はてなキーワード: 親友とは
新サクラ大戦が発売されてから一年が経った。発売日に買ったゲームのパッケージは、封を切られることなく本棚の中で埃を被っている。
私は15年近くサクラ大戦のファンを続けている。いや、続けて「いた」と言っていいかもしれない。2006年にPSPで発売されたサクラ大戦1&2にドはまりし、ドリキャスとPS2を買って3,4,5をプレイした。一日の受験勉強を終えた後、深夜0時~3時までドリキャスを起動し、3時間だけ睡眠を取って学校と塾へ行き、帰ってからまたサクラをやる。大学受験という過酷な生活の中で、サクラだけが生きがいであった。
ゲームをプレイした自分は次々に派生作品へと手を伸ばしていった。OVAと旧アニメ、活動写真を鑑賞し、小説と漫画を買い漁り、CDを聞いて武道館ライブにも足を運んだ。あらゆる公式作品では飽き足らずに、ネットに転がっている二次小説を片っ端からガラケーで読んだ。サクラにはまって宝塚も鑑賞した。私にとってサクラとは、自分の青春を賭けたコンテンツであったのだ。
サクラに熱を挙げていた私とは裏腹に、サクラ自体にはほとんど進展がなかった。Vの発売以降も定期的なショウは開かれていたものの、公式的な動きはパチンコや他ゲーとのコラボ程度であり、ジャンルを前進させるコンテンツ――本編の続編は止まっていたに等しかった。1年、また1年と歳月が流れるにつれ、私も他のジャンルに手を広げていく。サクラは依然として好きであったが、あくまで懐かしい思い出の中の1つという立ち位置になっていった。
しかし、2018年4月のセガフェスでついにその瞬間が訪れる。
「新サクラ大戦始動」――太正29年の帝都東京を舞台に新しい花組が復活する。Vから13年経ってのナンバリング続編が満を持して発表されたのだ。
あの瞬間の興奮を今でも覚えている。アパートを着の身着のまま飛び出し、家の前の川沿いを下流のほうへ歩いては折り返し上流のほうへ歩いてはまた折り返し、何度も何度もあてどなく歩き続けた。頭の中に溢れて来る激情が身体をじっとさせてくれなかった。
私がサクラ大戦を初めてプレイした時は、すでに当時のシリーズ最終作であったVが発売されていた。私にとってサクラ大戦は出会った瞬間から最終回であり、ずっとナンバリングの続編を望まれながらも、決して叶うことはない幻のゲームであった。
それが、ついに、叶う。サクラの続編を遊べる日が来るなんて、本当に夢だと思った。忘れかけていた青春時代の熱狂と興奮が心をかき乱す。たまらずに開いたTwitterのタイムラインは狂乱の渦に包まれていた。
2019年3月末、セガフェスにてサクラ大戦の続報が発表される。メインキャラクターデザインを久保帯人氏が、ストーリーをイシイジロウ氏が、そして音楽を田中公平氏が手掛ける。檄帝にコーラス等のアレンジを加えたメインテーマは、今までのイメージを踏襲しながらも新しい風を吹き込もうとしている。私の心は歓喜と期待に溢れていた。Twitterでは友人がPVを見て考察を巡らせていた。発売日は2019年12月12日――もう一度あの世界が味わえると思うと自然と気持ちが昂った。
同年の6月から、「帝劇宣伝部通信」というコーナーがセガのyoutubeチャンネルで始まった。公式が新規情報を発売日まで随時公開していく番組である。プレイ動画、キャラクター、世界各地の華撃団の紹介、グッズとメディア展開など、様々な情報が発信されていく。
私はそれらを欠かさずにチェックしていった。しかしながら、一か月、また一か月とカレンダーをめくるにつれ、自分の心の中には言い知れない不安のような影がよぎっていった。
「果たしてセガは、サクラ大戦を未来へと続く作品にできるのだろうか?」
今の時代、美少女たちと触れ合えるゲームはそこらに無料で溢れている。歌う少女も戦う乙女も、20年前とは比べ物にならないほど多くなった。群雄割拠のゲーム業界でサクラというジャンルは生き残ることができるのだろうか?
サクラ大戦は時代とともにあった。当時のアドベンチャーゲーム、ありていに言えばギャルゲーの中で、サクラは独特の地位を占めていた。歌劇とスチームパンクの融合、セガサターンという機種だからこそできた恋愛ゲームの一般向け展開――あの頃のサクラを不動の地位に置いていたものと言えば、新規性と物珍しさによって時代を先取りしたコンテンツ力であったことは疑いない。
しかし、時代は変わった。ゲームは何でもアリになった。アイドル物のゲームが世間一般にまで浸透するとともに、きちんと遊べるゲーム性を核としてギャルゲーさながらの恋愛要素を取り入れる作品はいくつもリリースされている。
サクラ大戦は初代から24年の歳月を経た。その年月は時代性という重りになってサクラ大戦にのしかかっている。
気づけばそう問いかけていた。プレイ映像が公開されていくにしたがって、自分の中の情熱が冷静なものに変わっていくのが分かった。
そして2019年12月12日、私のもとにAmazonからパッケージが届いた。そのときは仕事が忙しく、届いてから3日ほどやる時間が取れなかった。
極力ネタバレは控えていたものの、つい気になってTwitterを覗いてしまった。
そこには、「熱」がなかった。
新作発表、主題歌公開のときに賑わいのあったタイムラインは嘘のように静かであった。ストーリーに言及するどころか、面白さやつまらなさを語る人もいない。ぽつぽつと流れる呟きは、まるで腫物に触るような言葉の数々であった。
好きの反対は嫌いではなく無関心である。本当に面白いコンテンツであれば、人々は誰に先導されるでもなく自然と語り始める。それはネタバレであれ考察であれ妄想であれ、大きな熱となりジャンルを強く後押ししていく。しかし今は、その熱がどこにも見えなかった。栄華を極めたかつてのコンテンツを前にして、友人たちは出来の是非を問うこともなく、ただ当たり障りのないことを呟くばかりであった。
――ああ、そういうことなんだ――
その様子を見た私の心の中に、言い知れないほどの寂しさが襲った。それは悲しみや怒りといったハートを揺れ動かす激情ではなく、まるで亡くなった親友を前にした時のような、涙も出ない喪失感であった。
