はてなキーワード: フォルダーとは
俺が全く大成しなかった理由の一つに、記録を整理できないというものがある。
今はサラリーをもらって働いている。今年はちょっとしたことがあって確定申告する必要があるということはずっと前からわかっていた。
ということで無くさないようにしっかり封筒に入れて管理していた。
そもそも、もう一個の会社からも給料を得ているので、そっちの源泉徴収票を取っておく必要がある。確定申告に使うわけだな。
こっちは絶対に無くさないように封筒に入れておいて、そして折を見て取り出し、手帳に挟んでおいた。
俺は手帳に挟んだから、初めのメーンの職場の源泉徴収票についても同様の処理をしたと勘違いし、そのままにしていた。
ところが他の資料はだいたい集め終わったのに、封筒がないのである。
生活は一事が万事こんな感じで、取っておくべきものを取っておくのだが、取っておいたものがどこに行ったのかわからなくなる。
どうしてそうなるのかというと、取っておくべきものが連続して何個かある場合、取っておくべきものが複数ありそれぞれ適切な場所におくべきだからだ。
いろいろ対処法などを友人や家族や職場の人間から聴いて「大事なものボックス」みたいなのを作った方がいいという結論を得た。
ということで、そのボックスに入れるのだが複数の問題点がある。
現在ボックスは6個ある。保険の書類、銀行関係の書類、職場の任用などの書類、家族関係の情報、その他仕事がらみの秘匿するべきボックスがあといくつかあるのだが、そもそもそこに至るまでにボックス以外の場所で書類は作成され、あるいは自分の机上に誰かにより置いてある。そういうものを大事だと判断して無くさないように(他の紙と一緒にならないようにクリアファイルや封筒に入れて日付と内容を書いておくして、帰るときや行くときに持っていく。)そうすれば間違いなく書類は大事なボックスに入るはずなのだが、世の中必要な書類が多すぎてどれをどこに置いてどのボックスに入れるべきかいくつかの経過があり、容易に書類は失われてしまう。すなわち最初からボックスに入っていればいいのだが、私がボックスまでに持って行って管理するのだから、その私がポンコツであったら初めから同じことで、ボックスがあろうがなかろうが資料は同じ確率で失われてしまうのだ。
第二の問題点としてボックスに入れるのはいいのだがすぐにパンパンになってしまう。特に仕事関係。それで何がどこにあるのかすっかりわからななくなってしまうのだ。
モノがどこにあるのかわからないからものを捨てられず、いつも徹夜しながら探して次の日の仕事に間に合わせている。パソコンの中の資料についてはフォルダーに入れるのは諦めて8桁の年月日で管理している。8桁なのは業務上応永とか長徳とかの元号の時代の情報を扱うから6桁じゃダメなんだ。資料を作成した月や日付や資料名がわかればたどり着ける。パソコンは便利だ。
これは明らかに何か身体に問題を抱えているのかもしれないけれど、仕事はこなせているからそこは自信を持ってやっているんだが、いつもものを忘れて、もうそれに20年以上付き合って、同じようなミスを同じように何百回も繰り返しているとちょっと辛くなることがある。
そろそろ床に着こうかと布団の準備をしていたところ、ふと食パンを切らしていたことを思い出した。明日の朝少し早く起きてコンビニに買いに走る手もあるが、それでは生活のリズムが狂ってしまう。朝と夜の時間は等価ではないのだ。今買いに行かねばならぬと思いたち、膳は急げとさっそくジャージの上にジャンバーを羽織り、意気揚々と玄関を出ると、一月の凍てつく寒さの洗礼に合った。今年は雪こそあまり降らないが、暖房に甘やかされた現代人にはそれでも厳しいものがある。出来るだけ表面積を減らした姿勢で夜道を小走りで駆けていると、家から10mほど離れたところで、自販機の前で正座している若い女性に遭遇した。家に帰れず野宿しているのか。それとも何らかの罰を受けているのか。自分の常識の範囲内で様々な想像を膨らませてみるが、その女性の満面の笑顔がそれらの仮説を打ち砕いた。「お気になさらないでくださいね」育ちが良さそうな抑揚でその女性は先制をうった。「あ、はい」こうとしか返しようがない。目を逸らしさっきより少し早足でコンビニへ急ぐ。心霊か狂気か事件か。心の中のどのフォルダーに格納して良いのか考えあぐねているうちにコンビニに着き、上の空のまま気がつけば会計も終わり帰路に着いていた。ボーッとしたまま、同じ道を帰る。別の道を通れば良かったと後悔するが、遠回りしてもあの女性の視界を通らないと家には帰れない。変に意識したことを悟られる方が気まずい。恐る恐る例の自販機が最初に目に入る角を曲がると、そこには2人の女性が正座していた。「やっぱり気になりますか」得意げに語る最初の女性。それを横目にわかった風の顔をする新顔の女性B。さっきの言いようのない不安が、なんだか怒りに変わってきた。反応したら負けな気がして、今度は目を合わせず家に帰った。食パンを冷凍庫に入れ、電灯を消して布団の中に入り、あの2人のことを思い出した。それから夢に落ちるまでに、妄想の中で少なくとも4回、包丁でズタズタにした。
補足→ https://anond.hatelabo.jp/20191205212350
これは退職者アドベントカレンダー2019 (https://adventar.org/calendars/4051) 5日目の記事です。最初は自分のブログに書くつもりでしたが、書いてるうちにどこまで筆が滑っているのかわからなくなったので増田に投げることしました。そしたら余計にタガが外れたのはご愛嬌。
よく見かける「未経験からエンジニアへ!」ストーリーの、あまりなさそうなルートです。よくあるルートのほうはなぜかTwitterで報告して「○○系エンジニア」的な命名をしてから入社その後の動向が闇に葬られているのをかなりの確度で見かけますが、まあ、なんか、いろいろあるんでしょう。逆にそういう成功(?)体験の生存バイアスを強化する情報ばかりあふれていると情報として健全でないように感じます。
といいつつ後日しれっと消えてたらInternetArchivesか魚拓で会いましょう。
この話はここから先はフィクションです。剣も魔法も労基法も出てこないファンタジーです。
地方に潜むフリーターです。好きなvirtual beingsはロボ子さんと東雲めぐさんとれいきらさんです。
これまでは自分のためのプログラムを書き散らすだけで、ITとは無関係のバイトをしてきました。玉掛とフォークリフトなら任せろーバリバリ
会社にもぐりこんだいきさつはやや特殊なのでぼやかします。とあるきっかけで知り合った人から誘われました。リファラルです。なお、とあるきっかけはなにかと炎上しがちないわゆるプログラミングスクールなどではないことを防火剤がわりに書いておきます。そんなもんに使う金など無い。
その人のことはあんまりよく知らなかったのですが、CTOとして手伝っている会社のシステム部門で人手を探しているとのことでした。会社のホームページにはリクルートページなど無く、何をやっているかいまいち要領が掴めなかったのですが、ざっくりと自社製のWebアプリ開発をやる感じらしく、内容も聞いた限りでは(自分のスキルと照らし合わせて)そんなにどえらいわけでもない印象でした。ちょうど金もないし無職だし、少し経験でも積んでみるかという気になったので、この際ホームページがDreamWeaverのサンプルを流用したまんまといった細かいところは観なかったことにしました。
面接にいくと社長から「いつからこれるの?」と言われたので「あっこれは」となりましたが、金がなかったので是非もなくそのまま入社の運びとなりました。この頃はプログラム書いて金もらえるなんてサイコーとか思ってました。ちなみにgithubやatcoderのアカウントを書いた職務経歴書は一顧だにされませんでした。
地方の製造業のシステム部門を切り出して別会社にした形態の、創立数年ほどの会社です。自分のほかにもうひとり、社内情シスのようなことをしている方がいましたが、基本的にはサポートが専門な感じでした(ただし肩書は自分と同じでしたが)。紹介してくれたCTOは週に一度のMTGに顔を出すだけということで、実質的に常駐している人間でプログラムが分かるのは業界未経験の自分だけというチャレンジングな環境からスタートしました。なお入社して社内の平均年齢を大幅に下げることになりました。
ちょうど入ったタイミングで情シスの方が抱えている仕事があり、とくにやることもなかったので手伝いました。グループ会社のサイトをスマホ対応させるもので、事情はわかりませんがそれまで他社に制作を委託していたものを自社で運用することにしたとのことです。みてみるとWordPress4でPHP5が動き、Bootstrap3を使ったオリジナルカスタムテーマで運用してきた様でした。もちろん仕様書やローカル環境もあるはずがないのですが、どうせ自分はWebデザインなど知らんのでとりあえず直にheader.phpにviewportを書いてmain.cssにメディアクエリを設定して、ザ・web制作初歩みたいなレスポンシブ対応をしましたが、デザインについて当事者との意見のすり合わせの機会なんかの開発手順はなかったので良しとしました。
入社して2周間ほどのち、社長についてこいと言われた打ち合わせの後日、MTGで「昨日のアレの進捗はどんな感じなの?」と聞かれたことから、いつのまにか新規案件を自分に一任されていることに気づきました。仕様は前日の打ち合わせがすべてだった模様です。要件定義や技術選定・検証のような工程など決まってないので好みで揃えました。趣味と関心からExpress+Mongo+Reactのセットか、触ったことのあるDjango/Railsでざっくりやるか、どうせならDockerも使い時か、こんなときに相談できる同僚やメンターが欲しいなぁなどと考えていたら、CTOがそれまで作っていたやつをみるとPHP+ES5+MySQLだったのでなんだかんだでそうすることになりました。PHPを初めて触り、「これがペラ1のphpにjsもcssもなにもかも書いていくといういにしえのスタイルか…!」と新鮮な感じでやってました。
Windows Server 2012で動いていたサービスをLinuxに移行しました。これは自分が入る前から情シスの方が任されていたのですが、マニュアルに沿ってコマンドを打ちこんではどこかで転け、エラーは読まずにあきらめてCentOSインストールからやり直すということを繰り返していたのを見るに見かねて手伝いました。SSHでPowerShellからマニュアルのコマンドをコピペして実行する方法を教えてあげると目を丸くされました。shellファイルを書いてあげると魔法をみるのような顔で驚かれました。自分が入ってなければどうなっていたんだろうか...
毎日出退時間を規定のEXCELフォーマットに記帳する必要があり、これが非常にめんどくさく無駄に思えたので、自動記述するpython/Goスクリプトを書きました。これは入社して2日目とかだった気がします。しかしここを自動化しても「印刷して人事に提出し、それをもとに人事の方がまたEXCELに書き込む」と知り虚無になったりしました。
これはやったことというか思うところあってプライベートで取り組んだことです。自分の想像していた開発現場との乖離を感じたので、こういうのはFE勉強すればわかるのかもしれないと思って1ヶ月くらいやって取りましたが、得られた知識で会社に活かせそうなものは何一つありませんでした。
チーム開発などという概念は存在せず、「1案件を1人で上流から実装、運用、保守、サポートまですべてやる」という進め方でびっくりしました。手持ちの技術スタックでできる範囲でギリギリなんとかやった感じです。よく転職サイト上で見かける文言で「お任せします」がありますが、これとかも要するに「丸投げ」の換言なんでしょうか。わたし気になります。
自分のように途中からジョインした人に対しての業務移行のシステムがないことから感じていましたが、案の定「誰かが抜けたあとの引き継ぎの機能」も整備されてないことに気づきました。もともとオンボーディングや研修の概念などありません。えらいひとは「そのへんは現場で協力してうまくやって」と丸投げし、すべての作業を自宅でやっているCTOは社内のこうした事情については放任で、いちおう情シスの方がいつのまにかメンター代わりになっていたものの、不明点を尋ねても頓珍漢な返答が多くもどかしかったです。どのサーバでどんなサービスが動いているのかやSSH情報を聞き出すのに苦労しました。こうした不幸と無駄な時間をなくすためにドキュメントを整備しようとしたのですが、頓挫しました。これからも物理フォルダーと社内サーバに散逸した各種の情報は混沌を深めていくのでしょう。gitも無いし。
サーバはオンプレでした。自分はクレカをもっていないためパブリッククラウドを試す機会がなく、ぜひとも触ってみたかったのですが、承認を得るための説明がうまくいかず、結局VBoxでやることになりました。唯一、それまで使われていたVBoxではなくVagrantを導入したのは少しだけ救いでした。どうせ自分しかいじらないのですが。
余談ですがオンプレで面白かったのはHDD増設のために初めてデータセンターなるものに入ったことです。インフラ/ネットワークはまったく分からんしなかなか個人で試せない領域だし縁がないかなと思っていたのですがやはりそこに見える物理層が存在するというのはテンションがあがりますね(断層みたいに言うな)
イキってカイゼン・ジャーニーや情熱プログラマーを買って読んだりもしました。目につくように共同図書のつもりで「ご自由にどうぞ」を添えて自分のロッカーに置いておいたら「私物は持ち帰れ」と言われてしまったので持ち帰りました。
さてお待ちかねメインディッシュですね。
もともと技術やコンテンツの会社ではなく、技術畑の人間がまったくいないことのインプレッションが次第に違和感として強く響いてきました。ITエンジニアとしてやっていくつもりの観点でみると、学習や成長の土壌は無いように思えました。協調関係や信頼がうまく築けず、自分のすべき道筋が不明瞭のままやっていけるほどタフなYATTEIKI精神ではなかったのです。
