はてなキーワード: 土地とは
日本の政治家はみんな自分の懐にいくら入るかとか、内輪揉めばかりやってる
超内弁慶なので、中韓の挑発にはまんまと乗っかって煽り返すことはできるが、
米露に対してはヘコヘコするばかりで、北方領土まで献上しようとしている
国防として大問題であって、北方領土、尖閣諸島、竹島は日本固有の領土であって、
武力敵解決をするかは保留するべきだが、そこは主張し続けないと国が滅ぶ
彼らは強かで、貪欲で、国際法を破るような卑劣で、強欲なわけだが、
真面目に世界を征服してやろう、地球全土を中国の統制下に置いてやろう、
と中央政府が思っているからこそ、南シナ海や東シナ海を制することで、
米国との戦争に備えているわけだし、ロシアもプーチンは戦略核の使用には前向きで、
第三次世界大戦のシナリオをロシアはロシアでちゃんと描いている
フクイチの事故のときも米軍は普段から対核戦争を想定しているので、
それに沿ったシナリオで行動していた
日本は自称ロボット大国()であったのに、何の役にも立たなかった
君主とは、王とは、
民に家や家族を与え、仕事を与え、兵役を与え、常に隣国からの攻撃に備える、
寧ろ腹黒い、タヌキやキツネでもいい、
見かけは民に好まれやすいように見かけだけでも質素に見せた方がいい、
私服を肥やしているように見えると民の反感を招き、無駄な反乱が起き、それを沈静化するコストがかかる
高価な家具のある自宅で優雅に犬を愛でる動画をTwitterにアップするなどもってのほかである
そして、戦争に参加しろ、戦争に勝てば領土は拡大する、兵として参加した民には拡大した領土から土地を分け与える、
そこで家族を作り、農業や商売をしろ、金を回せ、もっと生活を楽しく潤いのあるものにしろ、
ちゃんと戦争ができる国に、米国から独り立ちした自立した国にならなかった、日本という国自体がニートなのだ
当然の報いだろう
マンションの路線価は200(千)で260平米とすると、土地だけで5,200万。そこにマンションがあって、評価額は大分下がるけどまあまあの資産かなと
相続税どうしようかな
当時高校生だった私は3.11のその年に福島県の大学(会津大学)に入学しました。あれから10年も経ってしまったので、私のごくプライベートなことについて書きます。
2011年の3月11日に、私は茨城県の博物館の中にいた。高校の卒業式が終わって、車の免許を早々にとったらしい友人と二人、車で博物館にきていた。地震のとき、私は吹き抜けの空間の中心にいて、長い振動の間、博物館全体のガラスは轟々と鳴り響いていて、「ああ、私は、今日が命日なのだなぁ」と人々の動揺の中、思った。
実際にはガラスの耐震性能が高かったので、館内にはけが人はいなかったようだった。
信号機の止まっている、徐々に昏れていく道を、車中でほとんど会話もなく急いで帰った。急いで帰ったけれど、通常の2倍以上もかかって家についた。
私は地震の直後、2ちゃんねるに張り付いていた。「福島の原発がやばいらしい」そんな書き込みを見て、いよいよ日本は終わったんだ、と私は思った。
私が高校生の頃、世界の原発事故のドキュメンタリーが大好きだった。チェルノブイリ、スリーマイル島、東海村。「原子力」という尋常ではないエネルギーが生身の社会に取り込まれて、人間の内側におとずれるということに私はなんとも言えないグロテスクさを感じて、親や友達に気持ち悪がられながらも読んでいたのだった。
当時、特にJCOの臨界事故のNHKのドキュメンタリーは何度も読み返したものだった。事故が起きた時、「出奔した原子力」に対しての(政治的・肉体的・精神的)人間の無力さ、弱さのコントラストがあまりにもどぎつく、生々しく顕れていたからだった。
私は地震が起きて、一、二日後にはリビングのこたつを占拠して、こたつのど真ん中にデスクトップPCを置いて、情報官気取りで気象シミュレーションをみたりしていた。そして、家族にも協力してもらい家中のシャッターを閉めた。それくらい、当時私は怖かったのだと思う。
