はてなキーワード: キレイとは
親の夢は絵に描いた餅
霞が関は俺には無理な口
親は力で支配しがち
裸で熱湯の湯舟に放置
飯は床にぶちまける措置
強いられる意図の察知
進学先は名門じゃなきゃ平手打ち
泣けば口に布つめる処置
見て見ぬふりのゲスな父
もしくは二人がかりのリンチ
帰りたくないそんな家
いつも警戒親の奇襲
まずい飯並みに無味無臭
憧れた緑川光
将来進路ひどく幼稚
求められる社会的地位
言えるわけない胸の内
努力足らぬとムチとムチ
壊れていく俺の気持ち
順位下がる成績表
夢は妹にバトンタッチ
飛びついたのはブラック企業
俺は親の夢叶えるマシン
生きる意味なし痛ましい
過労死より少しマシ?
そのキレイゴトじんましん
積もる憎悪を持て余し
咳払いなどぶちまかし
まるで配信者の生きざま
自由の身なんと素晴らしい
財布の中身は清々しい
ネットで使い回し
それ奪ったのが荒らし
気にしていない金の貧富
望んだのは居場所の補修
悔いる俺無様リタイヤ
余命刻むタグホイヤー
アバターに食い込む錆びたワイヤー
迎えられないニューイヤー
審判で決する雌雄
二度消される罪人囚
それを喜ぶかつての友
厳密には、東京周りで子供2人とマイホーム(キレイで便利なやつ)が欲しいなら、片働きではきついぜっていう話。(ジェンダー論的な話ではなく、将来設計の参考になったらいいなっていう話です)
俺、31歳、都内勤務、額面年収750万、手取り570万(家賃補助なし)。妻、28歳、専業主婦(パート経験のみ。今は無職)。
子供はまだいない。家賃12万の賃貸暮らしで、貯金は500万円くらい(結婚式等でそれなりに使ったので、少ないと感じても許して)。
30歳男の平均年収は446万円だから、東京の平均年収が地方よりは高いってことを考慮しても、中の上~上の下くらいには稼げていると思いたい(https://doda.jp/guide/heikin/age/#anc_age_02)。
妻が子無しの専業主婦であることについては、今の時代では贅沢という意見があることを認識しつつも、月に何回か一人当たり数千円の外出・外食をしてもお金は貯まっていっているので、特に気にしたことは無い。
住宅ローンを30~35年で組むことを考えると、マイホームを買いたい場合はそろそろ動かないといけないな、と思ってリサーチ開始したのよ。
で、今まで地価とか全然気にしたことが無かったからびっくりしたんだけど。東京周り(東京・神奈川・埼玉)って土地代やべー高い。
この3つの中で一番安い埼玉でも、地方の倍は高い(https://tochidai.info/public-price_prefecture-ranking/)。
そこに更に、建物が築浅で、3LDK+小さな庭の広さがあって、都内まで乗り換え少なめで、片道1時間で行けて、駅に近くて、普段の買い物しやすくて、最近多い地震に強くて…って感じで条件をどんどん付けていくとね。
もう4500-5000万とかは軽く超えるわけよ。
そんで、子供一人を大卒までしっかり育てる費用は3000万円くらいらしい。子供2人だと6000万円(https://www.fukoku-life.co.jp/gakushi/trivia/trivia22/index.html)。
合計して、マイホーム代4500万+子供2人6000万=1.05億円。
マイホーム代にはローン利子分(支払総額+約25%)や固定資産税(年20-30万くらい?)が乗っかるから、総合費用はもっと高くなって1.25億円くらいかな。
それに対して収入の方は、今の手取り年収570万円が続くとすると、定年まで後35年のうちに稼げるのは2億円くらい(もちろん出世する気はあるが、こういう時は低く見積もるものだと思う)。
老後に向けて2000万円は貯蓄することを考えると、35年間で使える余剰資金は2億-1.25億-0.2億=5500万円。1年あたりだと157万円、1ヶ月あたり13万円。そっから食費・光熱費・通信代その他諸々を払っていく。
あ、自動車代とか考えてなかったわ。
これきつくね?
もちろん節約の工夫でカバーできる部分はあるだろうし、年功的に年収も伸びると思うけど、不景気な世の中だから確証はないし…。
適度に遊べる余裕のある暮らしをしたいなら、子供を0~1人で諦めるなり、マイホームをダウングレード(狭い・ボロい物件、不便な立地を受け入れる)するなりしないとダメだわ。
平均以上の収入がある状態で試算してこれなんだから、そりゃ出生率も下がるし、地方移住者も増えるわなって感じ。
すごい優秀な人とか、親から土地をもらえるような裕福な人だったら、大丈夫なんだろうけどね。
ごちゃごちゃ書いたけど、結局言いたいのはコレ↓
SPU JOURNAL
ここ見ろ。知識とかいらんから気に入ったのをマネキン買いしろ。サイズだけは間違うな。
詳しく知りたい人だけここから読め。
・ほぼ全てモノクロ+1色で構成されていて着回しも楽。色味も地味目なダークカラーやペールカラーなのであたりさわりがない。
・派手目なのが好きな人は合わないが、キレイ目は万能なので着ているだけで平均以上。
・量産型と思うならこれを元にインナーやアウターを1つだけ柄物にする、靴や鞄に色味を加えたりなどちょっとしたアクセントを加える。
・これが面白くないと思うなら自分の感性を信じて服を着てくれ。自分の着たくない服を着てテンション下がるのが一番良くない。
・キレイ目ファッションを意識してから買う服がほぼ全て白黒グレーネイビーになった。
・持ってる服や靴との兼ね合いを意識すると服を買うのが楽しくなってくる。ファッションに使うお金が増えた。
・モノクロ以外のワントーンコーデはメンズはやらない方がいいと思う。普段のモノクロに飽きてきて月に2,3回やるくらいならいいかも。
・髪型は清潔感があればぶっちゃけなんでもいい。パーマはした方がこなれた感が出てちょっと有利。ツーブロックとマッシュを合わせた感じのがセットしやすくて楽だった。
大袈裟な喘ぎ声や腰を振る動作などセックスの誇張表現や性器の呼称を入れるの、
本当におもしろくないと思うんだけど、あれって作る側は何を思って入れてるんだろうか
とくに演劇だと、無理やりコメディにしようとしているかのような、場を茶化すような捻じ込み方をするので、スッと現実に引き戻される
観客も全然笑ってないことも多く、ダダ滑りしてまで入れたい理由が分からない
【追記】
具体例、映像化してない小さいのばっか見てたので難しいんだけど
1番嫌だったのは、友人の死や自分の死をどう受け入れるかがテーマの舞台で、場面終わりに登場人物が(恐らく笑わせるためだけに)いきなり腰を振りながら喘ぐシーン。
最終的に下ネタを言う意味のある登場人物が他にいることもあって、ものすごい白けた。
そもそも、セックスの誇張表現自体が別に面白くもエロくもなくて、客の心をどうしたかったのかが分からない。
あと有名どころだと、大人計画のキレイもあんまり好きじゃなかった。
逆に好きな感じだと、
引っ越して2週間目、築年数は40年を越えるお世辞にもキレイとは言えない家だけれど、広くて立地も悪くない上に家賃も安いとのことで内見して即決した新居である。
前から使っていた家具を運び、新しく増やした家具を組み立て、エアコンは新たに3台取り付けた。
DIY(と呼べるほど大層なものではないけれど)も好きなので、あちこち痛んでいる部分を直したり、新たに棚を増設したりと、大家の「古いから好きにしていいよ」との言葉通り、かなり自由にやらせてもらっており、住めば住む程気に入る物件だった。
ただ、2週間が経って引っ越し作業もとっくに落ち着いたのにも関わらず、あちらこちらからネジが出てくるのである。
廊下に転がっていたり、部屋のすみにまとめて落ちていたりで、最初は引っ越し作業の片付け忘れかとも思っていたのだけれど、落ちているネジは様々でひどく汚れたネジや鉄を叩いて作ったような釘が落ちていたこともあれば、明らかに新品のネジやこんなの一体どこで使うのだろう、というような巨大なボルトが落ちていることもあった。
