はてなキーワード: Rtとは
年に1、2回程度会う知人。
アクティブにSNSを使ってる人なんだけど、TwitterでRTしたネタ画像をわざわざ保存してFacebookとInstagramに投稿してるのがなんかすっごく違和感がある。
本人は別に自分で撮影しましたとうそぶく気もなくて「みんなにオモシロをシェアするぜ!」って無邪気な感じなんだけど、画像保存したらアウトな気がしてて。
悪意なく引用元がロンダリングされてしまっているというか、なんというか。
ただ自分もSNSでリプライにネタ画像を使うこともあるから同じことだよなとは思ったり。ただ、いまバズってるネタ画像と、ある種定番の三国志の一コマだったら違うんじゃないか、いや盗用という部分では同じかなとか悩んだり。
仲のいい友人なら「ネタ画像ロンダリング良くないよー」って気軽に言えるんだけど、おもしろい人ではないけど悪い人でもないし、微妙な関係性だし、付き合い的にフォロー外せないし、Instagramはミュート機能ないし、現時点ではなんで良くないのか自分でも根拠がよくわかってないから話が伝わらなさそうだし、だけど自分の中ではこれアウトなんじゃない?って違和感がずっと拭えなくて。
そうしてる間に知人は「チーフがパンティの雑誌画像」とか「紅葉が卍、超絶見ごろなうのコラニュース画像」とかをわざわざTwitterから画像保存してせっせとInstagram/Facebookに投稿してる。無邪気に。
twitterを見ていると思う。
好きな同人作家には「好き」だと伝えるべきだという風潮が、どんどん広がっている。
それはとても良いことだ。
三年間ほどROM専だったが、ジャンルを移動して、また創作をするようになった。
始めに書いたのは、凄く人気という程でもないが、商業で活躍されている作家さんがいるCP。仮にA×Bとする。
好きになった勢いで、一作目を上げた。
熱が冷めなくてもう一作書いた。ブクマがどんどん伸びていく。旬ジャンルはすごいなぁと思ったものだ。
数ヵ月後、今度は違うCPで一作書いた。仮にC×Bとする。
C×Bは、A×Bよりはマイナーだが、そのCPにおいてそれ以上ないほど完成された創作が上がっているCPだった。
C×Bが好きな人ならば誰もが読んでいる創作だ。私自身もその創作を見て、C×Bを好きになった。
好きになった勢いで上げた。すると、その投稿ツイートにいいねやRTがちらほらいただけて、驚いた。
この言葉のお陰で、今も私は創作をしている。感想をいただけるということは、こんなにも嬉しいものか、と思った。
だから、書く予定のなかった続編を書いた。書いていてとても楽しかった。
移動して来る前のジャンルは、好きになってもう七年目になるジャンルだ。
旬とは言えないジャンルの、そこそこマイナーなCPなので、その界隈のほとんど全員が顔見知りといった状態。
三回イベントに参加して本を出したが、どんどん売れなくなっていった。
たった20部が捌けなかった時は落ち込んだ。自分の中では結構自信のある本だった。
最初の内は感想を言い合える方が居たが、その内には私がその方に感想を言っても、私の創作については触れられなくなった。
恥を忍んで「感想いただけたら嬉しいです」と書いたこともあったが、駄目だった。
私は感じた。
私は今も前のジャンルで創作をされる方に感想を送るし、楽しんでいる。
何か勢いのつく出来事があったら創作も出来るかもしれない。だが、今のように書き続けることはないかな、と思う。
C×Bでは、A×Bほどのブクマはないが、本当に沢山感想を貰うことが出来た。
twitterではひとりごとを呟くだけでなく、リプライのやり取りをするようになった。
流行りの質問箱を置いたら、そこでもちらほら感想をいただけるようになった。
数年間、創作なんか何が楽しいのか分からないと思い続けていたが、今は凄く楽しいと思えるようになった。
見てくれている、好きだと思ってくれる人が居る、そう実感出来ることは、こんなにも原動力になる。
ただ、「好き」を伝えることはとても難しい。
毎回毎回「好き」だと送って、鬱陶しがられないだろうか。
感想を送ったらとても喜ばれたからまた感想を送ろうとしても、何度も送ったら義務で送られているという印象を与えないだろうか。
嫌だと思われることは流石にないだろうが、感想を伝えて、お礼を言われる、そのやり取りで気を遣わせてしまわないだろうか。
でも、前は「好き」だと言ったのに今回は「好き」だと言わなかったら、この創作は駄目だったのか、と落ち込ませはしないだろうか。
そんなことをうじうじ考えてしまう。
創作をする私自身がそうなのだから、例えばROM専の方などは私以上にそう思ってしまうかもしれない。
だからこそ、いただけた「好き」は本当に大事にしたいと思うのだ。
例えば、私がC×Bを上げる。すると、それから数時間も経たない内に、フォロワーが「C×Bほしい」と言っている。
私は、さっき私が上げてるのに、あれじゃ駄目だったのかな? と思ってしまう。私は基本的に、こんな風にうじうじしている。
だが、私がC×Bを書きながら「本当にC×B書けない、全然駄目だ、面白くない」と呟いたとする。
もし私に感想をくれた人がそのツイートを見たら、「あんなに好きだって伝えたのに、やっぱり自分からの感想は嬉しくなかったのかな?」と思わせてしまうかもしれない。
そうなってしまったら嫌だなぁと思うから、ネガティブな発言は控えるようにしている。
そういったこまかいところで、いただいた「好き」を大事していく。
少し話は変わるが、自分に向けられる「好き」の言葉は、「嫌い」よりも軽く受け止めてしまいがちだ。
でも、人間は「嫌い」を繰り返すことはほとんどない。「嫌い」なものにはわざわざ触れないからだ。
美味しくない食べ物を食べて、これは「嫌い」だと言う。その食べ物を二度と食べることはないから、「嫌い」と言い続けることはない。
でも、美味しい食べ物に対しては何度でも「好き」だと言いたくなる。繰り返し言うから、「好き」は結構印象に残りやすい。
一度も話したことのないフォロワーさんが頻繁に「好き」だと言っているものを見かけると、その人を思い出す。
普段会話をしない人でも、その人が「好き」だと言っているものが自分のTLに流れて来たら、教えてあげたくなる。
そういう時はとてもほっこりした気持ちになる。誰かの「好き」で、自分も幸せになる。
それが自分に向けられたものじゃないにしても、ほっこりと温かい気持ちになることがある。
「好き」は大事にしたいし、一人でも多くの人に、この思いが伝わればいいなぁと思っている。
http://blog.livedoor.jp/lalha/archives/50496623.html
HRT めちゃくちゃ難しくて、H は俺だけで完結してるのでやっていけるけど、 RT はハナクソみたいな相手では無理なもんは無理みたいな感じある。
伊達朱里紗さんの問題とされていることをできうる限り私情を抜いて纏めます。
伊達さんのTwitterを辿ればでてくるものから派生することをあげていきますが、炎上した原因(きっかけ)については発言がないため、伝聞が多目に入ります。(あくまで伝聞のため詳細は参加されていた方のレポを確認してください。調べればすぐ見つかると思います。)■3/1→かなり実際の内容と齟齬があったみたいなので追記しました。追記は「」で表しています。
また、問題についてはある程度知ってるものとし細かいことの説明は省略しています。「私が纏めたのはほんの氷山の一角です。sideMの界隈付近で燻っていたものくらいしか纏めていません」
読みにくいとは思いますが、自分用に纏めたものを、改編しただけなのでご容赦ください。
同事務所のイベント出演者と写真をとりそれを自分のTwitterへアップ
※問題点→いくら関係者でも通路で写真はスタッフさんの迷惑ではないか(写真がどうみても人の通る通路で撮られたものだった)
「自らがセンターに写り出演してるキャストさんを見切れるように撮影していた」
②自らが主演として声を当てた作品の作者様にsideMのキャラクターをリクエストし描いてもらい、Twitterへアップ
※問題点→作者と仲良くても、同事務所共演者が出ていても、関係ない作品のキャラクターをリクエストするのはどうなのか(描いてもらったキャラクターは共演者のキャラクターではない)
個人的にお願いするのは自由だが、お仕事のことも呟くTwitterに載せるのはよくない
③3rdライブ幕張公演での発言及びに行動(2018.2.3~2.5)
[一日目]
「鷹城ピエールみのりありさです」(同事務所声優へのリプライ)
「また、Twitter上にて関係者席でUOをパルログ持ちで炊いている姿の目撃情報が複数散見される」(ソースのスクショか魚拓のまとめ後程つけます。現状では検索かけていただければ見つかるかと)
[二日目]
一般です→十分後→すみませんライビュのことも一般って言っていいと思ってましたライビュです
はぁ~~sideM生きる糧
※問題点→「ファンを公言しているのに関係者席に二年連続で入り、挙げ句に目立つような行動をするのはどうなのかと一部で反感を買うような行動をしてしまった。」
発言は好意的に見られている場合もあったが、仕事用のTwitterで呟くのはどうなのという指摘もあった。
①関係者のいる位置でお渡し会一部の様子を見ている様子が目撃される
②お渡し会2部の寸劇時に同じく一般参加者の後ろで、関係者として見ていたが突然の乱入。『ゆめにてないよ』と「二回」声をあげ「伊達朱里紗であることをアピールし」変装を解き、登壇しようとした。「登壇は関係者にとめられた」
その際兄役の声優さんが『なんでいるんだよ』と返す。他の二人のキャストは発言せず。「身バレ後の伊達さんは、けらけら笑っていてうるさかった」
結局登壇はしなかったが、現場参加者によると、その後のお渡し会イベント「に参加しようとしていたが関係者に止められたため、衝立の後ろでお渡し会」を見ていたとのこと。
③公式からは②の伊達さんの行動についてサプライズなどの言及はなし。
WITHの声優のうち、Twitterをやっている二名が②のことについて少々触れてはいるが伊達さんのTwitterは沈黙している。(RTやいいねの動きはあるため浮上はしている)
※問題点→自分が主演のシリーズのイベントに関係者として見学するのは間違ったことではないが、無理やりトークに介入しイベントの段取りを崩してしまうことはまずい
介入するのであったなら運営に話を通しておくべきだった
プロの声優としてイベントに参加することは給料が発生するため、一般参加に紛れるのはよいけど登壇しようとするのはよくない
以上です。
まだまだ憶測の域にあるもの(多数のイベントでの関係者席目撃情報など)や感情的に思うところはたくさんあるのですが、長くなるのと真偽がはっきりしていないので省きます。
全部まとめるとプロ意識が低「くモラルがない」ということが一番問題視されているのではないかと私は解釈しています。
あまりにこの一連の流れを知らずに発言している人が多いので、とりあえず増田に書いたけどまた曲解されそう。
乱文失礼しました。
■追記3/1
ここに書いたことは伊達さんのTwitterから出てきたことから、あくまでも私の観点で行動としておかしいと思ったことのみなります。
また、WITHのお渡し会のことを炎上した原因と表現しておりましたが、それ以前から燻る程度には燃えていたので正確には炎上したきっかけでした。
燃えている原因は様々なことが複合した結果なので、正直このまとめだけでは分かりにくいと思います。
そして、私情をいくら除こうと、総評としてはどうしても主観が入ってしまいます。
私の書いてることも片寄ってるので、炎上の原因に納得のいかない方は、詳細をアフィ以外で調べ直してみることをお勧めします。
特にお渡し会のことについては、現場にいたわけではないので明らかに説明不足です。
現場に参加された方のレポを読んでください。
私のまとめ方も下手なので間違った印象与えてしまっている可能性は十分にあります。
■3/5
歪められた事実が広まってしまっていることに憂慮し筆をとったのですが、初めは勢いで書いたため、まとめとして不足している点も多くあるかと思います。
放射線科医PKA氏がこんなツイートをしているのを見かけて、おもわず逆上した。
https://twitter.com/PKAnzug/status/966542288368287745
「リア充」の訳語に「normie(普通の人)」を充ててるのが興味深い。日本では「中道から上を見て言う言葉」なのが、英語では「下から中道を見て言う言葉」になってて、この言葉を使うオタク(ナード)の社会的立ち位置が日本と英語圏で違うことが伺える。
中道の使い方がなんだかへんてこだけどまあ「普通の人」くらいの意味だとそこは深くとわずにおいて。
リア充はネットにしか居場所が見つからないようなオタクが、「普通の人」のやることをバカにしたり嫉妬したりするときに使う単語だろ?
リア充って、普通に休日は友達と外へ遊びに行ったり、学食にたむろってたり、普通に彼女がいて街を歩いてたり、そういう人を指す言葉だったと思うんだが。
まごうことなく、下、っていうかこの言葉をネットで使ってた人間として言うと「底辺」から、「普通」を見て言う言葉だったはず。
Wikipediaの説明を引き合いにだすのもなんだけど。少なくとも発生段階のころについては、PKA氏よりもまともなことを描いているように見える。大学生活板はちょっとしか見たことないけど(まだ犬学じゃなかった頃か?)、まあそういう板だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%85%85
概念自体は2005年頃に2ちゃんねるの大学生活板で成立しリアル充実組と呼ばれていたが、2006年初頭に今のリア充の形として使われ始めた。その後2007年夏頃からブログやtwitterでも流行した。未来検索ブラジルの主催するユーザ(2ちゃんねらー)投票企画「ネット流行語大賞」では2007年に21位となった。2011年には女子中高生ケータイ流行語大賞の金賞に選ばれるまでに成長し、ギャル語として確固たる地位を獲得するに至った。
当初は、インターネット上のコミュニティに入り浸る者が、現実生活が充実していないことを自虐的に表現するための対語的造語だった。当時は友達が1人でもいればリア充とされた。その後、このニュアンスは、従来のネット文化に(触れずにいた事から)染まっていない、携帯電話を介したネットの利用者たちが流入するにつれ、彼らの恋愛や仕事の充実ぶりに対する妬みへと変化していった。
もっとも俺も無知ではあった。10年代には女子中高生に広まって、ネットに広まってない利用者によって意味を変質させられているのだそうだ。それは知らんかった。
なるほどPKA氏が念頭においてるのはこっちなのかも…… って、やっぱりオタク関係ないところで変質してんじゃねえか!
