はてなキーワード: うちわとは
まず前提として、読み専搾取の人については「なら買わなきゃいいだろ」で終わりだと思ってる。文句あんなら買うな、以上。
2つ目の前提として、自分はオタクだし2次創作もする。あと本は出したことないけど買ったことはある。大満足でした。
それはそれとして、なぜ同人誌を出す人は「同人誌代には私たちの交通費やイベント参加費、ホテル代などが含まれてます!!」って言ってしまうんだろう?しかもこういうのって大体バズって多くの人の目につきがちだし。
ライブに行くとなったらチケット代+交通費+グッズ代、更にホテル代がかかる人もいるしコンテンツによっては痛バやうちわが必要な人もいるかもしれない。カフェ巡りなら飲食代+交通費だし映画なら映画代+サブスク代+パンフ代とかになるのかな。全部赤字でしょ。趣味の経費は仕事をして得た賃金から出しているでしょ。同人も同じでは?
値段なんて好きにつければいいしそれを高いと思うなら買わなきゃいいんだけど、堂々と「交通費とかイベント代も含むから」などと言われると、どうしても「趣味なんだから掛かって当たり前だろ同人誌売って賄おうとするな」と思ってしまう。
だって同人誌描(書)いてる側はいくら売れても売れなくても公式にお金納めないんだよ?キャラクターライセンス料とか、そういうのないじゃん。そもそも「いいですか?」って聞いたら「ダメですね」って返ってくる可能性がある、正規ルートじゃない趣味だし。
キャラの見た目から設定から全部考えてストーリーを作った公式は一銭も儲からないのに勝手に使ってるオタクになぜ収入が…?
当然本を出すのもタダじゃないから、印刷にかかるお金くらいは同人誌の売上で賄えればいいだろうなとは思うけど、交通費やイベント代まで元取ろうとしていいの?だってイベントに参加するのも会場まで来るのも自分で選んだんでしょう。
それで終わりじゃん。
どうせ上乗せされても買う側には分からないし、(何度も言うけど)値段なんて自由につければいいんだけど、やるなら黙ってやって欲しいなと思った。
ここまで騒ぎになったのは値段に文句つけた側のせいだし、自分も欲しい同人誌があるなら買うけど、なんだかなーと思ったので書いてみた。
昔、私の推しは2次元にしかいなかった。その時はアニメ見て、ゲームして、twitterで感想呟いたりTL見たりでほとんど外に出ず推し活できていた。
この頃は他人に自分を見られる機会というか、〇〇のファンの一人として見られることが少なかった。だから別に自分の好きな濃さの化粧をし、動きやすく機能面重視の服を着ていた。特段自分の顔は嫌いではなく(大好きでもないが)、BMIも適正体重だけどぶくぶく太ってる風には見えないから特段気にしていなかった。
たまーに行くリアイベやコラボカフェはちょっと苦痛だった。周りはさして気にしてないかもしれないが、ファンの一人として行く以上、私がおかしな真似をするとそのイメージが作品に付きかねない。ヤベェヲタクがたくさんいるからってどんどんファンが離れていく作品も少ないが存在するから気をつけないといけない。だから私は普通の枠からはみ出ぬようなファッション、メイクをなるべく心がけていた。でも大勢のファンもいるし、何より推しは生きていないので自分を視認することもない。小綺麗にして外出するプレッシャーは辛かったけど、特別重く精神にのしかかっている訳ではなかった。
まず、同担を見る機会が多い。当然現場に行けば同担が存在する。二次元の現場でもいたが、買い物をしたりご飯を食べたあとは即解散するのでそんなに同担をまじまじ見る機会はなかった。三次元の場合、衣装替えのときや推しを見たときに端に映る同担がまぁよく目に入る。
そして色々考える。めっちゃ細いなあの人。良いな可愛い服似合って。うちわ気合入ってるな。そうかと思えばあの人、なんであんなに毛先ボッサボサなの。爪の甘皮そのまんまか?眉の処理も甘くない?だが、その自分の心の中に浮かんだ言葉は自分にブーメランで刺さる。twitterで見るようなオタク嘲笑はそのまま自分にぶっ刺さるのだ。
更に、推しがこちらを見る可能性がある。自意識過剰だとか認知がほしいとかそういうことではない。汚い自分を見られる可能性があるということだ。本当にやめてほしい。モブFくらいでいさせてくれ。こんな変なやつがファンにいると思われたくない。
そんなこんなで毎度毎度強迫観念のように化粧をし、普通の人から逸脱していないか心配になりながら現場へ向かっている。昔はどうとも思っていなかったが、今は自分の丸い肩も大根足も集合体恐怖症の人が倒れそうな鼻も大嫌いである。私より金を費やす偉い同担もいるし、私より可愛い同担もいる。自己満足で推しを消費してる価値のない生き物がもさっと存在しているだけ。
鰭脚類は目なのか科なのか、そもそも分類群としてそもそも認めていいのかで揉めている。
分類は次の通り。
水中生活に適応して前脚が鰭になっている。後ろ脚は退化し胴体に隠れてしまっている。鰭脚類を見た目が似ているが象に近い仲間。どっちも暖かい地域の浅海に生えるアマモなどの海草類を主なエサとする。
あしかポケモンのパウワウがあしかポケモン(!)のジュゴンに進化するのはかなり無理がある。ただ、テッポウオがオクタンになるのはもう脊椎動物でさえなくなっているので気にしてもしょうがない。
