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はてなキーワード: 法要とは

2020-10-08

anond:20201008002355

叔母さんはお寺に払い込まねばならないお墓管理料が納骨されている数に比例して増えるので経済的負担が増えるのはつらいとおもったのでは。

実際ムスコがツルオカにいったあとは三周忌くらいからあとは面倒になってだれも祀らなくなる可能性も考えられる。

 

ここから個人的意見だが仏教大変だな。田舎土地があまっているからってそんな墓ばっかり増やしてないで集約すりゃいいのに。

都市部のお寺は永代供養の納骨堂として鉄骨ビル立ててるけどそのうちまた建て替えるのではないかなあ。

https://www.e-butsuji.jp/butsuji3-1.html

年忌法要は、年回法要ともいい、一般法事と呼ばれているものです。

亡くなった翌年が一周忌、その翌年の2年後が三回忌です。三回忌からは亡くなった年も含めて数え、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌と追善供養法要を営みます

法事ってお墓参りパーティみたいなものから、墓の近くにすんでる人じゃないと開催準備できないよな

2020-09-23

隔離生活

アメリカから身内の不幸で日本に戻ってきた。葬儀は無理でも四十九日くらいは参列したかったので。今は都内隔離生活中。感染可能性が低くなるまで直接実家に向かうのは避けた。

時節と理由から日本の友人にも報告せず帰国したので、電話などで話せるのが身内しかいないのだが、これが結構精神的に苦しい。身内との会話は法要相続に関する手続きなど事務的なことばかり。あーアホな話したい。ゲームとか本の話とかさ。人が亡くなったとはいえ、ずっと悲しんでばかりもいられない。そうするには体力も気力も足りないんだ。悲しみに浸るのは体力を使うんだとはじめて知った。薄情なのはわかってる。でも軽い話もしたい。

2020-06-23

私と信仰

深夜に変なスピリチュアル広告読んでゲラゲラ笑った後に、ちょっと思うことがあったから思いついたから書いただけなんだ。

乱雑だし、プロット作りも推敲も何もしていない。ただずっと抱えていたものを吐き出す場が欲しかっただけなので、とりわけ目立つものもない。

これを書いている私は、いま地方大で歴史を学ぶ大学院生だ。ストレート大学院まで上がった位の年齢だと思ってほしい。

私の専門は歴史だが、そこから興味が広がって宗教や、それに関連する文化の話も好きだ。本来専門ではないけれど、色々本を読んでみたりしている。

そこで思うことがあった。宗教信仰は本当に人の暮らしに密接に関わっていると実感した。そして、勉強を続けたからこそ気付く事や、それまで抱えていた自分気持ちに整理をつけることができた。

この記事はそんな私の20ちょっと人生で触れてきた宗教に関する思い出の覚書だ。

私の家の目の前には、カトリック教会があって、附属幼稚園教会のすぐ隣にある。ミッション系というやつだろう。

からすぐということもあって、私と妹はそこの幼稚園に通っていた。

幼稚園に来たら、シスターたちに挨拶をし、玄関マリア像の前で十字を切る。朝礼やお昼のお弁当を食べる前には「主の祈り(天におられる私たちの父よ~のやつだ)」を唱えたし、クリスマスの時期になれば、年長クラスの子たちがキリストの聖誕劇をやるために練習をしていた。

ああそう、あとメダイちゃんともらっていた。確か聖母子像か、聖母マリアのものだったはずだが、年に数回会うおじいちゃん(どう考えても教会神父だ。園長って呼んでいたけど)から新年度になるたびに名札につけてもらっていた。

そんな幼稚園キリスト教に触れる生活を送っていた幼少期。年長クラスクリスマスに聖誕劇をしていたけど、年中クラスや年少クラだって讃美歌を歌ったり、合奏をしていたので、どこの幼稚園もこういう歌を覚えているものだと思っていた。

卒園式のお祝いには、聖書を分かりやすくまとめた絵本をもらった。絵本といっても結構文字が書いてあるし、ハードカバーの大型絵本だった。聖書の教えも何度か聞いていたはずだが、私がきちんと聖書物語に触れたのはあの卒園式の日だったに違いない。

既に本の虫だった私は、それなりに漢字も読める方の子どもだった。だからその絵本も気になって、天地創造から長い時間をかけて読み通した。

当時6歳の私は、意味はあまり分かっていなかったけど、ところどころの挿絵インパクトは強烈だった。

洪水翻弄されるノアの方舟モーセが海を割るシーン、キリストが茨の冠を被せられ、鞭うたれるシーン。幼い私は、もうそれはそれはびっくりしたのだ。

それから数年経って、小学校卒業して中二病が芽生えるような年になった頃、私はイキってまた聖書に関心を持ってみた。

西洋美術が分かるやつはかっこいいし、その元ネタが分かるとなおかっこいいと思っていた。恥ずかしい話だが。

そこでもう一度聖書ストーリー絵本(今度は妹がもらってきたやつだ。まったく同じ絵本だが)を読んでおさらいし、やっぱり意味理解しないままミルトンの『失楽園』とかを読んでいた。

この後、ぼんやり興味を薄く抱き続けたまま、今一度大学院に入ってからちゃん勉強をしようと思い、現在に至っている。世界史とかは大事な要素だしね。

こうしてみると私はクリスチャンのように見えるのだが、家には仏壇があるし、今の興味の原点がある幼稚園時代にはその仏壇で「まんまんちゃんあん(関西仏壇やお墓でお参りをするときに言う幼児語)」をしていた。祖母は今でも毎朝、犬の散歩から帰ると仏壇の前でお経を上げる。

父方の祖母と同居しているのだが、祖父は私が生まれる1年ほど前に亡くなっている。祖母は幼いころの私の面倒を、共働きの両親に代わって見てくれていたから、幼稚園から帰ると「おじいちゃんにまんまんちゃんあんして、ただいま言うんやで」と言われるがまま、お鈴を叩いて手を合わせていた。今でも何か報告(たとえば大学に受かった時や、卒業認定をされた時)があるとき仏壇の前に座ることがある。

お盆お彼岸には、お墓参りはできるだけしようと思っているし、昨年京都に行ったときは私の家の宗派本山のお寺にもお参りした。これは本当になんとなくだったけれど、行ってよかったなとは思っている。

