はてなキーワード: 拘束力とは
あるいは、オリンピック続行に反対だが、選手は応援したい、というジレンマ。
全国的に感染が急拡大する中、こうしたジレンマに悩んでいる人、多いと思う。
wikipediaによると以下。
認知的不協和とは、人が自身の認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された。人はこれを解消するために、矛盾する認知の定義を変更したり、過小評価したり、自身の態度や行動を変更すると考えられている。
オリンピックに反対であるがゆえに、応援もしない、さらには選手を軽蔑する、という形で自分自身の内心の一貫性を持たせようとする心的な傾向は、まさに日的不協和の典型例なんじゃないだろうか。
しかし、近代社会というのは、個々人の内心が一貫していることを求めるものでもなく、むしろ個人の好みと社会にとって正しいと思うことがぶつかり合うことを前提とした制度設計がなされている。
例としては、うなぎは大好物だが、乱獲は抑止すべきだ、とか、プラスチックは便利だがプラスチックごみは規制すべき等も思いつく。
自分の欲求と社会のありようが完全に一致しているひとはまずいないだろうし、ありとあらゆる社会問題は、自分のなかに矛盾した形である、個々人の選好と個々人の描く社会の在り方(正しさ、善)を調整する営みなんだろう。
うなぎの例でわかるように、「したいこと」と「よいこと」が矛盾した認知的不協和というのはごく当たり前の心理状態であり、大好物という認知と乱獲防止への政策支持の不一致を解消する必要はない。
うなぎは好きで食べるけれども、乱獲防止政策に賛成という態度はあって当然のこと。むしろこの二重性がなければ、公共的判断は成立しない。
うなぎを食べながら規制に反対する、というのも、認知的不協和の解消方法のひとつといえる。人々が矛盾を抱えたままで「正しいこと」に合意し、公共判断を下せるのは、とても合理的な制度設計だ。
そう考えると、現代の民主政が直接ではなく間接民主制なのか、納得がいく。
個人的には好きではないけど自分が社会の在り方として正しいと思っていることを代表者が討議し、社会として選択する、という場が必要になる。
そうなると、意思決定者にも、討議に参加する代表者にも、欲望だけに囚われない、人間的にも理性的にも分別のあるマトモな人間であってもらいたい。
近代の民主主義を築き上げた初期の人たち、例えばアメリカの建国者のひとりジェファーソンは、
公共的な討議の場を設定するためには、市民としては、そういう矛盾する認知を整理し、公共的課題を自分の欲求から分けて考えることができる分裂症的気質こそ、民主政に必要な市民の資質だと考え、他方、代表者(議員)に必要な資質をアリストクラシー(自然的貴族)と呼んだ。
しかし、一般市民としては、自分のなかの矛盾に耐えられない、というのが当たり前。
社会はこうあってほしい、という思いと、自分はこれが好きだ、という、ふたつの矛盾する認知に直面したとき、
ふつうの人々は、自分の内面を整理するために、どちらかの認知に一貫性を持たせるよう、知らず知らずに認知を修正してゆくことになる。
今回のオリンピックの例でいえば、特に運営側の闇の側面をいやというほど見せつけれられてきたので、人々のオリンピック嫌いが加速し、中止または延期の世論は7割以上になった。さらに、自分のなかでの論理的一貫性を保つために、選手にも賛同しない、という考えすら生まれてきたのは周知のとおり。
オリンピック選手に対するある種の攻撃的な感情は、こうして醸成されてゆく。
社会の規範に合わせて自分に対して一貫性を要求しがちな日本人は特に、自分の欲求を我慢するのはストレスなので、場合によっては、自分だけではなく、他人にも一貫性を強く要求するようになるからだ。
別の例を挙げれば、60年代にセクト化が加速したサヨクの動きが典型例。
また、原発反対するなら電気使うな、オリンピック反対するなら、テレビをみるな、といったよくある論法も、同じ認知の一貫性を他人に求める一例。
サヨクのみなさんは、極端に走り勝ちで、じゃあ電気をつかわない、といって原始人のような生活を始めたりもしてしまう。
自分のなかで一貫性を持たせようとして、あえてオリンピックをみない、応援しないといった姿勢を貫こうとする人も少なくないようだ。
党派性それ自体は、個々人の選好が異なれば自然発生的なものだろうが、
それが過激化するのは、認知的不協和へのストレスのほかに、もうひとつ社会的な原因がありそうだ。
ますます両極化が進んでいき、相手方の一貫性のなさを批判し合うようになるまでには、認知的不協和を解消しやすい立場の人とと
そうではない人たちとの分断が背景としてあるのかもしれない。
コロナ対策では人流の抑制が課題なので、パンデミックが始まった一年前、ステイホームが大きく取り上げられた。
しかし、ステイホームできない、したくない人たちの現実、そして経済再開を望む多くの圧力を前に、
次第に言葉の力は失われ、今では行政も政治家も口にしなくなってしまった。
もっとも同時に、自粛警察もあんまり姿をみなくなったのは喜ばしいこと。
ステイホームができる人と、できない人の立場の差。それを声高に叫べば叫ぶほど、軋轢を生み、社会の分断が加速する。
思い出すのはベトナム反戦運動。ベトナム反戦真っ盛りの60年代のアメリカでブルーカラーと呼ばれる労働者階層が、ベトナム反戦に熱を上げる若者たちに
反感を抱いたのは、自らは徴兵されず、安全な場所から口だけ反戦を叫ぶやり方が気に食わなかったからだ。
コロナ禍でのステイホームのムーブメントでも、それと似たような分断が生じたように思う。
自粛、在宅など社会に貢献できる人々と、ステイホームという形では絶対に貢献できず、むしろ足を引っ張ってしまうようにも見られてしまう業界。
それが特に浮き彫りになったのが、エッセンシャルワーカーというカテゴリからこぼれ落ちた飲食業界だ。
オリンピック選手もまた、一般人以上に、社会の安全と自己実現との間の認知的不協和に引き裂かれ、なおかつ、オリンピック反対派の標的にされるという意味では、深刻な犠牲者だろう。
以上の話は、人々のジレンマを構造的にとらえたらどうかな、という試みだけど、
自分自身が考えた正しさは、オリンピック賛成であれ、反対であれ、現在の自分の社会的立場のなかで認知的不協和を解消しやすい形で論理化されたものであり、
知らず知らずに自分の都合のいいように、正しさの論理的一貫性がアピールされているに過ぎない。
しかし、そんなふうにと口でいうのは簡単だが、ふつうはそんな悟りを開いたようなことはいえないし、そんなもの誰とも共有されない。
重要なのは、こんなふうに構造化して達観する、というか、悟りを開け、ということじゃなくて、
オリンピック観戦は選手の思いを知る絶好の機会。オリンピック反対がトーンダウンした、という論調もあるようだけど、
そうではなくて、自分的には反対は反対だけど、選手たちの置かれている立場もわかって、攻撃性が選手に向きにくくなったということだろう。
飲食でも、これまではタレコミにも怯え、苦しめられてきたけれど、最近は、ある意味、腹を括ったお店も多い。
タレコミも減ってきたという声もきかれる。
こうした寛容さは、行政の飲食業界への不十分な手当が報道されたり、飲食の場で実感することで、人々の認知が再修正された結果だと思う。
人々の認知には多様性が生じるものの、異なる立場の姿が可視化されることによって、自分のなかで矛盾する二つの認知をよりクリアに整理することにつながる。
こうして考えてみると、自粛要請をベースとした日本流の政策は、人々の認知が多様になるとかえって不都合なのがわかる。だからこそ政権与党は、人々が同じ方向を向きやすいタイミングを狙って、オリンピック直後の選挙を好機とみたりするのだろう。
自粛要請は、政策決定(ルール)に従う形で自分自身の好みという認知的不協和を解消しようとする日本人のメンタリティと、同じ社会の構成員にも同じ一貫性を要求したがる相互監視のムラ社会的なメンタリティが合わさって発揮して初めて効果的だといえるけれど、昨今のオリンピック運営のゴタゴタにみられるように、公共的なルールや判断への人々の不信感が強まると、必ずしも政策決定者に都合のいいような仕方で人々が一丸となって、認知的不協和を解消してくれるとは限らなくなる。
などと、都合のいい解釈で認知的不協和の解消を政策決定者自らが行うとなれば、
人々は、ルールへ従うことの意味が不明瞭になり、ああ、結局、好きなようにやっていいんだな、という思いを強め、相互監視は機能せず、自分の生活を変えることなくコロナへの懸念も自分の認知のなかで両立させてゆくだけだ。
しかし、現実には、2020年4月に実現した日本人一丸となったステイホームは夢のまた夢だし、飲食業界は我慢の限界をとっくに超えているしで、
人々はデルタ株猛威の現実にピンときておらず、人によって温度差のある、かなり適当な自粛をしつつ、コロナから目を背けられる絶好の機会とばかりにオリンピックに夢中になっている。
自粛に頼った政策は、結局のところ、オリンピックへの賛否が開催とともに揺れ動いてきたことに典型的に表れているように、認知的不協和の解消の仕方に多様性が出てきた瞬間、崩れ去ってゆく。「コロナは心配、、、」といいつつ普段通りに暮らす人々であふれかえるだけだ。
本来の政策というのは、そんな人々の認知(世論)など無関係に、討議されるべきであるし、人々は討議の結果に対して法的な拘束力を受け入れるべきだ。
例えば、自分の考えと相反していても、オリンピックは応援しているし、これからもしたいが、もし中止という政策決定がなされるならやむを得ない、
