はてなキーワード: 中毒とは
アップロード者を逮捕したからといってアップロードがされなくなるのではない。
見せしめが役に立たないことは現状を顧みても分かることだろう。
それは元を叩かないからいつか同様にアップロードがなされるためである。
割れも同様でアップロードされるサイトをブクマ登録して常日頃監視してるのはアップロードされることを知っている。
大手サイトMegaupload(メガロ)が閉鎖して数か月ないし数年経ってるが、似たようなアップロードサイトがあってもメガロ以上にアップロード者や
完全集中してたのが有志により分散化したため、結果としてアップロード者は減っててダウンロード者もアップロードサイトをそこ以外知らないから、
忘れ去られるかそれ以上に似たサイトを探そうという気力が失せてアップロードしなくなる。
同じような事例が2chにもある。
例えば、書き込みをさせない、サーバーもろともアクセス規制を敷いた所、そのサーバー利用者の多くは次第に2chをやらなくなっている。
それはひとえに2chという掲示板媒体に依存してた何よりの証拠だろう。
一方で動画共有サイトでも一度閉鎖すると殆どの人は移住先を探すのだが、一向に見つからない時はやはり中毒を自覚して探さなくなっている。
割れというのは、アップロードできる環境とそれを供給するサイトがあってこそ成り立つから、そのうち一つを取り除いてやれば割れの解消に繋がるのだ。
はてなってワタミ以上に嫌われていると思うけど、なぜここまで嫌われるのか考えてみると、大まかに3つあることが分かった。
1. 社長が権欲・金に汚い
ご存じの通り株式会社はてなはネットでの抜群の知名度に関わらず2012年まで上場の意図すら見せていなかった。
これはひとえに社長である近藤淳也が株を自分の株を持ち影響力を保ちたいという守銭奴ならぬ守株奴的精神を持っていたからであろう。
一転して2012年には上場を狙っていることを発表したけど、おりしも現在はプチバブル期。ドリコムの内藤裕紀社長を超える20億以上の売り抜けを狙う様も見ていて痛々しい。
ま、それも近藤の趣味が自転車ってところで全て集約されていると思う。自転車と言えば、ランス・アームストロング。アームストロングと言えば…。もうね。
ただ、両社ともアメリカ人はだましきれないようであり、サンフランシスコでベンチャーキャピタルから金もらって豪遊プランは阻止されました。
2. 技術力・独創性が皆無
最近目を引いた新サービスがはてなブログの開設だったってところでお察し。ブログって笑。10年くらい遅れているんじゃないだろうかこの会社。
この十年で世間は、ブログに飽きて、mixiに飽きて、twitter、facebookに飽きかけているんですが、何を以てブログをし始めたのか謎にもほどが。
しかし、この企業、はてなブックマークを生み出したってことで技術力があると勘違いされている。残念、それ、deliciousのパクリですから(古い)。
ま、そこは割り引いたとしても、その技術は今は会社を去った元CTO・伊藤直也のおかげでしかないんだよね。
唯一独創的であったぽい人力検索事業はもはやそんなサービスあったことを思い出せる人すら少ないんじゃないかレベルであり、この会社、正直何もありません。
人気芸能人も使うアメブロとかと違って、はてなダイアリー・はてなブログの利用層で有名人なんかほぼ皆無。
ま、そこらへんでやばさがにじみ出てるんだけど、その皆無じゃない少数の有名人ってんのが小説家とかだから性質が悪いんだよね。
小説家っていえば、昔は太宰治(ヒロポン中毒者かつマルキスト)、今は村上春樹(ランナーズハイかつ金持ちなんて・みんな・糞くらえさでおなじみ)と
反社会的でサヨクと相場が決まっている。こうした少数の著名人に代表される属性は、はてなユーザー層に共通しているものと思われ、はてサなんて呼ばれてたりする。
ってことで、技術力がなく社長が権力・金に汚くて信者が臭そうとかそりゃ嫌われるのも納得ですね。
システム障害があまり起こらないのもワタミもびっくりなブラックさに支えられているのかもしれません。
「京都と東京それぞれのオフィスにあるTVの上に設置されているカメラが、365日24時間社内をモニタリングしています」とは、はてな公式HPにある語句。怖すぎます。
かと言って釣られると馬鹿みたいだし悩む。
暇だからずっと見てたけど彼女の方にアクセス数を意識してる感じがしないんだよ。
まずホッテントリ入りした彼氏の日記にリンクさせてない。注目してほしかったらここはリンクさせないと。
彼氏にすぐに見つかるのが嫌だったのか?単にやり方が分からなかっただけかもしれないけど。
それと昼ぐらいにちょろっと書き込んで全く注目されてないのにそこに追記するとか違和感。
注目されたいならアクセスが増えてくる夕方ぐらいに一気に最初の彼みたいに書き込んで彼の日記にリンクさせた方が良い。
タイトルにも内容にも煽る要素が少ない。
例えばせっかく結婚資金が注目されてるのに話を膨らますこともせずに終わってるし。
ストーカーの話もドアをがちゃがちゃされただけだし。
その後すぐにホッテントリに入ってるのに追加情報も書かないし。
反応したくなる要素をタイトルや内容にちりばめて満を持して投稿した感じがする。
でもホッテントリに入るとは思ってなかったみたいで
注目されてるのに気付いてから嬉しそうに書き込みまくってる。
相手を挑発するような書き方が多いのでもっと炎上しろと言ってるかのよう。
もしこの話が半分事実だとすると彼氏の方は浅はかというか人の気持ちがわからない人に見えるので
最初の書き込みにフェイクを入れて彼女にバレないようにしたものの
バレても別にいいやとか思ってそう。
全体的に注目されて嬉しそうなんだよな。
炎上や議論が好きそうなのに。
物理的に書き込めなくなったと考えると辻褄が合うのか?
