「アフォーダンス」を含む日記 RSS

はてなキーワード: アフォーダンスとは

2019-09-05

Aという環境ならば人間はBをする みたいな情報が欲しい

・肩幅の1.3倍以上の隙間は通れると判断し、進む

・横棒をくぐるか、またぐかは、足の長さの1.07倍を基準に変動します。(下ならまたぐ、上ならくぐる)

こんな感じの、Aという環境ならば人間はBをする みたいな情報が欲しい。

アフォーダンスで調べてたら出てきたけど、もっと探したい。

良いキーワードが無いから探せない。条件反射?ではないし。認識以下で判断してることだし。

2018-06-05

anond:20180604162819

平服でお越しくださいとコンサルティングがあった場合ビジネス鎧がコアコンピタンスであることを意味しています」←は?

平服ってランゲージには「ふだん着ていつつパラレルタスクを消化している衣服」って、この前読んだビジネス書に書いてあったよ。

この先の時代を生き抜いていけないキミそのスーツM&Aに高みを目指したり散歩に出かけたり、英字新聞読了したりするんですね。

え、「礼装じゃ...取引先との商談が上手く行くことがなくてもwinwinでしょう。一般的にはよ」と読み取れる意味話題になって、「改まった場所でも逆に恥ずかしくないアパレル」を着るのがコンプライアンスだって

じゃあそう言えばいいじゃない、それに私はこんな所でくすぶる気はないです。

こういう日本を変えないといけない。

平服」というランゲージにそんなアフォーダンスはありませんよ。

ビジネス用語不自由なんかな(笑)

まぁ、薄々感じてはいましたが。

この案件が激動の時代LAで流行忖度要求する形になるやり方ですか、また1つ勉強になった。

こうしたアンチテーゼに対して「真意が伝わらないというより、あえてしなかった」と言いたいことは分からなくもないよ、でもねエクスキューズしますように別途調整になんのかな、っていうね。

人材発掘はオフィスカジュアルで構いません。はい、今の発言シェアしといてね」とプレゼンするのも、「オフィスカジュアル、ってか普通ここまではいいよね?」をAARRRしているんですよね、あなた方は。

Yジャケットジャケットにトラウザーズですよ。

重ね重ねヒアリングしますが、あなたそれで勤労感謝の日、働けていることに感謝過ごしているんですか?

なぜなぜ分析して言外の意を聞き手にくみ取らせるような言動をなさるの…、ホリエモンの言う通りでしょうか、間違いないよ。

フュールジッヒなさっていないようなのではっきりとフィードバックして差し上げますが、甚だ自分勝手で幼稚です…、だってスティーブ・ジョブズも言ってたからね、俺はもう卒業したけど。

2017-12-02

エスカレーター片側空ける問題ハード解決

エスカレーター、歩く人がいるのは自然なことかと思われる。歩く人がいる(≒片側を歩く人用に空ける)のが日本だけではなく海外でもみられることからも、あれは自然と歩くものだ。アフォーダンスから考えても、①階段と同様の形状をしていて自然と歩ける段差であり、②進行方向に歩くことで乗り降り操作を行うことから、歩いて通り抜ける人が出るのは当然だろう。

現在、「歩く人のために片側空ける」から「両側てすりを掴んで止まる」の過渡期あるいは過渡期を目指しているところであるが、この際、従来派先進派の間で文化的な衝突が起こり、それは具体的に言えば「空いている側に立ち止まっている人、のすぐ後ろで、いかにも急いでいそうな様子でエスカレーターを歩く人、が、あぁとうせんぼされてしまった! という形で立ち止まる」ということが起こる。これは容易に想像されることであり、今自分の後ろに立っている人の邪魔を今自分がしているという状況は抵抗があるだろう。両側に立つ理由も決定的なものはないというのに、今すぐ後ろには自分が原因で困っている人がいるのだ。

さらに言えば、思い違いかもしれないが、両側立ちという新しいルールを率先して守ろうというタイプの人は、性質として、自分迷惑をかける側になるのを殊更に気にするのではないだろうか。

こういうわけで、「呼びかけによって両側立ちルールを定着させる」ということは難しいと思われ、本気で根本的に解決するにはエスカレーター構造ハード的に変えることが不可欠だ。

いくつか「新しいエスカレーター」の具体例を挙げてみたい。

ひとつは、「両側に立つ二人組のサクラ人員」を用意することだ。駅なら駅員、店なら店員などユニフォームビブスでも着用してもらった方が、トラブルへの対処スムーズになると思われる。 ハード解決といいながらハードはいじっていないし、だいぶ力技感がある。が、後述するが、コスト安全考慮すると結局こうするしかないのではというのがわたし結論だ。「とおせんぼをして恨まれる人」が客ではなく、両側立ちをさせたがっているハード管理者であるのは重要だ。

ふたつめは、エスカレーターの段差を大きくして、歩いて登り降りしづらくすることだ。歩けないものは歩けまい。この案の欠点として、コケる人や手荷物を落とす人がでたときに非常に危険ということがある。

最後にみっつめは、幅を今の1.5倍、3人分にすることだ。エスカレーターの両サイドに手すりを掴んで立ち止まる人がいても、ど真ん中をすり抜けて歩ける隙間が残るようにする。本当に急いでいる人はカバンを左右にぶつけながら駆け抜けることができるので、とおせんぼにならず、心置きなく左右に立ち止まれる。また、この真ん中をすり抜ける操作は手すりがなく、危険であり、マナー違反だという印象を強く与えるものだろう。

