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はてなキーワード: 希薄とは

2013-09-26

別段、都心部人間には流れ者という概念希薄なわけだが

流れ者にはなりたくないというセリフを聞いて、あーやっぱり、その人達にとっては僕は流れ者なんだなぁと落ち込む。

2013-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20130918010603

増田天職って言ってるけどちょっと意味が違う気もする。

純粋自分がしたい、という要素が薄いように見える。親の期待にのっかってる部分が多いというか。

そういうのは天職って言わないでしょう。子供が夢中になれる何かがあってそれを親が自由に伸ばしてやると

天職ってのは成立すると思う。増田のはそういう感じがない。

から天職を見つけない方がいい、ではなく、問題は親との意思疎通が希薄で彼らのクソさに

なかなか気づかなかったってことだと思う。まあ人間どこかしらクソな部分はあるし親だって完全ではないんだが、

それにしても増田の親はちょっとアレだと思う。親も自分家業に縛られてて自由にできなかった抑圧があったんじゃないか

きっとそれは言うべきではないと思って生きてきたけれど、増田とのすれ違いで崩壊しちゃったんじゃないかね。

何にせよ増田はこれから親がとか生まれがとかいう縛りのない世界を生きなければいけない。

誰かが言ったからこれをしているとかいう理由は使えない。それをやり直すのは正直死ぬほど大変だけど、

その先には希望はあるからちょっとずつ自分本音を見つめ直していってほしいとは思う。

2013-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20130908214037

わかるよ。そりゃぁ、騒ぐ奴らは楽しいだろうさ。

財政が投入されないなら、俺だって喜ぶさ。

民間企業がやって、採算取ることを目指すならともかく、税金だぜ?

採算を取ろうという意識希薄すぎる。(盛り上がれば儲かるだろうぐらいしか、正直計画されてなかろ)

 

国家にもう少し国民からの信頼があれば、正しく税金が使われるだろうと信じることもあるけど

現状で、国家が正しくオリンピックを運営できますと信じるには、材料がない。

 お祭を楽しみたい奴らには悪いけど、国庫赤字である事を憂いている人間には、悲報しかない。

せめて、財政健全化の兆しでも見えていれば、また話は違うけど。

 

オリンピック経済的な視点から、好感する材料が一切ない段階で、決まったからな。懐疑的人間が多数出るのは仕方がない。

正直、やり方が悪かった。

2013-09-01

匿名無責任な発言、とは言うけども

ハンドルネームであっても固定として使用すれば、「こうやって人気取ろう」とか考える訳で

それは意見の洗練にも、単なるPV数主義や自己弁護に追われる可能性も含む

匿名性が高い意見にも信頼性はある、というのはそれほど変な見方だろうか

ジャーナリストほとんど実名だけど、ジャーナリズム価値があるのは現実での取材活動を行うからであって

それは社説などとして、実質匿名での意見を述べる場合も同じだ

匿名実名という対比での価値ではない

選挙だって匿名性が重要な要素の一つだと思うんだけど

選挙と違ってネット匿名には自作自演という可能性もついて回る

だが匿名の場ではそもそも人格という概念希薄な訳で

自作自演固定ハンドルネームが使われる場所での方がダメージが大きいと思う

匿名ネット諸悪の根源、みたいに言われた時期もあって、実名SNSがもてはやされたりもしたが

ひとたび関係がこじれれば、匿名よりはるかに実生活への影響が大きいことも証明されたではないか

結局、「ネット安易実名を出さない」と指導するほかにないではないか

2013-08-30

はてぶは空気師と空気乗りの遊び場

山本七平空気研究」は日本人必読の書だと不見識ながら思う

久方ぶりに読んで思いついたことを3つ

はてぶは空気師と空気乗りの遊び場

「おまえも空気奴隷になれ」って?「空気読め」の扱い方次第で人生台無し

 http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060412/1144833374

懐かしの分裂勘違い劇場から

当時と違い現在のはてぶにはスター存在し、ブクマされた記事に対してどんな空気を持たせるかを競っているように見える。

また、一度醸成された空気追随して、より面白い発言をしてもいる。

それとは別に発言者の影響力が可視化されている場合もある。

日本以外で掲示板ログが読み物になるか?

まとめサイトを読む際、文章自体以上に文章から作られる空気を楽しんでいるフシがある。

空気」が希薄であろう日本以外において、ログがこれほどのPVを集めるのか気になる。

放射脳」と俗に呼ばれる人々は放射能神格化していないか

もちろん利用している人間がいるにせよ、彼らは祟り神を山へ戻そうとしているように見える。

いかなる理由によってそれが引き起こされるか考えるよりも、神を冒涜する人間行為排除して安寧を願う。

もののけ姫を見るとそれなりに面白いやも

2013-08-24

中国の初めての風俗で脱童貞したが遅漏で死にたくなった

 一度掲載して削除したもののせっかく書いたのでやっぱり載せる。表題の通り、中国風俗で脱童貞したが遅漏で死にたくなった。クソみたいに長文だから興味のある人だけ読んでほしい。

 当方、二十代。童貞はいっても、高校時代彼女がいて、彼女にはよくフェラしてもらったりしていたが、彼女は内臓系の病気を患っていて医者からセックスを禁止されていたため本格的なセックスはしたことがなかった。彼女はもちろん処女だった。二回だけ、医者言葉反故にしてTITSに挿入したことはあったが彼女はとても痛がり激しいピストン運動はできなかったため射精には至っていない。

 彼女とは大学に入ったあたりで別れ、なんとなくそれっきり女性にも興味がなくなってしまい、それ以降彼女ができないまま今に至る。生身の女性を相手にするのがしんどかったし、エロゲーAVを相手にしていたほうが疲れないというのもあったが、生身の女性を相手にしないことで無意識に足ピン、皮オナ、強握力オナニーという三重カルマを背負っていて、もしかすると自分は遅漏ではないかという疑惑が生じたのだがきわめて楽観視しており真剣に問題として捉えたことはなかった。

 いまの会社に勤めてから中国赴任を命じられ、数カ月前からここに住んでいる。中国では風俗は禁止されているのでいわゆるソープ的なところでは場合によってはK察のお世話になる危険性があるが、一方でデリヘルなどが発達している。値段が一万円程度、しかも本番アリということで彼女もいない身にとってはとても魅力的で試してみることにした。

 ネット検索をかけてみるといろんなお店があったが、日本語がOKで、割と善良そうなサイトを選んだ。日本風俗なら口コミなども豊富だと思うがこちらではそんなものは少ない。だが隅々までサイトを見渡せばなんとなく誠実そうな感じかどうかはわかる。ちなみに自分風俗などは行った経験がなく、その時点でとんでもなくハードルが高かったがここで一歩を踏み出さないと何も変わらないと思った。デリヘルを自宅に呼ぶことに決めたが、決めたあともなんだか落ち着かず、部屋を掃除したり買い物に行ったりして決断がつかなかった。悩むこと4時間、ついにふるえる手で番号をダイヤルした。飛び込み営業の何倍も緊張した。

 電話をかけるといかついおっさんが出るかと思っていたがでたのはしゃがれた声のオバサンで、片言の日本語でこちらの住所と好みの女の子を訊いてきた。明るい子で、日本語ができて、リードしてくれる子がいいとリクエストをした。可愛くなくても最悪我慢するつもりだったが、リードしてくれるかどうかは重要だった。童貞なめんな。オバサンはまたしゃがれた声でダイジョブダイジョーブとか言っていて不安にまみれたがもうここまできたら後にはひけないと思った。なるようになれと祈るしかなかった。

 思っていたよりも冷静に一時間ほど待機できた。時間通りに譲はやってきた。わりあい小柄で、髪は赤っぽい黒で後ろにまとめていて、胸元が大きく開いた服を着ていた。顔は、さほど好みではなかったが可愛い部類に入ると思った。ドアを開けるなり譲は抱き付いてきた。意外に自分は冷静でほとんど動揺はしていなかった。譲は部屋を周り、窓から風景などをひとしきり褒めた。日本語はしゃべれるとはいっても片言で、コミュニケーションとしてはかなり初歩の部類に入る。譲はコンドームを持ってるかと訊いてきた。持ってないと言うとポーチの中からゴムを取り出して微笑んだ。不覚にもちょっと可愛いと思った。

