はてなキーワード: Jrとは
特に治安が悪い地域ではなかったが自分が2年生になったあたりで急にヤバくなった
トイレの前には授業中も関係なくヤンキーがたむろしており、トイレは常にタバコ臭かった
一番ひどかった時期で数ヶ月病院に行かなくていい程度のプロレス技をほぼ毎日受けてアザや打ち身が常にできていた
あとは上納金という謎のカツアゲとか比較的に弱いヤンキーによる万引き戦利品を半強制的に買わされるバーゲンセール
警報機が一日何度も鳴りその度に先生の指示に従って全校生徒は校庭へ避難し安全が確認できたとまた教室に戻る
隣の中学と抗争になっていたらしく双方でご訪問をしあっていたようで
ああ、金八先生で世情がかかるあのシーンみたいだなと
なんか感動してしまった
教師はうろたえていたが特になにもなくまた教室に戻って授業を再開した
君たちの世代は生徒の人数が多いから数年前に資格さえ持ってれば良いと大量採用たんだ
と教師は自嘲気味に話していた
某地方政令指定都市の中小企業で3年間正社員で働いてたけど、基本給は16万だった(従業員数は150人くらい)
それに、1万の家賃補助と交通費と残業代(平均20時間いかないくらい)が出て、総支給額は20万行くか行かないか
職場は地方政令指定都市の中心部だったので、自家用車通勤は禁止
今年から同業他社に転職して都内勤務してるけど、残業時間も殆ど今と変わらなくて、通勤時間も15分ほど増えただけで、乗り継ぎの回数も変わってない
交通の便が良いので車は要らない
心も楽になった
今なら、前よりも貰えてるし頑張ろうと仕事に対する向上心も上がった
同じ仕事なのに基本給は更に下がり、14万以下
多分残業代はろくに出なそう
民営化された地元の交通を担ってる唯一のバス会社の基本給ですら大卒で17万
地方で、まとも雇われててに稼げるのなんて、医者か公務員くらいしかないじゃん
JR降車しない(最寄り駅が違うこともあるが)は大前提で、電気街口北はとにかく行かないかすぐ通り過ぎると強い覚悟をもつ
これは誤りで、JRバスはかつての国鉄バスの時代から鉄道線に対する先行・代行・培養・短絡・補完のどれかを目的に開設されていた。(なので全国に脈絡なく分散している)
滋賀県のJR草津駅には、通路にサンタさんの長靴のお菓子詰め合わせが飾ってあって。
クリスマスブーツって言うらしい。
https://m-tokuhain.arukikata.co.jp/shiga/2017/12/post_22.html
東京メトロでは、ほとんどの範囲において、実際に乗車した経路に関わらず最短経路での運賃を収集している。例えば東京から大手町に行く時、最短経路は丸ノ内線で1駅だが、丸ノ内線を逆行して銀座で銀座線に乗り換え、更に日本橋で東西線に乗り換えるという遠回りな経路をたどっても、最短経路である1駅分の運賃しかかからない。これについては東京メトロの公式サイトでも明記されており、
原則として、実際にご乗車いただいた経路に応じた運賃をいただいておりますが、下記の範囲内につきましては実際の乗車経路によらず、最短経路で計算した運賃でご利用いただけます。
ただし、改札外乗換えをご利用の際、乗車駅から乗換駅までの運賃が、最短経路の運賃を上回る場合は、乗り換え時に乗換駅までの運賃が必要になります。
https://ssl.tokyometro.jp/support/faq_answer?lang=ja&faqno=OpenFAQ-000395
となっている。まあ、2文目の通り、改札外乗換を伴うルートをとると、必ずしも1駅分の運賃で乗れるとは限らないが。
そして楽しいのが改札外乗換という運用の存在である。同じ駅で別の路線に乗り換える時、一旦改札を出て連絡通路等を歩き、乗り換え先の改札に入りなおさないといけない状態になっている駅のことをいう。改札外乗換は往々にして歩く距離が長く、一般的に面倒くさいということで嫌われていると思う。しかし僕にとってこういう駅は楽しい。なぜなら、一旦改札を出てから次の改札に入るまでに60分の猶予時間が設けられており、乗り換えついでに外を歩き回れるからである。例えば東京から新宿に行く時、丸ノ内線に乗って池袋で一旦改札を出てジュンク堂に寄るなどし、60分以内に副都心線の改札に入場して新宿三丁目に向かえば、1回分の運賃で東京と新宿だけではなく池袋も訪問することができる。複数の駅をいちいち原義で出場していくとその度に170円、170円…と運賃を払っていくことになるが、改札外乗換のルールを使えば比較的安価で済む。
