はてなキーワード: 進化論とは
くもり
水位は低いと中くらいの間
甲羅干しの亀なし
今日は水位もそこそこあって、サギも立てない・亀も甲羅干しできないくらいだと思ってあきらめて川見てたんだけど、
川岸の木に何気なく目をやったら、木の上に白いものが2つ見えた
よくみたら久しぶりのサギだった
木の上にサギがいるのなんて初めて見た
ふつう浅い川の中を歩いてるか佇んでるかの2パターンしか見たことなかったから、めちゃくちゃ驚きだった
まあ鳥だし飛べるし木の上くらいとまることもあるやろ、と言ってしまえばそうなんだけど
普段地面にしかいないもんだと思ってたのがいきなり木に登ってたら進化論みたような気になるよ
同性愛なんて100年ほど前はイギリスでも有罪だったわけだし、
(コンピュータの原理を発明したチューリングが同性愛の有罪判決で自殺した映画最近あったよね)
キリスト教だって今になったら進化論と矛盾するけど、なんだかんだ時代と共にいい感じに融合してきてる。
イスラムだって元は平和の宗教で、色んな流派があって服装が自由な所も多いし、
本当に悪いルールなら、時代とともに変わっていくのでゆっくり待てばいいと思う。
あたかもオウム真理教のように洗脳されて苦しんでるイスラム教徒しかいなくて
どこもかしこも改宗禁止で厳格で極悪非道なイスラム教しかないという論調に聞こえるけど、
俺の知り合いのイスラム教徒はキリスト教徒かと同じようにもっと「普通」の考えをしてるし、
きちんと理由があって心から真面目に信仰してる人も多いと思うよ。
同性愛の抑圧だとか、棄教したい人が多いとか、服装に自由が無いと困るとか
あたかも困ってる人ばかりに聞こえるけど、それ全部レアケースだと思うし、
そこは時代によって変わっていくんじゃないだろうか。
https://anond.hatelabo.jp/20170726215433
これに関してなんだけど、
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/orcagy/status/888355304450215937
およそアメリカで偽科学を批判する人が歴史修正主義に親和的であるのは考え難いが本邦はそうでもない。
その理由を、この偽科学批判と歴史修正主義批判は違うと言う意見がアメリカではおよそあてはまらないのかなって感じた。
「実害性や人が死ぬかどうかで、違う」
これに関してはアメリカの偽科学批判者がまず批判する「創造論」や「ID論」にも当てはまってしまう。
キリスト教原理主義と親和性が高く、それらの中にはテロリズムに走るものもいるが、そんなものはごく一部で大部分の創造論者やID論者には当てはまらない。
それに危険性を言うならある集団への差別や憎悪、偏見を助長することの多い歴史修正主義の方がさらに危険とも言える。
なんというかアメリカの偽科学批判者なら進化論に関する議論で何度も聞いてそうである。
進化自体は追試できないし、方法論や手法は違うが現在ある証拠から過去を再現する点では古生物学や歴史は共通しており、原理的に歴史を偽科学から除外することにはならない。
さらに言えば、アポロ計画陰謀論もアポロ11号が月面に着陸したこと自体は歴史的事実であり、厳密には追試できないが、アメリカの偽科学批判者はアポロ陰謀論も否定する。
「専門分野の違いだ」
著名な懐疑論者でThe Skeptics Society の創始者マイケル・シャーマーは反ホロコースト否定論でもしられる。
こうして見ていくと、偽科学批判者が歴史修正主義者たりうる理由が良くわからないが注目する点で
そう、実は偽科学批判をしている人も歴史修正主義を批判している例はある。
では何で、南京事件や慰安婦問題など、日本でもっとも議論になる歴史修正主義はスルーするのか。
これで気づいたのは、それらの南京や慰安婦に関する議論は日本では、政治的、イデオロギー的、感情的な反応が引き起こさる。
ある意味「虎の尾」と言える。
そう考えると、アメリカで政治的、イデオロギー的に議論となる創造論を主要なテーマとしている偽科学批判者は「虎の尾を敢えて踏む」どころか「虎が倒れるまでボコボコにして、再度起き上がってくるならまたボコボコにする」くらいの覚悟が最初からあった感じなのでは。
実際、創造論やID論はアメリカで公教育から排除はされているが、何度も復活を試みようとされている。
虎の尾を踏んだ山本弘氏あたりはネット黎明期から今にいたるまでさんざん難癖をつけられている。
そうやって考えると偽科学批判者の中に感じられる「我々は政治やイデオロギーから自由である」と言う勘違いが生じやすかったり「自分の政治的、イデオロギー的立場に反しない限り歴史修正主義を認識できるが、政治的、イデオロギー立場に合致する物は歴史修正主義と認識できない」こともなんとなく分かってきたかな。
