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はてなキーワード: 血液型性格診断とは

2022-09-12

ステロタイプから自己暗示による人格障害

日本における血液型性格診断の正体なのだろうか

職場で苦手な人全員B型だったから、やっぱ偏りはある気がするんだ

この偏見さら偏見助長して今の状況があるのだろう

マッチングアプリ血液型の項目をみてそんなことを思う

2022-07-20

anond:20220719145503

占い」を「血液型性格診断」に変えてみると見えてくるものがありそう

2022-05-23

MBTI(16性格類型)が最近ネットにわか流行ってるけど

なんで疑似科学否定大好きマンが黙ってるのか謎すぎる

あれ普通にEM菌とか血液型性格診断と同レベルには疑似科学否定されてるシロモンだよね?

追記

そりゃそうだ、いつもならトンデモを指摘して大喜びのブックマーカーが大喜びで俺はXXXXでさ〜ってやってた(´;ω;`)

https://b.hatena.ne.jp/search/tag?q=MBTI&sort=popular

2022-05-16

血液型性格診断真実に気づいちまったわ

あれさ、散々科学的根拠ないとか迷信だとか言われてるのに、未だに話題に出すやつが多くて謎だったんだよ。

正直、頭悪いなーってバカにしてた。

けどわかっちまったわ。

要は定型とそれ以外を分別するための符丁だったんだな。

 

いわゆるA型几帳面、真面目、時間を守る、多数派

定型発達

 

いわゆるB型マイペース自分勝手、気性が荒い

双極性障害自己愛パーソナリティ

 

いわゆるO型:おおらか、ルーズ時間を守れない、片付けられない

ADHD(多動、注意欠陥)

 

いわゆるAB型変人二重人格協調性がない、天才

ASD自閉症アスペルガー

友達血液型きかれて答えた時、「あ~O型なんだ~やっぱりね~」っていわれる奴は周りからADHDだと思われてる。

自己紹介で「A型なんですけど、よくAB型っぽいっていわれます」といってるやつは自分ASDであることをさりげなく告白してる。

血液型当てゲーム定型の中から発達を見つけ出すゲームなんだ。

本当の血液型がなにであるかはどうでもよくて、初対面でインスタントに発達を見分けるための簡易チェッカーだったんだ。

コイツ、まだそんな迷信信じてんのかよw」って内心バカにしながら、馬鹿正直に「O型ってよく言わます」とか答えてた俺がバカだったわ。

2022-04-30

くたばれ、スピリチュアル育児

母乳信仰から自然派育児から予防接種拒否…これらはほぼセットで散見されません?さらにそういう方々が自治体の子育て広場みたいなところで熱心にサークルやってたりしますしね

https://twitter.com/tomoe_1129/status/1520097278660587520

を見て、助産師をしている母からミルクを与えていることを咎められたことを思い出した。

母の勤める産院ではミルクを与えるというのはけしからんこととされているらしいが、栄養失調によって障害が出たり死んだりする例がなかったのか不安に思う。

私の場合出産時に出血多量だったために母乳ドクターストップされていたので、ミルク餓死かの二択だったのだが、それでもけしからんかったようで。

その母からは3か月目からは果汁を与えなさいと言われるなど、頓珍漢すぎて白目をむきそうだったので、スピった助産師はこんな感じなんだろうなとすぐに見当がつく。

母は占い血液型性格診断も大好きで、それによる思い込みもすごかった。

これ系のネタで言うと、カンガルーケア、完全母乳、抱っこ慣れさせない育児自然派育児と正しそうに見える育児情報普通にあるので、自分で考える能力を何らかの理由で奪われた親たちはそこにはまって危険育児突入するだろうなと思う。子育てサークルなんかでこういう情報ふつうに入ってくると怖いよね。

誰にも相談できない状態でのワンオペ育児とか長くやってると段々と思考能力が奪われていくが、子育て広場なんかはそういう時に行くところだからな。

2022-04-16

anond:20220412150835

ABO FAN「正直、統計データが出ているものの、あれやこれやと難癖つけて認めてないだけに見える…」

相関関係を示す調査結果も存在はする、というだけで影響力が認められるなら、血液型性格診断肯定されてしまうんだわ

参考になるブコメ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220412150835

ttps://note.com/teshima_kairei/n/n3b13cc50c849/この辺を足がかりに、他人意見鵜呑みにするのではなく、引用先の論文も読んだ上で自分で考えてみたら良い。/先行研究は腐るほどあるので、誠実に取り組むなら時間がかかる。

手嶋のnote貼っ付けて済ますならこっちの記事の方がお勧めブコメ https://note.com/teshima_kairei/n/ne9b3cc9e22d9



その他、参考になる記事

斉藤章佳『「小児性愛」という病』の批判検討表現性犯罪を誘発する?~

https://note.com/teshima_kairei/n/n932d4112c296

(↓みたいなブコメに騙されないために)