食肉目イタチ科ラッコ属の生き物。ぼのぼのもラッコだが、実はラッコはアニメみたいに直立しては動けない。北太平洋の寒い海に暮らす。陸上に上がることはまれ。歩けないのはそれも理由。
体毛は哺乳類一密生している。過剰な塩分を排泄するために、カワウソの二倍の大きさの腎臓を持つ。
よく似ているカワウソは食肉目イタチ科カワウソ亜科で、陸上でも水中でも生きることができる。
ビーバーは齧歯目ビーバー科ビーバー属で、全く違う種類の生き物。
その他のイタチの仲間は挙げるのは面倒なので筒井康隆「虚航船団」参照。
ミジュマルはラッコポケモン。フタチマル、ダイケンキはより鰭脚類的なデザイン。
実際、系統を見るとこうなる。
イルカは英語でdolphinで、これは古代ギリシア語のδελφίς(delphís)に由来する。さらにさかのぼるとδελφύς (delphús)「子宮」にたどり着く。
一方、古英語ではmereswinと呼ぶ。Mereは「海」、 「swīn」は「豚」※であり、奇しくも日本語の「海豚」と一致する。
※今でも豚インフルエンザのことを「swine flu」という。
ドイツ語でも「swine」。
https://chigai-allguide.com/cw0272/
https://ito-ds.com/ito_zukan/kujira_iruka/ito_zukankujira.html
本当に何も反応が返ってこない相手(3次元の)を推し続けるの、めっちゃきついなって最近思った。
推しは多分ライブとかでファンサを全然しない人で、自分のメンカラのペンラとかうちわとか持ってる人見ても、全然何もしないんだよね。
本人が苦手とか色々あると思うので、それは仕方がない。カネになることじゃない、あくまでサービスなので、やってくれというのもお門違いなんだけど。
次点の推しはすごくそういうことをやってくれるんだよね。自分のうちわ見つけて手振ったり、ピースしたりとか。
私は会場で目立つのが苦手なのでそういうアピールは全然やらないけど、そういうなんていうか「こちらを見てる」ことがわかってるアピール、とてもほっとするんだよね。
なんていうか、「あ、ファンのこと(形だけでも)迷惑じゃない(と思わせるように振る舞える)」人なんだと安心できる。
これが本当に何にもないと、もしかして迷惑だからやめろってことなのかなと思って、なんとなく気持ちが続かなくなってくる。
特にファンレターがそれで、欲しいと言われて手紙を書いても明らかにこの人読んでないよね?みたいなコメント(皆さんたくさん書いてくれて嬉しいです、系の汎用コメント)しか言わない人だと、「欲しい」自体がただのお世辞で迷惑だったのに読み違えたのかと思って落ち込んでしまう。
そりゃ、ファンからは何もいらないなんて言えないからね。紙ならそのまま簡単にゴミ箱に捨てられるから手紙がいいって思っていて、本当は何も読んでいなくて手紙が欲しいも嘘だったのかもしれない。
それがわからなくて真に受けて手紙なんか送ってしまったのかと思うと、本当に人の心がわからなくて迷惑でごめんなさいと落ち込んでしまう。みんなは手紙なんか出してないのに私だけがアホをやったのかと思うと汗が止まらない。
ずっと人の顔色を伺って裏の意図を読まなきゃと思って生きてきたせいなのか、相手が喜んでないと怒ってるのかと不安になってできなくなってしまう。
二次元は所詮絵なので、反応なんかないと思ってるからこそ好き勝手大好きというしライブも行く、グッズも買えるんだけど…。
三次元は向こうに人間がいると思うとなんか本当に迷惑にはなりたくなくて、ずっとその人の顔色ばかり窺って疲弊してしまって、こんな気持ち悪いのしかファンにならなくてごめんと思うとなんかもう、推すのしんどいになってしまう。
全然反応が返ってこない人を推し続けていける人はすごい。自分に自信があればそうなれるのかなと思うんだけど、何が迷惑なのかわからなくてビクビクしてしまって、それが悲しい。返ってこない覚悟で推すべきなのになあ。
いやいやおんなじよ、BSBのコンサートで「ケビン!わたしはここ!」みたいなプラカード持ってキャーキャー言ったり失神するティーンの女の子が出てくるMVとか見たことない?あれなんかジャニーズのうちわ振ってる女の子たちと同じだよ
人気あった頃はマックのハッピーセットのオマケとかにもなってたよ
ローティーンから思春期くらいのファンがターゲット層で、身近なかっこいい男の子みたいなノリだよ
でまあそれ踏まえて、でも別に彼女がいてもいいしむしろイケてる女アイドルと交際してたりしたらむしろ人気が出る世界なんよ
あとまあ曲はとにかくキャッチーだった
当時のトレンドでスウェーデン人のいけてるコンポーザー使ってめちゃくちゃ頭に残る曲を書かせてた(だから英語の歌詞は割と意味不明だった)
ずっと増田推しのガチ恋勢だったのに、増田に彼女できたらしい。
何なの?「俺は弱者男性だ」とか、「マッチングアプリでブサ男だってこと再確認した」とか、あれ全部嘘だったってこと?
プチ整形したりコーデ研究したり美容院でパーマ当てたり、頑張ってたのは認めるけどさ、それでもモテないのが増田の良さでしょ??