落ちている場所も様々で、さっき掃除機をかけたばかりの廊下に転がっていたり、ベッドの上やベランダにも、流石にシンクに置いておいた食器からネジが5本も出てきた時は恐怖した。
また、出てくるタイミングも変で、地震や誰かが動いた後でもないのにネジが落ちていて、さっき鼻をかんでティッシュを置こうとしたら、目の前にネジが転がっていた時は自分の頭のネジが外れてしまったのかと思い、苦笑してしまった。
不思議なことに古いネジが落ちている時でも、いくら周りを探してみてもネジが外れたような場所はなく、新しいネジに関しても、家具の組立やエアコンの取り付けでは使わなそうな特殊なネジが落ちていることもある。
今のところ踏んでケガをする人は出ていないが、猫を飼っているので間違えて食べてしまわないかが心配である。
囲碁・将棋チャンネルが2018年に再認定されたことが不自然なような書きっぷりだが、実際はごく自然な認定でしかないことが明らかなので書いておく
結論:審査基準の優先順位①~⑤の順番で唯一④だった囲碁・将棋チャンネルが認定されるのは当然
囲碁将棋チャンネルは2012年10月1日から東経110度CSデジタル放送にてSD放送を開始した。この時点では 3.2スロットで放送を行っている。
ちなみに、スロットは周波数幅の量を表していて多いほど放送のビットレートを高くして高画質の放送を送れる数値と思っておけばいい。HD放送は12スロット~
時は流れて2017年、新たに周波数割り当てを行うために再編の募集が行われ、2018年4月6日に認可の発表が行われた。
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu11_02000101.html
https://www.soumu.go.jp/main_content/000544266.pdf
この審査基準は平成 23 年総務省訓令にある審査基準の順番に審査を通していったらしい。この審査基準自体はggっても改定部分を改めていくのが面倒だったのでやめた。
読んでないけど、いくらなんでも審査順くらいは守られているでしょう。
で、その実際の審査を行った順番として、5つが上げられている
①~③までは関係ないので無視して、④が囲碁・将棋チャンネルに関する部分となり、
2012年に3.2スロットでSD放送をしていたのを6スロットの割当に増やして高画質化する目的で申請を出したようだ。
動画に詳しい人なら理解できるが、同じ画面サイズのTV放送でもたくさんの周波数を割当してビットレートを上げればよりキレイな画面になる。
ちなみに東京MXは一つのチャンネル幅を3分割して放送しているので、他の地上波よりも画質が明らかに悪い。深夜アニメの画質が汚いので今すぐやめて欲しい。
そのうち1社はSD放送の申請も出していたようだが、比較審査を行う以前にそもそも放送法に適合しないとして審査以前に、却下されている。
残りの1社は⑤その他の申請に係る審査のSD放送となり優先順位で囲碁・将棋チャンネルよりも下となっていた。
HD放送のチャンネルは全て①~③で優先して割当が決定され、続いての基準④で唯一の囲碁・将棋チャンネルがまずSD放送で認定をとるのは基準上ものすごく当たり前の結論になるのだ。
⑤で応募していた1社は割当する周波数がなくなったので、比較する以前に落選。
恣意的な審査のしようがないところに囲碁・将棋チャンネルはいたのだ。
残りのSD放送応募の2社は第2希望としてSD放送を出していたが、HD放送が通ったので不要となった。
じゃあ、審査基準④が菅に都合がよいように恣意的に作られたのかと思う人もいるが、この基準は平成 23 年、2011年のもの。民主党政権時代のものだ。
さらには囲碁・将棋チャンネルがCS放送開始する前から見越してたとか考えるのは陰謀論としかいいようがない。
そもそも、囲碁・将棋チャンネルはHD放送設備を持っているのだ。スカパー!プレミアムサービスではハイビジョン放送「囲碁・将棋チャンネルHD」を放送している。
しかもCS110度のSD放送開始した2012年10月から。免許貰う頃にはとっくにHD放送の設備投資済んでます…。
むしろ、囲碁・将棋チャンネルはHD放送できる能力があるのに、新規HD放送局を増やすために総務省の内々の調整でSD放送のままのアップグレードの申請を出したような気がする。
HD放送化なら②の優先順位になるので審査も安泰なはずだったのに。
話を書くことになった元の記事など
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20210212/k00/00m/010/251000c
SNSのタイムラインに流れてくる何千何万といいねがついた画像は、散々加工され尽くしたド派手でドぎつい写真の成れの果てのようなものが少なくない。
いいねの数が4桁5桁となればわたしのような写真にうるさい層ではなく、一般大衆に(も)ウケていると捉えてよいだろう。しかし、そういったものほど容易に後処理で手を加えたようなものが目につく。
そんなバカのひとつ覚えのように色彩を派手にしただけ、明瞭度をめいっぱい上げて異様にメリハリが強調されているだけ、果ては本来そこに無いものを合成しただけの“写真モドキ”はクソだ。写真に対する冒涜だ。
写真が「真実を写す」ものでないことは百も承知。それでもなお、事実を歪曲したり捏造することで生まれた写真モドキをわたしは写真と認めない。写真とは別の優れたもの、美しいものとも思えない。
しかし写真モドキはまるで写真であるかのように振る舞うのだから尚更タチが悪い。
それにいいねを押したりシェアしたりする人がいることで写真モドキの作者は味をしめ、いいねが欲しいだけの奴は模倣をし、写真モドキはケバさを競うようにしながら世の中に蔓延していく。
シャッターを切った瞬間には並以下の写真でも、PCやスマホでイジり倒せば誰でも人目を惹く、しかしよくよく見れば醜い写真でも絵でもないものを作り出すことができる。わたしが写真モドキと呼んだものの正体がそれだ。
人目を惹くことといい写真であることは必ずしもイコールではない。
ただ、一般大衆はその2つをかなり近いもの、下手をすれば同列のものとして捉えていると感じる。そういう層は写真や写真モドキを目にしてもそれが「写真として」優れているかどうかということは分からないのだろう。
大衆は現実と乖離した、撮影後の処理でドーピングした写真モドキでも現実とリンクした美しいものと感じるのだろうか?
もしくは現実に関係なく単純にキレイなものと感じられるなら、それでいいのだろうか?
色彩は鮮やかであればあるほど美しいものと感じるのだろうか?
ならば白黒写真は単に古さを感じるだけだったり、理解不能な自己満足にしか見えないのだろうか?
そんな疑問をこれまで見てきたものや、わたしの写真に対する一般人の感想などを通して抱き続けている。
そして、わたしが持っている「いい写真」や「美しさ」の定義は一般的なそれと遠く離れてしまったのだろうか? (『そうに決まっている。この写真家気取りが』とあなたはいま思ったかもしれない)
とはいえ、写真の良し悪しなんて主観でしかない。あなたがキレイだと感じたなら、それは間違いなくそうだ。その対象が例えわたしが写真モドキと軽蔑するようなものだったとしても。
タイムラインには星の数ほどの写真が流れては去っていく。いまや写真がタイムラインを流れるほんの一瞬で見る人を惹きつけることができなければ、評価の土俵にも立てないのかもしれない。
その一瞬のためだけに奇形化した写真モドキを、わたしは数秒たりとも見続けられないのだが。
「見た瞬間に」感情が動かされたものに対して、それが一瞬であなたを惹きつけるためだけに容易に(あるいは計算ずくで)生み出されたものでないか、ほんの数秒立ち止まって考えてほしいと思う。
おかしさに気づいたのは、昨年の秋でした。
「あれ、なんかヒジの辺りの毛が濃くないか?」
