はてなキーワード: 落語とは
この2つがなければ何もできないだろうという意見を見かけたので反例を並べたくなった。教えてくれれば追記する。
まずは個人が自宅で生配信でできるもの。スタジオで3Dを使うものはひとまず除く(と書いておいても読まないやつは書いてくる)。
・雑談
・お絵かき
・ASMR
・楽器演奏(ギター・ピアノ・ウクレレ・ヴァイオリン・オタマトーンなど。弾き語りもある)
・落語
・マシュマロ読み
・TRPG
・人狼
・買ってよかった物()
・クソコラ閲覧
・サイト閲覧(非公式wiki、アキネーター、通販サイト、グーグルアースなど)
・商品レビュー(サントリーの飲み物、ヘッドマッサージャーなど)
・共通点探し対談
・ボイチェン遊び
他には?
以下は転載
・TVバラエティのパクリ(スタジオじゃないと厳しいの多くね?:できるらしい)
・食わず嫌い王
・同時視聴(アニメ、映画、自分の切り抜きや初回配信、ライブカメラ等)
・ヘリウムガス
・体験レポ
・スーパーソング(店内BGM)レビュー(チャイニーズチェッカーやりながら)
・VRChat
・トークバラエティ系企画(クイズ、テーマトーク、バチェラー系など)
・声劇
・結婚式
・授業
・映画などの同時視聴
・DJ
・競馬
・天気予報
・足つぼマットに乗る
・サムネ作り
・婚活
・同僚のコーディネート考えるやつ
明らかに、ぽこぴー
・ゆるキャラグランプリ出場
・サウナレポ
・鹿狩り
・滝行
・なわとび、ローションカーリング、ローション相撲(スタジオ)
・細かすぎる物まね
>うーん、でも、やっぱり割合としては大部分コンピューターゲームなんじゃない?
違法でもなんでもないんだから現状でゲームに流れるのはしょうがなかろう。でも雑談やASMRメインで続けている人もいる。もし、仮にゲームが不可能になってもVTuber自体がなくなることはない。上のようなものに切り替えることは十分に可能。やりたいゲームができなくて一時引退した人もいるので全員が続けるわけじゃないが。
>Vと生主の違いあんまりないんだな 顔出しが現物かイラストかって感じの差?
自宅生配信縛りしたから機材に差がない以上は、Vにできることはほとんど生主にできるはず(生主にできることでVにできないことはあるが)。できないのは入れ替わり企画くらいか。
>大部分はゲーム(しながらの雑談でゲームメインじゃない)とカラオケだしやっぱ取り上げられたら普通に死ぬんちゃうかな。お絵かきとかASMRとかは個人に紐ついてるのでVって言われてもしっくりこない。ぽこピーも別格。
こんな仮定で言われたら反論のしようがないわ。ゲームとカラオケがなくなったら、このブクマカにとってのVTuberのイメージ自体が変わるってことかな。
自分の見たそれぐらいの年齢でそれなりに稼いでいて結婚している奴は趣味の集まりで捕獲されている感じがする。
女子も可能だったり、女子チームとの交流があるようなスポーツチーム(サポーター含む)とか、ゲームの集まりとか、同人の集まりとか。
女子のほうもそういうのが大好きでやってきている奴もいれば、婚活目的で来ているような奴もいると思う。
それなりに収入があるやつを捕獲しようと考えたら、男が集まりそうな場所に行って選ぶというのは合理的な戦略なわけだよな。
あと、今時は恋愛結婚が多いからそんなに年が離れた奴とくっつかない。
30歳くらいが生活パターンが確立して、一人で生きていくことになるか、結婚するかを決める目安なんだと思う。
だから、増田もあと数年で決めないとそういう浮いた話はなくなるかもなと思った。
ほかの増田が料理教室に行けと言っているのを見て思ったが、料理教室で直接若い子に手を出すは無いと思う。
でも、50代以上のマダムと知り合いになって、結婚願望があるけれど独身というアピールをするというのはありかなって思った。
将を射んとする者はまず馬を射よじゃないが、行き遅れの娘を持って苦々しく思っている親やその友人もそれなりにいると思うんだ。
そういう人にリーチできると、うちの娘誰かもらってくれないかなっていう人とマッチングされるだろう。
仕事の関係で、しばらく仙台に来ている。会社の手配したホテルに滞在しているのだが、出張先とホテルの位置関係上、どうしても国分町という仙台における歌舞伎町のような繁華街を通らざるを得ない。このご時世あまりそういった場所へ近づきたくないということもあり必ずしも快く思っていなかたのだが、足早にホテルへ帰ろうとする私に声をかけてくる有象無象のキャッチのなかで、ひとりだけ異彩を放っている男がいることにある日気がついた。