欠点は、ひとつには、トートロジー的だが、「真ん中に人が通れるほどの隙間があったら、歩く人がでてきてしまう。しかも、歩く人にとっては手すりがないので、フェイルセーフとしてよろしくない」ことそのものだ。これはまあ物は言いようということで、幅を広くしたのはゆったり心地よく利用してもらうためで真ん中を歩く人なんているわけないじゃないですか、とでも言い張ってもらいたいところだ。第二の欠点として、エスカレーターの占用する体積が150%増加するということで、新設設計時においてすら前提の変化として大きいポイントだろうし、既設のエスカレーターの改修はまず望めないだろう。

はたしてそもそもそこまでして両側に立つべきなのか、駅は諦めてデパートなどの急ぐ人が少なくて呼びかけで解決するようなところのみで目指すべき新ルールなのではないか、と思ったところで筆を置く。

2017-10-24

増田民は5年前から変わらない

10日ぶりに増田を開いた

10日程度で変わるものでもない

もちろん相変わらず同じような書き込みばっかりだ

で5年前のアーカイブ開いて上位に入った記事読んだけどやっぱり相変わらずだった

https://anond.hatelabo.jp/archive/201210

人間本質なのか、増田というサービス本質なのか、増田を使うタイプ増田を使い続けるというようなトートロジー的な地獄なのか

ウェブサービスアフォーダンスに吸い寄せられるということについて少し考えてしまった

2016-12-01

新人類

環境アフォーダンスが我々の人格認知能力創造力などの形成に大きな地位を占めるとするならば

可能範囲においては随時、自身位置している環境要因を自分が望む状態指向できる形に設定する努力を行うべきではないだろうか

2016-11-17

環境アフォーダンスが我々の人格認知能力創造力などの形成に大きな地位を占めるとするならば

可能範囲においては随時、自身位置している環境要因を自分が望む状態指向できる形に設定する努力を行うべきではないだろうか

2016-10-08

プリキュア暴力的

2歳の次女は最近プリキュアお気に入りだ。魔法使いプリキュアエンディング曲うろ覚え歌詞で歌い踊る姿は大変可愛らしい。

ひとり遊び、平行遊びから協同遊びへと順調に発達してきた娘。とうぜん避けて通れないのがプリキュアごっこであるしかしこれが現在悩みの種でもある。

「まほうっ!ぷりきゅあ!! きゅあ!ぱぱぱ! かいじゅうを、やっつけろ!!」

の掛け声と共に唐突に始まるそれは「トリプルダンス ハニーバトン」によって行われる。物理攻撃だ。魔法使いなのに物理攻撃

トリプルダンス ハニーバトン」は長女のお下がりだが、さすがはバンダイ幼児向け玩具というか非常に頑丈だ。ゆえに非常に硬い。なので当たると痛い。尖った部分などは無く幼児向けとして配慮が行き届いている素晴らしい玩具たが、当たりどころによっては非常に痛い。バリアを展開し物理無効宣言して魔法メインに誘導するなど展開に工夫を試みているが、エキサイトとしてくると、バトン形状という長さの影響で人間本能が呼び覚まされるのか、はたまたアフォーダンスによるものか、バトンによる物理攻撃に戻ってしまう。

鈍器よろしくバトンを振り回す妹に見かねた長女が「トリプルダンス ハニーバトン本来使用方法啓蒙したりもしているが前述の通り効果は薄い。キュアハニーの音声が流れる愉快な玩具だが、そもそも彼女キュアミラクルなのだ。もしかしたら彼女暴力的行為は、2年落ちの玩具を使わせている父親への抗議ではないかと疑い始めている。

2015-08-21

多摩美統合デザイン学科の学生として思うこと

佐野研二郎盗作疑惑について(学生個人の意見です/2015年8月23日時点)。

彼はご存知の通り多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業し、現在アートディレクターをやりながら多摩美術大学統合デザイン学科の教授も務めています

実際には、まだこの学科自体設立から2年目で、佐野教授自身講義を行うことは今までにほとんどありませんでした(というか、私はまだ彼の講義を一回しか受けていません)

統合デザイン学

統合デザイン学科は、多摩美の本キャンパスとは別の上野毛キャンパス世田谷区)にあります

学科長はプロダクトデザイナー深澤直人教授で、そのほかに、ウェブデザイナーインターフェイスデザイナー中村勇吾教授HAKUHODO DESIGNの永井一史教授、そしてアートディレクター佐野研二郎教授の4人と統合デザイン学専任講師先生構成されています

現状、学校によくいらっしゃるのは深澤直人教授統合デザイン論)と中村勇吾教授メディア技術概論)で、あとのお二人は統合デザイン論に前期で一度講義をしたぐらいです。3,4年から講義が「プロジェクト」という形態に変わり、そこで教授別にクラスが再度編成され、たぶんそこからお二人もがっつり学校にいらっしゃるようになるはず。

世間的に言えば「つぶしのきく」学科だと思われがちなのですが、実際には「デザインベーシック」つまりデザインの基礎を最初の2年間で徹底的に教わり、そのベースを生かして次の2年間で社会的ローンチできるプロジェクトデザインを学んでいきます。具体的には現在グラフィックプロダクト・インターフェイス描写などの必修と、そのほか選択を受けています教授の顔ぶれをみてわかる通り、細分化されたデザインあらためて"統合"することで、「これからデザイン」に特化した人材を育成する学科です。現在デザインのものが非常に広い意味をもつようになり、そんな時代において「グラフィック」や「プロダクト」などに特化しているだけでなく広い知識と経験を持った人材必要とされています一見デザインとは直接関係のないようなこと(たとえば佐々木正人さんによる『アフォーダンス』の講義)や、表面的なグラフィックの造形技法からCADを利用した立体物、Webやメディアアート作品などに応用されるプログラミングなどいろいろな技術を学ぶことと同時に、それに付随する感覚みたいなもの学習しているように感じます。実際、そういった感覚みたいなぼわっとしたもの現場で役立つこともあり、領域の垣根を越えることでみえてくることや繋がることもたくさんあります

