はてなキーワード: しまとは
同じく癖毛の女。これ髪は括ってしまおうってコメがあるけど括っても、捻転毛っていううねりよりツヤのなさが目立つタイプの髪だから縮毛矯正必須なんよね。癖があると乱反射で洗ってないように見えるんだ。だから縮毛矯正してやっと普通の人の見た目。
元増田の言いたいことは美容の領域と清潔感の領域がグラデーションになっていること、元が良い人は少しの手間で済むけど、素材によっては手間やお金かけてやっと元の髪質肌質に恵まれた人と同じラインに立てるということ。
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バブルの絶頂期の「やっちゃえ」感で作られた本作だが、その割に、極めて重厚なリアリティ路線を貫いた本作は、落合信彦を愛読し国際政治の何たるかを分かっていた(つもりになっていた)多くの日本人が安全保障、国際政治の現実に目を覚ました(つもりになった)きっかけになったことは間違いない。
男性は長時間残業で健康に気を使う暇がなく寿命が短くなる。対して女性は男性より長時間働かなくてすむから自分の健康に気を使いやすい。
既婚男性は女性に割り振った社会的な健康・医療資源を結婚相手の女性から間接的に受けとることで寿命が長くなる。結婚した女性の寿命が僅かに短くなるのはこのため。
そして独身男性の寿命の中央値が短いのはどのルートからも健康資源を受け取れないせいで短寿命になる。本来であれば独身男性も長時間残業をしないようにさせて健康資源を受け取れるようにしないといけない。
これは別に女性と結婚しろという話ではない。社会を回すために女性にももっと負担してもらう(例えば女性にも残業をもっとしてもらう)か社会全体を効率化させて労働時間を少なくしなきゃならない。
日本では男性を酷使することで健康寿命を無理矢理伸ばしてる。女性に長時間労働してもらって男性の負担を減らす方法を考えないといけない。
「クルド系だから問題視しているわけではない。PKKは分離独立を目指してテロ活動を行っており、
1997年10月8日、米国国務省は、米国改正移民国籍法第219条に基づき、PKKを外国テロ組織に指定した。
その後2001年10月31日、国務省は、改正大統領令第13224号に基づき、PKKを特別指定国際テロリストとして指定した。
tinyurl.com/5ecwdwca
w.wiki/5PDU
亡命トルコ、未成年の子供を持つ家族、男性の姉妹のPKK / YPGの疑い、偽造逮捕状の提出、証明書。
人口は約1300万人を生きています。 最大1500万。トルコのクルド人。
彼らの祖先だけのために。
連邦外務省の現在の状況報告によると、彼らはいかなる国家弾圧の対象にもなりません。
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トルコでの非人道的または品位を傷つける扱いまたは処罰にもつながりません。
https://www.gesetze-bayern.de/Content/Document/Y-300-Z-BECKRS-B-2021-N-35315?hl=true
ドイツの判決「トルコのクルド人迫害を認定しない」【日本語訳】(12,000文字over) - 美桜
2021年、ドイツのミュンヘン行政裁判所は、「トルコ政府によるクルド人迫害は認められない」とする判決を下しました。
出典:
ドイツのメディア |ドイツの裁判所は、デモにおけるPKK指導者オジャランの写真の使用を禁止する判決を下した。
ドイツのクルド人団体「KON-MED」の元会長に対するテロ訴訟がミュンヘン高等地方裁判所で始まった。
日本で何をやってるの?
↓
「オジャランに自由を」
犯罪大家族(クラン)抗争の中心の一つ、独エッセンの裁判所で判決朗読の直後に被告人たちが暴れ、恐らく敵対するクランに属する傍聴人と殴り合い、防弾チョッキ着用の警官20人がようやく抑える。
2007年にドイツの/訴訟で、ク●ド●新●社はドイツで禁止されているテロ組織PKKの子会社であると認定された。/いわゆる援助団体は、救済活動と称した活動、脅迫、脅迫を通じてドイツで資金を集めている。/その後、テロ組織PKK/KCKの資金を集めたとして有罪判決を受けた。
x.com/mildliner2/status/1745444853943767395
www.aa.com.tr/en/middle-east/pkk-front-groups-send-funds-to-terror-organization/1674411?s=09
クルド人密入国者が不法移民に英国の亡命制度を騙す方法を教えた衝撃的な瞬間:
「絶対に」帰国させられないようにアドバイスしていたことが調査で明らかになった。
www.dailymail.co.uk/news/article-12578125/Kurdish-smugglers-cheat-Britain-asylum-system.html
「難民ようこそ政策」で治安が急激に悪化…警官殺害のアフガン移民を毅然と批判できないドイツ政府の大迷走
25秒の間に6人が重軽傷を負う大事件が発生
埼玉では病院周辺にクルド人100人の異常事態。難民受け入れで「ナイフ犯罪」激増のドイツは近未来の日本か?
toyokeizai.net/articles/-/758850
もはやテロ…「総勢50人の大家族が集まり病院で警察官と乱闘」世界2位の移民大国ドイツで起きていること
しかし、それが裏目に出て、現在ドイツの犯罪の統計を見ると、その頂点にいるのがクルド・マフィアとレバノン・マフィアだ。
彼らの犯罪は多岐にわたり、すでに様々な利権を獲得、暗躍できる法律のグレーゾーンも拡大している。
ドイツを悩ます「大家族犯罪」 法より「一家のおきて」重視で凶行や迷惑行為に関与
「2022年、ノルトライン=ヴェストファーレン州で大家族による犯罪が20.3%増えた」
「大家族犯罪」解決へ 偏見を助長せず歯止めかけられるか スタート地点に立つドイツ
ドイツ全土の組織犯罪のうち10分の1がO●e●r●t氏族の関係者によるものだということがドイツメディアで報道されています。
クルドの狐
Rawa Majid
kurdish fox
Foxtrot (criminal network) - Wikipedia
w.wiki/B8DV
処刑、爆弾テロ、子供の暗殺者 - スウェーデンはいかにして麻薬王が支配するギャングの地獄となったのか クルドの狐&ザ・グリーク
ほんの20年前、スウェーデンはヨーロッパで一人当たりの銃乱射による死者数が最も少ない国のひとつだった。
www.thesun.co.uk/news/24114449/executions-bombs-child-soldiers-sweden-gangland-hell/
スウェーデン政府が増加する移民犯罪に対処する為に、移民政策を変更して移民削減政策を進めています。
スウェーデン国内で麻薬取引・暴力犯罪を増加させているクルドギャングへの対策が移民規制強化する大きな動機の一つ
スウェーデン国内での暴力犯罪増加は、麻薬取引の覇権を巡って2つのギャングが争っている事が関係し、
ギャングの一つは「クルドの狐 」として知られるラワ・マジッドに率いられ、マジッドはトルコから犯罪組織を動かしているとされています。
https://www.youtube.com/watch?v=fISGXTBfJRY
スウェーデンでは特に外国人ギャングを中心に殺人、爆破事件、暴力などが増え続けもはや警察だけでは対応しきれない状態になってしまっている。
政府としても初めて問題の大きさを認め軍隊を入れて対応する事の検討に入っている。
スウェーデンで犯罪が多発し、若者がライフルを持って街を徘徊する
スウェーデン第3の都市マルメのローゼンゴール地区にある聖マリア・カトリック教会の前で、25歳の男がAK47で射殺された。
www.thelocal.se/20171230/one-arrested-after-police-car-explosion-in-malm
スウェーデンの移民の街マルメ、警察署はマシンガンを持った警察官で警備
www.thelocal.se/20180204/officers-with-machine-guns-posted-at-malm-police-stations
「並行社会」を生み出した
川口のクルド人問題「治安上、大いに懸念」 トルコ大使インタビュー
トルコ国内のクルド人は「選挙権もあり、人権は保障されている」と説明し、日本で難民認定申請を繰り返すクルド人の「難民性」を暗に否定した。
日本に滞在するクルド人が自国での差別や迫害などを理由に難民申請していることに関し、「トルコにおいてクルド系が切り離された存在であるかのような印象で物事を語るのは間違いだ。クルド系はトルコであらゆる政治活動の自由を保障されている」と反論した。
ここ数ヶ月ほとんど寝たきりでアマゾンで買ったベースブレッドと缶詰とかだけで過ごしてたんだけど、まずカードが止まって、カードで契約してた電気ガス携帯への支払いが止まって、とりあえず止まったら即死ぬ電気を払って一文無しになり携帯が強制解約。ほとんどのサービスはこの携帯で二段階認証してたものだからほとんどどこのサービスにもアクセスできなくなった。
特にGoogleのアカウントは全滅で、各アカウントの緊急の連絡先もGmailでそのGmailのアカウントも携帯で二段階認証してたので、全部紐づいて全部アクセスできなくなった。
ついでに何故かChromeからもログアウトしていたんだけど、このアカウントも同じ状態でパスワードマネージャーにアクセスできないので二段階認証がないサイトにもログインできない。
