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はてなキーワード: アラサーとは

2016-07-03

アラサーアラフォーとかの年齢の区切りを表す言葉

これをメディアで使われる対象は女ばかりで男はほとんどスルー

この言葉の使い方が未婚の人には早く結婚しろと言われてるようなのが多くて不快だし

ファッションやその他趣味までも制限させようとしたり生きづらくなる言葉

2016-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20160630035952

アラサー以上の非モテなら最初から結婚相談所行った方がいい。断言できる。

結婚相談所って昔の見合いみたいなもので、非モテを救済するための措置だし。

2016-06-29

親の喧嘩が怖いアラサー

小さい頃から喧嘩ばかりしている親だった。

大学に進学し、ようやく解放されると晴れやかな気持ち地元を離れたのも束の間、喧嘩の度に両親から着信が入る。

電話があるのは決まって夫婦喧嘩ときだ。電話に出られない時には「もう死にたいガチャン!」という音がいつも留守電に残されており、何があったかの察しがつく。

私は仕送りを貰っていた。養ってもらっている身であるのだから愚痴を聞くのは当然だと思い最初電話に出ていた。しかし両親双方の愚痴・言い分を聞いてなだめ、折衝役をこなすことにトータルで毎回十時間以上の時間的拘束を受けていることを度重なる喧嘩の中で把握し始めた。また真逆価値観を持つ両親の気持ちを、それぞれに理解する体を取り機嫌を損ねないよう振る舞うことに精神的にも疲れ果て、私は色々と理由を付けては徐々に電話に出なくなっていった。

父、母双方から鬼のよう着信履歴愚痴を聞かないことに対する親不孝者のレッテル。出ないことへの罪悪感。死にたい連呼する留守電。何をするのが人として正しいことなのかが分からない。

大学卒業地元から遠く離れた土地就職をして、27歳になる。問題なのは、私がこの年になっても未だに親の電話に怯えていることだ。

何度も繰り返しあったことなのに、ずっと慣れない。着信が入ると心臓が止まりそうになるし、胃が痛む。いい歳して情けない。私も大概おかしいのだろう。

まーた始まったよ(笑)と思えるようになる日が来るのだろうか。

2016-06-28

しくじり先生MAXが、仲間内陰湿いじめしてたって叩かれてたけど

しくじり先生」みてたら、90年代アイドルグループMAXが出てたんだけどさ、そんで過去メンバーが不仲になったってのやってたの。

そんでメンバーの不仲の原因てのが、「お付き合いとか、結婚とかの話はメンバー間みんなオープンにしようね」と言ってたのに、

メンバーの一人Minaってのが妊娠したことをメンバーに言わないで、事務所通してその話をメンバーが知ったことが発端なんだって

メンバー3人は「友情より仕事より自分1人の幸せを優先した」、「親友だと思っていたのに最初に言ってくれなかった」ってんで、そのミナってのをハブにし出したらしい。

案の定ツイッタじゃ「MAXがやってんの女友達内の陰湿いじめじゃん」みたく叩かれてて

http://matome.naver.jp/odai/2146703085172287801

で、これみててなんか既視感あるなーと思ったら、昨日みた増田

今日腐女子の友人たちに結婚することを伝えたら http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160626224953

(元記事きえてる)と同じじゃん、と思った。

先がけて勝手結婚妊娠すると、仲間グループからまれるっての。

番組で「アラサー未婚女性が知り合いの結婚を「おめでとう」と祝福できない割合は 65%」らしいけど、

https://twitter.com/yt_0601/status/747396330297843713

この陰湿いじめ関係が生まれるのは、女コミュニティ宿命なのかね?

コミュニティではそういうのって起こりにくいのかな? 

まあだから、ここから導きだされる答えは「女同士って怖いわー」という結論でいいのか、と思って書いた。

「女コミュニティ陰湿さ」ってこんなにも普遍的なのかどうか、あとこれについて思うこと教えてくりさい

2016-06-27

タラレバ』に心を抉られる女は勝ち組じゃんか

アラサー独身女性ハートを抉るらしい『東京タラレバ娘』読んだけど

なんだこれユートピアじゃねえか。

男にふられたとか、仕事うまくいかないとか、人生詰んだ…って時に

迷うことなく連絡できる女友達ふたりもいるのかよ。

道ならぬ恋に悩んだりするのもうらやましいよ。

それをまたお互い報告しあって、心配しあって

常に、どんな時も自分のほうを向いてくれるそんな友達ふたりもいるのかよ。

いったい何が危機なんだ。

自分を高く見積もってて、その価値が下落してることか。

プライド捨てれば解決じゃないのか。

いやプライドを捨てるのは生半可にできることじゃないけど、

でも、結婚してようとしてまいと、誰もがいつかは捨てざるを得ない。

それより危機なのは友達がつくれない女だよ。私だよ。

既婚だって孤独に喘ぐ時期はかならずやってくる。

育児中の孤独とか母子ともに地獄っていうじゃん。

気の置けない女友達がいて、女コミュティになじめる人は

きっと未婚でも既婚でも離婚でもだいじょうぶだよ。

女友達がひとりもいない私は、

たぶん、妊娠出産育児孤独発狂すんだろうなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20160626224953#tb

すごくよくわかる

人付き合いが苦手で幼稚な人が多い同調圧力系鍵垢腐女子あるある

もちろん腐が全員そうな訳じゃなくて腐であり喪でもある人ってこんな感じ

自分10年近く付き合いのあった腐友達彼氏出来た報告した時に同じような態度取った人達がいた

オタ話してる時は普通にしかったけど

アラサーになっても皮肉や斜に構えた発言が多かったりして正直疲れてたからCOした

あと何故かエグザイル系やAKB系の悪口が多かったw

結局あの人達にとってオタ会話botしかなかったのかもしれない

2016-06-22

恋愛経験→たくさん付き合える人と付き合ったことある経験

20代男性の53%が「交際経験無し」

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1606/21/news136.html

  

