「SNS疲れ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: SNS疲れとは

2020-08-21

SNS自分にとって害かも

SNS(イ○スタなんか特に)には美しくきれいかわいい女子たちの画像がたくさん転がっている。

「いつか必ずこんな美しくきれいかわいい女子彼女にして思う存分いちゃいちゃラブラブするぞ~」と自分を奮起させるのに最適なのだが、意識高い系の人が意識高い系投稿をしているのを見て、それと自分とを比べてしまって嫌な気分にもなりがちである

以前は前者のみを楽しめたが、最近は少し病んできたのか後者がやけに気になるようになってきて、これがいわゆるSNS疲れかと思い始めている。

2020-07-29

コンプラ疲れた

ある程度までは「まあ嫌な気分になる人がいるならそれは無くした方がいいよね」

ぐらいに思っていた。

最近日本語の「ブラック企業」とか明らかに元々は意図を含んでない物まで及んでくると流石に頭を抱える。

これが無くなったとして、次に標的になるのは暗黒とか潔白とかそういう言葉だろう。幽白の海藤の能力思いだす。

あとは女性正義男性が悪という風に見える思想(あえて呼称しない)。

男だが男性として生きているのが辛くなってしまった。

そういう言動をしなければいいだけ、と簡単に割り切れることではない。

男性は常に加害者性を糾弾される素質を持っている事は否定できないと思う。しにたい。

Twitterコンプラ問題に対してだんだん攻撃的な発言をするになってきたフォロワーが何人かいる。

最初共感できる部分もあったが見るのが辛くなってきた。

正しければ言い方がキツくても良い、という姿勢正義暴力

(散々言われている事だが、むしろきついぐらいの方が、文字数が限られるTwitterではウケる。)

知らない人の過激発言が、Twitterを見なくてもネットニュースとかで上がってくる。

誰かを完全悪にしてボコボコに叩き殺す。

白か黒、0か100。そんな発言ばっかり。

コンプラ疲れた」とすらTwitterで書くのはこわい。

その空気疲れた

ここまで書いてみたが、この文章だとコンプラ疲れたというよりSNS疲れたに聞こえるかも知れない。

言いたいことはSNSを利用したコンプラ正義暴力疲れた、ということだったのかな…。

要素が多くて分ければ良かったね。ごめんね。

2020-06-28

どうすれば話し相手が作れるのかよくわからない

Twitter特定趣味界隈のフォローフォロワークラスタの輪にすこし入って入るものの、「質問に答えます!」とかのキャッキャウフフ交流の流れが生じたときに、自分から質問に行けば答えてはくれるが、自分が「質問に答えます!」とかの「ツッコミが来る前提でのボケ」をしても何も来なくてスベってしまう。mixiコピペになる。コミュニケーションが成立しない。

人との距離を縮めようと一歩踏み出して、会話のボールを投げても、投げ返してくれる人がいつもいなくて、みじめになって引き返すんだ。

「欲しいと願って行動に出ても、手に入らないので、やがて欲しがるのをやめた」なんだよな。学習性無力感

普通の人はいったいどうやってコミュニケーションを成立させているのか、まるでエスパーしか見えない。自分には見えない「何か」を使って、アイコンタクトのようなものをして通じ合っているようにしか見えない。単に自分が嫌われているだけなのか。日頃の行いが悪くてハブられているのか?

そのへんが発達障害ASD傾向)なんだろうなあ。と。でも、同じく傾向のあるにゃるらさんはインターネット人気者なの、その差は何なんだろうな。わからない。

いや努力が足りない、「行動に出た」とは言えない、ただねだってるだけであって「勝ち取る」レベルまで行動に出てないのだ。と言われればそうかも知れない。その捻出するだけの気力が果たして自分に残されているのだろうか。

人間距離感がよくわからない。

現状の距離の把握がうまくできていないのか、距離を縮めるためのボールの投げ方がヘタクソなのか。その両方だと思うが。

そもそもボールを投げること自体ほとんどない。

逆に言えば、「投げられたボールを適切に投げ返していないだろ?」と言われればそうかも知れない。シェアハウスのチャラい人に「ゲームとかやるんすか?」って軽く聞かれたときギャルゲー!とか答えられない相手だし、ギコチなく無難switchスプラトゥーンをやりたくて買ったんすよね~って硬く答えたけども、嫌そうに答え過ぎたのかな。なんか、それ以降あまりしかけられなくなった。いや話しかけて貰えたこ自体は嬉しいけど、オタクプロトコル通用しなさそうな人間との雑談って難しいじゃん・・。っていう問題だと思う。オタク以外と何の話すればいいんですか?

