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2022-05-20

90年代前半のオリコン月間ランキングを眺めて知らなかった歌手ピックアップしていく

オヨネーズ麦畑

1990年1月の3位。わざとらしく東北弁を効かせたデュエットソング。90万枚の大ヒットだったらしい。

地方出身アーティストが真面目に歌っている…というわけではなく一種コミックソングの扱いだったようだ。

CoCoはんぶん不思議

1990年2月の8位。90年代前半に活躍した女性アイドルグループらしい。

おニャン子モー娘あいだの「アイドル冬の時代」において気を吐いていたアイドルの一つという感じか。

高野寛「虹の都へ」

1990年2月の13位。線の細い感じの男性シンガー

パッと聴いた感じは徳永英明稲垣潤一と似たような印象を受けた。

THE FUSEBoysGirls」

1990年3月の16位。ホコ天で人気のあったロックバンドらしい。

かにそれっぽい曲調。明るくノリのよいビートロック

AURA「愛・オーランド

1990年4月の19位。イカ天出身ヴィジュアル系バンド

当時のヴィジュアル系ってだいたいメタルパンク由来の「硬派」「尖ってる」感じを出してるイメージだけど、

このAURAは、ヘビメタ色の薄いコスプレ的な見た目、コミカルなほど明るい曲調など、後年のヴィジュアル系にかなり近いと思った。

NORMA JEAN「GET A CHANCE!! 」

1990年5月20位。イカ天出身ガールズバンド

いかにもプリプリの影響を受けて出てきましたという感じ。時代を感じる。

ribbon「あのコによろしく

1990年8月の19位。CoCoと同じテレビ番組から登場したアイドルグループらしい。

永作博美ってこれでデビューした人だったのか。

SHORT HAIRS「トランジスタグラマー

1990年9月の18位。レベッカNOKKOが、NORMA JEANの元ギタリストと組んで、レベッカ解散直前に一曲だけ出したもの

ギタリストの人がNOKKOのヘアメイク担当していた繋がりらしい。

BY-SEXUAL「FLAPPER」

1990年11月の19位。正統派な感じのヴィジュアル系ロックバンド

Wikipediaによると「日本一下手なバンド」として有名だったらしい。

丸山みゆきFIRE

1990年11月20位。テレビドラマスクールウォーズ2」の主題歌ということで、1の主題歌ヒーロー」を意識した洋楽カバーにしたんだろうか。

他の曲を聴いてみると、もっと大人しいアイドル然とした曲を歌っていたようだ。

晴山さおり「一円玉の旅がらす

1991年1月の18位。NHKみんなのうたからヒットしたという演歌調の曲。歌手は当時16歳。

消費税導入で(端数を支払うための)1円玉に注目が集まっていたという背景もあるらしい。

BAKU「ぞうきん」

1991年2月の16位。ホコ天出身らしい。

学校に提出するぞうきんのことを歌った明るいユーモラスな曲。

児島未散ジプシー

1991年3月の6位。物悲しい雰囲気歌謡曲

先日亡くなった俳優宝田明の娘らしいが、宝田明あんまりピンと来ないな…。

KATSUMI「Just time girl

1991年5月の6位。爽やかで癖のない男性シンガービーイング系っぽい(ビーイングではない)。

障子久美「あの頃のように」

1991年6月の13位。松任谷正隆プロデュースデビューした女性シンガーソングライター。

歌唱力で売っていた感じなんかな。ちょっと広瀬香美を思い出した(デビューは障子久美のほうが先)。

上田知華I WILL

1991年8月の19位。楽曲を聴いただけではあんまり引っかかりのない普通の曲だという印象。

当時からいろんな歌手楽曲提供して実績のあった人らしい。その中でいちばん有名なのは今井美樹の「PIECE OF MY WISH」か。

昨年亡くなったらしい。

L.L BROTHERS「L.L BROTHERSのテーマ

1991年10月の7位。ヒップホップ系。まだヒップホップが広くは定着してない頃だよねたぶん。

テレビ企画高校生制服対抗ダンス甲子園」で優勝してデビューしたらしい。

SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも

1991年10月の15位。何だと思ったらサザンオールスターズ桑田佳祐だった。