この記事読んで思ったんだけど。

恋愛経験1人、2人とある」って人達って、「6人以上と付き合ったことある人」がカナリの割合相手なんじゃなかろうか。

まり

Aという男に対して、α、β、γ、σ、δ、φみたいな6人以上の女性が交互に付き合ってるみたいな。

  

ようするに、二極化

男の中で10%くらいしかいない「6人以上と付き合ったことある人」っていうのが処女を食いまくってる。

  

逆に女の立場で見ると。

たくさん付き合ったことある女性は、最後はいままで彼女いたことない男と恋愛はしないけど結婚はしてやる。

みたいな感じがスタンダードなのかと。

  

そう、「スタンダード」なんだよね。

  

なんていうか、たった数十年で日本人品種改良が進んでしまって、「そういう人種」になっちゃったんだね日本人は。

俺は淘汰される側の恋愛経験無い20代なんだけど、ってかアラサーなんだけど。

人間場合は淘汰された種族でも80年くらい生きてしまうのがあるんだよなあ。

  

対して、女性なのに一人も付き合ったこと無いという人種が25%いる。

これは、女なのに25%も淘汰されてる奴がいるってことなんだろうか。

この淘汰される女ってのもでも、フジョシなりキラキラ女子として楽しんでいるんだろうね。

あるいは、セフレ枠とかそういう奴なんだろうか。

  

恋愛っていう品種改良でこれだけ変わるってなると、次世代はどうなるんだろうか。

幸い、あと2回くらいの世代交代は見れそうなくらい寿命があるので、楽しみ。

イケメン美女ハーフばかりが街にあふれるんだろうか?

私が今まで受けてきたものライト虐待だったのだろうか。

アラサー世代女性で、小さい頃から父親から叱られる=父親から叩かれたり、頬をつねられたり、つまりは痛い目にあうことがデフォルトだった、という方はどれくらいいるのだろう。

叱られるのにはきちんと理由があって、自分でも「ああ、これが悪くて叱られているのだな」と思えるのだけれど、とにかく痛いし怖い。そして「お前はこういうことして叩かれているのだ、わかるなバカ者!」というような言葉サービスで付いてくる。すぐに思い出せる幼少期の記憶だと、リビングに貼られた九九表の前に私が立ち、泣きながら8の段を言っていて、間違えるたびに大声で「違う!!!!」と怒鳴られ、叩かれる情景が浮かぶ。思い出していて気付いたけれど、昔の父親記憶で怒られたこと以外の記憶ほとんどない。お風呂冗談で突き落とされて泣いたことを急に思い出したけどそれは今回あまり関係ないのでこれ以上思い出すのはやめようと思う。

私が叱られる原因の8割から9割は勉強のことだった。父親勉強至上主義で、「この世の中で勉強が1番楽しい」が信条だった。そしてそれを娘の私に身をもって体験させてくれた。お陰で私は幼少から東京に住み、一人っ子長女としてすくすく育ち、訳も分からないまま中学受験の為の塾に通い、やっとのことで第2志望の私立合格(補欠)、進学校を謳っている学校大学受験に向けてまた勉強、やっとのことで大学合格(滑り止め)した。

特に父親語学に厳しく、中学に進学してから私に徹底して英語を教え込んだ。

その頃は彼が単身赴任だったため、私としても気が楽だったが、中1最初英語の小テストが悪かった私に電話越しで大激怒。以来ほぼ週末ごとに帰ってきては何時間も何時間も私「と」勉強、私も夏休み連休の時には彼の元へ赴き、何もない暖かな田舎街でいつ飛んでくるか分からない鉄拳リモコンに怯えながら英語勉強をしていた。

叱られて叩かれるのが嫌なら自分勉強をして成績をあげれば何も言われないのでは、と思う方がたくさんいると思う。私もきっと昔はそう思っていた。自分なりに勉強したつもりで彼に備えていた。でも、私の一生懸命と彼の一生懸命が違えばまたそれで叱られることになるのだ。父親の彼が正しいと思う「ものさし」は鉄のように硬くて、私のような非力な子どもには曲げることができなかった。

そうなると、どうせ何やっても叱られるんだから何もしないでその場限りで痛い目にあってしのごう、という考えにシフトしていく。そうすると、どんどん「叱られている」という感覚が鈍くなっていく。「またいつものやつだから耐えよう」というある種のルーティンだった。反抗するなんて考えたことも無かった。それは「おとなしくしていればいつか終わるし、反抗なんかしたら絶対殺される」と思っていたからだ。寝ている間に殺されたらどうしようと眠れない夜を過ごした時もあった。反抗はしなかったけれど、殺られる前に殺ろう、とは思った。けれど、犯行がばれて自分人生を棒に振るのがもったいなくて実行はできなかった。母に迷惑もかかる。

そういえば母は私をこっそり助けてくれたけど叩かれている私をかばうことはしなかった。母も父親には逆らうことができなかったからだ。私も母が痛い思いをするのは嫌だったので何で助けてくれないんだろうという気持ちよりは母にとばっちりがいくことの方が心配だった。

いろいろ思い出しながら書いていたので長くなってしまったけれど、結局私はやっと終わると思っていた父親との勉強暴力コンビが終わらなかったことに耐えかねて(大学の授業には必修で語学がある為)、初めて反抗期を迎え、やる気を失い、いろいろあって今現在アラサーニートである