私は震災の年、福島県の大学に入学した。私の地元の同級生にも福島県の大学に入学する予定だった子がいたが、辞退したらしかった。大学の入学式は遅れて執り行われた。ガイガーカウンターを買った方がいいかな、とか、「あそこには近づかない方がいい」とまことしやかな噂を聞いては少し怖いな、という思いが常に頭にあった。
しかし、入学してみると、その話はなんとなくしてはいけない話に思えてきたのだった。それはその土地に長く住んでいて動くことができない人たちには、惨い話であるからである。私もいつの間にか、放射線の話はしてはいけない気がして、話題にするのをやめた。すると、怖いという感情もいつの間にか薄れていった。
しかし、時々、放射能汚染される夢を見ていた。これはつい福島県を離れる少し前まで見ていたのだった。
私の当時住んでいたアパートには窓の近くにベッドがあって、その窓の外には何年も取り込み忘れたバスマットが干してあった。私の覚えている夢では、実はそのバスマットは大気中のチリや雨に放射性物質がたっぷり含まれていて、そのバスマットの線量が高くて、実は私の身体が蝕まれていて……という夢であった。何年もそのバスマットを干しっぱなしにしてしまったのは、もしかしたら、そういうことに対する無意識的な恐れから触りたくなかったのかもしれない。
私は、大学で特にパッとした研究もできないでいるのに何年も何年も大学にいた。でもそれが良かったのかもしれない、と今では思う。福島県という土地に「土着」して、私なりの感覚で放射能の感じ、特にその怖い感じの中に居たということが。
私はもともと怖い思想の持ち主だと思う。正しいと思ったら、それに突き進んでしまう。人の感情も、中学生くらいから読まないように生きてきてしまったため、無視する癖がついてしまっている。だから、原子力という「科学技術がコントロールから外れた状態」の中に当事者として生きた、というのは私が、私の歴史にとって重要なことなのである。もちろん、日本にいたら誰だって当事者なのだが、私は福島県に住まわず当事者と思えるほど賢くない。
3.11から10年が経って、私は福島県から遠い場所に住んでいる。今は遠くから考えることしかできない。
最近、原子力、ひいては(科学)技術についての論考を読んでいる。1950年台、まだラジオな世の中で、近未来的なもの、技術とか科学が大きな期待を背負っていて、すごくキラキラしていたであろう時代、人々は核の技術に対して、今でこそ信じがたいが「核兵器の利用は良くないが、核の平和的利用こそ人類の幸福につながる」と本気で思っていたようなのだ。多分、今でいうところの、テレビのCMでIT系の企業がたくさん広告を打っていて、ITの企業に勤めていることが一種のステータス(少女漫画に出てくる男性がIT企業勤め!)になっていて、AIすごい!VRすごい!仮想通貨すごい!IoTすごい!みたいなイケイケドンドンな感じだったのだろうと思う。そんな時代、「核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」と指摘した人、ハイデガーがいた。今でなら、「AI, VR, 仮想通貨,IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」と言うのと同じことなのである。今でなら炎上やむなし発言なのである!しかし、このアナロジーを単なる面白おかしいアナロジーとしてだけで捉えていいか。彼は世の中の潮流とは全く違う発想を省察によってしたからこそ、核の平和利用の危険性をかなり早く認識できた。
ハイデガーは「技術」について『放下』の中で、(科学)技術に対して「その価値を認めつつ、それに対して否、と言う」 ―ーこの本のタイトルにもなっている、「放下」という態度が大事なのではないか、と言っているらしい。(まだ『放下』は直接読めていないので、「らしい」でごめんなさい。)
