はてなキーワード: 住まいとは
数年前に別れた元カレに会いたい。
twitterもメールも知ってる。連絡しようと思えばいつでも会える。
でも「会いたい」と思っていることを元カレに気取られたくないので、元カレの住んでいる街に行くときはいつもきょろきょろしてしまう。
大好きで、本当に大好きで、もちろん結婚したかったし一生懸命そういう方向に持って行こうとしたりした。
だけど元カレにとって私はいわゆる「他に女いないし便利だから付き合ってるけど結婚するならコイツじゃないな、結婚はもっと若くて可愛い子とする、いい女が現れたらコイツとはすぐ別れる」という存在であるのは3年目ぐらいから気付いていた。
それでも好きだったから、いずれ観念して結婚してくれるかもしれない、だいたい30過ぎて次の人を探すのは無理だよ、と思っていた。
その思いにケリをつけれたのは、お恥ずかしながら漫画がきっかけで、米沢りか先生の「カツ婚!」を読んだんですよ。
そこに、まさに元カレと同じような男が出てきて、自分はここで言われている「つなぎちゃん」なのだなとハッキリ分かった。
「彼はあなたが結婚適齢期であろうが、あなたの一番だいじな20代~30代をつぶそうがまったく気にしていない」「キープちゃんに繰り上げ当選はあるが、つなぎちゃんに繰り上げ当選はない」ああ本当にそうだ。
私はそんな男にこれからの人生を賭けようとしていたのだ…と思い、辛かったけどお別れしました。
さて、なぜそんな元カレに会いたいのかと言うと、別れてから新しく出会い、お付き合いかたと今結婚して子供もでき、とてもとても幸せだからです。
元カレより圧倒的に優しいし、私のことを好きでいてくれてるのが分かる。ああ本当のパートナーとはこんな私を大切にしてくれるのかと、毎日感動している。
結婚前、今の夫が私の住んでいる駅に来てくれたことがあって、それに感動していたらおおげさだと笑われたんですが、元カレは5年間私の街に来ようとすらしなかったのだ(当時私が実家住まいというのもありましたが)。
あの時、元カレを思い切れて本当によかった。あの時、こんな明るい未来があるとは思っていなかった。
共通の友人情報によると、元カレは、40を過ぎて未だ独身だという。仕事は出来るので若い子に「すごーい」とは言われてはその気になってしまい話しかけたりするらしいが、男としてはまるで相手にされていないという。
飯炊き女がいなくなったので体型も崩れ、頭髪も薄くなってきたらしい。
そんな元カレにとても幸せな今の私を見せつけてやりたい、というのは性格が悪いだろうか。
とりあえず共通の友人に「私は結婚して子供もいてとてもとても幸せなので、もし私に対して罪悪感があるなら安心してねと元カレに伝えてくれ」と言った。
元カレは私に罪悪感など持っていないだろう。いや、ちょっと悪かったかなーぐらいは思ってるかもしれない。その元カレを楽にする言葉であるとは分かっている。
それでも、「あの時、この女で手を打っておきゃよかった」と悔しがらせたい。
しかし、変にネットズレしているので「保険なぞいらん!」と言っていた。
「で、ソースは?」みたいなヤツなので、ソース揃えて説明して、やっと納得した。
出産祝い代わりに調べたけど意外に面倒だったので、オマエラも参考にしろよ。
(なお、身バレを避けるために、家族構成等のシュチュエーションは変えた)
妻と子供を路頭に迷わせたくないとは思っていたようだ。
ちなみに、社保には埋葬料(国保だと葬祭費)という謎の規定があって死ぬと5万円貰える。
で、公営の火葬施設は大抵5万以下で火葬してくれるので、骨壷くらいは買える。
何はなくとも生きていくのに金がかかる。
2人で17万9850円、3人で19万9600円、4人で21万9630円
[平成26年4月の世帯人員別標準生計費:http://www.jinji.go.jp/kankoku/h26/pdf/26seikeihi.pdf]
まあ、だいたい2人が月に18万で生活しとるわけだ。家賃食費コミコミで。
ただこれ学費は入ってない、という事になってる。
大学は奨学金だの学生ローンだので頑張ってもらうとして、高校まで。
幼稚園3歳から高校18歳までの学費を、調査から持ってこよう。
全て公立で、幼稚園66万、小学校183万、中学校135万、高校116万、計500万円
全て私立で、幼稚園146万、小学校854万、中学校389万、高校289万、計1678万円
幼稚園から高校卒業までの15年間の学習費総額は、公立で約500万円、私立で約1678万円。
[文部科学省 平成24年度子どもの学習費調査:http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/__icsFiles/afieldfile/2014/01/10/1343235_1.pdf]
つまり、教育費、給食費、学校外活動費を含めて、公立でも1人500万はかかるわけだ。
遺族基礎年金+遺族厚生年金で、月あたり妻のみ4万円、妻子1人12万5千円、妻子2人14万円、妻子3人15万円。
[遺族厚生年金(受給要件・支給開始時期・計算方法):http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=5171]
だいたい妻+子1人だと、子供が18歳になるまで年150万円貰える。
(細かく言えば条件に寄ってビミョーに増減する)
