら身体を売ったのに、なぜか買った側だけが責められるのかという話ですね。

いや、そういうことを言いたかったわけではないわけですが。売買春かどうかは本質ではありません。

そもそも、児童を直接的に性的対象とすることがなぜ虐待とされるかというと、未成熟であって性的主体たり得ない児童を直接的に性的対象とすることは児童人格を蹂躙しているからということで、強姦や強制猥褻が本人の意志を無視していることで相手の人格を蹂躙しているというのと同一線上にあるはずです。逆に言えば、成人を合意の上で性的対象とすることが許されるのは、成人は性的主体たりうるとされているからです。

さて、そこで、世の中ではたとえば、高校卒業時の性体験率が半数近くという現状を問題視すれば保守反動扱いされかねないわけです。だとすれば中高生あたりを性的主体と認めるべきだという意見が主流であると考えてよいでしょう。しかしそうだとすれば、中高生性的対象にすることは虐待ではないということになりますよね。これは論理的にあまりにも自明だと思いますが、違いますか。これはほとんど明らかなことなのに、どうしてそんな過激なことが主張できるのかというのがまず第一点。

そしてもう一つは、この問題をなんとか乗り切るとしても、その上で「児童性愛者は人間クズ、まして実際の行動に出る奴は極悪非道人非人で何の同情の余地もなし」というようなことを大勢の人は平気で言ってしまうのですが、それが怖くないのだろうかという疑問です。たとえば、現行法の運用みたいに「成人が未成年者を性的対象にすることは許されないが、未成年者同士は問題ない」とかして(これは「ごまかし」でしかないわけですが)なんとか第一点の問題を回避するとしても、たとえば19歳が17歳に欲情することは許すべからざる児童性愛であるということになってしまいます。少なくとも形式上はそうです。それが先のアメリカンジョークのおかしさです。もちろんそんな馬鹿なことを真に受ける人はいないでしょう。しかし、ここからもわかるように何が「児童性愛」であって何がそうでないかという境界は極めて曖昧なわけです。スローガン的に言えば「誰でも昔はロリコンだった」ということです。そして、いつまでが「昔」として許されるかはかなり微妙な問題なのに、児童ポルノ規制の議論ではそこがいつも完全に素通りされてしまっている。その結果、件の「サンタフェ児童ポルノか否か」という問題(同種の疑問は誰しも持つと思うのですが)にすら誰しも納得できる答えが出せないのに、一部の強硬な人を除いては「規制あるのみ、問答無用」で一致してしまっている。その意見が正しいか正しくないかというより、自分の首を絞めることになる可能性が誰も怖くないのか不思議でならない、それが第二点です。

説明が長くなりましたが、要は「グレーゾーンを無理に白と黒に切り分けてしまうことのおかしさやその弊害にどうして誰も気づかないのか、気づかないふりをしているのか」ということですよ。なんでみんな、この手の話が単純でもなんでもないことを見て見ぬふりをしているのか、あるいは本当に気づいていないのか、それがどうしても理解できないのです。

2010-03-11

漫画アニメの「非実在青少年」も対象に 東京都青少年育成条例改正案 (1/2)

ttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/09/news103.html

世界白と黒に分け、黒いものを抹消すれば物事がよくなるという思考は非常に危険です。もし青少年によくない影響を与える風潮があるのであれば、それは虚構ではなく、現実そのものでしょう。何の検証も行われないままに不快な虚構を抹殺してしまうのではなく、どんなに回り道であっても、この現実社会そのものをよりよくしていくことが、文化的な国のやり方ではないでしょうか。

2009-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20090602150212

「あえて言うw」ノリのネット極論に慣れ過ぎて、そうでない普通言葉の使い方が分からなくなってるんじゃないか。あと物事には白と黒のどっちかしかなくて、程度問題や論点の切り分けが分からないとか。今出てる例だったら「無免許高校生男子」が悪いか・悪くないかの区別しかなくて、悪いとするなら「同情出来ない」も「死んで当然」も一緒。まさに極論。

あとこういうのは、

俺は「同情出来ない」なんてオブラートに包んだ表現はしないぜ!善人面してる奴らとは違うぜ!それが俺のジャスティス

とか思ってそうだよな。

2009-03-13

白と黒で答えを出せるか?

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1223366.html

これを見て気持ち悪くなった。

痛いニュース管理人バイアスをかけて編集している部分もあるかもしれないが、一方的に不法滞在の一家と弁護士を責めているという構図にはすごく不気味さを感じる。

そりゃ、パスポート偽造はしてるし、不法滞在だし、ねらーが言ってることは正しいよ。

だけど、あまりに慈悲がなさ過ぎない?

自己責任とか言って切り捨てるのは、相手のいる状況に立って考えた結果なのか?

もし、目の前にその人たちが居て、同じことを言うなんて僕にはムリだ。

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