加納さん「加納さんのいいんじゃないっスか」

1991年10月20位。何だと思ったらウッチャンナンチャン南原清隆だった。

楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」

1991年12月の7位。ピアノを弾きながら歌ってる映像を見て「愛は勝つ」のKANかと思った。

ピアノ弾きながら歌う系男性シンガーがちょいちょい出ていた時代だったのかな。

山本英美Christmas in the Blue

1991年12月の16位。名前女性かと思ったら男性シンガーだった。

「X'mas in the Blue」と「Christmas in the Blue」とがあって発売時期も違うみたいだが何が違うかよくわからない。

中西圭三Woman

1992年2月の13位。声のいいおっちゃんが歌ってるソウルっぽい楽曲

ZOOの「Choo Choo TRAIN」とブラックビスケッツの「Timing」の作曲者なのか。そう聞くとなんかすごい。

デイト・オブ・バース「ユー・アー・マイ・シークレット」

1992年2月の19位。アーティスト名も楽曲名も歌詞英語洋楽かと思った。

妖しげでトリップ感のあるサイケ楽曲時代を感じさせない。個人的いちばん気に入った。

島田歌穂ステップバイステップ

1992年3月12位。これは洋楽カバーなのか。ミュージカルっぽい発声…と言われたらそうかも。

エリート一家に生まれ英才教育を受けて子供の頃から現在まで芸歴を重ねているらしい。すごい(小並感)。

GAO「サヨナラ」

1992年7月10位。性別不詳の歌手っていうコンセプトがすごいな。確かに見ても性別わからん

RABBIT「Thank you my Girl

1992年7月17位。当時としてもオールスタイルだったのではないかと思われる正統派ロックバンドっぽい感じ。

イカ天出身バンドの中では最初メジャーデビューしたらしい。

KIX-S「また逢える…」

1992年8月の8位。B'zの女性版として企画されたらしい。

ビジュアルはまさに女性版B'z。こういうタイプ女性デュオって他にあんまり思い浮かばないし新鮮だな。

でも楽曲あんまりそれっぽくないな。VガンのEDテーマ歌ってる人なのか。そっちの曲は知ってた。

陣内大蔵「心の扉」

1992年8月の16位。じんのうちたいぞう。すごい名前だ。本名らしい。なんかネットリした歌い方をしてる。

西川幸一リキッドマン

1992年10月の15位。ユニコーンドラマーらしい。

当時、ユニコーンメンバー連続ソロシングルリリースするという企画があったらしく、この曲はその一環ということのようで。

なぜこの曲だけランクインしたのだろう…。

浜田麻里Cry For The Moon

1993年2月11位。女性ロックシンガー草分けとしていくつかのヒットを飛ばした人らしい。

雰囲気としては大黒摩季っぽいかもしれない(もちろん浜田麻里のほうがデビューは先である)。

久松史奈天使の休息」

1993年2月の18位。こちらも女性ロック歌手らしい。

なんか系譜を感じるな。もうちょっと後に相川七瀬とかが出てくるのか。

USED TO BE A CHILD「僕らが生まれあの日のように」

1993年3月の6位。出生率低下を受けた厚生省の「ウェルカムベビーキャンペーンの一環として結成されたチャリティーグループらしい。

メンツ小田和正チャゲアス飛鳥カールスモーキー石井玉置浩二徳永英明浜田麻里山本潤子となかなか豪華。

ちなみに翌年1994年出生率ちょっと回復したらしい。

MULTI MAX勇気言葉

1993年4月17位。こちらはチャゲアスチャゲを中心としたユニットらしい。

チャゲの歌い方って単体で聴く井上陽水に似てるな。

THE WAVES「WE ARE THE CHAMP 〜THE NAME OF THE GAME〜」

1993年5月の13位。これはサッカーの「オーレーオレオレオレー」か。Jリーグ開幕だなあ。

ZYYG「君が欲しくてたまらない」

1993年6月の3位。グループ名と曲名ビーイング系っぽいと思ったらビーイング系だった。

デビュー時は二人組、曲調はロック色が強い感じで、ちょっとB'z的なコンセプトだったのだろうか。

コルベッツ「瞳を僕にちかづけて」

1993年6月20位。ちょっと古くさいロックバンドという感じ。いまでもメンバー変わらず活動しているらしい。

本城裕二「夢 with You