ってかポーカーしてそうw
この一連の話が嘘だとする決定的なものが見えない。
識者はどう見る?
やっぱりこれ本当の話なんじゃないか?
在宅で稼ぐスキルを持っててギャンブル中毒の彼氏を居候させてあげてパソコンと携帯を提供してあげて。
立ち直る可能性にかけて1年も我慢して。ちゃんと実家に戻れるだろうと冷静に判断してるし。
分かる。そう感じられるかかどうかの境目は所詮人間は肉機械でしかないと認識できるかどうかだと思う。
アル中、タバコ中毒、ギャンブル中毒、買い物依存症、食事の量を減らせない、うつ病
メジャーな精神疾患で名前がついてるものだけでも相当な量がある。
人間の根性や意志ってのは所詮脳内が上手く動作してるかどうかでしかないと思う。
人間は誰しも善良でありたいと思っている、にも関わらずこれだけ犯罪が起きるのは脳内でどうにもならない自体が起きているから。
そいつを許すか許さないかという判断はおいておいて人間だれしもそこまで追い込まれる可能性があるという事実は頭の片隅に置いといた方がいいと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20130624132442
よその子供に対する、どこまでの指導をするべきか、ていうのもポイント。
僕自身は、子供が悪いことをするのであれば、それを正すことが可能な立場にいるのなら、腕を掴んででも引き留めるべきだと思っている。
それは、大人として。
・
他方、喫煙を悪と捉えることは出来ない。少なくとも成人の喫煙は許容されている。
彼女が、「大人になったら」「タバコを吸う」と言っている以上、それは許容されるべきだ。
しかし同時に、喫煙という行為の中毒性も、喫煙に伴う様々な害悪も僕は知っている。彼女と違って大人だから。
堂々と吸えるはずの大人でも、様々な理由で禁煙を試みる人は多い。しかも全員がタバコをやめられる訳ではない。
公共交通機関でも、路上でも、喫煙者の立場はじわじわと厳しくなっている。
はっきり言えば、タバコを吸い始めたばかりに向き合う苦労は本来、不要なものだ。
・
金があれば、喫煙してもいいわけではない。でも、それは言葉が足りなくて言えなかった。
僕は、彼女が不要な苦労を背負うことを防ぐことが出来る立場にいるかも知れない。
・
かといって、喫煙自体は否定できない。
それは、絶対に駄目だ。だれか答えを教えてください。
完全に中毒してるね。
アルコール中毒とおんなじ。
「しんどさの種類」みたいなもの?今の精神状態?に中毒してるように見える。
多分ほんとうに辛いんだと思うな。
そりゃ深層心理やら無意識やら掘っていけば、「結局自分がそれを望んでる」わけだけど、
少なくとも意識の上では本当にやめたい、けどすごい強い力でそっちにいっちゃう、って感じかなと。
ブコメ読んだけど、
確かにこの彼は冷たくすれば去っていきそうな気もする。
まずは、強い意志をもって「断つ」ことを続けるしかないのでは?
彼連絡もtwitterも、その「今の状態」を作ってるもの全部断つ。断ち続ける。
同時進行で自己分析。
製作者が「普段ゲームをやらない人」をターゲットとしたゲームと
今の作者は、普段やらない人向けに作る時「普段やらない人はこういうものを好むだろう」と自分がその普段ゲームをやらない人でもないのに勝手に想像してるだけで
現在進行形でもソーシャルゲームが「普段ゲームをやらない人」に対して流行してますが、それを心から楽しがってやっているかと言うと疑問符が付きます
実際に売れるゲームと面白いと思う人がいるゲームは違うと思います
では実際にどういうものに依存性や中毒性があるのかと言うとそれは面白いゲーム
どういうものが面白いかと言うとその中に仮想現実を体験できるって部分があると思います
で、それを満たすゲームを今の人は作れない
社会という大きなものに直面して、曲げざるを得なくなった、ね。
間違っててもしんないけど。
だなんてわざわざ太字で書いてくださってるけど、
正直そこを気にして物言うほうが病理だよ。
そんなことを本気で信じてるヤツは、勝手に自滅する。
それは必定ではないが、たいていそうなるだろう。
たぶん君自身も少なからずわかってることと思う。
しかしそれでも言わなきゃならんかった。
そうしないと鬱憤が晴らせなかった。
別にね、そういう論調は経済的人間だったら特別なものではない。
「経済をうまく回し、俺のところにだけ金が入ってくるようにせよ」
とまで極論に達しなくとも、
「経済の流れを止めるのは善ではない」
というのは少なくない言説だろうし、どうでもいい。
OK。正論だ。
もちろん、経済的思考の上では、だけどな。
コンビニの年齢人称にキレるヤツとか、
いわゆる正論を本気で語るヤツとか。
(正論かたってイイ気になってるじゃなくて、マジで正論信じ込んでるヤツね)
まあ違ってても気にしない。
「利害関係のバランスが取れていることより、論理的に正しい事のほうが重要だ。」
なんだって割り切ることができる。
むしろそうでない人のほうが多いのかもしれない。
うん、自分と他人が違うだなんて認識しなくても結構なんですよ。
そういうのもやっぱりたいていは自滅するから。
そもそも真実なんて言葉もちいてる時点で甘ったれてるんですよ。
それだけでしょう。
暫定的に2人称にあててある「インターネット中毒の非社会人」が
「働く」のであれば、たいていはやがて考えるのをやめますわな。
要はやっぱりね、
「働いてもねえのに偉そうな口きいてんじゃねえよ」
違っても謝らんよ、俺は。
と思っちゃうわけ。
その責任転嫁じゃねーか、とね。
それは無いです
楽しめない
調べる為に用意された部分を調べたって何の面白みも無いでしょう?
