はてなキーワード: もやもやとは
26歳の男です。妻も同じ年で大学の頃の知り合いです。
タイトルの通りで、夫婦仲とセックスレスについて忌憚ない意見を聞きたい。
結婚して1年半くらい、ある程度付き合ってから結婚しました、いわゆる順風満帆な夫婦だったと思う。
空気が変わったのは結婚してしばらくして妻が鬱になったあたりからかな。仕事で鬱になったんだけど、鬱になってから俺としてはすごく気を使って生活してたよ。発言一つ一つには気を付けて、色々勉強して、支えてきたと思ってる。
最近は大分回復してきて、仕事にも復帰して、鬱も寛解?したって先生に言われた。
鬱になる前からなのかもうわかんないけど、とにかく妻に愛されてない気がするんだよね。
好きの言葉もないし、キスもないし、タイトル通りセックスもない。
でも、俺側にも問題があると思うんだよね。
妻に気を使うあまり、発言にすごく慎重なんだよね、それに気疲れしてる。でもたまに失言するとすごく妻を落ち込ませてしまうし、怒られるし、そのたびに自分が否定される気がして苦しいんよな。
セックスレスは多分鬱の薬の副作用によるものなんだよね。そんなことはわかってる。妻も申し訳無さそうに、したい時はするよって言うけど、したくない相手とするのは本当に悲しいんだよね。家庭内でレイプしてるみたいで。
でも妻に、上のことを言えば、二人の関係はクリティカルな打撃を受けると思うんだよね。
俺は我慢して、輝かしい未来に希望を持つべきなのかな。それとも結婚てこんな感じ?
なんかめちゃくちゃ悲しいわ。
○追記
※FF16のネタバレあり批判記事です。プレイ済でFF16に思い入れのない方向けです。
FF16をクリアした。わくわくと予約して発売当初にプレイしたので、クリアしてもう7ヶ月くらい経つんだが、いまだにもやもやする。もやもやというか、悲しみと怒りというか……。「何だったんだよコレ」というか。
いや正確にいえば、プレイ序盤は「おお、面白いかもしれない」と思った。それがちょっとずつ「ん?」と思うことが増え、中盤のバハムート戦が長すぎるあたりから完全に「アレ?」となり、終盤はちょっと盛り返してきたけど、ラストの米津玄師をバックに「あ、終わった……あと少しの工夫で名作になったけど……ちょっと塩気が足りないような……?」と狐につままれたような気分で終わった。まだサブクエストは残ってたけど、やりこむ気が全く起きずそのまま一度もプレイしてない。
思えばプレイ中、ずっと「面白いと思わなきゃ」という強迫観念に駆られてた。だって久々のFFナンバリングじゃん?予約してたしものすごく楽しみにしてたし、映像めちゃくちゃ綺麗でリアルで、鳴り物入りでものっそお金もかかってそうじゃん?周りも「今ハマってて〜」とか言ってたし、ずっと悪く言っちゃいけないと思ってたんだよ、いいところ探そうと思ったんだよ。
だけど日が経てば経つほど冒頭のようにもやもやが広がってきて「やっぱあれおかしかったよね」とか、恋人と別れてから洗脳に気づいてずっとそのことについて考えてしまうみたいな。FF16クリアしてからいろんなゲームやったりアニメみたりしたけど「FF16よりずっと面白い!」「FF16よりこの点がいい」とか、謎にずっとFF16と比べてる自分がいる。
ここまで心囚われてしまうのは、何かあるんじゃないかと。裏を返せば、FF16の何が面白くなかったかを深掘れば「面白いコンテンツとは何か」を考えてみるきっかけになるんじゃないかと。
本当はFF16の悪口言う飲み会やりたいくらいだけどそんな友達はいないので、こうして増田にしたためてみる。以下はエンタメ業界でもなんでもない自分のど素人の私見なので、いろんな方のぜひ意見を聞いてみたい。
以下は要素を出すためにとりあえず箇条書きで気になった点を挙げていく。
この項目は細かい話なので、要は何?を先に知りたい人は読み飛ばして次の項目にいっていただいて構わない。
悪い点ばかり挙げていてもフェアじゃないし、心を落ち着けるためにも、まずは良い点から挙げていきたい。
【FF16の良かった点】
・サブキャラの人間味がよい(ベネディクタ・フーゴ・ディオンあたり)
主人公がさらにその先の「人が人として生きられる場所」を掲げて言葉にし続ける(ちょっとFF10っぽい)
・終盤の今までの召喚獣全部出すRPG感(ちょっとFF10ぽい)
じゃあ悪かった点って何なの?
【FF16の悪かった点】
1.緩急がない
・チョコボの音楽流れない(なんだよあの♪チャララララララーンって、よく分かんないところでオリジナリティ出すな)
・ていうか音楽が終始暗め
・ミニゲームない
・ほぼ同じような景色ばかり、マップ移動が自動でシナリオも基本一本道、自由度が少なく冒険感がない
・テーマの根幹である、ベアラーが奴隷格という設定に無理を感じてしまった。魔法がある分科学は発展してない以上戦闘力は彼らが遥かに上だし、生活も彼らに頼りきり。抑え込める武力もロジックもないので反乱起こされたらかなりやばい、この状況であればむしろ優遇されるはず。ジルみたいに「人質にとって脅してる」だけじゃあまり説得力がなかった。
・ジョシュアがなんで主人公に自分の生存を隠していたのかが意味不明。物語の核心を知ってるんだろうなあ〜と再会シーンを楽しみにしてたら「僕もアルテマのことは詳しく知らない」?!は?!
あの意味深な隠密行動はなんだったん?中二病??だったら逃げずにさっさと共闘してくれよ
・アルテマもバルナバスも主人公に甘い。ディオンはあんなに狡猾に精神的に追い詰めたのに、主人公に対してはジルをさらうくらいで殺しもしない。
思念を断ち切りたいなら、もっと主人公の大切な人や場所を壊すなり目の前で殺すなりやり方いくらでもあるでしょうに
・召喚獣を吸収されても、暴走でもう1回召喚獣になれるのなんで??無理やりでもいいからなんか説明ほしい(その人の心の奥底に召喚獣の魂が根付いていてそれが心の刺激で一度だけ解放されるよとか、それくらいでいいから)
・主人公のキャラが真面目すぎて魅力を感じない。いかにも主人公らしい言動しかしない。もっと人間らしい葛藤とか弱さとか欲しかった
・主人公とジョシュア、再会してあっさり打ち解けるけど、あんなに羽むしって殺しかけたことはお互いもうちょっと思うところがあるんじゃ……
・主人公が飼い犬(トルガル)に興味なさすぎ。あなたの犬青く光ってるけど何当たり前のように受け入れてるのおおおお?!最近おやつ食べないのに飼い主以外の人が気づいて忠告してるけどおおお?!犬に対してぞんざいすぎる、いや狼だけど、生き物はちゃんと愛情深く飼ってくれ
・ヒロインのジルが戦わない。いやシステム上は戦うんだけど、精神的に戦わないように見えてしまう。
愛する主人公がピンチの時も見てるだけのことも多いし、何度「いや今命削ってでもシヴァに顕現しろよ?!」と思ったことか……。
性格的に自己犠牲っぽい割に基本的に受動、お姫さま扱いで時代に逆行。ベネディクタの方が好きだよ私は……
本当はもっともっと細かいところいろいろあるんだけど、呪詛みたいになってしまいそうなのでこれくらいにしておく。(既に呪詛)
悪かった点のまとめ、1〜3について振り返り、「いいコンテンツとは?」について考えてみたい。
いいコンテンツには緩急がある。
例えば同じFFでもFF7。ゴールドソーサーがあったりそこでバレットとデートできてしまったり、 戦いの日々の中にも思わず笑ってしまうセリフがちゃんとある。メテオ無視してスノボしまくることもできる。
FF7リメイクのエレベーターの中でのバレットとクラウドの会話 バレット「お前いくつだ?」クラウド「ファーストだ」 バレット「ちげーーよ!歳聞いてんだよwwwwwなんだよファーストって」みたいバカにして笑うシーンとかめちゃくちゃ笑った。 クラウドの自意識過剰とバレットの調子に乗りがちな性格を上手く扱ったやりとりだと思う。
FF16は音楽もキャラもシナリオもシステムも、ずーーーーっと暗くて一辺倒。明るくて楽しいの叔父さんくらい。(砂漠の叔父さんはめちゃくちゃジョセフ・ジョースターにみえたが)周回するのも辛い。
お願いだからチョコボの曲くらい流してくれ!チョコボの曲すらなかったらもうアレはチョコボという名前だけの別の鳥だよ!!
メインシナリオ以外の遊び要素がほぼサブクエストだけっていうのは、ただ面倒なだけだし相当シナリオが面白くないと無理ある。
語り部システムとかあって国際関係とかキャラ設定とか読み込めるようになってるのはいいんだけど、それ読んでも「結局あれは何だったん」って回収されない矛盾が多い。 1つ2つなら許せるけど、続くと キツい。
好きなコンテンツって設定集買って読み込んで「うおーーアレは実はアレでアレにつながってたのかああ!!」って本編だけでは回収されない細かい設定まで知るのも醍醐味で、それでもまだ分からないものはネットで考察みてこれはそうかもいやこれは違うやろとかあーだこーだするのも楽しいけど、FF16は設定集買っても絶対そんな深い裏とかないと思う。(そもそも買う気も起きないが)
なんというか、シナリオもキャラも自然に動いてない感じがある。
作り手が見えすぎてしまうというか、先に都合のいい展開・見せ場がつくってあって「この展開にしたいから、あなた(キャラ)はこう動いてくださいね」って指示されてるような感覚。その展開に至るまでの階段がない。
RPGならありがちなことではあるけれど、ここで映像がきれいすぎることが裏目に出る。映像がリアルな分、リアルでない展開がものすごく目立って見えてしまう。これがドット絵だったらそういうもんって思うこともできたけど。
もう、一番はこれ。薄い。クライヴ・ジョシュア・ジルという中核3名のキャラが圧倒的に薄すぎる。
全員いい子発言しかしないし、発言が全く面白くない。コンプレックスも葛藤もない(うっすらあるけど浅い)。
クライヴは騎士気質でベアラーにも弟にもジルにも尽くす、ジョシュアは弟キャラで兄大好きで病弱でニンジン嫌い。以上。
クライヴは幼い頃に神扱いされてた弟への嫉妬とかないんか。そんなに弟が大切なのに、弟を殺してしまった(そのあと殺してなかったことが分かるけど、あれだけ傷つけてしまった)ことはシドに鞭に打たれたくらいで消化できるものではないだろ。聖人君子か。
ジョシュアは健康な兄への嫉妬とかないんか。羽むしられたこともうちょっと怒ってもいいだろ、聖人君子か。唯一怒ったのがなんか「兄さんはもっと人を頼れ!」とかで殴った気がするけど、どんなシーンだっけ?とググったらYahoo!知恵袋で「正直ゲームでよくある殴るシーンを入れたいが為に無理やりねじ込んだように思えます」って回答があってその通りすぎて笑ってしまった。
ジルに至ってはどんな人間なのかがさっぱり分からん。自己犠牲で戦う人なのかなー?と思ったけど、その割には自分が石化することを案じてなのかなんなのか、「今は助けに入った方がいいよー?!」ってところでもなかなかシヴァに顕現しない。
そして(重い腰あげてようやく)鉄王国滅ぼしてクライヴを守る的なことを言ってたくせに、なに裸で抱き合ってシヴァが吸い取られることを受け入れてるんだよ。同意なく自分の生き様・決意を奪われて強制的に守られることを許すなよ、もっとブチ切れてクライヴと戦うべきところでしょ。しかも裸で。裸ならいいんか?クライヴの自己満な身勝手も彼の優しさとして涙流して感動して受け入れるんか?