はてなだけは大昔に取ったHotmailでアカウント作ってたし、パスワードも誕生日そのままなのでログインできたけど、それ以外のどこにもいけない。
仕事関係のデータやドライブ、メールはGmailで統一してたのでそれらにもアクセスできないから仕事を再開することもできない。詰み、詰みです。終わりです。俺の人生ここで終わりです。や っ た ぜ 。
まぁもう来週には食料もなくなるし、固定回線も止まるのでそのまま餓死して終わり、おしまい。みなさまお世話になりました。また来世でおあいしましょう。アデュー。死にたくねえええええ絵。
女かどうかは関係ない
ですよね。主語の範囲が合ってなかったです。これについては実際そうだと思うのですみません。
Grok2で面白おかしくトランプクソコラ画像を作っていた私は岸田メル先生の生成AIに対する気持ちを知り反省し、今後岸田メル先生の作品を楽しむ権利はないと判断し、サイン色紙を含む同人誌や画集、グッズを駿河屋に下取りに出しました。
結果、サイン色紙が500円、他は値がつきませんでした。送料が差し引かれて買取査定額は-300円、返送の場合は着払いで1500円くらいかかるそうで無料処分を依頼しましたが、多分色紙は3000円くらい、同人誌は100円くらいで店頭で売られるんじゃないでしょうか?あ、今年のマクドの月見バーガーはなんかがたまごがカスカスでイマイチですね。バーガーキングがオススメです。やはりAI広告を採用するマクドなんかは駄目ですよね。
今後は岸田メル先生の画集や同人誌には一切購入せず、SNSはミュートにし、複数のイラストレーターさんが参加する企画やゲームであっても岸田メル先生が看板イラストレーターを担当される作品は可能な限り回避し、岸田メル先生の作品を消費しないよう細心の注意を払ってまいりますので、それに代えて何卒ご容赦頂ければ幸いです。
末筆ながら岸田メルの益々のご発展とご活躍をお祈り申し上げます。
ChatGPTで作成
https://anond.hatelabo.jp/20240906234755から続く
この出来事は、1983年から1984年にかけての現代編に関連している。。おしん83歳の頃、たのくらスーパーの拡大事業は、大手スーパーの進出によって経営難に陥り、倒産寸前まで追い込まれていた。過去におしんが初恋した相手、並木浩太の息子が経営する並木商店が、大手スーパーの土地買収における重要な場所にあり、その売却次第でたのくらは助かる状況であった。私は以前、おしんが浩太を説得し、並木がその情に応じて救済が成功したと思い込んでいたが、実際にはそうではなかった。
なぜそのように思い込んでいたのか。もしかすると、失踪から戻ったおしんに、並木を説得してくれと仁が土下座して頼み込んだシーンがあったからかもしれない。
「おしん」は全297話もあるドラマだが、その第1話は、たのくらスーパーの新店舗開店祝いにおしんが出席せず、家出する場面から始まる。おしんの失踪理由が明らかになるのは、終盤の第290話。ドラマの伏線回収が時代を経て行われることが多く、おしんの家出の理由も最終週で回収される最大級の伏線のひとつであった。この巧みな構成は、橋田壽賀子や演出家のすごさを感じさせるもので、まさに名作と呼ぶにふさわしいものである。
特に佐賀編では、あまりの過酷さに倍速で視聴したこともあったが、終盤に近づくにつれ、ポーズしてでもじっくりと次の展開を予想しながら見入っていた。
第1話から第3話にかけては、おしんが並木商店の大旦那に恩義を感じていたため、新規スーパーの出店に反対していたことが示唆されていた。そのため、多くの視聴者はおしんが息子の恩知らずな商売拡大に恥じて家出したと理解していたはずである。ぢかし終盤になってその真の理由が明かされるという展開が待っていたのは正直、超絶長い伏線回収である。
実際には、おしんは失踪直前に浩太を訪れ、仁の事業拡大による不義理を詫びていた。その際、聞かされたのが大手スーパーの進出についての話である。並木商店の大手への売却は、並木商店の生き残り策であり、たのくらへの防衛策でもあった。おしんはすべてを理解したうえで、浩太に対して大手スーパーへの土地売却を進めるように頼んでいたのである。
その後、おしんが戻ってきた際も、並木はまだ売却を逡巡していた。仁はおしんに土下座して、まだ間に合う、並木を説得してくれと頼んだが、おしんは改めて浩太に売却を進めるよう頼むのである。おしん厳しすぎるだろ。