たぶん「話しかやす雰囲気づくり」に失敗してるんかなあ。リアルでも、ネットでも。

うーん。典型的SNS疲れなのかな。

なんか自分はよく知らないけど、「会社上司Facebookでフレンドになっていると、上司日記を書いたら必ず巡回していいねしないと怒られるから仕方なくやってる」みたいなバッドなカルチャーがあるのを聞いたことあるけど、そんなの今もあるのだろうか。自分はその上司と同じ心理になってしまっていないだろうか。

もうさ、まどろっこしい、伝わっているかよくわからない、誰かにまれているのかよくわからない(誰も読んでない)テキストを書くよりは、面と向かってボイスチャットすりゃいいじゃん。やっぱ対面で話すの大事だわ。「聞いてない」が発生しないから。かならずキャッチボールになる。

電話発明されたとき、人は会わなくなるだろうと予測したが、実際には会う約束に使われた。という逸話と同じで。

べつにテキストチャット悪者ってワケではなくて。Twitterシャドウバン検索漏れなどで意思疎通を不可能にしてるから疑心暗鬼なだけで。iMessageでもLINEでもDiscordでも、ふつうテキストが届かないことがある」なんてことはあり得ないからね・・・Twitterだけは「このテキストメッセージは伝わってるんだか、伝わってないのかよくわからない」ので、よくわからなくなる。ぶっちゃけありえない。

どういった心づもりで居たらよいのかが、よくわからない。期待していいのか、期待するほうがバカなのか、しか欲求と期待をなにも発揮せずに人生過ごせとかいうの無理じゃん。Twitterに期待するのがバカなのか。あなたを信じたわたしバカなのか。

検索漏れシャドウバンTwitter特有の疲れを発生させるんですよ。ほかのSNS疲れとは性質が異なる疲れ方なんですよね。ハッシュタグの中にほぼ同じ動画の切り抜きを上げてるのに、なぜかいつも自分は反応されず、他の人のほうが反応されているのは、自分が「多くの人のハッシュタグ検索から見えづらくされている」としか考えられないんですよね、陰謀論ですか?

↓この神経逆なで公式ツイートにぶら下がる怒りのリプライをご覧ください


F2F or ボイスチャット

「知り合いとの1vs1のチャット

「知り合いのとの1vs多のグループチャット

不特定多数へ、読まれるかわからないテキストを放流する」

それぞれ、やっぱ心づもりって変わってきますよね。

2019-11-08

去年、FF14を辞めました

オンラインゲームSNSを辞めた。というただの独り言です

FF14ゲーム自体はとても面白いものだと思う

初めてフレンドのチョコボに乗せてもらってクルザスの空を飛んだとき、流れていく景色と遠くに薄く見えていた山々が近づいてくるのを見てとても感動した。ニートお金がなくて海外旅行なんて行く余裕がない私でも、パソコンの前に座るだけでこんなに簡単に知らない景色を見ることができるんだって思った。

ユーザー企画するイベントに参加するためにFF14用のツイッターアカウントを作った。#おはララとか#おはウラ とか綺麗に加工したゲーム内のスクショ投稿する文化があることを知って、タグをつけてとっておきの画像をたくさん投稿した。

簡単いいねが何十、何百とつく。

なんの取り柄もない私が、その数百人に反応してもらえたことで無条件に認められた気がした。

ユーザーイベントにたくさん参加して、フレンドがたくさんできた。

ツイッターフォロワーが増えて、なんてことない呟きにも誰かが反応してくれるからかわいい写真をたくさん投稿できるようにがんばった。

少しでも反応が沢山もらえそうな映える写真を撮るために何時間もかけて、何枚も同じような写真を選んでスマホに入れて加工した。スマホメディアほとんどゲーム内のスクショで埋まっていて、たまにリアル友達と食べに行ったごはん写真

こうなってくるとゲーム内での人間関係もすごく気にするようになった。

フレンド同士のちょっとしたいざこざで声をかけづらくなった人と出会わないように、3国にテレポするときは必ずフレンドリストから居る場所確認してから移動する。フレンドがユーザーイベント企画するときは、できるだけ参加する。

夜遅くまでスクショを撮るためにログインして、朝は通勤電車の中で映えツイートフォロワー投稿いいねを押しまくって、昼休憩もごはん食べながらいいねリプライ

かわいい装備をゲットするために何回も同じダンジョンを周回して、そのスクショを撮ってツイートいいねリツイートが沢山もらえる。

それで、ある日ふっと「しんどい」って思って、ログインを辞めた。FF用のツイッターも見るのをやめた。

今思えば承認欲求の塊がSNS疲れになっただけの話なんだけど、あのときはいいねの数が全てだと思ってたし、フレンドからどう思われるかが生活の中で1番大事だった。他人から羨ましがられることだけに心を砕いてた。

オンラインゲーム時間をかけて着飾ったところで、リアル風呂上がりの髪も十分に乾かさずにゲームやってる髪ボサボサの喪女しかないんだけどね

一年上前の話だけど自戒も込めて書きました。

今は仕事がすごく忙しくて、でも結構現実楽しい。あとお風呂あがりに慌ててゲーム起動する必要がなくなったから髪の毛をきちんと乾かすようになった。

私の自業自得は極端な例だと思うけど、承認欲求に踊らされて、楽しいゲームしんどい人間関係の場に変えてしまわないようにお気をつけて

良き週末を。

2019-10-30

Twitterに溢れている怒り

これはたぶんただのSNS疲れ、ただのつぶやき

いつからTwitterテレビに似てきたなと思う。

ニュースが流れ、誰かが傷ついたりすることも考えず、自由発言で溢れている。

自由発言をできることはいいことだと思う。

けど、流れてくる情報がその物事の全てかのように鵜呑みにしている人たちを見ると恐怖を感じる。その表面的な情報だけを見て平気で暴言を吐いたりする。

インターネット越しにいる誰かのことを考えてみてもいいんじゃないかなと思いながらTwitterをしているうちに、自分SNSに向いていないんだなという思考に至った。

2019-09-14

よくあるSNS疲れとでもやっぱりしゃべる人ほしい

ツイッターアカウントを4つ持ってる病気レベル人間だけど、1か月くらい全部お休みしてる。

それぞれ趣味ごと、用途ニュース見たりきれいな画像みたり)ごとにアカウント分けてる。

最近話題を追いかけるのがおっくうになってしまったし、疲れてるときに見たくないような画像が流れてくるのがつらくてお休み中。

LINEってさ、未読既読が分かって、人と人との距離が近すぎて息苦しいな、その点ツイッターは(自分は)在宅中パソコンしかやらないし、人に話しかけたいときに話しかければいいしどうでもいいことつぶやいてもかまわないから気が楽だなあ~ なんて思ってたけど、ここまで負担になるとは思わなかった。

まあ、ちょっとツイートするとすぐDM送ってくる人が居たりするのも大きい理由だけど。

職場でも同僚との雑談苦痛になってきて、逃げるように人目につかないところでお昼をとってるし、断れる飲み会は極力断ってる。人と会話する自信がない。

友達も少ないし。

しかしょうもない話を誰かに聞いてほしいんだよね。

つらつら書いたけどタイトルにした一文に尽きます

たわいない話を気軽にできるのって、インターネットの向こうの皆さんだけだったんだなあって思った。

2019-09-07

SNS疲れ

SNS疲れっていうか、ツイッター疲れというか使い方下手なだけなんだけど。ていう自己嫌悪感想吐き出し。

舞台とか映画とか本読んでても、これ終わったらツイッターにこうやって感想書こう〜って最中に考えちゃうんだよね。ここのこれがよかったって頭の中でツイッターの下書きしてる。本読んでる時なんか読み終わってないのに読み終わった時感想書いてたりする。

これって作品に集中してないってことじゃん。

別にかにまれたわけでも、みんなが待ってるわけでもないのに作品に集中せずツイッターのこと考えてる自分なんなんだろ…と思う。依存してるってか、承認欲求いいねが欲しいのか。同じような感想あげてる人見ると、いいね!よりも悔しい私も同じこと思ったのにっていう嫉妬心が勝ってしまう。

これもはや病気では?健全精神ではない気もする。

SNS疲れってか人生疲れか?

現実で満たされないものツイッターで満たされようとして結局満たされないみたいな感じか。寂しいな。ツイッター向いてない、とか思ったけどそもそもツイッター向いてるってなんだよ。ツイッター独り言ラジオでしょ。好きなこと呟くツール共感をもらいたくてやるものではない。でも一度いいねもらうともっと欲しい!もっと私を認めて!って乞食にになるんだよなあ。やっぱ向いてないかな。

ツイッターアカウント消して舞台観に行ったら集中して観れた気がするんだ。だったらずっと消しとけって話をだよね。でもさーたまにツイッター見返すと、私の場合フォロワーかに嫌われたくないあまり無難な呟きとか楽しそうななこしかあんまり呟いてないんだけど、日記みたいで自分の生きた証が残ってるから楽しい。でも呟くことに人生囚われてるのは疲れる。