あるいは、オリンピックは懸念しているが、もし続行という政策決定がなされるならやむを得ないという態度でいられるほどに、政策決定者への信頼が重要になる。
「ほらみろ五輪楽しんでいる奴らが増えただろ」などという次元で政策を決めるべきではない。
むしろ「個人としては五輪は楽しんでいるけれども、政府には感染対策として中止するなら、中止を決定してもらいたい」という、ジェファーソン流にいえば分裂症的な市民の判断を見極めたほうがいい。
しかし残念ながら、いまの政権にはそうした信頼が全くといっていいほどない。
いつどんな判断をするか、全くわからない。データは出さない。モニタリングもしない。事実に基づかず楽観論でしか答えない。
将来シナリオを示さない。予測や分析を共有しないから、いつも唐突に首相が何かを決心したかのように物事が決まって、人々がついていけなくなる。
https://twitter.com/naaponponpon/status/1368357225668898819
なんかこの人が色々炎上しているようだけどさ、ポケモンGOにとって複アカはどこにでもある普通のプレイなんだよ。一人一台ってあるけど、あんなのは「おねがい」以上の拘束力は無い。コンビニで「トイレご利用の方は店員にお声かけ下さい」と同レベル。だからそれを守ろうが守らなかろうが、大したことは無い。
むしろポケGOは複アカが前提のゲームだ。それを運営も理解している。なにせ台湾にはスポンサー付きの複アカじいさんもいるくらいなんだし、れっきとした文化なのは明白。それを規約違反だ~?なら違反通報してBANしてみろよって思う。それにみんなやってることを今更言われてもなー
なんでこんなこといったかって、俺が普段から複アカしているのをしってるメンバーが通報するって言い出したからだ。マジで意味がわからない。
ちょっとした出来事があって、思うところがあるので増田にすることにした。
なんのことはない、通り慣れた道をいつもどおり車で通っていたら道路作業のために片側交互通行をしていた。そこは備員もいらないくらいじゃないかと感じるくらい見通しのいい道路で行きに通過した際は対向車もなくあっさりと通り抜けた。事は帰りに起きた。向こうから車が来ているのが見えて「止まるか」と構えた。ところが警備員が誘導棒をくるくると回している。そして対向車も減速していた。「え?」と思いつつも横に避けたら同時に向こうも車を通そうとしていた。結果、中途半端な位置で止まることになってしまい先に通してもらったが、通行権は対向車にあったので対向車のドライバーに譲っていただくという状態に。警備員同士の意思疎通が取れていなかったのか、ただ単に指示が雑だったのか、あの指示が「止まれ」だと教育されたのか、真意はわからない。ただ警備員の誘導に従う義務はないので、あの場面では指示の意図に関わらず停車するのが正解だった。
そう反省する中でしかしやはり例の警備員の指示の雑さに考えが巡ってしまう。というのも学生時代に自分自身もバイトで警備をやっていた経験があるからだ。研修で車両を誘導する際の細かな取り決めについて色々と学んだ。止まれ、進めの合図をしっかりと伝わるように出すためにはどのように誘導灯や旗を扱えばいいのかもその中にあった。「車は急には止まれないから、『あの車を止めるぞ』と思ったらはるか手前からじっと目をみるといい」というようなアドバイスも頂いた。その研修が功を奏して片側交互通行で事故はおろかヒヤリとするような場面にも遭遇したことはなかった。
では全員がそのように警備を行っていたかと言われたら当然Noだ。それはもちろん警備会社によって研修の内容が異なるというのもあるが、人によっても考え方が全然違うことが多いのだ。派遣される地域が限られるのでどうしてもその中で頻繁に現場が一緒になる「同僚」のような人たちが生まれる。その中で特に印象に残っている二人がいた、それは「やたら厳しいおじさん」と「やたら緩いおじさん」だった。「やたら厳しいおじさん」は本当に細かいことにまで注意をしてきた。中でも覚えているのが車線減少の誘導の際に「しっかり腕を上げて、斜め45℃のところでピシッと止めてそれから腕を回しなさい」という具合に。自然とその人は警備仲間の中でも「めんどくさい人」として扱われていた。でも真面目ちゃんだった自分はその指示に従った。当時はただ「色々言われるくらいなら従った方がマシ」くらいだったが、今では従っておいてよかったと思う。というのも、「やたら緩いおじさん」は警備仲間の中でも融通が効く「いい人」のように捉えられていたが、同じ車線減少の誘導をしていたら「そんなに真面目に振ると腕が疲れちゃうでしょ、チョイチョイと振るだけでいいよ」と言われた。