いわゆるニセ科学批判はその選択性を批判してるんだが、本人は「普通の日本人」として選択したつもりもないから何を批判されてるか分からないところとか
以前増田に「新興宗教がいかがわしいのは個人崇拝の色が残っているから」的な投稿がありました。
自分も同じ考えで、歴史の浅い宗教だと、とにかく教祖や何代目かが言うことは絶対になりがちです。
これの何が問題かというと、外から見た場合、向こうがどういう基準で動くかわからない、
なんせ上にいるやつの気分次第だから、これが実に厄介なわけです。
こういうことを考えるのは、そもそも自分が人間不信気味だからかもしれませんが、
人間のそれも感情に依存するシステムというのは、それだけでクソの極みだと思うのです。
名君というのは、どうにでも悪用できるシステムをうまく運用しただけで、
名君がいたからといって、システムまでいいということにはなりません。
そいつの息子がアホということも割とあるし、気まぐれで重税だの処刑だのやられちゃかなわん。
例えば自分は、同じ人の権利を抑えようとする勢力でも、今の日本でポリコレうるさい人に比べれば、
キリスト教保守とかイスラームとかの人らの方がまだマシだと思っています。
なぜかというと、少なくとも彼らには聖典というバックボーンがあって、
いざとなればそれをあたれば門外漢でも彼らの考えが少しは理解できるし、
もし言ってることと書いてることが食い違うようなら「お前それは違うだろ」と指摘もできる。
生物を作ったのは神で、進化論を否定しているから、ポケモンもダメということになる。
その結果は受け入れられないけど、そこに至る理屈はわからんでもない、となるわけです。
もちろん神学論争があるように、解釈を巡る争いがないわけがないのですが、
少なくともブラックボックスをブラックボックスのままブン回してくるよりはマシなわけです。
逆に言うと、ジャパニーズポリコレフリークの皆様のいかがわしさがどこにあるかというと、
とにかくそのバックボーンがふにゃふにゃであるという点に尽きます。
まず宗教がない。よその受け売りでしかない。元が感情で動いてるから理屈が毎回変わる。
こんな記事を見た。
http://hirorin.otaden.jp/e439923.html
ブコメでも散々言われいるが、この記事で扱われているアンケートは設問が悪すぎる。
まずもって、
以下の質問に対し、「信じている」「やや信じている」「知らない・わからない」「やや疑っている」「信じない」の5つから、あなたにあてはまるものに〇をつけてください。
という選択肢が悪い。なぜ「信じる」「信じない」なのだ。信じるだけなら根拠はいらない。科学的に正しいことを「信じている」からといって、その人がその事象の根拠を理解しているとは限らないのだ。
単に「信じている」だけなら、天動説を信じている人も、地動説を信じている人も、ID論を信じている人も、進化論を信じている人も、科学的な思考力を持っているとは言い難い。
他にも、個々の設問にも突っ込みどころがある。
2. 太陽は東からのぼり、月は西からのぼる。
これを6割の中学生が信じていた!問題だ!と、言いたいらしい。
しかし、この問題は、前半は正しく、後半は間違っている。流し読みしただけでは「太陽は東からのぼり」で「信じている」と答える者が少なくないことは容易く想像できる。
この問題に関して、「信じている」と答えた者は、
と分類できるだろう。
1番目は単なるケアレスミス、強いて言うなら注意力の欠如が問題なのである(これはテストではありません、なんていうアンケートで注意力云々を言うのはどうかと思うが)。
2番目は国語力の問題だ。それはそれで問題はあるのかもしれないが、科学的思考力とは関係がない。
3番目が山本氏が問題にしている部分であろうが、それは果たして実際には何割だろうか?少なくとも、設問が「月は西からのぼる」だけの問題であったなら、もっと少なかったのではないかと推測できるし、このデータだけでは議論できないことは明白であろう。
6. カーナビなどに使われているGPSは、月面でも使える。
現在、月に有人ミッションはなく、月面にGPSは必要ない。そういう意味では、GPSは使えないだろう。
しかし一方で、月面探査機などは打ち上げられているし、電波は月まで届く。技術的には、月周回軌道に衛星を飛ばしてやれば十分に電波測位は可能であろう。GPSは「Global Positioning System」なので、別の名前になるかもしれないが。
そういえば、「宇宙兄弟」という漫画で、月面ローバーにカーナビシステムを搭載する話があった。現実の話ではないが、不可能なことではない。あれの実現にはGPSが必要である。
で、この設問にはどう回答すればいいのだろう?「現在使えるか」という話なら不可能だし、「使えるようにすることは可能か」という話なら可能である。どう答えても、「間違っている」とは言えない。
