はてなキーワード: 足枷とは
大前提として、ESDというグループは、ゆっきーで持っていた。
特典会での列の差を見れば、現場に行ったことのある人間なら異論はないだろう。
他のメンバーが片手や両手で数えられる人数の中、ゆっきーだけ100人、200人と並ぶのだから、人気の差は歴然としている。
現場を知らなくても、ここ最近の仕事量の差を見ればおおよそ見当はつくかと思う。
ESDはゆっきーで持っていた。
無料ライブでからかわれていた時ならまだしも、特に今年の夏以降は現場に来るファンの人数が劇的に増え、そのほとんどすべてがゆっきー目当てだった。
ここからは主観の憶測になるが、メンバーの仲は良かったと思う。
一人だけ人気が突出すると、決まって不仲説が浮上するが、ESDに関してはそういうことはなかったように見えた。
昔、橋本環奈が何度も不仲説を否定していたが、一人だけ人気が出たら必ずそこに不和が生じるとは限らない。
ただそれでも、だからゆっきーにいなくなって欲しいという気持ちより、ファンが増えた現状をチャンスと捉え、単推しから箱推しになってもらおうという気持ちの方が強かったように思える。
まずは知ってもらわなければ話にならない。
ゆっきーの人気が上がったことで、知ってもらう機会が増えたのであれば、それを自ら潰してしまうより、上手く使った方がいいに決まっている。
そのゆっきーが辞めると言い出した。
自分はなにぶん日本の果てに住んでいるので現場には行けなかったが、辞める理由の一つに、「メンバーに甘えすぎていた」などと言ったらしい。
ESDスレッドPart6の340の投稿が、現場の空気を一番的確に表しているのではなかろうか。
ようやくファンが増えて認知度も高まり、良くも悪くもゆっきーに乗っかっていこうと考えていた(予想)矢先に、辞めると言い出した上、その理由は一体何なのか。
もちろん、冷静に考えてゆっきーが辞めるのはわかる。彼女にはもはやESDという小さなグループは足枷でしかなかったと思う。
その辺りのことは12月12日に書いたので、ここでは割愛する。
とにかく、メンバーは「見捨てられた」と思ったに違いない。ゆっきーがいなくなってしまえば、夏から増えたファンが来なくなってしまうのはもちろん、それ以前の集客だって厳しいだろう。
また全員認知可能というファン数からスタートしなくてはいけないのか。残されたメンバーの心境は容易に計り知れる。
詰まるところ、ゆっきーが辞めればESDは瓦解する。これは明白だった。
前述のスレッドでは、新メンバーを募集するとか、前向きな発言もあったが、解散するだろうという意見が大勢を占めていたし、自分もそうなると予想していた。
だからこそ、昨日のゆっきーのブログにある、「グループが活動休止するとは考えていませんでした」の一言が釈然としない。
同893が、
と書いているが、まったく同感である。
自分が辞めればESDは崩壊する。だから残れと言っているわけではなく、当然それはわかった上で辞めるのだと思っていたら、ブログの内容を文字通り受け止めれば、それはまったく予想外の出来事で、驚きに呆然としているように読める。
他のメンバーもやりたいことや夢はもちろん考えていたと思うが、それに一番近いのはゆっきーに乗っかることだった。例えばそれは、『まんなかあいらんど』が最もわかりやすい例だろう。
昨夜も書いたが、ゆっきーがESDを辞めなければ、二人も辞めていなかった。もちろんこれは憶測でしかないし、答えはわからないが、ようやくこれまでの努力が実を結んで、少なくともそれまでよりは色々なことが上手く回り始めたこのタイミングで辞めるのなら、とっくに辞めている。
だから、ゆっきーが書いているほど前向きな退所ではないと思う。ゆっきーは事務所には残っているのだから、留まれば少なからず相乗効果はあるかもしれないが、それを選ばなかったのは絶望とプライドではなかろうか。
普通に考えれば、建前に思える。冒頭で書いた大前提を、ゆっきー本人が気付いていないとは思えないし、さすがにそれを自分で書くのは傲慢なので、さも驚いたふうに書き、辞めていくメンバーにも前向きなエールを送ったように見える。
ただ、前述の「メンバーに甘えすぎていた」発言も含めて、全部純粋にそう思い、本気で素直に言っているのかもしれない。むしろその可能性が高い。
ボクハゴムガスキダ。
この中にある「共に」の2文字を、我々は(と、主語を大きくしていいかはわからないが、きっと我々ドリーマーはみんな)信じている。
はてな匿名でろくな記事書いたことなかったけど、自分の今の気持ちを何らかの形で残さねばと思ったので書く
母親が亡くなった知らせを父親から受けた。突然死であまりの唐突さに今もよく実感が湧いていない。
うちの母親は自分が小学生の頃から鬱病を何度も発症して、その度に発狂していた(病気の時以外は、家事はしないが普通だった)。
小学生の頃は虐待されてたし、中学生の頃は親戚の家で暮らしていた時期もあった。
それがあって高校は寮のあるところに逃げたし、最近は警察のお世話になるくらい酷かった。
弟はいじめられることもなかった(仲が良かった)ので離婚するのは嫌がっていたが、警察沙汰になったのが応えたらしく最近ようやく離婚の話に持っていくことになった(最初からそうしろよ)。
その矢先にこれ。まだ葬式をやってないから?実感が湧いてないから?全く悲しくならない。
将来母親の面倒を見るのは嫌だと親戚の前で言ったからだろうか。母親のせいで貯金が無く、大学に行けるか分からないことに対して「俺の人生を邪魔するな」と思っていたからだろうか。母親が犯罪を犯すことで経歴に傷がつくことを恐れていたからだろうか。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171119-00050015-yom-soci