これは地方の、それもIT気質のあるわけではない、ワンマン経営の中小製造業ならばどこにでもあることかと思われますが、随所に感じるレガシーさに疲れてしまいました。一例を挙げると、毎朝30分に亘り行われる全社清掃(もちろん業務時間外)、社是の復唱、『感謝の言葉をみんなで味わうポエム』の輪読、その感想大会、頻繁に行われる中身のない会議、日報をエクセルで書いてメールで送ったり、出退勤表を毎日エクセルに書いて印刷して事務方に持っていくなどのルーティンがけっこう苦痛でした。
社内のコミュニケーションツールはLINEだったので使い勝手も悪く、会議でchatworkかslackを使いましょうと提案しても誰一人としてそれらの存在を知らず、「勝手にやってくれ」と言われてしまったり。LINE WARKすら知らんやんけ。説明しても「skypeじゃ駄目なの?」と言われたので諦めました。
えらい人の思いつきのたびに方向性が変わり、当人は発言したらそれで全て完了した気になってしまったのか、会議終了後の10分後に「さっき言ったやつまだ出来てないの?」などと言われた時はギャグかと思いました。会議の議事録も誰も見返さないので果たして意味があったのか疑問です。誰かひとりでもmarkdownが書けたり、少なくとも書く気があれば勉強会を開催してHackMDなどを推せたのですが。議事録が機能していないエピソードとしてひとつ思い出しました。開発中に機能追加を下された際に、その挙動は完全にプラットフォームネイティブであり今の技術選定だと作り直しになり、結果納期に間に合わない(し、自分の技術スタックからも遠く外れていたので学習コストも加算)と発言したらその場は収まったのですが、会議終了後に個人メールで「やはり機能はマストだ」と伝えられました。当然それは議事録に反映されることなく、なんかしらんけどそういうことになっているという感じになりました。
初めてのエンジニア職でしたが、社内に開発をる人やマネージャー職は不在で、いわゆる開発現場での流れを学ぶことはできませんでした。少なくとも技術を知らないえらいひとが「俺がスケジュールを立てたからこれに沿ってやれ」と、”開発”と”広告作成”しか書かれていない2週間の計画表をもってくるような現場はシステム開発として正しいのか、 と本能が警告を発していました。
もともと会社は製造業から始まったため、えらい人たちとの見解に齟齬があったのは体感としてあります。同じものづくりといえど設備とマンパワーと時間が線形的に結果に結びつく工場業務と異なり、システムエンジニアリングはかける時間の見積もりも容易でなく、かかった時間が必ずしも結果に結びつかないものである、と言う事実は受け入れられ難く、知識ドメインやマインドセットが異なれば説明も困難です。しかしながらえらいひとは一様に「経営者視点を」の号令で、経営誌を配り、その感想文の提出を義務付けるなど、現場視点を欠いた行動で現場(というか私)を疲弊してました。気づいたらSEO対策や別部署のMTGのためのプロジェクター設定、全PCのwindows updateに伴うドライバの更新の役も同一の職掌として役付けられそうになっていたり(一部は実際に情シスの人がやってた)、It’s not my workなシーンがみられるようになっていました。
そして、よくあることですが、理念と実態が乖離していたことです。世界をよりよくと言いつつ、目先の掛け算を考えてばかりのように思えました。グロースする中で発生しそうなあれこれをすっ飛ばし利益だけを皮算用するのはいいとして、データ量やトラフィックを指摘すると「そこは現場努力でしょう」となるので、世界を良くする前に精神を悪くしてしまい人生で初めて心療内科にいったりもしました。一応グローバル展開を目指しているとしながらサーバからMailerDaemonが飛んできたら「ギャっ英語っ!」と言って読まず捨ててたり、急にサービスが止まった時には激怒して責任の所在の追求を求められたため、草創期にえらい人の個人アドレスで取得してほったらかしにしていたドメインが失効したことが原因と伝えたら「あれはもう読んでいないアドレスだし仕方ない。こういうピンチのときこそチャンスにしようぜ」という謎理論を出されたこともありました。
違和感が確かなものになったのは、外部に提出する資料で社内の数字が異なっているとを指摘すると「こういうのは見栄が大事なんだ」と暗に公文書偽造をほのめかされたことですが、これ以上は闇っぽいので書きません(たぶんどこもやってて罷り通ってる範囲だと思うけど)
総じて、心理的安全性の低さ、そこからくる身動きのとれなさ、ロールモデルの不在、前時代的な風潮、社内文化へのミスマッチと不理解、成長の実感が沸かない不安と不満、それらに伴う摂取アルコール量の異常な増大と過食、といった要因の積み重ねが、ネガティヴな形での退職へと駆り立てることになったのだと思います。まあ、よく知らんうちにリファラルしてるところからして「採用・教育コストを考えてないのでは?」の念はあったのですが。中身がまったく不透明の状態で飛び込んだらそうなるよなぁ、の好例かもしれません。誘われた時はわりと藁にも縋る思いだったのでしかたないね。
現在はスキー場で住み込みバイトしてます。無考えに退職すると年を越せないことに気づきました。
可処分所得・可処分時間いずれも今の方が上なのはちょっとウケます。賃金はふつうに生きていければいいので前職程度でも気にしなかった程度なんですが。いまは映画をみたり積ん読を消費したり、在職時は深いところまで触れなかったPHPをいじったり、生PHPしかやってないことに気づいたのでcakeやったり、あとはweb周辺も久しぶりにキャッチアップしたりしてます。nodeネイティブおじさんなのでFWはangularしか知らないんですよね。vue/nestが面白そうな感じです。あと寮のwifiが談話室限定で窒息しそうだったので、持ち込んでいたラズパイをルータにして部屋まで飛ばしたら隣室の同僚から感謝されたりと活動は多岐に渡ります。
先のことはなにも決まってませんが、ちゃんとエンジニアリングしている組織で開発してみたいなという気持ちがあります。レビューやスクラム、アジャイルなんてのはひとりだと不可能ですし。ですが、やはりそういった会社は日本では都市部にばかり集中しているのでしょう。自分は空気の悪いところには住めないし、案外また辺鄙なところでtechとは無関係のことをしているのかもしれません。ワーホリでも使って海外で大麻栽培でも始めようかなぁ。
巷説に流布する「未経験からエンジニアへ」の言説のたぐいは、どちらかというと技術力よりもコミュ力が偏って高いタイプが生存しがちな雰囲気を感じます。たまにTLに流れてきたのを見かけますが、ああいった立ち回りは自分にはできないしやりたくないなぁと思ってきました。社会の要請ならばそれまでですが。
自分は体系的な情報教育を受けていないどこにでもいる地方高卒で、下手の横好きで趣味プログラムを書いてきたし、続けてるってことはそれなりに好きなんだと思います。得意じゃないけど。んで、こんなのがITエンジニアをしたサンプルというのは見かけないかもなぁと思って投稿しました。光あるところに闇あり。
といいつつ、やっぱり好きなことの結果がおかねになるのはいいよなぁと思った次第です。プログラムを書くのは楽しいけどエンジニアリングは超絶むずい、が雑な総括ですが、今回のことを顛末次第にはする気はないので、どこかに拾ってもらえるよう精進するきもちになりました。
ファイルコピー(というかエクスプローラ)周りの余計なお世話で発生する重さは本当にひどいので、
個人的な覚書を貼っておくので、もしよければ参考にしてほしい。
大変面倒だけど、全て設定すると劇的に早くなる。ためしてみてほしい。
- 設定→更新とセキュリティ→Windows セキュリティ→ウイルスの驚異の防止
- 除外の追加または削除
- 除外の追加→ファイル
- 「C:\Program Files\Windows Defender\MsMpEng.exe」を追加
- スタート
- 「スタートメニューまたはタスクバーのジャンプリストに最近開いた項目を表示する」→オフ
- peopleの内容を全部オフ
- 全般
- 「プライバシー」チェックを両方とも外す
- 表示
- ※フォルダの種類が自動的に選別されるのが問題なので、全種類同じ設定にすることで固定する
- フォルダーの種類の変更
- フォルダ内の空白で右クリック→「このフォルダをカスタマイズ」
ようやく暇になって戻って来てみたらブックマーク数がすごいことになってますが、これ、検索すればすぐ出てくる情報ばかりなので、正直恐縮してます。ほんとうに大したこと書いてないですよ…
tsu_nyan 出来るだけコマンド化しました。 https://gist.github.com/tsunyan/f8429ecd5088b3910e00e28612ae2d37
面倒なので一括でどうにかしてほしい人は、tsu_nyanさんのコマンドを使ってみるのも手だと思います。
レジストリを直接いじっているので不安に感じるかもしれませんが、結局設定画面からいじっているのと同じ結果なので、レジストリだから怖いということはないです。
一理あるとは思うのですが、Defenderそのものが攻撃されている時点で防壁を突破されていませんか?