ただその場の雰囲気に流されやすいだけの人では??なんで替わりにこの件でジョシュアが殴ったん??
良いところでも書いたように、サブキャラはちゃんとキャラがあるんだよ。ディオンは父親に認められたいコンプレックスを上手く突かれて暴走、以降は国を壊してしまった自責の念で生きていくのも分かるし、ベネディクタは何も持たなかった出自から奪われる恐怖で力に固執、力を失ったうえにこの上ない陵辱を受けて精神的に崩壊するのも分かる。
「この生い立ちならこういう性格と結果になる」がサブキャラにはあるのに、なんでメインキャラにはないんだ。あんなに15歳〜28歳〜33歳まで生い立ちに尺使ってるのに。最終的な年齢は今までのRPGの主人公よりずっと私に近いのにそれでも全く共感できない。
ここでも映像がきれいすぎることが裏目に出る。人間の見た目はリアルなのに、そこにインストールされてるソフトは作り物のペラッペラ。映像技術にキャラの厚みが追いついてない。ただのイケメン展覧会、ひたすらPVをみてるだけの気持ちになる。
キャラさえしっかり練られていれば、実は「1 緩急がない」も「2 シナリオの細部に矛盾や都合のいい展開が多い」もクリアできるのである。 1は性格設定に基づいたコント的な会話で緩急はいくらでも作れるはず。同人誌があれだけ発達しているように、メインのシナリオライターでなくても、設定さえしっかりしていれば他の人でも作れる。
例えばだけど、FF10のメンバーでクレープ屋に行ったとするとリュックがどれも食べたくて選べなくて、ティーダがそれをバカにして、でもユウナが「うーん、確かにバナナかイチゴか選べないなあ」って言った途端にティーダが「俺のもあげちゃう!」って言ってリュックが「何そのえこひいきー!」とかとか、面白いのが書けるかは別としてある程度会話が想像できる。 FF7なんて、どん兵衛のコラボCMみたいなめちゃくちゃな世界観にキャラを置いてもちゃんとキャラが動くからすごい。荒唐無稽な舞台なのに、「確かにこのキャラはこういうことやりそうwww」という説得力がある。
が、FF16のメイン3人でクレープ屋に行っても「俺はチョコバナナで」「僕も兄さんと同じので」「私はイチゴ」くらいで会話が終わってしまいそうなのである。シーンにキャラを置いても全然イキイキと動き出さない。
2も性格設定に基づいてキャラが自然に動くなら、都合のいい展開もなくなる。世界設定に多少の矛盾があったとしても(あくまで多少での範囲だが)、キャラが魅力的ならシナリオも魅力的になって多少のことは目をつぶれる。
荒木飛呂彦先生が『荒木飛呂彦の漫画術』の中で、以下のように語っている。
> 実際に漫画を描くとき、常に頭に入れておくべきこと、それは、僕が漫画の「基本四大構造」と呼ぶ図式です。
重要な順に挙げていくと、①「キャラクター」 ②「ストーリー」 ③「世界観」 ④「テーマ」ということになります。
この四つは、それぞれ独立して存在するのではなく、互いに深く影響を及ぼし合っています。そして、これらの要素を増補し、統括しているのが「絵」という最強のツールで、さらにセリフという「言葉」でそれを補う図式となります。
つまり、読者の目に見えているのは絵ですが、その奥には「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」がそれぞれにつながり合って存在しているのです。この構造は、いわば、ひとつの世界の営み、宇宙とも言えるのではないでしょうか。
(2015年 荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』集英社新書 第二章 押さえておきたい漫画の「基本四大構造」より引用)
漫画はこれを1人でやらなければならないけれど(漫画家さん本当にすごい、、)、ゲームやアニメにおいても同じだと思う。
FF16はまさにこの裏返しで、まずは何よりメインキャラクターの作り込みが弱い。キャラクターが弱いからストーリー展開が不自然な点が多いし、緩急なくて苦痛を感じると世界観に没入しきれなくて、細かい設定の矛盾がどんどん気になってきてしまう。結果的に「人が人として生きる」というせっかくのテーマの説得力がなくなり、ただ言葉として置いてるだけのように感じてしまう。
で、それらを統括している絵だけが突出してめちゃくちゃ綺麗・リアルでそれ以外の厚みが追いつかず、宇宙のチグハグ感がすごい。
漫画でもゲームでもどんなメディアであっても、①〜④を作り込み、絵とセリフで統括して、これ以上ないくらい絶妙なバランスで宇宙をつくっているのがいいコンテンツ。コードギアスだったらCLAMPだし、ニーアオートマタであればゴシック調の耽美的な雰囲気と音楽だし、進撃の巨人だったら諫山先生のあの絵以外今やもう考えられない。
別の言葉でいえば、魔法にかけ続けられるかどうか。「このキャラはこんなこと言わないよね」とか「作業が多くて飽きてきたな……」とか「この設定矛盾じゃない?」とか、何か苦痛を感じる度に、魔法は少しずつ剥がれていってしまう。
完全に魔法が解けたあとは、全てがしらじらしく見えてしまう。
ジョシュアが殴るシーンにしても、Yahoo!知恵袋には「いいシーンですよね。何度も見返してます」と言っている人もいれば、「正直ゲームでよくある殴るシーンを入れたいが為に無理やりねじ込んだように思えます」って言ってる人もいた。前者は魔法が解けなかった人だし、後者は魔法が解けてしまった人。私は後者だった。FF16はどこかで魔法が解けてしまう危うさが多かった。
なんでこんな長時間かけてコンテンツ摂取するのかっていったら、魔法にかかりたいからなんだ。ジェットコースターみたいに上下して揺さぶって、時に笑って時に泣いて、続きが気になって仕方なくて睡眠時間削ってしまって、最初の頃に匂わせてたこの伏線はここにつながるのかーーー!!!!!ってあっと言わせてほしいんだ。
特に、FFみたいな巨大タイトルのナンバリングなら。頼むよ!!FF17頑張ってくれ。
ワイの場合はアニメキャラなので、言ってて悲しくなるが付き合ったりセックスできる可能性は本当にゼロだ。既婚者だし。
それでも推していたのは別に「なにかいいことがあるから」とかではなかったと思う。
①初めはただ、画面に映る彼に心奪われて、もっと知りたくなった。ネットで色々調べたり、漫画やアニメをたくさん見た。画面を見ていない瞬間や、見れない学校でも彼を見ていられる素晴らしいアイテムといえるグッズも買った。
②そのうち「インターネットでは発信もできる」ということに気がついて、なんとなくアメブロを始めた。同じ界隈の人は仲間でありながらライバル意識も少なからずあって、さらにグッズを集めたり、知識を増やしたりした。
③そのうち、界隈の人と交流する中で自分の心に湧いた「もやもや」の正体に「同担拒否」という名前があることを知った。そこからは、数少ないガチ恋勢に負けてたまるかという気持ちだった。絶対に結ばれないからこそ、周りの他担からの「〇〇さん=増田ちゃん」の認定?を集めることに必死だった。別にそんなものあっても推しと結ばれることはないけど、それでもどうしても他の人の名前が〇〇さんの=になることは許せなかった。
②からは不幸な推し活まっしぐらなのでもうやりたくない。でもやっぱりかっこいいので①だけはまたやるかもしれない。でも①も別に「なにかいいことがあるか」と言われたら別にないかもしれない。ただ好きだから少しでもその人のことを知りたくて、ずっと見ていたい。それが推し活をする理由なのかなあ。あまりにも息をするように推し方をしていたのでわからない。
ただ一つだけよかったと思えることは、友達も仲間もろくにいない、青春の思い出らしい思い出が全然ない私にとって、推し活から離れた今も、たまに見返す推しとその作品はまるで故郷の友達みたいな、もう一つの故郷みたいな安心できて、思わず顔が綻ぶ場所があって、それが望めば(人間と違って老けないし不祥事もないので)永遠に私のもとに存在してくれて、いつでもそこに心が帰れることくらいかな。
酔っ払って帰ってきたときにつぶやいた。
その後「あ、ちがうちがう!!!! そうじゃない!!!!」っていい直してたけど、その反応が余計に本音っぽすぎる。
正直15年間レスだ。
そんな中の一言。
ちょっと年上で 仲良くしてもらってるみたい。
その人はゲイだとは聞いていた。色んな人と楽しんでるタイプのゲイの方っぽい。
一度紹介してもらったこともある。
夫から「夫くん一度してみようよ って言われたこともあるんだー、まぁもちろんないって言ったけど!」って会話はしてた。
……おい。おい!!!!!