自分は軽度のアスペルガー(らしい)を部下に持ったが、その指導で疲弊してしまい、感情的に怒鳴ってしまうことが何度もあり、自己嫌悪に陥ってしまっていた。
発達障害の人には、その特性を理解した上での指導をしないと、効果がないし、本人ばかりでなく、指導する側も疲弊してしまう。
発達障害への指導は軽度であっても、特殊な訓練というか発達障害への対応の仕方の専門的な教育を受けないと無理だ。特に余裕のない職場だとそうとうきつい。
・一度に複数の事は覚えられない
・自分のやり方を頑なに変えない
・1〜10まで、もしくはそれ以上に事細かに教えないといけない
・応用が全く効かないので、少しでも違うことは1から教えないといけない
・本当に言われた事しかしない
・同じ事を何度も何度も繰り返して教える必要がある
・同じミスを何度も繰り返す
普通の人とはあまりに違いすぎるし、軽度であってもその指導には物凄い労力と精神力が必要になる。
正直言って、戦力ではなく、足枷でしかない。軽度の発達障害の人を指導するなら、代わりに自分で全てやってしまった方が楽なのだ。
個人的な経験から、軽度の発達障害は10人に1人くらいの割合でいる感じなので、そういった人を指導する方法がきちんと確立されるべきだし、その方法を知らない人はそういう人を指導するべきではないと思う。
軽度の発達障害であっても、きちんとした指導方法を知らない人がそういった人を指導するのは、指導される側も指導する側も不幸に陥る可能性が大きいと、自分の経験から感じた。
上記の記事では指導する教師が、常軌を逸する行為をしており、それが責められていたが、そんな行為を強制してしまうまで教師も疲弊して追い詰められていたのではないか。
男のアイドル目当てでプレイしてるのに同じシリーズなだけの別作品、しかも女アイドルをゴリ推されてもプレイなんてしねぇよ。
いわゆるみんマスと呼ばれる層って、マジで全部のコンテンツに金落としてんの?
自分の好きな作品だけ愛でてればいいのに、SideMへの勝手な当事者面した見当違いのコメントとか吐き気がする。
こっちは曲数・グッズ格差を広げてくる頭のおかしい公式と戦うだけでいっぱいいっぱいなんだよ。
勝手にまとめてくるクソみんマス豚共はせめてSideMに諭吉2桁落としてからものを喋れ、3桁落としてからライブ応募しろ。
金落としてないうちは、お前らはSideMの客じゃねぇんだよ。勘違いしてんなゴミが。
表でみんマス持て囃してる奴なんて金落としてないんだから媚び売るな無能。
マジで女性向けじゃなく男性版アイマス(キリッ)とかわけのわからないこと言ってるからいつまで経っても三流ジャンルなんだよ。
SideMは乙女でも腐でもないからいい~他ゲーとは違う~マウントとってるバカもうざったい。担当より人と違うアテクシが好きなんだろ黙ってろ。
金落としてるのは女性ユーザーがほとんどで、数少ない男性課金者も課金するのは担当のためであって女性向けじゃないからプレイしてるわけじゃない。
アイマス向いてないよ()とかマジで誰目線?お前らの大好きな公式様がそんなこと言ってた?それともマジでアイマスのプロデューサー気取りなの?頭大丈夫?
みんなまとめてアイドルマスター!を妄信する奴がいれば、当然にそれとは真逆の考えを持ってる人もいる。
それなのに、その多様性を認めようともせずさすみんマスで言論統制からの
「みんマス嫌い息してる?」とか煽る性悪な根性。
やっぱみんマスってクソだな、ってお前らみてると強く思うよ。
コーヒーは苦みで嘔吐くし、お酒は生中飲み切るころには吐き気を催す。タバコは生まれつきの呼吸器疾患で副流煙を少し吸うだけで咳が止まらない。
かろうじて紅茶とお茶は飲めるから一人の時は楽しんでるけど周りにはそういう好みの人が少ない。
一番の問題は、人付き合いで昼食後にコーヒーを勧められたり、夜に居酒屋に誘われてタバコ吸う人とお酒を飲まないといけないこと。
(私の所属しているコミュニティ限定かもしれないけど)外部からゲストが来るときは、用事以外で交流はコーヒーブレイクや居酒屋での夕食会などが多い。
ある程度親しい中では嗜好品を無理に摂取する必要はないけど、新しい人脈を広げるときには嗜好品の苦手意識がおおきな足枷になってる気がする。
海外出張で会議に出席するときも、場合によっては Welcome Cocktail や Coffee Break、Banquet でそういう機会がある。
まだ日本と違って海外だと紅茶やジュースとかの代用品や分煙のお願いをしても顰蹙を受けにくいという点があるからいいけど。
大人になってもこういう付き合いが苦手な人は、どういう風に折り合いをつけたり、割り切ってるのだろう。
離婚して2年。
この2年間、両親とは絶縁状態だった。
両親とは元々性格や価値観が合わず、私の人格形成に大きく影を落とした元凶だ。
離婚する時、こんな時だけ親を頼るのもという葛藤の末、自分の命と精神をまずは守ろうと思い実家へ少しの間避難させてほしいとお願いした。
「いいよ」みたいな軽い返事で拍子抜けしたが、迎えに来た父親は
「◯◯君(元夫)がそんなことするとは思えないしどうせお前が悪いに決まっている。お前を引き取ったら夫実家へ示しがつかない。お前はうちに来るな」
と言い出し帰っていった。
その後私は自力で別居のための家を借り、生活のため転職し、離婚した。
家を出た後しばらくは両親から毎日鬼のような回数の電話がかかってきた。
ようやく安心して寝れるようになった。
友達もだいぶふるいにかけられた。
しばらく経ってから、「あの時は悪かった。悪気はなかったんだ」というメールが両親から届くようになった。
全て無視した。
「一度話がしたい」と言われても特に話すこともないので無視し続けた。
何事もなかったかのように近況を伝えてくる母のメールが怖かった。