だいたいキャッチというものは「キャバクラいかがっすか」「さ、居酒屋の、ご利用は」「お店お探しですか」の3パターンしかボイスの収録がされていないものと思っていたが、その男だけはそれらの聞き馴染んだセリフが一切なく、あまりに独特の語彙、それも妙にかっこいいコピーライティングのような文句でキャッチ行為を行っているのである。この数週間ほぼ毎日のように彼の慧句を聞いてきた中で、とくに印象に残っているものを数点ご紹介したい。
私が彼に着目することになったきっかけである、このキラーフレーズ。いつものように一顧だにすることなくスッ…とかわし、数歩経ってから、え…戦後最大?と思わず振り返ってしまった名作である。彼の基本的な戦略として「振り向かせたら勝ち」だと思っている部分があるようで、このあとうっかり振り返ってしまった私に、彼は雑踏の中で恋人でも見つけたかのように輝かしい笑顔を振りまきながら近づき、延々システムをご説明されたのだった。その口上もまったく落語でも一席聞いているかのように見事な、流れるような心地よさで、この男は只者じゃない。そう思わせる風格に満ちていた。
一日中ひどく雪の降った日だった。さすがにこういう時は休むなり軒下にいるなりしているのかと思いきや、彼は降り積もる雪とコーディネートしたかのような白のギラついたモンクレールのダウンを身に纏い、いつもの場所で元気に客引きを行っていた。その気候を一切感じさせない通常営業ぶりと遠目からも明らかにチャラい服装に半分感心、半分呆れながら歩いていると、素早く私の左横に取り入ってこのセリフ。それこそ”戦後最大のサービス”のような分かりやすいパワーワードで攻めてくる日もあるかと思えば、またある日は渋めの江戸っ子調である。あるいは、『北風小僧の寒太郎』のサンプリングも意識しているのだろうか。こういう思いがけない引き出しの多さ、力で押すだけではない抑揚の効いた客引きテクニックこそ、まさに彼の真骨頂だと思わず感じ入ってしまった。
スタジオジブリ監督作品『キャバクラ』に糸井重里が題するキャッチコピーというような、短い語彙の中にも深い奥行きを感じる名作。ドリルを買いにきた客が求めているのはドリルではなく穴だ…というマーケティング論の有名な言葉があるが、それに近い哲学をさえ感じる。彼のキャッチの特徴として、ほとんど「キャバクラ」という語句を使わず、にもかかわらずしっかりキャバクラのキャッチとして成立しているという点があり、これが他のキャッチとは一線を画しているポイントとなっている。かと思えば「キャバクラを超えたキャバクラを、見たくないですか?」などとキャバクラを前面に出して誘ってくる日もあり、型を離れた型を自分の中に確立していながらも、時と場合によってはそれにすら囚われない…という、ある種の武芸の達人のような趣すら感じられる。じつに天晴れである。
もちろん彼がまともな店に連れて行ってくれる確率は非常に低いだろうし、そもそも条例違反の行為であるためお世辞にも褒めることはできないのだが、どんな仕事であっても大物というものはいる、そして注目に値するイノベーティブな工夫がある、ということは何とも面映いものだなと感じている。たかがキャッチ、されどキャッチ。やがてああいう男が時代を作ってゆくのだろうと考えながら、私は今日も帰り道を楽しみにしているのであった。
ホリモノーッス
世の中右に出るものはいないみたいなことをなんたらかんたらと適当に話したい訳ですが
ぶっちゃけ左甚五郎の話をするにしても落語にも彫り物にも詳しくもなく、ましてや日光東照宮の眠り猫を見に行ったこともない訳ですな
結局のところどれだけ形を残されたとしても、いつか目にしてみなければ実在するのかすらわからんという事にもなりますわな
右に出るものどころか左自体が存在するのかという解釈になってしまうわけです
だからね、いつかどこかで見に行くしか無いのです。それがあるものだという事前知識を蓄えてね。
そしたらきっと世の中の右に出るものはいない左甚五郎という人物も私の人生に存在したことになるのでしょう。
ということで本日は【存在の証明よいか】でいきたいと思います。
(ゴミ大学に衛生改善日記と、古豪増田の復活が目立った今場所。そんな中でも新たなヤバい奴は次々と出現しています。→前回の【幕内】・【十両以下】)→【今回の十両以下】)
昭和時代やイオン、女装子などの例外を除き、森羅万象を罵倒して回る増田。自身の経歴からか、特に法や行政、裁判所を目の敵にしている。
何度も削除を食らっては毎回戻ってきており、かつての安倍botや低能先生に劣らぬ危険人物。
ここ最近は投稿頻度が若干低下しており、増田では影が薄くなっている印象もあるが、自分語りによれば殺害予告による二度の逮捕歴に加え、今なお各所でトラブルを起こしているらしい。
仮に事実なら、リアルでの迷惑度ではかつての低能先生に次ぎ、未だ他の現役増田の追随を許さない存在である。
文頭をスペースで空けるため、「字下げ増田」と呼ばれる(ごく稀に空けないこともある)。得意技は怪文書じみた判決文やセルフ精神鑑定。
異常なまでに膨れ上がった自己顕示欲にユーモアが全く追いつく様子のない、THE・クソ増田。人呼んで増田のチンフェ。相変わらずくだらない造語遊びばかりやっている。
自分語りによれば「当たり屋紛いのことをして事故って入院」など奇行を繰り返しているようで、どうやら現実世界でも相当ヤバい存在らしい。
当該人物に粘着する内容のコピペ爆撃を繰り返す増田。「セクハラやストーカー被害を受けている」などと主張しているが、もちろん何の根拠もない。
最近では当該人物の父親と思われる人物にまでターゲットを広げつつある。
連投に加えて全く無関係な増田にも同じノリでトラバを飛ばすことがあり、いい加減迷惑にもほどがあるのでこの度横綱昇進。
教育や音楽に一家言ある増田。また中国の全体主義を称賛している。
その正体は「自称ピアニスト」の某ベテラン荒らし(Wikipediaなどで低能先生級に暴れていたらしい)とされており、
「孤独」だの「絶望」だの「この世は弱肉強食」だのと、メンヘラポエムを垂れ流す死にたい系増田。
文章のイジケっぷりにも関わらず、同じような投稿を何度も何度も繰り返しており、なかなかどうしてしぶとい。
「成人して約1年」らしい。
「女性は下方婚しない」を筆頭に様々な持ちネタを操る反フェミ系増田。キャリアも長く、反フェミの中ではおそらくこいつが最大勢力と思われる。
パンティー
どういうわけか発達障害の男女を異様に憎んでいる増田。かつて「ハッタショ」と連呼していたのが名前の由来。
「イスラム国行け」「大使館に駆け込んで『僕をスパイにしてください』って言え」「B型作業所でハナクソ入りのパンとかクッキーでもこねてろ」などの表現がなんとも厨二臭く痛々しい。
ナニがきっかけでそうなったか知らないが、男叩きや特定個人の誹謗中傷を目的としたTogetterのまとめを複垢で作りまくっては、それを増田やはてブで拡散しようと企む某ツイフェミ。
すでにTwitter・Togetter・はてブで凍結や垢BAN、404化を経験しており、そのたびに別垢を取り直して居座る札付きの悪質ユーザーである。ただ「Twitter」「Togetterのコメント」「ブコメ」「トラバ」
のそれぞれで一字一句全く同じ文章を使い回すという、なんともオマヌケな習性があるため、復活してもそのたびに足がついてしまう。
はてブでも前述の通り、複垢を悪用した挙句404化を食らった前科があり、さらにその後も次々とidを再取得しては404化という、どっかの先生みたいな流れを繰り返している。
なお、この他にも5chやBBSPINKなどの掲示板・note・Yahoo!知恵袋などネットの各所に入り浸り、同様の活動を行っている模様。わざわざネットの臭いとこばかりに首突っ込みたがる癖いい加減やめたらいいのに……
🍊
突然現れては規約違反を厭わずブクマカや増田をグッサリ刺してくる、通り魔のような増田。
左派・リベラルidや界隈の人物を叩くことが比較的多いが、他にも様々なものに噛みついており、思想以前に「バカが偉そうに語っているのが許せない」らしい。
超長文で口も悪いものの、文章のキレに関しては一定の評価を得ており、出てくるたびにブクマを稼いでいる。
うっかり変なブコメをすると、たまに長い追記で晒されボコボコにされるため、全く油断ができない。
中の人は某idとの噂で、実際この増田と同様の主張をしているブコメがいくつかある他、増田への書き込みを公言する、おそらく本人と思われる増田に無言ブクマを残すなど、あまり隠す気もないようである。
はてブでもこの増田をウォッチしている者が何人かおり、「熱烈なファンに扮したアンチ」のような、もうわけのわからない奴まで出てきている(ただしこいつは認定がかなり雑)。
何の話題でも強引に新自由主義叩きを展開し、毎度おなじみの長文を投下する。さながら青汁のCMのような増田。
↑のカテゴリーで毎日のように、ほぼ全く同じ内容の投稿(JRに対する要求のような何か)を繰り返す増田。さながら昔の飯塚増田のような執念深さである。
まさかの復活。「アラサーになった」らしいが、編入したいだの整形したいだの言いながらいつまで経っても実行に移さないウジウジ具合は以前と全く変わっていない。