たんに、話者が底辺にいるオタクから、中位層などの非オタク層に移り変わっただけだ。オタクの階層分析の違いになんて使えたものじゃない。
あきれますよ。あんだけ、放射線デマについて強く批判し、なにかというとメディアのどこかにアラをみつけては形相変えて「マスコミ叩き」にいそしむ放射線科医は、マスコミ以下のエビデンスで歴史をでっちあげていた、って。
この放射線科医のツイートはですね、要するに日本のオタクをよいように語ってるようにみえるけど、実際はそうじゃないわけですよ。むしろ、北原みのりなんかの100倍、オタクのことをバカにしているといってよい。なにしろ10年くらい前までは主流だった(と思う)オタクを、存在ごとなかったことにしている。トロツキーが消されてる写真もびっくりだ。
エロゲにどっぷりはまって本田透を読みふけり、週刊少年漫画の楽しみな連載は早売りをろだに上げてもらって読む、個人ニュースサイト巡りしながら非モテ文化を語る、というより実在女性への怨みを吐く、まあそこまでステレオタイプにどっぷりな人は意外と少ないかもしれないけど、そういうオタクがいたわけですよ。当時は。俺は当時恋愛障害者2級でした。あなたは何級でしたか。
それはぶっちゃけロクなもんじゃなかったですよ。でも、当時のオタク文化というか、ネットのオタク文化はそういうものだった。
今はそうじゃない。オタクといってもいろいろだけど、今どきの一般人のインドア側端くらいの意味しか持たなくなりつつある。あんまり悪いイメージもなくなりつつある。でも、昔のオタクの名残は、あるにはある。その典型例がリア充、なる言い回しなのかもしれないわけだ。
だからこう邪推したい。「オタク」、それは今のカジュアルなオタクじゃなくてどろどろとしたオタクのことだけども、それを粛清しないと、何か都合悪いことでもあるんですかね? このトンデモ放射線科医。
二度と人にエビデンスなど求めずに、隅っこでデマと偏見だけ食ってかろうじて生きていってほしい。
でもこのツイート、今の段階で4200越えのイイネと2600越えのRTがされている。この人たちには、修正された歴史が本当のもの、なんだろうね。
よかったですね、「非リア」の営みを「リア充」どもの手で簒奪出来て。
クソが。
twitterの話で。
だいぶうじうじした悩みなのだけど誰か聞いてくれ
素敵な作品がある。
更に場合によってはリプで収まりきらなかった言葉は空リプにはみ出す。
そこに神本人意外がいいねをする。普段交流しない人もいいねをする。
答え、というかその心理はなんとなくわかる。
「わかる~!」
せやろ、せやな。そうやろ。この二人は最高で幸せで、今めちゃくちゃにハッピーで、語彙力が死んでるくらい神の作品は尊かった。
新刊は予約した…でもこの作品も尊すぎるなぜお金を払わせてくれないのだろうとりあえず印刷して部屋の壁に貼っておこう…
どっちかというと
私にイイネなんてしてないで
神の作品にいいね!いいね!○さんと重複するリプになってしまいますが私も最っっっっっっっっっっっ高でした印刷して部屋の壁に貼ります!!!!!!!!!!!!!!!くらい
神に何度も直接伝えてほしいと思う
ここまではね。
なんでうじうじするのかって
私も描き手で、神にまったく劣った描き手で、
RTは神が神なので神がしてくれると伸びたりするけど
いや違うんだ リプライにいいねがほしい、という話ではないんだ
神と比べたい訳ではないんだ
私は、私はここに存在しているのに
私は存在しているのに
誰にも受け入れられない妄想が進んで
いっそ私なんていなかった方がいいのに
私の、神の作品の感想にいいねをしたフォロワーさんは私ではなく神の作品を待ち望んでいるんだから
目の前に神のメチャ尊い作品のプリントアウトしたものがあるのに
劣等感をそんなところで育たせないでくれ…お願いだ…たのむ…
もう何年も前の話だ
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10サークルも集まればちょっとしたお祭り騒ぎになるようなジャンルだった
部数も30部ぐらいでまぁかなりほそぼそとやっていた
一応書いておくと
作品自体はめtttttttttttttttttttttっちゃ面白い
名称としてマイナージャンルって言ってるけど古いだけで決してマイナーじゃない
話が逸れたので戻す
そしてヲチスレにもちゃんとヲチスレなりのルールが存在すると思うんだ
大体共通するのが
って所だと思う
例えば「巨乳は気持ち悪い。巨乳キャラは気持ち悪い。巨乳を書いてる作家の××は気持ち悪い。」という理由で
同人サークルがヲチられてても「趣味がちげぇだけだろうがぁ~~~作者の好きにさせてやってくれ~~~~~~~~っ」て感じだ
他に思いつかなかったとはいえ、例えに巨乳を出してしまって本当に申し訳ない。
まぁ、ヲチスレでなんやかんや言われるにはそれなりの理由あってのことにすべきだと思うんだよ
「トレス」とか「公開アカウントで逆カプのこと叩いたり、リプライで噛み付いたりしてる」とか「オフパコサークル」とか
「同人イベントで毎回牛歩が凄く、列で他のサークルさんが潰れてしまってるのになんの対策もしない」とか
勿論それなりの理由があるからと言ってやることなすこと全部叩いたり、
悪口書き込んだりするのはイジメになるので注意喚起程度にすませとくのがいいと思います
ここまで読んでくれてありがとう
「ヲチスレは兎に角他人の悪口を言っていいところだ~!俺は他人の悪口を言いてぇんだよぉ~!うぇ~~~~~~い!!」って認識の人は悪いけど帰って欲しい
そういうのはフォロワー数ゼロの非公開アカウント作ってそこでやろうね
本当はそこでやるのもどうかと思うんだけどね
本題に入らせていただきます
ただ、大規模ジャンルと違うところが一つあった
それは「ルールもクソもねぇ」ってところだ
以下一連の流れ
「下手くそ」「××の絵は身体のバランスが気持ち悪い」「(キャラ名)嫌い」
③おぅふ…
まぁ、ここまでならまだいいんだ
本当は心底嫌だけどお世辞にも絵が上手いほうじゃないしちょっと泣くぐらいで済むんだ
問題は次
①イラストを書く→Twitterに投稿→人のいる時間に自分でRTする
「××がまた承認欲求モンスターしてるぞ」「これを褒めなきゃいけないのがキツイ」「褒めないと目を付けられて裏でグチグチ言われる」「これもお付き合いってやつ」
③ふぇぇぇぇええええええええ~~~~??????意識が宇宙に飛んでっちゃうよぉおおおお~~~~~~~✩✩✩
自分がおかしいのか?これわかる人いる?わかる人いたら誰か教えて?
自分で自分の絵をRTは確かにした、でも深夜2時とかにあげた絵をその日の夕方に1回RTしたダケダヨ!?