「お父さんのことをどうしても止められなくて…」と自分悪くないアピールする母にも心底むかついていた。
メールや電話をなぜ着信拒否しなかったかというと、変に警察沙汰にされても面倒だったからだ。
私は今の住所を親族の誰にも伝えてない。
この家が見つかったら、私の安寧が壊れてしまう。
両親を許さない自分を責めたり、または両親と絶縁状態にあることが足枷のように感じた。
社会人であると「正月はご実家に?」とか「ご両親は…」みたいな悪意無き挨拶がマサカリのように頻繁に飛んでくる。
その度に言葉を濁し、嘘をつき、心は沈んでいった。
離婚したことに加えて両親と絶縁状態だなんて、なかなか受け入れてもらえる話ではないし変な親孝行推奨説教みたいなものも聞きたくなかった。
でもこのことは私の、自分自身への自信を確実にすり減らしていった。
体重も10kg近く増え、2年間の間に2回転職し美容やファッション等自分自身への興味は薄れ、不眠と鬱で大量の薬を飲む日々だった。
腹の底では何を思ってるかわからないが、少なくとも表には絶対に出さない。
「あの人はああいうところがすごいですよね」という会話が多かった。
最初は上っ面だけで仲間意識が強いやつかと警戒していたが、皆本当に悪意がないと分かった時、自分の発言がネガテイブすぎて心底反省した。この2年間で誰かを信用すること、尊敬すること、助け合うことを忘れてしまっていた。他人と話し合い価値観の違いも受け入れ、それでも共存していくことの大切さを改めて実感した。
心が少し柔らかくなったような気がした。
3秒ほど悩んだ末に電話に出た。
「元気か?」
「もう干渉はしない。絶対にしない。だから一度顔を出してくれ」
という内容だった。
所々、嗚咽のようなものが混ざっていた。
切りぎわ、「電話に出てくれてありがとう、ありがとうな…」と聞こえた。
父親の干渉しないという言葉は正直なところ全く信用していない。干渉されたくもないけど勝手に悪い者扱いされた怨みは忘れない。会いに行くのも正直嫌だし、これを期にまた鬼電されるのではと怯えてるところもある。
私は両親とはあまり仲良くない、それでもいいのかなと少し思った。
幼少の頃から「味方が欲しい」とずっと思ってきた。それは今でも変わらないけど、またいつか味方になってくれる人に会えるような気がしている。
親に関してはこのまま会わない方がよい気もしているのでゆっくり考える。
この2年間、本当に疲れてしまって、でも少しだけ休憩できそうな感じがしている。
書いている内にすごく長くなっちゃいました
2017年夏アニメで「小説家になろう」発でアニメ化された作品は下記のような作品がある
(※ 2017年夏アニメの一つである『ゲーマーズ!』も「なろう」ではないがWeb小説発とも言える作品。しかし継続してWebで執筆が続けられた作品ではないので、ここでは分かった上で除外してしましたと、一応ツッコまれない程度の知識を開陳しておく)
『異世界食堂』は連作短編作品なので、1クールアニメで構成する際に非常に楽な作品だっただろう。
原作ストックにも余裕があり、アニメにはなっていないエピソードもまだ多く残っていて、登場していないキャラクターもまだ多いです。
原作の方でも「常連」と言われるようなキャラはまだ他にもいて、アニメではその全員が登場したわけでもない。
この辺りの判断は監督が判断してエピソードを絞り、アニメで放送する上で必要最低限のキャラのエピソードをチョイスしたのだろう。
常連キャラには中堅・ベテランの声優を配して、複数話に登場するようにして、うまくバランスを取ったシリーズ構成で物語を仕上げたと思う。
ちなみにキチンとアニメを観ていた人は気付いたかと思うが、アニメ監督がシリーズ構成と脚本も兼ねて担当し、かつ全12話の脚本も執筆された作品でもある。
なので他の作品ではたまにあることだが、OPやEDには登場しているが、アニメでは登場しなかったみたいなキャラクターがなかった理由の一つにもなっているかと考えている。
『異世界食堂』はニコニコでは動画有料で一週間無料公開なく、無料はニコニコ生放送の配信となってしまったが、毎回アンケートでは90%以上の高いアベレージの高評価を保ち、最終回は97.0%の高評価で終りました。
高評価だったので円盤が売れるとは限りませんが、評価が売上にも繋がることは期待したいと思います。
『ナイツ&マジック』は長編作品ですが、今回のアニメ化に際して物語というか、小説的な描写にかなりの圧縮を施されたかと。
大原さやかによるナレーションにより、幻晶騎士(シルエットナイト)の細かい製作過程や、敵国との関係や動き、アニメで描くと面倒な色々なところが必要最低限に圧縮されて視聴者に情報として提供されたと思う。
原作とストーリーの違いが少しあったが、ほぼ大筋は変わらないし、1クール全13話で切りのよいところでまとめるとなると、こういう形になるかと思われる。
シリーズ構成であるベテランの横手美智子の手腕が大きく影響したのではないかと。
これを書いているのは最終回放映当日。最終話はかなりガンダムを意識したところが多く、オマージュ要素を読み解くのが楽しいエピソードでした。
幻晶騎士の3DCGによる戦闘シーンの描写は、マクロスやアクエリオンなどで慣れた「サテライト」(+オレンジ)によるものなので、迫力のある仕上がりだったと思う。
1クールのアニメ作品としては悪くなく、トータルで見れば良作以上の出来になっているので、これも円盤が売れて欲しい作品だと思っています。
……で問題の『異世界はスマートフォンとともに。』ですが、自分は放送前からこの作品は1クールにまとめるにはかなり難しい作品だと考えていました。
そもそも原作が大長編で、「なろう」の方の原作では大きな区切りとなるところはありますが、書籍版のHJノベルス最新10巻の方でもまだそこに達していません。