「711」「R30のところにコピペしないの?」「いつもの地ならし」「○時まで寝ていたんだ」「見つかりそうか」「ということにしたいのですね」「おばさんはいいんだよ」「女子大生の設定では」などと、意味不明なクソリプを飛ばしてばかりいる。
「R30」というのはどうやら大昔のブロガーのことらしいが、そのブログは2008年に更新が止まっている。仮にこの人物であった場合、粘着歴の長さはもはや言語に絶する。そしておばさんというのはどこの誰なのか。
また「プライベートで○ブクマwww」「自演ツリー」などと、むやみやたらにセルクマや自作自演を疑うのも特徴。
左右問わずこの手の人物にありがちだが、「自分の気に食わない奴は全員同一or特定の人物」という思い込みが非常に激しい。
id:Ereniおよびid:iteau両氏の名前を出すことも度々あり、本人の脳内では毎回特定の相手に粘着しているようだが、実際には明らかに政治や思想と無関係な増田に因縁をつけることも多く、結局のところ噛みつく基準は謎。
無駄に長い語りに過剰な自意識を挟んだクソエモ長文増田。ひとつバズると便乗して同じような長文が次から次へと湧いてくる、まさにゴキブリのような存在。
最近は炎上騒動のせいか、シャニマス長文とあんスタクソ長文がやや多め?
またツイステのアニメ化発表で案の定そっち系のクソ長文が一時増えたが、ゲームの方はすでに引退済みという増田も多かった。今はサイスタでもやってるのだろうか。
以前に増田で「他力本願」「内臓売れ」などと罵られたらしく、そいつに何度も怒りの声を上げている増田。こいつも相当執念深い。
はてブでもあまり関係のないページにまで反ユダヤ・反Google・反アベあたりの定型文ブコメを垂れ流しており、こちらの活動の方が目立つ。
何度もBANはされているようだが、そのたびに復活しており野放し状態。
左翼・右翼・ツイフェミ・老害など、とにかくいろんな集団の特徴をひたすら挙げている増田。
「ホモソーシャル」「アジア主義」「共同体主義」「パリピ」「団子鼻」など様々な用語を操るが、それらの意味が合っているのかよくわからない。というか、なぜ団子鼻?
めぐみんに罵倒されたいらしい増田。他にも低能先生の語尾をパクりつつドM性癖を披露する「低能ドM先生」など、この手の増田が妙に多い。
以前は『コモンビート』という、ピースボートかそこら系のNPOのURLを添えていたこともあったが、これが規約に引っかかったのか投稿が全て消えたことがある。
潰れそうな企業などのネタを拾ってきては、デリヘルなどの風俗ネタとダジャレで締める、落語のような釣り増田。
「中の人っぽいネタ」「風俗」そして「ダジャレ」と、ブクマカの急所を気持ち悪いほどの正確さで突いてくる。
この手の釣りがあまりに乱発された結果、無関係な増田までもが「で、いつ風俗ネタに移るの?」と疑われるという、深刻な風評被害を及ぼしている。
そう感じている。
毎朝、改札で止まっているおじさんがいる。先にカバンから出すなどして準備しておけばよいものを、必ず直前で立ち止まってガサゴソしているため非常に目立つし、「邪魔だろ」と叫びたくなる。出社すると業務の半分くらいは「てめーがやれ」と言いたくなるようなことであり、会議の9割くらいは「それ今?」と思う。
退社してスーパーで買い物をしていると、お刺身のパックを見て「イカで空いたとこ埋めるんじゃないよ」と思い、広告の品という黄色のポップを見て「いつもこの値段だろうがよ」とパネルになった香取慎吾の胸倉を掴みたくなる。レジではおばあちゃんがリュックサックからセカンドバッグを取り出し、セカンドバッグから巾着袋を取り出し、巾着袋から財布を取り出し、律儀に小銭を探す後期高齢者特有のマトリョーシカを展開していた。帰る前にコンビニに寄ると、いつもいる店員さんに「クイックペイで」と伝え、毎回Edyを用意される。「せめてPayPayとか響きだけでも似てるやつにしてよ」と思いながら、「あっすいません、クイックペイです…」と謝る。袋の有無は聞いてくれないが、本当はいつも欲しいと思っているんだよな。たまに銀行のATMに寄ると、俺が知らないだけでNETFLIXとか観れるの?と思うくらい長期戦の構えを見せているお年寄りがおられる。
帰宅して食事をしながらYouTubeを開くと、ひろゆきの不快な顔がオススメされて「死ぬまで見ねぇよ」とイライラする。そして目当ての動画を開くと、開始前に必ず脱毛を5秒間オススメされ「必要なのは増毛だが、どんな検索結果を基に表示を?」とキレそうになる。
要約すると、私は1日の中でかなり頻繁に「ア゛ー!!」と絶叫したい状況に出会いながら、それをしないことによって「こっち側」に留まれている。それはインターネット上でも同様だ、ということである。