私はそれを見て、新サクラ大戦を遊ぶことを止めた。プレイしたらそこで終わりになってしまう。20年以上続いたシリーズの行く末を見届けてしまえば、「いつか続編が発売されたらいいなあ」と心を躍らせることもできなくなってしまう。
「ああ、こんなもんだったよなあ」という気持ちで終わらせることが嫌だった。ゲームの面白さに興奮することも出来の悪さに嘆くこともなく、ただただ現状を受け入れて観念することがたまらないぐらい恐ろしく感じた。
こうして私は、サクラ大戦というシリーズを思い出のまま取って置こうと決めた。私にとってサクラ大戦は、続編を望まれながらも決して作られない希望のゲームである。あのころのノスタルジーを終わらせもせず続かせもせず、優しい思い出のままそっとしておこうと心に決意した。
そんな私とは対照的に、漫画、テレビアニメ、舞台と、次々にメディア展開が進められていく。ユーザーとの熱量の違いは目に見えており、ゲームの中古価格がそれを如実に表していた。
そして2020年12月15日、新サクラ大戦から約1年後、ゲームアプリ「サクラ革命」がリリースされた。開発はソシャゲ業界最大手のFGOを手掛けるディライトワークス。リリース初日にも関わらず、タイムラインでは話題にすら挙がっていない。PVを見て考察を巡らせていた友人は、FGOのカルナサンタに熱を上げていた。
もう、誰もいなくなっていた。
そして私はまだ、「新サクラ大戦」をプレイできていない。15年前の思い出にずっと閉じこもり、夢の続きを見ることを拒否しているのだ。
春先からコロナの影響で在宅勤務になったので、暇つぶしに増田にしこしこ投稿していたらそこそこブックマークを稼げるようになってきた。
激動の2020年もそろそろ終わりに近づいてきたので、今年のブックマーク数と自分が確立したバズるコツ的なものを備忘録的に記しておきたい。
ブックマーク数 | 反響の目安 | 増田が達成したエントリ数 |
3 ~ 9ブクマ | 新着入りするレベル | 7 |
10 ~ 49ブクマ | コメントが多少付くレベル | 5 |
50 ~ 99ブクマ | 記事自体へのリプライで盛り上がるがホットエントリ入りまではしないレベル | 1 |
100 ~ 199ブクマ | ホットエントリ入りできるレベル | 1 |
200 ~ 499ブクマ | 増田の過去の人気エントリに記載されるレベル | 1 |
500 ~ 999ブクマ | はてな村内で論争が起こりだすレベル | 3 |
1000 ~ | リアルの知り合いがTwitterで言及しだすレベル | 2 |
ある程度計算して投稿すれば8割くらいの確率で新着入りは取れるようになった。
が、文才あふれる人が投稿する上質なエッセイや緻密な調査記事を見ると、自分はまだまだだなと思う。
絵文字数個で500ブクマ取れる人とかを時々見るけど、あれなんてセンスの塊だよね。
今まさに世界的な問題になっているコロナウィルス。増田にも日々様々な意見が投稿されている。あなたが仮にGo To Travelの是非について推進側の立場で書きたいとして、「旅行業界への補償なしにGoToを停止する菅総理は最低の無責任野郎だ」と居酒屋でおっさんが言っていそうな事を書くのと、「GoTo停止のせいでバスガイドの親友がクビになりました」と書くのとどちらが反響があるかは言うまでもない。
具体的なエピソードは人を惹きつける。
具体的なエピソードを書くと、話のモデルが特定されて他人に迷惑をかける可能性があるので、リアリティを損なわない程度にフェイクを入れる。
例えば東京都町田市在住の人が神奈川県相模原市在住の体で日記を書いたり、兵庫県尼崎市出身の人が大阪府大阪市出身と偽るなど、ほとんど同じ空気感を醸しだせるレベルのフェイクならまずバレることはない。
増田は不特定多数の人が投稿できるので、盛り上がる話題があると自分の記事が誰にも読まれないまま流れて行ってしまうことがある。
が、はてな村には増田の全エントリに目を通すウォッチャー的な人がいるようで、長文を書いておくと彼らの目に留まる率が上がる模様。
ちなみに長文がどのくらいの分量にかというと、私の基準ではちょうどこのエントリーくらいの長さが該当すると思う。
通勤途中や昼休みといった30分程度の空き時間を利用して、時事ネタや身の周りの出来事で不特定多数に話したいようなネタを勢いで書く。
勢いで書く分だけ言葉遣いやロジックが雑になるが、ある程度雑な方が突っ込みどころがあるのか反応が良い。
昼休みに勢いで投稿したとしたら、夕方くらいには反応の確認を兼ねて自分の投稿した文章を見直す。
言葉遣いのおかしいところや、説明不足なところ、冗長な部分を読みやすく直す。
もともと炭治郎・禰󠄀豆子兄妹は主役ではなく脇役として設定されたキャラだから、
が、ダブル主人公のブームが2013年からというのは謎すぎる認識。
それにたとえば黒バスはメイン主人公の黒子が冷静タイプでサブ主人公の火神が快活タイプ。
テニプリも最初は天真爛漫タイプの遠山金太郎が主人公だったが、
そのライバルだったクール系キャラの越前リョーマを主人公に変えたという経緯がある。
鬼滅の後だけど、Dr.STONEの千空と大樹なんかも逆の組み合わせだよな。
「主人公といえば馬鹿で熱血」「親友・ライバルは知的で冷静」というステレオタイプがあるのはそうだけど、
それを逆転させて「ズラす」のはそこまで珍しい作劇ではないよ。
大学に入って、教師になるために子供と関わろうと思って塾でバイトを始めた。私が入った塾は、初めは個別担当で、半年から一年経ったら集団も持つという方針だった。
宿題やってきた?この問題といてみて、すべてのわたしの発言に全く反応せず、80分間ずっと座っていてどうしようもなかった。休憩中同じ学校の友達とははなしてたので喋れないというわけではなかったんだろうけど…
親友と席替えで離れてしまった腹いせに、担任の授業のことは意図して授業崩壊を起こしていることを楽しそうに毎回話してた。離れた親友と大声で話しているらしい。やんわりと注意すると、「なにが悪いの?席をはなしたあいつ(担任呼び捨て)が悪いんじゃん」と言い放つ。
英語だと英単語、国語は漢字の宿題があり、毎回授業始めに覚えているかテストがある。それにめっちゃキレられた。モンペいわく、単語は塾で覚えさせてこいだそうだ。80分の授業にそこそこのお金払ってるけど全部単語覚えるために消費してええんか?この時は初めてすごく怒鳴られて心が折れた。
(基本電話対応、保護者対応は社員がやって学生はやらないのだが、この日は生徒の授業に合わせて乗り込んできたのでどうしようもなかった)
勉強の仕方はいろいろある。私にも私なりのやり方があるし、生徒にもあって然るべきだ。ただ、自分のやり方を確立できてるのなんて、都立上位校を狙う生徒くらいで、そういう子に限って自分のやり方に拘らず貪欲に私にやり方を聞いて実践してきたりする。親御さんたちも穏やかで、連絡票も普通だった。
問題なのは勉強ができない子とその親。できないくせに文句だけはすごい。偏差値が上がらないことをすごく言ってくる。多分、親も勉強は反復練習ということを知らない。習った日はできるのは当たり前で、それをどれだけ持続させ定着させられるかはが重要なのだが、できない子の親は週に一回80分通うだけでできると思ってる。単元を定着させるまで扱えば他の単元が進まないし、基本定着という作業は自己作業なの理解してほしかった。
一対一の個別授業なのに、授業始まって5分で突っ伏して寝る。毎週。起こしても起きない。じゃあ10分だけ寝て後は集中しようと言っても起きない。
どうすればよかったんだ。
I am play tennis. みたいな。
これに関してはわたしの実力不足もあるが、「正解の文を書けなくてもいいから、be動詞と一般動詞を同じ文に入れるのだけはやめよう」ということを一年経っても定着させてあげることができなかった。
5分が限界だった。
勉強の面白さを教師と生徒で共有でき、生徒に授業崩壊やいじめを起こさないモラルがあり、学生として過ごしてた間モンペの噂は聞かない環境で6年を過ごしてきたわたしは、教師というものを誤解していた。
もちろん、お金を払って授業を受けている子に対し、教育をしていくのは私の仕事だった。でも、無理なものは無理だったのだ。
例えば、授業中全く反応しない生徒にはどうすればよかっただろうか?怒る?親に相談する?反応がなくても教え続ける?心に傷があるのかもと推測して反応がなくてもなにか話しかけ続ける?1週間80分の関係でなにができたのだろう。
この子がクラス40人の中にいたら、1週間に80分もその子に時間をとることはできないだろう。そしてそれが問題になった時に教師は責められる。
元担任の先生に教師を目指すのをやめたことを告白したとき、あなたたちの担任をしてた時は楽しかったけど、若い時はいじめ問題や学級崩壊に悩んで髪の毛がすごく抜けて休職したことがあると聞いた。あんなにパワフルで素敵な先生ですらこんなになるなんて絶対わたしには向いていない職業だったのだ。
教職の授業で、学校のテーマパーク化みたいな文章を読んだことがある。内容はそのまま、学校はテーマパークと化し、親たちは何でもかんでも要求するというものだった。
途中で気づいて諦めてよかった。
誰に話す気にもならないが、溜め込んでるよりは書き捨てたほうがまだしも供養になるかもしれない。
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非情と思われようと、もう関わり合いになりたくない。
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そいつは、もう何年も拒食症かなんかなのか、骨と皮だけのガリガリで、
死相が出てるというか、もう長くないだろうなって思ってた。
余りの痩せ方に周りが心配してなにか食べろと進めても、水の一滴すら口にしなかった。
ウチの親がそいつを指して「あれじゃきっとセイリも来てないと思うわ」
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しかし、私とそいつが小学校の間ずっとベッタリの親友だったのは、
同じグループの子からぽっちゃりだから、ポチャみたいなニックネームで呼ばれていた。
でも、別にそんなに太ってたわけでもなかったように思う。
それより、真っ黒でまっすぐでツヤツヤの長い髪をしていて、
綺麗で羨ましくて、もうやめてと言われるまでしつこく触らせてもらったような記憶がある。
さらさらと指から髪が流れていく感触がどうしようもなく心を惹きつけて離さなかった。
私は、天パだったし髪を伸ばしたことがなかった。
小学校も中学校も、ずっと短髪だった。髪が肩にかかったことは一度もない。
私の母親は「子供の髪は短いものなの」という絶対のルールを持っていて、
泣こうが喚こうが逃げようが、最後には床屋の椅子に座らせられた。
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三年生になる前には短髪になっていた。
どうして切っちゃったのと惜しがって何度も聞いたけど、
小学校でも中学校でも、そいつはもうずっと同じ短さに髪を揃えていた。
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髪型だけじゃなくて、そいつは成人式にもチェックのスーツみたいな服を着ていた。
周りじゅう華やかな振袖だらけのなかで。
誰も表立って虐めたり笑ったりはしなかったけど、
なんだか異様というかヒソヒソはしていた気がする。
でも、あれはそういうのじゃなかったと思う。
皆はそう思ったかもしれないけど。
私とそいつは、母親による女性性の抑圧、を受けていたんだと思う。
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私はまだ生きている。髪を伸ばし、好きな服を選ぶ。
私の母は矛盾した信条というか、娘の髪を結うことは一度たりともなかったが、
ピアノを習わせたり、フランス人形を買い与えたり、籐家具を与えたりした。
別にいらない、嫌だと言ったけど、母自身が子供のころ欲しかったものなんだってさ。
あ、ピアノは祖母が孫娘に買いたいというから、じゃあ習わせようってことだったのかな。
まあ、ウチはその程度だったけど、
ウチと違って、どこもかしこもさっぱりと片付いていた。
