はてなキーワード: 謙遜とは
8/14追記↓↓↓↓
いろいろ反応ありがとう。
結構言及が多かったから補足すると、多くの人が指摘しているように私の水分補給は水オンリーでスポドリではない。
スポドリを避けた理由は太っている故に糖類とかを気にしたからだが、今思うと小さいサイズでもいいから1本用意した方が良かったかもしれない。救護室でも軽度の熱中症と言われた。ただ、体内に熱がこもっている?と指摘されて、体温は平熱なのに肌が熱かった(だいぶ気分悪かった時に言われたから記憶曖昧かもしれない)
スポドリじゃなくても塩タブレットは持つべきだったと思ってる。水分補給と日射避けだけじゃ全然足りなかった。本当に反省してる。
あとコロナ前は60kg→100kgまで増えたから40kg増量は嘘松じゃない。嘘松だったら良かったと思う。
余談だけど太った理由は外出自粛とメンタル起因もあるから割愛させてください。一応今はMax体重から10kg落としてはいる。太るのは簡単だけど痩せるのはしんどい。運動始めたては膝痛めたりしたけど最近は安定してきた。みんな健康には気をつけてな。
追記終わり↑↑↑↑
コミケ参加は企業ブース目的で、今までサークルも一般もコミケに参加したことはあった。
ただコロナ禍で40kgくらい太ったので参加していた頃と体型はかなり違う。
デブだから数ヶ月前から運動や日差しに慣れた生活をしたし、前日の睡眠も今朝の朝食も待機時間中の水分補給も欠かさなかった。
日傘も差して暑さを凌いでると待機列が動き始めようとした時に嫌な眩暈がした。
一人参加だったし待機列のド真ん中だったから何かあった時に抜け出せなくなった時が怖かった。
慌てて列を抜けて、少し休もうと思ったが、その頃には地面を踏むとフワフワとした感覚がしてやばいとすぐにわかった。
最初は歩いて救護室に行くつもりだったが歩く速度もどんどん遅くなっておぼつかなくなってきて「車椅子で搬送される人」になった。
「男相手に言いにくいと思うけどお手洗いとか行きたくないですか?」って聞かれた時に、そういう聞き方してくれるんだと思った。こんな状況だから性差は気にしてなかったけどいい人だなって思った。
そこから車椅子で搬送される中、気分が悪くなっていく中で声をかけてくれたのは男性スタッフだったのは覚えてる。がんばれとか言ってくれた。それどころじゃなくて顔見れなくて申し訳ないけど、こちらへの言葉というのはちゃんと伝わってた。
後ろ押してくれる人も時々「こんなに暑いと普段は平気でもキツイですよね」とか声かけてくれてて、意識確認とか気を使ってくれてるのはわかっててもありがたかった。頷くことしかできなかったが。
で、増田はデブだから横断歩道の段差移動の時にすげー大変そうなんだ。普通に運ぶだけでキツイと思う。
でも「デブだから」みたいなニュアンスは使わずに「次の段差の時にちょっと手伝える?」って近くのスタッフに声かけてるの。
すまねえと思うし改めてもっと痩せようと思ったよ。
もうすぐ救護室ってところで私以外に搬送してるスタッフの人が「重いんじゃないですか?」って私を運ぶスタッフの人に言ったんだ。
そうしたら私を運んでるスタッフが「今重いとかそういう話してる場合じゃない」って言ってて、言われた時は症状の重さかと思ったけど、多分体重の話をされたんだよね。
なんか、デブでごめんだし人間として扱われてる感じがして嬉しかったって話。
あとなんで急に重いって言われたのかわかんなかったし病人とはいえちゃんと聞いてるってことは言いたいな。
その後「塩分不足ですね」ってことでOS1飲んで休んだら楽になった。
救護室には医者に帰るよう促されてるくらい辛そうな人もいた。軽度の人は少し休んで戻る人もいた。
私は辛かったから数十分くらい横になって、指先の痺れや眩暈がないことを確認して
これ以上迷惑かけたくないし動けるうちに帰りたかったから企業ブースは行かずに帰った。
帰るとき救護室の人(女)に優しい言葉かけてもらったりして、申し訳ないやらありがたいやらでいっぱいだった。
眩暈がした時、とにかく列から抜けることを優先して後のことは何も考えられなかった。
こんなに対策をしているのに、もっと長時間炎天下に晒された時は平気だったのにとか、焦りが大きかった。
今回に懲りて夏コミの参加はやめるよ。
37歳。
180cm 75〜82kg(体調や季節環境で変わる)。
顔はハンマー投げの室伏広治選手や阿部寛に似ていると言われるが単に濃い顔なだけ。
髪質は堅くストレート。初めて行く床屋がハサミを入れた瞬間「堅ったいねぇ!」と驚くくらい堅いようだ。
骨格は太く大きい。血統的に代々狩猟漁業を営んできた家系の出で、そのためか何も鍛えずとも握力が70kg以上ある。
太っては居ない。中肉中背と表現するにはあまりにもゴツいのでパワー系だと思っていただければ。
国立大卒。
情報技術者で一部特別報酬のある契約があり少なかれ変動はあるけれど平均年収はおおよそ800万円ちょっと。報酬が特別加算されることはあれど減ることはない契約。ボーナスは別にある。
国立大卒と言っても情報技術者である今は専攻と全く関係がなく、学生時代より趣味で続けてた独学プログラミングがいつの間にか職業になってしまったタイプ。
タバコや酒は吸えるし飲めるが普段はあまりやらない。紙タバコよりもパイプや葉巻などゆっくり吸えるものの方が好き(普段吸わないので一気に吸わないといけない紙タバコだとムセるため)。
酒はビールなどよりブランデーや日本酒、焼酎のほうが口に合う。タバコも酒も月に1度2度やれば多い方。
モノ作り。
スキル的にはプログラミングおよびパソコンそのもの、電子工作、製図、金属や木材加工、そしてDTMが可能。
まぁつまり自分で設計して加工して組み立てて動作させるまでを一貫して行えるスキル構成。DTMは電子工作系の趣味人にありがちな電子工作から派生したスキル。
ぶらりとその辺を歩いて写真を撮るのも好きでカメラ趣味も持っていて動画編集もそこそこできる。120Wの撮影照明を2基所持していると言えばカメラやってる人ならばどれくらいの撮影機材環境か察して貰えるはず。
(これは既婚の今実際にやってることだが)パートナーが居るのならば日々のパートナーの姿を可愛く綺麗に撮りたいと思っている。
熱血漢とよく言われる。
家柄的にガハハハと笑うような男性陣を見て育ったためか、インドアっぽい趣味や職業でありながらも根は何だかんだで体育会系。
人々が努力し目標へ向かって突き進むアツいモノが大好物で、応援するし協力もしちゃう。
世代的に2ちゃんねるニュー速VIP・ニコニコ動画黎明期世代なので、その当時流行ったパソコンでのモノ作りへ強く影響を受けており公開する環境が変わったものの今でもそれを続けていると言った良く、おまえらのモノ作りはアツいとずっと思ってる。
料理は基本的に男料理。生まれが生まれなので魚料理やジビエ料理だけは自信がある。やろうと思えばシカやクマを捌けるスキルがある。
近いほうが話が合うだろうけれど不問。
自分自身が太く大きいので女性の好みとしては自分と真逆さを求めていて小柄な方が好きっちゃ好き。
真逆さという意味で胸も大きければ大きい方が良いような気もするが、身長も胸の大きさも絶対基準でないどころかワンチャンそんな感じだと良いよねレベルの要望。
不健康なほど太ってなければ良くガリガリも心配になってしまい食わせてしまうので多少ふっくらしてる方が安心かな?
自分が短髪なので髪は長め、綺麗系・華美な服装よりも可憐な服装が似合うほうが好み。
(リアル妻は腰まであるロングヘアーで151cm/Gカップらしいので物凄く好みに合致したから当時アピール頑張った。つまりこの好みは妻の容姿である)。
すべて不問。
働きたいなら好きにしろ。働きたくないなら俺が食わせる。以上!
自分が熱が入ってくると「ヒャッハー!」な感じになってしまうので、おっとりしつつ冷静でかつマイペースな人を求める。
自分の「ちょっと面白そうだから行ってくるわ!」へ対して「いってらっしゃーい」と送り出すか「ちょっと待ってね?まず先に○○しなきゃダメじゃない?」「今日は私を優先する日!」などの返答があると助かる。
夜は積極的だと嬉しいよね!お姫様抱っこしちゃうぞ!加齢していくと辛くなることもあるらしいからそのときは言って!
楽しめるうちは落ち着きなんて要らんと思う。可愛い服でエロい下着で俺をいっぱい俺を魅了して、そして夜ができなくなってもイチャラブしようぜ!
オタク推奨。
何ならキミが欲しいそれ、作るが?
自分で鋳造まではしたことあるのである程度の量産は対応できる。
自分は基本インドアだけれど生家がアウトドア業なので普通にアウトドア趣味も楽しめます。
「写真撮って良い?」と聞いたら「良いよ」って返してくれると嬉しい。可愛いなぁ残しとこ!ってなってるだけなので。
掃除くらいはして欲しい。
メシマズなら俺が作れば良いけれど栄養バランスとかは知らんので俺が作らねばならないパートナーだった場合は栄養バランスとか調べるようにはなると思う。
いつかは欲しい。人数は応相談。
ただ年齢的に無理っぽいならば養子を取るかどうかは相談しようね。
富の本質は日本円などの通貨ではなく山で採れるもの海で穫れるものなどであって、通貨は富の交換の代替手段でしか無いわけ。そういう意味ではモノ作りっていうのは山で採れるもの海で穫れるものと同様に本質的な富であると言える。
ただ消費するだけでなく価値を生む生産する技術と生き方を子供たちには教えていきたい。そうしてお金を稼ぐとはどういうことなのか?を学んで欲しい。
それ以外についてはパートナーの方針に合わせる!田舎出身なのでお受験競争に遭ったことがなくスルッと国立大に入って出てきてしまったため、おそらく俺は学業に関して指導するセンスや知見がない!