一方で、Twitterなんかを見ていると企業の公式アカウントに謎のリプライを吊るしている方や、増田で突然関係のない話題からレスバを開始される方、もはや私人となられた元皇族の女性の去就にキレ散らかしている方、他人の食事や生活にひたすらケチをつけておられる方などがたくさん居る。また、私の会社に特定の番号で毎日あることないことお叱りの電話をくださる方、落語やってんのかと思うくらい長時間大宮駅のみどりの窓口で何かを訴えている方、とくに重要な機密を抱えているようには見受けられないが集団ストーカーから被害を受けていると毎日私宛に長文のメールを下さる他部署の事務の方、などなど、世の中を見回してみるとけっこう多くの方が"イカれたメンバー"として紹介して差し支えのない仕上がりを見せつけている。
おそらく上述の中でも少ないくない方がなんらかの精神的な疾患を抱えていて、それに関しては単純に適切な医療につながって欲しいと思うだけなのだが、そうではなく単純に性向あるいは思想信条としてそういった状況にある方に対して最近の私が思うことは「この方達と自分を分かつ差はどこに…?」という、純粋な不安だ。たまたま私は口に出していないが、何かのタイミングで普段のほんのちょっとしたイライラを口に出した瞬間に「あっち側」のメンバーになる感じ。その「何か」が何なのか、そうならないためにはどうすればいいのか。インターネットやめますか、それとも人間やめますか…?何となく、自分が一応「普通の人」側にいる(と少なくとも思っている。まあ狂人はだいたいそういうことを言うもんですが…)ことが、たまたまに思えてならないのだ。
おそらく当事者の方に聞いても全員おそらく普通の人側だと思っているだろうからあまり参考にはならないだろうし、先行研究の文献は中島敦『山月記』とかになる。ただ、私は怖くて仕方がない。いつかインターネットを彷徨うヤバ・オジサンに自分がなってしまうその日が…。なんなら、この文章を増田に投稿する時点で既に虎でいえばちょっとシッポ生えてきちゃってるような気もする。今やポル・ポトみたいなことを言い出している藤田孝典も最初はまともな感じだったし、元々は学識のある人だろう。反ワクチン界隈の医者とかも最初はまっとうに優秀な人だったんだろうな…と思うと、この「虎になっちゃう」トリガーが何なのかが非常に気になる。中島敦先生、または、はてな諸賢の御見解を賜りたい。
https://www.youtube.com/watch?v=3HlXpTQLziY
こちらの動画を「悪趣味な悪ふざけ」と勘違いしている方をお見かけしたので、解説を。
「性的表現」と一括りに語られる表現の是非については、いくつかの異なる論点があって、それを区別できていない方が多いんですよね。(どちらの勢力にも。)
まず一つ目に、「性的営みの自由」に関する論点があります。これは古くから注目されている論点ですね。
ある種のセクシュアリティを持つ人々にとって、ポルノを鑑賞する自由というものは、対人性愛者が恋人とセックスする自由に対応しています。
これらにゾーニングは必要ですが、しかし、「犯罪を助長する可能性」などという議論に持ち込むこと自体が、ある種のセクシュアリティを持つ人々のアイデンティティを著しく棄損することに目を向けるべきでしょう。
ポルノに「犯罪を助長する可能性」があるというならば、対人性愛者が恋人とセックスするという行為、およびそうした行為が許容されているという社会的合意、それらもまた「犯罪を助長する可能性」があるという側面にも目を向けなければフェアではありません。
二つ目に、「文化的営みの自由」に関する論点があります。これは近年になってようやく注目されてきた論点です。
対人性愛が自明視されたこの社会では、対人性愛的な「性と不可分」である文化が無数に溶け込んでいます。
それはファッションやメイクのようなジェンダーエクスプレッションとも融合していますし、また「恋人とデートをする」という程度の活動を生殖行為の一環であると認識している悪趣味な人は少数派でしょう。
そのような社会の中で、宇崎ちゃんの献血ポスターや戸定梨香さんの交通安全動画程度のものが「性的」であるというレッテルを貼られるのは、マイノリティの性の在り方に対する偏見とヘイトの賜物であることは間違いありません。
こうした文化に安易なゾーニングを求めることは、マイノリティの性の在り方をスティグマ化する差別的態度にほかなりません。
多様性を志向するならば、こうした文化を公共空間で許容することこそが求められるべきです。
「性的営み」でしょうか?
