はてなキーワード: 合憲とは
だから差別じゃなくて正当な区別で何ら違憲性がないって司法判断が出てるでしょうと何度も…
女性専用車両は合憲合法なの。男性は乗ることもできるけど、客とトラブルを起こした場合には車両から降ろしてもいいの。それも法で定まってるわけ。
こっちは判例や法を明示して女性専用車両がなぜ適法で問題がないのか再三説明してるのに、
(少なくともここにいる)女性専用車両反対派はオレオレ定義で差別だ差別だ繰り返すだけ。
まったく論理的じゃない
増田は差別という言葉の定義を意図的に拡大しているだけ。よくある表現だけど、実際には「差別ではなく区別」に尽きると思う。
前提として、女性専用車両には合憲判決が出ている。女性専用の車両を設けても、主な被害者である女性を保護するという目的の正当性や、時間や車両を限って実施するという手段の合理性・相当性から合憲とされたわけ。
つまり女性専用車両は増田風にいうなら「合憲の差別」ってことになるんだけど、もうこの時点でおかしくて、合憲な差別って普通差別じゃなくて区別っていうじゃん?
差別という強いマイナスイメージがある言葉の意味を、司法で判断された正当な区別の範囲まで拡大しているから議論が噛み合わない、それだけの話。
この手の「お気持ちフェミニストを批判する俺」の方がよほどお気持ち駆動定期。
そもそも男女で分けることが即座に差別となるなら男湯と女湯、男子トイレと女子トイレも差別になるはずだが、そうなっていない。差別かどうかを判断する際には外形的な区別だけでなく、当該施策目的の正当性や手段の合理性・相当性が考慮されるからだ。
で、我々よりよほど頭のいい専門家たる裁判官が集まる本邦司法において、目的の正当性、手段の合理性・相当性が認められ、女性専用車両は合憲と判断された。
以上の通り結論が出ていることをまるっと無視して、勝手な私見から"法的にグレー"と言い換えるというか嘘をつくのは全く論理的でない。
あなた方は合憲とされている女性専用車両を不快だ・むかつくという個人的なお気持ちで対象を批判しているわけで、まさにお気持ち駆動だろう。
また女性専用車両に反対しているのは男性でも3割程度に留まるうえ、若年層ほど必要派の割合が高い。参考(https://www.city.sapporo.jp/st/subway/anshin_syaro/documents/cyosa-kekka.pdf)
なお他のアンケートでも同様の傾向が見て取れる。
NHKの受信料支払いの根拠として放送法が持ち出されるけど、なぜ、「放送法が時代遅れの悪法であるという事実」を取り上げないんだ?
昔
受信料払え→納得
今の世の中
⚪NHK以外にもたくさんある
受信料払え→は?
放送法ってのは「NHKしか無かった時代の法」であって、今の世の中「NHKしか無いわけではない」
つまるところ、「時代の変遷に対して、時代にそぐわない、時代遅れの決まり事を、頑固に押し付ける」という「時代遅れの悪法」でしかない。
NHKしか無かった(=NHKを見るためにテレビを持つ)時代にできた時代遅れの放送法を根拠に今の世の中②③で受信料払えって納得できますか?
納得できることは合憲(合法)だが、納得できないことは違憲以前に法(根拠)そのものが間違っているということ。
NHKを見るため(=NHKしか映らない)なら受信料も快く払いますが、なにぶんNHKを見るためだけにテレビを持っているわけではないので。
え?スクランブル化したら緊急時に見れない人が出てくるからスクランブル化は避けたい?
知ってますか?WOWWOWとかたまに「無料放送」してるんです。
なんと…!その無料放送日だけは視聴契約(スクランブル解除)をしなくても見れるんですよ!
…おわかり?
つまり、NHKも「緊急時だけ電波を垂れ流せば(スクランブル解除=無料放送)」スクランブル化しても問題ないってことなんですよ〜。
やったね!