仮に今のアニメ放映のペースで区切りまで持っていくとなると、+1クールでも多分足りず、+2クールの全36話分ぐらいは必要になるんじゃないかと思っています。
なのでストーリー的には半端なところで終わると思われる作品ですが、そういう意味合いも込めて、出来として考えると余り上手な作品ではないと。
そもそもの問題として大長編の作品を1クールにまとめる困難さがあると思います。
とりあえずアニメ『異世界はスマートフォンとともに。』の出来を今、論ずるよりはこの問題を抱えている今後アニメ化される可能性のある作品に言及して思考した方が少しは建設的なのではないかと思い筆を走らせた次第。
今後「なろう」発の作品でアニメ化が予告されているものがあります。
自分が知らないだけで他にもアニメ化が公表されている作品があるかもしれませんが、知っている限りの四作品を並べました。
(※ 2017年末に何か発表予定のある『ありふれた職業で世界最強』もアニメ化されるのかも)
(※ 二期製作決定が発表されている『オーバーロード』は既にアニメ化されたということで除外)
『異世界居酒屋「のぶ」』は、同じ系統の『異世界食堂』が好評だっただけに、比べられる後発の苦しさのようなものがあるかもしれません。
ただ同系統、つまり連作短編なので、ストーリーを1クールにまとめるのであれば比較的楽な作品になるかと思います。
自分としては問題作だと考えているのは、『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』です。
正直言ってストーリー構成の面から考えると、『異世界はスマートフォンとともに。』と同じような問題を抱えていると思います。
つまり1クールにまとめる場合の着地点は中途半端。かと言って、2クールでも全く足りない。仮に4クールやっても終わらないんじゃないかとか思うほど、すごく長いし、区切りの難しい作品です。
明確な区切りという点では「なろう」の方のオリジナルを読んだ限り、『異世界はスマートフォンとともに。』よりも今のところはハッキリしてなく、大筋のストーリーをずっと継続している感じです。
主人公の目的の一つが「この異世界を観光したい」なので、ある意味で終わりのないロードムービーをずっと続けている作品という側面が。
その為、区切りという観点から考えると、主人公の行動や目的が明確な終着点のあるものではないので、それが区切りの邪魔をしていると思います。
『盾の勇者の成り上がり』はもしかすると1クールなら、そこそこまとまる可能性はあるような気がします。
書籍版の4巻〈ISBN:9784040663210〉、コミックスの8巻〈ISBN:9784040691541〉までを区切りと考えると、1クールの尺に収まるようにストーリー構成することは難しくないかも知れません。
俯瞰的にストーリーをなぞると要所要所で強敵が登場するので、うまく区切っていけば、1クールでも二期に繋げるようなストーリー展開も可能な物語だと思います。
そして変な意味でネット上ではネタ枠扱いもされている『賢者の孫』ですが、凄く強引にストーリーを圧縮してまとめれば1クールで完結しちゃう可能性があるような気がします(笑)。
自分が読んだ限りは「なろう」の方の原作はまだ完結していませんが、ラスボス戦は近いので、それさえ終わればストーリー的には完結してもおかしくはないかと思います。
作品的にキャラはそれほど多くなく、作中の(強くなる為の成長要素を加える為の旅のような)移動も多くないし、最初から強い無双系の主人公で、ストーリーもシンプルなので、もしかすると構成次第では1クールで強引に圧縮してまとめることも可能ではないかと思いますが、『賢者の孫』という作品を知っている方々はどう考えますか?とアンケートしたいところ。
良い意味で言えばあっさり、悪い意味で言えば薄っぺらい物語の作品……と言えちゃうかもしれないので、もしかしたらアニメオリジナルな大きな改変を入れたりして仕上がる可能性もあるかもしれないと書いておけば、もし当たらったら予想的中とちょっと自慢できるかもしれないので続く駄文。
……でここまでは書いたのは前提で、やっと本題に。
自分が問題視した大長編の『異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』がなぜ1クールアニメとしてまとめるのが難しいのか、その問題を考えたいと思います。
この二作品、主人公が最初から無双できるぐらいに異常に強いことが問題かと思っています。
なぜかと言うと登場する敵よりも主人公の方が圧倒的に強く、作中では一応中ボス級の敵はそこそこ出現しますが、主人公と相対的にみると強敵と言えるレベルでなく、簡単に倒してしまうので話の区切りにはならず、それがストーリーの構造的な弱点になっているのです。
主人公が敵とのバトルで多少の苦労する、てこずるシーンはありますが、命の危機に追い詰めらるほどの切迫感はなく、主人公の心身の成長を余り感じず、物語の区切りとなるピークに達しない状況です。
『異世界はスマートフォンとともに。』と『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』では、自分が読んだ範囲になりますが、自分と同格以上の強敵と相対するようなことがありません。
多少てこずることはありますが、ちょっと別の手札を使えばあっさり解決みたいなパターンが多いと思います。
「なろう」の異世界での無双パターンで、「無限収納(四次元ポケット系)」「レベルMAX(もしくはレベル上限なし)」「瞬間移動(転移・どこでもドア系)」「鑑定&スキル学習(能力と魔法)」「トンデモ錬金」あたりの能力が定番ですが(強さには直接は繋がらないが「和食ではなく日本での食知識による無双」もあったりします)、これらの能力を複数持っていると強さに限界がないので、ドンドン強くなっていきます。