1993年7月の6位。テレビドラマ「チャンス!」の企画として、久保田利伸の同名の曲を、主演の三上博史が役名でカバーしたもののようだ。

Z団「江ノ島

1993年9月の6位。サザンオールスターズ絡みの企画らしい。よくわからん

Voice24時間の神話

1993年9月17位。男性二人組ユニット双子らしい。ちょっとフォークっぽい曲調。

久宝留理子「男」

1993年10月の13位。女性目線で男を扱き下ろす歌詞おもしろい。ちゃんと本人の作詞なのも良い。

REV抱きしめたい

1993年11月の15位。ビーイング系。クソイケメンやな。

もともとZYYGベースの人と二人で組む予定だったのが音楽性の違いにより決裂してソロユニットになったらしい。

ちなみにZYYGベースの人は音楽性の違いによりZYYGからも早々に脱退しているらしい。

松田樹利亜「だまってないで」

1993年12月の16位。ほのか90年代後半っぽさが混じってきた気がする。

何も知らずに「実は小室ファミリーですよ」と言われたら信じるかもしれん。

高山厳「心凍らせて」

1993年12月の19位。こっちはド昭和だなあ。分類としては演歌になるのか。

東野純直「君だから

1994年2月の19位。爽やかな感じの男性シンガーいかにも90年代っぽいバラード調の曲。

いまは「支那ソバ玉龍」というラーメン屋をやっているらしい。音楽情報ラーメン情報が入り交じるTwitterアカウントおもしろい。

熊谷幸子「風と雲と私」

1994年3月12位。松任谷正隆に見いだされて他のアーティストへの楽曲提供も多数。「第二のユーミン」という異名もあったらしい。

この曲は明るい前向きな感じだけど、他の曲を聴いてみると郷愁を誘うような独特な曲調でちょっとジブリっぽいかもしれない。

池田聡「思い出さない夜はないだろう」

1994年3月の19位。80年代ぽさもある哀愁の漂う歌謡曲という感じ。

藤川賢一「大切な君の胸へ…」

1994年3月20位。しっとりとして高音が綺麗な曲。曲調だけならビーイング系DEENとかFIELD OF VIEWっぽいかもしれない。

To Be Continued「君だけを見ていた」

1994年4月の7位。楽曲としてはあまり癖のない感じ。ボーカル岡田浩暉俳優としてよく見かける(名前は知らなかったけど)。

ICE BOX「冷たいキス

1994年5月12位。こういう氷菓子あったよな、と思ったらガチ森永の「ICE BOX」の企画で結成されたグループらしい。

しかボーカル女性以外のメンバーは、中西圭三池田聡・(久宝留理子「男」を作曲した)伊秩弘将という、この記事で取り上げた人たちばかり。

点と点が線でつながった感覚やね。なんかこの曲の「令和バージョン」もあるらしいよ。

橘いずみ永遠パズル

1994年5月の19位。「女・尾崎豊」と言われたらしい。

暗めの歌詞をパワフルに歌う女性シンガーっていうとあいみょんあたりの先祖なのかもしれんね。

GEISHA GIRLS「Grandma Is Still Alive

1994年8月17位。お笑い芸人ダウンタウン白塗り芸者コスプレして歌うという企画らしい。作曲坂本龍一

Be-B「憧夢~風に向かって~ 」

1994年8月の14位。ソロ女性シンガー

見た目はかっこいいんだけど歌は意外にポップというか可愛らしい。ちょっとリンドバーグっぽいか

しまえに「家、ついて行ってイイですか?」に出演していたらしい。

山下久美子DRIVE ME CRAZY

1994年11月の18位。80年代から活躍しているアイドル(?)らしい。

この頃には30代半ばのはずだけどコロコロとした可愛らしい声だな。

Wikipediaによると「胸キュン」という言葉最初に発した人物だとか。マジかよ。

Dual Dream「Winter Kiss

1994年12月20位。男性ツインボーカルというのが特徴的だ。雰囲気TUBEっぽい。冬だけど。

ソースhttps://cd100.net/oricon/

2022-02-27

どんなキチガイじみた病にも社会性がある

視点死刑とは心の中に植え付けられた観念視点へと変質し、常に内面を除かれ内側から支配さる状態を指すがこのような気味の悪い病にも社会性があると思われる。

例えば松本人志の「遺書」がそうである。この松本人志の「遺書」が日本お笑い会に多大な影響を与えたことに異論はないだろうが、お笑い会のみならず一般社会にも多大な影響力をもったのもまた事実であろう。