ここまで娘がおかしくなってしまったので(父親プランでは娘の私は大学を4年で卒業し、そこそこ名前の知られた企業就職して、今頃は結婚して子どもがいる予定だった為)最近では暴力を振るったことに対する謝罪も聞くことができるようになったが、あくまでも彼の暴力教育の一環、延長であり、虐待とは違う、という思いであるらしい。あと、教育以外のことにはほとんど口出ししてこなかったではないか、とも。確かに交友関係などには口出しされた覚えはないけれど、でもマンガ捨てろとか、スカートが短すぎるとか、化粧濃いとか髪の毛染めるなとか、言われてたぞ。勉強関係ないことをやりすぎとか、思い出してみると結構言われている。

周りに私のような体験をした人がいないので、とても気になって今回色々と書いてみた。こうやって育てられたけれどもきちんと優秀な成績を修めて大学卒業して就職して今幸せ、という人にはどうやって親を克服したのかぜひ教えて欲しい。

それから条件付きとは言え子どもに手を上げてしまうような教育をしている方は即刻やめてほしい。状況とか回数とかそういう問題ではないから。少なくとも私にはそうだった。頭を殴られた痛みはしばらく続くし、またそういうことをされると思うと萎縮してしまう。放たれた暴言はわんわんと脳みそに響きわたり、ふとした瞬間に思い出されて苦しい。多分教育効果もない。上にも書いたけれど、自分行為反省するきっかけにはならなくて、暴力暴言に耐える修行みたいになってくる。

あとお子さんが私のように大人になってから爆発すると、親子関係がとてもギスギスする。お互いの距離感が掴めなくなるからだ。距離は縮まることはほぼないと思う。

タイトルには、虐待だったのだろうか?というタイトルをつけたけれど、これが虐待だろうがそうでなかろうが、今となってはどうでもいい。痛みに耐えるだけの思春期はもう遥か昔のことになってしまって、取り戻せない。ただ自分が考えているより今までがしんどかったので今回文章にまとめてみた。お前よりもっとしんどくて苦しい人はいると言われたって私の辛さは私だけのものだと思っている。長くなってすみません

2016-06-20

トイアンナのぐだぐだ が適当

まずアラサー女に何か恨みでもあんのかwww

そしてストーカー記事大丈夫かという内容だぞ。

女全体と弱者男性に対する恨みを感じる。

社会から隔絶されてるベテラン少女漫画家

24年組とかそういう少女漫画の枠を超えた~みたいなひとじゃなくて、

90~00年代とかにマーガレット別フレりぼんとかで活躍してたような少女漫画家最近アラサーとかターゲットにした漫画描いてるけど、

マジ?何十年前のバリキャリイメージ恋愛観?結婚観?みたいな内容が多くてびっくりする。

青年誌出張するような漫画家だとまた違ったりするし、全体がそうってわけじゃないと思うんだけど、

私の見る範囲では漫画家しかやってないと社会一般的な考えとか流れとかそういうのから置いてかれるんだなーって思うことが多い。

実際のアラサー女が

漫画ほど普通に焦っても無い、結婚勝手にする

二次元三次元乖離を感じる

自然恋人が居て、既に結婚しているアラサー女が多い

一体どこのアラサー女があんな状況なんだ

東京か?

2016-06-12

オタク向け婚活パーティもったいない男性ポイント5つ

オタク向け婚活パーティというものにこの1年で10回くらい通って、カップル成立4回、その後継続して会う人も絞れてきたので参加終了にしたアラサー女です。世話になったぜありがとうア○○ラ。

区切りがついたので、婚活パーティのあとの女子飲み(カップル成立しなかった子達で飲んで帰った)(何回かあったけど実のところこれが一番楽しかった)で話題になった「こうすればもっとモテそうなのにもったいなかった男性ポイント」を挙げてみたいと思います

 

個人的感想ですが、人見知りの引きこもり自分鼓舞してパーティに参加するのめちゃめちゃハードル高かったです。

料金や会話のシステム女性は座りっぱなしで男性席替えする)的に比較優遇されてる雰囲気女性側でもびびりまくるので、男性側はもっと気が重いんじゃないだろうか。

がんばって戦っている男性の参考になればうれしいです。

 

  1. 好きな作品の欄がもったいない
  2. 記入例をそのまま書いてくるのがもったいない
  3. つっこまれたらすぐボロが出ることを書くのがもったいない
  4. 自己アピールが気が早すぎ&重すぎでもったいない
  5. そもそもそれほどオタクじゃないのに来ててもったいない時間が)
  6. おまけ1. 相手好感度を下げない小技
  7. おまけ2. 相手好感度を上げる小技
  8. 最後パーティ婚活メリットデメリット

 

ちなみにパーティによって差はありますが、大まかな流れは

会話1周目(5分)

 ↓(休憩)

会話2周目(5分) or フリータイム

 ↓(休憩)

カップル成立 or 解散

って感じです。

1. 好きな作品の欄がもったいない

最初相手に見せるプロフィールシートというものがあります

いろいろありますが、会話のきっかけとして最重要な項目は「好きな作品もの」です。ここをろくに埋めてない男性があまりにも多い!もったいない

記入欄は10個ぶんあるので、とにかく埋めたほうがいいです。フックは多ければ多いほどいい。

オタク向けとは言ってもそれこそ幅広いジャンルがあるので、作品名10個みっちり書いても相手と1個も合わないこともザラです。そういう時に少しでも「あっそれ知ってます」と言えると会話のきっかけになります

 

小手先テクニックとして、参加するパーティのwebページに女性男性参加者の好きなもの一覧(誰が何を好きかはわからないようになっている)が掲載されるので、そこを見ながら合わせて記入すると確実に1人の相手とはマッチするため、会話のきっかけが恣意的に作れます。もちろん作品を知ってること前提でな!

 

2. 記入例をそのまま書いてくるのがもったいない

たぶんプロフィールシートの記入例にあるから女性受けすると思ってそのまま書いてくる人が多いと思うんですが、

BL理解があります」と「最近ハマっていることはお菓子作りです」は見飽きました。山ほど見た。毎回10人中5人くらい書いてくる。

女性の「得意料理肉じゃがです☆」くらい、「これ書いときゃウケんだろ」っていう雑な意図があまりにも明らかなのでむしろ印象よくない。

ここで自分言葉に変換して「BLは詳しくないですがそこそこ大丈夫だと思います」とか書いてくれたら、好感度が跳ね上がります

 

個人的には「BL理解があります」って書いててまたか…と思った人が「ロイアイが好きだったんですがロイエドもいけることに気がつきました」って話をしてくれてめちゃめちゃ盛り上がったので、BLしろいけるよって人は「理解があります」じゃなくて具体的に「ショタけが好きです」とか書いたほうが絶対キャッチー

ただし相手が逆CPだった場合は一気に険悪になる可能性があるので、CP名までは書かずに探り探り会話していくのが安全です。何の話だ。

 

3. つっこまれたらすぐボロが出ることを書くのがもったいない

上の項でも書いたとおり「最近ハマっていることはお菓子作りです」って書いてくる人が非常に多い。

ので、会話を弾ませよう「お菓子作りお好きなんですか!どんなお菓子作られるんですかー?」とか尋ねるじゃないですか。そうすると目が泳いで「ああ……あの……クッキーとか……(ボソボソ)」って言う。会話終了。ワンバウンドすら弾まない。

あんまり多いんで一度ちょっと意地悪で「アイスボックスですか?型抜きですか?」って聞いてみたことがあるんですけど、相手の人が先生指名されて答えられない生徒みたいな絶望顔をしたので大変申し訳ないことをしたと思いました。反省しています

 

しかし言いたい。

ハマってるって書くくらいなら1回は実践しとけ!すぐにメッキの剥がれること書いてくるんじゃねえ!

 

経験豊富に見せなくてもいいんです。実体験で話してください。受けようと思って水増しした内容書いても話すとすぐばれるからかえって印象よくないです。面接官みたいなこと言ってすまん。

たとえば「すみません!ウケがいいかと思ってお菓子作りって書いたけどあんまりやったことないです!クックパッド見てブラウニー作ろうとしたらすごく薄べったくなっちゃって、あれ何が悪かったんですかね?」って笑いながら失敗談を披露してくれた人は会話うめえなあ!と感心しました。

 

4. 自己アピールが気が早すぎ&重すぎでもったいない

自己アピールで「お付き合い」の要素すっとばして「結婚」の要素しか書いてない人がちょくちょくいるんだけどあれ本当にもったいない

 

婚活パーティはほぼ全員初対面だと思います。(あの人前のパーティで見た、みたいな人もちらほらいますが)

最終的に結婚を見据えているとはいえ、その前段階として「お付き合い」があり、そもそも本日の到達目標は「このあと2人でお茶でも飲みたい」と思ってもらい、カップリングシートに自分の番号を書いてもらうことなわけです。

 

それなのに初対面の相手に向かって

「穏やかで明るい家庭を築いて行きたいです」とか

笑顔の絶えない家庭が理想です」とか、ふわっふわした抽象的な理想しか書いてない人が多い。気が早すぎるし、いきなりだいぶ重い。

そういう人に限って好きな作品も2つ3つしか書いてなかったりする。何ひとつ相手に印象付けられないので、スルーされる可能性大です。

 

映画が好きなので一緒に見に行ってくれると嬉しいです」とか

バイクが好きであちこちツーリングに行きます旅行先のおすすめあります」みたいに、

自分と一緒にいるとどんな事が起きるのか具体的に書いてくれると、お付き合いのイメージが掴みやすいです。

 

あとは「趣味が高じて工業機械を操縦する仕事をしています」みたいに、興味を引く内容が書かれていると話が弾みますクレーン動かしてますっていう人の話すごい面白かった。

ここで話が弾む→フリータイムでももっと話したいと思って追加会話に発展→ラストカップリング成立、という流れが多かったので、ほんと自己アピールのつかみは重要です。

 

5. そもそもそれほどオタクじゃないのに来ててもったいない時間が)

これ、ほんとこれ。

 

アフター女子飲みでも毎度話題になったんですけど、オタク婚活と銘打たれたパーティに来ておきながら

「お好きなものはなんですか?」

特にないです……」

って会話終了する人いったい何なんですか。割といる。

ぬるオタ向けパーティならいいですけど、それでもせめて「○○が好きで~」くらい言ってくれよ、何も会話ができないよ!

 

参加を重ねるうちに男女の参加層に結構差があることが分かってきたんですが、女性オタク婚活に来てる層はもうわりとがっつりオタクです。

オタクを伏せて付き合ってみたけど無理だった!せめて理解のある相手を見つけたい!欲を言えばこっちがオタクコンテンツに没頭している間向こうも同じくらい他のコンテンツに夢中になってくれてるオタクがいい!

っていう人が多いです。

 

それに比べて、男性オタク婚活パーティに来る層はそれほどオタクじゃない人が多い気がする。

そもそもアニメ漫画ゲームあんまり見てなくて、かといって鉄とか他ジャンルのオタでもなくて、ただ華やかな層の合コンには馴染めないからこっちに来ましたみたいな人が時々います

オタクにもなりきれてないので大体会話が弾まなくてカップリング成立してないです。

楽しいことがないっていう人と積極的にお付き合いしたいとはあまり思いませんよね。

婚活ネタづくりのためにでも、パーティに出る前に最近アニメひとつふたつはチェックしてみてはどうでしょうか。

今期だと甲鉄城のカバネリめちゃくちゃ面白いんでおすすめです。

 

おまけ1. 相手好感度を下げない小技

これをすると失点するかもしれないので避けたほうがいいポイント

私が相手から敬遠されたゆえの事かもしれないので、苦手な相手に好かれそうなときに遠ざけるという小技としても使えます(つらい)。

 

プロフィールシートに草を生やさな

ネットリアル区別ができない印象。ひどい人はほぼ全部の項目が大草原になってた。こわい。

 

相手の好きなものdisらない

これは……オタクとか関係ないもはや人間性の問題だと思うんですけど、とあるアニメタイトルを挙げたら「あ、あのクソ脚本の!あれ制作側揉めたんですよねー知ってます?」ってその揉めた内容とやらを披露されて真顔になりました。

知ってることをアピールしたいのはオタクの性としても、それが悪い内容だったら当然相手にはマイナス印象になるよ!

