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はてなキーワード: 右肩上がりとは

2020-02-10

新型コロナウイルス 東京オリンピック大丈夫か?

新型コロナウイルス感染者数死者数って

れい右肩上がりになっているよ。

発熱の症状がなくても感染している例もあるから、症状のある人の隔離だけでは

おさまらないよね。新型肺炎「SARS」が2003年流行した時と同様か、それ以上の広がりをみせつつあるからね。気をつけようね。

検査キットの供給が追い付かなくて、検査が十分でない国もあるから実際にどれだけ

感染しているのかもわからない。

呼吸器系のウイルスは怖いよ。

ただし、日本マスク転売はやめろ。メルカリで定価110円のマスクを1000円で売りに出している奴は収益全部没収してほしい。

     感染者  死者

1月23日  581  17

1月24日  846 25

1月25日  1320  41

1月26日  2014  56

1月27日  2798  80

1月28日  4593  106

1月29日  6064  132

1月30日  7818  170

1月31日  9826  213

2月1日  11953  259

2月2日  14557  305

2月3日  17391  362

2月4日  20630  426

2月5日  24554  492

2月6日  28276  565

2月7日  31467  638

2月8日  34882  724

2月9日  37496  813

2月10日 40548  910

日本経済新聞 コロナウイルス感染マップより)

2020-02-01

興味もてない

なんでもいいから、何かひとつのことに夢中になれる人が羨ましい。

社会人になって少しお金に余裕が出てきたけど

週末となると、どう過ごそうか考えてしまう。

とりあえず学生の頃に欲しかったものは一通り揃えてしまった。満足いく彼女もできた。

新車も買ったし、一人暮らし家具一新した

風俗キャバクラも充分楽しんだ。

ゲーム映画食べ物もなんか飽きてきた。

スポーツスケボースノボフットサル

ボルダリング、それとジム

あれこれやったけど、そこそこいくと飽きてくる。

俺は典型的な熱しやすくて冷めやすい鉄のような男だ。

仕事も順調だし、上司評価も良い。

資格や基礎学力も身につけようと思って仕事に直接関係ない勉強も励んだ。

なんだろう。全て手にしてしまった感

数年前に始めた株式投資右肩上がり

容姿も良い部類。友達も少なくない。

でも幸せだと感じられないのは何故だろう。

虚無感、ゲームで言えばレベル上げ過ぎてボス一撃で倒しちゃう、つまんなさと似てる。

多分さ、今の今まで俺は周りの評価基準に生きてきたんだよ。ある意味流されて生きてきた。

自分が本当にやりたいこともあっただろうに

自分にも嘘ついて他人のレールを歩くことを正当化してきたんだ。

その証拠に、俺は打たれ弱いし、本当に好きな人には敵わない。いつもそこそこ。

から周りから白い目で見られようとも自分の道を歩いていける人に憧れちゃう

本物になりたい。

圧倒的な個性が欲しい。

2020-01-16

anond:20200116121249

努力は嫌いだけどやってみると楽しいというか楽しくやるやりかたを身に着けたというか、こんなもんいくらでも身に着けれる技術

それすらも嫌だってことなんだろうけど、でも実際のところ何やってても嫌なんだから、嫌じゃなくなる方法を先に身につければ大体楽しくなるよ。

ちなみに俺は、右肩上がりは大体楽しいってことにしてるし実際楽しいので、何に取り組んでても右肩上がりにすることでオールオッケー。

2020-01-09

20年に外国人観光客4000万人」政府目標 達成 間近

日本宿泊施設ビジネスホテルが順調に供給され、着実にインバウンドが増えている

 これまでイケイドンドンだったインバウンドは順調で、日本政府が掲げていた「2020年に外国人観光客4000万人」という目標も達成できそうな見込みだ。

 訪日外国人旅行者数が史上初めて1000万人を超えたのは平成25年12月20日(金)。それから7年、 今年1月11日閣議を終えた石井啓一国土交通相が明かした2019年の訪日外国人観光客数は3119万人(推計値)、約3倍に増えている。

 JTBが昨年12月公表した2020年の訪日外国人観光客数の試算は、政府目標を大きく下回る3430万人である。ただ、昨年のラグビーワールドカップ成功記憶も新しい。今年はオリパラ世界中から観客がやってきて、相乗効果で4000万人達成も十分達成可能だ。

 フランス(8940万人)やタイ(3800万人)に匹敵する観光大国になるのも夢ではない。

 いやいや、日韓関係悪化韓国人観光客が激減するのでは、という人も多いだろう。中国経済の失速で、中国人観光客もかつてのほどの勢いがなくなるのでは、と考える人いるかもしれない。

 いろいろな見方があるだろうが、個人的には引き続きインバウンドは増えるのではないかと思っている。

 それは「ビジネスホテル活躍している」という点だ。

日本宿泊イコールビジネスホテル泊」という現実

 観光観光産業課の「観光宿泊業を取り巻く現状及び課題等について」(平成31年1月28日)の「訪日外国人旅行者による宿泊割合宿泊施設タイプ別)」を見ると、日本にやって来る外国人観光客の36.6%がビジネスホテル宿泊している。シティホテル(34.5%)、リゾートホテル(13.2%)、旅館10.6%)を抑えてトップだ。

 この利用率は大都市圏になるともっとハネ上がる。東京都は46.1%、愛知県は51.1%、福岡県にいたっては59.6%となっている。

 つまり、多くの外国人観光客にとって「日本宿泊する」ということは、「ビジネスホテルに泊まる」ということとほぼ同じ意味になっているのだ。

 なぜこうなるのか。日本ビジネスホテルは安いのに設備キレイ交通の便もいいから、ということもあるが、何よりも圧倒的な勢い次から次へと供給されていることが大きい。

みずほ総合研究所」のレポート2020年東京五輪開催年のホテル需給の試算」(2019年11月29日)の中に、観光庁の「宿泊旅行統計調査」をもとに作成された「2018年タイプ別客室数(前年差)」という表がわかりやすい。