モテないからみんなからチヤホヤされてたってこと分かってるの?
ブクマカに「おめでとう」とか「末長くお幸せに」とか言って欲しかったの??
呆れた。バカの極み。ぐうの音もでない。
だからもう増田グッズ捨てた。燃やした。たし🦀のうちわも捨てた。
増田は一生モテないから増田なんだよ。自分の立場を理解して婚活とかしてほしい。婚活して失敗したとか、そういう話がファンを増やすんだよ。分かってる?
まあ、すぐ別れると思うけど。そしたらまたトラバで慰めてあげるから。いつでも待ってる。非モテの君の居場所はここなんだから。早く帰って来なさい。
小学生ならまだわかるけど高校生?で男だってことに気づかんのはさすがにないわ
遠目で見てるだけで話したり近づいたりすることがなかったとかならまだわかるけど
肝心の部分の設定が甘々すぎてアマガエルでしょ!!?!?!?!
そこがダメなら漫画全体としてもう土台グラグラぐりとぐらでしょ!?!?!?!?!?
は~エモ!とかいってる人間は瞬間瞬間の表情やらシーン、シチュだけに萌えてるだけの刹那主義しゅきしゅきなだけでしょ!?!?!?!??
そうだよ!!!漫画じゃなくてイラストとかならまだよかったんだよ!!!!!!!!!!!
漫画にしちゃっていろいろと背景やら設定とか実際のやりとりがこうやって見えちゃったからもうダメなんだよ!!!!!!
イラストをつなげたようなレベルでしかなくて設定の根幹に無理がある時点で
まああれだな
Twitterで自分と同じ経験した人がいて軽く燃えてたから書く。
先日3歳息子、1歳娘を連れて妻と四人で横浜のアンパンマンミュージアムに初めて行った。
アンパンマンミュージアムは、~4歳くらいの子供と親がほとんどの子供向け施設。
自分が遊具で子供を遊ばせてる間に、妻が「子供が欲しがってる限定の名入れグッズを作る、すぐ戻る」とバタコさんの手づくりハウスというショップへ向かった。
30分経っても戻らず、迎えに行くとショップは大混雑で妻は行列に並んでいた。
結局買えはしたんだが、並ぶのに数十分、受け取りは2時間後で帰る予定の時間を延ばすことになった。並ぶ間一人で子供二人を見るのはなかなかに大変だ。
並んでる人を見ると、どうも全てが子連れの母親という感じではなくオタク女が7割くらいだった。(キャラやアイドルのグッズを鞄につけてる・うちわを持っている・20代くらいで若く、子連れでない女友達と来ている風だったのでそう判断した)
オタク女で混んでおりショップに入れなくて買えない子供や親も多かったので、それはどうなんだ?と思った。しかし金払いもいいだろうし、子連れでなければ入れないわけではないのでその権利があるのはわかる。
しかし、実際に買えない親子が出てきてるし、アンパンマンのパンを買って写真を撮り、半分以上捨ているところなども目にしてあまりよくないなとも思った。
最初は大人のアンパンマン好きオタクなのかと思ったが、二次元やアイドルのオタクがほとんどらしい。
検索すると、キャラやアイドルの名前をアンパンマングッズに刺繍したり、キーホルダーを作って撮影するのが流行っているようだった。
それで質問なんだが、大人も多いディズニーならまだしもオタク女はなぜアンパンマンミュージアムに来るのか?
名前のグッズなどはネットなどで買えると思うのだが、なぜ幼児メインのアンパンマンミュージアムにわざわざ行くのか?インスタ映えなどがあるのか。
アイドルを推しながらアンパンマンを推しているのか、アンパンマンである理由もわからない。だってアンパンマンだぞ?
