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2018-03-20

二子玉川に住んだ感想

数年間お世話になった。

好き好んで選んだ場所というより、物件家賃とか設備で都合良さそうなところ選んだら最寄りが二子玉川だった。

いわゆる「ニコタマ」は駅前だけらしい

ニコタマ」って聞いた時に思い浮かぶようなおしゃれなイメージが漂ってるのは駅前二子玉川ライズだけ。

からから少し歩けば普通の街になる。言うまでもなく増田が住んでたのはニコタマじゃなくて普通の街。家賃リーズナブル

輸入車ばっかり走ってる

メルセデスポルシェBMWアウディ、その他諸々の高級輸入車への遭遇率が半端なかった。それもエントリーモデルの小型車じゃなくてわりとグレードが高いやつ。デカセダンだったりSUVだったり。

なんなら二子玉川にある自動車学校は教習車がアウディだった。これは流石にエントリーモデルだったけど。

駐車場も道幅も狭いのにみんなよく頑張るね。増田ならぶつけるのが怖くて軽にしちゃいそう。

少子高齢化とは無縁っぽい

子供というか子連れが多すぎて笑った。

ここに住んでたら少子高齢化とか全く感じないと思う。

健康的な生活をする人には最適

夜が静かな街。おしゃれでいい感じの店は腐るほどあるんだけど、大抵早く閉まる。24時間営業の店はコンビニくらいしかない。

9時5時で働くホワイトサラリーマンとかその奥様には過ごしやすいだろうけど、夜型生活をする学生単身者には厳しいものがあった。

家電量販店がない

蔦屋家電があるんだけど、普通家電量販店はない。

消耗品購入とかできないかAmazonヘビーユーザーになるのは避けられなかった。

リアル店舗で何か見たい物があるとき渋谷とか川崎に行くしかない。

田園都市線がクソ

混雑は最悪だし最近よく故障するし、こればかりはクソと言いたい。

田都止まるときはだいたい大井町線も巻き込まれるし、交通手段選択肢が無くなるから何度か困ったことがある。

2017-05-31

各駅停車が停まらない

私の最寄り駅は各駅停車が停まらない。

当然急行も停まらない。

じゃあ何が停まるのか?各駅停車が停まる。

私の最寄り駅は神奈川県川崎市高津区にある田園都市線高津駅だ。

二子玉川駅の2つ隣である

今朝も1本各駅停車を見送って各駅停車に乗った。

何を言っているのか分からないだろう。

私も分からない。

高津駅田園都市線の駅だ。

から田園都市線各駅停車が停まる。

小さい駅なので急行は通過する。

ここまでは至って普通だ。

問題の通過する各駅停車大井町線各駅停車である

高津駅大井町線の駅ではないので停まらなくても不自然ではない。

これなら他の路線にも存在するだろう。

しかしたまに「高津駅に停まる大井町線各駅停車」が来るのだ。

公式サイト路線図高津駅は載っていない。なのに停まる。

大井町線側としては「私は優しいので路線外の駅にも停まる種別をつくってやったぞ」という感じなのだろうが、ユーザーからすればただのいじめである

ちなみに隣の二子新地駅も同じ境遇にある。

ふざけるな。

2016-07-09

中学生以下の英語で道案内


渋谷駅半蔵門線ホーム路線図を眺めていたら外人に声をかけられた。

二子玉川に行きたいけれど田園都市線が止まって困っているようだった。

珍しい半蔵門線渋谷行きでも見に行くか、ぐらいの気持ち半蔵門線ホームにいた自分は暇だったので外人自由が丘まで案内した。

東横線に乗り込み自由が丘に到着。

自由が丘大井町線ホームまで案内しようとすると、「ここまでで大丈夫ですよ」みたいな反応。

「次の電車に乗るからいいですよ」みたいに返したかったけれど適切なフレーズが思い浮かばずに出てきたのは「I use next train」。

無茶苦茶言ってるけれど理解してもらえたようだ。

2015-08-17

湾岸トリップ

たまに仕事豊洲に行くことがあるのだけど、たまにのことなので毎回経路を検索することになる。


たいてい、どこかで有楽町線に乗り換えるルートが最も早く到着できるが、ゆりかもめ利用の経路が最も早く豊洲着となるケースがある。

今朝がそうだった。


ゆりかもめは利用したことが無く、なんとなく乗り換えが面倒そうな印象があったので、ゆりかもめ利用の経路はずっと無視していた。

今日は「使ってみたら便利なルートだったなんてことがあるかもしれないし」と思い、ゆりかもめ利用の経路で豊洲に向かうことにした。


大井町りんかい線に乗り換える段で、早くも後悔することになる。やたら深いところにホームがある。失敗したかなと思いつつも引き返すわけにもいかないので、経路選択の失敗に気付かないフリをしてりんかい線に乗る。


国際展示場で明るいドーム型の天井を見上げながら地上に出る。今度はゆりかもめの改札がどこなのかわからない。なんとなく人の流れに乗って歩き出すが、駅から遠ざかるだけの感じがして引き返す。


駅員に尋ねると、人の流れとは完全に逆の方向にゆかもめの駅はあった。

夏らしい大粒の雨が降る中、アーケードもない国際展示場-有明を乗り換える。「こんな経路は検索結果から排除してくれよ」と経路検索アプリ悪態をつきながら、りんかい線とは対照的にやたら高いところにあるゆりかもめホームに上がる。


置き去られた未来。といった感じのこじんまりとしたホームでは自分と老人が1人、電車を待っている。

ホームの外は東京とは思えない広大な空間が広がっている。やがてたった2両の電車が滑りこんで来た。乗りこむと女性が一人だけ乗っていて、スマホで何かを見ている。


平日朝8時台の都内を走る電車が2両編成で、その車両には自分以外にはたった一人。隣の車両を覗いても3人ぐらい。

大きな窓の明るい車両から見える周囲の空間は、開放的というより寂寥感あふれると言ったほうが感覚に近いだろう。


なにかとんでもなく遠い場所に来てしまったような感覚に陥る。

さっきまでぎゅうぎゅうの大井町線で、わずかなスペースを見つけるのに必死だった自分とのギャップに頭がついていかない。金属と金属がこすれあう普通電車とは違う、ゆりかもめ牧歌的振動不思議感覚を増幅する。


ゆりかもめ豊洲に向けて進むうち、ポツポツと人が乗ってくるが席の大半は空いたままだ。

窓の外には相変わらずだだっ広い空間が広がり、その中に建設中の大きな建物がポツリポツリ。海なのか河なのかわからない水面とその周辺の雑草が生えた広い土地。雨が降っているので地面も水面も空も、灰色で塗りつぶされている。


わずか十数分の乗車なのに、何時間も前に乗った感じがする。



豊洲で地上に降りると相変わらず雨で、閑散としている。訪問先に向かううちに、あちこちから現れる人々がつくる流れの中に飲み込まれて、いつもの世界に戻ってきた感じがしてくる。



「今朝、ゆりかもめを使ってみたんですよ。」「えー。増田さんどちらにお住まいでしたっけ?。かえって時間かかるでしょ。」

訪問先でそんな会話をしながら、あの不思議時間を反芻する。


今日のこの感覚を忘れたころに、また、ゆりかもめに乗ってみようと思う。

2014-03-09

首都圏の主要道路の変遷メモ

明治~現代の各時代の古地図が見れるサイトを見つけて、古地図&道路フェチとしましては、むさぼるように見入ってしまいましたとさ。

■今昔マップ on the web 首都圏編

で、主要道路がこれまでどんな変遷をたどってきたのか、知ることができた内容をメモ代わりに。



【おもな放射道路編】

東海道国道1号・15号)

池上通り

中原街道

綱島街道

  • 1900ごろ時点で綱島~六角橋の区間が原型存在。現在では旧綱島街道としてほぼ残っている。
    • 綱島以北は現ルートに相当する道はなく、代わりに、矢上を経由してガス橋通りに相当する道と、高田・子母口へ通じる県道106号に相当する道に分岐していた。
  • 丸子橋~綱島間は1940ごろ開通。ちなみに東横線開通のほうが先で1930ごろ。
  • 大豆戸~菊名間の新道は1940ごろ開通。菊名~浦島丘間は1960ごろ開通。