 譲はシャワーを浴びようと言いだし、風呂場へ行った。おもむろに脱ぎ始めた。乳はそれなりに大きかったが少し垂れていて、乳首は大きくちょっとずんでいた。だが、高校時代に付き合っていた彼女も当時服用していた薬の副作用乳首は黒かったのでそれぐらいではたじろがなかった。じーっと脱ぐ様子を見ていると、譲は恥ずかしそうにはにかんだ。そして僕の服を脱がせた。パンツを降ろすと、僕の息子は半勃起していて彼女は大きいね、と日本語で言った。ちなみに自分火星人半年ほど前から剥く練習をはじめ最近では24時間剥きっぱなしでも耐えられるようになっていた。譲はすっと手を伸ばし僕の息子を勃起させた。竿に触っているときより、校門に近い場所をさすられるほうが気持ちよかった。

 シャワーを二人で浴びる。譲はボディソープを使って僕の身体を洗い、僕の息子をとりわけ丁寧に洗った。ここでほぼフルボッキに近い状態になる。譲は竿をくわえた。気持ちいいと思ったが、歯が当たらないので物足りないとも思った。昔の彼女フェラは歯が当たるせいで少し痛かったが、それが少し快感だったのだ。

 まもなくシャワーが終わりベッドに移行する。割と高層の階にあってのぞかれる心配が少ないため普段はカーテンを開けっ放しなのだが譲は恥ずかしそうにカーテンを閉めた。僕はいよいよはじまるのだと思った。譲はベッドに腰掛け、iPhoneを取り出して何か文章を打っている。中国語翻訳アプリのようだった。中国にはどれぐらい住んでるのか?とか中国彼女はいるのか?などという他愛もない会話を筆談アプリ談?)で交わした。その程度の会話もできないことが情けなく、もっと中国語勉強をしようと思った。

 全裸の譲がベッドに寝そべったので僕が覆いかぶさるような形で譲にキスをした。譲は黙って目を閉じ、されるがままになっていた。僕は首にしがみつくようにして唇を貪った。女性キスしたのはいつぶりだろうか、はじめてキスをしたのはもちろん高校ときの例の彼女で、キスをしたプリクラを撮ろうとはしゃぎ、ジャスコの中のゲーセンプリクラコーナーで僕ははじめてのキスをしたのだった。そのときファーストキスレモン香りがするとわりと本気で信じていたがそれはもちろん嘘で、彼女レモン味の何かを口に含んでいない限りそんな香りがするはずはなかった。もちろん唾液の味がした。だがそれ以降もキスだけはお互いよくしていたのでキスの良さは知っている。相手の頭の後ろに手を回し、舌を絡めていると脳天に突き抜けるような快楽を感じた。僕はやっと性的に興奮してきた。

 譲は僕を仰向けに寝かせ、しばらくキスをしたあと、息子の処理にとりかかった。口で激しくピストン運動をする。僕はそのあいだ、彼女の乳を揉んでいた。昔の彼女は確かCカップだったが、譲の乳はそれより少し大きい。乳は脂肪でできているらしいが、中に何か塊があり、そういえばそうだったなと僕は思い出していた。僕は彼女が痛がらないようにそっと揉み続けた。彼女は高速でフェラをしている。確かに気持ちよかったが、これで射精できるとはとても思えなかった。

 しばらくして今度は譲を仰向けに寝かせ、足を広げさせた。ビラビラはそこまで黒ずんでおらず綺麗な色をしていた。僕はクリを刺激しながらそっと口をつけた。譲は目を閉じている。しばらく舐めると、小さく声をあげた。僕の唾液以外の液体でじっとり濡れ始めたため、僕はそっと左手の人差指を射し込んだ。譲はさらに目を細める。TENGAの中にも指を突っ込んだことがあるが感触は少し似ている。正直、ちょっと気持ちいいと思った。

 譲はコンドームをつけると言ったが、僕はもう本番なのかと少し焦った。前述の通り女性経験が少ないためうまくセックスができる自信がない。そのことを日本語で言ったが、譲には伝わらなかった。iPhoneを取り出して例のアプリを起動しようとしたが、僕は制止した。もうなるようになれと思った。

 譲はコンドームの包装を破り僕の息子に装着する。つけるときに、また大きいねと言った。世辞だと思ったが、怒張したそれは自分が見ても大きく、案外本当に大きいのかもしれないと思った。剥きはじめてからそれほど期間の経っていない亀頭ピンクから紫色っぽい色に変化しており、まがまがしさを増長していた。臨戦態勢に入っているのだと思った。

 譲が仰向けで僕を迎え入れる体制になる。僕は息子をTITSに押し当てると、すんなりとそれは入った。前の彼女とき彼女処女だったということもあり、こうはいかなかったので僕は驚いた。その後、少しぎこちないながらも腰を使うことができたので少し感動した。腰振りの練習は布団を使ってやろうと思った時期があったが、アホくさいのとうまくできないのとで断念していた。やはりセックス生物本能というか、練習などしなくても可能なものなのだという確信を得た。考えてみれば犬や猫などもバックで挿入しているが、あれをどこかで練習しているとも思えない。生物は生まれながらにしてセックスの技巧を持っているのだ。

 もちろん腰振りはAVで見るほどスムーズではなかったが、なんとかできてはいた。だが、問題は別にあった。あまり気持ちよくないのだ。譲の締まりが悪いのかと少し疑ってしまったが、考えてみればTENGAをはじめて使ったときも言うほど気持ちよくはないよな、という感想を持ったことを思い出した。これまでの数千回にわたる皮オナ、さらには足ピン、強握力による遅漏という弊害が出て来ているに違いなかった。僕は焦った。譲はますます激しくなる腰振りに感じていた(ふりかもしれないが)が、僕はいっこうに気持ちよくならなかった。極端なことをいうと、挿入しているという実感すら希薄だった。

 疲れてきたので譲と上下を交代する。譲は僕にまたがると、慣れた手つきで息子をねじ込む。さすがにプロだけあって、見事な腰づかいだった。時々覆いかぶさってきて、キスをしてくれる。満たされた気分になったが、それでも僕はあまり感じなかった。譲の顔は上気しており、だんだんと腰の動きも激しくなってくる。譲との温度差を感じ、僕は申し訳なくなった。譲はまだいってない?と訊いた。僕は頷いた。

 譲を四つん這いにさせ、今度はバックで挿入した。これもすんなり入った。バックは突きやす体位だと思った。確かに腰を振る必要があるが、相手の腰を両手でつかんで揺さぶればあまり腰の力を使わずに深く挿入することができるからだ。今までで一番激しく僕は突いた。譲の声もだんだん大きくなってくる。だが、それでも僕はまだいけなかった。ときどきピストン運動スローにして、挿入している実感を確かめると、いま自分セックスをしているのだ、という実感が深まり、それによって多少は気持ちよくなったが、このままあと何分これをやろうが永遠にいくことはないだろう、と思った。僕は絶望的な気分になった。

 譲が疲れてきたので僕は息子をTITSから抜いた。譲は中国語ですごいねと言って笑った。僕も腰が疲れてきたのでそれ以上セックスを続ける気にならなかった。譲はコンドームの上から手でしごいてくれる。自分でやるオナニーに近いため感覚的にはこれがもっとも馴染み深く、僕はまた性的に興奮しはじめた。譲は手でしごきながら深いキスをしてくれて、さらに僕の気分は高まった。だが、まだいく気配はなかった。舌を絡め合いながら、僕は本格的に焦り始めた。

 僕は仰向けになり、譲はコンドームを剥ぎ取って直接僕の息子をしごきはじめた。プロから、僕が射精をするまではプレイは終了しない。譲も必死だった。また僕にキスをしてくれる。僕はさらに申し訳ない気持ちがつのった。皮オナのみならず、足ピンも重大な問題だった。仰向けになることで足ピンに近い状態になることが出来、ようやく僕は射精の気配を感じとった。譲の胸を激しくもみしだきながら、射精のくる感覚を待った。やがてわずかに射精前兆を感じ、小さく声で、いく、と言った。譲はそれを聴いて、さらに手を速く動かした。

 わずかにドクンと息子が蠕動し、少量の精液がこぼれたあと、一拍遅れてすごい量の精液が飛び散った。譲の手はもちろん、自分の胸のあたりにまで射精してしまった。さすがの譲も驚いていた。もちろん僕も驚いた。一体何が爆発したのかと思った。ちなみに、精子を溜めていたのはたったの一日だったが、あの精液の量はそんな比ではなかった。睾丸に入っていたものをすべてぶちまけたのだろう、と思った。

