はてなキーワード: タブー視とは
ようは避妊をしないセックスをしてもらいたい、ってだけの話なのに
日本社会の不思議なところは、これほどセックスが氾濫しているにも関わらず、
公(オオヤケ)で性について語ることが奇怪なほどタブー視されているところ。
性について語られるのは、単なる猥談かジェンダー論くらいしかない。
みんなが避妊をせずにセックスをすること。セックスの回数を増やすこと。
避妊や中絶を善しとしないこと(まるでカトリックの教義みたいだがw)
世の中が避妊や中絶を重要視するのであれば、それは少子化なんかよりも、
避妊や中絶によって守られる権益の方を重視しているという証拠。
男が女の生理に関することに関わるのはなんとなくタブー的でキモい行為に思われるが
まあ自分の周囲の女性全員の生理周期を記録するのは現実的に困難だし
万が一そんな記録をしていることが外に漏れたら社会的に抹殺されるリスクもある
なのでまずは自分のパートナーの生理周期だけでも把握するようにしよう
パートナーであれば生理が始まったことを知るのは比較的容易だろう
それがわかったらすぐにスマートフォンのカレンダーに記録するんだ
女性はホルモンバランスによって体調、メンタルが大きく変化する
特に生理一週間前にもなると普段は明るいあの子が超絶メンヘラになり、些細なことでキレたりすることが多々ある
にも関わらず意外と自分の生理周期を正確に認識している女性は少ない
たいてい体調などの主観的なフィーリングで生理周期を管理している
そうすれば
と仏の心で許すことができるだけでなく
場合によっては本人に
「今の気持ちは生理前でホルモンバランスが乱れているせいなんだよ」
と伝えてやれば、ホルモンによって乱された感情による短絡的な言動を抑制することもできる
たいていカップルでどこか出かける場合は男の側が予定を組むことが多いのでこれはかなり有効だ
さらにそれだけではない
生理周期を把握するということは排卵周期を把握することでもある
嫁は普段あまり積極的でない俺が稀にセックスを求めるのことがあることを不思議に思っているが
ちなみに逆に避妊に利用することも可能だが
生理周期(≒排卵周期)が不規則になることもあるのであまりおすすめはしない
今までは声優を全員変更するなどして補って来てたけど
今はそれが視聴者に物凄く嫌われる事なのでタブー視されつつある。
そんな中での事なので実に心苦しいのだけれど、
今人気の声優さんが裏の仕事もしてますって宣伝する事にならないかという心配がある。
エロゲは今でこそ寛容なユーザーや視聴者のおかげで何も問題ないように見られてる節があるけど
元々はそういうのが駄目だからって意味合いもあって声優全員とっかえもあったのではないかと思う。
そんなわけで、正直今は表で仕事を抱える声優さんが裏でも仕事してますって空気だと
何かと駄目な気がする。
せめて名前を伏せるかして欲しい。
でないと、わざわざ裏名義で出演する意味がない。
裏で出て表でアニメ化されたら表名義で出ざるを得ない声優さんが少し可哀想に感じた。
まあ、それだけなんだ。すまない。
ていうか、軍人が個人で行った強制連行はあったけれども、それは既にその場で軍事裁判が行われたか、戦後東京裁判にて判決があって既にけりがついている話
その責任を仮に取るというのなら、それは個人が取るべき話であって、国が謝罪を行う筋合いの話では無い。個人の犯罪に国が謝罪するなんて事は無い。
国が責任を取るべき問題の話って言うのは「それに軍が組織として関与していたかどうか」って話
で、軍の行為として行われたのなら、それには公式な命令文章が存在するはずなんだけど、それは一切見つかっていない。
証拠隠滅が謀られたという一派がいるけれども、731部隊の件とかもっとやばい件ですら証拠隠滅が完全に出来なかったのに、慰安婦の件に関してそれ以上のセキュリティが張られて、アメリカのチェックから完全に逃れたと考えるのは不自然
そもそも、ベトナム戦争ですらその当事者の韓国がやっていた位、当時そんなにタブー視されていない行為を証拠隠滅するという流れ自体が、当時の世相を考えれば不自然
これらの状況をきちんと受け止めてそれを反証するなり認めるなりするか
それとも、それらからそっぽを向いて「でもやってるんだろ?」と漠然とイメージするのは個人の勝手だが、そのイメージこそが戦後の教育のたまものである事は認識した方が良い
「私は差別するつもりがない」ってのは、近年は皆がそういう感じの意見だろうけど、出身地を言いづらい雰囲気はまだあるんじゃない?
例えば、ある中年女性が「わたしは息子の嫁がどこの出身でもかまわない」と考えていたとする。この人はたぶん、自分では差別をするつもりがないと思っているはず。
でも、彼女が同時に、「うちに来た嫁が非差別部落の出身だと周囲に知られるのはイヤだ」という考え方をしていることもある。
部落差別のせいで結婚を許されないっていうケースはさすがに減っていると思うけどね。一方で、「結婚したらなるべく出身地とは関わるな」とか「出身地がバレるような行動をひかえろ」という圧力はありそう。
元増田は「あえて言わなければ誰にもわからないし差別されないだろうなあ」と書いているけど、差別を逃れるために出身地を隠さないといけないって状態が良いとはいえないだろう。それはやっぱり差別が根強いせいだと思う。
追記
部落差別の深刻さは、日本国内でも地域ごとにかなり違う。ただ、関東の人も「自分がよく知らないだけで実は身近に存在した」ということがあると思う。
一般的にはそういう話題がタブー視されているから認知度が低かったり、それこそ当事者が差別を恐れて自分からは何も言わなかったり、そっちの要因で元増田が知らないだけってこともあるんじゃないかな。
ネット民戦慄! 表現の自由を脅かす”ゾーニング破り”とは? - トゥギャッチ
非実在腐女子エリコちゃんに(物陰から)説教をかまそうとしたり、その勢いで著者である小野ほりでいさんに(物陰から)因縁をつけたり、ちょっと前に大炎上した痴漢関連の話を思い出したりするエントリである。
追記:くっそ長いです。制限オーバーして最後にトラバにはみ出すくらい。
冒頭にリンクした記事では「エリコちゃんがTwitterに投稿したBL風の二次創作マンガが炎上する」という事件から
ここで、腐向け二次創作画像のツイートが炎上したエリコちゃんはこう言っている。
(エリコ) でも、プロフィールでちゃんと注意書きしたのになんで炎上したんだろう?
(ミカ先輩)こういうネタのゾーニングは、リツイートにリツイートが重なってぐだぐだになっちゃうからね。
(エリコ) ゾーニング?
(ミカ先輩)ゾーニングというのは、情報の発信者や仲介者が表現物を「見たくない人・見せるべきでない人」にまで行き届かないよう配慮したり工夫したりすることよ。
ここでは、「エリコちゃんはプロフィールに『腐向け二次創作注意』『18歳未満の方の閲覧はお断りします』って書いて【ゾーニングをしているはず】」で、それが「RTによってぐだぐだになった」という見解で書かれている。
そもそもTwitterというのは、「発言ひとつひとつがTLに流れていく」前提のツールではなかっただろうか。
とくにRTされた発言は、いちいち「この人はどんな人か」を確認するすべなどない。
「この人はどんな人か」から切り離され、発言だけが一人歩きする。Twitterはもともとそういう特性を持ったツールだ。
ようするに、「鍵なしでやってる以上、プロフィールの注意書きが読まれる前に発言だけ見られるのは当たり前のこと」である。
なんぼプロフィールに「腐向けだから注意してね」って書いてましたよ、と主張しようが、Twitterというツールの特性上無意味に終わる可能性は高いのだ。
そういう、かなりの勢いでほかの事を犠牲にする作業を受け手にさせるのって、
「ゾーニングしてた」って言えるんだろうか…?
それは「目をつぶってれば見えないでしょう」と同じではないんだろうか。
この記事後半では、悪意の第三者である「ゾーニング破り」という人の存在が提示される。
まあ、古くからある言葉で言えば晒しだ。晒しするような人そりゃあ厄介ですよ。
悪意からRTするような人最悪ですよ。そうだそうだ!怪人ゾーニング破りがみんな悪い!!
そうだろうか。
昔エイズ検査促進CMのキャッチコピーで、「カレシの元カノの元カレを、知っていますか」というのがあったが、それと似ていると思う。
私たちは、「フォロワーのフォロワーのフォロワー」のことまでは知らない。
エリコちゃんのTLにいるのは、彼女のプロフィールを読んで了解したフォロワーがほとんどだろう。
そのフォロワーがエリコちゃんのイラストを好ましいと思い、RTしたらそのフォロワーにつながるだろう。
だがその先は?
BLなんて反吐が出るほど嫌いなファンとつながっている可能性は。
二次創作イラストが「嫌いな人、望まない人、見てほしくない人の目にはいる」可能性は、怪人ゾーニング破りのような「悪意ある第三者」よりも、そういった「好きだと思った善意の人」からの可能性のほうが高いのではないか。
その意味で、Twitter上でのゾーニングと言うテーマを扱うとき、「ゾーニング破り」という悪意の存在だけに焦点を絞るのは片手落ちだと思うのだ。
これは腐向けだけに限らない。多くの「不適切な」ものに共通である。
少し横道ではあるが、二次創作BLのゾーニングについてはもうひとつ厄介な問題が付きまとう。
「男女恋愛の二次創作と、BLの二次創作は同等のゾーニングでいいのか?」である。
これについては本当に腐女子間でも各々の思想があるから一概には語れない。
数年前までは「キャラを勝手にホモにした妄想するなんて異常だよ。異常性癖は隠すべき」なんて言い回しが腐女子間の「マナー」として語られていた。
上記の言葉がすんなり受け入れられる人も今もいるかもしれないし、
「いや、ホモが異常って言ってるわけじゃないから、女の私がホモを妄想することが異常って言ってるだけだから」と言う向きもあるだろう。
ゾーニングについても、
「男女恋愛より嫌がる人が多いんだから、BLのゾーニングは男女より慎重になるべき」という向きも、
「同性愛描写のタブー視に加担するのは嫌だ。男女恋愛と同等のゾーニングで十分」という向きもあると思うし
「いや、っていうか男女二次がゾーニングに無関心すぎるでしょ。BL見習って、エロや人を選ぶ絵は見えないようにしろよ」って人もいる。
個々の考えについてここでは意見しないけれど、問題のややこしさについてはお分かりいただけると思う。
腐女子の一部は、しばしば他者の作品、嗜好に対し激烈な拒否反応を示すことがある(「地雷」と呼ばれる)。
それを「見たほうが悪い」で済ませるかどうかについても、腐女子間では議論百出である。