武蔵美の基礎デザインとどう違うのか、と聞かれることがあるのですが、基礎デとは根本的に近いはずです。学科長は原研哉さんで、そもそも深澤教授は基礎デザイン学科の教授だった)

(とにかくやることが多いので、課題の量は半端ないです。たまに自分がなにやってるのかわからなくなります。あと先生たちもまだどのくらいの量の課題を出したら学生達の生存に関わるのかをよくわかってないっぽい。勘弁して欲しい。)

先ほども言った通り、まだ学科が生まれから2年しか経っていないので、3,4年を経験した学生はいませんし、卒業生もいません。だから就職先のデータもなく、倍率はそこまで高くないのですが、統合デザイン学科特有のコンセプトに魅力を感じて、たとえば多摩グラ受かったのに蹴ってこっちに入学したり、試験内容が東京藝大のデザイン学科に似ているところがあるので(平面構成)そこを目指す人たちが受けたりすることもあるみたいです。

〜〜

ざっと学科についてはこんな感じです。詳しくは学科サイトをみたり、各教授のNHKプロフェッショナルとか本をみたりしてみてください。デザインに興味のない人でも、おもしろいと感じる点はきっとあると思います

さて、たぶんこれを読んでるみなさんが一番興味があるのは佐野研二郎さんについてだと思うので彼の話題に。

オリンピックエンブレムについて

 関係ない話ですがエンブレム発表の前日に佐野教授現場の手伝いに行った視デの友人曰く、めちゃくちゃ笑顔だったようです。彼自身亀倉雄策さんのオリンピックエンブレムがかなり好きで、それを(いい意味で)引用して新しいエンブレムを作り出し、それが選考で選ばれたんだから、嬉しくない理由がわかりません。

 最初自分があのエンブレムをみたとき直感的にかっこいいと思いました。シックで、いままでのオリンピックエンブレムとは一線を画すような新しいデザイン、新しい東京イメージを担ってくれるような力強いものに感じました。そしてそれと同時に、あ、きっとこれ佐野さんのデザインだ!と思いました。たぶんそう思った要因の一つに、中央の「黒」の棒の部分があります。完全な黒ではありませんが、こういったエンブレムで無彩色の黒を使うのは一般的にはわりと暴力的結構批判もきそうだなと思ったのですが、そもそも佐野教授自身黒色を多く用いることで有名なので納得がいきます。たとえば、「統合デザイン学科」のロゴやその周辺のデザインはすべて白と黒形成され、学科の、現状では異端であるもののそれがこれからベーシックになっていくはず、という考えや、力強い勢いを感じられ、学科学生の多くはこのデザインを気に入っています。他にも東京国際映画祭ロゴをはじめ黒を多用したものは多く、今回のエンブレムに関して喪章だなんだと言われていますが、まあそういうネガティブイメージで彼がデザインしたということはないかと思います

 造形的にベルギーデザイナーエンブレムと似ているということで炎上していますが、擁護派の皆さんが言っている通り、ああいった幾何学図形を利用したロゴマークである限り、なにか他のデザインと似てしまうのはしょうがないことです。というか、そもそもロゴの本とかをみると似ているもので種類分けされているぐらいです。造形的に似ているからといって、そのなかにあるコンセプトは異なります。造形的な点のみで「パクリ」だと決めつけてしまうのは、あまりにも強引なのではないでしょうか。今回のエンブレムは、エンブレムとしてのオリジナリティよりもその拡張性や普遍性を追求した、シンプルで力強いものだと感じています

 さらに、ベルギーデザイナーはそのロゴ商標登録していないとのことです。となると、エンブレム側にまったく問題がないと言っても大丈夫なのではないでしょうか。

 記者会見佐野教授感情的だったという話がありますが、もともと彼は自分自身でも「おれはキレキャラだ」とおっしゃっていたり、講義中に実際にキレてくれたりするので、まあ無理はないかなと思います。余談ですが彼は最近藤子・F・不二雄関係仕事が多く(映画TOYOTA広告成功から)、ドラえもんミュージアムにあるレストラン新聞広告用の写真を撮りに行った際「ジャイ子の“ハット”シュッドビーフ」がもう販売中止ということを聞いて、レストランの方に無理を言ってその場で作ってもらい、その写真新聞広告に載せメニューを復活させたという逸話があります。好きなものに対してのオシは誰よりも強く、普段から感情的にはなりやすいような人なのだと思いますhttp://fujiko-museum.com/blog/?p=18605/

 このエンブレムに唯一問題があるとすれば、なんとなく「高揚感」が感じられないところです。ただ、それは佐野教授問題があるのではなく、それはこのデザインをたくさんの候補の中から選んだ選考委員問題があるのです。他に、もっとオリンピックらしさ」があって、高揚感の感じられるデザイン案なんていくらでもあったはずです。

 その選考一般的選考会の方式をとっているのであれば、いまいわれている佐野さんのデザインから特別に選んだということ憶測もありえないのではないでしょうか。基本的選考名前を伏せるはずだし、原研哉さんや葛西薫さんをはじめ他にも応募した有名デザイナーはたくさんいらっしゃいます(応募基準も厳しい http://www.fashionsnap.com/news/2014-09-19/olympic-tokyo-emblem/)。