ざっくり1800万円ぐらい足りなくなる、ということが判る。
もしお母ちゃんにも働いてもらえるなら、もっと楽になる。
(月8万3千円なら、まあ無理のない金額だと言えよう)
とはいえ、子供が小学生になるまでは厳しいっぽいので、以下ぐらいは抑えたい。
家を買うとほぼ強制加入させられる団信生命保険みたいな、営業分が載ってない保険はお得では無いかと調べた。
(団信代は銀行が払うってローンもあるが、単に利率に上乗せされてるだけで掛け金は払ってる)
が、調べてみると、団信って誰が入ってもホトンド同じ掛け金だった。
(ただ、家の購入は奥さんの意向が強いようなので、今回は聞かなかったことにした)
公立で18歳になるまでの平均的な支出をカバーすることにした。
調べるのめんどいが、掛け捨てもある。保険は10年単位が普通らしいな。
(可能な限り保険金は払いたくないという強い意向で、掛け捨てを選んだ)
よって、毎月2500円の、年3万円で、子供が大学入るまでの18年で54万円あればOK。
もちろん標準生計費換算だとやりくり苦しいんだろうが、公立行くなら不足は月8万3千円。
掛け捨て生命保険なら、月に2500円、年に3万円で済むことになった。
まあ、普通に生活してりゃなかなか死なないだろうが、流石に月2500円なら払うようだ。
奥さんはパンフを貰って、病気や怪我の入院も、とヤツに迫ってきているようだ。
という愚痴を聞いた。つーか、オレが調べる前提で話ふってくるの止めろ。
http://anond.hatelabo.jp/20150715014005
(づつきです)
通常のネットは当局から禁ぜられ程なく使えなくなったが、「もう一つのネット」は問題なく作用した。
珠洲子は住まいのある東京都北区赤羽(Akabane東京都の地名。濁音化せずに日本語で書くとAkahane。ハネhaneは元来ハニhaniであり、ハニは「土」を意味する。すなわち赤いハニ(red soil)が地名の由来となっている)から脱出するまで1度だけ襲撃を受けた。都内から離れた後は襲撃はなく、追手はひとまず撒けたことになる。襲撃した相手はハーバード大学3刀流の使い手だった。この流派は2050年代にネットが身体の操縦に役立つ技術になった際、ヨーヨー・マビルマーク・ザッカーバーゲイツ・アダムズシニアジュニア3世を名乗る、ハーバード大学を後に退学になる男によって創始された。3つの刀を間違った日本の文化に即して扱うもので、その内の一つは特に電子的に管理し中空に浮かせておくのが特徴だと師匠から教わった。『名探偵ホームズ』には「バリツ」という武術が登場する。シャーロキアンのこれでもかって程の執拗かつ綿密な研究のおかげで、「バリツ」が19世紀末ロンドンで実際に教示されたことは21世紀後半の現代ではよく知られている。日本の作法が伝言ゲームで面白く意味を持つ。ハーバード大学3刀流はこの時代の「バリツ」なのだ。
珠洲子はこうした刺客(Shikakuここでは珠洲子を追捕するために派遣されたエージェント)を2秒半ほどで退けた。刀が落ちて金属音を立てるのを尻目(Shirime)に聴きながら、珠洲子は師匠(Sishou)の事を思い出した(remember)。珠洲子の師匠の一人は陳老師(Chen-raoshi、チンさん)という名前で、昔幕府があった場所の名の付いた優秀な弟子を手掛けたことで知られる。珠洲子もそのまた優秀な弟子だ。
「教えの歴史的な古さが強さをもたらすのでない。当然新しいからと言って勝つわけではない。よかったのう!」
チンさんの教えはよく分からないこともあったけれど、この言葉は間違っていない。歴史の重みはある種、不必要だ。必要なのは揃っている道具で今考えることだ。
2時間42分後、珠洲子は岐阜県関市に到着した。明治・昭和・平成、さらにその次と次の元号の時に行政区の変遷があり関市も随分様相を変えた。人も変わった。ここには鷲見(すみ)太郎という政治家がいる。彼女は彼に会いに来た。事前に「もう一つのネット体系」を経由し短報を送っておいた。鷲見はネットが身体を操作し始めた50年代に先鋭的に反対を唱えた男で、のち中央政界で1期務め、現在は岐阜県議の職にある。珠洲子の主人は、鷲見にアポイントを取るよう手筈を整えていた。珠洲子は鷲見の邸宅に予告通り忍びこんだ。鷲見は報せを受けてから警備を敢えて「普通」にして待っていた。政治家の邸宅における警備を縫うことは「普通」は不可能。しかし21時4分現在、書斎にいる鷲見の眼前に可愛らしい女性が難なく現れ、彼に簡単なブリーフィングを伝えていた。当然、ブリーフィングよりも忍びこんだ事実の方が、より雄弁に「もう一つのネット」の機能と彼女の任務とを物語っていた。
「私の反ネット勢力のツテを頼りたいのだろう」「左様です」「あまり役に立たないと思う」「何故です…」「かつてネットが身体の制御に使用されようとしたとき、多くの人が危険だと唱えた。その内に先鋭化して回線切ってネットを捨てるべきと考える者が現れた。」「…」「スイッチのようにオンとオフだけで考えてはならなかったのだ」「?」「ネットを捨てるべきと言った連中はその内コンピュータが不用と言い、テレビや暇つぶしの携帯ゲームが害悪だと訴え、車も複写機も信号機も要らない、電子的なデバイスをあれこれと捨てようとした」「…」「そしてついに眼鏡がいらない、とかスリッパが要らない、もっと自然に過ごそう! とか言い始めた」「…」「そうなると火薬も羅針盤もいらないし、文字もいらないし衣服もいらないし石器も言語も要らなくなる…ということに多くの人間は、どこかの段階で、気づいた」「??」「人間は道具を使う。ネットに異を唱えたはいいが、どこまで自分が道具を持ち、使っていたのか。そこに無自覚に、ネットだけをつついていたんだ」「反ネット勢力の名簿はいただけないのですか?」「勿論差し上げよう。だが今話したごときの懊悩、えっと悩みね。…悩み。道具に関する悩みを私や私と同じような人間は共有している。だから私の同胞では…ネットをストップしようと考えただけの時代の人間ではダメだ。おわかりいただけたかな?」「…わかりました」
鷲見の邸宅から去り、関市内吾妻町の、関市が幾度も合併する前からあるホテルに赴く。「もう一つのネット」でホテルにチェックインし、「もう一つのネット」で架空の銀行口座から架空の資金をホテルに支払う。自分の部屋でモルツビールを空けながら10時のニュースを見つつ、鷲見からもらったリストを網膜で走査する。
2缶目がもう少しで飲み干せるぐらいの時に、関係者の中に元カレ(Moto-kare昔の男性の交際相手)の名前を見付けた。「???」
たまに仕事で豊洲に行くことがあるのだけど、たまにのことなので毎回経路を検索することになる。
たいてい、どこかで有楽町線に乗り換えるルートが最も早く到着できるが、ゆりかもめ利用の経路が最も早く豊洲着となるケースがある。
今朝がそうだった。
ゆりかもめは利用したことが無く、なんとなく乗り換えが面倒そうな印象があったので、ゆりかもめ利用の経路はずっと無視していた。
今日は「使ってみたら便利なルートだったなんてことがあるかもしれないし」と思い、ゆりかもめ利用の経路で豊洲に向かうことにした。
大井町でりんかい線に乗り換える段で、早くも後悔することになる。やたら深いところにホームがある。失敗したかなと思いつつも引き返すわけにもいかないので、経路選択の失敗に気付かないフリをしてりんかい線に乗る。
国際展示場で明るいドーム型の天井を見上げながら地上に出る。今度はゆりかもめの改札がどこなのかわからない。なんとなく人の流れに乗って歩き出すが、駅から遠ざかるだけの感じがして引き返す。
駅員に尋ねると、人の流れとは完全に逆の方向にゆりかもめの駅はあった。
夏らしい大粒の雨が降る中、アーケードもない国際展示場-有明を乗り換える。「こんな経路は検索結果から排除してくれよ」と経路検索アプリに悪態をつきながら、りんかい線とは対照的にやたら高いところにあるゆりかもめのホームに上がる。
置き去られた未来。といった感じのこじんまりとしたホームでは自分と老人が1人、電車を待っている。
ホームの外は東京とは思えない広大な空間が広がっている。やがてたった2両の電車が滑りこんで来た。乗りこむと女性が一人だけ乗っていて、スマホで何かを見ている。
平日朝8時台の都内を走る電車が2両編成で、その車両には自分以外にはたった一人。隣の車両を覗いても3人ぐらい。
大きな窓の明るい車両から見える周囲の空間は、開放的というより寂寥感あふれると言ったほうが感覚に近いだろう。
さっきまでぎゅうぎゅうの大井町線で、わずかなスペースを見つけるのに必死だった自分とのギャップに頭がついていかない。金属と金属がこすれあう普通の電車とは違う、ゆりかもめの牧歌的な振動も不思議な感覚を増幅する。
ゆりかもめが豊洲に向けて進むうち、ポツポツと人が乗ってくるが席の大半は空いたままだ。
窓の外には相変わらずだだっ広い空間が広がり、その中に建設中の大きな建物がポツリポツリ。海なのか河なのかわからない水面とその周辺の雑草が生えた広い土地。雨が降っているので地面も水面も空も、灰色で塗りつぶされている。
豊洲で地上に降りると相変わらず雨で、閑散としている。訪問先に向かううちに、あちこちから現れる人々がつくる流れの中に飲み込まれて、いつもの世界に戻ってきた感じがしてくる。
土日は家族で図書館にコミュニティバスか歩きで。読み聞かせと調べもの。たまに電車とバスで行楽地。
iPhoneの開発してたけど、やめた途端にすべての技術が下らなくなってビジネスガラケーに。嫁さんと連絡用、たまに友達。
緊急連絡無いと困るから流石に持ってる。車で死んだアメリカの鉄道のように、公衆電話がなくなってしまった。
Facebook 等SNSも全部やめ。たまに入ってくる個人の仕事の依頼はメールのみ。宣伝なんかいるかバカヤロー。
ラインも全ぶっちでせいせいした。こちとら結婚しとるんじゃぼけがぁ
家のネットも解約、MVNOに。動画を見るのをやめたら1ヶ月5GでOK。あとは図書館で十分必要な情報はとれる。
家は7万の賃貸。半分会社から出る。一戸建ての広告とかクリステルの車の広告とか見ると悲しくなってくる。
意味なく置かれた椅子とか、ベークライト?がしいてある中庭とか。
あと車が見えるリビングとか。
何がかなしうてクリステルとロナウドがイオンでサッカーしてるCM見て車変わんといかんのじゃ。
そんなもん買うなら娘にプリキュアの変身グッズこうたるわ。
逆に。
以前に書いた増田も整理できるし、
意外に、そういうときにブクマやトラバが付いてることに気付いたりするしね。
あー、でも出かけるで思い出したけど、
車運転してて、下道だとずっと眠たくならないんだけど
高速乗ったとたんに3分で眠たくなるのはなぜ?