投稿した時の文章も「久しぶりにプレイしたら○○ちゃん可愛かったので書きました」みたいな文章だったよ!?
同ジャンルの誰かの愚痴とか普通に問題児やん!!!!!しないよ!!!!!!!
本当に意味がわからない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
絵をあげる度に、なにかをつぶやく度に、こんなことが続いた
絵は無言で絵だけを投稿するようになったけどなんか「絵師気取り」とか「ゴミ量産機」とか「こいつはなにが楽しいのかねぇ?」みたいなことが書かれてた
リプライは一切しなくなった そしたら「コミュ障」とか「お高くとまってる」とか「絵師様は一般人とは違うから(笑)」みたいなことが書かれてた
イベントにも参加したけど、こんなこと書かれてて疑心暗鬼にもなってたし交流とかしようと思えなくて本を売るだけの機械になってた
ちなみにイベント前のスレには「本買わないとグチグチ言われるからな~」とか「相手の本買わないとこっちの本も買わないからな~」とか「差し入れ持ってかないとブロックされるからな~」みたいなことが書かれてた
しねぇよ!!!!!!!!!!!!!!好きなモンを好きなように買え!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
挨拶や差し入れとか持って来てくれた人にはちゃんとお礼言ったんだけど、あんまり会話を広げようっていう気にはなれなかった
そしたら「態度が悪い」とか「何様だ」とか「引いた」みたいなことが書かれてた
それでも絵を書けたのはやっぱり作品が好きでこの件は作品とは一切無関係だったから
あとマイナージャンルのヲチスレはルールもクソもねぇって書いたけど、訂正させて貰う
よくRTで回ってくる
「1の悪口よりも、100のあなたを好きという言葉に耳を傾けろ」
「結局なにしてもあの手この手で叩かれるんだから好きなことした方がいいよ」
みたいなやつあるよね、あるんだよ
良い言葉だと思うし、誰かを励まそうとしていて「いいなぁ」とも思う
言ってることもわかる、悪口気にして心すり減らすよりも好きなことした方がよっぽどいいと思う
でも…
でもな…
そんなこと言われてもな…
悪口を!!!言われたら!!!!誰だって!!!!!!!嫌なんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
うおおおおーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だアアアアアアーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
忘れろとか!!気にするなとか!!!!!!そういう次元の話じゃないんだよ!!!!!!!!!
嫌なんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
嫌なもんを嫌だって言ってるんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
はい!!!!!自分は!!!!!他人に悪口を言われるのが!!!!!
とても!!!!!!嫌です!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
嫌だあああああああああああああアアアアアアアアあアアアああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
悪口言われたく無いならネットやめろおおおおおおおおおお!?!?!!???!
なんでこっちがやめないといけないんだあああああ!!!!!!!!!!!!!!!
早く忘れたらだとおおおおおおおおおおおおおお!??!?!?!!
忘れられるかあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!
そういう話じゃなくて!!!!!!!!!!嫌だって言ってるんだよおおおおおお!!!!!!!!!!
だから!!!!!!!!!!!叫ばしてくれ!!!!!!!嫌だって!!!!!!!!!!
書いてて結構スッキリしてるぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!
やっぱり嫌なことは嫌って言うのが!!!!!一番良い!!!!!!!!!!!!!
悪口なんて気にしてません!って顔するより!!!!!!!!!!!!!!!
嫌なもんを嫌っていうのが!!!!!!!一番良いわ!!!!!!!!!!!!
ネットで他人の悪口言うのは勿論別の問題だけどな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ファック!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
…ふぅ。
書店(あくまで一般的な大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ
思わず手に取り、同人誌というものの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。
当初は晴海に足を運び、会場が変わってからはビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリーで
コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。
その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生の選択等も重なり、自身が創作してイベントに参加することが
自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。
ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。
恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。
■とあるジャンルで同人の世界に戻ってきたら面倒なことになっていた
2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンルで創作活動をしてみたくなった。
そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。
慣れ合い、擦り寄り慣習
情報発信の手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分も登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、
・創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令
こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている
・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り
その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった
・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!
当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜
本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに
正直な話、あなたのツイートが面白くてフォローしているけれどあなたの創作物が欲しいわけではない、という相手もいる
こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったものは
それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。
そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。
どちらかが正しいということではないと思うので。
ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり
BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが
あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。
どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、
何かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や
そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。
彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手をディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが
彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。
■別のジャンルで数年ぶりに同人の世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた
さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。
久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンルに出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、
同じジャンルが好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTやいいねを頂いて
楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。
慣れ合い、擦り寄り慣習
以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想です)ものだった。
私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。
その間に何が起きていたかを察するに、
1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮
2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気
3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気
1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮
私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこちの古参に「私など新参ですから」と
謙遜して回らなければいけない雰囲気が蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。
全体的なジャンルの雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、
創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。
そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。
気味が悪い。
2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気
ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CPで活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。
一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCPで活動したい人が多い。
・その「偉い」人をまずフォローし、
・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、
という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。
気味が悪い。
3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気
1および2から、「偉い」彼女の創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という
気味が悪い。
だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。
知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。
知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と
いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。
ただ、推しCPが推しCPである以上、どうしてもTLにRTやいいね、さらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気が蔓延する。
そこで私は彼女のアカウントID、ペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。
それでもイベントが近づけば彼女の新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを
繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。
これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、
見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も
心の底ではどう思っているか分からないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。
そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端な創作を続けている。
たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。
心優しい人からはイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、
偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。
先生とやらは自己顕示欲と自己高評価と承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて
適当にキャラクターをセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。
昨今、同人誌の価格設定や創作活動における人間関係に疲れる等の記事が拡散されているのをよく目にする。
私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。
最近ツイッターとか見てると、”e-sportsは体を動かさないからスポーツじゃない”という主張に対してスポーツはもともと競技という意味だから問題ないんですよ!という話題が流れてくる
まあ実際問題、職業の地位向上を目指すという点でこの反論は大事だし、論理としても通ってると思う
しかしツイッターの闇というか、一度話題が上がるとハイエナのごとき人々がこぞってツイートを始めるんですね
「私の知り合いの外国人が」「英語圏に住んでる友人に」「俺今アメリカにいるけど」などなど
何よりもイタいのが日本人を馬鹿にしているような言い方をしてるツイート
辞書とか翻訳とかが溢れてるから忘れがちだけど、そもそも違う言語ではどうしても齟齬が生じがちなわけ
先人たちが見える範囲で単語を理解して、教えてもらって、その単語を使ってより難しい単語を説明してもらって、徐々に感覚を近づけた結果にあるのが今の言語理解なわけで、絶対的に意味が同じの状態ってまあないわけでしょ
なのに偉そうに「そもそも」とか原理主義的な話をしてもそれは逆に普及は遠のくじゃん、言われた方は気悪いし
ていうかそもそも論ならオリンピアの祭典がクッソフィジカルで始まって今に至ったこと考えるとe-sportsオリンピック採用に関して違和感生じてもしょうがないでしょ
ていうか!そもそもe-sportsオリンピック採用に関しては外国でも賛否両論だからな!googleでe-sports olympics comments とかreactionsで検索すれば色々出てくるから!
あれって聖戦(特攻)的な意味合いで理解されてるけど、本来は「努力」って意味らしいのよ
どっかの記事で見かけたんだけど、最初は近所の人から白い目で見られてたモスク運営してたイスラム教徒の人ができるだけ地域交流して受け入れられるようになった
さらに震災の時にはいち早く駆けつけて炊き出しを100回も続けた
この記事を見てああ、これからは軽々しくジハードだとか言わないようにしよう、とかイスラム教徒ってだけで身構えるのは良くないな、とか思ったんですわ
でもこれを例えばイスラム教徒でもない、ていうかお前誰みたいな奴に日本人は遅れてる、ジハードって別に特攻って意味じゃないしwww的な言われ方したら
「はあ?でも911とかテロとかで奴らがジハードとかいって何人も死んでるねんぞ調子のんなハゲこら」ってなるじゃん
なんていうか、外国では〜とか一面的なこという奴に限って英語できないし外国人の友人(一人か二人レベル)な気がする
そして別に日本人のe-sportsへの意見を変えようとか思ってなくて、単にrtが欲しかったり上から目線でモノ言いたいだけだと思う
いつだってことをややこしくするのは当事者ではなくて、調子乗ってる外野だったりするんだよね
Twitterをしている人で、クソリプに遭遇した人はどれくらいいるだろうか。
クソリプ。
意味はそのまま、クソみたいなリプ。
バズっているツイートによくあるリプだ。
私は数年前からTwitterにアカウントを持っている。月に2〜3回は1万RT程度のツイートが出る。
1万RTを超えると、どんなツイートでも必ずと言っていいほどクソリプが来る。
種類は様々。
ツイート内容からむりやり自分語りをねじ込んでくるもの、wwwを多用した意味のない罵倒、そもそもツイート読んでるのか?と思うようなリプ、「分かります。アベが悪いですよね」という突然現れるアベさん、Aの話をしているのに「それはAの話ですよね。Bの場合は違います」という別の話を持ってくるもの。
こういった、話が全く通じない人たちはTwitter以外でどのように周りとコミュニケーションをとっているのだろうと思う。
なんかまたコミケの女性レイヤーは過激だ露出狂だみたいな内容の放送が地上波で流れるらしいので、先に書いてみます。因みに私はただのカメコです。
確かにコミケに於けるコスプレでは、極希に肌色が多すぎる人を見かけることはあります。
全体からすれば誤差みたいな程度に過ぎませんが、肌色が多いが故に人を集めてしまい、結果的に悪目立ちすることがあります。なにせ「過激なコスプレほどRTされたりまとめサイトで取り上げられる」のですから。
特に前回の冬コミでは、エントランスと庭園エリアに於いてはもうちょっと空気読めという主旨の注意が出ました。
では何故、彼女らはそんな露出をするのか?という問になりますが、この問題を難しくするのは単にレイヤーといっても色んな考えの人がいるという点です。
二次元をただ忠実に再現した結果、そうなってしまった人の場合はきちんと露出対策をしています。遠目には分からないかもしれませんが、タイツを履いていたり谷間はシリコンの塊だったりするものです。
「そこまでして何で肌色が多い(ように見える)コスプレするの?」と問うのは、超マイナーネタの同人誌を書く作家に「何で殆ど売れないのに同人誌なんか出すの?」と問うのと同じことです。コミケは表現の場であり、一定のルールにさえ従えば表現することを許されます。何かを作りたい、表現したいという欲求の媒体として、紙を選ぶか自らの肉体を選ぶかは表現者の自由です。
では問題は、二次元の再現ではなくご自分の肉体美を見せたくて仕方ないと思われる極一部の方々……と、いうのは実は不正確な表現だと思われます。
勿論可能性としてそういう人もいるのかもしれませんが、わざと肌色を見せるアレンジをしたり布を捲って肌色を見せようとする方々は所謂コスプレROMをサークルで頒布するROMレイヤーと呼ばれる方である可能性が高いです。
確かに表現の手法やアレンジは各々の裁量であり、自由であるべきです。しかし、年齢制限を課しているROM収録のコスプレとほぼ同じ衣装をそのまま外に持ち出すのは果たして適切なのでしょうか。別イベントやサークル参加日にROMを買いに来いよ、という広告塔に見えて仕方ありません。
先の冬コミの庭園でも約1名、臀部にサークルスペースを書いたタトゥシールを貼り付けたROMレイヤーの人を見かけて大変残念に思いました。
(尚、多少は注意文の効果があったのか、毎度治安の低下を叫ばれる庭園は(その人が来たとき以外は)平和に感じたことを付け加えておきます)
よく承認欲求とかに否定的な意見をみかけたり、そういう欲を持っていることを恥ずかしい・純粋じゃないと思ってる人もいたりするけど、「誰かに褒めてもらいたくて何かをする」っていうのは全く恥ずかしいことじゃないし、承認欲求強いwwとか貶すようなことでもなく、クリエイティブなことをするためにとっても大事な原動力だと思う。
例えば小さな頃お絵かきして、「もっと描こう」って思ったきっかけって、褒めてもらったのが嬉しかったからだったりしない?それ自体はすごく純粋な動機。
むしろ絵を描きはじめて今まで誰からも褒められたことがないがない、でも描きたくて描いてる、って人は多分ジャンヌ・ダルクばりに神から天啓がくだってる人だと思う。すごい。
何かする→評価される→より頑張る→さらに評価されるっていうのは、すごい良い循環。
これでどんどん絵は上手くなる。向上心を伴う承認欲求ほど、自分の画力を向上させるものはないってくらい。
ただこれに向上心が伴わなくなると一気に承認欲求って地に落ちてしまう。
何も向上していないしたいして努力もしてないのに評価してほしいって、そりゃママしか褒めてくれないよ。
評価されない、認めてもらえないって言っている人は、果たしてその評価を得るための努力をしているのかな。
ハンコみたいに同じような絵を量産して描いているつもりになってるんじゃなく、あなたが見て上手いと思う誰かの絵のようになるために、ちゃんと人体の描き方とか勉強してる?
私の、俺の絵柄はこれだから!とかなんとか言って、結局上手くならない自分から逃げてない?
