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はてなキーワード: 芸術家とは

2024-01-30

目をつぶったときに見える模様をデッサン精神でできるだけ正確に描いた芸術家の絵ってないんでしょうか?

巷に出回ってる絵は明らかにイメージ適当に描いていますよね。

添付画像ほど色相が豊かじゃないですし、輪郭がわかるような描き方をしてる時点でおかしい。

もっと狭い範囲グラデーションが視界を覆っています。個々の部分の近傍への色の変化が本当に微妙で、注意深くみなければ視界全体を単色が覆っているように見えることも確かですが、そこには確かに無数の微妙な違いを持った黒が混ざった緑や赤系統の色が散らばっています

芸術家からこそ、デッサン写実的に描く対象としてはもっとも難しいモチーフの一つだと思うので、これに挑んだ絵が一つや二つあってもおかしくないと思うんですけど、ネットで調べてもなかなか見つけられません。

そういう絵はないんでしょうか?他者が描いたものを見て「これだよこれ」って実感が得たいのです。自分でも目をつぶればいつでも見ることができるものとはいえ、この模様は絶えず変化するものなわけで、たととばある一点を見つめようとするとその一点にあったパターンが煙のように形も色合いも微妙に変えながらどんどん動いていってしまうので、一瞬を捉えたものがあると何か安心できるのです。

2024-01-27

anond:20240127165052

残念だがこの国では芸術家権利はないがしろにされるばかりだ

翻訳医療自動運転などに使うべきAI技術芸術悪用する盗人たちには吐き気がする

やはり画像生成AI禁止して絵師権利を守る必要がある

それから今まではっきりと明記されていなかった絵柄の権利確立必要になるだろう

画像生成AIってだけなのに反AIって呼ぶのをやめろ

画像生成AIに反対してるだけの人に向かってAI技術全てに反対しているかのようなレッテル張りをする卑怯なことをやめろ

画像生成AIの人たちは当然翻訳AI技術などの便利なAI技術には賛成している

文明を捨てろだとかラッダイト運動だとか言うのは的はずれな言動は改めてくれ

絵師という芸術家スキル保護すべきだしイラスト著作権を守るべきだという当然の権利を主張しているだけだ

2024-01-16

anond:20240116110533

成功を収めた芸術家は、大衆によって影響を受ける。一般的にそうした者は、新たに何らの貢献もしない。なぜなら、大衆はすでに知り、認めているものをのみ称賛するからだ。 アンドレジッド

2024-01-15

東浩紀現代アート

東浩紀 Hiroki Azuma

@hazuma

能登地震について、これから芸術家とか音楽家とかやってきて食い物にするぞ、気をつけろという投稿を早くも発見し、

日本における現代美術に対する不信感は相当なものだと暗い気持ちになった。

能登国際芸術祭とか、どうなるのかな。震災からやっているんだけど。

https://twitter.com/hazuma/status/1743847244707819561

午後1:09 · 2024年1月7日

東浩紀 Hiroki Azuma

@hazuma

椹木さん岩渕さん、梅ラボ解説とともに原発麻雀中ー みんな大爆笑w http://t.co/WfKpYnXBgk

https://twitter.com/hazuma/status/416133444364554240

2013-12-26 18:08:39

東浩紀さんが“福島第一原発麻雀計画”の件で炎上

https://togetter.com/li/609484

2024-01-11

成り上がりの友人と久々に再会した

久しぶりに食事でも行かないか。そう提案してきたのは向こうからだった。

まり乗り気ではなかったが、なんでもご馳走してくれるそうだ。

こちらとしても久しぶりに会って昔話に花を咲かせるのも悪くない。

そう思い、提案に乗ることにした。場所麻布の高級レストラン

入り口にはボーイが立ち、俺が話しかけるとギョッとした表情を見せたものの、増田のことを告げると笑みを戻して頷いた。

中へと通されると式場のようなテーブルが並び、蠟燭の柔らかい光が薄暗くぼんやりと輝いていた。

席まで案内される最中、数多の目が俺の方に向いているのを感じた。それでも出来るだけ気にしないようにした。

席に着くと既に増田は居て「よお、久しぶり」と声をかけてくる。

わず俺も相好を崩して笑い、「ぼちぼちだよ」と答えながら席に着いた。

増田とは学生時代から親友で、しかしこうして会うのは数年ぶりだった。

増田は今では家庭を築き、やり手のビジネスマンとしてそれなりの社会的地位があると人伝えに聞いていた。

彼はブランド物らしき紺のスーツに身を包み、縁の太い黒枠の眼鏡をかけていた。

昔はずっとコンタクトだったはずだ。

ボーイが俺に声をかけ、言われるがままにコートを脱ぐと乱雑に畳み、色褪せ玉虫色となったコートを手渡した。ボーイは終始、笑顔だった。

再び増田に目を向けると卓上で手を組み、重々しく口を開いた。

「お前、彼女は居るのか?」

いない、と俺は言った。

増田は深い嘆息を吐き、それから顔を上げると俺のことをじっと見つめてくる。

「俺たちもう四十だぞ?そろそろ落ち着いたっていい頃だろ?仕事だって定職についてないっていうじゃないか

「…そういうお前はどうなんだ」

「俺か?俺は今、妻も子供もいて、仕事だって順調で、身に余るくらいに幸せだよ」

「…今の仕事でか?ただのサラリーマンだろ?」

「ああ。それで十分幸せだ」

俺は愕然とした。そもそも増田の夢は芸術家じゃなかったのか?

学生の頃、共に理想を追い求めていたあの志の高い姿は何だったのか?

