財務省に対する怨嗟の声が聞こえてくるが,強い危機感がある。「こうするしかない」のが現状だ。
年金生活者は,①年金で一定水準以上の暮らしをしており,②フルタイムもしくはそれに近い仕事をしていない者と定義する。年金額だけでは暮らしていけないため働いている者や,フルタイムもしくはそれに近い仕事に就いている者は除外する。
現役世代からしてみると,彼らの年金や医療費のために自分たちの負担が増えており不公平感があるだろう。自分たちがその年齢になるころにはおそらくまともに年金ももらえないし,医療費も大きな負担になっているだろう。あるいは,社会保障制度が崩壊しているかもしれない。そこで,年金額を下げたり医療費の負担率を引き上げたりしてどうにか社会保障制度の延命を図ってほしいが,そうはならない。
彼らは(彼らの価値観で)いっぱいいっぱいの生活で(年金が足りなければ働くという発想はないし,仕事を辞めてからブランクのある彼らが働ける場もないだろう),医療費負担が上がれば話し相手がいる医療施設に行けなくなってしまい,孤独だ。
社会保障制度の危機は彼らにとっては他人事で,経済政策の変更は自らの不利になることを意味するため,多くの者は経済政策について現状維持を望んでいる。
現役世代は,①一定水準以上の暮らしをしており,②フルタイムもしくはそれに近い仕事をしている者と定義する。一定水準以上の暮らしができていない者は除外する。
現役世代の多くは,リアリストで,自分たちの将来は半ば諦めている。「定年で仕事を辞めのんびり」なんてできなくて,死ぬまで仕事をすることになるだろう,と感じている。それだけに,この労働人口不足の時代に働かず,社会のリソースを食いつぶすだけの年金生活者に対しては思うところがあるし,そこに投資し続けるのは無駄だと思っている。
一方で,将来性がある投資には積極的な者が多い。例えば子育て支援や教育に対しての投資は,自分たちの負担が多少上がったとしても賛成できる。
今後の成果が見込めない年金生活者に対する支出を抑え,将来性のある経済政策を望んでいると同時に,一定水準以上の暮らしを維持するためにこれ以上の増税は阻止したいし,減税を望んでいる。また,努力主義なので,頑張った分だけ報われてほしいと願っており,所得税の増税にマイナスの印象がある一方,「贅沢の代償」的側面がある消費税に対してはそこまで悪印象がない。
多くの貧困者は努力不足ではなく,貧困になるべくしてなったと思っている。社会から見放されていると感じており,強い孤独感を持っている。とにかく日々の生活を成立させるためにいっぱいいっぱいなので,子育てや教育など将来に対する投資ではなく,今を何とかしてほしいと思っている。
元々の税額が低く減税による恩恵を受けにくいため,消費税の減税や現金給付など,全ての者に同等(同額)の恩恵がありわかりやすい経済政策を望んでいる。
誰の失策か。
年金制度を人口が増加し続ける前提の設計にした者か。労働人口が減ってもなお定年制度を維持し続ける社会か。あるいは少子高齢化社会の運命か。
一つ言えるのは,「財務省叩きをするのは違う」ということだ。彼らは彼らなりの仕事をしているだけで,悪意はない。
これからも現役世代を締め上げ続け,さらに少子化が進んでいく深刻な事態を引き起こすが,短期的な税収を求められる財務省はそうするしかないのだ。
現役世代は諦めよう。年金生活者への支出をカットすると,金を稼ぐ手段のない者が大量に貧困にさらされることになる。貧困者に金をばらまいておかないと,困窮した者による犯罪で社会の治安が崩壊する。
現役世代からしか金を取れないのだ。現役世代は金を稼ぐ手段があり,社会的地位もあるため犯罪に走りにくい。
日々働き続け得た給料の多くを税金に持っていかれ,自分たちが社会から得られる恩恵は少なく,将来に希望が持てない現役労働世代に幸あれ。
富裕層と大企業に課税しろ、日本は何で外貨を稼ぎ人を雇うか真剣に考えてがんばろうで終わり