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GジャンにGパンという恰好だった気がする。バイクとサッカー観戦と甲斐バンドだかが趣味だと言っていた。
毎週少年ジャンプの話をしていたような気がする。
家にない本や図書館の児童書以外の本を読むようになったのは、そいつが教えてくれたからだ。星新一とか筒井康隆とか。
私の母は、皮肉な作風、ひねくれた作風が嫌だと言ったけど、本を取り上げたりはしなかった。
母の回りくどい意向を汲まないと、「あんたは可愛げがない、態度がかわいくない、子供は素直じゃなきゃ」とかは、よく言われたが。
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そういう子は、少年ジャンプじゃなくて、りぼんやなかよしを読んでいた。
ぬいぐるみをたくさんもっていて、男性アイドルや流行りの歌の話をした。
その子たちは髪型をしょっちゅう変えていて、かわいい髪飾りを持っていた。
遊びで私の髪を梳いて、結ってくれた。
その子たちのことが嫌いではなかったけれど、
ずっと一緒にいると、多分私は羨ましくて辛かった。
私と同じに、ずっと髪を短く切られていて、スカートを持っていないそいつと一緒にいるとラクだった。
母親に疑問や不満を抱かなくて済んだ。
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そいつは、成績も良く、イラストもかわいらしかった。中学からは疎遠になったので伝え聞きだが、
旧帝大に行ったらしい。マイナー学部だったらしいが。ググッたら、そいつのホームページがまだ残っている。
今だったらピクシブやってたんだろうが、当時はあれが流行りだったものだ。
日記もあるが、悩みや病気、内面に関することは何も書かれていない。
中学から疎遠になったし、高校は別だったので、その頃のことは知らないけど。
後ろ姿を見た時、「ずいぶん髪のきれいなおばあさんがいるな・・・?」と思った。
ぶかぶかよれよれのメンズのウインドブレーカーか何かを着ていて、
息子の服を頓着なく着ちゃう系のおばさんっぽかったのか。
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成人式のスーツもそうだけど、ほんとにメンズの服しか持ってなかったのかな。
小柄だったけど、デブとかブスってことはなかったと思う。
髪質も恵まれてるし、手入れすればそれなりに映えた容貌だったはずだ。
でも、そういえば、
我が娘の不器量さを嘲笑ったっけな。
「お前は顔がでかいねえww」みたいな。
その時の、居心地の悪い気持ちはよく覚えている。
私の隣で、私の友人が、私をダシに、実の親に貶められている。
いや、地獄かよ。
しどろもどろになにかフォローをしたような気もする。
私のほうがずっと成績が悪いですし、とか。
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その経緯から、ずっと抑圧や自己否定が鬱陶しく付きまとっているが、
流行りの服を買うこともできたし、趣味や私生活に口出しされることもなかった。
周囲の友人から学んで少しづつ、女性らしく装うことを覚えていった。
オタク気質は生来のもので変わらなかったが、脱・喪女はそれなりに出来た。
そいつは多分、そうではなかった。
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昨今の性の多様化からすると、そいつの髪型、服装、趣味嗜好はそれほど奇異なものでもない。
髪を短くし、メンズの服を着て、ミリタリーやバイクやサッカーを愛していたなら、
それはそれで良かった。
でも、そいつは多分そうではなかった。
生来の女らしさを抑圧され、取り上げられ、
そしてそれが自分だと思い込まされていた。
コンフリクトがあって、それが体に出た。
病名は知らないが、拒食でなければああはならないって気もする。
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そういえば携帯のアドレスや番号の交換をいつしたのか記憶にないが、
就職先のイベントを新聞か何かで見たと、そいつは私に会いにきた。
私としては、髪を切られ続け男子のような恰好をしていた時代の記憶ごとまとめて、
折角小奇麗になることを覚えたのだ。
陽キャグループに入ってしまえば、陰キャ時代の友人は格下であり、
プライベートで会いなおしたりはしなかった。
それても痩せこけてしまって遊びに繰り出す体力はなかったのか、節度を持って訪れ、帰ってくれた。
いや、水の一滴も口にできないんだから、食事や飲みに誘われるはずもなかったのか。
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しかし、一度ならず数回ほどそいつはイベントに客としてやってきた。
ヒマだったので話をしたが、内容はほぼ覚えていない。
ああ、人混みでぶつかられてコケて顔ぶつけて、総入れ歯になった話だけは、
もう回復不能の分水嶺越えちゃってるな、もう死ぬんだろうな、と思ってしまった。
しかし、そんな話をそいつは世間話、笑い話のトーンで話した。ような気がする。
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私になにかを聞いて欲しくて訪れていたのかもしれないが、
私が迷惑そうにしていたから切り出せなかったのかもしれないし、
物知りで成績優秀者だったプライドが邪魔をして切り出せなかったのかもしれないし、
同伴していた母親や、周りの人間が気になって突っ込んだ話ができなかったのかもしれない。
しかし、そいつが自分の日記にさえ書けないことを人に相談できたかというと、できなかったかもな。
藁にも縋る思いだったかもしれないが、
疎遠になった旧交を温めに来るより、「毒になる親」系の本でも買ってみて
カウンセリングとか行けたら、生き残る道があったかもしれない。
というか、そいつは自分が病んでいる原因が母親だと疑ったことがあっただろうか?
