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はてなキーワード: 興行とは

2023-08-26

anond:20230825175510

スポンサー意向ロボット玩具を売りたい」

制作側の思惑「格好いいロボットチャンバラなら受けるのでは」

作品世界の設定「ミノフスキー粒子により巨大ロボットの近接戦闘を成立させる」

シリーズ化「ガンダムとはガンダムフェイスの搭乗型ロボットという型である

主人公平和を求める

しか消費者闘争を求める

フロムが新作を作る


ガンダムでもマクロスでも、遠隔操縦や無人機の話はスパイス的に出てくるけれども

人が乗らない機体の戦いじゃ盛り上がらないから、そういうのはうまくいかない結論の話になりがち


人死にを排除して遠隔無人兵器の話になると

・作劇が難しい

戦争代理手段としての興行ガンダムファイト化→興行でありスポーツなので搭乗型へ回帰可能

ビルド系ホビー化

ゲーム化「俺はガンダムで行く」

2023-08-24

高校野球って気持ち悪いな

となんとなくずっと思っていたのが今回で確信に変わった。

念の為書いとくけど野球に邁進している高校生たちに対する悪い感情は全くありません。関わる大人たちに対して。

応援のせいで勝ったとか負けたとか、どっちの選手に対しても失礼だろうというのもまあ一理ある。

でもそれを言い訳にして、大の大人が金にもの言わせて大挙して押し寄せて、子供試合邪魔するのは容認できない。

そもそも高校生スポーツ興行化すんなよ。

毎日熱中症で死人が出る季節に、屋根すらない場所運動させんな。

誰の顔がかわいいとか色が白いだとか言う報道で嬉しそうに騒ぐなよ。選手でも応援席のチアであっても。

の子らの青春はあの子のものだろ。そこに大人が乗っかってはしゃぐなよ。気持ち悪い。

でもどうせなくならないんだろうな。開催時期も変わらないんだろうな。

せめて死人が出る前に屋根付けて空調設備整えてやれよ。これだけ大勢応援してる大人がいるんだから

あの衆人環視の元で子供を死なせるようなことがあったら見てた大人は全員加害者だと思ってほしい。

追記

慶應応援マナー違反では?という記事をいくつか見たが、負け惜しみだの、嫉みだの、文句があるなら高野連に言えだの、嫌なら仙台育英OBを送り込めばいいだの言ってる人間ばかりで閉口した。

もう保護者以外の大人は締め出すようにしたらいいんじゃないかな。テレビで見られるんだし、応援試合の結果に関係しないんだろ?

anond:20230823135913

高くても欲しい人がいれば高く売ればいいではないか

転売ヤーに儲けさせるのではなく、たとえばコンサートなら興行主が儲ければいいではないか

儲けた金で豪遊するも良し、社員給料を上げるも良し、

そして高価格チケット以外は安くして還元すればなお良しではないか

高く売れる席のチケットの値段を抑えて安くしても、その恩恵を受ける人は僅かではないか

それより高くても欲しい人からは取れるだけ取って

それを広く還元した方が多くの人に恩恵があるではないか

と思うんだけど、なぜやらないのか不思議

2023-08-22

男の子プリキュア」の覚悟がないのバレバレじゃん

キュアウィングの衣装がない、少なくとも今のところ発売されてない問題のやつ。

もともと過去プリキュアでも全員平等だったわけじゃないよ。

不人気の1人だけグッズが出なかったりもあった(涙)。

営利企業としてそういう判断があるのはわかる。

でもさ、今回は絶対それやっちゃいけなかったね。

プリキュア男の子入れても人気が出ないなんてわかりきってたじゃん。

でも入れたのはクォーター制みたいなもので、マイナスも被る覚悟をして臨まなきゃいけないはずでしょ?

利益にはマイナスだけどこれは必要なことだからやるんです」って態度じゃなきゃいけなかったんだよ。

できないなら(男児にこんな残酷メッセージを突きつけてしまうぐらいなら)やらない方がよっぽど良かった。

全然覚悟が足りてない。

考えてみるとハリウッド映画黒人面白枠でしかなかった時代とかアジア人が雑に扱われてたのとおんなじレベルなのかも。

ただの多様性ノルマ

そのハリウッドも今は黒人アジア人を主役にするだけじゃなくて興行に失敗して「やっぱりダメだ」みたいなメッセージを発しないようにすごく気を使ってる。

それに比べると周回遅れ感がひどいよ。

この問題アニメ制作側を庇うのもちがうと思う。

プリキュアはグッズ込みのコンテンツなんだから

制作側はバンダイに「キュアウィングのグッズも必ず揃える」と確約させるぐらいじゃなきゃいけなかったんだよ。

しろグッズが爆売れするぐらい活躍させます!とかさ。

大人男の子男の子ってキャッキャしてても当の子供が泣いてるってほんとおかしいからね?