 ビジネスホテルが4万室にも届こうかという勢いでドカンと増えているのに対して、シティホテルは1万室弱でリゾートホテルも微増。旅館にいたっては減少しているのだ。

 日本インバウンドの勢いが落ちることがなく続いているのは、増え続ける宿泊需要に対して、いち早く客室数を増やして対応しているビジネスホテルのおかげだ、と個人的には思っている。

 大量の外国人観光客宿泊先をビジネスホテルが吸収してくれているおかげで、リゾートホテルや、日本の伝統的な宿泊施設である旅館温泉宿がぎゅうぎゅう詰めにならず、ゆっくりと休める施設になっている側面はあるのではないか。「臨機応変に増えているビジネスホテル」のおかげで、日本宿泊施設多様性が維持されているのだ。

 それを示すのが昨年12月25日の観光統計の「宿泊施設タイプ別客室稼働率推移表」だ。外国人観光客がはじめて1000万人を超えた2013年(平成25年)のビジネスホテル客室稼働率は69.5%。一方、リゾートホテルは52.3%、旅館33.4%となっている。

 ここから現在にいたるまで右肩上がり外国人観光客が増えていくので、理屈としてはすべての宿泊施設稼働率は上がっていくはずだが、明暗がくっきりと分かれていく。

 ビジネスホテルは70%代まで上がって昨年11月には80.2%(第1次速報値)となっているが、リゾートホテルは50%代をウロウロして昨年11月客室稼働率は56.4%。旅館も30%代が多くて昨年11月には40.6%(ともに第1次速報値)にようやく届くありさまだ。

 つまり、爆発的に増えている、右肩上がりだ、と景気のいい話ばかりが伝えられる外国人観光客にきちんと対応できているのはビジネスホテルで、「観光ホテル」の利用者は、それほどドカンと増えていないのだ。

 海外日本の魅力をPRするプロモーション動画などをご覧になっていただければわかるが、外国人観光客日本の伝統的な旅館や、温泉宿に宿泊して、日本人と触れ合うみたいなシーンがお約束となっている。

 しかし、現実はこれまで述べたように、ビジネスホテルに泊まるのが一般的となっている。

 ここにインバウンドがまだまだ伸びる余地がある。客室稼働率が低い旅館リゾートホテルがこのような観光客ニーズにあったサービス提供できれば、日本に憧れを抱いて訪日するような「親日外国人観光客」をより満足させることになるからだ。

 実際にそれをうかがわせるようなデータもある。前出「観光宿泊業を取り巻く現状及び課題等について」の中の「訪日外国人旅行者希望する宿泊施設及び実際の宿泊施設」によれば、外国人観光客の70%が「日本旅館」での宿泊希望しているが、実際に宿泊できるのは55%にとどまっている。

 この理想現実ギャップは、ビジネスホテルが増えていけばさらに広がっていくだろう。それはつまり旅館リゾートホテルには大きな潜在的市場があり、対応することで外国人観光客も増えていくということなのだ。

https://diamond.jp/articles/-/225366

https://www.mlit.go.jp/kankocho/topics08_000111.html

2019-12-30

anond:20191230211421

「右肩下がり」は2ちゃんねるアニメ円盤売上関連のスレをまとめたブログはてブに見せられたときに初めて知った言葉だったな。

それまでは右肩上がりしかたことがなかった。

2019-12-15

anond:20191215191917

20年前のロシアって通貨危機のまっただなかだから、そこから現在までってほぼ右肩上がりなんだよなあ…

2019-12-14

合計特殊出生率が爆アゲしているというイミフグラフグラフブロガーが作っている

https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20191213-00153538/

の中程の二枚の「合計特殊出生率」のグラフに注目。

1981年開始の右肩下がりの

 「縦軸が0.00から始まる」グラフ掲載

直後に、2001年以降の右肩上がりバク上げの

 「縦軸が1.15から始まる」グラフ掲載

言い訳気味に赤丸でグラフの起点が異なることを示しているが、ヤフー見ている奴らはそんなところろ見ないだろう。

コイツデータを使って平等視点ですよみたいな記事の中にこっそり現政権の支持を紛れ込ませるんだよね。

2019-11-12

anond:20191112113028

FF7が発売されてPS覇権を握った1997年

第一次最盛期で市場規模5000億円強、

そこから減少に入って5000億を割ったあと

2000年PS2発売で5000億まで戻してから再び減少、

2004年に4000億強で底をうったあと、

2004年DS発売、2006年Wii発売でどちらもヒットした結果、

2006年に6000億強、2007年に7000億弱の第二次最盛期、

そこからまた漸減して2014年に初めて4000億を割り、

2017年Switchのヒットでまた4000億を超えるところまで回復

という推移か。

コンソールに絞るなら、全体の傾向としては漸減しつつ、

たまに発売されるハードがヒットするかに大きく左右される、

という感じだけど、

スマホゲームPCゲームの伸びでゲーム業界全体では右肩上がりだし、

少なくとも2010年代にはコンソールに絞って話をする意味が薄いよね。

2019-10-22

資産運用がうまく行かず悩んでいます

富裕層の皆さんからなら何か良いアドバイスが頂けると思い記載します。

資産運用節税、信頼できる専門家の紹介などをどうかお教えください。

(単位は万円)

