はてなキーワード: フリルとは
こういう残酷メルヘン?系の作品を継続的に投稿してれば、普通に固定読者が沢山つくと思う。
可愛い女の子をお菓子のように食べたいという歪んだアレをうまく漫画に昇華してると思った。
最初の、お人形さん的な可愛い雰囲気と、だだっ広い空間の虚無的な不気味さを対比した導入がいい。
こうやって世界観の魅力をちゃんと描いてるの、アマ作品だと出来てない人が多いのですごくいいと思う。信頼できる気がして次の作品も読みたくなる。
主人公も小さいのに、木になってる人を見てさらに小さいって言うところも、不思議な可愛さと残酷さがあって好き。
内容と照らしたときのキャラデザもうまくて、踵まで届くモシャモシャ髪の主人公が庇護欲を掻き立てて、後半が引き立ってる。
メルヘンと残酷ってよくある組み合わせだけど、具体的に何かはわからないけどちゃんと独特の個性が発揮されてると思った。
あと、少女趣味?的な内容なのに、コマ割はカッチリしてて男性っぽいのがちょっと珍しいかも。
反対に、気になったところ。
髪のトーンとか目の形とかフリルリボンドレスとか、漫画的にはキャラが似すぎてて一瞬見分けがつかなくて混乱した。
せっかく絵や雰囲気がいいのに、表情がはっきりしないので、台詞と照らして確認する感じなのもちょっと残念。
台詞自体もこそあど言葉が多くてモッサリ感があって、雰囲気を殺してるかも。
でも台詞で言えば、「わ 大きい」「わ 小さい」のところは何かわからんがすごくよかった。説明がましくならずに、物語の魅力をグッと引き出してるやり取りだと思う。
こういう作品の核の部分で魅力が発揮されてるので、今書いてる気になる点も些細な瑕疵かも。
個人的には、終盤は絵的にはさっきの繰り返しなのでもっとテンポが早い方がよかった。いっそ展開の途中で切っちゃった方が、より不条理感や嫌な感じが強くなったと思う。
ただそこが一番描きたかったところっぽいので、1ページ分くらいコマを削ってテンポを上げるといいかなって感じ。
でも、最初に木からもぎ取られた子は血が出なかったのに、主人公の時には血が出るところとか、ウワッて感じになって上手いと思った。やっぱり作品の芯は外してない。
絵についてだと背景の立体感のなさとか気になるところもあるけど、これは慣れの問題で描き続けるうちに改善されるところだと思う。
あとこういう雰囲気の作品だと背景小物はもっとたくさん見たいかな。
キャラ主体じゃなくて世界観や雰囲気主体のこういう作品だと、ただ適当に残酷にしたり投げやりに作ったりする人多いし。
自分のやりたいことと、それをどう見せれば効果的かをちゃんと理解してる感じ。
このページ数を連発するのはきついと思うので、2、3ページの小品でもいいから描いて欲しい。
次の作品もがんばえー
っていうか今調べたら「魅力を覚える」って表現は正しい日本語ではないらしいな。
わぁびっくり。
そんでね、僕ももう33歳なんで、結婚したいわけじゃないけど結婚を意識してるのは確かなのよ。
でもさぁ、僕は意外に真面目な性格してるから結婚したら不倫はしたくないのよ。でも、いつまでもセックスはしたいのよ。バイアグラ飲んでもセックスはしたいのよ。
っていうかセックスって大事なコミュニケーションじゃない?たまには世話になってる人の肩揉んでやりたいぐらいの感覚でセックスしたいのよ。
だけどもちろん、セックスするにはある程度は性的興奮が必要で、相手の性的魅力が必要じゃないですか。
でもやばいんだよね。
最近30超えた女にまじで性的魅力を感じない。近くで見るとなんかきったねーなぐらいの感情しか出てこない。
あ、おっぱいは好きです。
肌感が大事なんだよね。
若い女しか魅力に感じない。っていうかJDと付き合いたいしか頭に湧いてこない。
幸せそうなカップルいっぱいいるじゃん。メスの顔した可愛いJDっぽい女の子いっぱいいるじゃん。
フリルのスカートはいてさ、薄手のニット着ておっぱい強調して、最近のJDは顔もちっちゃいよなぁ。
なんかそんな魅力的な女の子がいっぱいいるのにさ、自分の横には老けて肌たるみ始めた女??