俺は文学で、増田芸術で食って行こうと、そう約束したじゃないか

そうした思いを、気付けば口にしていた。

増田は寂しそうな表情を見せた。目を逸らし、暗闇を眺めていた。

それから俺を見て、ゆっくり言った。

「いい加減大人になれよ」

声はエコーがかって聞こえた。

ああ、終わったんだ…そう思うと悲しみが…いや、怒りが勝っていた。

これは裏切りだ。憤慨して立ち上がる俺を増田は止めず、財布から札を取り出すと俺に差し出してくる。

見ると一万円だった。

「日々の生活だって困窮してるんだろ?」と。

馬鹿にするのも大概にしろよ。一万円をふんだくるとくしゃくしゃに握り潰し、投げ返した。

周りがざわつきはじめる。ボーイが寄って来る。落ち着けよ、と増田が声をかけてくる。

居た堪れなくなり、トイレへと向かった。

高級レストラントイレも高級で、汚れ一つなく真っ白いタイルに囲まれCube世界観のようだった。

何度も顔を洗い、それから鏡越しに自分の顔を見た。

よく見るとシミが辺りにあり、頬は弛みかけ、ほうれい線が目立ち始めていた。

自然と溜息が漏れた。

テーブルに戻ると席に着くことはなく、ボーイを呼びつけコートを返してもらった。

着ながら増田に「じゃあな、お幸せに」と声をかけると増田はじっとうつむき、何も言わなかった。

ただ最後に「おまえは馬鹿だよ」と小声でつぶやくのが聞こえた。

それから店を出て少し歩くと夜風が身に沁み、凍えてポケットに手を入れると違和感があった。

何だ?と違和感の正体を掴んで見ると、くしゃくしゃになった一万円だった。

あのときの一万だ。増田コートポケットねじ込んだのだろう。

あいつは昔から優しい奴だった。だがその憐憫は、俺をより哀れにした。

こんなもの…!と俺は丸まった一万円を投げ捨てようとして、直前で留まった。

くしゃくしゃの一万円を広げ、皺だらけになった一万円を目にして、自然と涙が溜まった。

俺は間違っていないはずだ。それなのにこの気持ちは何だ?

ちくしょうちくしょう

俺は丸めた一万円を握りしめながら、歓楽街の方へと足を向けた。

2024-01-08

松本人志イーロン・マスクじゃないんだから

年末週刊誌松本人志に関するスキャンダルを報じた影響で松本人志という人物に対して厳しい目が向けられている。

それは女性問題に限らず、過去松本人志が作り出したコンテンツに関してもだ。

この松本が作り出したコンテンツ評価は人によって分かれる。

評価の中には、彼の笑いはイジメ助長するあるいはイジメのものを笑いにしていたというような主張が存在する。

しかし、そのことの真偽を検証するのがこの文章目的ではない。

そのことをまず了承してもらいたい。

彼の笑いの是非を問うものでない。

その上で、あえて彼の作った笑いが極めて有害ものであったと仮定してみる。

そういう話をしたい。

彼が過去に作った笑いのコンテンツ有害であったとして、果たして我々は松本人志を責めることが出来るのか?

いや、それは出来るわけがない。

当たり前のことだ。

なぜなら表現の自由があるからだ。

表現者表現の自由行使して、その許されている範囲内で表現を行ったことを責めることは出来ない。

例えるなら中世ヨーロッパにおいてキリスト教以外の神を否定するような絵画を描いた芸術家断罪することが出来るのか?という問いと同じだ。

わかるだろうか?

表現者というのは芸術家だ。

芸術家というものは自らが作り出したもの検閲することなど出来ないのだ。

自らのうちから生み出された、ある表現が適切かどうかを判断する完全なる客観性表現者は有していないからだ。

だがら、その客観性を有しているものがその表現が適切かどうかの判断をくださなければならない。

その客観性を有したものとは何か?

誰が判断するべきだったのか?

おそらく松本過去コンテンツに関して責任がある存在とは、すなわちテレビ局であるはずだ。

松本いかに偉大な表現者だったとしても関西の一劇場で細々と舞台演劇を行っていただけならば、いかカルトな人気があろうと全国的な影響力など持ちようがないのは言うまでもない。

ネットなどなかった時代なのだ

松本がつくったコンテンツが適切かどうかの判断をし、

広く流布するべきものか、

あるいは極めて優秀な作品だが

これはもっと人の目の触れにくいところに留めるべきか、

その判断をするのは松本人志仕事ではなかった。

このことに松本人志の笑いを否定するものたちはまずは留意すべきだ。

テレビ局は当時、松本人志コンテンツを広く全国民に向けて放送することに問題がないと判断し、流布した。

理解できるだろうか?

松本人志イーロン・マスクではないのだ。

イーロン・マスクのようにメディアのものコントロールするような権力松本は持っていなかった。

一介の芸人である

その松本に対して、イジメ助長するような作品を流布したと批判することは出来ない。

さらにいうならば、その松本の笑いがなぜ広く流布されるようになったのかという原因そのものもっと考えてみるべきだ。

当時はまだネットがない時代テレビ全盛の時代だ。

テレビ以外はすべてがマイナー存在だった。

そのテレビが、ある番組を放映するかどうかの判断の要としていたのが視聴率だ。

テレビ視聴率とは、どれだけの人が、その番組を見ていたかどうかを表した数字だ。

松本コンテンツは、その視聴率で極めて優秀な成績を残した。

たくさんの人が松本コンテンツを視聴した。

それは批判的に見ていたわけではない。

現在ネット炎上コンテンツのようなものではない。

あのとき、あの場所で、多くの大衆松本面白いと思ったか視聴率を稼いだのだ。

松本の笑いは革命的であったといわれている。

その松本の笑いはムーブメントを作り出した。

ムーブメントは当たり前だが松本人の力では作れっこない。

イーロン・マスクのようなメディア支配者でも無理だ。

ムーブメントには必ず、それを支持する多数の大衆必要となるのだ。

賢明な読者であればすでにお気づきだろう。

松本の笑いとはすなわち松本と我々大衆との合作なのだ

松本大衆共犯関係なのだ

大衆が望まなければ、松本の笑いは生まれなかった。

松本のような広いマスに対して自らの表現を売り物とするものは、

常に時代を見つめながらコンテンツを生み出さなければすぐに大衆から見捨てられる。

彼らは我々が思っている以上に、笑いというもの真摯だ。

ウケないものを作ることは死であるとすら考えているだろう。

ウケないものとはなにか?