追記:
>オタク女7割はさすがに盛り杉やろ
ショップと遊ぶところが別でショップは無料で入れるアンパンマンミュージアムは本当に子連れ以外が多い
文句じゃなくて理由が知りたいだけで、来るなとは言えないのは分かってる。
待つのは疲れたし店に入れない子供や親が出てたのは残念だけど。
アンパンマン好きなくらいの子供はマジで言うこと聞けないんだって。躾とかの問題じゃなく
そのあたり多分子供いないと想像つかないとは思うからただ並んでるだけなのにって思うのはわかる
>スタバの件はなんのことかわからないが子連れでは行ったことがない
これ本当らしい。ジャニーズにアンパンマンが好きなメンバーがいると知った。本人が知ったらどう思うんだろうな。
>運営が子供を特別扱いしないのが悪いな。きちんと苦情入れた方がいいよ
Twitterで問い合わせした人がいたけど運営は把握してて動いてる様子
>半分もパンを捨ててる
来場者の半分ってわけではない。俺が見たアニメオタクの1組が半分くらい食って「お腹いっぱい~」とゴミ箱ダンクしてた。高いしうまいんだから持って帰れ
>オタク女といえば今やメゾンドフルールかジェラピケトートにピューロランドの自担ネームプレートつけてるのが標準装備
俺が見たときはアプレなんとかのバッグが多かった。メゾンドフルールも確かに居た。
>近頃のオタクは「推しの概念グッズ」を作るのが好きなので、その一環だと思います。
アンパンマンを選ぶのは、単純にキャラクターがかわいいこともありますが、本来幼児向けである名前入れグッズに推しの名前をひらがなで入れることで「バブみ」みたいなものを感じているのかもしれません。
サンリオとかマイメロなら流行してるの知ってたけど、アンパンマンもか…
別に来るなとは思ってない。(子供の前でパンは捨てないで欲しいが)実際動いてるらしいしあとはアンパンマンミュージアムがどうにかしてくれそう。
自分は、「なぜわざわざアンパンマンミュージアムなのか?」というのが知りたかっただけなので。教えてくれた増田ありがとう。
Twitterで自分と同じ経験した人がいて軽く燃えてたから書く。
先日3歳息子、1歳娘を連れて妻と四人で横浜のアンパンマンミュージアムに初めて行った。
アンパンマンミュージアムは、~4歳くらいの子供と親がほとんどの子供向け施設。
自分が遊具で子供を遊ばせてる間に、妻が「子供が欲しがってる限定の名入れグッズを作る、すぐ戻る」とバタコさんの手づくりハウスというショップへ向かった。
30分経っても戻らず、迎えに行くとショップは大混雑で妻は行列に並んでいた。
結局買えはしたんだが、並ぶのに数十分、受け取りは2時間後で帰る予定の時間を延ばすことになった。並ぶ間一人で子供二人を見るのはなかなかに大変だ。
並んでる人を見ると、どうも全てが子連れの母親という感じではなくオタク女が7割くらいだった。(キャラやアイドルのグッズを鞄につけてる・うちわを持っている・20代くらいで若く、子連れでない女友達と来ている風だったのでそう判断した)
オタク女で混んでおりショップに入れなくて買えない子供や親も多かったので、それはどうなんだ?と思った。しかし金払いもいいだろうし、子連れでなければ入れないわけではないのでその権利があるのはわかる。
しかし、実際に買えない親子が出てきてるし、アンパンマンのパンを買って写真を撮り、半分以上捨ているところなども目にしてあまりよくないなとも思った。
最初は大人のアンパンマン好きオタクなのかと思ったが、二次元やアイドルのオタクがほとんどらしい。
検索すると、キャラやアイドルの名前をアンパンマングッズに刺繍したり、キーホルダーを作って撮影するのが流行っているようだった。
それで質問なんだが、大人も多いディズニーならまだしもオタク女はなぜアンパンマンミュージアムに来るのか?
名前のグッズなどはネットなどで買えると思うのだが、なぜ幼児メインのアンパンマンミュージアムにわざわざ行くのか?インスタ映えなどがあるのか。
アイドルを推しながらアンパンマンを推しているのか、アンパンマンである理由もわからない。だってアンパンマンだぞ?
追記:
>オタク女7割はさすがに盛り杉やろ
横浜はショップと遊ぶところが別でショップは無料で入れるがそっちは本当に多い
文句じゃなくて疑問を持っただけで、来るなとは言えないのは分かってる。
アンパンマン好きなくらいの子供はマジで言うこと聞けないんだって。躾とかの問題じゃなく
そのあたり多分子供いないと想像つかないとは思うからただ並んでるだけなのにって思うのはわかる
>スタバの件はなんのことかわからないが子連れでは行ったことがない
これ本当らしい。ジャニーズにアンパンマンが好きなメンバーがいると教えてもらった
>運営が子供を特別扱いしないのが悪いな。きちんと苦情入れた方がいいよ
Twitterで問い合わせした人がいたけど運営は把握してて動いてるところではある様子
>半分もパンを捨ててる
来場者の半分ってわけではなく俺が見た1組が半分くらい食って「お腹いっぱい~」とゴミ箱ダンクしてた。高いしうまいんだから持って帰れ
>オタク女といえば今やメゾンドフルールかジェラピケトートにピューロランドの自担ネームプレートつけてるのが標準装備
俺が見たときはアプレなんとかのバッグが多かった。メゾンドフルールも確かに居た。
>近頃のオタクは「推しの概念グッズ」を作るのが好きなので、その一環だと思います。
アンパンマンを選ぶのは、単純にキャラクターがかわいいこともありますが、本来幼児向けである名前入れグッズに推しの名前をひらがなで入れることで「バブみ」みたいなものを感じているのかもしれません。
なるほどね、こういう意見が知りたかった。バブみな。確かに赤ちゃん向けだよなアンパンマン。
サンリオとかマイメロなら流行してるの知ってたけど、アンパンマンもか…
別に来るなとは思ってない。(子供の前でパンは捨てないで欲しいが)実際動いてるらしいしあとはアンパンマンミュージアムがどうにかしてくれそう。
自分は、「なぜわざわざアンパンマンミュージアムなのか?」というのが知りたかっただけなので。
Twitterで自分と同じ経験した人がいて軽く燃えてたから書く。
先日3歳息子、1歳娘を連れて妻と四人で横浜のアンパンマンミュージアムに初めて行った。
アンパンマンミュージアムは、~4歳くらいの子供と親がほとんどの子供向け施設。
自分が遊具で子供を遊ばせてる間に、妻が「子供が欲しがってる限定の名入れグッズを作る、すぐ戻る」とバタコさんの手づくりハウスというショップへ向かった。
30分経っても戻らず、迎えに行くとショップは大混雑で妻は行列に並んでいた。
結局買えはしたんだが、並ぶのに数十分、受け取りは2時間後で帰る予定の時間を延ばすことになった。並ぶ間一人で子供二人を見るのはなかなかに大変だ。
並んでる人を見ると、どうも全てが子連れの母親という感じではなくオタク女が7割くらいだった。(キャラやアイドルのグッズを鞄につけてる・うちわを持っている・20代くらいで若く、子連れでない女友達と来ている風だったのでそう判断した)
オタク女で混んでおりショップに入れなくて買えない子供や親も多かったので、それはどうなんだ?と思った。しかし金払いもいいだろうし、子連れでなければ入れないわけではないのでその権利があるのはわかる。
しかし、実際に買えない親子が出てきてるし、アンパンマンのパンを買って写真を撮り、半分以上捨ているところなども目にしてあまりよくないなとも思った。
最初は大人のアンパンマン好きオタクなのかと思ったが、二次元やアイドルのオタクがほとんどらしい。
検索すると、キャラやアイドルの名前をアンパンマングッズに刺繍したり、キーホルダーを作って撮影するのが流行っているようだった。
それで質問なんだが、大人も多いディズニーならまだしもオタク女はなぜアンパンマンミュージアムに来るのか?