体が硬い私はヒジの辺りをよく見ることができません。
また腕毛も大して濃くないので、夏が終わればそれほどケアする必要もないと(私は)考えていました。
在宅での仕事が増えていたので、部屋で薄着でだらけた姿勢で机に向かうことが多く、
コーヒーを溢した時に「熱っ」と思いっきりヒジの辺りを曲げて見た時に違和感を覚えました。
「ちょっとこの辺に立派な毛が生えてるな。伸びたらプレスリーの衣装みたいだな。」
それから逡巡がありました。
逡巡と言いつつ最後の一点集約な気もしますが、このヒジを与えられた恵を大切に育んで、
馬のタテガミのような、ヒジ毛でヘアドネーションできるようなそういう決意の元に、私は今ヒジと暮らしています。
念の為断っておくが、当方は自己犠牲を礼賛する立場でもなければ、悪役に対しても性善説で接しよというつもりはさらさらない。
件のプリキュアにおけるメッセージはカギカッコ付きで「正しい」。
だからこそ大人として世界に向き合う責任と自覚を放棄した歪みがあると思う。
現在ツイッターでプリキュアおじさん(見る限りほぼ全員独身の高齢アニオタ男性)が
「もし本当に反省しているなら悪行をして笑ったりしない。
都合の良い時だけ私(主人公)を利用しないで!」
よく言ったこれでこそ令和だ正解だ画期的だ脚本ブラボーと褒めそやすツイートである。
この悪役が例えば映画版とTV版のキャラ違いを往復するジャイアンの如く、何度も何度も何度も何度も利用されて裏切られるを繰り返してきたならば、確かに悲しいけど仕方ないねと腑に落ちる。
自分のみならず世界人類全体に迷惑をかけていたなら、これも仕方ないけど自分ひとりで許すのも違うからわかる。
でも文脈上はそうではないらしい。(プリキュアの敵なので世界人類の敵であることは事実だが、伝えんとする意図は別にある)
命乞いから実際裏切られた、裏切られる可能性うんぬん以前に、丸1年間の放送でずっと主人公陣営を傷つけてきたボスに不快感を抱く事は間違っていないと全肯定する。
そして何より自分の心を守るために「お前が不快だから助けてやるもんかざまぁみろ」と堂々と拒否をする。
そういうある種の「人生n周目のループもの主人公が書き換えた正解の世界線」じみた、自分の繊細ハートが傷つく前に敵を殺れ!という心の防衛を至上とした完璧なる護身メッセージなのだ。
ヒーローだけど無理して全てを愛さなくていい。弱り目を承知で悪意をぶつけてやりたい憎い奴を憎んでもいい。そうやって自分の心を大事にしようと。
これに爽快感を覚えるのは基本的に自分を「つけこまれる側の被害者」と認識している人間と思われる。それでいてもろい自己を他者に守ってもらいたくて仕方のない人間だ。
おそらく自称つけこまれた被害者の彼らは思い思いに己の人生の闇をフラッシュバックさせて
勝手に「救われた」気分になっているんだろう。
散々陰キャの俺をいじめておいて、卒業間際あるいは問題化された時に、保身で都合よく和解を申し出てきた学生時代のイジメっ子。
イジメっ子が放つ軽々しい「ごめんね」の言葉に、事を荒立てなくない教師から許しを強要された思い出。
無能だと罵倒しながら、人手が欲しい時、辞めてもらいたくない時には急場しのぎでチヤホヤと引き止める嫌な上司。
もしかしたらアニメスタッフが現場のちょっとしたトラブルを思い出しながら書いていたのかも知れない。
そんな彼らを悪と断じられる程の信念や自己肯定感も持てず、うまく対処したくても出来ないフラストレーションを、「この叫びは陰キャの俺のものじゃない」「女児向け思想だから」と言い訳が出来る投影先のプリキュアに代弁してもらった、射精せんばかりの絶頂感。
そういう失敗陰キャおっさん達の泣きシコ汁に塗れたくっさいくっさいツイートだらけで鼻が曲がりそうだ。
でもな。
お前ら「人生あそこでやり直したかった」塗れのプレイ時間だけは長い低レベルプレイヤーには良心的な教えでも、まっさらな状態から人生ゲームをスタートする子供にはそれじゃダメなんだよ。
なぜか?