トートバックについて

 これについては、一人のデザイナーとしても、いち仕事人としてもありえない行為だと私は思います。まったく擁護できません。佐野教授下の人がやったとしても、「佐野研二郎デザイン」と書いてしまたからにはそれなりに彼にも大きな責任が生じるし、そもそも画像からまるごとトレース(というよりコピペ)するのはまさに「パクリ」で間違いないと思います。いかに制作環境が劣悪だったかがわかります一般的デザイナーであれば、なにかをトレースする際、そういう素材の揃ったサイトに月額とかでお金を払って利用したりしていることがほとんどかと。こんなやっつけ仕事お金がもらえるなんて、純粋に「いいなー」と思いました。バレてよかったですね(今後のMR_DESIGNのためにも)。

デザイン業界は"腐っている"?

 ネット上では佐野教授周辺の関係図みたいなもの話題となっています審査委員が同じだとか、広告代理店が牛耳っているだとか、いろんな話があります。つまりデザイン業界は身内のなかで行われているということです。残念ながら、それは確かにあると思います業界内で評価するシステムというのは確かにあるし、長嶋りかこは彼の直属の後輩です。

 自分の話になりますが、私は実はまったくデザイナーになりたいと思っていませんでした。多摩美の、統合デザインに入りたいと思ったのは、まさにそのコンセプトに魅力を感じたからです。深澤教授のおっしゃっていた「いいものを触った時、『これがほしかったんだよね』と人は言う。本当に欲しい物のかたちは、すでに決まっている。」この言葉が、デザインのみならず広い意味で今後の「デザイン」に応用できると思ったのです。だからいまでもグラフィックプロダクトをやりつつもそれが最終地点ではなく、デザインという思想や考え方をあらゆる事柄に応用していきたいと考えています。そういうことを学ぶには、ぴったりな学科です。そして受験勉強をするために、予備校に通い始めました。そこの授業ではあらゆる有名デザイナー作品が取りあえげられるのですが、その中にはどうしても理解できないものもありとても悩んだこともありました。もしかしたら、そういったものなかに現在問題視されているような業界評価システムの土壌でうまれものもあるのかもしれません。

 一般人に受け入れられにくいデザインは、果たして優れたデザインと言えるのでしょうか。なにをもって、ただのデザインは優れたデザインになりうるのでしょうか。その答えはまだ私にはわかりません。

そのほかのデザインについて

 いま、どんどん新しい「パクリ疑惑」のデザインネットユーザーによって見つけられてきていますが、デザインの歴史が深くなり文脈形成されていくと、そこには明らかな引用模倣も増えていきます。それはどんな文化でも同じで、音楽なんかもそうです。デザインスタイルであり、継承されていくものなのです。だから、造形的な面でなんでもかんでも「パクリ」と決めつけられてしまうと、デザインの歴史が続いていくことそれ自体否定することと同じになってしまます。なにかから影響を受け、文脈形成されていくことを「パクリ」の一言否定しないでください。

 今回の件で佐野教授問題があったことも明確になりましたが、一方で、彼の講義を受けていたからかもしれませんが、とてもじゃないけどオリンピックエンブレムにおいて彼は雑な仕事をするとは思えません。

亀倉雄策仕事で一番好きなのは1964年東京オリンピックエンブレムだ。シンプルで力強く、唯一無二のデザイン。いつの日かこのようなシンプル骨太仕事がしてみてみたい、と思うようになった。ニッポンを、世界を、あっといわせる仕事。一生に一度でいいからそういうデザインをしてみたい。シンプルであること。明快であること。太くあること。Simple. Clear. Bold. ある日から僕のデザインの指針となった。デザインとはなんだ。デザインにはなにができる。そういう自問自答を繰り返した。(中略)目の前の画面は世界に確実につながっている。デザインシンプルで深い。考え、それを超えるべく手を動かし、また考え、また手を動かす。邪念はいらない。デザイン思想だ。簡単に。深く。明快に。太く。でも簡単に。ストレスはある。でもいつも朗らかである。そういうデザイナーでありたい。デザインの道はまだまだ続くのだ。負けない。僕には亀がついている。亀はゆっくり、確実にやってくる。

佐野研二郎

 エンブレム問題トートバックの問題根本的にまったく異なるものです。そこを一緒にしてしまうことが、今後のデザインを殺すことにつながりかねません。

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(追記1) より主観的意見です

エンブレムについて、おそらく審査員も彼の作品だと見ただけで分かる人もいたかと。黒を使用したこと、そしてあのTOKYO 2020のフォント。あれは東京国際映画祭ロゴでもおそらく使用していましたし、彼のデザインだと一目でわかる点でもあります。正直、あのフォント幾何学図形を用いたあのデザインにとって最も理想的フォントであったとは思いません。

学生じゃないだろみたいな意見をみて「いや学生ですけど・・・」と匿名なりに思ったりしたしそれを証明できないのもなかなか悔しいのですが、多摩美術大学統合デザイン学科の学生です。「業界の端っこにいるみたいな気分になってる時点でこの界隈の闇を感じた」美大って、セミプロみたいな人が集まるんだと思います。それは、一般大学とは別の特殊試験内容が課せられるからで、それをクリアするために誰しもある程度のレベルの状態で入学してきます。そういった意味で、業界の端っこみたいな感覚私自身拭えない点です。生意気だと思われてしまったら、申し訳ないですが・・・