 譲は落ち着いたあと、手早くティッシュで処理をして、またシャワーへ誘った。中国語で少し会話をしたが、半分ぐらいは意味がわからなかった。譲は僕の身体を洗いながら、何度かキスをしてくれた。僕らは身体をふいて、またベッドに戻った。

 譲はまた仰向けになれ、と中国語で言った。仰向けになると、肩から順番に、丁寧に時間をかけてマッサージしてくれた。ちなみに中国風俗はここまでの記述の通り本番まであるのだが、表むきはマッサージということになっている。この店の譲はマッサージもできるように訓練されているらしかった。自分の自宅で、しかも互いに全裸マッサージをしている光景はかなりシュールだったが、僕は本当に満ち足りた気分になった。情けない話だが、デスクワークで凝り切った肉体にはセックスよりも全身マッサージのほうが気持ちよかった。譲はなかなかツボを心得ているらしく、ときにやさしく、ときに手荒に僕の身体を揉みほぐしてくれる。セックス最中にはほとんど声をあげなかった僕だが、マッサージされながら何度も声をあげた。それぐらい気持ちよかったのだ。譲も嬉しそうだった。

 すべてが終了し、またディープキスをしたあと、譲は風呂場で服を着始めた。もう終わりか、と思ったが、時計を見ると一時間と少しを回っている。さっきの大射精で深い賢者モードに入っていたし、全身マッサージで至福の時間を過ごしたあとだったので文句はなかった。僕も服を着ようと風呂場に行くと、譲はブラジャーをつけているところで、また恥ずかしそうにはにかんだ。今さら何を恥ずかしがっているんだ、と思い、また少し可愛い、と思った。

 服を着ると譲は僕のリビングに移動し、窓の外の風景に見とれていた。急に何かを思いついたようにiPhoneを取り出し、外の風景をバックに写真を撮って、とお願いしてきた。少し躊躇したが、希望通り撮ってあげると、ものすごく喜んでいた。彼女ソファーに座って、iPhone写真を見せてくれた。こないだの休みの日に海水浴に行ったらしく、水着姿の譲がファインダーに向かって微笑んでいる。ノーメイクだと言って恥ずかしそうだったが、僕はノーメイクでも魅力的だと思った。時間になり、彼女が帰るそぶりを見せたので、僕はお金を渡した。彼女はそれを数え、これがママの分、これがあたしの分、と言って笑った。僕は少しチップをあげようかと思ったが、やめておいた。譲は最後に僕に抱き付いてきて、短いキスをした。僕はドアまで行って見送った。再見、とお互いに言いあって、別れた。

 初めての風俗、それも中国での体験で、結論としては概ね満足したわけだが、やはり遅漏の弊害は大きく、僕に深い影を残す結果となった。彼女が帰ったあとにパソコンを開いた。遅漏を解決する方法はないのか。すると、とにかくオナ禁しろということだったので、これからは本格的にオナニーを禁止し、月に1、2度のデリヘル譲だけで抜こうと心に決めた。思えば、女性と接触する機会、交際する機会は何度もあったにも関わらず、セックスに自信がないせいで僕は常に一歩を踏み出せずにいた。女性と同じ部屋に泊まったことがあるにも関わらず、何もできずに一夜を明かしたこともある。これも何かの機会だ、遅漏の解決と、セックスを練習することで、何か変わることができるかもしれない、とそう思った。

 無駄に長文になってしまいました。ご清聴ありがとうございました。僕と同じように、遅漏や火星などで一歩を踏み出せない男性は、とりあえず風俗女性に慣れてから改善をしていくといいと思います

2013-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20130814141234

たぶん増田自分を否定されるのが怖いんだと思う。特に自分が認めている相手から自分を否定されるのが嫌というタイプ

だってそうと言えばそうなのだけど、増田が望むような仲間を作りたければ、相手にもある程度素の自分を見せなければならない。

切れてもいいようなたくさんの人間関係の中で、互いにちょっとずつ自分を出して受け入れたり受け入れられたり、拒絶したり拒絶されたり

そうやってブラッシュアップしていって残った関係が仲間なのでは。

人間関係希薄なのに仲間だけほしいというのは、過程はめんどうだけど最高の結果だけほしいというわがまましかない。

2013-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20130813193509

想像で語ってるだけだから当たってるのかはわかんねーけど、誰とでも合わせられるってのは裏返せばアイデンティティ希薄ってことなんじゃないの?