いや、わかってるよ。けっきょく自分の魅力に見合った人間としか付き合えないんだよ。結婚できないんだよ。
だけどさぁ、女なんて20ちょいでも30半ばでも精神的には別に変わらないじゃん。
なんだったら20歳ぐらいの方が素直で純粋でいい影響貰えるぐらいだよ。
そんなことに目をつぶって30半ばの老けた女と結婚できるのかな。
それで「あぁ結婚して良かったな。」って思えるのかな。
ちょっと頑張ったぐらいじゃ、可愛いJDとは付き合えないとわかっているので、
結婚するべきかどうするべきか、僕は悩み続けるのであった。
まぁ彼女がいるわけじゃないんですけどね。
増田くらいでしか書けない、拗らせた若い頃の変態性の記録とを吐き出したいので読み流して欲しい。先に書くけど今ハッピーてオチだから自慢と感じる人は読まないほうがいい。
現実の他人にはほぼ関心を持たず、初恋はゲームのキャラだったのを覚えている。
思春期になるとBLにハマった。男女物の少女漫画は苦手だった。
何故なら、私は図書館でエンカウントするタイプの女で、ヒロインのような朗らかで素敵な少女にははれないので、読んでいると辛くなってくるからだ。
BLは男同士の世界なので私には関係がないため傍観者として好きに読むことができる。
BL以外には当時父親が買っていたジャンプをこっそり読んでいた。当時の月刊は過激でエロい漫画が掲載されていて、そこだけドキドキしながら読んでいた。このときも男性側に感情移入していたと思う。
次第に思春期の私は「男になりたい」と思うようになった。
女は与える側にしかなれないが、男なら与えるのも享受するのもどちら側も選べると思ったからだ…と思う(当時はモヤモヤしていて言葉にできなかった)
それを拗らせていき、フェミニンな物が全て苦手になっていった。スカート、フリル、化粧、恋愛など。
これはだいぶ長く続いて、どんな人に告白をされても二度と声をかける気がなくなるくらい、こっぴどく振っていた。そもそも性の拗らせ以前に、趣味の時間を取られるのが惜しかった。恋愛する時間や気力があったらネトゲをしたい。
当時すっかりネトゲにハマっていた。ネトゲでは男女両方のキャラを作って、男のときは女キャラの人にセクハラぽいことを言ったりもしていた。男とはそういうもので男キャラを動かすにはそうしたほうが良いと思っていたからだ。誤認識も甚だしい。
でも実際に男キャラ中身男という設定で動かしてみるとしんどくなってしまった。男なんだからと率先して戦闘をしたりしていたがネトゲ内ですら内向的な作業のほうが向いていた。男をやることに向いていない。そう思ったので結局女キャラばかり動かしていた。
女キャラで自称女でもネカマだろうと周りには言われていた。オフ会に行ったときは本当に女だったのかと驚かれた。
そしてドール趣味が始まってしまった。きっかけはアニメ顔をしたフィギュアのようなドールだった。
とても可愛いと思った。そして、これだ!と思った。
私は同性愛者ではないので現実の女性とお付き合いしたいとは思わない。女のままでは享受する側になれない。でもドール相手なら自分は享受する側になれるのだ。
ドールにセクシーなあられもないポーズをさせて安いデジカメで写真を取りまくった。
でも繊細なドール界隈、特に女性ドーラーの間ではそういうものは忌むべきものとして大変嫌われていた。匿名の場でセクシーなドールのスレッドが立っていた。レスで写真を公開していたが、スレッド自体の存在をドールの人権侵害くらいの勢いで罵倒された。スレッドは削除依頼を出されて、実際に何度も消された。
別の場所で、あのスレッドはドールの世界を壊すクソ男性ドーラーどもという扱いをされていた。でも私は女だった。女ドーラーだと弁明しても余計に荒れそうなので、私は匿名のままそういう表現にふさわしい場所に公開場所を移していった。
その当時はオリエントのダッチワイフが本当に欲しかった。でも大きいし高額だしと結局購入に至らなかった。男だったら即買っていたと思う。でも、ここでまず男じゃなくてよかった。男だったら田舎の100万くらいで買える中古のボロ家を買って中を人形別荘にしていたと思う。大変なホラーである。
そのあと社会人になって仕事に忙殺されているうちに今の夫と付き合うことになった。
夫もオタクだが漫画をたくさん読むというレベルのマイルドオタクだ。
付き合うことになったのは20半ばになって未だに恋愛経験がないのはヤバイのではないかという焦燥感があったからだ。喧嘩も沢山したが、こいつを逃したら自分は一生独身とお互いに思ったために結婚まで漕ぎ着けられた。
私は男性は大体えろいと思っていた。夫もオタクなのでケモナーの話をふったらドン引きされた。ふたなりもNGと言われた。それを見て、もう私のこういう話はリアルでは話せないので墓まで持っていこうと思った。結婚の引っ越しを機会にドールを全て処分した。人形用のエッチな服などが見つかったらドン引きされてしまう。
男性は大体えろいけど、変態濃度がみんな高いわけじゃないという当たり前のことがネットの知識しかないのでわかっていなかった。