勉強はなんか上手くいった!たぶんプログラミングとかやってて数学とか英語とか必須だった(当時のプログラミング情報は日本語マニュアルの更新が滞るとかよくあった)せいだと思うけど、勉強しようと思って勉強したことがないのでよくわからんのだ!
あっでも弱い者いじめは絶対に許さんぞ!非力なその子たちは将来のクリエイターかも知れん。俺はモヤシっ子がスゲーもん作るのを2ちゃんねるやニコニコ動画でいっぱい観てきたぞ!体育会系の身体にオタクの魂を込めたのはきっと八百万の神が俺にオタクを守れと宿命を与えたのだと思っている!
解決済み。
実家は漁師なのだけれど親父の代で猟師漁師は閉業が決まっており、兄弟とも話がついていて実家の土地建物は兄弟たちへ、猟師漁師関連の史料的価値のあるものは俺が相続することになっている。
自分は完全に独立して実家の土地建物を頂いても困るし遠方過ぎて管理にも困り、将来的に高速道路や鉄道が通るわけもなく、豪雪地帯なのでおそらく工場も建たないだろうから資産的価値はほぼ無いと言って良い土地建物だ。
ただ一応は幼少期の頃から猟師漁師の技術継承を受けた長男なので、矜持として猟師漁師関連の史料だけは俺が守らないとなと(管理が大変なもの大きすぎるものは歴史資料館に寄付とかするけど)。
土地建物を引き継ぐ代わりとして両親の面倒は兄弟が見ている(兄弟夫婦が既に実家へ住んでる)。
オタク忌避、陰謀論者、ネズミ講および類するもの、犯罪者、科学軽視および科学技術知見の普及妨害、伝統文化技術の破壊、個人意志の非尊重、俺が可愛いと言っても素直に受け取らず謙遜すること、誰かを下げて相対的に自分を上げようとする性根。
格ゲー業界はプロ選手がある程度高い影響力を持っており、プロが言ったことに影響された一般ユーザーの「意見」として浸透し「世論」と化して最終的にアップデートや新作に反映されたりすることがあったりなかったりする。
そんな中で「苦手キャラを過剰に持ち上げる」「自キャラを過剰に謙遜する」※、キャラクターのTier表を作るなどさまざまな方法を使って自分に有利な世論を形成することで利益を得ようとする行為のことを「政治」と呼ぶ。
※苦手キャラを過剰に持ち上げることによって一般プレイヤーが「このキャラ強すぎるんじゃないか?ナーフが必要なのでは」と感じることになり、また過剰に謙遜することによって逆の効果を及ぼすことができると考えられている。
が、格ゲーファンの間では政治という概念がすっかり浸透してしまったのでプロが何か言っても「これは政治」などとあまり相手にされないのが現状である。
いわゆる「中抜きおじさん」系の仕事をしています。謙遜と自虐とネット的なシニカルへの媚びを込めた自己紹介にはなりますが。
「中抜きおじさん」なので自分が直接手を動かして実作業をすることはまずありません。
やるのは他の会社に実作業をふることと、発注元や上司に向けた資料作成ばかりです。
業務が無事完了しても「ここは俺がやったんだよな~~~」と思う部分は全くありません。
なので「あの仕事に関わっていたんですか~~~凄いですね~~~」と言われても全く響きません。
だって自分がしたのは業務発注の交通整理だけで、最終的に自分が手を動かして何かをやったという実感はないのですから。
反対に「あの仕事ってここが駄目だったですよね~~~」と言われると自分の責任を猛烈に感じてしまいます。
もっと早く発注をかけられていれば工期にもう少し余裕があっただろうにとか、この仕事はあっちの会社にやらせた方が効率的だっただろうなとか、そういったことが頭をよぎります。
クオリティコントロールにおいても、自分がビビらずに毅然とした態度で接していれば曖昧にせずに済んだ部分が数多くあったはずだと頭を過ぎることばかりです。
何より辛いのは実際に「まだ終わってないのか」「もっと上手くやれたんじゃないのか」「コミュニケーション不足だろうが」という非難を受けることです。
なまじっか自分の手元にはいくつかの選択肢があったわけですから、その中で他の道を選んでいればというタラレバが頭の中でずっとグルグルしてしまう。
その癖して「今回はよかった」「流石ですね」と言われたときには、「単に今回は予算があっただけだよ」「結局褒められているのはウチの会社のネームバリューや人脈でしょ?」としか感じ取れない。
仕事をすればするほどネガティブな感情が溜まっていくのに、プラスの感情は全く蓄積されない。