俺個人としては、自分世界がなくて表面的な感じでこっちに合わせた話しかしない奴って、最も会話してて退屈なタイプだわ。

でもさっきも言ったように若い子ならそれで十分押し切れると思うよ。移り気で長続きしないのは諦めるしかないけど。

2013-08-09

自信がないんだ

オヤジと母さんは物心ついた時から仲が悪かった。

学校から家に帰るとオヤジに投げ飛ばされ失神し倒れていた時もあった。

でも母さんも強気オヤジと取っ組み合いするくらいの気性。

俺は二人とも好きだっただけに辛かった。

家族四人(姉がいる)揃った楽しい思い出は数少ない。

2度ほど旅行に行ったくらいか

多くの思い出は夫婦喧嘩ばかり。近所に住んでいたおばちゃん(母の姉)に「すぐきて~っ!」て呼びに行ったことは数えきれない。

原因は親戚関係にあった。

オヤジ長男。墓守として仏壇もウチで管理

オヤジ兄弟姉妹は好きかって言う。

誰かに病気や不幸があれば「仏壇管理が悪い」とイチャモンと付けに来る。

オヤジにではない。母さんにだ。

そんな親戚を私は今も恨んでいる。

そして母を守らなかったオヤジも恨んでいる。

母方の兄弟姉妹もぐちゃぐちゃだった。

母の母、ばあちゃんがボケてからというもの、良くある話が頻発。

「誰々の家ではご飯を食べさせてくれない」

「誰々が誰々の文句を言ってる」

ばあちゃんをたらいまわしにした挙句責任は母へ。

ウチはオヤジ仕事の都合で転勤があってばあちゃんを引き取ることができなかった。

その他兄弟姉妹も多くが教員事情は同じだ。

短い間ではあったが面倒を見ていた母の兄の転勤を機に病院へ入れることに。

ばあちゃんは「・・・・(母さん)と一緒に住みたい」と言ったらしい。

しかしそれはできなかった。

そのとき、母の乳がんが発覚していたからだ。

なぜかは分からないが母は兄弟姉妹入院するまでそれを言わなかった。

おばちゃんにだけ伝えていた。

母は袋叩き。母対一番下の妹との取っ組み合いの喧嘩も見せつけられた。

私が小学2年の頃。40過ぎた今もはっきり情景が焼き付いている。

そこから親戚関係はぱったりと疎遠になる。

母の手術後もだれも見舞いにすら来ない。

回復後も同じ。

オヤジ方もそう。

おばちゃんだけが拠り所。

親戚関係がないということはお年玉に影響する。

それを気遣ってか、親もおばちゃんも1万円くれる。

から毎年2万円。まあ友人たちよりは少なかったが不満はなかった。

私が小学6年の時、母の癌が再発する。

から聞いた話だが、オヤジには医者から余命2年と告げられていたらしい。

でも私もある程度悟っていた。

退院を繰り返す。

その度に痩せていく。

私がギターが欲しいと言ったら母の同級生からギターをもらってきてくれた。

普通なら反対するだろう。厳格な母だったから。

しかすると自分でも分かっていたのかもしれない。

中学2年の頃、思い切って、エレキギターが欲しい、と言うと「いいよ、上手くなったもんね」。

当時は高価だったエレキギターギターアンプを買ってもらった。

おばちゃんに「私は反対だな」と言われたとき冗談で「何かあるのかな?最近全然反対しないんだよ」といったらおばちゃんの血相が変わった。

明らかに動揺していた。多分おばちゃんも悟っていたのだろう。

「ま、まああんたは勉強部活も頑張ってるからじゃないの・・」とだけ言われた。

退院を繰り返す。

入院きっかけは呼吸困難。私はたまたま直面しなかったが、姉が2度救急車を呼んだ。

そして2,3週間で退院

もう確定だ。母さんの体は小さくなり、顔や肩にこぶができ始めていた。

この頃すでに家事は残された家族で分業。

ご飯は自分で。洗濯自分で。家の掃除は気が付いた人がやる、という暗黙のルールができていた。

私が中学3年に上がる頃に再入院

たまたま友達が腎炎になり数か月入院していたので見舞いがてら学校帰りに病院に遊びに行っていたようなものだ。

それでも母は喜んだ。友人も母といろいろ話せるようになっていた。

しかしこの頃から急激に体が弱り始め、会話もやっとの状態になった。

4月に入り、急に疎遠だった親戚連中がやってくるようになる。

「ごめんね、ごめんね」と泣きながら話しかける奴ら。私にも「久しぶりね、元気だった?大きくなったね」

鳥肌が立つ。なんだこいつら。

同時に母の死期が近いことが分かった。母を見て明らかだ。そして個室へ移された。これは常識的に「最後であることを意味する。

姉と冷静に話す。

「もうそろそろなのかな・・・

「そうかもね・・・

その3日後、早朝に電話が鳴る。

すでにオヤジはいない。

姉を起こし、自転車で二人乗りして病院へ急ぐ。

「来たな」

「来たね」

その言葉しか交わさなかった。今思ってもあまりに冷静だった。

病院に着くと呼吸困難の発作が出ていた。

ほとんど口をきけなかった母が叫ぶ。聞いたことのない大声で叫んでいる。

先生!私まだ死ねない!子供らが!」

そう叫びながら処置してくれている先生白衣をぐいぐい引っ張っている。

先生も大声で「大丈夫大丈夫から!ちゃんとやってるからちょっと離して!注射打てないでしょ!」

ヤバかった。見ていられなかった。計器の音と叫び声だけが響き渡る病室。

小一時間ほどで状態が落ち着く。その日は日曜だったが私の部活の催しがあった。

オヤジに「落ち着いたようだから行って来るわ」と言い残し、家に行って道具を持って体育館へ。

着替えていると体育館の職員さんが大声で呼びに来る。

「親戚の人が来ているよ!急いで!」

事情を聴いたんだな。それよりも「あちゃ~来たか」という感じだった。

仲間に聞かれても「いや、そのうち分かるから」と言い残して病院へ急ぐ。

到着したとき、母さんは亡くなっていた。

タイミングよく集まった親戚中が泣いている。

この時初めてオヤジの涙も見た。

でも私は不思議と涙が出なかった。「やっと楽になれたね」という気持ちが強かった。久しぶりに見る母の安らかな顔。

人とは不思議もので、毎日痛みに襲われ続けると表情や顔のカタチすら変わってしまものなのだ

昔の結構美人な母さんの顔に戻っていた。

手を握るとまだ温かい

私は一言、「お疲れ!」。

周りは煽る。私を泣かせようと煽る。なぜ泣かないのか、悲しくないのか、とまで突っ込んでくる。

いい加減、ついに私がキレる。

「おめぇらに何が分かる?!うるせぇんだよ」

病室の外でも言い合いが。

オヤジと私を迎えにきた親戚だ。

「なぜ(私を)行かせた?!誰が許した!」

「俺だ!何か文句あるか!」

胸ぐら掴みあってる。

私が割って入る。

「アンタに何が分かる?俺は見ていられないから行ったんだよ!ドラマみたいな場面作られても満足するのはオマエらだけだろうが!母さんは分かってくれてんだよ!」

で、全員に

「つうか、てめえら急に兄弟ぶりやがって何様だおらぁ!」と壁パンチ一撃。看護婦さんに止められる。

中学3年のガキとはいえすでに身長は180cm、体格は大人、しかヤンキーときた。誰も止められない。

シーンとする。

遺体に寄り添っていたおばちゃんが冷静に一言

「アンタのムスコ、やっぱり立派になったよ。いい子だねぇ。育て方間違ってなかったよ。あれだけ辛い思いさせても大丈夫だったんだよ」

「お母さんね、いつも私に言ってたんだよ。教育上良くない場面を何度も見せてきた、母親らしいこと何もできなかった、一番母親必要な時までいてやれるかな?って」

兄弟姉妹たちはぐうの音も出ないで押し黙る。私はその一言で涙腺崩壊した。

その後、通夜告別式の間、私は一度も涙を見せなかった。

通夜には大勢の人が訪れた。クラス全員、姉のクラスも。そしてオヤジ金融機関勤めだったのでその関係者。豪勢な式になった。

遺族席でいるとひときわ号泣して要る奴がいる。あの母と同時期に入院していたアイツだ。

聞くと、私がいない時も母の病室に行き、母と話をしたことがあったらしい。

その時に「あの子をよろしくね。これ内緒でね」と毎回言われていたそうだ。そいつ退院が決まった時も車椅子で声を掛けに来てくれたという。

そいつもそんな人前で涙を流すような奴じゃない。この話を後から聞いた時の方が参った。アイツも参ったらしいが。

親戚は帰るときも「これからはちょくちょく連絡取ろうね」と言い残したが、

「いや、遠慮しときます」と答えた。呆れた様子だった。

おばちゃんから伝え聞いた話によるとその後も親戚関係はぐちゃぐちゃだったらしい。

母と取っ組み合いの喧嘩をした妹は旦那会社の金を横領、その穴埋めができずに旦那夜逃げ

家を取られまいと抵当権を外すために兄弟じゅうに借金子供の学費の工面で借金

もう何年も前に話なのに誰にも一銭も返していないことでいまだにモメているという。

誰でもどこの家庭でも何かしらの問題は持っている。

しかしウチの親戚連中は結構ひどいな。みんな仕事は立派なのだが。

今はおばちゃんも亡くなり、長兄も亡くなり、オヤジ方を含めみんな年老いた。

生きていても、離婚した人、精神病院に入ってしまった人、奥さんが自殺した人もいる。

子供らに関しては50歳にして就職経験なし、という人もいる。

携帯キャリアの開発部門で立派にやっている人もいるし、教員も多い。みんないろいろなんだ。

親族間のつながりの希薄化が言われているが、悪いことばかりじゃない。

遠くの肉親より近くの友人。

的を得ている。

でも親族が円満な人たちがうらやましくなる時もある。

母さん、おばちゃん、俺はこの生き方でいいのかな?

事あるごとにどちらに進むべきか聞いてきたけど、言う通りにしてきたぜ?

自分なりに全力も尽くしてきた。

母さんに言われた通り「どんなことがあっても女性に手を上げてはいけない」も厳格に守ってる。もちろんムスコにも同じように伝えてる。

最近いろいろ考えるんだ。

今、心を病む寸前かも知れない。声が出にくくなってきた。震える。人と会うのが怖い時が多くなった。

でも無理矢理「これでいいのだ」と言い聞かせている。

これでいいのかな?

そっちの世界に行く時に悔いなく死ねるかな?

やりたいことはたくさんあるんだけどな。

上手く行かないことばかりでさ。

オヤジももうすぐそっちの世界に行くかもしれない。

そうなったら俺一人になるな。

一人でやって行けるかな?

子供らを巣立たせることができるかな

なあ、どうして最近出てきてくれないんだ?

間違ってるなら間違ってるって言ってくれよ。

あの頃あったはずの自信がないんだ。

2013-08-08

地震、雷、火事イナゴ

本当にそんなやついたのか自分自身も記憶曖昧くらいの微妙世代ではあるのだけれどもかつて存在したという怒ってくれる近所のオヤジはもう死んでしまったのだ。理由はわからない。核家族化とか地域コミュニティ希薄化などはメロスにはわからぬ。メロスそういう難しいのわからぬ。なのでメロスは走った。走り続けた。友を助けるために昼夜を問わず走り続けてあと走ってたら暑いから途中で寄ったコンビニ冷凍庫とか入ったりした。あずきバーめっちゃ固くてくるぶしの骨と当たってゴリッって言って超痛かった。それでもメロスは頑張って走った。すべては親友セリヌンティウスのためである日没が近づいている。メロス不安に思った。セリヌンティウスはまだ死刑にされていないだろうか?メロスは走りスマホツイッターをチェックしたがまだ死刑なうツイートタイムラインに流れてこなかった。大丈夫だきっと間に合うはずだ、メロスはこめかみを伝う大粒の汗を拭おうともせず走り続けた。もう間もなくで王の城につく!メロスは私有地を突っ切ったら早いんじゃないかと思い完全に立ち入り禁止と書かれている柵を飛び越えた。