受信料の回収が例え0になっても成り立つくらいの予算をNHKはもらってるんだが…
契約内容に不満があると言えば契約しなくてよいのが通例だった。
(ただしこれは最近出た反例で、もうすぐ定年を迎える裁判官から「合憲」とされたので違法行為となる。)
答えは単純でNHKが毎年もらう予算以上に金が欲しかったから。
ただ予算をこれ以上増やすのは無理だから契約が義務かのような放送法を作り、
それを元にしてヤクザのように集金してね、という法だった。
なので、元々これがなくとも十分やっていけるだけの予算を毎年もらってます。
7104億、6993億、111億
多くの人が誤解していると思うけど、大きく問題視されているのは、税金のように徴収される受信料制度を支払わない自由ではなく、その制度相応の放送の品質があるかという問題である。
なぜ同じような裁判がイギリスで起きないのかといえば、BBCは国営放送相応の品質があるから。
ようするに、受信料の強制徴収制度に見合ったNHKの運営がなされていないのが問題視されているのであって、別に支払わない自由とかは問題視されていない。義務教育を拒否する親がいて、そいつらが裁判起こして、最高裁が義務教育制度は合憲であると判断されるのと同じ。
もっとわかりやすくすると、例えば高校生が通常は通学で利用しなければならない公共交通機関を「公共交通になっていない」という理由で利用を拒否して自転車だの二輪車だので登校して、学校による改善命令や懲罰などを「公共交通を利用しない自由」「現実性のない校則の改正要求」で跳ね返せないのと同じ。
最近、北朝鮮の脅威に備えるために憲法9条を変えろという意見をよく見聞きするんですが
実際変えたところでどんな意味があるんでしょうか…?
仮に今自衛隊が無かったとして、「9条があると自衛隊を作れなくて日本を守れないから、9条を変えて自衛隊を作ろう」というならわかりますが
現実には自衛隊は存在するわけで、9条を変えたところで現状は何も変わらないのでは…?
そもそも現行憲法でも個別的自衛権は否定されていないはずなので、北朝鮮のミサイルを撃ち落とすことは今の憲法のままでもできるわけですし
学校で9条を習う時、「政府は、自衛隊は『必要最低限度の実力』であり、憲法違反ではないとしている」と教わりました
それともいままでの日本政府の見解のほうが間違っていたということですか?
「違憲っていう人もたまにいるけど、政府が戦力ではないから合憲だって言ってるし、自衛隊をなくすわけにもいかないからいいんじゃない?」
という感じの認識の人が、現在使われている教科書で勉強した人には多いと思います
憲法は、時代の流れに合わせて問題があったらどんどん変えていいものだと思います
例えば同性婚は憲法違反だからできないという話を聞いたことがありますが、実際に同性婚したくてもできない人が困っているのなら、
しかし9条を変えても現状何も変わらないので、変えるメリットがわかりません
逆にデメリットとしては、北朝鮮に「日本が戦争しようとしている」と思わせてしまい、北朝鮮が軍拡を正当化するための言い訳として利用することが予想されます
そもそも自衛隊はアメリカ軍などに比べたらはるかに規模が小さく、しかも日本は北朝鮮の脅威の最前線に位置しているのだから、
どこか遠い国の戦争に首を突っ込んでしまったら国内の守りが手薄になり、本当に日本が攻めてこられたとき守れないと思います
9条を残すと、自衛隊の海外への大規模な派遣を求められたときに断る口実として、日本の国益のために利用出来るというメリットがあると思います
9条変更反対だとネットで書き込むと「反日だ」などと言われてしまうのですが、
むしろ自分は日本を愛しているがゆえに、実際に日本が攻められたときにどうしたら守れるかを真剣に考えた結果、
9条変更は日本を守ることにはならないのではないかと思いました
もちろん、自分は憲法を絶対に変えてはいけないなどとは思っていません
今後もっと詳しく勉強していく中で、もし仮に変えるメリットがデメリットを上回っていると思うようになったとしたら、自分は9条変更賛成派に回るだろうと思います
2ちゃんねるや普通のまとめサイトはネトウヨに独占されていて、
ちょっとでも彼らと違う意見を書き込むと見るに堪えないような汚い言葉で罵倒されてしまいまともに話が通じないので、
当事者の主張に耳を傾け、証拠に基づいて、中立・公平で公正な判断をすることが必要だと考えています。最高裁として判断すべき事件数の多さと事件の多様さに直面して、最高裁判事の使命の重大さを改めて痛感しています。
詰まるところ、中立・公平で公正な裁判を迅速に行うことが求められているのだと思います。結論に至る過程をできるだけ分かりやすく示すことも大切だと考えております。また、裁判所としては、情報発信をさらに進めていくことが望まれるように思います。