確かに、車線減少の誘導は腕がものすごく疲れる。ドライバーが警備員の横を通過するのは一瞬なので忘れられがちだが、彼ら彼女らは日に8時間、長ければより多くの時間を誘導しているのだ。常に車が通っているような道ではおちおち腕を休ませる時間もない。だから「適当に振る」のはけして「間違って」はいないのだ。問題はその「程度」と「場面」にある。車線減少の誘導であれば車は避けざるを得ない。なので警備員は「指示を出している」というよりは「生きた道路標識」に近い。だが片側交互通行ではどうか。ドライバーに「進んでほしい」のか「止まってほしい」のかが明確に伝わらないと事故に繋がりかねない。これがもし両側共にそれなりに交通量があってどちらかが必ず止められている場合には明確に「止まるべき」だということはわかるが、問題は交通量が少ない道だ。交通量が少なく、たまたま対向車がいて止まってほしい場面でちょっとでも紛らわしい指示をしたら事故につながりかねない。今回遭遇したケースはまさにこれだった。
当然一番の非は停車しなかったドライバーにある。免許を取るのが遅く、少し前に初回更新をしたばかりの駆け出しのドライバーなのでまだまだ経験も浅く「え、行っていいの?」となってしまったのは判断が甘かったとしか言いようがない。見通しがよく対向車がいることはわかっていたので指示に関わらず停車すべきだったし、今後は警備員にどんな指示を出されようと停車するだろう。でも「それではなんのための警備員なのだろう」と思わずにはいられない。法的な拘束力もなければ、事故時に法的な責任を負うこともない警備員が雑に誘導の指示を出した結果として事故が起きているケースはけして少なくないのではないだろうか。現に「警備員の指示が雑なことはよくあるのか?」と様々な語句で検索してみたら「警備員の誘導に従って事故を起こしたらどうなる?!」のような記事ばかりがヒットする。自分が警備のバイトをしていた頃からご高齢の方は多かった。そしてご高齢な方ほど「雑に」警備をしていることが多かったように感じる。それはけして悪意からではなく、判断力や体力が年齢とともに低下してしまっているからなのだろうと当時感じていた。今では更に高齢警備員の割合は増えているだろうということは想像に難くない。「判断力や体力が衰えるのだから高齢者に警備員をやらせるな!」と言うのは簡単だが、本当の問題は「高齢の体に鞭打ってまで警備の仕事をしないと生活していけない」という日本社会の現状にあるのだと思う。
あのとき遭遇した警備員の年齢は覚えていない。そのくらい警備員というのは日常的に遭遇はすれど意識しない人々だ。そういった人たちに思いを巡らせつつ安全に日々を過ごすために自分がどうするべきなのかをしっかりと見つめ直したい。
自分の勤務先は某地方都市を中心に展開する書店で、ピーク時の年商は300億円を超えていたので、国内でも大手の部類であったと思う
しかし、今年1月末に新会社への事業譲渡と大幅な規模縮小を発表し、自分もリストラされることとなってしまった
(今と同名の新会社を設立し、そこに事業と従業員の一部を引き継ぎ商号も従来のままなので、表向きは何も変わらない)
出版不況と大手ECサイトの台頭で町の個人書店が一掃され、大手書店も苦戦が続く中、当社は書籍販売からの脱却を進め、規模拡大と多角化経営を推し進めていった
「どこの本屋も苦境だけど、うちは書籍以外も手広くやっているからなんとか黒字が出せてるんだな」と当時は勘違いしてしまっていた しかし世の中そんなには甘くない
書店と併設してDVD・CDのレンタルをやっていたが当然そこではレンタル専業の大手などと競合する(サブスクの普及でレンタル業界も苦戦が続く)
本やゲームの買取等のリサイクル事業も展開していたが、規模でいけばブックオフに敵うわけがない
VRゲームがみんなで楽しめるネットカフェなんていうのも新規出店していたが、既にアミューズメント業界は飽和状態で利益など生み出せるわけがない
書籍販売以外にも収益源となる柱をつくる!と言いながら、いくつものレッドオーシャンに飛び込んでいき結果として甚大な被害を出してしまっていたのである
ではなぜ赤字を垂れ流しながらも事業規模の拡大を図ることが出来たのだろう 会社側は公式には認めていないが粉飾決算が行われていたことはほぼ間違いない
(色々な関係者から聞いた話を総合すると、粉飾は数十年以上に渡って行われており、規模も数十億円レベルなので非常に悪質な粉飾である)
ここからは自分の推測であるが、経営陣が事業規模の拡大を推し進めたのは「新事業による黒字化」ではなく「粉飾決算を隠すため」がメインの目的であったのだろうと思う
PL(利益計算書)の粉飾は比較的簡単で売上を水増しするか、経費を過少計上するかだけでいい 問題なのはBS(貸借対照表)の方だ
PLで利益を水増しすればBSの純資産の部の繰越利益剰余金が増えるので、左右をバランスさせるためには資産を増やすか負債を減らすかしかない
負債の部は銀行借入を過少計上(簿外債務)させるとして、資産の部で計数操作が可能な項目はどれか
