はてなキーワード: 長期間とは
2のあらすじ
ジャパリパークの惨劇からの唯一の生存者、かばんの乗った脱出艇は、地球周回軌道付近の宙域で偶然発見、救助される。
宇宙ステーション内の病院で長期間のハイパースリープから目覚めたかばんは、カドンゴ社の社員沼田から、57年間も宇宙を漂っていた事、そして共にハイパースリープであったサーバルが2年前に自分より先に他界した事を告げられる。
会社の査問会でジャパリパークで大騒ぎした責任を問われたかばんは、けものとの遭遇を主張するが、証拠不足のため信用されず、精神異常を疑われた上に航海士資格も剥奪されてしまう。
実はかばんが漂着した「ジャパリパーク」は、20年前からテラフォーミングが行われており、すでに多くの入植者たちが居住していた。
かばんは倉庫で作業員として働くことになったが、毎晩トキが自分の脇で歌を歌う悪夢にうなされる。
やがてジャパリパークからの連絡が途絶え、入植民157人が消息を絶った。調査のため植民地海兵隊が派遣されることとなり、かばんには航海士の資格の再付与を条件に戦略アドバイザーとして沼田と共に同行して欲しいと持ちかけられる。
当初は断ったかばんだったが、毎晩繰り返される悪夢、そして己のトラウマに決着を付けるべく「けものとフレンズになったり研究や持ち帰りはせず、殲滅させるのみ」の条件を確認し同行を決意する。
炎上原因は、紙面が尽きた。
表現の自由展・その後
考えたこと言いたいことは山ほどあるけど結局これです。
本来なら見た人に表現の自由とは何かを考える場を提供せねばいけないのに結局対立を煽ることになってしまった。
この時点で本来の狙いが達成されていないので失敗です。
互いの憎悪を増幅しただけそれはアートに求められる力ではない。
それも今回はトリエンナーレ。
単独の展覧会ではない。多くの作家が多くの場所で長期間にわたって「情の時代」をテーマに行われるのに「あいちトリエンナーレ2019=慰安婦像」というイメージがついてしまった。
想定が甘かった。行政に守るだけの気概もなかった。京アニのこともありタイミングが悪かった。
せめて今回のことで表現の自由はを守ることは生半可な覚悟ではできない。誰しもが表現の自由をもち、同時に批判することもでき、表現の自由を脅かす立場になるのだということを自覚してもらえれば幸いである。
上司のボスは日本におらず監視の目がないこともあり、やりたい放題のパワハラが行われていた。
本社には何度かパワハラの報告がいき、最終的に本社はパワハラ上司を切った。
それでも10年以上に渡り、あれだけのパワハラがやれたのは監視の目がないという外資系特有の事情もあるけど、仕事など関係なく人格攻撃に終始し巧妙に反論を封じていたからだと思う。
そこで部下が粘ると「どうしてあなたはそんなに頑固な性格なんだ!!」と大声で怒鳴られることになる。
論点を意見の良し悪しから「頑固な性格の問題」にすり替えてしまうというわけ。
会議等で「XXX君は頑固だからあんな問題が起こる」とか無理やりこじつけて頑固者のレッテルを貼りまくる。
パワハラ上司は部下を「あなたが社員なのはおかしい。あなたには派遣のほうがあってる。」と叱る。
そんなだから派遣社員に不満がないわけがなく、パワハラ上司はそんな派遣から時折パワハラのネタを拾っていた。
部下が「誰が何を問題にしているんですか?」と聞いても、パワハラ上司は「自分の胸に手をあてて考えなさいよ」と答えるのみ。
本当に問題があるなら当事者で話し合って解決すればいいんだけど、その当時者同士で話すことはダメだし、誰が言ったのがはっきりしないことのほうが多かった。
この「自分の胸に手をあてて考えろ」は反論のネタを与えないために効果的だった。
これは特に口実がないのに気にいらない部下を責める手口。
「あなたの性格だとXXXの問題が起こる可能性があるでしょう!!」と責める。
家事能力や親の干渉もあるだろうが、それ以上に問題になってくるのは「金銭感覚」だ
この金銭感覚のなさが滲み出てきた結果こそが実家暮らしが結婚できない最大の理由だろう
二桁万円するバッグや財布を「飽きたから」とかいう理由で毎年買い替えたり
イベントのたびに天井までガチャ回したりとかなりエグい金銭感覚である
しかし無限に浪費し続ける女と比べ男の場合浪費の先が車や高級時計や家電など、長期間保有し続けるものが多いので三十代になるころにはある程度浪費「しきってしまう」傾向がある
単純に労働時間が長いから使う暇がなくなるからかもしれないが…