2023-08-18

anond:20230817195515

いやなにいってんだ最近の話じゃ全然いから…

発展途上の技術順次または逐次に投入できる道具を使って行う競技であるから、突出する競技者が出現するのは避けられないどころか、それを楽しみにしているないしはそれも含めての競技から

が、

大規模に行う場合はそこに興行、つまり見世物としての要求条件が入ってくるからイコールコンディション!という味付けをするようになる

人類プロスポーツ世界というのは、技術興行政治と言い替えてもいい)の鬩ぎ合いの歴史なのだ

清宮海斗私たち想像より遥かにすごいレスラーかもしれないという

2023年新日本プロレスG1クライマックス」は内藤哲也勝利で幕を閉じた。ファンの方は嬉しかたことだろう。

しかし、今回のG1は確実にある男が話題の中心に居続けたのは疑いようのない事実だ。

その名は清宮海斗プロレスリングノアの若きエースといわれる男である

今年1/21のオカダへの「蹴撃」から始まった清宮の行動は他団体シングルリーグ戦出場へとつながって、リング内外で想定外の渦を巻き起こした。それが何を示しているのか。

まず、今回のG1への清宮参戦はどちらの希望だったろうか。これに関して私は新日本側の要請とみている。ここでの参戦が大きな話題になることは自明であり、チケット売上や専用アプリへの登録数を

増やせるいい機会である。ここで新日本から感じるのは自団体試合内容やレスラーへの自信だ。きっかけさえあればある程度以上の他団体ファンのとりこみが容易だと判断したのだろうと思う。

ノアからみても清宮には良い経験になるし、知名度に劣り、参戦発表段階では新日本ファンからは諸手を挙げて歓迎されているわけでもない彼への「誤解」を解くいいタイミングでもある。

加えて若いとはいえ団体最高王座に2度(一度目は最年少記録での戴冠)就いた選手である。無碍な扱いをしないような話はあったろうし、そうでなければ送り出すようなこともないはずである

しかし、ここから(おそらくどちらの団体からしても)想定外事態が起こりまくった。

まず、新日本での発表時にファンから想像以上の歓迎を受けたことだ。おそらく新日本的にはブーイング半分の状況を想定していたのだと思う。それが想像以上の歓声とともに受け入れられたのだ。

次に新日サイドが目の当たりにしたのは、当初の予想や見積もりはるかに超える技量いかんなく発揮する清宮海斗レスラーとしての能力だった。条件の厳しい(全くのアウェイ+一般的ではない20分一本勝負)中出る試合出る試合で、様々なタイプの対戦相手の特徴を引き出したうえでそれを超えてみせるという、清宮にとっては当たり前の、だが新日本サイドとしては予想だにしなかった状況を現出させたのだ。

その技量の突出の度合いが令和三銃士と名付け、なかで団体としては筆頭扱いであった辻陽太戦で現れた。この試合での清宮は普段試合では見せない挑発的な技も駆使しつつ、最後は完勝としか言いようのない組み立ててで勝ってみせたが、現場フロントはここまで技量差を見せられるとは思っていなかったろう。さら海野翔太戦でも技量で圧倒しつつも海野の気の強さを存分に引き出して引き分けに持ち込んだ。さらに現IWGP世界ヘビー級王者SANADAとの試合でも試合リードし、最後時間ギリギリの敗北となったが、王者差し置いて週刊誌の表紙にまでなってしまう状況となった。こうなればファンは正直である新日本ファンが一目置くのは必定だ。

団体選手差し置いて会場(=ファン)の信頼を次々に勝ち取っていく清宮を見て、新日本フロント現場は何を考えたろうか。その一端がゲイブ・キッド戦で現れたのではないか

この試合挑発ヒールファイトをするスタイルに隠れているが、明確にゲイブは試合を壊しにかかっていたように見えた。清宮は最初受けるスタイル修正を試みていたが、ある段階で完全に「これは違う」と判断したようだ。

セコンドも連れず、文字通り「単身」敵地に乗り込んでいる彼は試合そっちのけで自らと団体尊厳を守る行動に出る。最低限の行動(眼球への攻撃急所への打撃を行わない)は守りつつ立ち向かったのだ。ちなみに観客席で自らの頭を椅子で殴ってから相手に襲い掛かるという奇行ともいえる行為も、湧き上がる怒りを抑える行動とすれば納得もいく。清宮の突然の「試練」に対しても全く臆することなく、むしろ敢然と立ち向かう姿に、おそらくレスラー間で彼を見くびるものはいなくなったはずだ。

だが、一部の人間がそれを完全に脅威としてみたこともまた真実だろう。

私は、この試合を見たときに「これが<仕掛け>であるなら、予選突破はないのかもしれない」と思い始めた。普通に試合を行っても引き分けは当然あるわけだが、この引き分けはそういうものとは違うと見え感じたのだ。その後報道で清宮がスタッフを突き飛ばした、という記事が出た。普段試合後でもそのような態度をとらない彼がとった行動はその内容が全く予想外であったことを示している。このあたりから、当初の思惑とは違う流れが起こっていたのではないか

話は飛んで清宮は成田蓮戦で「まさかの」敗北を喫しあえなく予選落ち、となったが、翌日にノア副社長を兼ねる丸藤正道がかなりセンシティブな内容のツイートを行った(https://twitter.com/noah_marufuji_/status/1687979081059762176?s=20)。真意は以前丸藤との対戦を希望した成田勝利後に自身と対戦すると清宮のランクが下がってしまうということ、と言っているが、タイミングタイミングなだけに鵜呑みにはできない。時系列文脈からすれば成田勝利隠れ蓑にしてG1興行全体のピエロとして清宮を扱ったのはおかしい、という風に解釈するほうが無理がないからだ。丸藤の立場でこの発言したこと自体新日本側に対するけん制意味があるわけで、けん制せねばならない事案が起こっていたという推論にたどり着くことになる。

リーグ戦敗退後もG1興行に参戦を続けた清宮を待っていたのは、なんとほぼ第一試合でのタッグマッチ、というものだった。当初から決まっていたグレート・O・カーンジェフ・コブ戦はともかく、その後のマイキーニコルズ&藤田晃生、天山公吉&マスター・ワト、矢野通オスカーロイベとの試合とあっては、いくら興行のハナが大事だといっても他団体トップレスラーをあまりにもぞんざいに扱いすぎている。これはなぜだろうか?