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(追記2)

ベルギー側が商標登録していないためエンブレム盗用疑惑について私は「まったく」問題がないと書きました。著作権がある、ということだけでエンブレムとの類似性を訴えられるのであれば、本当にどんなデザインでも訴えられてしまます商標というシステムは、そういう意味でも機能している。ただ、自分自身勉強不足でもあるのでもっと調べてみますhttp://ipfbiz.com/archives/olympiclogo.html たださっき調べたら、東京オリンピックエンブレムもまだ商標登録が済んでいないとのことで・・・w

佐野教授への評価は、私自身、下がりました。学生とき評価とかなにを偉そうにと言われるかもしれませんが。こんな仕事をするひとにはなりたくないな、と純粋に思いました。トートバックのような小さな仕事でも、しっかりと制作しなければ、大きな仕事、つまりオリンピックエンブレムのような仕事ダメになるというか、結局ものをつくるとき姿勢ってそのひとの評価デザインにもちゃんと反映されるんですね。この一件はデザイナー関係者、それを学ぶ学生、もしくはいままでデザインの外部にいたとされていた人たちにとって、デザインとはなんなのか、パクリ模倣とはなんなのか、そういったことを知り考えるきっかけとしては良い機会になったと思うのです。だからこそ、そこで歪んだ考え方や間違った見解が社会に浸透していくことは、できるだけあってはならないことだと思います。なにが正しくて、なにが間違っているのかすらよくわからない時代ではありますが。

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(追記3)

多摩美情デに関する批判は完全に話題から脱線している内容であり、改めて読んでも全く的を得ていないものです。訂正しお詫びします。大変申し訳ありませんでした。

・ご指摘の通り「在日」や「売国」などに関しては一部のネットユーザー根拠のない事実拡散しているだけだと認識しています。この一件を複雑化させるだけだと感じたので訂正しました。

2015-07-13

ダンス

デカダンス別にかいダンスってわけじゃないし、アフォーダンスもアホのダンスってわけじゃないし、インピーダンス別にインピー族に伝わる伝統ダンスってわけじゃない。

2015-07-07

飲料に望むこと

10年以上前からずっと思ってきたことなんだけど、「よく振ってお飲みください」と「振らずにお飲みください」をもっと簡単に判別できるようにして欲しい。

困ってること

現状、缶の側面などに小さく書かれた注意書きを読んで、振るor振らないを決めているんだけど、それだと時間がかかるんです!

以前だったら、炭酸=振らない、それ以外=振ってもいい、みたいなざっくりした区別があったけれど、最近は炭酸じゃなくても窒素充填してあって振ってはいけないやつとか、逆にゼリー炭酸飲料みたいな、振って飲む炭酸飲料なんかも出てきてさらにややこしい。

こないだなんて、駅ホーム自販機で買った「DyDo 振って泡立つプレミアム」 (http://blend.dydo.co.jp/premium/) を、内容をよく見ずにジャケ買いしたんだけど、この手のフタ付き缶コーヒーによくあるやつ(水平にして振らずにお開けください)の類だと思って振らずに飲んじゃったよ。

例えばどうしたらいいか

1. マークを作る

アルコール飲料に必ず付いてる「お酒」の丸いマークみたいに、「振る」・「振らない」・「どっちでも良い」が一目で分かるような業界標準マークを作って、分かりやすいところにバーンと載せて欲しい!

2. アフォーダンス上の工夫をする

振らないやつ→缶底の素材を変える。缶底だけ側面・上面とくらべて金属を厚くするか、または比重の大きな金属を使うようにして、重心を下のほうにずらす。そうすると持った時に自然と振りにくくなるはず(=持った時の重みの感触だけで振ってはいけないやつだと分かる)

振るやつ→缶の側面にくびれや凹凸を作り、手で握った時に力強いグリップ感を持てるようにする。手に持つと無意識に振ってしまいそうになるような感じの。

シャンプーリンスギザギザの有無みたいに、こういった形状の規格も業界標準になれば良いのに、と思ってる。

補足

ちょっとググったら自分の仲間がたくさん居て笑ったw

http://chomatomesh.blomaga.jp/articles/27019.html

2014-02-02

Nexus5 を買うべき7つの理由

1.処理能力が高い!

Qualcomm Snapdragon 800, 2.26GHz」と「Adreno 330, 450MHz」を積んでいます

 どう見てもオーバースペックです。本当にありがとうございました

 アプリの立ち上げ、画像ロード、すべてがみな爆速です。

2. 画面が綺麗で大きい!

 解像度は445ppi

 Retina (笑)を謳う某林檎5sはたったの326ppi

 それに大きくて見やすい!

 4.95インチの画面は、片手でホールド操作できる限界サイズかと思われ。

3. 安い!

 コスパ最強。

 他の同レベルの泥端末は8万円くらいします。

 Nexus5 ならGoogle Playで4万、オクだと3.5万、芋場NMPなら0円で手に入ります

4. 土管屋のゴミアプリが入っていない!

 メモリすっきり! 動作快適!

5. 日本語入力が快適!

 広めのソフトウェアキーボード、秀逸なIME(Google日本語入力)。

 押下するとヴァイブレーションで「押したよ」と教えてくれます

6. 拡張が高い!

 林檎の「ほら、こうすればいいんだよ。これがアフォーダンスさ」といった鼻持ちならない感じがありません。

7. 可哀想!