「こらー!」

怒声がメロスの耳をつんざく。オヤジだ!怒ってくれる近所のオヤジはまだおったんや!メロスは思わず関西弁になった。オヤジさらに何か言っている。

「まだこんなところにいるのか!早く逃げろ!」

オヤジが早くこっちに来いと手招きしている。何事かと思い後ろを振り返ると空が真っ黒だった。イナゴイナゴの大群だ!メロスは走った。もうセリヌンティウスとの友情だとか約束だとかどうでもいい逃げなければ、あのイナゴから何としても逃げ切らなくてはならぬ。メロスは走った。瞬く間におっさんを追い抜き駆け続けた。イナゴの群影に取り込まれたおっさんは瞬く間に白骨となった。やはり怒ってくれる近所のオヤジなんておらんかったんや!メロスは再び関西弁になった。やがてメロスイナゴに追いつかれた。イナゴに目をつけられて生き延びられる人間などこの世にいはしないのだ。これがこれから私刑スタンダードである地震、雷、火事イナゴ。大イナゴ時代の到来を謳う黒い影はもう白骨化したメロスになんか目を暮れもせず新たな獲物を探し北へ北へと進んでいった。

2013-07-08

困った。カネがない。

          

46才 男性

都内郊外暮らし

年収650万

マンション35年ローンあり(あと20年)

子供二人(小6、中ニ)

配偶者収入 10万/月)

車あり(10年落ち、ローンなし)

貯金ゼロ

お金がない。

なんも買えない。

お昼は1、000ランチなんか夢のまた夢。

いつもお弁当カップラーメン

洋服はG.Uかユニクロセール品。

旅行新潟実家帰省するくらい。

飲みにもいけないから、(まあそれが原因ではないかもしれないが)

社内の交友関係希薄

年俸制で、会社の業務悪化から一時は750万あったが

5年前に引き下げられたまま。

ボーナスなし、退職金なし。

さらに、社内政治に負けっぱなしでいまやかなりの窓際。

目の前真っ暗。

転職しようにも、確実に年収は下がりそうだし、

そもそも46才というおっさんなので、かなり厳しい。

つか650万ってこんなにきびしいのか?

年収200万時代かいわれている中で、多いといえないまでもそこそこの金額だと思うんだけど、

「贅沢」をしているんだろうか。

唯一思いつく贅沢はタバコくらいだとおもってるんだけど。

       

いや、オチはない。

2013-07-03

今更AKBの話

これから書くことは完全に後付な上、既にどっかの誰かが言っていることに被ってる可能性大だが、それでも書いてみる。


結論から言うと、AKBがこれだけ盛り上がったのは、今も昔もアイドルのコア層である童貞のマスを取り込めたから。

以下具体的な説明。


まず前提として、世の男の9割にとって、女にモテないのは日常的な話。

世の人口の半分が男なわけだから、その9割つったら物凄い人数なわけで、モテないと一口に言っても、その中で更に色々カテゴライズできる。

あとはカテゴライズした結果、各々のボリュームがどんくらいかという話になる。


ではモテるかどうかの次に来るカテゴライズはというと、本題になる童貞/非童貞

あ、これは精神構造的な意味での分類だから素人童貞童貞に含めるし、玄人童貞でも非モテ()こじらせたのが治ってないなら童貞と見なしますw

まあ普通に考えて非童貞のほうが人数は多いんだけど、今や童貞だってかなりの人数だ。

老いも若きもいっぱいいる。少なくともツイッター童貞ディスったら炎上するんじゃね?ってくらいはいる。


で、AKBが登場するまで、童貞の皆さんの中でも抜群の存在感だったのが、いわゆる2次元萌え

それもあってか、少なからぬ人が童貞キモオタくらいのイメージを抱いていた。

秋元氏の慧眼は、それはあくまでイメージであって、実態は違うということに気づいた所。

確かに萌えオタは目立っているけど、童貞のマスじゃないってことだね。

しろ童貞のマスにとっては「嫁がディスプレイの向こうにいる」時点で「はい解散」なんだけど、そんな彼らは殆ど取り上げられなかったというか、見えてなかった。

それは彼らの趣味嗜好が分散して、控え目にまとまっちゃってるからだと。

要するに各人がぼっちか、それに近い希薄な繋がりしか持たない状態で埋没していたのだ。


そんな彼らを惹きつけるキーワードは「親近感」というのが、秋元氏の企画の原点だろうね。

そりゃガチアスペでもない限り、人が常に他の誰かを必要としているのは明らかで、しかも人恋しさは人間関係希薄になればなるほど強まる。

それこそ、気になるあの子ディスプレイの向こうでは絶対満たされない程度にね。

から「いつでも会いにいけるアイドル」「ファンの皆で育てるアイドルである必要があった。

まあ最初は上手く行かなかったみたいだけど、それでも基本路線は変えないまま一時代を築いたんだから、「正しい」と言うべきだろう。


いやあ、本当に目の付け所が凄いと思う。

もう一つ感想を付け加えるなら、死ねばいいのにって感じ。

なんつーか、童貞去勢する商売をやめろとは言わないが、もう少し日陰でやるもんだろ・・・


というわけで、ここまで読んでくれた人は、オレがこの日記童貞って言った回数でも数えればいいと思うよ!

2013-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20130613160729

たぶん認知の歪みってのが原因だと思うのだけど

病院精神科に行くとたぶん、細かい事が気にならなくなる薬を処方されて

完璧主義は和らいでも家事料理も上達せず

惣菜を作ってくれたお義母さんにも負担をかけてるという意識感謝の気持ちが希薄になると思う。

行くんならカウンセラーかな。

2013-06-03

突然連絡がつかなくなった。

マリッジブルーかと思いつつどう対処したらいいのかわからない。

私は友達とご飯を食べに行っただけなんだけど、それがどうもダメだったらしい。

けがからない。

あやまって済む問題でもないらしく、メールの返事も無い。

けがからなすぎて私はは精神を持ち崩しそうにになっている。

とにかく話しあおうとしても電話にも出ない。

お手上げだ。

感情が乏しくいつも希薄人間関係しか築けなかった私が初めて心から好きで大切だと思える相手だった。

この気持ちどうしてくれよう。

こんな優しくて素敵な人と結婚出来るなんて最高だなと思ってるのにな。

何がどうしてこうなった

時間が経てば解決するのかどうかすら分からずお手上げだ。

もう周りにも結婚するって言っちゃったのにどうしたもんだろうか。

自分軽率さで足元をすくわれっぱなしで嫌になるし、結婚ダメになるんだったらいっその事死んでしまいたい。

こんなとこにこんなこと書いてもどうしようもないけど、話し相手が居ないのだ。

2013-05-06

市民社会行動・リテラシーは、40年前比で2極化している】

5月3日の日経に「日本人金融行動は2極化しているのでは?」という問題提起があった。

「極端なリスク回避嗜好者(現預金嗜好者)と、FXとかにバンバン投資して、極端にリスクテイクする人と、

 2極化していて、中間層(ほどほどにリスクを取る人)が希薄」という趣旨

これって、金融行動以外の、市民社会行動、あるいは各種リテラシーについても、言えるのでは?

30年前、40年前とかと比べて、中庸に山が来る正規分布から、「リテラシーが凄い人」と「リテラシーが全く駄目な人」に

2極化が進行している気がする。

例えば、行政が、医療費増大を抑えるために、市民に「健康啓発・運動啓発」をしているが、

運動する市民」と「運動しない市民」の2極化が、30年前・40年前より、一層分化していたりする。

運動する市民の側は、より一層運動に励むが、運動嫌いな市民は、より一層運動時間が減少してしまったりする。

で、問題なのは行政が「健康啓発セミナー」を開催しても、集まるのは

「もともと健康運動好きな、健康オタク」ばかり来場してしまって、行政としてはもっとも来場して欲しい

運動嫌い、殆ど運動しない人は、全く来ない」ということ。

運動好きな人ますます運動啓蒙したら、活性酸素却って体を痛めてしまうのだが・・・

厚生労働省とかが「市民運動時間調査」しても、平均を見て論議するのは、全くの見当外れになる。

例えば「運動時間合計が1週間で1時間未満の人の比率が、30年前比でどう推移したか?」を可視化して、

そこにピンポイントした啓蒙作戦を練らないといけない。

運動とかの場合だと、例えば40年前とかは、職場で「大運動会」「ソフトボール大会」なんかがあって、

運動嫌いな人でも半強制的に運動に参加させられる「仕掛け」があったが、それが廃れて、

運動と向き合わなくても生活していける時代」になった、という面が大きい。

・・・あらゆる場面で「嫌いなジャンル、苦手なジャンルがあっても、別に向き合わなくても構わない時代」になり、

リテラシーボトム層は、ますますボトムダウンする、という構図になっている。

一方、運動好きな人サークルは益々盛んになり、より上手い人は上手くなり、運動量が増える。

なので、市民の間の「運動量の断絶」は、40年前比では相当酷くなっている。

成人じゃなく子供時代でも2極化していて、水泳などは、

スイミングスクールに通っていて、割と泳げる子」と、

「そういうスクールにも行かず、親が夏に海・プールに連れて行くこともない家庭の子」とでは、

水泳技量に相当な断絶が発生してしまい、体育教育現場では相当問題化しているらしい。

趣味世界は、もっと二極化が進んでいると思う。

40年前とかなら、芸能に疎い人でも、それなりに「山口百恵がどうした」「石原裕次郎がどうした」ということを知っていた。

おそらく世間話でそれなりに芸能の話題が出ていたので、あまり芸能に関心がなくても、必要に迫られて

芸能情報摂取せざるを得なかった、という側面もあろう。

しかし、今では別にAKBがどうした、EXILEがどうした、ということに全く無関心でも、まあ生きていける。

40年前と比べると、芸能情報に一切無頓着という「芸能オンチ」は、より一層深刻になっているのでは?