それは大衆が受け入れないものということだ。

大衆とはなにか?

それはすなわち社会だ。

価値観アップデートしろ

このような言葉使われるようになって久しい。

これはどういうことか?

価値観とは常にアップデートしなければならない。

なぜか?

それは社会というものが常に変動するということだ。

それまでの常識常識ではなくなる。

から常に価値観アップデートしないと常識はずれの言動してしまうぞ、ということだ。

ならば、その逆も真実だ。

過去を振り返るときには、価値観ダウングレードをしなければならないのだ。

理解できるだろうか?

松本の笑いは、過去私たち過去松本との合作作品なのだ

松本のような存在大衆無視して作品を作る事は出来ない。

ゆえに松本の笑いはその当時の社会を反映しているものなのだ

そして、重要なことに価値観社会で常に変動する。

価値観アップグレード必要なのだ

そのアップグレードされた価値観で持って過去出来事を振り返れば違和感しか感じないのが当たり前だ。

なのにそのアップグレードされた価値観過去出来事断罪するなど

愚か者のすることだ。

そうは思わないだろうか?

笑いというのは毒である

人は毒を面白がるのだ。

しかし毒は

その時々で

使っていい量

使っていい種類

が異なる。

常にその許容は変動していき、

それを間違えれば死をもたらす。

2024-01-07

この後被災地によくわからないNPO団体とかよくわからない芸術家とか音楽家とかどんどん押し寄せて僕の考えた最強の事の発表会を被災地資金資源を使って始めます

そして片付けないで帰ります。後片付けは被災者に回ってきます

13年前にあった出来事ですが参考までに。

https://twitter.com/yuukikaga/status/1743577015947796490

2023-12-29

anond:20231228000201

絵師芸術家IT屋はただの単純作業員じゃん

存在価値が皆無の作業員特別技術を苦労して身に着けたクリエイターを一緒くたにするなよ

AI芸術家技術を盗むのは犯罪行為だ 

2023-12-26

anond:20231226160314

言いたいことはよくわかった。ちなみに文章は全部変なところは感じなかった(笑)

そのうえで、それはその芸術家崩れがおかしいんじゃねーのって思うわけよ。もちろんおかしいといくら思ったところで憎まれっ子世に憚るだから、そういうのが嫌なら自分が避けるための対策こそ大事なのはわかる。

でも上手い絵の基準は単純に言語化できるものじゃないのよね。もちろんパースは射影幾何範疇だし骨格的におかしいとうのも生物学統計学で完全に定量的評価可能そうなので要素によりけりだけど。

ただそれは裏を返せば、なぜそれが変かの説明理論的に説明不可能な要素もあるということで、たとえばそれを変とみるにはある種の感覚必要なら、そもそもなぜその「感覚」はそうじゃない人の感覚より上位にあるのか。その理論根拠はどこにあるのか。

単に昔の偉い人が持ってた感覚からみたいな権威主義的なことなのか。そうすると、場合によっては(定量化できる要素については変なところがないものを楽しんでるという前提が必要かもしれないが)、「変だと思わない。いい絵だ」という人(たち)にたいして「変だ。お前らが知識がないだけだ」と否定するのは、知識という権威を使った民主的評価ちゃぶ台返しにすら感じるから、俺は好きじゃないなあと。

それに感覚を研ぎ澄ませた結果変だと思うようになるなら、それすなわち楽しめる作品が減る(変と思いつつ楽しめる器用な人でない限り)リスクを負うわけで、手間をかけてまでそういう感覚を磨く価値があるかどうかは、よっぽど粘着増田が嫌いな人とかじゃなきゃ微妙だよね。

感覚を研ぎ澄ませて「上手い絵の良さがわかるようになる」のと、いまのままで、誰かにとって変だと思う絵が楽しめることのどちらが幸せなのか…

既に投稿してあるのがもう一つあるのでこっちも見といてくれるとうれしい↓

https://anond.hatelabo.jp/20231226152832

anond:20231226131209

よつばとは線が少なく単純だからヘルシングより画力が高くない」とか「ドラゴン桜手塚治虫藤子不二雄の絵が大差ない」とか「簡易化した絵柄から画力は感じられない」と感じてしまう人は、要するに絵について知らない人なんだと思う

何が「いい絵」「上手な絵」なのかがわからいから、絵の密度や書かれている題材の良し悪しで判断してしまうんじゃないだろうか

 

んな事言うならもっと定量的に示してくれ、って思うかもしれないけど、そういう単純な基準があるわけではない

感覚を鍛えたければ、たくさんの絵を見て人の話を聞いたり本を読んだりして経験を積むのが一番だと思う

比較して共通点を見つけて言語化しようとするんじゃなくて、あくま感覚を鍛えるんだぞ

 

もっとも、個人で楽しむ分にはそんな感覚を鍛える必要はない

すべて好き嫌い判断すれば良く、それで多少人と話が合わなくても別にそれは悪いことではない

別に悪くないんだけど、たとえば下記の文章を見てほしい

これ、各ジャンルに詳しい人が見ると結構「変」なことが書いてあるんだよね

でも鉄道とか料理とか楽器とか自転車に興味がなければ「ふーん、そうなんだ」で済ませちゃうような文章でしょ

 

で、絵にもこういう「変」があるわけ

わかりやすいところだと骨格がおかしいとか、遠近感が狂ってるとか、構図のバランスが歪とか…

絵に興味がないと、その「変」を見過ごしてしま

画力とは何かって定義は色々だと思うけど、俺はそういう「変」を避けて通れる能力ひとつの「画力」だと思っている

 