足りない分の精神力は日常生活の中で少しずつ回復する分から吸い取られていくので、仕事をすればするほどにただただ衰弱していく。
もう仕事なんて全くやりたくない。
頑張って仕事をするほど仕事を増やされてドンドン心が痛めつけられ、仕事をしなければ結局仕事上の失敗が積み重なって心が押し潰されていく。
辛い。
仕事を通して「俺って今回に限ってはよくやったよな~~」ぐらいのことを感じたい。
この仕事をしていると他人に何を言われても「結局お前は俺が管理している財布の中身にしか興味がないんだろ?」「ハンコを押してくれればあとはどうだっていんだろ?」という気持ちばかり湧いてくる。
持ち上げられようが貶められようが、予算と承認をこっちから引き出すための権謀術数に過ぎないんだろうなと穿った気持ちでしか考えられない。
もう何もかもが嫌だ。
自分の手を動かして出来たものを眺めて自己満足に浸れるような仕事をしてみたかった。
そう思って入ったはずの業界だったのに、気づいたら右から左にものを流すだけの仕事をしている。
何も面白くない。
俺のやっていることは電話交換手と何も変わらない。
それが本当に単純作業で脳を殺して働けばいいだけなら耐えられたかも知れない。
実際には複雑なパズルだったり間違い探しだったりをいくつも繰り返した果てに、やってきた仕事をほぼ丸投げするだけの仕事をしては、存在もしない満点を基準に罵声を浴びている。
そもそも元請けが直に作業者に発注していればよかっただけじゃないかという憤りと、もしもそうなったら自分たちは仕事を失うのだなという焦燥感と、そもそもそれでいいじゃねえかという逆ギレがいつだって入り混じっている。
仕事が辛すぎる。
転職したいが、この仕事を通してなにか能力が身についたとは全く思えないし、そもそももうこの業界でもこの業態でも働きたくない中で、どうやって他所に逃げれば良いのかもロクに思いつかない。
なんだかもう世の中が全部嫌だ。
どの仕事をやっていても、結局自分の性格だと同じように感じるのだろうか。
実際に手を動かして仕事をした所で「元請けが取ってきた仕事を単にやっているだけのロボットでしかない」と感じ、それでいて「俺がもっと細部を煮詰めていればもっと良いものが出来たはずなのに」と悩んでいたのだろうか。
そしてどこまでいっても褒められた時は単にその立場そのものが持つ機能への称賛だとしか思えず、ネガティブな言葉は自分に多くの責任があったと感じて落ち込むのだろうか。
どうすればいいんだ……。
どう見てもイケメンではないが、優しくて、真面目で、結婚出来て良かったなと思っている。
先日子どもが生まれて、子どもの顔見せに夫の大学時代の友人(女性)と会った。
いつもは大学メンバー男女数人で集まっているらしいが、子連れということもあり日程が合わなかったため、その女性の友人とは個別に子連れで会うことになったらしい。
お互いに子連れとは言え、私に気を遣ってくれたのか「奥さんもぜひ」と言ってくれたので、私も同席することになった。
子どもはこちらは半年、相手の子は2歳。外で落ち着いて食事するのも難しいだろうと、家に招待してくれた。
なんとなく自分たちと同じような雰囲気の方だろうなと思いつつ、会ってみたら驚いた。
夫の友人は爆美女だった。
本当にこの娘がこの人から生まれたのか?と思うほどスタイルが良く、背が高く、話し方は上品で、なぜこんな人が夫の友人なのか?と疑問に思うほど。
夫は普通に久しぶりと話しかける。彼女も普通に夫と話す。私は彼女に話しかけられても緊張してうまく話せない。
彼女は嫌味なく平然と夫のことを褒める。夫の仕事のこと、大学時代のエピソード。
夫は当然として受け止める。なんだこれ。普通逆だろ。なんで美女が夫のことを褒めているんだ?夫よ、美女のことをもっと褒めろ。せめて謙遜しろ。
彼女は私と子どものことも褒める。出産祝いのお返しのセンスが良かったと、子どもの洋服が可愛いと。
夜泣きをすると言えば、元気いっぱいで甘えん坊さんで可愛い。ミルクを飲まないと言えば、お母さんが大好きないい子。
美女に隅から隅まで褒めてられて、美味しいお茶菓子を出してもらい、お土産までいただいた帰り道、夫を責めた。
なぜ友人が美女だと教えてくれなかったのか。なぜ私を連れてきたのか。美女の前で産後太りで変なカットソーを着ている私は惨めだったと。
虚しくなった。自分と同類だと思っていた夫に美人な友人がいたこと、その美人と対等に話せること。