私は準々決勝の組み合わせでAブロック選手相手を見たとき、ふと「ヒクレオのところにSANADAが、SANADAのところに清宮がいたほうがはるかに盛り上がったのではないか?」と感じた。これだと内藤SANADA勝利していたろうし(結果として優勝後の興行の流れもこのほうがスムーズだった。)、清宮とEVIL試合は相当に盛り上がったはずだ。しかもここで清宮が勝てば準決勝でオカダ戦ということになり、興行の盛り上がりは最高潮だったろう。

しかし、それこそが新日本側の最も恐れていたことではないか。清宮がG1興行の柱になってしまうのだ。この流れでオカダが清宮に勝っても決勝でその盛り上がりを上回ることができるか。決勝は内藤でもオスプレイでもそれは盛り上がるだろう。しかし、仮に清宮がそこまでの試合のようにベストマッチ連発の内容を見せていたらどうなるか。清宮の試合の積み重ねが新日側にあった「自団体試合内容やレスラーへの自信」を揺るがせたのではないだろうか?

そうなれば最も安全なのは「観客の記憶の奥に清宮の存在を眠らせる」ことである。それはノア側の「想定外」だったろうことが丸藤の態度に表れている。

しかし、両団体にとって(良くも悪くも)更なる想定外は「G1によって清宮の支持が大きく広がった」ことではなかったか

清宮敗退の報がネットに流れた際、新日本方針批判する発言が多く流れ、想像以上の数の新日本ファンがそれに賛同していたのは正直驚きだった。会場でも第一試合や第二試合の出場であっても大歓声で迎えられた。新日本側のレスラーたちの思いも天山戦後天山自身が清宮を讃えた態度で伝わってきた。そしてなにより清宮本人が腐ることなくしっかりと試合を行いファンを裏切らなった。これこそ清宮が再三言っていた「ノアを広める」が具体的な形になった瞬間ではなかったか

清宮は正式使用技の伝授をされている関係から武藤敬司の影響が語られることが多いのだが、元は三沢光晴に憧れノアの門を叩いた生粋の「三沢チルドレン」である。ここまでの清宮の行動を見ればわかる通り、「レスラー試合で魅せる」「いざとなったら筋を通す」「ファンを裏切らない」という三沢光晴思想が彼のレスラーとしての行動に裏打ちされている。彼の恩師である小川良成指導が大きく花開いた瞬間でもあったと思う。

さらに、清宮はあの若さにして日本プロレス発祥プロレス技術継承者としての側面を持っている。彼と新日本でタッグを組んだ大岩陵平は清宮にスカウトされる形でノア留学となったが、すでにノア道場道場主でもある清宮は指導者としての側面も期待されている。

こう見ると、この男がこれから成すことは、私たちも知らない新しいプロレスとなるのではないか

清宮海斗私たち想像より遥かにすごいレスラーかもしれない。

2023-08-17

anond:20230817195515

しろ原点回帰では?競馬も元々はハンデ戦主体だったわけだし。

競技者同士の争いかスタートして発展して興行になった物と

はじめから観客に見せることを主体として生まれた物の違い

2023-08-11

anond:20230811231006

未成年に半強制的学業をうっちゃって興行させるのと、未成年も居るけどそれ以上に居るいい歳した成人が自分意思で参加する手売り市場とをいっしょにされてもなぁ

2023-08-08

anond:20230808114844

野球やって暑いのはスポーツとは別じゃないし、興行で日程ほど大事ものはないと思うと回避可能でもない

甲子園無料だけど他のドームなら莫大な費用もかかる

全く回避可能じゃない

2023-08-05

推しは呼んだら来るという世界観

コインランドリーパート日記



 先月、パート先で本部社員を呼んでの集計研修があったのだけど、癖つよつよな先輩の集計ミスがつもりにつもって数万円の違算に膨れ上がっていたことが発覚し、研修どころではなくなった。それで、今月の最初の集計がまた研修になった。

 研修当日の朝、研修担当社員の人から、「私が店に着くまで絶対に集計業務を始めないように。お金を触らないように」という内容が丁寧語で書かれたLINEが来た。私と癖つよつよな先輩の出勤時間は9時だが、社員の人が店に到着予定の時間10時だった。その間の一時間は、協力して通常業務をするように、とのお達し。