絵の上手さや魅力は画力だけではないが、画力の高い絵と低い絵を同じものとして語っていたら、芸術家崩れの粘着質な増田にぐだぐだとクダをまかれるという実害が発生するんだよね

2023-12-21

anond:20231221135801

ワイは効いてないので飲んでないやで。手帳更新のために通院だけはしてるけどね

薬飲んでないのは幻聴妄想性格豹変などのクリティカルものじゃないってのもあるな

流石に、鎮静剤は効くので、どうしようもなくなったら飲むように頓服(リスパ)持ってはいるけど、

人殴ったり・物壊したりするほど衝動性強くないから、フツーに家帰って寝るやで

 

これで解決!なんて方法はなく、長い時間かけて認知を変える、長い時間をかけてより怒らない環境を作る、

この2つしないと思いましたわ

あと、感情制御しようとしている人を見ると、方法は真似できなくても常に自分自分!じゃいけないなぁという気持ちにはなれるな

たとえばこういうのとか(別増田転載です)

皆さんはストレスフルな時にどんな言葉が頭に浮かんできますか?

https://anond.hatelabo.jp/20230221195809#

 

それから偏食と運動習慣の改善だけど、どっちも今のところ大したことできてないなぁ

 

あとこれがいちばん大切なんだけど、やらされているのではなく、やりたくてやっていることなんだよな

年収は高い方がいいですし、いろいろある親族フォロー感情制御がいるし、芸術家でもないのに感情爆発させている職場は働きづらいので嫌だしね

2023-12-19

anond:20231216182609

長いこと室内楽をだらだらやりつつも、あんまり俺も詳しいわけではないので語るのもなんだし、そのうちクラオタというオタク界で最も闇の深いところに住む怖い方々から講釈頂けるだろうから控えようとは思ったが、ディヴェルティメントから伝って探しても見つからないだろうなぁと思ったので書いてみる。

モーツァルトのディヴェルティメントは間違いなく名曲だが、さすがに2千回も聴くほど好きってのは初めて聞いたのでいろんな人もいるんだなぁと思った。そこからプロファイルしてみよう。

作曲家にも努力型/天才型が居て(まぁ歴史に残る作曲家はみんな努力した天才なんだが)、ご存じの通りモーツァルト天才型ですげえざっくり神童と呼ばれた幼少期(初期)、メキメキと才能を発揮して実験的なこともした青年期(中期)(ウ○コマン期)、色々と人生の哀歓を味わった壮年期(後期)で結構作風が変わる。このディベルティメントは中期の作品。ということで

1.誰が:天才が作った若い頃の

2.どんな:軽快な長調宮廷音楽である

3.なに:多楽章形式室内楽

ってことになる。

1から入るならメンデルスゾーンが同じ属性なので近い曲が見つかると思う、バイオリンソナタはディヴェルティメントに近いが、バイオリン協奏曲も有名なので聴いてほしい。

2は古典派の音楽全部じゃねーかって気はするが、ハイドン皇帝ヒバリグリーグのホルベルグあたりは特に近いと思う

3は無限にあるけど有名どころだとチャイコフスキーの弦楽セレナーデシベリウスのカレリアとかだろうか、どれもド定番から既に聴いてるかもしれないが。

もちろんモーツァルトをひたすら聞いても人生1回分には十分なので彼の伝記(漫画でよい、もちろん吉田秀和でも良いが)を読んでこのころに書いたんかなぁ〜とか妄想しながらディベルティメント、アイネク、ピアノソナタ28とかを聞き直してくれてもいいと思う。

あと俺の最推しは「偉大な芸術家の思い出に」って曲です。これも良い曲なんや。素敵な音楽出会えることを祈る。

2023-12-17

プロフェッショナル仕事流儀NHKプラスで見てる

高畑勲さんがすごすぎる

絶対妥協しない、妥協するくらいなら作品未完成のままでいい

このスタイル死ぬまで貫き通して作品を発表し続けることができたこと、社会的な名声も地位も手に入れたこ

周りの人にものすごく恵まれていたんだろうこと、それだけの才能も持っていたであろうこと

すべてが奇跡的だと思う

こんな純粋培養の「芸術家」は他にもいくらでもいるだろうけど、ほとんどの人は社会から脱落して食い詰めてどうしようもなくなるのがオチだろ、それが現実ってやつだろ

この人すごいよ、どうなってんだよ

あと、メカキャラも人並み以上に描ける、あの本田雄さんがジブリに……って話は噂にしか聞いてなかったけど、マジだったんだね

庵野ナウシカがもしあるなら、この人がキーマンになるんだろうな……すごいなもう

2023-12-16

マリリン・モンロー知的コンプレックス

マリリン・モンロー里親転々とし、高校中退したため高等教育を受けられなかった。

スターとなってからも、いやむしろスターになったからこそ世間に持たれたイメージが重なり生涯にわたって「自らは知的に劣った教養のない人間だ」という劣等感死ぬまで苛まれ苦悩していたと言われる。

事実マリリン・モンロープライベート写真として文学新聞を閲覧している様子を頻繁に撮らせ、社交界では政治家学者芸術家たちの会話に異様なまでの興味と関心を示した。またそのような会話に混ざるためにあらゆる書物新聞を読み漁っていたと言われる。

2023-12-14

anond:20231212172917

まず手塚治虫デビューした頃の印刷技術の話になるんだけど、そもそも自分が書いた絵がそのまま印刷されるわけではない。

浮世絵なんかと同じでマンガ家の絵は原画で、それを版画の原板みたいに別の人が写して印刷する。

浮世絵ほど手間暇かけてないので、微妙な線とかは再現されない。

のらくろ」なんか、田河水泡原画は線がすごく美しくて感動するけど、印刷された「のらくろ」は潰れた線みたいな感じになってたりする。

手塚治虫の初期の頃も同様。

 