対外的にも、対腐女子的にも色々な問題に悩みながら、ためらいながら、己の安寧と衝動と、自分の絵を広く見てほしい気持ちと、見知らぬ他者の平和の狭間で揺れ続けるのがゾーニング問題なのだ。
エリコちゃんはこういう。
なにがいいたいかっつうと、いろいろ我々もフクザツなのだ。
長々語ったが、ぶっちゃけ多くの腐の感覚はミカ先輩とエリコちゃんが以下に言うとおりだとは思う。
(ミカ先輩) でも怒られて嫌な思いをするのは結局こっちだから、どういうふうに工夫できるか自分で考えないとね。
…(中略)…
(ミカ先輩)まあ、そのへんの基準は人によって違うけどね。
ただ、気をつけないと怒る人は内外にいるってこと。
(エリコ)私は怒られたくない。
その通りである。怒られたくない。
ゾーニングに対する意識は前述のように多岐にわたる。単純に考えの足りない人もいるかもしれない。
だがしかし、きほんてきに、静かに暮らしたいのだ多くの腐女子は。
実際のところ、腐女子界隈で多くとられている措置は、さらに以下のようなものがある。
①「不適切な画像を含むものとして設定する」にチェックを入れる
②「表垢」と「裏垢」を使い分ける
③privatterなどの外部サービスを利用する
①はTwitterのデフォルト機能である。受け手が「不適切な画像を表示しない」設定にすることにより、サムネイルの表示にワンクッションはさませるもの。
ただ、おそらくBLは見たくないけど男女(or百合)のエロは見たいぜ!って人は不適切な画像も表示させている可能性が高く、「設定してないおめーが悪いんだろ」という理論は成り立っても自衛としては不十分とみなされることがある。
②は、鍵をかけておらずイラストも過激なものを投稿しない「表垢」を作り、主な交流や雑談をそこで行う。
そこで知り合い、年齢が確認できる人だけ鍵つきの「裏垢」フォローを許可する、という方法である。
BLっぽさがあきらかな作品やエロなどは「裏垢」に投稿することで、幅広い交流とゾーニングとを同時に行うのである。
③は、要するに「作品を見てもらうのにワンクッションはさむ」と言う方式である。
- Privatter - share your long tweets to your followers only
中でもプライベッターは、画像・テキストどちらも投稿でき、公開範囲を全体・ログイン限定・フォロワー限定・フォロー限定…などと細かく設定できるため、最近非常に好まれている印象がある。
「ログイン限定」は、Twitterにログインしている人なら誰でも見られるのだが、作品を見るためにprivatterをTwitterに関連付けするというワンアクションが必要になるため、ある程度「見たくない人の目に入ってしまう」事態を防げると目されている。
さて、長々と腐女子とゾーニングにまつわるエトセトラについて語った。
もしかしたら「いや、そういうディティールはいいんだよね。あの記事は『ゾーニング破り』っていうならず者を告発するのがメインでしょ?」とお思いの方がいらっしゃるかもしれない。
いや、そうなのだ。そう思う。
でも、正直、私は小野ほりでいさんの、「そういうディティール」を捨て去った記事が苦手なのだ。
ぶっちゃけこれが言いたい。すみません増田の癖に。しかも腐った増田の癖に。
小野ほりでいさんの「エリコちゃんとミカ先輩」記事は、よくネット上で話題のいろんな「微妙な問題」をばっさりと切る。
私も彼の記事を読んで「だよね!超納得、すっきり!よく言ってくれた!」と思ったことがある。
だがしかし。前述の「腐女子とゾーニング」問題のように、自分が当事者としてかかわっている問題になると、どうも読後のモヤモヤが残るのである。
記事の言ってることは、決して間違ってない。
けど、私が実際に見ている世界には、もっと細かくいろんな問題があって、その中でなんとかバランスをとろうとしているのだけどな…といいたくなってしまう。
privatterがどうこうとかそら興味ないだろうし、知らなくても彼の記事は正論として成り立つ。
でもさあ。でもさあ…
なぜ、細かいことはよく知らないのに、ミカ先輩は正論を言えてしまうのだろう。
それは、悪役を作り上げ、「名前をつけた」からだ。
前述の通り、ゾーニング問題は「善意の第三者」によって破られることもあるが、
このリツイートした森山ゴリ夫という人の「こういうのって気持ち悪くない?」というコメント…。
これは明らかに「見て不快に思う人に見せる前提」で共感を集めるためにやっている面があるよね。
ややこしいところを全部ぶっとばして、誰もが「わあこいつはどうよ」と思える悪役を持ち出す。
そして、その悪役に「ゾーニング破り」と言う名前をつける。
こうなれば、読んだ人間の気持ちは一致するのだ。そうだ、ぼくたちの敵は「ゾーニング破り」って名前なのだ。
どうして痴漢された話は「自慢話」になるの? - トゥギャッチ
痴漢問題について「自己責任論によるストレス隔離」という「名前」を掲げて切り込んだ記事も、
最後はこうなる。
そうだ。そうなんだけど、その通りなんだけど。
ネット上では、自分で好きで記事を読んでおきながらブログを読んで殴りかかってくる人もたくさんいる(私みたいに)。でも読んだ人がどう反応するかは自由だ。その倫理観は人による。
また、痴漢問題における社会的周知や認識の共有も進んでいるとは言いがたく、「無理やり聞かせる」と「なんとか一緒に考えてくれとお願いする」の境目はどこだって話もある。どこに不快を感じるかは人による。
けれどもそういうメンドクサイことは語られない。名前がつかないから。
そして、「自己責任論によるストレス隔離」という「名前」周りの事象だけが語られ、きれいにまとめられる。
でも、そっからが。
ミカ先輩よ、あなたが今丸めたそこからが、懲りずに炎上しくすぶり続ける本質なのではないか。
あなたは、そこを見ない振りして「キャッチーな名前」をつけ、そこから一点突破で論を構築する。
そして「これは正論」「すっきりしました!」と多くの人から賞賛を受ける。
あなたのつける名前はわかりやすく、理論にはそつがない。その問題に詳しくない人にもすっとしみこむ。
すっきりしたか?そうか?ボロッボロ大事なことが落ちてないか?