 

他の女性disらない

これもそもそも人間性の問題ですが、「今まで普通婚活もしたんですけど、ほんと参加者にろくなのがいなくて」って言った人がいました。

他を貶めることが相手を褒めることだと思ったら大間違いです。

ちなみにアフター女子飲みで判明したんですけど全員に言ってたっぽい。アホか。

 

パーティに知った顔がいてもすっとぼけない

短いスパンで参加を繰り返してると、あっあの人、前にもいたな……っていう人が出てきます

交流タイムでその人と会話になって、

お疲れ様です、どうですかその後」

「いやーがんばってるんですけど」

「こっちもですよ」

「お互いにいい出会いがありますように」

って小声で苦笑いし合った時には、別の戦場で見かけた奴と再会して「よう、まだ生きてたか」ってスキットルを回し飲みしたくらいの連帯感が生まれました。カップルは成立しなかったけどな!達者でな!

 

だが「またお会いしましたね」ってそっと声を掛けたら「えっそうですか?」ってすっとぼけた奴、おめーは何がしたいんだ。

お前会場入ってきた瞬間目が合って気まずそうな顔したろ!土日続けて参加だったから昨日のことだよ!

何回参加しても「あんまり婚活とかしたことなくて今日が初回です!」って言うための演技なのかもしれませんが、「こいつ都合の悪いときはこういう誤魔化し方するんだな」というのが如実にわかるのでやめた方がいいんじゃないだろうか。

あと休憩タイムで男女別にトークするときに大抵そういうの全部ばらされてます

 

おまけ2. 相手好感度を上げる小技

失点を防ぐだけでなく、できたら加点も狙っていこうぜというポイント

今までパーティ交流した相手でいいなと思ったところなど。

 

相手を気遣う具体的な行動をする

交流タイムは5分間×10人で約1時間を2セットくらい話し続けるので、もう喉カラッカラです。一応飲み物はあるんですが、なかなか飲むタイミングが難しいこともあります

そんなわんこそばトークの後半に回ってきた人が「大丈夫ですか、喉渇きませんか、よかったらちょっと一息ついてください。その間にプロフィールシート拝見しますね」と自分時間を削って飲み物休憩を提案してくれたのは大変すてきでした。

自己アピールに「気遣いのできるほうです」って書くより100倍説得力あった。

 

去り際に印象付ける

1周目の会話はほんとに最低限の自己紹介だけで終わるんで、その後の交流タイム相手から指名を取ろうと思ったら「もっとあなたと話したい」ということをアピールしておくといいです。

席移動の合図の後に「楽しくて全然話し足りなかったですね、よかったらまた後で」的な声掛けをしてくれる人は、その後の追加会話タイムでもご一緒する確率が高かったです。

 

決めたら迷わない

フリータイムがあるパーティ場合スタッフの合図で男女それぞれ1回ずつ、話したい相手に一斉に向かっていくという一種恐怖の追加会話タイムがあります

 

ここでぐずぐずしていると、マジで、一瞬で余ります

 

立ち尽くして途方に暮れているとスタッフさりげなく誘導してくれて相手側の余った人とペアになったりするんですが、お互い仕方なく座っているのでまあ会話も盛り上がらない。

これという相手を決めておいて、合図の時点で目線もまっすぐ向けて迷わず相手に進んでいくと「君に決めてました」感がアピールできてかなりいいと思います

男性から進んでいくときはこれで1回は意中の相手と追加会話を確保できる。(相手がすごい人気で複数人たかられるタイプだったら競歩がんばってください)

すごくモテ慣れてる相手だと効果が薄いかもしれませんが、一番に自分を選んでまっすぐ来てくれたという事実はわりとときめき度高いです。

 

最後パーティ婚活メリットデメリット

 

自分マッチングサイト形式ではなくパーティ形式婚活の主な手段に選んだのは、どんなにメールチャットで感じが良くても会って話すと印象がだいぶ違うことが多いのと、あとは単純に短い時間でたくさんの人と顔を合わせるほうが手間がないなと思ったからです。

サイトでのやりとり→待ち合わせてデート」だと少なくとも休日の半分は潰れるし会える相手は1人ですが、パーティ場合は長くても3時間くらいなので仕事帰りにも行けるし一度で10人くらいまとめて会えるので効率がいいです!とんだ効率厨ですね!すみません

最初は「カップル成立しなかったら帰るとき惨めな気持ちになりそうだな……」と尻込みしましたが、だいたいカップル成立するのは毎回半分かそれ以下です。成立しなくて帰る人も多いので大した落胆はありません。

前述したとおり、その後の女子飲みのほうがめちゃくちゃ楽しくてみんなで「これイベアフターだよ……これが楽しいダメだよ……」と言い合ったけど楽しかった。

同じような内容と年齢層のパーティでも、参加する回によって指名したい相手が多くて困るくらいの時もあれば、逆に誰一人ピンとこなくて指名カードに何も書かず帰ってきたこともあるので、ほんと巡り合わせです。

うまくいかなくても自分のせいだけではなくて、巡り合わせもあると思ってあまり落ち込まないでください。

 

それではどうか豊かなオタ婚活ライフを!