おしんは大手の進出によってたのくらの事業が立ち行かなくなることはわかっていたが、ひととしての恩義を忘れ、家族を顧みず金儲けに走ってきた田倉家の再生のために、そして恩人の浩太の一家のためにも並木の土地の大手売却への契約を進めてくれと願い出る。相変わらずおしんさんは厳しいお人だと微笑む浩太は、ついに売却を決意する。
仁は、母のおしんが交渉に失敗したと思い込み、失望して母を責める。妻の道子も、夫に失望し、ついには離婚を宣言する始末。家族の崩壊が進む中で、おしんはその様子を静かに見守ってゆく。
おしんは仁に、離婚を再考するよう促し、仁はようやく家族の大切さを思い出す。この姿は、かつて佐賀で竜三を立ち直らせるために試みたおしんの姿と重なる。仁と竜三は、いずれも実家の甘えを捨てきれずにいた共通点があった。おしんは仁の田倉商店を倒産させてでもその甘さを排除しようとしていたのである。
事業整理のため自宅売却を進め、引っ越しの準備のさなか、家族は徐々に絆を取り戻してゆく姿は橋田壽賀子の夢の世界なのかもしれない(正直、ここはちょっとうーんと思うところはあるが)。しかしこれが橋田ドラマ流の大団円なのだろう。
前述したように、田倉商店は浩太によって救済される。というより人の縁によって救われる。それはまさにおしんが商売において大切にしてきた価値観なのである。しかしそれは、全297話、一年近く放送してきたおしんのドラマの終盤最終話、終了わずか10分前の出来事である。すごい。
橋田壽賀子がこの物語を書き始めた理由は、バブル経済前夜にあった80年代の人々が、お金儲けに走り、大切なものを見失っているのではないか、という思いからであった。物語のラストにはそのメッセージが強く反映されている。
竜三と息子の仁は、おしんから見て「甘い」性格であり、竜三は何かと佐賀の実家に頼るところがあった。しかし、竜三が「俺についてこい、命を懸けて大きな仕事をするんだ」と前に進もうとする時の屈託のない笑顔を、おしんはたまらなく愛していたのだろう。
竜三が敗戦時に自決した際、おしんはその死を「立派だ」と称した。今回全篇通してみる前は、残された家族を顧みない自殺は自分勝手で情けないものだと思っていたものの、物語全体を通じて竜三の死に対するおしんの思いが腑に落ちる瞬間があった。
私は後悔しているんじゃないよ。私は私なりに信じて戦争にも協力してきた。軍のおかげで初めて仕事らしい仕事もさせてもらった。男として存分のことしてきたんだ。むしろ精一杯生きられたことをありがたいと感謝しているよ。ただ、ひとは私の生き方を間違っていたというだろう。私は軍と手を結んで仕事をしてきた。隣組の組長として戦争への協力も押し付けてきた。私の勧めで志願兵として少年航空隊に入った少年もいる。その中にはもう帰ってこない少年もいた。国債だって随分買わせてしまった。それも今となっては反故だ。私が無視する事だってできたんだ。だが私はそれをしなかった。もちろん私には私の信念があってやった事だ。それを悔いる気持ちは全くない。しかし戦争に協力して罪もない人たちを不幸に陥れてしまった責任は消えやしないんだ!
これが自殺直前の竜三のつぶやきである。竜三の言葉のなかに隣組という言葉が出てくる。
明治から終戦にかけての日本は、天皇を頂点とした「家制度」を仮構し、その枠組みの中で国民国家が成り立っていた。この「家」の概念は、戦時中には配給制や隣組といった組織を通じて等しく苦労するフィクションを生み出し、社会の不平等を覆い隠していた。田倉家もその影響を受け、軍部からの委託で工場を経営していたが、周囲からは「軍と結びついて甘い汁を吸っている」と陰口を叩かれていた。仁がある日突然、少年航空隊に志願した背景には、そうした噂への嫌悪感があったのかもしれない。
その後、仁は終戦の日も戻っては来なかった。田倉家では仁は戦死したものと想像していたのである。
日本が「ひとつの家」として観念された時代において、家族を守ることと国を守ることは同義であった。竜三にとって、隣組の子供たちの死や戦争の責任を負うことは、家制度の枠組みの中で重要な役割であっただろう。彼が自決した理由も、家制度に基づく責任感から来ていたのである。おしんが竜三の死を「立派だ」と称したのは、竜三が自らの信念に従い、天皇を頂点とした「家」への責任を全うしたと理解したからかもしれない。