2020年12月時点で、改札外乗換を行なっている駅は以下の14か所である。
上野、上野広小路・仲御徒町、三越前、渋谷、淡路町・新御茶ノ水、新宿三丁目、日比谷・有楽町、虎ノ門・虎ノ門ヒルズ、大手町、飯田橋、人形町・水天宮前、築地・新富町、銀座・銀座一丁目
さて、この2つのルールを利用して、交通費を300円以内に収めて東京中を歩き回り、改札外乗換を行なっている14駅すべてを巡ることを考える。プランとして、何らかのイベントのために東京ドーム付近に宿泊した観光客が、1日使って東京を楽しむルートを作ってみた。ナンバーは乗り換え駅の数ではなく、訪れる観光地の数である。
①御茶ノ水
最後、東京ドーム最寄りのメトロ駅である後楽園に戻ってくるべく、出発地は1駅隣の本郷三丁目とする。丸ノ内線で本郷三丁目から淡路町に向かい、改札を出る。ここは御茶ノ水エリアで、最近新しくなったJR御茶ノ水駅の駅舎や湯島聖堂、神田明神を訪問することができる。
②上野
千代田線の新御茶ノ水に入場し、北千住で日比谷線に乗り換え、上野に行く。外にいられる時間は60分なので、上野動物園や各美術館・博物館に入るのは難しい。それでも上野公園を散策し、アメ横商店街を散策すると楽しい。
③水天宮
銀座線の上野に入場し、上野広小路で出場し、日比谷線の仲御徒町から入場して人形町へ向かう。水天宮を訪問することができる。
④日本橋
半蔵門線の水天宮前に入場し、三越前で改札を出る。このあたりはおしゃれなショップが多い。個人的には、コレド室町にある誠品生活という書店兼雑貨店をおすすめする。台湾発祥の大きな書店は飽きることがない。日本橋に国道一号線の起点もある。
⑤築地
銀座線の三越前に入場し、日本橋で東西線に乗り換え、茅場町で日比谷線に乗り換え、築地で降りる。市場が豊洲に移転して、5,6年前の活気は無いが、まだいくらかの商店はある。たこ焼き屋である銀だこの本店もここにある。
⑥銀座
有楽町線の新富町から入り、銀座一丁目に向かう。銀座レンガ通りなど、言わずと知れた高級店舗が揃う。ショッピング向き。
⑦渋谷
丸ノ内線の銀座に入場し、霞が関で日比谷線に乗り換え、虎ノ門ヒルズで出場する。虎ノ門ヒルズは2020年6月6日開業の新しい駅。出場したはいいもののまだ開発途中で見どころは少ない。銀座線の虎ノ門に入場し、渋谷で出場する。渋谷はショッピングモールがたくさんある。ここ10年ほどリニューアル工事が行われていて、もうだいぶ綺麗になった。宮下公園もショッピングモールと化した。東京を感じるには十分な場所だろう。
⑧新宿
副都心線の渋谷に入場し、新宿三丁目で出る。渋谷を見てきたばかりだが今度は新宿である。ここにもルミネや高島屋などショッピングモールが林立している。時間があれば都庁の展望台から景色を眺めるのも良い。
⑨有楽町
丸ノ内線の新宿から入場し、赤坂見附・永田町で有楽町線に乗り換え、有楽町へ。新幹線ガード下の商店街がレトロ。また、東京ミッドタウン日比谷では6階のパークビューガーデンから景色を眺めることができる。無料。
⑩飯田橋
千代田線の日比谷に入場し、大手町で降りる。ここはオフィス街だし街歩きしてもまあ…という感じなので僕ならスルーする。東西線に入場し直し、飯田橋で降りる。飯田橋はJR駅のリニューアル工事が絶賛進行中。綺麗になった駅舎を見ることができる。工事が終わったらまたいろいろな店舗が入っておもしろくなりそう。
⑪池袋
有楽町線の飯田橋に入場し、池袋で出場する。駅の近くにジュンク堂、ゲームセンター、BOOKOFF、ユニクロ、東急ハンズ、サンシャインなど揃っていて賑わっている。乗り換え時間が60分しかないので水族館には入れないと思うけれど。
⑫そして、帰還。
この行程で東京メトロ改札外乗換駅を制覇できているはず。交通費をぐっとおさえて東京中を巡ることができる。結構歩き続けることになるのである程度の体力は必要だけど、おすすめ。もちろん一部分だけこのテクニックを使うことも可能。観光客とオタクにとって楽しい1日になると思う。
id:HanPanna んなもん駅によるだろ。JR蕨駅とか改札前でぶつからせるために設計されたのか?みたいな駅とかもあるし
大阪メトロで上司のパワハラを受けた社員が本社で自殺という痛ましい事件が起きてしまった
一部そうでない事業者もあるのかもしれないが、自分が知る限りではJRを筆頭に鉄道会社は旧態依然としたブラック体質、体育会系の流れを汲んでいる会社が非常に多い