名前のグッズなどはネットなどで買えると思うのだが、なぜ幼児メインのアンパンマンミュージアムにわざわざ行くのか?インスタ映えなどがあるのか。
アイドルを推しながらアンパンマンを推しているのか、アンパンマンである理由もわからない。だってアンパンマンだぞ?
実際できるの?
オウムの場合は「教祖を中心として」「複数の信者が」「殺人やテロ」を行ったから解散命令を出せたと解釈してるんだけど…。
今回の場合「教祖や中心人物は無関係で」「(親は信者だが)アンチ協会の人間が単独で」「元首相を暗殺した」んだよね?
寄付金とかそういう面で解散命令を出すって言うのもなかなか厳しくないか?
今まで、少なくとも世間の人が認知する勢いでこういう運動はなかったよな?
自分含めて統一協会の名前が変わっていたことを知っていたor覚えていた人はいったいどれくらいの割合でいたかな?
つかぶっちゃけ「にっくきアベ一味の汚点をぐっちゃぐちゃに掘り起こして世間に晒してやるぜー!!」な雰囲気を感じるんだよな、どうしても。
純粋に被害者のことを思って活動できてる人何割いる?って感じ。
やらない善よりやる偽善って言葉もある通り自分はそれで全然いいと思っているけれど、解散命令が仮に出たとして、それ以降のことは考えているんだろうか。
正直今の急進派?追及の先鋒?を見ていると被害者のことは後々(も建前で忘れる)で、最悪のアベ一味追及しかしてくれないし、マスメディアもそっちに行っちゃうイメージしかわかんのよな…。
少なくとも「元首相の暗殺」を理由とした解散命令は厳しいよね。
協会が主導してないんだから。むしろ反協会の人間が暗殺したんだから。
仮に解散したとしても信仰すること自体は規制できないし、なんだかんだで残っていくと思うんだよね。
みんなで応援うちわ作ったりの活動していたらたまたま公式サイドに声かけてもらって代表者が事務所に招かれたらグッズ貰えて、それを非公式ファンクラブの面々で分けるとかまあまあありそうじゃない?
信仰を取り上げられた人間はこっちじゃ考えられない方法で取り戻そうとすると思う。
どうなるのかな、マジで。
美容という文化があるしそれを規制してリアル美容業界に損害が及ぶと困る、ってのはわかるんよ
あおむけで両脇に垂れてない乳袋つき巨乳とか、腋毛つるっつるとかさぁ、いつエロをもちかけても「生理だから」「排卵期だから」っつってことわらない女。
ないよ。ない。うん。ないね。
女性向け作家は敢えてかかない(リアルに考えるととても書けない)女性像を男性向け作家はエロ目的で嘘つく
男性向け作家は敢えてかかない()男性像を、女性向け作家はエロ目的で嘘つく
これはね、ファンタジーなんよ
「空想生物であるエルフだからあおむけでも巨乳がわきに流れない」というわけじゃなく
リアルな現実をかいてるほぼノンフィクションの漫画でも作画はやっぱ目がでかくて乳はたれなくて腋毛胸毛陰毛なし。って嘘ばっかり書くじゃん?
いやもはや二次元に生きてる若い世代、現実のほうが嘘なのでは?っておもってそう。
こんなにかわいい子が「男の娘」じゃないなんて嘘だ!みたいな。
それもただのうちわ受けならいいよ。次の世代は真顔でそういう嘘を信じ込むよ。
そのうちvチューバーみたいな人間が現実にいるんだって子供世代はおもうようになるわけ
今だってアイドルは自分のためにいるからウンコしないしファン以外の人間と結婚や恋愛してはいけないって思い込んでる大人、さあ、どれだけいるよ?