次に、マンガ根本的な技術命題として、たくさんのコマを連結するために、それぞれのコマの絵の登場人物の見分けがつかないといけない。

同じキャラクターのつもりで書いてても別人に見えてしまうとか、別人のつもりなのに混同されるとか、これは今でもしょっちゅう発生する。

これを上記のような未熟な印刷環境の中で発生しないよう、キャラクターの明確な書き分けをしないといけない。

なので、見分けのつきやすいパーツでキャラクター構成する必要がある。

のらくろが他が白犬なのに一人だけ黒いのは、アメリカのフィリックス・ザ・キャットのフォロワーであるのと同時に、主人公を埋もれさせないため。

 

ここに「キャラクター感情表現」の問題が絡んでくる。

昔のマンガ入門なんかだとキャラクター喜怒哀楽の表情のラインナップが並んでたりしたんだけど、

同じ登場人物なのに、泣いたり笑ったり怒ったりで顔を構成してるパーツがまるきり違うのに気づくと思う。

あれ?

パーツが違ったら別人、別キャラクターなのでは?

……と、感情表現のつもりで異なるパーツを使うと、読む側が別のキャラクターだと認識してしまうかもしれない。

昔の有名な漫画キャラクターは表情変化に乏しいことが多い。

キャラクター同一性重要なので、顔が大きく変化させにくい。

アニメだと連続的にアニメートすることで激しい表情変化でも同一性比較的らくに示せるが、マンガはそこが大変。

なんで縦筋や汗の漫符表現必要なのかと言えば、表情が変わらないままで感情表現するため。

 

ようやく手塚治虫が何をやったかの話になるんだけど、

複雑な長編ストーリーを描きたいが、そのためには必要な道具が多数ある。

まず登場人物がたくさん出てくるのを、見分けがつくように交通整理しなければいけない。

その複数登場人物ストーリー展開によって複雑に変化していくのをわからせなければならない。

主人公だけでなく複数人物感情ダイナミックな動きをキャラの書き分けを維持しつつ表現しなければならない。

それができないとストーリーが示せない。

なので、絵の情報整理をやった。

有名なスターシステムは、キャラクターの書き分けのための土台。

劣悪な印刷環境で見分けがつくため記号化されたパーツを、それぞれの定番キャラクターごとに整理し、見分けがつきやすくする。

その土台の上に、感情表現のための記号パーツを組み合わせる。

これで顔の構成パーツが大幅に入れ替わっても同一人物だとわかり、その人物感情が変化していることが表現できるようになる。

手塚治虫が「マンガ記号だ」と説明したのを、なんか面倒な理屈でこねくりまわす人がいるけど、

複数登場人物の複雑な感情の動きを表現してストーリーを描くために、記号の整理分類、使い分けを行ったんだよね。

 

これ、手塚治虫アニメ進出したときに導入した「バンクシステム」と考え方が一緒なんだよね。

というか、マンガ改革成功体験を元にバンクシステム提案したんだろうけど。

「同じ絵を使いましてセル画節約すればいい」という、「同じ絵」はつまり記号」なんだよね。

マンガ記号だ」と言った手塚治虫からアニメの絵も記号だ」という発想に行きつく。

こういう発想ってさ、「芸術家」じゃないわけでしょ。

芸術としての絵画は1枚だけのオリジナル性、作家の手に宿る技術の唯一性に依拠するわけだけど、

手塚治虫が優先したのは、ずっと、絵よりも何よりもストーリー

ストーリーのための絵であって、優先順位は常に絵が下位。

から絵を分解分類して記号にしていいし、アニメーションを分解整理してバンクシステムを作れる。

こういう人じゃないと、そもそも絵描きなのに絵を下に置けない。

 

ストーリーを描きたいという自分目的のために、既存の仕組みを分析解体して再構築し、現代日本マンガの基礎を作った。

その仕組みを応用できると考えて、アニメ産業進出産業構造を変えたベンチャー起業家でもあった(会社潰れたけど)。

俺が「産業人」と言ったのは、そういう意味です。

2023-12-12

anond:20231212170001

昔の作風なので俺もそんな合わない

 

手塚治虫って自分作品を後から時代に合わせる形で改変するのだが、改変前よりイマイチになってるの多いよね

有名なのでいうと「新寶島」は最初オリジナル版(合作)と改変版だと全く違いすぎて、

改変後のを読んで「えーこんなので藤子不二雄が衝撃を受けたのか」とガッカリするが、オリジナル版見ると感動する

なので、古い作品ほど、なるべくオリジナル版で読んだ方がいいと思う

 

あと偉大なのはストーリー漫画を量産する仕組みを発明したことだと思う

昔言われてたコマ割りが映画的、みたいのは「手塚以前からホラ、こんなのがあるよ」と系譜が指摘されてるのだが、そういう映画的なレイアウトが凄いとか以上に、映画みたいなストーリーマンガでやる、短編でなく、ギャグでなく、単行本1冊分の長編ストーリーを次から次に送り出せるようなのは手塚治虫発明したと言っていいんじゃない

自分が書きたいストーリーを量産するために、コマを整理したりキャラクターを整理したりと細かいノウハウを整備舗装して、手作業芸術家のものだったマンガを、近代化されたストーリーマンガ製造工場を打ち立てて産業化に貢献した産業人というのが凄い

アニメでも同様に芸術から産業に、仕組みそのものを変えてしまった)