何もしらない学生が「鉄道事業だけじゃなくて都市開発とか色々手掛けていて楽しそう」などという間違ったイメージで入社してしまわないよう私が知る範囲の情報をここに記しておきたい
しかも恐ろしいことに個室ではなく2人1部屋の相部屋である 昭和ではなく令和のこの世の中で相部屋生活とかあたおかとしか言いようがない
ご丁寧に定期的に部屋割りをシャッフルしてくれる 素晴らしい嫌がらせである
「仕事は仕事 オフはオフ」という考えとは真逆 「日常生活も仕事のうち 24時間仕事」という稲盛イズムが多くの日本企業に根付いているのは悲しい事実である
最初の1年間の配属先は「駅の売店の店員」だったり「Tストアの店員」だったりとまともな仕事はさせてもらえない
どこに行こうがその先のプロパー社員には疎まれるので「お前本社の正社員なんだろ、使えねえなあ」といじめたおされる
本社人事の人たちはそういうのを含めて「新入社員育成」だと考えているのだろう
1年たつと本社に戻されてさらにひどい目にあうので辞めるなら早い方が良いのかも
傘下の鉄道会社はじめホテル、不動産、はてはプロ野球チームにまで異動させられる可能性があってバラエティ豊か
「さまざまな都市開発を手掛けてみたい!」という高い志を持って入社してくるわけだが、ホテルに配属され忘年会などの予約とってくる法人営業をさせられると心が折れる
かといって鉄道に行くとこれはこれで大変 入間の航空自衛隊の航空祭などのイベントのたびに大混雑をさばくための案内要員として土日も駆り出される始末である
夏暑く冬クッソ寒いSドームでの野球観戦は義務なので、まあ野球好きなら有り…なのか 但し毎年のように主力がFAで流出することに耐えられるだけの忍耐力が必要
当方20代後半、大阪府下(京都寄りの北河内)に生まれ、浪人を経て23歳で京都の某私大の文系学部を卒業し、海運会社に総合職として就職。配属は営業職。大阪で3年間勤めた後、地方転勤を言い渡された。
転勤先は九州のど田舎。海運会社なので港がある町だが、それはもう大変な田舎。人口は3万人をやっと超えた程度で、市内にJRの駅はかろうじて1駅あるも、1日数本程度しか運行しておらず、引越して1年経つまで踏切の音を聞くことはなく、列車の車体を見たのは1年3ヶ月経ってからのことであった。ちなみに新幹線の駅までは100kmほど、車で下道走った場合2時間ちょっとかかる。そんな町で、営業職とは名ばかりの何でも屋をやっている。
転勤が決まった頃は「うわあとんでもない田舎に住むことになってしまった……1年で転職して関西帰ろ……」と思っていた。友人に転勤を報告したLINEでそう発言している記録が確かに残っているし、本気でそう思っていた。しかし、転勤から1年半が過ぎたところだが、私はまだこの町に住んで、同じ会社で働いている。
少し時を遡って、転勤前の大阪勤務時代の話をしたい。2019年1月頃の私は、同じ部署にいた10歳年上の上司から地味な嫌がらせを受け続けて1年以上過ごしており、どこでもいいから異動したくて仕方がなかった。そんな折、人事部長との面談の機会があり、諸事情を話した上で異動したい旨を伝えた。弊社は個人の希望が人事異動に反映されることはごく稀なのだが、若手は2〜3年で部署異動し、様々な経験を積む方針が明らかにあったため、ここで話しておけば早ければ春に動きがあるだろうと見込んでいた。
そして目論見通り、3月半ばに異動を言い渡されたのだが、前述の通り、転勤先はど田舎であった。
内示から着任までの期間は2週間、短いリミットの中でまず足を運んだのは中古車ショップ。そう、家を決めるよりも先に車を買ったのだ。これから暮らす町は車がないと生活ができないレベルの田舎だった。鉄道については前述の通り、路線バスは走っているものの、職場から最寄りのバス停まで3kmほど離れている。徒歩or自転車で通うにしても街灯が少ないため、一応女性の当方としては少しばかりの恐怖心があった。
ここで様々なチェーン店の最寄り店舗まで車でどれほどかかるかを説明したい。田舎度合いを計るにはこれが一番わかりやすいと思っている。
マクドナルド:30分
ユニクロ:30分
ドンキ:30分
イオンモール:50分
ざっとこんな感じである。自宅から車で10分圏内にコンビニ大手3店が揃っていて、謎に100均とドラッグストアも複数ある分暮らしやすいが、娯楽までの距離は遠い。ちなみに鳥貴族とサイゼリヤは県内にない。これが結構つらい。