 モトローラ売却か〜ら~の Google Play Edition 一本化で、Nexus シリーズが消えるとの噂があります

 ひょっとすると Nexus5 が最後Google 先生謹製スマホになるかもしれません。

「守ってあげたい」という母(父)性本能がくすぐられます

2013-05-21

デジタルネイティブは生まれつき?

デジタルネイティブはほんとにネイティブ、生まれつきなのかなと疑問にがふとよぎったことがある。生まれた時にPCが隣にあれば放っといても使い出して、いつの間にかコーディングを始めて、行く末はWebサービスを支えるエンジニアみたいな。デジタルネイティブを足らしめる要素は枕元に情報機器を置くことだけなのかって。

研究結果:パソコン無料配布で教育の貧富格差は埋められない

TechCrunch Japanの記事はそんな自分の疑問に答えるものだった。

Naverまとめ新世代ェ・・・デジタルネイティブの恐るべき生態なんて見かけると、iPadを与えた全ての子供たちが何も教えなくても自然に使い方を覚えて、勝手デジタル環境適応していくように思える。幼少時代、外で誰に教わることもなく缶けり、鬼ごっこ、お人形で遊んでいたように。

私にはそのデジタルネイティブへの過剰な期待を不安に思う。

彼らは果たして自発的に勝手に学んでいったのか?最初から

デジタルネイティブなら当たり前にできて当然じゃないの?と見過ごしがちだけど、デジタル機器もまた単なる道具。見るだけで使い方がわかるアフォーダンスデザインなんて存在しないんだ。誰かが使うのを見て知らず知らずのうちに子供は使い方を学んでいく。ある日突然しゃべりだすように。でも、それだけだ。コミュニケーションが場数を重ねて上達していくように、人と交わりあって自然人間関係の難しさを覚えていくように、デジタル機器もまた教える人、教わる関係があって初めて学べることはすごく多いんだと思う。まとめを見ていたら、デジタルネイティブはすごい、すごいともてはやす裏に、自発的に歩む可能性に全てを押し付けて、教えることを放棄してるんじゃないか、なんてことを勝手に考えて勝手に暗くなった。

これはデジタル音痴な私の実体験だ。

大学二年の時に思い切ってJAVA講義を受講した。

大学が推奨してたiBookG4を買ったはいいけれど正直持て余してたのでそれっぽいことをしなければと思ったからだ。

その最初の受講日、スライドを見ながらぼちぼち打っていた時、後ろからちょんちょんと肩をつかれた。

漢字、かな」の変換はコマンドキーとスペースの両押しでできるよ。

コマンドキーってなんですか?と怪訝な顔をした私に

スペースキーの隣にある林檎のアイコンを押してみてと言われるがままに実行すると、

右上のアルファベットことえり勝手に切り替わった。

...それまではマウスボタンでわざわざ右上にもっていって逐一切り替えていた私。Windowsと比べて、右クリックボタンはないし、「半角/全角」のボタンもないし、UIおかしいし、@の位置は違うし、起動の音はでかいしとMac使いづらい理由のトップ5が初めて切り崩された瞬間、自分はどんな顔をしていたのだろうか。

後に友人になる彼にはその後もいろいろ教えてもらった。ジョブズ名前を初めて知ったのもその一つだ。彼の死亡が報道されて、名前連呼するようになった後、初めて正しい発音を知った。他にも似たようなことがあったので当時の彼は自分と五十歩千歩だったのかもしれない。だが、yahoo質問することを覚え始めた自分には、顔が見えるだけで安心するかけがえのない貴重な師だったことは間違いない。予断だけど、ウェブ善意最初は怖かった。どこの馬ともしれない自分にどうしてこんなに親切に回答をくれるの?とあの頃は不思議しょうがなかった。そんな自分が今増田で書いているのがひどく可笑しい。ここまで来るのに義務教育と同じ時間がかかってる。ここまで来てなんで増田なのか、振り返らないこともないけど、私の人生の分岐点を担ったのは紛れもなく友人だ。YahooによるTumblrの買収について、Gizmodoの記事読んだ?そんな話を振ってくれる彼は今も私の前を走り続けている。

ショートカットキーの一つや二つ、普通勝手に覚えるものじゃないかと思う大半の方にとっては奇妙な話なんだろうけど、少なくとも私にとってショートカットキーは教わるものだった。教えてくれる教材はウェブにいくらでも用意されているけど、「ショートカットキー」という言葉を知らなければたどり着くこともない。yahooポータルホームページには「ショートカットキー」という言葉は載っていないから。だから無知に気づくこともない。知らないことを知らないから。

PC勉強をする環境も、

勉強をするための教材も、

勉強をすればどんなに人生が変われるかという人生訓も、

勉強をどうやって進めばいいかってアドバイスも、

全部ネットにはあるけれども、

ただあるだけ。

そこへ行くのは誰でもない本人の意思だけど、

最初の一歩は誰かが背中を後押ししたからだ。

本人の意思じゃない。

その動線はやっぱりリアルなのかなと思う。リアルの知り合いでフォローしていたら偶然回してきたリツイートで知らなかった世界を知った時にそこで新たな世界を知るか知らないかを決めるのは、今までに築いたリアルソーシャル環境からデジタルネイティブと言われ、みんながみんな、同じような情報機器を所有する中で、私たち世代には予想だにしなかった"格差"がこれから生まれるのかな。

2013-04-17

女性乳首という奇跡

女性乳首は素晴らしい。

あれこそ神の与えたもうた奇跡だ。

すまないが、ここから先は乳首の嫌いな男と、乳首の美しくない女性は帰ってくれないか

たぶん、読んでも気分が悪くなるだけだろうから……。

 