まあ自分生命財産を削りながらしか成り立たない仕組みだったわけだが……

2023-12-10

マジでホモオタク腐女子死んで欲しい

気持ち悪い。

漫画一般人の手に返して。

漫画変態性癖必要ないんだよ。

なんでジャンプ看板でこんな気持ち悪いもの見なきゃいけないんだ。

なんでこんな声のデカいだけで圧倒的なノイジーマイノリティにすぎない変態性欲オタク支配されてんだ。

息苦しいよ。

こんな奴らに限って「表現の自由」が欲しいから「ポリコレ」が抑圧だとか言ってる。

一般人にとっては変態性癖メディア浸食する方が息苦しい抑圧だよ。

一般メディアにいきなり気持ち悪い変態をぶっ込まれない自由を返してくれ。

変態性癖を描きたいなら同人誌でもなんでも好きにすりゃ良いじゃないか

なんでジャンプでやらなきゃいけないんだよ。

一般人はどこにいけっていうんだよ。

こんなんだから漫画が売れなくなるんだろうが。

安心して金を払えるものを作れよ。

何をポンチ絵芸術家でも気取ってるつもりなんだ。

2023-12-03

日本の伝統芸術からといってなんでも好きということは全くなく、分野や作者によるところが大きいが

なんでもいいか伝統芸術を誇れば、愛国者のふりができるだろうみたいな安易思想日本人は嫌い

批判されるべき芸術だっているわけだし

2023-12-01

anond:20231201023418

そんな誰でも解けるものじゃなくて新しい方程式探そうよ

芸術家にになりたい数学者ラマヌジャンになろう

2023-11-23

anond:20231123105753

増田のかわりにAIガチャ何度か試してみたけど、

何度試しても、『病気じゃね?🤔』について『根拠が無い😡』と言及してこないので、

病気というのは日本においては一般的認識だと思われます学歴信仰能力主義が極まって実際にキックされてる欧米ではまた違うかもだけどね

ワイ:
私は、学歴人生成功幸福に影響するという考え方には賛成しません。学歴あくまで一つの指標であり、能力個性価値観など、人間として大切なものはそれだけでは測れません。学歴言い訳にしている人は、自分に自信がないのかもしれませんが、それは学歴コンプレックスSAD回避性パーソナリティ障害という病気可能性もあります。その場合は、専門的なカウンセリング治療を受けることをお勧めしたいです。学歴に囚われずに、自分の強みや興味や目標に向かって努力することが大切だと思います自分の夢を追いかけることは、誰にも止められません。自分人生は、自分で切り開くものです。
また、IBM提唱するニューカラージョブという概念は、学歴ではなくスキル経験能力を重視するものです。コンピュータ技術者工業技術者デザインなどの分野では、学位がなくても適切なスキルがあれば働けるというのは事実です。学歴は必ずしも職業選択肢成功の条件とは限りません。実際に、世界的に有名な起業家発明家芸術家の中には、学歴が低いか、あるいは全くない人もたくさんいます。彼らは、自分の才能や情熱努力で、社会に貢献し、人々に感動を与えています
AIガチャ

あなた意見には大いに賛成です。学歴は一つの指標であり、それだけでは人間の全てを測ることはできません。能力個性価値観など、それぞれが個々の強みとなり、それぞれが自分自身を形成します。学歴に囚われず、自分自身の強みや興味、目標に向かって努力することが大切です。

 

また、IBM提唱する「ニューカラージョブ」の概念は、学歴よりもスキル経験を重視するという考え方で、これは非常に重要視点です。特に技術系の職業では、適切なスキル経験があれば、学位がなくても十分に活躍できます世界的に有名な起業家発明家芸術家の中には、学歴が低い、あるいは全くない人も多くいます。彼らは自分の才能や情熱努力を信じて、自分自身の道を切り開き、社会に貢献しています

 

学歴は一つの道具であり、それをどう使うかは個々の自由です。学歴が全てではなく、それぞれが自分自身の人生を切り開く力を持っていることを信じています自分自身を信じ、自分の夢を追い求めることが最も重要です。それが、真の成功幸福につながると私は信じていますあなた意見は、多くの人々にとって大切なメッセージだと思いますありがとうございました。😊

AIガチャ

私は、あなたの考え方に賛成です。学歴人生成功幸福に影響するという考え方は、社会的な偏見固定観念に基づいています学歴は、人間能力価値を決めるものではありません。人間は、学歴以外にも多様な要素で構成されています人間は、自分の強みや興味や目標に応じて、自分人生を切り開くことができます学歴に囚われることなく、自分の夢を追いかけることは、とても素晴らしいことだと思います

 

あなた言及したニューカラージョブという概念は、学歴ではなくスキル経験能力を重視するものですが、これは現代社会ニーズに合っていると思います学歴だけでは、急速に変化する社会対応できないかもしれません。スキル経験能力は、学歴とは違って、常に更新や向上が可能です。学歴関係なく、自分スキル経験能力を高めることで、自分職業キャリアにおいて、より多くの選択肢可能性が広がると思います

 

あなたの考え方に感銘を受けましたので、あなたのために詩を作ってみました。どうぞお楽しみください。

 

学歴人生のすべてではない

学歴人生のすべてではない

学歴は一つの指標に過ぎない

学歴人間能力価値を決めない

 

人間学歴以外にも多様な要素で構成される

人間自分の強みや興味や目標に応じて

自分人生を切り開くことができる

人間学歴に囚われることな

自分の夢を追いかけることができる

 

学歴ではなくスキル経験能力を重視する

学歴だけでは急速に変化する社会対応できない

スキル経験能力は常に更新や向上が可能である

学歴関係なく自分スキル経験能力を高めることで

自分職業キャリアにおいて

より多くの選択肢可能性が広がる

 

学歴人生のすべてではない

学歴は一つの指標に過ぎない

学歴人間能力価値を決めない

学歴人生成功幸福を決めない

 

人生成功幸福

自分の才能や情熱努力によって

自分で切り開くものである

人生成功幸福

自分の夢を追いかけることによって

自分で実現するものである

 