まれた時からSNSがある人はあまりSNSで病まないらしいね。私は昭和生まれなのでSNSで病む。でもうまく付き合ってる人もいるか個人問題なんだよな。

人目気にして呟きだしたらツイッター意味ない気がする。ツイッターとうまく付き合えね〜でも別れたくね〜。

2019-08-27

anond:20190827154234

SNS疲れとか言うくせにお互い縛るようなサービスが定期的に流行るよな。

2019-04-21

今後の方針

 まずは方針を見出すところから。なんとなく作ってはみたものの書き方がわからない。どうすればよろしいのだろうか。

方針を見出す方針を固めていこう。まずは自由に書いていいと思う。おそらく長い文章を書くことに慣れていないように思える。とりあえず何でもいいから書く。そして何かしらのテーマにまとまってきたらそれを意識してひとつの一貫した文章を書いてみる。実はこの作業自体もそう。

 次にはてな匿名ブログの条件について考えたい。SNS疲れみたいなものがあるが、あれは今日代表的SNSが出てくる前から顕在化し、現在ではSNSを中心とはしているがSNSの外部にも十分広がっている状況がある。それは非匿名である資本とか権力とか関係くその力は広がっている(1)。インターネット上での行動があらゆる現実の動員力をもつにつれ、国家資本はその力を無視できなくなってきた。まず国家はその内部を可視化、あるいはいつでも可視化できるような環境を整備した。その後インターネットの外部に立つだけでなく、内部の強固な主体として力を広げていく。そしてその内部の可視化と相まって人々へのコントロール可能にしていく。

 次に資本はどうだろう?資本も結果としては国家と同様の状況となったが、その経路は少々違うように思える。資本はより早くネット上の主体となり、その可視化はそれに遅れてきた。しかしこの可視化は近年様々な障壁にぶつかっており、今後どうなるかわからない。

 さて、ここで着目すべきところは個が可視化されたことでも個がコントロールされるようになったことでもない。インターネットで「個」が現れたこである。正確に言えば空間無限に分解できる多層構造(2)において一貫した「個」という線が登場し始めたこである。これに至った要因は主に2つあるように思える。まずひとつは「個」が参入しやすメディアが増えていったこである。例えば個人ブログ、これは初めて個が特別技術がなくとも時間を超えて発言を蓄積できる仕組みであった。この際に「この発言は〜」から「このブログは〜」や「この主は〜」というような表現が出てきたように思える。

 次に責任システムの登場であるインターネット上での「祭り」や「炎上」では「責任」という概念が非常に強く機能している。「責任」とはある事象現象がある個人行為思考に原因を求める考え方である。この「責任」をインターネット上で課せられた個人は稀に見る身分となる。つまり責任」を負った個人以外が人格消失するのである。この現象前近代社会における神や儀式象徴において起きた構図と似ている。唯一違うのは格を持つものが神や対象ではなく、それを取り囲む「群衆」と同様の性質を持った人間であることである。この「責任」のシステムインターネット利用者の個を促進した一因になったのである

 ところでこの2点目を考えてみると面白い。なぜなら「責任」を課せられた「個」がいることによって「群衆」匿名性が保たれていたこであるスタジアム型(それともスペクタクル型というべきだろうか)の構図は「群衆」「群衆」自身を参照して行為を反復することもあるがここに「群衆」行為対象である「個」が用意される必要もあったということがわかる。そして「群衆」は自ずと「個」へとなりたがっていくのである

さて、かなり話が戻ってしまうがはてな匿名ダイアリーの利用目的についてまとめようこのような「個」が渦巻く中で「群衆」であり、一方でここでキーボードを叩き、その結果をモニター観測する「個」をもつためには「群衆」強制されない自己参照的な「個」が必要であった。そのとき「群衆」には「個」を認識されず、主体自身にとっては「個」であるような仕組みを持っているはてな匿名ダイアリーが適していると考えたのであった。

(1)こういう主体無き動員力はなんとなく好き

(2)これを「時間」という

2019-01-02

SNS疲れ

今更Twitterとかやってらんねーわ。

匿名SNSですら発言に疲れてるんだから現実コミュニケーションに疲れるのは当然だわな…。

2018-12-09

未だにSNSの使い方がわからない

twitterfacebooklineもインスタもやってない

アカウントすら持ってない

なくても生活するうえで全く困らないんだが、みんな一体SNSでなにをやっているの?

まじで教えて欲しい

さすがに最近LINEは連絡手段としてあったほうがよいかもとは思い始めてきたけど、いまのところSlack不自由ない。

こういうとSNSやってない俺カッコイイとか思ってるんだろプゲラとか言われがちなんだけど、

多分2ちゃんネイティブSNSができたとき移行できなかった勢って結構いると思うんだがそのうちのひとり。

あいかわらずちゃんはやってるし、ネットもぐだぐだ徘徊するし、ツイッターくらいは見ることはある。

なんというか、閉鎖空間が好きで開かれた空間がこわいという感じはある。

SNS疲れとかよく聞くけど、疲れる以前に怖くて使えないんだが。

最近では人間的に欠陥があるのではないかと思い始めてきた。

2018-10-29

LINE

今までLINE疲れ~とかSNS疲れ~っていうの全部バカにしてたんだけど、最近LINE送ってすぐ返信来ないと、俺実は友達だと思われてない??みたいになっちゃって、悲しくなるようになっちゃった

2018-05-22

匿名掲示板群の上位互換を目指して匿名SNSを作った話

 Webサービス作りました。その名もMaskma(マスクマ)です。

 https://maskma.net/

 匿名で参加できるSNSです。誰でも、メールアドレスによる会員登録を行えば利用できます

 某匿名掲示板群の上位互換を目指して開発しました。以下のような特徴があります

 * 匿名で参加できる

 * SNS疲れがない

 * 荒らしに強い

 Maskmaは匿名で参加できるほか、わずらわしい人間関係を一切排除して、他人コミュニケーションが取れます

 他にも、荒らし対策として以下のような機能実装しています

 * よくないねフィルター

 * スレッドのしきい値による書き込み制限

 * 運営による特定ユーザーブロック

 他にも、匿名掲示板と比較して以下のような機能があります

 * ユーザ間のメッセージ機能ポスト

 * スレッドが半永久的に存続可能

 * グループスレッドタグ付け機能

 以上です。もしよろしければご利用ください。

2018-05-10

SNS疲れってなんだろう

S 好きじ

N ない人に

S スターをあげる

ってことかな

2018-03-11

SNSの使い分け方が良く分からない。

有名どころのSNSIDは一通り持っているけど、正直上手く使い分けができていない。インスタとかは他のSNSとの連携機能が充実してて、一回投稿すれば他のSNSにも同じ内容が投稿できるけど、たとえばFBとインスタで同じ人とつながってて、両方に同じ内容の投稿をされると、結局2ケ所で同じモノを見ることになるわけで、それなら片方だけでつながっていれば十分な気がする。

自分としてはTumblrとインスタは公開モードでいろんな人に見てほしくて、FBはある程度自分のことを知っている人限定で見てほしい。Twitterも現状アカウントに鍵をかけているので相互フォローの人にしか見えない状況だけど、結構趣味の合いそうな人は面識なくてもかなりフォローしちゃっているので不特定多数に公開しているのとあまり違わない気がする。単に多少過激なこととか愚痴とか書きたいときに、見せる範囲限定しておくと炎上対策になるかなという程度。

まぁ内容やら友達によって、スルーされまくりの時とか、義理で「イイネ!」してくれてると思う時とかいろいろあって、SNSときにいろいろ気を遣ったり努力してもしょうがないのかなと思うこともある。たまにせっかく別々のサービスなんだから投稿する内容変えなきゃ…と頑張ってみることもあるけど、まぁそんなに彩りのある生活をしているわけではないので、一つの場所写真を撮りに行ったら、サービスごとに違う写真投稿してみるとか、その程度の差の付け方しかできない。

自由業とかで自己PRのための営業ツールとしていろんなSNSIDを持っている人は同じIDで同じ内容でもあっちゃこっちゃに投稿して誰とでもつながれるようにしとくのがいいんだろうなと思うけど、普通サラリーマンOLがそこまでやる必要があるのか疑問だ。私は気分が盛り上がるとやたら頻繁に投稿したり、長文書いたりしがちなんだけど、そんなに面白いことを書けるわけではないので、むしろ自主規制して少なめにする方が良いのかなと思っている。

時々毎週のようにどこかにお出かけして美しい写真投稿してくる人とかもいるけど、あまり頻度が高いと「はいはい、また出かけたの。キレイだね。」と義務のように「イイネ!」を押すこともある。インスタとかもあまりにも投稿頻度が高いとちょっとめんどくさい。これがいわゆるSNS疲れというやつだろうか。たぶん疲れたらあまり見ないようにするのが一番なんだろうけど、何となく人さまの投稿をチェックしておかないと落ち着かない。こういうのをやっていると読書をしなくなるし、他にもいろいろなエンタメ鑑賞をしなくなって貴重な時間を浪費している気がする。でもすっぱり全部SNSの類を止めるのも怖いんだよな。あまり負担にならないほどほどの付き合い方はどのくらいなのか考えたい。

