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はてなキーワード: 青空とは

2019-11-28

『天気の子』と『ジョーカー』の共通点と、その差異

2019年に印象を残った映画を上げるなら、僕は天気の子ジョーカーを上げるだろう。どちらも大ヒットをした作品で、どちらも非常に「似た要素」を持つ作品だ。

新海誠作品は前回の君の名はの時も、非常に似た要素を持つシンゴジラがヒットした。新海誠作品は、どうも数奇な運命作品に巡り合うらしい。

天気の子ジョーカー、どちらも公開時期は近いから、どちらかがどちらを参考にしたという事も無い。

しかし内容と、そしてモチーフまで非常に似通っている。

「都会で、周りの人にぞんざいに扱われる」「銃を手に入れ、物語を動かす狂言回しとして存在する」「どちらも既存の正しさに異を唱える作品

これらの共通点は、単に箇条書きマジックか、偶然だろうか。僕はそうではないと思う。

新海誠も、トッドフィリップスも、どちらも現代社会を描いた結果導かれた必然ではないかと思う。

しかしながらそのような大きな共通点がありつつも、その結果と印象は全く異なる。

トッドフィリップスジョーカーを「人の温かさを描いた作品だ」と言った。社会的思想だとあえて言わなかった。

明らかに現代社会風刺しているにも関わらず、だ。

先ほど内容とモチーフが似通っていると言ったが、実はその共通点の中に、二つの物語差異存在する。それはまさしく、「人の温かさ」なのだ

・都会での周囲の人の暴力

風俗店経営者と聞くと、多くの人は「ちょっと怖い」とか「金持ちそう」とか「褒められたものではない職業」と思うだろう。

これは天気の子主人公が都会や社会に対して抱いていた感情と似たものがある。

ジョーカーでは、その役割看板を壊した褒められた存在ではない不良、新卒サラリーに抱くちょっと怖く金持ちそうという存在に負わせている。

天気の子の須賀は主人公を体のいいコマとして使うが、同時に役目と居場所を与えている。

ジョーカーではその役目を、ピエロを雇う事務所と、精神科医が担う。ピエロであることで、役目を与え、向精神薬によって居場所を与えているのだ。

そして周囲の人の中に居た女性は、自分の事を気にかけている、までは一緒だったが、ジョーカーではそれは妄想だった。

ジョーカー母親妄想しか目を向けておらず、誰もジョーカーの事を見ていない。

天気の子主人公は猫に自分を重ねて助ける優しさを持っていた。

ジョーカーも、幼少期のバットマンの寂しげな顔に自分を重ね、笑わそうとする優しさを持っていたのだ。が。

・『銃』という存在

この銃は、両映画にとって「社会にとっては間違っている、主人公の正しさ」を象徴するアイテムだ。

二人が銃を手にした理由は違えど、持ち続ける理由は、同じだ。片方は風俗店経営者暴力(足掛け)をされたこと。もう片方は、不良に襲われた事。

社会に恐怖を感じ、自分の身を守る為に銃を持った。

しかし、その銃を持った結果には差異存在する。「銃を見た人の対処」そして「誰に向けたか」だ。

天気の子では、主人公銃をヒロインの前で撃った。標準を「自分を拒絶する社会」としての風俗店店員に定め、しかし恐怖か迷いかで弾は逸れる。

ヒロインは一回それを拒絶するも、主人公家出して不安に感じたことを理解した上、それを許容する。

そして主人公も、その自分勝手な正しさを投げ捨てるのだ。

ジョーカーでは、銃を小児病院で落とす。しかしそれに対して社会や人々は、ジョーカーが銃を持った理由理解しようとせず、拒絶した。

ジョーカーは部屋で銃を持ち踊る時、自分世界象徴である母親椅子に向けて標準を合わせている。結局ジョーカーはその正しさの行き場を失い、自己に閉じ込め、

電車のシーンでは「自分を拒絶する社会」としての新卒サラリーに迷わず発砲する。

天気の子では、あくまで向けるだけで発砲しない。自分の都合の良いように女の子を使って、いなくなっても気にせずに呑気に笑ってる人に対して、脅しとして使う。

主人公にとって世界は「自分を拒絶する社会」ではなくなっていた。主人公も同時に社会を拒絶していた事に気付いて、優しさに触れた。

女の子一人を見捨てる社会」に対して銃を向けていたのだ。かつて自分がそうなりそうな時に拾ってくれ、見捨てずに愛を教えてくれた一人の女の子に対し、同じことをしたのだ。