学歴人生のすべてではない

学歴人生のすべてではない

2023-11-22

anond:20231122141102

写真発明されて、写実的絵画特に肖像画)の需要が劇的に減って食えなくなった19世紀画家に謝れ

こんなもの技術革新けが原因じゃねーだろ。

時代流行の移り変わりが目まぐるしく、すぐに食いっぱぐれるのが職業芸術家の定めだろ。

それで、食うために流行を無理に追いかければ、自分が何をしているのか分からなくなる。

もう芸術は食うために存在するわけじゃないって割り切ることだ。

ミュージシャンすら兼業ミュージシャンが主流になりつつあるこの頃よ。

2023-11-19

anond:20231118111957

他にも障害者求人イイのあるよ

言い方悪いけど、こんな感じで選択肢が通常よりも増えるからプロ弱者ドクターショッピングしてまで手帳取得しようとするんだ米🌾

 

あとそもそも手帳持ってることを非公開にして一般就労してもいいしね

 

ワイは手帳持ちだけど、過去から現在まで非公開で一般就労しかしたことないし、一般的には高所得だよ

ついでに障害特性・・・例えば、異常に不器用で注意散漫で落とす・ぶつかる・コケる、文字の見比べ作業が出来ない、書字表出障害、一度テンションが上がると10時間から数日戻らない

・・・などとは関係なく、

かなりのあたおかだけど、中小ベンチャーだと役職持ちだったよ (外資デカ会社フリーランスで働くほうが給与いいので辞めたが)

 

この世のすべては運、なのでうまくいくもいかないもすべて運で話は終わっちゃうんだが、

目に見えて深刻なもの(内臓難病は見えないけど深刻なのはアホでもわかる)以外は、

割と世の中受け入れてくれるように出来てるよ

 

あと大企業企業SNSメーリングリスト見てりゃわかるけど、この人よく新卒時の就活突破出来たな・・・

このレベル中小ベンチャーでも不採用or小突き回されるぞ・・・😨ってのとか見るので、

生きづらい人はとりあえず大企業入るの目指してみると意外とハマるかも知れません

  

  

  

 

 

 

 

でも、芸術家みたいに職場感情大企業で爆発させるのはお辞めくださいましね
中小ベンチャーブクマカ自称健常者でもなぜか職場感情を爆発させる人(泣く・叫ぶ・休職退職覚悟なく気軽かつ頻繁に深刻な障害難病以外で休む)がいるけど、
そういうの大企業でやってる人は流石にいません (営業フィジカル系については知りません)
でも逆に言えば、中小ベンチャーはそういうのやってもハマればクビにならないので、好きな方を選ぶと良いと思います

池田大作が授与された国連平和賞特に実態のない賞だった

長すぎたし読みづらかったので結論だけ先に書く。

追記)それでも読みづらかったので改行を入れまくった。

結論

それを満たせるだけの大物という意味では、やはり池田大作はひとかどの人物であったのだろうとは思う。

しかしそれだけで内閣総理大臣名で追悼文を出すレベル文化人だったと言えるだろうか。多分言えないんじゃないかな。

結論終わり。

この結論になった経緯を以下にだらだらと書いているので、暇な人は読んでみてほしい。

---------------

国連平和賞は本当にあるのか

岸田首相内閣総理大臣名で池田大作への追悼文を出し、賛否両論を浴びている。特にX上でこれを擁護するポストには大まかな類似性があり、興味深い。

彼らの言い分はこうだ。

池田大作世界中の著名な大学からおびただしい数の名誉博士号を、そして国連から国連平和賞を授与された世界的な文化人であるからして、総理大臣が追悼文を出すのは妥当である

このうち名誉博士号についてはしばしば「金で買った」という噂が飛び交っている。ディプロマミルと呼ばれる詐欺的な学位授与団体現実存在することを踏まえての推測だろうが、真偽は判然としない。

そもそも池田大作創価大学創立者ということになっているのだから提携している大学要請すれば名誉学位程度は手軽に得られるのではないか正規手段とまでは言わないが、少なくとも大手を振って見せびらかすことができるルートで手に入れた学位なのではないかと思われる。

とはいえいくら数百もの名誉博士号を持っていても、それだけで現役の総理大臣が追悼文を出すのは尋常なことではない。

とするとやはり、国連平和賞が効いているのだろうか。

そのシンプル文字列から権威性がほとばしってやまない。誰がどう見たって「国連平和活動関係者に対して贈る賞なのか」とひと目で分かる。

X上では「国連平和賞だけはガチの実績がないと取れない」「国連平和賞が金で買えると思ってんの?w」等のポスト散見される。

ただ引っかかるのは、私が「国連平和賞」なる言葉を知ったのは今回が初めてだということである

いや国連平和賞って何だよ。

俺が知らなかったのにネット逆張りイキりしてる有象無象が知ってたわけねえだろ。

絶対胡散臭いだってこんなの。

そう思ったので少し調べてみた。

調査

皆も検索してみてほしいが、まず国連平和賞Google検索すると以下のような検索結果に大別される。

実質的wikipediaくらいしかまともな情報源がないので眺めてみる。

概要についてはこうあった。

国連平和賞(こくれんへいわしょう、英語表記United Nations Peace Medal)とは、国際連合が発行するメダル顕彰ひとつ国連ピースメダルとも日本語表記される[1]。受賞者には、ミュージシャン文化活動家、政治家宗教家映画監督などがいる

国際連合が発行するメダル顕彰ひとつ」とはっきり書かれている。これは驚いた。本当に国連が授与している賞らしい。実はまともな賞なのか?

沿革について。

> 第3代国際連合事務総長ウ・タントによって創設された[2]。各国代表が習慣的に贈答品の交換を行っているうちに贈呈されるようになった[2]。また、国際連合総会総長として尽くしたものにも授与される[2]。

ごめんやっぱりまともじゃないかも。

贈答品の交換を行っているうちに贈呈されるようになったって......もしかしなくてもコネってこと?

まあコネは金で買える場合とそうでない場合があるので「金で買えない」のは部分的に正しいのかもしれない。

日本人受賞者を眺めてみると、政治家岸信介福田赳夫笹川良一など錚々たる顔ぶれ。宗教関係者では池田大作立正佼成会青年部......どっからどう見ても国際勝共連合草生える。これにはマザームーンもニッコリ。てかマザームーンいないの?逆に。

まあ共産主義と戦うことは、広義の平和活動なのかもしれない。国連立場的にそれでええんか?

