はてなキーワード: miXiとは
■ムダに長いので全体を要約
今、インターネットの速度向上は鈍化どころか、スマホだけで過ごす人々や格安SIMだけで過ごす人々の増加により、退化している。
そしてその人々はスマホ世代の台頭などにより見逃せない人口まで増加していくだろう。
この層の増加は高速回線を必要とする有料コンテンツの商売に影を落とす潜在的な危険がある。
長年の過剰で無神経なWEB広告の結果、WEB広告業界が広告ブロックの脅威に晒されているように、徐々に問題が顕在化していくだろう。
そのためには今一度、コンテンツ容量やそれにかかる通信量を軽量化し、拾える客のパイを維持する必要がある。
この対策はコンテンツ販売をする業界が客から見放される前に行わなければ、業界全体からの客離れを招くだろう。(完)
■はじめに(読む気力がある方はこっから)
インターネットは速度を上げてきた。人々もインフラの乗り換えを良しとしてきた。
画像ファイルの読み込みに膨大な時間がかかった昔と比べて今、画像ファイルの読み込みは一瞬だ。
昔のように画像をブログに上げるときに容量を気にして縮小をかけるような人は少なくなっただろう。
もはやインターネットは生活に必要なインフラであり、殆どの人が活用している。
しかし、ここにきて低速なインターネットで満足してしまう人々が出現している。
彼らはインターネットからの脱落者でもあり、インターネットを見放したものでもある。
そのような人々の出現はインターネットでコンテンツを売る時代において、パイの縮小を意味する。
なぜそのような人々が生まれ始めたのか。
スマホの出現と、PCを持たない世代の出現、そして若者の貧困化、ネット依存からの脱却
そしてそれを後押しするのは無料インターネットコンテンツの黄昏だ。
スマホがあれば、通信としては事足りる。速度制限時でもISDNよりは速いのだ。
インターネットでもっとも重要なことはメール、検索、地図の閲覧、通販などだと思う。
それがスマホで事足りるとなれば、高価な固定回線を捨てるのも不思議な話ではない。
固定電話が急激に減少したように、固定回線の光が減少してもふしぎではない時代だ。
そもそも光の出現時点で、そんなに早くて何をするなどと言われたものだ。
ADSLは基地局から遠いと速度低下が著しかったが、よほどの僻地でなければ十分な速度が出ていた。
そして、PCを持たない世代であれば、わざわざ固定回線を持つのはバカバカしいことに映るだろう。
しかし、有料のインターネットコンテンツは大抵回線速度が必要となる。
固定回線を捨てた彼らを、有料コンテンツを提供する人々は見逃していいのだろうか?
■無料のインターネットが崩壊に向かっていることは回線の2極化を生む
無料のインターネットはずいぶんと住みづらくなった。広告、広告、広告、広告。
無駄に分割されたり、続きを読むをわざわざ押させるアクセス数稼ぎ。
検索をしても、アフィサイト、まとめサイト、他人の剽窃、どうでもいい情報や同じ情報ばかり引っかかる。
そして会員にならないとまともに見ることができない重いサイトの増加。ニコニコ、Pixiv、Mixi・・・
昔のインターネットは少し検索すればお望みの情報がいくつも手に入って、比較して良い物を選別して…
なんでも教えてくれる有能な、自分が世界中の情報にアクセスできる魔法使いになれたような錯覚すら覚えるものだった。
当時はgoogleでワードを複数使わなくても、""なんて使わなくても、-なんて使わなくても答えを拾えたものだ。
15年前はこんなGoogleの使い方を知っていれば結構詳しい人だった
商業インターネットの発達によってインターネットは整理整頓された書店のような姿から、ごちゃごちゃしたドン・キホーテのように姿を変えた。
まあ、ドン・キホーテのほうが今のネットよりは整理整頓されているのだけど。
ここ15年の私達のパソコンの性能と回線速度の向上は、ベタベタと大量にはられた重い広告の処理に当てられているといっても過言ではないだろう。
2000年ごろのサイトを見てみると、あまりの軽さと見やすさに驚くかもしれない。
話がそれているが、つまるところ、インターネットを古風な使い方しかしない人々にとっては、速度や性能がもたらすものがなくなっただけでなく
インターネットそのものが変質し、インターネットサーフィンなど楽しむに値しないページが増えている。
それはインターネットそのものの魅力低下を呼んでいる。ということだ。
もはやインターネットは高額な固定回線料を払ってまで高速に楽しむものには値しないと思う人が増えてもおかしくはない。
■有料インターネットは速度を必要とするが、低速回線族にはそれがない。彼らは客としてどうなのか?