あれは眠いわ。
眠くならない高速誰か作ってくれないかしら。
たまにはクリームパンとかも美味しいわよね。
なんかそういうの無性に食べたくなるわ。
パン屋さんでトングかちかちしながら
昨日の梅ウォーターがたくさんあるので、
あんまりよくわかんないけど、
たぶん、デトックスウォーターはすぐ作って1日で飲んだ方がいいわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張ろう!
帰省したらテーブルの上に広げてあった父の給与明細を見てしまった
6月は18万だったらしい
これが父にとって高いのか低いのか判らない
父は土木作業員の監督だから安定して18万なわけじゃないだろう
自分が子どものころから雨の日は休みだったし、忙しいときとそうでないときで帰宅時刻が全然違った
うちの家庭は自分を含めて子どもは3人で、地方住まいの自営業者の父、パートの母、大正生まれの祖父の6人だった
自分が幼少の頃、バブル時代は毎週出前の寿司を食べていたし、言えばなんでも買ってもらえたし、田舎だからと言うのもあるが、車が6台だか7台あった
金があったんだろう
昭和59年生まれの俺にとってのバブル時代なんてほとんど記憶にないけど、寿司と車とファミコンソフトに溢れていたのは覚えている
でも、子どもたちが中学生になるころには「お前たちがいくら頭が良くなったとしても、大学には上げてやれない」とか「高校に入ってしまえば勉強なんて一切しなくていい」と言われ続けていた
俺はバカな子どもで、中学の成績は中の上程度だったし勉強よりもゲームやテレビが好きなやつだったから、言われたとおり、高校に入ったあとは勉強しなかったし、そのあと進学もしなかった
変に中学時代は中の上程度の成績を保てたもんだったから、行った高校は半端な進学校で、周囲はみんな勉強していた
だから勉強なんて一切しなかった俺の成績は、下から片手で数えられた
自分はフラフラとバイトを変えたりしたあと、現在は事務系の会社員(非正規)で、弟は地元に残って土木作業員だ
妹は当時流行していた美容師になりたがったが、希望の学校の学費が払えないと言われるなり、高校卒業後は半ば家出のように東京へ飛び出して行き、キャバ嬢を経たあとは働きもせず男の家に引きこもっている
進学はするなと言われていたしね
あーそりゃあそうだ
子どもが三人もいて、月収18万の父とパートの母と家でボーっとしているだけの祖父しか大人がいない家庭じゃ大学なんか行かせられないよな
母は仕事と買い物以外ではずっと家にこもっていて、テレビにも本にも興味がない、無趣味の人間だ
そりゃそうさ、うちにはそんな金がなかったんだ
母はよく「税金だけはちゃんと払え。絶対借金はするな」と言っていたのできっとうちに負債はないんだろうけど、決して余裕のある生活ではなかったんだなあ
今思えば貧乏の片鱗はたくさんあったのに、よくここまで子どもたちに隠し通したと思う
実際、明日の食べるものや着るものがないとか親父がパチンカスの浮気性とかそういうテンプレが通るような深刻な貧乏ではなかったし、両親も家族も仲はいい
おかげで、成人してひとりになるまで自分が勉強不足で世間知らずのバカだったなんて気づかなかった
妹はもう三十路近いのに、今でもフェイスブックに「ぱぱとままみたいなあったか~い家庭があこがれ♪」なんて書いているけど、会うと酒焼けしただみ声をしている
最近、藤田伸二の名前をさっぱり聞かないなと思って、暴露本を出していたことを思い出して購入。
この本は福永と岩田はへたくそ、ディープは良い繁殖をもらってるだけ、エージェント制度が悪い。全部JRAが悪い・・・要するに「昔は良かった。今は駄目だ」以上でも以下でも無い。競馬ファンに多そうな懐古趣味者には受けるだろうが、建設的な提言は何もない。今の競馬界がとにかく気にくわないけど、惰性化・依存症化してて馬券を買うのを辞められないという人にはお勧めだがそれ以外の人は読んではいけない。
馬主や大手生産者の発言力が多い現状には弊害点もあるだろうし、昔気質のホースマンにはそれが我慢ならないだろうが、しかし今さら騎手を徒弟制度の下で育成するようには戻れまい。そもそも藤田だって自分で営業をするような昔気質の騎手ではなく、かつてはエージェントを付けていたような騎手である。そのエージェントが亡くなって以来馬の質が落ちたと言われるが、手を差し伸べるエージェントや厩舎は居なかったのだろうか?あるいは藤田は営業をしなかったのだろうか?それほど藤田は競馬界から孤立してるのだろうか?