就任直後に関与したGPS捜査に関する大法廷判決が、刑事手続き法に関する近年の最も重要な判決の一つであるだけに強く印象に残っています。
注:令状のない全地球測位システム(GPS)捜査は違法とした大法廷判決(17年3月)
任命権者が判断すべき事項ですので、回答は差し控えさせていただきたいと思います。
憲法改正の是非などは国民が判断し、決めるべきことで、憲法を尊重し擁護する義務を負う立場にある者としては、回答を差し控えさせていただきたいと思います。
前項と同様の理由により、回答は差し控えさせていただきたいと思います。
私の考えは、当審に係属した具体的な事件について判断する中で示すべきものと考えております。
注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)
今後当審にも関係する事件が係属する可能性がありますので、回答は差し控えさせていただきたいと思います。
全体的に見れば、課題はあるものの、うまくいっているのではないかと考えておりますが、制度の運用上、裁判員の負担軽減に配慮することが必要だと思います。
判断の誤りを避けるため、様々な観点から証拠評価をしっかりと行い、手続きを適正に運用することが重要だと思います。
死刑の存廃などについては国民的な議論が大切だと思います。一般論としての回答は差し控えさせていただきます。
法改正に向けた法制審の審議には私も参加いたしました。改正法は現状を改善する方向に向けた重要な一歩だと考えております。今後、関係者がそれを適切に運用していくことが大切です。
私は最高裁判事就任前には法曹養成教育の一端に携わっており、様々な課題があることを痛感しておりました。関係者の地道な努力が実を結ぶことを願うばかりです。
裁判を行うという点では変わりがないと思いますが、両当事者の主張・立証をしっかりと踏まえた適切な判断を可能な限り迅速に行うことが大切だと思います。
課題は多いとは思いますが、利用者の利便性向上の観点から、手続きの電子化の導入に向けた検討が行われてよいと思います。
人生はうれしいこと、腹立たしいことの連続ですが、法科大学院教授時代の教え子から司法試験合格の報告が届いたことは最近うれしく感じたことの一つです。
趣味はウォーキングと読書(乱読です)。いままでに大変多くの人と出会い、その出会いを大切にするようにして参りました。特定した「尊敬する人物」の名前を挙げるのは難しいように思います。好きな言葉、座右の銘というほどのものはありませんが、研究者のときには、どのように小さなものを執筆する場合であっても、常に「全力投球」を心がけておりました。
多分野の書物を乱読するのが趣味ですので、特定の書名をあげることは難しいように思います。小説でいえば、人の生き方を描いたものに感動したり、歴史的な事件を題材にしたものをとくに面白いと感じたりしています。
誠実と共感を信条とし、意識的に多数の観点から見ることを心がけてきました。更に広い視野から見直しながら、バランスのとれた適正な判断ができるよう努めたいと考えます。個別事件の問題と法解釈の問題、更には社会的影響や将来にわたる問題などが混在している事件に接するとき、頭を悩ませることが多いです。
迅速さを含めた質の高い判断が期待されていると考えます。常に社会の進歩・変革に即していくとともに、安定感のある判断が求められているのではないでしょうか。最高裁においても、分かりやすい判決に留意したいと考えます。
外国人の親と子どもの退去強制処分事件、フィリピン人母の子どもたちの国籍事件、台湾ハンセン病訴訟、様々な会社更生事件など、多数の事件が心に残っております。子どもの人権や自立性の確保が難しい事件、あるいは、多数の人々の利害の調整が難しい事件が一番記憶に残るように思います。
憲法改正については、議論のもと、各国民が決めることであり、その解釈適用に当たっている裁判官が発言すべきではないと考えます。
憲法9条については、国民一人一人が考えていく問題であり、裁判官が一般的意見を述べるべきではないと考えます。
注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)
具体的事件にかかわる点については、意見を控えさせていただきます。ただ、一般論として言えば、裁判所は、法令に照らして厳密に検討しているものと考えます。
裁判員制度については、全体としては順調に進んでいると思います。ただ、迅速さを含めた適正な刑事司法の理想に向けて、一層の工夫や研究が欠かせないと考えます。
誤判はあってはならないことです。それを防ぐには、各裁判官が、客観的証拠を重視するという裁判の基本を再確認しながら、多面的に考え抜くことが重要と思います。
死刑制度の存廃などは、国民の意見により決められるべき立法の問題と考えます。
刑事司法改革関連法の影響などについては、最高裁判事として意見を言う立場にはありませんが、今後各制度の趣旨に沿った運用が積み重ねられていくものと考えております。
司法、ひいては法曹界は、専ら人によって支えられていますので、志の高い誠実な法曹候補者が増えていくことを願っております。
国をまたぐ争いであっても、スピード・費用・公正さに着目されるのは変わりません。また、裁判官が広い視野を持ち、必要な場合には専門家の助力も得られるよう、工夫を継続することが重要と考えます。
司法手続きにおける国民の負担をできる限り減らしていくことが重要です。電子手続きの活用も、そのメリット、デメリット双方を検討しながら、適する分野につき進展していくのではと期待しております。
うれしかったのは、この数年、何人もの日本人科学者がノーベル賞を受賞したこと。夢をかきたてられました。
好きな言葉は、誠実と共感です。裁判、特に民事裁判は、命令や説得ではなく、心を開いて話し合い、それぞれの立場や考えを共有することが重要と考えております。
趣味は、読書、特にSFと経済関係です。SFでは、J・G・バラード、スタニスワフ・レム、レイ・ブラッドベリなどが好きです。SFは、思考や感性の幅を広げてくれるものと思います。次いで、音楽鑑賞(シャンソン、カンツォーネなど)。元々天文学者志望だったので、星を見て宇宙について思いをはせることも好きです。
22日投開票の衆院選と同時に実施される最高裁裁判官の国民審査に向け、朝日新聞社を含む報道各社は、審査対象の裁判官7人に共通アンケートを行いました。質問と回答の全文は次の通りです(文意を損なわない範囲で、表現の一部を変えています)。
質問と回答が分かれていて読みづらいので整形した。
参考:国民審査 | 衆議院選挙2017 - Yahoo!みんなの政治
常に中立公正であること。法と良心に従い、幅広い視野から事件に取り組み、考え方の筋道がよく分かる判断をするように努めたい。
適正迅速で分かりやすい裁判をすること。利害や見解の対立する事柄について、証拠と法に基づき筋道立てて判断を示す裁判の役割への期待に応えることが大切だと考えている。
これ一つと挙げることは難しい。医療事件は、事実認定、法律判断、科学的知見の理解、当事者の心情などについて考えを巡らせることが多く、深く記憶に残るものが少なくない。
国のかたちを定める憲法の改正については、国民的な議論を経て国民が判断することであるので、回答は差し控えたい。
具体的な事件を離れて、憲法条項の在り方について見解を述べることは差し控えたい。
議員定数訴訟の判決の中で示した意見のとおりである。具体的な事件を離れて見解を述べることは差し控えたい。
注:14年衆院選の「1票の格差」を違憲状態とする多数意見(15年11月)
具体的な事件を離れて見解を述べること、個別事件に対する見解を述べることは差し控えたい。
裁判員制度は、課題はあるが、おおむね順調に運営されていると考えている。司法の国民的基盤に関わる極めて重要な制度であるので、課題については実証的な検討を重ね、中長期的な構想をもって粘り強く対応していくことが大切だと考えている。
司法制度改革以降、刑事司法は大きく改善されてきたと思う。事実認定については、常に謙虚さと恐れをもって取り組み、誤りのないよう様々な角度から慎重に証拠を吟味することが大切であると考えている。
究極の刑罰である死刑については、様々な意見や議論があるところであり、格別の検討が必要であると考えているが、具体的な事件を離れて見解を述べることは差し控えたい。
かねてよりの懸案事項が立法化されたものであり、刑事司法の適正化などが更に促進されることを期待している。
具体的な政策についての見解を述べることは控えたいが、幅広い素養を備えた法律家が養成され、司法制度を支え、更に様々な分野で活躍することを期待している。
国際取引事件、家事渉外事件をはじめとする国際的紛争事件に円滑に対応するためには、手続き的整備のほか、裁判所における人材の育成、専門集中部などの処理態勢の整備を図ることが重要であると考えている。
裁判も一種の情報処理作用であるから、情報処理革命の外にいられない。法的手当て、関係者の発想転換などが必要になるが、情報伝達、情報の整理検索などの切り口から従来方法の思い切った見直しを図ることにより、アクセス、迅速性などが大きく変化するであろう。
若いスポーツ選手、棋士たちが伸び伸びと活躍していることを頼もしく、うれしく思う。理不尽な事柄に対しては、感情によるより、事実を見つめて捉えるようにしている。
好きなことは、読書、速歩による散歩、総菜作りなど。好きな言葉は「初心忘るべからず」。市井に生きた両親への感謝と尊敬の念を忘れることはない。