ソーシャルゲーム、Youtubeの有料プランや、ニコニコの有料会員、Hulu、Netfix、バンダイチャンネル、Kindle、Steam。
動画、ゲーム、電子書籍など今隆盛を始めた有料ネットコンテンツ。
これらには高速な回線が必要だ。スマホ回線程度の貧弱な回線では万全に楽しめるものではない。
そして、スマホ回線だけで生活する人々、スマホ族とでも呼称したいところだが、すでにある言葉のようなので無線族としよう。
無線族は有料コンテンツ供給者から見て見逃していい存在なのだろうか?
・一人暮らし、夫婦のみ、一人っ子家庭など少数で暮らす人々 多くの家族と暮らしているなら回線代は微々たるものだ
・貧乏 金持ちなら回線代を削る必要はない。金持ちとて無駄な出費と捉えれば削るけど
・パソコンに疎い パソコンが必要でなければ固定回線はいらない
正直に言って、客として微妙だ。見捨てていい客と言っても過言ではない。
客になる可能性は薄く、金払いもあまり良くないだろう。
しかし、そうやってパイを狭めた結果、潰れていったものが多いの事実だ。
果たして、高速な回線を捨てた人々は、拾い上げるほど人口がいるのだろうか?
■無線族の増加は永続的に続く可能性があり、回線速度の伸びも鈍化している。
無料コンテンツの劣化などにより高速なインターネットに見切りをつける人々は増えていくだろう。
そして、結婚をしない一人暮らし世代や子供を作らない、一人だけの夫婦は増加しており、パソコンよりスマホに親しむ世代も増加している。
回線速度の増加にも限りがあり、無線回線の速度増加は足踏みを続けていると言っても過言ではない。
高速無制限のウリ文句だったWiMAX2で速度制限がかかったことが記憶に新しいが、無線回線はあっという間にパンクする。
無線である限り、爆発的な技術の向上が起きてもそれが安く提供されないかぎり、高速な回線を持たない無線族は増えていく。
安ければ、最低限のインフラが高速なら、それを良しとするだろうが、自分たちから高速を求めないだろう。
年月が経てばいつのまにか、遅い無線回線しか持たない人々が多数派になる可能性すら秘めている。
なんらかの対策を考えたほうがいい層として見たほうが良いだろう
■対策は国家としてのバックアップか、商売として低容量のものを提供するか、回線そのものをサービスするか。それとも?
●近頃、安倍総理がスマホ回線の料金を下げるように通信各社に要請していたが、あれはそれだけ通信環境が重要視されているということだろう。
うまく彼ら無線族を繋げなければ、商業的なリスクが起こる可能性すらあるのだ。
ソシャゲで今月の通信量を使いすぎて規制されるからと、ソシャゲプレイの頻度を下げる、
容量の多いものは買わない、など身に覚えがある人もいるのではないだろうか?
それが今後さらに通信量を必要とするコンテンツの増加で、商売の機会を逃す可能性があるのだ。
しかし、政府主導で民間の会社に圧力をかけるのは容易ではないし、反発を招くだろう。
●またはコンテンツの容量を下げるという方法だ。サイズが小さければ低速回線のユーザーも取り込める。
現在のコンテンツは通信速度の増加を当てにした異常なコンテンツ容量の増加が続いている。それを見直す時期が来たのではないだろうか?
●回線そのものをサービスにする。これはとんでもない考えのように見えるが、Kindle3Gやブックライブリーダー リディオではすでに実施されている。
Kindleは低容量の商品にしか使えず、漫画はダウンロード出来ないという問題があるのだが。
端末を買ってしまえば、商品を買う分には通信量が無料となるというもので、低速回線ユーザーには持って来いと言える。
もっとも、Kindle3G程度の回線では効果が薄いだろうが。ブックライブリーダー リディオは漫画も可能とのことだが端末のページ切り替えが遅いらしく購入に至っていない。
そもそもリディオは知名度が低すぎて最近知ったということもある。リディオは宣伝が足りない気がする。・・・本題に戻そう。
このような回線サービスで、ユーザーを繋ぎ止められる可能性や引き込める可能性があるだろう。リディオはコンテンツや信頼性、端末の速度がKindleに並べば
すでに持っているKindleライブラリを見捨ててでも移住してもいいと思うほどだ。それが出来てないから移住してないのだけど。
しかし、無料の回線を提供する企業には多くの負担を強いるだろう
オフラインでデータを渡す。買い切りのコンテンツではあまり有用な方法ではない。前時代的すぎる。
が、プロモーションとして基本無料のゲームの基本データを詰め込んで、ユーザーの通信負荷を下げるという場合には一応は使えるだろう。
問題はそのデータをどう受け渡すか、である。DVDなどではもう読める環境のないユーザーもいるだろう。
USBや無線で提供できる機器を雑誌などにつけたり、プロモーション用のWifiを設置するのも手だろうが、コストが掛かり過ぎるだろう。
面白く話題性のあるプロモーションになるだろうが、低速回線の細い客に対するプロモーションとしては過剰投資になるだろう。
回線の混雑や、当てにできない政府、鈍化している技術の進歩、高コストな無料回線の提供とオフラインでの提供に問題が多いことを考えれば、
昔のインターネットに立ち返り、軽量なコンテンツの提供を考えるのがベストだろう。
今は問題が目立たないが、徐々に問題が顕在化してくるタイプの問題で、早めの対処が必要だと考える
似た例で問題が顕在化している例といえば、WEB広告と広告ブロックソフトの攻防だろう。
今や広告でも高画質な画像や、音声はたまた動画まで使うものがある。そして利用者の好みを追跡し同じ広告ばかり見せる。
何かを検索していたら、弱みを煽るような広告ばかり出てきた覚えがある方もいるだろう。o-netとか。
あれで広告ブロックの再インストールを面倒だと思ってた私も広告ブロックを入れようと決意したものである
WEB広告の未来の芽を摘んでいることを自覚すべきだ。小さなバナー広告程度であればアドブロックがここまで当たり前の存在にはならなかっただろう。
コンテンツ提供者にとって、コンテンツと広告は一体のものであり、広告ブロックは泥棒と言いたい行為かもしれないが、
一見さんのユーザーにとって警告もなく出現する重い広告はぼったくりバーも同然の行為だ。やり過ぎということである。
そうでないサイトまで被害を受けているだろうが、それはWEB広告業界の自制心のなさが招いた結果といえる。
このように相手のことを考えないコンテンツはユーザーに負担をかけ、結果としてユーザー離れを招いてしまう。
一見問題のない状態だと思える現状も、徐々に侵食が進んでいる。
ソーシャルゲームなども容量を食わないものがあっても、十把一からげに通信容量を食うと見られている。
動画など容量対策が難しい物もあるが、可能なものであればどんどん対策し、ユーザーに寄り添うことが、業界の助けにもなるだろう。
■追記
●1,なんで回線状況の悪いアメリカのほうがWEBサービスが発展しているのか?
推測ですが、米国でWEBサービスが発達したのはWEB発祥の地ということもあるでしょうけど、国土が広く人口密度が低いからでしょう。
日本でも僻地に住んでれば本屋やCDショップは遠すぎて、低速回線でも十分にメリットがあると思います。
米国の僻地では通販にしても送料がそれなりに掛かるか、日数がかかるものだろうと思います。
日本なら近くの本屋でも通販でも近くの倉庫からあっという間ですが、僻地ではそうも行きません。
通信速度が遅くともインターネットで買うより速くガソリン代も手間もかからない。
日本でも実店舗からソフト売り場が消えたPCゲーム業界がダウンロードサービス主流になっているのは似たような経緯だと思います
米国は都市部なら無料Wifiが発達してるのも有利な点でしょう。
調べてみると米国でも回線とコンテンツは問題になっているようで、米国でグーグルが独自に高速回線インフラを提供し始めたのはその対策でしょう。
●2、>インストールした後云々は、AppStoreでは100MB以下のアプリでないと3Gでダウンロードできないとか、GooglePlayでは50MB以下でないと登録できないというプラットフォーム側の制限によるのです。
これはコメントについてたコメントで、本文とは直接関係ないのですが、捉え方が気になったので少し話を。
その説明はメーカーとしてはしょうがないことと説明したのでしょうが、ユーザーから見るとそのやり方は詐欺もいいところです。
ひどい言い方ですが、そのくらいのことであって、まさにスマホゲーム業界全体の信用に関わる、客離れに繋がる問題なんです。
ユーザーはアプリストアでアプリの容量を確認して「これならうちの回線でも大丈夫だな」とダウンロードするわけです。
ところがそこから場合によっては100メガ単位、ギガ単位のダウンロードが必要になる…