プレイヤーが調べる為に、「さあ調べなよ」って投げつけられたものをどんなに増やしたって
今のゲームは見えない部分を作りこんでないんだよ
部屋の隅に落ちてあるゴミ
普通は調べられないでしょう
何かおきるであろう物を調べて何かおきるのは当たり前で調べる必要もそもそも無いのでだから調べるとつかっれる
万人が・・・
万人が中毒になるような
Googleが7月にリーダーをやめるというのでRSSという情報収集そのものを見直すことにしてみた
情報源の移行先はtwitterとfacebookページを中心に組みなおして、大体90%ぐらいはフォロー出来るようになった
何が一番変わったのかというと、未読が貯まることへの強迫観念が全くなくなったということ
今までは、朝起きたら枕元のスマフォに手を伸ばしてまずリーダーをチェックすることから一日が始まってた
その後も通勤中、お昼休み、トイレの中、布団に入って寝る前と、ちょっとでも時間があればリーダーを起動して未読を0にする生活
一日に1~2000記事くらいは目を通してたと思うのだけど、それなのにリーダーを開いたら未読が0のままだったなんてことも何回もあった
たまに出てくる自分にピンポイントに響く記事に出会った時のあの感覚が病みつきになってたのかもしれない
今思うとそれってパチカス中毒と全く同じで、たまにしか餌のでないボタンを狂ったように押し続けるハトの話を思い出してしまった
今もfacebookやtwitterを同じようにチェックしてしまうのだけど、前みたいな「未読を0にしなきゃ!」みたいな感覚は全くない
というか、最新情報を見逃してもソーシャルでは何度も上がってくるので、別に最新じゃなくてもいいやって気持ちになれたのも大きい
むしろこまめにチェックするのが面倒くさくなって、最新からある程度の記事を読んだら未読全てチェックしなくてもいいって気にすら今はなった
それで気づいたことは、RSSを使っていたときは、意識の片隅にずっと「チェックしなきゃ!」っていう強迫観念が残り続けていたということ
今はその意識がなくなって、脳がスッキリしてることが明確に自覚できてます
今までは目が覚めて出勤するまで、トイレの中も合わせて30分くらいRSSの消化に費やしてたけど、その分を英語の勉強とストレッチに変えたら精神的満足感が桁違いになったよ
http://anond.hatelabo.jp/20130609002540
あの頃の個人サイトというのは全て手作り。作るにはそれなりの知識が必要とされた。
残念ながら全てが素晴らしいサイトだったとは到底言えない。そりゃそうだ。
しかしただの市井人が公に情報を発信できる。これは革命だったんだよ。
最初はただの日記だった。それを世界中の人が閲覧する。やがて巨人が現れた。
既存のメディアには乗らないニッチな分野の膨大なデータや検証を発信する人々だ。
これらWebならではの極上の情報は瞬く間にこの世界の最上段に祭り上げられた。
今Facebook中毒になってる人には分かりやすい感覚かもしれないが、
あの当時はその対象が全世界の不特定多数だったということだよ。
今のコミュニケーションツールと違うのは、相手が知らない人ばかりだったってこと。
知らない人といきなり腹を割った話をする。意気投合する。
こんな素晴らしい出会いにはもちろん影がある。「荒らし」という存在だ。
今の匿名掲示板のコピペ・AA爆撃とは浸透力が違う純粋な悪意の攻撃が当時の荒らしという存在だった。
今は光が弱まっただけ影も弱々しくなった。こんな状況はやはり、健全だとは思う。
しかし何かを発信したい人は発信するべきだ。影をくらませるだけの光を発すべきだ。
私には5年ほど前からやめられない事がある。
最初は興味本位からだったけれど、気がついた時にはやめられなくなってしまった。
大体週に1〜2回ほどのペースでもう5年以上続けてしまっている。
気心の知れた友人達にこの話をすると「それは中毒だよ…やりすぎだしやめたほうがいいよ」と言われてしまう。
自分自身でもやめたほうが良いと思って何度もやめようやめようと頑張っても、
どうしても欲求に負けてやってしまう。
本当に自分が嫌いになりそう。
ストレスが溜まってくると、会社や自宅のトイレに行ってやってしまう。
最初のころは一本だった指も、今では3本も入れてやっている。
声と水音が漏れそうになるけれど、流石に人に聞かれると怪しまれるので、
本当になにしてるんだろう…って気持ちになって鬱になる。
どうしてもやめられないでいる。
さっさとこの過食嘔吐をやめたい。
仕事柄、IT関連のツールには一通り手を出した、というかやらざるおえない環境だったのでmixiもFBもTwitterも一応やっている。