2018-03-09

SNS疲れ

SNSで無理やりフォローさせた挙句

読んでる前提で話しかけてくるの辞めてくれ

最近しんどい」「死にたい」そんなのばかりじゃねーか

反応しようがない所で察しろ

構ってチャンめんどくせぇ

2018-03-02

悪意のない画像盗用

年に1、2回程度会う知人。

アクティブSNSを使ってる人なんだけど、TwitterRTしたネタ画像をわざわざ保存してFacebookInstagram投稿してるのがなんかすっごく違和感がある。

本人は別に自分撮影しましたとうそぶく気もなくて「みんなにオモシロシェアするぜ!」って無邪気な感じなんだけど、画像保存したらアウトな気がしてて。

悪意なく引用元ロンダリングされてしまっているというか、なんというか。

ただ自分SNSリプライネタ画像を使うこともあるから同じことだよなとは思ったり。ただ、いまバズってるネタ画像と、ある種定番三国志の一コマだったら違うんじゃないか、いや盗用という部分では同じかなとか悩んだり。

仲のいい友人なら「ネタ画像ロンダリング良くないよー」って気軽に言えるんだけど、おもしろい人ではないけど悪い人でもないし、微妙関係性だし、付き合い的にフォロー外せないし、Instagramミュー機能ないし、現時点ではなんで良くないのか自分でも根拠がよくわかってないから話が伝わらなさそうだし、だけど自分の中ではこれアウトなんじゃない?って違和感がずっと拭えなくて。

そうしてる間に知人は「チーフパンティ雑誌画像」とか「紅葉が卍、超絶見ごろなうのコラニュー画像」とかをわざわざTwitterから画像保存してせっせとInstagram/Facebook投稿してる。無邪気に。

これがSNS疲れか、と感じています

2018-01-24

ポータルサイトどこ使っています

今どきポータルサイトっておかしな話だが、目的もなくネットでダラダラするとき行くページってどこですか。

自分ヤフーはてブYoutubeあたりなんだけど、飽き気味です。

FacebookなどはSNS疲れから敬遠しています

程よく更新されて面倒くさくないの教えてください。

2017-12-05

anond:20171205104758

本人が満足してればいいのでは?

本人は感性かに生きてて楽しいと思えてるんでしょ?

じっさい、楽しい趣味を生きがいにして生きてるって楽しそうじゃん。

「周りが見て感性豊かそうに生きてる」というのなんて何の役にも立たんし。

いわゆるインスタ疲れ、SNS疲れみたいなもの

2017-11-22

情報断捨離をしている

この間Twitterをやめた。かれこれ4年くらいはやっていたがやめることにした。

(とは言えTwitterしか連絡が取れない人もいるかもしれないので、アカウント自体は残してある)

Tweetもふぁぼも全部消した。

自分日常やらニュース感想やらを書くにはちょうど良かったし、旬の話題キャッチするのにも具合が良かった。

有名人政治家やアレな人をウォッチするのも楽しかった。

普段会えない知人がどうしてるのかわかるのも便利だった。

しかし、次第に疲れて来た。いわゆる「SNS疲れ」なんだろうか?

それほど親しくもないけどフォローを切ったりミュートするのも憚られる程度の微妙な知人が増え、彼ら彼女らのどうでも良い日常が流れてくるのに飽きて来た。

エキセントリック政治的主張や、不快な、あるいは少し調べればわかる程度のフェイクニュース美談RTで流れて来るのにもうんざりして来た。

だんだんフォローを減らしていったけど、結局耐えられなくなってやめることにした。

遡ればInstagramもやめてしまった。出先で見たちょっと面白いもの風景ポストするのは楽しかったし、検索して同じ趣味の人の写真を見るのも面白かった。

でもこれも疲れてしまった。別にキラキラしたポストをし続けるのに義務感を感じたわけではなくて、やはりどうでもいい情報の流れを処理し続けることに疲れたんだと思う。

Facebookも早めに離脱した。知り合いじゃありませんか?を押し付けて来るのも気持ち悪かったし、そうして繋がった人たちの美しく漂白された日常を見せられるのにも飽きた。2ちゃんねる便所の落書きなら、Facebookはピカピカに磨かれたトイレだ。清潔で悪臭もしない、空虚空間空虚日常を排泄するトイレ

TVも全く見なくなって一年以上が経つ。何年もニュースくらいしか見ないくら視聴時間は減っていたのだけど、完全にゼロになってしまった。これも不快情報、興味の無い情報を流し込まれて来るのを処理するのに疲れたんだと思う。

Tumblrもやめた。ネットで見かけた興味深い話や、きれいな写真クリッピングしておくのは楽しかったが、面倒になってきた。

では今は何をしているかと言うと、好きなゲームMastodonに入っている。気が向いた時だけ同じ趣味の人と話すのは気が楽だし、お互いにプライベートほとんど口にしないし、興味も持たない。

あとは本を読んでいる。青空文庫で古い小説を読むのに凝っている。

さて、ここまで長々と書いてきたのは、最後増田もやめようと思ったからだ。色々とこじらせてる人たちが議論してるのを見物するのも面白かったが、同じ話題ループしてて食傷気味になってきた。妙な選民意識も鼻につくしね。

さようなら増田の皆さん。今まで楽しかったよ。

2017-09-24

最近

これが典型的SNS疲れかもしれないがtwitterで何かをつぶやくにしても見てる相手がどんな事考えてるかを考えすぎてつぶやくことも減ったしクソリプと言われるのを恐れてリプライもしなくなった

気楽にやればいいと自分でも思っているのに何故か他人の一つ一つのつぶやきがえらく立派に見えて自分つぶやきゴミしか見えない

リツイートいいねを貰いたいという承認欲求とはまた違う何かを感じていた

そんなこともあってSNSで唯一やっていたtwitterを先日やめた

今になってみれば何故始めたんだろうと考えると同時にSNSもまともにできない薄っぺら人間だとも感じる

それはSNSにやられてる証拠だとも言われそうだが気軽に使用する前提で作られたツールにここまで手こずっていては自分の将来が心配になる

まあそのおかげでコミュ障童貞なんだろうけど

2017-09-14

SNS疲れ

多分本当に避けられてるんだな〜わたし以外でラインやってるんだな〜って気づいた

でもわたしは前みたいに仲良くしたい 自分は思った以上にSNS依存していて心が荒んでるんだな

でもやめれないんだな〜難しいな

SNS疲れっていうかこれはSNSの上で起こってる女子マウント取りなのかな

2016-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20161104180426

うん。もちろんわかってるよ。

ただ、ミュートもブロックもしているんだけど、圧倒的な物量があって、全然効果無いんだよね。

ブロックしまくる作業で疲れるというか。

これがSNS疲れ(笑)

2016-07-05

同人のしいです

少し前からオタクアカウントのほうに、同人やめました系の記事がいくつかRTされてくる。

当方オタク歴はそれなりに長く、どちらかといえば一人で考察妄想を繰り返しのめり込む内向き型。キャラに対してキャーキャー言ったり、流行ネットスラングを羅列するような交流は苦手なので、RTされてきた記事を読んで、うんうんそこは昔のほうがよかったよね、と思うこともある。

しか記事を書かれた方々との状況はまったく逆だ。

近頃はまったジャンルにて、私はようやく同人活動イベント醍醐味みたいなものが分かってきて、今とても楽しい

過去色々なジャンルにはまったものの、今まではネット上で見たり書いたり、昔からオタク友達に話を聞いてもらうくらいで満足していた。

twitter交流しよう、オンリーに行ってみよう、自分でも本作ってみようか、というところまで手を出すほどになった作品はこれが初めてだ。

なんでなのか?ちょっと振り返り5点。


1.時間に余裕のある生活

ハマるのと同時期くらいに生活環境が変わり、時間に余裕ができた。これが一番大きいかも。元々面倒くさがりなので、寸暇を惜しんでまではきっとここまでやってない。忙殺されて余暇ほとんどなかった時期にハマっていた別ジャンルは、それはそれで生きる支えになったものだが、交流創作にかけられる時間は少なく、落書きで欲求を消化するのみだった。

学生時代サイトにこもってたので、オフ活動もっと早く興味持ってたら違ってたかも。


2.ジャンルの懐の広さ

ハマったのは息が長くファンの多い作品で、ファンの年齢も傾向も幅広い。キャラ萌えしてる人からひたすら原作考察する人まで色々。流行のピークは過ぎて久しく、今や大手さんの解釈公式扱いされているような風潮は薄いし、個々の解釈否定されにくい気がする。が、これは体感なので単に私が鈍感なだけかも。

もちろん作品自体の素晴らしさが第一にある。それに加えてこの界隈の自由雰囲気がいいなと思う。


3.厳選した交流がうまくいってる

そういう雰囲気に浸かってると、同士さんたちの詳しい活動や語りを追いたいという欲求がわいてくる。

そこで主にtwitterを利用するわけだけど、様々なファンがいるのと自身が万人ウケするタイプではないので、交流する際には特別注意をはらう。元々アカウントを取ったのは同士さんアカの鑑賞兼独り言用だぞ、それが第一だぞと常に言い聞かせる。それを曲げて交流しまくれば承認欲求が加速して本来やりたい創作考察ができなくなる。だからいくらいいねRTがほしいと思っても決めた期間以外鍵は開けないし、フォローフォロワー関係には気持ち悪いぐらい用心する。最近のやめました系記事にもSNS疲れがよく言及されてるし、対人関係が原因で作品を好きでいられなくなるみたいな本末転倒事態絶対に避けたいので、慎重すぎるくらい慎重に。