23. UFOには宇宙人が乗っている。
まずUFOって何だ。未確認飛行物体だ。その正体が鳥でも飛行機でも、確認できない間はUFOだ。
まあ、いわゆる地球外生命体が空飛ぶ円盤に乗って地球に来ているか、と言われれば、証拠がないので「そのような事実はない」と言うしかない。
一方で、この地球という惑星に人類という生命体が出現した以上、どこか宇宙の遠くに宇宙人が存在する可能性は否定しうるものではないだろう。そして、もしその宇宙人が何らかの飛行する物体に乗っていれば「UFOに乗った宇宙人」の完成だ。
この設問は何を問いたいのだ?「宇宙人はいない」という答えが欲しいのか?宇宙のどこかに宇宙人がいるかも、と語ったら「科学的でない」と言われてしまうのか?
まあ、これは個人のブログのようだが、世の中には往々にして、アンケート結果よりも設問を問題にしたほうがいいケースが存在する。
正しい統計を取るためには、曖昧さの少ない標本が必要だ。中学生の科学的思考力を問題にする前に、統計を取る側の人間が、統計を取るための能力を身につけることが先決ではないだろうか。
I noticed that 10 years passed since I started writing blogs.
While the world is increasingly connected to NET and scarping the gap between those who have information and those who do not have it every day, I think that it is unhappy that violence due to concentration of wealth is increasingly increasing power.
It is "religion" that is surprisingly personally surviving.
A certain great scholar is said to have said that "Religion is a drug of the poor"
Now that mobile phones are spreading in countries called poorest countries and the Internet covers the world now
I want to wish that such common sense is another few years of life.
"Enlightenment" which is the difference between religious leader and believer is only a concept,
The fact that Islam society does not accept social advancement as much as treating women,
It does not match the present era.
I feel even dizzy to the extent of Americans who still do not believe in the theory of evolution,
I think that it is sick if you are watching Korea who is singing and saying that it is the place of origin of its own country keyy.
I welcome the fact that China, which is misunderstood as a nationwide all countries other than his country, is finally getting cold from a hangover,
I am impressed with Putin who is handling Russia brilliantly but vodka is about to expire soon.
President of the world's largest military superpower, Christians of discrimination will truly be overworked by esprit.
The door to World War III has been opening much more than I feel.
It might be a trial from Gaia against an overly populated population.