年(年齢)給与貸株+配当実現損益金融資産(*1)
2011年(32歳)427ゼロ-7644
2012年(33歳)4576-189 1186
2013年(34歳)352207323854
2014年(35歳)5671857115102
2015年(36歳)6637323449012
2016年(37歳)66543496162
2017年(38歳)682831816200
2018年(39歳)7411022327500
2019年(40歳)予定742150648700

(*1)証券口座を開いている楽天証券資産合計額

2012年

-【損益財務だけ見て空売りしていたシャープアベノミクスで暴騰して大損失。

2013年

-【給与】勤め先が傾いてきたので転職

-【損益リーマンショック直後に購入したApple株が利益寄与譲渡益の税率が10%から20%に上がる前に一旦売って買い戻し。

-【資産】主力株が上昇開始

2014年

-【損益Apple株をすべて売却。億り人に。利益で初めて車(=250万円)購入。

2015年

-【貸株】貸株で709万円。給与収入+雑所得(貸株)で合計1400万円弱。ふるさと納税33万円、海外旅行150万円散財。

2016年

-【資産】主力株値下がりに伴い急減。優待株を70銘柄ほど購入。ジュニアNISAを始めた。

2019年現在

- 主力を小型株2銘柄(4500万円+3200万円)に資金集中させて値上がりを待つ日々。将来的には配当利回り高い銘柄に移行して配当生活を送りたい。

・住居

  月12万円のアパート暮らし2023年までは会社補助が半額ほど出る。

・これまでの相談

・・銀行

  2015年ごろ資産1.5億のときに2か所に相談に行った。1億越えの富裕層は別室に案内されて特別金利預金でも紹介してくれるかと思いきや、信託報酬がなんと2%越えの投資信託の案内(しかパンフレットチャートリーマンショック後が起点なのでみんな右肩上がり)やら生命保険の紹介しかしてくれなかった。マイナス金利時代に生き残るには銀行も大変なんだろうけど情弱向けサービスしか提供していない模様。というか資産運用相談先としてよりによって銀行なんかに期待する自分が一番情弱オフラインケータイキャリアでも証券でも銀行でも手数料超絶ぼったくりなことは火を見るより明らかなわけでネット専業への信仰心が強まっただけだった。

・・税理士

  区役所無料相談。貸株700万円を超えた頃、法人設立した方が節税できるのではないか相談にいったが、少なくとも年1000万円を超えないと手間と費用が掛かるだけとのことだった。

・・日本FP協会無料体験相談

  先月行ってきた。50分間の無料相談ふるさと納税確定拠出年金などの節税は極限まで徹底し、保険会社団体生命保険ぐらい、しか住宅ローンもないのでFP的な典型的突っ込み所が無かったと思う。ただ厚生年金健康保険の労使折半効果は大きく、まだまだ会社を辞めてリタイヤできないという点には気づかされた点が良かった。

2019-09-20

anond:20190920135251

まあ国内ゲーム市場規模右肩上がり、家庭用ゲームに限っても横這いなんですけどね。

2018年国内家庭用ゲーム市場規模は、ハードソフトオンライン含む)合計で、前年比97.3%の4343億円となりました。

オンラインプラットフォーム市場は1兆2361億円に達し、国内ゲーム市場全体の約7割を占めています特にオンラインプラットフォーム市場の大半を占めるゲームアプリ市場は、プラス成長が持続し、1兆1660億円に伸長。国内ゲーム市場は年々拡大し、過去最高の1兆6704億円となりました。

というか、これだけゲームプレイ形態多様化してるのに、物理パッケージの本数だけで何が分かるの?

2019-09-05

anond:20190905114131

2018年まで韓国の「日本に良い印象を持っている」は右肩上がりだったんだよな…

2019-07-29

anond:20190729120113

老舗や零細事業者ほど昔からの付き合いだかなんだかで反社勢力排除できない

根拠なし。

そもそも「大量消費されているところに目を向けるべき」という論だろ。

そもそも消費の主体日本じゃない。中国は高級日本ブームウナギの消費は右肩上がり、我々が1匹節約する間に中国では10匹食われてる。

からこそ中国も含めた規制日本が主導せねばならないだろう。

直近で中国消費量が上がったからといって、これまでの乱獲の責任がすべて中国に帰すわけじゃない。

あと、そこは「うなぎのぼり」とすべきだったな。

本当に数が減ってくれば本物のキャビアみたいに庶民には手が届かない価格になるから貧乏な奴が心配することじゃないんだっての。

そうなってほしくないか心配してんだろ。

はてなウナギ警察がむしろ絶滅に加担してる説

はてなブックマークウナギ記事が上がると湧いてくるウナギ警察って、なんかおかしくないか? 

明らかに間違ってるのは「専門店しか食べない」派。老舗や零細事業者ほど昔からの付き合いだかなんだかで反社勢力排除できない。イオンのような大企業のほうがコンプライアンスを徹底してる。大手のチェーンで食べるほうが社会のためになるわけ。

一切ウナギを食わないと言ってる奴、意味あるのそれ? 消費を減らすと絶滅を防げるロジックも怪しいが、そもそも消費の主体日本じゃない。中国は高級日本ブームウナギの消費は右肩上がり、我々が1匹節約する間に中国では10匹食われてる。はい無意味ですね。

そもそもウナギ絶滅すると人間にどういう不利益があるわけ? それ人間が得ているメリットを上回ってる? たとえば東南アジアウナギ養殖生計を立てて学校に行ける子どもに向かってそれ言えるの?

