はてなキーワード: レンタカーとは
カーシェアで車の便利さに気づいて、ついにディーラーに行って新車を契約してきてしまったので、その話をしてみる。
もともと実家が首都圏で車を持たない家庭で育った。父親は原付免許しか持っておらず、母親は普通免許を持っていたものの完全なペーパードライバーだった。自家用車で移動する感覚が無く、免許を取ったのも20代後半・社会人になってからだった。ただ、結果的にこのタイミングは良かった。大学在学中に義務的に免許を取っていたら、家に車が無いので完全なペーパードライバーになっていたと思う。
なぜ免許を取ろうと思ったのかは、記憶があいまいだけど、ちょっと新しいことをしたかったからのような気がする。MTで申し込んで、補習を受けながら卒業して免許を取得することができた。最後までMTのシフトチェンジは苦手で下手だった。教習で同乗した時に、同乗の女の子のシフトチェンジがとてもスムーズで随分違うなーと思った記憶がある。
運転が苦手な人が免許を取る話は いつまでもとれない免許:非情のライセンス や 島へ免許を取りに行く が面白いと思う。
免許取得直後に友人とドライブ旅行に行った。東京から運転するのではなく、新幹線や飛行機で地方に行き、そこからレンタカーを借りる方式。地方空港の周辺は道が広くて運転しやすいので、運転初心者やペーパードライバーにおすすめ。このあと定期的にレンタカーを借りて旅行するようになる。
とはいえ、仕事で忙しく数年単位で運転しない時期があり、そのときはアクセルとブレーキの区別も怪しくなったりしたので、トヨタメガウェブやホンダドライビングスクールを利用して感覚を取り戻すようにした。ペーパードライバー教習も考えたけど使うことは結局無かった。
カーシェアを利用するようになったのはコロナ禍から。在宅環境を整えようとして、IKEAで買い物をしたり実家から物を持ってくるのに、配送料を払うよりカーシェアを使った方が安上がりだと気づいたから。とりあえず大手のタイムズカーに申し込んで利用を始めた。(以降は基本的にタイムズカーの話)
使ってみたら意外と便利で、コロナ禍の最中に東京近郊を旅行するのにカーシェアを使うようになる。
もともとの性格がケチなので、旅行で使う時もいかに安く上げるかを考えた使い方になった。
こうやって思った以上に安く済ませられることがわかったので、利用頻度が増えていった。
運転に苦手意識のある自分にとって、首都高の運転は一つの難関で、最初はなるべく使わず、使うとしても湾岸線などの運転しやすい道に限定していた。とはいえ、東京で運転する以上、首都高を運転できないと話にならないので、次のように慣れるようにしていった。
今ではだいたいの分岐は覚えてしまったので首都高に苦手意識はないけど、もし阪神高速や名古屋高速を運転することがあったら予習なしでは難しい気がする。
車を運転することが増えて、多い月だとほぼ毎週末運転して月に700kmくらい運転するようになったのだけど、それでも車を買う必要性は感じなかった。理由としては
私と兄は3つ離れてる。
物心ついたころからとにかく私のことを可愛がってくれる兄で、甘やかしてもらってるおかげか今までずっと仲が良くて大きな喧嘩をした記憶はない。
私も兄も大学進学を機に上京して、東京で会社員をしながら一人暮らしをしているけど、今も月1回ペースで一緒に食事や買い物に行ったりするし、どうでもいいLINEも結構日常的にしてる。焼肉食べた~とか
着飾らなくて良くて、好みとかも知り尽くしてるから一緒にいて楽だし
結構大変な家庭環境だったから大変な時期を子供の頃から支え合ってきた戦友って感じもあって
若干キモいことを書くとお互い唯一無二の存在って思い合ってると思う。
友達や彼氏と過ごすのとは何が違うの?って思われるかもしれないけど
個人的に一番大きいのは、兄とだと思いっきり方言で会話できるってこと。
訛りの強い田舎の出身で、方言で話すと普通にしているのに語気が強く聞こえてしまうようで「怒らないで」と怯えられてしまうから普段は東京の友達や彼氏の前では完全に封印してる。
東京で何年過ごしても標準語が身についてる感じがしなくて、今でも外国語を話している気分だから、兄と方言で話していると解放感と安心感がすごくて楽しくて喋りすぎてしまう
まあそんな感じでいつものように兄と話をしていたら、話の流れで「おいしい海鮮を食べたい」「レンタカー借りてきれいな景色見に行きたい」という話になり、2人で秋ごろに2泊3日で北海道旅行に行くことになった。
……という話を友人にしたら「兄弟仲おかしくない?泊まりの旅行って普通じゃない」と言われた。
確かに、兄弟で旅行ってあんまり聞いたことないかもしれない。特に男女の兄弟だと。
当たり前に部屋は別だし、いつもの遊びの延長という感じなのでそんな風に言われてびっくりしてしまった。そもそも成人した男女の兄弟はあまり遊ばないのか?