正直、私は「ここまでレスだと、これから死ぬまで 私は誰ともしないのかなー…。そうかー…」という気持ちになっていたけど、「そんなんいうなら私だって女性用風俗とか行ってみたいですけど?????」ってなってきてる。
でもさ、やっぱり一線超えるとその後今の関係を続けられるかは微妙じゃん。
私は今の家庭は好きなので、それが壊れることはしたくない。
夫とまたできる仲になるのが一番だけど、私に対してやる気が出ない夫を見るのは 私も夫もつらい。
結局 夫婦のレスを解決する方法って、そんななくて 諦めて他の楽しみに目をやる、自分で昇華する、くらいかなって思ってる。
そんな中の夫のつぶやき。
そしてその後もちょこちょことそのゲイの人が参加してる飲み会に参加してる夫…。だいたい機嫌よく返ってくる夫。
(夫は女性にモテるタイプではないので、好意を向けられたのは嬉しいんじゃないかな。正直私との付き合いもそういう感じで始まったしな)
ふたりきりで行ってるんではないだろうけどさぁ…。
その間、子どもと一緒に家にいる私…。
どうしたらいいんだろう。
Bさん「俺は今の与党には投票したことないから、少なくとも俺の責任はない。有権者をひとくくりにした言い方はおかしい。」
Aさん「お前がどこに投票してるかなんか知るわけないだろ。人に突っ込むなら突っ込まれる側の立場も想像しろ。」
B「?」
A「?」
とか
自分「昨日とか頭が疲れちゃって散々だったわ。最後の方とか、あれっ?AってBだっけ?いやいや…みたいなギリギリの人になってた」
相手「は?AはBじゃないじゃん」
自分「そう、だから自分相当疲れてるなって実感して切り上げて寝たわ」
相手「AはBじゃないよ?」
相手「?」
自分「?」
みたいなやつ
振袖は着たくない。
大学卒業を控えた今のわたしも、やっぱり袴は着たくないと思っている。
2年前は自分でもよく理由が分からず、親や祖母は一生に一度なんだから着ればいいのに、と言い続けた。
だけど、成人式=振袖の構図に乗っかるのはありきたりだから嫌だとか、親のお金で選ぶ=途中でやっぱやーめた、とかできない、心理的閉塞感が自分のファッション美学に反するだとか、適当な理由を並べて回避した結果、それでも一応新しく買ったワンピースで、中高の同窓会みたいなやつに出た。(地元に友達がいないので式自体は出ていない)
わたしの振袖が見たいと主張していた祖父は前年に死んでいたから、わたしの主張に強く反対する親戚は誰もいなかったからだ。
そうして2年が経ち、現在卒業を控えているわけだが、袴はやっぱり着たくない。
最初は、2年前着られなかった振袖で出ようかとも思った。白地にバーンとでっかい鶴に椿とかを背負ってカッコよく決めたいな、なんて考えて、一度はその気になってフリソデモードに足を踏み入れてみたり、伊勢丹の貸衣装を覗いてみたりした。
けど、親が寝た後の暗いリビングのテーブルに、ぽつんとパンフレットが置かれているのを見て、やっぱりなんか違うな、と唐突に思った。パンフレットの幸せそうなモデルさんにイライラしてきて、もらってきたばかりだけど丸めてゴミ箱に突っ込んだ。
表紙を一枚捲ると、「お母さんに感謝を」的な、そういう文言が書かれている。
お母さんに感謝。
一理あるかもしれない。女手一つで育ててもらって、一貫に通わせてもらって、私大に入れてくれた。そのおかげで、悪くない職にもつけたと思う。いまいち活かしきれてないかもだけど、それはまずはありがとう。
けど、わたしは忘れない。忘れていない。
幼稚園の時にヘアゴムを無くしたら、夜中までリビングに立たされて、父親が帰ってくるまで怒られたこと。裸足で踏むフローリングの冷たさ。布団に入っても温まらない足を手で握って擦っていたこと。
両親が離婚して、変わった苗字を学童でからかわれて悔しくて、帰り道泣きながら母親の背中に話したら、「そのくらいで泣いててどうするの?」と逆に怒られたこと。自転車の後ろで、溢れる涙を押し殺して、声だけは気丈に振る舞ったこと。
テストの振り返りがちゃんとできていないといって、窓ガラスに向かって投げ飛ばされたこと。ベランダに締め出されたこと。投げ飛ばされたときは、これでわたしが大怪我でもすればお母さんも肝が冷えるかな、なんてのんきに考えていた。ベランダに出されるのは慣れっこだし、じっとしていればそのうち「なんで入ってこないの」て迎えにくるから大丈夫。
正直、これを書きながら涙が止まらない。
ぜんぶ完璧に乗り越えたと思っていたけど、全然まだ、わたしのきずとして残っている。
「お母さんに感謝を」というキャッチコピーを見た瞬間、わたしはそのことを理解した。
母とわたしは今では普通に仲良しだ。だけど、今までの人生で、何度も辛い目に遭わされてきたし、わたしはそのことを許していない。だから、母親に、「普通の母親が享受できるはずの幸せ」を与えたくないのだ。だから、振袖を着たくないと思ってしまうのだ。
メカニズムを把握した瞬間、振袖に対するもやもやした未練は消え去り、親への復讐という素晴らしい目的のためになんとしても今回も、袴および振袖を回避せねばならない、という使命感で高揚してきた。というか、今までの所業を「振袖姿を見せない」だけで精算してやろうというんだから、わたしは相当心が広いんじゃないかとすら思えてきた。だよね?