なんにせよ男も一人暮らしより浪費傾向があるのは確かだ
ここで実家暮らしの諸君は「俺はちゃんと貯金してるし、実家暮らしだから浪費してるマヌケと一緒にしなくいでくれる?」と思っただろう
だがある意味実家暮らしの貯金というのは「預金残高を増やすことに浪費している」のだ
一人暮らしでは無理なペースで貯蓄している人間はその(一人暮らしや核家族では困難な)預金残高(増加ペース)をもとに正常な金銭感覚が身につかない
結婚に必要な正常な金銭感覚というのは収支のバランスを考えて生活できる能力のことであり
収入の殆ど全てを支出してしまう生活も、貯蓄に回す(回すことができてしまう)生活も決してバランスがとれているとは言えない
「支出」は別の(貯蓄を含めた)「支出」を圧迫するものであるという感覚や
また、自信で生活費を払うという経験は、人間が生きてくためにかかる費用の「相場」を知ることができる機会でもある
金銭感覚やそういった相場観の欠如は、昔総理大臣がカップ麺の価格について相場と離れた発言をし顰蹙を買ったように、どうしても言動の節々にでてきてしまうものなのだ
もちろん実家暮らしでも正常な金銭感覚を持っている人は大勢いるだろう
しかしながら、一人暮らし経験者と比べるとどうしても欠如している人間が多い
これは俺の推測だが、実家暮らしに感じる家事ができなさそう(=生活能力低そう)という感覚の正体はこの金銭感覚の欠如なのではないだろうか
野党が弱いのって、政権を担当する政党として経験不足と思われてることだと思うんだよね。
実際、俺には民主党政権は議員個人の資質が足りないように思えた。
新人に初めて先輩の仕事やらせたようなもの。初めてやってすぐに上手くいくわけない。
でもだからずっと自民政権なのも問題だ。国民に政権決定のボールが回ってこない。
要するに、自民党は国会で、政権運営能力という資源を長期間独占してる。被害者は国民だ。
この独占は憲法で禁止すべきだ。具体的には、例えば「10年連続して政権与党を担ったら、その党は次の国政選挙までに二等分する」ことを条文化すべきだ。
日本で二大政党を実現するのに必要なのは、選挙区制度でも野党の統合でもないと思う。自民の二分割だ。閣僚経験者を二つの党に分配して、政権担当能力のある野党を無理やり作るべきだ。
じゃないとまた不満が溜まった頃に政権交代して大失敗、みたいなことを繰り返すことになると思う。
総務省消防庁の調査によると、2006年度の放火自殺者を除いた火災による死因は、一酸化炭素中毒・窒息によるものが626人と、全体の42.4%を占めている。また、有毒ガスを吸うことによって身動きがとれなくなり、そのまま火に飲み込まれて死亡するケースも多く報告されている。
火災が発生した際、屋外への迅速な避難が重要となる。ただ、避難をしている最中、有毒ガスによる中毒症状を引き起こさぬよう、事前に対策を講じる必要がある。その有効な策が、自宅の枕元や職場のデスクの脇などの手が届きやすい場所に、防毒・防煙マスクを設置することなのだ。
迅速な避難や初期消火に使うタイプとしてお勧めなのが「スモーク・ブロック」。
「スモーク・ブロック」は、一酸化炭素をはじめシアン化水素、塩化水素など火災時に多量に発生する様々な有毒ガスの除毒、煙の除去に抜群の効果を発揮する。軽量で装着も簡単なので、緊急時の機敏な行動を妨げない。また、従来のマスクとは違って、マスクの横に排気バルブがついており、息や声が通りやすく、フルフェイスタイプのものでは、フード素材にも耐熱性や難燃性をある程度持たせ、汚染された空気が進入しないように高周波溶着で密閉加工を施し機能性を高めてある。さらに、使用できる時間も20分と他に市販されている緊急用マスク(おおよそ10分)よりも長く、保存期間も5年と長期間保存できるので交換の手間も少なくすむ。
若い人も選挙に行こうと沢山の人が呼びかけているのはとてもいい事だと感じながら、
しかしいざ興味を持って候補者を見ると気が滅入ってまたやる気をなくすことになってないか、勝手に心配してしまいます…
本当は教えたくないけど参院選の必勝方法教えますので良かったら参考にしてください
其の一
人の嫌がることをしない
住宅街、保育所だけでなくオフィスビルに対して選挙カー爆音で走るのはやめてください
オフィスビルに対してって、他県から来てる人もたくさんいるし無駄です
電話の客先の声も聞こえないし計算や確認中に騒音されると迷惑です
其の二
日常生活において、友人に何かを薦めたいと思ったときどう伝えますか?