人類最後の日、の夢を見た。

隕石が落ちて、人類最後の日になる夢を見た。

  

札幌かどっかに家族旅行中で、もうすぐ隕石が落ちますアナウンスがあった。

どうしようもない。いきなりすぎる。

状況設定としては、リゾート用のコテージで、客が300人くらいは泊まれ施設だろうか。

外はまだ夏なので雪もないがやや涼しい

  

その旅行メンバーは。

母(60近い)、父(50近い)、俺(アラサー)、弟(1個下)。

おばあちゃん(母方)

おば(母の妹)

というメンバー

  

父は、自己中なので、すぐにどこかに行った。

車はそのままなので、体一つで、どっか行ったんだろう。

俺と母に厳しい顔で、ウンウンってうなづいて、どっか行った。

一人で死ぬ気なのかなーって思った。

あるいは、家族仲が微妙なので、父はここにいるべきじゃないと父自身判断して、そういうやさしさで消えたのかもなって思った。

たぶん、父は散歩中に死ぬ感じだろうなー。

  

弟が、家族挨拶する。湖に行きたいとのことだ。

どうやら、周りの家族でも、最後子供と遊ぼうと湖に行くらしいのがちらほら居る。

湖には、小さい子供向けにサッカーボールフリスビーなどがおいてあり、そこそこ遊べる。

弟が何しに行くのかわからない。

おとなしくて優しい奴だし、絵をかくのも好きだから、湖を見たり絵を描くんだろうか?

  

弟を見送ったあと。どうするか。

母と、おばあちゃんと、おばちゃんは、たぶんコテージの部屋に帰るだろう。

そう思ったが、俺はどうするか。

俺は、弟を追いかけることにした。

家族挨拶して、駐車場へ。

弟が自転車で湖に向かうのが見えた。

車で行こうかと思ったけど。俺も自転車にした。

  

湖では、子供たちがボール遊びをしており、それを眺める家族が何組かいた。

なんと、弟は子供たちに交じってボール遊びをしていた。

俺は、それを見て安心した。弟は死に場所を見つけたみたいだ。

俺は実は、弟と仲がよくない。あったらすぐけんかする。それは俺の性格が悪いし俺が人生鬱屈してるのをぶつけてるわけだけど。

はっきりいって、弟も俺が嫌いなはずである

うんうん、最後くらい弟の邪魔をするのはやめるか。と思った。

  

俺は、湖からコテージに帰り、母とすごすことに決めた。

ふと、叔母の子供2人の状況が気になる。叔母とその2人の子供は仲がよくない。

叔母が完全にADHDで家をごみ屋敷にしてしまうからなんだけど。

でも、叔母は子供たちに会いたかっただろうなあと思う。

母はどうだろう。母も、俺と弟が大好きだから、俺が行ったら喜ぶかなと思う。

  

俺は、コテージに帰る。

意外なことに、母、叔母、おばあちゃんはそれぞれ別の部屋に居た。チャイムを押したら、1部屋ずつ、一人ずつでてくる。

部屋で、4人でお茶を飲むことになる。

ここで、俺の中にもう数分で死ぬだっていう感覚が湧く。

the world is mine』というマンガでも世界の終末が書かれるんだが、そこでのキャラの1人が、家族5人で抱き合って死ぬ場面がかかれる。

その風景を思い出す。

俺は、その場で土下座して、泣きながら、「今までお世話になりました。とても幸せ人生でした。皆さまの深い愛情のおかげです」と言った。

叔母 「増田君は小さいこから勉強が好きでねえ」

俺 「はい、たくさん勉強できて幸せでした」

っと、おばあちゃんが、全員に1万円札を渡した。

おばあちゃん 「少ないけど、地獄の沙汰も金次第っていうし、ね。」

そうなんだ。

俺たち一家金持ちなんだけど、基地外ばっかりで、家族としてはぎくしゃくしていた。

最後、金でつながるってのもあるなあと思った。

隕石衝突まであと1分くらいか

気持ちとしては、老後にもなか食いながらお茶してる気分で、家族のつながりを感じていた。

  

このへんで夢から覚めた。

ほー人類滅亡とは、夢の自分が消えて、本当の自分が始まることでしたかー。

って感じ。

今書きながら泣いてる。

2016-06-11

のらくろ」ってどこいったの?

アラサーだけど、子供の頃は伝説的なキャラクターとしてよくのらくろの話がメディアに出てきていたように思う。でも21世紀に入ってからのらくろの話ってほとんど聞かなくなったし、グッズとかも全然見なくなったように感じる。これって、リアルタイムのらくろに親しんでいた世代鬼籍に入りはじめた時期と被ってたりするんだろうか。もしくはのらくろ世代メディアのお偉いさん達が引退しちゃったとか?

最近小中学生って最早のらくろ存在すら知らなさそう。

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしその2

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカル王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたく真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたく世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である

⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界ひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたく世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビ雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたく世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたく世界ひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたし村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想メールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたく世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたく世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるとき絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババア絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった

アイドル世界戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたく世界になってしま

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロ世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくそ美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメ世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナー世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのエンタメに取って代わるものではないし、

そもそもエンタメではないんじゃないかという疑念が拭いきれない

だいたい女ヲタ世界において、あの人どこにいったの?という話をすると、二次元だと聞くことが最近は多い

けれど、二次元絶対すぐ今の異常な熱は終わるんじゃないかと思っている

なぜなら今の二次元の盛り上がり方はグッズ収集だが、グッズの収集という盛り上がり方は、これ以上の発展があるんだろうかとハタから見ていて思うから

わたしは本当に理解できない、これだけお金をかけるくらいこのキャラが好きなんです!みたいな競争をするくらいだったらホストじゃだめなんだろうか、きっと何回か寝れる

若手俳優のおたくをやっていて同じことを何十回も言われるので、もちろんそれじゃだめなことはわたしもよくわかっているが、俳優と違って二次元キャラ特別扱いしてくれないし、そもそも概念でしかないので、非常に難しい盛り上がり方だと思っている