言って仕舞えば後もう一つ理由はあって(似たようなことだが)わたしは結構完璧主義なのだけど、「振袖とは心から完璧に祝いの気持ちで着るものだ」と信じている。だけどわたしは卒業を大してめでたいことだと思わないし、親には複雑な感情があるしで、そんな状態の人間が振袖を着てニコニコするというのは言うなれば振袖というものに対する「解釈違い」なのだ。だからやりたくない。
ここに書いたことは流石に母本人には言えないが、誰かに聞いてほしいのでここに来た。ご清聴ありがとう。
丸めてゴミ箱に突っ込まれたパンフレットをみて、翌朝の母親が少しでも心を痛めることを願って。
俺は新卒1年目。彼女は同じ会社の同期。半年ほどで同棲を始めた。
彼女のことはすごく気に入ってるしこれからのことも考えたいと思ってる。
しかし一向に料理を作らない姿勢が気になる。料理は20時に俺の仕事が終わろうが俺が作ることになる。彼女は仕事が終わると直ぐに眠いと言って寝る。
体力とか自炊力に差があるのはしょうがないけれど多少はやって欲しい気持ち(立場は対等なので)がある。
ご飯は作ってくれるから洗い物はやるよーと当初は言っていたけどひたすら放置するから結局俺がやることになるし。
半々じゃなくていいからたまには料理作ってよと伝えたらめんどくさい、私が作るぐらいなら完全食食べると返ってきた。
中学の時、夜中に家を飛び出してコインランドリーで夜明けを待っていたことがある
コインランドリーの洗濯機に一台だけ、洗濯物が入っていた。中を見るとそこにはグレーの典型的なおばさん下着が入っていてがっかりした
そんな時に、店内のラジオから聞いたことない音楽が聴こえてきた。曲名は分からないが、クラシックだろうというのはすぐにわかった
そうして、帰ろうかなと思って入口を見たら
誰か立っていた。下着の主だろうかと思いきや
「どうしたんだ、お前」って言ったら
「お前だって」と互いにびっくりした
で、しばらく黙ったのち
同級生は「?」みたいな顔して
けらけら笑った
「そんな簡単に許してくれるなら喧嘩なんかしなけりゃよかった」と僕は思った
「まあそれよりも」…パァン
店内に響き渡る頬が叩かれた音
どうやら俺は叩かれたらしかった
「これでいいだろよ」
同級生はやたら満足そうに笑った
そして、俺一人になったコインランドリーにラジオのメールを読み上げる声がひたすら響いた…
頬はしばらく…痛かった
「自問自答ファッション」って言葉を知っている人はどれぐらいいるだろうか。
自分がどうなりたいかを自問自答しながらコンセプトを決めて、そこから自分のファッションを決めて制服化していく…みたいな感じ。
最近では結構有名になってきた、ファッションとの向き合い方である。
主催者のAさんが講師の少人数制のファッション講座はいつも予約が取れないほど人気で、そのレポを読むとファッションそのものよりカウンセリングに近いものを感じる。
私はこの「自問自答ファッション」の考え方が好きだし、予約が取れたら講座も受けたいと思うぐらいだった。
しかしよくよく調べていくうちに、どうもこの自問自答ファッションのファンに当たる人たち、「自問自答ガールズ」という名前がついている界隈の人たちが苦手になってきた。
そもそも自分のファッションについて、にあうものが知りたいとか深く考えたいと思ってる人が集まるわけだから、大体似たような性質の方が集まる。
そして多くの人が自問自答ファッションについて言語化する人が多い、というかそういうのが好きな人が集まる。
その結果「プライドや理想が高く、承認欲求が満たされていない理屈っぽい人」がとにかく多い印象がある。
そして自問自答ファッション自体の人気が高まるにつれ、コミュニティ的な側面が強くなってしまったがゆえにそういう人が幅を利かせてると感じて苦手になっていった。
しかし、ファンは鏡というかなんというか、そういう人を引き寄せているのは主催のAさんだなと思うようになった。
きっかけは、自分と向き合う感じのファッションの考え方のはずなのに、みーんな主催者Aさんが関わってる刺繍ブランド・パ●リーのひらひらした指輪をつけていること。
主催のAさんはハイブランドの良さをブログで語るぐらいだし、シャネルは特段好んでいるはずだけど、ジュエリーに関してはブランドに触れない。
シャネルは安めのアクセサリーから貴金属のファインジュエリーまで幅広く展開しているし、ファッションを考えていくうちにジュエリーに興味を持ったので、Aさんもジュエリーブランドの話してほしいなと思っていた。
なんならなぜジュエリーの話出ないんだろうとすら思っていたけど、自問自答ガールズがパ●リーの指輪つけてる人だらけで、これ答えじゃね?と思ってしまった。
Aさんの好みにケチ付ける気はないけど、Aさんを崇拝する自問自答ガールズがパ●リーを買わなくなると思えば、そりゃジュエリーの話は出来ないよなと思った。そのぶん売上減るんだから。
ビジネスだから当たり前だと思いつつ、何とも言えないもやもやが残る。
芦原先生以外の主要登場人物が今出てる情報だけだと、クソ外道から状況の犠牲者までありえて振れ幅が多き過ぎてどう考えていいか分からなくなるね。