から私は、今のところは仏教徒で、ごく一般的日本人宗教なのだけど、困ったことに、私はとある宗教3世にあたる血筋でもある。

名前を出すのは少しはばかられるので婉曲的な表現をするが、先述のように私の家は仏壇のある仏教徒の家だ。宗派を言えば浄土真宗

ただ母方は宗派が違い、日蓮宗なのだ。分かりやすく言えば父方の祖母は「南無阿弥陀仏」と唱えるけれど、母方の祖母は「南無妙法蓮華経」と唱える。

この時点で察しの良い方はお分かりかもしれない。母方の祖母はいわゆる「学会員」だ。

から、母方の祖母の家に遊びに行くと某新聞が置いてあったし、本棚を見れば某氏著作が置いてあった。

自身学会員ではない(嫁いでいるし)し、母の姉夫婦もそうでないのは知っている。私自身会員ではない。

から3世を名乗る立場ではないのだが、私は学会員としての祖母の姿を見て、ああいった宗教に対する疑問を抱くようになった。

実際あの学会について「おや?」と思ったのは、私を可愛がっていた母方の祖父が亡くなった数年後だった。

祖父が亡くなった後、葬儀四十九日法要に関しては違和感を感じることはなかった。後になり、伯父がかなり骨を折ったことを知ったのだが。

違和感をはっきりと感じたのは母方の伯母夫婦、大叔母、そして私たち家族祖母が参加した七回忌の法要だ。

いわゆる法事から自分認識では「お坊さんを呼んで、お経を読んでもらって、そのあと親族食事をする」というものだった。事実父方の祖父法事はお坊さんを呼んでいる。

だが、母方の祖父の七回忌法要は様子が違った。

まず、お坊さんを呼んでいなかったのだ。黒スーツに黒いネクタイを締めた見知らぬ男性(見た感じ祖母とそれほど歳は変わらない人だった)が居て、私の知らない親戚かと思っていた。最初は。

いつになったらお坊さんが来るのだろうと思ったら、法事が始まるから仏壇の部屋に来いと言われた。言われるがまま妹の隣に座り、数珠を持っているとその男性が仏壇の前に座って、読経を始めた。

「は?」と思った。なんでこのオッサンがお経読んでるねん。お坊さん来られへんかったん?違和感しかなかった。

どうやら件の学会ではその地区で一番偉い学会員法要読経をするということを知ったのは、さらそれから2年ほど経った頃だ。

ただ法事の時に、伯父が「僕はちゃんとした日蓮宗のお寺に骨を埋めてもらうように言っている」と若干怒気をはらんだ口調で言っていた理由が、理解できた。

母方の伯母夫婦とは、その七回忌の法要以降会っていない。いや、何度か伯母とは会ったが、伯父とはそれ以来もう何年も会っていない。

昔はよく祖母の家にお盆正月の折に触れて来てくれていたのだけど、仕事関係で来れない、と言うのが聞いている理由だ。でも、多分彼はきっと、学会員である祖母宅周辺の人に会いたくないのだろう。少しだけ言い合いになっていたし、伯父が祖父葬儀に口出ししたことで何かがあったのだろう。

同時に、祖母が熱心に読経を一日に何度も行う理由祖母の家にあった新聞書籍がなんだったか、芋づる式に分かってちょっとだけ嫌気がさした。

祖母よりも熱心だったのは大叔母(祖父の姉)で、会合(というのがあるらしいが、この辺りは詳しく知らない)にも熱心に参加していたみたいだ。

別にこの記事批判をしたいわけじゃない。けれど、どうしても伯父の言葉がずっと心に引っかかっているのだ。

「お義父さんの事も、ちゃんとお弔いしたいのにそれが出来ないのはほんまに悔しい」という伯父の言葉が。

いま色々な宗教の事を学び、宗教社会に与える影響の強さを知った上で、私は伯父の言葉同意したい。

信仰自由だ。それはこの日本で認められた権利だ。けれど、大好きだった祖父のことを、あんジジイの安い読経で弔いたくはないのだ。

そしてああ言った新興宗教団体が、親族との軋轢を産んでいることを伯母夫婦の一件で身に染みて実感したのだ。

母方の祖母我が家の仲はいい。祖母はい一人暮らしだし、私も長生きしてほしいと思っている。

けど、少しだけわがままを言うなら学会と縁は切ってほしいかな、と思わなくはない。

少し愚痴っぽくなったが、最後にその新興宗教がらみの話をちょっとだけ聞いてほしい。

大学進学以降そうした新興宗教がらみのトラブルエピソードは少なからずあると知った。友人も巻き込まれたことがあったらしい。

大学の最寄駅前には某証人人達が冊子を配るために立っているし、家にも何回かチラシがポスティングされたり、勧誘そもそも来たりした。迷惑から帰れ、と総スルーかましたが。

去年なんか、右翼おっさん一般人に絡んで暴行しかけた事件証言を、某会の勧誘をしていた女性二人がしていて「情報量が多い!」と内心ツッコミを入れた現場を目撃した。

彼らも、それを信仰するのは自由だけど、私のように嫌悪するまでもないがもやを抱えた人間を周りに産んでいるのではないかな、と時折思わなくない。

スピリチュアル系のトンデモ科学に関するツイートTwitterなどでも話題になりがちだが、そういうのを見ても「ああ、なんというか、かわいそうだな」と思ってしまう。

思ってしまうだけで、それを思いっきネタにして笑い飛ばしているあたり、私はかなり嫌な人物だなと自戒しなくもないが。

何度も言うが、批判する意図はない。あなたがもしここまでに挙げた何かの信者であっても、私は知らない。

ただ、ひとりの学生が格好をつけて、自分は何を信仰しているのだろうな、と思い返すための文章から、大した感想も求めていないのだ。

ここまで読んでくれた奇特な方には、こんな感じで生活を送ってきた学生が一人居るというのを知ってもらえれば幸いだ。

2020-06-17

anond:20200617185732

2005.03.13 Sunday

いかりや長介さんの一周忌

2004年3月に死去したザ・ドリフターズリーダー俳優いかりや長介さん(享年72)の一周忌法要いかりや長介さんを偲ぶ会」が12日、都内ホテルで行われ、生前親交のあった芸能人、知人、親族ら約700人が出席。故人を偲(しの)んだ。

桜の花で飾られた祭壇の遺影は、葬儀の時と同じ99年のテレビCMウッドベースを奏でる姿を撮ったもの。「1年って本当に早いと思います。でも、長さんが向こうに行ったことが信じられない」。発起人を代表した加藤茶あいつのように、ドリフターズメンバーは一様に「まだ、どこかで生きている気がする」と口にした。

この日は4人のメンバーがそろって献花。「まだまだドリフターズ解散しません。4人でドリフターズコントをずーっと続けていきたい。バカを貫いていきたい」(加藤)と“ドリフ続行”を、天国リーダーに誓っていた。