だからね、美容潰れろとはいわないっつか学費より必死で携帯と整形代に優先して金つかう人間はもうこれからもどんどん増えるだろ、その心配はいらねえよ
まあ今日本は円安でクソ貧乏だから光美容器とか髪染めとか自宅でやりたがるだけかもしれんけどそれは漫画規制と関係ないの
美こそ善であり人権、醜形は悪に与えられる、みたいに外見判断をわかりやすい記号としてつかってる漫画ばっかだもんね
もっと大事なことあるだろ、おまえら働いてうまいものくわないの、結婚とか子供とか産まないの、うまれてうんちおしっこおむつの醜い自分を見せた親に孝行はしないのか、っておもうわけよ
追記 バカがきてツンデレムーブしながら賛成してくれてるけどまあバカなんだからケチの一つもまともにつけられなくてもしょうがないな
俺は基本的に嘘は自分か親あたりが取捨選択すりゃいいとおもってる
でも嘘を嘘と見抜けないで自爆や自己破産しだすバカが増えたら規制はするよそりゃ
整形Mカップおっぱおチューバ―全然かわいくないじゃん、あれであなたのおっぱおセクシーですねっつって大富豪が求婚すると思うか?
馬鹿はそう見えるんだろな
ザイオンス効果という言葉を初めて知った。wikiによると以下のことなんだそうだ。
単純接触効果(たんじゅんせっしょくこうか、英: mere exposure effect)は、(閾下であっても)繰り返し接すると好意度や印象が高まるという効果。1968年、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが論文 Zajonc (1968) にまとめ、知られるようになった[1]。
ザイアンスの単純接触効果、ザイアンスの法則、ザイアンス効果などとも呼ばれる。対人関係については熟知性の原則と呼ばれる[2]。
はじめのうちは興味がなかったものも何度も見たり、聞いたりすると、次第によい感情が起こるようになってくる、という効果。たとえば、よく会う人や、何度も聞いている音楽は、好きになっていく。これは、見たり聞いたりすることで作られる潜在記憶が、印象評価に誤って帰属されるという、知覚的流暢性誤帰属説(misattribution of perceptual fluency)で説明されている。また、潜在学習や概念形成といったはたらきもかかわっているとされる。
図形や、漢字、衣服、味やにおいなど、いろいろなものに対して起こる。広告の効果も、単純接触効果によるところが大きい。CMでの露出が多いほど単純接触効果が起きて、よい商品だと思ったり欲しくなったりするのである。
Z世代に顕著と元増田はいうのだが、上記定義をみると、広く言えば、むしろ日本の集団主義的な組織風土をドライブするメカニズムに関係しているように思えるね。単純接触効果を組織内でうまくつかって「うちわ」の安心感を醸成してゆく、というか。
従来の日本の組織というのは、年配者が半ば強引に、単純接触の機会(パワハラ的指導、飲みにケーションが最たる例)をつくり、すでに組織内で支配している層に居心地のいい「うちわ」感を若者に覚えさせてゆくプロセスを通じて、世代間の組織風土の持続性が図られてきた。80年代、上司の室田日出男が新人部下の中井貴一をオルグして毎晩カラオケについていったように(ふぞろい世代)。
そういう見方をしてみると、要するに、ザイオンス効果をとらえて、Z世代の特徴かというと、よくわからない。
恐らく、ザイオンス効果自体は変わらないけれども、変わったのは環境なんじゃないかな。Z世代以前以後で。
Z世代以前と以後では、世の中の居場所、選択肢が急速変化している。
80年代のティーンの居場所は、学校かゲーセンか、盛り場、塾だったし、学校が嫌になった場合の逃げ場が限られていた。
通信手段も、携帯電話は存在しなかったから、友達からきた電話を親が先にとる時代だった。娯楽も限られていた。
消費者の選択肢が少ないから、メーカーもプロダクトアウトな発想で、繰り返しCMを流し、消費者に刷り込みをかけてマスな製品を作ってしまえば市場を席捲できた。ソニーのウォークマンが典型。これもザイオンス効果のひとつといえる。
マスな動きに取り込まれる(流行に乗る)ことが取り残されない条件だったし、会社でも上司に従うしか、居場所を見つけられない時代だった。
政治選好的にも、当時の自民党VS社会党というのは、絶対的な安心感を与えていて、とにかくうちは自民党、うちは問答無用で、昔っからおたかさんみたいな時代。
そして、学生から社会人など、環境が変わるたびに、通過儀礼的に「その空間での安心感はこれだ、こういうやり方してりゃいいんだよ」と新参者は叩き込まれる。
しかし、90年代以降の動きというのは、情報革新によって、ニッチな居場所、環境が急激に増えた時代。あるいは気が付くことができるようになった。
ニッチな環境がどんどん増えて、自分で居場所を選べるようになった。
政治も細川政権以降、離合を繰り返した。会社組織も働き方や仕事の仕方に、多様性を認めるようになってゆく。その最初のきっかけは80年代、転職というムーブメントだった(リクルート)。
しかし、自分で転職したり、ニッチな空間をみつけて得られる安心感というのは、自分の欲求ニーズにジャストミートをするという意味では安心だが、例えば自民党を疑いもしない時代に比べると、寄る辺のなさを感じるものであり、かつてほど盤石ではなく流動的で、大きくもない。
そしてかつてのような大きな主体に取り込まれることの安心感が少なくなっているんだろうと思う。