子供が生まれたらホルモンのバランスなのか?憑き物が落ちたようにフェミニンなものに抵抗が無くなった。私は胸を張って女である。子供を生む性である。と自分で受け入れたからかもしれない。それを受け入れたので今は割と幸せだ。不思議とBLにも興味がなくなってしまった。ドールは持っていないながらまだ好きだけれども。
男に生まれなくて良かった。男に生まれていたら田舎のドール別荘と都内の家と職場の往復で人生が完結することになっていた。それはそれでめっちゃ幸せだったと思うけれども、子供がいる幸せはまた別ベクトルだ。
9月はいろいろ忙しかったので10月頭から就活を開始しました。
旅行とかぶったので弁護士会主催の合説には行きませんでした。合説の効能には諸説ありますが、地方では切実に司法修習生を欲している企業が出展しているみたいなので、東京大阪だけでなく近隣の単位会の合説も覗いてみると良い出会いがありそうです。
そして合説にも行っていない就活弱者のわたしが就活に利用したのはdodaとMS-Japanとジュリナビキャリアとひまわり求人とコネです。
前二者はネットで登録したあと対面のキャリアカウンセリングに行きました。
行ったあとで気が付きましたが、カウンセリングは私たちアプリカントがクライアントへの紹介に足る人間かどうかをチェックする場だったっぽいです。
面接よりきっちりした服装で、面接よりしっかり準備して受け答えするほうが良さそうです。
ジュリナビキャリアはSkypeでのカウンセリングでした。上だけスーツを着て自宅で受けました。
dodaでもMS-Japanでもジュリナビキャリアでも「再来年1月の就職でいまから活動をはじめるのは早すぎる」と言われましたが、結局いろいろ紹介してもらえたのであまり気にしないで良いと思います。
就職活動なのか転職活動なのかよくわからない立場ですが、年齢的には転職活動なので、
といったところでキャリアアドバイザーの方の装いを少し固くした感じにしてみました。
もっとも服装の細部はまったく見られていないような気がしました。きれいで無臭のブラックスーツさえ着ておけばほかはある程度までは許されそう。
なお、当時、婚約指輪を着けていたのですが、就活中は外していました。
ふだんから周囲に「インハウス志望です」と言いまくっておくと、思いも寄らないところから引きがあったりします。
転職サイトを通じた応募はボタンを押下するだけなのでめっちゃ楽です。
合格年10月11月の就活は予想以上にお祈りされるので被りは気にせずやたら応募しまくるのが良いと思います。
条件面では「実務経験3年」などは無視して大丈夫ですが、「製造業界での知財実務5年以上」など詳細なものになってくると未経験者が応募しても無意味だったりします。
応募する前に公式サイトで最近の業績を見たり「カイシャの評判」や「openwork」や5ちゃんのスレなどをくまなくチェックしたりしたほうが良いと思います。
社内に弁護士がいるか/その弁護士は何期でどこのロー出身か/弁護士がやめまくっていないか/ここ5年の業績・株価はどうか/
なぜインハウスを募集しているのか(清算や訴訟の一時的な対応係ではないか)/業界の将来性/残業の量
などが自分に合う企業かどうかのチェックポイントなのかなあと思います。
社名でGoogleニュース検索するのも有用でした。
経歴書は、A4・2~3枚と言われていますが、A4・2枚を厳守したほうが良いと思います。
字数を気にせず書いたものを2枚に収めようとすると、どの項目も触りの部分だけを記載することになるので、面接での質問のとっかかりになりやすく、自分としても一度まとめているので話を広げやすかったです。
なお司法試験受験者は経歴書を答案のように書きがちですが箇条書きのほうが良いような気がします。箇条書きの経歴書を「読みやすい」と言ってくれた面接官がいました。
箇条書きの項目は、
など。
志望動機は、
など。
志望動機を書くに当たっては「みんなの就活」がかなり参考になります。
とにかく経歴書全体で平仄が合っていればなんでも良いんじゃないでしょうか。面接で矛盾したことを言わないよう自分の中にケースセオリーを作ろう。
新卒のエントリー用サイトに目を通し、1分くらいの自己紹介とそれらしい志望動機を用意しておけばあとは流れで大丈夫だと思います。とにかく謙虚に明るく……。
企業なんて星の数ほどあるので変な面接をするところには入らなくて良いかな……という気分で受けると楽です。
以上です。
ガングロは男ウケが悪かったからこそ流行った、って説があったね。
ロリコンオタクの多くがネトウヨを併発していて韓流を叩いているからこそ流行ってるのではないか、と思う。
そんなもん分からないくらい幼い頃は「ピンクでフリルでハートでお姫様風」が好きだった女の子が
周囲からの目線というものが分かる歳になると、「いかにもロリコン男にウケなさそうな」辛口ファッションを好むようになるし
「ロリコン男に人気がある」AKBなどの日本人アイドルではなく、「ロリコン男が嫌う」韓流アイドルに憧れるようになる、ってのが。
思春期女子がロリコン男からの性的目線を気持ち悪がって彼らを遠ざけるようなファッションをしたがる、
ってのは昔から繰り返されてきたんだよな。