話を戻そう。そう、こういう土地に住む上で家の次に必要な物が「車」だった。私は内示を受けた3日後、中古車ショップに向かった。その日は家族で白浜に行く予定にしていたため、運良く揃っていた両親のアドバイスを受けながら車を選ぶことができ、手頃な軽自動車を購入した。この時の前提と重視したポイントは以下の通り。
・カーナビ付き。
・5〜6年前までのモデル。
・2〜3年で恐らく関西に転勤になる。
一番最後の項目だが、地方の次は本社がある関西に戻す、という弊社の傾向を踏まえたものである。つまり、「車に乗って生活するのは恐らく2〜3年だが、生活のために車を買おう」という意志のもと、条件に合う車を購入した。奨学金200万を繰上げ返済したばかりの社会人3年目には80万が限度だったが、母に60万借金することでローンを組まずに済んだ。余談だが、明後日振り込まれるボーナスでこれも完済となる。
そして私は車を買った10日後、今住んでいる町に引っ越した。単身者が少ない土地柄のため、家賃5.3万円の2LDKに一人で住んでいる。実は人生初の一人暮らし、家族大好き実家大好き人間のためホームシックになるかと思いきや、旅行好きの性分が幸いし、休日は今まで行ったことがない観光地や景勝地を巡って楽しんだ。それなりにアウトドアを楽しむ才能があったし、なんとなく気づいてはいたが、どうやら女の割に車の運転が好きらしい。加えてオタクの当方、インドアの才能もあった。漫画を読んだりアニメを観たり、家から一歩も出ずに過ごすことも大好きで、つまるところ、適応能力が高かったのだ。
そして九州の田舎の人々はそれはもう優しくて温かくて、当時の上長はじめ職場の人々との相性が良かったのか、大阪勤務の頃よりも伸び伸びと働くことができていた。メンタル面の変化は肌の調子にはっきりと出ており、顔中にできていた吹き出物は姿を消した。職場に行くのが苦ではない生活は久しぶりだった。
ここまで楽しい田舎暮らしをつらつら書いてきたが、そう思えていたのにはもう一つ理由がある。職業柄、自身の財布を痛めることなく毎月、多ければ月2回、大阪の実家に帰ることができていたのだ。これはかなり大きい。田舎暮らしに苦しめられている東京育ちの某方には申し訳ないほどに。関西に住んでいる友人たちと、それなりの頻度で遊ぶことができていたし、趣味の観劇も大阪公演であれば気軽に足を運んでいた。仕事終わりに飲んだりカラオケに行ったり、平日夜にしがちだった遊び方ができない程度だった。
もちろん、田舎でも生きていけそうなくらいにはフットワークが軽い性分を理解していたから転勤をすんなり受け入れたし、この特権があるからこそ、地方転勤がほぼ確実であるにも関わらず弊社への入社を決めたし、なければ田舎暮らしは耐えられないだろうな、と思っていた。今年の2月までは。
コロナ禍により、2月末からしばらくの間帰省禁止となった。当初は1ヶ月程度で収まるだろうと思っていたが、日々状況は悪化し、長期化の様相を呈してきた。3月末の某日、とある舞台の大阪公演に行くため飛行機を押さえていたが、空港に向かう道中「もしあの田舎にコロナを持ち込んでしまうことになったら、特定されて村八分にされるかもしれない」という恐怖に襲われ、半泣きになりながら葛藤している最中、公演の中止が発表され自宅へUターンしたことがあった。飛行機が出発する1時間前のことであった。その後緊急事態宣言が発令され、ど田舎の支店にもテレワークが導入された。
GWも実家に帰らず、田舎で大人しく過ごした。大人しくと言っても、何度か人の少ない場所へドライブには行っていたし、感染者がほとんど出ていなかった県に住んでいるため、映画館の再開が都会よりも早く、再開初日に2作品をハシゴしたり、エンタメに飢えていたオタク心を都会の人より先に潤していた。漫画とアニメとドラマとドライブ、そして友達とのテレビ電話が私の日々を支えてくれていた。そんな生活の中で思ったことは「思っていたよりも一人で楽しく生きていけるんだな」ということだった。
いつのまにか実家に帰らず4ヶ月の時が流れ、6月上旬、久々の帰省を果たした。母の手料理を食べながら家族で談笑する時間が愛おしく、実家への愛着を再確認する日になったが、次に帰省したのは3ヶ月後のことだった。その3ヶ月間も変わらず、仕事をして、アニメを観て、漫画を読んで、ドラマを観て、映画を観て、ドライブに出かけて過ごしていた。家族に会えず、友達と遊べないことはストレスだったが、大阪に住んでいたところでコロナ禍では会うこともままならない日々を送っていただろうし、感染者が比較的少ない土地で過ごしている方が気楽だろうと思っていた。