斉藤章佳氏の小児性愛関係の著書でも、(二次元も含む)児童ポルノ認知が歪んだり、犯罪トリガーとなった事例は多いとの記述がある。AVの真似をしてパートナー不適切な性行為をする人とかもいるらしいよね。

2021-10-12

anond:20211012093353

ちょっとおもしろい。

不安を見つけがち以外にも「無関係事象自分自身を結びつけがち」という性質、つまり自己中心的だったり、「論理的でないものを無批判に受け入れがち」、つまり論理的だったりもするかもしれない。

血液型性格診断占いをどれくらい真面目に信じているか、とも似ているかも。

2021-08-22

許される三大オカルト姓名判断」「地鎮祭」「六曜あとひとつは?

なぜか社会から無くならないクソオカルト

血液型性格診断とか水にありがとうは許されないことが多いので不可

2020-11-15

「俺(私)ADHDかもしれない」とかい人達

血液型性格診断信じてるタイプの単純に頭悪い系統人間だろ

2020-07-02

未だに血液型性格診断の話を繰り出す人間がいるという現実

こんなのとうの昔に廃れたと思ってたのに。

ブラッドタイプハラスメントという言葉はまだ人口膾炙してないのか。

2019-02-23

地震科学

神さま仮説以外はどんな仮説を出しても良いのが科学ではないのか。

実証して、その仮説の妥当性はなしとなればよい。

人口地震説も、結果的採用されなくても)そういう仮説を考え、自説と述べるのもダメというのは

科学的態度ではない。

人口地震説でも、血液型性格診断でも、仮説を主張するのは科学的にダメではない。

ダメなのは「そんなこというな」という態度

地球は回ってないと同じ態度だと気づけ。ばか

2019-01-21

anond:20190121164009

血液型性格診断は実は科学的で正しいのだ

荒唐無稽な話じゃないか差別ということで公から姿を消した

血液型性格診断って

田舎向けだったら「将来イオンモールに勤めることになるでしょう」と一文加えておけば、当たるって評判になるんじゃないだろうか

2018-11-21

姉が血液型食事法を信じてたのでキレた

母親

A型の人は穀物を多めに摂るのが良くて〜」

とかなんとか言ってて

俺が「そんなエセ科学を出してくんじゃねえ!」ってな感じのことを言ったら

姉「違うよ、ちゃん科学者研究したんだよ」

母親「そういうことも研究されてるんだねー」

とかなんとか言ってて、俺はこいつら馬鹿かとキレた(その場には妹もいたが話には出てこないので割愛

とはいえ、俺もちゃんとした知識があって否定してるわけじゃない、ちょっと前に血液型性格診断流行ったときに散々そういうのは否定されてただろ!!ってことを根拠にしてただけだ

(ちなみにそれを言うと性格関係ないのはわかるけど、体質はまた別じゃんみたいなことを言われた、馬鹿か?)

仕方ないのでその場でネットで調べて

「ほら見ろ20年前にダダモって研究者の人がちらっと言っただけじゃないか、その後の検証じゃ否定されてるし、そもそもこの人も自信があって言ったわけじゃないっぽく論文すら出してないじゃねえか」

って話をしたのだが



「君はもう女の子の話に関わらないほうが良い」


なんなの?

それでじゃあおまえらもう(男女の)職業差別文句垂れるなよ?みたいなことを言ったら


「それは関係ないじゃん」


なんなの

2018-07-07

IT系の人は人間が分かって無さすぎて頭悪い

入社したら研修血液型性格診断されたことあったよ

バカバカしくてがっかりしたね

理系人間心理とかの知識が無さすぎてこういう疑似科学を平気で信じちゃうのかな

ヘタに「この言葉日本語的に間違ってる!!!」的なこといってるやつもいるし(結局間違ってないのに)

2018-06-19

発達障害者犯罪率は有意に高い?

それを言うなら血液型性格診断は正しいし人種間の優劣も肯定できる

2018-05-09

anond:20180509124401

うなぎについては本当に周知されてなくて、身の周りで特段自己中じゃないような人でも普通にうなぎ食おう」って言ってくる。

そういう人は普段生活では良識的なだけに、自分のしてることがよろしくないと指摘されるのが抵抗あるのか、

「いや、うなぎは…」とか言うと、こっちが困った人みたいな目で見てくる。そりゃまあ面倒ではあるだろうけども。

だもんで結局、お茶を濁して自分が食べないというラインを守るくらいしかできない。

血液型性格診断の話と似た感じ。

2018-02-26

anond:20180225105423

なぜ差別であるのかどうかという点で理解できないのか

元増田差別かどうかに言及しているのであって、差別が実際に行われているかどうか、差別問題なのかどうか、痴漢問題なのかどうか、ましてや痴漢が男女比どのくらいで被害者がどれくらいいて……みたいな話はすべて、関連する話ではあるけど別の話でしかない。