駅前に立ってビラを撒くのも挨拶するのも良いですが、特定の個人への誹謗中傷やよくわからないマークやキツイ言葉で他人を罵るような心のある人に、国民のための優しい政策なんて出来ますか?
どんなに仲の良い友達でも毎日他の人の悪口や愚痴を言っている人は、信用しようとは思わないしそばにいたくなくなります
本当に広く支持されたいなら余計なことをしないでください。憲法改正で人権侵害と言うなら、イジメのような形での人権侵害をそもそもしないでください。説得力がありません。
中高年世代では声を荒げたり他人を批判することが強い人間と見なされてるのかもしれませんが、昨今のドラマなどをみてもそういう大人がいることが不快と若い世代は考えていることが伺えます
ネットで支持を広げている候補者は自分が何をしたいのかを発信していて、他人を下げたりはしていません
どうしたら好かれるのか需要を見極めてください
其の三
「その政党名はもうありません」だとか馬鹿にするのもいい加減にしてください
私はリーマンショック時に就活世代だったので、政権交代した時に何があったのかは克明に覚えてますし、震災のときに何をしてたのかも克明に覚えてます
そして大多数は私より年上なのでみんな覚えてますし、それだからこんな与党でも他に投票できないんですよ
まるで国民が無知だから野党の支持がないと言わんばかりですが、
こんな与党に投票したくはないけどあの時本当にしんどかったから、
二度とこれから就職したり働き始める学生さんに辛い思いをさせたくないから仕方なく投票してます
お願いだからしっかりしてください
まともな政党になってください
其の四
国民と向き合ってください
官僚は勉強しかしてないとか言いますが、あなたたちはくだらないクイズに正解したかどうかで向き合ってるような顔をしてますけど、額面の給与や手取り、知ってますか?
消費をしてほしい、貯蓄をしてほしい、結婚してほしい、出産してほしい、勝手なこと言いますけど、20代の平均じゃない手取りの分布を見てください
向き合ってると言うなら是非一ヶ月それで生活してみてください
とんでもない!と思ったなら、あなたはやはり国民を内心馬鹿にしてるんですよ
せめて選挙活動中くらい嘘でもいいから国民の生活を知ろうとしてください
そんなスタンスも見せない人が何が教育支援だ子育て支援だと思いますよ
其の五
私達国民は休んだ分もちろん会社からはやる気がないと評価を下げられ、時給制の人なら収入減なのに、羨ましい限りです
喧嘩をしている場合ではなく、反対したいならちゃんと論理的な主張を目の前の相手としてください
其の六
夢を語るのではなく計画を語ってください
もし一般企業なら、コンペに出る時に予算でどんなことができると売り込みに行きます
コンペでできると言ったけどできなかった、となると契約違反になったり赤字になって相当な問題になります
このお金があるはず!
できると思ったけどできなかった!
そんなこといいましたっけ?