ここまでつらつらと転勤の経緯や当方の生活ぶりを書いてきたが、田舎暮らしを送る上で思ったこと、これから転勤等で田舎暮らしを送るだろう人へのアドバイスをいくつか箇条書きで書いていきたい。
・電車やバスに乗って出かけられるところは言うほど田舎ではない。
・田舎暮らしを充実させたければ車を買うべし。田舎に馴染む気がないから買わないとか言ってないで買ってみたらいい。馴染めなかった田舎を少しは楽しめるようになる。
・田舎で暮らすには「田舎を楽しむ」姿勢が大事。「住めば都」なのではない。「住んでいる土地を都とする」のだ。
田舎暮らしを肯定するようなことを書いてきたように見えただろうが、正直なところ、最後の一文が一番の本音である。住んでいる土地を都とするのは個人の心持ち次第だと思ってはいるが、そう思う気力は一生続くものではないと感じている。
当方20代後半の女性であるが、転勤前から彼氏はおらず、いろんな意味で身軽に引っ越してきた。1年半以上を田舎で過ごしている間に同級生の数人は結婚していったし、中には親になっている人もいる。しかし、田舎に定住する気がない私のプライベートはというと、完全に停滞しているのだ。何もしていないからだという指摘は存分に受けよう。しかし、遠くないうちに関西に戻ることが9割方確定している女性と付き合う男性がどれほどいるだろう。魅力的な男性相手なら、結婚を機に田舎に定住したくなるかもしれないけど、私は関西に戻ってからプライベートを動かす努力をしようと決めている。
1年半程度を田舎で過ごしてみて、都会の田舎程度でもいいから、都会に住みたい、と改めて思ったからだ。車がなくても生活できるところに住みたい。適当に電車に乗れば梅田とか神戸とか京都に出ていけて、0時を回るか回らないかくらいの終電で家へ帰れるところに住みたいのだ。車の運転は好きだけど、自分の車を持ちたい!という欲は一切ないし、カーシェアやレンタカーでたまにハンドルを握る程度で満足できる。
田舎生活は楽しい!楽しいけど!それよりも!気軽に友達に会えて!実家に帰れて!エンタメに触れられる生活の方が欲しい!!!!
と言っても、祈る以外にできることはない。短ければあと3ヶ月ちょっと、長ければ1年以上今の環境に身を置くことになるが、これまでと変わらず田舎での暮らしを楽しむスタンスを崩すことなく、「早く関西帰ってきて!あそぼ!」と言ってくれる友人がたくさんいる幸せを噛み締めながら、1日も早い関西凱旋を夢見て過ごそうと思う。東京生まれ東京育ちの若者が住む場所を都と変えられることも祈っている。
朝が弱いのでとにかく職場の近くに住むぞ、と決めてアパートを借りた
駅まで徒歩50分、駅直通のバスは一日3本という立地に若干の不安を覚えたが、
最寄り駅から政令指定都市までJRで3駅だから田舎じゃないし、車あるから余裕だし、毎日ギリギリまで朝寝できるし十分お釣りが来るレベル、と思っていた
新しい土地、慣れない運転、さてどこへ出かけようか、なんて考える余力は無い
車で近場のコンビニに出かける気力すら無く、一日グッタリして過ごす
そんなことやってるうちに夕方になり、何とか近くのコンビニやスーパーへ車を走らせる
やっと趣味を楽しめる程度に元気になったと思ったら、もう風呂に入って寝る時間だ
学生なら平気で夜更かしするところだが、社会人は翌日の仕事のために寝なければならない
一人暮らしは初めてでは無かった
だが、今までのアパートは徒歩でコンビニやスーパーに行けたし、駅までどんなに遠くても徒歩20分程度だったので、全く状況が違った
選択肢は二つ、朝一の駅直通バスに乗って帰りはタクシーに乗るか、
最寄り駅近くのコインパーキングに車を置いて、帰りはタクシーに乗り、翌日以降に車を回収するかだ
一度終電になった時は、駅のタクシー乗り場で1時間立ちっぱなしだった
学生の頃より稼げるようになったのに、一人でフラッと飲みに行くことも出来ない
車→電車で出かけて、その場の雰囲気でちょっとだけ飲むなんてことも出来ない
コインパーキングに置いた車の中に自宅の鍵を忘れ、アパートの扉の前でマジ泣きしたこともある
息抜きするために使うエネルギーがデカすぎて、息抜きまでたどり着けないか、息抜きしたはずが逆に疲れたということばかりだった
そんな暮らしに必死でしがみついてたら、1年と経たずに鬱になりましたとさ。
まあ病んだのは仕事自体との相性もあったが、もう少し交通の便がいい環境に住んでたら病む前にもう少し何とかなったんじゃないかと思ってる