そしてユーザーはそのゲームを諦め、他のゲームをやろうとしたらまた同じような目に会い、見た目が重そうな美麗なゲームははじめから候補にすら入れなくなる。
40メガポッキリだと思ったら1000メガ必要で結局ゲームを諦めて、通信量丸損で、他のゲームを探したら同じ状況で、と言うのは
3000円ポッキリだと思って入ったら金だけ取られてサービスを受けるには10万必要です、なんて店をたらい回しにされるようなものです。
これはスマホのシステム上しょうがないというお気持ちかもしれませんが、スマホ業界の慣習に慣れていないユーザーには関係のない話です。
アプリによっては追加ダウンロードが発生することを商品説明に明記してありますが、その説明のない商品のほうが多いと感じます。
今のはてなブログでそこそこ知名度がある人たちのオフ会の様子を綴ったブログ記事を読んだ。いくつかあった。なんかパステルカラーな印象だった。
Facebookみたいな感じだった。今のはてなってこんな感じなんだなと思った。前はもっと濁った色合いだったのに。
その頃の方が自分は居心地良かった。汚い立ち飲み屋みたいな雰囲気で。あれじゃん、きっとみんな明るくてそこそこ楽しくてほどほどに愉快なトークができる人たちが集まってわいわいやってるんでしょ?気持ちわりい。Facebookでやれよ。
今のブロガーどものオフ会の様子ってFacebookで「スノボ行ってきた」とか「ディズニー行ってきました」とかあの感じなんだよね。あれ面白くないじゃん、あの面白くない感じをはてなである程度知名度ある人たちがやってるのがすげーなと思う。
ブックマーク大量につけあって、つまんねえ記事書いて、楽しく飲み会やって、その様をまたつまんねえ記事にする。気持ちわりい循環だな。mixiでやれよmixiで。
mixiという文化が生まれ、周りが楽しそうな写真をアップする中で、自分はそういう楽しい遊びが少ないことを知った。
それがとても惨めなことであると誤認して以来、充実した写真をアップすることは他人より優れているアピールをしているに他ならないと思っている。
mixiに楽しそうなプリクラや自撮り、BBQや海水浴をしている風景の写真を友人達が日々アップしているのを眺めていると本当に気が狂いそうだった。
自分もそういう楽しいアピールをしないといけないと思い込むようになった。
でも自分にはその周りと同じくらい楽しそうな写真がないし、イベントにも参加してない。家でゲームしたり家族とご飯食べに行ってたので、あまり友達と遊びには行かなかった。
中学2年にして私は、花火やスキーみたいなテンプレート的イベントを楽しめる=人生を楽しめている=人として優れている という概念を自分の中に作り上げた。
私は昔からずっと、自分を人より優れているように見せたくて仕方がなかった。
でもその出不精なスタンスのままでは色んなものから仲間はずれにされてしまいそうで怖かったし、とにかく明るくてキャピキャピしたマジョリティに付きたかった。スクールカースト高めの人たちと一緒の立場になりたかった。
だから、高校1年生になってからは無理矢理外に出て何かを楽しむようになった。
中学生の頃は一緒につるんでウェイできる子が周りにいなかったので、高校生になってからは存分にウェイするようになった。
外食、アミューズメント、花火、雪祭り。色んなものを見て、遊んで、写真を撮ってアップしてきた。
その一心だけで今まで遊んできた。
そうやってリア充アピールをしていったおかげで、高校生になってからはスクールカーストの上位に立つようになった。
人から良く見られたい欲が影響して勉強をするようになり、やがて学年一桁の成績を取るようになった。
部活の部長も務めた。部員を一気に増やすことに成功し、色んな物事を統括するようになった。(所詮は根暗で運動が出来ないので文化部の部長)
運動は本当に駄目だったけど、成績優秀で役員やってて遊びも程よく分かってるキャラ、という地位を作ることができた。
だけど、いつも空しかった。
その空しさは、「自分を良く見せるため!」っていうくだらない欲求のためにあらゆる行動をしているからだった。
誰かと遊ぶのが全く楽しくなかったわけじゃないけど、空しさを感じずにはいられなくなる。
いつまでも本当の充実感は得られない。
遊んだ直後は麻薬を使ったかのように「楽しかった〜」という浮ついた虚像を信じ込むことができる。
だけど数日立つと、遊んだ記憶のほとんどがふっと消えてしまう。
無理をしている疲労感が、楽しかった成分を上回るようになるからだ。それはつまり、ただ疲れたという思い出として処理される。
嫌なことはすぐさま忘れるようになっている上に、忘れる範囲がやたら広い。
楽しかったかもしれないこと、印象的なことも巻き添えを食らって記憶からなくなってしまう。
本当に楽しいことを楽しいと思えるようになるのはいつなんだろう。
人生を楽しめている=人として優れている という意味不明な概念をさっぱり捨てて、もっと楽になりたい。
そんなことにそろそろうんざりしてきたので、ここに書いてみた。
でも楽しそうな写真をアップし続けているウェイも、もしかすると「自分はこんなに楽しいことを謳歌できるので人間的に優れている」と思われたいからリア充アピールをしているのかもと思うと、勇気づけられる。そう思い込むしか今は仕方がない。
ネットがつまらなくなった。ここ数年ぽつぽつとそういう話を聞く。
面白かったと言われる頃のサイトもフラッシュ黎明期やニコニコ黎明期の動画もほとんど今でも見ることができる
新しいコンテンツは続々増えている。
なのになぜ、つまらないと感じる人が出てきているんだろう?
それは単純に老いたから?ネットのコンテンツに慣れきってしまって刺激が足りなくなってしまったからだろうか?
それも理由の一つではあるだろうけど、ネットのコンテンツは爆発的に増加して動画やゲームも取り込んでいる。
本も読めて、ネット上の友人と話すこともできる。仮想体験も含めれば、ネットは現実の娯楽のほとんどを網羅しそうな存在だ。
そのネットに飽きた理由が単純に老いであるならば、それは人生を飽きかけてる仙人のような存在なんだろうか。
それはなかなかないんじゃないかと俺は思う。
ネットはつまらなくなったと思うけど、現実はまだまだ俺にとって面白いのだ。
じゃあ、ネットが変質したのか?と考えるとそれはあると思う。
いまや検索で何かについて調べると、ネイバーのようなまとめサイトや、企業広告、妙にべた褒めした口コミが目につく。
もちろん検索の方法やアドオンでそれなりに回避はできるけど、面白いコンテンツを探すのがとても大変になった。
いくら面白い物があっても、それを楽しむためにかかる時間や手間が大きければ敬遠する人が出るのは当然だ。
ディズニーランドの待ち時間や自炊の手間暇を嫌う人がいるのとおんなじだ。
そして、情報を得るためのネットだけでなく、情報を発信するためのネットも、変質したと思う。
ネットは昔、一般人でも情報発信ができる革命みたいなものだって言われてたけど、今は人数が増えて、区画整理されて
普通の人はだれからも見てもらえないような有象無象になった。昔は小さなブログやお絵かき掲示板でもコメントが付いた。
ネットも昔は小さいコンテンツしかなかったから、たくさんの人が少ないサイトに集まってたんだと思う。
そして、発表の場はどこでも良かったけど、いまはツイッターやニコニコやpixivみたいな発表に合った場を使わないとまずい。
そしてそこで見ると、誰かの作品というよりニコニコやPixivのコンテンツとして見てしまい、作家の独自性が薄まる気がする。
絵師のサイトが乱立してた時代ってサイトにはその人の個性が溢れてて好きだったな
あとは、お金儲けのために情報をがむしゃらに発信する人が増えて、劣化した発信者が増えたんじゃないだろうか。
変な動画を乱発しているユーチューバーや、機械が作ってるようなまとめサイト、ブログを見るとそう思う
ちょっと前に流行ったmixi、フェイスブック、Lineのような部外者の立ち入りを禁止する閉鎖的コンテンツも
ネットがつまらなくなった原因じゃないかと思う。普通の人の適当な発言や日記はそういうところに集まってしまって
商業性や政治性の高い発言ばかりが集まるところの情報しか集まらなくなって、それをまとめるサイトが増えて
なんてことのない日常の会話や面白い話がオープンなネット上では増えにくくなってるのだと思う。
ネットが分断されて区画整理されて、新しい面白さは大きなサイトに閉じ込められ、昔ながらのサイトや良い情報を供給するサイトは
検索対策をした商業サイトや膨大なつまらないサイトに埋もれてしまった。
ネットを使いこなせば、昔のように楽しめるだろうけど、有象無象が増えすぎたり、良いコンテンツは奥の方に行ってしまった。
そして、検索による開拓は大変な労力が必要になり検索も億劫になって、昔ながらのサイトにあった知人やお気に入りのリンクはなくなってしまって
ネットが巡回ばかりになっている徘徊老人のようなだらだらとしたネット徘徊者も増えてるんじゃないかな。俺のことだけど
その人とは喧嘩したわけじゃないけど色々無理で1ヶ月で別れた
わりと円満に別れたんだけど、色々あって面倒くさくなって後にLINEブロックしたんだ
でもいまだにSMS、PCメール、Facebookにmixiまでも使ってなんとか連絡してこようとして超うざい
「増田ちゃん!久しぶりに会って話したいな!割り勘デートしようよ!」
笑止
恥ずかしくないの?
9つ上だぞお前?
こちとら学生だぞ?
プライドとかねーの?