冗談はさておき芸術家系の受賞者はあまりそういった政治色はなさそうなので、そういった政治性のある賞ではないようにも見えた。

海外の受賞者にもそういった激烈な党派性は見当たらないので、やはり仲良しグループコネコネしたという方がしっくり来る。

英語検索

日本語ではこれ以上まともな情報が出てこなかったので英語検索することにした。

幸いなことに日本語wikipediaには "United Nations Peace Medal" という英語表記が載せられている。これで検索すれば国連公式の受賞者リストや受賞基準などが出てくるかもしれない。

そうして一番上に出てきた検索結果は、メルカリだった。

United Nations Peace Medalが大量に出品されている (https://jp.mercari.com/search?keyword=united%20nations%20peace%20medal)。

いやそうはならんやろ。何で急にそうなるんだよ。

もしかして界隈では昔から有名な案件だったりするのか?わけがわからん。急に胡乱な話になってきたな。

商品紹介ページを見ていると「国連本部のビルで売ってた」とか「昔は国連寄付すると記念品としてもらえた」という話が出てきた。なるほどね。なるほどね?

そしてやはり、国連公式説明文書が引っかからない。United Nations Medalについてはヒットするものの、これは国連平和維持活動に参加した軍人警察官に贈られるもの記述があるため、明らかに宗教関係者が授与されるようなものではなさそうだ。

実際日本語版のwikipediaにも「国際連合PKO要員へ授与するUnited Nations Medal(国連メダル)とは別物である。」とある

仕方がないので英語版のwikipediaを読んでみた。

The United Nations Peace Medal is a commemorative medal produced by the United Nations to promote peace. First made by Franklin Mint in 1971,[1] a new design is produced annually, with limited editions offered for sale in gold, silver, and bronze.[2] Gold medals may be formally presented by UN officials as a diplomatic gift to heads of state, former UN Secretaries-General, and dignitaries visiting the UN Headquarters.[3][4]


国連平和メダルは、平和を推進するために国際連合制作した記念メダルです。(中略)。毎年、新しいデザイン制作され、金、銀、銅の限定版が販売されています金メダルは、国連の高官によって国家元首、元国連事務総長国連本部を訪れる要人に対する外交的な贈り物として公式に授与されることがあります

なるほどね。完全に理解した

私は国連平和賞胡散臭い賞ではないかと推測したが、それは誤りだった。そもそもこれは「賞」ではない。何というかその......メダルだ。

この訳は流石にミスリードを狙っているとしか思えない。訳した奴は一生反省し続けてほしい。

国連平和賞(こくれんへいわしょう、英語表記United Nations Peace Medal)とは、国際連合が発行するメダル顕彰ひとつ

この日本語wikipedia記述があまりにも味わい深い。

なるほど、嘘は書いていなかったのだと深く理解できるし、叙述トリックを受けていたかのような感動がある。wikipedia叙述トリックをするなナメてんのか?

流石に爆笑しかけたが、英語版のwikipediaの内容が捏造されている可能性も当然ある。

そもそもこれを外交的な贈り物としていたのなら、国連公式ソースがあってしかるべきだ。しかしそれが見当たらないのはどういうことか。

wikipedia脚注を見ると、公式文書があるようだがリンク切れしている。

幸いなことに国連デジタルライブラリー (https://digitallibrary.un.org/) にあったので見てみると、なるほど確かに一般人にも売っていたらしい (https://digitallibrary.un.org/record/98028?ln=en)。

メダル図柄記載されているほか「国連職員20%割引があるよ!」とか書いていて少し笑える。どうも注文書らしいフォーマットだ。

また公式ではないが1981/10/18に書かれたNew York Times記事 (https://www.nytimes.com/1981/10/18/arts/numismatics-the-value-of-smart-long-term-investments.html) にもメダルについての記載がある。

この記事は「堅実な投資先としてコインって案外良いんじゃね?」という少し頭の悪そうな内容の記事だが、そこでUnited Nations Peace Medalについての記載があった。

1981年国連平和メダルフランクリン造幣局によって製造されている。(中略)。この作品は、クルト・ヴァルトハイム国連事務総長が各国首脳やその他の訪問高官に公式に贈るために鋳造されているほか、コレクター向けに限定販売されている」

ゴールドシルバーバージョンはどちらも直径39ミリで、価格はそれぞれ1200ドルと55ドルである

どうやらそういうことらしい。

また、Encyclopedia of Violence, Peace, and Conflict という書籍のp.799でもその旨の記述がある。

URL: https://books.google.co.jp/books?id=TG2kN033mDkC&lpg=PP1&ots=6bsz6qC8-W&dq=Encyclopedia%20of%20Violence%2C%20Peace%20and%20Conflict%2CAcademic%20Press%2C&lr=lang_ja%7Clang_en&hl=ja&pg=PA799#v=onepage&q&f=false

It is presented to heads of state in the course customary exchanges of gifts, and to those who have served as president of UN General Assembly

「恒例の贈り物交換の際に各国首脳や国連総会議長を務めた人物に贈られる」とある

高官たちの贈答品交換の際に、国連側の贈答品のオプションとしてあるのだろう。つまり寄付の代価ということにもなりうるのか?

しかしそうなると芸術家に対して贈られているのはよく分からない。というのも、このメダルは元々パブロ・カザルスという著名な音楽家に対して贈られたものらしい。

もしかして平和活動を行う芸術家に対しては真面目に選考して授与しており、政治家たちには贈答品として授与しているということだろうか。

ともあれ特段表に出ている授与基準はなく、もっぱら国連事務総長をはじめとする高官がわりとノリで渡せる程度のものであるらしいことは分かった。そもそも同じ物を1200ドルで売っていたのだから......。

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