気がつきたくないまま、気がつかないまま、体力が落ち、考える力もなくして死んだのだろうか。
いや、そういえば鬼電がかかってきたから訃報と決めつけているが、
フツーに峠を越して生きてるのかもしれないな。
もう、それを知りたいとも思わないのだが。
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既に超長文だけど、続きもあって御免。
腐女子のお気持ちですが増田の皆様におかれましてはいい加減腐女子用語でAとかBとか言われるのも飽き飽きかと思いますのでコロッケそばの話と致します。
増田には10年来の友人がいました。中学からの同級生で親友と言っても差し支えない間柄でした。
ある日友人が「カツコロッケそばにハマった」と教えてくれました。
私もカツコロッケそばの事は知っていました。市民権があり割とどこでも食べられる、カツとコロッケそばという皆が大好きなヤツのおいしい相乗効果でした。
友人がカツコロッケそばの論文を出すと言うので手伝いをしたり、家に遊びに来た時には私がカツコロッケそばを振舞ったりしました。ココイチで新メニューが出るという時にはつきあったりしました。
ただし、友人はハンバーグコロッケそばの事がものすごく嫌いでした。コロッケそばに乗ってるハンバーグはネチョネチョしててキモい、といつも周囲に語っていました。
しかしある日の事、私はハンバーグコロッケそばを食べてしまいました。セブンイレブンでした。
私は元々ハンバーグの事が好きだったので、うすうすハンバーグコロッケそばもおいしいのではないかな、と思っていたのです。
思った通りハンバーグコロッケそばはとてもとてもおいしくて、私は隠れてハンバーグコロッケそばを毎日食べました。罪の味に私は苛まれる事になりました。
罪の味に苛まれながらも、毎日毎日ハンバーグコロッケそばを食べているとつい話題に出してしまう事がありました。
昨日何食べたの?なんて聞かれたらハンバーグコロッケそば食べた・・・としか言えません。何せ毎日食べているので。太りました。嘘をつく日もありました。
そんなやり取りをごく稀にSNSでしていました。友人はあまりSNSを頻繁に覗くタイプではなかったので多少ならいいか。と。
しかしとんこつラーメン大好きの別の友人とその友人が同席している時に、「増田はハンバーグコロッケそば好きだよね」とバラされてしまったのです!
このとんこつラーメン好きの友人はカツコロッケそばとハンバーグコロッケそばの間の確執を知りませんでした。なので罪はないのですがあの時の冷たい空気を覚えています。
「まあ別に好きなものは人それぞれだし」と友人は気にしていないように見えました。でも明らかにキレていました。SNSも見ていたようでした。
とんこつラーメンはわかっていませんでしたが私にはわかりました。とんこつラーメンがハンバーグコロッケそばはデミグラスっぽいコロッケそばの方がうまいとか話すので冷や汗ダラダラでした。
これは他人に話を振られてしまう可能性もあると考えて、私はハンバーグコロッケそばのSNSアカウントを作りました。
そして誰がどうとは名言しませんでしたが他所で私にハンバーグコロッケそばの話を振るな、と明記しました。これで友人からはハンバーグコロッケそばの話題は見えないはずでした。
私は友人と一緒に居る時は出来る限りカツコロッケそばを持ち上げました。サクサクの衣にコロッケそばがついた瞬間が最高!タンパク質も取れて健康!別にカツコロッケそばが嫌いな訳では無いので本心でした。
一方で私はハンバーグコロッケそばのアカウントを作った事で自由にハンバーグコロッケそばの話が出来るようになりました。ハンバーグコロッケそばの写真をアップしたりしました。
ご存知の通りハンバーグコロッケそばはカツコロッケそばに比べるとあまり人気があるとは言えません。ハンバーグコロッケそばもハンバーグとコロッケそばという皆が大好きなヤツの相乗効果とは思うのですが。
なので細々と、数少ないハンバーグコロッケそば信者とお話する程度でした。嫌がられるのが目に見えていたのでハンバーグコロッケそばの論文など書く気は更々ありませんでした。
ある日の事でした。通話中、私が「カツコロッケそばって本当安心する味でいいよね、ソースもあうし」とカツコロッケそばを話の流れで持ち上げました。
すると何が気に障ったのか、友人は「じゃあなんでハンバーグ乗せてんだよ」とキレはじめてしまいました。私は突然のことに青ざめました。
「ハンバーグはコロッケそばに乗せる具として人気ないんだからもうちょっと自重してほしい」「ハンバーグをコロッケそばに乗せるのやめろ、コロッケそばに失礼」などと言われ私は泣いてしまいました。
私はハンバーグコロッケそばのアカウントを消しました。ハンバーグコロッケそばを食べるのはそんなに悪い事なんだ、もう一生ハンバーグコロッケそばを食べるのはやめよう・・・。そう思いました。
そう思ったのですがハンバーグコロッケそばを食べることを私はやめられませんでした。以前のように誰にも見えない所でハンバーグコロッケそばをモリモリと食べました。
ハンバーグコロッケそばをモリモリと食べていると、「いややっぱハンバーグコロッケそばおいしいやん」という気持ちが込み上げてきて、なぜそんな批難を受けねばならないのか疑問に思いました。
声高にカツコロッケそばの話をする友人と違って、私はいつでも気を使って、こっそりハンバーグコロッケそばを食べてきました。誰にも迷惑をかけたつもりはありません。
でも友人の言い分からするなら恐らく、「ハンバーグコロッケそばを食うやつが1人でも存在する事が許せない」んだと思います。いや好きなもんくらい好きに食わせろや?常識的に考えてそう思うのですが、許せないらしいのです。
そんな感じで私はカツコロッケそばを見ると気分が悪くなるようになり、その友人とは会わなくなりました。
ほんとめんどくせえな、どうしたらよかったんだよ と未だに思うのですが、私がハンバーグコロッケそばをおいしいと思った時点で人間関係が終わってしまったんだろうと思います。そんなことで終わる人間関係がかなしいし、長年付き合って来た友人だけど本性を見た気がして、今は若干軽蔑の感情があります。
ある時友人はカツコロッケそばを好きな理由を「一番ファン母数の多い揚げ物に所属してるとマウント取れるから」みたいなことを言っていました。
いやカツが好きとかじゃないんかい!そんなヤツに侮辱されたハンバーグコロッケそばの事がかわいそうです。もうちょっと皆平和に生きられないのかなと思います。かしこ。