自分が美人ではないこと、会話力が無いこと、夫が楽しそうに会話していること。
夫は大切な友人の一人ではあるけど、いつもはグループで集まっているし、グループでも会ってほしくないならもう会わないよと言ってくれる。
別に夫と何かあるのを心配しているわけではない。爆美女が夫を相手にする訳がない。
夫と美女が会うのに嫉妬しているわけではない。ただ自分が虚しくなってしまっただけで、夫にも美女にも悪いところは一つも無い。
やり場のないこの気持ちに戸惑っている。
暇なんでマジレスしてやるがオマエが悪い。
不器用にも程がある。
外国人は別の文化や常識や価値観を持っていることに不見識すぎる。
オマエはベトナム人に対して上司であり昇給や配置などの決定権を持っていることを誇示しなきゃならない。
威張って堂々とな。
あと仕事の指示、文書で出したか?口頭指示なんて誰も聞かねぇよアホか。
あいつらマニュアルを出せばそれには素直に従う。曖昧な口頭の指示は縛りがないものとしか認識されない。
あのな、社会は建前で回ってるの。
書面体裁が整えばいいの。管理会社の人間は「下から書面を取った」って事実をエビデンス付き(反省文)で「残す」ことにしか興味が無い。ようは管理会社責任者の責任逃れの体裁を整えてやればいいの。
テンプレ反省文をコピペで作ってせいぜい本人にサインさせるだけでいい。
オマエは方方から放り投げられてくるボールを素直に受け取っちゃってるの。無駄
どんだけ不器用なんだ。
クレームが来たら会社に「ちゃんと教育した人間を寄越せ」と文書(メール)で放り投げるの。
教育はオマエがせぇと返されるだろう。
「それは俺の仕事では無い」「他人を教育をするスキル教育を受けてない」って意味の返事をぶん投げる。
アホみたいにそのまま書くなよ。
やんわりとだがそう解釈せざるを得ない、自分は責任を負いませんよというサジェスト込みの文書を書くの。これ社会で重要なスキル。
念のために「他人を教育をするスキル教育を受けてない」を補足しとくぞ。
オマエに他人を使役する能力があるかってのも含まれるわけだが、それが欠けているならその職能を取得させる教育投資をするのは会社の責任なの。金がかかるの。
そういう会社ならそういう会社で生き延びるスキルも身に付けなきゃならない。
無責任でいいんだよ。
責任持った生き方をしろ、なんて道徳を叩き込まれたんだろうが、あんなもん人を都合よく使いたい支配者の戯言だ。真に受けるな。
頑張れ。賢く生きろ。
立派な仕事してるのに「自分の仕事なんかしょーもないもんですよ」と謙遜ができる人間が本当に少なくなった。
たいていの人間、勉強仕事がこんなに大変だとか、家事育児が大変だとか言って愚痴ばかり。(そしてそれをこなしている自分凄いでしょ、という心)
自分のやってることなんか誰にでもできますよ、なんてとても言えないだろう。
最近はCMとか見るとどの企業も「社会の誰かの役に立ってる」的な、なんかふわっとした良い感じのポエミーなキャッチフレーズで自社を気持ち悪いくらい賛美してるものが多い。
社長やら実業家やらが驕り高ぶって謙虚さをしばし忘れてしまっているのはまだいいが、水商売やら配達員みたいな連中まで「誰かの役に立つ大事な仕事だ」、とかそりゃ需要があるから金が入るんであって必要不可欠な仕事だし誇りを持っていいことなんかめちゃくちゃ当たり前なのに、自分に自信が持てないでそんなポエムに縋ってる姿が哀れで仕方ない。
そんな薄っぺらな当たり前のことしか言わんポエムがないと自己肯定できんのかと悲しくなる。
一番典型的なのは、昔は芸人とか芸術家なんかはめいめい自分の仕事はしょうもない、俺らは落伍者だ、道化だと自虐していた。学問ばかりをやってる研究者なんかも、自分は社会からはみ出た仙人みたいな存在であること認識していた。
今そいつらに位置するYoutuberやらなんかは完全におごり高ぶってわけわからんポエムを吐いて自分の仕事を神格化している。
研究者や専門家はまるで世界の中心にいるかのような感覚で仙人である自分を自覚せず、机上だけの論理で現実的な生活感覚のないまま好き勝手に本を書いたり、コメンテーターして世の中をかく乱している。
とにかく自分のことを良い感じに見せることしか頭にないやつが多い。
別に「自分はしょうもない人間」でいいじゃないか!そして「しょうもないなりにはそこそこやれてるな」って、内心で思ってればそれでいいじゃないか!