目黒通り

駒沢通り

国道246号方面(青山通り六本木通り・大山厚木街道

世田谷通り津久井

甲州街道国道20号



【おもな環状道路編】

内堀通り

  • 1900時点から現在と同じ道が存在している。
  • ただし二重橋前地域は、1970ごろ以前の地図では道路なのか広場の一部なのかがはっきりしない。

外堀通り

  • 淡路町鎌倉橋間に道ができたのが1930ごろ。それ以外の区間はほぼ全線に渡って1900時点で市電が走る道路だった。

外苑東通り

外苑西通り

明治通り

  • 古川橋渋谷区間。1900ごろ時点でほぼ原型あり。広尾付近は1930ごろに市電開通とともに1本の道として整備。
  • 渋谷~新宿区間。1900ごろ時点では、明治神宮前代々木付近に若干道があるのみでそれ以外は道らしき原型はなし。
    • 渋谷駅付近は、1960ごろに宮下公園東側が開通するまでは山手線西側の道につながっていた。
  • 神宮前新宿区間は1940ごろまでに開通。
  • 新宿~池袋区間は、1950ごろに開通していてそれ以前は道らしきものはほとんど無し。
  • (以東は省略)

山手通り

  • 北品川~大崎区間は、1920ごろに開通。1950~1960ごろにかけて大きな道へ整備。
  • 大崎~五反田間は1900ごろにはすでにあり、大崎駅の陸橋は1920ごろに陸橋化されて、その後何度か形状改良されている。
  • 五反田~大橋間は1950ごろまでに開通。
  • 鑓ヶ崎~神泉の現「旧山手通り」区間は、1900ごろ時点で現道と若干異なっているが原型が存在し、1920ごろにほぼ現道のルートで開通している。
  • 神泉~熊野町の区間は、1940~1950にかけて、もともと道がなかったところに一気に開通。
  • 渋目陸橋・菅刈陸橋ができたのが1960ごろ。それまでは、初台方面から南下すると現「旧山手通り」にのみつながっていて、中目黒目黒方面とは直結していなかった。
  • 熊野町~仲宿区間は1960ごろに開通。

都道420号

  • 現在進行形で今も絶賛整備中のこの道路。1900ごろ時点で存在するのは下記区間。
    • 戸越~五本木(現在と多少異なり武蔵小山を経由)、下馬~三宿~大山(北沢)、中野駅付近、哲学道~大山(板橋)
    • ルート上に「大山」という地名が2箇所あるため、ここでは「大山(北沢)」「大山(板橋)」と記述する。
  • 大井町付近は、1920ごろの大井町線敷設以降に徐々に整備。仙台坂トンネル開通は1990ごろ。
  • 戸越小・戸越公園の一角は、1950ごろまでの地図は「三井邸」と記されている。この下にトンネル開通させて大井町駅方面へ直結させる計画が2010時点着工中。
  • 国道1号中原街道目黒通り間の現道が開通したのは1960ごろ。
  • 目黒通り駒沢通り(=五本木)間は現在2014年時点で新道着工中。
  • 五本木~下馬区間は2000ごろ開通。
  • 下馬~三宿区間は、1960ごろに既存道路を拡幅・延伸して整備。
  • 三宿~大山(北沢)区間は、現在420号指定されている狭隘道路は1900時点ですでに存在する。拡幅&新道の計画があり、拡幅工事は現在着工中だが新道についてはまだ未整備。
  • 大山(北沢)~笹塚区間は2010ごろ開通
  • 笹塚~中野五叉路区間は1960ごろに開通。
  • 中野五紗路~新井付近1930ごろ現道開通。
  • 新井付近~哲学道区間の開通が1960ごろ。
  • 哲学道~大山(板橋)区間は1900ごろ時点から道があり、徐々に整備されている。