「サンデーサイレンスは良くない繁殖からでも走ったけど、ディープインパクトは良い繁殖しか与えてないから走るのは当たり前」というのは藤田自体は血統に詳しくないとはいえ明らかな事実誤認であろう。例えばトウショウボーイがくじ引きさえ当たれば零細牧場の繁殖に気楽に種付け出来る種牡馬だったのは有名だけど、サイレンススズカの稲原牧場がワキアにサンデーを種付けしようとしたときだって、デビュー前の一番安価な次期なのに「他の種牡馬の株を処分すればなんとかつけれなくはない」という感じだったと聞いている。
競馬ブームの余韻で中小牧場だって今よりは潤ってたかもしれないが、サンデーサイレンスが駄目な繁殖に気軽に種付けできるような種牡馬ではないはずである。日高産のサンデーサイレンス産駒の一番の出世頭であろうスペシャルウィークだって、母系はシラオキ系で母父はマルゼンスキー。ボトムラインを辿るととその時代時代の日本で種付けの出来る最高級の種牡馬がゴロゴロ出てくるようなスジの通った血統である。
さて、この本が書かれた当時は武は落馬事故の後遺症と社台グループとの確執が噂された絶不調期だったためか、全体的に藤田は武に擦り寄るような記述が多く見られる。しかし、2年建ち武は、リーディングも五指に入る程度まで回復し、サンデーレーシングの有力馬にコンスタントに騎乗する機会も増えつつある。しかし、藤田はこの本の出版から二年が経つが相変らずの状況だ。気力・体力が限界というなら「さらば競馬界」とまで啖呵を切ったのだから、鞭を置くべきではないのか?それとも、「2000勝したら画家に肖像画を描いてもらうのが恥ずかしい」と言いつつ、2000勝に拘っているのだろうか?
男を自称する人間ほどその本性は女々しい物があるが、要するに藤田も本性は女々しい男なのだ。競馬界を批判しつつ競馬界にしがみついているのだ。
仮に騎手を続けたいなら、現在の藤田のような札幌と内地の競馬場(の調整ルーム)との二重生活ではなく、栗東に腰を落ち着け、厩舎回りや追い切りを積極的にすべきだし、札幌住まいに拘るならホッカイドウ競馬に移籍すればいい。今の藤田は重大な決断をすることも出来ず中途半端に生き霊のように、惰性で生きているようにしか思えない。
はじめて一人暮らしをした部屋は8畳の1Kだった。
よくある間取りで、ウォークインクローゼット・独立洗面台・風呂自動と
あったらいいなの条件が全部揃っていた。
ただ、私には広すぎて部屋を使いきれていなかった。
気付いたら足の踏み場はあるものの、使いきれてないスペースには適当に物を乱雑においていた。
二回目の一人暮らしは6畳の1K。
一人暮らしの部屋としては一般的だが、前が高機能だっただけに感じた落差は大きかった。
はじめて、見に行った時非常に狭く感じた。
この部屋に物置いたらその他のスペースなくなるし、
風呂も膝を曲げないと入れないし、クローゼットも小さいし…と不満が大きかった。
とはいえ以前の家で下着泥棒に遭い、いくら駅からの徒歩時間が短くとも
人通りが少なければ安全とは言えないという考えがあった。
時間もなかったので、決めた。
今、その時に捨てた物を捨てなきゃよかったと思うことはない。
自由なスペースが少ない分、限られたところはいつも綺麗にしている。
何より、夜の帰り道の恐怖が全くない。これが一番嬉しい。
車でばあちゃんを病院に送迎えするため一日駆り出された俺。
ばあちゃんが病院で検査おわるまで時間あるんでスタバにおじいちゃんと行った。
席とっといて座っていてもらう代わりに注文しに行こうとした俺。
俺フラペでおじいちゃんどうする?って聞いたら
「レーコーでいいよ」
「・・・・?」
「レーコーやレーコー」
注文ミスにしとこうと思ってふつうにコーヒー頼んだらおじいちゃんは不満げだった。
「レーコーやいうたのに」
「レーコーはレーコーや」
「だからなんだよ」
このリピートで疲れて俺は病院から戻ってくるばあちゃんを待つのにここでずっといた。
ウィキペディアで待ってる間ググってみる。
レーコーってなんだよ
コーヒーの昔の言い方だろ?
れーこーー?
わからねえよ
アイスコーヒーかアイスティーのことか?レイコーヒー?レイティー?