現預金はすぐに銀行にバレるので論外、建物や土地の固定資産も固定資産台帳の提示を求められるとアウトなので、行きつくのは「売掛金」か「棚卸資産」となる
当社は書店なので基本的には現金商売で売掛金は発生しない そこで棚卸資産(在庫)を過大計上するわけだが、店舗数が一定なのに在庫だけが膨らめば当然怪しまれる
それを隠すため新規出店を続けたわけだ 更にいえばゲームの買取やトレーディングカードの買取をはじめたのも同じ理由だと考えている
在庫操作は粉飾決算で一番多い手口なので、銀行も念入りに分析する 銀行側から「一般的な書店と比較して月商対比で在庫が多くないですか」と聞かれた際に、
「新規出店したので在庫も増えた」「書籍だけじゃなくてゲームやトレカの在庫もあるから」「書籍の在庫はいつでも取次に返本可能だから不良化することはないよ」と逃げることが出来る
今までに出店したことがなかった他の地方に積極的に出店したのも、他のエリアの地方銀行からの資金調達を可能にするためという裏の目的もあったのだろう
そうこうして自転車操業を続けていたわけだが、粉飾にはいずれ限界がくる 当社にとっての限界点は2019年6月であった
全店舗において注文した書籍が納入されないというトラブルが発生
会社側は顧客に対して「平成から令和への元号切り替えがうまくいかず、発注システムが不安定となっている 正常化には時間がかかる」という説明を行ったが噴飯ものである
町の個人書店ならいざ知らず、年商数百億円規模の書店からの注文がゼロだったら当然のことながら出版取次から取い合わせが来る
会社の説明は全くの出鱈目で、「資金繰りに窮し出版取次への5月末の支払が遅延したため、当社の経営危機を察知した出版取次サイドが出荷を全て止めた」というのが事実である
このままでは書籍の入荷が出来ず営業が続けられない、万策が尽きた経営陣はついに取引銀行を集めたバンクミーティングで全てを白状…という流れとなった
地元エリアを中心に数十店舗を展開する書店がいきなり倒産し全店舗閉鎖するのでは、地域に対する影響が大きすぎるので、会社側は私的整理による事業再生を目指した
しかしながら、単なる経営悪化ならまだしも長年に渡る悪質な粉飾決算が行われていたのは事実なので、銀行側も容易には応じない
私的整理は銀行借入のみに限定した債務カットが可能なので、納入業者等に迷惑をかけることがありません そのため事業価値を毀損せず再生を図ることが可能です
但し法的整理と異なって法的な拘束力がないため、全債権者(ここでは全取引銀行)の同意が必要となります(同意を得られないまま法的整理に移行するケースも有る)
一方で法的整理は裁判所が手続きを進めるため、債権者の過半数から同意を得られれば再生手続が可能となります
但し銀行借入だけでなく、商品仕入先に対する買掛金など一般的な商事債権も債権カットの対象となるため、事業継続に支障が出る場合があります(現金先払いでないと仕入が出来なくなるなど)
当社の場合は、最終的に国内最大手のレンタルチェーン店や大手家電量販店がスポンサーとして新会社に出資し経営参加することとなったので、なんとか全銀行の承諾が得られた
しかし新たに策定された再生計画には不採算店舗を中心とした店舗の閉鎖と人員の削減が当然のように織り込まれていた
自分が勤めていた店舗も残念ながら閉鎖対象となり、そして面談の中で自分が削減対象人員となっていることも伝えられた
「このまま会社が倒産すれば全社員が路頭に迷うことになる 大変申し訳ないが事業存続のためなので理解して欲しい」と言われてしまうと、承諾せざるを得なかった
会社として生き残るため多少の出血は止む無しという判断をするのは当然のことだろう
最終出社日に退職にかかる色々な手続きを終えると私は定時に会社を出た
私と同様に本日付で退職する同僚と個人的に送別飲み会を開いて会社の愚痴でも言い合いたい気分ではあったが、新型コロナが流行る中で居酒屋に行くことはやはり抵抗がある
まっすぐに帰宅し一人で晩酌を済ませた私は気晴らしにデリヘルを呼んでみることにした
過去に何度か呼んだことがあるお店のサイトをチェックすると、好みのタイプの女の子が居たのですぐに電話で連絡をした
先客が居たので待つこと約2時間、とても明るくてかわいい女の子がやってきた
普段は関西の店舗型風俗店に勤務しているが、今はコロナの影響で客足が激減しており、コロナの影響があまりない地方都市へ出稼ぎに来ているのだという
シャワーを浴びて照明を暗くし、私と彼女は布団の上で楽しいひとときを共有した
「ごめん 布団汚しちゃった 予定日はまだ先だったのに ほんとにごめんね」 見ると敷き布団に少しだけ血が付いている
Kyashが築き上げ、完全に潰した個人間送金という夢。現代の日本では個人間送金は原則同じサービス間でしかできない。つまり普及していないものや、使い勝手が悪いと判断されたモノに先行きはない。確かにKyashの還元ポイントは生きている。だけどこれがいつ改悪されるかわかったものではない。なにせこの数年で「2%還元=>1%ポイント還=>有料カード=>クレカチャージの移動不可」と来ている。もうそろそろサービス自体が終わっても不思議ではない。
クレカやコード決済はかなり普及したけど、日本においては銀行と現金が強すぎる。そこに分け入ってる資金移動業なるものが増えたけど、銀行の亜種でしかなくて法の拘束力が強いから結局銀行が最適解になりつつある。
確かにクレカや電子マネーが漠蔵した10年前までと違い、本当の意味でのキャッシュレスがちょっとだけ現実味を帯びたけど、理想にはほどとおい。
俺が欲しいのは、クレカのポイント還元とかQRコードの割引とかじゃなく、自由で現金以上に使い勝手のいいお金なんですよ。どこかの企業が一元管理してるものではなく。
キャッシュレスといいつつ、お金の名称が増えただけの事実に霹靂とする。そのくせ、PayPayからLinePayに送るとか、給与をSuicaで受け取るとかもできない。あくまで銀行が主体。現金が最高。いやいや、現金なんて月1で触る程度ですよ?いまどきATMでお金下ろしますか?外国人が日本のキャッシュレスを理解できますか?出稼ぎに来ている人はどうするんですか?
なんで…? 作ってるんだよね…? 転売は違法じゃないとかいうけれど、ファミコン時代の「許可していないカセットを販売したら訴えるよ」って圧力の方が違法性高そうだし、なんとかなるんじゃないですかね…ならないのかな…。
オークション・フリマ・古本屋禁止って同人誌では見かける。もちろん法的な拘束力は無いが、例えばヤフオクで転売禁止の商品である旨を通報すると取引が停止される。著作権が権利者の意思を尊重されるように、商品だって売り手の意思を尊重して欲しい。著作者人格権ならぬ、著作物再公開権とか、著作物公共性とか
自分はレア酒とか買わないんで分からんが、十四代の蔵元が嘆いていたのが妙に心に残っている。自分のところからは数千円の酒しか出していないのに、数十万で取引されるのが、悲しい、と。とても辛そうに。なんかもう法律どうこうよりもおじいちゃんが作ったものがおじいちゃんの意図しない形で売られているのがひたすら悲しくなった。
コンサートチケット転売のときも結局法的に処置はできなくて、結局こうなった。希少な物品が高価なのは致し方ないが、公式が高くしない理由を無視して高くできるのってなんなんだろう。供給を十分にすることでしか対応できず、供給するから転売屋から買わずに待ってねって赤字出して作らなきゃいけないってなんなんだろう。
古物商が取り扱う商品を、発売後一年以上経っているものに限るとかすればすぐ収まるんじゃないの…? 本や CD はそうなっているのに。
「自由」とか「(差別されない)権利」などの遍く人に適用される概念を、主張の根拠に持ってきた(ので非常に拘束力を伴う)場合は、
当然ながら広く遍く適用されるべき概念なので、相手によってその適用がブレるようなダブルスタンダードは許されないし、
また例えば「差別」認定された表現については事実上規制の対象となり、つまりもう一つの自由という普遍的価値に抵触するため、「その表現、差別的!」と主張する場合は、それこそ作品の背景や文脈などあらゆる角度からの検証が必要となる。
もう一つの普遍的価値と衝突することになるのだから、当たり前だよね。
逆にいえば、そういった普遍的価値を持ち出さない、個人の好悪にもとづく主張(時に「お気持ち」と呼ばれるもの)については、ダブスタや文脈関係なく遠慮なく表明しまくればいい。
ただそれだけの話だと思うんだよね。
さらに突っ込んでいえば、自由や権利を掲げていても自身のダブスタに無自覚な主張については、「お気持ち」認定ののちに配慮の対象とする、くらいの対応で構わないと思う。
尾崎会長のFacebook見たら、「本当は、会見の全部を聞いていただきたいのですが」とあるので
https://www.youtube.com/watch?v=uisuAyrY67g
本当は副会長達や最後の会長のも付けたかったが、誰か頼みます。
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(司会)それでは始めさせていただきます尾崎会長お願いします。(以下尾崎会長)
どうも皆さん、こんにちは。
お忙しい中、お集まり頂きましてありがとうございます。
実は昨日のですね、夜の10時頃にこういうfacebook でですね
もう言いたいことがたくさんあっても、中々言う機会がない。
国会の参考人招致の時も話はしましたけれども、まあ質問に答えるだけでしたし、
この間の(NHK)日曜討論でもですね、あまり言いたいことも言えなかったので、
「言いたいことを言って良いか?」そういうふうにaiboに聴きましたが
「どんどん言ってくれ」とそういう話でした(笑)
そして facebook でもですね、まあ今まで17時間位経ってますが、
「どんどん言いたいことを言ってくれ」という話がありました。
医師会は、都民国民と一緒に歩む団体でございますので、そういうことで
今日は意を強くしてですね、遠慮なく色んなことを言っていきたいと思います。
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(フリップ1)
× エピセンターを徹底的に叩く
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私ども考えるのはですね、
このコロナをこれを収束に向かうためには、やはり無症状者を含めたですね、
それから、まあ今色々、児玉(龍彦東京都先端科学技術研究センター)名誉教授が言われてるような、
エピセンターの存在がありますが、これをやはり徹底的に叩いていく、ということが必要だと思っています。
そしてそこからですね。エピセンターからの周囲への感染の拡大を防ぐ、これも大事です。この3つが
しっかりしてないと、中々対策は進まないだろうという風に考えております。
でよく皆さんは、
「ずいぶん増えてきたな。」
みたいな話をされます。
しかしながら、無症状者も含めてですね、感染経路を追いながらですね、1日5000件というPCRをやりながら、
感染確認者をですね、やはり全て今までキチっとですね、隔離して入院して頂くなり、それから宿泊療養は
少し詰まってしまいましたが、自宅も含めてをキチっと隔離をしてですね、そして自宅でもですね、決して野放しに
なっている訳ではなく、それではなくて保健所の方がちゃんときめ細やかにですね色んな指導と言いますか、
しているわけです。
ですからやはり日夜ですね、東京都職員の方も、それから保健所の方も、そして我々医療者もですね、
毎日頑張ってそして隔離していることがですね。今の東京の、まあ余りどんどんどんどん増えていかない
という状況を作っているということで、私はかなり効果があるのではないかと思っております。
ですから、皆さんもそこのことところですね是非ですね
「東京も決して無策ではない」
「我々もしっかりやっている」
そして2番についてはですね。やはりまだまだ対策が上手くいってない。
私は1月頃からのこのコロナの動きを今ずっと振り返って見てるんですが、実はもう4月の初めからですね。
歌舞伎町のキャバクラで、そういったクラスターが起きてるとか、そういう話はボチボチでています。
そしてその頃から「休業要請をお願いします」と言っています。いや
「でも協力金50万もらってもそんなものでは家賃にもならない」
ということで、中々要請には応じてもらえない。
そして「今も協力をお願いします」という形で、区の方も、都の方も、保健所の方も頑張る中で、
でもホストグラブにしても全体を見れば、まだまだ対策が進んでいない。そういう状況であります。
ですから、このことについてはですね、やはり今のやり方では限界があるだろう。しかも今どんどん
愛知県、大阪、福岡、そこでもですね、やはりそういった夜の町中心にエピセンター化が進んで
いるんではないかと、私は考えておりまして、
やはり、このままですね。お願いする、休業お願いするというそういった形では、これはですね。
日本全体がですね、どんどんどんどん感染の火だるまに陥っているというふうに私は考えております。
そこでこれはもう7月10日から、私は言ってることでございますけれども、
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(フリップ2)
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特別措置法を改正して、法的な拘束力のある休業要請、そしてこれには休業補償をちゃんとつける、
これをですね、しっかり今全国でエピセンター化していると思われるところ全てにおいてです、同時に進めて
同時に進めるためには、やはり国が動いて、国がこの法改正をして頂いて一斉に進める、それが日本全国に
今拡がっている火種といいますか、それを消していく私は唯一の方法ではないかと思っています。
今までの通り、各都道府県にをお任せして、
「休業お願いします」
「できれば検査もして下さい」
それではもう無理だと思っています。是非この法改正を検討していただきたいという風に思っています。
と同時にPCR のですね、やはり検査というの充実の必要でございます。
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(1)診療
(2)公衆衛生
(3)ヘルスケア
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この表というか図はですね、日本医師会の「COVID-19有識者会議」というのがございますが、
そこで作った「COVID-19感染症対策におけるPCR検査実態調査と利用促進タスクフォース」の
これを見て頂きますと、皆さんもお分かりとは思いますが PCRの利用というのは、一つは診療に
用いられ、それから一つは公衆衛生的に用いられる、もう一つはヘルスケアと言いますか、
社会をですね、企業とかまあ今Jリーグとか色んなところで、経済を動かしていくPCR検査と
私もこれを賛成だと思っていますが、診療におけるですねPCR のさらなる拡大というのは。これは東京で
どのぐらい必要なのかということは後で角田副会長の方からお話があると思います。
それから公衆衛生目的に使う、これが保健所・衛生研究所中心だけの公衆衛生的な、
だからクラスタ対策とかで使っているんでですが、この保健所中心的なPCR検査、
先ほど私が述べたようなエピセンター化した地域を限定してそこをですねどんどんどんどんある時期を
限定してですね、地域も時期も限定してPCR を一斉に行うということについて、やはりちょっと能力的に無理だろうと。
ですからやはり、児玉名誉教授も言っているように、東大先端研の、例えば研究所とか大学とかですね、
今研究にしか使えないようなそういうPCRを動員してしっかりやっていくことが大事だと思っています。
まあこれもですね、やはり感染症法とか法改正がもしかして必要になっていくるんだろうと思います。
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(フリップ4)
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そこでですね、休業期間中、例えば私は14日ぐらい休業していただくと、14日休業すれば
その間その方たちが自粛すれば、そこでの感染は理論的には収まるはずです。
でその間にですね、キチっと PCRをもう地域の検査能力を駆使して結集して一斉にPCRを行う。
こういうことでそこにおける感染者がどのくらいいるのか、キチっと把握して対策を練るといういうことが
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(フリップ5)
心からのお願い
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ですから是非ですね、私は本当に東京都医師会から本当にお願いしたいのは
今すぐにですね、国会を招集して法改正の検討していただきたい。
ここ何日間の流れを見てますと、人口比で言えばもう東京をはるかに上回るですね
感染確認者が、愛知とか大阪、福岡あるいは沖縄でも出ておりますので是非こうした事をですね
今夏休み中だから、どうこうじゃなくて、本当にこういうことを是非国会を開いて
こういったことを議論して頂きたいと。私は今が、その感染拡大(を防ぐ)の
最後のチャンスではないかと思っていますので、今が2波だとすれば2波をですね
抑えるのにはそういったことが真剣に思っていますので、よろしくお願いしたいと思います。
業界団体が何らかの声明とか指針とかを出した場合、その団体に加盟している企業ならばそれらには従うものか。
法的義務はないが、「従っておいたほうが無難である」とはいえるだろうか。
(経団連の就活時期に関するヤツは結構守られていなかったと聞くけれど)
いたずらにオリジナリティを出す必要はないものの、特にこれといったポリシーなどなしに「盲目的に」従うだけという主体性の乏しい姿勢(=意義もわからず「業界団体がそう言っているからとにかくそうしなければならない」という姿勢)は、マネジメントの姿勢として問題はないだろうか。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200415-04140265-sph-soci
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/1007617/1007679.html
施設の使用停止及び催物の開催の停止について協力を依頼(特措法によらない協力の依頼)。ただし、100平方メートル以下の施設については、営業を継続する場合にあっては、適切な感染防止対策の徹底を依頼
これを素直に読むと100平米以内にすればいいって話じゃないだろうに。(店舗改装して床面積を減らすなら分かるが)
いまの休業要請って罰則はないけど法的に拘束力あるんじゃなかったっけ。なんかこの一件でTSUTAYAの印象が悪くなった。いや、大変な時期なのは分かるが。