語弊を承知でいえば、竜三の自決は、個人としての責任を取る行為であり、家制度における「切腹」にも通じる感覚だったと言える。
おしんが育った山形の貧困農家では、口減らしが普通だったし、姉のはるが死んでも母が死んでもまともに葬式もできない窮状だった。女性を犠牲にして平気な顔してきた作造も長男の庄司があまりにもひどかったことを思い出すと、隣組の責任を感じて自殺するなんて、むしろ立派なことに思えてくる。
しかし、どうだろうか。
竜三のこれまでの数々の挫折経験のように、ふるさとの太い実家に戻るというような、逃げ道はなかったのだろうか。しかし思えば伊勢にきて魚屋になった頃からの20年間、竜三は佐賀の実家へ依存する思いがほとんど消え去っていたように思う。竜三の佐賀依存が消えていったことはおしんにとってはうれしいことでもあった。
禎の疎開のときですら、佐賀疎開という選択肢は排除された。疎開先で虐待され逃げ帰ってきた禎をみたときには、さすがに佐賀という選択肢はあってもよかったと思うが。竜三はそれもしかなった。
太い実家をあてにしない、それはおしんが望んでいた竜三の自立の証でもあったはず。
しかし、竜三が太い実家という表象の代替として知らず知らずのうちに依存していたのは、天皇を頂点とする日本国という「巨大な家」だったのである。
おしん自身は、国家という家のフィクションを完全には信じてはいなかったが、なんとなく空気には流されていた。しかし竜三は深く信じていた。信じていた以上、潔くその家の責任を取ったということだ、おしんはそう理解したのだろう。そうであれば、軽々しく天皇制などというフィクションを捨て戦前の考え方などなかったかのように、これからは自由な社会だ、などとふるまうことはズルいことだと思ったかもしれない。しかし、国が家族であるという考え方を捨てさえできれば、なんだったら太い実家に戻ってもいいのだ。しかし竜三はそれを逃げ場にはしなかった。だから立派だといったのではないだろうか。
敗戦直後の225話では、父と兄を失った仁の感慨として、潔く死を選ぶか女々しく図太くたくましく生き残るかの二者択一として人生観が総括されてゆく。その後の長い戦後の物語では、昭和58年、物語の終盤に至るまで、たびたび竜三と雄の仏壇に手を合わせるシーンが出てくる。これも地味だけど見逃せない。おしんが田倉竜三への思いを忘れずにいるという、竜三への愛と敬意がここに見て取れる。かつて伊勢の海岸で、逃げようとする竜三をタックルをしてでも捕まえたおしんの心情がオーバーラップしてくる。
ちなみに、この竜三の自決は、80年代90年代、翻訳、放送された海外ではどう受け止められたのだろうか。それはとても気になっている。
おしんのドラマは橋田寿賀子の反戦思想が色濃く反映しているといえるが、そのなかに侵略や植民地支配の反省という視点は希薄である。それは竜三の自決動機のなかでも軍部に寄り添い、同胞を死に追いやった責任は感じても、侵略に手を貸した自画像はみえてこない。しかし、植民地支配への反省についてはそれ自体は動機にはなっていないものの、それにつながりうるイエ観念を読み取れるように感じた。隣組を他人ごととしてとらえていたのであれば、竜三の自決はなかったはずである。そうであれば拡大されたイエ観念により実効支配された地域に考えが及んでもおかしくはない。実際にはそこまで思いは至らずに死んでしまうのだが。
同じ昭和時代の作品である五木寛之の「青春の門」では、筑豊炭田で差別的な扱いを受ける朝鮮人労働者が大きなテーマとして描かれている。石炭鉱業会社の経営者が、朝鮮人労働者たちから待遇改善を求められた際、「他の山は知らんが、生きるも死ぬも一緒に炭を掘ってきた家族同然だ。私が親でお前たちは子供だ」と言い返すシーンがある。
この台詞は、日本を親、植民地を子と見立てる当時の日本人の感覚を象徴している。家族になることで遠慮がなくなり、苦労を強いても平気になるという現象は、まさに家族観の持つ影の部分を示している。
この真理を見事に表現しているのが、初子の存在である。八紘一宇における植民地と田倉家における養子初子は入れ子構造なのである。植民地をいかにわが子供のように見立てようともいざ状況が変わればあっさりと切り捨てられてしまう。
初子の抱えていた不安というのはまさにそういうものだった。おしんの長男の雄の戦死を契機に初子を山形へ帰そうとしたおしんの行動は田倉家以外に居場所のない初子にとって残酷なものであったといえよう。
UNIQLO:C、なに買った?