そして、これがいちばん引っかかる。
その、「すっきりしたキャッチーな名前」を得た人たちは、もうその問題を「解決済み」のフォルダに入れてしまうのではないか。
そして、問題の渦中で苦しみ続ける人を見て、「ミカ先輩があんなにきれいにまとめたのに、まだ苦しんでるのか。ばかだなあ」と思いはしないだろうか?
私が、小野ほりでいさんの記事をあまり好きになれない理由はこれである。
名前をつけてやる。
名前をつけて、それでその問題がすべて解決したかのような印象を(小野ほりでいさんの意思はともかくとして)受ける人がいる。
名前のつかなかった細かい細かい、しかし容易には解決しない問題は積み残したままに。
そして記事を読んだ人たちは、本質を理解した気分ですっきりして立ち去り、問題の渦中にいる人は苦しみ続ける。
今上で思いっきり批判したことを、自分でひとつやってみたいと思う。
性暴力、冤罪、男性の立場、女性の立場、男性差別、女性差別、都市の過密、労働形態、子供の保護…
痴漢問題を語る切り口は無数にあり、ひとたび話題に上るとそれぞれの人間がそれぞれの立場からそれぞれが気になる切り口について語るので、基本的に収拾がつかない。
11月はじめ、「痴漢されない女子の特徴」というエントリが大炎上した。
http://cild.hatenablog.com/entry/2015/11/05/072629 - 2015年11月5日 07:55 - ウェブ魚拓
例に漏れず私も大変なアンチになったので、上記リンクは魚拓である。
ところでこの記事に対する反応はすさまじかった。
老若男女を問わず、みながブログ主の性犯罪に対する無理解と、性差別意識を叩きに叩いた。
前述の通り痴漢問題は無数の立ち居地と切り口から語られ、全会一致など到底ありえないはずだが、ことあのブログに対するコメントやブコメに関しては、殆どの人が意見を一にしていたのではないかと思う。
ブコメは増え続け、言及記事が連日ホッテントリに上る、祭りの様相だった。
あの、「無理解と差別意識に満ちた邪悪なブログ主」という悪役を得て、我々は性別を超え立場を超え「団結」したのだ。
彼を叩いている間、我々は仲間でいられたのだ。
そして、正直に告白する。
「団結」できたことが私はうれしかった。
己の考えとはまったく異なる意見を、私の目には無理解と保身としか思えないブコメを、痴漢関連のエントリではたくさん見る。
けれどあの記事に関してだけは、どのコメントを読んでも納得がいき同意できた。
ミカ先輩は非常にたくみに、ややこしい問題をスマートに言い表す。
そして、炎上しゴタゴタするはずの話題について、「同意」「正論」というコメントが並ぶ。
喧々諤々しているところより、すっきりした結論と、それに対する同意の中にいられたほうがいい。
同じ考えの人の中で、自分もまた同じ考えを書き込む。
自分の感覚の「正しさ」を、「団結」が――わかりやすい理論と、同意コメントの多さが――保証してくれる。
しかし、前述の通り、ミカ先輩の言うことは、「スマートで誰でも同意できる」代わり、「ややこしくてなかなか解決しないこと」をしばしば捨て去っている。
本当は、そこに取り組み続けることがもっとも大変なのに。
だから、思うのだ。
彼女は、「問題に真摯に取り組む姿勢」を捨て、その代わりに我々に「団結」という快楽を提供してくれているのではないか。
それは、いわばポルノだ。
「団結」と言う名のポルノだと思う。
「団結」は一瞬の快楽をもたらしてくれるし、あまり興味のない問題ならば「読んですっきり」できる。
それが悪いことだろうか、と言われたら私は答えに窮する。
世の中の問題のいちいちに、「真摯に」かかずらわってるほど我々は暇ではない。
腐女子がゾーニングにどんだけ頭を悩ませてようが、二次創作に興味のない人は「私に迷惑かかんなきゃいいよ」ってなもんだろう。
でも、どうか、時々でいいから、振り返ってほしいのだ。
あなたが「団結ポルノ」ですっきりしたあとに、点々とこぼされている、ややこしくて、一概には言えなくて、どうにもならない問題があることについて。
それに取り組み続けている人がいることについて。
なんで過去必死に努力をして(伝聞)高学歴の家庭に育った佐野氏が末端デザイナーですらタブー視してる人のアイディアを安易にパクる方法で仕事をしてきたか考えてみた。
もしかしたら氏は過去に自分で考えて必死にアイディアひねり出したデザインをしていたのかもしれない。
だけどもわがままで自分勝手でセンスのないクライアントに何度も何度ももまれてけちょんけちょんにけなされて
それで繊細な心を持つ氏は自分のアイディアを表に出すことを怖がるようになったではないだろうか。