結構経ったがまだそれなりに守れている…と思うし、この前提があるからこそ色々割り切ることができているんだと思う。

具体的な自分ルールもまとめてたんだけど、すごい長くなってしまったのでカット

で、いろんな自分ルールを遵守しつつ厳選したTLは、自分と波長の合う人たちと情報アカ程度で構成され、とても穏やか。交流相手を絞ることで私のような面倒くさがりでも続けることができ、時々リプをし合ったり、タグ系の遊びを一緒にやったりしてくれる存在ができた。そしてその信頼できる方々のご好意により、イベントオフ会に足を運ぶきっかけをいただいた。


4.即売会初心者の私でも行ける落ち着いた雰囲気イベント

年齢層が幅広いためか、息が長いからか、他と比べ空気がゆったりしているように感じた。(といってもこれまで全ジャンル合わせて片手で数えるほどしか参加したことがないんだけど)

一番安心したのが、エロの公開度が低いこと。前にハマっていたジャンルもそれなりの規模・年数で、以前オールジャンルの際にそのエリアに立ち寄ってみたのだが、カッコイ男性キャラがたいへん色っぽい感じになってる大きいポスターがたくさん並んでいていたたまれず、なんかもう本を買うどころではなかった。エロは全く、BLほとんど嗜まない者なので、あの空間は耐えられなかった…

今回もそんなだったらどうしよう、とドキドキしながら参加してみたところ、主流はBLR指定ものも多数あるが、過激な掲示はさほど目に付かなかったので安心した。男女CPコメディ傾向の作品もそれなりにあり、買い物も楽しめた。サークルの皆さんは、うろうろと挙動不審な私にもよかったら見ていってください、とやさしく声をかけてくれた。またネットで見知っていた方や、既刊を拝読させていただいた方に感想を伝えたり、少しお話をしたりもできた。作家さんとのお話ってこんな普通にできるんだ、これが話に聞くイベント醍醐味か…!!と感動してしまった。(今まで買い物の会話以外交わしたことがなかった)見れば他にも立ち話をしている人たちは結構いる。このジャンルはいわゆる古き良き(?)即売会の姿が面影を残しているのかもしれない。いやしらんけど。

そしてイベントでこんなに居心地がよかったのは初めてで自分でも驚いている。今まで一般だと落ち着け場所がなくて何となく居づらかったのだが、今回はそういうこともなく。また行きたいと思った。


5.創作意欲を支えてくれる人々の存在

自身二次創作は、基本的自己満足だ。いいねブクマなどはもちろんうれしいが、それを得るためだけの創作はしないのだと心に決めている。なので本をつくりたい!となったのも最初は「皆さんの本素敵だな。私もここまでのめり込んだ作品は初めてだから、記念に自分なりの解釈をこういう形にしてみたいな」というのがきっかけだった。

どこへ出す予定もなく書き始めたのだが、少しその話をした際に思いがけず、ほしい、見てみたいというお声をいただいた。

ものすごいエネルギーを与えられた気分だった。この自己満足の塊を、まさか楽しみにしてくれている人がいるなんて!

さらに、4のイベントお話させていただいた方にも「本は出されないんですか」とお言葉をいただいた。嬉しすぎた。本を作るというのは大変な作業で、もし本当に一人きりで進めていたら、延び延びになって結局頓挫、みたいなことになりかねないなと思った。ここまでに散々他人主体をおかない的なことを書いておきながらなんだけど、それでもやっぱり、こういう身に余る挑戦をするときには、3で得た信じられる人の言葉の力を少しお借りしてもいいかな、と思った。


以上が、今私が同人活動のしい!となっている要因と考える。

自己分析のつもりが途中から感想文みたいになってしまった。分けて書こうかとも思ったけど、その良い思い出とかもひっくるめて要因だし、まあいいや。

今のジャンルじゃなくても、これまでもこういう体験ができる機会はあったのかもしれない。

でもこの引きこもりで、心配性で、人見知りな私をここまで連れ出してくれたのは、いろんなタイミングの重なり、そして魅力的な作品と素敵なファンの皆様だろうと思う。

この出会い感謝したい。そして原稿がんばります

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん