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2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2019-05-17

芸人で生き抜く難しさ

フースーヤ全然見なくなったなあ、そう思った。

新しい波24」って誰が出てたんだっけ、とも思って検索してみた。

カミナリ竹内まなぶ石田たくみ

霜降り明星粗品せいや

ハナコ菊田竜大秋山寛貴岡部大

ゆりやんレトリィバァ

四千頭身都築拓紀後藤拓実石橋遼大

このあたりは順調にテレビで見る。

ロングコートダディ(堂前透・兎)

さや香新山士彦石井誠一

ここは関西圏だと、割と見かける。

大自然白井・里)

え?のぶひろとロジャー改名してる?そうなの?

バッドナイスバッドナイス常田・内田英輔

解散してた。ツッコミ内田のほうが引退だって

一月に水曜日のダウンタウン母親ネタで出演してた一週間後くらいに解散だって

嵐の解散報道と同じ日だったか話題にならなかったのか。

はなしょー杵渕はな山田しょうこ

吉住

バビロン太田圭介・ノリ・千葉恵)

ここらへんは関東圏では出てそう。

吉住は個人的おもしろいと思ってる。

アメリカンコミックス飯島翔平・鈴木祐介)

こゝろ荒木誠也・山出谷怜門)

さすらいラビー宇野慎太郎中田和伸)

フースーヤ田中ショータイム谷口

ブラゴーリ(塚田鈴木大介)

フレンチぶる(加瀬部駿介・大西翔)

ブリキカラス黒田和基・小林メロディ

ペコリーノ植木おでんクロコダイル ミユ)

マイペース田口秋光・相馬拓斗)

マジメニマフィン知念アマン・ちばけん)

電氣ブラン田井宏明・藤村泰平)

絶対アイシテルズ(らぶおじさん・楠見大輔)

アックスボンバー中村元気矢野レノン

ハリード(八木健太八木和也

やんちゃキャラ」がこころだっけか。

その他「坊っちゃんネタ」やってたコンビとか、

まったく受け入れられなくて全カットコンビかい記憶しか残ってない。

こんなに出ていたのね。

関西ローカル関東番組とでは毛色がまったく違うんだろうな。

今、関西でよく見るのはバツウケテイナー筆頭にこのあたり。

アキナ山名秋山

和牛水田川西

アインシュタイン稲田河合

藤崎マーケット(田崎・トキ

千原ジュニアの「座王」は関西メンバーに時々関東芸人も出演してる。

笑い飯西田が【鬼】と呼ばれるほどの強さを示してる。化けた。

ロングコートダディの堂前がんばってる。

ytv漫才新人賞出場コンビこちら。

からし蓮根たくろうネイビーズアフロセルライトスパ紅しょうが、こうてい

たくろうおもしろいね

セルライトスパ大須賀R-1決勝までいってる。

こうていのズイィーヤのギャグをやるほうが顎の手術してたのとか知らなかったわ。

プリマ旦那が、令和なんたらかんたらに改名したり、

学天即美術教師ぽいほうがいろいろ改名したりもどしたり。

漫才新人賞出演者一覧を見てたら、いろいろ思い出す。

2015年以降。

吉田たちマルセイユアイロンヘッド祇園タナからイケダ

コマンダンテヘンダーソン見取り図ニッポンの社長マユリカ

見取り図祇園はよく見かける。

関西でもあんまりネタ番組やってないから、舞台に行けばみんな頑張ってるんだろうなあ。

スマイル蛙亭ツートライブとかもいるな。

アキナの【吉本超合金A】に出てて東京進出したおいでやす小田

Wの決勝戦にも出演してた紅しょうがが先日夕方ニュース番組バラエティ?にロケ芸人に出てて、

いい感じに無毒化されてて、そういう役割で出演できるのも道よなあ、って思った。

古くは【10カラット】【ゲンセキ】で見かけた芸人検索してみたら解散したり引退してたり。

2005年ですって。14年前ですよ。

ハリセンボンとかプラスマイナス上木総合研究所U字工事イワイガワマチココンマニセンチ

オリエンタルラジオトップリードアームストロングが出てたなあ。

ジャルジャルも出てたんだっけか。

爆笑オンエアバトル】はあんまり見てなかった。

爆笑BOOING】見てた。

あと、あれあれ。

芸人たちがVTRを撮ってきて作って発表しておもしろかった上位五組とかだけ放映されるやつ。

すんげーベストテン?そんなタイトルだっけ?

検索したら懐かしいコンビ名ぼろぼろおった。

ビリジアンとか小籔が生き残ってるんな。

高僧野々村とか美濃長岡とかな!