そりゃ誰だって内心自分の仕事を誇りに思ってるし、でもだからってそれを他人にわかってもらおうなんてしなくていいし、自分の仕事が一番偉いと思いながらも、表面上はお互い立てあってたらいいじゃないか。
日本人の謙虚さとかは、それを逃げ道にして臆病なだけの人間が増えたせいでいろいろ言われるが、やはり素晴らしい美徳だと思う。今一度取り戻してほしい。
現代では自分のことを下げて言えるのは強者の特権で、自分なんかしょうもないですって言えるほど余裕のある強者がもういないんだろうか。
けん‐きょ【謙虚】
けん‐そん【謙遜】
控え目な態度で振る舞うこと。へりくだること。「―して言う」「ご―でしょう」
■お前らなんでググらねーの?と思うこと
https://anond.hatelabo.jp/20230618030531#
謙虚(けんきょ)は、必ずしも自己評価が低い人を指すわけではありません。謙虚な人は自分自身を客観的に見つめることができ、自己評価を適切に行います。彼らは自分の能力や知識について正当な評価を持ちつつも、他人の意見や経験を尊重し、謙遜した態度を示すことがあります。 謙虚な態度は、傲慢さや自己中心的な態度とは対照的です。謙虚な人は自分自身を過度に高めず、相手に対して謙遜し、敬意を持って接します。彼らは他人の意見や知識を素直に受け入れ、学ぶ姿勢を持っています。 自己評価が低い人は、自分自身を過小評価し、自己価値感が低い傾向があります。彼らは自分の能力や価値を過小評価し、自信を持つことが難しい場合があります。自己評価の低さは、自己肯定感の欠如や心の健康上の問題の一部と関連することもあります。 したがって、謙虚な人と自己評価が低い人は異なる概念です。謙虚な人は適切な自己評価を持ちつつも、他人を尊重し、謙遜した態度を示すことが特徴です。
私は東大生であるが、『東大生なのにこんなことができません!』のような自虐のかたちをとった回りくどい自慢が死ぬほど嫌いなので、努めてそうならないように、東大生であること自体はストレートな自慢として割り切ってお話しする。
そもそも「東大生である」という絶対的な価値を前にして、自尊心の足りていない馬鹿共が東大生の欠点を探すことで優位に立とうとする捻くれた根性に問題があるのであって、こうした人々に対してはもっと努力しとけバカが、と全ての東大生が思っているのでご容赦願いたい。
先日、知人に誘われて新しいコミュニティに所属する機会があった。趣味の集まりのようなもので、メンバーは決して大学生ばかりという訳ではなく、社会人が大半を占めるコミュニティである。こういう状況に置かれると、東大生は決まって一つの問題を抱える。
どのタイミングで東大生であることをカミングアウトするか、である。
今回の場合、私をコミュニティに誘ってくれた先輩(非東大卒)がおり、私のことをメンバーに紹介してくれる流れだった。
コミュニティ共通の趣味の話題から入り、私が大学生なんです、という話までした段階で、先輩がすかさず「こいつ東大生なんですよ」と先にカミングアウトした。そして先輩は相手の反応を待たずに「こいつ天才なんで、マジで話通じないですよw」と続けた。
私はこれを受けて、「なんて事言うんすか!w」「そんなコトないですからね」というように反応した。
このように他人が先に行ってくれるカミングアウトとイジりを、私はとても助かる、と感じる。
この場合は先輩の驚くべき気遣い能力に支えられている部分が大きい。
別の例を挙げる。
私は大学の近くで接客業のアルバイトをしている。その職場は大学生が多く、シフトの多くは2人体制であり、客が来ない暇な時間などは初対面の相方であってもよく話す人が多い。
先日も初対面の大学生が相方になり、しばらく他愛のない話をしていたが、成り行きで相手が大学名探りを開始した。多少はぐらかしたものの、大学生ですか?→何年生ですか?→大学この辺ですか?のデスコンボを喰らい、やむなく東大をカミングアウトした。
読者の方々は飛び抜けた経歴などお持ちでない方が多いから経験がないだろうが、相手の想像力の範疇を越える経歴であるとカミングアウトした時、相手はびっくりしてお世辞しか言わなくなる。すると当然、自分に残された道は謙遜のほかにないのである。
大抵の東大生は、謙遜のレパートリーを複数用意している。ギリギリで合格しただけとか、『東大王』の面々とは比較にならないとか、そんな具合である。
しかしいくら手の込んだ謙遜カードを切ろうが、相手にとっては「いやでも東大はすごいですよ」が最適解のままなのだ。
こうなるとしばらくお世辞と謙遜のループから抜け出せない。しかもこの謙遜というのが非常に繊細で、「東大なんて大したことないですよ」なんて言おうものなら相手の大学を地に堕とすことになるからとても気を遣う。
1つ目の趣味コミュニティの例では、先輩が相手より先に「東大生の扱い方」を示してくれたことで、私は「お世辞を言わなきゃいけない相手」から「(もちろんネタで)イジってもいい相手」になることができた。