兄弟仲良いに越したことはないと思ってるから兄との関係を改める気は全然ないんだけど
連携がとれてなさすぎだった
俺がやったこと
・グループウェアで予定を入れてどんな作業をやるか概要を書いておく
・打ち合わせとか課全体で誰がいつどのタイミングでやるのか常に工程管理
・サーバーに保存しているデータのありかと最終修正版のファイルがどれなのか分かりやすく保存
などなどだが、20代~40代の全員がほぼ上司へ報告を怠っているし連携ができていないし
文章はミスするしどの資料が必要かリストアップもしていないしひたすら手戻りが多い
俺がやってるのはこの上司以外の7人の状況確認をひたすらやって上司に報告してまとめること
いや、社会人として常識というか基本的過ぎることをなぜかこの東京の人たちがみんな出来ていない
俺は上司が結構厳しい人だったからなんかみんなダメなのかと思ったがそうじゃなかった
こいつら!やる気がない!!!
最初1か月の予定だったが3か月に引き延ばされることになったが、これは多分1年コースになるかもしれん。
正式に東京転勤でもいいですよって上司に言ったが、申し訳なさそうにしていた。
なんで言われたことができないのかがわからんが、とりあえずメールにCC入れるくらいしてくれとお願いはした。
が、これ何度言っても忘れられる。しかもこの7人全員がほぼできない。
それで修正した資料が直った直ってないってのがあって俺が全部手直しした。
上司も前にそうやっていたらしい。
頭がおかしくなってくる。
俺より役職上の人もできていないのが謎過ぎる。
・もはや死ぬか、加害者の息の根を止めるしか、被害者が楽になれる方法が見当たりません。
・もはや命で償って欲しいレベルです。画像や映像を見るたびに希死念慮を抱いたし、正体を突き止めたら「滅多■■」にしてやりたいくらいです。
・このまま誹謗中傷やプライバシー侵害を受け続けるより、刑務所で■■犯として生きる方が楽に思えてきました。
・これからも日本中の人たちに後ろ指を差されながら生きるくらいなら、もはや刑務所で生きるのが遙かにマシです。
・人生が滅茶苦茶に壊されて、どうにもならなくなったので、これらからの人生は刑務所と大差ありませんね。ああ、死刑囚なら拘置所ですね。
・もはや滅多■■にでもしないと気が済みません。■■犯になっても構いません。
・■■■の画像や映像を見て、何度も希死念慮を抱きました。もし■■犯になってでも相手を止めないと、怒りが収まりません。
・無理やり「泣き寝入り」させられるくらいなら、いっそ加害者の■■■を止めてから自分も命を絶ちます。
・加害者が生きている限り、このまま延々と誹謗中傷やプライバシー侵害が続くのでしょうか。
・私はちっとも悪くない。だから謝らない。
・誰か■■■の息の根を止めてください。さもないと毎日が不安で仕方ありません。
・やっぱり自分で仕留めるしかないのでしょうか。■■■号室のセキュリティを自分で開けるとは思えないので、レンタカーでも借りて待ち伏せするしかないような気がします。
・それとも、重武装して管理人室ごと強襲すれば押し入れますかね?
・あることないこと書き立てられるのには、もう疲れました。
本当は主犯格の「■■■」こと■■■を滅多刺しにして、■してやりたいくらいです。
・まあ、■■■の個人情報を売るよりも、■■■と■■■の始末ですね。
・もうすぐ■■■の息の根が止まりますよ。いまから楽しみですね。毎日ワクワクです。
なお、5chのスレに「堀口さんの秘書」として多数の脅迫(相手の家族に対してのものも含む)、■■予告、個人情報晒しを行っている模様。
人間ってさ、自分が相手より上だと思った瞬間に魂が腐り果てるんだろうな。
自分にもいつか刃が返ってくると思えなければいくらでも残酷に慣れるっていうか。
現代においてそういう価値観はもう許されなくなってきてるのは、文明の力を感じる。
アメリカの大統領だってブチギレた後進国の貧民が自爆テロかませば殺せるかも知れない。
SPに守られている元総理大臣だって自作のパイプ銃でアッサリ殺される。
まして一般人なんて、なんでもない日の夜道で包丁や乗用車で思いっきり突かれたらおしまいだ。
そうなんだよ。
たとえジジババだろうが障害者だろうが、レンタカーでプリウス借りて、夜道で静かにふっとばして、倒れた所をギコギコ何度も踏みつけちまえば1人ぐらいなら確実に殺せるわけだ。
誰だって本気を出したら、誰かを殺せる。
誰かの命や人権を踏みにじることは、今日の夜道で自分が死ぬこと。
そういう社会になった。
いいね。
平等だ。
すごく風通しが良いよ。
昨晩、自宅前の駐車スペースでレンタカーを返そうと荷物のおろし忘れがないか見ていたら、通りがかりの歩きの男(40前後、長髪であまり清潔感のない服装にリュック)に声かけられた。私鉄沿線の住宅街で駅からも離れているので地元民以外が出歩く場所ではない。
「ちょっと道を聞きたいんですけど」
やけにニヤニヤして馴れ馴れしい感じで声かけてきたので第一声から身構えてたら、
「〇〇(都県境を越えた都市20〜30km先)ってどうやっていけばいいんですかね」
最寄り駅からは複数回乗り換え必要な都市で、そもそも歩いてて駅からも遠い場所で、その地名が出てきたことに不審になった。
「車で、?それとも電車で?」
そこで男は笑顔(返答してくれたことで馴れ馴れしい感じが出てきた感じがした)になって、よくぞ聞いてくれたという空気で、
「歩いて行くしかないんですよ」
「あっちの方で鞄をおいて作業してたら財布取られちゃって一文無しで」
「さっきそこで聞いたら〇〇は北だからあってじゃね?って言われて、冷たくないですかね」
「今どきの警察、身分証明ないとお金貸してくんないんですよ。歩いて〇〇まで行くのか、今日中に帰れるかなあ」
「あ、そうだ、自分の電話番号教えるんで、〇〇までの電車賃貸してくれないですかね、後で返しに来るんで」
「いや悪いけど、一緒に警察には行ってあげるけど」
その時は嘘を言ってるかとはなぜか思わなかったのだが、生理的にその男に金を渡すのが躊躇われたので冷たくそう答えた。
男は今どきの警察は身分証明が、ないと貸してくれないんだよね、と繰り返し愚痴りながら、私が北と言った方角に歩いていった。
それを見送ってから検索したところ〇〇までの電車賃は1000円かからない、歩いて行くと日付が変わるくらいにはつける距離(迷わなければ)だった。
家族にそのやりとりを、話すと「絶対詐欺だよ〜」自分達だったら「歩いて行けば?」て突き放すと言われた。
考えれば考えれるほど、嘘っぽいし、その男の財布取られた話を信用する材料も金を貸す担保もないと思うのだが、なんとなくもやっとしてる。
不動産=換金できないみたいなイメージがあるんだろうけど、問題なく売れるよ。
買うほうは大変で、住みたい街に予算どおりの家が売りに出されてることはなかなかないんだけど、売る時は相場どおりの値段をつければすぐだよ。
そりゃ、株みたいに今日売りたくなって今日ってのは無理だけど、何年も売れ残るなんて値段設定を間違えなければまずないよ。
値段が全てで、たまに相場より高く売れる場合も、安く売れることもあっても、ほとんど誤差。バラついてるようで、状態が悪いから安いとか、状態がよいから高いとか、そういうこと。市場の効率性は賃貸とかわらないよ。
急ぎたければスーモあたりで相場より100万くらい安く値付けすれば即日問合せがくるよ。
売買の諸費用と、短期譲渡所得は税額が高いとか、そっちの問題で短期売買は不利ってだけ。
それでも今は相場がいいから、短期でも利益がでる。買った人は勝ち組だよ。
俺も悔しい。
だけど、相場が悪くなっても、よっぽどなことがない限り、長期住むなら買ったほうが得だよ。
例えば、車で考えてみてよ。
毎日使わないからカーシェアやレンタカー、乗り換えたいからサブスクなわけで、そりゃ、同じ車を20年とか乗れるなら、整備費含めてもそれが1番安いよ。
行政が二酸化炭素とか排ガスの問題で買い換えを促す政策をとってるから、サブスクや買い換えても差は僅差だけど、住宅に関しちゃ行政が持ち家有利になる政策を取ってるんだから、賃貸の方が得ってのはないよ。
もちろんケースバイケースで、転勤が多いとかなら賃貸のほうが得だろうけど、長く住んで賃貸と持ち家がトントンはないわ。
俺、どっちかといえば賃貸派なんだよ。新入社員が1日でやめる時代に、一生同じ会社とかないだろうし、引越しはあるだろうし。
でも、それはそれとして、ここ10年以内に家買った人たちは勝ち組だよ。
コロナ禍に全力で株を買って含み益の人たちに、
そのじいさんが亡くなった。
昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家に帰省するときはレンタカーを予約する。この連休もそうした。
安いので、地元の自動車修理工場がフランチャイズでやっているインディーズ系レンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のbB(みんなの地元のDQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。
そんな調子で車を借りて帰ったところ、母に、「同じ町内会のじいさんと私を、車に乗せて買い物に連れて行ってほしい」と頼まれた。
正直、ちょっと嫌だった。母はよく知っている人に違いないだろうが、私はそのじいさんをほとんど知らない。まさにあいさつ程度のイチゲンじいさんであり、むこうも私を同じように思っているだろう。そのイチゲンじいさんを車に乗せて買い物に行く…気が重い。万一大事故になったらどうしよう、面倒だなあとか、そもそも知らない人が苦手…などと種々のことが頭をよぎったが仕方がない。年齢的にも立場的にもそんな子どもじみたことは言ってられないので、私は母の申し出を受け入れ、じいさんと母を買い物に連れて行った。母には一瞬「ええ…」みたいな顔をしてしまったが、じいさんの前では全力の快諾顔を心がけた。
実家の所属する町内会は、会の中でまた数ブロックにわかれているらしいが、母らのブロックだけ会費が余りがちのため、いちど寄合(=飲み会)でぱっと使おうということになったそうだ。じいさんはブロックの会計掛で、だから買い出しにゆくとのこと。90代のじいさんが町内会の財布のひもを握る、これが種々の法律の目的条文に言うところの「少子高齢化の進展」ってやつだなと思った。なお、飲み会の予定は明日とのこと。何もかも急だ。
母とじいさんは、かごいっぱいに酒やつまみを入れた後になって、急に予算に収まるか心配しだし、その場で減らそうとするので、「レジ通して予算越えた時点で減らしてもらったらいいですよ」と私は横から口を出した。買い物は予算ぎりぎりにおさまっており、母は、じいさんのことを「さすが!」と謎にほめ、じいさんもまんざらでもなさそうだった。
じいさんは先述の通り90代、母は70代なので、畢竟ひとり30代の私が荷をせかせかとトランクに積み、これで一安心と思いきや、ついでに寿司の予約にも連れて行ってほしいというリクエストが出た。一瞬「マジか…」と思ったが、乗り掛かった舟というかもうすでに乗っている船なので、ニコニコ笑って「いきましょう!」とうけおい、ナビに寿司屋の住所を設定して寿司屋に向かう、その道々、寄合は公民館ではなくじいさんの自宅でやることになっているという話になった。
じいさんは、「もう暑いから、たくさん人が入るとエアコンを入れないといけないかもしれない」と言い、私は「電気代とショバ代として、今日買った酒の数本くらいご自身で晩酌にされても罰は当たらないと思いますよ。余っても最後みんなで分けちゃうんでしょうから、今日先に飲まれたらいかがです? あ、私は絶対誰にも言いません」と真顔ですすめ、それをきいた母は助手席で、じいさんは後部座席で笑っていた。
寿司の予約がすんで車にもどったところで、私はじいさんに「ほかに寄りたいところはないですか?」ときいた。じいさんが大丈夫というので、家まで送っていき、大量の酒を玄関通り越して冷蔵庫の中までわっせわっせと運び込み、私はようやくそこでお役御免となった。
じいさんの家の下駄箱の上には「努力」と彫られた大きな飾り駒があった。それは木工をしていたじいさんが昔手ずから彫った工芸品だそうで、「努力」と書いた将棋の駒というまんがみたいな一品を掘れる人がこんなに近くにいることに、私はいたく感じ入ってしまった。マクロ組めるより努力って掘れるほうがぜんぜんいいな。
そしてその三日後、飲み会から数えれば二日後に、じいさんは亡くなった。布団の中で亡くなっていた。連絡がとれないことを案じた親戚がすぐにかけつけ、発見ははやかった。
その日にはもう私は実家から婚家に戻っていた。母から送られてきたLINEでじいさんの突然の訃報に接し、文字通りの突然の訃報ぶりにひどく衝撃を受けたが、母はLINEに「まあ~おとしにふそくはないでしょう」(原文ママ)とも書いて寄越し、その意外なドライっぷりにはちょっと笑ってしまった。
そうして私は、じいさんを買い物につれていくことを快諾し、道中ずっとにこにこして、精一杯ふたりを手伝ったことを、本当によかった…と思った。じいさんのために、というか、自分の精神衛生のために、よかった。すげなくした直後に死なれたら、すげなくしたという自己責任(良心の呵責と言い換えてもいいかも)を背負いきれない程度にはショックだったと思う。
それに、連休のよく晴れた日に、ちょっと妙な三人組ででかけたその買い物、なんだか私には結局楽しく思われたから。
死ぬということが、生きるということから決して遠くはなれてはいないように、死んでしまった人たちもまたそうである、と私は思う。つかずはなれず、なんとなく私の歩様にあわせて、今も隣を歩んでいるように思う。
最初に私をかわいがってくれた人を亡くしたのはまだ私が赤ちゃんの頃、母の親友のお母さん。とても愉快な人で、父との結婚を迷っていた母に、「母(はは)ちゃん、馬には乗ってみよ、人にはそうてみよ、よ」とはげました。そのうちこの世にやってきた私は、母以外の人に抱っこされると、せっかくやってきたこの世の終わりのように泣き叫ぶタイプの赤子だったのに、その母の親友のお母さんにだけはごく機嫌よく抱かれていた。そういう写真が残っている。私は、物心もつかないうちに、おしゃべりもできないうちにお別れした、母に伝えきいただけで自分では何にも覚えていない彼女のことを、いつもお守りみたいに心の中に持っている。赤ちゃんだった私に向けられたその無償の厚意を、つらいときの糧にしているようなところが今もある。
最初に友達を亡くしたのは小学一年のころ、友達は前歯が抜けていて、永久歯が生えてくる前にいってしまった。その子のお母さんは今になっても私に会うと、生きてたらあの子もこんなふうだったのかと思うという。私の節目、節目に、そう思うという。そのとき、友達がわたしの隣にいないという人はきっといない。
父親は私のことが大好きだった。父と母と私の三人で、あるいは父と二人で、父の運転する車でいろいろなところに出かけた。ときには父にさそわれて、その仕事についても行き、こんなに大きな娘さんがいるのと客先に驚かれ、父はにこにこしていた。
父は死ぬ間際までほそぼそと仕事を続け、わたしは彼が亡くなる直前にアポをとっていた客先の数件に、父が亡くなったことを知らせる電話をかけた。はじめて話をした先方は、私が電話をかけてきたことによほど驚き、父が亡くなったとの知らせにしばし絶句した後、あなたのことを先生はいつも自慢そうにしていたと言い、最後には先生がいなくなったら誰を頼みにしたらいいか、本当にお世話になりました、と泣き出した。私は、涙する相手に、○○さんのおかげでほんとうに最後の最後まで誰かの役に立たせてもらって、惜しんでまでもらえて、父はとても誇らしく、ありがたく思っていると思います、と言うしかなかった。でも父は、実のところ、そんなに殊勝な人間でもない上、けっこう変わってるよなというレベルでこだわりの少ない人でもあった。
父が亡くなる直前までLINEをやりとりしていた人たちに、そのままLINEで父の逝去を伝えようとしたのだが、父はLINEのトークをある程度の期間が経つとかならず全削除するという、こだわりのなさを通り越して、ややサイコパスのような一面をもっていた。
亡くなるひと月ほど前、父は、免許を返納することにしたというLINEをわたしに送ってきた。車というものは私たちの思い出の多くを占めており、驚いた私が父に電話をかけると、「薄暮の時間帯に信号の見落としをした。今まで一回もそんなことはなかったんだから、もう潮時だと思った」と淡々と父は言った。あれだけ運転が大得意で、大好きで、アイデンティティの大部分をしめていたように見えたのに、引き際を悟ればもうしがみつない。その、ものに拘らない姿勢に私はいたく胸を打たれたし、これができない老人が多い以上、今もって、父の最も尊敬すべき美点の一つだとおもう。
ただ、電話を切ったあと、今までいろいろなところに連れて行ってくれて、たくさんの送り迎えをしてくれて本当にありがとう、と万感の思いをこめて送ったLINEも、父が、入院後(退院してくることはなかった)母とかわしあった感謝の思いを伝え合うLINEも、亡くなった時には父はすべて消しており、それを見て、私も母もあまりの父らしさに爆笑した。
