はてなキーワード: 太田光とは
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
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00 | 99 | 11560 | 116.8 | 52 |
01 | 62 | 5440 | 87.7 | 52.5 |
02 | 34 | 6027 | 177.3 | 39.5 |
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05 | 16 | 1196 | 74.8 | 33 |
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10 | 88 | 10164 | 115.5 | 51.5 |
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12 | 111 | 8843 | 79.7 | 41 |
13 | 104 | 7060 | 67.9 | 35.5 |
14 | 128 | 14173 | 110.7 | 43 |
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17 | 159 | 15892 | 99.9 | 44 |
18 | 156 | 12006 | 77.0 | 41 |
19 | 131 | 11243 | 85.8 | 36 |
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22 | 227 | 21017 | 92.6 | 38 |
23 | 204 | 14990 | 73.5 | 42 |
1日 | 2598 | 256520 | 98.7 | 42 |
熊澤(5), aoyagi(13), スラックティビズム(4), 太田光(5), ザオラル(5), ゆめか(4), 事務次官(51), カネカ(12), フーターズ(5), ハヤシ(3), 不良品(35), ゴジラ(34), ひきこもり(21), 引きこもり(66), 転勤(22), ドラクエ(18), 川崎(12), 過激派(8), ヴィーガン(22), 肉食(7), 息子(37), blog(18), 育休(12), 報道(33), 惨め(11), 安楽死(10), こもっ(11), 下方婚(25), 事件(55), 殺す(26), 殺人(19), 貧乏(18), 殺さ(29), 殺し(38), カメラ(16)
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太田や伊集院がある種の人たち(自分も含む)から愛されているのは、バックボーンにある弱者体験を忘れずにそして大切にしているところだと思う。
このブコメ読んでわかった。
全然太田や伊集院に同調出来ない(面白くない、膝を打てたことがない、神経が丸太ン棒のように太く粗雑にしか感じられない)ので、
この2人が「ある種の人たち」の鬼瓦のような扱いを受けていることに反発を感じるのだ。
これは自業自得の所もあるというか、
はっきり言えば太田光や伊集院光やその信奉者達を見下してるのだ。
こいつらセンスも頭もすっごい悪いなと思ってる。
でもこれはどうしてもそう思うので、そこに嘘をつくことは出来ない。
「ある種の人たち」のマスもセンスが雑で頭が悪い人達なので、そこには入れない。
自分は社会的に追い詰められてないので別にその輪に入れなくても痛痒ないけれども、
太田や伊集院に頷ける程度のマス「ある種」はその輪の外の「ある種」のことなんかもちろん考えないし。
いろんな人からやたらにイタい奴認定で嘲笑されるZeebraが
「中二病」という言葉が垂れ流す害毒について提唱者である伊集院に本気で怒ってた時も
移住員の取り巻きたちがみんなでZeebraに嘲笑石を投げてて、話としてどっちに理があるかなんて展開にすらならず。
例の松本人志の発言が叩かれている。叩かれて当然だが、Twitterでこんな意見を見かけた。
──人としての思いやりを「偽善」と嘲笑し醜い本音を吐露することを「正直」として高く評価する大阪の風潮が維新や松本人志を生んだのではないか
https://twitter.com/Simon_Sin/status/1135190442876686336
正直「大阪の風潮」は言い過ぎだと思うが、ただ個人的には「吉本芸人バラエティのノリ」的な日本社会はそろそろ終わりにしたいと思ってる。
真面目な研究者が登場したら「なんやねんその髪型」から入るあの感じ。
勉強が大好きな子どもが出てきたら「その分厚い眼鏡重くないんか」から入るあの感じ。
本気の人を笑いに変えてしまうあの感じ。