水玉れっぷう隊ケン吉本坂46に選出されてるよな。すごいな。

火花】じゃないけど、おもしろくても生き残れない人生とか考えたら恐ろしいな。

ハライチ岩井じゃないけどバラエティ風で生き残っていくという選択肢すら選ばされないまま

スタート地点にすら立てないのは大変だ。

そうか。バットナイス内田引退かー。

2019-02-11

どうかしてる高校生バイトの話

最近バイトバカッター騒ぎで思い出した話がある。

いまから約15年前、2005年2006年頃の話。俺がまだ高校生だった頃の話である

当時いつも口癖のように「カネが無い、カネが無い」とばかり言っていたクラスメイト沼津仮名)という男が、唐突に羽振りの良い話をするようになった。

キャバクラ10万使ったとか、パチンコ10万スッたとか、10万の腕時計買ったとか、10単位の話ばかりするようになった。

高校生キャバクラ行ったりパチンコ行ったりしてんのかよというのは置いといて、なんでお前の話はいつも10万なんだ、そもそもお前虚言癖で有名なクズじゃねえか。レジの金盗んだり、内引きしてたのがバレてスーパーバイトを1週間でクビになった貧乏のお前がどこにそんな金あんだよ。

聞けば、今は結婚式の配膳のバイトをしているという。巨大なウェディングケーキを運んだり、来賓客にビールをついだりしてかなり重労働で、忙しい日などやっと仕事が終わるのが深夜0時を過ぎるなんてのが頻繁にあるが、時給は高いし残業代死ぬほどつくので最低でも月20万は稼げるというのだ。

市内の様々な結婚式場に行くが、主に地元じゃ有名なホテルで働いているという。

いや、高校生が深夜まで働かされてるとか嘘だろ。と言うと、いわゆる派遣会社のような事務所登録していて、事務所社長が各結婚式場に「18歳以上」と説明しているので高校生なのに深夜まで働いても問題ないという。

おいおいおいおい、あの有名な老舗ホテルがそんなクソみたいな業者に騙されてるとかありえないだろ。そもそも虚言癖の奴が言う話だし、どう転んだって信用できない。

お前もうちに来ないか、と誘われたが、その話が事実だとすると毎日深夜に帰宅するなんて親に殺されるし、深夜まで残業させられるなんて例え20万稼げたとしたってゴメンだ。俺はすぐ家に帰ってラーメンズDVDや録画した爆笑オンエアバトルを観たいのだ。

その事務所駅前マンションの一室で、ホテルに出勤する前はまずそのマンションの一室で準備をしなければならない。駅前までは俺の家からバスで30分、深夜に仕事なんて終わってはバスなんてとっくに無いので家に帰れない。

とにかく重労働だというし、そんな仕事なんて絶対にできないと俺は断ったのだが、クラスで成績優秀な松川仮名)という男がその話にのってしまった。松川勉強はできるし一見真面目な奴だが、とにかくパチンコが好きな「真面目系クズ」で、沼津とはパチンコ仲間だった。

松川パチンコ沼津が本当に10万スッたのを目の前で見たという。カネを持っているのは確実で、俺も稼ぎたいと松川はそのヤバい結婚式配膳派遣事務所で働くことになった。

そのうち沼津は、カネ持ってる自慢のほか、毎日女の子を取っ替え引っ替えセックスしているという自慢をするようになった。カネもあるし女も不自由しない、人生最高だとうそぶく。

沼津が言うには、派遣事務所は30代の男2人が運営しており、他20名ほどいる従業員は全員高校生だという。ホテルでの仕事が終わると事務所であるマンションの部屋に皆で戻り、コンビニで買った酒を浴びながら乱交パーティーするという。

最初は酔っ払うと30代社長女子高生セックスする様子を男子高校生一同見ているだけだったが、最近男子も参加することが許され毎日セックス三昧だという。

どう考えても沼津の嘘だ。そろそろ初めての給料を貰ったであろう松川に事の真相を全て問いただそう。松川パチンカスではあるが、嘘は絶対につかない。果たして本当に20万稼げたのか、沼津セックス三昧なのは本当か。どうせ嘘だろうし、沼津を嘘つきとバカにし、松川を騙されたバカだと茶化そうと思ってウキウキしながら松川のところへ向かった。

結論から言うと、沼津の話は全て本当だった。松川給料日に20数万が口座に振り込まれていたのを確認したと言い、財布の中の万札10枚近くを見せてきた。仕事が終わると乱交パーティーするというのも事実だという。沼津は率先してセックスしているが、松川は硬派を気取ったただの童貞なので、酒には付き合うが乱交パーティーが始まるとビビってさっさと帰るのだという。