もちろんここからお世辞ルートに入ることも十分にあり得るが、少なくともバイトの例よりはだいぶマシである。
東大生にとってこうしたコミュニケーションが面倒な理由として、アイデンティティに占める「東大生」の部分が非常に大きいことが挙げられる。これは大学生一般に言えることだが、大学生が大学名を明かさずに自己開示することは不可能に近い。
学部にしろサークルにしろ、大学名抜きにして話は広がらないのだ。
東大生は、その大学名が無限謙遜編への片道切符なのだからどうしようもない。
つまるところ、大学生の最も一般的な会話のツールとしての「大学どこ?」を自分から訊くことができないし、相手に訊かれたらお世辞がほぼ確定するしで、初対面の会話がかなりのストレスになるのである。
ここまで読んでいただいた上で、こうしたストレスへの対処も予防も存在しないと考えている。まして東大生にお世辞以外の話を振ってほしいとか、相手の立場を考えて話題選択をしてほしいとかそういったことは期待していない。
有望なスタートアップに入社して、事業を伸ばして、上場したい。ストックオプションを使ってお金持ちになりたい。
そんな考えはもう古い。
勢いのないスタートアップとは、資金調達のニュースが結構前に出たきりあまり露出がなく、社員数も増えていない、停滞していそうなスタートアップのことである。
私は歴10年ちょっとの中堅もとい中年エンジニアなのだが、エンジニアとしての実力は贔屓目に見ても中の下程度だ。
しかし、勢いのないスタートアップでは私のような凡庸な人間であってもとても重宝される。
勢いのないスタートアップの経営陣は能力が高くなく、すごい社員もあんまりいない。
みんなすごくないから、黙々とほどほどに仕事をしているだけで貢献を認めてもらえる。
つよつよエンジニアがすごいスピードで開発しているのを見て劣等感を感じることはないし、よくわからないエンジニアリング議論を浴びせられることもない。
勢いのないスタートアップは知名度がなく採用競争力も弱いため、エンジニアに対してとっても優しい。
万に一つも辞められたくないからか、ガラス細工のように扱ってくれる。
ツーブロックなゴリゴリ営業がとってきたよくわからない案件に巻き込まれることはないし、上の人が勝手に引いた謎スケジュールのために残業させられることもない。
勢いのないスタートアップに転職してから、自己肯定感が高くなり、体調も良くなった。
転職時に年収も100万くらいあがったし、入社してからもなぜか50万くらいあがった。
「謙遜してるだけで実はちゃんと実力があるんでしょ?」と思われてしまうかもしれないが、本当にそんなことはない。
私は今までコピペとググり力でなんか雰囲気で開発をしてきただけのエンジニアなので、本当に中の下だ。
中の下というのも言いすぎなくらいで、下の上か、下の中かもしれない。
最近少し開発スピードが早くなったと言われたが、その理由もChatGPTが登場してくれたからだ。
ChatGPTのおかげでググる時間が減り、コピペがとても捗っている。
話が横道に逸れたが、私のようななんちゃってエンジニアレベルの人間にはぜひ勢いのないスタートアップへの転職を勧めたい。
これからもずっと勢いのないままでいてください。
朝日新聞が見出しでブラジル大統領の発言を「持論」と切り捨てた。
「『持論』に否定的意味はない!辞書見ろ!」とか国語辞典マニアの人が怒り出しそうだけど、否定的意味を感じない人は国語が弱い人としか思えないにゃ。ここで切り捨てられない話をする人には「話した」「述べた」「語った」「考えを示した」などの言葉が添えられる。
試しに過去の朝日新聞の国際ニュースで他に「持論を展開」という言葉が使われた人を取り出すと、トランプ、北朝鮮、プーチン、ロシア高官、パレスチナ首相、韓国革新系主張が出てくる。このメンバー見ればメディアの「持論」の使い方が見えてくる。謙遜して自分で自分の意見を「持論」と語るのはいいけど、報道機関に勝手に使い分けされるとな。
1年前に増田で、マスコミの「主張」の使い方が「持論」化してると話題になって、実際に調べてみたら当時ロシア側で「主張」が多用されてたことが明らかになったことを思い出した。
オレオレFCはアウェイで川崎フロンターレと1-1で引き分け。4連勝はならなかったが、5試合負けなしとなった。0ー0で迎えた後半4分に先制を許したが、1点を追う後半10分から201cmFWトーマス・ノレジーを投入。すると、後半37分にノレジーのポストプレーから、最後はMF奈良田のミドル弾で追いつき、2年前の王者から貴重な勝ち点1を掴んだ。
【写真】川崎と引き分け、サポーターに挨拶するオレオレFCイレブン