ふとblogを書き始めて10年経過したことに気づいた。
世の中はますますNETにつながれ情報を持つ者と持たざる者の格差を日々スキャルピングしているなか、富の集中による暴力がますます力を増大させているのは不幸な事だと思う。
とあるお偉い学者先生は「宗教は貧者の麻薬だ」と言ったそうだが、
最貧国と呼ばれた国にも携帯電話が普及してインターネットが世界を覆っている今
イスラム教社会が女性を大切にするあまり社会進出を認めないのは、
今の時代にそぐわない。
未だに進化論を信じないアメリカ人の多さには目眩すら感じるが、
なんでも自国が発祥の地だと謳いキーキー騒いでる韓国なんかみてると病気だと思う。
自国以外の国は全て属国と勘違いしている中国が最近やっと二日酔いから冷めつつあるのには歓迎もするが、
ロシアを見事にハンドリングしているプーチンには感心するもそろそろウォッカが切れてきた。
世界一の軍事大国の大統領が差別主義のキリスト教徒なんてさすがにエスプリ効きすぎだろう。
なので信仰者としての立場を極力排してなぜ胡散臭いのか、本当はどうなのかを考えてみます。
最初からいいますが、僕は新興宗教自体を胡散臭いとは考えていません。
身も蓋もない言い方ですが、キリスト教はユダヤ教の新興宗教ですし、仏教も日蓮宗や浄土宗、臨済宗は密教系とは重要な教義が異なっています。
私はカソリックですが、米大統領選でも注目されるモルモン教や福音派などのプロテスタントは明らかに新興だと言えます。
基本的なことですが、この点をまず明らかにしておきたいと思います。
ではなにが胡散臭いのかというと、相当分がみなさんと宗教の接点ですれ違いが起こっていることになります。
そして悲しいことですが、本気で胡散臭い活動も当然ながらあります。
宗教側からみなさんへの第一の接点は布教活動になると思います。
僕が通っていた大学でも注意書きが掲示されていましたが、家に押し掛けてくるのは胡散臭さレベルが高いので敬遠するのに越したことはないでしょう。
商売と一緒で「売ってくれ」とお客さんが来るのが最高の営業ですが、現代日本ではこれはほとんど期待できないでしょう。
ではどのように新しい信者を獲得するかというと、団体としての活動や宗教活動を通じてということになります。
代表的な新興宗教には宗教活動以外にも莫大なお金をつぎ込んでいるものがあります。
PL教団の花火大会や、米ソルトレークシティのモルモン教の大寺院などはその代表的なものです。
このような活動には伝統的な宗教も古くから関与してきました。宗教は伝統的に文化・芸能活動の庇護者であったのです。
長い歴史の中ではそれに対する反発もありましたが、現代日本でもその恩恵に多く与ることができます。
例えば東京観光や京都観光には寺社仏閣がつきものですが、その観光価値は一般の方には庭園や天井画や襖絵、建造物にあるのが現実だと思います。
そのような文化活動は信者と、一般の方の両方に働きかけるもので、難解な教義を介さない身近な存在として宗教を感じてもらうことができるのだと思います。
新興宗教には巨大、特徴的な寺院を建造するところが多くあると思いますがこの理由はちょっとわかりません。
ただこのような建造物を建てたからと言って、教主や教団幹部の懐に直接お金が入るわけではないということは留意しなければならないでしょう。
教義は信仰者にとっても難しいものです。カソリックでは洗礼を受けるにはちゃんと勉強をして認められなければなりません。
本来ならばどの宗教でも教父にあたる方に接するのが第一歩になるでしょう。
ただ、いきなり相手のホームグラウンドに行くのは恐いですから興味のあるお寺(教会)に電話してみるのはいかがでしょうか?
自分の考えていることを吐露してそれで答えが受け入れられないものであれば、それは相手方の落ち度でしょう。
元増田のアプローチは、まず文字に当たるということですが、どの宗教でもその本質は活動です。
「wikipediaは参考文献に含まれない」とはよく言ったもので少なくとも宗教で学ぶというのは不適当ではあると思います。
完全に新興の宗教は別として、多くの新興宗教は既存の宗教の派生です。なのでそれぞれの教義には数百年単位の積み重ねがあり、
一人でそれを理解しようというのはだれにとっても不可能でしょう。ただしその本質というものはシンプルで良いものであると私は信じています。
長い人類の歴史の中では宗教と歴史が分離されていたことの方が少ないでしょう。
それはさておき、宗教が政治を無視できないのは宗教が人の本質にアプローチするものだからです。