そこで人のアイディアの流用なら自分のセンスを批判されたわけではないから傷つかないということに気が付き、
以来ガラスのハートを守るために他の人のアイディアを自分でひねり出したかのように表現することを商売にしはじめた。
と、いうのを考えたけどさっきどっかで見たもともとウチワを「涼」の字にあてたデザインを無理やり扇子にして作ったパクリデザインは本気でひどかったので
産婦人科関連のツイートを見て色々思ったことがある。とはいえ考古学を学ぶしがない軟弱大学生が書き殴ってるだけなので便所の落書き感覚でさらっと流してほしい。
まず、考古学業界は超男社会である(と私は思っている)。某市の文化財課は「女子学生どう?」という問いに「女か~」と答えるし、数年前卒業した女性の先輩は女子トイレの無い職場に就職した。
専門職だしそんなもんだよな~と思いつつも、心のどこかで「男女平等とはなんだったんだ」と思う気持ちもある。数でいえば女性研究者も増えているはずだし、別に女だからすごいセクハラを受けたりいじめぬかれるという話でもないので、結局甘ったれの意見だよな~でもな~とモヤモヤしている。
考古学の発掘調査は山の中やド田舎の畑で行われることも多い。民宿なんかに何週間か泊まって、毎日現場と宿の行き来をする。風呂トイレ洗濯機共同で自炊。部屋に鍵はないし、男子部屋との区切りは襖一枚とかの世界なのでプライバシーも糞もない。1週間もすると(軟弱な学生なので)みんな疲れ切った顔でぼーっとしてくる。
しかしそこはいい。都会のキラキラした女子大の学生とかおしとやかなお嬢さんとかが聞いたらドン引きな環境なんだろうけれど、その辺は覚悟していってる部分だし、良い意味で男女を意識することなく過ごせた。少なくとも私は。
問題は現場でのことである。トイレの話である。こういう山の中にトイレがあるわけもなく、お昼に一回トイレ休憩で街に降りて行くのが多かった。そういう時女子学生が大変なのが生理である。気合で止まるものでもないので、突然来るともー本当に地獄である。
ある調査での移動中、女性が突然ひどい生理になってしまったことがある。これはまずいと思って「どこかにコンビニか薬局ありませんか」と先生に尋ねたら、先生は少しむっとした顔で「そんなとこに行ってどうするの」と言う。20歳前の小娘はちょっと躊躇した。生理です、とはっきり言っていいものか。しかも自分じゃないし。でも女性は横でうんうん呻いている。悩む内に「そんな暇は無いよ」とお言葉。いやいや緊急事態なんだけど。さすがに下半身血まみれで土掘れとは言えないので、「生理になってしまって…」と小声で言った。先生が若干ばつの悪そうな顔で「わかった」と進路を変えた。優しい人で助かったと思った。
これがまず若干モヤモヤ。女性から男性に「急に生理来ちゃったのでちょっとトイレorコンビニ寄ってもらっていいですか」とは言い辛いよな~でも男性に察して下さいなんて言えないしな~と。自己管理ちゃんとしとけば対応できたのかな~でもいつもと全く違う環境で突然来られたらどうすりゃいいんだろうな~と。モヤモヤは尽きない。
他にもある。ある先生がしみじみと「やっぱり調査やってても、女性がきちんと身づくろいできる時間とか確保しないと、この業界に中々女性は来ないよな~」と言った。いやそうなんだけど!と心の中でツッコミを入れたけど、それはちょっと違うとは言えなかった。
そうだよな~若い女の子が髪ボサボサ汗ドロドロで土掘ってんのは多少気になるんだろうな~でも私たち(女子学生)が気にしてんのはそこじゃないんだよな~とモヤモヤ。
大自然にあえて突っ込んでいくわけなので、見た目とかはそんなに気にしてない。というか気にしてる場合ではない、という状況にはもうとっくに折り合いをつけてる。(もちろん普段はおしゃれとかするよ)
そこでフラッシュバックするのはやっぱり「生理」の問題である。他の学生がどうかは知らないが、私は泊りがけの調査で一番気にするのがここである。
環境の変化に弱いのか、毎回調査中に周期が狂う。そして突然来る。そして困る。こちらとしてももう大体分かってて、作業着が真っ赤だYO!みたいな惨事はギリギリ防げるのだが、体調はどうしてもそれなりにキツイ。
私はそんなに重くない方なのでまだ良いのだが、これでもう毎回貧血でふらっふらでトイレには1時間に1回行かないと大変なことになります、みたいな女性だったら大変だろうな、どうするんだろうな、とモヤモヤ。
でもこれって男女間で折り合いつけるのものすごい難しい問題なんだよなあと思う。「生理」って女性の領域というか、男性はそれについて知ってはいけないみたいな雰囲気あるんじゃないだろうか。そりゃ詳しく知らないし、知りたくないだろうし、知ることできないだろうな~。女性の内臓がない男性に「生理」で困ること説明しようとするとものすごい大変だろうな~。女性も嫌だろうしな~。
だって「生理中なので、頭痛と吐き気と腹痛を抱えています。薬を飲んでもあまり軽減されません。出血量がひどいので、1時間に1度トイレに行くことを許可してください」とか言えない気がする。私は何か言えない。それはダメなんじゃないか、と尻込みしてしまう。
つまるところ、こういうモヤモヤを抱えながら男社会で生きてくのか~と思うと、他の人どうしてるんだろ~と私どうやって生理と付き合ってくんだろ~とか色々考える。
私は生理不順にあまり悩まされてこなかったので、婦人科系の知識には疎い。ので、詳しい人からするとこういう手があんだよ!とか甘ったれてんな!とかあると思う。男社会で生きてくってのはこんな細かいこと気にしないってことなんだよ!甘ったれんな!という意見もあると思う。
そりゃあそうだよな~と思うしかない。私は甘ったれの自覚があるのでうんうんとうなずくだけである。でも、こういう話はネットに書き殴るくらいしか発散できない(というか私がそういうタイプな)ので、細々と書かせてもらった。
男社会で生きている素敵な女性たち、もしこのグダグダな文章を見て何か思うことがあったら是非教えてほしいな~と思う。割と切実に。
追記
考えてみれば考古学業界全体がそういう傾向って話でもないのでちょっと修正しました。
追記2
かなりブクマが増えてて焦った。こんなにシモの話をぶちまけて良かったのか悩んだけどみなさん色々思うところがあるのですね。ここまできたら細かく解説する勢いで行こう。
この話は女性同士だから分かり合えるって話でもないのかもなあ。下手したら生理の軽い人がすっごい重い人見て「私は平気なんだから寝込むほどつらいわけないでしょ」てなことにもなりかねないというか。
調査行くときは大荷物ですが、ほとんどは宿に置いている訳ですよ。山の上のだと、かなり険しい道のりだったりするので。生理用品持ってけるだけ持ってくけど、危うい時も多々あるんですよね~(そもそもトイレ無い。なので茂みで…)
ぶっちゃけた話すると動くと出る。ドバっと。長時間用の当ててもダメだったって人もいました。個人差がある話なので難しいですね。ピルも体質とかあるし、私はよく知らないのですがすぐもらって飲めるんでしょうか。(無知ですみません)
これに関しては研究室の備品に組み込むのが一番スムーズな気がしますね。渓流釣りが趣味の方、とっても参考になりました。ありがとうございます。
そして男性の方からもコメントあってびっくり。生理について配慮というかちょっと頭の片隅においてもらえるだけで大分助かります。女性にはそういうめんどくさいイベント(めんどくさいけど子供を産むためには大事な生理現象なんですよね)がほぼ月1でやってきて、人によっては中々大変なこともあるらしい~くらいの認識で。可能性の一つとしてあるだけで少し違うのでは。(男性もびっくりしない、女性もそれ見て焦らない的な意味で)もちろん女性も伝える努力いると思います。
でも生理についてどこまでぶっちゃけられるかも人によって差がありますしね。男女問わず口に出すのすら恥ずかしいって人もいるだろうな~
生理について考えると男女平等ってなんじゃい、って気分になる。あくまで私の周辺でのイメージなだけで、社会は思ったより男女平等かもしれないが。(所詮社会を知らない学生の考えることなので)
どうも男社会に入って働くためには、髪の毛もぐりぐりに短くして(長い髪って色々大変なんですな、洗髪とか)、もりもり力仕事に励んで、タフで、生理?なんぼのもんじゃい!ガハハ!みたいに変わらないとダメなのかな~というイメージが抜けない。(多分あんまり女性研究者に会ったことがないせいかもしれない。男社会で頑張る素敵な女性たち勝手なイメージごめんなさい)
でも実際問題、体格・筋肉量・生理等々の根性と工夫でどうにもならない部分はどう折り合いを付けてるのか非常に気になる所。男性から見たらマイナス要素しかないよな~私もマイナス要素になるってこと分かってるしな~
もう女性いらない!って決めた職場は女性取らない方がいいんじゃないか?と思うことすらある。変に男女平等を意識して採用して、男女どっちも辛くなったりイライラギスギスするのであればその方がいいのでは?世の中に逆行することかもしれないけどね~
これは女性側の話だけど、女性社会で働いてる男性(保育士さんとか?)もかなり大変らしい。男女平等っていうけど生々しい部分にスポット当てると簡単な話じゃなさそうだ。
追記3
ブクマ増えすぎ。みんな意外と気にしてた部分なのかな~
まあ、「自分から言え」っていう一言に尽きる話なんですけどね。ただ、言った時の男性側の「あっしまった」みたいな空気が罪悪感と言うか…こんなこと言い出してすいません…という空気。(感じちゃうのは私だけなんでしょうね)
http://anond.hatelabo.jp/20150417085235
の続き。
ここで最終出勤日。
定時近くなってから、関係部署、主に営業部門の人にあいさつに行く。
外出やらで不在の人も多かったが、その場にいた人には一人ひとり声をかける。
昔一緒に仕事した(その後異動した)営業の人にも声をかける。久々に話せて良かった。
そのあと自部署へ。課長にはあいさつしたが、部長とそれ以上の人には何となくあいさつに行かなかった。
行けばいいんだろうけど。どうにも不器用だ。
自部署を回る。自部署の人でも、俺の退職を知らない人がいて驚いた。
そりゃ自分から周知してたわけじゃないが、周知の事実だと思ってた。
現場には混乱を招くと思うんだけどなぁ。上司や会社の面子か?アホらしい。
俺の場合は、(上と矛盾するようで恐縮だが)紋切り型のあいさつに意味はないと思ってたので出さなかった。
結果的に、昔の上司や、遠方のオフィスの同僚、会社の同期入社の皆には連絡せずに退職することになった。
今から考えると周知の意味で出しておいても良かったかなと思う。
同僚が昔、「前の会社を辞めてオフィスを出たときの空気が、これまでで一番美味かった。」という言葉を残したが、
自分の身になってみると、そこまでではなかったので、この会社はそれなりに好きだったんだろう。
転職先の入社まで少し日があるので、この日をもって、晴れて無職になった。
次は準備だ。
続く
はてなはネットの中でも女性の権利を主張する人が多く、その手の話題を目にすることが多い。
どうやら女性の権利を尊重するためには、世間には恐ろしいほどタブーが多いみたいだ。
その手の言説を真に受けるなら、女性には 触らない・喋りかけない・見てはいけない・否定をしてはいけない ともはや自分の存在がタブー視されているようで恐ろしい。
その上、男女平等なもんで、女性は男性と同様に扱う必要があるという。要するに避けてはいけないみたいだ。
女性として丁重に扱う必要もあるらしい。もう何がなにやらワケガワカラナイヨ。
女性を必要以上に気にかけて、丁重に扱うと男性への逆差別な気もするのだけれど、まあ男だからいいのかもしれない。
男でごめんなさい。生きていてごめんなさい。
梅毒の末期とかがごろごろいた昔なら、性への背徳感は自然な感情
いまでもコンジローマ、ヘルペス、肝炎、HIVと治療困難な性病はたくさんある。
近年の日本社会はエロスをタブー視しすぎですよホント。ろくでなし子事件もおかしいです。まんこデータ配った人逮捕して誰得ですか?
実在児童に関する児童ポルノ法改正はまだ分かりますよ。性犯罪抑止に効果があるかは別として、被害者がいますから。
けど、わいせつ物陳列罪って何やのん?意味わからんでホンマ。法学者の中でも疑問視する声が根強いねんて。ええ加減考え直したらどうなん?
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学校教育でも「風紀を乱す」という謎の理由で短すぎるスカートを禁じる伝統がある。なんで短くしたらあかんの?
年頃の男性器の射幸心を煽ると学業がおろそかになるから?w健全な青少年の育成を阻害するから?
知識と価値観が未熟なのに「不純異性交遊」に及ぶのがまずいって?ぶっちゃけこじつけだよなw
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まあ青少年のうちは百歩譲って分からんでもないけどさ。なんで社会一般にエロスがタブー視されてんだ?意味わからんよ?誰かkwsk。
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西洋ではキリスト教の戒律の関係で性がタブー視されてきた歴史がある。西洋では基本的にみんなが宗教を信じていて、日本人からすれば「また神の話してる」状態。
無宗教は「どこの馬の骨かも分からん奴」と見なされる風潮がある。そして、宗教の大半がキリスト教である。
ニーチェは100年以上前に「神は死んだ」と言ったが、未だにキリスト教は根強い。どこ行っても金太郎飴のようにキリスト教。
そのキリスト教が「えっちなのはいけないと思います」と言っているから、fuckなどの語は「卑猥」とされ多くの州で法規制がなされている。
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まあそれらもそれらでツッコミ所満載なのだが、日本も日本でどうよ?
君達も知っているように、もともと日本は性にオープンだった。夜這いに盆踊りックス最高。なのにどうしてこうなった。
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海外の人達のFAQに「日本ってHENTAIでKENZENな国だろ?なのに何故草食系が多いんだ?」というものがある。
理由はカンタン。日本文化には「ハレ」と「ケ」の両極性がある。「ハレ」がhentaiで「ケ」が草食系なのだ。
そんな文化背景があるため、「大人しそうな顔して変態」という日本人のイメージはだいたいあってる。
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だいたいあってるのだが、ここ数十年は少し事情が違ってきた。ずいぶんと性が抑圧されるようになり、性が弱体化した。
従来日本人の性の奔放さつまり「ハレ」には、日本人の規範意識の強さを同調圧力でさらにガッチガチに固めたような「ケ」を中和する役割があった。
そのバランスが近年は崩れてきて、「ケ」ばかりが前面に現れ、「ハレ」が弱体化してしまっておる。
それが少子化や性交渉頻度の国際比較データにもモロに出ている。また、日本の成人男性の4割がEDという専門家の見解もある。
勃起不全なんて昔は還暦まぢかのオジーサンがなる病気だったのに、今の日本では20代のEDも珍しくないという有様で、他国には類をみない。
ちなみにオナ禁については、海外でも宗教的理由や科学的理由から盛んで、Nofapという大きなWebサイトもあるくらいだが、
そこを見れば、性への後ろめたさからオナ禁に走るのはやはり日本特有だということがよく分かる。
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そもそもエロスとは生殖本能という獣性の美化でね(ちなみにグルメは食という残虐性の美化である)、その化粧がはがれてきただけとも言えるんだけどね。
いかにHENTAIが生命の本能であろうとも人間は美を好むから、醜悪なエロスには真顔になり「猥褻」と言ってのける。
日本人は特に自主的な規範意識が強いから、規範や常識から外れると下品とみなす傾向が強い。現に、外国人はエロスを分かってない、
下品だといったことを平気で言う日本人は多い。だけどそれは、日本では非常識だから化粧で美化できないというだけなんだよね。
その美化できる範囲がどんどん狭まって、それに調子づいてモラリストや規制派が元気になっているのが今の日本というわけだ。
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エロスとは所詮は化粧による美化であり、文化相対的なものにすぎない。この観点は、性を固定観念から解放する上で重要である。
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日本はもうそろそろいい加減潮時とちゃいまっか?日本でのエロスのタブー視は、宗教的・科学的根拠の何もない有害無益なシロモノなのだから、
もうちょっとゆるめてもええんとちゃうん?そりゃ何でもありというわけにはいかんかもしれまへんけど、ちょっとくらいゆるめてもらうわけにはいけへんやろか?
なあ?あんたもそう思うやろ?
企画パクリ等により企画者本人がプロジェクトに参加していないなど、
システムは、設計書さえ有れば企画者がいなくても出来ると勘違いしてしまう為か、
設計書だけ見れば、企画者をプロジェクトから外す行為がしばしば。
しかし、企画者がいないと急な問題発生に対応できずとん挫してしまう
映画で言う処の、プロデューサー・監督無しで、役者やカメラさんだけでやろうとする。
企画立案の仕事は、プログラムを組む仕事と比べ比重が小さいと本気で考え、
ゴミみたいなアイデアが山ほどあるからと言って、アイデアを出す事に意味が無いと考えるのは早計でアホ。
ゴミみたいなアイデアが山ほどあるからこそ、アイデア出しの難しさを物語っている。
●多重請負
(上の問題が解決すれば自ずと解決する。問題の本質はここではない。)
日本のシステムの多くは、大企業、官庁などからの既存業務を効率化する為の大型システムの発注で、
上から下に流れるのは当然。
真の製品・サービスを企画立案し、創造するアップルの様な企業が無い事が問題
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しかし、この問題はエリートの目をそむけたくなる様な真実がある為か、
率直に言えば、結構面白かった。ひき込まれて一気に読んでしまった。
私はドイツについてほとんど無知で、現代ドイツでは「ヒトラー」「ナチス」がタブー視されている、くらいしか知らない。なので、本書のユーモアについても半分も解せていないかもしれないが、それでも結構面白かった。
この本(日本語訳版)は、オビやら前書きや後書きで「ヒトラーを称賛するものではない」と強調されている。現代ドイツでは、「過去の悲劇を繰り返さないために」という文脈でしか、ヒトラーを語ることはできないようだ。だが本文では、徹底してヒトラーの一人称視点で物語が展開していくので、そのような言い訳がましい言文が殊更強調されるというものでもなく、エンターテインメントとしてすっきりあっさり読めてしまう。
本書をどのように捉えるかは、ことに日本では様々な意見があると思う。コメディとして読むもよし、教訓を受けるもよし、批判するもよし。
私はとりあえず態度を保留することにした。ただ、現代に現れたヒトラーがドイツ社会に賛否ありながらも受け容れられていく様子と、本書が賛否両論ありつつドイツでベストセラーとなっていく過程がある種の相似形となっているように感じた。これは、敗戦後にタブーとなったヒトラーを、目を背け続けるのではなく、新しく捉えなおすことのできる時代が、ようやく訪れた、いわば戦後ドイツ社会の一つの転機とも呼べるのではないだろうか。
そして翻ってこの日本はどうだろうか、と否応なしに考えさせられたりもする。
ただ、上下巻8時間くらいで読み切ってしまったので、3400円は少々高いよなぁとも思う。ドイツ語版も英語版も1冊なのにさ。
俺の場合「包茎」を知ったのは高校生の時、「オナニー」は知識としては多分中学生の時で初めて実行したのは高校の時
包茎は全く知らんかったがオナニーは中学の時クラスメイトか誰かが「初めてやったのは小学生の時」って言ってたから相当俺は遅い方であることが分かる
何でこんな遅くなったか理由を考えると産みの父親が小学生になるぐらいには別居していたからかもしれない
普通なら父親か友人やその兄弟から知り得るのかもしれないが俺の場合全くなかった
高校の時「間質性膀胱炎」にかかりその時新しい父親から包茎について教えられた
もしもっと早い段階で学んでいたらこの病気にかかっていなかったんじゃないかと10年以上たった今思う
性知識のタブー視は減らした方が良い
NHKで生理の特集組んで大反響って記事見たけどそのような機会を増やして
男女双方の基本的な性知識を学ぶ機会を広めて欲しい