環七通り

環八通り

府中街道大師道・南部沿線道路・川崎街道

尻手黒川道路

  • 1900ごろ時点で原型が存在するのは、末吉橋およびその周辺、矢上~梶ヶ谷~清水台区間、柿生黒川区間。
  • 川崎駅末吉橋区間は、何度かルート変更されたのち、1960ごろに現道完成。
  • 末吉橋~子母口区間は1940~1960ごろに現道完成。
  • 子母口~梶ヶ谷~清水台区間は1960~1970ごろに現道完成。梶ヶ谷貨物駅完成が1970ごろ。東名川崎IC完成が1970ごろ。
  • 清水台~稗原区間開通が1980ごろ。稗原~王禅寺ヨネッティ付近は、神木本町方面からの道路として1960ごろ先に開通。
  • 王禅寺~山口台区間は1980~2000にかけて開通。
  • 山口台~津久井道区間は2010開通。
  • 津久井交差点から黒川方面へ直結させる短絡ルートが2010現在事業中。
  • その他、2006に元住吉付近で東横線と立体交差を逆にする工事実施

横浜麻生道路

  • 1900ごろ時点で、多少現道と異なるが全線で道路が存在。柿生から先は鎌倉街道府中方面・八王子方面へ直結していた。
  • 1930ごろ、東神奈川六角橋間の現道完成。当時は市電が走っていた。六角橋北側の一部区間の現道完成は1960ごろ。
  • 1960ごろ、津久井道交点が現在のようなT字路に路線変更
  • 1970ごろ、新川向橋付近の現道完成。
  • 1980~2000にかけて、池辺町~市ヶ尾間の新道完成。
  • 2000ごろ、市ヶ尾~鉄町間の新道完成。

国道16号八王子街道・町田街道方面



【その他、概況】

地形・丘陵

河川

2013-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20131102175023

見殺しにするのと危険な救助活動をするのとどっちがいいかって、どっちもダメだろ。人の迷惑になるような救助活動は自己満足と教えるべき。

それはともかく、東急線踏切で緊急停止ボタンがついていない場所は多分ないんじゃないかな。だから、この事件は、押す人がいなかったか押しても止まれなかったかだろう。

踏み切りの場所がわからないとはっきりしたことは言いにくいし、かといってわざわざ見に行くほど物好きではないが、押しても止まれないとかいかにもありそうに思える。大井町線の駅間は短いからなあ。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201311/2013110100879&g=soc

 1日午後0時半すぎ、東京都世田谷区等々力東急大井町線尾山台駅のすぐそばにある踏切で、近くに住む無職塩路芳子さん(96)が大井町溝の口行き急行電車(6両編成)にはねられ、死亡した。踏切渡りきる前に遮断機下りたとみられ、警視庁玉川署が詳しい経緯を調べている。

あらあら、あれだけテレビで救出劇が美談報道されたのに、今回は誰も助けてくれなかったのね〜

2011-07-23

自由が丘ラバーカップ買出しメモ

急にラバーカップが必要になったので、午前10時の自由が丘をさまよってきた。

最初に、新装開店したばかりの東急ストアの2階に行ってみた。片手鍋だのシリコン調理器だのは売っているが、無印良品で言うところのバストイレタリー商品は一切売っていない。

それで次に、緑道を越えて無印良品に行ってみた。11からだった。なんでそんな開店が遅いの。ついでにFrancfrancに行ってみる。ここも11から。こういうものは、いったん欲しいと思ったら手に入るまで心が落ち着かない。雑貨屋などに頼ったおれがバカだった、と思い、大井町線の踏み切りを渡ってピーコックに行ってみるが、かなり近い線、つまり掃除用具などはあるのに肝心のラバーカップは売っていない。

雑貨屋もダメスーパーマーケットダメ、仕方ないので駅前の五十嵐金物店に泣きついた。ここには売っていた。「超強力型」というパンツァーファウストの弾体みたいなのが1575円だった。

持って帰って早速使用。今、おれはとてもとても爽やかな気分だ。

 
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