女性乳首は美しい。

いや、正確に言えば、美しい乳首を持つ女性乳首は美しい、だ。

美しい乳首は、何分、何時間、いや何日見続けても飽きることがない。

美しい顔、美しいスタイルなのに乳首が美しくない女性は、とても罪深い。

乳首のかたちを確認せずに、顔やスタイル性格だけでパートナーを決めることは、

ブルカで顔を隠したまま相手を見初めるイスラム圏の風習よりも、はるか不条理である

 

乳首の形状には、人によって色々と好みがあるだろうが、自分が至上の乳首と崇めるのは、

直径3cmほどのなだらかな山状の乳輪から連なる、直径1cm高さ5mmほどの円柱型の乳首だ。

勃起時には、乳輪にツヤとハリが出てふくらみ、乳首は高さ7.5mmほどの円柱にふくらむのが望ましい。

もうお分かりだろう。

自分は、大きすぎる乳輪もお断りだが、小さすぎる乳輪にはもっと魅力を感じないのだ。

勃起すると縮んでしわくちゃになる乳輪など、むしろ憎んですらいる。

逆に、ほんの少しだけパフィーニップル気味(知らないやつはググれ)の乳首など大好物だ。

軽めのパフィーニップルの魅力は、勃起した時に乳首と乳輪と乳房ロケットのように一体となることだ。

乳首の色については、やはりピンク、褐色あたりが理想だ。

だが、結局のところ地の肌の色によって決まるので、極端に黒かったり逆に白すぎたりしなければ良い。

基本的に、女性の乳輪から乳首にかけての色は、ノーメイクの唇のふちの色から推測可能だ。

これを覚えておくと、脱がさなくても乳首の色がわかるので便利だ。

女性ノーメイクの顔を見るよりも、服を脱がす方が楽かも知れないが……。

わかっていただけただろうか。

乳の大きさも重要だが、もっと重要なのは乳首なのである

大きかろうと小さかろうと、乳首さえ綺麗なら「がっかりおっぱい」はあり得ないのである

 

女性乳首は押したくなる。

柔らかそうな山のてっぺんボタンがあれば、そりゃ押したくなる。

究極のアフォーダンスデザインだ。

その無駄のないデザインは、今にも押されるのを待っているかのようだ。

実際、自分恋人乳首日常的に押しすぎるので、よく怒られる。

 

さら女性乳首インタラクティブ性も高い。

押すとへこみ、離すともどる。

乳首を押せば、ほぼ必ずなんらかの反応がある。

セックスの前に押すことで、セクシーモードに入るスイッチになる。

ただし、このセクシースイッチ効果には、非常に大きな個人差がある。

本当に乳首の感度が高く、平常時にも乳首を押すだけで一気に性欲が高まってしま女性もいる。

最も多いのは、性欲が高まっている時はセクシースイッチになり、普段は敏感なので押されるのを嫌がる女性だ。

逆に乳首が鈍感すぎるあまり、普段からしまくっても全く平気で、嫌がることもない女性もいたりする。

自分は、平常時にいきなり乳首を押すので、女性乳首タイプによっては怒られたりする。

だが、それもまたインタラクティブだ!

 

女性乳首と服との相性はとても大事だ。

自分は基本、ノーブラ大賛成派である

乳首丸見えでパリミラノニューヨークのランウェイを闊歩するファッションモデル達のように、

日本女性もノーブラで乳首の形をおしゃれに見せることを覚えてはいかがだろうか。

自然な谷間など見せている場合ではない。横乳と下乳は認める。

 

乳首の形がくっきりと浮かび、時にその色までがうっすら透けて見えるノーブラの女性は美しい。

とりわけ、柔らかで編みの細かいニットを下から突き上げ乳首の突起には激しい興奮を禁じ得ない。

Tシャツに浮かぶ乳首も素晴らしい。

特にピタっとした白いTシャツなどはノーブラで着るためにあるのではないだろうか。

日本では、濡れTシャツコンテストがあまりメジャーでないのが、とても悔やまれる。

日本人女性乳首をひた隠しにすることで、自らの乳首価値をおとしめていることに気づいてほしい。

乳首は、もっとオープンにするべきなのだ

 

胸元のゆるい浴衣はもとより、着物乳首の組み合わせも素晴らしい。

着物?と、意外に思われる方もいるだろう。

そう、着物だ。振袖でも留袖でも、冬の訪問着だっていい。

あんな分厚い着物に阻まれた状態で、どうやって女性乳首を愛でるのか、と。

これだから着物を着ている女性に対し、帯でくるくるあーれーをするくらいしか能のない素人は困る。

脱がす必要など無いのだ。着物エロスは着衣にこそあり。

和服には、脇の下あたりに小さく空いた穴、身八つ口(みやつぐち)というものがある。

この穴の役割は、表向きにはお端折りおはしょり)を調整しやすくするため、と言われている。

しかし、身八つ口の本当の役割は「男がすっと手を入れて乳をダイレクトに触るため」だ。

もし、彼女や奥さんが和装を身につけることがあったら、是非ためしてみてほしい。

脇の下にある穴、ここから手を入れることで、襟元を一切乱れさせることなく、ダイレクト乳首を触れるのだ。

ダイレクトに、指先で、乳首を、触れるのだ!!!

着物を着たままで、ダイレクトに、指先で、女性の、乳首を、まさぐれるのだ!!!