 それで、私は乾燥機の埃を取り、癖つよつよな先輩は店の内外を掃き掃除し、店内床のモップかけをした。作業は9時50分には終わったけれど、社員の人の来る気配がない。

社員さんこないねー」

「来ないですねー」

 と三回くらいぼやき合ってから、不意に癖つよつよの先輩が言った。

増田さんはなんか趣味とかはあるの?」

「そうですねぇ、読s」

「あたしは追っかけ!」

 あぁ、こっちは自己主張すべきではないタイミングだったのか。

「追っかけですか」

「そう、追っかけ。○○○○(某全国的に有名な歌手)と同時期にデビューした、歌謡曲を歌ってる歌手を追っかけてるの。写真あるよ」

へぇイケメンですね!」

 若くてイケメン……だけど、20年以上前流行った髪型……○○○○と同世代というと私よりも少なくとも5歳は年上……なんかすごいな、色々と……。

 と、そこから本部社員の人が来るまで、癖つよつよの先輩の20年にも及ぶ推し活の話を興味深く聴いたのだけど、その話をまんま書くのは面倒なので、てきとーに書く。

・癖つよつよの先輩は推しマネージャーと繋がっていて、連絡を取り合う仲。

推し知名度は○○○○ほどではないが、全国各地を興行している。

・だが最近推し知名度が上がったのか、大きな箱にしか来なくなった。

・昔は県内にも推しファンが癖つよつよの先輩以外にも沢山いたのだが、今は推しと同ジャンル歌手が他にもいるせいで人気が分散してしまい、今リアルタイム推し活してる県内ファンは癖つよつよの先輩くらい。

電話一本で推しは来てくれる。

電話一本で推しは来てくれる!?

「え、推しって、呼べば来るもんなんですか?」

「そーよ。マネージャー電話して、何月何日にどこそこに集まるから来てって言えば来てくれるよ」

「知らない世界観だぁ。てっきり私は、推しとは遠きにありておもふものかと」

「呼べば来るのよ。まあ、お金はかかるけどねー。だからファンの皆で少しずつ出し合って、呼ばないとなのよー」

 なんだろう。明らかにメン地下ではないのだが、それよりも推しファン距離が近いっぽい。

 たまたまつい最近演歌歌手テレビ出演よりも全国各地のドサ回りで食っているって話を他の人から聞いたんだけど、そういう演歌歌手地方温泉地にあるスナックかに呼ばれて歌いに来るとか。それと似たような話だろうか。癖つよつよの先輩の推しは、演歌歌手ではないらしいけど。

 コンビニバイトの方の仕事仲間の推し女子(某有名VTuber無名だと思い込みながら重課金し続け追っかけている)が聞いたらすごく羨ましがりそうだ。

2023-08-03

anond:20230731183055

運営サイドとしては、彼の死が永久に伏せられていれば、卑怯なやつが逃げただけで済む。ダメージゼロや。

遺族や所属ジムに対しては、死を公表するなら、興行失敗による損害賠償請求するけど、どないします?

もし、死を伏せてくれるなら、逃亡処分ということで賠償請求しませんけど?

遺族「強い意向で伏せたいと思います

ところが、崔領選手リークしやがった。

どう考えても無理な減量が原因で死んだ。

無理な減量を強いたのは、運営との契約であり、運営責任は免れない。

えらいこっちゃやで

2023-08-01

anond:20230801120824

文化ってのを資本主義的なアイドル興行とするなら田舎文化なんかないし、純粋意味での祭り伝統をさすなら田舎には田舎文化があるし、住んでもなけりゃ興味もない地域文化を雑語りで貶してくお前みたいなやつは嫌い

anond:20230801095638

もともとアメリカファンが楽しんでやってたミームなんで、これをすいませんでしたってやったら、いま本国でヒットしてる映画の足を引っ張ることになる。

そういう計算があるやろ。まあ計算しなきゃいけない状況になった時点でやっちまったよね。

 

もうバービー公式は、日本興行成績が落ちようが無視して何もアクションしないかもしれない。

そうなったら、むしろしめたもんかもしれん。未来永劫のポリコレバリアになるぞ

万博ちゃんのいいところを探そう。

ミャクミャクはキモいと思う。無二の存在としての価値はある気がする。

ソメイティミライトワも良かったけど、まあ大会自体がクロ(黒字ではない)だったからな。しゃーない。切り替えていく。

あとわんこと一緒、というのもいいね

これ多分さぁ、孫とか連れてこれるような「孫の居る世帯」が少ないことを見越した施策の気がするんだよね。人口減少JAPAN

前回万博とは人口構成がガラッと変わってて、見込める客層もかなり変わってきてるから。親子連れターゲットにしてもそもそもの分母が小さくなりすぎてる。

なのでいいアイデアだとは思うんだけど、これまでやってこなかったってことは相応に課題があるってことだよね。

野良増田でたまに興行に詳しい人が居るけど、どのへんがネックになりそうだと思うね。

素人がぱっと思い浮かんだのは、飼い犬同士のトラブル、犬が人に噛みつくなどするトラブルがすぐに思いついたんだけども。

2023-07-31

クィアベンディングだ、と何かを責めるほど潔白ではない人間として

百合とかBLとかセクマイとかの「クィア」を客寄せ要素として使ってるけど扱いが不誠実、みたいなのをクィアベンディングと呼んで差別だと指摘する意見がある。

カタカナ語であることからもわかるように英語圏流行り、最近日本でもセクマイを扱ったエンタメ芸能人批判される際に、意識の高い人たちを中心に使われだしている。

百合営業とか腐営業やってるくせに浅いし適当だし失礼なんだよ、みたいなことは昔から日本でも言われてきたが、クィアベンディングという用語を使った場合倫理面での強い批判というニュアンスになり、批判された側は申し開きが難しくなると思う。