そんなことで一般企業では許されるわけもないのに何故なのでしょう
国民は警戒しています。バラマキ制作の財源はどこにあるのか具体的な数字を含めて出してください
国民は覚えています。90年代の徳川埋蔵金発掘のようなノリで好き勝手言って何もできなかった人たちのことを
一度一般企業の平社員飛び込み営業から人生やりなおしたらいかがでしょうか?
其の七
選挙カーで名前連呼しないと覚えてもらえないと言いますが、私が昔住んでた市では国会で何をしたか、これから何をしたいのか、今話し合われている政策はどういうことなのか、定期的にまとめたビラを配ってくれていました
その人はやはり当選していました
選挙の気配を察知して駅前に立つだけの人は、お金がなくなって実家の親や彼女にタカりに行く甲斐性なしと同じです
日々ちゃんと伝えてください
難しいことがあったでしょうか?
真面目に誠実に生きていれば、普通はできていることだけです
ここまで読んでくれた皆様ありがとうございます
でも選挙に参加もしないで文句を言うのは傲慢だと思うから、一生懸命調べて、1番マシな人をどうにか選んで投票したいと考えています
ツッコミどころが多すぎて困ったがせっかくなので書くわ。
勘違いしてるだろうから言っておくと、ネアンデルタール人は人類の祖先ではない。同じ時代を生きた人類以外のヒト属である知的生命体です、知識のアップデートを行いましょう、昔は旧人から新人に進化して、それが人類になったみたいに教えていましたが、それは間違いだったと最近の調査でわかっています
この図もちょっと古いが、ネアンデルタール人は一番左、ホモ・サピエンスは一番上な。
20万年前に不幸の概念があったかどうかは知らんが、シャニダール洞窟 っていう中東にある洞窟にはネアンデルタール人の「墓」があります。
彼らは死者を埋葬していたんだ、土葬だね、いやまあ火葬したって説もあるし、実は治療痕があるとか、
これだけの傷を追って、それから長期間生きて、そして埋葬されたってことは
障碍者でもちゃんと社会の中で生かそうとしたとかそんな学説もあるくらいだよ。
この埋葬されたネアンデルタール人の墓の土を調べたところノコギリソウの花粉がたくさん見つかった。
死者に花を手向けたんだね、今でもシャニダール洞窟の近くでは今くらいの時期になるとノコギリソウがあたり一面に咲くそうだよ
つまりそのネアンデルタール人はいまぐらいの時期に死んだんだな。
話それたが、不幸について、だったっけか。「不幸の概念」そのものがあったかどうかってのはわからんが
死は不幸なことだから、埋葬したんだと俺は思うが、君はどう思う?
まあ、これについても研究がずっと継続しているから、またアップデートされて否定されたり、さらに強化されたりしていくと思うんで、
もし君なりの答えが思いつかないなら、君もこれを機会に興味をもって注視してくれると嬉しいなと思う
私は出会い系で知り合ったよ。
何人か会ったこともある。ペアーズとかその他、最初に顔写真出るところはNG。やめたほうがいい。
私は「デジカフェ」と「PCMAX」をやってた。
PCMAXは日記を書いておけば来るし、日記を書いていなくてもメールが飛んでくる。
毎日日記を書いていけば、人となりが分かるから凄く良いと思う。
写真は1度も載せたことはないけど、普通に出会い系の男性と知り合って付き合った。
2人目で結婚したよ。
母が亡くなったので気持ちを整理するために書く。
母は長年癌を患っていて、治っては再発し、治っては再発しの繰り返しだった。
私は結婚して家を出てたけど同じ県内なので入院中はほぼ毎週お見舞いや手伝いをしてた。
ずっと闘病中だったし、つらそうな時期もあったけど、なんだかんだ治療が終わって数値がおさまって、退院して…を10年繰り返していた。
標準治療以外に食事療法や東洋医学の力も借りていて、そのおかげか先生からも元気なのが奇跡とか言われていたので、