人の生活に直結する政治とはどうしても重なる部分があるということが宗教が政治に関わっていく要因でしょう。
「波動」や「飛行」というのを聞いたときの胡散臭さは相当リアルに感じます。
それはそれとして一歩引いてみれば仏教用語の因果や因縁、「宇」や「宙」というのは非科学的な概念ではないでしょうか。
これらを科学的に検証することはできませんが、明らかに科学と矛盾するものとしてキリスト教の進化論や地動説を否定があります。
私自身は技術者として生計をたてていて、人は猿から進化して、地球は太陽の周りを回っていると思います。
非科学的ということが宗教を損なうのはその真実性を損なうからだと思います
これはどこの宗教でもつきものだと思います。検証不可能なことは証明できませんし聖典は多面的な読み方ができるため科学的な検証には向いていません。
「聖典が正しければ寺院(教会)・教義は正しい」そして「寺院(教会)・教義は正しければ聖典は正しい」というような循環論法に陥りがちです。
これに対しては僕が言えるのは「あなた自身の考えて」という月並みなものです。あなたが一歩を踏み出してよい教えに導いてもらえることをお祈りしています
先週、「きのう宿泊拒否をされた話」(http://anond.hatelabo.jp/touch/20161010101352)を書いた元増田です。
遅くなりましたが、たくさんのブックマーク、トラックバック、ツイートなど、まずはありがとうございます。
かなり多くの人に読まれてしまって、ビビってしまっております。
厳しいコメントも多かったですが、優しい言葉をいただいた方、嬉しかったです。
あれから、ラブホテルの立地自治体(大阪府池田市、大阪方面へ帰る途中で寄ったのです)の保健所の衛生課に、ホームページのメールフォームから問い合わせをしたところ、宿泊拒否をしたホテルに対して指導をしていただけることになりました。
(17:55あわてて追記
先ほど保健所衛生課から指導実施のご連絡をいただきました。以下メールより抜粋。
報告のため連絡をさせていただきました。
男性二人での宿泊を拒否することは旅館業法違反であることを指導し、
問い合わせから一時間もしないうちにメールで返信があり、指導するにあたり、私たちが拒否された日付けや男性同士だったことなどをホテルに話してもいいかの確認(通報者の特定を避けるため)もしてもらって、
仕返しが目的ではないので、ここでホテル名を書くことはしません。
というか、あれから、自分でもいろいろ調べてわかった事は、ラブホテル業界では長らく男性同士の利用を禁止しているホテルが大多数であったという事実でした。
書かれている理由は様々で、ベッドや部屋が汚されるから、であるとか、
薬物の取引に使われることが多く、男性二人での利用をやめさせるようにむかし通達がきたらしい、であるとか、
自分のホテルだけゲイをOKにすると、ゲイが押し寄せて(!)男女カップルが逃げるからであるとか。
ほんとうに様々でした。
「関係者から聞いた話」のように、間接的に「〇〇らしい」という話が多く、真偽はわかりません。
ただ、ゲイのセックスでは部屋を汚すようなセックスをするのではないか、というような、偏見による誤解や、
ゲイが使うホテルだと思われるとイメージダウンだという考えは広く業界の間で根強く信じられている様子なのがわかりました。
「一人以外には、男性同士も断られる可能性が高く、(中略)男性が二人いると犯罪の危険性が高まることと、一般のカップルに対してのイメージがよくないからだという。」(金益見「ラブホテル進化論」文春新書、2007)
現在のラブホテルは風営法の営業許可を受けていないホテルがおおくを占めているということも、調べていてわかったことです。
85年の風営法改正以降、あたらしいラブホテルの多くがビジネスホテルとして旅館業法の適用範囲で営業しているということです。
「ラブホテル進化論」から、多くのラブホテル建築に関わったコンサルタントのインタビュー部分を引きます。
「適用除外要件という言い方をするんですが、収容人数によってかわるんですけど、ロビーとレストランがそれぞれ五十平方メートル以上あれば、ラブホテルにはあたらないんです。/最初の建築段階において、ラブホテルの届け出が不必要なように設計します。それが一般的です。風営法の届け出が必要な建築設計はしません。九九・九パーセントのホテルがそうですよ」
ビジネスホテルの申請が下りた段階で、レストランなどは改装するそうです。へぇー、でした。