2020-03-19

遺書赤木氏の妻がこのタイミングで公開した理由

// 文春の記事の要約

こうして昌子さんの中で「真相を知るには裁判しかない」という気持ちが芽生えていった。

夫の死には佐川氏も相当の責任があるだろう。だから裁判を起こすとしたら佐川氏も訴えたい。そうすれば法廷佐川氏に問い質すことができるかもしれない。

通常、この手の事件では「国家公務員行為は国が責任を負う」という国家賠償法規定に基づき、国だけを相手裁判を起こす。

だがこのケースは、到底通常の公務とは言えない違法改ざん行為をさせた責任を問うのだ。公務と言えないなら個人責任だろう。

しか佐川氏は当然、謝罪説明を行うべきだが、遺族の求めに全く応じていない。これはまさに佐川個人責任だ。

昌子さんは弁護士相談を重ね、佐川個人被告に加えることにした。

 昌子さんとしては、お金のためではなく真相究明のための裁判から賠償金はいくらでもいいと考えていた。

しか弁護士によると、安い金額では国が「認諾」と言ってこちらの主張を丸呑みして認めてしまう。

請求額を支払うことで裁判をすぐに終わらせ、それによって遺族側に原因追及をさせないことが狙いだ。

 そうさせないためには、丸呑みできない金額で訴えるしかない。佐川氏と国に対し、総額一億一千万円余の賠償を求めるつもりだ。

 裁判あくま佐川氏を法廷に呼び出し、謝罪を求め、真相を追究するのが目的だ。

訴状の冒頭にも「本件訴訟目的は、第一に、なぜ亡俊夫が本件自殺に追い込まれなければならなかったのか、その原因と経過を明らかにする点にある」と明記されている。

から勝訴して得られた賠償金は、何らかの形で世のため人のために役立てたいと考えている。特に、二度と公文書改ざんなどという不正が起きないようにするために。

 

 事件後の佐川宣寿氏

2020-02-23

告別式法要何回か分まとめてやるせいで最後らへん「何回焼香させんねん!」ってちょっと笑けてくるよな

2020-01-08

葬儀会社の◯レマがクソだったので、詳しく伝える

2020-01-08 22:10 追記しました。

事の経緯

先日、父が亡くなった。がんだった。

父がなくなってから

父の呼吸が止まったのが14時半。来てくれた担当医さんが死亡確認したのが15時半ごろ。家族皆が泣いていた。自分も唇を噛み締めながら我慢して、それでも涙が溢れてくる。

訪問看護をしてくれていた看護師さんがとてもいい人で、自分たちも手伝いながら、髭をそったり着替えさせてくれたりして、父の準備をしてくれた。

家族で湯灌してあげて、最後見送りすることがとても良い時間になるよ。と、いろいろ教えてくれた。

これまでの看病で疲れているし、親族や知人の対応は母することになるの明らかだったので、葬儀会社とやりとりするだけでもと、喪主をかってでた。

葬儀会社を選ぶ

闘病中、なくなる数日前に、◯レマの営業さんが来て、契約とれないと来週クビになると言われ、母が契約したとのこと。

父は元教員だったので、教え子含めてある程度の人数が来ることが予想されたので、駅チカの広い葬儀場が使えるのが良いかと決めたそう。

15年ほど前に祖母がなくなった時には、地元葬儀会社で、自宅葬だった。

在宅療養していた父がなくなり皆が動転している中、母は最後まで地元葬儀会社にするか迷っていた。

とりあえず契約してるんだからという理由で、◯レマに電話を掛けた。

最初対応

担当営業契約担当者と葬儀場で連携が取れておらず、あちらに掛けて、こちらにかけて、折返し待ちして、とたらい回しされた。

加えて、最初電話をかけた時点でこの時間で決めますがよろしいですか?と念押しされた。

こちらのことを知ってる営業からなんのコンタクトもないのか?と疑問におもいつつも、下手に時間を掛けても仕方がないので、最短の日にちで申し込みをした。普通なら、死亡後3日後が告別となるのが最短になるのだが、3日後が友引だったため、4日後となった。結果的には、日付が伸びたことで運良く救われることとなった。


葬儀プランナー来たる。


葬儀プランナー担当者が来たのは18時ごろだった。

準備しますねと。ドライアイスと祭壇のセットをしてくれる。

それが終わると、葬儀プランや料金についての説明が始まった。

私達は営業さんから貰った資料確認しながら、プランの詳細を選んでいくが、一つひとつ決めるたびに、営業が話してた葬儀プランと言ってることが違うやんと言うことがどんどん出てくる。

契約時には、一般的葬儀費用のように見えるこの内容で、事前予約75万のプラン契約していた。

この契約があれば、全部まかなえます。と営業さんは言っていた。追加のオプションは断れば良いとも。

https://cerema.co.jp/funeral/plan.php

 

契約葬儀プランに会場費(+5万)が入ってない。

契約葬儀プランでは、入り口近くの小さい部屋しか使えず、+10万ださないと、50名規模のホールには対応できません。

プランで出来ると書かれていた花祭壇は、+10万ださないと、できません。

病院から自宅までの寝台車費用は入ってるが、自宅から葬儀場への寝台車費用は入っていない。

 →自宅で亡くなったため、おかしくないか?と問い詰めたら、じゃあプラン内の費用対応します。と

・周りに飾る花代が最小16万~。無いと困りますと言われる。親戚から送られる分が合っても、親族一同の分が必須ですと。

・祭壇に飾るフルーツ必須です。(+1万)

白装束(+4万)に着替えるのが普通です。

棺桶に掛ける布は燃やすために毎回新しいもの必要です。(+4万)

・湯灌できるけど、郊外施設まで連れて行く必要があり、家族参加は不可。(+7万)

・骨壷も今のママだと貧相なので、アップしたほうがよいですよ。あと分骨するなら、追加費用+1万)。

告別式粗供養品は返品不可です。

初七日もするなら、食事が一人5000円~


などなど、諸々で、事前の見積もりが180万ほどとなった。通夜の来場も50人と、少なく見込んだ上でだ。

契約書の文面を確認し、クーリングオフできますよね?と問いかけると、厳しい表情。

家族は皆疑念不安が募るばかり。

葬儀トータル費用相場からは離れてない。でも、言ってることこれだけ変わるというのはオカシイちゃんと湯灌してもらえるのか?葬儀が滞りなくすすのか?