隔たりがでかい
横浜生まれ東京住まい、20代会社員。先日有休がとれたので、ふと思い立って人生初の函館旅行に行ってきた。親しい人を誘っての気楽な二人旅だ。
楽しかったこと、残念に思ったこと、多々あったので書いてみる。長いよー。
で、しみじみ思ったんだけど、函館って結構近いのな。は~るばるきたぜは~こだって~!というフレーズがあまりにも有名なのでもっと遠いイメージだった。案外気軽に行けるんだなぁ、と目からウロコが落ちた。
だって、飛行機乗って1時間20分で着くんだもん。めちゃくちゃ早い。しかも、飛行場が市街地から車で20分程度とアクセスが良く、超便利。そう、函館ってコンパクトな街なんだよな。関東平野のど真ん中に住む身としては山も海も温泉も非日常なので自宅のすぐそばにそういったものがある環境というのは羨ましい。
JR函館駅でシャトルバスをおり、その駅前のあまりの茫漠とした様子に衝撃を受けた。
土曜の昼だったが、ほとんど人影がない。駅舎は新しくて立派だし駅前ロータリーも広く、周辺には大きなビルやホテルが林立していて、ハードが整っているだけに主役となる人間がいなくてまったく賑わっていないのがなんだか異様な感じ。ロータリーを囲む唯一の店らしい店といえば小さなサンクスだけだし。
自分の住む関東の某ベッドタウンは、知名度は低く駅も小規模で周辺にも函館駅ほど大きなビルやホテルが林立している訳ではない。でも、駅前には複数のコンビニや飲食店、フィットネスジム、銀行、パチンコ屋、スーパー、病院、学習塾がそろっていて人通りが絶えない。チェーン店と地元資本の小型店が競合し、学生や主婦やおっさんやじいちゃんばあちゃんがワラワラ路上を歩いていたりスイスイ自転車で進んでいる。
地方は車社会と聞く。だからJR函館駅の駅前はこんなに人影が見えないのか? みんな車で移動していて歩かない? でもそれにしたって人いなさすぎじゃないか? 別に山奥とかじゃなくて、街の中なんだからさ。
夜にも駅周辺を通りかかった。そしたら20時台だというのにしーんと静まり返っていて真っ暗なんだよ。うちの地元じゃ23時レベルの閑寂さ。普通、土曜の夜といったらどの繁華街も賑わう時間帯だろうに、大門地区もほとんどの店のシャッターが下りていてポツンポツンと小規模なお店がやっているだけだった。観光客としてお金を落とす気満々で夜の函館に繰り出したのに、静まり返っていてお金を落としたいと思える場所がないんだわ。
あまりにも異様に感じたので、その場でスマホで函館についてぐぐってみたら、「2014年に市域全域が過疎地域指定された」という情報を得た。ドーナツ化現象の典型的な例だ、とも。
函館って過疎地だったのか! そんなのるるぶに書いてなかったよ!
どおりで、函館駅周辺をウロウロしているのは観光客ばかりで地元民の姿はなかなか見えないはずだ。函館朝市行ってみても観光客だけだったし、その客足自体も少なかったし(これは行った日時が良くなかったのかもしれんが)。値段も安くないわ、客引きの口上が胡散臭いわ強引だわで怖かったんだけど、やっぱり地元民が買いに来ないから観光客頼みになってしまい、少ない客を逃すまいと必死になってるんだろうな。
気を取り直して良かった函館観光について書いてみる。夜景が有名だが、今回一番気に入ったのは晴れた日の早朝に行った八幡坂からの眺めだった。この坂は観光で訪れたい坂の名所ベスト1に輝いた坂なんだそうな。海へと伸びる真っ直ぐな広い道で、そして坂の上から見える海の青さが実に鮮やかで、晴空の青さと相俟って素晴らしい景観だ。ああ、やっぱり港町って良いなぁ!凄く良い!と思わされる。これは嬉しい驚きだったな。
余談ながら、なぜこんなにも函館の坂の道幅が広く直線なのかというと、何度も大火に見舞われた歴史を踏まえて火除けを意図しているのだそうだ。ブラタモリの函館の回を見たとき知った。
八幡坂を登って右に折れると、大三坂とぶつかる十字路がある。この十字路、面白いよ。4つの角のうち3つが、
とそれぞれ宗派の違うキリスト教系教会の敷地となっているんだ。
ちなみに、十字路には面していないけれど、近くには日本基督教団函館教会(プロテスタント)や船魂神社、東本願寺函館別院などもある。なんじゃこの宗教激戦区!