斜に構えるというのとは違う、何事も「いじる」、ちゃかす、あの感じ。
それが批判精神と結びつくことはなかった。個性に敬意を払うのではない、多数派に安心感を与えるための迎合という「いじり」。「真面目の崩壊」などと言われて久しいが、「吉本的ノリの蔓延」が日本社会のくびきになってきたと個人的に思ってる。正直、自分の子どもがこんなバラエティ的社会に放り込まれるのだけは気の毒なので、どうにかしたいと思ってる。
https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20190602-00128440/
太田は時々本気になる。「いじり」が政治や社会の批判に向くこともある。爆笑問題とダウンタウンの仲が悪いなどと言われるのはこんなところだと思う。
ラジオ及び本日放送のサンデージャポンでの週刊新潮による太田光裏口騒動で思ったこと。
1次で受けた映画学科は落ちていることや35年前の出来事なら依頼した方の年齢や
その方が面に出てこないことなど気になる点はいくつかあります。
知る人ぞ知る裏口入学ネットワーク”に依頼をすると記事にはありますが、
その方の発言を信じるならA大学やB大学など複数で裏口入学を斡旋しており
その中の一人に太田光がいた。という記事のほうがインパクトがあります。
しかし太田一人をピンポイントに標的にする点がなんだかなと思うところです。
私自身爆笑問題のファンで肩入れしている部分もありますが、一つ言えることは
『やっぱり太田は嫌われてるなぁ~w』
まともなこと言っている。
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201710040000361.html
これについて、太田は3日深夜放送のTBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」で、
クレームを受けてから謝るスピードがあまりにも早すぎちゃって、自分の頭通してねえだろって思った」と指摘した。
太田は、今回の視聴者の苦情は「『なんで今ダメなのかってそれぞれ考えてくださいよ』って訴えだと思う」
と推察した上で、宮内社長の謝罪について「『ちょっと時間ください』と言ってもいいと思うんだよ。『あれはもう1回、
よく考えます。制作を含めて、バラエティーも報道も含めてよく考えます』と。
実はLGBTの人たちっていうのはそういう時間が欲しくてクレームを入れてるんじゃないかな」
と私見を述べた。
http://www.kansou-blog.jp/entry/2017/09/04/073456
この記事のブコメを見てると、太田に共感を示してるようなコメが結構あるけど、みんな正気?松本の意見がどうかは置いといて、俺には太田のいうことがサッパリ理解できなかった。支離滅裂過ぎて。
この時点でもう無理。いきなりなぜ音楽家の評価の話なる?凄い音楽家ならビンタOKってこと?
もし仮に、コイツが「暴力はNG」という立場に立って発言してるんだとしたら、なおさらこの発言は看過できない。失礼すぎるでしょ。ビンタはNGだけど言葉の暴力はOKって言いたいわけ?だとしたらとんだダブスタだ。
あの場面はどう見てもいきなりビンタから入ってるわけではなくて、コミュニケーションが取れなかった結果ビンタにつながったわけでしょ。この言い方だと日野氏が何でもかんでもビンタしてるように受け取れる。
意図的な印象操作で悪意を感じるんで、個人的には拒絶反応モノなんだけど、みんななんで平気なの?
これもいきなり出てくる意味が分からない。そもそもビンタに繋がったのは中学生が気に入らなかったからじゃないでしょ。ショーの進行に支障が出るのにトチ狂った中学生が全く指示に従わなかったから。
それに、これは意図的な矮小化であり、悪意を感じる。こういうのは気分が悪くなる。
太田「いや、言ってわかんなかったらビンタすりゃ良いってことは、日野さんのこれが気に入らないって人がいたらビンタすりゃいいわけ?」
言ってわからないということと、気に入らないということは別の事象。同一視するのはおかしい。意図的にやってる証拠。悪意を感じる。
太田「じゃあ例えばね、我々がお笑いでお客を笑わせたいと思ってるときに、客をくすぐっちゃうようなもんなんですよ。それやっちゃったら、それはもう自分のやってることの否定になっちゃうから」
この例えは心底理解できない。くすぐるのは暴力じゃないし、親しい間柄なら別にやっても何の問題も無い。(金のないキモいオッサンが女性にやると犯罪になるけど。)
話は暴力としてのビンタじゃなかったのか?なんでこんな美学みたいな話になってんの?マジで意味わかんねえ。
太田の話は一貫して、それっぽいことをその場その場でオウムのように言ってるだけで、全然話が繋がってないように思えるんだよね。だから支離滅裂に感じる。みんななんでこんなのに共感できるの?
僕は人間じゃないんです。
本当にごめんなさい。
そっくりにできてるもんで、
よく間違われるのです。
まわりは普通にみんないいひとばかりです。
絵を描くことと工作だけは大好きで、
発明クラブに入りました。
いっぱい賞をとりました。
本当に本当に楽しかったです。
けれどいつもひとりぼっちでした。
中学でも高校でもそんな感じでした。
挨拶、返事、愛想笑い、そんな当たり前のことができませんでした。
うわべだけの付き合いがどうしても無理でした。
おもしろい返しができませんでした。
どうやって自分は生きていけばよいのだろうか。
なんのために生まれてきたのだろうか。
何になるのだろうか。
そんなことを考えながら本を読んでいるうちに、気がつくと高校を卒業していました。
高校を出て予備校に通いました。
いっさい勉強に身が入らず、集中できず、予備校に行かずに本屋に通っていました。
そのうち家に引きこもって勉強するようになりました。
気がつくと二度目の受験がやってきて、全く勉強してない僕はもちろんどこにも受かりませんでした。
そうして、僕はニートになりました。
本当に、本当に、孤独になりました。
求人情報誌を買っては電話をかけ、ことごとく面接で落ちました。
なんとか決まったネットカフェでのアルバイトは1ヶ月半で退職しました。
そうして、またニートになって、いてもたってもいられなくなって家を出ました。
北海道の片田舎から東京に出て、本当に、本当に、本当に孤独になりました。
「ネットカフェ難民なんて甘ったれた奴ら。山谷にいけば仕事も寝床もあるのに。甘えるな。」
甘ったれた僕は家に戻りました。
甘ったれた僕は一回2万円の家庭教師についてもらいました。親の金で。
甘ったれた僕はその家庭教師に2ヶ月でやめてもらいました。金がもったいなくなって。
甘ったれた僕は親にそのことは言わずに参考書を買いあさりました。けど全然勉強してない。
甘ったれた僕はセンター試験で昨年と変わらない点数をとりました。
甘ったれた僕は国立なんか鼻から行く気もないのに国立に向けて数学とか勉強してて私立対策は一切してませんでした。私立目指すのは家の経済事情的にはありえない選択。
甘ったれた僕は親に全ての金を払ってもらい私立を受けまくり早稲田大学に30万円お布施しました。
甘ったれた僕はたまたまなんとなく運が良くて慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に受かりました。お布施はしてないのに。
甘ったれた僕は甘ったれて大学に入りました。すべて親の金で。母がコンビニでパートして働いて稼いでくれた金で。
僕は2年間の孤独を取り戻そうと、必死に必死に友達を作ろうとしました。
でも、僕の顔はやつれていました。
20歳なのに30歳くらいの顔になってました。
ああ、人は人と関わらないと人を遠ざけるような顔になるのです。
友達はできたけど、すぐ離れていきました。
好きな人はできたけど、すごく嫌われました。
バイトははじめても、すぐに辞めることになりました。
自分では普通に挨拶してるつもりなのに、感じ悪いとか無視してるとか言われるようになりました。
そうやって言ってくれる友人も、次第にいなくなりました。
すべてを悪いほう、悪いほうに考えるようになりました。
僕は実家に帰りました。
精神科をぐるぐるぐるぐる回りました。
反響を呼び、年間35位くらいになりました。
ひとは、ひとの不幸が好きです。
自分を切り売りしてやっと私は誰かの価値になりました。
「普通の人」より「変な人」のほうが価値はあると思っていました。
いろんなバイトをやりいろんな研究室に入りいろんなことを学ぼうとしました
けれども全く集中できない、続かない。
あーやっぱり俺はそういう「タイプ」の「人間」なのかな。信じたくないけど、そうなのかな。
そんなことを考えてときどき鬱になりました。
頭の中での口癖でした。
けれども、行動しなきゃ始まらない。
けれども、行動しようと思って1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、4年が過ぎました。
ホリエモンに憧れて
全然起業できませんでした。
金も人も僕には集まりませんでした。
一つのサービスを作る能力を身につける集中力すら、ありませんでした。
芸人養成所に入りました。
バイトも長く続かなくて金のない僕は、
その他もろもろの器用さが一つもありませんでした。
なにもありませんでした。
プログラミングをさもバリバリしていたように(本当はprocessingで講義で出た課題を適当にいじるぐらいしかできません。)
アルバイトをたくさんやったのは人生経験を積むためのように(本当は続かなかったりクビになったり)
芸人養成所では確固たる実績を残して卒業したように(解散した後、年明けから行かなくなりました。)
ESでは適当に嘘を並べました。
大学4年間で頑張ったことなんか何一つないので「考えること」を頑張りました、とか書きました。
コミュ力なんて一切ないのに芸人をやってたとうそぶいてコミュ力アピールをしました。
するとどの企業もいい感じのとこまで行きました。
ゲームなんて一切やらないのに任天堂やスクエニは最終面接まで行きました。
本なんてほとんど読めないのに文芸春秋社や3大出版社も3次面接くらいまでは行きました。
一切興味もないのにドコモも最終面接まで行きました。
でも結局落ちました。
当たり前です。
僕はサラリーマンになりたくなかったし、なれるような人ではなかったし、なるべきじゃなかったから。
ゲームを作りたいんじゃなくて、ゲーム会社の社長になりたかった。
(小学校の卒業文集にそう書いてた。それをESに書いたら任天堂の人が会社員になることは社長になることと真逆だとか言ってって僕は萎えた。)
編集者になりたいんじゃなくて小説家になりたかった。漫画家になりたかった。
そもそも就活なんてするつもりもなかったし、したくなかった。
してはいけないと思っていた。
でも起業も芸人も自分で稼ぐことができず、金もなかった僕はするしかなかった。
だから、適当にした。なめてた。OB訪問もしなかった。そもそも僕は人間じゃないから人間の話を聞いても参考にならないと思っていた。
だから、たくさん落ちた。
そして、いくつか受かった。
誰にも負けないことはなんですか、と聞かれ、
「体力」と「コミュ力」です、と答えた。
やりたいことはなんですかと聞かれて、
「人の心を動かすものをつくりたいです」と言った。
本心だった。
「それはちがう。そもそも根本から間違っている、我々は人の心じゃなくてクライアントの要望を叶えるためにやってるんだ。・・・・」と言われた。
5分くらい説教をされた。
受かった。
そうして内定を抱えて僕は大学生活を終えた。
ちなみに卒業論文は書いていない。
白紙で出した。
中退するつもりで出した。
ただ少し皮肉として「大学は意味がなかった(僕にとって)」と書いた。
なぜか認められた。
認められたくなかったので、大学ともめた。
僕は卒業した。
何も修了していないのに「学士」になった。
当然のごとくトラブった。
全てをぶち壊し、いろんな人を不幸にし、迷惑をかけ、去った。
また僕は引きこもりになった。
そうして僕は、また、また、孤独になった。
研修でまたトラブった。
でも、まあいいや、そう思った。
僕は5年前、死のうと思った。
周りに迷惑をかけ続けるぐらいなら、そうしたほうがいいと思った。
でも、自分は悪くないと思った。
自分の伝え方は誤解をうむ。それは間違いないだろう。
けれど、本当の本当は自分は悪くないと思っている。
だから、僕はこうして今まで生きてる。
ジョブズもホリエモンも一サラリーマンならすごく、迷惑な奴だと思う。
でも、彼らは能力がある。
僕はたぶん、ない。(客観的に見て)
僕は人間だから。(僕は人間じゃないんですということにしている、人間だから。)
明日には、1ヶ月後には、1年後には
すべてが報われるような気がして、生きている。
でも会社辞めたら死んじゃう。どうしよ、詰んだ。藤井4段もびっくりの詰将棋だ。
あった期間が1度もない。
せめていま500万あれば。だれか援助してくれないかな。
ま、たぶんどう頑張ったって変わらない(と言われるだろう。)
だってあなたは人間じゃないんですから。(と思われるだろう。)
人間じゃないことを、アドバンテージに生きるしかないじゃない。
ちなみにやりたいことはたくさんあるし、なりたいものもたくさんある。
俺はもうやりたいことしかやらない。
金があったらね。
金の呪縛に縛られてるだけ。
ただそんだけ。
大学で受けた授業で一番感動したのは、ホリエモンだよ、本当に。
この匿名ダイアリーが反響をよんだら、誰か連絡してくれないかな。
それで何かが変わらないかな。
結局人まかせだな、俺は。
だれかの何かに残れば、それでいいと思う。
そんなことでもいいと思ってしまう。
僕は人間じゃないんです。
本当にごめんなさい。
そっくりにできてるもんで
バッタもんのわりにですが
何度も諦めたつもりでも
人間でありたいのです
追記
はてブって返信できないのね。
これこそdisコミュニケーションな気がするのだが。
ご指摘いろいろあるので誤解ないように書くと、
思考の中心にそれはない。
友人が欲しいとかそういう悩みはプライオリティ的には低い。
そもそもいわゆるマスコミ業界に就職している時点でうわっつらのコミュ力はある。
今悩んでいるのはずばり、金だ。
やりたいことをやらず、いままでと同じような人生を歩むのであれば、
一体何の価値があるのか。
金というのは信用の対価なわけで、
信用は人間に付随する。
人間でない(とされている)僕は、金がない。
姓名判断でも一生金に縁がないとされている。
福沢諭吉の大学出たのにね、まあそのせいで金がないとも言える。
そしてやりたいことについてだけど、
コメントにもあった通り、
「やりたいこと」が本当にやりたいこととは限らない。
実のところやりたいことが絞りきれてない時点で、その通りだと思う。
今まで金を言い訳に、やりたいことをやる前に考え、何もしてこなかった。
実に無駄に過ごした時間だった。
それでいて、やりきっていないと一生やりたいことに対する執着は消えないのだと思う。
だから、僕は全部やるしかないと思った。
金をある程度得たあとにやりたいことは、それこそやりたいことではない。
やりたいことを全部やってみて、違うと言い切れるまでは、この呪縛、堂々巡りから逃れられない。
それを金のせいで諦めるのは、非常に辛い。死んだほうがましだ。
けれど、サラリーマンをしていたところで、手取り17万の現状、
日々金と引き換えに若き人生の時間を消費している。
この悶々とした日々が、あまりにも苦しく、つらい。
ふつうのひとはある程度割り切るのかもしれないが、
それができない僕はやはりふつうではないのかもしれない。
600万の起業資金を彼女の親に出してもらうような麻雀がプロ並みの東大生ではない。
どうすればいいのか、それをこの5年ずっと悩み続けていた。
けれど、答えは出ないまま、卒業した。
だから今僕は刑務所にいるような気分で、これを塀の中から書いている。
今すぐ脱走したい。
脱走する気力がなくなれば、結末はいわずもがな。
僕は人間じゃないんです。これは特別な人間という意味ではない。
だから、諦めて並み以下の生活を送りましょうって言われましても、
僕はそれを望んでいません。
参考URL
なんで大物扱いされてるの?
べつに批判したいわけじゃなくて、単純に謎。特に時事ネタなんて、サラリーマンの飲み会で言っても痛々しいレベルだと思う。
人によって好みもあるだろうけど、太田光を面白いと言っている人を見たこともない。
ちなみにおれは、好みでいうと、35歳ぐらいまでの松本人志が好きでした。それ以後まっちゃんは全く面白くなくなったけど、それまでの人気から地位を維持しているのは理解できる。
以下、追記。(2016/1/25 18:30時点)
ここで「いや面白いよ」と言っても個人の感覚の違いと言って終わりになるのでいいとして、売れた今でも若手に混じって新ネタの漫才やってちゃんと会場の笑いとってるのは本当に凄いと思う。
俺も面白くない派。一方で彼は努力家だとは思っている。元日のネタ番組で大晦日の紅白をいじる漫才が披露できるスキルは尋常ではない。
⇒たしかにね。
「太田光を面白いと言っている人を見たこともない」 ここに面白いと言ってる人が現れたとして(もう何人も現れてるけど)この人の考えは変わるんだろうか
⇒変わるかも。「面白いと言っている人を見たこともない」が「ほとんど見たことない」や「見たことはある」に変わるだけだけど。
面白いと思う。でも、それ以上にしつこい時とウザい時が多すぎるとも思う。三振かホームランみたいな印象だから、ついつい期待しちゃう。(そして外れる)
⇒確かに、しつこい時とウザい時が多すぎるね。おれがダウンタウン好きだったのは、そういうマイナスがほとんどなくて、安定してたっていう点もあるかも。松本の「一人ごっつ」に、しつこくてウザい時間帯はほぼなかったと思うし。(こういう発言は、昔の2ちゃんとかだと、ナイナイファンや爆笑問題ファンから「信者」として叩かれたもんですw)
別に爆笑問題を特別好きでも何でもないけど、自分が認めてないものが世間から評価されてる時にこんな風な思考になることにそろそろ名前がついて良いと思う。大物扱いとお前の好みは1ミリも関係ない。
⇒自分に理解できないものが流行ってたら「なんで?」って思うのは当たり前のことなので、べつに名前つけなくても良い気が。
既視感ある。太田ってテンプレ的にこういう意見沸くよね。面白いか?と必ずいうけど、実際はそこよりも政治的・文化的発言に相容れなくて反感持ってるんだろうなと感じる。
⇒俺は反感はべつにもってないけど、もってる人たしかにいるよね。
そう思った時期もあったけど、ラジオを聴いてガラッと印象が変わった。投稿を読み上げる太田光は、役者そのもの。自分に限って言えば、腹を抱えて笑うこともある。
太田さんというか爆笑問題が大好き。太田さんが時事や文学について語るのには「意見が違うなぁ」と思うけど、齢50を越えた二人が中学生みたいな喧嘩をするのがおかしくてたまらない。ラジオ聞けラジオ。
ラジオ聞けばわかるけど、あの人は他の誰かの筋書きを論評なり演出なりするのがうまいんであって、あの人自身がどう、ってのはあまりないんだよな/なんでみんなもっとウーチャカの狂気に気づくべき
⇒ラジオきけっていうコメントがたくさんあった。なるほどねー。ただ、昔ネットで、「伊集院光のラジオを聞くと彼が天才であると分かる」みたいな説を振りまいている集団がいて、聞いてみたら、そんなに面白くなかったという経験はある。
コネはあるよ
面白いとか面白くないとかではなく、アンタッチャブルなものに触ってくれるんじゃないかという期待感だけでそこに居る。
(まあコネというか、談志に非公式にではあっても後継指名されているのが無下には扱われない理由の1つではあると思う。あと奥さんの能力と)
マジレスするとビートたけしとパイプがあるからでしょ?同様にビビる大木も「抱き合わせ販売」状態ってどこかで見たぞ。カラクリはあるだろうにanonymousを叩くコメの意図がわからん。マウント取りたくて仕方ないのか?
⇒そうそう、信じるかどうかは別にして、こういうのが気になったの。べつに、太田がテレビに出てるのが嫌とかいうのは全くなくて、単純に、お笑いとしてのクオリティが低い(と俺には感じられる)のにそれなりの地位に付いている理由が知りたいなぁと思っただけ。
僕も爆笑問題は好きではないけど、こういうのはなんというかダサいな単に。/ 「太田光を面白いと言っている人を見たこともない」と「爆笑問題ファンから「信者」として叩かれたもんですw」が矛盾
⇒たしかに、「見たこともない」は言いすぎたな。しかしよく考えたら、昔「ダウンダウン信者」とネット上で抗争を繰り広げていたのは「めちゃイケ派」や「笑う犬派」だった記憶が蘇ってきたので、「爆笑問題ファン」をわざわざここに挙げるほどみてない気は依然としてする。
太田の面白さも理解しかねるが、「それ以後まっちゃんは全く面白くなくなったけど、それまでの人気から地位を維持しているのは理解できる。」こっちの方が理解できない。
⇒賛成できるという意味での理解ではなく「世の中そんなこともあるだろ」っていう意味での理解です。
あの人は不思議な感じで、面白いと思った事がないんだけど「俺が見てないとこで面白い事言ってるんじゃないか」という謎の期待感というかハッタリがきいている。/テレビ・ラジオっ子には分かるまいw
⇒なんか分かる気がする。
⇒そういう上手いボケを連発してくれる期待感がないんだよなぁ。
なんか思ったよりブクマがついて微妙にホッテントリに上がってて、太田さんに申し訳なくおもっておりますが、意外に「いや、面白いから」みたいなコメントがたくさんあったので逆によかったということにしときましょう。
感想を探したけど、ニュースになっている割に多くない。あったとしても、「良かった!」「感動しました!」的な、映画館から出てきた観客がインタビューされているCMみたいなのばかりが目立つ。
とにかく又吉直樹という人は、善良で優しい人間なのだと思う。小説の登場人物は皆、基本的にモラリストだ。好感が持てるし、きっと広く読者に受け入れられるだろう。
文章力もある。稀に装飾過多の悪文が挟み込まれるものの、全体的には読みやすく、表現も豊かだ。おそらく読書家で勉強家なのだろう。
多くのタレント本がそうであるように、本作も半自伝的物語が綴られている。個人的に、純文学は自分自身について書くべきだと思っているので、題材として正しいと思う。
全体のストーリーは、主人公徳永と才気走った先輩芸人神谷さんを中心に描かれる、芸人残酷物語だ。おもしろうてやがてかなしき何とやら、と言った感じの、切なく泣ける中編に仕上がっている。
神谷さんが相手にしているのは世間ではない。いつか世間を振り向かせるかもしれない何かだ。その世界は孤独かもしれないけど、その寂寥は自分を鼓舞もしてくれるだろう。
(「その」の連続が多少気になるが、)グッと来た。
僕達は勘違いをするには、あまりにも歳を取り過ぎていた。勘違いしたふりをして顰蹙を買うことさえも仕事だと思える程に歳を取り過ぎていた。
このくだりも良い。近年よく見る、遅咲きのプチ一発屋芸人の悲哀が伝わってくる。
葛藤、焦燥、栄光、そして挫折を描く普遍的な青春物語として、出色の出来かもしれない。
著者の「笑い」に対する熱い思いも、信仰告白のように誠実に語られている。芸人の話だから、当然漫才のような掛け合いシーンが多い。本職だけあって、どの場面も面白く読め、さすがだと思った。
ただ、コンビを解散する主人公の最後の漫才が、感動を押したいあまり、ネタとしてはイマイチというか、そもそもアイデアとして凡庸で(おそらく「帰ってきたドラえもん」のラストが元ネタ)、ちょっと拍子抜けした。
最初に書いた通り、登場人物が皆善良なのが、読んでいて少し物足りない。もっとドロドロした内面や、反吐が出るような不快な気分にさせる場面も見たかった。例えば、破天荒系の芸人の神谷さんがラスト、逸脱した行為に及ぶ場面があるのだけど、すぐに主人公の圧倒的な正論によってたしなめられる。それは、ツッコミが正しいツッコミをしているだけとも言えるが、正論が免責事項のように細かく冷静にセリフで説明され、何となく冷めてしまう。「政治的正しさ」にそこまで配慮するのは、著者が(つまり主人公が)テレビで仕事をしているからで、キャラクターとしては正解なのだけど、やはり萎える。
お笑い芸人は常識人ゆえに、常識をズラしてネタが作れるわけで、だからこそ自分に正直な小説を書くと、良心的で分別のある物語になるのかもしれない。それは作風であって間違いではないし、太田光や劇団ひとりの小説も似た印象を感じた。
SSクラス 江藤淳、柄谷行人、廣松歩、栗本慎一郎、谷沢永一、村上泰亮、中村元
Sクラス 小室直樹、浅田彰、福田和也、渡部昇一、呉英智、蓮實重彦、永井陽之助、中村雄二郎、すが秀実、佐伯啓思、高澤秀次、筒井康隆、小谷野敦、菅野覚明、養老孟司 見田宗介、佐藤誠三郎、大森荘蔵、西部邁
Aクラス 丸山眞男、吉本隆明、長谷川三千子、丸山圭三郎、橋本治、村上陽一郎、佐藤優、松岡正剛、伊藤貫、猪木武徳、坂部恵、坂本多加雄、大澤真幸、中川八洋、永井均、野矢茂樹、小浜逸郎、飯田隆、河合隼雄、片岡鉄哉、鎌田東二、梅棹忠夫、竹内洋、山本夏彦、山口昌哉、入江隆則、
Bクラス 猪瀬直樹、坪内祐三、中沢新一、御厨貴、橋爪大三郎、鷲田清一、北岡伸一、池田清彦、中西輝政、立花隆、山本七平、宮台真司、桶谷秀昭、宮崎哲弥、司馬遼太郎、古田博司、市川浩、東谷暁、苅谷剛彦、秋山駿、関岡英之、加藤尚武、浅羽通明、松原隆一郎、東浩紀
Cクラス 中島岳志、鎌田哲哉、兵頭二十八、内田樹、森本敏、村上龍、西尾幹二、仲正昌樹、大江健三郎、齋藤孝、森岡正博、富岡幸一郎、小泉義之、井沢元彦、桝添要一、中西寛、中島義道、鄭大均、山内昌之、村田晃嗣、山形浩生、林道義、松本健一
Dクラス 斎藤環、福岡伸一、副島隆彦、榊原英資、梅原猛、寺島実郎、佐藤健志、大塚英志、五木寛之、笠井潔、潮匡人、高橋源一郎、岸田秀、山田昌弘、竹中平蔵、池田信夫、萱野稔人、大川隆寛、大森望、櫻田淳、上田紀行、手嶋龍一、和田秀樹、藤原正彦、中野剛志
Eクラス 佐々木中、村上春樹、三橋貴明、田原総一郎、木村太郎、池上彰、竹田恒泰、切通理作、島田雅彦、酒井信、夏野剛、苫米地英人、上野千鶴子、姜尚中、鷲田小爾太、竹田青嗣、小阪修平、佐藤亜紀、
Fクラス 糸井重里、加藤典洋、中上健次、勢古浩爾、北田暁大、藤原和博、小熊英二、佐々木俊尚、西條剛央、玄田有史、城繁幸、茂木健一郎、岩田温、千葉雅也、岡田斗司夫
Gクラス 小林よしのり、宇野常寛、勝谷誠彦、荻上チキ、鈴木謙介、勝間和代、伊坂幸太郎、濱野智史、赤木智弘、坂本龍一、いとうせいこう、上杉隆、酒井順子
Hクラス みのもんた、久米宏、古舘伊知郎、ハマコー、太田光、水道橋博士、テリー伊藤、リリー・フランキー、コシミズ、香山リカ、森永卓郎、ホリエモン、津田大介、ひろゆき、中村うさぎ、雨宮処凛、桜井誠
http://anond.hatelabo.jp/20140506144603
これだけのものを「ちゃんと」読めば、そりゃあなんとかなるでしょう。
しかし、何万円になるんだ。
『アナと雪の女王』を、「これまでのディズニー映画の範囲を一切出ない、毒にも薬にもならない映画」とかdisってた伊集院光が、同じ番組内で褒めてたものだから、『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』を観てきた。
まあ、クソほども面白くなかった。
そもそも、「親父力、全開!」っていうキャッチコピーをはじめ、宣伝の段階で無理だった。
何で今、親父なの?
散々「日本の親父は実はすごい」みたいなキャンペーンしてきて、まだ背中を押して貰い足りないの?って感じで。
内容も内容。
『アナと雪の女王』と比べて何でこんな下品で、男の子にしかウケないギャグばかりなんだろうと情けなくなった。
伊集院は「日本でしかウケない」っていってたけど、それは日本の男性にしかウケないってことのはず。
それがどれだけ情けないというか後進的というか……「日本の男ってこういうの好きそう」って言うフレーズを冷静に見つめてみたらわかる。
悪口じゃん。
小説とか漫画とか書いて「あー日本の男の子ってこういうの好きそうだよね」って言われたら泣くって。
あと、何か気持ち悪かったかって、まあ、一緒に見に行った父や兄がやっぱり泣いてたこと。
というか、根本的に差がある。
『アナと雪の女王』のあのきれいな雪景色と、尻突き出して倒れたロボとーちゃんにポンプ挿して油補給してる様子。
こうやって並べるともう、何で同じ時期に上映したのかってレベルにさえ見える。
海外の子供は『アナと雪の女王』を見て、日本の子供は『ロボとーちゃん』を見て育つ。
そりゃこれだけ残念な国になるよ。
程度が低い。
太田光の言うとおり「日本がすっかりおかしくなっちゃった」現状があるとしたら、それはみんなで歌う上映会の出現ではもちろんなくて、『アナと雪の女王』が公開されてる横で、一週間とはいえ『ロボとーちゃん』なんかがランキング一位をとってしまう状態が今になっても続いていることだと思う。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.lovepiececlub.com/news/2014/05/01/entry_005132.html
この発言があったラジオ番組、今週放送の「爆笑問題カーボーイ」と「伊集院光の深夜の馬鹿力」はどちらもpodcastを配信しているし、ネット上にいくらでもアップされている。その元の音源も聞かずに、お手軽に炎上させることを目的としたネットニュースを読んでこれだけ批判的な記事を書く事は短絡的だ。もともと持っていた自分の主義主張を周りに撒き散らすためのネタぐらいにしか思っていないのだろう。この記事を読むだけだと、太田光と伊集院光の発言について誤解する部分があると思うので、ラジオを聞いていない人にもわかるように解説したい。
まず、太田光の発言についてだが、太田光はそもそも映画を観ていないし、映画の中身については一言も発言していない。「今すごいヒットしているから」と話題にあがっただけだ。その上で「映画館で皆が一緒になって歌を歌うらしい」という話を聞いてキモイと発言しただけである。「アメリカではそういう文化は昔からあるが、日本には根付かなかった。時代は変わってしまったのか?」とも発言している。「ブサイクが~」のくだりは深夜ラジオではよくあるリア充批判というか、浮かれた世間批判であって女性批判ではない。もしこの映画館で歌う客が、男女半々くらいで、それなのに上の発言をしたならばそれは偏見に満ちた女性批判だと言えるが、実際は圧倒的に女性の方が多いので女性批判とは言えない。性別に関係なく間違ったリア充的な態度を批判しているのである。男が同じことをしていても同じように批判するのが太田光だ。太田光は昔から村上春樹や宮崎駿に対しても「なぜあんなに売れるのかわからない小太りのブサイク」と発言していて、特に女性だから批判しているわけではない。
もちろん、これらの悪口は下品だしラジオの与太話だからって許される話ではないと思う。だがその批判は、フェミニズムや女性差別とは基本的に無関係である。
次に、伊集院光の発言だ。伊集院がこの映画を見たきっかけは、「松たか子の歌と、声優の沙也加の素晴らしさにしか言及しないメディア」と、「1時間のドラマを観てそのストーリーについて2時間も語ってくる」という伊集院の奥さんが、「まったくストーリーについて話さずに歌を口ずさんでいる」ことに興味が沸いたからだ。その上で映画を観て、ストーリーに関しては「悪いところは一切ないが、良いところも一切ない、毒にも薬にもならない映画」と発言している。その後の発言も含めて意訳すると、伊集院は「ディズニーの文法に全てのっとった、そこから一歩もはみ出すことのない映画」と言っているのだ。
この批評が的を射ているかどうかはわからないが、少なくともミソジニーなフェミニズム批判ではなかろう。
つまり、両名とも「女は馬鹿だ」などとは一言も言っていないのである。この批判記事を書いた人は、自分の好きな映画を否定されたことに単純に怒っているだけだ。それなのに自分の単純な怒りを正当化するための武器としてお手軽にフェミニズムを持ち出してきて、まるで自分が全女性の代表であるかのように語るのはいかがなものか。あなたはフェミニストではなく、男性差別主義者だよ。