こっちはもう彼氏できたって言っても、彼氏に内緒で行こうよ!って言ってくるし
彼氏に悪いからって言っても、やましいことじゃないじゃん!って言ってくる
やましくないならなんで内緒にしなきゃいけないんだよ意味わかんねー
どうせ私にも払わせる癖に無駄に高い店連れて行こうとするし
めちゃくちゃ拒否したホラー映画も、増田ちゃんは大学生料金で安いでしょ?とか言ってなぜか2人分払わせられたし
クソFラン大卒の癖に、オレ職場のバイトの明治大生にビシバシ指導してるんだぜ〜とか言うし
明治っつっても意外と使えないよ〜とか言うし
お前が優越感抱いてるその明治大学、言っとくけど私の滑り止めの滑り止めだったからな!
私が大学名言っても、なぁにその大学知らなーいって言ってたろ?私のこと下だと思ってたんだろ?
学歴差別良くないとか、年の差なんて関係ないとか、デートは割り勘にすべきだとか、そういう考え、全部こいつが吹っ飛ばしてくれた
一般化されているのにはわけがあったんだ
行動に内面は出るんだ
ある程度の学や実績がないと言うこと為すことに根拠がなくてムカつくし
年下の、しかも未成年に手を出そうとする男なんてほぼろくでなしだし
大学ましてや高校の先輩後輩ですら奢り奢られが当たり前なのに社会人のくせに貧乏学生に金出さないなんてもはや存在価値がない
低学歴で年上の人の中にもちゃんとした人がいるのは分かってるけど、高学歴で年が近い人の中からまともな人を探す方がずっと楽なんだね
家に来られたりしたら困るから、今でもPCメールだけ連絡取れるようにしてる
ほんとはこれ全部送って、ご覧の通りお前のことだいっきらいだから連絡してくんな!って言いたいけど、さすがにしないよ
俺のことかもって気づいてくれたらいいなあ
おかげで元カレもみてくれるかも
大学はひみつ、今は4年生です
こんなこと書いてるけど学歴差別主義者になったわけではなく、指標のひとつとして考えるようになったくらい
クソFランとか言ってごめんね
ボロクソに言っちゃったけどもちろんいいところもたくさんあったし私にも悪いところはたくさんあった
色々言われているけど付き合ってた1ヶ月間キスすらしていない
ストーカーってコメントもあるけど1〜2ヶ月に1度くらいの頻度で上記のような連絡が来るくらいだからアワヨクバ程度に思っているだけだと思う
mixiも過疎ってるしtwitterやfbはコミュニティわかりにくいし、実名で友達多くてつかいづらいし、結局2chなのかなぁ?
http://www35.atwiki.jp/bonyu/pages/11.html
http://ifs.nog.cc/babyfood-2ch.hp.infoseek.co.jp/
http://blog.livedoor.jp/ikuzi2p/archives/8164071.html
新生児~低月齢の質問に凄い勢いで答えるスレ145 [転載禁止]©2ch.net
https://web.archive.org/web/20151004044648/http://peace.2ch.net/test/read.cgi/baby/1443160016/-100
それはあざなえるなわのごとしだ。
文章を書くセンスや個性に自信がないおまえらはブログをはじめる前にあざなえるなわのごとしというブログを参考にせよ。ただしあざなえるなわのごとし自身は文章のセンスもあるし知識量もあるし更新量も半端ない。そのあたりは真似しようと思ってもお前らには無理だ。俺が言っているのは記事を書く姿勢だ。
あざなえるなわのごとしの記事の半分でも真似できればお前は来月から勝ち組ブロガーである。しかも燃えない。必要以上に目立つこと無くかつしっかりとPVは稼げる。無理に逆張りや煽りで炎上して目立つ必要もない。無駄なキャラ作りも要らない。あざなえるなわのごとしは誰にでもできることをきっちり丁寧にやっているだけで、個性がなくても毎月30万PVを余裕で超えている。いろんな分野についてそういう方向性で頑張るはてなブロガーが増えてほしいものだと私は私を棚上げにしておまえらに上から目線でそう告げる。