なんとなくこのまま、この繰り返しが続くものかと思ってた。癌がなくなって、退院して、運が悪かったらまた入院して治療して、と。
週末会った時はつらそうながらも普通に喋れていたのに、突然状態が悪くなってそのまま死に目にも会えずに亡くなった。
意識不明の状態が続いてとかであればなんとなく覚悟ができていたんだろうけど、家族全員信じられないくらい突然だった。
でも多分本当は突然じゃなくて、家族みな病院いくのが習慣みたいになってて、みな油断してたんだと思う。
母はずっと治療していて体力が無くなってたのは確かなので、少しずつ少しずつ死に近づいてたんだろう。
最後は長期間つらそうだったので、それから解放されてよかったねという気持ちと、
つらくてしんどいまま、多分自分でも予期せぬまま亡くなった母が可哀想で仕方ない。
(もうちょっとで今回の治療が終わって退院する時期だったから、その時に会おうと何人かお友達に連絡をしていた)
死にそうなほどつらかったのに、早くしんどいのがおさまるといいねとかしか言えなかった自分が情けない。
頑張ってるのは知ってるので基本的には頑張ってとか頑張ろうとかは言わないけど、つらい、しんどい時はなんて言ってあげるのが良かったんだろう。
もし余命が宣告されていたりしたら、無理やり退院させてでも母の行きたいところに連れていってあげたかった。
なので余命宣告というのはある意味素晴らしい仕組みかもしれない。
もちろんどちらも悲しいんだけど、突然死ぬと何もできないししてあげられない。
突然事故に巻き込まれた方の家族とか、もっと突然すぎて、もっともっとつらいだろうなと思った。
入院中手伝えることはしたつもりだったけど、元気なときにもっと旅行とか一緒に行けばよかった。
これまでは祖父や祖母が弱った状態から亡くなった経験しかなくてある程度の覚悟の上だったから、
こんなに突然の身近な人の死が初めてで、しかも母で、やっと「孝行したい時に親はなし」が実感できた。
今家族が入院している人は、(あまり不幸な結果は思い浮かべたくはないと思うけど)ちょっと意識して、できる限りのことをしてあげてほしい。
あと、元気なうちにいっぱい写真や動画をとっておくと良いと思う。長く入院してると、外でいる、元気な姿の写真や動画があまりないなと思った。
書いてるうちにちょっと落ち着いてきたので、風呂に入ろうと思う。
実際、国の立場からしたらくそみたいな額の税金しか納めてない社会的立場の人と、勲章持ってそれなりの税金納めて学術の分野で貢献している人を考えると上級国民を優遇したほうが最終的にはトータル的にはプラスだと思うんだけど。
税金の額が少ないって言っても社会的弱者と上級国民が平等っていうのは表面上一緒っていうのは民主主義だからどうしようもないけど、政策やら何やらを考える上で政府的には上級国民を優遇したほうが国にとっては短期間においても長期間においても得だと思う。
令和元年6月19日
財政制度等審議会
更にはその成果は使った「量」に見合うものであったのかといった議論に焦点があてられることはほとんどなかった。
しかしながら、本来、「量」は教育政策や科学技術政策の目的を達成するための手段であることから、これでは本質的な議論とはならない。
政策に生かされなかったが正しい文面じゃね?
政策の目的を達成するための手段であることから、これでは本質的な議論とはならない。
とか言うべきだよね。増税する前に。
教育は一人ひとりに対するものであるという観点から、在学者一人当たりで見れば、OECD 諸国と比べて、教育支出は高い水準にあり、公財政支出に限っても遜色ない水準にある。
「教育は一人ひとりに対するものであるという観点」がズレている気がする。
よくわからないけど、塾とかの費用は含んでいるのか?正しいのか?