「自分を信じろ」「自分の心の声に従え」と言われても幼児~小学生位の子供には信じるべき自分が物理的に存在しない。まだ形成途中にある。まず目の前の世界と他者をありのまま認識する作業を経て、そこに存在する自分の姿を経て自我を形成するのだ。
児童本人の自主性なんてものはハッキリ言って幻想にすぎない(大人ですら固まってないのが山程いるのを考えればわかるだろうに)。
大人に出来るのは「子供が学びを楽しいと思ってくれる」「家族や友達を思いやってくれる」よう、監視の目を絶やさず巧みに線路を引いて神経質に誘導しながらも「君自身の意志で選択したんだよ」風を装ってそらっとぼけることだけである。
いわばチクタクバンバンの動く時計とマスをカチャカチャ動かすプレイヤーと同じ関係だ。
だから半ば幼児の情操教育が存在意義である幼児向けアニメは裏側にどれだけ深淵な設定を重ねようと、「メッセージ」だけはシンプルで単純で子供でも反射レベルで実行できる、主観を廃した絶対の指示性がなければいけないのだ。
(一部高齢オタクに幼児向けコンテンツマニアが居るのは、物語の綺麗事に対する絶対的信頼感と安心感、そこに含有される複雑怪奇な人間社会の闇を幼児にもわかるシンプルな言葉で解き明かす性質に魅了されているのだと思う)
なのに件のプリキュア見捨てエピソードは「悪人の都合の良い言葉で利用される正義ワイの心の痛み」とかいう、複雑かつ理解に経験則が必須で子供にとって一番アテにできない自我を拠り所に「相手から発せられた言葉の意味と反対の事をしろ」と言ってしまってる。
端的に言って複雑な無茶振りがすぎて処理落ちするレベルなのだ。
「先生やご両親の言う事を聞きましょう」という子供が生活するうえで必要な基本メッセージに唾を吐いて「いやいや、教師や親というだけで信じるのは危険だからやめろ。奴らの嘘集をあげるから悪い奴から身を守ってくれ」と言って
毒親やパワハラ教師の体験談を未就学児にプレゼントしてしまうが如き「余計なおせっかい」である。エルサゲートを見せて社会勉強になると言ってるようなもんである。
確かに現実はそうかも知れない。でも子供にいま一番必要なのは「世界をとりあえずそのまま受け入れて信じて自我を確立すること」なんだからお前らのしてる事は発育妨害でしかない。
まずありのまま信じさせてやれ。
大人が子供に出来るのは、子供に敢えて綺麗事を示して「安心して世界を信じろ」と断じる事だ。
自己護身のために「その時は悪い事を言っていない他者」を疑え警戒せよと煽る事じゃない。
わざわざ言葉の裏を疑えうんぬんと世界に不信感を持たせる事を言う位なら何のために勧善懲悪のキレイゴト物語のフォーマットを用いているのかわからない。
自我どころか言語認識すら途上で危うい子供には綺麗事を疑う事を前提としたメッセージ処理できないから、メッセージは「自分といったん敵対したからには悪は悪だからやつの口にする反省は嘘だ」になる。
小さなガキは四六時中間違いを起こすし、友達とは毎日ケンカと仲直りを繰り返すような生き物なんだけど、これ自分が悪役側になることだって充分あり得るのに、みんなが鵜呑みにしちゃったらどうなるんだろうね?
お母さんの無償の愛に甘えてイキって困らせてそうなオタクおじさん達は「プリキュア(俺)に我慢を強いる無償の愛を求める敵をよく倒してくれた」と言いながらウットリしてるけど、
悪役とされる側への寛容ってヒーローヒロインに犠牲を強いてる訳じゃなくて、自分がもし道を誤って悪役とされる側に堕ちた時の為の救いでもあったはずだ。
そういう可能性を僅かも考慮しない高齢オタクおじさん達は卑屈な陰キャのくせに、どうしてそんなにも頑なで自分は絶対に被害者のままで断じて加害者に回らないと言い切れるんだろう?
まさか自分が病んで追い詰められて道を外した時には潔く「僕は擁護のしようもないクズですううう」と叫びながら一切の救済を拒否して誰にも迷惑をかけずに腹でも切るのか?