その状態を危惧するならオンにしていても、定期的に外部ツールでチェックすべきと思います。
また、この処置は不具合に近い症状への"対処"であることを前提においていただければと思います。
そりゃそうです。
「エクスプローラをスムーズに使えている人にこの記事は無意味」と言っているようなものです。
この記事はレス元の増田が困っていたので「この辺り試してみたらどうですか?」と書いた記事です。
こちらは「エクスプローラが周り重い人向け覚書」なので、コマンドを使うというのは的外れです。
いくらCUIを使うように努力していても、エクスプローラを使わざるを得ないシーンはどうしても出てきてしまいます。
この指摘は的外れです。
今回の設定項目はハイスペックでも人によっては起こりうる現象です。
スペック由来の問題ではないことは、ブックマークコメントで何人か指摘してくださっているので参照してください。
マイクロソフトのサポートページにはハイスペックマシンでも全然重いという怨嗟の声であふれています。
※とはいえ、メモリ最低8GB&システムドライブSSD化は人権と思います。
同意。エクスプローラを軽くする話をしておいてなんですが、ファイラ派です。
tikuwa_ore エクスプローラーは「検索」がクソなのをどうにかしろ。入力文字を検索する簡単な仕様でいいのに、実際には検索子をつけないとロクに検索できない。あとIMEの誤入力どうこのあれもすこぶる邪魔。
まだ自分の中で確信を持つまでではないのですが、フリーワード検索では、あるはずのファイルがでませんよね…
個人的に全ファイルインデックス化してそこを操作してファイルを検索しています。なんとも馬鹿らしい話ですが…
haruten 自分もあまり重いと思っていないけど、「「登録されている拡張子は表示しない」オフ」←これはいい加減にデフォルトでオフにしてほしい
「ワンクリックでファイルを開く」並に時代遅れの項目だと思うんですよね。なんとかならないものか。
拡張子を表示させてる方ですよ。
aurijpn 匿名で書かないで欲しいなぇ
↓
@sisya ノ
学校全体を統括する生徒会とは別に各学年を統括する学年生徒会という組織があります。
1.学年生徒会
2.生徒評議会
学年生徒会
皆さんも中学時代、体育委員や図書委員などの専門委員会を経験したことがあると思います。
私の中学校では月1回、放課後に学年生徒会の集まりがあり、学年の課題やアンケートなど、学年の生徒から寄せられた要望について、話し合いを行います。
例えば、体育祭があった月は体育祭で撮影した写真をまとめて、学年の掲示板に貼り出したり。
一番重要な仕事が、生徒評議会で報告する議案を決めることです。
対策として、朝の生徒の登校時に、学年生徒会と風紀委員会が協力して、服装指導を行う。
こんな感じで、議案を決めます。
生徒評議会
各学年生徒会の男女1名ずつが、学年の総代表、副代表として、参加するのが生徒評議会です。
生徒評議会は1年~3年の総代表、副代表と生徒会役員で会議を行います。
流れとしては、各学年の代表が先月の学年生徒会の活動報告や議案の発表も行います。
例えば、予算とかですね。
予算は最重要項目なので、生徒評議会での議決を経た後、全校生徒が参加する生徒総会で、生徒会より提案されます。
それ以外の緊急を要する案件や簡易的な議題は生徒評議会で承認後、実行に移されます。
実際に私が学年の総代表として、取り組んだ政策を例に、一連の流れを説明します。
1学年生徒会から3学年生徒会へ、1年生も昼休みに体育館を使いたいが、上級生が怖くて、使用できないとの声が相次いでいるとの意見が提出されます。
これについて、総代表の私が3学年生徒会に持ち帰り、対応を協議する訳です。
このように生徒評議会に通す議案が決まったら、
生徒評議会当日は事前に昼休みに1年~3年の総代表、副代表が集まり、話し合いを行います。
ここで、各学年がどのような議案を生徒評議会に通すのか、把握しておきます。
先月、1学年生徒会から意見がありました、体育館の使用についてですが、
資料の○ページにあるように、曜日毎に学年の開放日を設定することを3学年生徒会は提案します。
こんな感じで議案を発表します。
ここで、生徒会役員や他学年の代表から質疑応答があり、決議に移ります。
賛成多数で承認されると、どのように議案を実行するのか、話し合いを行います。
例えば、体育館の件について。
・毎月、学年生徒会が体育館の開放日予定表を作成し、各学年の掲示板に貼っておくこと
大体このような流れになっています。
私の中学では体育祭の実施競技についても、生徒評議会で決めていました。
このような特別な案件がある場合、体育委員長などの各専門委員会の委員長、副委員長、先生方が生徒評議会に参加して、話し合いを行うこともあります。
以上となります。
よろしければ、ご覧下さい!