(ついでに、父が亡くなる前々日まで、もはや執念のトークの削除を行っていたので、トークルームのどのあたりの人たちにまで逝去を伝えるトークを送るべきか見当もつかず、非常に頭を悩ませることになった)
そんな感じの人だったので、この世に未練というものがあったとは到底思えない。退院の手筈を整え始めていた日の深夜の3時過ぎという、家族がやや油断している上に一番身動きしづらい、マジでどうしようもない時間にいきなり息を引き取ったため、父の死に目にあえなかった母。父の逝去からしばらくして、急に「お父さん、最後に私に言いたかったことなかったんやろか」としんみり言い出したので、私は反射的にげらげら笑って「あるわけないやん」と言ってしまった。死ぬ間際まで律義にLINE全削除を続けた男にそんな情緒があるとはちょっと思えなかったのだ。母もすぐにげらげら笑いだし「そうやね」と言った。
こんなふうに父のことを思い出しているとき、私はやっぱり父がすぐ側にいるように思う、フロアシフトを挟んだスカイラインの、運転席と助手席くらいの距離のところに。
生まれてから今日にいたるまで、誰かの死はいつでもそばにありつづけた。だから死んでしまった人たちも、同じようにいつでもそばにいるように思う。
生きてとなりにいる人のように声をかければ答えるわけではない、電話をかければ出てくれるわけでもない。そうだったとしても、生きている人とはほんの少しちがう居方で、それでもわたしのとなりにいてくれているのではないか、と、わたしはいつも信じる。
じいさんは、私が買い物に連れて行った翌日の飲み会の日、つまり亡くなる三日前、近所に住むばあさんに、私のことを「車に乗せて買い物に連れて行ってくれた。あの子はとてもいい子だ」と言ったそうだ。
それを近所のばあさんから母は伝えきき、今度はわたしにそれを教えてくれた。じいさんがそう言ってくれたから、近所のばあさんは私に「会ってみたい」と言っているらしい。
ありがとうじいさん。よくわかんないけどばあさんも、私に会いたいと思ってくれてありがとう。会おう。
私は今、私に会いたいと思ってくれる人がいるなら、その人にとても会いたい。だから、次の帰省のときには、私は近所のばあさんに顔を見せに行くつもりでいる。
私の目にうつり、私が今生きている世界は、そのときには隣に、近所のじいさんがどうしたっていてくれる、そういう世界だ。
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6/22
父の死は、私にとってとても大きな出来事で、父のことを書きたいと1年間思い続けているけど、整理がつかずになかなかかけずにいます。一部ですが少し吐出せて、それを読んでもらえてうれしいです。
私が書いた別の読みたいというブコメをみかけたので、かなり以前に書いた増田ですが、お年寄りの話題・肉親の死が出てくるものを2つほど貼っておきます。
※ビービーの車名直しました。廃車するとき泣きながら見送ったのに間違えてしまった、ご指摘ありがとうございました。
できるっていうんならやって見せな
レンタカー借りてナビ通りに渋谷行って、歩道が青のタイミングで車の居ない反対車線から一気に突っ込む
渋谷や銀座なんて道がややこしいんだからタイミング見計らって何度も往復したって「道がわからなくって」で教えてもらって終わり、別日にやればいいだけ。
この程度の話に「能力が必要だから~」って言うのは無能すぎるし、計画を吹聴してるならともかくレンタカーがスクランブル交差点に差し掛かる前にどういう根拠でどういう理由でなにがわかって止めると思ってるん? 頭悪いお前みたいなやつには大量殺人犯す能力があるか怪しいって事はよくわかったけど、それは男女の問題じゃなくでバカかどうかって脳みその出来の問題だな。
ペーパードライバーだけど実家に帰るときなど公共交通機関がゴミすぎて不便なので、講習を改めて受けた上でいつか(両親に何かあった時を考えると10年以内)車を買いたいと思っており、万が一にも人を撥ねたりしないようにと思うと安全性能的にはスバルかスズキ……?
現時点ではスズキのハスラー辺りなら現金で買えるように工面できるかも、と感じてる範囲。
(あとさほど大きくなく、身長が低いので乗るのが不便じゃない程度に座席が高いやつかなと)
マンションのローンもあるので、単身者で二重ローンはつらいんだよね……。
でもまたは、やっぱりレンタカー辺りで済ませた方がいいのかな。
自動運転はまだまだ先になりそうだけど、運転補助的な部分だと今後どの程度進むんだろう?