静岡県民と鉄オタにはよく知られた、東海道線静岡地区(熱海-豊橋)の、あからさまな冷遇っぷり。
そんな自分から見ても、ここのサービスはJR旅客会社全て見渡しても最悪の部類と思える酷さなのだ。
それこそ東北地区や中国地区、本州以外の三島の閑散線区でも、多分ここまでじゃない。
つまり露骨な新幹線誘導どころか、新幹線に乗らないやつは客と見なしてないくらいのやり口である。
ぶっちゃけ静岡なんて新幹線の通り道くらいにしか思ってない(それ以外の利益を全く見込んでいない)のがミエミエというか。
結果的に、静岡の利用者に売らんでもいいケンカを直球勝負で売りに行っているような感じで、その空気の読まなさは一種の殿様商売だろう。
まあ新幹線しかドル箱がないので、そこを生命線として可能な限りケアをするのは別にいい。
でも、一部の沿線民に「新幹線に乗らない貧乏人は知らん」みたく思わせるやり口である必要はないだろっていう。
ちなみに新幹線を長距離に渡って保有するJR東も西も、東北や中国の閑散線区は微妙ではあるが、露骨に地元民を軽視していると思わせないのが、東海とは明確に違うところ。
というかここまで静岡地区を雑に扱っている現状、いっそ島田か掛川辺りで分割して静鉄と遠鉄に譲渡するほうがまだマシじゃね?みたいに思えてしまう。
(ついでに言うなら大垣-米原間も養老鉄道か近江鉄道に譲渡したほうがいいくらい酷かったりするが)
JR貨物にとっても、未だにH級機関車を通させないJR東海なんかよりも融通利きそうだし。
で、そういうバックグラウンドがあって、リニア中央新幹線の南アルプストンネルの問題が出たと。
事実上の水利権を奪われかねないだけでも業腹だろうに、さんざんコケにしてきた末に…と感じてしまうやり口をかまされる静岡県民の心情は察するに余りある。
そもそも工事の前提となる大井川の水涸れリスクに対する、ガバガバな環境アセスからして、今までの静岡軽視路線の延長で慢心してたかナメてかかってたと、静岡県民じゃなくてもそう思うわ。
JR東海だって大井川の水返せ運動を知らないわけじゃないだろうし、しかも静岡地区に限っては、国鉄時代の丹那トンネルという前科があるわけで、むしろ最も重視しなきゃいけないところなのに。
ずっと片隅にある
あと「ぜんぶ、雪のせいだ」もすごいよね
ははは
今週2泊で京都に行く予定だった
ちょうどいい値段の予約埋まっててもgo toで多少安くなるし
1週間くらい前に、よし!この感じなら感染予防対策してればいける!と思い
何時の新幹線乗ろうかなぁ〜?とか考えてた
現地で南に転勤した友人と落ち合う約束だったから行きも帰りもホテルも一人分
そしたら、あれよあれよと
雲行きがあやしくなっていく………
出発の2日前くらいまでには、行くか行かないかちゃんと決めないとと思って今回は泣く泣く諦めることにした
正直、嫌だった
(和菓子のアンを読んだら京都で生菓子くいたすぎる。これは完全に小説の影響)
うきうきがどんどんしぼんでいった
事務職で営業が緊急事態宣言の時に取れなかったノルマを挽回している、いま
毎日残業でひーひーしていて大好きなライブもなくなって気軽に出かけられないし
繁華街に出ても周りの目が怖くて出かけたとは言えない
それでコロナウィルス罹患したら白状しなきゃいけないんだけどね(苦笑)
gotoも行けなかったひとのキャンセル料を国が負担するらしい
いまになってわかるよ
あーあー
我慢っていつまでつづくんだろうなぁ
泣きたい。
一着賞金3億円の同レースは日本競馬の年間最強馬決定戦である。
しかし今年のレースは日本競馬150年の歴史においてすら空前絶後の一大決戦とみなされるだろう。
なぜなら天地開闢以来はじめて「三頭の三冠馬」がひとところに集うからである。
三冠馬。
単純に強いというだけではない。
今年のジャパンカップにはその三冠馬が三頭も出走するのである。
小さな牧場で生まれて、1200万円という競走馬としては破格の安値で購入された。
強風吹き荒れる過酷な環境で鍛えられ、強烈な末脚で勝利を収めてきた、叩き上げの女傑である。
今年、史上8頭目の牡馬三冠、そして史上3頭目の無敗三冠を達成した。
父は同じく無敗三冠馬のディープインパクト。馬名の意味は「飛行機雲」。
「空を飛ぶ」と称された父の航跡を辿り、同じ偉業をなぞってみせた天才児である。
ルドルフも、オペラオーも、ディープも成し得なかった「芝GI・8勝」を達成した。