乱交パーティーはにわかには信じられないが、松川が万札数枚所持していたのも事実だ。松川もいつもカネが無いと言い、150円で買えるエコー吸ってたくせに急にセブンスター吸うようになってるし。没収されろ。

いやーマジかよ。こんな会社あって大丈夫かよ。

いつしか沼津松川も、「授業中に仕事命令が来る」と学校を早退することが増え、ついには学校を休む日も増えていった。学校よりも、バイトが中心の生活になっているようだった。

当時俺には好きだった女の子がいた。名前飯田さん(仮名)と言い、中学の頃の同級生で、高校は別々になってしまい会うことは無かったが、メールで頻繁にお笑いの話をやりとりしていた。

飯田さんは長い黒髪でおとなしい女の子だったが、見た目にそぐわずかなりコアなお笑いマニアであり、当時の女子高生が口を揃えて「好きな芸人はねトびキングコング」と言っていた時代ラーメンズが好きで、ユリオカ超特Q正統派漫談師として評価していた。

俺とお笑いの好みが完全に合致するので、お笑い仲間として今年のM-1の注目芸人は誰だとか、鼻兎全巻読んだよとか、毎日メールしていた。

ある日、なんとなく飯田さんに「クラス結婚式場でバイトして20万稼いでる奴がいる」とメールした。帰ってきたメールには「え、それ沼津くんと松川くん?そういえば高校同じだって言ってたw」

「 」

これ読んだ瞬間、頭真っ白。俺と沼津松川中学は別だ。飯田さんと知り合いではないはずだ。なのに知り合いってことはそれしか無いよね。

「え?バイト先一緒?」

「うん」

仕事終わったらみんなで酒飲むって本当?」

「うん、社長ケチから自分で飲むぶんは自腹だけど」

こんな嘘みたいな漫画みたいな話ある?俺が好きで毎日メールしてた子がよりにもよってそんなクズ会社の餌食だなんて。っていうか、俺のまわりに3人もその会社に関わってる奴いんの?

おとなしいと思ってた飯田さんも酒飲んでるってことは乱交パーティーしてるのかな。そう思うと気が狂いそうになって、息が苦しくって、胸が苦しくって、もうメールなんて出来なくなってた。

だって俺、純粋童貞もの

もし、俺がこれを知らずに誘われたままその事務所に行ってその光景を目にしたら、俺は壊れていたかもしれない。

もうこれ以上正気を保てないと悟って、飯田さんに何も言わずメールを着信拒否した。

次の日、珍しく朝から登校してきた沼津ヘラヘラしながら「お前飯田友達なんだってな」とぬかしてきた。昨日マンション事務所でその話になったそうだ。

なんか訳わかんなくなってた俺は、沼津に「飯田乱交やってんの?」と聞いてしまった。「俺はやったことないけど、社長とよくやってるよ」だってさ。「社長チンポでけーからまんこに入ってるのマジで生々しい」だってさ。

幸い(幸い?)松川乱交前に即帰宅するので飯田さんの裸を見たことはないというが、深夜マンションの一室で飯田さんは全裸で30代の社長と夜な夜なセックスしているという。みんなの目の前で。社長お気に入りから男子高校生飯田さんに手を出してはいけないという暗黙の了解で、終われば全裸のまま寝て、朝にはそのマンションから学校に行くという。

なぜか沼津をブン殴りたくなる衝動かられたけど、苦笑いしてその場から逃げたと思う。

沼津の家は新聞屋なので、深夜に帰宅しようが親は気づかないっていうし、松川の両親は熱心な創価学会員とかで両親ともに幹部だかで、学会活動のため毎日家にいないという。(担任松川の家はいつも不在で両親に連絡がとれなくて困るとよく言っていた。)だが、飯田さんの家は一般的サラリーマンの家庭のはずで、毎晩遅くまで娘が帰ってこないし、オッサンと付き合ってることに気づいてないのだろうか。家庭崩壊してないか。謎だ。

メールしなくなって数ヶ月後、飯田さんと同じ高校の男から聞いた話によると、飯田さんがある日から急に福山雅治似の男が運転する、ウン千万はくだらないであろう高級車で送り迎えされるようになって、学校では有名だという。「彼氏は30歳の金持ち」と自慢していて、クラス女子から羨望の眼差しだと。

マジかー。さっさとその会社潰れねえかなー。みんなしねばいいのになー。

沼津の話によると、深夜にもかかわらず頻繁に数名の高校生マンションを出入りしているので通報され、事務所警察がやってきたが何もなく無事にすんだという。無事なのかよ。

新聞社にタレこもうと思ったが、タレこみ方法も知らないし話しか知らないので証拠もないしで、どうしようもなかった。

高校卒業後、沼津はそのバイト先をやめ先輩に誘われたという土建屋就職して、松川会計士になりたいとか言って専門学校へ進んだ。

風の噂で飯田さんは年上の金持ち結婚して、今は隣町のホテルで働いてると聞いた。

高校の頃は沼津たちが言うマンションの2階に事務所があると看板が掲げられているのを確認しているが、高校卒業して2年もすると、気づけば看板はなくなっていた。

そんなクソな会社、さっさと摘発されるだろうと思っていたが摘発されたなんてニュースは無いし、今となっては会社名でググっても情報は何も出てこないし、その社長とそのクソ会社がどうなったのかはわからない。

もう10年以上沼津とも松川とも連絡とってなくて、奴らが今何してるのかも知らない。

今思えば、高校生が毎月20万も稼いで税金はどうしてたんだろう。沼津から松川からも、確定申告だとか税金だとかって話は聞いたことがない。

コンプライアンスかい言葉をまだ誰も知らなかった、野蛮だった15年前の話。

2019-01-10

anond:20190110132547

良い事として消化されてるのがいいとおもう。ところで。

小学生の頃から爆笑オンエアバトルを毎週チェックして漫才コント落語にのめり込んでいたのだが

ここ!

爆笑オンエアバトルって何キロバトルですとか女子アナボール数える奴だよな?

詳しそうなので聞くが

応援団のような暴走族のような銀蝿のような集団がいたよね。彼らの名前なんていうの?

内容はすっかり忘れたけど凄い笑ったのだけ覚えてて気になってる。

新聞に投書したら知らない婆ちゃんに合わされそうになった話

中学時代新聞に投書した。

普段老害丸出しのうるさいジジイ読者ばかりの投書欄が週に一度だけ小学生から高校生の投書のみ掲載する日があり、

ある日暇潰しで読んでたら俺と同じ中2の投書で「ぼくは、お米が好きです。お米は日本人の誇りだと思います」なんていう誰でも書ける幼稚でアホみたいな作文が乗っており

このレベル掲載されるなら俺も楽勝だろう、と掲載されたら貰える図書カード3000円目当てに送った。

もともと深夜の芸人ラジオ雑誌読者投稿大喜利コーナーで度々採用されていたので、こういうのは採用される自信があった。

俺は、それが学生時代青春と言い切れるほどお笑いが好きで、小学生の頃から爆笑オンエアバトルを毎週チェックして漫才コント落語にのめり込んでいたのだが

小学校時代めちゃイケワンコーナーしりとり侍」での、しりとりに失敗すると袋叩きにされるという演出批判され放送中止になるという出来事があり、

それを元に「俺はお笑いが好きだが、これは暴力であって笑いではない」みたいなことを国語の作文の授業で書いたら

矢鱈と先生にウケがよく、プリントアウトされ全校生徒に配られ、それをもとに議論するみたいな特別授業までやらされて、「大人が求める文章」というのもなんとなくわかっていた。

で、小学校の時に書いた「お笑いは好きだがバラエティーの暴力描写ダメだ」的な内容を中2なりにリライトしたものを投書したら見事に採用され、俺の投書が朝刊に掲載された日、学校に行くと国語先生担任が滅茶苦茶テンションあがっておりべた褒めされた。

自宅にも、普段滅多に合わない色んな親戚から電話が次々かかってきては褒められた。

大人子供に書いてほしい文章」というツボを見事に捉えた。

数日後、新聞から待ちに待った図書カードと共に編集部による俺の投書への評が届き、

「きみの観察眼は見事だ、思い起こせば今のテレビお笑いがこうなったのはタモリが登場してからであり~」で始まる、終始タモリdisをしている謎の内容で

「いやいや、確かにタモリもドッキリ特番の司会やってたみたいだけど、バラエティー番組を過激にしたのはどちらかって言えばたけしでしょ」と、編集部オッサンはどこかズレていると思った。

そんな俺の周りでの新聞投書フィーバーが過ぎ去った数週間後、自宅に新聞から電話があり俺と話がしたいと言ってるとかで、何事かと電話に出てみると

「あるお婆ちゃんの読者から問い合わせがあって、戦争とき友達漫才をやって周りを明るくしていたらしいんだ。お笑いも好きだし、ぜひきみと合ってその話をしたいと言っている。その様子を記事にしたい」

えー!無理無理無理!!知らない婆ちゃん戦争の話聞かされるとか無理!絶対寝る!1ミリも興味ねえ!拷問

いや、そりゃ戦争の話聞いた感想書けって言われたら、大人が望む文章は書けますよ。

でも投書と違って、行っても何も貰えないっていうし、何が悲しくてただただ知らないババア戦争の話聞かされなきゃならんのだ。俺はボランティアじゃねえぞ!新聞に俺の写真が載るのも御免だ!

そんな何の魅力もない誘い話、乗るわけないじゃない。電話の向こうの記者はえらく食い下がったけど、とにかく断った。

後日また新聞社より電話があり、「実はそのお婆ちゃん20歳の孫がいて、最近漫才師としてデビューしたらしいんだ。そのお孫さんときみとで、漫才をしてほしいらしいんだ。その様子を記事にしたい」

いやいやいや!この前の話より更に地獄度が増している!

知らない婆ちゃん戦争話聞かされて、デビュー間もない若手芸人だという孫と、どうせウケる訳もない寒い漫才させられて、何の報酬もない割に俺の労力がえぐい

だいいち、俺中2だぞ。相手二十歳だぞ。そんな知らんガキと漫才しろだなんて、向こうも困るだろ!芸人とはいえ、知らん兄ちゃんと急に対面させられても何喋っていいかわかんねえし!

無茶振りがすぎる。

もちろんお断りし、記者も食い下がったが長い押し問答の末ようやく記者も諦め、そこから電話が来ることはなかった。

どんだけ記事ネタ不足だったんだ。

まあ、日々平凡に暮らす中高生諸君にとって、急に大人たちから褒められる新聞投書は面白いのでオススメしたい、と言いたいところなのだ

今の時代そもそも新聞とってる家庭がないもんな~。

ネット文章書けるような学生学生に限らずみんなもね!)は、何かしら投稿すると良いことはあるし面白いからやってみると良いよ~。

2017-12-05

とろサーモンを見て思うこと

10数年前、九州の片田舎市民会館か何かで

お笑いライブを見に行ったことがある。

そこにとろサーモンがいた。

当時、 爆笑オンエアバトルかに出ていたか

無名新人という扱いでもなかった。

彼らはネタ前に軽い客いじりをしだしたが、

こちらは田舎で、あまりお笑いライブを見慣れていないか

ノリが悪かった。

それに対して、何と言ったかは覚えてないが、

シュッとした方がお客さんに悪態をついた。

嫌な奴だなと思った。

もう一人は面白い顔だけど、

こっちが嫌な奴だから、もう見たくないなと思った。

そしてM-1グランプリ

それまでの間、まったく見なかった訳でもないが、

先日のM-1を見て驚いた。

シュッとした方の嫌な感じが抜けていた。

何だろう。嫌味が消えて

しろ柔らかい雰囲気さえ出てた。

努力したんだろうな。と思った。

よかったね、優勝おめでとう、村田さん久保田さん。

昔のもM-1のも面白かったよ。

2007-05-22

日本芸能界を想う

どこからどう話していいのか……

うまく整理が付かないが、ウッチャンナンチャンって最近自分たちの座を他の芸人に奪われている感じがするな。くりぃむしちゅうとか。

みのもんた筑紫哲也の後釜になるんだろうか。そんなに仕事が好きなのか。みのみのみのみのミノばっかり。そういえば、タモリは、

テッチャンだったな。

もしも明日が雨ならば、愛する人よあの場所で、誰が言ったか知らないが言われてみれば確かに聞こえる、さよならは別れの言葉じゃなくて、

セーラー服ガンキャノンキャシャーンがやらねばミノがやる。チャカポコチャカポコ。

いきなりですが、ここでウンチクです。

シシマイを担いでサングラスをかけ、滑りまくる漫談を売りにし、下目づかいの「ちゃあ~」でおなじみの吉本芸人たむらけんじ大阪出身

ですが、最近になって爆笑オンエアバトルを皮切りにモノマネ番組で一気にブレイクしたイケメンツッコミ井上聡と「お前に喰わせる

酢豚はネー」でバカウケの河本準一コンビ次長課長は、90年代関西深夜番組レポーターとして不遇な次期を過ごしました。

ネッシーはいてる。

本人たちが面白いと思っていれば、いつかその想いは通じるのです。

トイレがつまったクラーシアンですゴヒャアクゴヒャク。水が漏れてるいい男。

うまく伝わったかどうかは分かりませんが、最後にみなさんにこの言葉を贈ります。

ニンテンドーDS Lite 欲しい!

ありがとうございました。

 
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