現時点での俺の結論は、ウナギは好きなときに食べ、特定の日に消費が偏るのを防ぐこと、需要を読みやすくするため予約するのがベスト。あとは市場における需要供給を任せれば良い。本当に数が減ってくれば本物のキャビアみたいに庶民には手が届かない価格になるから貧乏な奴が心配することじゃないんだっての。

2019-07-11

anond:20190710190446

アベノミクススタグフレーションを招いていて所得も減ってうまくいっていない」

ダウト

雇用回復している場合スタグフレーションとは言わない。

アベノミクス以降の所得は明確な右肩上がり

消費税増税をとめて財政出動してほしいけれど、ドーマーの定理的に将来どうなのかわからないし、MMTはうさんくさそう」

・わざわざMMTのような流行り物に手を付けずとも標準的マクロ経済学から財政出動必要性は導けるし、ドーマーの定理クリアできる。逆に緊縮財政を強行してドーマーの定理クリアすることは不可能

2019-07-06

資産運用話題になると

騙されるなとか、靴屋少年がウンヌンとか、言ってる人が必ずいる。

今日見たコメントには「誰かが増やした二千万は、誰かから奪ってるんだ」とか言ってる人いたし。

しかインデックス投資は、株価全体は右肩あがりで上がり続けるという前提が崩れたら成り立たないけど、米国先進国、全世界は今後数十年は大丈夫でしょ。

(日本新興国はどうだか分からないけど)

いまだにバブル株価にもどらなくて「株価右肩上がりに上がり続ける」という前提が崩壊してる日経平均でもボラティリティがあるからバブル崩壊以後も毎月積立してたらプラスになってるし。

2019-06-25

就活生に送る 狩猟ビジネスと農耕型ビジネスの違い

企業を見るうえで、どっちに属するかよく考えたほうがいいよ。

就活生に送る 狩猟ビジネスと農耕型ビジネスの違い

上段が「狩猟ビジネス」、下段が「農耕型ビジネス

利益の源泉
利益をより増やすために取るべき戦略
得られた利益の分配
利益に貢献しないメンバーへの対処
よそから移ってきた 新しいメンバーに対して
マーケットが大きな災害にあってしまった場合

思ったこ

2019-05-20

GAFA経験して。

先月退職しました。

いままで日系企業で働いて初めての外資系企業でした。

10年前はイケイケどんどんの状態で、この10年高成長を続けてきたIT系企業だ。

入社当初は外資系スピード感に楽しみながら仕事をしていた。

高成長に伴い、どんどん人員入社してきました。カルチャーを大切にする会社でしたが

人員の増加に伴い、カルチャー崩壊というものを目の当たりにしてきたような気がする。

外資系によくある、英語けができるため評価され入社したような方も多くなり

IT系バックグラウンドを持っていない人たちも多くなることにわだかまりを感じていた。

それに伴い社員レベル感というものは相当低くなってきたようにも感じる。

この10年間、右肩上がりで、世界的にもトップクラスの成長をした経験からか社内には成功体験固執する風土が高まり、外側で起きているイノベーションブレイクスルーマネージャークラスが目を向けず、トレンドに疎くなっている様子は肌で感じた「我が社が一番世界で最高レベル」といった発言が当たり前のように行き交う様相愕然というか、なんとも言えない残念な心境になっていった。それに伴い社内の雰囲気レベル感、製品サービスに対する消費者から評価は次第に停滞するようにも感じる。

アナリスト評論家視点からは、製品などの点に焦点を当てた会社の成長見通しや今後の予想が多い。でも私が感じるに大企業病というか、従業員レベル低下が今後のこの会社の衰退の原因にもなる気がしている。