これを理解するために、トロッコ問題の話をしたい。

基本的ものはこうだ。

眼の前に暴走したトロッコがある。

直進先の線路に五人の作業員がいる。

線路分岐があり、もう片方に一人の作業員がいる。

分岐操作するレバーは目の前にある。

身を犠牲にしてトロッコに飛び込んでも暴走したトロッコを止めることはできない。

そして問いは分岐操作レバーを引くかどうかではない。

レバーを引くのは正しいことかどうか? ということだ。

しかしたら、作業員トロッコを避けられるかもしれないという人がいるのなら、

ではもし分岐の先はつながっていて、作業員が避けることができたらもう片方の分岐に戻ってきてそちらにいる作業員は轢かれてしまうとしたらどうだろう?

または、あまり政治的問題を扱うのはふさわしくないかもしれないが、アメリカ原爆を投下したこと二次大戦が早く終わったということがもし事実だとして、それを認めることができるだろうか。一定の人数を犠牲にして多数の人間を救うことは正しいことか?

こういう質問を繰り返していって、自分の考え方をより厳密に確認していく(もしくは矛盾点を指摘する)ことがこの手の思考実験目的の一つだ。

話を戻そう。

差別現実的にどこにでもあるものである

血液型性格診断なんてまさに差別のものだし、あいうえお順にクラスの子供達をならべるのも差別と言えるかもしれない。名前一般的自分で選べない。

LBGTという言葉だって、その他の性的マイノリティ無視した差別的表現なのかもしれない。

自分選択していない国籍について日本人らしくとか言われるのも十分に差別たりうる。

あらゆる差別を語義通りに撤廃するのであれば、少なくとも今の社会生活は全く成り立たない。

女性専用車両差別ではある。

だが差別であることと悪であることには実は関係がない。

(それと実際に不利益を被っている人がいることも関係がない。)

なぜならば、差別という概念自体善悪とは別に存在うるからだ。

現実的問題として、様々な差別に苦しんだり具体的な不利益を被る人がいて、それをなくしたいというのは筋が通っている。

しかしその問題があまりに広範で捉え方にも差がありすぎるせいで、いつも恣意的ルールと各個人で異なるバックグラウンドを前提としてしまう。

元増田としては、そのあたりを整理するために問題提起したのだと認識している。

これを共通認識としない限り話を先に進めることができないからだ。

逆に言うと、これについて善悪論や感情論反論する限り、女性専用車差別問題は少なくとも解決を目指すことは難しいだろう。

(それをこのような考え方の素養がない一般大衆に求めるのも難しいところだが。)

2018-02-07

日本社会における血液型性格診断は無くならない

日本社会には血液型性格診断蔓延っている。

A型几帳面B型マイペース

O型は大らか、AB型変人

A型女子O型男子は相性抜群、B型女子A型男子は相性最悪…など

ABO式血液型赤血球の表面にある糖鎖の違いで決まることを知っている者は、「そんなことで性格や相性が決まるわけないだろう馬鹿馬鹿しい」と思うだろう。

実際に現在科学では赤血球の表面の糖鎖が性格を決定づけることは示されていないし、近年ではブラッドタイプハラスメントなるものも登場したり、血液型性格診断を「信じない」人も増加しているように感じる。

しかしながら、今だに血液型性格診断蔓延っているのはなぜだろうか?

私がアルバイトしている中でよくある会話から考えたことを記そうと思う。

私は大学生であり、アルバイトをしている。いわゆる水商売で、小さなスナックでおじさん達と会話を楽しんだりお酒を飲ませてもらったりしている。

話題が雑多なことは学部友達と話している時と変わらないのだが、ひとつ感じるのが、スナックでは血液型に関する話が多いということである

「信じていない」私にとって、最初は非常に受け容れ難く、学の無い人がする話題だと蔑むほどであった。もちろんお客様にもママにもそんなこと言えないが。苦笑いをしてやり過ごしたことが何度もあった。

ところがある日、新規お客様血液型の話をされた。普段だったら笑って適当にやり過ごすところであったが、話題に困っていたので血液型の話に乗った。30分近くはかせげたように思う。そうしてなんとかやり過ごしてお客様はお帰りになられた。

そこで私はこう思ったのだ。

「ああ、日本社会から血液型性格診断は無くならない」と。

「むしろ自分蔓延らせる一因になってしまった」と。

血液型性格診断話題の無いときに非常に便利である。信じていようが信じていなかろうが場は保たれるのである

私が他の話題を生み出せる会話力の高いホステスであったならば、血液型の話をせずに済んだであろう。

血液型の話で傷付く人は少ない。血液型の話で相性の良し悪しで簡単に盛り上がれる。

血液型が最も安牌な話題ひとつである限り、日本社会から血液型性格診断が無くなることはない。

2017-12-11

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

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