※まずお願いがあります。この増田はブクマしないでください。ホッテントリ入りしてしまうと関係者の目に触れてしまうからです。コメントはトラバでもらえると嬉しいです。
半年前から好きな人がいる。はてブの婚活関係のブコメ経由で知り合った、同年代のエンジニア男性だ。
私の親友は同い年の女性起業家。Twitterで知り合った7年前からの友達だ。
私はITベンチャーでの営業職……だったけど、コロナでの業績悪化のため試用期間で契約終了に。ただの無職だ。
親友と好きな人、このふたりが知り合うきっかけとなったのは、私の親が暮らすタワマンの大会議室で開いた少人数でのパーティーだ(コロナ対策済み)。
パーティーから2週間後。私は好きな人とデートした際、話の流れで告白してしまった。どうやら親友が、煮えきらない私たち二人の関係をじれったく思い、好きな人に関係進展をせっついたようなのだ。
「なんか、親友さんがやたらと増田さんとの進展を推すんだけど、僕はこのままの関係が楽しいと思ってる」「私は、あなたが好きなんです」という具合に告白してしまった。
好きな人からは「しばらく考えさせてほしい」と言われた。理由としては、私が無職であることが大きいとのことだ。彼自身も実家も割と裕福なはずだけど、だからこそシビアに判断しているのかもしれない。
その日の夜、「本当はこのタイミングで言うつもりはなかったので、今夜の告白は聞かなかったことにしてほしい」と私から伝えた。
やがて親友にも、好きな人に告白した旨を伝えると、親友から意外なことを伝えられた。
私の好きな人から、「僕、親友さんとは付き合ってみたいと思ってるんだよね」と冗談っぽく言われていたらしい。そのやりとりも見せてもらった。彼が親友に興味を持った理由としては、起業家としてしっかり仕事を楽しんでいるところが好みなんだそうだ。
親友は別に好きな人がいることもあり、私の好きな人とはそもそも付き合う気はないらしい。
マジか……ショックだった。彼が親友を好きなのもだけど、「親友に負けた」事実がショックだった。
こう言ってしまうのはアレだけど、そもそも親友よりも私のほうが顔は良いほうだし、私のほうが胸も大きいし、私のほうがモテてきたと思っていた。私のことを好きな男性が私の親友に相談に来ることは何度かあったけど、その逆はなかった。
あと、私も好きな人もお互い実家の家柄が似ていて裕福だし、共通の趣味も多く、脈もあると思っていた。そもそも親友と彼はまだ二人で出掛けたことはない関係だし、この二人はあまり共通する趣味もないと思う。
私は、彼とのデートでは毎回奢ってもらっていた。はてブで炎上した際もかばってくれた。タワマンでのパーティーの際も、片付けを最後まで手伝ってくれた。イケると思っていた。
……でも、よく考えたらおかしくはないのかもしれない。彼はスリムな人が好きだということをブコメにも書いてたので、巨乳の私より、痩せてる親友を気に入っても不思議ではない。
彼と私が知り合ったタイミングは、私の仕事がうまくいってない時期だ。もしかしたら彼の目からは、私は「親にマイペースに甘えてばかりのお嬢様」に見えていたのかもしれない。全額奢られていたのもワガママに思われていたのかも……。
そして、これまで恋愛より仕事を頑張っていた彼にとっては、起業家の親友のほうが親近感があるのかもしれない。恋愛経験少ないエンジニア男性は落としやすい、なんて思っていた自分がバカみたいだ。
……でも、それらが分かったら改善策が見えてきた。
コロナを言い訳にせず、少しは痩せよう。自分では大きい胸は好きだから、胸は残して痩せたいな。
ショックで食欲が落ちてるのを上手い具合に使い、適切に食事量や間食を減らそう。
そして私も、昔からの夢だった店を出すために頑張ることにする。無職になったのも、新しいことに挑戦できるチャンスだと思えばいい。それでも親にお金を借りることにはなりそうだから、好きな人からは「甘えてる」って思われちゃうかもしれないけど、さっさと返済して経済回しちゃうくらい、大きな組織にしていくぞ。
仕事の努力が恋にも直結する可能性が高い、というのは、捉え方によっては良いことだ。「自分より稼ぐ女は嫌」とか「妻には家にいてほしい」というタイプの男性を狙うよりもいいはずだ。
そうだ、私も彼も、もともとの趣味も家柄も近い。夜の公園で終電ギリギリまでおしゃべりを楽しむくらいには話も合うのだし、「増田さんと一緒にいると、見聞が広がって楽しい」とは何度も言ってもらえてる。私も収入以外のスペックが決して悪いわけじゃない。そこで、今よりスタイル良く、仕事もできる私になったら最強じゃない? あぁ、なんだか人生楽しくなってきたぞ。
腐女子のお気持ちですが増田の皆様におかれましてはいい加減腐女子用語でAとかBとか言われるのも飽き飽きかと思いますのでカレーの話と致します。
増田には10年来の友人がいました。中学からの同級生で親友と言っても差し支えない間柄でした。
ある日友人が「カツカレーにハマった」と教えてくれました。
私もカツカレーの事は知っていました。市民権があり割とどこでも食べられる、カツとカレーという皆が大好きなヤツのおいしい相乗効果でした。
友人がカツカレーの論文を出すと言うので手伝いをしたり、家に遊びに来た時には私がカツカレーを振舞ったりしました。ココイチで新メニューが出るという時にはつきあったりしました。
ただし、友人はハンバーグカレーの事がものすごく嫌いでした。カレーに乗ってるハンバーグはネチョネチョしててキモい、といつも周囲に語っていました。
しかしある日の事、私はハンバーグカレーを食べてしまいました。セブンイレブンでした。
私は元々ハンバーグの事が好きだったので、うすうすハンバーグカレーもおいしいのではないかな、と思っていたのです。
思った通りハンバーグカレーはとてもとてもおいしくて、私は隠れてハンバーグカレーを毎日食べました。罪の味に私は苛まれる事になりました。
罪の味に苛まれながらも、毎日毎日ハンバーグカレーを食べているとつい話題に出してしまう事がありました。
昨日何食べたの?なんて聞かれたらハンバーグカレー食べた・・・としか言えません。何せ毎日食べているので。太りました。嘘をつく日もありました。
そんなやり取りをごく稀にSNSでしていました。友人はあまりSNSを頻繁に覗くタイプではなかったので多少ならいいか。と。
しかしとんこつラーメン大好きの別の友人とその友人が同席している時に、「増田はハンバーグカレー好きだよね」とバラされてしまったのです!