そのため、現在も男性同士の利用を禁止している「ラブホテル」の多くが、結果的に(おそらく意識せず)違法状態にあるということです(旅館業法では性別を理由にした宿泊拒否が認められていないため)。
僕たちを断ったホテルも、なんの悪意も違法性の意識もなく、これまでの業界の慣例にしたがって、当たり前に「宿泊拒否」をしたのだろうと思います。
でも、たった数十年前はスーパーに盲導犬が入るのも断られることがあった思います。万が一他のお客さんに噛み付いたら、とか、食品の衛生上問題だからとか、「合理的な理由」をたくさんつけて。
それが変わったのはたくさんのひとの努力があったからだと思います。
今回のことでたくさん勉強になりました。
法律のことは、まあそれとして、いちばん大事なのは、偏見や、知らないことからくる誤解を、すこしづつといていくことなのかな、とおもいました。
これから、すこしでも男女のカップルだけではなく、男同士、女同士のカップルでも利用できるラブホテルが増えてほしいとおもいます。
それが当たり前の時代になってほしいです。
アカデミックの道に挫折し、非常にやる気のない就活をした17卒の記録。反面教師にするもよし、馬鹿なやつだなあと一笑に付すもよし。巡り巡って誰かの役に立つことに一縷の望みを託します。
●方針
労働者に向いていない自覚はある。経済活動に利する人材のパフォーマンスをする。
●専門
歴史学。一般的にわかりやすい&経済関連ネタにしたほうが、反応が良かった。そのため、第二次大戦後の経済復興ネタを研究していることにした。
●志望業界
商社、コンサル、金融。サービスよりは修正資本主義のほうがまだ理解できる。「日本と世界の人々の生活の発展に貢献したい」と語った。社会の進歩を信じましょう。
●学歴
1次通過:3社。
内定:1社。
●学生時代に頑張ったこと
序盤(中小書類&面接)は「学生時代に頑張ったこと」という文面を真に受け、勉学・研究をネタに書く。自律性とゼミ活動の企画してましたアピール。当然と言われそうだが全くウケなかった。院卒なら専門で培った能力をアピールしろという話は聞いたものの、ほぼ落ちる。フィールドワークなりインタビューなりのある専門であれば別だったのかもしれん。
大手のころには、学部1年目にのみ経験していた大学祭委員活動と文芸サークルネタに切り替え、書類も通るようになる(何年目でやったかは最後まで聞かれなかった)。どちらを書くかは「求める人材像」と照らし合わせて選択。学生団体同士の熱血折衝やトラブル解決ネタがウケそうなら学祭。他業種との関わりや根気アピールなら、市や大学事務やらとの関わりのあったサークルネタ。あとコンサル系なら英語プレゼン経験とそこから名刺交換→交流2回目にこぎつけましたネタ。
大学祭という字面のほうが活発な印象を与えられると思い、悩んだときは学祭ネタを使った。
本音「金銭的不安(覚悟が甘かった)+経済状況の悪化→おくすりのお世話になる。悪化し続けていたが、試しに就活を試みた結果、劇的に改善してしまった。・・・・・・就活しよ。」
建前「歴史を明らかにするだけではだめ。今生きている人の役に立ちたい。研究よりも経済活動のほうが幅広い人に影響を与えられる。」
これを熱っぽく語ったところでは面接に通った。とかく役に立たないと揶揄されることの多い歴史が専門なので、「説得力」とやらはあったのかもしれない。
●教師
学部卒のときには、ある程度以上には惹かれていた。しかしまあ、30連勤で死にそうになってる友人を複数名見ているうちに、それでもやりたい、とは思えなくなった。
●その他
まだ意識高い系学生だったころ、有名企業幹部らによる某帝大限定のエリート育成講演会(仮)に行ったことがある。言語決定論を実しやかに語り、優生学ギリギリの社会進化論を手放しで褒めそやし、「人の役に立つ」の「人」を疑いもしない姿勢を眺めてきた。そういうひとたちから、陰に陽に、役に立たないものはやめて、もっと経済とかを勉強しなよと言われた。リクルーター面談、座談会、OB訪問、座談会等で、「大企業に入ったスゴい先輩」にとっても、それが世間の常識というやつなのだと感じた。
社会に希望を抱いていたかった。尊敬できるセンパイというやつに出会ってみたかった。所属したいと思える環境を見つけてみたかった。
もちろんこの世界の種は神が創造なさったのだ的な強固な信念じゃないんだけど、なんとなーく「中間化石って見つかってないんだよね」「サルから人間に進化したっていうならサルがまだいるのって変だよね」「進化論って実は今のまともな科学者たちから支持されてないよね」「進化論の証拠ってないよね」辺りのテンプレ的な間違った否定論をリアルで知人から聞いてしまって、内心いやいやいやいや……!て思った。