謎のフリルとかレースとか装飾がついた服はあーオタクだなという感じがする あと汚れた靴もオタクだなという感じがする あとサイズの合わない服もオタクだなという感じがする あとノーメイクなのもオタクだなという感じが…
一気に秋めいてきたので、
衣替えも兼ねて服の整理をしました。
など、4着を手放すことにしたので
その断捨離記録です。
これはもともと、昨年娘を妊娠して
夏の間ラクに着れる服を…と思って
今夏は授乳があるので着ませんでしたが
“来年着るかな?”と考えたところ、
これは今年の春に購入したのですが
汗をかくと、胸元が痒くなってしまい
肌に合わなかったんですよね。
良いかと思って買ったのですが…
結局夏に着ることはできませんでした。
涼しくなってから着ようと思っていた
のですが、着られる時期が短いし、
・紺のロングスカート
昨年の秋に購入したもの。
ボリュームがあって丈も長くて
とっても可愛かったのですが…
冬にボリュームのある服は苦手だなと
感じたので、手放すことにしました。
これは、“1枚あると便利”と思って
ずっと手放せなかったのですが、
そもそも私には似合わない形なので
無いなら無いで、なんとかなりそうです。
断捨離のチャンス。
衣替えで服を全部出した時が
断捨離のチャンスですよね。
“もう着ないな”と感じるものは
潔く手放し、クローゼットの
悪堕ち前と後の対比がしやすい、非常にポピュラーなモチーフです。
可愛らしさを出すのと"人ならざる者"感の払拭をする狙い。
意識しておきましょう。
胸のピッチリ感や
ベビードール風に
造形を施すなどで
セクシーさを出し、
裾、肩口にフリルや
レースなどを
散りばめることで
ガーリィな雰囲気を
というのは変身ヒロインの
基本中の基本です。
散りばめることでモチーフを
特に大きな翼など
象徴的なパーツはそのまま
描くのではなく少し奇抜にすると
取ってつけた感が薄れて
ブーツのヒール部分は
必要以上に高くしない方が
可愛らしさが出ますが、
キャラクターであれば
その限りではないので、
合わせるようにすると
いいと思います。
しっかり残します。茨のように刺々しくすることで
髪飾りや翼など要所要所に蝙蝠の羽や悪魔の角といった
成り立っているもの。
だと言えるでしょう。
耳や臍などにピアスを嵌めることで、
衣服として最低限、
フェティシズム的な要素も
持たせています
表情は
悪そうにするか
無機質にするか
エロそうにするか…
堕ちたヒロインが
『どういう存在』に
なったかを考え
ながら作画すると
いいと思います。
当然ですが、淫紋はあったほうがいいです。
デザインや設定を考えられると
衣装の光沢などもそうです。
翼や上腕の装飾で全体的なシルエットには変化を
与えつつ、それでいて元の面影はしっかり残すように
得られるでしょう。
広く持ちましょう。
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https://twitter.com/patrietta/status/1029673037786886144/photo/1
【絵】夏コミが終わったということで次の冬コミに向けてなどで悪堕ち作品を描こうと思っている人に向けて作業が捗るかもしれない物をまとめましたのでぜひご一読下さい pic.twitter.com/7gtKvvo6VW
https://pbs.twimg.com/media/DkohJg-V4AAgxP_.jpg
191016 こっそり追記:4枚中の1枚目だけです
初代持ち上げられすぎとかいうけど実際パンチキックの勢い凄いしシリーズの最初で作り手も加減が分かってなかった感はある それ以降のシリーズはビーム砲みたいな攻撃が増えたような気もするし。まあ初代もビーム?打つし他のシリーズでも普通に肉弾戦するけど。結局どのシリーズも終盤に合体技みたいのが出てきて皆強いんだよなあ
ということを書きたかったけど既に偉い人が言ってくれてた
つうか自分もASDX3辺りの記憶までが辛うじてある糞にわかだけど
あとキューティーハニーとか魔女っ子メグみたいな世界観なら分かるけどカードキャプターさくらとかプリキュアみたいな作品でパンツ見せろみたいな意見が無理 あーでもそんな人どうせガワしか見てないからどうでもいいか でもレオタードはいいよね フレッシュのフリルが重なってるやつも女児心をくすぐる 制服フィギュアの下着の作り込みは嫌い
今の子供たちは信じてくれるだろうか?
母親だけでなく、隣のお姉さんも同級生のあの子もドギツイ赤と薄い赤しか無かった。
もちろん、「ショーツ」などという呼称は一般的ではなく、ましてフリル付きを「勝負下着」と呼ばれるのを聞いたことがなかった。
うちの父など、未だに赤くないパンティーはゲテモノだと思ってる。
おそらく赤くないパンティーが市民権を得たのはメーカーが来たときのような気がする。
流行った頃。
初めて目にしたショーツに衝撃を受けた。
そのショーツは、今に思えば日本式の別物ではあるが、パンツがズボンということが衝撃たった。
パンティーだけではない。
ブラジャー全てブラ。
ワイヤーとパッドが必ず入った布生地のアメリカ式で、パッドを入れてつけるものだった。
楽天などなかった。
理不尽じゃない?
