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はてなキーワード: 宣戦布告とは

2015-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20150720051129

何を言っているのか一瞬わからなかった。君は認識が甘いのではないかと思う。かけてもいいが今回の戦争法案が成立した場合安倍自民党は即座に中国韓国北朝鮮宣戦布告をし自衛隊派遣する。戦争っていうのは先手必勝だからだということと安倍首相任期中に何とかして戦争をする必要あるからだ。歴史的に言って他国戦争をするとその国の指導者支持率は急上昇するからそれを狙うはず。徴兵制最初は行わないかもしれないけれど戦争が5年10年と長期化するに従って自衛隊員が不足するのは明らかで必ず行われる。学校では最初から軍事教育を行うようになり反対する奴は憲兵逮捕される。そういう日本にしたくないから反対運動がこんなに大きくなっているのがわからない人がいることが私は悲しい。

2015-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20150530163330

「お前らは真の弱者じゃない。」っていうのが「ジョック宣戦布告しても放置する。」って聞こえるんですよ。

2015-05-28

本人が自覚してない態度の悪さ

こういうやつどこにでもいると思うんだけど

例えば話し合いが長引いて議論が停滞気味になってきた時に

無駄に大きな深呼吸してみたりみるみる猫背になったり机に肘乗せて身体斜めにしたり椅子必要以上に深く座り始めたりする奴。

腕時計カチャカチャしたりとかペン回しとかもだな。

わざわざ注意するほどでもないギリギリラインだが、視界に入ると間違いなく不快な気分にさせられるその行為

本人は別に「早く終わんねーかなー」っていう反抗心を表に出したいわけじゃないんだろうけど

育ちが良くないのか他者から見た自分想像出来ないのか、おそらく無意識のうちにそういう仕草をしている。

なぜ自然とそういう態度を取ってしまうのかがまるで理解できない。

お偉いさんがいるわけでもないどちらかといえばカジュアルな場だから

最初から最後まで背筋を伸ばして握りこぶしを膝の上に乗せてろとは言わない。

でもな、ここはお前の家の外なんだ、お前んちのリビングソファではないんだ。

普段からダラダラしてるからここでもその癖が出るのか?

俺たちがそれを見て最高に不愉快になるのがわからないのか?

その歳にもなってその程度のマナー想像力しかないのか?

貴様が自室でダラけてる姿を見せつけられて誰が得するんだ愉快に思うんだ?

勘弁してくれ。あと不潔だから髭くらい余さず剃ってこい。もちろん自分ちの洗面台でな。

しろ、怠さを周りにアピールしたいんならそういう路線で主張してくれ。

「お前の話マジうぜ〜〜」っていうつよいきもちを持って全面的敵対戦略を選択してくれ。俺たちに宣戦布告しろや。相手してやる。

そんな覚悟もなく、心の底でなんとなく怠いと思ってる感情

自制心が足りないせいなのか頭が悪いせいなのか知らないが、ちょろちょろと顔面や指先に滲み出てきてるのがうっとおしい。

一般的人間はそれに「キモい」という形容詞を当てるだろう。

実に便利な形容詞だ、そう、お前は「キモい」んだ。

でもそんな一言では済まないような半端ないキモさを目の当たりにして

仕方なくこの気分を効果的に増幅してわざわざ長文にまとめてネットに放流してる俺の気持ち、わかる?

わかるだろ? わかれよ? わかんねーのかよわかってくれよ……

本人は周りからそう見られてるとは夢にも思ってないからいつまで経っても態度は改善されないし

仮に指摘されても何のことだか理解できないだろう。

タチが悪すぎる。まだ悪意を持って怠いアピールしてくれた方が話が単純でいい。

ちなみに、お前とは今後絶対に一緒に仕事をしたくはないからな。

見ててハラハラするし、目の前でそんな態度取ってるお前が気に食わねえ。

長引く会話が怠くてつらいのはお前だけじゃないんだ、甘えんな

伝われ

2015-05-23

なぜ彼らは自らを「弱者男性」とラベルするのか

狐の人がまとめてたやつ(決して救われない社会的弱者「キモくて金のないおっさん」について語る - Togetterまとめ)読んだ。あの人こういう話していっつも怒られてるのに懲りねえなぁ。

キモくて金のないおっさん」が救われるべきか?という問いに対する個人的な回答は、救ってやるよって寄ってくる人間カルトばりに信用できないし気持ちが悪いので救ってくれなくて全然かまわないのでほっといてください、というものだ。強いて言うならば「キモくて金のないおっさん」が寄り合って楽に暮らせるような場所があればいいかもしれないとは思う。

今回気になったのはまとめの内容自体よりブコメのほうで、まとめられてたツイートがどのような文脈で誰に対して向けられたものなのかが把握されてないように見える。人気になってるブコメでいうと例えば

id:shea キモくて金のないおっさん迫害されるのは女のせいじゃないし、女は賃金低く基本金がなかった状況からマシになりつつあるだけ。この既得権益者どもが被害者ヅラしやがって。

http://b.hatena.ne.jp/entry/252849900/comment/shea

id:vanillayeti キモくて金のないオッサンを社会的弱者に押しやったのは権力と金を持った男。てかオッサンて、男の年長者ってだけで若い女にはダブルの脅威だから。どこが弱者やねん

http://b.hatena.ne.jp/entry/252849900/comment/vanillayeti

みたいに彼らは「女」を攻撃しているが反抗すべきは彼らを社会的弱者にしたのは男性強者であるというようなコメントがなされてるんだけど、彼らが攻撃対象としているのは「フェミ」であって「女」ではない。また、彼らは自ら「俺達は社会的弱者だ!」と(変な理屈で)主張しているので、社会的弱者に押しやられたことは問題本質ではない(それが問題であれば、俺達は社会的弱者では「ない」と主張するはずだ)。

彼らがなぜ「フェミ」を攻撃するのか、そしてなぜ自らを「キモくて金のないおっさん」(=俺は弱者男性だ!)と呼ぶのかというと、あのまとめに対する全く的外れな以下のようなコメントに対するカウンターとしてだ。

id:raituキモくて金のないおばさん」のほうが救われてない。そもそも彼女らが体売れると思ってる時点で脳内お花畑。男のほうが自殺率高いのは世界的な傾向で、つまり男は性別上「折れやすい」性質なだけで環境関係ない。

http://b.hatena.ne.jp/entry/252849900/comment/raitu

このコメント見たときちょっと笑ってしまったんだけど、彼らが「フェミ」を攻撃するのはこのコメントみたいな「救済対象の選別 ©id:rag_en」を「フェミ」が行っているからだ。いや、正確に言うと、選別して政治的正しさ椅子取りゲームにするぜと「フェミ」が明示的に宣戦布告するなら別にかまわない。よーしじゃあ戦いまっせというid:NaokiTakahashi的発想に至ってしまえばよろしい。だが、「フェミ」は「キモくて金のないおばさん」のほうが救われていないから彼らを救わないのは正当だという。

えっ……(絶句

ガキの頃、給食時間に「残してはダメだ。食べられない貧しい外国の子どもたちの気持ちを考えろ」と言われたことを思い出す。不思議だよね。だって俺が残さなかったところでこの給食はその貧しい子どもたちには届かないし、俺は今嫌いなものを食べるのがつらい。つらさが増えているだけだ。