薄々感じてたけど、とにかく気持ちが悪い。何が気持ち悪いのか、具体的に考えてみたけどよく分からない。
それぞれ違った気持ち悪さがある。
まだSNSが発達してない頃、仕事で知り合った年上の人と社交辞令でプライベート連絡先を交換したら、毎日のように自撮りの写真と日記のような長文が送られてきて辟易した。
社長の知り合いだから、無碍にすることもできないから適当にあしらってたけど、会社を辞めた時にまっさきにしたのは、連絡先を変えたことだった。
ロクにしらないおっさんの写メと私生活を綴ったメールなんて、不気味なだけで面白くもなんともない。ただ、ただ、気持ちが悪かった。
ロクに知らない人たちの、知りたくもない個人情報や私生活がダダ漏れになっているのを見せつけられる気持ち悪さ。
メールと違って、表示させないこともできることを知ってそうしていたら、最近は関わりのない同級生からメッセージが来た。
「どうして、私の記事にいいね!を付けてくれないの?」
正直、目を丸くした。
その子はすごく大人しくて控えめで良い子だったのに、SNSを始めてから毎日のようにログインし、私生活のほとんどを記事を書いてる子だった。
いいね!を付けるのは義務だったのか?
はっきり言って、私は人付き合いが面倒くさい。
多分、それほど他人に関心や興味が無い。
そういう時間を割く位なら、一人で買い物したり映画を見たほうが楽しい。
メールも必要にせまられなければ返信はしないし、友達と遊ぶのも年に数回だ。
SNSも気が向いた時しかログインしない。たまに親戚向けに生存確認のための近況を綴ったりするが、他人の記事は読まないし、
いいね!もほとんどつけたりしない。コメントなんて、もっと稀だ。
でもその適度な距離感が心地よいし、こうあう使い方が自分に合っていると思っていた。
だからこのメッセージが来た時、ああ、この子も控えめに見えても、やっぱり自己承認欲求の塊だったのかと悲しくなった。
このレスポンスを強要される感覚にも覚えがあった。今は亡き、mixiの足跡機能だ。
さかのぼれば、高校時代に流行った携帯ワン切り返しというやつもあった。
とにかく、SNSにしろメールにしろ、たかが連絡ツールだというのに執着している人にレスポンスを強要される感じがたまらなく嫌だった。
そういうことをされる度に吐き気がした。
どうしてふぁぼやRTしてくれないの?
どうしてスタンプ返してくれないの?
手を変え品を変え、時代が変わっても自己承認欲求を満たしたい人間がごまんといるのは変わらない。
フォロワー数の数というのは、ああして自意識や自己愛を加速させてしまうのだろうか。
ああやってネットの中で肥大化させた欲求と、現実の感覚のギャップに苛立ちを覚えて、
周りに当たり散らすようになる予備軍が、SNS中毒者にはたくさんいると思う。
件のメッセージの子は、本当に優しくて良い子だった。だけど、その分リアルではかなら抑圧されていたのだろう。
ネットでは現実では考えられないくらいに明るく振る舞い、毎日のように写真を挙げてはリア充アピールしている。
それは別にどうでも良い。
ただ、それを他人に賞賛させるのを強要するような子では決してなかった。
日本人の美徳は察しと思いやりだと何かで見た。SNSには、それが全くない。
利用者はみな、私が!僕が!俺が!、の自分アピールに忙しくて、飢えた承認欲求を満たすためなら、きっとなんでもやるだろう。
刺激は一度強いものを受けると、どんどん強いものを欲しがる。Twitterが馬鹿発見器なのは、気軽なことと、
見てくれる人がたくさんいること、注目されたい欲求に歯止めが効かなくなるからなんだろう。
FBもそうなりつつあるように思う。
この間、知り合いが電車内のマナー喚起という内容で見知らぬ人を写した写真をあげていた。
はっきり言って盗撮だ。れっきとした犯罪である。正直、とても引いた。
コメントを見ると、それを咎めるどころか同調するようなコメントばかり。
こんな少し考えればわかるようなことを考えず、他人を思いやることを忘れ、自分の欲求を満たすことに躍起になる人が、本当に気持ちが悪い。
そういう風潮に乗らないことが、ノリが悪いとかコミュ障だと言われることになんだかなあと思う。
今のところ私が感じるSNSに対しての気持ち悪さの原因は、
それまで至極まっとうな人でも
自意識を肥大化させて、自己愛をこじらせて、自己承認欲求を満たすために平気で他人も
自分すらも傷つける人になりうる可能性があること。
平気で他人や第三者の個人情報をネット上に書き込む人への侮蔑。
自分の行動に対してレスポンスを強要する人に対するめんどくささ。
このあたりが複雑に絡み合っているんだと思う。
全てのSNSや利用者を否定するわけでも批判するわけでもない。
ツールとして正しく使えば、こんなに便利で合理的なものはないと思う。