しかし、その一方でわたしみたいな変なタイプじゃない女子の欲求を満たしていることも理解している

みんなでこアニメならこのキャラが好き!みたいに推しを分けてみんなで朝から池袋やらスカイツリーやらTSUTAYAやらに並ぶのが楽しいんだろうなというのは知識としては知っている

団体行動好きの女子にはたまらない「みんなで一緒になにかをしている!」感なんだろうなと思う

だからかなり前の記事になるが日経MJとかはグッズ収集女子を特集する際にもっとそのへんに重きを置いて取材をするべきだったと思ったよ

そもそものそういった子たちの行動心理ってたぶんそこなんだから。

現地で交換したりとか、そういうのが楽しいんだと思うよ。

表面上はキャラへの愛でこんなことになっちゃうくらいこのキャラが好きなわたし!ということになっているが、実際半分くらいはグッズ収集に付随する様々なことを楽しむタイプの女子が大多数のはずだ、女の子は自分を思い込ませるのがうまい

でもそれはもはやアウトドア的な楽しみ方であって、エンターテイメントではない

水道橋に行けばいつでも誰かしら友達がいる!みたいなテニミュなどのアウトドア的側面がピックアップされた趣味だと思う

このままエンターテイメントはなにも新しいものが生まれることなく、これから冬の時代を迎えて、大勢がなにかに熱狂することがない時代になるのだろうか

わたしはそういった大盛り上がりジャンルに身を置いているタイプではなかったけれど、このままなんの盛り上がりもない状況というのはとても不安になる

そして、なによりエンタメを作ってきた側のひとたちが、この危機的状況に気づいているのかしらと非常に不安になる

おたくからするとこれは結構やばい状況である

わたしエンターテイメントがなかったらこの年まで生きてこれなかったかもしれない。

本当にどこかで尽きて死んでいたんじゃないかと思う

今の若い子達にわたしエンターテイメントに救われたようになにか別の救いがあるんだったらいいのかもしれないけれど

ストレス社会と呼ばれて久しい日本で、現実逃避ツール代表であるエンタメがしにそうだ

そして、みんな違ってみんないいという考えを浸透させたせいなのか、国民が多様化すると見せかけて、思考停止した人たちを量産しているだけな気がする

若い子たちと働いていて本当に思うのだけれど、「どうしてこうなんだろう」ということを考える力に欠けている子達が多すぎる

このままだと日本のエンタメどころか、日本自体がいつか沈没するんだろうなと思う

このままだと日本は確実にヤベエ

そんなもうすぐアラサーババアのつづった生産性のない、エンターテイメントがしぬかもしれないはなしでした。ちゃんちゃん

エンターテイメントがしぬかもしれないはなし

エンターテイメントが死ぬかもしれない話

⚫︎前提

・元々自分のfc2ブログからの転載です

・とにかく長い

・とにかく辛口

・怒らないでください

おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。

なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う

そんなわたしひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある

それが「エンターテイメントが死ぬ話」である

自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である

だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない

けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている

具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい

2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。

テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている

その年のゴールデンウィークは、戸谷公人誕生日イベントがあり、新宿御苑サンモールではたしかDステが行われていたように思う

当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。

わたしはというとバースデーイベントチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた

2010年はそんな年だ。

アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。

赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。

特撮で言えば、丁度2009年平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。

とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしおたくがたくさんいた

他のジャンルにも目を向けて行こうと思う

例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である

アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている

2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている

では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。

わたし小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった

しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。

そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルわたしの視界には入らなかった

むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない

小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)

中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)

イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年お笑いの盛り上がりのピークと捉えている

思えばわたしエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。

小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。

高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエミッキーを踊った

やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭クラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒエンディングで踊った。

週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい

ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズメンバーの名前をポスカで書いていた

(ここで一度力つきた)

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である

⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった

アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのPermalink | 記事への反応(0) | 11:26

エンターテイメントがしぬかもしれないはなし

エンターテイメントが死ぬかもしれない話

⚫︎前提

・元々自分のfc2ブログからの転載です

・とにかく長い

・とにかく辛口

・怒らないでください

おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。

なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う

そんなわたしひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある

それが「エンターテイメントが死ぬ話」である

自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である

だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない

けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている

具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい

2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。

テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている

その年のゴールデンウィークは、戸谷公人誕生日イベントがあり、新宿御苑サンモールではたしかDステが行われていたように思う

当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。

わたしはというとバースデーイベントチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた

2010年はそんな年だ。

アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。

赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。

特撮で言えば、丁度2009年平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。

とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしおたくがたくさんいた

他のジャンルにも目を向けて行こうと思う

例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である

アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている

2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている

では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。

わたし小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった

しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。

そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルわたしの視界には入らなかった

むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない

小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)

中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)

イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年お笑いの盛り上がりのピークと捉えている

思えばわたしエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。

小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。

高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエミッキーを踊った

やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭クラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒエンディングで踊った。

週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい

ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズメンバーの名前をポスカで書いていた

(ここで一度力つきた)

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である

⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった

アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのPermalink | 記事への反応(1) | 11:25

2016-06-09

太る太る太るアラサーの試練、共感できる?

なあ、30歳過ぎてからどんどん太るよ。

毎日大して食ったり飲んだりしてないし、むしろ物足りないくらいなのに。

ばんばん太る。腹が前に出る。足爪切ろうとして腹がつかえる

若いころはデブのことバカにしたんだけどな。

バカにならん。デブつらい。

世の中の人ダイエットに夢中になる理由がわかった。

本当に痩せにくくなる。昔はちょっと喰う量を減らせば調整できたのに。

2016-06-08

モテ無いアラサー男性の特徴No1【基準キャバ嬢

相談に来る男性ほとんどがこれ。

若い子で無いと話が合わない」「キャバクラ練習」「女が気を使わない」

よく聞くとキャバクラ女性基準にしている。

毎回言わなければならない注意が「キャバ嬢は客のアナタに合わせて会話してくれてるんですよ」

いい加減気が付いてくれよ。

婚活相談所のバイトハロワ相談員バイト並みに疲れる……。

http://anond.hatelabo.jp/20160608144359

浅い、浅すぎる。

女性に興味ない男性を認めると、

女性が奪えない男性の財布の存在を認めてしまうことになり、

引いては女性存在価値自体を疑問化してしまうことになる。

 

からこそAVエロ本愛情対象にならなくとも恋人や既婚者から

財布を奪おうとする外敵扱いされ捨てられるし

女はセックスする気がなくても男に性欲の対象として認識させたがる。

そのための体型の改善とか趣向を凝らすなどの努力はしようとせずに、いつも頑張るのは男の方。

あと趣味に対する無理解も上記と同様に無意識理解させないように女の本能が働いている。

趣味理解を示すと投資先の存在を認めてしまうからだ。

から男の趣味に女は必ず否定的スタンスを取る。

この場合、金に関わらず時間と手間だとしても今度は愛情の向ける先が自分以外になってしまうのでそれでも危険視する。

 

そしてこれが二次元になるとどうやっても生身の女が財布を奪い返すことが不可能になってくるので

人格否定にまで発展し、社会的にこれを許さないという風潮になっていく。

時には性犯罪者扱いすることもあるし、ロリコンなどは二次元さえ許さず投資先を取り上げることで存在否定してきた。

アラサー女性たちにとって過去に戻ることができない以上、ロリコンもまた無価値で利用価値のない財布なのだ

 

性を語る時は男の財布を基準に語れよ。

2016-06-06

恋愛工学系の話題は、主体によって話が変わるのでは。

女は常に顔で評価されるが、男の場合思春期の頃は顔や人気、大人になったら金で評価に変わる。

ここで、分類が生まれる。

まり思春期ときモテ度×大人になってからモテ度での分類だ。

  

子供の頃の分類で言うと、男の場合、「イケメン20%(『A』とする)」、「フツメン60%(『B』とする)」、「ブサメン20%(『C』とする)」

大人の分類でいうと、男の場合、「金持ち10%(『α』とする)」、「普通60%(『β』とする)」、「貧乏30%(『γ』とする)」という分類。

  

だが、この場合9つに分けられるのではないか。つまり、A→α、A→β、A→γ、B→α、B→β、B→γ、C→α、C→β、C→γ。という9種類の進化だ。

この場合恋愛結婚に対してそれぞれどういう考えを持つだろうか。

肯定的には○、微妙なら△、否定的なら×)

  

○ A→α:カワイイ娘に子供の頃から相手されているので、普通にカワイイ女と恋愛でOK

× A→β:思春期の頃よりレベルダウンした女との恋愛は腐るので、中レベル女をヤリ捨てるヤリチン会社員化。結婚バカバカしい

× A→γ:レベル低い女にしか相手されず、ヤリチンドキュン化。

○ B→α:カワイイ娘に相手されなかった青春をぶつけるようにヤリチン化。しかし、セイゼイ上の中までしか結婚できないが、マアいいや。

△ B→β:世の中こんなもんか、とヤリチン中古女と結婚して微妙な気分で人生過ごす。

× B→γ:やる気ゼロ人生つまんねーなと二次元AVに走る。ゲットできる女のレベルも悪く、結婚コスパ悪い層。

× C→α:俺はこの層。学生時代に女から酷い扱いされたため鬱憤を晴らすような女遊び。結婚とかバカバカしい。AV二次元コスパしか信用してない。人間不信もいいところ。リアル女に期待するくらいならVR技術ダッチワイフセクサロイド技術信仰

△ C→β:人生こんなもんかな、と結婚

× C→γ:二次元しか信用しないぜ。

  

ようするに、子供の頃いい思いをしなかった層(C層出身)は大人になっても×だし、子供の頃いい思いした奴は大人になって金を稼げないとなると×や△になる。

  

恋愛工学必死に叫んでるのは、B→αや、C→βの奴らじゃないかなあ。

C層出身二次元とかAVのほうが、人間女性より信用できる(今までの人生の中での期待にこたえてくれた度合いで考えてしまう)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  

女の場合は、

A20%、B60%、C20%

α40%、β50%、γ10%

△ A→α:モテ女として、イケメン金持ち狙いでババアまで行くパターン

× A→β:死

× A→γ:死

△ B→α:調子に乗りまくる。女は化粧や服で簡単にこうなるからこのパターンが多い。イケメン狙いになろうとするも、現実見て下位イケメン金持ち妥協しようとするも、それも滑って、金持ちに行くも、もう滑れないと地獄

△ B→β:金持ち狙いでアラサーまでチキンレース地獄

× B→γ:死。クソフェミ化待ったなし。

○ C→α:早くから金持ち狙いで勝てる。しかイケメン不倫に狂う。

△ C→β:金持ち狙いで滑って、アラサー死ぬ。クソフェミ

× C→γ:クソフェミ

アラサーの女の恋愛観がまともなわけないだろいい加減にしろ

あと学生でもないのに女子は笑えるからやめろ

http://anond.hatelabo.jp/20160606124608

ブサメンファッションセンス皆無でコミュ障いかにも今まで彼女以内歴=年齢の彼を捕まえたアラサー女に「女として負けた」と思う部分なんて皆無だと思うけど。

ますはいからおっさんの考えたアラサーを使って水遊びする場所になったんだ

なぜなぜどうしてのかのかたった97の衝撃の疑問と真相

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