ホリモノーッス
世の中右に出るものはいないみたいなことをなんたらかんたらと適当に話したい訳ですが
ぶっちゃけ左甚五郎の話をするにしても落語にも彫り物にも詳しくもなく、ましてや日光東照宮の眠り猫を見に行ったこともない訳ですな
結局のところどれだけ形を残されたとしても、いつか目にしてみなければ実在するのかすらわからんという事にもなりますわな
右に出るものどころか左自体が存在するのかという解釈になってしまうわけです
だからね、いつかどこかで見に行くしか無いのです。それがあるものだという事前知識を蓄えてね。
そしたらきっと世の中の右に出るものはいない左甚五郎という人物も私の人生に存在したことになるのでしょう。
ということで本日は【存在の証明よいか】でいきたいと思います。