コリン・パウエル氏の「マイ・アメリカン・ジャーニー」。パウエル氏の軌跡からアメリカの社会構造を興味深く感じ取ることができた。
当事者に主張立証を尽くす機会が与えられ、裁判所が適正で公平な審理判断をしたかという観点から原審までの手続き・判断を先入観なく審査したい。上告理由など該当性の判断と結果の妥当性とのバランスや従前の判例との整合性など、上告審、法律審としての判断の在り方に難しさを感じている。
納得性の高い審理に基づき、分かりやすい理由を示した適正で迅速な裁判が行われ、その内容が社会一般の正義の観念にも合致するものであること。傍聴して内容を理解できる分かりやすい審理・判断をすることが重要であり、最高裁で行われ始めた判決理由要旨の告知などもよいことだと思う。
任命後半年余りに過ぎず、無我夢中で事件に取り組んできたというのが正直なところであり、まだ記憶に残る事件を申し上げられるだけの経験がない。
最高裁判事の任命の在り方などについては、最高裁判事の任命権が属する内閣において検討される事柄であるので、お答えは差し控えたい。
憲法改正は、国会による発議と国民投票によるものであり、司法権に属する立場から個人的な意見を述べることは差し控えたい。
諸情勢が変化する中で憲法9条を巡り様々な議論があることは承知しているが、司法権に属する立場から個人的な意見を述べることは差し控えたい。
具体的な事件の中で判断を示すべき事柄であるので、回答は差し控えたい。
注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)
高度な科学技術を用いたシステムの効用とリスクや社会的許容性の的確な判断は困難だが、中立公平な姿勢で双方の意見に耳を傾け、多角的な判断をするよう心掛けたい。
長期化は証人らの記憶の減退、被告人の身柄拘束の長期化などの弊害を招く。法曹三者が具体的な長期化要因を分析・共有し、改善策を協議することが重要。辞退率上昇の原因は様々だと思うが、法曹三者は、審理期間、審理・判断の難易度、心理的負担感等、裁判員の負担感を軽減するための努力が重要。
誤判はあってはならず、裁判官は、虚心に被告人の弁解や証拠を精査し、わずかな疑問点でも納得するまで解明する姿勢を堅持しなければと自戒している。
死刑制度の存廃は国民の間で様々な観点から議論されるべき問題であり、司法権に属する立場から個人的な意見を述べることは差し控えたい。
新制度の下で得られる証拠が事案の解明に効果的であればあるほど、証拠としての適格性や信用性の判断も一層慎重に行わなければならないと考えている。
法科大学院の教育の更なる充実を図るとともに、プロフェッションとしての法曹の価値に対する社会の評価を高め、需要の裾野を広げることも重要。
国際感覚を身に付け、事案に応じて外国の法制度、文化、生活様式、価値観などを適切に考慮した判断を行うことのできる裁判官の育成が求められる。
電子手続きは、裁判所へのアクセス負担を軽減する等の効用が期待できるが、当面はコストに見合う利用と効果が期待できる分野から始めるのが現実的。
うれしかったことは、1968年メキシコ五輪の年に100mで10秒の壁が破られてから49年後に日本人も10秒の壁を破ったこと。体格差を考えると偉業。腹立たしく感じたことは、歩きスマホ、自転車スマホの人とぶつかりそうになった時。本人も危ないが、相手に負わせるかもしれない被害を想像してほしいと思う。
鉄道趣味全般。古い車両に乗るのが楽しい。健康維持で始めたウォーキングは10年になり、街歩き、街道歩き(ゴールは遠い)も楽しんでいる。小学校から高校時代の恩師の中には人間形成面で重要な影響を与えてくださった方がおられ、折に触れて思い出し、感謝の気持ちを新たにしている。好きな言葉、座右の銘は、「一隅を照らす」。どんな仕事でも受けた以上責任を持って行わなければならないという戒めとして。「一度に一つずつ」(One thing at a time)。トム・クランシーの小説の中で主人公が緊迫した状況で出る言葉で、仕事が交錯して煮詰まった時の呪文として。
少し前に読んだものであるが、鎌田浩毅著「地球の歴史(上)(中)(下)」(中公新書)。地球46億年の歴史がコンパクトに記述され、億年単位の長いスパンの地球の活動の前では人類は微小な存在であることが素人にもよく分かる。
今回の衆議院選挙について、選ぶに値する党が存在しないことを歯がゆく思っていても、自分が立候補することは年齢規制から無理であるし、まず金もない。所属したい政党もないですし。
議員になることがまず、ごくごく普通の人間には無理である。ということについて考えてみよう。
衆議院は4年に1回解散されて議員の総選挙が行われるものだ、と私たちは小学校の社会で習った。また衆議院は参議院と異なり、総理大臣に解散権があり、総理が解散すると言った時が選挙の時である。総理は衆議院選挙にて第1党になった党から指名された人物(つまりボス)がなる、というのが日本のシステムです。
とまあ、考えてみると私たちは総理が解散を決意するまで選挙があるかどうかなんて知るすべなどないし、
告知期間もめちゃくちゃ短く、「よっしゃ選挙するぞ!!!」と言われたところで、「よっしゃ選挙出てみようぜ!!!」となる体力(金)もない。働いているひとが仕事を休んで選挙活動をするなんてことは無理だし、あと比較的理想に燃えやすい若者も被選挙権を与えられていないが為に何もできない。
政党というのはお金と選挙のやり方ノウハウが詰まったプロフェッショナル集団だ。
そんな彼らと関係を持たないままに選挙戦を戦い抜くことは厳しいし、また選挙に通ったところで何かしら提案をしても国会という場所で仲間がいなければ提案を成立させることも難しい。
そういう風に考えていくと政党という集団で思想統制をとり、集団で公約としたものを数の力で果たしていく、というスタイルは一見効率が良いようにも思える。
こういったらなんですけど私は、日本実は政党政治下手くそで向いてないんじゃないかなって思う。
私たちにはまず議論が苦手な部分がある。ディベートの最中にその議題について否定されると人格まで否定されたような気になって敵と味方の糾弾大会みたいになったりしませんか?友敵を明確に求めたがるきらいがある。私たちですらそういう節があるのだから、国会議員の人々もきっとそういう部分がある。
けれど、社会って、世界ってそんな簡単に、友敵に分割できないじゃないですか。
本当に「解決しなくてはいけないこと」について私たちは、話をするべきだと思うのです。
正直なところ、私は森友学園のことも議員の不倫のことも、どうでも良いのです。
福島のこと、原発のこと、自衛隊について、改憲について。すぐに答えをみつけることが難しいことばかりが山済みになっているけれど、これらは先送りにしたところで、何も解決されない。
私たち日々の暮らしに追われてしまっているけれど、同時に福島には防潮堤が建設されて村の風景を分断し続けていく。平和憲法は心意気としてはもちろん良いものであるけれど、自衛隊を合憲化することに頭ごなしに反対することは、議論を進めるものではない。
立憲って、新憲法作るのか■枝野氏新党は「立憲民主党」 | 2017/10/2(月) - Yahoo!ニュース https://t.co/jZmkXVU2Ui @YahooNewsTopics— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年10月2日
日本の天地は複雑怪奇なる新情勢に突入し遂に立憲民主党が結成されたわけなのだが、上記のような呟きを意外と見かける気がする。
私としてはちょっとしたカルチャーショックだったんだけど確かに辞書を調べると「憲法制定」の意味しか載っていない。
それだけでなく「かつては憲法制定を目指して「立憲」を政党名につけたのであって改憲政党[*1]でないとおかしい」という呟きもあり…。
恐らく立憲改進党(と立憲帝政党)を念頭に置いての意見だと思うのだけど、明治憲法下で結成された立憲政友会や立憲民政党も忘れてはならないだろう。
立憲政友会・立憲民政党は憲政の常道を主導する二大政党だったのだから、両党が改憲政党なら明治憲法が不磨の大典だったとする言説は大嘘ということになってしまう。
結局、ここでいう「立憲」とは「憲法に立脚する」(≒立憲主義)くらいの意味だと取るのが普通なのではないか。
実際戦前でも立憲という言葉は立憲主義に近い意味で使われていた。
例えば寺内正毅首相はビリケン宰相と揶揄されたが、その風貌だけではなく「非立憲」にもかけられていた[*2]わけだ。
違憲とは言えないでも超然内閣は非立憲的、つまり憲法の趣旨に則っていないという批判だろう。
現在でも、立憲君主政や立憲民主政、立憲政治など「立憲」だけでほぼ立憲主義的という意味で使われる用語もある。
そもそも会見からして、立憲民主党は立憲民主主義から取ったのだろうと推測できる。
何にせよ立憲=憲法制定という一義しかないという前提は過去・現在の用法を見ても違和感を覚える。
余談
とある物理学の先生が党の英名について立憲はRickenなのかなみたいなことおっしゃってたけど、
立憲主義がconstitutionalismなのを考えれば立憲がconstitutionalなのは予想できたんじゃなかろうか。
constitutionalismって直訳すれば憲法主義[*4]だから立憲に結びつかないのも分かる気はしないでもないけど。
まあさすがにRickenはそういうギャグなんだろうけどね。
余談2
