はてなキーワード: 広告塔とは
今年J1に復帰した横浜FCというチーム。カズこと三浦知良が本籍を置いているチームとして知られているが、これ、実は創価学会との繋がりが強いのである。以下、具体的な内容を記しておく。
詳しくは割愛するが、横浜FCは1998年度いっぱいで消滅した「横浜フリューゲルス」の後を継いで立ち上げられたクラブである。当時は特定の親会社を持たず、ソシオという制度を使ってサポーターがお金を出して支えると言う仕組みの先駆者でもあった。
2007年に一度J1昇格を果たすが、圧倒的最下位であえなく降格。話題になったのは当時在籍していた久保竜彦の超ロングシュートと、最終節で途中までJ1首位を独走していた浦和レッズの優勝を打ち砕いたことくらいであった。
2009年にLEOCという給食事業会社が横浜FCの親会社になる。
この企業のグループ(当時はレオックグループ、現「小野寺グループ」)の会長兼社長は熱心な創価学会信者であるのだ。https://i-incz.com/blog/2485.html
週刊新潮2013年6月20日号においてこのような話が告発された。内容まとめているブログがあるので詳細はこちらを見て欲しい。http://yajyukouhai.blog.fc2.com/blog-entry-405.html
奥大介氏が現役引退後壊れてしまい最終的に交通事故で絶命した遠因は創価学会への入信をしつこく求められたことによるストレスであり、他にも入信強要を嫌がってチームを去ったコーチやスタッフが何人も出ていたとのこと。
1-2年で辞めた人ならともかく、何年も在籍している監督やコーチやスタッフがいたら、その人は入信したか元々信者であると思ってよいだろう。
昨年、小野寺グループが三ツ沢球技場の改築提案を突然発表した。昨年になって横浜市が手狭になった三ッ沢公園の再開発構想を掲げたことを受けて、小野寺グループが具体的な内容提案を行ったものである。https://www.onodera-group.jp/news/?p=3335
実は創価学会は三ツ沢を聖地の1つとして位置付けている。1957年に創価学会の2代目会長が「原水爆禁止宣言」を行った場所がここなのだ。https://www.sokagakkai.jp/in-society/nuclear-abolition-declaration.html
だから、他の非創価学会系企業に取られないよう、小野寺グループは先んじて手を打ってきたと考えられる。
学会系企業による提案だからか、いつもなら真っ先に反対の声を上げる共産党も大人しい。学会系企業が絡んでいない広島や京都や鈴鹿とかでは人間の鎖とか環境保全ガーって言ってきたが、横浜・三ツ沢のこの件ではあまり大きな反対の声を上げていない。学会系企業の提案に不用意に噛みつくと痛いカウンターを食らうことを恐れているのだろう。
最後に。カズが学会信者かどうかは、決定的な証拠が出てきていないので何とも言えない。ただ学会のフロント団体である横浜FCの広告塔としてこき使われていることは確かである。今年はポルトガルにレンタル移籍が決まっているが、移籍先のチームもこの小野寺グループ関連だったりするのだ。
山上の犯行はテロだったのか、怨恨だったのかみたいな話もよくあったけど
俺はテロだったと思う
結局は、あの事件は「テロリストが正しかった」ということになる
日本に統一教会が巣くっていて、安倍晋三がその広告塔になっていて、被害者や二世信者がたくさんいて、今も苦しんでいる。それは厳然たる事実であり、それに光を当てたのが山上
山上というテロリストを産んだのは日本の社会なわけよ。統一教会問題に興味を示さなかったこと、自民党が世界平和統一家庭連合に改名を許したことや公安の捜査対象から外させたこと、そんな統一教会と強いつながりがある自民党を脳死で支持してたこと
テロには屈しないという文言は、テロに屈しないだけのしっかりした社会だけが言えるんだわ。今回の事件はテロに論破されてるようなもんで、テロには屈しないというお題目だけをなぞらえて吹き上がってる奴を見ると滑稽でしょうがないよね。くだらねえ
テロに屈して当然だろこんな社会。日本人の負けだよ。山上徹也の圧勝。安倍以外誰も殺さなかったしな。ここにきて山上の銃弾は安倍の致命傷にはなってないみたいな情報も流れてきたが、まあ現時点では置いといて
日本人が自民から権力をスイングさせることができてたら統一教会と自民のつながりも絶ててたかもしれないのになあw残念wああ、結果論かwどちらにしろ俺は自民には入れてないんでねw合唱w
「投資家のマインドは潰しが効かない」という話を聞いたことがある。おそらく「誰か能力のある人に金を払えばやってくれる」という発想のことだろう。
物事を実現する際の困難の中には「時間」「金」といった要因は存在するし、確かに重要だろう。そして時間と金をうまく運用すれば金を増やせるという環境にいるのであれば、それに特化した行動をしようとするのかもしれない。Billionsというドラマはそういうものかもしれないが、つぶしが効くかどうかはわからない。
「自分の能力の研鑽のためにatcoderをやろう」といったマインドの人はまた別の行動原理を持っているように見える。知識やスキルへの投資を重視していて、得られた能力を使ってチャンスをつかもうとする。貧者の戦略ではあるものの、知識面で富豪に立ち向かうことはできる。覆面ハッカーのエリオットが中華のドンを倒すのに似ている(Mr.Robot)。
あるいはそのどちらでもない人もいる。楽しいと思うギターや漫才をやり続けて、どこかで出演をしたりライブをしたりと認知資産を増やしていった結果、知名度によって成功するタイプである。その知名度を利用すれば、ファンに特定の思想を植え付けたり、商品を購入させたりと、歩く広告塔のような役割をもたらす。ジミー・ヤンもその一人だろう。
組み合わせるタイプもいる。OSSでみんなに「すごい」「便利」と言われるような何かを作って知名度を稼ぎ、技術と知名度の両面で成功するタイプである。リーナストーバルズはここに含まれる。
全く正反対のベクトルとしては、障害者が自分が如何に惨めであるかを示して、同情を得ることで成功することもある。具体名は挙げないが、そういうタイプのTEDスピーカーや著者がいるというのは事実である。あるいは障害者というラベルを利用することでアートのオークション価格を跳ね上げることもある。
または日本人が海外のマシな経済で生きていこうと思ったら寿司職人がおすすめになる。ルクセンブルクで寿司職人として働ければ幸せな人生を歩める可能性が高い。
...とこの辺にしておこう。
こうやって書いていけばわかるが、生物の進化形態が様々であるように、人間もその性質によって様々な戦略を立てていることがわかる。「つぶしが効く」と言うが、それはサラリーマンとして生きることに対する現実感と労働需要の多さを前提として出てきた言葉だろう。サラリーマンといっても職種と企業の組合せを列挙するだけでも結構あるため、多様な労働需要が存在するという観点はやはり重要だ。
「何らかのスキルを身につけて、その汎用性を競う」と言うのであれば、一つ重要なスキルがある。それは情報収集能力である。寿司屋の例を見れば分かったと思うが、そもそもルクセンブルクがどんな国かを知らなければ行こうと思う動機にはならないだろう。そして日本よりもマシな国に移住するために何が必要かというのも、やはり情報収集能力がなければダメなのだ。
しかし正しい情報をただ闇雲に集めるだけではダメで、情報を「何に対して」集めるかという目的が必要になる。その目的というのは、どういう人生にしたいのかということだ。どういう人生にしたいというはっきりした目的がなければ、検索上位1件に出てきた「奴らの利益のための情報」を「自分のための情報」と勘違いすることになるだろう。あるいは「流行っている情報」を「自分の興味」と勘違いすることも起こる。
何がいいたいか。お前の人生どうしたいかはお前がコントロールしろということだ。安易に「つぶしが効く」ものを求めて、それでお前にとって本当に良かったのか。良かったならそれがお前の求めていたものなのだろう。俺の場合「ルクセンブルクで寿司屋になるなんて思いついたこともなかったな」と感じたので、もっと視野を広げたほうがいいのではないか、視野が狭いのは他人に操られている証拠ではないか、と思ったのだ。
「性的消費とはなにか、何を消費してるのか」——…
およそ10年増田とはてブにとぐろを巻き、性的消費を研究しているものです。
答えは女性の尊厳です。尊厳とはこの場合、パブリックイメージを意味します。
女性全体のイメージが削られ、すり減らされ、人としてマトモな有様から遠く離れていく様子を、性的消費と称してるのです。
近年タクシーの運転手が女性客に対してだけ横柄な態度を取るって話が話題になりました。あの話もまた、女性のパブリックイメージ(=女性性)が軽んじられている証拠のひとつです。
男性が自分の行為がセクハラかどうかを自分で判定するときに「女性を男性上司の娘に置き換えて考えてみろ」というアドバイスがあります。この助言もまた男性上司の威光の下にある子どもと一般女性の人間としての重みの落差を前提にしています。もし元々女性の同僚と男性上司の娘を同じレベルの人間性を持つ人間と考えて丁重に扱っているのならば、セクハラは起こらないのです。
女性とは粗末に扱いすり減らしてよいもの、という認識が女性自身に移ったとき、それは自尊心の低さに変わります。自分を傷つけるモラハラ男性に魅力を感じてしまい、性的合意を欠いた一方的な要求に屈するようになってしまうのです。
推理小説のネタとは違い、女性性は消費されても簡単に利用不可になって枯渇する怖れを感じたりはしません。だから消費の感覚は薄いものです。しかしもしフェミニズムが忌避され忘れ去られてクレームの声を上げる誰かの勇気も消え、女性の性がぞんざいに扱われるのが当然のようになれば、女性は女性であるだけで、自分自身を大切に捉えて、自分の人生に意味を持とうとする主体性を持てなくなってしまうでしょう。
絵を性的に消費しない態度を取ることは、消費者側の男性でも出来ます。性的に興奮しなければ良いのです。絵の美しさや面白さ、楽しさ、そういった部分に目を向けて、性的にまなざすのを止めればいい。長年の習慣で自動的にセクシャルな部分に目がいくように刷り込まれていると難しいですが、意志の力であらがうのは可能です。出版する側もまた、性的消費をなるべく誘わないような描写をすることが可能です。注意すべきは、厳密には性的消費をする責任は出版社ではなく消費者側にあることです。というのも、出版社の善意の工夫が逆に性的消費になってしまう場合があるのです。広告塔として採用し女性がたまたま乳房が大きかった場合を考えてみてください。彼女を拒否して乳房のサイズの小さいアイドルに置き換えたり、服を工夫して乳房の見え方を調整したりするのは、むしろ彼女を、ひいては女性一般の態度を萎縮させる結果に繋がるでしょう。それゆえに男性オタクが声を揃えて「別にエロくないが?」と言うのは意味があるのですが、一般の女性が信じない場合には意味がありません。ただ男性オタクの評判を下げるだけです。女性性を、女性のパブリックイメージを傷つけうる表現をやんわりと差し戻して、消費者が公式(運営)と共に、キャラクターの魅力とコンテンツの面白さにスポットを当ててそれを楽しめるようにシフトしていくのがベターな態度だと思います。目指す未来では、大きな乳房も見えてしまったお尻も、障がい者の体の一部と同じように、ただの身体的な個性のひとつになり、特に注目を集めることも腫れ物のように注意深く扱う必要もなくなるでしょう。
私は、かつて性的消費に反発しフェミニズムを鬱陶しく思っていた男性オタク増田でした。しかし内省を重ねた果て、現時点までに、このように考えるに至っています。
「雀魂」「咲-Saki-全国編」のバニーガールポスターの駅掲示問題について、
ただアニメキャラが露出度高い衣装着てるだけのポスターだと思ってるようなコメントが散見されるので、
以下2点を指摘しておきたい。
今回バニーガール姿になっている咲sakiの登場キャラクターは女子高生という設定。
バニーガールは米国雑誌『PLAYBOY』が1960年に発表した衣装であり、
ウサギが年中発情期なことから「いつでもやれる女」の記号だったという事実。
つまりあのポスターはアニメキャラがただ露出度高い衣装を着てるわけではなく、
未成年が「いつでもやれる女」という暗喩が込められた衣装を着てるということ。
つまり「さあ、みんなで未成年を性消費しようぜ」ってポスターが、
以下、本稿の注意点。
・「取り外せ」とは言ってない。某弁護士先生のツイートに反論はないです。
・未成年の性消費自体は、おかずにするだけならば否定しない。(犯罪のNO)
・筆者はフェミでもないし、規制派でもない。どちらかというとオタ寄りの人間。
・エロいと思うほうがエロいという反論については本質ではないと思う。(どちらでもいい)。