そして、彼は思考について、「計算する思考」と「省察する思考」とに分けて考えており、彼は「科学は考えない("Wissenschaft denkt nicht")」、科学は計算する思考であって省察ではない=「考えていない」、というしかたで核の平和利用について否、と言ってみせた。
「科学は考えない」
これは、理系の立場で仕事している者にとっては「耳が痛い」ことなのではないか。しかし、耳が痛いからこそ考える価値があるのではないか。
彼の言っていることを私は理解できる気がするのだ。科学は進歩的に進んでいく。その「ひたむきに進んでいく」ということが「科学は考えない」と彼が言う理由なのではないかと私は思う。何か、ある方向に、引っ張られるように「進んでいく」。立ち止まる者は厄介者として排除される(Publish or Perish)。ハイデガーは技術を批判するだけではない。もちろん価値を認めつつ否定するという態度を彼は実践している。私も技術がなくなったら困る。方向音痴の私はGPSが無くなったら、地図が無くなってしまったら、とても狭い世界を生きることになってしまう。だから難しい、ある意味、矛盾の中を生きなければならない。
私は、実は博士過程を休学した。プライベートも荒れてしまったし、閉塞感でいやだったし、どうしても、論文が書けなかったのだ。
私は小さい頃から哲学が好きだったらしい。「最近、哲学系の本を読んでいるよ」と昔の友人たちにいうと、みんな「よく哲学的な話してたもんね」と言ってくる。
でも、私が文系に進学しなかった理由が、「確かなものが何もないと怖い」という恐れからであったし、国語がとても成績が悪いし、理系ってなんかかっこいいとか思ってたのもあって、ずっと理系の研究室で研究していて、哲学とか諸々の教養がほとんどないのだ。
「哲学を最近やってる」と言うと大半の人に苦い顔をされる感じがする。「中二病が抜け切っていないな、こいつ」と言いたげなそんな感じ(笑)。おそらくそれは哲学に「生産を止める」作用があるからなのではないだろうか。無意味で、ある意味破壊的な作用が。
以前、こんなことがあった。課外活動で何人かで集まってスマホアプリを作ろう、となったときに、誰かが「xxさん(有識者らしい)から教えてもらった方法で、xxという仕方でブレーンストーミングすると良いらしい」と言った。私は「なんでその方法でなければならないの?」と、ある意味チームの士気を下げるようなことを言ってしまったのだ。こういう「そもそも論」(哲学)というのは「生産を止めてしまう」。イヤな感じに水を差す。だから疎まれる。
しかし「生産を止める」という行為が実は重要なのではないか。世の中的に、「生産的=いいこと」という認識がある。生産を止め続けないことがそれほどいいことなのだろうか。これこそが、ハイデガーが批判するところの「考えない」態度ではないか。「より幸せに、より便利に」を目指すために科学や技術を信じて、生産、生産、生産、とひたむきに努力してきた末の原発事故ではないか。
昔の時代、原子力は「兵器として利用されることはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられていた。
今の時代も同様に、情報技術や生命科学が「非倫理的に利用されるのはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられている。「再生可能エネルギーでなら、持続可能な社会が実現できる」とも信じられている。
もし、「なぜ地震大国に原発つくったらヤバイという今ではあたりまえの認識を持てず、当時誰も水を差す人がいなかったのだろう?」と考える人がいるならば、なぜ、現代においてもその人が水を差す人にならないのかが不思議なのである。だから、私はあえてこうして水を差す、ということをしてみたい。
ということで、私の全然論文を書けていない「生産しなかった」大学時代も、この哲学的態度の実践とみなしてこの文章を締めくくることにする。
「あなたたち夫婦は持ち家持ち土地でお義母さんの年金と保険で暮らしてて、義姉さんは障害年金で働かずに生きてるけど。私たちは3000万円のローン組んでて、毎月カツカツでやってて、更に娘の幼稚園だって私立だからお金かかるんだから!」