繰り返すようだけど彼は別に熱心な否定論者でもなく、また「じゃあ別のどの論理が種の多様性を説明するのか」という答えも特になく、もっというなら進化論の具体的な説明もできないほど怪しい理解だけど、ただ本当に漠然と「ダーウィンの進化論あやしい」という発想をどこからともなくインストールしていただけな様子。あとついでに言えば、彼はどちらかというと科学的思考のほうに好感を持っているというか、例えば「血液型性格診断」とか「神の存在」とか「超能力」とかに関しては、恐らく否定的な傾向を示すと思う。
創世記さぼってヨシュア記とかいうのを読む。罪人居たせいで戦争に負けたわ、とかいう話。聖書の中でも重要性低いぽい。注釈者もどうでもよさそうな感じ。
聖書(創世記)によれば、神はしょっぱなから人間作ったことになっているが、これは動物が徐々に進化して人類が登場したという理解(=進化論)と矛盾しているのでは?という議論があるらしい。
とあるだけで、創造のプロセスについては述べられていない。だから別に矛盾はしないんだ、と書いていた。
あとニーチェがキリスト教のことを「奴隷道徳」と罵っていたが、これに対する反論が『種の起源』にはあると思う(俺が勝手に読み込んでるだけだけど)。
「強くて優れたものが善であり、弱くて劣ったものが悪である」という支配者道徳は、結局のところ動物や植物が支配されている原理だ。
動物や植物が支配されているから、人間もその原理に従わないといけない、という理はないと思う。
むしろ、「支配者の持つ強くて高いという性質は実は憎むべきものであり、弱くて貧しいものへの同情こそが大事なのだ」という奴隷道徳があることは、人間を動物や植物と区別するものとして、称賛されるべきなのではないか、と思った。
口の悪い連中が学級のような内輪だと思って、全世界にへんなことを発信するから、はてこもやりかえすだけだとおもってるんだろうけど、
ツイッターで口さがない連中がアカウント停止なり該当ツイート抹消されれば、それなりにユーザー間で情報共有される。
ああここではだれかの目に触れるんだからそういう省略形式で言っちゃいけなかった、あるいは伏せるべきだった鍵かけようとか
それぞれにネットの知恵をつけてくれる。それでおわりなんだよ本来なら。
はてこは本当に大人気ないっていうか、なんでも余裕がなくてまともにとりすぎ。
今後たとえば子供が生まれて育児してて子供がうんこちんこおっぱいしねしね期になったらどこに「通報」「嘆願」するつもりだろう?
なんで雇われ人である声優を巻き込もうとするかとか、やり方が全般的に大人げない(大人の事情が全くわかってないしわかろうともしていないという意味ね)。
もうね、なんでここまで自分が口出しできるとおもってるのかちぃともわからん。
「見ててあぶなっかしい」レベルをずいぶんまえに通りすぎてる。
今回も買ってもプレイもしてないでバズらせてる。
それだけでゲームユーザーにもゲームメーカーにも失礼すぎるしマジ不愉快。
そもそもナコルルKOFに出てないほうが多いだろ。
ナコルルの由来がもっとよくわかる原作にあたる月華とかタイトルもハードも消えてるし、
KOFは国(=ゲーム)を代表するチーム戦のお祭りだからユーザーなら○○チームの意味だってわかる。
アイヌをそういう差別された側の狭量な行動に押し込んでおきたいんだろうな。
騒ぎ?ああ、ゲームか、アイヌチームそんなに強くしてくれてるのか、よくある嘘っこアイヌでも知ってくれるだけでありがたいね、
なんて余裕こいていたかった人が多いのでは。
もうこの雰囲気では看病がてら奮闘するはてこが気の毒で言えない。いきなり偽善になるわけよ、本人なのに。
以前もレイプを炎上ネタにしてでもライターとして売れたいなんて絶対言えない雰囲気だったし、おまえが馬鹿だから進化論わかってねーだけだよともいえない。
はてこPTAはすごい商業マイナス効果だわ。むしろ嫌いな作品送りつけてファンネルに使うのにもってこい。
あーはてこのいないはてなにいきたい。
追記
まだわかってないみたいなので追記。
http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/15/073000
KOFの声優さんといっても仕事を最後にもらって20年以上たつひとに今さら何を言ってほしいの?