なにより普段変態自慢してるような連中が急に「お前のほうがエロい」言い出すのは白々しすぎる。
>>実際に自分の娘が高校の麻雀部に入って、なぜか知らんがバニーガール姿で広告塔にさせられたら嫌だよなあ。お前ら、無抵抗なアニメキャラなら問題ないのかよ。最低だな。
ワールドカップの日本代表の健闘を良く思っていない層が2つある。
一つはご存知日本共産党。複数の議員が日本代表に冷水をかけようとして自分達が炎上している。サッカー場建設にひたすら難癖をつけてくるのはもはや様式美である。人間の鎖を遣った鈴鹿の建設予定が正式に消えたので成果も出せている。
もう一つは海外サッカーファン。所謂「海外厨」と呼ばれる層であるが、彼らも今回の健闘を良く思っていない。ドイツ戦に対して「勝っちゃいけない」とまで言った明石家さんまが代表的存在だが、あの層は欧州サッカーを異様なほど崇拝していて、それに日本人が入り込んだり結果を出すことに対して強い抵抗を示してくる。
10年近く前の話だが、エルゴラッソというサッカー専門紙のスタッフが当時マンチェスター・ユナイテッドに居た香川真司などを指して「欧州でプレイする日本人サッカー選手は安っぽい」とTwitterで発言して大炎上した事例があった。これは海外サッカーファンのスタンダードな考え方である。当該スタッフは実名でツイートしたため主に国内サッカーファンから批難されたが、海外サッカーファンからはむしろ「その通り」「よく言ってくれた」と称賛されていたくらいだ。
彼等は日本サッカーの発展を望んでいない。むしろ崇拝する欧州サッカーの邪魔になるので消えてくれとすら思っている。
つまり、日本共産党と海外サッカーファンは日本サッカーの衰退を望んでいると言う点で利害が一致するのだ。
だから、ワールドカップに関する言動でただでさえ低い支持率が落ちている日本共産党は、海外サッカーファン層に今からアプローチすべきなのだ。利害が一致しているし、海外サッカーファン達は割と発信力もある。明石家さんまや小柳ルミ子など、広告塔になれるクラスの人も沢山いる。
それと、今話題の日向坂46影山優佳も海外サッカー信奉者である。少し前まではJリーグファンに取り入るために「○○選手が好き」「○○というチームが好き」などいろいろ発信していたが、○○の内容がコロコロ変わるなど話に一貫性がなく、一部Jリーグファンからは既に2021年の時点で見切られている。一方で欧州サッカーに関しては今も昔も言動が一致。つまり彼女は残念ながら海外厨の一人でしかないが、共産党にとっては味方かつ強烈な武器になり得る存在だ。W杯の喧騒が終わった頃を見計らってアプローチすれば面白いだろう。
日本共産党はサッカー場のない(共産党が考える)平和な日本を取り戻すために、海外サッカーファンは日本人サッカー選手達に邪魔されない欧州サッカーを取り戻すためにタッグを組む。
その辺はバランス感覚によるんじゃねー?
私は自分の娘がバニーガール姿で広告塔にされてても別にイヤじゃないけど。
っていうかグラビアとかで女子高校生の際どい格好で抜いてた男は、どうやってバランスを取ってんだ?
心の中で「ゴメン」「ゴメン」と謝りながらオナニーしてたのか??
オレも高校生の自分の娘がバニーガール姿で広告塔にされたら嫌だよ。
もうそれだけで心が痛いのに、お尻をテロップで隠されてるから大丈夫だって??
ふざけんじゃねーよ、って思う。
未成年の年齢が改正されて18歳になったなら高校生の園城寺怜さんもスデニ成年の可能性がある。
だったら、大人の性的自由意志は尊重されるのがフェミニズムの考えなんじゃないんですか?
アメリカではミニスカートを履けるように女性の性が解放されたのがフェミニズムブームだったんだよね。
数年前(いや、もう十年前か?)、俺が彼女とデートしてたとき。
映画だか何だかのポスターの中で、生まれて間もないだろう仔犬は、お腹を踏みつけられてグッタリしていた。
俺「ブププッw」
俺「 踏まれて死んでらあw」
そして進行方向とは逆方向に歩き出した。デートは、始まって二時間も経たないうちに終了した。
もっとショックだったのは、彼女に振られた体験談を打ち明けたときの反応だ。
ひょっとすると増田諸氏・ブクマカー諸君にも目にした人がいるかもしれない。
サイコパス/別れて当然/ホラー/彼女さんが正解/反省したほうがいいよ?/どうして子犬のきもちになれないの?/可哀想だと思わないの??