引退レースとなる今回にも勝利すれば、獲得賞金額でも歴代1位となり「史上最強馬」として語られることになる。
この戦いを何に喩えたらいいだろう。
満員の東京ドームで開催されるジャイアント馬場VSアントニオ猪木。
K-1のエース・武尊とRISEの神童・那須川天心、宿願の対決。
メッシ率いるアルゼンチン代表とC・ロナウド率いるポルトガル代表によるW杯決勝戦。
若きフロイド・メイウェザーJrと全盛期のマニー・パッキャオのタイトルマッチ。
七冠を達成した羽生善治と八冠を制覇するだろう藤井聡太による名人戦七番勝負。
あるいは……
多くのスポーツファンが夢見て、しかし叶わなかった戦いの数々。
我々はこの目でそれを見ることができる。
それとも三強以外の馬がここに割り込んでくるのか。
歴史的な熱戦となるか、世紀の凡戦となるか。
我々はただ目に焼き付けるだけだ。
そして、あなたの目にも焼き付けてほしい。
https://www.youtube.com/watch?v=u-WOUyVpF90
真夏の屋外オールナイト開催のフェスが今年は10周年!のはずがやはり一旦は延期になり、昼から夜まで×2days開催@屋内となったのが先日三連休の話。
色々考えたけど行きたかったので行ってきた。(2日目のヘルシンキ〜フジファ。)
密集、密接対策としては、ふつうスタンディング席であろうところの半分以上を椅子の席(ちどりに使用禁止の張り紙)にしてあり、スタンディング席もバーでこまめにエリア分け&ひとりぶんのエリアのグリッドが線引きされていて、近接は無いようにしてあった。後述するが観客側のマナーとしてもも大きい声を張る行為は一切なかった。
ケバブ等の軽食はあったけれど、飲食用のテーブルは無し。アルコール類も無し。通路や物販列も空いていて、端的に言って日々のJRの方がよっぽど密接密集している…。
ドアノブ等もダスキンがまめに拭いているらしい。換気の具合ばかりはわからないが、ちょっと涼しかったし酸欠感も無かったしで、きっと良いのだろう。
総じて、「これで駄目ならもうどうしようも無いだろう」「首都圏近場でのおでかけや外食、日々の勤務よりも安全だろう」という印象だった。
会場入りした時にやっていたのはヘルシンキラムダクラブのリハ。「しゃれこうべしゃれこうべ」、たぶんそういう他意はなくただヤンデレっぽい歌詞だと思っているけど、それでも「死なないで」「地獄でワルツを踊りましょう」に乗せて客席がビジョンに抜かれ、2mピッチで棒立ちな観客や一面の背もたれの「使用禁止」のチェック模様を突きつけられると、失われたものを突きつけられるようだった(このご時世にそもそもフェスなんてまるごと失われるべき、という意見もあるだろうけど。)
いざ本番が始まると、色んなことを忘れさせてくれるような素晴らしいステージだった。
ドミコ、リーガルリリー、オーサムシティークラブのあたりがそうだろうか、バンドの世界観がしっかりしていて、それを垣間見て味わうようなタイプだと、純粋に生音やステージに熱中させてくれるようだった。
ただ、フロンティアバックヤードが「こっちから見ると異様な景色で、おじちゃんびびってるよ」みたいなことを言っていたが、ステージから客席を見た光景こそが異様なのだろう。しかし、客席からステージを見る限り、無心に熱中できる瞬間もあった。
モノノアワレはMCで飄々と状況を受け入れていおり、らしく、面白かった。
「今回、私達は発声できる形で、皆様は発声できない形でやらせていただいており、人間は声に出さずとも心で話すことができ、それが悩むと言うことですが、人間は生物で唯一悩むことができるといわれており、それは置いておきまして、…」からの早口言葉ソング。
モノノアワレは完成度高かったな…ただ曲間の沈黙の瞬間に何度も隣のリハのドラムスがなっちゃってたのだけが邪魔だったけど、最後のそういう(曲間で一瞬シンとなってとなりのリハの音がにわかにとても響く)タイミングでボーカルがもっとおっきい声で「せーのっ!」て叫んで最後の曲に入ったの格好良かった。
四星球は音源ではなくライブこそが本番のお祭り屋、盛り上げ屋なので、どうするんだろうと思っていた。いざステージが客席から堪えきれないしのび笑いを誘い、内心を盛り上げ、(腿上げは息が上がるのでグレーだと個人的には思うけど…まあ短時間か)盛り上がりを表明できずもどかしい観客に「みんなが心で一緒に歌っているのが、心でわかります」「フェスなんか来て罪悪感はんぱないでしょ?」「でもその罪悪感が皆を守ってるんです」「皆が守っているのはガイドラインなんていう堅苦しいものじゃない、エンタメ業界です」の語りはアツかった。