私は百合BLを楽しんできたオタクであり、同じジャンルオタク友達の中には、クィアベンディングなどを指摘する人も結構いる。

クィアベンディングにある程度の問題があるということは否定しない。

だが、私は、クィアベンディングであることを理由に何かを責めるつもりにはなならない。私は、客寄せのクィアを散々楽しんできたし今後もそうするだろうからだ。

そして私が認識している友人たち(レズビアンゲイバイトランス含む)や、世間ほとんどの人もそうだ。

(おそらく異性愛者であろう)アイドル同士がMVでほっぺにキスをしあうところや、キャラクターが不意のボディタッチであわあわするシーンや、役者作品中ではなくオフショット共演者にあすなろ抱きや壁ドンしている写真や、Twitterのフォロイーや私たち自身が同性友達とお出かけすることをデート呼称することを、ニコニコしながら……時にはキャーキャーウォーウォー言いながら私たちは楽しんできた。

それらの半分以上はクィアベンディングと呼ばれてもおかしくなかったと思う。でもそれらは燃えなかったかわだかまりなく楽しんでいます、だけど何かのきっかけで燃えた物に対しては、急に真っ当な顔をしてクィアベンディングで差別的だと全力で怒ります、という気持ちにはならない。

ダブルスタンダードとかブーメランとかの指摘が力を持ちすぎる風潮は歓迎していない。人間は考えを変えたり矛盾したりしてしまう生き物だと思うので。

でもそれにしたって、タチの悪いダブスタをやりつつ倫理的に正しい側に立った態度をするのはよくないだろう。

クィアベンディング的な売り方はよくないと学びました、私も悔い改めて今後それらを楽しむことはしません、ということならばわかる。

だが、先月クィアベンディングで怒ってたのに、翌週には2.5次元俳優楽屋での距離の近さにときめいてて、来月出る百合萌えゲームも楽しみだけど、今日はまたクィアベンディングに怒りますというのは、よくないよ。

自分自身セクシャルマイノリティであろうとなかろうとね。


エンターテイメント芸能業やスポーツ含めた興行というのは多かれ少なかれ外道の商いで、売り手も買い手も、私たちはみんなその悪を背負っている。

それでも、悪すぎるものは程度問題として批判され改善された方がいいと思うが、その時話題になっているモノの悪さの程度はどれだけなのかというのをちゃんと考えた方がいい。話題性だけに引っ張られて怒り、クィアベンディングという使い勝手が良くて非難として強い言葉を使い、自分普段の行いを棚に上げて善人面していないか


一般論として読んでほしいから具体名を出すか迷ったけどボカすのも不自然かと思うので名言すると、このエントリを書くきっかけは水星魔女話題である

百合BL尊いとか萌えとか言って楽しんできたし今後も楽しむであろうベンディングエンタメ大好き人間が、水星魔女批判する際にクィアベンディングという用語を使うのはスジが通らないと思う。

批判するなら、以下のような理屈の方が私にはしっくりくる。

まず前提として、水星魔女の作中・作外においての結婚表現の避け方が、余韻を生む効果より、不自然違和感を生むマイナスになっているとする。この前提に同意せず「作品の質を上げるためには結婚表現回避必要だった」という立場もあるかもしれないので。

あの不自然結婚表現回避が、誰かの思想によるのであれば(百合を売りにした作品じゃなかったとしても)同性婚冷遇的すぎてよくないし、海外展開の妨げになるからと勘繰られているのが本当にそういうなら商業主義のせいで作品に不自然さという瑕疵を作っていてよくないし、だいたい婚約指輪を描くのはいいし花嫁花婿と言うのもいいけど結婚と言うのはダメみたいなピンポイント言葉だけ隠せば問題ないという基準馬鹿らしい、などの批判なら、大いに頷ける。

anond:20230731103637

歌舞伎一年興行してるのは東京だけだね。名古屋御園座京都南座博多博多座、大阪松竹座でそれぞれ歌舞伎はやってるけど毎月ではない。歌舞伎座の場合、安い席でふらっと寄って観ることができるのもアドバンテージかもしれない。

2023-07-30

anond:20230729140849

基本的に社名が二語以上で構成される会社ブラックな傾向あると思う。例えば、日本〇〇とか〇〇興行とか。例外は多いけど、社名が抽象的で多角的名称をするタイプブラックになりやすい。

2023-07-28

anond:20230728090408

でもバスケット野球NBAMLBという一興行団体が「こうした方が見てておもろいかルール変えたろ!」って

変えたのを結局世界標準にせざるを得ないですよね

2023-07-27

anond:20230727152003

関係しないぞ

じい様の年齢に差し掛かるミュージシャン(既婚者)もかわいいって言われてるし

芸能興行は全部ヤクザ仕事だぞ

 

性的に消費されたくない(キリッ

技術評価して欲しい(キリッ

 

なら、人気商売はしない、少なくともアイドル売りはしないこった

2023-07-26

anond:20230726104345

これはちょいちょい話題になるね

正解ってどこなんだろうって思う

一般的体重だと贅肉がついた状態なのでその辺スッキリ落としてベスト状態で戦いたいという思いがあったり

制度がある以上利用したいと思ってたり

制度がないなら極端にやせて格下狩りだけやっていきたいと思ったりもする

あと興行的に2〜3階級違いだったらお金の取れる組み合わせだったらマッチングさせたりもするし

大人の都合で体重オーバーでも試合させたりするし

まぁ結局は今のままでええんちゃうかなと見てて思う

2023-07-22

ジブリ単独資本ってことは日テレに気兼ねなくサブスク可ってこと?