ただ、もう期日の予約はした、場所も親しい友人には伝えてしまった。今更変えるのも・・・・。悲しみに浸る間もなく、不安なまま夜を過ごす。


翌日



枕経をあげに住職さんが来る。母は自分世代だと、珍しいと言いつつ、なんだかんだ年3回の法要を欠かせず行っている。

なので馴染みのある住職さんだ。

住職さんに、これまでの経緯を相談すると、◯レマの色々黒い噂を教えてくれる。噂についてはあとで詳しく述べる。

住職さんが、馴染みなので連絡してみますね。と地元葬儀会社をあたってくれるが、友引明けなので、空きがないそう。

帰宅後にも別の葬儀会社を探してくれて、隣の市ならホールの空きがあるよと教えてくれた。

母の不安っぷりと、担当者が不審すぎて信用できない。これはキャンセルするしかない。

キャンセルする

キャンセルもとい、クーリングオフすることを示すように電話証拠として、電話の内容は録音する。

「次の予約が入っているのですが、そちらにお譲りして良いのですか?」何度も念を押される。

こういう引き止め工作が本当に手慣れている。

簡易祭壇の設置費用と、ドライアイス代で3万ほどかかったが、サンクコストとして考えれば安いもの

新しい葬儀会社さんがくる。


営業担当の方が来て、説明してくれる。仏壇屋さんだったが、仏壇買いに来る人が葬儀文句ばかり言われるので、なんとかせねばと作った会社だそう。

・全部入って100万~のプラン

花代は3万~。独自ルートで花を仕入れているのでその値段で胡蝶蘭も入っている。

・謎オプションゼロ。分骨、フルーツ、棺の布、白装束。全部追加費用不要

・会葬返礼品の価格が、2万円ダウン。

・湯灌は自宅で行うので、家族見送りの準備してください。

初七日するなら、会場費5万かかります。自宅ですることもできますよ。と教えてくれる。

葬儀後に花が余ったら自宅に戻してセッティングしますね。

見積もりは160万ほど。ただし、親族花代と、通夜の時の親族食事費用(2万)も含まれている。

費用は下がって、質が確実にアップした。

どこが違ったのか。



来てくれた営業担当さんが、最後まで付き添ってくれた。

最初プラン説明から、会場までの送迎、当日のオペレーションナレーション葬儀後の祭壇設置まで。服装から振る舞いまで、すべてがプロ仕事だと感服する内容でした。

プラン説明時のアドバイスが的確で、常識よりこちらの都合を優先させて柔軟な対応してもらえたのが、ありがたかった。1時間以上かけて車で来る親戚が多かったので、通夜ぶるまいを通夜の前に変更。通夜中にお腹減ることや、通夜に来てくれた人の対応を後回しにせずに済んだ。また来てくれた親戚も早く帰せた。初七日供養後に、食べるのが普通だけど、粗供養品として、食事券を渡して帰ってもらうことにした。

他にも細かい相違点が色々。

・守り刀が、100円カミソリ→刺繍袋に入った短刀に。

・火立てがたて芯タイプからキャンドル型に。

・◯レマの線香が化学薬品臭がして、妻が煙たがっていたのが、変えた瞬間に問題なくなる。

・湯灌は家族でやれてよかった。父の体を拭いたりするのは、嫌な人は嫌かもしれないけど、お風呂入って背中流す感覚で、キレイにしてあげれたのは、最後親孝行でしょう。

・花壇の品質ガッツリ上がった。◯レマの価格を見てたので、安いと思い、親戚からの花もだいぶ増えてしまった。棺に入れれなかった分は、すべて自宅に飾ってあり、1ヶ月近く経つがまだ元気だ。

・姉が嘱託で働いている先の互助組合提携葬儀会社だったため、-10万の割引。こちからは何も言っていないにも関わらず、弔電を見て対応してくれた。

葬儀会社変更して、本当に良かったと思っている。変更の連絡しなおしたり大変な部分もあったけど、満足度が段違い。

結婚式と同じぐらいの金額払うのに、なんで文句言いながら、我慢しながら、サービス受けなあかんのかと。激しく問い詰めたい。


◯レマがクソな点

勘違いさせる前提の資料を元に営業して、キャンセルできない。

マルチ商法かと思うぐらいに、不安で人を動かそうとする。◯◯するのが普通。◯◯はできません。

無駄オプションつけてくる。ってか普通断れへんやろうぐらいの勢いで、オプションつけてくる。

説明しない。

振り返り


こうして◯レマをキャンセルして、地元葬儀会社に変更できたのは、幸運が重なったからだった。

契約して間もない状況で事前支払いが0円。クーリングオフで押し切れる状況だった。

営業を受けた本人の葬儀ではなかった。

友引明けで、日程に1日分の余裕があった。

・付き合いのある信頼できる住職がいて、他の葬儀会社が見つかったこと。

看護師さんからアドバイスがあり違和感を覚えたこと。

これだけの条件が揃っていてようやくキャンセルできた。

今回は父の葬儀分を母が契約したが、普通はこんな契約はしない。なぜなら、営業担当自分葬儀を事前に支払う契約を勧めてくる。ここの情報格差を奴らは狙っている。

過去の噂を聞くかぎり、支払い済みの状況でキャンセルしようとすれば、事前支払い済み分は返金できませんと、そう脅されるだろう。

ちゃんとした式をあげるには+100万かかる状況で、葬儀までの時間はなく、決断は伸ばせない。

親族が亡くなって、気が動転している状況で、あとで事例調べるなり、情報収取するなり、冷静な判断がくだせるだろうか?

すでに親が70万支払いずみの状況で、プランの内容を聞いた後に、キャンセルする覚悟あるかと?

人を嵌めるような商売していること自体が腹立たしい。

近所にも契約している人いたが、母はすぐ解約するように勧めた。

住職から聞いた噂


上にも書いたが、事前契約をメインに営業しているため、後々キャンセルされるケースも多い。

その場合に、解約手数料が掛かる形ではなく、1割も返金しないらしく、訴訟沙汰となっている。

https://www.sankei.com/affairs/news/150122/afr1501220037-n1.html

契約書にも、契約後、180日以後の解約は不可と書かれていた。

・どこかのお寺の檀家ではなかった場合、◯レマから仕事を依頼されることがあるという。

その場合お布施の6割がピンはねされるとのこと。

あなたに出来ること



伝えれる範囲は限られるが、あまりタブー視せずに両親と話すこと。

自分葬儀代は自分でためておきたい。」「子供負担を掛けたくない。」

そういう想いに、奴らは付け込んでくる。

なので、早めに話をして、事前に知っておけば、怖くない。

ほぼ悪徳商法なので、早く潰れることを願って、匿名ダイアリーに記します。


[追記]



ブコメもらえて、拡散したので嬉しいです。(普段ブログでこんなにバズったこと無いので)