このとんこつラーメン好きの友人はカツカレーとハンバーグカレーの間の確執を知りませんでした。なので罪はないのですがあの時の冷たい空気を覚えています。
「まあ別に好きなものは人それぞれだし」と友人は気にしていないように見えました。でも明らかにキレていました。SNSも見ていたようでした。
とんこつラーメンはわかっていませんでしたが私にはわかりました。とんこつラーメンがハンバーグカレーはデミグラスっぽいカレーの方がうまいとか話すので冷や汗ダラダラでした。
これは他人に話を振られてしまう可能性もあると考えて、私はハンバーグカレーのSNSアカウントを作りました。
そして誰がどうとは名言しませんでしたが他所で私にハンバーグカレーの話を振るな、と明記しました。これで友人からはハンバーグカレーの話題は見えないはずでした。
私は友人と一緒に居る時は出来る限りカツカレーを持ち上げました。サクサクの衣にカレーがついた瞬間が最高!タンパク質も取れて健康!別にカツカレーが嫌いな訳では無いので本心でした。
一方で私はハンバーグカレーのアカウントを作った事で自由にハンバーグカレーの話が出来るようになりました。ハンバーグカレーの写真をアップしたりしました。
ご存知の通りハンバーグカレーはカツカレーに比べるとあまり人気があるとは言えません。ハンバーグカレーもハンバーグとカレーという皆が大好きなヤツの相乗効果とは思うのですが。
なので細々と、数少ないハンバーグカレー信者とお話する程度でした。嫌がられるのが目に見えていたのでハンバーグカレーの論文など書く気は更々ありませんでした。
ある日の事でした。通話中、私が「カツカレーって本当安心する味でいいよね、ソースもあうし」とカツカレーを話の流れで持ち上げました。
すると何が気に障ったのか、友人は「じゃあなんでハンバーグ乗せてんだよ」とキレはじめてしまいました。私は突然のことに青ざめました。
「ハンバーグはカレーに乗せる具として人気ないんだからもうちょっと自重してほしい」「ハンバーグをカレーに乗せるのやめろ、カレーに失礼」などと言われ私は泣いてしまいました。
私はハンバーグカレーのアカウントを消しました。ハンバーグカレーを食べるのはそんなに悪い事なんだ、もう一生ハンバーグカレーを食べるのはやめよう・・・。そう思いました。
そう思ったのですがハンバーグカレーを食べることを私はやめられませんでした。以前のように誰にも見えない所でハンバーグカレーをモリモリと食べました。
ハンバーグカレーをモリモリと食べていると、「いややっぱハンバーグカレーおいしいやん」という気持ちが込み上げてきて、なぜそんな批難を受けねばならないのか疑問に思いました。
声高にカツカレーの話をする友人と違って、私はいつでも気を使って、こっそりハンバーグカレーを食べてきました。誰にも迷惑をかけたつもりはありません。
でも友人の言い分からするなら恐らく、「ハンバーグカレーを食うやつが1人でも存在する事が許せない」んだと思います。いや好きなもんくらい好きに食わせろや?常識的に考えてそう思うのですが、許せないらしいのです。
そんな感じで私はカツカレーを見ると気分が悪くなるようになり、その友人とは会わなくなりました。
ほんとめんどくせえな、どうしたらよかったんだよ と未だに思うのですが、私がハンバーグカレーをおいしいと思った時点で人間関係が終わってしまったんだろうと思います。そんなことで終わる人間関係がかなしいし、長年付き合って来た友人だけど本性を見た気がして、今は若干軽蔑の感情があります。
ある時友人はカツカレーを好きな理由を「一番ファン母数の多い揚げ物に所属してるとマウント取れるから」みたいなことを言っていました。
いやカツが好きとかじゃないんかい!そんなヤツに侮辱されたハンバーグカレーの事がかわいそうです。もうちょっと皆平和に生きられないのかなと思います。かしこ。
最近、差別反対ファッションで自分を飾ってた連中から「俺たちがあまりに厳しい目で見られすぎてるひどい」と泣きが入ってる。
当たり前だ。だってお前ら自分たちをこの世に降り立った天使の如く言ってたじゃん。
全ての差別に反対するってそんな生やさしいことじゃねえよ。
堂々と言えばいいじゃん。
「私はキモオタだけは無理なんです。アニメゲームマンガが好きなやつらだけは差別する差別主義者ですが、韓国人差別は許せません」
「低学歴を見ると動物ですから全力で差別してる差別主義者ですが、BLM賛成黒人差別は許せません」
って。
それでこそ対等だ。
なのに自分の差別は差別ではないと誤魔化して、「全ての差別に反対する」ってイノセントなポジションだけは取ろうとするじゃん?
激しくつっこまれるに決まってるじゃん。
全ての差別に反対するんだろう?