教職員数については、少子化の進展に伴う自然減や平成 29 年度の法改
正に基づく基礎定数化を勘案した見通しによれば、定数改善を行わなく
とも、児童生徒当たりでは増加することとなる。また、主要先進国と比
べても教員一人当たりの児童生徒数は遜色がない。〔資料Ⅱ-3-4参
照〕
「主要先進国と比べても」あるけど仕事の内容が同一じゃないから比較するのは明らかにおかしい。
あいまいに書くことでなんか言いたいような文章だけど。具体的なデメリットの内容がわからない。よくわからないけど金銭的なデメリットというだけじゃないの。
近所にあるとか。そのようなメリットを無視した文章だと思った。
まず、国立大学への公的支出の総額については、このうち国立大学運
営費交付金だけを取り出して、平成 16 年度の国立大学法人化以降、約
1,400 億円減少したとする指摘がある。しかしながら、この指摘は、教職
員の退職に応じてその都度別枠で補助してきた退職金相当額が退職者の
減により減少したことなど教育研究に直接影響しない減少を含んでしま
っている一方で、教育研究向けの補助金の増額を含んでいない表面的・
これらを勘案した実質的な教育研究向けの公的支出の総額を見れば、
法人化以降、約 600 億円増加している。
競争的資金の割合が増えたせいで安定した運営となる基盤の財源の割合が少なくなっていることとか書かれていない気がした。
昨秋の建議において、こうした現状を温存することなく、社会のニーズに応じた教育水準やグローバルレベルで通用する研究水準を確保するための全学的なマネジメントが行われるよう、
・ 教育・研究にかかる共通・定量的な成果指標による相対評価50に基づく配分を徹底し、
1つ目はいいと思うけど。大学の場合、小中高の共通ないようによるテストはないので手法として難しい気がする。またこの評価実行の金銭、時間コストは政策側が負担すべきものだろう。
2つ目は危ういと思う。新分野の教育について最初の評価は低くなりがちで革新を抑えるため、さらに教育が硬直する危険性がある。
一人ひとりの学生や研究者でみれば教育や研究の成果が現れるには一定の時間がかかるという主張もあるが、全学としてみれば、教育をした卒業生を毎年度送り出し、また、日々グローバルにしのぎを削っている多くの研究者を抱えている。
こうした過去からの努力の積み重ねとして毎年度現れてくる成果を適時適切に評価することなくして、評価やそれに基づく配分といった既得権を長期間固定してしまえば、新陳代謝や切磋琢磨を阻害し、ひいては国際競争の後れにもつながりかねない。
悪意を持って研究の評価と教育の評価と混在させた議論をしているように感じた。
時間スケールの異なることを議論して都合のよい部分だけをつまみ上げた文章である。
日本が主要先進国並みの研究開発の生産性を確保できれば、日本のトップ 10%論文数のシェアは主要先進国を上回ることができる。科学技術関係予算
の「伸び」が課題とされることが多いが、こうしたことを考えると、真の課題は研究開発の「生産性の低さ」であると言える。〔資料Ⅱ-3-31~34 参照〕
大学における研究環境の硬直性・閉鎖性が研究開発の生産性が低い要因であるということは、大学内外から指摘され続けてきた。実際、
・ 分野ごとの論文数のシェアや学部・学科の定員のシェアが長期にわたり硬直的であることや、
・ 日本の研究人材の国際流動性や国際共著論文数が主要先進国の中で劣っていること、
は明らかである。
雑務が多いと言われているので「勤務時間」を分母とした場合では生産性は明らかに低いことは同意する。
「研究にかける時間に対しての評価」に対しての生産性の議論をせず、単に研究の生産性(研究者が悪いと決めつけた議論)へすり替わっているのが気になった。
このため、まず、科学技術分野における戦略やプロジェクトを設定・
実施する際に、
・ 研究予算の多寡などの研究に使う「量」(インプット)を目標とするのではなく、これにより得るべき研究成果を相対的・定量的に評価可能な指標として目標化するとともに、
・ そのうえで、重点化する分野、いわゆる「ハリ」の分野のみを提示するのではなく、過去に総合科学技術会議が科学技術予算についてSABC の4段階評価55を行っていたように、温存しない分野、いわゆる「メリ」の分野も提示し、厳しい優先順位付けを明確にするべきである。
2つ目は悪名高い「選択と集中」。しかも、ここで評価をしたからといって全体の予算が増えるかどうかとの関係性は述べられていない。