もちろん親族や各位には今回のことは包み隠す伝えたのですが、さすがに友達に言いふらすわけにも行かず。。。匿名ダイアリーに書きました。

親族でも、少し大きい規模で、280万という人もいて、葬儀場での話題になりました。

いくつかブコメに返答します。

安くなってない

ちゃんとしたものお金を掛けれた。という印象です。ロウソクや線香一つとっても、ケチるだけケチ姿勢が見えてしまい、なんの信用もできませんでした。5000円のランチ頼んだら、業務スーパーパウチスパゲティが出てきた感じです。

あのまま乗っかった場合に、普及不要請求をされそうだったのが一番の不安でした。

かに160万は安くないと思います。(実際は来場者増えてもう少しかかりました。)満足度は5,000円出して、ちゃんホテルバイキング食べれたぐらいの気分です。


ほんとか嘘が分からんけど、


消されるの怖いので、反社記述だけ消しておきます。にしてもこんなこと匿名ダイアリーじゃなきゃかけない。

フルーツ1万円です!←オプションだし断れよ。


向こうは百戦錬磨でフル武装営業モード。こっちは虚弱状態からスタートして意思だけで戦わなければいけない状況。

正直オプションを断ることだけに、体力と意思力を必要します。途中から、やり取り自体不毛だったので、さっさとやり過ごしてキャンセルできないか相談するモードに入ってました。

当日に葬儀会社まで決めてしまうのも良くなかった。という考えもあるので、決めるのはなくなった翌日でも良かったんじゃないかなと、後から思い返します。ドライアイス代が+1日で、+10,000円ほどかかりますが、4日後でも、最初から問題ないです。葬儀場が相手ないなら、1日ずらすとかでも良いくらい。


先に住職さん

おっしゃるとおりです。次からそうします。

看護師さん最強

ほんとうに何から何まで、助けてもらいました。

看取ってくださったのが、緩和ケアを専門にやっている町医者さんだったので、看護師さんも経験豊富でした。(決して、年配の方ではないのですが)

冷たい対応されると、余計に辛いだろうなと思い返してありがたい限りです。

営業病人をさがして来る。

可能性としてはありえます上記の通り、緩和ケアは車で訪問診療してますので、尾行すれば。なんの証拠もありませんが。

古めの住宅団地なので、営業さんがかなり訪問してまわっているそうです。

焼けば何でも良い。

そのとおりですね。自分も、亡くなった父もそういう考え方です。

ただ、亡くなった人のためではなく、亡くなった人の家族・友人・知人・親族に向けてやるという感じでしょうか。息子としては、親がどんな生き方をしてきたのか知る数少ない機会だったので、ちゃんとやってよかったです。

2019-11-19

anond:20191119001657

意外に歓迎されると思うよ。

テクノ法要とかあるくらいだから

2019-11-04

まるで、あの時のやり直しをさせてもらっているようだ

父方が本家分家だ云々がある家系なんだけど

(ただし父や私の代はもう血が遠すぎて分家扱いもされていない、一般家庭)

私が幼稚園の頃、大規模な法要があって、初めて本家に行くことになった。

父親に連れられて本家の門をくぐった途端、突然

「みっちゃん!」

って叫ぶように呼ばれた。

びっくりして声の主を探すと、家の中から足袋裸足でおばあさんが走り出てきた。

そのまま駆け寄ってきて、私を頭のてっぺんからつま先まで見るおばあさん。

私はどうしていいかからなくて、見られてる間ずっともじもじしてた。

そのうち、他の大人が割って入って、父はその人と一緒にどこかに行った。

私は他の子供たちと集められて、一緒に遊ぶことになった。

遊んでいるうちに法要は終わったらしくて、みんなでお昼のお膳を囲んだ。

さっきのおばあさんは忙しそうにしていたけど、合間合間に私や他の子供たちに

ご飯は足りているかジュースを飲むか、おしぼりを持ってきたから手を拭きなさい、

とたくさん話しかけてくれた。

その間にも、おばあさんから視線を時々感じていたけど、嫌な感じはなかったと思う。

なんというか、すごく気にかけてくれているというか。

何回目かにジュースを勧められたとき、ちょうどお手洗いに行きたかった私は、

おばあさんに連れて行ってほしいとお願いした。

本家は古い大きなおうちで、ちょっと怖かったので、恥ずかしかったけど

おばあさんに、一緒についてきてくれるようにお願いしたら、

おばあさんはちょっと黙ったあと

「もちろん、いいよ。一緒に行ってあげようね」

と手をつないでくれた。

お手洗いからの帰り、おばあさんはなんだか涙ぐんでいた。

大人になって結婚する時に知ったんだけど、おばあさんは、本家大奥様。

男の子たくさんと、女の子を一人産んだんだけど

この女の子を幼いうちに病気で亡くしていた。

たった一人の女の子で、しかも年が離れた末っ子だったので

とても可愛がっていたんだだけに、亡くしたときの悲しみも深く

当時は後を追って死んでしまうんじゃないかという落ち込みようだったらしい。

この女の子が「みっちゃん」。

そして、私がそのみっちゃんそっくり、瓜二つだったらしい。

私を見たときちょっと妙な反応はそのせいだったそうで、

おばあさんやその息子たち(=みっちゃんの兄たち)曰く

「顔立ちはもちろん、ものを食べる様子やちょっとした仕草がみっちゃんのもの

「まるで生き返ってきたみたいだ」

というくらいそっくりだったとのこと。

お手洗いに一緒に行った時に泣いていたわけも聞いた。

何でも、みっちゃんが亡くなる前日、

「怖いからお手洗いに一緒についてきて」

とお願いしたのを、その時ちょっと手が離せなかったので

「一人で行ってきなさい」

と宥めて一人で活かせたらしい。

その日の晩にみっちゃんは高熱を出して、翌朝亡くなってしま

「あの子最後にしたお願いを、叶えてやれなかった。ちょっと手を休めてついて行ってやれば良かった」

とずっと悔やんでいたんだそう。

それがあの日そっくりな私が現れて、みっちゃんと同じようにお手洗いについてきてって言い出して

「まるで、あの時のやり直しをさせてもらっているようだ」

と感じたんだって

私が本家に行ったのはその一回きりだったんだけど

おばあさんはその後ずっと私のことを気にかけていたらしい。

とても他人とは思えないって。

おばあさんは、私が高校生の時に亡くなったそうなんだけど、その際に遺言

「あのみっちゃんそっくりの子がお嫁に行くとき、お祝いを渡してほしい」

長男さん(=今一番本家で偉い人)に頼んでいたそうで、

私が結婚するときに小包をいただいた。

開けてみると、漆塗りの箱の中に櫛や手鏡、かんざしなんかが入っていた。

全部おばあさんが生前自分で選んだものらしい。

ほんとに貰っていいのかなって思ったけど、長男さんに

「供養と思って受け取ってほしい」

と重ねて言われたので、ありがたく受け取ることにした。

私には、子供に先立たれた親の気持ち想像することしかできない。

でも、それは悲しくて切ない事なんだろうし、それをちょっとでも癒すことができたなら

(私の力によるところでは全くないんだけれども)