ただ、残念なことに私の周りではそういう人が多いということです。
あー、SNSなんか全部廃れちゃえばいいのになー。
でもまた新しい手段が出てくるんだろうなー。
ここ数年でようやく悟ったことがある。
どうしてもキャラの掛け合いが寒く感じて受け付けないのだ。想像していた通りの物を出されたにも関わらず文句を付けるなど俺が悪いに決まってるのだが。
こんな感想を抱いて、どんなに嫌でも、頑張っても、楽しめない作品はだいたい歳のせいだということだ。
それがすごく悲しい。
理性ではそれが歳を取るということなのだと、社会的な人格の形成だと分かっている。
それでも、諦めきれなくてさらに辛い思いをしている。
変態王子と笑わない猫という作品がある。
中毒になる動画シリーズではニコニコ養豚場というタグがつけられており、日々益荒男が鳴いている。
俺もそこに加わりたかった。家畜のように眠り、安寧と萌えを貪りつつ、ただブヒブヒと鳴き声だけを上げていたかった。
だが、EDでワンテンポ遅れたダンスを送る彼女、月子が感情を表に出せなくなったという背景を持つと知って
ただのジトメキャラが、歳は違うが娘に重ねてしまい、鼻をすすりながらなくようになっちまった。
落ち込めば落ち込んだ表情もするし、陰が差す表情とか5歳くらいでも自然に作っていたりして
頭をなでることもためらうこともあるが、真顔はつらい。
昨日まで「おとーさん(大好き)」って笑っていた快活な子が、いきなり真顔になって
「おとーさん(何やってるの)」にいつか変わる時が来る。それが怖い。感情を無くすってそういうことだ。
今日は何があったの?と聞くと、「あのね、今日はねー」としゃべりだした思い出が、
ジトメすら使わずに自然にシカトするときが来る。感情さえも見せずに。
その日を思ったら悲しくなってしまった。
無表情ではないが、どんなに傲慢でもツンケンしていても落ち込んだ表情も無理だな。
小豆が見せた表情を、もし仮に食卓で見せるようなことがあれば、俺はどうすればいい?
学校はどう?と聞いたら、もういらないと半分以上ご飯を残したり、グリーンピースを箸でいじりながら立て肘ついて
注意したら無愛想に出て行くようになったら。重い、重いよ。
中学の時と同じように、朝日が昇らないくらいにそっと抜け出して、スニーキングして根回しをしっかりやって、
その結果を得ることがすごくやるせない。EDでパンツをチラ見せしながら身体を横たえる月子じゃもはや興奮しない。
娘の行儀がその日に限ってよくて、仕事が残業もなしに早く帰れて、家事等ちょっと頑張っている姿勢を作れて
そのダブル役満みたいに幸事が続いて嫁の機嫌を最高潮に高めた後、自分が磨いた浴槽に二人で入る時に
曇りガラス越しに手を腰にやってショーツを下ろそうとする嫁のシルエットの方じゃないと興奮しないんだよ。
歳を取ったな。昔は挿絵にホースでシャワーを浴びている半尻の女の子が出てきただけで
猿よりも激しく胸を打って手が震えたのに、今や全員どこかしら娘に似ていると思ったらもう駄目だ。
もう駄目なんだ。手遅れだ。知る所から入り口を塞いでニコ動の年季の入ったIDを削除すれば、
このやるせない置き場のない気持ちもやっと下ろせるのだろうか。
話が変わるが、「○○歳までに読むべき本」これを書いた人のスタンスを見ていると、
「○○歳までに読めば、その後の人生においてとても有益でしょう。
しかし、不朽の名作ばかりですのでもちろん、○○歳を過ぎた方、○○歳を忘れた方にも
有益です。読んで損はございませんよ」
と八方美人な綺麗な纏め方をしていることが多い。
俺が、○○歳だった時、もうどんなことを考え、行動していたのか記憶に薄い人間の一人にとっては
このタイトルに期待する事は違うんだ。
今読んだら確実にくそつまらなく、そもそも読んでいたら周りが引くだろうし、
アマゾンでこっそり手に入れて最初の5pで血反吐が出そうになりながら諦めた経験が期待する事は
今でも読める事じゃない。 ○○歳以上は読む事ができない本なんだ。
今、この歳、この精神年齢って呼べる腐った心が全力で否定しつつも、
自分が若い頃ならさぞはまっただろうなと夢想し、くそつまらねーまじつまらねーと悪態をつきながら
若い頃に読んだということを仮定してシミュレーション的に語られる書評、そういうのを求めてんだよ。
無理してファスナーの線を上げて無理してくるっと回ってくれるママさんレイヤーが浮かべる表情の裏のような、
一枚めくれば若さへの嫉妬と怨嗟が充満しながらも若い子を無理して代弁してくれる、
そういう書評が欲しいし、紹介してほしいんだ。絶対読まないけどさ。
誰か、今風のラノベで、ブタがブヒブヒいうような作品で固めて、
橋下氏の慰安婦発言が泥沼化している。
言えば言うほど深みにはまって行く様は、政治家としてというよりも、人間として根本的な所が間違っている証明のようにも見えるが、私はこう思う。
1
それがどのような形態であれ、慰安婦の存在自体は容認されてはならない。
現在は。
2
慰安婦というシステムではなかったとしても、現地の女性を活用して性的サービスを受けた例は他の国にもあった。
アメリカ軍にもあった。
当時は、世界中で、そうだった。
3
日本(現地)の
4
私は米軍司令官にそれを進言した。
マスコミが悪意を持って自分の発言を歪めたと言う、インターネット中毒患者に良く見られる被害妄想を景気よくふるまっている橋下氏であるが
彼の発言が正しく英訳されていたとしても、この破綻した思考と錯乱した行動と、それに気づかない精神状態では批判は避けられなかっただろう。
むしろ全てが英訳されずに、一部が伝わった(彼の認識では、だが)からこそ、この程度で済んでいるのかもしれない。
しかし、本気で自分の考えを説明したいのであれば、せっかくのツイッターで「可哀想な私」をまき散らしていないで
自分の気に入る英訳をしてくれる翻訳者に翻訳を依頼し(まさか仕事を頼むだけの金がないという事はないだろう)、気の済むまで発信すればいい。
場合によったら世界中のネット以外で活躍されている論客との議論が白熱し、ネットとテレビ番組で醸成されたセカイから抜け出し、一躍、世界的な政治リーダーとなれるかもしれない。
いや、むしろ、そのように成長してくれる事を望む。
もちろん、迂闊な発言は余計な火種の元であり、迂闊な人間性であればなおさらで
それゆえに政治家は失言に注意するのだが、彼の場合、もはや今更だ。
彼の風俗観にはエロゲーのやり過ぎやハーレム系ライトノベルの読み過ぎを疑いたくなるのだが
彼によれば、日本には色々な風俗があって法的にOKだから大丈夫、との事である。
「軍人に風俗をあてがう」という考え方自体が、上にあげたように自分自身の論理からの破綻を含んでいるのはもちろんであり
戦後日本が進駐軍の軍人のために、募集した素人日本人女性を提供した慰安所「RAA」は、まさにそういう発想で作られたものであるが
(テリー伊藤が間違った発言をしていたようだが、この「RAA」は日本政府が自発的に作ったものである。
わずかな期間でGHQによって廃止された。前時代的だと批判されたのはそういう事である
それ自体は、まぁ、置いておくとしよう。
全ての風俗嬢が「喜んで」セックスワーカーや接客業をしていると思い込んでいるのだろう
というのは、風俗好きな私の憶測だが、それも、置いておくとしよう。
置いておく項目が増えすぎて収拾がつかなくなるので、まとめて置いておくが
要するに、いろいろと奇怪で話を聞けば聞くほど、考えが気持ち悪い。
OK、とりあえずは好意的に考えて、橋下氏は「本番がなければ性的サービスにあたらない」と考えているのだとしよう。
そう考えると、いろいろとおかしな論理的矛盾の幾らかは、なんとなくは消化できるし
ワルぶっていて性的な要求を女性にいろいろさせる事に不自由しなかった人間であれば、そう考える傾向があっても不思議ではない。
(そこが警戒される理由ではないかと言うのは、置いておくリストの中に放り込もう)
私は彼に問いたい。
「一体、どこまでならOKなのか?」
どこまで、というのはもちろん、ゴール地点を挿入に設定した時の「どこまで」である。
分かり易いよう、ひとつ具体的なコースを提示してみるので、答えてみて欲しい。
【スタート】
↓
↓
↓
↓
【ゴール】
彼は元弁護士らしく、「国内法の定める範囲内」と答えるかもしれない。
要するに風俗営業許可を得ている店ならなんでもいい、と。
内気で非モテでプロムの相手もいなかったようなアメリカ軍人であれば夢のような話だ。
だが、それはビーチバレー程度で性欲は解消できないという自らの認識との矛盾をはらんでいる。
男性として言わせてもらえば
最も、アメリカまで出向いて優秀な日本の風俗を売り込んでくるというのなら、話は別だ。
せっかくアメリカに行くのだから例の報道官にも、司令官にするものと同じ進言をすればいいのだ。
直接会って話をすれば、「誤解」も解けるかもしれないし、彼の主張も聞き入られるかもしれない。
成功したらクールジャパンの品目に風俗を加えれば、一石二鳥である。
彼が自分を支持したと主張する「アラブメディア」というものが実はAFPだったり、別に支持してはいなかったりした事は、もう見て見ぬフリをしてあげよう。
煽動や問題のすり替えを頻繁に行うが、これもネットばっかりやってる人間にはよくある事である。
あるいはゲーム脳?
世代の特徴でもある、万能感とアメリカへのコンプレックスに蝕まれているのは確かだろう。
中二病?