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/7981236.html
質問より
インターハートの「淫辱荘」と「続 淫辱荘」を最初からやりたくてアンインストールしたのですが、再度インストールしなおしゲームを始めたときに前のデータが残っているらしく、続きからの所にアンインストールする前のデータが載っています。
回答No1より
回答No2より
まず、インストールした状態で、淫辱荘が Windows 7 の どこを淫辱しているか調査します。アプリケーションが作成するフォルダー名をメモしておいたほうがよいでしょう。
アンインストールしたあと、ユーザーデータが淫辱されている場所の該当フォルダー(つまり完全にアンインストールされていないファイル)を手動で削除します。メモしたフォルダー名で検索すると発見しやすいでしょう。
回答内容は良いんだけどさ。淫辱されているって、この気持ち悪い比喩はなんだ。
関係ないけど、このインターハートって個人的には年上キャラの出る美少女ゲームのイメージだな。
ところで、質問者はフォルダを無事に見つけることができたとしか言っておらず、どこにあったのかを書いていない。
・C:\Users\[ユーザー名]\AppData\Roaming\INTERHEART\[ゲーム名]
このユーザー名だが、私の場合実際に使っているユーザーではなくて管理者権限のユーザー名だった。
[ゲーム].exeを起動しようとしても起動できずに、IHS.exeを管理者で起動し、ゲーム起動を選択しないといけないなど、何かおかしいように感じる。
分からなければ、C:\Usersに入って、ユーザー名フォルダを全て当たるしかない。
C:\Users\[ユーザー名]\AppData\Roamingの下には他のメーカーのアプリケーションデータも存在するので、いらないデータが無いかどうか年末くらいは見てみるといいかもしれない。
とにかくアプリケーションの設定ファイル等を確認したいときは下記のフォルダを確認することは有効であると思う。
フォルダを作ろうとしてみるが、特にサジェストみたいのはない。
21時15分
[フォルダー名を入力する]という欄をクリックしたら、自分のメールアドレスとか、大昔に一回だけ使ったハンドルネームとかが6個出てきた。
クッキーってやつ?
プライム会員だと、Amazonドライブがタダで使えるって言うから使ってみたのさ。
それで、ファイルを入れるフォルダーを作ろうとしたら、候補がずらずらっと表示されたの。
たくさんの名字がそんなところに表示されるというのも謎だが、どういう規則性のある名字なのか、見覚えのある名字ばかりだなと思ったら、なぜかそこには小学校の同級生の名字が並んでやがんの。
意味解んない。
そんな名字データ、いまだかつて何処にも入れた記憶は無いし、そもそもどこ小学校の卒業かという情報すらAmazonに教えた記憶は無い。住んでいる所は小学校とは縁もゆかりも無い。
それを、こんなところでフォルダ名の候補に挙げてくるという謎仕様も意味が解らん。
誰かが小学校の名簿を業者に売って、その名簿が流れ流れてAmazonの手に渡り、そこにマッチした自分とその名簿が関連付けられたって事か?