いいことをしたのかな、と思う。

昨日妊娠していることがわかって、ちょっと感傷モードに入っちゃったので

落ち着くために書かせてもらいました。

2019-09-01

映画「We are little zombies」ってそんなに良いか

 映画「We are little zombies」を8/31ウェブでの無料公開で見た。今も劇場で上映されているにも関わらず、という点は素直にすごいな、と思う。海外で賞を取ったとも聞く。Filmarksを見れば、割と高評価を付けている人が多い……ように見受けられる。だけどあれ、そんなに良かったか

あらすじ ※以下、ネタバレを大いに含みます

 両親を亡くした4人の少年少女ヒカリ、イクコ、タケムラ、イシ)が火葬場で出会いバンドを結成し、社会現象となる。しかし、主人公ヒカリ)の両親が亡くなる原因となったバス運転手ネット特定され、運転手自殺バンド解散し、主人公は親戚に引き取られることに。イクコ、タケムラ、イシらはヒカリを連れ出し、ヒカリの両親が事故で行けなかった草原へと目指す。道中で事故に合い、4人の乗った車が水没する。頭の中で走馬灯が駆け巡るヒカリ。突然「Continue?」という文字が浮かぶも、一度は拒否しかし仲間たちの声もあり「Yes」を選ぶ。するとヒカリの出生シーンが浮かび、気づいたころにはヒカリ事故現場にいた。その後草原へ4人で向かい、平凡な人生いいねとかなんとか言う。念仏が聞こえ、鯨幕の白からズームアウトして終わり。

感想

 大筋だけ抜き出すとそれなりに理解は出来る。というかこういう、理解のない大人や嫌な現実に反抗し、自由を勝ち取るというストーリー青春モノの定石なので、悪くなりようがないのだ。それから映像が斬新というのも分からなくはない。短いカット連続に鮮やかな色彩、独特なショット

 それらを全部ひっくり返すほどに、演出ダサい

セリフ説明しまくる主人公たち

 自分が何を思ってどう動いたかバンドがどうなっただとか、最初から最後まで説明セリフだらけ!映画は、カメラを通じて作り手が見せたいものだけを見せられるメディアだ。だからこそ、言葉で全部喋っちゃ興ざめなんだよ。表情や仕草、寄って撮るか引いて撮るか、背景に美術、何を画面に入れて何を排除するか、言葉だけに頼らず表現しなきゃ「映画」の意味がないんじゃないの。主人公一人称ナレーションたっぷり入れることが効果的に作用する場合もあるだろうが、主人公たちは感情が無く、両親の葬式なのに泣けない(だからゾンビ」)という設定のはず。それなのに(一応「ゾンビ」だから棒読みで!)べらべらしゃべるものから、「俺、中学生だけど正直感情が無くて全てが滑稽に思える」のコピペを思い出す仕上がりである

2019年にこれをやるかという表現

 「さあゲームの始まりです」は流石になかったが、感電して骨が見える、ネット特定シーンでは画面上に書き込みと思しき文字がずらずら表示される、などの古臭い表現がそこかしこに見られる。走馬灯も「Continue?」も差しまれる出生シーンも……4人が逃げ込んだ先はラブホテル了解です!ちなみに、主人公ゲームボーイを持っている理由は一応明かされてはいるが、イクコ役の中島セナに(iPhoneでもデジカメでもなく)フィルムカメラを持たせているところから見るに、ちょっとレトロな感じよくない?ぐらいじゃないかと疑ってしまう。街中で若者スケートボードをやっている場面も、有り体に言やPOPEYE感を演出するだけ。こういうのを削除したら90分ぐらいのソリッドなものに仕上がると思うのですが。本筋には関係ないものの、正直かなり冷める。

地域格差ステレオタイプ

 ここがかなり嫌だった。主人公ヒカリはおそらく東京まれ東京在住(東京タワーらしきものが見えることから分かる)の中流家庭であるのに対し、がめつく、金をむしり取る親戚は関西弁である。これをステレオタイプと言わずしてなんと呼ぼうか。他にも、葬式の場で主人公に「感情が無いの?」と泣くよう迫る親戚の女性福島在住だし、主人公の両親が巻き込まれ事故の原因であるバス運転手広島出身であるという描写がある。それだけではない。タケムラの父親は、工場経営しており、貧困で、母子に対し暴力をふるう。そして母親を巻き込んで自殺する。イシの両親は中華料理屋を営んでおり、イシは太っている。そして実家火災で全焼する。イクコの両親は、イクコに心酔するピアノ教師によって殺害される。そういう設定だと言われればそれまでだ。気にならない人もいるだろう。だが、私はなんだかなあという気がするのだ。ついでに言うと、主人公ヒカリ父親広告会社に勤めており、社内では人気者だそうだ。監督電通の長久允氏であることを鑑みるに、強い電通力(ぢから)を感じる。

肝心の音楽そんなにいいか問題

 主人公たちにバンドを組むよう勧めたホームレスたちの音楽が、見た目通りのヒッピー感溢れるものだったことには思わず笑ってしまったが、それは好みの問題だろうから置いておく。問題主人公たちのバンドだ。エクスペリメンタルビットポップをやるのは、それも好みの問題だろうから(あと一応「ゾンビ」的設定を生かしたのだろうし)置いておく。それの凄さを語る方法が酷い。CHAI菊地成孔を出して、彼らがいかに凄いかを喋らせるのだ。鑑賞中、思わず叫びそうになった。嘘だろ?!観客はそれぞれ好みが違うから楽曲凄さ表現するのはとても難しいということは分かるが、実在するアーティスト言葉説明させるのは一番ダメでしょう。先ほども述べたが、それなら「映画」でやる意味がないのではと感じる。

自己弁護のうざったさ

 「エモいって古い」にはエクスキューズを付けるいやらしさを感じる。さらに、一種夢オチとも取れる結末で〆ているところもあまり好きではない。別に、全て主人公ヒカリ内面の旅であっても悪くはないが、それにしてはこの(法要中の)短い間によくそこまで考えたな!となり、オモシロさが増す。また、自己弁護ではないが、「絶望ダッサ」にはどうも乗り切れない。「僕は感情がないから悲しみなんて感じないんだ平気なんだ(自己防衛)→いや本当は絶望して悲しんでいるんだ(自覚)→でもそんなのダサいから乗り越えていくんだ(そして未来へ……)」なのかな、と好意的解釈するとしても、それは「ダサい」という言葉で乗り越えていくべきものなのか、疑問である抑うつ状態ダサい/ダサくない、という問題じゃないと思うのだが……。