とにかくだ。twitterやmixiやLINEやFacebookなど身内とのコミュニケーションしかやったことのないやつはブログを書くということその延長で考えがちだ。そういうことでははてなではやっていけない。むしろmixiやFacebookで中途半端に友達を増やす技術ばかり培っているものだから同じノリで友達増やして同じノリでブログをやろうとすると怖いおっさんたちが脂ぎった顔を顔真っ赤にして押し寄せて家を踏み荒らされて泣くはめになる。そうならないうちに何か手本を持つことをおすすめするわけだがあざなえるなわのごとしはその最高の教科書であると断言するにいささかのためらいもない
今年もやっと実家に帰れる時期がやってきた。
医療機関事務で働いている私は年末年始も、ゴールデンウィークも診療報酬の請求で帰ることができない。
帰れるのは盆休みかシルバーウィークに無理やり3連休取るのがやっとだったりする。
実家から離れて7年、随分経過すると実家に帰る楽しみよりも自分が過ごしてきた実家の思い出が徐々に薄れつつのが怖くなってきている。
最初の頃は、メールやmixiで実家に帰る!と連絡すると地元の友人からもそこそこレスポンスがあってワイワイ騒ぐことが出来た。
ところが、昨年くらいだろうか。
実家に帰るとFBやLINEのタイムラインに書き込んでも反応は正直ほぼ皆無であり、
実家にいない人、もしくは疎遠になって連絡を取ることがなくなってきているのだ。
また、思い出の場所や店も色を変えていく。それ自体は当たり前のことなのだが、
自分が過ごしてきた街とのかかわり合いが薄れていくつつあるのが正直怖くなる時がある。
だからといって、今過ごしている場所も帰宅はだいたい23時位であり、当直が月5-6回ある。
こちらに居ても会話をしたりすることが会社の人以外では無いわけだ。
年々自分が築き上げてきた様々なリソースが薄れていくのが実感する。
恐怖で動けなかった。目の前が、現実が、絡み合い、そしてもがき苦しんだ。
再会した元カノは病室にいました。
「あ******」
*の部分は聞き取れなかった、もう声がだせない状態だった
声もなんとなく、似ている。
何かを疑う事なんか散々だったのに、今目の前に起こっていることを
昔の人と、今、目の前にいる人の正解を少しでも多く引き出そうとする作業
久々に震えがくる。
あの時の元カノは少し背が低いけどおっぱいが大きかった気がする。
目の前の人はおっぱいが無い。
ガリガリでやせ細っていました。
奪われた後の姿を見ると今すぐ酩酊して、忘れてしまいたい気持ちに駆られてしまう
無力をしらしめるには十分すぎる。
「この人、知らない人かもしれない、だけど同じ名前」
混乱は目の前で起こった。直角に落ちていく最中、何も引っかかる場所もなく、心の拠り所を失いかけていた。
よくない、本当によくない現象だった。
未来を信じて止まなかった。
希望の大学への合格通知書を見せて未来を歩むと思っていた彼女は
別の海外の語学学校へ何も言わず行ってしまった。そんな話すら全く知らなかった。
あまりにも綺麗に目の前から去っていき取り残された感情と痛みを抱え大学に入学をする。
そこから、元カノへの時間軸が停止した。後に遅効性の劇薬になり全身を侵される事になる
この後に流行する、mixiでもfacebookでも調べようと思えば調べられたはず
だけど、そんな気力もなく、子供っぽく不機嫌になるしかなかった。
お酒を飲んだり、バイトをしたり、クラブ行ったり、多数の光源に幻想を抱いて
始発電車から降りる人をかき分け、社会から逆行するのを謳歌していた。
今の嫁との出会い、そして嫁に対してへの一番の功罪を同時に犯してしまう。
「好きな人がいる、その人が帰ってきたら、そっちに行くかもしれない
そんな自分ですよ?それでも付き合えるの?」
嫁は強い人だ、中途半端な自分を知り、受け入れ、いつの間にか結婚してくれた。
別の時間が進み始め、子供も生まれ、全く違う日々が待っていた。
再会なんて突然すぎて、偶然すぎて、あぁなんという事だと
巡りあわせる神様を呪った。
元カノは癌に侵されていた。
ってかこの人だれ?全然違う人だよ?
最初は混乱しすぎて、なにも喋れなかったと思う
当時の記憶が走馬灯のようになり、感情を抑えることが出来なかった。
違うよ、声をきかせてほしいんです。その声で謝ってください、僕を見捨てた事を謝ってください。
口の筋肉の動きを見ると苦笑いしてんだろうなと分かるぐらいだった。
それだけで十分許されたんだ。
このブログで書いてしまうので、バレてしまいます。ごめんなさい
やせ細る元カノを見ていて癌というのがどのようなのか分からなかった。
なにを食い尽くそうとしているのだろう?