救済されるか否かが救われなさで決まるというのなら、自分のほうがより救われてないですよと主張しはじめても仕方ないんじゃねえの。それを道徳のように言うのであれば。

2015-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20150325015655

その気持ち悪さを感じるのは自由だし表出ももちろんそうだ。個人的には気持ち悪い、ってのにも同意できる。

でもあそこに描かれてるのはその一歩先のものだろ。

ある個人が「俺の内面問題苦痛絶望その解決は社会全体の存続や幸福に勝る」って考えた時、それを抑制する権利社会側にはない。公共の福祉とやらの理念において、仮にそういう権利だか規制あったとしても現実的抑制する手段がない。ある個人が個人暴力をもって優先を決意した場合、その暴力を止めることができない。警察が駆けつける前に5人やそこらは死傷できるってのが秋葉原事件だし、同じく爆発テロ本質だろ。

そしてそう言った社会破壊碇シンジだけの問題ではなく。気持ち悪く感じているマスダでさえ可能なんだ。「俺はそういうことはしないよ」と思うかもしれないけど、問題はそこじゃなく「可能だ」ということそのもの問題なんだ。俺たちは、そういう、つまり万民万民暴力をふるうことが可能な世界に住んでいるし、その地獄めいた世界をかろうじて現在の形に保っているのは、わずかな理性というより公平とか幸福幻想なんだ。そういう幻想が壊れてしまったとき、俺たちは「自分自身を守るために社会宣戦布告」をせざるを得なくなってしまう。つまり碇シンジだ。あいつはエヴァンゲリオンを持ってるから大規模にできるけど、俺たちだって手持ちの包丁自家用車で十人程度は殺せるだろ。

そういう前提を置いてあれを見た時他人事として切断するのが正しいか否か、ってあたりが俎上に上がる問題だと思うぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20150325015655

その気持ち悪さを感じるのは自由だし表出ももちろんそうだ。個人的には気持ち悪い、ってのにも同意できる。

でもあそこに描かれてるのはその一歩先のものだろ。

ある個人が「俺の内面問題苦痛絶望その解決は社会全体の存続や幸福に勝る」って考えた時、それを抑制する権利社会側にはない。公共の福祉とやらの理念において、仮にそういう権利だか規制あったとしても現実的抑制する手段がない。ある個人が個人暴力をもって優先を決意した場合、その暴力を止めることができない。警察が駆けつける前に5人やそこらは死傷できるってのが秋葉原事件だし、同じく爆発テロ本質だろ。

そしてそう言った社会破壊碇シンジだけの問題ではなく。気持ち悪く感じているマスダでさえ可能なんだ。「俺はそういうことはしないよ」と思うかもしれないけど、問題はそこじゃなく「可能だ」ということそのもの問題なんだ。俺たちは、そういう、つまり万民万民暴力をふるうことが可能な世界に住んでいるし、その地獄めいた世界をかろうじて現在の形に保っているのは、わずかな理性というより公平とか幸福幻想なんだ。そういう幻想が壊れてしまったとき、俺たちは「自分自身を守るために社会宣戦布告」をせざるを得なくなってしまう。つまり碇シンジだ。あいつはエヴァンゲリオンを持ってるから大規模にできるけど、俺たちだって手持ちの包丁自家用車で十人程度は殺せるだろ。

そういう前提を置いてあれを見た時他人事として切断するのが正しいか否か、ってあたりが俎上に上がる問題だと思うぞ。

2015-02-01

イスラム国宣戦布告されたらどうなるんだろう>

今朝のメッセージ宣戦布告と受け取る向きもあるが、日本政府はそう捉えてないようだ。

でも、もし声明に"宣戦布告"の文字がはいっていたら、日本政府戦争状態を宣言するだろうか?

その可能性は低いように思える。

遠い国外国民誘拐、処刑されても先制攻撃とは言いがたいだろう。

国内でのテロでも軍事攻撃とは言いがたい。

テロとの戦争が新しい戦争だとはつねづね言われてきたけど、

日本が標的になったいま、どこから戦争(開戦)なのか。

詳しい人に語ってもらいたい。

2014-12-26

2014年2015年過去

今年もそろそろ終わる。

俺は来年40歳になる。10年前に何してたっけ?どんなことがあったけ?20年前は?

思い出そうとしてみたが、覚えていることはあまりなかった。

そこで大好きなウィキペディアを開いてみたら、おもしろかった。

西暦をたたけばその年に起こった出来事や流行ったものごと、世相がまとめられている。

すげえな。

ありがとうウィキペディア

「おっ」とか「へー」とか「なにそれ」と思った出来事で100年を振り返ってみる。

2014年の10年前と2015年の10年前。

1614年と1615年までさかのぼれば、それぞれ大阪冬の陣と夏の陣までいけるのだが、400年はけっこうしんどい

とりあえず100年。

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2004年平成16年

・自衛隊イラク派遣の陸上自衛隊本隊第一陣がイラクのサマワに入る

関西電力美浜原子力発電所(福井県)で蒸気漏れ事故が発生、作業員5人が死亡

アテネ五輪(柔道の野村忠宏選手が五輪3大会連続で金メダル獲得)

・「新潟県中越地震」死者68名

紀宮さま黒田慶樹さんがご婚約

2005年(平成17年

中部国際空港が開港

スマトラ島沖地震

アンゲラ・メルケルがドイツ首相に就任

・1年を通じて1899年以来初めて死亡数が出生数を上回る

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1994年(平成6年

ビートたけしバイク事故で重傷

関西国際空港が開港

オリックスイチローが史上初の1シーズン200本安打を記録

大江健三郎ノーベル文学賞を受賞

1995年(平成7年

阪神淡路大震災

地下鉄サリン事件

・警視庁の国松孝治長官狙撃事件(重傷)

オウム真理教総本部前で村井秀夫幹部が刺殺される

・「Windows'95 日本語版」発売

・『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始

・俺ハタチになる/この年はテレビばかり見ていた気がする。

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1984年昭和59年

・中曽根首相が首相として戦後初の靖国神社参拝

・「かい人21面相」によるグリコへの脅迫が始まる

都はるみがNHK「紅白歌合戦」を最後に引退

1985年(昭和60年

日航ジャンボ機墜落事故

・東京都に新両国国技館が完成、横綱・北の湖が引退

・NTT(電電公社)とJTT(日本たばこ産業)が民営企業として発足

豊田商事の詐欺事件についてマスコミが取材中、報道陣の前で永野一男会長が暴漢2人に刺殺される

松田聖子神田正輝と結婚

フジテレビで夕方のバラエティ番組夕やけニャンニャン』が放送開始

たこ八郎が水死

・「かい人21面相」の似顔絵“キツネ目の男”が公開される

阪神タイガースが21年ぶりのセ・リーグ優勝

阪神タイガース日本シリーズで、西武ライオンズを破り4勝2敗で日本一

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1974年(昭和49年

・永谷園が「あさげ」を発売

小野田寛郎陸軍少尉がフィリピンから帰還

日本赤軍オランダ・ハーグにあるフランス大使館を占拠(ハーグ事件)