歳の離れた(今年6歳)妹がいるんだけど、親が共働きで忙しいから基本私と兄2人も協力して家族皆で面倒見てる状態。当然だけど最高に可愛いじゃん。だから極力喜んでもらいたくてこっちは色々やってんのに、無関係の、例えば友達の保護者とかが横槍入れて台無しにするの、本当にやめて欲しい。
例えばこの間、おしゃれして幼稚園行きたいーっていうから可愛くヘアアレンジしてあげたのに帰りお迎え行ったらほどいてただの一つくくりになってて、ごめん遊ぶとき邪魔だった?って聞いたら友達が羨ましがって泣いて先生にほどきなさいって言われて結び直された。って半泣きで打ち明けられた件とか。
配られた体操着入れの袋やスモックが可愛くないって言うからワンポイント刺繍をしてあげたら(キャラクターのアイロンワッペンしてる子もいるし禁止行為でもない)やっぱり羨ましがった子が親に泣きついて苦情入れられて、新しい奴渡されて刺繍の入ったほうは持ってこないで下さいって言われた件とか。
マイメロが好きだからマイメロのキャラ弁を作って持たせたら羨ましがったお友達が泣いてお弁当を残すトラブルがあったから持たせないで下さいって言われた件とか。キャラ弁禁止って言われちゃったから次から無しね、って言ったらめっちゃ悲しんでた…。
去年なんかだと劇の衣装作り(妹の幼稚園では保護者が用意する事になってる)の時、お姫様の役だから一番可愛くして!って言われたから兄も私も凄いはりきって、ストーンやフリルやリボン妹とすごい真剣に選んでなんとか予算内で無茶苦茶工夫して徹夜もいっぱいしてキラキラフワフワのお人形みたいなドレス作ってあげたら、後で他の子のお母さんが家でずっと自分の衣装がキラキラじゃなくて嫌だったって文句言われて不快な思いをしたみたいな事を先生からやんわり報告されたって親に言われた。まあ要は調子乗んなみたいな内容の苦情が出てた、ってとこらしいんだけど、その苦情のせいで次からはストーンとかフリルの飾り系の素材は禁止を検討してるとかで、結果的にここでも妹の喜ぶものが潰された。
羨ましがって泣いた子がいた、だから持ち主の子が折角嬉しい気持ちになってるのにそれを取り上げる…これを平等って言い張るのおかしくない?
ただの一方的な締め付けじゃん。ゴネ得じゃん。
羨ましいけど自分のものにならなくて(手に入らなくて)泣くのは単なるワガママでしかないのに、それの為に自分の大好きなものを理不尽に奪われて泣かされるうちの妹の気持ちはどうでもいいっての?
不平等がーって言うならなんで最初から全部自由にしてたの。後からそんな文句が通用するなら最初からルール定めろよ。劇の衣装だって保護者に任せず幼稚園で用意したらいい。こっちは与えられた自由の範囲で妹を喜ばせてるだけなのに、誰かが羨ましがったから自粛しろなんて形で次々取り上げていくのは理不尽だと思う。
それでも不公平だと思うなら妹から奪うんでなく他のお母さんたちもキャラ弁作ればいい。ヘアアレンジもお裁縫も頑張ればいい。それが嫌なら「うちはうちよそはよそ」を子供に教えて納得させるべき。
オタク(腐女)をやっているとよくある、◯◯のイベントでお会いしましょうってやつ。
腐女子ageをしたい訳ではないけど、最近本当に一見腐女子には見えない可愛い子やきれいな人も多い。
きちんと学生や社会人をやっている人にはそういう傾向が強いように思う。
私も一応営業職だし、オタクをカミングアウトすると驚かれる程度には一般人に擬態して生きている。
でもいるじゃん、DMとかで送られてきた服装や持ち物を目印に待ち合わせ場所で探して、見つけた瞬間「ゲッ」て思うタイプの人。
だらしなく太ってて、肌や髪は手入れしていないボロボロで(当然、自称肌弱いスッピン)、
なのに何故かリボンやフリルのついたブリッブリの「どこで売ってんの?」って感じの服を着てる人。
コスプレみたいに、オタクしかいないイベントの最中だけ不思議な格好をしているならまだいい。
家から着て来てんの?その服。勘弁してよ。
自分語りさせてくれ。
なのに、周りの人からは
「なんか○○さんって少女って感じ」
などと言われる。
顔は面長で年齢相応だし、服装はグレー・ブラウン・ホワイト・ブラックなどの無地モノトーン系が好きでフリルやレースのついた服は嫌い(ただし化粧や身だしなみはきっちりしたいタイプ)。
なのになんでこんなことを言われなければならないのか。
胸の膨らみは多少あるものの、Aカップなんて胸があるようでないような感じなので、近所のコンビニに行くときはノーブラにパーカーである。パーカーがぶかぶかで乳首が浮かないので問題ないのだ。
少女になりたいなんて一度も思ったことないのに、なんでこんなことを言われなきゃいけないのか。
いい歳して純粋だね!ってことが言いたいのか。
「少女っぽい」「女の子って感じ」ってわざわざ他人に言うのは失礼ではないのか。
舐められてんのかな。
厳密に言うと、いい年をして然るべき身だしなみすらろくにせず平気で外に出る女が嫌いだ。
私は池袋で接客のバイトをしている。池袋はおそらく日本で、いや世界で最も女オタクが集う街であろう。仕事をしていると、化粧もせず、髪も整えず、おびただしい量の缶バッジをつけたカバンを見せびらかして大股で歩く女がわんさかやってくる。しかも何が悲劇かというと、未加工の顔面をひっさげているそのタイプの女は、たいていaxesだのAmavelだの、フリルやレースのたくさんついた身の丈に合わないガーリーな服を好き好んで着るのだ。服の怨嗟が聞こえる。私がもし生まれ変わったとしても、絶対ブスのイキリ私服のための布にはなりたくない。橋本環奈ちゃんの着るパジャマの一部とかになりたいに決まっている。
閑話休題。私とて、別に街を歩く女の顔がすべてアイドル並みになってほしいとは言わない。ブスに罪はない。かくいう私もブスである。自分のすっぴんはティム・バートンの映画「ナイトメアビフォアクリスマス」のエキストラにふさわしい、おぞましいホラー的造形であることも熟知している。
私が嫌いなのは、彼女たちが自分がブスであることを自覚しているのかしていないのかは知らないが、化粧、髪型、服装という、ある程度の年齢の女性が社会に加わる際の、外見的な最低限のマナーを守らず堂々と外に出ていることだ。
別に化粧をしないブスを見たくらいで人間は死なない。身なりを気にしないブスが違法という法律は、日本にはない。私の言っていることはわがままなのかもしれない。
あるいは、結局はブスの同族嫌悪なのかもしれない。
隙あらばあまり美味しくないクッキーを焼いて持ってくる我営業所のステラおばさんこと係長!