「いや、だって、フィクションじゃん。仔犬は存在しないじゃん。」
返ってきた返事は、しかし冷酷だったよ。
そんなような言い方で、バッサリと、断罪された。
——…時は流れて、つい最近のこと。
娘にねだられて読み聞かせをした後、質問コーナーの時間が始まった。
娘「浦島太郎がかわいそう」
娘「だって、なんにも悪いことしてないのに」
「サイコパスが。浦島太郎は存在しない」——そんな真っ黒い考えが一瞬、頭に浮かんだが、もちろん言葉にはしなかった。
俺は、間違っている。間違っていた。架空の登場人物によるフィクションの話がここにある。しかし現実の人間の情動は、強く反応する。共感能力が人間にはあるから。共感能力は認知のバグでも何でもない。感情移入したり共感する動物だからこそ人間はフィクションの文化を発展させてきたんだ。
実際に自分の娘が高校の麻雀部に入って、なぜか知らんがバニーガール姿で広告塔にさせられたら嫌だよなあ。お前ら、無抵抗なアニメキャラなら問題ないのかよ。最低だな。
子供の頃から積み重ねられたサッカーに関わる人間への憎悪が消えない。
とにかく子供の頃から印象が悪い。Jリーグ元年辺りがほんのりと子供の頃の記憶にある年齢だが、とにかくサッカーが大嫌いだ。
プレイヤーもファン(サポーター)も、W杯の時だけバカみたいに盛り上がる民衆も、周辺の物すべてに腹が立つ。
第一にプレイヤーがいけ好かない。クラスの上澄み、カースト最上位の人間がやっていた印象が強い。
自分たちの言ったことすべてが通ると思いこんでいるクソ性根。少人数の別意見とか見えない聞こえない。陰キャには人権ないと言わんばかりの扱い。ど田舎なのでサッカー派はほぼヤンキーと同意。ソリが合わない奴のほとんどがサッカー派だった。
そういう何でも出来る奴に見下されるようなタイプだからこそ余計に苛立つ。ポールをぶつけられた事すらある(サッカープレイヤー様からすれば避けられない方が悪いことになる)
サッカー見てない、見たくないと言ったら非国民扱いされたこともある。別に日本代表で世界と戦ってくれとか頼んでねぇんだけど、応援しないと国籍すら取り上げてくるのかよ。
サッカー部は規律クソゆるで素行不良の数も多かった。近付くだけで派手な馬鹿が移りそうなのがサッカー野郎共。徒党を組んで他人を馬鹿にすることでカーストを確定させるクズども。格好いいを履き違えて派手な格好をしてるやつもサッカー部ばかりだった。社会のルールやマナーなんて存在してない世界に生きてる奴らが多すぎる。
成人したプレイヤーすらも見た目が派手で苛々する。幸い近年はマイナー寄りの扱いで中継などは少ないが、ニュースなどで目に入るとこいつ等がこんな格好してるのが諸悪の根源なんだろうと苛々する。
派手な広告塔が格好つけて見せることでそれに憧れたバカガキどもが真似をする悪循環。パフォーマンスと言う名の自己満足、自己陶酔が酷すぎる。他のスポーツでも大なり小なりあるだろうがサッカーはあまりにも鼻につく。
頭の変な紐も手首足首の変な紐(ミサンガ)もそのバサバサの髪型もスポーツには要らんだろ。たくさん走るんだから乱れる髪で格好つけはなくていいだろ。どんなスポーツも選手が必死にやってるだけで十分格好良く見えるわ。派手な見た目にしてるのはただ目立ちたいだけだろ。
サポーターも輪をかけてクソだ。サッカーが好きというだけで自分が上にいるつもりになっている勘違い共の集まり。
応援の仕方の強制は他のスポーツにもアイドルのライブにもあるが、サッカーのサポーターは常軌を逸している。サポーターの取材レポを読んだだけでも近づきたくなさ過ぎる。勝手にルールを決めて強制的に押し付けてくるのは子供の頃のサッカー野郎共とほぼ変わらない。
あと熱量が異常なサポーターの数が多すぎ。興味のない素人にまで同じ熱量を要求するし、海外はもっとやばいってどんな民度だよ。サッカーが好きなやつくらいだよ、ここまで他人に自分たちのやり方を押しつけてくるのは。
今、とあるサッカー漫画を読んでいる。読み始めたのは偶然だがとても面白くてサッカーを好きになれるかもしれないとほんの一瞬思った。
せいぜいポジションの名前と位置関係くらいしかわかってなかったのが解像度が上がって楽しくなった。
でも結局現実側は派手好きのおカッコいいサッカープレイヤー様と熱心なサポーター様共がクソでか大声を出して威嚇してるから、陰キャは入ってくんなって感じだし異様なコミュニティになってて近づきたくない。