はてなキーワード: パウル・クレーとは
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久しぶりに今日は穏やかな日でした。
あれ以来ずっと突然やってくる空しさについて考えていました。
そのせいで、研究成果の報告が2ヶ月遅れ、初めて上司に進捗を報告することを経験しました。
上司は黙って私の話を聞いて、こんなことを言いました。
空しいのは心ではなく、体だと思うよ。
君は働きすぎなのだと思う。好きなことを仕事にしたからといって、ずっと働いているのだろう?
脳は体なんだよ、心ではなく。考えることをやめることを覚えたほうが良いと思う。
私は彼に尋ねました。考える事をやめるにはどうするといいのでしょうか、と。
彼の暫く考えて、仕事以外の好きなことをすればよいと思うよ、と言いました。
さらに、取り敢えず1週間ほど休んでみてはどうだろうと言われ、今週は休暇を取りました。
今週の日曜日、皆さんのアドバイスにあった様に、私の空しさを彼女に話してみました。
私の話を聞いたあと、彼女は私に何かして欲しいことはあるか、と聞きました。
私は多分無いのだと思う、と答えました。彼女は頷いて、今週ずっとこの部屋にいて良いか、と聞きました。
私は良いともダメとも言えず、考えていました。
彼女は着替えを取りに一度帰るわ、と言いこの部屋にいることに決めていました。
それから車で彼女の部屋に行ったのですが、そのときにふと思いついたのです。
私が彼女の部屋に居ても良いではないか、と。どうせ何もしないのですから、何もいらないのです。
着替えは買いに行けばよい。
それから、私は彼女の部屋に居ました。彼女は仕事に行き、帰りに買い物をしてきて、食事を作ってくれました。
私は彼女を送り出すと部屋の掃除をし、洗濯をし、時々食事を作りました。
彼女に聞いたことを、実験の手順書のようにメモし、正確に再現すると、彼女の作る料理の味がします。
当たり前なのですが、新鮮な経験でした。
何もすることがないから、なおさら考えないでいることは難しい。
私は上司の言ったことを考えていました。
記憶にある限り遡って、自分が好きだったことを考えていました。或いは身の回りに起きた出来事を。
そして、今日になって思い出したのです。
小学校6年生の時のこと。
一番仲の良かった友達と、自転車に乗って遊びに行く途中に起きたこと。
後ろから走ってきた車が私たちを追い越した時、友達と友達の自転車が一瞬飛び跳ねてガードレールにぶつかり、
がしゃんという音と共に地面に落ちた時のこと。
友達は気を失っていました。
血が出ているところもなく、ぱっと見た限りではいつもと同じ、ただ目を閉じて、眠ってしまったようでした。
いや、目を閉じていたのがその瞬間なのか、救急車で運ばれた先の病院のベットでのことなのか、良く思い出せない。
彼はベットで寝ていました。そして2度と目覚めないまま、死んでしまいました。
私は泣かなかったと思います。今思うと、どうしていいのか分からなかったのだと思います。
彼のお通夜とお葬式に出て、火葬場に行き、お墓まで行きました。それでも、その時は意味が分からなかった。
私は死が怖いとは思っていなかった。ただ、悲しいとも言えなかった。話が突然終わってしまった。
彼と自転車で並んで走りながら、確かザリガニ釣りの話しをしていた。ポケットにはスルメとタコ糸が入っていた。
池のどこで釣ろうかと話していた。以前に吊り上げたザリガニの大きさの話しをしていた。
その時から、私は時を止めていたのだと思います。
いや、止められていたのでしょうか。閉じ込められていたのでしょうか。
私自身が私を閉じ込めたのでしょうか。
今日、私は彼のお墓に言ってきました。彼のことを忘れていたことを謝りました。
私は泣かなかった。でも、思い出しました。いいえ、今だから理解できるようになりました。
あの時の私はどうしようもなく悲しく、寂しく、辛く、孤独だった、と。
並んで走っていたときに車道側にいたのが私だったら、彼は生きていたのかもしれない。
死んだのは私かもしれない。
流れる血も無く、悲鳴も無く、一瞬で彼は死んでしまった。
私もまた一瞬で死んだであろう。
私は自分の部屋に戻ってきました。
そしてパソコンを立ち上げました。以前書いたことを思い出し、今その続きを書いているのです。
あの時、ここに書き込んでよかった。あの衝動は意味があった。そう思えました。
彼の死ぬ前、自分の好きだったこと。したかったこと。
絵を描くことが好きでした。絵を見るのも好きでした。先生に見せてもらったパウル・クレーの魚の絵が好きでした。
水彩絵の具を透明に、重ねて塗るのが好きでした。
いつか遠くまで旅に行こう、でかいザリガニを釣りにいこうと話していました。そこはたかだか隣の町のことでしたが。
結局、私は考えることをやめないままに、茫漠たる空しさのわけを知りました。
私の中の小さな子どもを見つけました。泣けなかった不器用な昔の自分を見つけました。
大好きだった友達を思い出して、やっとちゃんとお別れを言うことが出来ました。
明日、図書館に行って、パウル・クレーの画集を探そうと思います。あの魚の絵もあるでしょう。
青い海のなかの緑色の魚の絵。
今週末、友達と行くはずだった隣町の池にも行ってみます。
池がまだあるのかどうかわかりませんが。そこは本当は立ち入り禁止の農業用の溜池だったと思います。
水彩絵の具と画用紙も買いにいこうと思います。
何が描きたいのか分かりませんが、きっと何か描けるでしょう。
静かな夜です。雨も止みました。
梅雨時は嫌いではありません。雨の中を傘を差して歩くのが好きです。
傘を叩く雨粒の音と、水溜りに広がる無数の波紋。
出来れば雨合羽を着て、傘を差さずに歩きたい。
日本ではそういう人は見ないですね。
ボストンでは大人でもそういう人を良く見かけましたが、何故なのでしょう。
合羽を買って雨の中を歩くのもいいかもしれない。
彼女に話したら、なんと言うでしょうか。
きっと、頷いてくれると思いますが、どうでしょう。
ああ、合羽の話より先に、思い出した友達のことを伝えなければいけないですね。
彼女に話すことを考えていたら、泣きそうになって来ました。
私は悲しいんです。とてつもなく悲しい。彼にもう一度会いたい。彼と夢の続きを語り合いたい。
彼女はきっと黙って聞いてくれるでしょう、いつものように。
私も、何も言って欲しくないのです。ただそばにいてくれるのならそれでいいのです。
来週からはきっといつものように仕事が出来るでしょう。
溜まったデータの解析をし、次の実験を考える。いつもの毎日に戻ります。
なんだかとても長い文になってしまいました。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
おやすみなさい。