一方、ネットの深化で、芸能オタク層の芸能知識の深度は、40年前比でも相当深まっていると思う。

以前は芸能偏差値40~60に満遍なく分布してたのが、今は芸能偏差値80のオタクがいる一方で、

芸能偏差値20の「世間知らず」もそれなりに存在して、芸能偏差値40~60の中庸層は薄くなった気がする。

他にも「料理の腕」とか「日曜大工の腕」とか、さまざまなリテラシーライフハックで「2極化」が進行しているのでは?

あと、先日麻生副総理が、「1年間病院に行かない高齢者に、10万円あげることで、過度の病院通いを抑制できる」

とのアイデアを披露していたが、「病院通い」も2極化している気がする。

「用もないのに、病院にやたらと行きたがる、薬を貰いたがる人」と、

医者嫌いで、手遅れになるまで病院に行かない人」の2極化。

麻生氏は「用もないのに病院に行きたがる人」の抑制として「1年間行かなければ10万円のご褒美」というアイデアだったんだろうが、

これで「用もないのに・・・」という層が、果たして行動変化させるか?

結局、「医者嫌い」な人に10万円を交付するだけで、「用もないのに・・・」という人はなんら行動を変えない気がする。

→「医者嫌い」な人に10万円を交付して、「交付実績が上がった、政策効果が出た」と総括するようじゃ、単なるアホである

この場合は「医師嫌いな人に、もっと病院に行ってもらうように啓蒙」しながら、一方で

「過度に病院通いする人に、あまり病院通いしないように抑制啓蒙する」という両面作戦が必要になるので、極めて難しい啓蒙戦略必要になる。

2013-04-29

「誰もひとりでは生きられない」

非常にありふれた言葉だが、真実だと思いたい。

需要供給曲線の中で、「自分」という存在需要が無ければ「給料」という供給存在しないだろう。

誰もが求められ、そして誰かを求めて、生きている。

コンビニの店員がいなければ困るだろうし、怪我をした時に夜間の当直医がいなければもっと困る。

農家がいなければスーパー野菜は並ばないし、運転手がいなければ電車は動かない。

世の中ってそういうものだと思うし、そうあるべきだとも思う。

そして誰もが誰かに求められて、誰かのために働いている中で、それでも休日というもの存在するのは、”休日がなければいつまでも供給できない”というコンセンサスがあるからだろう。

そういうことをぼんやり考えていると、ふと1つの疑問に辿り着く。

「どこまでが自分なのだろう?」

もっと言ってしまえば「それは本当に自分なのだろうか?」という疑問かもしれない。

コンビニバイトも、夜間の当直医も、農家も運転手も、あるボーダーパスすれば自動的にキャリアアップされるこの世の中で、職業に密着したアイデンティティというものはなかなか希薄である

「私が死んでも代わりはいもの」……とは某ヒロインの言だが、実際、ほぼ全ての職業に対して代わりは用意されている。

勿論、それは非常に死にやすい1匹のホモ・サピエンスに掛け替えの無い仕事を任せるのは非常にリスキーから、どうしようもなく、必然的に辿り着いた結果なのだが。

そういう疑問に(無意識下かもしれないが)辿り着くから、人は帰るべき場所=どこまでいっても自分を求めてくれる場所を求める。

しかし悲しいかな、それは自動的に、簡単に与えられる類のものではない。

人は、雄と雌は、簡単に恋に落ちる。

「1億人から君を見つけた」だとか「100年の恋」だとか言うけれど、実はそんなに大それたもんじゃない。

ある人が繁殖適齢期に出会う、繁殖適齢期の異性の数なんてたかが知れてる。

精々数百人、だろう。

そんな少ない中で人は何人にも恋をする。

色んな人を好きになり、色んな人とセックスをし、生きていく。

100年の愛を誓って結婚したとしても、意外と簡単に離婚して、また生きていく。

恋愛ですら、将来的には家庭ですら、その個人にとってオンリーワンものではないのだ。

結婚相手は代替可能な繁殖相手にすぎない。

しかし、それは恐怖だ。

旧来の価値観では帰るべき場所になりうるはずの家庭ですら、絶対的なものではないというのは、アイデンティティを揺らがす恐怖だ。

果たして自分は、ここにいる自分は、誰かの代替品としてでなく、死ぬまで誰かに必要とされる人間で有りうるのだろうか。

それとも、ちっぽけだが美しいこの惑星に70億匹もしがみついて生きているこのホモ・サピエンスという種族は、そもそもどの個体をとっても代替可能な個体なのだろうか。

2013-04-14

ブラック企業ブラック学生

http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20130414-00024399/

上記のエントリを読んでみての大学教員から見た現場感想。(後から読んだらそういうことで愚痴言いたいだけになってた。すみません。)

ブラック起業世間的に叩かれているのはもっともだと思うのですが、一方で、著しく管理の面倒な勤労者がいるのも事実です。その勤労者をどのように勤務させ、管理するのかという話において、ブラック企業必要悪として支持する人がいるのもわからんではない。

基本的に、ブラック企業行きたくない勤労者は勤務しなければ良いという割り切った考え方もあるかもしれません。しかし、ある程度不良な労働力を含めて、社会的安定のために失業者を減らすべきという前提からすると、なんとか労働力化しなければならないのが社会的要請な訳です。

その上で、大学という高等教育機関のあり方、もとい、現実的には一定以下の水準の大学であれば、(高等?)職業訓練学校としてのあり方も大きく問われているわけです。(まあこれから書くことはだいたい中堅以下の大学を対象にした話だと思ってください。)

まず、大学全入時代に、特に他人に説明できる専門的能力を満足に身につけさせないで、卒業させる大学価値はいかなるものか。という問いが大学に厳しく求められている気がします。(というと、昔から大学はそんなことなかったよというおっさんの反論があるのが目に見えますが、実のところ、昔の大卒の優秀さと貴重さを今と比較すると悲惨です。若者絶対数が減っていく中で、今の中堅大学は一昔前の下級ランクです。さらに、中国語しか聞こえない本当の底辺校も増えています。また、その点では今の学生に同情しないところもないではないですが。)

さらに、一定以上の大学であれば、大卒者は高卒より就職が良いはずで、大学卒業すれば就職できるはずだという、「神話」を社会全体で共有して、信じている雰囲気を強く感じます

そういう神話を信じている人には、学ぶ目的意識希薄で、就活までの3年間学んだ内容を満足に説明できない、他人に説明できる専門的能力も無い、という人を大卒にふさわしい賃金待遇で雇いたい人が一体誰なのか、説明して貰いたいです。

にも関わらず、現実大学生は、大学に行って、就職活動すれば就職がなんとかなると思っています。というか、そうせざるを得ない。そのうえ、就職指導をする教員はなんとか押し込めるところがないか必死に探しています。その先がブラックであるかどうかなんてこの際どうでもよかったりします。東洋経済に報告する就職率さえ上がるのであれば。

現場にいると、その辺のギャップが痛々しいです。

そういう環境の中で、学生労働力化するために、何が必要か考えたいと思うわけです。

まあ平たく言って、一定水準以下の学生に、難しい知的作業を期待することは無駄と言わざるを得ないし本人も無理だと思ってる。授業で"多変量解析~♪"とか"ユーエムエル~♫"とか教えたって、まず仕事で使わない。というか大前提として、大学で学ぶことはそもそも就職してから使う前提ではなかったりするし、そこを譲ったとしても、人には適性というものがあるので、いまさら、中堅校以下の学生知的労働期待しないでしょう。。

また、大学の授業ってそういう「知的なこと」が中心だという大前提に立っているわけです。もちろん、知的なことが理解できて、仕事にむすびつけられる出来る学生はいいんです。そういう人は放っておいても就職も決まるし。

一方で、そういう知的なこと以外に、もう少し社会人に求められる常識があります。「挨拶ができる」「連絡が取れる」「1日8時間最低限仕事が出来る」「待ち合せなどの時間を守る」とか。そういうのは、明らかに「知的なこと」ではないので、あんまり知能的な動きと関係ないのですが、そういう仕事を一緒にしていく上での最低限の所作が出来ないと、労働力化という観点では大問題です。

しかし、現実学生を見ていると、そっちの手当が足りてない学生がわんかさいる。そういうのを何とかするためには、今の大学は本当に向いていない。なにしろそもそもが、大学教員の少なくない割合が、がそういうのが苦手です。社会的にはダメ人間だらけで、むしろ時間管理されたくないとか、そういう理由で教員になっている物が多いから、指導できるはずがないです。

そういう最低限の労働力化に求められる能力が書いた学生を、大学教員指導しようと思っても、なんだかこれって俺の仕事なの?って思ってしまますよね?