絵っていうのは上達の早さに違いはあれど、きちんと自分が下手であることを認めてプライドをすてて練習すれば誰しも絶対上手くなる。
よく評価されないと嘆いているひと、評価されないのも当然な絵を描いてるんだってまず自覚して、まずは練習を重ねないと、評価なんてされないよ。その練習の重ね方も、上手いと感じる人の体のラインを参考にしてみたり、人体教本を最初から最後まで模写してみたり、「あ、目ってこういう描き方するんだ」とか「体ってこう描くんだ…」って気ずきがあるのが身になる練習。今の状態で金太郎飴を量産して描いた気になっててもそれは練習じゃないし努力でもないから。
こういうことを言うと、「私は楽しんで描いてるから今のままでいいんだ」っていう人もいるんだけど、もちろんそれはそれでいい。そういう人もいるし、評価なんていらない!って場合はその方がきっと楽しい。
ただ、そんなに上手くないけど私をそのままで評価してくれ!沢山RTもいいねもして!ってひとは、現状で周囲からも褒めて欲しい!なんてのは高望みだと自覚してほしい。事実として実際評価されてないなら、「評価がない…」と悩まない。それだけの実力がないんだから仕方ない。実力のない創作者を褒めてくれるの仲良しの友達とママだけだよ。それで十分!って諦めないと。
やだやだ仲良しの友達とママ以外にだって褒めてほしいんだもん!っていうなら向上心をもって練習すること。どちらを選ぶかは自分の自由。
その欲求を満たしたいなら向上心をもって努力する、努力するのが嫌なら承認欲求を満たすことはあきらめる。
承認欲求が悪く言われがちなのは、努力するのが嫌だけど承認欲求は満たされたいというチグハグな人が目につくからじゃないかなと思う。
というわけで、評価されたいならもっと練習しよう。評価されないなら、単純にあなたはまだまだ下手で練習が必要だってことを認めること。認めた上できちんと上手くなるために練習したら、絵は絶対上手くなるから。
文章もなにもかもぐちゃぐちゃです。
「どうして」
燃えている。わかり手(@anbakurakoya)氏のツイートが。
>『魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。』
https://twitter.com/anbakurakoya/status/963574691775447040
>『小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタの欲望と同程度には醜悪な欲望である自覚をな、できればな…』
https://twitter.com/anbakurakoya/status/963574949230256128
ああ、『現実に行えば』その通りだ。
その前提条件が読まれる事なく拡散されて反発の声が届くのは、気の毒だと思う。
私が、どうして、と思ったのは、ここじゃない。
その後だ。その後の言葉だ。
>『このツイート、無限に怒りのリプライが飛んでくるんだけど、それを鑑みると女オタクと男オタクの違いは自分のキモさに自覚的か否かだよな…、なんてことを少し思う。「キモオタ」と名乗るか「貴腐人」と名乗るか、みたいな。』
https://twitter.com/anbakurakoya/status/964050886040289280
>『自分がキモいことくらい受け入れた上でオタクやれやと、キモオタの自分としては思いますね。』
https://twitter.com/anbakurakoya/status/964051192367144961
どうして。
ここも同じか。ここも同じなのか。
メルトダウンを起こしている。オタクの、趣味の世界での苦しい記憶がフラッシュバックする。
まとめサイト、「腐女子のせいでジャンプがつまらなくなった」「おまえら夢小説ちょっと読んでみろwwwwww」
抱き合うように密着して仲睦まじい女子高生、マイクロミニのスカートから下着が見えている美少女のイラスト、男性を向いた表現は作品名だけで済むのに。
男キャラで同じような露出が、絡みがあれば、「『腐向け』のタグを付けろ、隔離しろ」と言われる投稿サイト。
『腐向け』『腐女子』は女オタクへのレッテルとして、今も現役だ。
フェミと腐女子の2つがあれば、ネットの世界であらゆる女は罵倒できる。
腐った女、と自嘲する名前。それは『キモオタ』と近い。『貴腐人』も、『腐』、から結局は離れていない。
自覚がない、と言うが。
腐女子の『学級会』は、魔女会でも起きていた。あれは、私は好きじゃない。
あの自縄自縛、自罰の時間を、魔女狩りの様子を知らないのだろうか。
外の誰に指さされる前から、内側で互いに『キモさ』を牽制する、あの空気を知らないのか。
見つからないように、作品名ではなくキャラの名でも引っかからないようにカップリングを独自の言葉で言い換えて。
『純粋に』楽しんでいるファンの世界に、異物が入らないようにとアカウントに鍵をかけ公式の固有名詞を避けている彼女たちは、見えないようにすればするほど「いない事になる」。
そんな事をしても無駄だけれど。
「『女オタク』が『腐女子』が、こんな事をしていた。やっぱりあいつらはろくでもない」
『アスペルガー』が『ADHD』が『ボーダー』が、健常者の世界で、異物にならないようにと過ごして、障害が、疾患が、見つからない、いない事になる。
そんな事をしても無駄だ。
職場で、学校で、リアルの世界で見つかった、『迷惑』な奴が一人でもいればいい。
「『アスペ』が『ガイジ』が『メンヘラ』が、こんな事をしていた。やはりあいつらはろくでもない」
『一般人』から切り離された『オタク』が、『男』『女』に分断されていく、そこから『(普通の)女』と『腐』に細分化されていく。
男の女の、うつ病双極性機能不全発達障害エトセトラエトセトラ。
そうだね。嗜好は、まったく違う。
『うつ病』は『ADHD』は『統合失調症』は『摂食障害』は違うように。
そう。苦しいところは、違う。
わかる。わかるんだよ。
わかる、だけど、どうして。
端的に書くとアニメ声優好きの人らが2.5次元というジャンルを叩いているのを見ながら原作オタクの私が怒りに打ち震えているっていう愚痴なんですけど。
最近は実写化地雷や2.5次元地雷というのを声高に主張しても許される風潮ですね。増田でもよくみかけます。
私はいわゆる原作厨というやつでアニメ化が地雷です。というより原作者以外が手を加えた物は全て非公式と思っています。
つまるところ後追いのメディアミックス全部地雷なんですけど中でもアニメ化が一番の地雷です。
なぜならアニメ化されるとアニメに原作者が一切関わっていなくても【公式】【公式設定】【声優=本人、本家】とか当たり前のように言われるようになるからです。
これ。
今アニメ好きの人らが今2.5次元に向けて文句言ってることと全部一緒です。
設定が違う?アニメ化で私も思いました。改変され過ぎていて絶句しました。
声が違う?それアニメ化された時に私も思いました。私の好きなキャラのイメージと全然違いました。
ビジュアルが許せない?私もクソ作画で劣化した〇〇君許せなかったです。それに好きなキャラと同じ衣装を着た髪型も顔も似つかないおっさんが〇〇君本人とちやほやされてるの見て許せなかったです。
キャラのなりきり?私物化?声優のなりきりツイートを尊いとRTしてましたよねつい先ほど。原作の〇〇君なら絶対にそんな言葉遣いじゃないのですけどね。
俳優の評判でキャラの評判が傷つく?それ声優に対して同じ事を私も思っています。女性声優にセクハラ発言ばっかりしている声優に私の好きな〇〇君の声当てて欲しくなかったです。
アイドルみたいに歌わせたりファンサしたりするのが許せない?私も音痴設定の〇〇君なのにキャラクターソング出されてショックでした。しかも声優さんがイベントで歌ってなりきりファンサしててショックでした。
原作が大好きでアニメを許せない私からしてみれば、アニメ化で喜んだりファンになった身でお前らどの口で言ってんだって気持ちになります。
とっくにあなたたちがちやほやしているアニメで原作の〇〇くんは穢されきってんだよ!
アニメ化がよくて2.5次元は駄目だなんて、どんなに高尚な理由付けたって結局は自分が気に食わないだけだからじゃないですか。