おそらくはそれら全てに罹患しており、そういう物に蝕まれてボロボロになっている人たちの象徴が橋下徹という人間なのだ。
彼の世代に浸透していた、コンプレックスを基底とした日本のサブカルチャー的な価値観、受験勉強としての教育への反感、インターネットという居場所、そういう欺瞞によって作り出された「可哀想な人間」なのである。
進撃の巨人OPに中毒になる動画 ‐ ニコニコ動画:Qが300万再生に向けて盛り上がってるので気になって調べてみた。
結論だけ言うと、動画のページ読み込みから60分以上経過してから再読み込み(F5等)をすると再生数が加算される。
少しややこしいが"ページ読み込み"と言っても"直近のページ読み込み"からではなく、"60分以上前のページ読み込み"からという、説明しにくいことになる。
気になる方は読み進めてもらうといいと思う。
動画内では
等々迷信じみたコメントが見受けられたが、どれも裏付けに乏しい。
ググってみると再生数工作のためにnicohistoryというcookieを削除しつつ再生すれば再生数が加算されるというものがいくらか出てきた。
ということは少なくともこのnicohistoryがカギになっているのは間違いないということで、
ほぼ再生されていない動画に実験台になってもらいnicohistoryの中身と再生数加算の関係を調査してみた。
nicohistoryには最近再生した10個までの動画の情報が記述されているようで、
(a)対象動画 | (b)動画を開いた時間 | (c)最後に動画を開いた時間 | (d)不明 | (e)視聴回数 |
---|---|---|---|---|
sm20544568 | 1367801541 | 1367802237 | e29d87ae436c6af5 | 1 |
(e)は視聴履歴に表示される視聴回数であり、確かに再読み込みで増えるが動画の再生数自体は加算されていなかった。(ここ重要)
(b),(c)は冒頭の"ページ読み込み"の時間を示している。これらは相互に関係はないようで、それぞれ
というものだった。
ちなみに(b)についてはジャスト3600であることを確認したわけではないが、
59分(3544)では更新・再生数加算されず、60分(3602)で更新・再生数加算されたことを確認している。
(なお、時間をどう変換しようか考えていたら1970/01/01 09:00:00 (UTC+0900) からの秒数という便利なサイトがあったので活用させてもらった。)
よって、結論として冒頭に書いた内容に至った。
住人である28歳会社員の高木智子が帰宅するその隣には、16歳無職の大西聖闘が居た。
「この部屋を使ってね。布団は干しといたから」
智子が指し示したのは畳張りの北向き四畳半。
一間の押入れは襖が外されて壁に立てかけられ、一組の畳まれた布団が中に置かれている。
聖闘の部屋の腰窓からは外廊下が見え、内廊下の向かいには風呂とトイレがある。
廊下を出て左には玄関、右にはダイニングキッチン。そしてその先には日当たりのよい智子の部屋があった。
智子の部屋は六畳のフローリング張りで、シングルベッドが置いてあり、ベランダに繋がっている。
築年数は30年前後だが、水周りだけはリフォームされ、掃除も行き届いた小奇麗な印象の部屋だ。
智子はこれまで築年数15年程度のワンルームマンションに住んでいたが、聖闘との同居が決まって住み替えた。
家賃は管理費込みで7万だ。智子の手取りは月22万。聖闘に出る国の手当てが5万なので、充分な暮らしが出来る。
聖闘は5時間かけて地元から東京に出てきた。諸手続に2時間、智子との顔合わせを済ませて今に至る。
東京に来たのは初めてで、当然小田急線も初めてだった。これからは平日3日、この小田急線と中央線を使って職業訓練校に通うことになる。
智子との暮らしが快適なものになるかそうでないかはわからないが、聖闘に帰る場所が無い事実は変わらない。
中3の頃に、母親が再婚した。聖闘の苗字はそのとき、田淵から大西に変わった。新しい父親には連れ子が居た。
母親は新しい父親の歓心を得るために連れ子だけを可愛がり、聖闘を無視して食事を用意しなくなった。
新しく男が出来ると聖闘を無視し、男と別れると聖闘を猫可愛がりする。
母親が聖闘の実父と別れた、聖闘が小学生低学年の頃から繰り返されてきたことだった。
実父はアルコール中毒のパチンコ中毒で、母親をよく殴った。母親が聖闘を連れて家を出てからは一度も会っていない。
どんな仕事をしていたのか知らないし、もう連絡も取れない。
聖闘は中学をさぼり、家に帰らないことを繰り返すようになった。当然、成績も内申も全日制は無理で、定時制高校に進学することになった。
しかし高校にもほとんど行かず、母親の財布から金を抜いては友達の家やコンビニ、ゲーセン、カラオケ等で過ごした。
そして遂にキレた母親にガラス瓶を投げつけられ、後頭部がパックリと割れて7針縫った。
入院していたら、役所から相談員が派遣されてきた。そこで説明を受け、東京の会社員の家で暮らすことを決めた。
智子はニッコマ文系学部卒の、6年付き合った彼氏と破局して2年になる会社員だ。