ジョーカーはその銃で、「男一人を見捨てる社会」の象徴であるコメディアンを撃つ。自分への愛などないと教えてくれた一人の男に対し、同じことをした。

・『正しさに異を唱える』

天気の子では、兎に角「正しさ」に対して異を唱えている。神社で言われた、「現代の人の考える正しさなど、1000年スパンで考えればないも同じもの」という趣旨セリフ

最後マンションのシーンでも、「昔は海に沈んでいた場所が、あるべき姿に戻ったのかも」というセリフ。正しさというもの絶対的ものとして語られがちな現在に対する批判である

そして極めつけは、最後主人公の「天気なんて狂ったままでいい。青空よりも、陽菜がいい」というセリフ主人公にとっての正しさを「選び取る」セリフだ。

新海誠も「選び取る」事に対して、意識して制作したと言っている。

ジョーカーは「正しさ」を雄弁に語るテレビの向こうの人物を見て笑う。ジョーカーは誰も自分を見てくれず、平気で見捨てる社会に銃を向ける。明らかに世界は狂っているのに、その世界自分をことごとく無視する。

薬を辞めて、あるべき姿に戻ったことを感じる。正しさの無い世界で、正しさなんて自分で決めていいんだと気付くのだ。「正義なんて自分で決めたっていい」という、主人公にとっての正しさを選び取る。

天気の子ジョーカーも、暴力に遭いつつも、主人公は誰かを見捨てない優しさを持ち、社会から自分を守る銃を持ち、その銃で正しさを行使し、既存の正しさに異を唱えた。

しかジョーカー場合は、誰もジョーカーを見ず、助けず、愛など与えなかった。結果的に優しさは失い、銃は社会を襲い、誰かを救うためにその力を使えなかった。

天気の子現代社会で愛を描くことで愛を表現し、ジョーカーは愛を絵が描かない事で愛を表現した。

愛を与えればいい、そう結論付けるのは簡単だが、僕たちはまだ犯罪を犯してない、

だが金がマックで寝る男を、精神障害を持ち銃を落とす男に優しさを向ける事が出来るだろうか。

少なくとも、優しさを与えないのなら、ちゃんとその道を選んだ覚悟認識を持ちたい。

そう考えた雨の降る夜であった。

2019-11-26

anond:20191126230152

もきゅもきゅしてそう!!青空の下さわさわゆれてるライ麦畑~🎵



🧸偶然見つけた絵文字

2019-11-25

anond:20191122230929

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%BA%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%82%A4%E6%98%A0%E7%94%BB

主なゲイ映画作品

ゲイ主題ゲイが準主役の映画重要キャストゲイが登場する作品を含む)

惜春鳥(1959年木下恵介監督

肉体の学校1965年木下監督三島由紀夫原作

薔薇の葬列1969年松本俊夫監督ピーター主演)

戦場のメリークリスマス1983年大島渚監督

らせん素描1991年小島康史監督

おこげ1992年中島丈博監督

きらきらひかる1992年松岡錠司監督

二十才の微熱1993年橋口亮輔監督

眠らない街新宿鮫〜(1993年滝田洋二郎監督キャストの一部にゲイが登場)

GONIN(1995年石井隆監督キャストの一部にゲイが登場)

渚のシンドバッド1995年橋口亮輔監督岡田義徳主演)

ブルースハープ1998年三池崇史監督田辺誠一池内博之主演)

御法度1999年大島渚監督司馬遼太郎原作

憚り天使1999年今泉浩一監督

ハッシュ!(2001年橋口亮輔監督田辺誠一高橋和也主演)

ゲルマニウムの夜2005年大森立嗣監督

真夜中の弥次さん喜多さん2005年宮藤官九郎監督

メゾン・ド・ヒミコ2005年犬童一心監督

46億年の恋2006年三池崇史監督 安藤政信主演)

BOYS LOVE2006年寺内康太郎監督

BOYS LOVE 劇場版(2007年寺内康太郎監督

いつかの君へ(2007年堀江慶監督

キトモ(2007年三原光尋監督

愛の言霊2007年金田敬監督

僕らの愛の奏で(2008年草野陽花監督

体育館ベイビー2008年深川栄洋監督

禁断の恋(2008年草野陽花監督

ALLDAYS 二丁目の朝日2008年村上賢司監督

BL 〜僕の彼氏を紹介します〜(2009年草野陽花監督

タクミくんシリーズ2 虹色の硝子(2009年横井健司監督

タクミくんシリーズ3 美貌のディテイル(2010年横井健司監督

タクミくんシリーズ4 pure~ピュア~(2010年横井健司監督

愛の言霊世界の果てまで〜(2010年金田敬監督

タクミくんシリーズ5 あの、晴れた青空2011年横井健司監督

悪の教典2012年三池崇史監督キャストの一部にゲイが登場)

EDEN2012年武正晴監督原作船戸与一「夏の渦」、主演:高橋和也ら)

どうしても触れたくない(2014年天野千尋監督

セブンデイズ MONDAY→THURSDAY(2015年横井健司監督

セブンデイズ FRIDAYSUNDAY2015年7月横井健司監督

怒り(2016年李相日監督キャストの一部にゲイが登場)

主なゲイドラマ作品

キャストの一部にゲイが登場する作品含む)

あすなろ白書1993年フジテレビ系、キャストの一部)

同窓会1993年日本テレビ系。主役がゲイで脇役がバイセクシャル。全編に渡り同性愛テーマ

告白1997年日本テレビ系。エンディング主題歌も同性愛テーマにしたユーミンの『告白』)

ロマンス1999年日本テレビ系、つかこうへい原作

麗わしき鬼(2007年中島丈博脚本フジテレビ系)

肩ごしの恋人(2007、TBS系、キャストの一部のみ)

花ざかりの君たちへ2007年フジテレビ系)

「翼のカケラ」(2007年テレビ東京恋愛診断」第1章より)

運命のコドウ」(2007年テレビ東京恋愛診断」第4章より)

ママニューハーフ2009年テレビ東京

クレオパトラな女たち2012年日本テレビ系)

シェアハウスの恋人2013年日本テレビ系)

佐藤家の朝食、鈴木家の夕食(2013年BSジャパン

隣の家族は青く見える(2018年フジテレビ系)

2019-10-25

仙台牛タンは薄切りを食え

anond:20190813123238

何やら仙台グルメの話が盛り上がっているが、

個人的ひとつ言いたいのは、厚切り牛タン絶対にNOということだ。

仙台の名店と言われる店の多くが厚切りで牛タンを出してくるが、はっきり言ってありえない。

牛タン素人調理しているんじゃないかとすら思う。

厚い牛タンなんてゴムみたいな食感で、あごは疲れるし味はボヤけるしすぐに飽きるし、全然牛タンとしての旨みを活かせていない。

サクサクと噛みきれる厚切りは、それはそれで不気味だ。肉としての威厳が無い。

あんものを店で食うなら、土産用の薄切り味噌漬けを家で焼いて食ったほうが100倍美味いと、俺は思う。

こう思うにいたったきっかけは、20年ほど前、仙台出張した際に地元の人に連れられて入った牛タンである

夏の日だった。

地理には疎いが、仙台駅の西口から10分ほど離れたところだったと思う。ビルが並ぶ通りから少し裏道に入った場所だった。

さな食堂風の店構えで、知る人ぞ知るという雰囲気である

ここで出された牛タンが薄切りで、その完成された味に驚いたのだ。

メニュー定食

焼き魚を乗せるような長方形の皿に、飾り気無く盛られた牛タン。薄切りとは書いたが、普通の薄切りよりは厚めだ。だが厚切りではない。そして一口が小さい。

同じ皿には、意外なほど大量に添えられた漬物がある。

そしてサイコロ状の肉が一個と、白髪ネギが浮いたテールスープ

麦飯。トロロ。(案内してくれた人にこれは後半に食べろといわれた)

まあ、牛タンだし普通に美味いんだろ程度に思いながら肉を口に運び、そして打ちのめされた。

小さく薄切りにされた肉の一枚一枚に、牛タンの味が凝縮されていた。

見事なまでに旨みだけがコンパクトに封じ込められている。

肉は硬すぎず、適度な噛み応えがある。

噛むとジュワっと肉汁が噴き出す。

厚切りになどしたら下品間抜けな味になるところを、美味さが一口にまとまるように絶妙バランス計算された分量だった。

今までの人生で食べてきた牛タンのコクがすべてここに集結したかのような味である。よく出来たアニメ最終回と同じ感動だ。

試しに二、三口分をいっぺんに食べてみたらこれはもう方程式が狂ってしまい、途端に「違う」と感じた。

やはり意味があっての薄切りなのだ

この店は牛タンだけでなく定食としての完成度も恐るべきクオリティだった。

薄い一切れの味が濃厚で、一口食べるごとに「牛タンを食べた!」と満足できる旨みの強さなので、他の食材にも箸が進む。

まずは当然麦飯。

塩加減が強い牛タンと一緒に食べると、少しパサパサめの麦飯が、まるで砂漠で飲む水のように喉を通過していく。

気づけば食事開始3分で茶碗は空であり、当然おかわりを注文する。

そして名前がわからない手作り漬物と、よくダシの取れたテールスープ、ここまで温存しておいたトロロ。

以前の俺は漬物が嫌いだった。しかしこの定食を食べた時から漬物を愛するようになってしまった。食前に残したらどうしようなどと思っていた自分馬鹿らしい。

一口分の漬物牛タンで巻いて口に運び、麦飯とともに十分に咀嚼する。

牛タンの旨みと野菜の瑞々しさが絡み合い、絶妙に美味い。

笑いたくなるほど麦飯が進む。

夢中でほおばった勢いで軽くむせそうになりながら、それをあっさり味のテールスープをすすって流し込めば、ピリリと効いたコショウで食欲がさらに増進される。

これを何度も繰り返す。

牛タンの旨みを常に新鮮に味わい続けることができる、黄金食事だ。

まりクーラーの効いていない店内がかえって食欲を煽る。

汗をかき喉が渇くが水を飲んでいる暇などない。

至福である

さらにおかわりを注文する。店のオバサンがニヤリと笑う。

すでに麦飯を二杯平らげているので腹もそれなりに膨れかけているはずだが、ここでトロロを投入だ。

この手順をはじめて聞いた時は、牛タンの美味さと余韻をトロロが壊すのではないかと恐れた。しか杞憂だ。

刻み海苔が添えられ甘めのダシで味付けされた冷たいトロロは、牛タンの油と旨みでギトギトになった口と食道に、これまた清涼剤のように染み渡る。

例えるなら、大学時代サークル仲間と一緒に行った海水浴だ。小学校友達プールの帰り道に飲んだラムネだ。

晴れ渡った青空ギラギラと照る太陽イメージ脳裏に広がる。

夏だ!! 俺は今夏を味わい尽くしている!! そう心から確信した。

行儀など気にする余裕もなく、とにかく目の前の牛タン定食を味わい尽くすので精一杯だった。

冗談抜きに、俺と牛タン定食だけの空間だった。

まりの美味さに食事中はほとんど口も聞かず(案内してくれた人は食べる順番などを細かく指示してくれた。はじめは鬱陶しかったがあとから本気で感謝した)ガツガツ定食をむさぼり、店を出てからはひたすらに美味かった、本当に美味かっためちゃくちゃ美味かった、と連呼することしかできなかった。

案内してくれた彼は、特に言葉を返さずに、しかし心から笑顔で静かに頷いていた。

夢のような牛タン体験であった。

それ以来、牛タンは薄切り派になった。

何年か経ち、また仙台に行く機会があったので当然のごとく牛タン屋に向かった。

一人だったので、とりあえず有名店なら外さないだろうと思って適当店舗に入った。

しかし、出てきたのは厚切りのブサイク牛タンで、タン特有の味や匂いぼんやりと口中を漂うだけで美味くもなんとも無く、噛みきれない肉にイライラするだけであった。

テールスープもギトギトしているだけでアブラ水を飲んでいるようだった。

漬物だけの方がよっぽど食が進んだ。

しかし、これが有名店であり、地元民や観光客などから歓迎されているという事実に、さら絶望した。

あれから何件か牛タン屋をめぐっているが、どこも厚切りのものばかりで、あの奇跡のような薄切り牛タンにはめぐり合えていない。

どうやら牛タン界隈では、薄切り派に居場所は無いらしい。

俺は少し牛タンを嫌いになった。

できることなら、あの店、あの奇跡牛タン定食を出す店に、もう一度行きたい。

もう一度あの薄切りの牛タンを堪能したい。

そしてみんなにも行ってほしい。

ご存知の方がいたら、どうか店名を教えてほしい。

しか20年も前だ。

店はもう残っていないのかもしれない。

ぶっちゃけただの個人的な思い出話であり、厚切りか薄切りかは別にどうでもいい。

どちらにしろあの牛タンは恐らくもう食べられないのだ。

2019-10-22

即位正殿の儀」が始まった途端、雨がやみ、虹がかかり、日が差し青空が見え始め 富士山も姿を現して祝砲がとどろく

金正日が生まれた日の描写のようだな

北の聖地で雷鳴がとどろく日に生まれたんだっけか

2019-10-18

今日の夢

Skyrimのようなレトロ世界の中に入り込んで青空の下で自由に歩き回る夢を見た。

気持ちいい、心地良い夢だった…

寝る前にパプリカ見てたからかな…

2019-10-08

anond:20191008012322

隕石を見つけたときに「この隕石地球に衝突すれば人類は終わりだ」と言う。

「このままだと終わりだから隕石を爆破しよう」と言う人が出てくる。

「爆破なんてできるわけがないしもう終わりだ」と言う人も出てくる。

爆破が失敗して「終わった」と思う。

隕石の衝突は不可避だという報道を見て「終わりだ」と思う。

隕石目視できるほど近付いていて「終わった」と思う。

隕石が衝突した瞬間に「終わった」と思う。

隕石が巻き上げる大量の粉塵青空を呑み込んでいくのを見て「終わった」と思う。

氷河期突入し周囲の人間バタバタと死んでいくのを見て「終わりだ」と思う。

文明崩壊して廃墟と化した東京を見て「終わってる」と思う。

人類最後の生き残りが死ぬ間際に「これで終わりか」と思う。

元増田はどの段階で「終わりだ」と判断するの?

どの段階で「終わりだ」と言われたら納得する?

2019-09-29

こんないい天気なのに青空自然の声をバックにエロ動画でシコるしかない奴ってオレ以外にいる?

2019-09-24

anond:20190924111318

うんこしてるところを狙われたら死ぬ世界に生きているかどうか?の違い。

人間は、長い長い年月を掛けて、トイレという完全に隔離された個室を作り上げたんだ。

その結果、安全うんこができるという文化を獲得した。排便時間は飛躍的に伸びた。


もしも人類トイレ発明していなかったら、

今でも10秒で済ませていたんじゃないかな。青空の下で。

2019-09-12

お布団がお、吹っ飛んだ ~そして澄み切る青空

アルミ缶の上に確かにあるミカン ~過ぎ行く季節のほとしりを添えて~

2019-08-31

写真趣味バカにしてすまんかったの

今日帰りにふと壁みたらキレイアサガオが咲いてたの

最初はふーんと思って通り過ぎたけどなんかびびっときUターンして取り急ぎスマホアサガオ写真とったの

接写で1枚だけのつもりが少し離れて、とか、下から見上げるように青空を入れて、とか数枚とっちゃったの

あたりみまわしたら立派な松の木もあったからそれもとったの

そんでやっと満足してまた帰途についたんだけど、じわじわうれしさっていうか楽しさっていうかなんともいえない気持ちがわきあがってきたの

あーこれかーってやっとわかった気がしたの

今おうちできれいなアサガオ写真みてたらほれぼれするの

これがしあわせなんだなってかんじするの

2019-08-05

電車賃ケチって目白高田馬場の間の激坂精神力削られながら登った後、都電荒川線踏切で通過待ちするときにすれ違いざまに見えた、荒川線の萌ニュメントに死んだ。

普段ならあざと過ぎとか斜に構えるのに、今のこの熱にうだる心を癒やすのは、トイストーリーの部屋のような青空でも、風に翻る女性スカートでもなくこれだ。東京大震災リセットがかからなかった大正娘だ。これぐらいの原色でないともう俺の心は枯れ果てて再起できなかった。

かわえええええええまりまーーーーーーじゅ!!!

2019-06-25

anond:20190625035336

そうか。本当に大変な思いをしたんだな。

後悔なんてしなくてもいいよ。増田はがんばったんだから

幸せになれた彼

そうかな。そいつは一生幸せになれないよ。ただ単に快楽を求めているだけだから

幸せが何かを知る前に、寿命がくるんじゃないかな。

自分幸せを見つけたいと思っています

同意同意! しっかり前を向いて行こう。

後なんか振り向かなくてもオケオケー!

そいつ過去の人増田はこれからの人。

過去の栄光にしがみついてるアホのことなんか忘れよう。

優秀な男、おもしろい男なんていっぱいいるぞ。

無名かもしれないけれど、いい仕事する人はおれの周りにもほんとにうじゃうじゃいる。

から他にもいっぱいいるんじゃないかな。

ただし不倫浮気はだめだよ。傷つく人がいるし、なにより自分が傷つくからな。

増田だってもうこりごりだろ。

混じりけのない関係を築こう。

青空の下、街中を堂々とデートするのとか、きっと楽しいはず。

まぁ別に一人で過ごすのも悪くないけど、増田ならウブな男とかだと簡単にたぶらかせられるだろ。

もちろん、恋愛けがすべてじゃないし、趣味が復活すればそれを楽しむもよしだ。

健闘を祈る!