明るい人生をまだまだ歩んでいくはずなのに、こんなのないよと見えない神を呪う。
会うたびに変化が無いことを祈っていたけど、表情もなくなり
手を握り返す事もできなくなり、目が開いているのか、どうかも分からなくなる。
声をかけても返事がない。
色々としてみたけど、寝ているのか起きているのか分からない状態
お腹が膨れ出した時には周りが騒がしくなりはじめ、時間を割いて会える事が少なくなる。
心の中では「早く死んでください。」
と願ってやまなかった。
ハグをした。若干の温もりを感じた。
そして、心で願った死んでくれという願いが叶った時
心が泥沼にはまり、そして苦しむ夜を今も進んでいる。
あの時のカップルは流れ星に乗って空を高く飛べると信じていた。
その夢はまだ叶えられない、二人一緒に星に乗りたかった。
「ありがと」
南半球へ渡る。
21世紀!?よくわかんないけどなんかすごいんだな!?という思いでテレビを見ていた。
あと「いろぶん」っていう面白い文房具の紹介をしてるサイトがすきだった。
中学入学と同時にケータイを買ってもらう。直後にパケ死して3ヶ月ぐらい没収された。
すきなカップリングがあまりにも供給がなかったためにWordでホームページを作ろうとする。
(mixiは本当はだめだけどみんなやってた。友達に招待してもらって、一応15歳だか18歳っていう設定でやってた。)
たしかこの年に初めて「ネットで出会った人」と友達になる。オフ会にパンダ柄のニット帽を被って行った。
5年後ぐらいにめちゃくちゃバカにされた。
全然オタクがいなくてギャルとヤンキーばっかりで超びびってた。ナマモノ同人を知る。
FC2ホームページ上に自分のホームページを作る。フォレストページにケータイ用サイトも作った。(V系ナマモノ)
それとは別にmixi、前略プロフ、リアル(ケータイ用のブログのことね)、写メ日記をやってた。alfooとか、chip!とか。
みんな「だれでも見れるリアル」「10人ぐらいしか見れないリアル」「親友()しか見れないリアル」を持っていた。
初めて彼氏ができて、脱オタク脱バンギャして、「JK」をやってた。
mixiコミュを見て回って、リアルを更新して、プリクラ撮ったら前略を更新して、リアルを更新して、の繰り返し。
初めてセックスして、「なんか思ってたんと違う...」ってなる。BLはファンタジー。
とりあえず登録したけど全然面白さが分からなくてしばらく放置。
だんだんmixiの友達がTwitterに移っていってしまったので、わたしもモバツイでTwitter見てた。見るだけ。
センターの直前に「大丈夫だ、問題ない」のMADを頭がおかしくなるほど見てた。たぶん頭がおかしくなってた。
高校の卒業式の次の日が震災だった。布団の中でひたすらTwitterを見ていた。
(サーバーの下敷きになって死にそうみたいな某氏の自演って当日だったっけ?見た記憶あるよ)
Twitterすごい!って感動した。
たくさんの情報が自分から探さなくても自分の目に届くということは、わたしにとってすごくすごく新鮮なことだった。
入学式が1ヶ月伸びた。
その間に同じ大学に入学する人とmixiで知り合い、会って遊んで、Twitterで交流するようになった。
ある男の子にChromeやThunderbirdを教えてもらった。
まだdocomoにはiphoneがなかったのでガラケーをガラケーに機種変。(後でめちゃくちゃ後悔する。)
大学に入学して初めて自分のパソコンを持つ。MacBook Air。
Twitterばっかりやってた。デマもパクツイもまとめブログもRTしまくってた。
同じ教室にいた人をTwitterで見つけて(というかわたしが見つかって)、なんやかんやあって付き合う。
ギークだった。
その人に教えてもらってUSBメモリをUSBとは言わなくなったし、Wikipediaをウィキとは言わなくなった。
以来、お気に入りもお気に入られもほとんどないけどはてなは毎日見てるよ。すきだよ。
なにしてたかなぁ
どうでもいいことがめちゃくちゃにつらかった記憶がある。
プログラミングできない(Rubyの配列で躓いた)事とか、サービスやアプリを作れない自分は価値がないと思ってた。
つらい時はインターネットが見れなかった。
そういえばたまにやきとんオフ行ってた。
めちゃくちゃに精神を病んでた。
一度だけはてなブログに思いの丈をババババーッ!と書きなぐった。
それでちょっとだけ冷静になって、次第に元気になっていく。
Twitterで出会い厨したりした。得るものがなかった。(jizouさんではない)
色々あったし、今も色々あるけれど、生きててよかったー!って思うし、
こうして増田にこの記事を書いていることがとてもとても楽しいよ。
2011年頃と比べると全然Twitterに投稿しなくなった。けど見てはいる。
とうらぶ二次創作おいしいです!pixivも今年に入ってから使うようになったし、