停滞ムードを豪州人ストライカーが流れを変えた。1点リードを許した後半10分「起点になれてなかったし、警告を貰ったから」と野河田彰信監督は精彩を欠いたFW森永を代え、ノレジー投入。高さと強さを生かして、最前線で起点を作り、好機を演出すると、後半37分だった。MFジュシエのクロスを胸で落として倒れ込みながら、後ろにパスを出すと、飛び込んだ奈良田が、豪快ミドルで追いついた。
試合後、奈良田は「ほとんどトーマスのゴールです」と謙遜したが、ノレジー本人は「奈良田が見えたので、私が決めるより彼が決めた方が良い」と判断した結果だった。
19日のルヴァン清水戦を視察した野河田監督は川崎対策として登録にMFがいない6ー4の3ー3ー3ー1を採用。序盤から主導権を握り、相手ゴールに迫り続け、川崎の守備陣を翻弄したが「その割には決定機は少なかった」(野河田監督)。ノレジー投入後はシステムを4ー2ー3ー1にして、息を吹き返した。
「出来れば勝ちたかったです」。試合後、ノレジーは引き分けを悔やみつつ「川崎相手にも自分達のやるべき事はできた。チームは正しい方向に進んでいるし、成長を実感している」と手応えも口にした。
次節29日は昨年王者・横浜Fマリノスをホームで迎え撃つ。相手のマスカット監督は同じ豪州出身。ノレジーは「横浜Fマリノスという素晴らしいチーム相手にしっかりといいプレーを見せ、勝ちたいです」と力を込めた。
○野河田監督「前半はプラン通りやったけど、決定機は少なかった。(同点ゴールは)まあ、アレを見越してトーマスを投入したけどね(苦笑)。ただ試合自体は反省点が多かったので、修正して次(横浜FM戦)に繋げたい」
○FW森永(地元での一戦も精彩を欠き、後半10分で途中交代に)「何も出来なかったし、交代されて当たり前。監督からも”何も出来てへんかった“と言われた。(横浜FM戦は)出れるかは分からないが、今日の反省を次に生かしたいです」
○…川崎はホーム初勝利を逃した。後半4分に、MF脇坂がボレーシュートを決めて先制。だが、後半37分に同点ゴールを許した。
鬼木監督は「最後に勝ちきるという意味で言うと、球際のところで何度もこぼせば、ああいう失点になる。勝たなきゃいけない試合で勝てなかった。それがすべてだと思う」と悔しさをにじませた。
20、21年と圧倒的な強さで連覇を果たした名門はここまで15位と苦戦。脇坂は「情けない」と悔やみ、ベテランMF家長も「チームとしての甘さが最後のところにあった。結果が出ていないことに対して自分も含めた選手が責任を感じるべき」と厳しい言葉を口にした。
今が底辺すぎてできるだけ言わないようにしてる
つーかわざわざ自分からいうほどすごいことでもないと思ってるし、そうでなくても社会人になったら学歴とか関係ないと思ってる
おれみたいなクソでも入れたくらいなんだから
それでもそれを知ってるそこそこ年いってる人が飲み会とかで代理自慢みたいにばらしちゃうときがあってほんとに恥ずかしい
運河よかっただけーとか社会人になったら大学なんて関係ないですよーとかいって話そらそうとしても、
またまた謙遜しちゃってーやっぱりそれによって最低限のなんちゃらは見える・わかる・はかられるもんだよ
みたいにフォローされて誘い受けみたいになっちゃっててほんまつらい
はー・・・
Twitterを観察すると、そこそこ多くの人がAIイラスト生成に取り組んでいて驚く(専用アカウントを作成している人が多い)。
最近では、「AI術師」や「AI呪文者」などと自称することが増えており、「描く」ではなく「生成」「出力」と表現する人も多い。
これには、謙遜的な意識があると同時に、「絵師」という呼称を避けて独自の文化を築きたいという意図も感じられる。
(なんとなく違和感があるが、「絵師」という言葉が定着したように、AIイラスト文化も進むことでこの呼び方が定着するかもしれない)
AIイラストは一般的には否定的なイメージがあるが、生成者同士のコミュニティでは当然そのような忌避感はない。手を出してなくても、技術的進歩として肯定する人もいる。
この肯定側のポジティブな感情と、世間の否定的なイメージがどのように関わり合い、変化していくかは未知数に思える。
現在は大きな論争は起きていないが、生成側のモラルに問題がある行動が増えると、Winnyのように邪悪な存在とみなされる可能性がある。
もちろん、時が経つとデジタル作画や3DCGのように受け入れられる可能性も高い。正直どうなるかは分からない。
なので、AIイラスト文化が良い方向に進むためには、世間は忌避感を受け入れ、抑圧された状態を維持する方が、結果的にモラルが生まれやすいとも思う。
「術者」「出力」という語句を用いるのは寧ろ良いことのような気がしている。
某所で「声優のような絵ができた」と実写調のイラストをアップロードされていたが、プロンプトを確認すると声優名が記載されたloraが使用していた(恐らく、写真で学習したものが配布されている)。
彼は無邪気にその絵をアップロードしたんだろうが、誰かに補足されてTwitterあたりで拡散されると、炎上してた可能性は十分にあった。