少なくとも研究費もらってる研究者に同時に求められるスキルではないと思うよね。

でも実際にゼミやるとひどい。自分が必修を落として留年したことすら気づかず、頑張って就活している奴すらいる。

そういう労働力化する上で最低限のスキルさえ持てないブラック学生にはどうしたらいいんでしょう。

たまに大学来ないで自衛隊に行けばよかったのにね。って、学生には話しているのですが。資格もたくさん取れるらしいし。仕事も安泰だし。

愚痴ってすみません

2013-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20130405114654

そりゃ、本や映画の話をしたいし、相手を男性として意識していない(そもそも、そういう意識希薄)のに、いちいち「可愛いね」とか言われたら、面倒なヤツだなと思うでしょ。

逆に男女として接したいのに、いつも本の話しかしなかったら、面倒なヤツだなと思うのと一緒で。

2013-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20130404013823

ゲームには必ず共通してあるもの

目的」「ルール」「結果」

まずどうすれば良いのか(どうすれば勝ちか)という目的

その目的を達成するためにするためルールに従ってさまざまな判断や選択をして行動する

そしてルールに従って行動した結果、目的を達成しているかどうか

どんなゲームでも同じ

将棋だって王将を取ると言う目的を目指してルール通りにさまざまな判断や選択をして将棋のこまを進めて最後にどういう結果になったかを見る

ポーカーだって強い役を作る目的で色々選択するどの役を作るか、そのためにどのカードを残すか、そして結果を見て楽しむ

ゲームは何だって同じ

やらされている感のするゲームはまず「目的」の部分が無い事が多かったり希薄であったりする

からやってる側は最終的にどうしたいのかもあまり頭に無いままゲームをする

やってる側はどうしたいのか頭に無いのに、物語は進めなければいけないから、命じられて進むしかない

それがやらされている感

次に今のゲームは結果の部分も希薄であったりする事が多い

目的が無いのだから結果も無いのは当然といえば当然だけれど

上の建物から脱出する目的お話なら

例えば目的を達成する為に選択をするはず

脱出という目的なら、「出入り口から出る」「窓から出る」「非常口から出る」

本来色々選択肢があるはず

その全てに対して本来結果があるはず

例えば、「出入り口から出ようとした」結果無残な死を遂げる

「窓から出ようとした」結果敵が出て来る

「非常口から出ようとした」結果無事脱出でき目的を達成できた

それぞれに結末が用意されている

から自分で選ぶのが楽しいし、自分でやっていると感じられる

自分で選んだ選択は正しいのか、どきどきしながらそういう気分でいられる

でも今のゲームはなんと言うのか、そもそも無事脱出できるしか道が無いから、選択とその結果が存在しない

今のゲームのような作り方だとこんな感じ

入り口はそもそも入る事ができず、窓は必ず空けて敵を出さなければ先に進めない、そして必ず倒さなければ先に進めない

そしてその後必ず非常口から出る

プレイヤーの選択、判断にの分だけ結末を全て用意するなら横に横に伸びるはずが、話を数珠繋ぎ伸ばす為に直列に縦に縦に選択権の無い道筋が伸びている

実際にやっているのはシナリオをなぞっているだけ

プレイヤー自分主人公のはずなのに自分自分の行動を決められない

本来は目的までの道のりが短かったとしても、多数の選択と判断ミスでその毎に結末があれば、いきなり目的にたどり着ける訳じゃないからそんなに簡単に終ってしまものじゃないと思います

知恵の輪は一度外し方が分かれば簡単に解けるけれど、それまでが長いはず

本当は見落としていなければ直ぐ解ける難しい難題を悩んで考え込んでやっと正解の道にたどり着ける

そうすれば「ああ面白かったもう一度やりたい」と感じるもの

自分がやっている訳じゃない物だったら面白いと感じる訳がない

ゲームとして成立していないのだから

2013-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20130314182106

正直、あなたの文章って、前半と後半の論旨の繋がりが希薄なせいもあって物凄く分かりづらいんだけど、要はあなたが言いたいのは、

「他の選択肢を考えて相手に提示し、きちんと交渉してそれを受け入れさせる努力もせず、『セックスしないなら行ってもいいけど、するなら嫌だ』という要求が本気で男性に通用すると思い込み、しかもその思い込みが裏切られると一方的に被害者ぶるような女は、きっとこの他にも男にとって高いハードルを次々に課して自分への愛情を試しにかかってくるだろう。だから自分はそういう女とは最初から付き合わない」

ってことでいいの? 

とりあえず、あなたには映画12人の優しい日本人」の鑑賞をお薦めしておく。

2013-02-21

初音ミクは己れの自己表現の一手段だった」

と言い換えても違和感ないよね。

懐古厨団塊

「俺たちオジさん(オバさん)には今、歌う歌もなければ、聴く歌もない!」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tomisawaissei/20130216-00023503/

に噛み付いてるブログ

青春時代彷徨い続けるオジサンが大人の音楽を騙るなんて、ちゃんちゃらおかしい」

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130220/p1

両方読んで、人間って結局自己中だからそう思うのも仕方ないんじゃね?と思った。

はるかから繰り返されてきた、昔はよかった症候群ひとつだし。

口ではなんとでも言っても、なんだかんだで自分がいいと思ったものをいいと思い続けたいというのは別に悪いことじゃないだろう。

他人に押し付けるのは別としても。


ボカロ厨じゃないけど、仮にボーカロイドに当てはめて冒頭の団塊の記事を書き換えたらこうなる。

歌は歌であって、実は歌ではない、という時代があった。もう30年以上も前の〈初音ミク〉のことだ。その時代初音ミクは歌であって、実は既成の意味での歌ではなかった。どういうことかというと、スタイルはあくまで歌だが、それを超えてしまう“何か”があったということだ。換言すれば、歌は己れの自己表現の一手段だったということでもある。かつて初音ミク時代は、歌とはそういうものだった。歌にボカロPの生きざまそのものが反映され、聴き手である私たちは歌を聴いてボカロPの〈生きざま〉に共感を覚えたのだ。ところが、年月は流れ、歌そのものが変わってしまったように思えてならない。いや、ボカロPも聴き手も、歌に対する考え方が変わってしまったという方が適切だろうか? 歌のスタイルはかつての初音ミク一辺倒の時代から鏡音リンレン、巡音ルカMEIKOKAITOなどと多様化したが、そんな中で歌は、一口で言うなら“たか音楽”になってしまった。でも、それは「歌は歌としての“純粋性”を取り戻した」というパラドックスでもある。しかし、と私は考えてしまう。いくら音楽性があったとしても、内容の希薄な歌が本当に歌なのか、と。



初音ミクボーカロイドは、私たちが作りだしここまで育ててきた〈私たち世代の歌〉だったのではないか。変にカッコウなどつけずに、素直な気持ちで自分の胸のうちをさらけ出して現在の〈人生〉を堂々と歌って欲しいものだ。私たちはそれを待ち望んでいるのである。かつてXXXX(※ボカロPの名前)が私に語った言葉が胸に深く刻みこまれている。

「今ぼくがやってることが、初音ミクなんだと思う。この頃、つくづく思うことは、ぼくが生きていること、それ自体がメッセージだってこと。この年になって、まだ現役で動画を作って、いろんなサイト投稿して。お客さん、たくさん集めて、それで頑張っている。ぼくのそんな生き方のものメッセージだと思う。言葉メッセージするんじゃなくて、生き方メッセージする。それでいいんじゃないかと思う」



汎用性あるコピペになりそう。

2013-02-07

経団連社長は、ラノベ読みを公言できない?