我々が件の十字路付近を歩いていたのは日曜日の10時頃だったんだけど、突然十字路の方から「ガランゴロンガランゴロン」と元気の良い鐘の音が辺り一帯に鳴り響いた。
「あ、教会の鐘だね」「三つの教会のうちのどこのだろうね」と同行者と話しながら歩いていると、「ガランゴロン」の鐘の音は数分程度で止み、すぐ後に今度は落ち着いた「ゴーンゴーンゴーンゴーン」という違う鐘が聞こえてきた。
どちらの音も「今から日曜礼拝やるよ!信者の皆さんは教会にいらっしゃい!」という合図の鐘なんだろうけど、何しろ3つも教会が隣接しているのであえて違う鐘の鳴らし方をして各々の信者に伝えていえうんだろうな。
自分は特に信仰は持っていないが、旅の同行者は日本人には珍しく成人洗礼をしているガチのカトリック教徒で、「せっかくだから函館のミサにぜひ行きたい」と言い出した。時間に余裕はあったので一緒に元町教会の日曜礼拝に出席してみることになった。
同行者からはミサの間の注意点として①携帯の電源は必ず切っておく②信者じゃないので「アーメン」は言わない③信者じゃないので十字は切らない④信者じゃないので聖体拝領は望まず神父からは「祝福」を受ける、の4点は気をつけてほしい、と言われた。
元町教会の中に入って世話役さんのような方に旅行者だがミサに参加したい旨を伝えると、普段はどこの教会に通っているのか等あれこれ気さくに話しかけてくれ、ミサの最中も「今歌っているのは聖歌集〇〇ページですよ」等と親切に教えてくれた。さらにミサの後には全員の前で同行者を「本日は東京の〇〇教会所属の〇〇さんが来てくれました」と紹介までしてくれた。ありがたいことだ。
その際、我々の他にも「京都の〇〇教会からは~」「福岡の〇〇教会からは~」「シンガポールの〇〇教会からは~」と紹介されてる人たちがおり、国内外から観光で来函したカトリック教徒が多数ミサに参加していたのだとわかった。
同行者曰く、こういう風にわざわざ紹介する習慣は他のカトリック教会にはないそうな。「さすが港町。オープンだな~」と他所者を受け入れることに慣れている様子に感心していた。一方で、女性信徒がみんな頭に白いベールを被っていることにも驚いたようで「都内のいつも通っている教会ではベールを被っている人はもうあまりいないんだよね」と言っていた。
カトリック教会の場合、信者でなくてもミサに参加することは拒まれない。しかし、キリスト教信仰に興味のない観光客は単なる物見遊山のつもりで参加すると気がひけると思う。やはりミサというのは信徒の真摯な祈りの場だからね。教会内部は淡い水色のアーチが連なるデザインの天井で、ミサに参加しなくても建築を見るだけで充分信者以外も楽しめる。信徒や信仰に興味のある人の場合は、歓迎してくれるので行ってみるのも良いだろう。同行者は大変満足したようだった。
函館でキリスト教文化というと元町の教会群だけではなく修道院も有名だ。トラピスチヌ女子修道院にも行ってきた。通常の見学者が入れるエリアは非常に限られており内部には入れないし、修道女も出てこない。しかし開放されている前庭は隅々まで掃除が行き届いて美しかった。展示物はボリュームは少ないものの中身は色々と興味深かった。
このトラピスチヌ修道院の修道女は広大な内部で自給自足の生活を送り、基本的に外部との接触は断つそうだ。はー、凄いなー、現代日本にそういう生活をしている人がいるとはとしみじみ感じ入っていたら、近くにいた観光客のおっさんが「ドローン飛ばして内部の様子を撮ってみたいわー、ガッハッハ」と下品な声で笑っていてげんなりした。きもい。痴漢かよ。今後、本当にそういうことやりだす奴がいたら嫌だな。
まぁ、自分も、ここの前庭を見学しているとき以下のコピペを思い出してしまい、ぐふふふふwwwwwと1人込みあがる笑いをかみ殺していたので、下品さではあまりひとのことは言えないが。
524 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2005/04/16(土) 00:36:24 ID:/3DgV0R00
めちゃくちゃうまい
15歳~18歳くらいの修道女見習いたちが素手でこねて作っていると聞いた
527 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2005/04/16(土) 00:47:21 ID:m6sYxkhI0
>>524
ここでクッキーは作ってないはず
528 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2005/04/16(土) 00:49:42 ID:/3DgV0R00
もう二度と食わない
トラピスチヌ修道院の近くに牧場がある。タクシーの運転手さんに「入場料無料だし、函館牛乳の会社がやっているところだから」と勧められて寄ることにした。函館牛乳の会社と言われても正直ピンとこないが、地元ではブランドなのだろう。牧場では牛が見れた。周辺は北海道っぽい広々とした畑が広がっていて景観もいい。野外の牧場の売店でバニラのソフトクリームを食べてみたら大変美味だった。北海道のソフト!牧場のソフト!というシチュエーションがより美味しく感じさせたのかもしれないが、美味いものは美味いのだ。
ホテルの朝食バイキングも良かった。今回泊まったのは函館国際ホテルなんだが、ここは「朝食のおいしいホテル2015日本全国第5位」なんだとか。実際美味くて満腹になるまで食べた。イクラとか甘海老とか海鮮盛り放題なのが嬉しい。米も粒がたっていてツヤツヤで美味くて感動。あと、じゃがバターも美味かったな。あの芋なんだろ?独特のネッチョリ感があって甘かった。バターの塩気と組み合わさって、口の中が幸せになる。「空き部屋があったので」と部屋も自動的にランクアップしてくれていたし、サービスにも満足だ。
ホテルの徒歩圏内に「まるかつ水産」という回転寿司屋があったので昼食を取りに行った。ネタは新鮮でやっぱり美味い。ただ値段は観光地価格だわな。
北海道土産は色々充実しているので試食しながらあれこれ選ぶのも楽しい。職場へのお土産用に買うのはもちろん、自分用にも色々買ったわ。白い恋人ウマー!ロイズのポテチチップチョコレートウマー!とうきびチョコウマー!カリカリまだあるウマー!チーズオムレットウマー!!