ウォーターゲート事件ニクソン大統領辞任

テレビアニメ宇宙戦艦ヤマト』第1作が放映開始

フランスで『エマニエル夫人』公開

1975年(昭和50年

まるか食品が「ペヤングソースやきそば」を発売

山陽新幹線博多まで開通

広島東洋カープが初優勝

イギリス保守党の党首にマーガレット・サッチャー選出

沖縄国際海洋博覧会開幕

・俺が生まれた

……俺と同い年の人たち

赤江珠緒アナウンサー

雨宮処凛(作家、エッセイスト

山田花子タレント

アンジェリーナ・ジョリー(女優)

上原浩治(野球選手)

高橋由伸(野球選手)

チュートリアル徳井義実タレント

平野啓一郎小説家

・四代目・市川猿之助歌舞伎役者

さかなクン(魚類学者、タレントイラストレーター

・俺(商店街で鮮魚店を経営)

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1964年昭和39年

カルビーが「かっぱえびせん」を発売

本田技研工業が「S600」を発売

・日本人の海外観光渡航自由化。ただし年1度、所持金500USドルまでの制限付き

東海道新幹線開業

東京オリンピック

・坂本九『明日があるさ』がヒット

・映画『モスラゴジラ』公開

1965年(昭和40年

大塚製薬が「オロナミンCドリンク」を発売

アメリカ軍による北ベトナム爆撃が始まる(北爆)

・淀橋浄水場廃止

朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞が決定

・中国で文化大革命が始まる

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1954年(昭和29年

武田薬品工業が「アリナミン糖衣錠」を発売

・日本の高度経済成長期が始まったとされる年

アメリカで世界初のカラーテレビの本放送開始

・NHKが大阪と名古屋でテレビジョン放送開始

ニッポン放送開局

琉球放送(RBC)開局

・遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物を浴びる

・洞爺丸事故

加藤芳郎4コマ漫画『まっぴら君』が毎日新聞夕刊で連載開始→2001年終了

・映画『ゴジラ』(シリーズ第1作)公開

1955年(昭和30年

トヨタ自動車が「クラウン」を発売

日産自動車が「ダットサン・110」を発売

武田薬品工業が総合感冒薬「ベンザ」を発売。

ワルシャワ条約機構結成、冷戦激化

・広辞苑初版発行(岩波書店

後楽園遊園地が完成

自由民主党日本社会党二大政党制55年体制)が始まる→1993年崩壊

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1944年(昭和19年)

・全国の新聞で夕刊が廃止

・日本軍がインパール作戦を開始

・松竹少女歌劇団解散→松竹芸能本部女子挺身隊結成

関西急行鉄道南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道設立

アメリカ軍サイパン島に上陸、日本軍が全滅

・連合軍によるパリの解放

ゾルゲ事件

・東海道沖で東南海地震発生/マグニチュード7.9、死者・行方不明者1,223人、建物全壊36520件

1945年(昭和20年

・ 2月 4日 ヤルタ会談ルーズベルトチャーチルスターリン

2月18日 アメリカ軍硫黄島に上陸

2月14日 近衛文麿昭和天皇に早期和平を提案(近衛上奏文)

3月10日東京大空襲」/死者は約10万人

・ 4月 1日 アメリカ軍沖縄本島に上陸

6月13日 大田実司令官が「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した後自決

6月23日 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決/実質的な戦闘終結

7月26日 ポツダム宣言発表/連合国は日本に降伏を要求

・ 8月 6日 広島市へ原子爆弾投下

・ 8月 9日 ソ連軍が満州へ侵攻して対日参戦開始

・ 8月 9日 長崎市へ原子爆弾投下

8月10日 御前会議(ポツダム宣言の受諾の可否について)

8月15日 正午「玉音放送

8月18日 満州国皇帝愛新覚羅溥儀退位

8月27日 占領軍向け特殊慰安施設の第1号開業(小町園、東京大森)

・ 9月 2日 東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で、重光葵・梅津美治郎らが降伏文書調印(第二次世界大戦終結)

9月25日 外国人記者2名が昭和天皇インタビューを行う

10月19日 駅名の表記が左書きに統一される

12月31日 NHKラジオ第1で『紅白音楽試合』

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1934年(昭和9年)

・ドイツ・ポーランド不可侵条約締結

日比谷映画劇場開場

忠犬ハチ公銅像除幕式

クライド・バロウとボニー・パーカーが警官隊に射殺される

東郷平八郎元帥国葬(日比谷公園

・満鉄が大連―新京間で「特急あじあ号」の運転を開始

東北地方で冷害が発生、凶作被害甚大

ヨシフ・スターリンの「大粛清」始まる

1935年(昭和10年)

築地市場開場

フランス人民戦線結成

モノポリー発売(パーカーブラザーズ社から)

日本ペンクラブ発足(初代会長島崎藤村

・天理教本部が脱税で捜索

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1924年(大正13年)

・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)ご成婚

・日本でメートル法が採用

阪神甲子園球場完成

・孫文が神戸市で大アジア主義講演

谷崎潤一郎痴人の愛』連載開始(大阪朝日新聞

宮沢賢治春と修羅』出版

トーマス・マン『魔の山』

1925年(大正14年)

イタリアベニート・ムッソリーニが独裁宣言

・日ソ基本条約締結(日本はソ連を承認)

治安維持法公布

朝鮮総督府庁舎完成

・上海で五・三〇事件

ベトナムホー・チ・ミンベトナム青年同志会を結成

・広東に国民政府が成立

東京放送局(後の日本放送協会)がラジオ放送開始

鈴木商店(後の味の素)設立

・芦ノ湖にブラックバスが放流

・娯楽雑誌『キング』創刊

同人雑誌『青空』創刊、巻頭作は梶井基次郎の『檸檬』

……これ読んだ若い頃、スーパーのおさかなコーナーで働いてた。

まな板の上にレモン置いて帰ろうかと思ったな。

なつかしい。

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1914年(大正3年)

・孫文らが東京で中華革命党を結成

サラエヴォ事件→オーストリア=ハンガリー帝国セルビア最後通牒

オーストリアセルビア宣戦布告し、第一次大戦が始まる

・三越呉服店新装開店(エスカレーターライオン像が話題に)

・『少年倶楽部』創刊

1915年(大正4年)

第一次世界大戦:ドイツ海軍がイギリス周辺を交戦海域に指定して、Uボートによる無制限潜水艦戦が開始される

袁世凱中華帝国の皇帝を宣し、元号を洪憲とした

サマセット・モーム『人間の絆』

芥川龍之介『羅生門』

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数字と固有名詞と記憶と今がごっちゃになって、ちょっと気持ちいい。