図書館リサイクル本で「放課後ジャンヌダルク」というラノベがあったので、

 お風呂読書として読んでみた。

 (小説以外の本だと、内容をメモりたくなるので、お風呂じゃ読めない・・・

 感想一言で言えば、

 「バブル期って、こういうラノベでも、ちゃんと売り物になったんだなあ・・・

 要約すると、

 「自分の可愛さに関する意識希薄ヒロイン」を巡り、

 「バンドメンバー恋愛バトルを繰り広げる」という話。

 不可解な事件がいろいろ起こるが、原因は「ヒロインを巡る争奪バトル」。

 ヒロインが好きな男の子を「ワナに嵌めよう」という陰謀ですな。

 「私みたいな、普通女の子が原因で、皆こんなに争うなんて・・・」と独白があったが、

 はっきり言って、イヤミのもの

 「素直に、自分の可愛さを認めなさい」と、風呂の中で、何回ヒロインツッコミ入れたことか。

 また、文体稚拙のもので、これだったら、今ケータイ無料で読める、

 大量のケータイ小説と、レベルは変わらん。

 ほぼ同時に「池袋ウエストゲートパーク」も読んだため、

 完成度・文体の歴然とした差に、唖然とした次第。

 このレベル小説でも、文庫本になって、作者がプロとして生活できてたって、

 ネット紀元前時代って、つくづく「いい時代」だったんだろうなあ。

 暇つぶしのツールが少なかった一方、皆収入が良かったから、

 500円程度で暇つぶし小説を買ってたんだろうなあ。

★よく経団連的な財界トップ同士が

 「中国古典を一緒に勉強する会」なんて開催したりしてる。

 

 まあ一種のサロンなんだろうが、なぜ経団連経営者は、

 「中国古典」が大好き・座右の書にしたがるのだろうか?

 一人くらい、

 「私は池袋ウェストゲートパークが好きです」

 とか

 「私は放課後ジャンヌダルクが好きです」

 なんていう経営者が、いてもいいと思うのだが・・・

 やはり

 「経団連社長たるものラノベ愛読書だと沽券にかかわる、

  やはり中国古典辺りを愛読書にしとかないと、社員に示しが付かない」という

 「ポジショントーク」なんだろうか?

2013-01-29

元増田です。

http://anond.hatelabo.jp/20130128221907


チラ裏のつもりで書いたのが思わぬ反響を呼んでて正直ビビってる。


えと。

私が眩暈を覚えたのは、ただひたすらオットの言葉だった。

パパ歴もうすぐ1年になるのに。

忙しいとはいえ、子供と3人で出かけたこともあるのに。

その時の私の荷物準備と、大荷物を目の当たりにしてるはずなのに。

人の多いとこに子連れで行ってイライラした経験もあるのに。


なのに、一人で動くのと同じ気軽さで、

ちょっと行って帰ってくりゃいいじゃん」

的に言い放ったのが、なんともいえない脱力感を生んだ。

悪気はないのは分かってる。だからこそタチが悪い。

たぶん、子供がいることで動きが制限されるという感覚希薄なのかなーと。

自分仕事帰りに飲みに行ったり遊びに行ったり、前と同じように動けてるから


ていうか。

あの、この

北海道行きたいなー」

これを「今すぐ行きたい!」ととらえる人がこんなに多いことにびっくりした。

意図を汲んでくれた人もいたので、救われたけど。

ただ、男の人の思考回路として

「○○したい」と言われれば、具体的解決案を出したくなるんだな。

できないことなら、最初から口に出すなって思ってるんだな。

ってのは、今回改めて実感した。

気をつけてはいるのだけど、雑談だとどうしても女同士と同じつもりで

 「北海道行きたいなー」

 「だねー。このイクラ丼とか、超おいしそうだよね」

 「ねー。あっ、ここおもしろそう!行きたーい!」

 「いいねー」

かいう会話を楽しむつもりになっちゃう。

これって、男性からしたら不毛な会話なんだよね。

以後気をつける。


あと、

子連れで動くときはこれだけの装備と時間と下調べが必要です」

っていうことを伝えるつもりの言葉が、「デモデモダッテ」に聞こえるってのも勉強になった。

まあ、臨場感を出しすぎて息詰まる展開になってしまったのは認める。

今は反省している


子供を預けて、っていうのについては、今回の主旨ではないのだけど、

「預けられない(預けるのに相当の労力や忍耐を要する)事情のある家庭」

存在するのも、理解してほしい。

母子分離が難しいとかね。

子供が重度のアレルギーとかね。

それぞれに事情があるんだよ。

事情を知らずに他人が「預ければいいじゃん。はい解決ー」と言える問題じゃないよ。


最後に。


こんなチラ裏に、真剣に反応してくれてありがとう

予想外の反応がいっぱい返ってきて、そういうとらえ方もあるのかーと。

ホント勉強になった。

ありがとう


また吐き出したいことがあったら愚痴りに来るかもしれない。

その時はよろしくね。

2013-01-18

心にフタをして生きてもう1年か

つらいことがあって、その事に触れないようにして、心にフタをして、その上にうすっぺらい人格を貼り付けて、もう1年。何度かフタをこわされたりして不安定になったけど、まぁ、最近は(喪失感を除けば)安定してきたんじゃないかとは思う。心配してくれる友人もたくさんいるが、だいじょうぶそうに振る舞っているつもり。

だけど、本当は卵の殻のようなフタの下には、恨みというか、何か黒いものが眠っている。

本当は辛いんだどね。40近くになると、なかなか誰かに甘えるってわけにもいかんのさ。

ただ、だんだん自分感情希薄になっている気はするね。なんというか、喜怒哀楽自動反応みたくなってて、心とは別に切り離された、みたいな。最近の楽しかったこと、とか言われてすぐに思いつかなかったしなぁ。このままじゃいけない気はするのだけど、とはいえ、こんな自分を受け入れてくれる人がいるわけもなし。ただ増田に書き捨てるのみ。

2013-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20130114014704

とにかく、パートの人たち(特に女性に多い傾向だけど)自分仕事に拘泥して

作業マニュアル作成を妨害するよね。業務手順を共有するとか、そういうの大嫌い。

自分仕事は極力ブラックボックスにしておきたがる。

これ、すごく分かります。まさにこのとおりのことが起こっています。「この人が辞めたら、この作業ができる人がいなくなるよね」っていうことも、いくつか発生しています。その作業に少しでも干渉しようものなら、一気に機嫌が悪くなります

一方で、他人の仕事にはすごく厳しくて目を光らせている。例えば、AさんとBさんが仕事の話をしているときに、CさんがAとBの二人をじっと見ていて、聞き耳立ててる。CさんはAさんとBさんがやっている業務の担当じゃないのに、しきりに口を出す。。。みたいな感じです。

あと、指示系統むちゃくちゃなので、主任じゃない人も正社員に指示を出す、みたいなことが多くて、その指示を出した人が、主任に小言を言われる…みたいな場面もあって、何だかよくわかりません。

基本的に「どうでもいい」と思っているみたいです。逃げ切り世代ですし、正社員で働いてきた人たちが退職後に働いているので、「自分たちが責任を持って組織運営をして、少しでも良い環境にしていこう」という意識希薄なんですね。しか無駄に時給が高い。だから、接客対応とか酷いです。

相談すべき上役もおらず、仕事の内容もわからない。しかも、官の仕事ってのは意味不明な慣習がやたら多いからね…。

相談すべき上役は、現場にいない以上「理事」という形になるんですが、非営利団体理事は、それぞれ自分組織や役職を持っている人たちですから相談しても的確な答えは返ってきません。他人事です。常駐常勤ではないので、日ごろの職場の状況だって分かりませんし。だから、「正社員の君たちが引っ張っていくんだよ」と言われても、現実との状況に違いがありすます

半官半民のような組織ですが、ちょっと辛いですね。

※追記の部分もありがとうございます。本当はそうして行きたいんですが、おそらく現状は厳しいと思います

まず、解雇には持って行けないと思います。そもそも、昨年度に解雇されていてもおかしくない人が、組織の有力者だった人から解雇させないでくれ」と言われて残っているので、恐らく解雇はされないでしょう。

毎日の業務についても、主任から「そんなことはしなくていい」みたいな横槍も入るでしょうから…。すみませんマイナスなことばかりで前向きなこと一つ言えなくて…。

話を聞いてくれてありがとうございます

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