ところで車のメーカーの判断すらつかないくらいわからなかったけど、最近ようやくロゴでメーカーがわかるようになってきた。MINIメッチャ見かける。
そこの前の信号を渡ると長谷川枕なんとかとかいう共産党のポスターが貼ってある謎の家があるので、そこから焼肉きんぐがある方へ歩きます
すると、TOBUと書かれた建物があり、そこの2階より上が市役所です
さっきの手順で栃木銀行の前を渡らないで斜めの道がある迄歩いてください。すると、なんかめちゃくちゃ広い駐車場があってそこの横が観光案内所です(広い駐車場でたまにイベントやってる)
あります。市役所を目指してれば必ずたどり着けます。斜向かいが足利銀行です
商店街の方へ曲がると橋があります。そこが幸来橋で、その下を流れてるのがうずま川です
ミュージアムから駅まで行く途中にTOYOTAレンタカーがあるのでそこで車を借りるか観光案内所で自転車が借りれる場所を聞いてください。
それでどちらかが入手出来たらまず中沢製麺まで直進して、そこから吉野家の方へ曲がってください。ひたすら山の方へ行けばイオンの斜向かいに
駅とは反対の方向(高架橋があるとこ)へ行くと
TSUTAYAがあります。そこからファミマ、ガソリンスタンドを通過して、横断歩道を渡るとヤオハンというスーパーの駐車場の中に幸楽苑があります(老人がいっぱいる)
車でTSUTAYAを超えて幸楽苑の先に橋があってその向こうにパチンコ屋があります。後は山岡家を超えてイオンまで行けば目の前にパチンコ屋があります(余談ですかその店は一度消失しています)
外に出て、横断歩道を渡ったとこにあるカワチに行きましょう。昨日は烏龍茶が60円で売ってました。あ、ミュージアム内には飲み物の自販機と見せかけた新生姜の素みたいなのを売ってる自販機があります。気をつけましょう
TSUTAYAのそばにあるファミマのATMを使うか駅前のセブンに行くか(すき家の隣)駅内のコンビニにあるATMを使ってください
駅の南側をまっすぐ行って、右折した先にメディカルセンターしもつがという辺りで一番でかい病院があります。説明がめんどくさいので自分で行き方は調べてください
後は自分がいつも世話になっているところでは
たまのクリニックとか
(ピザーラの近く、國學院の女子寮の方が近いかも?)があります
電話📞 0282-22-2551
蔵の街を横断します。さっき説明した中沢製麺のとこを左折して吉野家側を行くと反対車線にあります(染谷会館の隣)
中沢製麺が見えたらその先を直進します。すると、かましんというスーパーが見えて来るので、左折(焼肉屋の方へ)そのまままっすぐ行くとセブンの隣にフライングガーデンがあります
幸来橋を左に川沿いに行くとうずま公園にたどり着きます。もっと遠いところだと巾着山という山の近くに川があってそこに緑地公園という公園があります。さくら保育園の近く
割と広いです
歩きで行くならいっそ電車に乗って(東武線)新栃木駅で降りて、歩いた方が近いです
…かなり遠いです。業務スーパーから先に行くとキングファミリーという品揃えが良くない古着屋が反対車線にあり、そこから更に先を行くと日産の販売店があり、そこの近くにあります
反対車線にヨークベニマルがあり、隣にドン・キホーテがあります
蔵の街を中沢製麺目指して歩いて行くと交番があります。駅の近くにもあります
さっき行った蔵の街の交番の交差点に看板があり、その看板通りに行くとたどり着けます
パチンコ屋を抜けて、歩道橋も抜けて、ずっと行った先にかっぱ寿司が
魚べいがあります
遠征が増えてきたため「保護者に車を出してほしい」との依頼がきた
うちは5人乗りのSUVで、そのほかの家庭の7割はワンボックス、
活動に前のめりでかつワンボックス所有という保護者が率先して車を出している
「少年団に入るならワンボックス乗るくらいは常識」と言われたらしい
習い事のために車の追加購入を暗に迫ってきたようで、同じようなことをいろいろな人へ言っているとのこと
うちのSUVは子供を乗せない「荷物車」として出すことがあるが、軽自動車やスポーツカー組は肩身が狭い思いを強いられ、
中にはわざわざ親兄弟からワンボックスを借りたり、レンタカーを出してきた保護者もいた
「ワンボックスが常識」なら入団時の規約に書いておけと思ったし、
そんな強引な要求に屈して対応する必要性は感じられないため、バス手配などを友人の観光会社に見積もったところ、
一人当たり1200円程度で実現可能との回答だったが、その腰巾着が「車は保護者が出すもの」と頑なに反対した
1回1200円の出費を渋るのに、ほかの親に数百万の出費を強要するとかアホかよ
社会人になり年収250万から3000万まで稼いでみたが、300万あたりでQOLが止まったままだ。
年収250万の派遣社員から謎の独立をカマして、5年くらい細々とやった後にアタリを引いた。
今はパート5人と正社員1人で売上2億粗利7000~8000万役員報酬2000~3000万が10年近く続いている。