このホールインワン乳首とも言えるダイレクトアプローチ感は、試してみないとなかなかわからない。

ひとことで言って至上である

世界で最も色っぽく、そして大胆な乳首の触り方とも言える。

こんなところからも、乳首乳首を愛する文化の奥深さがかいま見える。

 

長々と女性乳首の魅力について語って来たわけだが、素晴らしさが伝わっただろうか。

女性乳首の美しさ、尊さ、気高さがわかっていただけただろうか。

人間女性乳首は、乳児への授乳のためだけにあるものではない。

男性を魅了し生きる活力を与えるために、女性乳首以上のものはないのである

われわれ男性は、今後もおっぱい画像収集に励み、女性乳首ますます崇めたてまつろうではないか

 

それに引き換え、男の乳首など、愚の骨頂である

何の役にも立たない無用長物だ。

……と、言いたいところだが。

実は、男の乳首にも、ひとつだけとても重要役割がある。

それを皆に伝えて、この文章を終えよう。

男性乳首の、唯一の存在理由。

それは、女性に性転換した時のためである

 

【 この駄文を書くきっかけになった、おっぱい記事に捧ぐ 】

はじめておっぱいを触った http://anond.hatelabo.jp/20130416120520

【そして、名も無きおっぱい星人に捧ぐ】

おっぱいが好きすぎて辛い http://anond.hatelabo.jp/20130816100604

2013-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20130402163605

そうやって「俺が使いこなせないわけじゃないんだ、分かりづらいデザインを考えた奴が悪いんだ」と自分に言い聞かせているわけだな。

アフォーダンス()

2009-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20090308200625

マンナンライフに過失はないと個人的には思うのだが

その見た目・名称がアフォーダンス的に子供が食べるお菓子と受け取れるのがまずい

2008-07-02

クレーム識字率

朝からニュースで「クレームがひどい、なんでこんなに自分勝手な人が増えたんでしょう」とか言っててむしょうに腹が立ったので書いておく。

マスゴミって煽って思考停止するようなださい態度は取りたくないので。

ググってみたがぱっと見えるところにクレームが増加したかどうかは統計がでていない。でていたとしたら教えてほしいしいし、そのクレーム増加が自分勝手な人が増えたといえる証拠にはならないだろう。

クレームが増加したと仮定しても、それがなぜ起こりうるかといわれれば、それは自分勝手さではなくシステムの問題と識字率の問題じゃないだろうかと考える。

クレームが起きたのは役所だったらしいので、役所、それから商品についてのクレームを想定して書いておく。

一つはシステムユーザビリティとかユーザインターフェイスの問題で、消費者や利用者が扱う部分を単純化するだけでクレームは非常に減るはず。役所であれば手続きの簡易化。企業であれば一概には言えないが、商品の単純化。携帯電話などは契約内容の単純化が考えられる。説明も簡易化。

それによってまた別の層のクレーマー(たとえば商品であれば物足りない技術者層)は増えるかもしれないが、クレームをなくすことは考えない。減らすことを考えるとしたらこれは有効じゃないかな。

もしそれでクレームが変わらないようであれば、それは商品とかシステム自体に問題があると考えていい。そこはつくった側が責任コミットしてくれなければどうしようもない部分ではある。

二つ目識字率技術者層からクレームが来ると言ったが、クレームは意外と頭がいい人間が行うのではないかと思っている。仮説に仮説を重ねて申し訳ないが、個人では統計など取りようがない。

だが、識字率が上がることで、自分への処遇が適切なものかどうかは判断できるだろうし、識字率があがると無根拠なタブーを破るという統計もあるっぽいし。

今までは庶民はアホだからと言って対応していたお役所待遇識字率が上がることで急に理解できることも考えられる。

だから、クレーマーの増加量と大学進学率を比べて見るのも面白いんじゃないかなと思った。

と言うかデータをくれ。

10:25 追記

テレビで言及していた記事は確かこれだったと思う

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080702-OYT1T00154.htm

ブコメに対して、企業一社一社の対クレーム処理の費用を調べてもいいが、それが「自分勝手によるクレーム」の量と一概に相関があるとは考えられない。対クレーム処理費用の推移なんかを見ても同じで、企業が大きくなれば活躍の場も増えるし顧客の絶対量も増える。クレーム量も当然増加するわけで、信頼性のあるデータとは言えない。

で、質についても言及していなかったが、昔からたちの悪いクレーマーは一定数いただろうに、報道の増加だけでクレーマーモンスターペアレンツだと言って回る態度がそもそも気にくわない。そのうちアルファクレーマーなんてのができそうな勢いだ。

気にくわないが、それに対してロジカルに説明しないと誰も納得しない。だから書いた。

13:55 追記

個人的には「クレームの増加=自分勝手人間が増えた」とモラルの問題にしてしまうマスコミの態度を批判したい。

むしろアフォーダンスの立場からはシステムの問題だよね、システムがいいというのであれば理解力の問題だよねと言ったつもり。

識字率の低いアメリカのような格差社会でも隣国でもいい。

クレームがある/ないの二値の話ではなく、クレームモラルの相関に対してほかにどのような影響を及ぼす変数があるかを考えたい。

アメリカ中国クレームが増加しているというデータがあるならそれを示してくれればいいし、それを識字率と照らし合わせておまえの理論は違うんじゃねえの?と示してもらいたい。

そしたら安心して寝ることができる。

ちなみに技術によってクレームの質が変わったというのは考えるべき点かなと思う。

車の普及が10年前の状態だったら役所にむかついたから車でつっこもうなんて考えても実行しないだろうし。

2007-11-01

アフォーダンス

デザインと機能は比例するんだぜ。

かっこいいものは強いんだ。

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