そんなことを考え、残ったチームのメンバーへのエールを送り

私は新たな旅に出る。

2019-05-07

anond:20190507120340

いやワンウー・アクアマンシャザムと人気は右肩上がりだし、

BvSとかだってアルティメット版はマニアから評判良いんだぞ。

そいつネットでなんとなく「DCは評判が悪いらしい」という噂だけ聞いて

そのまま情報更新を怠っているニワカだろう。

2019-04-22

anond:20190422172651

それでも右肩上がり未来希望が持てるならいいんだよ? できる範囲配慮してみんなで幸せになろうじゃないかという気にもなる

でも現実はその真逆だし、おまけにパイは奪い合うもの、騙される方が悪い、敗者は黙って死ねという空気になってしまった

それなのにあちらさんの要求ばっかりインフレしていって、とてもついていけない

2019-04-16

anond:20190416130856

11人目のストライカーまでは山本泰一郎が総監督としてさらに上におるんや。

から静野単独は 絶海の探偵からやな。

そっからずっと右肩上がりや。

一度も横ばい、もしくは落ちるのはない。

anond:20190416125247

いや、流れを追えばわかるけど、静野監督理由や。あの人がミステリー要素捨ててアクション恋愛に注力し始めた。

そしたら右肩上がり興業収入増大してヤバイことになった。

安室はそのあとの話や。

2019-04-13

お父さんお母さん、私に謝ってください

自分の気持の整理のために書き連ねる。自分語りで相当長い。


昭和生まれ就職氷河期経験済みのアラフォー

二歳年上の兄(長男)がいる。自分は長女だ。

幼い頃は特に兄と自分への待遇に差を感じたことはなかった。

親は団塊世代で当時は給料右肩上がり時代で、それなりの中流家庭だったと思う。

習い事などもどちらもそれぞれ好きにやらせてもらえていた。

兄が通っていた地元の塾に自分も行かせてもらい、兄は一足先に中学受験をして某私立中高一貫校へ進学した。

自分最初の塾(兄と同じ)で、『御三家も狙える』と言われ、有名な大手進学塾へ通うようになった。

毎週土日のどちらかには親に連れて行ってもらって都内テストを受けに行き、自分純粋に楽しんでいたが、それに付きあう親は大変だったろうと思う。


そしてその頃から、どうやら兄は道を徐々に踏み外していったらしい。

具体的に中学生の兄の身に何があってそうなったのかは今でも知らない。

兄は万引きなど軽犯罪を繰り返すようになり、親が警察に行くこともたびたびあった(当時、自分にはそれらの事実は知らされなかった)。

自分と兄はひとつ屋根の下暮らしていたが、部屋は別々で元々仲の良い兄妹でもなかったし、

自分中学高校御三家の一つに受かった)で良い友人に恵まれ学生生活を楽しんでいて、兄のことはほぼ眼中になかった。

ただ、それでも兄や両親を見ていて、『兄が道を踏み外しつつある』こと、『親が兄の対応で大変らしいこと』は雰囲気でわかった。

から自分まで親に負担をかけてはいけないな、と子供ながらに思っていた。

別に親のためにいい子でいようと思ったわけではない。

道を踏み外していく兄を尊敬できなかった、いや、心から軽蔑していた。ああはなりたくない、と思っていただけだ。

学校の友人の兄弟はみな出来が良くて、どこに出しても恥ずかしくない「まっとうな」人達で、比べると自分の兄が恥ずかしかった。

学歴なんかの問題じゃない、今でもそれで兄を差別する気はない。

犯罪を犯すこと(万引き以外にも路駐やら何かでしょっちゅう警察から電話があった。警察バカにし、遵法精神などまるでなかった)、

それで親に多大なる迷惑と心労をかけていたこと、それを反省もせずにまた繰り返すこと。

兄の心理など知る由もないし、なにか彼の思春期問題があったのかもしれない。

だがだからといって兄の行為正当化される訳もない。繰り返すならなおさら弁護の余地もない。

私は心の底から兄を嫌い、軽蔑し、しかし表にはそれを出さずに、ただ兄とは接触しないようにしていた。

(なぜなら、兄は短気で暴力に訴える人間だったからだ。一度自分がそういった態度を見せた時、夜中に枕元に金属バッドを持ってすごんできたのは忘れられない。

  そしてそういった基質もまた、私の兄への侮蔑をより強める結果になった)



そして兄は高校を(なんとか)卒業し、大学へは行かずにフリーターになった。

親はどこでもいいか大学へ行かせたかったようだが、兄本人が『大学でやりたいことがない』と進学しなかった(ここは兄が正しいと思う)。

ありがちな話だが、兄は音楽の道を進もうとしたらしい。バンドを組んで、いわゆるバンドマンになった。

音楽活動の実態は何をしてるのかさっぱりわからなかったが、さほど身を入れてやっている様子もなく、芽も出なかった。だが諦めきれないのか、フリーターをしながらだらだらと続けていた。

自分高校卒業大学へ進学した後も、兄はその生活をしばらく続けていた。

そのうち、兄は一人の女性(Aさん)と知り合った。そして二人は結婚を考える仲になった。

Aさんはとても良い女性だった。自分や両親とも仲良くしてくれて、兄は大嫌いだがこんな姉ができるなんてほんとに嬉しい、ようやく兄が自分にとって良い行いをしてくれたと思った。

しかしここで、両親は最大の過ちを犯した。

何を思ったのか、兄にマンションを買い与えたのだ。親の名義でローンを組んで、兄と彼女の新居にしろと兄に与えた。

フリーターの兄に月々のマンションに係る支払が払えるはずもない。それはすべて親が払っていたのだ。しか結婚も確定しないうちに買って与えた。

呆気に取られた。納得できないが親の気持ちになって考えてみれば、『Aさんに逃げられないように、住居が確定していれば結婚生活も楽になるだろう』ということだったのかもしれない。

『妹は大学へ行かせてやったのだから、兄にも何か与えねば』と思ったのかもしれない(しか自分国立大で、学費トータルしてもマンション費用20%にもならないのだが)。

兄は別に特段の感謝をする様子でもなく、当たり前のようにそれを受け取った。

そしてその後、結婚が決まっても一向に定職につこうとせずに自堕落生活を続ける兄は、Aさんに愛想をつかされて結婚前に出ていかれた。

(兄はAさんに入れ込んでいたらしく相当なショックを受けていたが、自分から見れば当たり前だばーかしか思えなかった)


この頃からだろうか、自分が『親は兄を贔屓している』と思うようになったのは。正確には、『親は兄を甘やかしている(自分には厳しいのに)』と感じ始めたのは。


自分は親に言われた。『私立大に行かせる金はないし仕送りをする余裕もないから、家から通える国立大しろ』と。

親の言うことに従おうとしたわけではなかったが、自分の行きたい大学はその条件を満たしていたので、結果として親ののぞみを叶えた形になった。

しかし心のどこかに、『親ののぞみを叶えたい』という気持ちがなかったとは言えない。兄で苦労させられている親を見てきて、自分だけは親が誇れる子供でいようとしたのかもしれない。

通おうと思えば通えたが、一人暮らしに憧れていたこともあり、親の援助は一切受けずに一人暮らしを始めた。貯金バイトでなんとかまかない、4年間それを続けた。

親が兄にマンションを買い与えるまではそれも納得していた。だが、親がそれをした時、自分の中で不公平だという気持ちが生じた。

根底に『「親に迷惑ばかりかける穀潰しろくでなしの」兄に、なぜそんなに金をかけて甘やかすのか?』という考えも当然あった。

自分にとって兄は「いないほうがマシ」で、存在する事で何もいいことがない、迷惑なだけの存在だった。

グレてようがフリーターだろうが、優しい兄なら愛せたろう。だが、兄としての優しさを見せてくれたことなど数える程もない(その数回も小学生以下の時だけ)。

家庭を持って子を為し、親に孫の顔を見せて安心させてくれたなら、「普通」で「まっとう」な人間になってくれたなら、それで兄を見直すこともできただろう。

しかし兄は正真正銘クズなので、逆の道にしか行かなかったのだ(それについては後述)。自分が兄を見直す機会はおそらく死ぬまで来ないだろう。

(余談だが、なかにし礼氏の小説再現ドラマ(兄との関係を描いたもの)を見た時、心からなかにし礼氏に共感した。自堕落でお調子者で弟にとって迷惑な兄。

なかにし礼氏が兄の葬式後につぶやく、『兄さん、死んでくれてありがとう』がわかりすぎて辛かった。

何年先かわからないが、おそらく自分も兄が死んだ時、『死んでくれてありがとう』と心から思うだろう。自分が先に死ぬかもしれないが)