なわけねーよなぁ?自分が僅かでも救済されるかも知れない余地があるなら見苦しく立場の一貫性もかなぐり捨てて縋りつくよな?正義のヒーローの犠牲なんか知ったこっちゃない、ヒーローなら俺をも救ってくれるはずだと。
そういう人間の業と弱さを認めて見放さずチャンスを与えることで、他者も自分自身も許せば楽になれるよというのがこの手のエピソードの肝だったはずだ。
「罪を憎んで人を憎まず」は無念を押し殺して涙を飲んで敵を許せという意味ではなく、人として自分も含めた人の業と折り合いをつける知恵だったはずだ。
他者への潔癖な非寛容は自分自身を縛って生きづらくするという事は、他ならぬポリコレ叩きのオタクおじさん達が嬉々として口にしている言葉だろうにな。
なんか、自分を大事にとか理不尽な犠牲の否定とかじゃなくてこういうものが生まれる根底に、陰キャキモおっさん目線の失敗を過剰に恐れる間違った完璧主義と「俺は被害者なので何があっても絶対に悪(加害者)に回ることはない」という勘違いと、
幼児向けアニメなのに高齢オタクである自分のためのものだと思って子供目線で想像しようともしない傲慢さ(女児向け云々はアリバイ工作の時に口にするうわべワード)が鼻につく。
そう言えば別の某アニメで「若い子供のうちは間違っても取り返しがつくことが特権なのだから、迷ったり悩んだりして動けなくなるくらいなら思い切ってどんどん間違えてみればいい」と中学生の子供にアドバイスした親がアニオタ達から結構叩かれていたのを思い出した。
これも連なる話なのかね。
タイムズのカーシェアにはTCPプログラムというのがある。走行距離や給油でポイントが溜まっていき、一定を超えるとランクアップして特典がもらえるプログラムだ。単にたくさん使って金を払えば貯まるものではなく、カーシェアリングに優しい使い方をした方が溜まりやすいのが面白い所だ。
その中にキレイ度アンケートというのがある。返却確認メールにURLがあって、【自分の前の利用者が綺麗に使ってたいたかどうか】を答えるものだ。これに回答すると1ポイントなのだが、これに【キレイだった】と答えられたユーザーには3ポイント入る。つまり自分の後に使ったユーザーにアンケート答えられるだけで3ポイント貰えるのだ(連続で自分が利用しては除外)
自宅近辺は利用率が高く、ステーション(カーシェアがある駐車場)も二桁ほどある。そんな地域で月に3~4回、年間で50回利用して上記のポイントが付いたのが1回。ホームページの履歴で見れるので確実なのだが、余りに少ないのでサポートにも電話で聞いてみた。
汚いって言われてたのなら仕方ないと思ったが、サポート曰くそもそも回答されていないのだ。自分は近所のユーザーに3ポイント献上して、自分は誰からも貰えない良い人が損するのがカーシェア。そのくせ借りに来た駐車場に自転車停めたり砂まみれにしても強制退会にはならないのでユーザーの浄化とかは夢のまた夢。
もしカーシェアを検討しているのなら街の雰囲気では分からない真の住環境が分かるし、そもそも住環境が良くなければ思った以上に使いにくいと思うのでオススメしない。そう思うと自宅近辺に収集日以外に平気でゴミ捨てる人居るのも納得出来る。
週に何度かの出勤日を終え帰宅する途中、ふと駅前のとんかつ屋の張り紙が目についた
夜限定?このご時世で8時までしか営業できないことと関係あるのだろうか?でもとんかつ屋がカツカレーにしたって客の滞在時間は変わらないよな。等と思いながらも限定の二文字ととんかつ屋のカレーがどんなものか気になり来店
過去に一度来た事があるが相変わらず古く、ボロくもあるが老舗の空気も漂わせるいい雰囲気、カウンターキッチンとテーブル席が3つほどの小さな店だ。
こんな時期だからか一人客なのに四人掛けのテーブル席に通される。他の客は二名。一人は奥のテーブルで二本目のビールをあけている。たった一人で瓶ビール二本。そこらの飲み会で騒ぐためにビールを飲み、ビールしかアルコールを知らないオッサンどもとは違う、正真正銘にビールが好きなオッサンなんだろう。もう一人はちょうどカツカレーを頼んで待っているところだった。安心しろ。俺もすぐ行く。