全体の予算が増えない状況でこのようなこと時間をかけて行うモチベーションが湧くのか?非現実的な方法と思った。
加えて、官民の適切な役割分担・連携も重要である。日本の企業部門の研究開発投資は主要先進国の中でトップクラスの水準にあり、また企業部門の流動資産も過去最高水準にある。
[要出典]
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/twwatch/1486661278/
「香港人はおぞましいレイシスト」とか香港人へのヘイトスピーチしてデモ側を非難してたくせに
沖縄のデモでは、デモ側の目に余る暴力・暴言が映像としてネットに出てるのにそれはスルーしつつ
もはや感心するほど真逆の態度を取ってる
台湾独立反対。沖縄独立賛成。香港の雨傘革命はテロ扱い。「香港人はおぞましいレイシスト」発言
独裁礼讃。暴力統治肯定で「まるっきり中共の代弁者」と中国人からも批判される
それに加えて
雨傘の時は酷かったね
雨傘応援してただけの香港在住の日本人女性タレントに長期間粘着して、デマ流したり、誹謗中傷して恐怖に陥れたり…
あれで離れた人も多そう
学校事務の仕事をしているので、よく保護者からの電話を受ける。「○年△組の××なんですけど、どうしても子どもが学校に行きたがらないので休ませます」みたいなのが時々来る。連休明けとか大人も出勤したくないときにそうなるのは分からなくもない。でもそういう時はウソでも良いから「お腹が痛い」とか「頭が痛い」と体調不良を装ってほしい。学校に行きたくないのはキミだけではないのだ。
が、ずっと不登校で通している子どもの保護者はもはや開き直っていて「今日も休みます」と、もう学校の全職員が承知しているのが当然であるかのような態度なので頭に来る。こっちだって出勤したくないけど、我慢して出勤してるんだよ。親に養ってもらっている身のくせに生意気だ。
「クラスでイジメられていて教室に入りたくない」みたいなはっきりした理由があるなら登校しないとか保健室にしか来られないというのもありだと思うけど、ただ「行きたくないから行かない」みたいなのが永久に通用すると思うならふざけるなと思う。
休んで家にいて何をして過ごしているのだ。登校している子どもと同レベルの勉強をしているのか。それとも学校では学べない何らかの特殊技能を磨いているのか。ただテレビ見たりゲームやったりしてだらだらしてるんなら、もっと自分に合いそうな学校なり何なり、居場所を探すべきでないか。勉強はやる気があれば学校でなくてもできる。が、意志が弱い子どもほど、周りが一緒に勉強する環境にいないとやらなくなってしまうと思う。
正直学校がやっているのは将来の社畜養成だとは思う。が、日本人の中で生きていく以上、学校に適応する能力は社会に適応する能力にかなりリンクする。良くも悪くも出る杭は打たれ、空気を読めないヤツは周りと上手くやっていけない。何か特殊な能力があって組織に頼らなくても生きていけるなら学校に行かなくても良いかも知れないけど、平凡な能力しか持ち合わせないなら社会に適応する能力が高い方が得だ。
今は親も教員も「子どもに登校を強いてはいけない」というのがトレンドで、「好きな科目だけでも」とか「特別なイベントのときだけでも」と優しく登校を促す傾向にあるけど釈然としない。担任やクラスメイトと馬が合わないなら転校したっていいけど、何ヵ所か回ってみてもどこにも馴染めないなら本人と親の責任だ。
大人になったら「行きたくないから行かない」は通用しない。何か病名があれば多少は休めるけど、その期間には限りがあるし、その間好きなだけ遊んでそれをSNSにアップしたりしたらクビになりかねない。そういう職場が良い職場かどうかは別問題として、日本の会社の大部分はそんな感じだ。病気で長期間休むというだけで「もう来なくていい」という会社もあると思う。自分で事業を起こして稼いでいけるバイタリティーがあれば良いけど、そんな能力の持ち主は一握りだと思え。
不自由な職場に縛られて転職もできないオバさんの僻みかと知れないけど、学校に適応できないということは社会に適応できないということだ。たまたま合わない学校に行ってしまったら方向転換しても良いけど、狭い家庭に閉じこもってやりたくないことはやらない生活はろくな結果を生まないと思う。今どき無理やり子どもを学校に引きずって行く親は少ないだろうけど、本人がただサボりたいだけならそれが正しい姿なんじやないか。