事の発端の脚本家にしたって、同情的に考えたら芦原先生からの要望を伝えられてなくて理由も伝えられず何度も脚本を修正され最後には脚本家を降ろされた怒りで我を忘れてインスタ暴露してしまった人の可能性もあれば、全部知ってた上で原作者を小ばかにして自分の書きたいように書いて事が起こったら知りませんでしたって嘯いてる可能性もある。
プロデューサーも絶対にセクシー田中さんをドラマ化しろと上から命ぜられてスケジュールもタイトで追い詰められて板挟みになってたケースもあり得れば、原作者を小ばかにして許諾さえ得られればこっちのものだし真面目な調整なんてやってられるかって考えてたカスの可能性もある。
担当編集もセクシー田中さんがドラマ化されてコミックの売り上げが伸びなければ廃刊の危機みたいな状況に追い込まれててどうしてもドラマ化しなきゃいけなかったみたいな状況もありえれば、原作者を蔑ろにして全然寄り添ってなかったくせに小学館が叩かれだしたら上層部に造反して芦原先生に寄り添ったコメントだしましたって計算ずくで演じてる可能性もあるわけで。
芦原先生以外全員クソ外道の可能性から、全員過酷なノルマや無理解な上層部に追い詰められた同情の余地がある人物の可能性まであって、正直どうこの件を消化していいか心がもやもやして仕方がない。
小学館の声明を受けて、救われた感動したって言ってる漫画家さん達だって、いつまでも小学館と喧嘩している訳にもいかないから落し所としてそうコメントしている人だっているだろうしね。
やっぱり第三者委員会を設置して徹底的に原因を究明して、再発防止策を報告してくれるのが一番なのだろうけど、それだってどこまで本当の事情が明かされるかなんてわからないもんね。一読者にはこの件の真相なんてずっと分からないままなんだろうなあ。
確実に言えるのは、芦原先生は何も悪くなく原作者を軽視するテレビ業界の犠牲者ってことくらいか。少しでも原作者の著作者人格権が尊重されるようになってくれればまだ救われるんだけど、そう変わら無さそうだよね。
ドラマ放送中から、伝えたいことがドラマ制作側に一向に伝わらないことに大変疲弊しておられた様子。
最終回近くの脚本を作成することになったが、おそらくは作業時間不足や不慣れな作業であったためにご自分として十分に納得いくものにならなかった、クリエイターだからこその後悔もあったかと推察する。
そして脚本家の、まるで原作者の我儘で脚本を取り上げられたと言わんばかりのSNS投稿。これを先生が目にされたからかは分からないが、先生はこれまでの経緯をSNSで丁寧にご説明になった。
こういう経緯があったのだと。疲労や後悔もここに盛り込んだ。それは当然だろう。
すると、おそらく先生ご自身の予想より激しい火力で燃え上がった。
作品から伝わる先生はとても繊細に人の心の動きを拾い上げ、それを丁寧に言葉や絵や演出で表すことに長けてらっしゃった。
だからこそ言葉を尽くして現状を説明することを選ばれたのだと思う。
言葉を尽くすことで、きっと原作読者・ドラマ視聴者に届くと信じて。
それが暴力的な勢いになったことが、怖ろしく悲しく思われたんじゃないか。
今回の原作者自殺の件で、めちゃくちゃもやもやするのは、勝手に自殺した原作者の言葉を代弁する奴らな。
自殺する前からそうだけど、原作者がかわいそうだとか言いながら、原作者が求めてもいない他人への攻撃を始める。
原作者を死に追いやったのは、正直こいつらが原因だと思うよ。
自分の発言が原因で誰かが追い込まれたら、そりゃあ正直で真面目な人間は自分を責めるに決まってる。
自分の発言が他人の暴力の肯定に使われてるのを見て、責任を感じない人間なんていないだろ。
「原作者が可哀想」「原作者に謝ってください」「Adoに釣り合ってない」
はぁ?!
お前誰様だよ。
そういう言葉を使う人間に限って、自分は悪くない、相手のためにやったんだとか言い始める。
他人を攻撃する自分を正当化したいから、他人を勝手に利用したんですよね?
それで原作者が自殺したら、今度はその自殺まで利用して他人を攻撃し始める。
「ショックです」「傷つきました」「謝罪してほしい」
下むいて歩いてて電信柱にぶつかって、「傷ついたので謝罪してください」って電信柱作った人に文句言ってるようなもんだから。
それが言えちゃうSNSが良くないってことは百も承知だけどさ、お気持ちヤクザが多すぎるよ。
自分は増田でも何回も炎上してるので、はてなにもそういう卑怯な奴らが沢山いることは知ってる。
そういう奴らは決まって、「自分はいいけど社会が許さない」とか言ってくるんだよ。
ちがうだろ。お前がどう思うかをかけよ。何ちゃっかりちょっとだけ逃げ道作ってるんだよ。
いじめっ子よりも、いじめっこに正義を与えてけしかける周囲の方が卑怯で醜悪なことを。
事があった途端に他人事のように目をそらすんじゃなくて、自分の批判がこの人の命を奪ったかもしれないって少しくらい責任を感じてくれ。
原作者の死は原作者のものであって、勝手にお前らの暴力の肯定に使うな。
まずはそっと寄り添うことがなんで出来ないかな。
それで二度と同じ過ちを繰り返さないために、これ以上誰も傷つかないためにどうして冷静な話し合いができないかな。
なんで人が死んだ瞬間に吹き上がって、あっちこっちに喚き散らしてんの?
自分の間違いを認めたくないから、他人に間違いを押し付けてるだけなんだろ?
バレてんだよ。
それも出来ないで評論家を気取るな。無自覚な暴力を垂れ流すな。
過去の経験からお前らには理屈が通らないことを理解しているから、自らの身を守るためにこうするしかないだけのことだ。
当然発言した責任はあるから、これが誰かを傷つけて訴訟になるっていうなら表には出るよ。
もちろんそうならないようにバカなことは書かないように注意してるけどな。
他人の言葉を勝手に代弁しないで、自分の言葉で文句を言ってくれ。
法律として正しいとされているものを、自分のお気持ちで勝手に違法にしないでくれ。
怒りで拳を振り上げる前に、悲しみを誰かのせいに押し付ける前に、まずは自分の行動を振り返ろう。
自殺を止めるために何が出来たのか、何が出来なかったのかを考えようよ。
はてなユーザーのできるところ見せていこうぜ。
昨年、iPhoneの画面の調子が悪く、だんだんと見えにくくなってあまりにも使いづらくなったため、機種変更することにした。①家族割で一括で支払っているものを個別の支払いに変更してもらいたかったこと、②キャリアから格安SIMに変更できるのかなど、自分があまりにも疎くオンラインでの手続きで不安があったのでキャリアの販売店を訪れた。
まず、時間を予約していたけど、30分以上待った。販売店の担当の人にiPhoneの画面を見てもらい、この状態では使い続けられないため、機種変更したいことと上記の①と②について伝えた。どちらもできるとのことだった。
まだ機種代を払い終えていないため、下取りに出した方が良いと言われたので従った。
また販売店の人から、格安SIMのオンラインサイトでは在庫があったiPhoneの機種について、販売店では在庫がなく、またいつ在庫が戻るかわからない、と伝えられた。在庫があったオンラインサイトで自分で契約しようかな…と考えていたところ、似たような価格帯のAndroid機種を勧められた。よく知らない機種なので悩み、デメリットを聞くと「ない」と答えられた。今のiPhoneは本当に画面が見えにくく、できれば早く新しいスマホが欲しかったため、悩んだ末にAndroidへの機種変更を決めた。①と②の手続きもしてもらった。
データ移行について、販売店の人に手続きをしてもらったけれど、個人情報と写真のみでアプリが全く移行されておらず、自分で手作業でおこなった。(丸2日ほどかかった)アプリを移行するかについては聞かれなかったし、こちらが全部やるとも言われなかったので、うそを言われているわけではないけど手作業はとても疲れた。
以前の機種の下取りについては、郵送したものの、先方から液晶の不具合のため下取りはできないと返品されてしまった。結局、下取りされなかった機種の代金も払っている。販売店の人に画面を見て確認してもらった上で「下取りを」と勧められた。
そして①の支払いについても、個別の支払いではなく、家族割の一括支払いのままになっている。
自分が情弱なんだと思うけど、下取りと支払い方法の変更については納得できないというか、もやもやしている。自分はどうしたらよかったのかなと思っている。支払い方法の変更だけでも早くしたいのだけれど、また同じ販売店に行くのは気が引ける。どうしようかな。
自分で描いた二次創作を頒布することは、ガイドラインが出てるか、権利者が個別に認識した上で口頭や文面で許可を出してないうちは著作権侵害にあたるのだろうか。
でも公共の施設を借りて二次創作の小さなイベントをするにしても、市や県に計画を提出して開催していて
(中には即売会NGの会場もあるぐらい、内容はしっかり審査される)
それで、「OK」が出てるのが同人誌即売会だということらしい。
他人の二次創作を追認する人も多いから、二次創作をすること自体は悪ではないって論理なのだろうか。車の運転をしてれば自分にそのつもりがなくても運転過失致死に問われることをしてしまい得るけど、そういう、犯罪を起こしうる、そして被害者を出しうるからその行為は悪だって論理だと、車を運転すること自体が責められる対象になる。これはあまりにも現実と乖離している。
同じように、二次創作はそれを知ったら被害届出す人もいるかもしれないけど、多くの人は追認するから、それをすること自体は悪ではないってことなんだろうか。
親告罪だから、訴えられない限り罰せられないから訴えられるまで構成要件を満たしていても悪ではないという論理だと、殺人でさえ、バレずに行う分には訴えられておらず罰せられていないのだから悪ではないというおかしな三段論法?になってしまうわけで、よくわからない
自分は自分のなかの他人の反応に関する経験と常識で、殺人は悪いことと思うが、二次創作についいてはよくわからないけど、悪だと思ってない人も多く賛否両論だから、ソクラテスのように善く生きたいので、(悪)法を犯すことにならない自信がないので自分が二次創作しようとは思わないけど、他人に干渉して、法を根拠に未許可二次創作を悪とする倫理観を押し付けるほどにもなれなくて、もやもやする。
大会の優勝者なんてレギュレーションに沿っていればいいわけで、ウクライナ・ルーツの人であっても構わないんだけど、その反応とかでいくつかもやもやすることがあったので。
日本人より日本人らしいとか日本の心がとか伝統文化がなんちゃらかんちゃらとかみたいな理由でこの決定を擁護する人たちがワラワラ出てきたけど、それもナショナリズムの一形態であってだな、俺には批判対象と同じ穴の狢にしか見えない。
WBCでヌートバーに熱狂しといてからに、これを批判するのはおかしいという意見。そもそも彼らはヌートバーに対しても批判していたかもしれんやんけというのはさておき、スポーツとミスコンは違うよ。ミスコンは美を判断基準としたもの。モンゴロイドよりコーカソイドのほうが美しいという差別的な考えが底にあるから、これだけモンゴロイドが多い日本で、コーカソイド純度の高そうな人が選ばれたんちゃうの。モンゴロイドでもミスコンに勝てるのは、背が高くて手足が長く骨太で鼻筋通って目が大きくてみたいなコーカソイド寄りのほうが有利でしょ。ミスコンの根底にある人種差別(民族差別ではなく)が無意識に出てしまっているように思える。
ウクライナ・ルーツというのがかなり有利に働いたんじゃないかと思われる。というのもいまさらミスコンでもあるまいにという時代状況の中で、審査に政治的・社会的メッセージを込めたりするから。ミスコンとかアートとかにそんなの込めなくていいから。
いまだにミスコンなんてやってんのという批判が少なかったのにはびっくりした。未婚女性品評会。さて優勝者はどなたがお買い上げになるんですかね。