立憲って「明治かよ!」って突っ込みを聞くけど立憲民政党はギリギリ昭和に結成なので…。
まあ維新って聞いても「明治かよ!」ってならないし平気だろう(てきとう)。
余談3(10/3 22:30 追記)
「何故今になって立憲なのか」という疑問は分からなくないけど民主主義の国で民主党を名乗るのは「何故今になって」とは聞かれないよね。
それにかつて佐々木先生が語った(後述[*2]参照)ように違憲と非立憲は違う。
そして合憲であることは易くとも立憲的であることは存外難しいだろうし、名乗った以上立憲的に振舞わねば強い非難を浴びるだろう。
まあ安倍首相を念頭に置いた命名なのではないかとは思わないでもないけれども、名乗る以上はその重みを噛み締めてほしいところです。
[*1]
※以下 10/3 22:00 追記
もちろん立憲主義は必ずしも護憲を意味しない。大事なことなので2回書いた。
ただ憲法改正限界説に立てば現在の憲法価値の中核に反する改憲、例えば国民主権を君主主権にするような改憲はできない。
96条改正もこのあたりで色々議論があるんだけど、結局何を「中核」とするかはやっぱり細かい部分で意見が分かれるんだよね。
どちらにせよそこに注目すると立憲主義が”ある条件”下では護憲的に働くように見えるかもしれない。
まあそれを立憲主義と表現するのが正しいのかも自分の知識ではよく分からないのだが…。
正直限界説についてはよく分からないから各々で調べてもらえるとありがたい。
※以下 10/4 18:00 追記
はてブでご指摘がある通り護憲が改憲の対義語でない用法もありました(第一次護憲運動・第二次護憲運動等)。
[*2]
このあたり立憲デモクラシーの会で話題になっておりメディアにも「非立憲」という言葉が載ったこともあったのだが思ったよりも知られていないのかもしれない。
そういえば立憲デモクラシーの会が設立した時にも改憲集団でないならその命名はおかしいという意見はあったのだろうか?
ちなみに非立憲絡みで言えば昨年には佐々木惣一先生が大正時代に出した著書「立憲非立憲」が文庫化している。
曰く「政治は固より憲法に違反してはならぬ。而も憲法に違反しないのみを以て直に立憲だとは云えない。違憲では無いけれども而も非立憲だとすべき場合がある。立憲的政治家たらんとする者は、実に此の点を注意せねばならぬ」。
ここでいう「立憲」も明らかに「憲法制定」を意味しないし今でも通用しそうな警句ですね。
[*3]
確かに立憲君主制という言葉に比べると立憲民主主義って聞かないけどね。かつては教科書にも載ってなかったし。
もしかしたら立憲民主主義という言葉が盛んだったのは芦部信喜先生や奥平康弘先生あたりの時代で最近だとあまり強調されないのかもしれない。
このあたりは立憲主義と民主主義が緊張関係にある側面が指摘されるようになったからなんだろうか。
ちなみに緊張関係で言えば、自由主義と民主主義も、自由と平等も緊張関係にあるとも言えるので立憲民主主義という言葉が特別おかしいわけではない。
[*4]
安倍と小池だったら安倍のほうがよくね?安倍はバカかつ保守だから、ライバルとして、ぜひ勝ちたいっていう感じだけど、小池はリベラル左翼が骨も残さず滅ぼしたい、って感じがする。都民ファーストの会での小池の独裁力やばい。彼女の思想がないのが、権力の亡者になりそうでやばい。盗聴法の使い方とか、共謀罪の使い方とか、すごい上手そう。
今までずっと民主党に投票してたけど、今回は自民党に入れるわ。
--
追記
志位首相?無理だろ。それこそ共産党って盗聴と共謀のプロフェッショナルだよ。天皇制、自衛隊に対する議論は政権取ったら現実に寄せると楽観的に思いこめても、民主集中制は彼らの骨の髄までしみ込んでるだろうよ。小池は鬼っ子で、鬼っ子は倒せるかもしれないけど、組織は倒せないよ。あと米中との関係がとんでもなく悪くなりそう。トランプ大統領と志位首相が笑顔で握手って、どんなブラックジョークだ。(ちょっと見てみたい)
id:toshi20 共産党に入れてもまず志位首相の目はない。
id:yuma_0211 !志位首相は100%ない
id:WinterMute 共産党に投票するのは政権党にするためじゃなくて、発言力を確保し、ストッパーになってもらうため
今回はともかく、5-10年でみたらありえるんじゃね?55年体制を自民党と共産党で再現するとか、穏健リベラルには絶望しかないわけよ。リベラルのニッチでの最大の存在が共産党だと嫌なんだよ。具体的な話を言うと、大門みきし議員には消費者保護のために今後もぜひ頑張ってほしいけど、マクロ経済には口を出してほしくない。
id:kakaku01 脳みそに陰謀が一杯詰まってて毎日楽しそうな人だなと思った
id:houyhnhm 共産党が盗聴と共謀のプロフェッショナルとはとても思えないんだがなあ。警察舐めんなよ?