「彼氏と結婚するまででいいから付き合ってよ」複数の女社員に送っていたLINEが流出!隣の課の40代男!
「俺も若い時は遊んでたけど今は嫁と子供が可愛いんすよね」見た目はホストウザすぎるイクメン自慢、中堅のお兄ちゃん!
酔ったのをいいことにさりげなくお気に入り女子の腰を抱く二枚目のサイレントキラー!隣の部長!
ハゲ!
職場の備品がみるみる消える!疑惑のゴッドハンドパートの韓国人!
フリル全開!首元にリボン!冬はドピンクのコート!アラサーのデブ!
メンヘラの新人に本気で恋をした!歳の差30歳!バツイチ子持ちの部長!
異常だ!!!
辞めたい
ちょっとした自慢ですが、嘘です、多大なる自慢ですが、デレステの新年無料10連で諸星きらりフェス限SSRを引きました。ありがとうございます。
よって、思わず喜びのあまり書き散らした文章が以下です。当方SideMをメインとしている男性Pなので、シンデレラについても「カワイイ」についても的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。
いやもう可愛い。最高可愛い。涙出てきた。人間、視界いっぱいに『カワイイ』が広がると何も考えられなくなるのである。
諸星きらりの衣装を見て思うのが、「女児アニメのアイドルの服」って感じで、いやもう完全に某アニメプリホニャララを思い浮かべるんだけどまぁそこは関係ないので置いておく。
何故女児アニメが重なるかといえば、「『女児が考える可愛さの追求」に近しいからだ。
女児向けというと思い浮かぶのが、お花やリボン、小動物、フリルにピンク、兎にも角にも『大好き』を足し算!足し算!!時々掛け算!!!と一歩も譲らない、引かない、減らさない。特に体の小さい女児だからこそそれは映える。小さな体にありったけの『カワイイ』を詰め込むのは立派なファッションとしての主義主張だ。
ところで、「靴のサイズが大きいとデザインが可愛くない、小さなサイズのものと同じ小物を使っていてもバランスのせいかどこかちぐはぐして野暮ったくなる」という嘆きを見たことがある。自分は男なので正しくその悩みを観測することはできないかもしれないけれど言いたいことはわかる。要するに、体のことで『カワイイ』を諦めてしまう段階があって、諦めざるをえない層が一定数いるということだ。最も身近な「体のこと」といえば、成長がそうだろうか。
大きくなると諦めなきゃいけないものが出てくる。靴だけじゃない、もう大きいんだからフリルはやめなさいと言われ、大人なんだからリボンは痛いよと止められ、そうして引き算することを覚えていく。それは成長ではあるが、成長とは即ち挫折を覚えることでもある。それの良し悪しは今は問わない。
兎角、諸星きらりは、17歳で186cmの少女は、人より早く、人より多く、「大きいんだからやめなさい」と言われてきた……かもしれない。少なくとも、彼女自身そういう視線を受けてきたとは感じているだろう。
全く諦めなかったのだ。
嫌なこともいっぱいあって、だけどきらりには『大好き』がいっぱいあって、それを一つも取りこぼさず、大事に大事に抱えてきた。可愛い服がないなら自分でアレンジして、デコって、作って、集めて。
そうして彼女はアイドルになった。『可愛い』を、『大好き』を捨てなくてもいい場所に来た。
デコレーションいっぱい、色味いっぱい、アクセサリーいっぱい、彼女の衣装は「私、諸星きらりは諦めません」という宣言そのものなのだ。きらりは諦めなかった。だからみんなも諦めなくていい。可愛くっていい、大好きのままでいい、足しまくって『大好き』のお城を作っていってもいい!そういう宣言だ!
先述した通り、「小さいから可愛い」というファッションは確かにある。だが、その系統を引き継いだきらりは「大きいのに可愛い」なのかというと違う。きらりは「大きいから可愛い」のだ。大きいから、沢山の『カワイイ』をその身に詰め込める。挫けそうになっても、折られそうになっても、諦めなくていい。
言及し損ねたが、そういった詰め込みまくりの『ゆめかわいい』が寛容の精神、所謂原宿系ファッションであり、諸星きらりが原宿系を得意としている理由なのではないか、と考えている。
https://www.google.co.jp/amp/s/anond.hatelabo.jp/touch/20170814160100%3fmode=amp
うちの母はスラッとしたカッコいい女性が憧れだが自分はチビデブ(母の談)だからそういう格好ができないといつも口癖のように言っていた。そのせいか、娘である私にボーイッシュな格好をさせたがったし、そんな格好をさせられた3歳の私が道であった外国人に「ボーイ?」とニコニコ声をかけられたというのが、母からもう何千回と聞かされた自慢話だった。
でもその裏で、幼児だった私が欲しいと言ったお姫様ドレスも、みんなが履いていた段フリルのスカートも発表会の花柄ドレスも全部罵倒の対象だった。笑ってバカにして、私にさせてる男の子っぽい格好やスッキリとしたデザインの服が一番可愛いと何度も言った。うちの子が一番可愛い他の子は全く可愛くないと。他の子はダサくて芋くさくてどうしようもないと。私は常に誰かへの否定を聞いて育った。
◇
私は発達の早い子供で、文字が読めるようになるのも抜群に早かった。賢い子ってのが小さい頃からの周りの評価で、周りの多くの人達が「ご両親に似たのね」と言った。母にはそれが最高の自慢だった。でも、私は高学年になる頃には落ちこぼれて、勉強について行けなくなった。
勉強しろと何度も言われたけど、勉強のやり方もわかっておらず、結果は出なかった。そんな中でも自分なりに考えてテスト前に一生懸命作ったノートを母に見せたら「今更そんなことしてんの」とまたバカにされた。机に向かえば「明日は雨が降るんじゃないか」と、わざわざ私の部屋を覗いては、母は何度も笑った。
中3の頃、教室で私立高校の案内本の制服特集を眺めていたら、担任が「ここの制服可愛いよな?どうや?」と私に勧めてきた。可愛い制服がウリの偏差値はお世辞にも高くない学校。今思えば私の学力にちょうどいいレベル。
でも私の答えは「制服がバカっぽいから嫌」担任がものすごく驚いた顔をしたのを見て、自分がひどい事を言ったことに気づいた。二度と口にしなかった。でもこれは母からずっと言われ続けてきた事そのままだった。バカっぽい制服。そんなところには行くな、と。
◇
結局、私は高校は地元の底辺校に進んだ。その程度の成績しかなかったからだ。入学説明会の日、同じ高校に進む事になった近所の小学校からの同級生の子のママさんが「お互い良かったですね」と母に声をかけたんだそうだ。そのママさんは高校合格を素直におめでとうという気持ちだったんだろう。
入学説明会からの帰りの車の中で「なんであんな子の親に『一緒でよかった』なんていわれなくちゃいけないんだ。恥だ。」と殴られた。この件はさすがに母も後からやり過ぎたんだと思ったんだろう。数年が経った頃に「あの時は悪かった」と潤んだ目で唐突に謝られた。「別にいいよ」と私は小さな声で答えたけど、それ以外の返事が許されただろうか?
◇
大学は家を出て、実家から離れたところで一人暮らしをした。相変わらず私の成績は悪く勉強も好きではなかったが、大学進学は幼い頃からずっと母に言われ続けてきた進路だった(短大、専門、就職は母の激しいdisりの対象だった)し、一人暮らしも母がそうさせたいと強く希望した事でもあった。なぜなら、母自身がそういう学生生活を送ったからだ。
一人暮らしを始めてから、バイトをしたいと何度も言ったし、実際いくつかしたけど、その度に母は「学生のうちから働くな」「金なら全部出してやる」と繰り返し、実際私がシフトがあるから実家に帰れないといえば「そんな事より家族を大事にすべき」「親不孝だ」と私がバイトを続ける事を良しとしなかった。
それに乗って「じゃあいいか」と甘えた私にも問題はあったのだろう。しかし、それからはずっと「あんたは親に全部金を出させた親不孝者」「あんたは恵まれている。親に感謝すべき」「すねかじりが偉そうに金返せ」と言われ続けている。
自分が認めなかった事も、自分がそうするように私にいい続けた事も、母の中では全部なかったことになって、私の希望を全部言われるままに叶えてあげた優しい親だと自分の事を思っている。そして「子供の犠牲になったかわいそうな私」と繰り返しアピールするのが母のいつものパターンだった。
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同じ頃、父の浮気騒動があった。母は荒れた。何度も実家に呼び戻され、家族のための時間を過ごせと言われた。当時高校生の弟と二人で、母から涙ながらに「お父さんは『エッチはしてない』と泣きながら話した」と聞かされた。何で自分の親のそんな話を聞かなくてはいけないのだろう。心底気持ち悪いし聞きたくもないと思ったが、黙っていた。弟も何も言わなかった。
泣いて喚く母の話を何度も聞き、母を否定しないように過ごした。少しでも母を否定するニュアンスのことを言えば「あんたまで私をコケにするのか」と罵られるからだ。散々罵倒されたあとは「あんなことを言って悪かったね」と泣かれる。そして「いいよ」と私は言わなければならない。おきまりのパターン。そんな気持ちの悪いやりとりをできるだけ避けたかった。
両親はその後関係を修復したようで、この頃の事はなかった事のように蒸し返されることのない家族のタブーになった。
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母は当時はまだ少数派のフルタイムWMだった。父も一流企業の研究者で、高給取りだったので、母は止むに止まれず働きたくないのに働いていた…というわけではない。母も仕事がしたかった人だった。それは別に生き方の一つの選択だと私は思う。
でも母はそうは思ってなかった。働く自分は最高で、専業主婦がいかに無駄で無能か、そんな選択はバカだ、そんなだから○○ちゃんの母親や××ちゃんの母親は…と友達の親の非難を何度も子供だった私に聞かせた。
私が学生の頃も社会人になったあとも母と同じ職を選べと何度も言われたけど、それは断った。資格を取るための金も出してやると言われたけど、その職に興味がないからと避け続けたのは、今となっては本当によかったと思う。
私は妊娠した時に、仕事も辞めて一旦専業主婦になる道を選んだ。旦那の希望でもあったし、私の希望でもあったから、私たち夫婦の中ではそれで問題はなかった。
でも、母は自分が散々バカにしてきた専業主婦の道を自分の娘が選んだことが面白くなかったようで、私が悪阻が辛いと寝ていると聞けば「私は仕事をしていて悪阻なんかで倒れていられなかった」と電話をしてきては繰り返した。
産後、初めての育児がしんどいといえば「専業主婦がしんどいわけあるか」「専業主婦のくせに忙しいわけがない」とバカにして笑った。その後にはいかに自分が働きながらの育児に苦労したか辛かったか、そんな思いをさせたあんたは親不孝、感謝すべきという言葉が必ず並んだ。
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産まれたうちの子供は障害児だった。たくさん本を読んでネットでもたくさんの親子に関する情報に触れた。親子で療育にも通い、子供への接し方についても多く学んだ。そんな事をしながらの第二子の妊娠出産。ここまでそれなりに大変な育児だったように思う。
そして、そんな子育ての中で薄皮を剥がすように少しずつ少しずつ、母の私に対するあれこれはおかしかったのではないか?そういう思いが私の中で浮かんでは消えていた。
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数年前に実家はリフォームをした。私はインテリアや住宅特集を見るのが子供の頃から好きで得意だったのでアドバイスをして欲しいと言われ、何度も実家に通った。担当の営業マンと、ここはこういう風にした方が…なんて話を一生懸命していたら横で聞いていた母が「はっ。偉そうに。」と吐き捨てるように言い放ったのは今も鮮明に蘇る。
自分が手伝ってくれと呼びつけておいたものの、娘が自分を差し置いてイキイキと一人前に話をする姿に耐えられなかったんだろう。思えば、子供の頃から私が何をするにも「偉そうに」「いっちょまえに」「でも○○はできない」という言葉が付いてきたな、と思った。この頃から違和感がはっきりしてきたように思う。
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定年を迎えた母は頻繁に我が家に来るようになった。孫へと過剰なほどの物を抱えて「ここに来ると金がかかる」と口癖のように言っていたが、どこにでもいる孫に甘すぎる祖母の姿だと思っていた。
母は会うたびに、私の掃除の仕方、家事の仕方、夕飯のおかずの品数、体型、服装、生活全てを笑いながら否定し、自分はいかに頑張っているかを語っていたが、私は黙って聞いていた。母にとってそれは最高に面白いジョークのつもりだったからだ。
内心では苛立つ事もあったけど、それを表に出せば、それ以上の言葉で否定されるのがわかっていた。母のその性格が治る日が来るとは思えなかった。老いていく母にもうそれを指摘するのも酷だと思っていた。だから私は何も言わなかった。
他人からみれば、楽しそうに会話する仲のいい母娘に見えていただろう。
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しかしついに母と揉めた。きっかけは些細な売り言葉に買い言葉だった。私の中で剥がれ落ちた薄皮は相当な量に達していたのだろう。違和感に私が我慢しきれなかったのだ。
私に反発された事で、母は発狂した。浴びせられるマシンガンのような暴言と否定。今までの私の人生を否定し、いかに親不孝かを叫び怒鳴り散らしながら、自分は子供(私)のせいで我慢を強いられているんだと喚き散らす母に「私にだってずっと我慢してきた事はある」と初めて言った。母はその内容を聞く事なく「お前のなにが我慢だ。親不孝め」と、また暴言と否定を吐き続けた。
その場に居合わせたうちの娘たちは、自分の母親(私)が目の前で罵倒される姿を見て、驚いて固まっていた。そして不安がって泣いた。その間も母の暴言は止まらず、うちの娘の障害名まで母は私への罵倒の言葉に使った。娘たちの前でだ。無理だと思った。もう無理だと思った。
母は自分で「どうせ私は毒親だ」と叫んでいた。そんなふうに考えた事は今まで一度もなかったが、その時初めてそうかもしれないと思った。そしてまた、もう無理だと思った。
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この先、私はどうするのか。もう答えは決まっているのではないか。本当にそれができるのか。いまはまだ立ち止まっている。
しかし目の前の扉は開いてしまった。扉の向こうの世界は明るいだろうか。険しいだろうか。一歩を踏み出す決意をしたい。それが娘である私の今年の抱負。