2019-06-22

「アンタ去年の今頃はこんな写真とってたんだよ覚えてる?」

的なお知らせがスマホに来てた。

写ってるのはネムの花。

通勤途中にある工場の脇に植えられていたネムの木の花。

ついこないだ見たら切り株になってしまってたネムの木の、青空の下でいっぱいに咲いた花。

毎年キレイだったのになあ。

春になって葉っぱが伸びて、さあ今から咲くぞって時だったのになあ。

なんで切っちゃったんだろう。

さみしい。

2019-06-13

身長女子リゾート青空と懇親会と

anond:20171107214500

この記事を読んだら、昔の記憶がよみがえったのでメモ

僕は大学院生で、某リゾート地で行われた国際会議に出席していた。

発表も終わって、立食パーティーの懇親会で大人げなく山盛りの料理を食べていたら目の前に小学生がいた。

誰だよ懇親会にお子さん連れてきたのは。まあ、たまには家族サービス必要よな。それにしてもきれいに着飾ったお嬢様だこと。

と思っていたら、

某国立大教授奥さんだということがわかった。研究全然パッとしないさえない教授だったけれど、ずいぶんかわいい奥さんもらっちゃじゃんと思っていた思い出。

あの教授奥さんはどうしてんのかな。

ただ思い出。

2019-06-05

anond:20190605075059

最後の詩、キモいね^^;

おめーが何を考えて何を言ってようが、その隠しきれないデカチチは男を誘ってるぞって意味だよね・・・

最後に僕の大好きな谷川俊太郎さんの詩を紹介します。『彼女を代弁すると』という詩です。

 彼女を代弁すると

 「花屋の前を通ると吐き気がする

 どの花も色とりどりにエゴイスト

 青空なんて分厚い雲にかくれてほしい

 星なんてみんな落ちてくればいい

 みんななんで平気で生きてるんですか

 ちゃらちゃら光るもの自分をかざって

 ひっきりなしにメールチェックして

 私 人間やめたい

 石ころになって誰かにぶん投げてもらいたい

 でなきゃ泥水になって海に溶けたい」

 無表情に梅割りをすすっている彼女

 Tシャツの下の二つのふくらみは

 コトバをもっていないかココロを裏切って

 堂々といのちを主張している



 ……どうですか? はちなさんは、まだ25歳です。それがどんなに素敵なことなのか。その生命力がどんなに魅力的なことなのか。僕は60歳なのでようく分かります

2019-06-04

anond:20190604145403

会社の最寄りへと到着したのだろう。

少し衝撃があったあと、トロタンとドアが開く合図が鳴る。

イアホンをしま棺桶から出ると綺麗な青空が目の前に広がっていた。

そういえば今日は晴れだったんだな。

建物で囲まれているため、外の天気が分かるのはだいぶ経ってからだ。

土砂降りや台風に気づくのは、いつも駅についてからだ。特に問題は無いけどな。

荷物を持ち、駅のチェックインカウンターを出ると、認証エリアへと突入した。

車のETCと同じで、体内にあるチップをもとに性別人名など検出するらしい。

それでストーカー犯罪者を防げるっていうんだから、すごいよな。

引き継いで書こうと思ったが、俺のレベルじゃ無理だたたたた。

2019-05-28

anond:20190528133117

天気が良くないけど彼のおかげで俺の心の中には青空がある

2019-05-27

三大色の名前がついた単語

青空

白雲

ブラック企業

黒血

他になにかある?

2019-05-24

Amazon Audible入るか迷ってる 意見聞かせてくれ

ざっくりいうと声優が有名文学実用書とかを朗読してくれるサービスなんだけど、

コンテンツはともかくとして料金体系がちょっと微妙な感じで、

昔は月1500円で全コンテンツ聴き放題みたいな感じだったらしいんだけど、

今は月1500円で毎月1冊だけ好きな本をプレゼントしてもらえる感じのシステムになっているとのこと。

普通にKindleみたいにお金払って個別作品を購入することも可能ではあるみたいなんだけど、

例えば夏目漱石長編1冊とかでも4000円とか普通にするから

会員だと30%オフ特典とかもあるらしいけどそれでもかなり高くて、会員特典以外に月1冊以上買うのは自分金銭感覚的にはなかなか厳しいかなって思ってる。

月額1500円払って1冊貰えるだけ……毎月1冊の特典は値段は問わずとにかく月1冊って感じだから1500円払った特典で1000円の短編とかも貰うと普通に割高になるだけだから

自ずと読める作品は高めに価格設定されてる長編に絞られるし、

高い作品貰えたにせよ1500円かけて青空文学で読めるような作品を月1冊貰えるだけってのはなんかなぁって結構感じてる。

月額料金がもうちょっといか、月に読める本の数が3~5冊くらいあればまたちょっと違うんだろうけどなぁ。

ただ、なんとこのサービス、返品処理をアプリからたった数操作で割とサクッとやれるらしくって、

あんまり頻繁に返品しすぎるとカスタマーサポート経由して返品依頼かけなきゃいけなくなって返品が若干面倒になるらしいんだけど、

今のところそれ以外に頻繁な返品に対するペナルティはなくて、

この仕組を悪用?して実質的な読み放題サービスとして利用している人も結構いるらしい。

ただ、Amazon規約的には勿論推奨したやり方ではないみたいなんだけど、

現状毎月10冊以上返品繰り返してる人もいるみたいだし自分も月3冊くらいならまあギリギリいかなって感じで

これ利用して月額1500円で実質長編作品3冊読めるサービスとして利用しようかなって思ってるんだけど、

ただ自分倫理観的にはあんまり気持ちいいやり方ではないよなぁってのもあって非常に迷ってる。脱法みたいなもんじゃん。

どうしようかなぁ、どう思いますか。

2019-05-18

しょーがくせいなみの感想

藤野陶芸市に行ってきた。

お気に入りだった底浅幅広の器の端が欠けたのもあったし、妹から久しぶりにあう親へのプレゼントは?みたいなことをせっつかれて。

おっさんが一人、普段1番使わなそうな時間を使うことにした。

藤野陶芸市は、藤野に在住する陶芸家が中心となった市だ。なので市場のようにぎゅっとしたのと違って、各工房がそのまま出店になっている。

地図を見るといい感じに散らばっていてディズニーランドアトラクションを回るようで楽しそう。そう思っていた。駅から降りるまでは。

昼に藤野駅に降りたがバスがない。次は13時といきなりサドンデス落とされた形で、案内所でもらった地図から見た目1番近い場所グーグル検索すると30分。歩いているうちに抜かされる感じはないし、いくか。歩き始めて、橋を超えていきなり坂にぶつかった。

ここ登るのか。諦めの境地で突き進むとなぜか坂が終わらない。グーグルマップでみると道が蛇行しているではないか。もしや…

かくして最初のお店につくときは息も絶え絶えでしばらく魂が抜けていた。

広場みたいなとこで楽曲団による演奏をやっていて、それを遠耳に藤野地ビールであるクラフトビールを飲んだ。六百円といい値段したけど2杯もつい飲んで。いい風が吹いていてとても美味しかった。

ちょうどいいお皿を見つけて即決すると陶芸家のひとに夏みかんもいただくなんて嬉しいこともあって。

さあ2拠点目に行こうか。そう思ったら4キロ先だった。バスもやっぱり一時間は後。歩くしかなかった。

山の中に目が浮いていたり、全宇宙遺伝子表現したモニュメントがあったり芸術の道を延々と進んで。

やっとついた先で、まず休憩所を探した。ハーブティーをおばあさんが百円で売っていたのでお願いするとティーポットと一緒にでてきた。青空喫茶に風がよく合う。ごちそうさまでした。

すっごい美人徳島藍染めを紹介してた。

次の拠点までまた歩いた。

途中でベトナムかき氷売ってる路地のひとに誘われてまた休憩。杏美味しかった。

神社の露店では強く吹いた風に浮きかけたテントがしっと掴むなんてハプニングもあって。

まだこの先に山荘があるんです〜と親切そうなお店の人に地図を渡されたらいくしかなかった。

また歩いた。

蔵を借りてLPを流しているオジサマに出会った。ドイツアンプ世界一ーと延々と語ってくれた話は楽しかったが確かに音は良かった。

そんなこんなで。

徒歩16000と全然大したとこないはずなんだけどやっぱり皿が重いんだと思う。

すごく眠たい。満足感ある疲れが残った。

2019-05-06

旅先でうんこ漏らした

GW旅行に行ってきた。

上司の無理なスケジュール進行のせいで連休が潰れるのではヒヤヒヤしたが、なんとか旅立つ前日に休日出勤は終わった。

初めて訪れる土地、初めて食う名物、初めて関わる人たち。そのすべてが温かく、荒んだ東京での暮らしから癒してくれた。

あれは旅行最終日、フェリー乗り場近くでのこと。雨模様がずっと続いていたが、最終日だけでも晴れてよかった。今しがた出た喫茶店コーヒーを飲みすぎたせいか突如尿意に襲われた。近くに公衆トイレがあったので小便器に用を足していると、屁も一発こきたくなってきた。どれ景気づけに「ブッ」といくか、と思い力むと

「  」

音がしなかった。代わりに残ったのは、ぬるりと何かが這い出てきた感覚だけ。

しまった——いや、噓だろう?

何かの間違いではと祈りつつ個室に入り、パンツを下ろしたが、現実非情だ。チューブからパレットに出した絵の具のよう形状で、ブツが俺の下着を染めあげていた。

咄嗟ジーンズ確認する。黒のスキニーにはうっすら丸く濡れた跡が見えた。顔に近づけて鼻を鳴らしてみる。

OK問題なくアウトだ。

不幸中の幸いであるのはこれが一人旅であること。当然待たせる相手もいないし、替えの下着や服はすべてバックパックに詰め込まれている。

クソ漏らしの達人たる増田諸氏には「なんだ、その程度で」と鼻で笑われるかもしれない。だがそれでも、つい開放感あふれる青空とどこまでも続くような大海に囲まれて清々しい空気を吸っていた5分前までの俺が、ゴキブリが今にも壁を走ってきそうな狭く汚い便所自分のクソの始末をしている。

浮かれた気分を一瞬で茶色に塗りつぶされてしまったのだ。その絶望は、脱糞ビギナーの俺には耐えきれない。

ケツだのパンツだのを拭いている最中、俺は5年前に別れた彼女のことを思い出していた。偶然にも、その日の朝に彼女の夢を見たのだ。

ホテルで目が覚めたときは「令和の初夢がこれだなんて、未練がましい」と自嘲気味に笑っていたのだが、そんなセンチメンタルに酔う俺はとっくにどこかへ行ってしまった。

昔の女を引きずるよりも情けない、うんこ漏らしマンがここにいる。

久しぶりの旅行だったものから持ち物リストネットで調べていたのだが、あるページに「ビニール袋は何枚あっても便利!」と書かれていた。なるほどここまで想定されていたのかと感心しながら、俺はズボンパンツドンキレジ袋に詰め、固く口を縛った。

ひと仕事終えたので扉を開け外に出る。太陽が眩しい。忌々しい気分だ。

トイレからフェリー乗り場に歩いていると、道端の立て看板に「合図を出そう」という交通標語が書いてあった。これを先に見ておけば肛門あん事故は起こさなかったのかもしれない。

近くに置いてあった燃えるゴミ箱にうんこパンツお気に入りだったジーンズ、すなわち旅の恥をかき捨てる。今思えばファスナーやボタンを分けて出さなければならなかったかもしれない。

とても申し訳ない。あのときの俺は、そこに気をやれないほどに傷ついていたんだ。

喫煙所があったかタバコをふかそうと100円ライターを取り出したが、オイルも切れかかっていたため全然火がつかない。やっとついたと思えば、潮風に吹き消され、その繰り返しだ。

カチカチカチカチ何度も音をたてていると、情けなさが苛立ちを経て怒りに変わってきた。

どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ。

俺がいったい何をしたんだ。

もうこの土地に来ることはよそう。

きっと俺はここに来るたび「俺はここでうんこを漏らしたんだ」と悲哀に暮れる羽目になる。

あんなに楽しかったのに、たった一度の過ちのせいで辛い思い出しか残らない。

こっちも観光客なのに道を聞いてきて互いにカタコ英語交流を試みながら一緒に地図を回し見たアジア人家族も、

オススメ地元グルメを聞いたら俺そっちのけで論争を始めた居酒屋の店主と常連おっさんも、

予約の日付を間違えてホテルが取れず夜を明かしたバーでの酒の味も、

すべてケツから流れていってしまったんだ。

カチカチカチカチ。

突然、目の前にライター差し出される。

「ありますよ」

60から70くらいの人の良さそうな爺さんが、俺を見かねたかにこやかにしかけてきた。

ありがとうございます

「風、強いですからねぇ」

「ええ、本当に」

会話はそれだけで、あとはふたりとも無言でタバコを吸っていた。人の優しさに触れて少しだけ落ち着くと、自分の思い違いに気付かされた。

被害者脱糞した自分ではなく、勝手脱糞されてその汚物公共ゴミ箱に捨てられたこ土地ではないか

俺は自分を恥じた。この人に、罪を懺悔したい衝動に駆られた。

——俺、ここでさっき、うんこを漏らしたんです。

結局言い出せないまま、彼はタバコを消して、近くで遊んでいた孫らしき子どもと手を繋いで行ってしまった。

言わなくてよかった。あの人の一日まで汚してしまうところだった。自分は余計なことまで口走ってしまいがちだ。

そういえば、彼女ともそれが原因だった。平成も終わったのだ、もう少し上手に生きよう。上の口だろうと下の口だろうと、滑らせて取り返しのつかない過ちを犯すのは、もうゴメンだ。

タバコを消して、空を見上げる。潮の香り日差しが心地いい。

また来よう。

今度も、ビニール袋だけは忘れない。

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


【6・了】2019 春、韓国、釜山・光州  6日目|ありがとう/カムサハムニダ へ >>

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