昔だったら、そういう大主体は自分から探すものではなく、人生のステージがあがると、会社の上司が象徴するように、待ち構えているものであって、
飲みにケーションの洗礼をあびて、数年で組織に同化していった。同化の過程は最初は激烈でキツイんだけど、集団に慣れると逆に居心地がよくなるのだ。
ザイオンス効果という言葉をあえてつかって、前世代の特徴をいえば、オルグする、という意味で、プッシュ型のザイオンス効果。紙の新聞メディアもその典型で、世の中の標準的な考え方というものをテレビや新聞などのメディアを通じて受け入れるプロセスが存在した。
しかし、情報通信革命がもたらしたニッチな空間、居場所への気づき、というのは、自分から自発的に、その時々で感じている不安・ニーズを解消する場所へ向かえるようになった、という意味。
自分から安心を探し出す、という意味ではプル型のザイオンス効果。簡単に答えがみつかるからSNS依存を深めてしまう。自分の疑問や不安は自分からググればなんとなしに答えが見つかる、という。Togetherは都合のいいようにあたかも大勢の人が考えを共有しているかのような細工をして答えを提供してくれる。電子掲示板やSNSの、自分と似た意見や思想を持った人々が集まる場で、自分の意見や思想が肯定されることで、それらが正解であるかのごとく勘違いする、いわゆるエコチェンバー効果が議論されるようになったのも2000年代初頭。
こういう時代には、何が標準的な考え方で、支配的な考え方なのか、それを新聞などマスなものを通じて確認する、ということが難しくなっている。
SNSなどを通じて自分の求めている何かを見つけてしまえる安心感と引き換えに、いろいろな人がいろいろな場所に安心を見出すようになって、マスなものにピントが合いにくくなってしまった。
だけれど、恐らくザイオンス効果がプッシュ型であれプル型であれ、本質的に、よりマスなものを求めて安心する、という傾向は変わってないんじゃないか。
一方で、プッシュ型のオルグからうけるストレスに、自分で答えを探すことによってすぐにすり抜けてしまう、ここにZ世代の特徴があるかもしれない。
昔だったらほかに選択肢もないことから、ちょっと我慢して順応せざるを得なかった組織も、今ではそのストレスから逃れる手段も選択肢も豊富。
ストレスから逃れた先に、当面の安心感はあるかもしれないが、マスなものに比べれば脆弱だ。
それはパーツパーツでちょっとした安心感を消費するものであって、全体として組織が自分を傘のようにかばってくれるような安心感ではない。
それはむしろ、自分で集めた安心、時代のキーワードを寄せ集め、組み合わせてコンセプトを自分なりに構成していかなければならない。
上司の説教など、プッシュ型を避けてしまえた結果というのは、つまりそういうことだ。しかし、そういう構成力というのは、若者の経験、能力、資質にどうしても依存してしまう。
自分自身をふりかえってみても、そういう試みというのは、一時しのぎになりがちだ。安心をみつけるのはほんとに安易になった時代だ。
しかし、だんだんわかってくる。マスなものも慣れてくる。経験を重ねるとみえてくるものが増えてくる。その経験値の差が今の時代に、なんとなく世代間の差のように映じているんじゃないだろうか。一昔前だったら、そんな個人的な経験値など全くどうでもいいものだったと思う。
若年層の政治的な保守性というのは、保守の理念への信頼ではなく、
寄る辺のなさからなんとなしに選択されているんだろうと思える。
もう一度繰り返すと、ザイオンス効果自体は、安心を求める日本社会において、Z世代を特徴づけるものというよりは、全世代に通底するものかもしれない。
ミーティングでプロジェクトチームからの報告を私が担うことになり、みんなで考えた文書を提出した。
→伝え方が悪かったとされ、誤解を与えてしまった。
今度行う施策について、3月までゆっくり切り替えていきますが、全員ができそうな部分は早めに取り組んでください、と伝えた。しかし、
→移行期間を行わずに新体制に移行します。マニュアルよんでね。旧方法やる人は許さん。
というニュアンスで捉えられてしまった。なんで。怒った口調で言ったわけでもないのに。
それについて、「伝え方が悪い」とか、「誤解を招く表現してたんじゃないんですか」とグチグチ言われた挙げ句、新しい施策のうちわたしの介入したところを白紙にされそうになった。
こんな感じでやりますよ、じゃあ施行しよう。という段階で、詰めの甘さを指摘され、後出しでこれってだめなんじゃないですか。というのは急にもほどがある。
そもそもが有識者(詳しい情報を提供してる業者)の意見を聞いてそうなった部分もあるのに、考えてないだの思考停止だの言われた。自分たちより詳しい人たちとか、経験から導いたこととかを疑えってのはそれはそうなんだけど、「根拠は?」「根拠は?」と詰められて疲れてしまった。根拠はあるけど書籍に乗ってたとか導入事例があるとか、他社のやり方に習ったとか全部駄目で、完璧を目指さないと気がすまない某チームメンバーと対立してしまった。
新しい方法の導入についてだけど、きっちりやりたい一方、なるべく失敗しない方法で簡便を目指したい、というわたしの意見も手抜きとか意識低いとかで棄却された。
ミーティングでも「わかんないよ」と言われた。やってみればそんなに難しくないことですら、説明書が1から10まで書かれてないとだめだし、説明書がどんなに詳しく書かれていたとしてもそれを読んでくれないというのは薄々気づいていた。
ちなみにこのプロジェクトを指示した人物からはひたすらプロジェクトの完成を急かされ、呼び出されては怒られを繰り返した。
チームメンバーも敵だし、新しいやり方をこれから覚えてく人も敵に見えた。これをやりなさいと命令した人も。
ちなみに報酬もないしこれをやったからといって昇進するわけでもない。どこにモチベを見い出せばいいのか。
といってたどり着いた先が業務を簡略化し心理的負荷を下げれば救われはするかな…
だったんですが上記のそのスタンスすら根底から覆されようとしてるのを感じ、もうモチベーションもなにもかもが粉々に砕け散った。
そもそもがチームメンバー同士の会議で資料を事前に送っているのに読みもしないでミーティングを行い、初めてみた情報に対して怒りを顕にするような会議しかできないってのがおかしい。昔から思うけどそれで会議って言っちゃう人があまりにも多すぎる。そして一回決めたことを理由をつけてひっくり返すものだから、答えが決まらない。
また、理由を1から10まで決めないと気がすまない人も多い。もちろんなにかを選択しなくてはならないときに理由を挙げる大事さは分かるんだが、結局のところは選択肢AとBどっちが好きか?の問題でしかない。
対面会議の重要性は、まず文字でのやり取りを終えてから承認を得たり、会話じゃないと得られないやりとりをするのが本質なはず。だけど、ときに権力や知識を振りまいて感情的に物事を言うことでこっちからの意見を封じ込めたいという意図を感じることもある。
基準として、リモートや文面、Slackで完結しない会議は(それが必要なことがあるとしても)そういう要素があると思う。
ようは対面での会議は「怒られ」を象徴する。という認識になってきた。
わたしは昔からまあ部活動の運営とか技術系とかに関わってはいたんだけどそういう要素もあったので、これは弊社に限ったことではなくどこでもあることなんだろう。なので転職すれば直るかというとそうでもないと思ってる。(むしろ悪化するまである)
ようは定期的に精神力と睡眠時間・余暇を削って怒られるための文書や資料を作る、怒られるための準備をするってのがほんとに耐えられなくなった。怒られるのが嫌っていうと甘えに聴こえるかもですが、私が欲しいのは具体的な意見であって感情的な意味もない叱責や人格そのものの否定ではない。
ここ数ヶ月のわたしは
・いろんな人からの板挟み
・定期的に怒られるイベント
そういうストレスが蓄積して、今回爆発した。
川に飛び込み、ロープで絞首を行い、家にあるありったけの刃物で手足を刺した。普通の人であればこなせる仕事をこなせず反省もしないバカ(つまり私)に制裁を与えてやった。死んだら人や家族、職場に迷惑がかかるから。死なない程度に。誰かに気づかれたら心配されるから傷も隠した。(2人程度にはバレたけど)そして唯一の言葉の吐き出しができるツイッターにて、アカウントを「あれ」に乗っ取らせた。
あれっていうのはざっくりいうと不注意の多い自分に代償として生まれた概念で、分かりやすくいえばなにかを迷うシーンでありがちな「天使と悪魔」のうち「天使」に属するが手段を選ばない奴で、正義のためなら暴力や兵器すらも使うタイプのやつ。
つまり、「お前(わたし)はダメ人間なんだよ!」というスパルタを私から分離した超攻撃的な人格が私の中にはいて、自傷行為を引き起こす。
これを分離しすぎるとセルフネグレクトが起こるし、近づけすぎると自傷になる、とても扱いにくい奴をわたしは心の中に飼ってる。
まあ、この「あれ」に精神が乗っ取られて自傷行為が起きる、という認識だ。
今回、様々な環境要因もあり、「あれ」に精神を乗っ取らせてしまった。SNSの人格すらも乗っ取られた。
こう書くと中二病に見えるかもなのだが、事実自傷行為中の記憶がないし終わったら泣いててひっかき傷だらけの自分がいて理解ができない。怖い。
となると身近なツールで「あれ」との対話を残す、とか「あれ」の存在を私以外に客観的に見てもらうのはリスクが伴うけど対処法にはなる。
なので、鍵のアカウント化してああいうやり取りをわざと残した。ということになります。
今はアカウントは戻し、当時のやり取りは消しましたが、こういう現象があるということもご理解ください。
そして、SNS等で不安を与えてしまい申し訳ありませんでした。お声がけしてくださった方もありがとうございます。
教養は考える力とセットや。ワイはカントやラカン、韓非子から老子(和訳でいいから原典がいいぞ)、ファインマン(自伝も物理学も)やハイゼンベルグからラノベまで数万冊以上読んでるが、一冊あげろと言われたら(本当は一冊では足りないぞ)東大が昔教養の学生向けに書いた「知の技法」が入り口としては使えるんちゃうかと思う。だまされたと思って買って読んでみ?あと大澤真幸の「社会学史」もコスパええかもしれん。ハラリやジャレドダイヤモンドみたいなのはやめとけ。MARCHレベルのサラリーマンがありがたがるタイプの本や。あ、千葉雅也の「勉強の哲学」は浅薄やし、入り口として変な癖つきそうだからやめとけ。堀江とか書いてる馬鹿もいるが、堀江(無教養の極みや)とか中田とかあんなので教養は身につかんぞ。
ついでに、本読まんやつは「○○入門」とか買いたがるがやめとけ。岩波文庫がいいわけではないが、見る目ができるまでは岩波の青と緑と赤(帯の色)だけ買っておけばいい。そのうちわかってくる。
あと、資本論は読むと攻撃的になるから、左翼ウィルスみたいなものがあるのかもしれんとか思ってるwマルクスは思考実験として当時は面白かったやろが、貨幣の話も完全にフィクションやしもう読まんでええよ。