一般人が「俺はどちらかと言うと突っ込みタイプ」とか「俺はどちらかと言えばボケ」だなとか言い出したのはどう考えても「遺書」以降であるし、当時はみんな松本人志の真似をしていた。

遺書」の中にちりばめられたさまざまな言葉哲学思想テレビ会を良くも悪くも「汚染」したのも事実であろう。

遺書」以降日本テレビ番組がつまらなくなってしまったのは疑いの余地の無いところである

で、その理由として松本人志言葉観念化し、テレビ会を凝視する視点へと変質してしまったと考えることは出来ないだろうか。

このボケ突っ込みをしたら松本人志につまらないと思われるの恐ろしく、笑いの質を変えざるを得なくなってしまった可能性はないだろうか?

松本人志的なあるいはダウンタウン的な笑いが日本中を席巻し芸人一般人もパクってたし、はっきし言ってそれはつまらものしかなかった。

日本テレビ番組は「遺書」以降どんどんつまらなくなっていった。

たとえばビートたけしが昔に比べてつまらなくなったのも、素直に笑いたいけど笑えなくあの、ビートたけし特有の「ニヤリ」とした笑いかたも「遺書」以降によく見られる現象である

私はビートたけしバイク事故も「遺書」に敗北感を感じたビートたけし自殺だったという説を持っているがどうであろうか?

最近お笑い芸人は何でもかんでも突っ込み、しつこいし、これは浜田雅功のパクりとしか思えないし、ワイプに映るタレントの笑い顔も「笑わなきゃならず笑ってる」という感じで素直な笑いではない。

最近の笑いはボケから突っ込みまで全てが予定調和でつまらないし、そこにはやはり松本人志の「つまらない」という視点があり「つまらない」と思われるのが怖いからではなかろうか。

どう考えても松本人志の「遺書」以降日本テレビ番組は変質してしまった。(そんななかお笑いの質が遺書以降も全くぶれなかった島田紳助は流石と言わざるを得ず引退が非常に惜しまれる)

笑いコンビ別にどちらがボケでどちらが突っ込みという決まり事なんかないのはたとえば、とんねるずウッチャンナンチャンを見ればあきらかで、

その時々の状況に応じてどちらが突っ込んだりボケたりすれば言い訳別にお笑い形態としては、必ずしもどちらがボケでどちらが突っ込みといった役割分担が必須というわけではない。

ウッチャンナンチャン的、とんねるず的なお笑いコンビもっといてもいいわけである

ダウンタウン以降、ほとんど全ての笑いコンビボケ突っ込み役割分担がはっきりしており、今は昔ほど酷くないが少しでもダウンタウン的な要素があるとつまらなく感じるのであった。

兎に角松本人志視点テレビ会に内在化されてしまたことは疑いようのない事実である

明石家さんまですら、松本人志視点を感じながら番組に挑んでるのも全く事実であろう。

ボケ突っ込みがしつこく見てて楽しいとは思うが正直疲れる。

ダウンタウンも歳をとりもうすぐ還暦である。流石に昔程の輝きはないが、ダウンタウンがどんどんつまらなくなっていくのと日本テレビ番組がつまらなくなっていくのは軸を一にしており、繋がっているとは言えないか

番組制作スタッフ本音を言えば正直松本人志視点邪魔で重苦しく感じているのではなかろうか?