特に『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』は今後発売される書籍版の12巻以降に主人公の強さ(というか正確には能力)も極まってくる設定になってしまい、『ドラゴンボール』で言えばパターン化した展開である、悟空は仲間が強敵と戦っている間は別のところにいるので遅れて登場するということが多々ありましたが、この作品でもそれを踏襲というはおかしいですが、そんなパターンを何回かやっています。
主人公は転移能力を持っているので、ある意味ではすぐに仲間のいる現場に来れるのだが、その状況が混迷し、もしくは登場が遅れるように物語が展開しています。
遅れる状況を作り出すのに苦労している描写が垣間見れ、穿った読み方をしたい方は、その辺りの描写を見つけて楽しむという変な方法があることを記しておきます。
話が飛びそうになったので閑話休題。
例を挙げて考えると、「なろう」発のアニメ作品である『Re:ゼロから始める異世界生活』は物語全体で考えると、中盤に「王選」という主軸となりそうなストーリーが提示されましたが、アニメのストーリーの終わり方を考えると、「王選」を考えた場合、結局のところ多少の同盟的な繋がりと、主人公の意思を味方と敵に認めさせるぐらいのことしか結果達していません。
ただしストーリーの抑揚というか、物語の浮き沈みから見ると、主人公は中盤に絶望のどん底に落ちるが、そこから這い上がって復活し、そして強大な敵を倒してヒロインを救ったことで、根幹のストーリーは余り進んでいないが、主人公の大きな成長をみせたところで終わったので、印象的には凄く区切りの良いところで終わった感じのアニメ作品になったかと思います。
まあ1クールではなく、2クールというそれなりの尺を使ったことも大きいと思いますが、物語にキチンとした起伏があるからこその区切りとなったと思います。
つまり自分と同格以上の強敵、手強い中ボス、ラスボスを倒すようなシチュエーションを作り出していない作品は、区切りがないように感じると思います。
ひと昔前だと、原作ありのアニメ化作品の中にはたまに、1クール枠の終盤に原作にはないアニメオリジナルの強敵が出現し、それを倒して終わりを飾る作品が結構あったかと。
しかし継続連載している「なろう」の作品だと、アニメオリジナルのラスボスキャラが登場するような事態は、話に齟齬が出来る為かそういう展開に持っていくことを避けている傾向を感じます。
その辺りが足枷になっているし、原作の物語の展開を兼ねて考えると、そういう展開にもできないジレンマかもしれません。
ここで視点を少し変えて、原作が既に完結している「なろう」系の作品ならアニメ化は可能か?という問題も提示したいと思います。
「なろう」発の作品で、アニメ化が発表されておらず、かつ書籍版が100万部以上売れている作品で自分が知っている範囲では二作品あります。
アニメ化した上でシリーズ累計100万部以上売れれば大ヒット作品と呼べる言われるこの業界(異論はあるかと思いますが、一つの分かりやすい基準として)。
書籍版の方はまだまだ出版が続いていますが、オリジナルであるなろう版はストーリーが完結している作品です。
二作品ともに文庫ではなく、単価の高いソフトカバーで出版されている作品で、まだアニメ化していないのにも関わらず、現時点でこれだけの売上を誇っています。
これだけの売上を記録していれば普通はアニメ化の噂も聞こえてくるかと思いますが、2017年秋の時点ではまだそれらしい話は入ってきません。
その理由は今までここで考察している通り、1クール枠では中途半端なところまでしか描けない問題を抱えているからではないかと思われます。
もしもの話ですが、仮に2クール枠を用意できたとしても、ラストまでアニメ化は不可能だと思われます(物語を凄く圧縮しても4クールぐらいには)。
これだけの売上を誇っているのならもしもアニメ化した場合、売上ブーストがかかり倍増し、ファンが増えラストまでのアニメ化を期待する方も多くなると思います。
ただこれら二作品はソフトカバーの書籍版で20巻ぐらいにはなるかと思われる大長編なので、ファンが多くなればなるほど、更にアニメ化した上での目指す先がかなり高い場所になっているジレンマがあるのかもしれません。
この二作品のストーリーを俯瞰すると、自分の考察になりますが、『転生したらスライムだった件』より『無職転生』の方がアニメ化のハードルが高い気がします。
ネタバレな感じになりますが、『無職転生』の締めはよくあるパターンのラスボス撃破してのエンディング……という感じではないからです。
もしかすると書籍化にあたり、大きく手を入れて修正する可能性は高いかもしれません。
それを別に考えても、前半はかなり波乱万丈なストーリーで、区切りの良いところはどこだろうと考えると意外と難しく、ストーリー構成が難しくアニメ化の際の高いハードルになっていると思います。
『転生したらスライムだった件』の方は書籍化に際して、オリジナルであるなろう版には登場していない新しい中ボス級の敵が登場し、大きな相違点があります。
それが影響しかなり設定が変わっているキャラもいて、その辺りのストーリー全体の構成の見通しが立たない限りは、アニメ化は難しいのではないかと思っています。
逆に言えば2クール枠が用意できるなら、そこそこ切りの良いところである、書籍版である6巻か7巻(もしかしたら10巻の可能性も)あたりまで、アニメ化するようなプロジェクトが動いていたりするかもしれません(いい加減な予想の上での期待を込めた想像です)。
編集の手が入らず自由に書かれた「なろう」の大長編作品は、アニメ化する上ではかなり難しいものが多いのかも。まだ文章あるが文字数限界?