社員には年収650出してる(近隣では破格)最近住宅ローン組んだらしい。めでたい。
年収300万くらいまでは、吉野家で季節限定を気にせず頼めるとか、コンビニで弁当1個じゃなくサラダとチキンとおにぎりを別に買えて嬉しいとかあった。
500万超えた辺りから、これ金が余るだけじゃないかと思い出した。
毎月数十万単位で個人口座の金が増えていく。(今は100万単位で増えてる)
贅沢といえば、年収600万くらいで一瞬イキリ散らして肉と寿司を週3で食って仕事上がりに毎日パチンコしたくらい。
それでも金が減らない。そして3ヶ月で飽きた。
飽きなかったら体を壊す所だった危ない。
時計はアップルウォッチをノーガードで使って傷が目立ったら買い替える。
田舎の土木や飲食オーナーによくいる、小太り酒焼けで珍妙なブランド物を身に着けレクサスやアルファードに乗る生活には一切興味がない。
社用車はプリウスの新型にオプションモリモリ。償却食って保証が終わったら買い替えるサイクル。
私用車は持ってない。手入れ管理が面倒くさいでしょ。
住宅は社宅だが家賃7万程度の普通のマンション。(自己負担1万)
高級賃貸でも家賃20万もいかない地方都市の為、住まいに金をかける選択肢はあまり無い。
地方に有る謎の高級住宅街の一画も買おうと思えば買えるが、不便すぎてやる気無い(周囲に病院と学校しかない。国立大学付近の地価が謎に高い現象なんなの)
旅行は年2回くらいするが、飛行機とホテルがクレカポイントでタダ。(毎年百万ポイント以上貯まる)
知人や親戚の子にはお盆と年末年始に遭遇したら無差別に1万円のポチ袋を配布するが、普段の金遣いがほぼないので家計に影響無し。
中高生はたぶん金目当てだがそれも良し。進学やスポーツで金に困ったら言ってこい。おっさんが相談に乗ったる。
全く節制はしていないが、使い切れないレベルで金が増えていく。世間の皆さんは一体何に金を使っているのだろう?
俺は法人のメリットは有るが全部個人で負担しても年500万も使えない。
子供は居ないが、子育て中の経営者仲間に聞いても保育所~高校までは月10万もかからんらしい。(お前の飲み代の方が高いじゃないかとツッコんだ)
みんな金が欲しい欲しいと言うが、一体何に使っているんだ?シングルなら年収300万、共働きで世帯600万程度なら誰でも取れると思うが、それ以上って何か必要になるのか?
会社関係のつきあいが無ければ年収300万でも俺は全く困らない(計算した)
個人資産は3億近い。橘玲に触発されてVTに放り込んでいたら円安株高でここまで膨らんでしまった。
法人にも1.5億くらい貯まってるよ。
クレカは法人の広告費他経費を払っているからむちゃくちゃ使ってる。アメックスは上限高くて使いやすいね。
小規模法人だから一部個人クレカ&口座で運用してるよ。税理士に確認取って、税務調査の時も何も言われなかった。
今期の法人は売上2.2億、当期純利益1300万くらいで着地しそう。役員報酬は3000万。
食費が約140万。ほぼコンビニやスーパーで買って事務所で食ってるからこうなる。
家賃12万、光熱費15万、保険12万、服6万、生活雑貨4万、子供に配った小遣い21万、残りは雑費。
法人に本やゲームは全部負担させているが、法人の新聞図書費は年30万も使っていない。仕事に関係しているから税務署にも何も言われない。
というか今まで税務署に2回入られて1回目は100万くらい持っていかれたが、2回目はちゃんとやってますねと言い残して以降は来なくなった。
まぁ接待交際費30万雑費4000円役員貸付ゼロの法人に来ても取るもの無いよね。
趣味は本を読んでゲームするくらい。つい最近までティアキンを永遠に遊ぶつもりだったが、今はユニコーンオーバーロードが楽しい。
本読んでゲームしてたまに旅行して働く。子供に遭遇したら小遣いをあげる。今のところこれで人生退屈はしていない。
わりと伸びてる。
ぜんぶ管理が面倒くさくない?
家はもちろんの事、車だって高級車はピカピカにしておかないとダサいだけ。
泥だらけのレクサスやアルファードに乗って小金持ち風吹かせてるおっさん本当に嫌いなのよ。
金で解決できるけど、手配までは俺がやらないといけない。
あと手入れに出している間は使えない。地味にダルい。
高いご飯は予約が面倒くさい。食いたい時にジャケットとデニムでフラっと寄って腹八分で帰るのがいい。
あと1食1000kcal超え多すぎ。洋食のディナーまじで無理。食えるけど太るし、続けたら体壊す。
服だって高い物は手入れや保管に気を使う。
一々クリーニングに持ち込んで取りに行くとか無理すぎる。取りに来てもらっても時間帯拘束されるのがダルすぎる。
やらん。欲しい人が自分で稼げば良い。
50~60平米の小規模社宅なら余裕。役員社宅でググると税務署のページが出る。
賃貸契約書持って役所に行くと固定資産税が見れる。あとは税理士に投げたら計算してくれる。
2700万くれ
なんとなく気が向いて17LIVEの子に100万ほど投げ銭した事がある。