Aさんに逃げられた後、しばらく兄は自堕落生活をしていた(親が金を払っているマンションで一人ぐらし)。

自分は何度も親に『マンションから出て行かせろ、でなければ兄は自立できない』と言ったが、親は『そんなこと実際にできるわけがない』『目の届かないところに行かせるほうが不安だ』と言って聞かなかった。

この頃から自分の中で『兄が駄目になったのは親の(甘やかしの)せいではないのか』『親は己の見栄しか考えてないのではないか』という疑念が湧いてきた。

やがて自分大学卒業して、氷河期の中なんとか上場企業就職を決めた。

希望の会から内定が出ず、文系プログラムなど全くわからないのにSEになることになったが、就職できただけでよしとするしかなかった。

親の反応は『とりあえず上場企業から、外への体裁が整った』というものだった。親にとって自分は見栄のための存在なのだなということが、徐々にわかってきていた。

同じ頃、兄もようやく某リフォーム会社営業として働きはじめた。

兄の営業成績は良かった(もともと外面だけは良い)ので、いっとき小金持ちになれたらしい。外車を買ったが、マンションの金を親に返す気はさらさら無いようだった。

その外車ポンコツなのかあるいは外車とはそういうものなのか、しょっちゅう壊れて修理代がかかった。あまり乗らないせいもあっただろう。

乗らないのなら売ればいいのに『売っても二束三文しかならない』と兄は言い張り、親はなぜか修理代を肩代わりして払ってやっていた。

(散々修理代を払って直して、最後にはやはり壊れ、ろくに乗りもしないままに結局二束三文で売ったようだった)

マンションの支払いは親が続けていた。このころようやく、月々の管理費や積立金などの維持費だけは兄が支払うようになったようだった。

そのうち、バツイチ子持ちの女性Bさんと知り合い、今度は結婚した。Bさんについては自分ほとんど知らない。

その頃自分は向いていない仕事かつ長時間労働で心身を病みかけており、朝焼けの街を徹夜明けで泣きながら一人家路についたりしていたので、兄のことなど構う暇もなかった。

結婚式には一応出た。ストレスで過食気味になりむくんだ顔の自分愛想笑いを浮かべて写っている写真は見返したくもない。

兄の結婚になんの感慨もなく、『これで普通人間になってくれれば』と願っただけだった。兄に望むただ一つのことは『普通の家庭を築いてくれ』で、それ以上は望まなかった。


予想していたが、兄の結婚生活は長くは続かなかった。

営業成績が良いのに浮かれ、独立すると言って仕事を辞めた兄だったが、ろくなノウハウもない個人リフォーム営業がそうそう上手く行くわけもない。

あっという間に生活は行き詰まり、さっさとBさんに逃げられた(どうやら浮気されていたようだが、それを追い詰める気力もなかったようだった)。

そしてまた、マンションで自堕落生活に戻った(もちろんマンション維持費は親払いに戻った)。

自分はずっと『兄を甘やかしすぎだ、マンションから追い出せ、マンションを売ってしまえ、でなければ兄は自立しない』と親に言い続けていたが、ずっとでもでもだってで聞き流された。

『(万引きなどの)前科があるから、追い出したら何をするかわからない。もっと悪いことになるかもしれない』『どれだけ言ってもあいつはこちらの言うことを聞かない』。これが親の言い分だった。

しみじみ、親も兄も情けなく、どうしようもないと思った。『お前は冷たい』と言われた。

そもそも最初にあれが道を踏み外した時、お前の中学受験にかかりきりで、親としてろくに関わってやれなかったのが悪かったから』と。

そう言われて自分にどうしろと? 責任を感じろというのだろうか? もうとっくに成人していい年になった兄を憐れめと? 親でもない自分がなぜ親と同じ感情を共有せねばならないのか?

『ずっとそう言い続けて兄を甘やかして、それで状況が好転たか? 好転する見込みがあるというのか? 兄の自立を妨げているだけではないのか?』

そう言っても、親は同じ言い訳を繰り返して兄への甘やかし(マンション与え)をやめようとしなかった。 

自分の中で、兄への嫌悪と親への嫌悪比率は徐々に逆転していった。兄がどれほどのクズだろうが、どんな人生を送ろうがもはやどうでもいい。

自分と同じ親のもとで、恵まれ環境で育ったにも関わらず、兄は自ら堕ちていったのだ。兄の人生は兄のもの、好きに生きればいいしどこでのたれ死のうが勝手にすればいい。

兄よりも、そんな兄を甘やかし続ける親のほうに不信と不満が募っていった。なるほど、親がこうして甘やかすから兄は更生できないのだと納得した。

そして『兄が自分よりも甘やかされてる事実』にどうしても納得できなかった。自分特別扱いしろというのではない、兄を特別扱いするのが耐えられなかったのだ。同じ子供として平等に扱ってほしかった。