おわりに

 疲れた映像が斬新と述べたが、中島哲也に似ているんじゃないかとも思う。他にも色々言いたいことはあったが、もう止める。だいたい夢オチ可能性がある時点で、全ての指摘は負けなのだ。楽しんでいる人をけなしたいわけではない。良かったという人はそのまま、堂々としていればいいと思う。ただ、私には合わなかった。

2019-06-09

anond:20190608204005

分かるよ。

でもな、死んでからも、それなりの葬式を出して、

四十九日法要を上げて、お寺やお墓に納骨なりして、

1周忌を上げて、三回忌をやって、、、十三回忌の法要を上げる頃に

ようやく、こうするしか無かったんだよな、

と、しみじみ思えてくるよ。

2019-05-15

YO! YO!

オレらに足りない 栄養 教養

アツく求める 抱擁 寛容

何か残さにゃ 凡庸 法要

YO! YO! 言ってる場合じゃねぇヨ

2019-04-26

先日、私の祖父(母方)の法要がありました。

父、母、私、兄、義姉、母の姉夫婦と親戚10人くらいでしました。

食事をするためにお店を予約していました。

母方の祖父だったこともあり、母と伯母が率先して動いていました。

その時、義姉はたいして動いていませんでした。

男性陣は男ということもあって、動くことはありません。

私としては兄の嫁なんだから、もう少し動けば?と思ったのですが、兄たちは結婚して数ヶ月しか経っていなかったのと、式も挙げなかったので実質今回が親戚と初めて会うので余裕がなかったのかな?とも思いました。

私自身も親戚たちと会うのは数十年ぶりなので、ある意味義姉と変わらないと思うので、お酌して自己紹介でもすればいいのにと思いました。

兄の横にぴったりついてて、一人じゃ何もできないの?と驚きました。

飲み物も気を利かせて注文すればいいのに、そういうのも一切なかったです。

お金を出すのはうちの親だから勝手に頼まないのか、それとも飲み物も頼めないくらい内気な人なのか。

友人に話したら意見割れました。

お嫁さん可哀想結婚して数ヶ月で訳も分からないのにそこまで求めなくても…男はなぜ動かないの?特にお兄さん。

という意見もあれば、

もっと率先して動かないとね、大人なんだから自己紹介も夫なしでもしなくちゃ

という意見もありました。

こんな義姉どう思いますか?

2018-03-10

一周忌直前に母が骨折

昨年、父が亡くなった。

父の生前は、「こぼした」「シャツの裾が出ている」等と口うるさかったが、いざ亡くなると「本当にいい人だった」としみじみ言っていた。

その後いろいろあったけど、一周忌法要を済ませようという日の直前に母が転んで大腿骨骨折してしまった。

幸い、要介護1であったこともあり、普段来ていた訪問介護スタッフがテキパキと処理して無事に病院入院し、手術も受けることができた。

母は、この手の自分弱者になる経験が少ないようでかなり動揺しており、リハビリがキチンとできるか心配

2018-03-04

天まで飛ばそ

父の法要から一日明けた朝、漫然とテレビをつけていたら、NHKみんなのうたが始まっていた。

あ、ボブネミミッミじゃん、そう思って聞き流した次の曲が七尾旅人さんの「天まで飛ばそ」だった。優しい歌声に枯れたと思った感情がぶり返してきた。

花粉症の鼻をすすっていると母も洗濯物をハンガーにかけながら「この歌誰が歌ってるの?」と聞いてきて、答えられなかったからググって今また歌詞を読んでる。

隠した願いを天まで飛ばそ。あの子は知らない。あの子は知らない。

渡しきれぬ夢を天まで飛ばそ。あの子は知らずにここから旅立つ。

親の心 子知らず、なんて言うけれど、自分もまた知らなかった。

父に勘当されて十数年、妹に見せてもらった家族自分を除く)のLINEチャンネルにも、遺書らしい遺書にも自分名前が登場することはついぞなくて。

死ぬ二週間前にお互いに様変わりした顔を合わせた席で「ひさ…」「次に会うのは葬式だな」と会話にならない会話を交わしてすぐに病室を出ていったから、最後まで父が自分のことを思い出す時間があったかどうかも不明で。

それでもあの時の掛け違いの理由を何処かに遺していってくれたらと願わずにいられなくて、書斎を探してみたけど、出てきたのは茅田砂胡さん、菅浩江さん、小野不由美さんと懐かしい著名のファンタジーばかり。晩年抗がん剤研究をしていたと聞いたが、仕事に関する本は古いバイオインフォマティクス参考書を除いて一切なかった

目を閉じれば思い出すのは、港南台の子ども科学館に、青葉台郊外の勤め先の研究所と、土日車で連れて行ってもらった子どもの頃の記憶ばかり。あの延長線上に、父の秘された希望もあったのだろうか。隠した願いはもう一生分からない。今の自分ははっきり違うということだけが分かる。歌を聞いて三度去来するのはもう解決すらできないこの寂しさだ。

後、数年もすれば自分子ども名前と一緒に隠した願いをそっと飛ばすだろう。夜をギラギラ自己主張するのではなくて、色々な人が打ち上げた願いの中にひっそり混ぜて、旅立ったあの子が気づかずに手に取ってくれることを願おう。そうしてくれたら、いやもし選ばなかったとしても自分から伸ばした手で願い星を掴んだとしたら、それが親としての本願だ。

2018-02-08

ご受戒も戒名も要らん

私本人は、特定信仰を持たない。寧ろ持ちたくないし、嫌い。

夫は日蓮正宗信徒

再婚同士。

先月、姑の一周忌だった。法要正宗のお寺で行った。

私的には、夫の信仰尊重するけど、和して同ぜず。そんな感じ。夫もそれで良いと云っていた。……直前まで。

話は遡るけれど、義母の本葬のとき夫の息子(成人済み。私とは血縁も縁組もない)に、「正宗ですか?」って聞かれた。

普通、成人済みで家も出て行った息子が、父親再婚相手(の実家)の宗教なんか、いちいち確認しないと思う……。正直ドン引きだったけど、葬儀の忙しさで正直すぐにそんなことはすっかり忘れてた。

それを思い出したのが、姑一周忌の直前。数十分前。

なので、

「お義母さんの形見分けとか、お義姉さん(夫の姉。僧侶の妻)からいろいろお手紙が来てたみたいだけど、私は信徒ではないから、お数珠とかは宗教的ものは受け取れないし、生前の縁も薄かったから、何もいただく気はないよ」

って話した。ついでに、

「私は信徒じゃないし、入信する気もない。お弔いだから参列するし、お経も一緒にあげるけど、信徒さんかって誰かに聞かれたら否定するよ。それは解ってね」

とも話した。

そうしたら夫が、

「ご受戒だけ受けて、戒名は貰ってないって今回は誤魔化す。戒名ないとうちのお墓に入れないから」

とか云う。

ねえ、それおかしくない?