あれ再録音してないでしょ。はまあゆも声出してた系列ゲームだけどね。生駒さんなら気軽に頼めるのかな。
もうおばさんおじさんになってて、声質も少しずつ変わって、出せっていわれても出ないアクション声が多いから仕方がない。
それでもゲーマーがゲームタイトルを愛してるから使ってもらえてよかった、とだまってるだけだね。
声優は新作に使ってもらえないとお金もらえないから次々新作とか引き受けるしかない。
SNKが火種かかえてるのにごまかしてつかわれた作品でのユーザーの細かい揉め事の火消ししろって。
しかもうっかり引き受けてナコルルのイメージをかえたら契約違反で訴訟「アレは公式見解ではありません、永遠に役から降ろします」。
おまんまの食い上げ。
フリーの仕事してる人に公式背負って発言しろというのは迷惑でしかない。
はてこはどうしても日本を背負ったり女を背負ったりアイヌを背負ったりして
それによれば、その辺の雑草なんかも日々熾烈な殺し合いをしているらしい。
その中で生き残った者の性質が子や孫に受け継がれて変異していく、とのこと。
これが正しいとすれば、人間ってのは生物の中で唯一、自由競争原理に疑問を持ち、これに抗う力を持った存在なのかなぁと思った。
キリスト教やマルクス主義が生まれるってのはほんとに人間らしいことなのだろう。
あと聖書的には進化論より、現生人類が少なくとも30万年前ぐらいから居たって事実がやばいらしい。何でかっていうと、最初の人間アダムが生まれたのはどう計算しても1万年前ぐらいだから。
注釈者は、アダムってのは本当の意味で最初の人間ではなく、神の説く理を理解できるほどに成長した「最初の人間」なのだという解説をしていたが、正直苦しいw
無限の時間があれば無限の道を通ることができる。それは自明のことであり、そこから言えることはなにか、それは世界のバランスの理由であり、生命の誕生であり、永劫回帰の証明である。
時間に始まりがあれば終わりがある。そして始まりと終わりの間がある。始まりと終わりの間が「時間」でないのであれば、始まりと終わりは時間的に接続される。
時間が発生した理由があるなら、時間が終わった瞬間に、かならず次の時間が発生する理由が生まれ、また次の時間が始まる。
いま、時間があるのであれば、時間が始まった理由は必ず存在し、時間は始まりと終わりを繰り返す。もしくは時間は終わることなく永遠に続く。
生命が生まれる確率は10の230乗分の1であり、宇宙の生まれた時間から考えるに生命は(神の存在なしに)生まれえないとの説がある。
しかし、無限の時間があれば無限の可能性がある。確率はもう意味をなさない。
進化について理由を求める人々がいる。原子生物が猿になり人間になるには進化論では説明がつかない。地球の生まれた時間から考えるに進化は(神の存在なしに)考えられない。
しかし、無限の時間があれば無限の可能性がある。世界を認識する「人間」が存在するまで無限の時間が繰り返され、無限の宇宙が生まれ、無限の生命が誕生したのだ。
無限の時間があるのであれば、無限の道を通り、無限に宇宙を繰り返す。
「私」の想像する、そして想像しない、あらゆる世界が繰り返される。
私の人生とほぼ同じ人生。ただ一度、一言だけ発する言葉が違う人生。
実現しなかったあらゆる「もしも」。それらは無限の宇宙で実現される。
人生におけるあらゆる選択は無意味であり、あらゆる道はすべて通っている。そして無限に繰り返し通ることになる。
ためになる話と思って真剣に読み始めたら、スピリチュアルな話が出てきて急に冷めてしまうことがある。
たましいがどうのとか、死後がどうなるとか、来世でどうとか。
学校で生物学とか進化論とか学んだ上で、なんでみんなあれを信じられるのかわからない。
人生論とかで真剣にそれを持ち出されて、それを信じるのが当たり前みたいなことが多くて、なんか自分だけ不信感感じちゃってあまのじゃくみたいでいやなんだよね。
よくテレビや雑誌でやってる星占いなんかは、みんな信じてなくても楽しんでるだけって思うから、不信感感じてもいやな感じしないんだけど。
みんなが信じてるものを自分だけ信じられないのがいやなんだよね。
みんなたましいで生きてるの?
虫とか微生物とか、みんなたましいあるの?どんだけたましいさまよってんだ。