わっかんねーなー。
俺は別に困らないけど、小学校の頃いじめられてた人とか、トラウマがフラッシュバックして最悪なんじゃなかろうか。
なので、契約書をちゃんと読んだ社員、アルバイトはわかっているはず・・・。
ただし、ちょっと変わった会社なので、自分の仕事が早く終わったら好きなことしてOK。
社長いわく、どんなにクソな性格でも、ちゃんと仕事を出来れば認めるとのこと。
今、社長のイライラのもとは、半年前に入ってきた外国人の女性。
日本語、母国語、英語が得意というので、1年の契約社員と言うことで雇ったが
英語の契約書を訳させてみたが、なんだかわからない訳になってきた。
また、彼女の母国語を教えてもらおうとお願いしまら「覚える必要はありません」とキッパリ社長に言ってた。
社長は彼女の母国語の国の方と取引があるので、世間話ぐらいできるようになりたいと思ってたのに・・・。
ってな感じで、使えないプラス宇宙人みたいな性格の彼女・・・。
ウチは部署を横断して進める案件がほとんどなので「得体の知れない若手」とのカラミも多い。
中にはIT業界なのにZIPファイルと普通のフォルダーの区別がついてない入社3年目、なんてのもいて「そこからか……」と思うこともしょっちゅうなのだけれど、他部署の人材ということもあり「そんなことも知らんのか!」とは言えない。正確には「そんなことも教えてないのか君の先輩は!」だからね。
いちいちため息をついてもしょうがないので「飼い主にちゃんと世話してもらえていない猫にこっそりエサをやる近所のおじさん」の心境で努めてやさしく根気よく教えるようにしている。
おかげさまで若手からのウケも良いらしく、評判がめぐりめぐって社長から褒められたりもしたけど褒めなくていいから昇給してくれ。
そこそこ都心に住んでいるのだけどAV女優を見かけることも少なくない。
この頃から爆発的に裏ビデオが世の中に出回り始めたパイオニア的存在。
品川のとあるパチンコ店でエレベーターに乗ろうとしたら目の前から彼女が電話をかけながら降りてきた。
すでに引退してしばらくした頃だったかと思うが、変装するような様子もなく目をキラキラさせながらホールに入っていった。
目の前で見ると芸能人級に美人なのに画面の中ではあんなことやこんなことをしているのだと考えるとなんだかよくわからないけど辛くなった。
その頃本当に好きな女優はロリ系T.S.だったので、どうせ見かけるなら彼女に会いたかったと贅沢な考えがよぎったのを記憶している。
なんだか楽しそうでお世話になってる身としては嬉しくなった。
東急線に乗り込むと反対側のドアのところに彼氏と思わしき男性と一緒に立っていた。
こちらも全く変装するような様子もなく、むしろ目立ちすぎるくらいの美人オーラを放っていた。
引退してから1年くらいが過ぎた頃かと思うのだが、当時は本当に好きで好きでこの女優のビデオしか見ていなかったのでかなり衝撃的だった。
チラチラと視線を送っていると向こうも見られていることに気がついたのか目が合うようになってしまったが、むしろ軽く微笑みかえすくらいの神対応で今だにお気に入りフォルダーに入ってます。
彼氏は爽やか系のめちゃくちゃイケメンだった。幸せそうで何よりだった。
もともとH.M.という名前でメジャーレーベルから専属デビューした女優さんだったのだけどたった数本で裏落ち。
当時片思いをしていた女性にそっくりだったことから大変お世話になることに。
仕事の用事でなれない銀座をふらふらと歩いていたら、後ろから追い抜いていった女性がそうだった。
陽の光の下だというのに厚い化粧で、携帯を片手に周りを見ようともせず何かにいらつくような素振りで早々に立ち去ってしまった。
ぽっちゃり貧乳でショートカットの似合う可愛らしい妹系女優だったのに、あっという間にプレイが激しくなっていって、しばらく姿を見ないと思っていたら突如激やせして裏落ちした女優。
その痛々しい姿はとてもじゃないけど興奮できるようなものではなく、賢者タイムの落ち込みが尋常ではなかった。
それからしばらくして秋葉原の街を歩いていると、彼氏と思わしき男性と一緒に歩いている彼女を見かけた。
全くのノーメークで、服装もなんだかあべこべなジャージを組み合わせたような汚い格好だった。
男性と手を繋いでいたからかろうじて女性とわかったようなもので、そうでもなければ気づくどころか気にもとめなかったかもしれない。
そんな見た目と格好はよそに、お世辞にもイケメンとは程遠い似たような格好をした彼氏に満面の笑顔を向けている姿は、これが彼女の辿り着いた幸せなのかもしれないと深く考えさせられるものがあった。
あんなに肉体を駆使した労働をして、これだけいろいろな人達を喜ばせていて、自分にとっては痴漢や不倫の歯止めに十分役立つ存在で本当に感謝しかない。
それなのに社会の評価は、一度でも足を踏み入れれば未来が危ぶまれるような業界と言われてしまうのは本当に疑問だ。
こんな時間から賢者モードなのもどうかしてるかもしれないけど、街で出会った彼女たちにはみんなが幸せそうにしていて欲しいと願う。