はじめて匿名ダイアリー書く。最近色々と自分の中でモヤモヤしてたから文章に書いて整理したくなった。今までの自分の思考と真逆の思考になっているから多分冷静に、客観視してこれを読むとすごくムカつくんだろう、って思う。そういう内容です。書き捨てると思う。
私はジャニーズのある人が好きだ。その子が中学生の頃から気がついたら目で追っていて「担当」として応援していた。彼の全てが好きだ。彼が進む道を一つ一つ追って一喜一憂してダンスが上手くなった、歌が上手くなった、はじめてこの仕事がもらえた…そんな軌跡を見ているうちに、私は気がついたら彼の担当の中では「古株」に分類されるのか?というほどの長い時間応援していることに気がついた。それでもコンサートや舞台に足を運ぶたびに好きが募っていく日々だった。
同担の友達もいた。現場の時に会うこともあれば何もない日常でご飯に行ったり遊んだりしてとても楽しかった。「今日のコンサート、◯◯くんのここが良かったよね?」「分かる!◯◯くんと□□くんが絡んでいるところ見た?」「見た見た!絵になるよね〜!」そんな会話が心地よくて楽しくて仕方がなかった。
彼はどんどん前に出てくるようになった。多くの出演者がいる事務所の舞台ではメインキャストになるようになった、冠番組が出来た、その分彼のことを知る人が増えた実感もある。コンサートに入るたびに彼の団扇が増えていく光景を目の当たりにした。チケットが当たりにくくなった。嬉しい限りだった。私は彼は「なんで売れてないの?あんなに素敵な子なのに!もっと彼の魅力を知ってほしい!伝えたい!」と思っていたので、手に取るように分かる変化が誇らしかった。
しかし、最近突然「同担」が面倒になった。「新規」が煩わしくなった。
正直、そんな自分に自分自身が一番驚いているし戸惑っている。こんなことを感じている自分が嫌いだ。でも感じてしまっているのは事実。
SNSで「新規」の方が今の彼を真っ白な気持ちで受け入れているのが違和感だった。「今でこそ◯◯くんはこうだけど、ここに至るまでにああいう経験してるのを見てないんだ。」と思ってしまった。心底面倒な奴だと自分でも思う。「新規」の方が「同担」として自分と一括りにされている実感がモヤモヤを加速させた。彼の何を知ってるの?と一丁前に思うようになった。
そう思ってしまう自分が嫌で、なんとなく今まで仲良くさせてもらっていた同担の友達にも申し訳なくなった。友達は自分と同じ時期あたりから応援しているのに、きっと私みたいな感情は抱いていない。そう思うと友達が綺麗で眩しくて直視できなくなった。
ただ単に嫉妬なのだと思う。だって、今の彼から応援し始めたらきっと楽しいもの。仕事もある。メインを務めさせてもらえている。ダンスが見違えるほど上手くて目が惹かれる。研究をたくさんしているからこそ舞台映えする。こんなに完璧に近いアイドルになっているんだもの。知らないでしょ、ダンスが苦手で2カウントズレるのが当たり前だったこと、最前線にいたのに突然立ち位置を下げられたこと、突然仕事がもらえなくなって干されたこと。どういう気持ちで見てきて、応援してきたか知らないでしょ?なーんて思ってしまってる。
自分が面倒なオタクであることが嫌だし、きっと私は彼の足枷になってしまっているだろうから、少しだけ離れようと思った。本当は担降りまで考えたけど、きっと今の思考に陥ってるから冷静になれていないんだな、と思って結論を出すのをやめた。
彼を知る人が増えるのは嬉しい。彼を応援する人が増えるのは嬉しい。古株がいるから彼の今があるし、新規がいるから彼の未来が作られる、なんて言葉を考えた人は誰だろう。
順調に真綿で首が締まってきた、ってだけの話で同情の余地は全くない。
課題は先送りにするほど重い足枷になり、後の自分を苦しめるなんて事は小学生時分に夏休みの宿題で気付く。
バカでも8月中旬になれば少しずつ焦り出して、後半には渋々着手してなんとか終えるだろう。
でも怠惰なキモカネは自分に言い訳して誤魔化し、やらなかった。焦燥感は人並みに持ってたくせに。
色々なものを積み重ねるべき青年期を無為に過ごしたツケを、四十路になってからヒィヒィ言いながら払ってるだけだ。
氷河期、女尊男卑、新卒至上主義・・・言い訳だけは一丁前。なら同級生は全員同じところまで落ちてるか?