冷笑したくなる陳腐な熱いセリフを、本気のように聞かせる、本物のアツい思いに感じさせる四星球は、これを言うのは恥ずかしいしなんだか負けたような気がするけど、やっぱりすごい。四星球が言う「10周年おめでとうございます」はなんだか重く聞こえる。
で、ヒリついたタイマンバトルのような、いっそ客席を無視してるようなマジで痺れるドミコを挟んで(なんだこの順番は。)ポリシクスも盛り上げ屋だけど、対称的だった。
「みんな〜盛り上がってるか〜い!」みたいな問いかけに返ってくるのは、どこまでも、拍手。いつもだったら客席からマイクとアンプに負けないくらいの歓声が上がるのに。
声が裏返ったボーカルの絶叫コール、アンド、キャパシティ50%未満の歓声も口笛もない拍手のレスポンス、は何度か繰り返された。
ステージの上は「新しい生活様式」を噛み締めているようにも打ちのめされているようにも見えたけれど、本心はわからない。
正直言って四星球がいなかったら我慢ならなくなって叫び返してたやつが出たと思う。隙のない三密回避(&ノンアルコール)の運営と四星球の演説があって、やっと、何度呼びかけられても拍手だけが返せたのだと思っている。
途中からステージに「観客のレスポンス」のSEのボタンが登場して観客はジェスチャーでタイミングよくボタンを押そうぜ、となった。「このボタン、いいね、いつでもアリーナ級のレスポンス返ってくるんじゃん」と笑いを誘ったけど、こっちはちょっと泣きそうだった。
フジファの途中で帰ってしまったけれど彼らも「マイペースに世界観を見せつける」というよりは真摯に受け止めて寄り添って悩んでみせるタイプ。初代ボーカルが急逝しているのでどうしても古参ファン的にはシリアスな色が強い。(11年前なので知らない・実感のないファンも多いだろうけど…今回ポリシクスとストレイテナーの間では年齢層高そうだ。)
初参加、夏にやりたかったなあ、という話からの夏のノスタルジーどまんなかソング「若者のすべて」はしんみりした。盆踊りのような振り付けの曲があり、これが良かった。いちばん動けたし、夏だったし。しっかり楽しめたし、揺さぶられて、良いステージだった。
全体として、三密回避で無発声だとどうしてもお祭り騒ぎはそりゃあできなく、内心ムチャクチャ盛り上がってるのに地蔵化させられているように思う瞬間もあって、仕方がないけどももどかしかった。いまヤバくなってるこの思いをステージに返したいのに…みたいな。
熱狂できない、集団催眠みたいにヤバくなることはない。仕方がないけれど…
良い点として、立ち位置や座る位置を工夫すれば、過去最高にステージが良く見えたのと、私も年なので座って見れたのはラクだった。大きめのカバンのままでも邪魔にならないのも楽ちんだった。
光る棒とか公式アイテムであったらまた少し発散できたかな? マックスのぶち上げ盛り上がりは盆踊りのような動きになるので、お祭り屋タイプのバンドにはそのつもりでステージ組み立てて貰えたら新しい楽しさがあるかも知れない。
最後になるけれどもあらためて、日頃の暮らしよりもよっぽど三密回避なフェスを開催してくれて感謝。叫んだりたむろったりも無かった観客に感謝。ライブってやっぱ良いね。
- 津山-京都 すべて (津山発0650, 0740, 1200, 1710) 廃止 (路線休止)
- 社-大阪 (社発1142, 1342, 1912)が廃止
- 津山-USJ 便 すべて大阪駅までに短縮 (津山発0600特急, 0630急行, 0730急行(平日)/特急(土日祝))
-- 大阪行き最終便が1930 → 1830 に前倒し
- 西脇発1227 急行 大阪行き → 発1157に変更 30分前倒し
- 津山発1700 特急 大阪行き → 発1730に変更 30分後倒し
- 西脇発1827 急行 大阪行き → 発1857に変更 30分後倒し
- 西脇発2027 急行 大阪行き → 発2057に変更 30分後倒し
- 京都-津山 すべて (京都発0920, 1520, 1640, 1920) 廃止 (路線休止)
- 大阪-社 (大阪発0830, 1100, 1600) 廃止
-- 津山行き最終便が 2100 → 2000 に前倒し
- 大阪発1730 急行 アスティア加西行き → 社行き に変更
- 大阪発1030 急行 津山行き → 発1100に変更 30分後倒し