ほら、低学歴ヤンキーや見た目の悪いキモオタと親友になるんだよ。
それが全ての差別に反対するということだ。
久しぶりにフリーになったので、マッチングアプリ始めたアラサーなんだけど。
ホントはわざわざアプリで探さなくても、いい年した素敵な独身自体は男女問わず沢山いるのよ。
でもさ~、素敵な独身達って 立ち振る舞いが洗練されてて、かつ精神年齢も大人なの。
だから、自分も自制心と生活力とモラルを持ってないと深い関係にはなれないのよねえ。
ここで言う立ち振る舞いが洗練されてて精神年齢が大人な人っていうのは、
例えば
・ 一人暮らしで家事をこなしている(または実家で家事を手伝っている)
・ いつでも片付いている部屋に住んでいる
・ しわのない服を着ている
・ 人が話している途中で話に割り込まず話を聞ける
・ 学生時代からの長い付き合いの友人と定期的に会う交友関係がある
・ 話題選びが適切
・ 無意味に張り合ったり偉そうにしていない
みたいな人。男女問わず沢山いるのよ。
こういう人、職場でも頼れる人で、ちゃんと話も通してくれるし、って人が多いんだけど。
当たり前だけど、そういう人が恋人や親友を選ぶときは、要求のレベルも高いし、禁忌ポイントも多いの。
普通に仕事を一緒にする分にはいいんだけど。(素敵な人達はそこら辺の割り切りも大人なので)
私は人類全体に惚れっぽいから、すぐ素敵な人を好きになってアプローチしてしまうんだけど、
素敵な人達と違って、
・ すぐセルフネグレクトする
・ 自分を大切にするモチベがない(承認欲求だけで動いている)
・ 人と意思疎通を取るのが下手
・ 色んなモラルがない
・ 意味不明なこだわりで人と合わせられず浮く
みたいな 終わってる人となり してるから、仲良くなっても気後れして、卑屈な態度取ってしまう。
素敵な人達にとって変に距離を詰める人にはなりたくないし、距離感も難しい。
親友男にはあったその日くらいから仲良くてゲイな事も普通に言ってた。
ノンケなのわかってたけど、タイプだったので、鬱そうなときとか寝ないで相談聞いてあげたりとか、色々たくさん褒めて勇気づけたりとかしてた。ご飯おごったりもした。
向こうも好意わかってたんだと思う。ゲイじゃないからそういう好意は応えられないけど、いっぱい自分の話聞いてくれたし、いっぱい褒めてくれた。
まぁそんな彼も結婚してしまった。ちくしょーまーそうだよなーというかやっぱうなだれた。
よくドルオタや声優ヲタが「推しが結婚した、死にたい」って言ってる気持ちがなんかすっごいわかった。
親友と会う前は発展場とか行きまくってたのに、なんか親友ができてから自制して3年くらい誰ともセックスしなかったし、なんか「神様、ちょっとでもなんか報われてほしいです」って気持ちすごい持ってた。
私が発達障害でママ友ゼロだけど子供は母親の私が怖くなるくらいド健常で友達百人タイプ
とっとと親同士のやりとりが少ないところ探してスポーツか何か習い事に入れちゃったほうがいいよ
幼稚園や学校終わった後の時間を発達障害の母親しか家で過ごさせる訳にもいかないし、かといって子供の友達の親は発達障害の母親と関わるの面倒だから遊びたくはないだろうし
うちは幼稚園の頃から体操と水泳と楽器やらせててそれぞれで友達作って楽しそうにやってるし、発達障害の母親がいる事も気にしないようなできた親友がいて充実してるみたい
その子はクセが強くて、強気で、いじめっこ的な気質もあって、私は苦手だなぁ…と思っていた。
実際、その子とはあまり仲良くならずに、稀に話すのみであった。
でもその子の絵は卓越して上手くて。
小学校の中では絵が上手い方だった私は、段違いに上手いその子の絵に、嫉妬さえ通り越した、憧れの念を抱いた。
その子の休み時間に描く絵は、街の電柱や看板にエアスプレーで落書きされているようなポップな画風が多かった。軽快で攻撃的で、少し怖い感じの絵。その子は目玉のモチーフが好きだったっけ。
その子の、美術の時間に描く絵は、普段とは違う雰囲気を持っていた。毒と繊細さとを纏っていて。その子の重い内面を予感させた。
これは今になって改めて気づいたけれど、その子は普段、強く振る舞うが、その実、脆くてセンシティブな性格だったろうね。
卒業式の後、教室に戻ってきて、クラス会も終わって、帰る時間となった。自由時間ができると、何人かの子たちが、卒業アルバムの最後の空白のページに、メッセージを書いたり書いてもらったりをし始めた。
私もいつの間にかそのやりとりに混ざっていて、そういうやりとりを何人かとしているうちに、いつの間にか教室がガランとし始めていた。あの賑わいは教室の中から、体育館の前やロビーなどの外に移っていたようだった。
教室は、まだセーターが必要なくらいには寒かったが、春の陽射しが、教室の床の木のタイルを暖めていた。
同じクラスにいた間、あまり会話もなかった私とその子であったけど、私は彼女に絵を描いて欲しかった。
と私は彼女にお願いをした。
すると、彼女はいつものごとく、めんどくさいなあとか、しょうがないね!みたいに小言を言いながら、でも、楽しそうに私のページにイラストを描いてくれた。
卒業式の日も、その子の筆箱にはずっしりとたくさんの色のサインペンが入っていて、色も選ばせてくれた。
その友人さんの意見は真に受けなくていいよw
変なカプ作っても他人のネタそのまま使ってる想像力ないのいっぱいいるからw
自分の場合だと接点皆無だとカプ作るの難しいな、「もっと仲良いキャラいるじゃん!」と思ってしまうからね。
恋人や親友とまではいかないけど「尊敬している」「苦手」「趣味が合う」とかそこらへんのことを設定でかかれてるといろいろ妄想を巡らせられるかな。そもそもマイナーキャラだと公式やニコイチの相手がいると限らないからこういう設定を拾ってカプ作ることになる(無理にカップリング作らなくてもいいじゃんと言われそうだが私はこのマイナーキャラが誰かとイチャイチャしてるところが見たいんだ。)
外部からの意見だけど、マジの無から作る人は「イメージカラーが同じ/似てる」「ポジションが似てる/似てそう」「性格が似てる/似てそう」あたりを基準にしてると思う。