2019-11-26

フェミ社会学者エビデンスを出したらどうなの?

差別表現規制話題を,人工知能学会誌表紙,キズナアイ,宇崎ちゃんポスターと追っているが,フェミニスト側の立論の雑さが目立つようになってきた.フェミニストによると,これらの表現

  1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち
  2. しかもその有害性は公共の場掲示できる限度を超えている

という.

この2点について,多くの規制反対論者が「エビデンスはあるのか」と問うてきたが,フェミニスト側は真面目に答えようとしてこなかった.ここでは,市民エビデンス提供することが期待されているであろう,社会学者たちがいか知的不誠実な態度に終始してきたかを見ていきたい.

エビデンスとは

ここでいう「エビデンス」とは evidence based medicine (EBM; 根拠に基づいた医療) や evidence based policy making (EBPM; 根拠に基づいた制作決定) におけるエビデンスで, 単なる「根拠」「証拠」より強い意味を持つ.例えば,EBMにおいては下記のようなエビデンスレベルというものがあり,一口エビデンスといっても質の強弱がある:

I システマティックレビュー/RCTのメタアナリシス
II 1つ以上のランダム比較試験による
III ランダム比較試験による
IVa 分析疫学研究コホート研究
IVb 分析疫学研究症例対照研究、横断研究
V 記述研究症例報告やケース・シリーズ
VI患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見

もちろん,社会科学分野では完全なランダム比較試験は難しいという事情はあるだろう.それでも,行動心理学研究や,具体的な事例の紹介はできるはずだ.以下で指摘するのは,表現規制議論において,社会学者たちが,質の高いエビデンス提示せず,最も低い「VI 患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見」相当の論考しか提示してこなかったという怠慢である

宇崎ちゃん事件場合

宇崎ちゃん事件の発端となったのは弁護士発言であったが,しばらくして,牟田氏による下記の論考が出た:

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68185

結論から言えばこの件は、議論する以前に答えは出ている。

女性差別撤廃条約1979年国連採択、85年日本批准)はジェンダーに基づくステレオタイプへの対処を求めており、日本政府への勧告でもメディアでの根強いステレオタイプ是正を重ねて求めている。

たとえば第4回日本レポート審議総括所見(2009年)では、勧告の項目「ステレオタイプ」に、「女性の過度な性的描写は、女性性的対象としてみるステレオタイプ認識を強化し、少女自尊心の低下をもたらす」と警告している。

上のエビデンスレベルに照らすと,条約や所見は最も低いVIに該当するであろう.もちろん,所見を作成する上で何らかの質の高いエビデンスが参照されている可能性はある.残念ながら,そのようなエビデンスフェミニストから提示されることは現在までない.

また,牟田港区埼玉県ガイドラインを紹介した上で

今回のポスターはこうしたガイドライン等に抵触することは明らかだろう。

と,有害性は明らかであるとする.自治体ガイドライン炎上しないためのHow toであり,これに抵触たからといって即時に性差別にあたるわけではない.例えば,日弁連ポスターですら,形式的にはガイドライン抵触することが指摘されている:

https://togetter.com/li/1425795

こういう立論の雑さが「お気持ち」と揶揄される一因になっているのではないか

キズナアイ事件場合

キズナアイ事件の発端となったのは千田氏による下記の論考である:

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/

「相槌」がなぜダメなのかと思うかもしれないが、社会学では「権力」は相互作用の場面からもつくられていくと考えられている。コミュニケーションの場において、どのような言葉が交わされ、どのように会話が達成されるのか。コミュニケーションは当然、社会システムのなかで行われ、そしてまたその社会システム再生産するのだ。

このNHKサイトで「キズナアイ」に割り振られた役割は、基本的に相槌である。それは、従来「女性」に与えられてきた役割であるある意味で、性別役割分業を再生産していると言えるのだ。

性別役割分業を再生産」というのが上の「1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち」にあたるだろうが,この点に対してエビデンスは示されることはなかった.問題になっているキズナアイイラストのように,ポルノとは言い難い軽度の性表現がどの程度人の行動に影響を与えるのか,質の高いエビデンスを示してほしい.

さらに,千田氏は加害性についてもツイート言及している:

https://twitter.com/chitaponta/status/1047386005139906560

ズナアイは可愛いし、別に愛でてくれていいし、ノーベル賞サイトから引き上げてくれとか要求もしてなくて、今後、同様の企画を作るときは、少し考えてくれと言っているに過ぎないんだけれど、「誰も傷つけていない」「考えすぎ」というのは少し違うと思う。思春期自分は、やっぱり傷ついたから。

自分が年をとると快適で、性的対象として見られることがとき女性いかに傷つけるか、想像もつかないことは理解できる。自分趣味ケチつけられたら、腹も立つだろう。

でもやはり、女子学生なかには傷つく子もいる。そしてそれは、想像もつかないくらいの絶望であることもまた認めるべきでは?

ここでも,氏の言う加害がどの程度普遍的に通常人に成立しうるのか,なおかつ公共空間から排除すべき加害性なのか,提示されることはなかった.もちろんこれが社会運動なら,こういった「共感」に訴えるだけで事足りるだろうが,当該分野の専門家としての発言が「共感」に終わるだけでは,なんというか残念.

千田自身は,法規制を求めているわけではなく「市民公共性」から自主規制を求める立場であるとする.なるほど,権力の介入を避け,市民議論によって線引がなされるべきというのは同意できる.その上で,学者として,市民議論の補助となるエビデンス提示してもらいたい.

終わりに

今年の4月フェミニストから称賛された上野氏の祝辞があった.

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

上野氏は祝辞という限られた環境ながら,種々の研究を紹介し,数字引用し,現在社会にある男女差別提示してみせた.統計の扱い方には色々と難があるし,私とて上野氏の思想同意できるものの方が少ない.しかし,ここで注目したいのは,エビデンス提示しようとする上野氏の姿勢と,表現規制エビデンスから逃げ回る社会学者たちの姿勢とのコントラストである

統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

先輩の言葉をもう少し噛み締めてはいかがだろうか.

  • はい統計坊や(上野先生は統計嬢や)

    • 上野先生がそれほど普段統計を重視してるかどうかは置いておいて、まあフェミニズムの先達である先生がそう言うんだから、フェミニストを名乗る人はもうちょっと統計とか根拠は大...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん