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動画:故人がペッパーでよみがえり、テクノロジーで弔う「四十九日」 写真9枚 国際ニュース:AFPBB News
この記事が話題になってて、故人の顔と音声をPepperで49日間だけ再生するという奇妙なプロジェクトがあるのを知ったんだけど、記事を読んでもこの発案者の市原さんという人の考えてることがよく分からない。
記者はこう書いている。
故人が四十九日の間、そばに居てくれたら。懐かしい口ぶりや仕草をもう一度目にすることができたら──。大切な人を失った喪失感を、テクノロジーで癒やす「新しい弔い方」に目を向けたのはアーティストの市原えつこ(Etsuko Ichihara)さん(29)。
遺族の悲しみを癒すと記者は書いているが、市原さんの考えはもう少し深いところにあるらしい。
「誰かが亡くなった悲しみや、自分が死ぬかもしれない恐怖を、科学では根本的に解決できないところがある。それを担ってきたのが宗教。宗教がかつて担っていた領域を、テクノロジーを使って再輸入できないかと思った」
意図するところがわからないが祖母の死をきっかけに思いついたそうだから、肉親を亡くすとはどういうことか、具体的な何かの思いがこのプロジェクトを動かしてるんだと思う。
でもさ。
俺の父親は認知症で60代半ばでボケ出して徘徊をするようになり、二人きりで住んでいた老齢の母を散々手こずらせ、もちろんヘルパーさんは来てくれるんだが24時間つきっきりな訳はなく、70をいくつか過ぎて足腰が弱ってからはやっとおとなしくなったけどその頃にはもうまともな会話ができなくなって、80のだいぶ前に病院のベッドで干物みたいになって死んだんだけど、あの10数年間の父、誤解を恐れずにいうと徐々に父でなくなっていった父をPepperで再現する意味はないし絶対してほしくないな。だって死ぬ間際の父はロボット以下だったのだから。
父の通夜では俺が添い寝した。焼き場で骨を拾った時は泣いた。母は通夜も葬儀も泣き通しだった。だから悲しくないなんてことはない。
でもある種の解放感を感じなかったかと言えば、それはウソになる。
肉親を失うって、ただ悲しいだけじゃない、色々な感情のごちゃ混ぜなんだと思う。通夜から葬儀の間は、感情に向き合うのを忘れさせるために、わざとバタバタと忙しくさせるのだとも聞く。
49日、あるいは納骨までの一定の期間というのは、介護で苦労した母の思いや遠くで働いているためにモヤモヤした思いでいるばかりでロクな孝行ができなかった俺の悔恨を整理するために用意されていたように思う。
父には大した遺産なんてなかったから相続がどうのというのはなかったけれど、相続で揉めると憎しみさえ生まれるかもしれない。
そんなこともあってか、亡くなったのお面をかぶり喋り方を真似るPepperというのが、ビジュアル的な気色悪さを除いても、何でそういうものを作るのか、やっぱりピンと来ない。晩年の父はボケてたから。ボケた肉親のロボットに出会いたいと思うだろうか?
もちろんこれはうちの場合だけで、中にはPepperになった肉親に会いたいと思う人もいるだろう。だからそれぞれの家庭の事情に結局は帰着するのだという身もふたもない話になるのだが、少なくとも俺には故人のモノマネをするPepperというものに対して、拒否反応がまず第一に来てしまう。
周囲の人間に祝ってほしいという年でもなくなった。
ただ、少しの後悔とともに、
毎年この日を待ちわびていた頃のワクワク感を思い出してチクリと痛む。
あれは祝ってくれる存在があっての楽しみだったのだと。
リスクを取らない道は
高い代償へとつながっていた。
自分はまだ何者にもなれないでいる、
来年も、その次も何かになれそうもない。
いつどこで道を違えていたのか。
今はかつて祝ってくれた人たちへの
悔恨の念が胸を挫くばかり。
でも、こんな思いは今日限りここに閉じ込めて
もう一度がむしゃらに走りはじめたいんだ。
少し場所を貸してほしい。
いいやつだな。
もし来年も会えたら嬉しい。
それを楽しみに一年、生きられそうだ。
「制服を着るような役を卒業したい」と周囲に漏らしている、みたいな記事を見かけた。
よくあるどうでも良い芸能ニュースだ。そもそも嘘なのか本当なのかも分からないし、第一興味もない。
ドラマや邦画も殆ど見ないので、彼に何の思い入れもない。最近人気の俳優で元仮面ライダー、くらいの認識だ。
記事内の年齢の()表記を見ると、どうやら彼は俺と同い年らしい。
調べてみると俺は92年、彼は93年早生まれなので正確には同学年だった。
その彼が制服を着る役、すなわち高校生役をやめたいと漏らしているらしい。
成熟した役柄にステップアップしたいだろうし、何より制服姿に無理が出てきている。
なんか女の子しか出てこなかったけど、なるほど。みんなかわいいけど、高校生役はさすがにしんどい。
彼女らが高校生役という映画・ドラマ・CMも、ここ数年は見聞きしないような気もする。
日本中の同学年の中でトップクラスの容姿を持つであろう彼女達ですら緩やかに年を取っていく。
容貌こそまるで違えど俺とて同じ人間。俺の若さも同じように日々着実に目減りしており、刻一刻と失われつつあるのだ。
至極当たり前のことだが、「加齢」という厳然たる事実を胸元にドンと突きつけられて狼狽えてしまった。
そしていつも抱えている焦燥感が更に膨らんでしまって、気分が滅入ってきた。
友達ゼロ、高校もろくに行かず、なんとか受かった大学もつまらなくてすぐ辞めた。5年前の話だ。
でも、紆余曲折を経てホワイト中小企業に潜り込むことができ、なんと正社員登用された。
給料は安いが良い上司にも恵まれたし、残業もほぼ無い。ボーナスも出る。運が良かったとしか言いようがない。
仕事に慣れたころ、「このままじゃ人生ダメだ」と思って義務的に何個か始めた趣味。
ほとんどが長続きしなかったが、1個だけガッチリと自分にハマる趣味もできた。
趣味経由で片手で足りるほどではあるが、親友と呼べるような友達(同性)もできた。
酒も飲めるようになったし、イベントなどにも出向くようになった。
16~20歳の間の自暴自棄だった自分がバラバラに散らかしてしまった人生のパズルのピースを
ここ数年を掛けて一生懸命拾い集めて、この1年でようやく一枚の絵になってきたような印象だ。
そう、恋愛である。この箇所に関しては清々しいほどに真っ白である。
ここで冒頭の話に繋がる。
俺はパズルのピースを必死で拾い集めている間に貴重な若さを随分と消費してしまっていたのだ。
まだまだ若いだろ、と自分に言い聞かせているうちに、20代の折り返し地点に到達してしまった。
冒頭のネットニュースは、その事実を俺にずいぶん遠回しな形で伝えてくれた。
俺はピースを拾う優先度を間違えてしまったのではないか。そんな悔恨がふつふつと涌いて出てくる。
友人や定職といったピースを血眼で探しているうちに出来上がったのが24歳の童貞である。
友人や定職、確かに重要だ。でも、恋愛すらできずに何が人生だ、と考え込んでしまうようになった。
知人にフリーターなのに彼女と婚約しようとしている大馬鹿者がいるが、彼の方が俺より幸せそうに見える。
まずは血眼になって恋愛すべきではなかったのか。とりあえず何事を差し置いてでも。
最愛のパートナーと泣いたり笑ったりしつつ、友人や定職を探しても遅くなかったのではないか。
これは隣の芝生を青く感じてるだけなのか。無い物ねだりなのか。
何度も反芻するたびに、どんどん気分が沈み、胸から喉にかけての辺りがずっしりと重くなってくる。
友人達に女性を紹介してもらえば?もちろん何人か紹介してもらったさ、でも誰とも話が噛み合わなかった。
コミュ障気質は治ったつもりだったんだけどな。数を熟せばいいのかな。どこに出向けばいいんだ?もうよく分からない。
飲みの席でも年を経るごとに「彼女が出来たことがない。」という主張が容認されなくなってきたのを肌を持って感じる。
最近ではヘラヘラしつつ、「ずっと居ないんですよw誰か良い娘いないっすか?」と笑って誤魔化す悪癖ができた。
同僚の中年独身男性の一挙手一投足や悲惨な孤独死のニュースにばかり目がいくようになった。俺もああなるのかね。
もう最近は恋愛を飛び越して結婚したくなってきてしまっている。子供も欲しいなぁ。どうしたものかね。
【ネタバレ注意】
FF15クリアしてから何となく思ってたことがやっと言語化できそうなので書いてみる。
個人の主観だから偏りとか間違いとかいろいろあるけど、あと長すぎるけど、暇な人だけ、広い心で読んでな。
FF15の主人公ノクティスは、ゆとりここに極まれりとでも表現するべきゆとりの権化たる20歳の若者である。
東京は新宿をモデルにしたインソムニアという小国の中の、都庁をモデルにしたというお城が彼のおうち。
お父さんから借りた高級車を乗り回して旅をする。
道中その高級車はバカ息子(ノクティス)とその取り巻きにDQN丸出しの改造を施され、当初の荘厳な姿は見る影もなくなる。
ノクティスは一国の王子様でかなり甘やかされて育ち、身近にいる同年代の友達ともタメ語でしゃべるけど結局はおつきの人たちなので厳密には対等な関係ではない。
旅の道中、その友達と悪態をついたりからかい合ったり、20代の若者らしい他愛ない会話がものすごくたくさん出てくるのだが(終盤の急展開を際立たせるためにあえてそういう何気ないシーンを強調するという演出なんだけどそれはまあ今はいい)、ノクティスの口調がまあぞんざいなこと。
お前、神様から世界を救う役割を任された王子様じゃなかったらとっくに見捨ててるからな、と言いたくなるシーンが多々ある。
ノクティスはおつきの3人の男友達とともにずっと一緒に旅をするのだけど、4人の中で暗黙のうちに「父親」「母親」「きょうだい(弟?)」「主人公」と明確に役割が分かれており、母親役の友達への態度が特にひどい。
「もっと敵の動きをよく見ろ」
と母親役から指摘され、その言葉が終わらないうちに心底ウザったそうに
「今日の天気は?」
「快晴だ。気温も上がるだろう」
としっかり答えてくれたのに
「ほーん…」
と生返事。
すぐ
「だるい」とか「眠い」とか「なんでこんなことやんなきゃいけないんだ」みたいな愚痴ばっかり言うし。
終始こんな感じなので父親役のやつからは何度かマジギレされるのだが、それにも「な、なんだよ…」と被害者みたいな顔をするか、もしくは「わかってるよっ!!全部わかってるんだよっ!!」と精いっぱいの虚勢を張った内容のない返ししかできない。
神様から世界を救う役目を任されたノクティスが、かように重度のゆとりであるがゆえに、悪者の悪だくみを食い止めるのに間に合わず、世界はほとんど滅亡する。
町は廃れ、村は滅び、どこもかしこも魔物であふれかえり、わずかに残された人類が肩を寄せ合って細々と生をつなぐ世界。
時間はかかった(10年かかっている。その間に多くの犠牲があった)が、ついに悪者を倒し、世界に平和を取り戻したのだ。
誇張でなく、ストーリーの半分ぐらいは、ノクティスのダメっぷりとそれをけなげに支えるおつきの3人の珍道中を描くことに費やされている。
残りのうち4.5割ぐらいは隠しダンジョンややり込み要素、最後の0.5割が覚醒ノクティスの無双シーンとエンディング(エンディングは泣けた)。
というのがなんか不思議な感じがした。
まあFFはこういうの結構ありがちだし、FF6も一度世界崩壊してから後半のストーリーが始まるし、FF10も緩慢に滅びゆく世界を変えるっつー物語だし、だいたい「悪者が大規模な破壊行為を行って取り返しのつかないことがたくさん起こったが最終的にはそれ以上の被害が出るのを食い止めた」って感じで、世界は結構な損害を被ってはいるんだよね。どの作品も。
…なんだけど、他の作品は主人公一味がものすごい精鋭揃いで当事者意識も高いし自分がやらねば誰がやるって決意とか覚悟がわりと最初のころからしっかりある。旅のはじめの目的から世界を救うことになるまでは偶然や成り行きもあるんだけど、その成り行きを受け入れるのも早い。状況を理解してからよっしゃそういうことなら一肌脱ぎますか!!ってなるまでのタイムラグがほとんどない。当たり前のようにみんな世界を救うという目的を共有し、それに向かって邁進する。
みんな世界を救うことに一生懸命なので、守りたくても守れなかったものとかを前にして、すごい落ち込むし、あのときああしてれば、って後悔したりする。
ひどいのになるとクラウドみたいに自我を失うレベルまでそういう後悔とか罪悪感とかに支配される。
守れなかった存在を前に悲しむことはあっても「自分の力が足りなかったから…」と後悔するシーンはほとんどない。
敵軍に理不尽な理由で殺された人さえも、どうかすると自然災害で亡くなったかのようなニュアンスで追憶していたりする。
自分がみんなを救わなくちゃ、と力んだりしていない。
自分を過度に追い込まないのだ。
その結果、世界がほぼ滅亡する。
でも、他の作品みたく
「遅すぎたのか…」
と後悔するシーンとかもない。
なんかこう、滅私奉公じゃないのだ。
たくさんの人が死んだ。
けれども、それでノクティスが「俺が至らなかったせいで…」と自分を責めたりするシーンはない。
3人の仲間達もそうだ。
いなくなったノクティスが成長して再び姿を現すのを10年待ち続け、ついに戻ってきた彼に「遅かったじゃねえか」と言いながら再会を喜ぶ満面の笑顔。
とか誰も言わない。
仮に彼らに
「ノクティスが戻ってくるのがもっと早かったら、被害はもっと少なくて済んだのでは?」
と尋ねたらこう答えるだろう。
「でもノクティスが十分に成長するのには、これだけの時間が必要だったのだから」
ふるさとのインソムニアが廃墟と化しているのを目の当たりにしても
「もっと早く帰ってきていれば…」
と後悔するシーンはひとつもない。
「後悔」「自責」
という要素を徹底的に排除しているのだ。
救えなかったあの人への悔恨の情がしばしば世界を救う原動力にすらなる。
ノクティスにはそういうのはない。
いや、設定上はあるんだろうけど、描写がないのだ。
10年経ってふたたび仲間の前に姿を現したとき、これまでのヒーローだったら「世界がこんなになるまで何もできなかった自分はなんと非力だったのだろう」とかひとしきり嘆いてみせると思うのだけどノクティスがそういうことをする描写はない。
でもきちんと悪者は倒すので、自分の役割を忘れているというわけでもない。
そういう描写を見ていて、ああ、ゆとりって確かにこんなだよなあ、と思ったのだった。
決して頭が悪いわけではない。
できないことを無理にやろうとしない。
そういうメンタリティを突き詰めていくと、ノクティスになるのだ。
だから、ほとんど壊れてしまった世界を目の当たりにしても、ノクティスが自分を責めることはないのだろう。
彼はそのときそのときの彼にとってのベストを尽くしたのだから。
まあ、それはそれで、いいのかもな。と思った。
後悔したって、自分を責めたって、死んだ人が生き返るわけじゃないんだしね。
今日行ったとんかつ屋で、あちこちのテーブルの上の食べ終わったお膳が全然片付いてなくて何だろうと思ったんだけど、若いウエイターの男の子が結構のんびりしてる子で、ひとつ配膳が終わって、周囲を見渡して、近くのお膳をひとつ片付ける、という場当たり的な対処しかしないのでなかなか片付かないのだということが少し見ているうちにわかった。
「もっと全体を見て、機敏に動いて全部のお膳を素早く片付けてしまおうよ。自分が飲食店でバイトしていたときにはそうしないと怒られてたけどな」
自分がバイトしていた店ではそれが当たり前だったので、頑張って慣れた。
できない自分を責めながら、早くできるようになろうと努めた。
でもまあ、なんていうか、そこまでしなくてもいいんだよね。
たぶん。
わたしもウエイターも同じ人間で、人間にとって仕事のストレスは少ないに越したことはないというのは真実で、まあ自分を追い込みながら余裕ない感じで片づけるだけが正義じゃないよね、とか思った。
そんで、そのウエイターみたいに、上の世代からの白い目もものともせずに、自分のペースで、できる範囲でできることをやる、自分を過度に追い込まない、というような働き方をする若者が増えれば、日本はだいぶ変わるんじゃないかな、とか思った。
うーん、やっぱりなんか言語化できてないな。
まあ、ゆとりも悪いことばかりでもないかな、と思ったんですよね。
長々とごめんなさい。
「私が」ではなく、「周囲の人が」困ったり、迷惑をする時の感情に思いを馳せる力。それはすなわち、他社の感情に寄り添う「共感力」に他ならない。
これは「定型」発達者が、成長の過程でおのずから身につけてゆく力だ。
最近は、職場で発達障害の疑われる同僚に接するようになり、障害の様々な態様について関心を持つようになったのだけれど、
そんな中、発達障碍のある人の手記を読むと、この力がポロリと欠け落ちているように感じられることがある。
「私」がこう思った。「私」は、こんなふうに苦労した。だから「私」は今、こんなふうな生き方をしている、等。
論証の視座が自己に偏っていて、どこか一人称小説を読んでいるような気分になる。
特にアスペルガー症候群と診断された人の手記には、この傾向が色濃く出ている。
「アスペルガーの私が、マルチタスク命!のコンビニで働いた結果…」
https://h-navi.jp/column/article/35026205
→著者ヨーコ氏の他の記事も参照
敗れた側のスポーツ選手はいう。「こんなに応援してもらったのに、応えられなくて申し訳ない」と。
オリンピックやワールドカップで、また欧州のサッカー選手や監督がそういった反省の弁を口にしているのを見ることがある。
だから、この「申し訳ない」という感情は決してこの国特有のものではないのだろう。
そして、このような反省と悔恨を述べた後、選手や監督が次に口にするのは「だから、次はもっと努力したい」という言葉だ。
このとき「申し訳ない」気持ちは、周囲に迷惑をかけないために、または、誰かの期待に応えるために、その原動力として働くようになる。
こうすまい、ああすまいと、「自分以外の誰か」にとってよくない結果を避けようと努力し、自らを発達させるエネルギーを生み出す。
自分のせいで落胆したりや辛酸を舐めることになる他者への共感=「申し訳ない」という感情が出発点となり、人は成長・発達を遂げることができる。
こんなことを書くと、発達障害で苦しんでいる当人に、さらに罪悪感を持たせようというのか、という意見もあるだろう。
それは確かにそのとおりだ。
このような「申し訳なさ」に至る=気づくためのメソッドや治療方法があるとしたら、それは前出のような手記を書くことのできる状態の発達障害のある人にとって望ましいものだろう。
少なくとも、自分がこの世に存在することが申し訳ないというような、極度の抑うつ状態にまで達している発達障碍の人には、すでに禁忌である。
私のような素人が、決して軽々しく日常生活に応用していいものではない。
しかし、こちらもまた感情ある人間であって、ふとした瞬間に、相手に対して非難めいたことばを掛けることを制御しきれないのも事実だ。
ここで主張したいのは、こういった発達障害のある人から「申し訳なさ」を引き出すような問いかけ・コミュニケーションを一概に否定するのではなく、
時には負荷をかけることが有効な場合もあるのでないか、ということだ。
罪悪感という負の感情を克服するために、克服したいという意思を持つがゆえに、人は自らを発達させようともがく。努力する。
「申し訳ない」という感情に含まれる、他者の存在と距離を感じるところから視野が拓かれ、自らの発達障害に深い理解が及び、ひいては、その克服に至ることがあるのではないか。
以上のようなロジックで「申し訳なさ」を引き出すことが発達障害のある人のためにもなるという主張をしてみたいと思う。
望むべきは、私自身がもう少し発達障害の疑われる同僚に気を使ったり、自らを押し殺したりすることなく、時に軽やかに時に遠慮なく、モノを言えるようになることだ。
発達障碍のある人の周囲の人間の負荷。
まったく陽のあたらないこの負担を担ぎながら、私もまた、私自身を視座の中心に据えて、こんなレントシーキングまがいの呟きをしている。
発達障害を望ましい個性であるとか、多様性の発露であるとかいった主張だけは受け入れられない。発達障害が克服・改善されない限り、かならず誰かが負担をこうむるのだから。
以上。徒然おわり。
個別具体の退職理由はいろいろあってそれらは後述しますが、退職を決めた基本的な理由は、個人的なキャリアパスの設計と会社の方針のミスマッチ、労働観のミスマッチ、技術投資の考え方のミスマッチの三点に集約できると思っています。
ソフトウェアエンジニア(を目指す人間)にとってソニーと言えば、"自由闊達な理想工場"、エンジニアが自由に活躍できる会社、日本のメーカーなのにソフトウェアもちゃんとつくれる会社、などのイメージがあるかと思います。私もそう思っていました。
実際会社は説明会などでそういった説明をしましたし、そういったイメージを前提に私はソニーを選び、「エンジニアとしてプロフェッショナルになる。品質が高く、お客の求める体験を作り出せる人間になる」というふわっとしたゴールを設定し、いわゆる"プログラマ 35 歳定年説"をガン無視した一生エンジニア型キャリアパスを描いていました。
しかし、会社の求める人材像、少なくとも自分が配属された事業部で求められる人材像、キャリアパスは、上記と全く異なるものでした。
昇進の段階としては、現場業務(エンジニア)は基本的に常にマネジメント業務(中間管理職)に対して格下に位置得付けられており、一部オーバーラップする部分があるものの、昇進する = エンジニアをやめてマネージャーになるという状態でした。退職の原因になった上司からも「君は優秀なんだから、プログラミングみたいな低俗なことは早く辞めて人を動かせるようになれ。私が引っぱりあげてやる」(意訳)といったようなことを言われ、自身の「エンジニアとして生きる」というキャリア設計との相違は明らかでした。
もちろん、組織としてスケールするために、エンジニアが経験を活かしてマネジメントに移行することは否定されることではありません。ですが端から、エンジニアリングをマネジメントになるための踏み台として"しょうがなくやるもの"として扱うことには強い違和感と嫌悪感がありました。
退職の際の送別会で、部署の中でもエンジニアとしてレベルが高いと感じていた40代の先輩が、「ソニーではエンジニアリングは評価されない。俺はその方向に進んだけれど、給料は最近下がる一方だよ。君はいい選択をした」と言っていたのが、未だに記憶に残っています。
私はいわゆるライトなオタクで、アニメやゲームが好きでコンテンツを消化する時間が無限に足りないと感じていたり、自分で何かを考えてものを作るという絶望的に時間を食う行為も好きだったりして、ともかく余暇の時間の確保が人生の重要課題です。
もうご推察されたことと思いますが、ソニーでの私の労働時間はそれなりに長かったです。企画・ビジネスユニット主導のスケジュールに開発部隊は圧殺されて、長時間労働が常態化していました。私も残業時間が 90 〜 100 時間程度の月が 3 ヶ月ほど続いたこともありました。部署の先輩には、残業時間の"平均"が100時間という方もいましたし、月の半ばで法規制が許す残業時間を"使い切ってしまう"ため月の中盤以降は"定時に帰ったことになっている"デバイス系の同期もいました。正直に告白すれば、私もチームリーダーに「打刻してから席に戻ってこい」と言われたことがあり、そのチームリーダーは次の日悔恨の表情で「昨日言ったことは忘れてくれ」と言っていましたが、数カ月後に突然辞めました。
前述の通り、趣味の時間が人生の意義になっていた私にとって、これは体力的だけでなく精神的にも非常にダメージの大きいものでした。上司からの「君のチームが他のチームに比べて残業時間が少ないので、(労使交渉で通常の上限の)60時間まで残業時間を埋めてほしい」という指示が決定打となり、退職を決意するに至りました。
昨今の、シャープ・東芝等のニュースで明らかになっているとおり、大企業だから安泰ということはもう過去の話です。そのため、自分の市場価値を高めておく必要があると私は強く感じています。
しかし、会社はエンジニアリング軽視であり、またその昇進先であるマネジメントについてもお世辞にもプロの仕事とは呼べないものであり(残業100時間を続けないといけないマネジメントとはなんでしょうか?)、ソニーで働き続けることは私の「労働市場で自分の市場価値を高める」という方針にとってリスクでしかありませんでした。
人事担当者に、現在のキャリアパスについて不安があるという相談をしたときにも「増田さんがソニーで(定年まで)働き続けることを考えると〜」のような発言をしており、会社がなくなる / 現状の待遇が維持されなくなるというリスクは全く考慮されておらず、いかにただただ嵐が過ぎるのを耐えるかという発想しかありませんでした。
エンジニアリングについても、昨今の汎用チップにスペック的に見劣りする高額のカスタムチップの開発、そのカスタムチップを使いこなすための C / アセンブラによる手動の最適化といった"職人芸"に対する信仰、大量のテスターを雇っての人力テストなど、エンジニアとしてのセンスとしてやや疑問符がつく、ともすればレガシーな開発手法がまかり通っていたりと、この技術・職場に適応したとして、その人物は一般的な問題に対応できるだろうか?その人物を市場は評価するだろうか?という疑問が拭えませんでした。
また、業務時間がまるで足りないからとコードレビューすらろくにできないので知見がたまらない、時間がないので勉強もできない(しない)、もちろん職場で最新の技術に対するディスカッションどころか雑談すら成り立たない、という状況で、私がこのような職場で業務に忙殺されている間にも、世界のエンジニアは勉強し技術力を高めているのかと思うと、相対的に自分の市場価値を毀損されていると感じ、焦燥感にはちきれんばかりの思いでした。
こういった不安・不満があり、また会社の期待にも応えることが難しいということで、先ごろ無事ソニーを退職し、新しい職場で働き始めています。新しい職場は上記の 3 要件についてよくマッチしていると感じており、心穏やかに働けています。幸い年収も多少増える結果となりました。
色々書きましたが、これらはソニーが悪い会社だと言う話ではなくミスマッチだと思っています。上記の内容はすべて私の価値観を元にした一面からの評価になっており、他方でここで挙げたような会社の考え方(マネジメント優先・仕事優先・安定優先)に同調・納得できる方もいると思います。残念ながら私とはミスマッチだったというまでです。
また、あくまでこれらはソニーという(さらに言えば自分の配属された事業部という)組織に対する評価であり、尊敬できる先輩・同期もたくさんいましたし、そういった方々と出会えた、幸いにして現在も仲良くしていただいているということは、本当にありがたいことです。
みんながしあわせになるといいな。
内定もらった時の風景は今でも覚えていて、友人と一緒に出かけていた先で内定通知の電話がかかってきて、本当に2人で喜んで、とても嬉しかったのを覚えている。どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ。
ものつくりの現場で、エンジニアリングをバカにされたのは悲しかったなぁ。私がいる間だけでも、ものが作れなくなっていってるのが感じられたのも悲しかった。
山手線のホームドアの手前、混雑する車内を前にイアフォンを鞄の中から探していた。一度入ると取り出すのが大変だから…そう、時間はかからなかったと思う。ただ手こずっただけだ。
やっとお気に入りを鞄の奥底から引っ張り上げたとき、山手線は目の前になかった。忽然と消えた!驚きに周りを見渡せば、遥か右に消えていく面影。
鞄を探すちょっとした時間がどれくらいだったか。山手線が目の前にあって、山手線がいなくなって、その始まりと終わりは覚えているのに間が抜けていく。今日、退職手続きをする会社も思えばそんな感じだった。
昨日、今は違う部署にいるお世話になった上司にメールを書きながら、通り一片の定型句じゃもったいないとエピソードを思い出そうとした。だが、うまく説明できない。一番お世話になり、また一度は障害の尻拭いを客先にしていただいたはずの仕事の話が出てこない。
本人はまず覚えていないだろう日常会話……春野にあるホビーショップについて店名と外観が結びつかなくて、上司が幼少の頃に遊んだお店、今もありますよと切り出せなかったこととか、そんな軽い悔恨ばかり思い出す。
自分の中で十年間という大学と高校を合わせたよりも長い入社時間がすでに畳み込みを始めているのだと気づいた。
思い出の整理はしがらみに絡め取られたまま、客先に挨拶して周る言葉すら、まだ二、三考えているだけだ。だが、生理的な記憶は既に取捨選択を行っていたのだろう。気付かなかっただけで既に廃棄処分を受けていたのだ。重要書類もそうじゃないのも本人の意志確認なしに。
「君の名は。」に隠れてあまり話題に上がりませんが、少なくとも界隈ではヒートアップしている気がします。
観に行った友達からはSEが良いとのことでしたが、確かに、といった感じ。
弾がいくつも落ちてきて、時期によって種類も変わるのですが音声ともに視覚描写を変えていくところが丁寧。
爆弾で思い出しましたが、核については必要以上に触れておらず、そういうところもいい。あえて日付をぼかしておいて、視聴者に察せさせる配慮(?)もうれしい。
呉の人からすると、広島に新しい爆弾が落とされたらしい(爆破過程がいつもと違うことと、何やら雲らしきものが見える)・・・くらいの事実認識がおそらく確かに普通なのでしょうなあ。
また、あのときの雲から「あの子」を想起させるところも小気味いい。ほかにも「あの子」をすずが何度も何度も思い起こすシーンがありますが、フラグ回収という意味では気持ちいいし、悔恨の意としてもしつこくない。これも理由がはっきり説明されているからなんだよなあ。
そういえば、後悔のもととなった事故シーンはこの作品の一番奇特な場面だった。あそこで初めて、「ああ、映画を観てるんだぼくは・・・」みたいな、聴覚と視覚がフル刺激されているような感覚が走った。すずの感情起伏もあそこでガラッと変わるし、視聴者側からしてもあれだけ時間をかけて場面を見たからこそ後半への準備ができたのでは。
あと、すずの描く絵はシーンを一気に童心への回帰へと持っていき、そのたびに涙腺が少し刺激されるのは「昔を懐かしむ」人間の定め?でも別に恣意的に場面を挟んでるなあという感じがしないのは、紙自体が貴重だったりする時代背景(つまり紙の出てくるシーン自体が少ない)からか。
この映画、クラウドファンディングでの応援が公募されたことで話題に上がりましたが、そういう意味でもこの映画が作られた理由というのは、「この世界の片隅」を動かしたい(してほしい)・聴覚刺激を加えたい(ほしい)という願望がやはり大きいのだと思う。
戦争を題材にするにあたって、人の恐怖心を駆り立てる轟音はあってしかるべきだし、感情の起伏こそ動きがあってなんぼのもん、だ。
「戦争ものってどうせお涙頂戴か、見てたら気まずくなるんやろ?」って僕は今の今まで思ってましたし、ほかのものは実際そんなのがあるかもしれないけど、コミカル要素がままあって、あくまで日常を実寸大に描いてるこの作品は僕にとっては非常に観やすかった。いやほんとNHKの連続テレビ小説でどれだけ胸糞悪い思いをしたか。本当にこの作品にあえてよかった。戦争に対する思いは描く人それぞれが覚悟をもって確固たるものを抱いていると思いますが、たぶんそれは敗戦直後のすずの叫びそのまんまでしょうし、僕はこの台詞でやっと戦争ものへの全体的な反発から解かれるよな気がするし、なぜ人々はここまで戦争について語るのだろう?というわだかまりまで自分の中でもう少し消化できそうな気さえしてきた。
表面的な感動だけを呼び起こすことなど全くせず、心の底からの(原始的な?)感情を目覚めさせてなお上位な思想を頭の中でくぐらせてくれました。
何度も見よう、とはならないけど、たぶんふとした時にまた呉の風景が僕の頭に戻ってくるのだろうな・・・その時にはもう少し戦争観を成熟させていたいものです。
残念ながらコピペじゃなくて、実際にTVタックルで野坂本人が冗談めかして言ってたんだな。Youtubeか何かがあればよかったんだが見つからなかった。
まあ、実際に締め切りがどうとかは本心じゃなくて、悔恨とか悲愴とか怨念とか、そんな自分の当時の心情を勝手に他人に想像されるのが嫌だったんだと思う。
義務教育の国語って、作者の心境なんて本人以外分からんものを無理やり想像させようとする一方で、論理性を軽視する傾向にあるんだよね。村上春樹がプリンストンで「成熟と喪失」をテキストにした時、学生から「これは批評じゃなくてエッセーだ」と言われたそうだ。新聞の社説ですらやけに情念的なこの国で、国語教育に論理性を求めるのは無理があるのかもしれない。
嫌悪感がある方はごめんなさい。
Webで調べて、デリヘル形式のお店に決め、コース・予算をチェックして電話。電話によるとすぐ入れるとの事。
お店は隣の街なので、電車に乗り、駅について改めて電話。ラブホテルを紹介されチェックインして改めて電話連絡。
そしてお風呂にお湯を張り、AVチャンネルを見ながら姫の到着をしばらく待つ。
かねてよりM風俗に興味があったのだが、なかなか足が伸びなかった。賢明な増田諸兄ならご存知の通り、M風俗はやや割高なのである。
エリアによってはソープランドとほぼ同額なのだ。同額ならばソープランドの方がよい。この時まではそう考えていた。
その日は違った。
入れるより入れられたかったのだ。
直近にストレスを抱える事案があり、色々と解放したくなったのも、この店を選択した理由である。
そんな様にM風俗に来た理由を自分なりに逡巡していると、ドアホンが鳴る。
開けると目方40歳位の小奇麗な女の子がスーツをびしっと決めて立っているのである。
部屋の外に立たせていてもしょうがないので、ささと部屋に通す。
今日は暑かったですねとかそんな話をしながら、ソファにささどうぞとエスコートする。
着座した女の子が重そうな鞄から出したのはプレイカルテであった。
なんて呼んでほしいか、どのようなプレイをしたいのかなどを女の子と話ながら記入する。
ソフトM/普通のM/ハードMの選択肢があったのだが、いかんせん初めてなのでどの程度のものなのかがわからなかった。
「M風俗は初めてなのでソフトMコースが良いです。痛くないやつ。ただエネマグラとバイブとペニバンはおしりに入れてください。」
「初めてなのによくばりね。」
カルテの記入が終わると女の子は重そうな鞄から色々道具を取り出しベッドの周りに並べていく。
胸重視の増田諸兄ならばそうだと思うが、
しかしながら非情な事にこの日は大平原に二つのクルミであった。
いつもならボディソープを泡だてている後ろから胸を触るかどうかの葛藤がある(だいたい触らない)のだが、
この日はそんな気が起きなかった。
シャワータイムは臀部を入念に洗っていたのが記憶に残っている。
そしてシャワーが終わると先に出て、
ベッド上のアイマスクをして仰向けで待つようにとの指示を受ける。
指示通りアイマスクをし、ベッドで待つ。
緊張である。
ベッドの端が沈みこむ感覚があり、近づいてきた事がわかる。
最初は足元に口づけがあり、そのあとはアダムタッチだとかフェザータッチだとか言われる技法で
全身を触れてくる。とても気持ちいい。自然とオットセイの様な閨声が上がってしまう。
「女の子はいつもこんなに気持ち良い事していたのか、ちくしょう」などと恨みごとが湧きあがってきたのを覚えている。
アダムタッチを熟知している増田諸兄には周知の通りだと思うが、
敏感な個所にはなかなか触れずに焦らしてくるのである。
アシカの様な咆哮をあげていると、するりと感触が伸びてきた。
待ちに待った時が来たのだ。
そうすると、あつい温泉に入った時に覚えるあの「くうっ」と視界が歪む感覚があり、頭が真っ白になるのである。
おそらくドライオーガズムと言う奴であろうか。そうであってほしい。
そして一呼吸おいてアイマスクが外される。
私の体も正直であった。
そして四つん這いになるように促される。
いよいよである。
最初は指が一本入ってくるのだが、
これがまた気持ち良かった。
すぐにまた元気になってきた。
私の体も正直である。
そのあとでエネマグラをぶすりと差し込まれてびくりびくりと刺激されると、
いくつかの小玉が数珠状になったバイブレーターで、そこにゴムをかぶせて利用するそうだ。
一つ二つと丁寧に押しこまれていく。
増田諸兄ならば普段感じているであろう、あの排便の快感がずうっと続く感じなのだ。
そんな意識がもうろうとしている中、「きゃあ」と悲鳴がきこえた。
「何」と聞くとどうやら血が出ているらしい。
そうするとまた「きゃあ」と声が聞こえる。
「どうしたの?」と聞くとバイブにウ○コがわさっと付着しているようだ。
どれどれ、と見てみると確かにバイブレータの小玉の隙間が茶色で詰まっている。
これは無理だね、と言う事でペニバンを待たずに終わってしまったのである。
仰向けでの手作業をしてくれると事になったのだが、
ここでもまた「きゃあ」である。
あまりの気持ちよさに力が入りぷりぷりと少量ではあるが排出してしまったようである、、、いや、出ていく感覚はあったのだがどうしても体を止められなかったのだ。
「ごめんなさいね」
「いいのよ」
私の悔恨をしっかりと手で受け止めてくれている聖女がそこにはいた。
そのあとお風呂に入っていつも流れで終了する。
この間、お尻が高鳴りっぱなしであった。
どうかきっちり浣腸・直腸洗浄を済ませてから事に臨んでほしい、
と言う啓蒙を持って筆を置かせて頂く。
「正月じゃないのに!???」と俺が驚くと、餅は「ごめんね」とちょっと申し訳無さそうに謝った。
餅に謝られてちょっとこれもびっくりしたんだけど、よく考えたら餅が悪いわけじゃないし、やはり諸悪の根源はアメリカの新自由主義的帝国主義にあるという気持ちになり、怒りがメラメラと燃え上がってきた。
俺が燃えると餅は「もっちっち」という聞いたことのない鳴き声を出しながら、急速に膨張していき、十六分後にパン、とはかなげに弾けた。
せめてもの供養に、とたまたま持っていたコストコの業務用きなこ20kgできなこ餅を作り、食べて応援だ!的なことをやろうと思ったのだが、コンクリートの地面にへばりついた餅は絶望的に不衛生で、そうでなくとも湯気だった温度が夏の暑さと相まって食欲を大いに削いだ。
餅は「五秒ルール! 五秒ルール!」としばらく頑張ってアピールしていたもののそのうち余裕で五秒経過してしまい、やがて諦めたようにニヒルな笑みを浮かべ、β化していった。
夜の10時。
冷蔵庫の棚から三ツ矢サイダーと薫るプレミアムモルツと塩辛を手に取りレジへ。
すると洗い物をしている40に近いと思われるオッサン店員がいる。
女子大生にTポイントカードはありますか?と聞かれるのはいいのだが、
オッサンに聞かれると僕の中の虫が疼きだす。
「カードはありません。
それよりあなた、なんでそんな歳になってまでこんなコンビニでバイトしてるんですか?
結婚する前に、深夜のコンビニで働くことになるって想像してました?
貴方の力で結婚をしようと思ったのが間違いじゃないんですか?」
きょとんとするオッサン向けておれは続ける。
「あなたもしかしえて自分の子どもに勉強しろとか努力しろとか言ってませんよね?
そんなことを言っているんだったらあんたは死んだほうがいい。
あなたは自分が勉強も努力もせず今の地位に甘んじていることを恥じるべきなんですよ。
自分が通れなかった道を美化して子どもに伝えることはやめてくださいね。
不相応という言葉を知れ。
住んでいる場所はこの店の近くですか?
もし近所にばれないように遠くに来てるとしても、奥さんの気持ちはまぎらわせませんよ。
自分の人生をあずけた旦那が、高校生やDQNに混じってバイトをしているなんて、奥さんの気持ちを察すると堪えれません。
あなたは自分の人生を恥じて、憎んで、恨んで、早くしんでしまえばいいと思います。」
紅潮しこわばったオッサンの顔。。
「あなたがもしこのまま恥にまみれた人生を送りたくないというのなら、
男でいることを捨てて、これからは生きていって下さい。
レジに跪き、僕の猛々しいファミチキをオッサンの口にぶちこむ。
パーマがかかっている髪を掴み、オッサンの頭を禿しく前後に運動させる。
そのレジに立つ中年の男は抵抗することなく、僕に体を預け、絶望、驚き、安堵、悲しみ、悔恨、苦痛、いろんな感情が入り混じった顔をしている。
僕のファミチキをしゃぶり、これまでの人生を味わい、新しい人生をいきていけオッサン。
オッサンはレジの上の塩辛の封をあけ、僕のファミチキに塩辛を塗ってしゃぶりたいと懇願してきた。