社畜なんぞになってたまるか、と開き直って自営業でもして生きる勇気も知恵も無ければ
同じ境遇同士で団結して現状打破に動いたり、相互扶助を目指すような協調性も無いからタチが悪い。
そのうえ非協力的・他罰的・内向的・悲観的とくれば、誰も救いの手なんか差し伸べてくれるかっつうの。
https://anond.hatelabo.jp/20170714114846
転生→同一人物として転生する場合(「このすば」「イセスマ」タイプ)と別人として転生する場合(「幼女戦記」「ナイツマ」タイプ)がある。前者の場合は転移に近いが、神様転生を挟むことによって、好きな能力を貰ったり、好きな異世界を選べたり、何か目的を与えられたりするので、いわばガイダンス済みで異世界に入ることができ、足枷なく異世界で生活するような物語になることが多い。生前の後悔などが物語に反映されることもあるがそうでないことも多い。別人として転生する場合は、赤ん坊からスタートして知識を蓄えながら成長していくので、転移とは全く別のストーリーになる。産まれたときから住む場所や立場があるので、転移みたいに知らない世界を探索する感じではないし、領主の息子として生まれて領地を運営するとか、魔族やモンスターとして生まれる、なんてバリエーションも作ることができる。
転移→前述のとおり、ガイダンスも何もなく異世界に放り込まれるので、まず知らない世界を把握しようとする形で物語を進めていくことが多い。「オバロ」はゲーム実体化タイプだが転移に近い構造と言えるだろう。転生チートが与えられないので、現代知識チートだとか、もともと持っていたスキルを活用するなどのパターンが多いか。また「ログホラ」のような集団転移タイプというのもある。異世界召喚は転移のバリエーションと言えるが、純粋な転移と違って「召喚者」が存在するので、その思惑によってたとえば「勇者」としての役割を与えられたり、「ゼロ魔」のように召喚者自身がパートナーとなったりすることで、物語に方向性を持たせることができる。
要するにただの自分語り。
2つとなりのクラスで学級委員長をやっている、見るからにまともではなさそうな男だった。
聞けば1年生になって少しして、すぐバスケ部をやめて少し噂になっていた男らしい。
そいつとちょっとしたきっかけで夏に連絡先を交換して、1ヶ月くらいして告白されて付き合い始めた。
そいつにも私にもメンヘラの気があったのもあり、そりゃもう頭の悪そうなカップルになっていたと思う。
放課後に人目の少ない道を選んでは手を繋いで帰ったし、休日はだいたい彼の家に行って遊んだりセックスしたりしていた。
行事ごとのたびに贈り物もしていたし、毎晩のように電話をしながら値落ちしていた。
もちろんメンヘラ同士であるのですぐぶつかり合った。私も彼も気持ちを伝えるのが壊滅的に下手くそだったし、自虐的に物事を捉えるのが上手かった。
彼が自虐的に物を捉えて悲観するたびに私は彼に「あなたは素晴らしいひとだから自信を持ってくれ」と言い続けていた。
彼が私の言葉で元気を取り戻してくれるのが何よりも幸福だった。
私の知らないところでも私のことばかり話していたそうだ。
私達が付き合い始めたあと、彼は学年全体でも20位くらいの成績だったのがメキメキと伸びはじめ、模試があるたび毎回のように1位を取るようになっていた。
2年生の前半までは私もそれなりだったので、彼と一緒に1位と2位を抑えることもしょっちゅうだった。
彼は、彼の自虐癖に対して少しずつ改善の兆しを見せていたし、友達がいなかった筈がいつの間にか友人達と良く話すようになっていた。
けれど私の自虐癖は治らなかった。
高校二年の後半に差し掛かるにつれて、彼と私の実力差は目に見えるようになっていた。
別にそれは全然構わなかったしむしろかなり嬉しかったのだけれど、彼は国立大を目指していた。
それも理系の結構レベルの高い、いわゆる宮廷と呼ばれる大学だった。
私も最初の頃は彼と似たような大学を目指していたが、ある日ふっと私の学力じゃ努力しても行けないなと気づいてしまった。
私は行けない。そもそも学問にそこまで熱中できる人間じゃないし、おそらく地方のほとんどF欄みたいな国公立に行くことになるだろう。この学校で上位を取れていたのもこの学校が基本バカ高校だからだ。
対して彼は本当に頭がいい男だ。このまま努力すれば絶対に第一志望くらい余裕で行けるだろう。理学に対する情熱だってある、だってあんなに楽しそうに数学を教えてくれるんだから。
じゃあ私はきっと彼の足を引っ張ることになるんだろう。そう思った。
そんな思考に半年ぐらい突き落とされて、結局3年生の5月に、適当な理由をでっち上げて彼をフった。
その半年のあいだ、彼と心中してやろう妊娠してやろうとこっそりゴムを捨ててセックスしようとしたり、自殺することで彼の足枷にならないように、かつ彼の心に大きな爪痕を残せるようにしてやろうとしたりもした。
でも結局無理で、いい大学にちゃんと行くべきである彼が合格できるようにするためには私を忘れてもらうしかないとフった。
でも秋の私の誕生日に電話が来たときに、私はひどい態度でそれすらも拒絶した。
その結果、彼は無事に大学に受かったらしい。
噂で聞いた話ではあるが、まず間違いなく受かっていると思う。かくして私の気付きは正しかったらしい。
浪人もやめた。就活こそしているが、4月になれば正式にニートだ。
なんで落ちたかって、彼と別れて一年、ずっとべそべそ泣き続けていたからだ。好きあらば自己嫌悪に溺れて布団の中で一日を過ごした。起き上がることもできなかった。前だったら悲しくなったら彼に電話をかければたちまちに元気になれたのに、ねだればいくらでも撫でてもらえたのに、という具合で。
その生活は未だに続いている。
私の判断は絶対に正しかった、でもその代わり私は二度と彼に顔向けできない。
彼は今後の人生でまた恋人を作り、妻を貰い、子を育てることになるのだろう。
私には絶対に無理だ、どんな男に対しても遊びとしてしか付き合いを持てなくなった。
だからもう私はこれから死ぬまで、彼のくれた贈り物や写真をたまに眺めては罪悪感と喪失感でべそべそ泣いて生きるのだと思う。
俺は女が信じられないのではなく、結婚制度が信じられないのだ。
婚姻関係は片方が浮気すれば壊れるし、性格の不一致やら何やらでも破綻する。
まあ、どちらかが一方的に我慢するよりは、そっちの方がまだ健全だろう。
そういう時代になってよかったと思う。
しかし、こうもあっさり壊れるものを、必死こいて維持する必要なんかあるのか?