「性器を擦り、性的絶頂に至る」ことを目的にこの動画を見る人は、おそらく少数派でしょう。
「文化的営み」でしょうか?
「これが我々の文化だ」と言えば一理あると思いますが、一方で、「これが我々のファッションやメイクだ。ゾーニングは不要だ」と言い切るには、少し違和感もあるかもしれません。
では、「どちらでもない」のかもしれません。
実はもう一つの論点があります。それは「政治的営みの自由」に関する論点です。
そして実は、これこそが最も古くから(一つ目の論点と混同されながら)語られてきた論点かもしれません。
人類は古くから、漫画や漫才、落語、演歌、短歌といった「娯楽」の媒体の中にシニカルな笑いとアイロニーを込めて政治的立場を表明してきました。
挑発的な風刺は、それを見た政敵が嫌悪感を示し、不愉快を表明した時にこそ、その政治性は最も高く評価されるでしょう。
最初の動画を好意的に見た人々は、ある種の「痛快さ」を期待し、実際にそれを動画から享受したのではないでしょうか?
それこそが「政治性」です。
コメント欄を見ても、うっすらとその政治性に気付いている人を少なからず見かけます。
これは表現の不自由展のようなものと同様の活動であり、まさに「表現の自由」の問題です。
外山恒一や後藤輝樹は、彼らなりに真面目な「政治活動」をしているのであり、決して「ふざけている」わけではないのです。(あるいは、時に「ふざける」ことの政治性を彼らは理解している、と言えるかもしれません。)
たとえ大衆を不愉快にさせたとしても、批判を受けながらも許容されなければならない表現というものがあります。
批判はあるかもしれません。しかし、そこにある政治性を軽視し、嘲笑するような態度は、マジョリティしぐさとしては最悪なものでしょう。
紅茶を検尿カップに注いであたかも飲尿しているかのように見せかける行為について自分は飲尿操作と呼んでいる。リプトンからしたら嫌がるよね。当然だと思う。
オタクがみっともないなと思うのは、あれを堂々と擁護してしまうセンスの悪さ(昔だったら「お前はリプトンに訴えられろw」と一応はポーズだけでも批判してみせていたと思う)もだけど、そもそもああいう画像を上げたり擁護したりする奴らで本当に飲尿したことある奴なんていないわけでしょ?
俺は変態とされる人種の中では中級者ぐらい(落語で言うなら二ツ目)だと思うんだけど、飲尿なんて割と普通にやってるわけですよ。あんなの特別なことでもなければ誰でもできることなのに、たかだかアニメキャラの目の前に検尿カップ置いて(直でいけよ酸化するだろ)さも「僕は変態でーす」アピールしてるのがすげームカつくわけ。
あのなぁ、どうせ本当に飲尿なんてできやしないクセに何をいきがってんだよ。それってVtuberのゲーム実況動画で実はプレイは別の人が担当してましたっていうのと同じだからな? オタクにせよ変態にせよ大事なのはプライドだろ? 自分を偽ってる奴にプライドがあるとはとても思えないわけ。
今回の件について、オタクってこんなにガワだけ取り繕ってイキリ倒す人種だったっけ? と思ったので書いた。とにかくもう、みっともないことだけは止めてほしい。