私は精神障害で就労不能認定されて、子ども2人いるから月換算10万円くらい年金貰えてて、義母は半身不随で身体障害2級+要介護2だから保険金と基礎年金が出てる。
ただ、精神障害者が身体障害者の介護をしていて、キーパーソンは私。夫は時給で働く非正規で、子どもたちはどちらも公立。そもそも持ち家持ち土地とはいえ、家が築80年近く、地盤沈下で少しずつ傾いでる土地を、さも羨ましいようになじらないでくださいよ…
あなたがたはどちらも専門職で政令指定都市の実家から徒歩5分の場所に住んでて、実家には帰ってこないかわりに海外旅行に行ってるじゃないですか…
これを書いた者です。死ぬ覚悟がまだできなくて生きています。クズなのはわかっている。うじうじでもなんでも言ってください。傷ついてあげるから。
https://anond.hatelabo.jp/20210216093051
なお、こちらの記事に少なからず影響を受けています。良い方向に向かってよかったですね。
https://anond.hatelabo.jp/20210302041924
今日、生活相談センターのようなところに行ってきました。相談に行っただけで自分えらいと思う。そして詰んでいることを確認できただけでも少し心が軽くなった。
①国の貸し付けや給付は受けられるか
→コロナのせいで困窮している人向けの貸し付けしかないため該当しない
②住宅確保支援金はわたしは条件を満たすか(わたしの住んでいるところは家賃3.5万、共益費1.5万(電気・水道・ガス・ネット代をまとめて共益費扱いで請求される)
→①と同様、そして求職者向けなので派遣社員のわたしは該当しない
③ここのところ症状がひどく(朝起きても支度する気力体力が起きない)、仕事を休みがちで収入が10万円を切っている
(心療内科には2年ほど通って自立支援(精神)受給者証は持っている)
④手持ちのお金が1.6万ほどだがお給料が入るのが15日(月末締め)、そして10万を切る見込み
→健保に連絡して傷病手当金をもらうのがよいが、派遣元に記入してもらう手間と、ただでさえ所持金が少ないのに4000円くらい支払って医師に診断書を書いてもらう必要があるのでとても厳しい。生活保護は最終手段。
→フードバンク(セカンドハーベスト)にお世話になることになり、相談の帰りに食糧をいただいた。今週中に1箱目をいただける予定。ごはんの心配はしなくてよさそう
→③、④と同じ答えで、傷病手当金をもらい、あと障害者手帳(精神)を申請してメリットを享受する、それから最終手段として生活保護を受ける
1.食べるものがない問題はなんとなりそう(今日相談して今日食糧をもらえた)
そして生活保護についてお決まりの「親族・親戚に扶養照会がいくか」を尋ねたところ、「原則そうです」と。
・実家に戻るという選択肢はなし(戻ったらきっと弟がまたストレスで病に伏すか二度目のてんかん発作を起こすだろう、もしくは奇声を発するとともに手をあげられる)
・私自身も「夜に友人とたわいもない話(通話)をする」という日課ができなくなりつらい(田舎の木造なので丸聞こえ)
・公共交通機関が皆無で私は車を持っていないので実質軟禁状態になる
・再就職・・・就労が満足にできないから困窮しているのだが・・・
・結婚の可能性がある恋人が都内にいる(けど彼も人生の分岐点らしいので私に構っている余裕が今はないという)(彼に頼る選択肢はないと思っている)
・親がうつなど精神病について理解がない(気合の問題だろう派)
生活保護はないな。特にそう考えるのは、親は「恥」をひどく嫌うからです。
世の中を見る時間を1秒でも減らしたくて処方薬を飲んでさっき寝たが3時間ほどで起きてしまった。
できないから困っている、「毎日ちゃんと働く」しか金銭的には解決しないことが分かった。
気分障害のようなものは古い記憶で小学生のころから自覚しているが、あらゆる内科の検査で異常がなかったので、頭の中の異常は見た感じなさそうですよ、と5年ほど前に言われている。超短期記憶が人よりも弱いですね、くらい(これについての自分の対応「〇〇会社の△△ですが、□□さんはいらっしゃいますか?」と聞かれると、〇〇会社の記憶がもうすっこ抜けるので、「△△様ですね、いつもお世話になっております。確認いたしますので、簡単にご用件と、恐れ入りますが御社名をもう一度お伺いできますか。」と毎回確認するようにしている。)
幼いころからそうなのにそう結果が出たのだから、また検査を受けるだけお金の無駄だろう。
毎回変わる心療内科の先生によれば躁うつ病らしいが、しばらく診てもらっているかかりつけ医(内科)の先生の見立てによれば「専門家ではないので確約はできないが、話を聞く限り『不安神経症』だろう、と。見るものすべて、聞くものすべてに不安を感じ、さらに理由に不釣り合いな強い不安を感じるという。
およそ2年、毎日10種類くらい薬を飲んでいるが、つらいのはほとんど変わらず、処方薬の中の頓服で唯一こころを平穏にできるくらいである。耳栓必須。
相談所に行くことで、ほぼ詰んでいるという確認ができただけでも良かった。
長いのに読んでくださってありがとうございます。
速やかに生活保護を受けよとのご助言、ありがとうございます。家族との関係がグチャグチャになり親に小言を言われ親戚に恥を晒すくらいなら黙って困窮する、それが私の答えなので生活保護は選択肢に(ほぼ)ありません。
傷病手当金について診断書の記入はもっと安価だろうとの情報も、ありがとうございます。健保に確認します。
彼がいるという微妙に無駄なような情報は、都内にいたい大きな理由の一つだからです。友人もパートナーも失って要介護の弟と、弟を溺愛する両親のところで寂しい思いをするくらいなら彼の近くで困窮したい。
→可能性がある、という書き方が悪かったです。結婚を前提にお付き合いをしている方というだけです。まだ日が浅く、「結婚したい!」とお願いできるほど進んだ関係でもないし、困窮したまま籍を入れるつもりはありません。
生活相談センターのようなところとは、ここに書いてある自治体です。共産党の方とかに連絡取ったら助けてもらえるかな…下のリンクはビッグイシューのサイトが開きます。
https://bigissue.or.jp/action/guide/tokyo_housing/
社協にも相談の電話をかけたけど「コロナにかかって困窮した、でないと通らない」と断られた。
死にたい度合いが時期にもよるのも疾患の一部なのでさっさと死ねなくて申し訳ない。さっさと死ねと言われると、そういえば自分は死ぬつもりで最初ここに書いたんだと思い出す。思い出させてくれてありがとう。有り金はたいて初めての極寒地で眠剤飲んで寝ながら死ぬのがやはり最も簡単だろうか。
16:16 共産党事務所に電話したら「わたしの名前を出して交渉してください、どうにかなるはず」と議員さんに言われて、福祉事務所にいくところです。結果次第ではその土地の人には申し訳ないがそこで自死させてもらいます、それ以外に選択肢がないから
人間がどんなふうにほかの動物や昆虫や植物と領地争いをして虐殺し撃退して寝る場所を確保してきたかを映画にでもすればいいかもね
人間は動植物の生命の循環の成果である酸素ただ一つ以外、ほかの生物一切の生産物を生活環境において取り入れないどころか排除を徹底してるわけで
家の中で落ち葉が発酵してたりキノコが生えてたり鳥が巣をつくってたり他の動物や昆虫と食料の備蓄をする空間を共有してたりしないよね
共生せずに他の動植物を排除して皆殺しにして一切を立ち入らせずそれどころか塵やほこりや風に舞ってくる動植物の破片さえ生活の空間から毎日排除してる
どうして入れないようにしてるの みんなの成育を阻害する密閉空間を地上にみっしりとはびこらせておいたそのうえで動物と共存とかいってるのおかしいよね
自分が手を下していないからいい 土地を切り開いた人間とか工事をした人間とか清掃をしている人間は残酷な人間だから他の生物を虐待しているし許せないけど