ワイ、リラックスVネックセーターサイズ違い買っちゃってて、ああしまったと思ってポチり直そうとしたらもう品切れになってたから鬱だよ。
やり終わったあとに、ああこれやり過ぎちゃった、あとから亀頭がメチャクチャ痛くなるやつだ、とすぐ後悔した。
駄目だねえ、俺は。
ロードバイクを手放して以来、すごく早漏になっちゃってセックスが楽しめなくなってしまった。
その対策として亀頭を麻痺させることをしてるんだけど、オナニーでこれやっちゃあいけなかったな。
1時間30分くらいやってた。
もちろん、ずっとシコってたわけじゃあないけどね。
イケないけど。
でも、ああもうすぐイケそうなんだけな、ああイクよな?これイクやつだ、もうグリグリ力入れて前立腺刺激するのがメチャクチャ気持ちよくなってる、ああ絶対このままイク、イク、イクイッちゃうよ!!!!!
ってところまでいくだけど、逝かないんだよなあ、、、これが。
でも、だいぶん開発してこれたわ。
刺激が問題なんだよね。
あるやり方で、すごく気持ちよくなるんだけど、何が原因かわからないけど同じ刺激をやってるのに
スッと、何かが抜けるかのように全然気持ちよさがなくなったりする。
正しい刺激の与え方の範囲がすごく狭い感じがする。
でも、これ開発が進んでくると、その範囲がどんどんと拡張していく感じなんだよな。
多少の間違いにも対応してくれるっていうんかな?
亀頭の場合って、基本シコシコしてたら何でも気持ちいいじゃん?
そういうのに近くなってきてるような気はしてる。
まあ、どちらにしても前立腺を弄り始める最初のほうが慎重さがいるけどね。
そこは相変わらずセンシティブ。
一旦、エンジンが掛かって気持ちよくなり始めると多少雑な刺激にも快感を感じるんだけど、
エンジンを上手く掛けれないと、どんだけ弄ってもウンともスンとも反応してくれなくなる。
こういう感覚ってひょっとしたら女性の中の感覚とちょっと似てるのかもしれない。
キチンと前戯して感度を上げてからじゃないと女の人ってチンチン入れても全然気持ち良がってくれない所あるじゃない?
そういうのに似てるかもしれない。
それはともかくウチもそろそろ男性の人とやってみようかな?
中がこれだけ気持ちよくなってくるとオチンチン入れられたくなってきてる。
それか風俗でお尻攻めてくれるところ行ってみようかな?
うちの県にそんなところあるのかな?
とにかく一度お尻でキチンとイッてみたい。
というか本当にイケるのかな?
何となくこれがお尻でイクということなのかな?みたいな身体が熱くなる感覚とかは体験してるんだけどね。
もっと本格的にああ!!きた!!きた!!おっっきいのきた!!イクイクイク!!ああああああ!!!
みたいな感じにプロの人だとさせてくれるんかなあ?
懐疑的。
Xで高齢出産叩きをするポストを見た。それに対して「余計なお世話」って意見が大半だった。
確かに余計なお世話だろうけど、個人的な経験から自分も冷ややかな目で見てしまってる。
他所様のことだから詳細伏せるけど身近に母親40代、父親50代後半で子どもを授かった例を知ってる。
本人たちも自分たちが普通の夫婦像からは外れてる自覚があるのか、ごく一部の人間を除いて子どもいることを完全に隠してた。特別子どもがいることを話さないというより、子なしのフリしてた。
だったら子どもなんてつくるなよ。存在を消された子どもがかわいそう。
自分は高齢出産夫婦のお手伝いをしてたんだけど、知り合いに子どもを知られたらまずいからって自分が母親のふりしたこともあった。
いい歳した親なのに常識に欠けるところがあって、これが若い親だったら「パパママも最初はわからないことも多いから」って言ってもらえただろうに、なんかもう見れたらなかった。
パパなんて完全に見た目おじいちゃんだったし、ママも保育園で浮くだろうなーって思ったよ。
子どもが20代になるときに父親が80近いのはきついだろうなー。
自分は20代後半、おそらく適齢期であろう年齢で子どもを産んだ。あの夫婦のことを知ってると今のうちに産めてよかったと心から思う。
たとえば
の197ページの図2と図3を比べれば、男性も女性も未婚者死亡率より有配偶者死亡率の方が傾きが緩やかだ(大体の年齢において死亡率が低い)。これは、有配偶者の方が高齢まで死ににくい、長生きだということを表している。
図の読み取りよりも直接数字が欲しいのであれば、少し古くなるが次を見ればいい。
https://www.ipss.go.jp/publication/e/jinkomon/pdf/14472103.pdf
39ページ以降の表から、男女ともに未婚より有配偶の方が各年齢階層において余命(expectancy、e°)が長いことが分かる。
孤独が(食生活の違いなどを制御した上でなお)健康状態を悪化させるということは医学系の論文でいくつか出ているし、男女ともに配偶者がいた方が長生きということは何も驚くような内容ではない。生命表のような各年齢での死亡率をちゃんと考えるものではなく、死んだ人の年齢の中央値を見るような不適切な方法で未婚と有配偶の寿命を捉えると、女性は未婚の方が長生きなのに、と誤解してしまうから変に思うだけだ。実際は男女関係なく人間、結婚すれば孤独の解消、生活習慣の改善、モチベーションなどの理由で平均的には長生きになる。それだけのこと。なお、健康状態が悪い人は結婚できないというセレクションの効果が働いているのも事実であろうが、未婚と有配偶の死亡率の違いが大きく出てくるのは50歳以降であり、セレクションよりは寿命が伸びる効果の方が大きいと思われる。
セックスレス問題は度々話題になる。その度にレスり側が悪い、レスられ側が悪い、しょうがない、とか色々な意見が集まる。でもセックスレスというのは人の問題ではなく構造的な問題なのだ。
結論から言うと、セックスレスの大きな原因はセックスが割り込みタスクになってしまうことにある。同棲する前は”週末のデートの時にセックスする”というようにセックスは計画されたタスクだが、同棲すると基本的にセックスは今日するのかどうかが確定しない突発的に発生する割り込みタスクになる。
はてなにいる人たちはテック系とかビジネス系とかの話題をよく見てる人が多いだろうから、割り込みタスクがどれだけ大きな負荷を作業者にかけるのかは説明するまでもないだろう。
夫婦生活は毎日のことだから、夫婦は毎日この割り込みタスクによるストレスを受け続けることになる。例えセックスがない日でも、割り込みタスクの可能性があるだけでこのストレスは発生し続ける。そしてある時このストレスに耐えられなくなり、この割り込みタスクの発生可能性をゼロにしてストレスから解放される。これがセックスレスだ。
また、一旦セックスレスになるとその後どうしてもセックスがしたくなくなるのは、パートナーに対する生理的な問題ではなく、一度セックスしてしまうと(せっかく解放された)割り込みタスクの可能性のある日々がまた復活してしまうことへの不安が理由なのだ。この不安がパートナーに直接的に紐付くので、パートナーへの生理的な問題だと錯覚する。
ワイ「変わりないです。薬の処方だけいつも通りお願いします」
医者「分かりました。いつものお薬出しておきます、お大事になさってください」
この間2分
ちな精神科
薬は発達関係で飲み続けている限りはすこぶる調子が良くもう年単位で安定している
もちろん歯だの皮膚だのは実際にいないと処置できないから仕方ないだろうけどオンライン診療がもっとメジャーになればいいのにな
金銭的に依存してる内は、親の意に沿わないことを要望するのは甘えなんですよね。
親世代の厳しい書き込みからはそう読み取れるし、少なくとも私はそう思って、学生時代は極端で古風で過干渉な親の下、従順に過ごしてきた。別に納得していたわけでも、割り切れていたわけでもない。言いつけの多くは世間様と乖離していたように思うが、反発すると衣食住やインフラを盾にとって蓋をしようとするので議論ができなかっただけだ。反抗期を自分で押し殺し、不満を熟成させた結果、こんなところでしんどさを噴出させている今の私がある。
子育て中の上司らがおおらかで柔軟に考えている様子を見ると、就職し自立した今も、よその子に対して妬みを覚える。
一方、親を要領よくあしらえず、言うことを聞きすぎた私が馬鹿を見ただけとも思う(子が多少好き勝手しても、結局見離せないのが親なんだな、という周囲の例を見ているとなおさら)。
いつまでも親はいない。この先、自分を導いてくれるのは他人。誰であれ他人と協力し合って生きていかねばならない。
そうもっともらしく説いたのは、ほかでもない親なのだが、ならば一般的な交友関係に支障がない程度には周囲と足並みを揃えさせてくれよ、と思うのは過ぎた願いだったのだろうか。
親だからといって絶対的に正しくないことは承知の上で、それでも立てるべきと従ってきた。リベラルな世の中では、不満を口にしようものなら自己責任と責められる。真面目であることはここまで報われないものかとびっくりする。
わかってますよ。アラサーにもなって理屈捏ねて、他責思考で悲観するのって精神的に幼いよね。過去は忘れて自分の人生を生きなよって言うんでしょ。
でも、私が成熟していくための段取りを邪魔したのは誰なの。抑圧されなければ、もう少し気を抜いて生きられたら、よその子に混ざって屈託なく楽しめたら、こんなに捻くれることもなかったかもしれない。生きづらくなかったかもしれない。
どうしてもそう思って病んでしまう。割り切るには失った時間が長すぎる気がするから。皆んなが当たり前に得てきた経験値が無いことが、自信を喪失させる。呪いを解くのは簡単ではない。
愛情は免罪符じゃないと思う。飼い殺しにしかならないこともある。間違った努力はどんなに頑張っても間違っている。うちはうち、も行き過ぎては無知による罪になる。分かり合えない親子は存在する。大の大人が夜な夜な一人泣いてしまうほど、相手の存在がストレッサーにしかならないことも。一緒に過ごすと常に緊張を強いられることも。こういう不満も言っちゃいけないと思ってたよ。罰当たりで、親不孝だと自分を嗜めていた。ずっと。
離れて暮らしているので、親に会うのは年に数回ほどだ。この先もなるべく親の顔を見ない毎日を望んでいる。病や不慮の事故で自活ができなくなるのが一番怖い。介護問題だって今から恐怖だ。介護疲れの心中は偶にニュースになるが、責任感の強さにむしろ感心する。私だったら、親を見捨てて自分だけ死ぬ。
学生のうちは親に従え、っていうじゃない。
だったら、将来的に親ガチャ失敗ってことで逆に切り捨てられても、それはそれでしょうがないよね?
子は親を選べないけれど、愛想をつかす自由くらいはありますし。
もし同じようなことで悩んでいる学生さんがいたら、子供の内は別に聞き分けなんて良くなくていいよと言いたい。この手の悩みは無数にあると思うけど、ここにも知恵袋にもある厳しい言葉はただの建前なので。
人の顔色読んでたら我は通せないし損をするっぽいよ、この世界は。何やかんや既成事実を作れる奴が強い。まあ、偉そうに言ってる私は何の責任も負わない、他人でしかないんだけどさ。
この漫画のかーちゃんは悪気なく、娘が進路を考えてる様子もないと判断して、頼り無い娘の為に良かれと就職率など調べたり、やってあげている気持ちでいる。
娘がするべき選択や決断に真剣に付き合ってこなかったから、親の顔色見て決断から逃げる娘に育った訳だけど、やっと自分の進路を口にした時に、普段興味なさげな父親はさっと娘の味方について、自分は悪役的になってしまった。
本人決めてる所に悪役として就職率の良い学部をゴリ押すほどの強い気持ちもない。
大学行くのは就職の為って価値観のかーちゃん的に、文学部の就職率の悪さは懸念事項で、この教授のもとで学びたい、これについて研究したいなどの理由もなく、ふわふわした理由に見えるため、選択できた娘を認める所にいけてない。
小・中学生の頃も、歴史やニュースでなんとなく、中東の方では紛争というものがあるらしい、くらいのことを知った。それでも「平和」だと思ってた。戦争は過去のものだと思っていた。信じていた。
人が人を殺すということは、後ろめたくやるものだとシンジでいた。
堂々とやることなんて、ないと思っていた。
人が人を殺すことを、堂々とやったとしたら、それはもう平和ではないことだと思っていたから。
でも、戦争じゃなくてもそういうことが起こっていた。
歴史の授業で習った、社会の資料集で少しだけ載ってて知った関東大震災の時に起きた韓国人朝鮮人、中国人、そして沖縄出身や吃りなどをもつ日本人の虐殺。私はそれは過去のものだと思ってた。
「酷いことだ」と思ったけど、自分の生活に繋げて考えることをしなかった。するという発想がなかった。
でも、今、後悔してる。その歴史を自分の生活と、自分の人生と、今の社会と結びつけて考えないから、10年後こんなことになってしまっているよって思うから。
「中東のどこか遠いところで起きている」って漠然とした、近づかなければいいってなんとなく思ってるその自分の考えが、意識が、今の世界を作ってると思うから。
もっと早く考えてれば、もっと早く気がついていれば、もだと早く意識をもって働きかけていれば。
本当にこの場所で、ここで、101年前、証言にのこっていることが、虐殺が行われたんだと思うと、足がすくんだ。この周辺をどんな思いで逃げ、隠れていたんだろう。あまりに惨い、あまりにも、、、言葉にならないやるせなさで心が重い。
2度と、そんな状況をつくらないことが、自分のすべきことだと思う。今、世界で起きている虐殺を止めること。2度とこの世界で虐殺を起こさないこと。戦争をさせないこと。
風物(パンムル)を見ながら、気がついたら涙が出ていた。
鳴り物と太鼓の音がこんなに心地よく草の上に響いている。この景色がどうして101年前には、見られなかったのだろう。本当に悲しくて。今の、この景色がずっと続けばいいのにと願う。続けていかなきゃいけない。踊っていたい。恒久の平和を願って、守って、踊って、みんなで生きていきたい。