それなら映画興行が多少コケてでも広告費削ってジブリ単独資本でやる意味は十分あるなあ

今どきTV局に付き合わされてサブスクに手出しできない状況は商売勘のあるプロデューサーからしたらバカバカしくてやってらんないだろうし

しか宮崎駿次回作を作れるかも怪しい、自分も今さら先行きを気にする年齢でもない(そして、たとえコケ次回作スポンサー探しをしなきゃいけなくなっても、そのぐらいやってのける自信も多分ある)だろうから、周囲が思うより広告無し戦略は勝算あったのかもしんない

君生き感想宮崎監督、『名作』をありがとう!~

自分宮崎駿監督に対する身勝手な期待とか甘えを供養するために書く。今作品は期待半分、不安半分という気持ちだった。宣伝なしということだったし、宮崎駿監督作品を事前情報一切なしで視聴できる機会というのはおそらく最初最後であろうと思ったので、早バレ等も避けるために数日SNS断ちして初日に見に行った。ただ映画館に向かう足取りの中で最後感じていたのは恐怖感だった。子供のころにもののけ姫を見たときの衝撃を再び与えられて、おっさんになった今再度、人生観を揺るがされるかもしれないと―。

さて、いざ蓋を開けてみると、途中まではリアル物なのかファンタジーのどっちなの?というドキドキや不安感。方向性が確定したとき期待感MAXとなったが、それ以上膨らむことはなくしぼんでいった―。

総論

美術アニメーションの美しさは申し分ないが、ストーリー感情移入できない半端な作りと言ったところで、結局、いつもの宮崎監督後期作品という他ない。今、振り返ってみると監督キャリアハイとしての作品千と千尋の神隠しあたりになるのだろうが、その千と千尋も後半から、この半端さの片鱗がある。例えば終盤、千尋は豚の中に両親がいないことを見抜くが劇中にその説明はない。しかしながら説明不足ではあっても、千尋とハクとの心のふれあいみたいなものが十二分に描かれているから、感情的に押しきれている。手を離すシーンとか思い出しただけで泣けるわ。

しかしながら、君生きはストーリーっぽいもの感情の揺らぎみたいな表現はあるものの、説得力というか、それ自体根拠がはっきりと提示されないから、大抵の観客は感情移入できずに戸惑いを覚えると思う。例えば劇中で主人公自傷行為や継母の拒絶が描かれるが、その感情の根っこが分からないので観客は困る。自傷もっと構ってもらいたかったのかな?とか拒絶はやっぱり連れ子がうざかったのかな?とか想像はできるけど見てる側はそれを確定させる要素がないから、多分こうだろうとか理由を補完して見ていくしかない。つまり作品に気を遣う状態になるわけで、それは相当きつい。忖度要求されるが、圧倒的な感情の「分からせ」がない(※)。監督が一人で突っ走ってる。観客は置いてけぼり。かつて宮崎監督は、見終わったあとに2階から出てくる感覚になるような映画がいいとか言っていたような気がするが(ソース探したが見つからず)、君生きは観客が一生懸命2階への階段必死に探すものの見つけられないまま塔の中で迷子になり、最後パヤオけが悠然と2階から出てくるという感じだろうか(画・浜岡賢次想像してもらいたい)。

あとはヒロイン?3人は多すぎる。実母に継母に婆さんでしょ?詰め込み過ぎて破綻する典型。正直、継母は全部削除して、序盤で実母エピソード増やして、実母を探しに塔に行く形にして、最後、実母ときれいに別れてで多少は形になったろうにね。もっとシナリオ段階で練ればいいのに…もったいない

もう一つ、主人公が大叔父と話した後に、急にインコに囚われてるシーンになるが謎過ぎる。壁につながれた手が映ってからの下にパンしたときに、実母でも継母でもなくお前かーいってなったのが一番面白かったかもわからない。宮崎監督過去インディジョーンズの潜水艦移動を批判していたが( https://ei-gataro.hatenablog.jp/entry/20131030/p1 )、それと似たり寄ったりだろう。いくら異世界?だからといってワープしすぎである

※ 宮崎監督とも対談したことのある養老孟司は「バカの壁」において強制了解という語をつかった(p.41)。例えば数学においては前提と論理を共有しているのであれば同じ結論に達せざるを得ない。ある定理証明を正しく説明されたのであれば、その正しさを了解せざるを得ない。そういった強制力を強制了解と呼んだ。そうした強制力は感情においても成立する。例えば電車子供が騒いでるのをぼけっと放置している父親がいたとして、普通はそれを理解できないが、もし父親が「実は母親病院で亡くなって帰る所で、これからどうしていこうかと悩んでいたところなんです」と説明されれば、事情理解できるだろう。事情が分かれば感情了解できる。それは物語を受容する過程でも同じことが言えると思う。

なお、この流れで養老他人気持ち理解できることを重視すると同時に、「個性」信奉を批判する。そんなに個性大事かと。存分に「個性」を発揮している人は病院にいるという。白い壁に毎日、大便で名前を書く患者がいるらしい。芸術的にみればすごいかもわからないが、現実的には大変迷惑でたまらないだろうとのこと。奇しくも本作においては継母の美しい顔が鳥糞まみれになる描写があるのでそういう個性的なスカトロジー芸術理解を示す人はいるかもしれない。