私に視点死刑の刑が執行されたのも、「遺書」の発売年とほぼ被るし、私を自分支配下に置こうとした彼は松本人志の芸風をよくパクっていた。

気味が悪く絶対に誰も同じ目にあいたくない視点死刑という刑罰も実は彼のオリジナルではなく社会性があったのであり、私を支配下に置こうとした彼も時代の手のひらの上で踊らされてたのである

2021-10-25

anond:20211025093406

ウッチャンナンチャンコント番組ナンチャン加山雄三の扮装をして「ぼかぁ、ぼかぁ、ボカボカボカボカ」とか言いながら頭を殴りだすコントがあったような気がするんだが覚えてる人いるか

2021-10-19

anond:20211018162902

ウッチャンナンチャン意味から考えると前半と後半で対になっているように思えるけど

実際は ◯ッ + ◯ン ◯ン ◯ン の1対3の構造になっていて、そこを押さえた言葉を挙げた人は少ない。

しかも1個目の ◯ン と3個目の ◯ン がまったく同じ意味&音であることも踏まえていて完璧。すごい。

ちなみに意味的には「ウッチャン」「ナンチャン」で音的には「ウッ」「チャンナンチャン」という

意味と音のポリリズムピコ太郎のあれも一緒で

意味が「ペン」「パイナップル」「アップル」「ペン

音が「ペンパイ」「ナップル」「アップル」「ペン

と独特の印象を与える効果がある。

2021-07-15

 ドリフターズは、昭和44年から昭和62年まで続き、最高視聴率50.5%を記録した、TBSの土曜夜8時「八時だよ!全員集合」において、過度のいたずら、食物を大切にしない態度、汚い言葉かいいじめ思考などを子供達に植えつけ、そのモラルを引き下げた。

 タモリはそれまでタブーだった地方田舎)を馬鹿にする言葉について、テレビに「市民権」を持たせた。

それ以前は、東北四国九州などを、少しでもその都市化の遅れゆえに貶めるような発言は、

テレビの中では、絶対的ご法度だった。ほんの少しでも、地方馬鹿にした言葉が誰かの口から出ると、

 「ただいま、放送不適切発言がありましたことをお詫びいたします・・・・・・」

 と謝罪言葉を、司会者は述べさせられていた。しかタモリは、

 「イーじゃねーか、本当のことなんだから」などとニヤニヤ笑いながら言い、「チバラギ、ダサイタマ」などという言葉放送に乗せ、地方田舎)を馬鹿にする風潮を、テレビの中に定着させた。

 現在テレビ番組では、シロウト参加者などが、

 「どちらからいらっしゃいました?」

 「岩手です(あるいは、秋田高知鹿児島など)」

 「それは、またドイナカから(笑)!」

 などという出だしのシーンがよく見られ、またそのシロウト参加者

 「ボクにも笑いが取れました」

 とばかりにうれしそうな顔をするが、まったく嘆かわしいことである

方言は、その地方の人にとっての昔から伝統的な標準語である

それを一方的に笑いものにすることが、果たして許されるのか?

 なお沖縄は、政治的問題を抱える地域なので、こうした笑いの取り方は、少なくとも

オンエアされる画面からは、見出すことは皆無である

 タモリについては、「社空きの化粧厚塗りギャグ」のように、人の悪口面白おかしく囃したてる、心の荒んだトークについても、「許容されないライン」のかなりの引き下げに、関与した罪は大きい。

 80年代ビートたけしも、

 「おメエ、馬鹿ヤロ、なーに言ってんだよ、コマネチ!」

 などと笑いをとりながら、汚い言葉いじめ遊びをブラウン管に乗せた罪は、免れられない。これは、現在の極まりない悪意に満ちたいじめなどと比べれば、ずっと無邪気な、許されてもいいようなレベルのものではあるが、次世代に一層の悪化をまねいたその足場を作ったものとして、責められるべきものは、間違いなくあった。

 ビートたけし最近は、映画監督文化人としてのイメージを高めているが、たとえばベネチア映画祭グランプリを取ったのだとしても、悪いものは悪い、大いに批判されるべきタレントである。「早く死ね、このババア」といっていたことを、99年8月母親を亡くした後も後悔していないか、聞いてみたいものだ。

 90年代前半のとんねるずは「うるせえんだよ!」ダウンタウンは「じゃかあしい、このガキ!」とテレビカメラライブ会場に向かって、青筋を立てて怒声を浴びせるところまで、凶暴さを増した。よりキレた、狂的な凄みで押しまくるスタイルいじめも一層残酷で、理不尽ものとなっていった

 90年代後半に台頭してきたナインティナインウッチャンナンチャンロンドンブーツ1号2号は、それと比べると一見、やや静かで落ち着いた、おとなしい話し方をするが、サッと一瞬人の隙を突いて見せるようないじめ暴言などは、一層いやらしさを増し、カマトト顔の裏で、陰湿さをさらに増した性格が、見てとれる。

 こうしたタレントの作り出す“笑い”びたりとなっている子供たちが、弱いものいじめに走るのは、

必然的とさえ言いうるものであり、彼らの番組スポンサードする企業たちには、“社会的存在

としての自らについての認識が、決定的に不足していると、言わざるをえないのである

2021-06-15

お腹調子名前が分からない増田住まい楢川がえ真ナノしうょ値の金尾(回文

ゲーリーゲーリーホームラン

ゲーリーゲーリーホームラン

ゲーリーゲーリーホームランここで一発ホームラン

おはようございます

あのさ

痛んだものを食べたとき人間の体内のメカニズムでそれを排出するメカニズムってあるじゃない。

具体的に言うとお腹が痛くなるとか、

用を済ましたら痛いの治っちゃうあの即完!ってときあるでしょ?

それこそ人体の強力な酸である胃酸で

そういう悪い要素も溶かし切っちゃってそこで処理できちゃいそうなんだけど。

そこが人体の不思議というか

お腹痛いというか

トイレ行きたいというか

まあそんなところかしら。

そういうメカニズムって不思議だわー。

そもそもとして、

ギリギリ行けっかなーって思って食べたトマトトマトだったのかも知れないし

ちゃんと煮込んで火を通したんだけどねぇー。

夏場なので夏にしろあらず

気を付けたいと思うわ。

この時期すぐものが痛んじゃうから要注意ね。

うそうあと思い出したんだけど、

ドラマ寺内貫太郎一家って私マツコデラックスさんバージョンしかたことないんだけど

もともとは小林亜星さんだったのねって今知ったし、

今朝はそんなニュースたくさん流れているとともに、

いままでキキとララって名前かと思っていたサンリオキャラクター

リトルツインスターズってコンビ名だったってことに今それこそ知ったし、

キキとララじゃないのね?ってビックリ

ウッチャンナンチャンコンビ名がウッチャンナンチャンだって言うことも

それと近しく似ているわねって思ったわ。

サンリオ投票リトルツインスターズってあったからキキとララ芸名変えたのかよ!って思ってたけど、

正式コンビ名で呼ばれていただけのことだったのね。

世の中正式に知らなくても過ごせていけるいか適当物事が執り行われていると思うと

ふーんて感じだし、

よく目にするけど実は名前知らない物だってたくさんあると思うし

よく聞くのだと

世界は救えないけど金魚は救えるあの金魚すくいの「ポイ」

ラーメン屋さんで大将しか出せない麺を湯ギル技を繰り出すあのザルの「てぼ」

食パン袋を留めると見せかけてあれを四等分にパキパキ折り曲げて切る感触気持ちいい水色のあの「バッククロージャー」ってな感じかしら。

でもあのバッククロージャーって絶対流通浸透してきてから

急にかっこいい名前を名乗りだした感じがして

ファイナルファンタジー主人公達がオープンカーに乗って楽しそうなんだけど

全員真顔って感じがして

それ後出しジャンケンでしょ?

バッククロージャーってって思わざるを得ないわよね。

あと何かよく見るけど名前を知らない物ってたくさんあるとおもうから

きっとこの夏の自由研究アイデアとしてこれあげるから

名前の知らない物一覧表を作って

フリップこしらえて

フリップ芸みたいに仕立てたら私夏休み自由研究も楽しくなると思うなー。

最初3つぐらいは真面目にしていてあとの残りはもうボケ倒す例のあのやつよ。

でもまた私最近知ったのが世界レヴェルでみんな知ってるのかしら?って思う

ベゼル」っての

枠っていいなさいよ枠!って思うけど、

すていちゅーんいんとうきょーぱーりなぁーい!

うそんな世界レヴェルで見付からない

どこを探しても見付からないと思ったら、

それ「ベゼルレス」って

それなら「枠なし」っていいなさい「枠なし」って!

橋本環奈ちゃんも「摩擦レス」って言ってる場合じゃないわよ。

あとフランスパンの焼き上がったときに出来る斜めの切れ込みの名前とかも正式名称があって

ほらここここをこうこうここ!

って名前が分からないわ。

あの切れ込みの名前

あと石油タンカーが積み荷の油を荷下ろしたあとに重さを調節するためにまた再びタンカー内に汲み入れる水。

あの名前なんだっけーって

もう本当にあの名前だけ集の

絵で見る!あの名前なんだっけ辞典ってあったら私欲しいわ。

海老エビデンス海老天丼っすってぐらい

それはあくまで結果であり目的でないことは確かよね。

うふふ。


今日朝ご飯

ハムタマサンドしました。

サンドイッチマトリックス表で

軽さ重さがあるなら、

ハムタマサンド

軽くてパクパク食べれるから

軽パクってところかしら?

軽くもなく重たくもなく中間ぐらいね

デトックスウォーター

困ったときレモン頼み。

忙しいとき炭酸レモン果汁搾りウォーラーよ。

炭酸もいいけど弱炭酸のもあってもよくない?


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-04-19

美味しい料理を食べて叫んだことある

「うおおお~~~!!こんな美味い○○は生まれてはじめて食べたぞォ!!」

 

って主人公が作った料理辛口評論家が食って感嘆するのがグルメ漫画定番だけど

リアルでそんな経験したことあるならぜひ聞いてみたい。叫ぶ以外でもこんなリアクションしたことあるなら

 

・泣く

・踊りだす

・脱ぐ

トロ顔になる

・手掴みで食べだす

・爆発する

中毒症状になる

幻覚症状になる

・パァンと柏手をうつ

絶頂する

・口からビーム出す

臨死体験する

宇宙の真理を見つける

山岡の鮎を貶す

超サイヤ人になる

・味の調和ウッチャンナンチャンで例える

・牛の乳に挟まれながらカヌーを漕ぐ

2021-03-01

もしノスタル爺の舞台現代だったら

恋人はまぁ諦めるしかないとして、28年前のコンテンツを語り合う同好者はネットいくらでもいるかタイムスリップしなくてもあの頃の思い出の中に浸って暮らせそう。

テレビをつけたら、たけし、さんまタモリダウンタウンウッチャンナンチャンとんねるず...と28年前と変わらない面々が迎えてくれる。

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2020-01-26

お笑いフェス見に行ってきたんだけど、年取ると若い人の笑いが高度で笑うより感心ばかりしてしまった

かい笑いが伏線のように扱われて一つの大きな笑いにつながってみたり、ボケてつっこんでるんだけど、そのつっこみ自体ボケ役割に切り替わってボケ役が、どういうこと?って態度してつっこみ役がセルフつっこみでさら構造化させてみたり、とにかくなんていうか多彩なお笑いを見せてもらった

ウッチャンナンチャンくらいでテレビが壊れて以降テレビなしの生活から流行とかまったく知らないんだけど、今のお笑い芸人って賢さをまったく隠さないんだな

よくあんなの考えつくよ、みんな

とにかくすごかった

2019-11-21

命名者で確定?(雑感)

89年に大学生になった今はオッサンとして。

中森明夫 という方が「おたく」の命名者、ということが今の正史らしいけど。

当時というか少しあとか、たしか七人のおたく』とかい映画があったような・・・ウッチャンナンチャン江口洋介が主役?の。あの中では武田真治の役が劇中では最も揶揄されてたか?例の宮崎事件のあと、ヤンジャンだったかにモロに犯人犯行を題材にした読み切り掲載されてた。その頃にカメラ店バイトしてたんだが、よく来る顧客の一人に犯人と同姓の方がいて、事件後に端でみても分かるくらい憔悴した容貌で、卑下自虐開き直りからくる暴力性みたいな雰囲気を醸しだされるのが接客するたび怖かった。中古品の売買もやってた店舗なので、犯人が使ってたと報道された機種を売り払う人の騒ぎで店頭に該当機種がなかなか売れずに棚から溢れたことも懐かしい。それから90年代中頃には「オタッキー」という呼び方を(自分は違うとおもってる)一般人からされてたような。

https://togetter.com/li/1432754

https://note.mu/mogura2001/n/ne524c58ea432

http://www.burikko.net/people/otaku.html

しかしこの中森明夫という方は当時なんでこんなに文中で悪意をブツけてるんだろうな。ちなみにたびたびテレビコメンテーターで出演してるのを見掛けたが某アイドルダジャレじゃん名前、としか印象がなかった。ご尊顔も七三分け?にメタルフレームに細い眼の文系大人しそうで強い特徴のない容貌だったし。

追記

そうだこれは80年代中頃だけど、ネクラorネアカ(←こっちは完全に死語になった)論争?もあったな!たしか当時のタモリネクラ揶揄して、そんで新聞ネクラからの反対意見タイトルが『ネアカは信用できない』で、どっちかというとネクラ側の自覚があった当時中高生自分でも「必死だな・・・」と。んで、その頃の論調だと、アニメ絶賛放送中だったキン肉マン主人公(たぶん神谷明さん演じるあのウザい調子の)がネアカで、いやいやそれは浅田彰という方の「スキゾとパラノ」か。(そういやオレそのカメラ店浅田氏のパスポート用の証明写真を撮ったことあったわw)

2019-08-25

「人を傷つけない笑い」なんて存在するの?

よくダウンタウンお笑いは人を傷つける笑い、ウッチャンナンチャンのそれは人を傷つけない、みたいな言説を耳にするけど、そもそもウッチャンナンチャン面白いと思ったことがない問題もあるし

私はアスペガラスハートからちょっとしたイジりどころか自分やらかした変なことを指摘されてハハハみたいなのも心がチクチクする(どんな言動でも相手によっては傷つく)

そもそも笑いっていうのは「欠落部分を認識した時の場の共感」だと思っていて、誰かの瑕疵揶揄が込められてないと笑いなんて起こらないと思うんですけどどうなんですか???

教えて笑いの神様

2019-06-22

ナンチャン面白

ウッチャンナンチャンナンチャンウリナリ気分は上々を見ていた時は好きだったはずだけど最近は何が面白いのかわからなくなった。

なんで好きだったんだろう。

2018-11-09

ゴシップメディア限界

逆風に揉まれ岡村隆史に“救いの神”!?紅白総合司会に内定証言を入手(2018年11月9日 15:40

https://www.asagei.com/excerpt/115694

「『紅白』といえば、2013年放送された朝ドラの『あまちゃん』など自局のヒット番組とのコラボ企画はお手のもの。昨年の内村総合司会起用も、同局のコント番組LIFE!~人生に捧げるコント~』での実績を買われた格好です。そして、今年は人気番組の『チコちゃんに叱られる!』にレギュラー出演しているナイナイ岡村隆史がすでに内定しています」(スポーツ紙芸能デスク

紅白総合司会に2年連続内村光良さん(2018.11.9 15:41

https://www.sankei.com/entertainments/news/181109/ent1811090011-n1.html

 NHKは9日、大みそか放送される「第69回紅白歌合戦」の司会者を発表した。総合司会は2年連続お笑いコンビウッチャンナンチャン内村光良さん(54)と、桑子真帆アナウンサー(31)に決定。紅組司会は女優広瀬すずさん(20)、白組司会は人気グループ「嵐」櫻井翔さん(36)が務める。

1分でネタ崩壊

2018-09-23

anond:20180923021414

ウッチャンナンチャンコンビとしての芸やってるの見たことないんだけど

どういうのだったの?

2018-08-16

ウッチャンナンチャン凄さ

ウッチャンは大して面白い話をすることができない

ナンチャンは大して面白い話をすることができない

 

なのにウンナンフリートーク面白かった

2018-06-07

ココリコミラクルタイプ最強説

ウッチャンナンチャン面白さが分からない。

どこが面白いんだろう…?

過去面白いと思った番組

笑う犬の冒険 ←全然覚えてないけど好きだった。

ココリコミラクルタイプ ←これすごい大好きだった。なのにタイトル忘れた。

ピカルの定理 ←好きだったのにゴールデン行ったら変な方向に走り出した。やっぱり深夜枠が一番だった。

やらないかなココリコミラクルタイプ、またやらないかな

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