実際問題、結婚していようが不倫する奴はするし、本人が望んでいる限り止めることもできない。
芸能人だったら仕事干されて大損害かもしれないが、一般人から取れる慰謝料なんて知れている。
数百万というのは安い金額ではないが、それでも家庭を壊されることからすると割に合わない。
だったら、いったい何のために夫婦の諸々の義務はあるのだろう。
人が自由を得たにしては、今の制度はちょっと重すぎて時代遅れなんじゃないか?
逆に、自由を認めているからこそ、結婚という制度が無駄な足枷にしか感じられないだけなのだ。
そこははっきりしておきたい。
灰色の街に 凍えた賑わい
見慣れた景色 消えていく
闇夜の中 もがいて
繰り返される 自由の中で
手に入れたのは 偽りの富
雑踏かきわけ進む 修羅の戦列
獲物を追うかのように
消えた記憶の 欠片に残る
後悔の跡 失った過去
緊迫感の中 立ち尽くす君 霞んでいく
I wanna be destrukted 打ち寄せる希望を
鮮やかな絶望に変えて
この手で砕いて
この世が変わる 動き始めてる
壊れる家庭 戻れない
狂わされてた 彼女への愛を
少しづつでも 取り戻してく
置き去りのまま 失われてく
堕ちて暗闇 消える幻
届かないまま
I wanna be destructured 打ち寄せる平和を
鮮やかな戦争に変えて
I don't need any right 仕組まれた運命
この手で砕いて
I wannna be destructed 打ち寄せる戦争
鮮やかな平和に変えて
I don't need any right 仕組まれた栄誉
壊してくこの手で
オレは男で不細工で40超えても彼女はもちろん女友達だっていないけど、そこまでつらい気落ちになったことない。
いじめも受けたけどそれほどひどいものじゃなかったし、すぐに自分の世界に逃げ込んで外を見ないという技術を身につけたし、
社会に出てしまえば技能がよければ許されたし男の不細工はなんら足枷にはならなかったし。
女友達や彼女・結婚はもちろん諦めてるからこのまま孤独に死んでいくつもりだけど、全然それでいいやって思える。
定期的な収入があって、適当な趣味があって、サウナでビールが美味しかったらもうそれで人生満足だよって今は思える。
女に生まれなくてよかったなと思った。
毒になる親 一生苦しむ子供
https://www.amazon.co.jp/dp/4062565587/
という本を読んでみるといいかもしれない。
親は「子のためを思って」子は「親のためを思って」という一見あたりまえに思える事柄を盾に取り「子を縛る親」「親に縛られる子供」はたくさんいる。そのことがいかに人生を消耗させるかについて、その解決策について書いてある。
https://www.amazon.co.jp/%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E8%AB%A6%E4%B8%89/e/B001I7H6GA
たくさんあるけど、内容はだいたい似通ってるように思う。とはいえとても重要なことを繰り返し、繰り返し書いてある。ぴんと来る題名の数冊を手に取ってみてください。
「文章が長ったらしい」「そんなこともう知ってる」「わかってるけどそれができないから困ってる」「説教臭い」「結局解決策は書いてない」などの書評が少なくないけど、
そういう分かりきったことを再度見つめながら、自分の状況をもう少し深く認識するということも大切だと思う。
「いい子」として生きてきた人はそのことがどれほど足枷になっていたのか気づいてない場合も多いし。
ただ生きているだけで消耗する人生を歩んできた人はどうしたらいいのか。その糸口が見つかるかもしれない。
院進学すればいい、院卒なら将来安泰、とは思わない方がいい。
明確に、こういう仕事がしたい、という意思がない限り院進学はおすすめしない。
大学院生になったところで、学部1年や2年の頃のように遊んではいられない。
年に一度は中間発表として研究成果を示さなければならないし、学会発表に出なければならない。
そして、今の就活システムではM1の夏から準備(インターンとか)が始まる。
また、明確な将来の目標がない人(どの業種に行きたいか決まらない人)は特に進学をおすすめしない。
大学院生は、一点特化した技能とそれをサポートする万遍ない知識が必要とされている。
一点特化だけでは駄目だ。
もし自分のやりたい業種が大卒レベルの技能でも良かった場合、なぜ大学院に行ったのかを考えなければならない。
大学院に行き、専門的知識を特化させ、その上で就きたい業種がある、という明確な目標のある人が大学院に行くべきである。
適当にしか人生を考えたことのない人間が、遊ぶ時間欲しさや就活から逃げるため、優良な大企業に就職するために院に行くべきではない。
それに、そのような院生に、追加で2年間の研究はつらいと思う。
大学3年生よ、今一度将来についてよく考えてほしい。