自分がさかなクンと同い年なのは知っていたが、ぺヤングとも同い年とは知らなかった。

それと昭和、長いな。

明日も朝早いし、そろそろ寝る。

2014-09-18

ネットウォッチャーどもに宣戦布告

自分からは何も生み出せずネチネチと

お前らは地獄に送り込んでやる

このパンプアップされた肉体で震え上がれハゲックス ぴゅっぴゅ

2014-09-17

時は未来戦国

時は未来戦国

徒手空拳戦場を闊歩するある乱波の一族があった。

登場人物は父、息子2人。

息子の名はシンとレツ

レツは物心つくまえに父に拾われた戦災孤児である

レツとシンは孤児という立場による確執があったが、

父と共に死線をくぐることで、切っても切れない絆ができていった。

血はつながっておらずとも、彼らは兄弟でありライバルであった。

ある戦場で3人は3人の強敵出会う。

戦いは苛烈を極め、2人の息子が今にも止めを刺されそうになるとき

父はある決断を迎える

突然、呼吸を整え、立ち止まり、息子たちに戦闘の指示を出すことのみに専念しだした。

指示の甲斐があり、ついに二人は各々の敵を撃破するが、

父には深々と敵の刃が突き刺さる。

「息子たちよ。恐れるな。恨むな。恐れは拳を鈍らせる。」

「これから、最終奥義を伝授する。皆目せよ」

血だらけの体を奮い起こし、奥義の構えをとる父。

満身創痍ながらもその構えは巨岩と錯覚させる堅牢さであった。

ただ一人残る異形の敵はその様子を静かに伺う

強敵(とも)よ、受けてくれるか。。。」

異形の敵はすっと構えをとる。

伸ばした拳の先には老練のしたかさを感じた。

「.....来い!」

まるで再開した兄弟のように歩み寄る。

あと数間の間合いでピタリと歩みを止めた。

「ハアアアアアアア!剛健流奥義ぃぃぃい」

「崩山天落けぇええええん!」

「ぐわあああああ」

異形の敵の腕がはぜた。

「見たか。。。息子たち。。これが、奥義だ。。。」

父はその場にどうっと倒れ、息子たちの腕のなかで息絶えた。

「ははははは!剛健流奥義と言えど、我を倒すにはあたはずか!」

「くやしいか剛健の息子たちよ!」

異形の敵に走り出すケン

必死に止めるシン。

「はなせ!なぜ止めるシン!」

「よせ!今の俺たちではアイツにかてない!」

「今はこの戦場から生きて帰ることを優先しろ!」

異形の敵は彼らを見据えた。

「3年だ!3年までに我を倒せるまで強くなれ!ふははは」

そう言い残し、異形は飛び去っていった。

で、そのあと彼らの前に剛健分派の達人ジークが現れて、

3年間みっちり修行して、宿敵の異形を倒せるまでに成長するんだが、

実はジークの正体は異形の敵ガイザーで、打ち倒したあとに父の手記からそれが発覚する。

実はジークと父は元親友で、すべては敵の親玉サイターンを倒すための超奥義「双龍崩山天落拳」を習得するために本当の愛と悲しみを乗り越えさせるために仕組んだことだった。

超奥義を習得したシンとケンはサイターンを倒すために最後の戦いに挑む。

サイターンを打ち倒した2人。

母国に帰ると、国王からサイターンを倒した功績をたたえられる。

しかし、彼らに残るのはただただ虚しさのみであった。

父の教えである恨まないことを守ろうとするシンであったが、

ケンは第二のサイターンとなり、王国を相手に宣戦布告をする。

シンはケンを止める為の戦いの旅にでるのであった。。。

という話を頭でシミュレートして、我ながら熱い展開に電車のなかで涙してしまった。

2014-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20140908101850

朝貢のもつれがそもそもの発端で朝鮮日本との和平に消極的だった中で日本軍朝鮮に対して仕方ないから宣戦布告した。

第一次大戦ベルギーにも同じこと言えんの?

そうであるなら、今韓国秀吉恨むのは分かるけど小西行長はむしろ朝鮮救おうとした救世主から称賛して欲しいね

朝鮮を救おうとしたんじゃなく日本にとって益が少ないと思って止めさせようとしただけだろ。

つかどうしたって日本水軍トップだった事実は変わらん。

韓国秀吉恨んでるんなら逆に朝鮮救おうとした小西行長勲章くらい授けるべきでしょ

朝貢のもつれがそもそもの発端で朝鮮日本との和平に消極的だった中で日本軍朝鮮に対して仕方ないから宣戦布告した。

秀吉時代で唯一小西行長けが秀吉が病没する瞬間までずっと朝鮮に対して和平工作を行って来てたわけよね。

そうであるなら、今韓国秀吉恨むのは分かるけど小西行長はむしろ朝鮮救おうとした救世主から称賛して欲しいね

2014-09-02

イケダハヤトさんのブログ増田で読もう

2014/09/01


最近コンテンツの「パクリ」についての記事が増えてますね。

パクる」のはなぜいけないの?

たとえばこんな意見

コンテンツの盗用は明確な著作権法違反なのだが、ネットの中では「キュレーション」だったり「バイラルメディア」等と、それらしい名前を付けて人の褌で相撲をとる行為がはびこっている。

こういうものを日々見ていたら海外記事を断りなく翻訳して、自社サイトに掲載することの何がイケナイコトなのかよくわからなくなっても仕方ない気もする。

(中略)ネットは便利である反面、著作物違法コピーはどうしても流通してしまう素地がある。

からといってパクリが許されるわけではない。

せめてパクる時くらいは罪の意識をビンビンに感じながら、人目を気にしてこっそりひっそりやれよと思う。

パクることに対する罪の意識希薄さが気になる話 - ネットの海の渚にて

こういった意見を書く人は多いですが、みなさん「なぜパクリがいけないのか」を書かないんですよね。「麻薬=絶対ダメ」という感じのノリで「パクリ=絶対ダメ」と思い込んでいる感じさえあります。こういう思い込み、思考停止は怖いです。

さて、コンテンツパクリって、何でいけないんですか?これ、真面目に答えられる人、どのくらいいるんでしょう?「盗むのはいけないことだからいけない」「法律違反からいけない」みたいな幼稚な意見ダメですよ。

著作権者利益になるパクリもある

参考までにぼくのスタンスを書いておきましょう。

何をもって「パクリ」とするかは曖昧ですが、ぼく自身は、自分コンテンツコピーされていくことに対してはかなり肯定的です。実際に、BLOGOSSpotlight現代ビジネスといったメディアに対しては、うちの記事を堂々とパクって(転載して)いただいています。いつもありがとうございます

著作権者としての気分としては、ぼくの書籍P2Pソフトでばらまいていただいても、まったく構わないどころか嬉しいです。ありがとうございます、ばらまいてくださって。これほんと。…とはいえそれをやると、出版社から訴えられるかもしれないので、おすすめしませんけどね。

結局、パクリNGかOKかというのは、ビジネスモデル問題なんですよ。ぼくが作っているビジネスモデルですと、むしろコンテンツ勝手にばらまいていただいた方が、利益が出やすいんです。また、パクられてもOK!というスタンスの背景には、年間500万円くらい売上あれば十分だ、という目標の低さもあります

というか、こういうのは抗いようがないんですよ。あなたがどれだけ「パクリは許されない!」と叫ぼうとも、ネット上ではコピーコンテンツが「当たり前」になっていきますNAVERまとめがこれだけ人気を集めている意味理解しましょう。世界バイラルメディアが乱立し、各メディア間でコンテンツが「共有」されている意味理解しましょう。著作権者は、抗えない変化に文句を言うのではなく、勝手コピーに耐えるビジネスモデルを作り上げていかなければなりません。

コンテンツパクリを「万引き」になぞらえる人は多いですが、根本的に違うのは、このビジネスモデルの話です。わかりやすくいえば、パクられればパクられほど、ぼくは儲かるし、利益が奪われるようなら、儲かるようにビジネスを作り替えていけばいいだけです。物理的に商品が奪われる「万引き」とはそこが違います

…まぁ、そんなぼくでも、コンテンツを丸々っと転載する際は事前に連絡はいただきたいとは思います転載を始める場合は、ぜひメールとかツイッターで一報いただけると。でも、編集哲学のないコピーサイトダメです。なお、NAVERまとめとかTumblrでぼくの記事を利用する分には事前・事後連絡は不要です。

外部の人間がどうこう言う話ではない

毎度書いてますが、パクリ云々は、他人がどうこう言う話ではないんです。そのパクリNGかどうかは、著作権者しか判断できませんからバイラルメディアパクリだらけだ!著作権違反だ!と怒る人は、一体何者なんでしょうね。

どうしてもパクリが許せないのなら、「あなた著作物がパクられていますよ」と著作権者に教えるのが最良の解になると思います。それ以上はやるべきではありません。NGかどうかは、あなた判断することではないのですから

というわけで、それでも、どうしてもパクリが許せない方は、ぜひその理由を教えてください。特に、「あなた著作権者ではない」場合の怒りについて、教えていただけると幸いです。なぜ部外者人間が、パクリについて怒りだす必要があるのでしょうか?

みなさんのご意見

さてさて、ツイッターなどで意見をいただいたのでまとめておきます

まずは万引きのようなもの、という語り方。コピーコンテンツは①盗まれた側の利益にもなりうる(デジタルデータは複製可能)、②著作権違反親告罪である、という点で窃盗とは明確な相違があるというのは事実として抑えておきたいところです。

こちらはよく整理されている意見だと思います。肝心なのは、「第三者がそのコピー善悪判断することが難しい」ことなんですよね。当事者なら自分で善し悪しを判断すればいいんですが、部外者はそうはできません。

けっこう真面目に面白いと思います。長い目で見ると、書籍も無断コピー対象になっていくのかもしれません。

第三者がなぜ関係のない他人コピーに対して非難できるのか(そのコピーについては、著作権者しか法的な善悪判断できないにも関わらず=親告罪にも関わらず)」という問いに対しては、こちらはもっとクリティカルなご意見

ヨッピーさんも、

別に自分がパクられてるわけじゃないから」ってスルーした時点で自分被害者になった時に文句言えなくなるじゃん。だから被害を受ける前から声を挙げるんだっての。

イケダハヤト氏が全クリエイターに対して宣戦布告を開始 - ヨッピーがブチ切れまくるブログ

と書いてますね。

この立場はわからないでもないですが、一体どんな基準をもってして、「第三者として」そのコピーがOKであるNGであるかを判断するのかを教えてほしいところです。

そもそもぼくの問題意識としてあるのが、関係のない個人が著作権者本人の意見無視して(勝手に斟酌して)、一方的正義を代弁するのは危険なことだ、というものです。ヨッピーさんはこのように画像転載にどうしようもない怒りを覚えているようですが、当の著作権者たちがどう考えているかはわからないわけです。これは彼の「暴走である可能性を否定できません。そういう鈍感にご本人は気付いているのでしょうか。

ぼくにはヨッピーさんが「このやり方だと『俺が』やられたら嫌だから関係のない他人だろうが、許せないんだ」と、たいへん「主観的」に、正義を「代弁」しているようにしか見えないんですよね。ここら辺は価値観ですが、ぼくはそういう鈍感さに基づく怒りは危険だと思うのですよ。

自分当事者ではない以上(法律的にも親告罪である以上)、そこは善悪判断差し挟まないのが大人かと。だからこそ、ぼくは「第三者として関わる場合は、著作権者コピーされていることを教える以上のことはしない」ということを推奨しているわけです。

なお、ヨッピーさんに関してはコピーコンテンツについて何かアクションを取っているようなので、それを楽しみにしてます

あと彼のブログのなかで「結局、こういう事態に対して「怒らない」っていうのはそれだけ自分の「作品」に対する思い入れが無いからじゃないの。」という一言がありますが、それはむしろぼくにとっては逆ですね。思い入れがあるコンテンツであるからこそ、バイラルすることを歓迎しているわけです。せっかく創作活動しているんですから、多くの人に触れてもらいたいじゃないですか。ここは作家価値観商業性によって分かれるポイントでしょうね。

この意見も色々集約されていて興味深いです。結局「俺はこいつが気に入らない」というあたりがネット上のバッシングでは絡んできてしまってるんでしょうね。部外者として批判するのなら、ぼくは客観的基準が求められると思います

引き続き汚い言葉ではないご意見募集中です。口汚い人がホント多くて困りますねぇ。

2014-08-12

戦争悲惨から止めようとすると、戦争になる。

お盆の時期は、思い出したように原爆の話題や戦争の話題が増える。

でも、戦争悲惨さ、被害の甚大さを訴える話題は「だから鬼畜アメリカ製品を棄てよ」とはならない。

「こんな悲惨な状況を生む戦争を、二度と起こしてはならない」と締める。

逆なんだといつも思う。

広島平和記念資料館にあるような、熱線で焼けただれ血みどろになって廃墟の中を逃げ回るような悲惨な状況になったとしても、

絶対に戦争をしない、拳を振り上げないという覚悟必要なんだと思う。

同じじゃないんだ。

悲惨から戦争をしない、じゃない。

悲惨なことになったとしても、戦争をしない。

アメリカ宣戦布告をしてきて、再度広島長崎原爆を落とすと通告してきても、国権の発動たる戦争は起こさない。武力は行使しない。

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」というのは、相手が殴りかかってきても対話でこれを解決するという宣言なわけだ。

また広島原爆が落とされ、この世に地獄が現れても、戦争はしない。

また長崎原爆が落とされても、紛争解決の手段として武力は用いない。

悲惨から戦争を止めようというのは、「悲惨な状況が起こるのが目に見えているなら、止めるべきだ」と表裏一体だ。

そして、悲惨な状況が目に見えるから、それを守る、それを起こさないとなる。

感情論経済論と結びつき、容易に「正義」に形を変える。

日本人を守れ、同盟国を守れ、そして「日清戦争が始まり日本は勝った」。

国家主権プライドも、損得勘定も、感情論も、等しく全て「戦争」に結びつく危険がある。

どんなに恥辱に塗れようとも、果てしない損失と機会喪失があっても、凄まじく悲惨な被害があっても、全て無視して一切の武力を行使しない。

これは「悲惨なことになるから、武力を行使するな」とは、真逆意志だ。

「武力を行使しない結果、悲惨なことになっても、受け入れろ」という強い意志だ。

グローバルスタンダードに乗ろうとした、明治維新日本近代国家化。

経済的政治的に、西洋列強からの干渉を防ぎ自国を守ろうとした外交政策

外交から同盟国の「悲惨な状況を防ぐために」日清戦争が起こり、日本は守りきった。

三国干渉を受けながらも空前の好景気を迎え、世の中は良くなった。

そして、「またも悲惨な状況を防ぐために」日露戦争が起こり、同じく日本は守りきった。

そのたびに景気は良くなり、西洋化は進み、戦争をせずに外交努力経済的な進出によって日本は発展、

人種的差別撤廃提案」という正義の法案を廃案にし「移民全面禁止」に踏み切るような狭量な国家は、

暗黒の木曜日」を引き起こし世界恐慌の引き金を引いたにも関わらず、自分たちだけを守ろうとブロック経済を敷く。

その後、日本周辺諸国安全平和の為に絶対に必要石油の全面禁輸に踏み切ったその国は、「米国」と言う。

悲惨な状況を起こさないように対話努力は続ける必要がある。

だが、いついかなるときも、守ろうとする理屈感情正義経済もクソくらえだ。

あなたはこの、『焼き場に立つ少年』の写真を見てもまだ、戦争しょうがないと思いますか?

http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/c45f9793732aa7e8116d123f503b3dd9

「焼き場に立つ少年」が発生しそうになっても、決然と無視する。

「焼き場に立つ少年」がまた発生しても、しょうがないと諦める。

どんなに「焼き場に立つ少年」が繰り返し発生しても、絶対に武力は行使しない。

例え世界中から無責任だと非難されたとしても、武力は行使しない。

侵略戦争放棄した国は100を越えるが、まだ国連平和維持活動を行っている。

全ての国家戦争放棄するまで意志を貫くことが、先の大戦で得た教訓となって欲しいと思う。

2014-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20140802220329

本当に訴えるやつは、宣戦布告なんかせずに、速やかに訴える

や、そんなことないですよ。

まず(内容証明以外の)お手紙、お電話等で相当程度交渉。

その後、内容証明

最終的に訴訟という感じです。もちろん事案にもよりますが。

訴訟費用時間もかかるので、そんなサクっととれる手段ではないです。

それと、「訴えるぞ」と言われたことが「どう考えても脅迫」ということはないです。

理論脅迫に該当する可能性はあるでしょうが

仕事クライアントから「訴えるぞ」って言われてるんだけど

これってどう考えても脅迫ですよね。

しかし、過去経験からしてみても先に「訴えるぞ」って相手に言い出す方が

絶対に分が悪いし負ける。

本当に訴えるやつは、宣戦布告なんかせずに、速やかに訴えるし。

2014-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20140720123442

から考えると、いずれ第三次はてな大戦が起こることははてな村運命でもあった。平和をかき乱すきっかけとなったのは、netcraftオフ会を開催したことであることは言うまでもない。

はてブオフ会」と「はてな村反省会」という2つの勢力が存在するため、その対立によって村の平穏が脅かされると心配する向きもあったが、残念ながらその予測は見事に的中することになる。

盛況に終わった「はてブオフ会」の一週間後、はてな古参が集まりはてな村反省会」が開催された。議題はいかにしてnetcraftの台頭を抑えこむかに終始し、強硬派穏健派とのあいだで議論が紛糾した。打ち上げでは「村の本流は反省会にあり!」というシュプレヒコールが鳴り止まず、強硬派が主導権を握ったことは明らかだった。

まり知られてはいないが「はてな村反省会」は以前からnetcraftを弱体化する活動を続けている。一例として村長であるkanosenetcraftブログに1ブクマも付けていない。もちろんkanose強硬派の中心メンバーである

こうした敵対行為netcraftはようやく気付き、部下のコウモリに命じた。「kanoseお気に入りにしたまま非表示しろ。今すぐにだ!」

はてなブックマークではお気に入り登録したまま非表示にすることが宣戦布告の証となる。こうして第三次はてな大戦が始まった。

勢いで開戦したものの、netcraftは悩んでいた。

「こちらにはotsuneという切り札があるが、それだけで勝てるだろうか。もっと若い兵隊必要だ。命を落とす覚悟を持った鉄砲玉が」

そこでnetcraftは「ヒマそうなはてなブロガーをなんとなく集めてみたオフ会」に参加。ショッカーは企みを見ぬくことなく、netcraft同盟を結んでしまう。

「こうも簡単にはてなブロガーを味方にできるとは勝ったも同然。時代は変わるのだ!」

手斧が飛び交う戦火のなか、はてな民疲弊し、権力者翻弄される日々を送っていた。

オフ会同盟に加わると、はてな女子からカラースター付くらしいぞ」

ビッチやおばさんなんてどうでもいい。村を作ったのは反省会だ。歴史の積み重ねが大事なんだ」

「なんだと、おまえは老害の味方か。絶交だ。お気に入りにして非表示だ」

抗争に巻き込まれ、はてな民は一人また一人と消えていった。

こうした村の惨状を見て、ある30代のはてな女子はこんな感想を抱いたという。

なぜはてなの人は争い憎しみあうのでしょうか?村の権力なんて一円にもならないのに。やっぱ近寄らんとこ。

ほなね~( ^ω^ ) /

2014-06-28

集団的自衛権って、本当になんで必要なの?

というか、自衛権自体いるの?

行使したほうがいいの?

仮にさ、仮に、中国だか韓国だか北朝鮮だかの軍隊が攻めてきたとき

いざ戦争して守ろうとすると、お互いに結構な人が死ぬでしょ。

自分自分家族死ぬ可能性だって大いにある。

あと住んでる町がめちゃめちゃにされる可能性もある。

それならさ、宣戦布告最初の攻撃をされた時点で、即降参してさ、

その国の侵略を受け入れちゃえばいいんじゃないかと考えたんだよね。

そりゃ今まで通りの生活はできないだろうけど、生きてるし、

生活インフラも整ったままだし、経済活動もそのままさせた方が侵略国に

とってもメリットありそうだから仕事もある程度ある気がするんだよね。

考え甘いかな?

失業するのは、国会議員公務員くらいじゃない?

あれ?あ、そういうこと?だから戦争してまで、「日本」という国の形に固執するのか?!

日本という国は大好きだけど、それを守る手段として戦争をしてしまうと、

守りたかったいまの日常全然守れないと思うんだよね。

というわけで、ましてや集団的自衛権なんて

本当になんで必要なの?って感じです。

2014-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20140516201339

集団的自衛権の問題を「日本宣戦布告する」と捉える発想はなかったな。危惧してる人らが言ってるのは、日本が「自分関係のない戦争に巻き込まれる」ことだろ。より正確に言えば「自分関係のない『アメリカの』戦争」な。それに対しては、

 (1)よく分かってない層

 「安倍ちゃんのやることだし、そーゆーことにはならないって言うし、別にいいんじゃね」

 (2)分かってる層

 「どうせアメリカに言われたら断れないし断るつもりもないんだから、一緒じゃね」

だろ。大きな反対運動にするなら、もっと前の段階。だってイラクへの自衛隊派遣から、9条をタテに「海外派兵とかマジ無理っす」と言える時代は終わったのは自明からね。

2014-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20140516201147

いくらなんでも日本自分から宣戦布告をするとか思ってる人はさすがに少数派

マイルドヤンキーとか、ゆとり世代かいわれる日本がそんなに武闘派だったらびっくりするわ

2014-04-28

アナと雪の女王』、"Let it go"に見る日米の女性役割の違い

端的に言うと、日本女性は家庭内で奴隷労働するべきだと、自分達で思い込んでおり、

米国女性はふざけんな、私達は自分の力で生きていくのだ、と戦う姿勢を見せている様子がよく分かる。

それは、挿入歌である"Let it go"の原文と和訳の違いに如実に現れている。

まず、私は和訳版を先に見て、言い知れぬ違和感を感じた。

なんでコイツは、そんな

女々しく

ひ弱で

意志薄弱言葉

自信満々で挑戦的な表情

で歌ってんだ?と。

ぶっちゃけキモかった。

思春期の子供が自分がここにいていい理由を見つけて、おめでとうと言われてるみたいな感じ。

ははん、さては翻訳の段階で何かあったなと思って原文をチェックすると、案の定。

原文の方は、徹底的に環境に虐げられ、自分を殺して公務についていたが、

うそんなの知るか!私は私なんだ!それを認めさせてやる!立ちふさがる敵は叩き潰してやる!

くらいの好戦的で挑戦的な言葉が並んでいた。

特に

Let the storm rage on

The cold never bothered me anyway

風よ吹け 少しも寒くないわ

って、翻訳ふんわりしすぎだろ。

ここは、

争いよ吹き荒れろ 望むところだ蹴散らしてやる

ぐらいの感覚で言っている。

その証拠に、この言葉を言うのと同時にまとっていたマント過去のしがらみ)を、

まるでゴミでも捨てるかのような目で見て脱ぎ捨てている。

他にも、

Here I stand and here I'll stay

私がここに居るって言ったら 誰にも動かせないのよ

翻訳されてなかったりする。

これらの翻訳上の細かい違いはさておくとしても、

全体の印象として、原文が"自分環境"という"敵"に対して、大胆不敵にも宣戦布告しているという歌なのに、

和文は問題を内包しているのは自分自身で、自分の気の持ちようを変えるだけで周囲はそれを暖かく迎え入れてくれるかのような印象を抱かせる。

徹底的に"敵"の存在排除されているのだ。

確かに、日本女性が、自分権利のために敵と戦う、などと力強く歌いあげたら誰も共感しないであろう。

男性は疎ましく思い、女性億劫に思う。

女性の権利女性が戦わなくても男性が守って当然のものだ。

そして女性男性に与えられる範囲の自由と権利で満足して、それ以上求めることはない。

これが今現在日本普通に受け入れられている文化であり伝統である

その文化的背景にあわせて、原文の好戦的歌詞が書き換えられたのだろうことは、容易に想像がつく。

一方米国では女性自分で戦って、自分立場を守るために誰かを殺す覚悟を持って、自由を勝ち取っている。

返り血に手を真っ赤にしながら、それでも自分自身の独立のために戦うのをよしとするのだ。

まあ、仕事パートナーとしては、いい心がけかもしれない。

アメリカ人の女は、世界で最悪の妻になるというジョークがあるのも頷ける。

このように、ディズニー映画という子供達へのメッセージ性の強いメディアにおいて、

どのようなメッセージが刷り込まれていくのか、日米に違いがあるのは非常に興味深いことである

個人的にはアメリカに生まれなくてよかったなぁと、しみじみ思うものである

日本女子児童には、自分に与えられた環境に疑問を持つような事はせず、

言われるがままに環境適応する術を身につけて欲しいし、それが幸せになる近道なのだ

2013-12-22

水島総ドン・キホーテ愛国主義

(2/3【討論!】決定版!在日問題を考える[桜H25/11/16])

http://www.youtube.com/watch?v=PcbA77rSE1g

水島総日本国籍をもつことは戦争の時、国に忠誠を誓うことだと言っている。しかし、多くの日本国民もそう思っているだろうか?

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1126&f=national_1126_120.shtml

この記事によれば、「もし戦争が起きた場合、国のために闘うか」というアンケート日本小中学生は29.3%しかその意志がないということである。これから若者である日本人たちはほとんどそのような意識をもっていない。私もまたその意識をもっていない。もし日本馬鹿げた戦争突入しようとし、私たち徴兵しようとこころみるのであれば、海外脱出こころみるつもりだ。

私をふくめて多くの日本人は、日本国籍を「取得した」のではない。むしろ日本国籍とは、自分が生まれるか生まれないかを決定することができないように、決定以前的なものとしてあるのだ。私は偶然に日本国籍をもってしまっているのであって、それ以上でも以下でもない。「ならば日本国籍を捨てたまえ」と言う人がいるだろう。しかし、外国籍を持たなければ、日本国籍を捨てることはできないし、仮にそれができたところで、それは七面倒くさい官僚的事務を通さなければならないしくみになっている。いわば私は「たまたま日本人なのだ(というか、全ての人は根源的にそうでしかありえない)。

水島日本国籍という「偶然的なもの」をもつ人々を神聖化して(つまり日本人というもの神聖化して)、虚構の日本人をつくっている。彼はまあよい。彼はもう64歳のおじいちゃんだから戦争いかなくても済むし、「お国のため!」と虚構のリアリティのなかで勇敢な戦士となってくれればよい。「しかし彼は尖閣突入したのではないか?」と問う人がいる。そう、たしかに彼は尖閣上陸を決行したかもしれない(それでお国迷惑をかけてしまったね)。でもな、本物の戦争なめるなよ(君は戦後生まれだからリアル戦争を知らないね?)。水島よ、そんなもん英雄でも国士でもねえぞ。むしろ彼は(尖閣に限らずつねに)、風車に向かって宣戦布告したドン・キホーテに似ている。

追記)

水島のいう「日本人」って結局なんなのか? 彼は以下の三つの概念を好きなときに好きなように使い分けている。

1)日本国籍をもっている人

2)日本人であることにアイデンティティ見出している人

3)戦争時(シュミット風により正確に言えば例外状態)に日本のために戦う人

 しかし、これら三つは全然違った事柄を指している。さきに私が指摘したのは(1)と(3)は別物だよね、ということだけど、(2)と(3)の違いもあるんだよ、ということは言っておかねばならない。私たちは偶然にも日本に生まれたわけだが、そこに自分があるべき姿を見出すのは勝手だし、どうぞ好きなようにすればいいと思う。でもまあ、実際のところ、私ももはや日本人しかありえないし、三島由紀夫全共闘にいった言葉をパクれば「欧米人から見れば、こいつは鼻の低いな、日本人だな」と思われるだろうこともまた必死である。だが、ここでも問題は面倒で、てっとり早く究極的に問うてしまえばそれは「私とは何か?」という問いになるだろう(奇しくも全共闘世代を描いた小説に『僕って何?』というのがあるね)。「私」を考えるとき、(a)他人から見られている私(b)私としての私(c)その二つの次元を合わせた次元にいる私、の三つの私が考えられる。まずは(a)の次元を考えてみよう。私がマクドナルドで働いていたら、他人から見れば「マック店員」である。私はバイト中には「マックの店員」らしくあろうとふるまうだろう。しかし、そのことは私はそもそもはマック店員ではない、ということが含意されている。そこで、(b)私としての私の発見がある。「マック店員」の話をつづければ、私とはマック店員になろうとする何者かである。あるいはよい日本人であろうとする何者かである。つまり、私は「マック店員」でも「よい日本人」でもないのである。(c)において、私はマック店員ではないにもかからわずマック店員であろうとする自分を見出す。マック店員にはマニュアルがあり、「スマイルください」と言われたらにっこりと笑顔を変えなさくてはいけないし、一番下のクルーマネージャー社員の言うことをきかなければならないetc。私はマック店員になりきれれば、なんの苦悩もなく、機械のごとく、それに従うだろうが、「従う」というところにやはり私はマック店員以外の何ものであるという意識を持たざるを得ない。そうした均衡のうえに私は存在しているのである。もし(a)(b)が同一のものになってしまい、そこになんのシコリもなくなってしまえば、それは単なる機械と同じである。「私は日本人であるから日本人だ」という自同律にはそうした危険性があるのである。それは、奇しくも、マクドナルド象徴されるようなアメリカ的画一個人主義共産主義恐怖政治の悪い所どりの思想なのである水島意見というのは、きわめて象徴的だと思う。

2013-12-11

昆虫交尾図鑑トレース問題の件

出版元の飛鳥新社逆ギレから宣戦布告には確かに驚いたが、ネット正義を振りかざして寄ってたかって間違った人を叩いて悦に浸るのはいかがなもの

と思っていたけど、ネットの反応を見るとたまに長谷川笙子をあまりに無茶な論理で擁護する意見散見し考えた

なぜだかよく分からないが、それらの意見行間から女子大生wwコポォww」みたいな文章が読み取れてしまい気持ち悪くなった

この件がここまで激しく炎上している理由が著作権云々とは全く無関係な所に本質があるような気もしてきた

2013-11-29

戦争について知ること、勉強すること、考えること

戦争について、学ぶことはなんの意味があるのだろうか。ふとそう思った。そして、それをいくつかの切り口に分けて考えてみた。

私が生まれたのは平成がはじまってすぐのこと、ちょうどソ連崩壊した時期だ。

もちろん、私にとっての戦争は、まったくもって身近なものではない。

ただ、平和とか戦争について考えているうちに、あえて書いて、いまのところの自分の考えを残してみたくなった。

特にここでは、日本が直接関わった直近の戦争であり、当事者が生存している第二次世界大戦もしくは大東亜戦争について書きたい。

それでも、もう70年も昔のことだ。もう30年過ぎて、あっという間に終戦から100年くらい経ってしまうだろう。


1) 戦争とはどのようなものだったのかを学ぶ

戦地に赴かない限り、また時代を遡らない限り、戦争経験するというのは不可能である。そこで、戦争とはなんだったのかというアプローチが一番初めにくる。その方法は、博物館に行く、写真をみるなどなど様々である特に昭和のひと桁年代に生まれた方々が生きている間は、彼らが直接経験したその記憶から学ぶという方法が可能だ。国民の高揚もしくは虚脱、戦争の残虐性を生の声で聞くことができる。ただ、これはあと10年もしたらほとんど不可能になってしまうかもしれない。

2) なぜ戦争が起こったのかを学ぶ

なぜ人は戦うのか、なぜ領土拡大を目指したのか、なぜ支那事変は起きたのか。戦争という歴史的事実の起点に対して、なんで、と問いかけてみるのは素朴ながら、ものすごく頭の回転を必要とする。当時の国際情勢はどうだったのか、リーダーたちはどのような野望と認識を持っていたのか、国民はそれにどのように反応したのか。様々な要素が重なりなって、奇襲や宣戦布告へと結びつく。今後、自分たちの国を戦争に巻き込まないためにも、なぜ戦争は始められたのかという視点重要だ。

3) なぜ戦争に負けたのかを学ぶ

戦争は悪だという考えで、考えることそのものを停止するのは簡単だ。負けてしまった戦争の敗因を考えても仕方がない、という声もあるだろう。ただ、同じ過ちを繰り返さないという意味でも、その分析意味を持つ。たとえば、地図をみながら、その伸びきった補給線に嘆息するのもそうだし、インパール作戦など、個別の作戦の是非を問うてみることもできる。ミッドウェー海戦ひとつの転機とするならば、ガダルカナルなどその後の日本軍の行動をチェックしてみるのもいい。失敗から学ぶ、その絶好の材料がここにあるはずだ。

4) 戦争のあとに何が起こったのかを学ぶ

玉音放送を流したのが8月15日日本降伏文書に調印したのは9月2日である敗戦を迎えた日本はどのような戦後処理を受けたのか。それは戦争によって決められた勝者と敗者の間における、責任と今後の関係性の規定だ。東京裁判はじめ戦争犯罪人断罪や、大日本帝国憲法の破棄と日本国憲法制定のプロセス国体及び皇室制度政治責任に関する議論など、その射程は広い。もちろんサンフランシスコ平和条約も外せない。戦争の前と後でどのような変化があったか。それまでの常識非常識になり、非常識常識になったその転換を捉えることは、私たちが生きる時代のはじまりを知ることができる。

5) 戦争の裏で何が起きていたのかを学ぶ

戦争から何十年も立ち、研究も進んだいま、私たちひとつのできごとをいろんな視点から見ることができる。日本必死になって戦争していた裏で、連合国はその後の戦後秩序についての議論を重ねていた。その反対側のやりとりを見ることは、面白くもあり、悲しくもある。例えばカイロ会談、テヘラン会談、ポツダム会談では、その後の大国による世界秩序の土台がどのように作られていったのかを知ることができる。往々にして、物事は知らないところで決定されているものだ。

6) その後の人びとは戦争をどのように捉えたのかを学ぶ

最後に、後世に生きる人びとはどのように戦争を捉えたのかを考えることは、非常に重要だ。戦争を知る世代はそれをどう形容したのか。戦後歴史おいて、知識人市民がもがきながらその形容詞を見つけていく過程から戦争日本、そして市民との関係を考える際のヒントが眠っている。もちろん、戦争のもの完璧見方で統一することは出来ないし、しなくてもいい。だけど、その議論をときに批判的に、とき肯定的に見つめ直しつつ、あえて自由に考えてみよう。戦争の総括というものが不在だからこそ、自分で考えることが必要になる。

6つ項目をあげて書いてみた。もちろん諸外国から視点、人道的な視点など、まだまだ様々な切り口がある。

戦争について知ること、勉強すること、考えること。

平和世界希求する、実現するためにも、そうでなかった時代もっともっと知っておいたほうがいい。

今まで書いてきたのは、全て日本の話だけ。あらゆるところで紛争は起きているし、その火種はどこにだってある。

このような問題に対して、目をそむけるのは簡単だけど、目を見開いて、向き合っていたい。

2013-11-16

内田裕也さんに釣られた

今日部長が珍しく芸能ネタの話をふってきた。

普段は大河ドラマ連続テレビ小説しか見ていないような部長の口からt.A.T.u.の発音が飛び出した。

スニッカーズ発表会でさ、内田裕也が『北方領土返還ヨロシク!』っていったんだよ。

そしたら、t.A.T.u.のおねいさんの一人はさ、『絶対返しません』

といったんだよ。いやぁ、内田さんロックだよね。ロック。」

僕の信条であるロック」を部長のどうでもいい世間話に使われてしまった。

北方領土ではなく、僕の「ロック」を返せ!

ロック」の返還要求が頭の中で渦巻いた。

そのとき部長からロック」を返してもらいたいがために過剰に反応してしまった。

「そんなこというもんじゃないですよ」

ロックでいいんじゃね」

「そもそも北方領土は、4島だけでなく、樺太千島列島まで日本領土だったのです。宣戦布告もせずにソビエトが終戦のどさくさに攻めてきた。国際法上いんちきですよ。今でも根室登記役場に行くと国後や択捉での土地の所有者の登記を見ることができますさら墓地が島に残っている人もいる。バラエティ番組の笑い話じゃすまない話ではないですか」

ロックでいいんじゃね」

僕の専売特許の「ロック」は部長侵略され、占有されてしまった。

部長それからしばらくの間、「ロックだねぇ」が口癖になったが、しばらくして飽きてしまったのか「ロック」を口にしなくなった。

それと入れ替えに僕の「ロック」は返還された。

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