慣れた雰囲気でカツカレーを注文し茶飲みながら待つ。こういう時にちゃんと湯呑で茶が出てくるのがいいよな。あとおしぼりに紙で包装された割り箸。経費削減と効率化が進んだチェーン店では出てこないサービス。
カツを揚げる音を聞きながら前座の豚汁とキャベツ、おしんこが運ばれてくる。カツカレーでも千切りキャベツを別で出してくるのはとんかつ屋の矜持か。
そしていよいよカツカレーと対面だがなんと深みのある給食っぽいカレー皿で出てきた。なんか店で喰うカレーって平たい皿のイメージだったから驚いたな。まあ食えば一緒か。
カツは前と変わらず標準的な品質。特段旨いわけじゃないが文句もない。揚げ立ての衣は文句なし。カレーの方は…意外と個性がある。既製品ではないのか?デミグラスソースっぽい香りでもあり、カツのせいか金沢カレーの親戚のようでもある…こんなところでこんな洋食っぽいカレーが出てくるとは!好奇心で頼んでみたが正解だったな。
カツを一枚、カレーを食い、千切りキャベツでリセットしてお茶を一口。そしてまたカツを食い…たまに豚汁。とんかつ定食のサイクルをカツカレーで再現…だがここで一つ問題が浮上する。おしんこだ。本来なら白米-豚汁-おしんこラインが完成したところがカツカレーではカレー自体が白米を自己完結させるので出番がない。カツに対応するサッパリ枠もキャベツが占有している。だいたいカツカレーにも福神漬けが乗ってるのにこのおしんこはどうすればいいんだ……とりあえず適当なところで全部食っちゃうか…
などととんかつ定食の作法で出されたカツカレーを楽しんでいる自分の背後でガラガラと戸を開く音が鳴る。新しい客だ。
「いらっしゃい、ご注文どうぞ」「うーんちょっと迷ってて…」気弱そうな男性の声。お前もカツカレーか?成人男性が夜にカツカレーを食うことにためらいがあるのか?
一人客なのにこんなところで外面を気にしやがって、そんなだからとんかつ屋にも堂々と入れないんだ。
なんだと!?
「できますよ!200円増しですけど」
即答!?
「じゃあそれで」
なんて奴だ…あいつはカツカレーを頼むことに躊躇していたんじゃない、メニューのどこにも存在しない上ロースカツカレーを狙っていたんだ…
気弱そうな声のくせになんて豪胆にして創造的なやつ…俺の負けだ…
しかし差分を払えば別のカツカレーができるなら、同じくメニューにあるミックスフライでもいけるのか?ミックスフライカレー…いやなんかダメそうだ、字響きからして通らなさそうな気がする。第一別に食いたくねえし。
等と思いながらカツカレーをキレイに完食して退店。外では相変わらず居酒屋が断末魔のような値段の飲み放題を宣伝している。
結局コロナウイルスが蔓延して緊急事態宣言が発令された時でも、たった一人でとんかつ屋に来てメニューに無いけどギリギリ常識的な上ロースカツカレーを頼めるような男が時代を作っていくんだろうな。
和歌山県第3区に住んでる増田だよ。田舎もんだよ。地元で林業やってるよ。
みんなが聞きたい事知ってるよ。「二階って地元じゃどうなの?」だろ?自分は第一次産業だから結構地元の深いところまで知ってるよ。
長々と書いても仕方ないので簡潔に書くわ。何も恩恵は無い。あったらこんなに寂れるか!糞パンダでも人来ないし。
みんなが求める「選挙区に利権で土建屋ウハウハ」とかマジでない。あの爺、旅行業界じゃなくて選挙区に少しはもってこい。
じゃあなんで当選するの?って疑問だろ。面倒だから。これもマジ。
他の田舎と同じ。ずっと二階を応援しているから今更新しい人覚えたり応援するの疲れる。二階なら手を抜いた応援の仕方も分かってるし、二階も手を抜いた応援でも怒らない。持ちつ持たれつ。田舎だね。
みんな家の選挙区毛嫌いするけど、じゃあ二階よりマシなの立候補させろよ!
※2021/01/26 追記
いや、流石にアレは無理。
便利になったけど格段にとかじゃないし、そもそも道路がキレイになっても何もないし。
スローライフってのは都会の数倍活動しないと都会と同じ情報手に入らない。性別年齢関係なく。
田舎で仕事しながら都会の数倍インターネットに齧りついて情報アップデートし続けるのを求めるのなら、みんな現状を求めるよね。ここはそういう所。