その人たちが働いて作った居住空間で他者を排除してのうのうと生活しているのは自然で美しいのかな
それでよく自分の体の内外でさえ多種の生物と生きていて活かされたり殺してもらったり食べさせてもらったり栄養に変換したりその人生で生み出される唯一の個人生産物である排泄物を処理してもらったりしてることを個別の事で一人でやってることだと思えちゃうよね
全部が連綿と繋がってるから利用して得たり奪われたり変化したあとに引き継いだり引き継がれたりするわけだし命が平等だから同じ地上で循環していってると思うんだけど
循環からぬけまーすってそれもう生命を超えた存在になりますくらいのこと言ってる気がするけどやっぱり生きてくためになにかしら食べるんだよね
食虫植物に落ちた昆虫を助けて回ったりナマコに共生してる魚に自立を促したり寄生して行動を制御する微生物とか昆虫とかに権利を説いたりしてるんだと思うけど他の動植物の成果を得るしか能がない人間は動植物になにをお返しできてるんだろうね
仮に動植物がありがとうとか一緒にいてくれて助かるとかいつもお世話になってますと言ってくれるなら、それは人間が何をしたときなんだろね
まーあたしゃ地方が嫌になって首都圏に逃げたタイプだからね、そういう声が出るのはわかるけれども。
土地を捨てずに生きることは、立派は立派だと思うよ。明らかに環境差はあるけれども。
それぞれ生きられる場所で精一杯生きたらいいよ。
俺の考えるあるべきプリキュア。
各地でそれぞれ不遇な生い立ちの少女たちがそれぞれの地獄に抗う。
いつしか5人は出合いかけがえのない仲間となり共に強大な敵に立ち向かうのであるが人間関係の亀裂から最終的には散り散りになる。
真の敵はなんだったのか。
何が彼女たちを不幸にしたのか。
ピンク:茨城の小都市でシングル家庭に育つ。母は弁当工場勤務。保育園児の妹の世話をしている。夢はガストで好きなものを食べること。
オレンジ:大阪育ち。父母貧しく、夫婦仲悪い。怒鳴り声と接しながら育つ。クラブ活動のサッカーが好きだがシューズは買ってもらえない。後にこれが理由で試合への出場を取り消される。
ブルー:横浜で裕福な家庭に育つ。父母は不条理なまでに厳格で塾と習い事で生活のすべてを過ごしている。衣食住は世間の平均以上だがおもちゃは買ってもらえない。お友だちにもらったプリキュアの玩具を目の前で父母にへし折られている。
グリーン:鹿児島育ちの中学2年生。サザエさんそっくりな家父長制の強い昭和的家庭で育つ。5人の中で最も年長で、知性、性格、容貌、すべて優れている。なお容貌は歴代プリキュアの○○そのもの。都会の有名大学にあこがれており担任も協力的。しかし父母も祖父母も女子の進学に批判的で、同級生もその父母も彼女を妬んでいる。ついには担任と彼女のあらぬ噂が流れ、担任は土地を追われる。
パープル:あなた。
そもそも候補者自体が不足してる地域だからなのか、そういうのもあまり見ないな
普通になぜこっちの地域に来たのか自体よくわからん、違う土地の聞いたこと無い高校出た高卒の人や地元有力とは言えない中堅大卒がやってたりする・・
職場の人に、恋を忘れるには新しい恋だよ!と言われ、馴染みのない土地でマッチングアプリをした。
1枚目はぼやけてる写真、2枚目は顔に薄くぼかしが入っている写真のプロフィール画像を選び男を左、右へスワイプした。
話が会って、顔も好きになれる人とマッチングし会うことになった。
カフェで地元や仕事、関西の話をし、向こうがもう少し話したいと言い居酒屋に行くことにした。
居酒屋では、お酒を飲みながらヤンニョムチキンを食べ漫画の話、過去の恋愛話をした
やはりそう来るか、
私もそうなるかもな〜とは思っていた
毛の処理もしたし、コスメデコルテの高いフェイスパックもした。ボディミルクも6プッシュした。
でも、ビデオが擦り切れるほどディズニー映画の美女と野獣を観て育った私は即セッ○○をする世界は考えられなかった。
美女と野獣は、町娘のベルと野獣になってしまった王子様が共に過ごし、孤独だった二人が心を通わせ、愛するということを知る物語だ。