自分映画

こうした一見てんでバラバラに見えるような物語の断片も、もしかしたら宮崎監督だけには分かるのかもしれない。スピルバーグだか有名監督が誰にも分らない映画つくるのはホームムービー撮ってるのと同じだ的なことを言っていた気がするが、もしかしたら本当に宮崎監督ホームムービーを撮ってしまったのかもしれない。自分けがわかる映画作品を作れるとしたら、映画監督としては最高の贅沢だろう。自分用の映画私小説と言われたらなるほどという気もする。今回、宣伝がなかったという点でも符号する。これはもはや天才にだけ許された所業なのかもしれない(現実に実行可能という意味で)。

ナウシカだったと思うが、興行的に大失敗とはならなかったこから次の作品を作るチケットを手に入れたみたいな監督インタビューがあった気がする。ジブリブランド確立するまではコケたら次はない状態であったろうから興行面は大変重視されたことだろう。つまり天才大衆に合わせてくれていたわけであるしかブランド確立された今となっては、大衆を気にすることなく好きな作品を作れるというわけであるジブリ体制を維持できなかった点には目をつむるとして)。だから今もしかしたら「天才が本当にやりたかたこと」を我々は目にしているのかもしれない。

過去パヤオ感性としてはもっとアニメーション表現に全振りしたかったのだろうが、それじゃあ興行的に成立しないから、ストーリーもしっかりさせていたというのが過去の名作への向き合い方だったのだろうか。我々、一般大衆天才現実的妥協のお陰で、(大衆的には)名作となる過去珠玉を見せてもらえていたということなのだろうか。凡人が天才ちょっと付き合ってもらったという感じ。天才ちょっと退屈していたのかもしれない。大衆は今の退屈を嘆くのではなく、昔、天才に付き合ってもらっていたということを感謝すべきなのかもしれない。

この作品のそういった諸々の分からなさに対してなんとか理解しようとする感想や、なんとか説明しようとする解説記事などが上がっているのを見かけるが、なんとも物悲しい。めっちゃ面白作品を骨までしゃぶりつくしたい!という渇望からまれてくる文章はいい。例えばもののけ姫においては「『もののけ姫』を描く、語る 」というムック本があったのだが、それには一ファンから文筆家まで様々な人々の作品に対するとてつもない熱量で溢れている。でも味のしない作品をなんとかして食えるようにしたいという動機から解説を書いたり、それに群がることの虚しさよ。宮崎監督から面白いはずなんてことはない。権威主義的だし、もうそれは諦めて次に行こうよ。これを知っていれば、本当は面白いんだよって本気で思っている人もいるかも知れない。でもそういう解説必要とすればするほど、その面白さが作品内で素直に伝わってないことの裏返しである野球大谷いくらいからって彼の(打者としての)ファールや三振をありがたがったりしないでしょ?今回の打席は残念だったねでいいじゃんね。(もちろん宮崎監督場合、次があるかは分らんが)

「問い」として捉える

さて、作品表題に立ち返ってみると、これは疑問形である作品としては名作とはとても言い難い。しかし聴衆に対する問いであると捉えたらどうであろうか。物語がてんで成立していないのに問いかけを見出すことができるのか?うーん正直、自分には無理。味がしないんだから問われたとも感じない。

しかし確かに思ったことがある。それは、大叔父のようなお爺さんに期待するんじゃなくて、自分が見たい作品があるのなら、他にそれを提供してくれる別の人を見つけるか、もしくは自分で作るべきだということ。初めから品質保証なんてものはなかった。自分勝手に期待して、勝手失望しているだけのことである

すでに名作はあるのに、なぜおかわりを望むのか

最後に話がそれるが、しかしながらなぜ我々大衆は次々と名作を望むのであろうか。新作を批判すると「じゃあ、過去の名作繰り返し見とけや!」って言われるかもしれない。そう言われるとちょっと答えに窮する。何度も見ればストーリーも覚え、感動も薄れてくる。やっぱり初見の衝撃に叶うものはないということだろうか。それを再び味わいたくて次の名作を追い求めているのかもしれない。キリがないし、わがままだなって思われるかもしれないが、正直人としての性としか言いようがなくないか?そこを内省しだしたら仙人になるしかない気がする。

あとは現実がつらいからね。時には金払ってちょっといい気分になりたい!ぐらい許してほしい。こっちは作者の高尚な構想にがんばってついていく苦行やマラソンじゃなくて、自動で楽しませてくれるジェットコースターに乗りたいの!

で、初見という点で最近思っていることは「私の体験」を大事にすることが重要なんじゃないかと思っている。ゲームでもなんでもあまりレビューを見ずに体験するように心がけている。あらかじめレビューを見て他の人が面白い!星4以上!と言っている作品なら、安定して面白いかもしれないが、半分ネタバレのようなものではないか

若い人にはタイパを優先しすぎて自己の視聴体験プレイ体験を損なっていないかと問いたい。面白さの保険料として自身体験・感動を売っていないか?と。おじさんおばさんは子供のころに自分図書館で本を表紙で選んで借りた体験とか、ネットもない時代ゲーム屋で「クソゲーかも知れんがままよ!」と覚悟してゲーム買った記憶とかを思い出してほしい。そういう多少、損するかもと思ってもクソ作品を引く勇気をもって、一対一で作品と向き合う、ぶつかってみるということを時々でもした方がいい気がする。だから、今回、作品に対しては残念だったが後悔はない。純度100%の自分感想を持てた。展覧会的な感じでいろんなアニメーションを見せてもらったという感触では数千円も損したという気もしない。今後もどんどん色んな作品に触れていきたいと思っている。例えばポノックの次作品ちょっと子供向けだろうけど、子供と一緒に見に行こうかなと思ってる。

