そろそろ床に着こうかと布団の準備をしていたところ、ふと食パンを切らしていたことを思い出した。明日の朝少し早く起きてコンビニに買いに走る手もあるが、それでは生活のリズムが狂ってしまう。朝と夜の時間は等価ではないのだ。今買いに行かねばならぬと思いたち、膳は急げとさっそくジャージの上にジャンバーを羽織り、意気揚々と玄関を出ると、一月の凍てつく寒さの洗礼に合った。今年は雪こそあまり降らないが、暖房に甘やかされた現代人にはそれでも厳しいものがある。出来るだけ表面積を減らした姿勢で夜道を小走りで駆けていると、家から10mほど離れたところで、自販機の前で正座している若い女性に遭遇した。家に帰れず野宿しているのか。それとも何らかの罰を受けているのか。自分の常識の範囲内で様々な想像を膨らませてみるが、その女性の満面の笑顔がそれらの仮説を打ち砕いた。「お気になさらないでくださいね」育ちが良さそうな抑揚でその女性は先制をうった。「あ、はい」こうとしか返しようがない。目を逸らしさっきより少し早足でコンビニへ急ぐ。心霊か狂気か事件か。心の中のどのフォルダーに格納して良いのか考えあぐねているうちにコンビニに着き、上の空のまま気がつけば会計も終わり帰路に着いていた。ボーッとしたまま、同じ道を帰る。別の道を通れば良かったと後悔するが、遠回りしてもあの女性の視界を通らないと家には帰れない。変に意識したことを悟られる方が気まずい。恐る恐る例の自販機が最初に目に入る角を曲がると、そこには2人の女性が正座していた。「やっぱり気になりますか」得意げに語る最初の女性。それを横目にわかった風の顔をする新顔の女性B。さっきの言いようのない不安が、なんだか怒りに変わってきた。反応したら負けな気がして、今度は目を合わせず家に帰った。食パンを冷凍庫に入れ、電灯を消して布団の中に入り、あの2人のことを思い出した。それから夢に落ちるまでに、妄想の中で少なくとも4回、包丁でズタズタにした。