函館のお洒落スポットとしてどのガイドブックにも載っているのが金森赤レンガ倉庫。外観は大きくて迫力もあって異国情緒もあり良かった。少し色あせたレンガが歴史を感じさせるし、夜のライトアップされた姿はロマンチックで綺麗だ。写真映えするスポットだと思う。
でも肝心のテナントショップがちょっと惜しいな。1棟丸ごと使って北海道の土産物屋をドドン!と大容量で販売している棟があるのは観光客には便利なのでありがたいが、その他の棟には小さな店がゴチャゴチャ雑多に入っていて清潔感がないし、しかも何処でも買えるような、函館の匂いどころか北海道っぽさの欠片もない、わけのわからん雑貨屋とか多くてしょぼい。やたら安っぽいプラスチックのテカテカした感じの商品ばっかり置いている雑貨屋もあったが、あれは修学旅行の小中学生向けなんだろうか??
ぶっちゃけ、地元のイオンの方がまともな店が入っていて楽しめる気がしたわ……
結構中国やら韓国やら外国人が多かったんだけど、わざわざ海外から来てくれた人はあのテナントのラインナップにはちょっとがっかりしたんじゃなかろうか、と函館人でもないのに勝手に申し訳なく思ってしまった。
もうちょっと赤レンガの中は洗練されたお洒落な空間になるといいと思うんだけどな。
函館といえば、陸繋島というあの特徴的な地形があげられると思う。まるで女性の腰のような見事なくびれ。
で、今回我々はあのくびれの正体を勘違いしていた、と気付いた。つまり、あのくびれを北海道の尻尾みたいに突き出ている渡島半島のことだと思っていたんだ。馬鹿だよねw 我ながらこんな酷い勘違いを30年弱もしていたなんて凄いビビったw
このことに気付いたのは、ロープウェイで函館山に上って展望台から函館の街を一望した時だ。本当は夜景を見たかったんだけど、その日の夜は天気予報が芳しくなかったので晴れていた昼間のうちに展望台に上ったのだった。澄み切った水色の空の下、青い海も見えて、市街地の一つ一つの建物も肉眼ではっきり見えて、五稜郭と函館山のこんもりとした緑も見えて、とても綺麗な眺望だったので満足している。
夫が突然転勤になって、とか、のっぴきならない事情でやむを得ず引越しをしたい。
引越し先は、遠ければ遠いほどいい。新幹線か飛行機の距離。いっそ外国でもいい。
ともかく急な異動が発令されたとかで、慌ただしく引越したい。
今の友人たちと物理的に距離をとって、カドが立たないやり方で、疎遠になりたい。
昨年、身体を壊して仕事をやめた。今はかんたんなパートをしている。
バーベキューに誘われたりだとか、LINEのグループだとか、一緒に結婚式に招かれたりだとか。
関東の南で生まれて育った。海が近い。そうきれいな海ではないけれど愛着はある。
最寄り駅から都心に出るには20分くらいの、わりに便利な街だ。
坂が多いから自転車は難儀するけれど、気に入りの喫茶店や安いスーパーがあって住みやすい。
友人たちのほとんどが、数駅離れただけのところに住んでいる。
都内に楽に通勤したいけどあまり都会に住むのはコストがかかるし、とはいえ海無し県には住みたくないし、なんだかんだ実家に近いほうが便利だし、ということになると消去法的にこの辺に居を構えることになるから。
LINEやFacebookの普及が拍車をかけて、友人たちとの距離は物理的にも心理的にも近い。
ナニを食っただとか、ドコへ行ったとか、コドモがどうしたとか、シゴトがこんな調子だとか。
自らSNSに発信しなくても、誰かのタグや、人づてのうわさ話であっという間に「近況」は伝わり合う。
むかしの田舎町どころのレベルでなくナニモカモは筒抜けで、監視し合ってて、がんじがらめな気がする。
いや自分のことが筒抜けになるのが恐ろしいのではない。
それ以上に、友人たちの(とくに知りたくもない)情報が流れてくるのがわずらわしい。
Facebookなら見なければいいけれど、LINEを無視すると心配されるのが面倒くさい。
ナニを食ったとか、テレビがどうしたとか、どうでもいいよ。
単に情報をシャットアウトすればいいんだろうけど、すべて無視ではカドが立つ。
だから急な引越しとかで物理的に距離をとって、友人たちからフェードアウトしたい。
引越しのドサクサにまぎれて携帯も解約してしまいたいから、やはり海外転勤がベストか。
身体を壊して、薬が手放せなくなって、要するに肉体的精神的に落ち込んでいるから、そう思うのかもしれない。
子どもができれば人間関係も変わるから、少しの辛抱なのかもしれない。
(でもセーシンにビョーキを抱えた女がコドモを持つなんていうのはあらゆる意味でムツカシイことだろうけど)
単に仕事をやめて、ひまなせいかもしれない。
ともあれコミニュケーション過剰が疲れる。
懐古厨というわけではないけれど、近況の送受信は年賀状くらいでじゅうぶんだ。
友人たちから嫌われたくはないし、私もあまり嫌いになる前に、そっと離れたい。
遠くの街でリセットしたい。
あるいは死にたいのかもしれない。