各論

ゲド戦記を思い出した

視聴しながら、ぼんやり宮崎監督ゲド戦記作るとしたらこんな感じだろうなと思った。影との戦いでゲドは船で移動するし、ところどころの魔法感や大叔父大賢者になったゲドのイメージだなと感じた。大叔父のイケオジ度は過去最高かも分らんので一見価値はあると思う。

東映アニメ長靴をはいた猫』を思い出した

インコ大王を追いかける時に螺旋階段を落とされるシーンがあったが、長靴をはいた猫での魔王主人公たちとの大立ち回りを彷彿させた。この作品監督宮崎ではないが、そのクライマックス部分は大塚康生との二人で原画担当した箇所であり、とにかく面白い( https://www.ghibli.jp/shuppan/old/pickup/nagagutsu/ )。1969年作品なので絵のきれいさはどうしても現代作品には見劣りするがアニメーション面白さは今でも通用する。未見の人はぜひ見て欲しい。君生きよりよっぽど面白いと思う。で、君生きでは大王ラスボスっぽくでてくるが大した戦いもなく終わってしまうのであっけない。長靴をはいた猫でのアクションを思い出しただけに、「あ、これだけなのか・・・」という虚しさが半端なかった。念入りに階段落とさせたり、序盤で主人公の着替え丁寧に描写するぐらいならもっと面白カット増やした方が良かったろうにって思っちゃう

音楽

使いまわし多いし、特に盛り上がる曲もなし。3日で作りましたと言われても信じるレベル久石譲も「これぐらいの作品ならこれでいいや」って感じだったと思う。絶対名曲ストック持ってるだろうと思うが、映像側がそれを引き出せなかったというのは至極残念に思う。米津曲も悪くはないけど、作為ちょっと鼻についたかな。いつも何度でもみたいな作品とのマッチ感は正直ない。と言っても作品の味がしないのでどうしようもない気もする。そういう意味では米津もかわいそう。

2023-07-21

anond:20230721133611

ワイ的にはこれがすべてだと思うわ

というより現代人は解釈すら自分でせずに岡田斗司夫映画評論家解釈を漁って自分なりの解釈感想を持つことすら忌避してる

それは間違った解釈や考えを持つのが怖いからだろうし

本当の意図を知りたいからなんだろうが

岡田斗司夫を有難がるようになったオタクカルチャー未来はないわ

間違っててもいいか初見では自分意見感想ちゃんと持った方がいいよなあ

から今回事前情報もなくて完全に何もわからない状態映画観られたのは嬉しかった

興行成績的にどうかは知らんがそこは鈴木プロデューサーの腕に感謝

2023-07-16

天才って制約があった方が傑作生み出せるんだよな

最近パヤオの新作とか見て改めて確信したけど、天才って予算とかスケジュールとか内容とか色々鬱陶しい制約がある中で作品作らせた方が圧倒的に傑作生み出せる率高いよな。

パヤオの初期の名作を作ってたころは彼もまだ中堅で予算スケジュールも充分でない中で「これコケたら次のチャンスはもうないかも?」っという緊張感で作品作ってたかちゃん一般ウケしやすい傑作作ってくれてたけど、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」で興行的にも作品的にもピークを迎えた後は「もうあなた巨匠なので予算とかスケジュールとか気にせず好きに作ってください」なんて甘やかすからどんどんわけわからん方向に行ってしまった。

皮肉なのはアーティストに多大なストレス負担をかけてるスケジュールスポンサーなどの制約が、「この限られた条件下でいかに少しでも良くするか」っという構造を生み出して結果として万人にも受け入れられる傑作が生まれやすいってことよね。

古い例だと当時人気アーティストだったゴダイゴなんかは過密なツアースケジュールの中の限られた時間で一気に作り上げた「銀河鉄道999」がいまでも通用する名曲に仕上がったし、それこそ中世イタリアミケランジェロスポンサーであるカトリック教会の過度な干渉予算管理にもめげずにあの歴史に残る数々の傑作を作り上げたわけじゃん。

作り手としては予算とかスケジュールとか気にせずに好きなように作りたい!って想いは強いんだろうけど、結果的にはさまざまな制約の中で神経擦り削りながら作った作品の方が評価されやすいんだよな。

まぁパヤオなんて今更世間評価なんて気にしてないって感じだからさらにタチが悪いんだけど。大嫌いな資本家様に首根っこ抑えられてた時の方があんた輝いてたよ。

2023-07-13

anond:20230713180559

テレビ版の最後の2話をみて、この人ダメだわって思ったし。

その後の最初映画のあらすじを聞いて、完全にダメだなって分かったし。

正直、世間がなんでこんなに期待して持ち上げるのかさっぱりわからんかった。

シン・ライダーは、興行的にはアレだったけど、本人的にはエヴァなんかよりずっと気合入ってて、

絶対こっちやってる時の方が楽しかったんだろうなって思ったわ。

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