何で宗教とかで、嘘つかなきゃいけないのよ?

私、散骨希望って云ったよね? 戒名も年忌も要らないって。

別に妻が信徒じゃなくったっていいから、入籍したんじゃないの?

嘘ついて誤魔化さなきゃならない存在なの?

入籍して5年。ずっとそう思われてきたってことか?

なんかもうとにかく許せない。

もし今土下座で許しを請われても。頭蓋骨粉砕して【いとしきみこと】するまで、踵落としするレベル

姉が僧侶の妻だからって、自分再婚相手宗教まで日蓮正宗にしなきゃなんねーのかよ。冗談じゃねーよ。

結婚前にお互い尊重するって約束したのは嘘かこの野郎。騙してやがったのか糞野郎

だいたい、嘘で受戒だの戒名だのって、本当の信仰心を持って日蓮正宗信徒やってる方に対し、すっごく失礼だろ。

何の落ち度もない真面目な信徒さん(夫にしてみりゃお仲間さんだ)に対して、私が無礼な振る舞いをすることになると、何故気づかないんだよ!

一人の信徒が(しか僧侶の身内とか、信心の持ちようがかなりディープ人間)、非信徒に対しそれをやるってことは、日蓮正宗全体として、嘘OKってことと受け取るぞこのド腐れ野郎。例え方便ってやつでもな!

離婚を考える程ではないんだけど、信頼感がマイナスになってしまった。

この1か月、言葉にも態度にも出さないようにしてるけど、本当に辛い。

仏壇ブチ壊したくなる。

2018-01-31

冠婚葬祭を最低限の費用で済ませるための新宗教をつくろう

欧米と比して宗教色が薄いと言われる現代日本でも、完全に宗教と決別して生きていくことは難しい。

いわゆる「冠婚葬祭」においても、近年では小規模化の傾向が見られるとは言え、有形無形の圧力により望まぬ負担を強いられることが常態化している。

そこで、出来る限りコストのかからない極めて簡素宗教を新たに用意し、それを宗教的圧力からの逃げ道にすることができないかと考えた。

簡素と言っても、冠婚葬祭を全く執り行わなければ社会的摩擦が生じ、かえってコストが増大しよう。それでは本末転倒である

なので最低限の儀式は執り行いつつ、それ以上の出費を防ぐために、「私の宗教では盛大な儀式が禁じられている」などと、宗教言い訳に使えるようにしたい。

まず宗教目的を設定しよう。

メタ目的が「宗教に関連するコストを低減する」ことであるので、「戒律を課す」「現世利益約束する」といったコストの嵩む方向性は論外である

そこで「死に対する不安を取り除く」=「死後の安楽」という点に絞る。

死後の安楽を保証するために、まず神を用意する。

神は全知である

故に神は「人の死後が安楽である」ことを知っておられる。

これを基本にしよう。

「神によって安楽がもたらされる」でないことに注意されたい。

安楽が神によってもたらされるのならば、神に対価を支払う必要性が生じてしまう。

しろ

神は無能である

とすべきだ。

無能であるが故に、神は何の行動も起こさない。

神は信徒に何も与えず、信徒は神に何も捧げない。

信徒は神に期待してはならない。

ただただ「人の死後が安楽であることを知る神が存在する」ことを信じるだけである

全知なる神は、既に信徒信心を知っている。

あらためて信心を表明したり、神へ誓いを立てたりすることは、神の全知を疑う行為であるので、できるかぎり慎むべきである

無能なる神は、決して信徒の求めに応えることはない。

ことさら神へ祈りを捧げたり、神の名の下に騒ぎ立てたりすることは、神の無能を疑う行為であるので、できるかぎり慎むべきである

と、このような教義を設定すれば、冠婚葬祭のたぐいを簡略化できるのはないだろうか。

結婚式

神は新郎新婦の愛を既に知っている。

よって神に愛を誓う儀式としての結婚式不要である

披露宴的なものはやっても良い。

葬式

神は死後の安楽を知っている。

よって死者のために祈る儀式としての葬式不要である

告別式的なものはやっても良い。

法事

神は死後の安楽を知っている。

よって年忌法要などは不要である

埋葬する必要もないが、埋葬した場合でも墓参りはしなくてよい。

といった具合だ。

もちろん冠婚葬祭以外でも様々なシーンで利用できるはずだ。

これを「全知無能神教」と名付けよう。

どうぞ信仰してくれ。

何の宣言許可もいらない。

あなた信仰を神は既に知っているからだ。

2017-11-14

マリオオデッセイクッパ城で、寿の旧字体である壽と書かれた幟がお拍子に合わせて舞うのをみて、祖父仏壇連想する。

子供の頃、親の実家帰省してふあっとした記憶しか残っていない祖父母の仏壇に漫然と手を合わせるたびに

両脇に「壽」と書かれたぼんぼりがあるのは目にしていたけれども、意味も知らなかった。

その理由を知ったのは初めて身近な人を亡くす経験をした祖父法要で。

「うちの家紋は寿=壽だから」「寿って?」「ハッピーってこと」

お酒に昔話に弾む大人道中にげんなりとする中で引火してしまって

眠たいと座布団を蹴っ飛ばして出て行ってしまった。

祖父釣りに行った夏休みは大好きだったから。

皆、自分が入ることになった中学の話ばかり質問責めにあって辟易していた。

あの時、自分自分が知らない祖父の話がしたかったのだ。

ゲームから始まるプルースト効果にしたってなんでこんなことで思い出すのだろう。

思い出せてよかった。

2017-11-04

法事法要の客ばかりの旅館ホテル

まったく…ここは ホテルとか旅館じゃなくて、セレモニーホールとか斎事場だっけ?と思うくらいに

お坊さんや真っ黒な服装の方々がぞろぞろぞろぞろ…

そういう方々とすれ違うと なんとなくゆっくりできない気分になる…

のんきに日帰り温泉なんてつもりで来た自分が恥ずかしくなるような…

気にすることはないんだけどな

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