私の共産党イメージは15年ほど前に、知り合いの探偵が志位の下でライバルの弱みを探る仕事をしていたことでもう確定。共産党から党内の不協和音が聞こえてきたことある?聞こえてこないのは、とても怖いことじゃない?志位は何年トップしてるの?不破は何年トップしてた?
だって、棄権するわけにもいかないし。せめて社民党があとわずかでも実行能力が生きていたらねぇ。
id:allezvous リベサヨならリベサヨらしく反原発に入れてろ
希望の党が反原発を選挙後も貫くと信じてるの小泉さんだけじゃない?
id:junglejungle どう考えてもリベサヨを装った自民党シンパだろ。
id:death6coin 自民党さんのパターン100くらい?
証明は不可能だけど、選挙ではずっと非自民の側、主に民進党およびその前身となる党たちに投票してきたよ。
id:tokage3 確かに安倍ちゃんは似非保守だけど
id:karma_tengu 安倍さんはどっちかというとリベラル寄り
安倍ちゃんは、経済政策はこだわりがないから、周りのブレーンたちが比較的真ん中の悪くない政策をしてるんだろうって思ってる。憲法とか教育とかこだわりのある所になるとかなり癖があって、見ていてストレスが溜まる。法制局長官の首挿げ替えて集団的自衛権を合憲にするとか、まず96条を改憲しようとか、そりゃなしだろう。自民党内でのリベラルっていうのは宏池会とかそのへんの人たちで、安倍ちゃんは自民党の中でも右寄りの人だと思う。
年収は低い
移民は受け入れず国内の労働環境の改善で労働力を確保すべきだしそれができない事業者は市場から退場してもらって一時的に廃業や倒産件数が増えるかもしれないが過労死よりはマシだと考える
生活保護は必要な制度だと思うしセーフティネットはこれまで以上に拡充すべきだ
高齢者の年金問題は金持ってる高齢者から税金取ればいいと思っている
原発はゼロにすべきだがその過程は議論の余地があると思っている
少子化対策は結婚可能年齢や成人年齢を下げるとともに子供を産むほうが経済的にメリットがあるような制度にすればいいと思う
教育無償化は大学まで含め貧困層に限定して行えばいいと思うし私大助成金は廃止すればいいと思う
消費税は今は上げる時ではないと思う
夫婦別姓や同性婚も別に問題ないと思うのでやりたい人ができるようにすればいい
政教分離の国なのだから信仰を持たない人への逆差別になっている宗教法人制度は廃止して黒字なら税金を払わせろ
さて今回はどこへ投票すべきかねえ
この件について報道とか見てないからよく知らないんだけど、これだけ読むと、「ロリレイプ創作の表現の自由」じゃなくて、「表現したくないものを表現させられる自由(消極的表現の自由)」の問題になりそう。
本件に即して言えば、「作中の行為をまねすると~」ということを書くことを強制されない自由の問題になる。
あとはまぁ①表記の大きさ・位置、②表記の名義、③表記の必要性(言い換えると、ロリレイプ創作によって犯罪が起きているということの因果関係)、④創作の興を削ぐ程度、⑤罰則の有無、なんかを総合考慮して違憲かどうかを判断することになる。