自分大学時代、兄は親が与えたマンションゆうゆう一人暮らしして、自分仕送りを一切受けられずに生活費のすべてを自力で稼いだ。

就職してから、兄は親が与えたマンションで好き勝手暮らして、自分は親に金を入れていた。家に金を入れるのは当然だと思う気持ちもあったが、理不尽だと思う気持ちはどうしても拭えなかった。

その気持ちに耐えられず、『兄と比べてあまりにも不平等だ、兄にも金を支払わせろ、兄を甘やかすのもいい加減にしろ』と泣いて言ったら、『じゃあこれからお前も金は入れなくていい』と言われた(そうじゃないだろ)。


家庭のことや仕事ことなど色々あり、結局自分新卒で入った会社を3年ほどで辞めてしまった。親に『30までにやりたい道(フリーランス)で食っていく目処をたてる』と誓い、宣言どおりに28で目処を立てた。

兄は親が見つけてきた非正規パート仕事をなんとかこなし、その頃にはそこそこ年季も入って板についてきていた。新しい彼女(Cさん)もできたようで、マンションで一緒に暮らし始めた。

だが、そんな矢先。兄が、クスリで捕まった。

最初に一報を聞いた時、親はともかく、自分は『まあ、あるだろうな。やっぱりな』としか思わなかった(基本的に兄の人格を信頼していないので、何を起こしたと聞いても『やりかねない』としか思わない)。

もちろん家族の誰も気づいていなかった。家族の目の届かないマンションでずっとやってきたものらしい。

自分は『言わんこっちゃない、だからマンションから追い出せとあれほど言ったのに、甘やかし続けた結果がこれだ』と親に言った。親は『そんなこと今更言っても仕方ない』としか言わなかった。

そこからの詳細は省くが、兄は執行猶予がついて戻ってきて、兄を見捨てなかったCさん(菩薩かよ)と今でも親の与えたマンション暮らしている。Cさんが見張っているので再犯はないと思いたい。

Cさんには敬意と感謝しかない。彼女がいなかったら兄はもっとだめになっただろう。

しばらくCさんに食わせてもらっていた兄だが、今はまた派遣で職について、そこでの仕事軌道にのってきたようだ。今度こそは歳も歳なので落ち着いたと思いたい。

(ちなみに、また維持費だけは払うようになったが、購入費は一切払っておらず、名義は父のまま。毎年実家よりも高い固定資産税を払っているのも父)



兄はもうどうでもよく、二度と犯罪を犯すなCさんにだけは迷惑をかけるなCさんだけは大切にしろしか思っていない。

残念なことに、自分の中で兄の見方が変わることはこの先死ぬまでない。今の兄と表面上でも付き合えるのはCさんあってこそだ。Cさんを姉と慕っても、兄を兄と慕うことは生涯ない。

きょうだい他人の始まりとはよく言ったもので、兄への気持ちはもうこれでいいと落ち着いている。

だが、「未だに」なのか、「今だからこそ今まで積もり積もったものが」なのか、自分の中で親へのわだかまりだけはどうしても消えない。考えると落ち着かず、心がざわつく。

もう親も老い自分もいい年だ。親も人間であり、それも見栄っぱりで子供平等に扱わず贔屓するようなできの悪い人間だったんだと納得するしかないとわかっているのに、

自分はどうしても、親に『自分たちが間違っていた』と言ってほしい。子育ての過ちを認め、自分がどれほど辛い思いをしたか理解し、悪かったと謝ってほしい。

だが、過去喧嘩した時の経験から、親は絶対自分の過ちを認めない、ましてや子供から言われる言葉を決して正面から受け止めないとわかっている。

『それが親に対して言う言葉か』『何様のつもりだ』『はいはい、全部こっちのせいだって言いたいんでしょう』…そう言って絶対絶対自分の過ちを認めない。老いた今、なおさら頑なになり認めないだろう。



自分自分なりに、親の期待には応えてきたと思う。教育で親に金をかけてもらった事は感謝しているが、それだけの成果をちゃんと出し、結果をだした。

なのになぜ、自分は兄と同じに扱われなかったのだろう。自分けが要求され、応え続けねばならず、それなのにそれを評価もされなかったのだろう。

これを言うと嫌な人間だと思われるだろうが、客観的に見て自分のほうが親に貢献しているしまともな人間として育った(少なくとも前科ものでなく、親に迷惑をかけていない)という自負があるだけに、やるせない思いがある。

本来なら自分のほうが親に贔屓されて然るべきではないのかという思いがあることは否定しないが、贔屓してほしいとは言わないしするべきでもない。

ただ自分に求めるものは兄にも求め、兄に与えたもの自分にも与えてほしい、子供の間に差をつけないで平等に接してほしかっただけだ。

男女の差だというのならばなおさら、兄には『長男』としての役割と責務を求めるべきだったろうに、なぜ私が長男役割も果たさねばならないのだろう。

兄が結婚した時、自分は『兄が孫を作ってくれたらそれだけが兄の親孝行だ、自分にも兄がいた意味がある。せめてそれくらい孝行しやがれ』とわずかに期待したが、兄は子供を作る間もなく離婚した(そもそも作る気もない)。

母は自分にだけ言う、兄には絶対に言わないのに、『老後の楽しみがほしい、孫が見たい』と。

子供はジジババの楽しみのために産むもんじゃねえし産んでおしまいじゃない、何ならあなたがたが育ててくれんの? 育てる金あるの? と応えたら沈黙した。

そんなに孫が見たいなら兄に言ってくれ、男なんだから自分よりよほど確率が高いだろうと言ったら、『あの子に育てられるわけがない』。『何を言っても無駄』と言って、兄には20年以上何も要求しない。

精子バンクとかあるでしょう』『50歳で産んだって例もあるし』とまで言われた日には本当に失望した。

50歳で産んだ女性はほぼ卵子提供で母方の遺伝子は入らないし、養子じゃ嫌だってんならそれ(母方の遺伝子が入らない)も嫌なんだろうに。

そもそも出産までにどれだけ苦労したか流産だって何度も経験してるはず)、不妊治療にどれだけお金がかかったかわかってて言っているのか、そして不妊治療高齢出産がどれだけ母体負担がかかると思っているのか。

娘の体など、自分の楽しみのためにはどうなってもいいのだろう。

孫の立場にしたって、父親がいない家庭に生まれることになるのだが、そういったことを考えてもいないのだろう。ただ、自分が欲しいから、だ。 

私の結婚も、自分の見栄だけのためにしてほしかったらしい。大切なのは見栄と体裁で、娘の幸福などどうでもよかった。

結婚しない女はなにか問題があると思われる』なんて言われても、それはあなただけの醜い価値観だろう、未婚率が三割の時代にそんな事思うほうが少数派だ。

図らずも未婚女性への「己の偏見」を曝け出したことにも気づかずに、『あなたのために言っている、それが世間だ』などと諭してくる醜さ。兄にも同じことを言えばいいのに。

結婚しろ』と言われるのが嫌で、それを避けるために誰でもいい、一回結婚さえすれば文句を言われまいと思って結婚したけれど、上手く行くわけもなく2年も経たずに破綻

(付き合っていた人とは、兄の事件で別れざるを得なかった。結婚した人には家族ぐるみで兄のことを隠した。そんな結婚うまくいくわけもなかったし相手には申し訳ないことをしたと思う)

その時の言葉も『せめて2年は持たせろ、外聞が悪い』『相手の親に私(母)の顔が立たない』『どうせお前のわがままだろう』…出てくるのは己の見栄と体裁のための言葉だけで、一度も娘の心情を慮る言葉は出てこなかった。

兄が同じように2年程度で破綻した時、兄に同じ言葉を突きつけたなら、そういう人なのだと納得もできたかもしれない。だが、兄の離婚に関して親は兄に何も言わなかったのだ。

(主に要求を突きつけ言ってくるのは Permalink | 記事への反応(7) | 00:37

2019-04-04

老化によって記憶が薄れる前に改元の思い出をネットの片隅に書いておく

片隅ははてぶ運営に失礼か。謙遜語謙譲語わからんヘリ下り語として勘弁して下せえ。

ローカルに残しても絶対紛失するし

昭和天皇崩御の日、私は余りにも幼く天皇って何?だった。崩御の前に世間天皇天皇騒いでたのを察したのだろうか母に天皇って何?と質問したことを覚えている。その返答は国の顔みたいな感じと言われた事も覚えている。今に思えば象徴天皇概念子供に伝えるための表現だったのだろう。でも当時は顔?何言ってんだ?気でも狂ったのか母はという感じに受け止めた。

本題の崩御の日だ、冬休みだったかと思う。朝早くにぐーぐー寝ている私の布団をバッと剥ぎ取ると同時に「天皇が死んだよ!」と威勢よく発したのだ。当時は、で?という感想しかないが、母の発するトーンに普通じゃない気が漂ってたので2度寝する雰囲気ではなかった。そのままリビング居間テレビのあるご飯を食べる部屋にトボトボ歩いて点いてたテレビを見たらふむふむ確かに死んだらしい。まあ、でも、なんでこんなに大人は騒いでるんだと不思議には思った。なにより気がかりなのはあの母のトーンだった。

そのトーから当時も今思い返しても感じるものは、「清々(せいせい)した」である。清々しさ(すがすがしさ)が溢れてたんです。

ローカルに残しても紛失するからとか言ったが、それは半分言い訳も含んでいて、ネットに発信したいという理由も実はあって、それがこれなんです。

平成生まれの人にはこの感情???という感じなんじゃないかなと思ったんです。平成天皇は大好きですし尊敬に値する人だと私は感じます

平成は他の時代に比べても又は他国に比べても圧倒的に平和だったからね。

そしてその一躍を平成天皇が担ってたと思う。

昭和天皇に話を戻します。

彼を恨んでた人は多いか少ないかはわからないが、存在した。昭和は長かった、その長い時代世界大戦敗戦連合国統治復興と、明治維新と肩を並べるかそれ以上の濃密な時間帯が存在するのだ、その濃密で長いスパンを一人の天皇が一貫して君臨したわけだ、63年間あったのだ。半分に割って前期、後期と呼ぶとして後期は、まあどうでもいいや、問題は前期。

私の母は戦争経験者です。所謂団塊の世代です。株価GDP等の指標グラフで見ると団塊の世代右肩上がりのうらやましい時代を過ごしてますが彼ら彼女らが一般的にどうゆう状況に置かれてたのかその右肩上がりグラフ通りの笑いが止まらない人生だったのかはどうなんでしょう。0ではなくマイナスからスタートだったのは間違いないでしょう。少なくとも必死敗戦負の遺産をできる限り子孫に残さないように自分たちで吸収しようとそうゆう風に生きてたのかなあと今でも感じますしかし見つめなおすとやっぱりそれは自分のせいではないわけです。なんで俺がなんで私がという感情が気を抜けば心の底に勝手に芽生えて来るもんじゃいかなあと、思うんです。それを押し殺したり見て見ぬふりをしたりしながらなんとか辻褄を合わせて来たんじゃないかなあと思うんです。

それが昭和天皇崩御の日にふと漏れ出してあのトーンが腹の底から沸き上がったんじゃないかなあという推測を書いてみたはいいがいざ書いて見るととてつもなくどうでもいい話だなあ

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