出会って即セッというのは心を通わせる楽しさをすっ飛ばし、いつキスするのか〜とか妄想すら出来ないので、それとなく断った。
男とまた会おうねと会話をして、地下鉄に乗っているときに急に虚しさが芽生えた。
私は向こうのことをもっと知りたいと思っていたのに向こうは出来ればラッキーと思っていたのかと
大好きです!!この世で一番美しい!!!と求めてくれれば、情熱に負けて応えてたかもしれない
しかし、俺んちまでタクシーに乗って、You Tube見ようっていうワンチャン狙いの言葉に冷めてしまった。
私じゃなくても、セッ出来る人間なら誰でも良いのか、酒の力を借りてしか動けないなんて。
すれ違いの遠距離に耐えられず私から別れを切り出した元彼が勇気を出して告白してくれたこと、初めてキスした時手が震えていたこと、かわいいと言ってくれたこと、頭痛のときに大丈夫?とライン電話で心配してくれて、音を立てずに電話を繋いでくれたことを思い出した。
今更になって、優しい人だったなと思い出してし、最寄り駅で降りたあと泣いてしまった
。
ドンキで激安電動キックボードが発売することになったが、免許持ってないと使えないから普及はそんなにしないだろうと思っている反面で
免許取得してまで、もしくは持っているが原付きを持っていない、または運転するのが怖いって理由の阿呆共が
公道にこれを乗り入れた挙げ句に、公道を走っていいという理由を盾にど真ん中を走る迷惑行為を行うのではないかと危惧している。
この手の商品は、そういう輩が必ずといっているし、『公道を走っていい』という文言しか目に入っていないから速度などに目が絶対にいかない。
最低制限速度が決まっている区間ですら、乗り込んでくると考えている。
そもそも他者に危害を及ぼさない速度で走らなければいけないという『安全運転の義務』すら理解できない奴が乗りそうで恐ろしい。
安全運転の義務ってのを正確に理解できないのであれば乗る資格はないので、電動キックボードなんかを乗ろうと考えている人は
安全運転ってのは『スピード違反をしない』『蛇行運転などの危険運転をしない』などだけではない。
速度が遅いから安全という安直な考えは間違いであると正確に学んでから乗って欲しい。
というのも、日本の道路事情では電動キックボードなんていうのは適していない。とくに人が多い地域は確実に。
ああいうのは土地が広く、渋滞の発生しない道路でこそ使えるものだ。
そう、田舎向きって事だよ。
ホントね、安いから良いものだなんて単細胞的な考えで危険な乗り物を手に入れるのは止めて欲しいわけで。
というか、そういうものを売るんじゃねえよっていう感じなのよね。
都知事が政治的に一匹狼で小泉首相とかいろいろ渡り歩いて権力つかんだ、とか
橋本大臣は森元首相だけに庇護されて出世した、とかそれで北海道のオリンピック誘致なんちゃらとかいうゲスい記事をみたけど、
なんかつまんないことやってんなーと正直思ってしまう。
もちろん地元有権者の期待に応えるという責任感からくるものだと思うのでそれは立派だけど、
つきつめていくと「一部」の人間の「利権」の最大化を求める行為が政治だと思ってしまう。
といっても共産主義を肯定するわけでもなく、貨幣経済である以上はしかたないのだが、
農本主義というか二宮尊徳やケネーのような時代は利権=土地みたいなとこがあってシンプルだったと思う。
つまるところ金融経済システムは根本的に騙す・騙されるのゲームに依拠しており株なんかはまさにそれだと思う。
ウィスキーを好きな人が、ひじょーに癖の強いウィスキーを飲んで「とてもスモーキー、作られた酒樽のことを想像する、寂れた港町の酒樽で…」みたいな感想を話していて、いたく関心してしまった。
あれだな、ブルースを聴く人が「ブルースの生まれた土地の匂いを感じる、ギターを爪弾く音の間に、人々の暮らしや記憶が…」って語るような。好きが過ぎると、普通は目に見えない、聞こえない、味わえない何かが感じられてくるような。
厳密には、東京周りで子供2人とマイホーム(キレイで便利なやつ)が欲しいなら、片働きではきついぜっていう話。(ジェンダー論的な話ではなく、将来設計の参考になったらいいなっていう話です)
俺、31歳、都内勤務、額面年収750万、手取り570万(家賃補助なし)。妻、28歳、専業主婦(パート経験のみ。今は無職)。
子供はまだいない。家賃12万の賃貸暮らしで、貯金は500万円くらい(結婚式等でそれなりに使ったので、少ないと感じても許して)。
30歳男の平均年収は446万円だから、東京の平均年収が地方よりは高いってことを考慮しても、中の上~上の下くらいには稼げていると思いたい(https://doda.jp/guide/heikin/age/#anc_age_02)。
妻が子無しの専業主婦であることについては、今の時代では贅沢という意見があることを認識しつつも、月に何回か一人当たり数千円の外出・外食をしてもお金は貯まっていっているので、特に気にしたことは無い。
住宅ローンを30~35年で組むことを考えると、マイホームを買いたい場合はそろそろ動かないといけないな、と思ってリサーチ開始したのよ。
で、今まで地価とか全然気にしたことが無かったからびっくりしたんだけど。東京周り(東京・神奈川・埼玉)って土地代やべー高い。
この3つの中で一番安い埼玉でも、地方の倍は高い(https://tochidai.info/public-price_prefecture-ranking/)。
そこに更に、建物が築浅で、3LDK+小さな庭の広さがあって、都内まで乗り換え少なめで、片道1時間で行けて、駅に近くて、普段の買い物しやすくて、最近多い地震に強くて…って感じで条件をどんどん付けていくとね。
もう4500-5000万とかは軽く超えるわけよ。
そんで、子供一人を大卒までしっかり育てる費用は3000万円くらいらしい。子供2人だと6000万円(https://www.fukoku-life.co.jp/gakushi/trivia/trivia22/index.html)。
合計して、マイホーム代4500万+子供2人6000万=1.05億円。
マイホーム代にはローン利子分(支払総額+約25%)や固定資産税(年20-30万くらい?)が乗っかるから、総合費用はもっと高くなって1.25億円くらいかな。
それに対して収入の方は、今の手取り年収570万円が続くとすると、定年まで後35年のうちに稼げるのは2億円くらい(もちろん出世する気はあるが、こういう時は低く見積もるものだと思う)。
老後に向けて2000万円は貯蓄することを考えると、35年間で使える余剰資金は2億-1.25億-0.2億=5500万円。1年あたりだと157万円、1ヶ月あたり13万円。そっから食費・光熱費・通信代その他諸々を払っていく。
あ、自動車代とか考えてなかったわ。
これきつくね?
もちろん節約の工夫でカバーできる部分はあるだろうし、年功的に年収も伸びると思うけど、不景気な世の中だから確証はないし…。
適度に遊べる余裕のある暮らしをしたいなら、子供を0~1人で諦めるなり、マイホームをダウングレード(狭い・ボロい物件、不便な立地を受け入れる)するなりしないとダメだわ。
平均以上の収入がある状態で試算してこれなんだから、そりゃ出生率も下がるし、地方移住者も増えるわなって感じ。
すごい優秀な人とか、親から土地をもらえるような裕福な人だったら、大丈夫なんだろうけどね。
ごちゃごちゃ書いたけど、結局言いたいのはコレ↓
ねーよ。お前は生体転送仮説のこと考える奴に「現実には瞬間移動する装置はないのでは?」なんて頓珍漢なこと言うのか?
この話の肝は「人間は差別的な判断をするか否か」で、その思考実験に理想的な舞台設定をしてるんだよ。住宅価格がどうのなんて話は差別感情の働きに無関係だから無視していいわけ。
そもそも住宅価格にツッコミ入れてる癖になに「パンティー人」や「パンティーストリート」の存在は普通にスルーしてんだよ。おかしいだろ。普通な神経の人間は「パンティーストリート」なんて酔狂な名前の土地に住まんわ。