両親は千葉市内に戸建てを構えており、きょうだいは妹一人だが既に埼玉に嫁いでいる。専業主婦で子供は1人。
聖闘を初めて見たときは驚いた。片方の耳の上を刈り上げ、片方を伸ばしたアシンメトリーな髪型。
しかも金髪でピンク色のメッシュが入っており、根元からは3センチくらい黒髪が伸びていた。
智子がこれまで見たことのなかった人種である。いや、探せば電車で乗り合わせないこともないのだが(特に町田で乗降する人々に)、
自分には関係が無いと思って生きてきたので、ちゃんと認識していなかったのである。
聖闘の両耳にはピアス穴が開いているが、誰かに言われて外したのか、ピアスは付いていない。
そして一つのピアス穴が膿んで、黒ずんだ紫色と黄色が混じったような色になっている。不衛生な開け方をしたのだろう。
智子は肩を少し過ぎるくらいの長さの暗い茶髪だ。会社の服飾規定のため、明るい髪色は禁じられている。
しかし、智子はそもそも明るい髪型にしたいとは思わない。目立つことを好まないからだ。
まめに染め直されてトリートメントされた肩を過ぎるくらいの長さの暗い茶髪というのも、社内で最も目立たないスタイルだからそうしている。
短大時代にイベントコンパニオンをしていたという美人の派遣社員に影響されて一時はネイルアートなどしていたが、
金もかかるし飽きたので現在はパールの入った桜色の単色ネイルに落ち着いている。
親に心配をかけるのが面倒で、無難に・普通にと生きてきたが、結婚はうまくいかなかった。
これといった趣味もなく、仕事も無責任な勤め方はしていないが遣り甲斐に燃えているというわけでもなく。
両親や妹ともケンカをすることは無いが、なんとなく分かり合えないような心の距離を感じていて、
両親は実家から通える大学を希望していたが都内の進学を決め、一人暮らしを始めた。それ以降ずっと一人暮らしだ。
何のために、誰のために生きているのかよくわからない。
バカバカしいとは思いながら、スピリチュアルやら新興宗教やらにハマってしまいそうな自己不安定感。
そこでたまたまやっていたNHKスペシャル、特集されていた新制度。
親にも同僚にも言わず軽い気持ちで応募してみたら、なんと選ばれてしまい…。
そんな二人の生活はどうなるのか。
ただのおねショタエロ創作になってしまわない、リアルな社会階層の話とかの硬派な建前を保った感じで誰か小説にしてください。
あと映画化してください。映画のほうはPG12~R15+指定(暴力描写じゃなくて性的描写が理由)くらいがちょうどいいです。
キミが腹を立てている相手、「そいつが酷い目に遭うと非常にスカッとする」相手というのは読んでる限りちっとも具体的ではない。
キミんちの向こう三軒両隣に韓国人が住んでて騒音その他でトラブってるとか大学に韓国からの留学生が来ていて天皇は韓国系とか自動車の起源は韓国とか言って威張っているとか道端を歩いていたら突然見知らぬ韓国人に「日本人か?」とインネンつけられて土下座を要求されたとかそういう接触は一切ない。
想像するにキミは韓国人なるものがどういう人種で文化か自分で経験し理解したことは一度もない。全部伝聞だ。
つまりキミの頭の中でキミの憎しみを一心に受けている「韓国人」は存在しない。キミの妄想の産物だ。
同時に「俺たちの国をさんざんいじめてきた」とキミが言うその「俺たちの国」とやらも存在しない。
いじめられてるのはキミだ。
キミは被害妄想に苦しんでいて(感受性が強すぎてレイプ事件とか見ると頭に血が上っちゃったりするんじゃないかな?)、勝手に加害国像を練り上げて、しかもその加害国や関係者を自分で罰するでもなく、ただ経済悪化で「天罰」食らったって喜んでるだけだ。
逆に向こうが好転したら(そういやアップルがサムソンに押されてるっぽくね?w)、「俺たちの国」でより良いものを作って更に上回ろうとも思わずただ臍を噛んで地団駄踏むだけなんだろう。
はっきり言ってキミはキミ自身が非常な憎しみを抱いている「韓国人」と全く変わりない。そうだろ?
あの地震や津波を天罰とほざいたクズどもと何がどう違うっての?
ってな具合にある程度理詰めにされると「わかってるんだよ言葉では。でも問題は感情で本能なの」「そもそも向こうが反日で高圧的な態度で腹立たしいのがいけないんだよ」とか言い訳始めるんだろ?
それはつまりアレだ、「人間は自分の見たいものを見る」の原則に従って、脳内麻薬がドッバドバのレイシストごっこが絶頂すぎて中毒してますやめられませんってことだろ。
中毒の治療は古今東西元を断つこと以外にないので、まあテレビにハンマーぶっこんでネットは「韓国」で閲覧フィルタかけるとかしかないかな。
でも賭けてもいいけどキミはそこまでしないよね。【急募】とか書いてるけど別に今すぐ治したいわけじゃないでしょ?
こういうの本当に本気で治すなら本人がマジにならなきゃいけないし、そのためには危機感とかないと厳しいんだけどそういう必要性を感じてるわけじゃないんでしょ?「他人のやり方でパクれそうなのがあったらいつでも自己洗脳し直してレイシズムから足洗えそうだし、後ろめたさもなく存分に韓国ネタで楽しめるから儲けもの」くらいにしか思ってないよね?
今の勢いだと例えば性格やスキルが申し分なく完全無欠な婚約者ができて後から在日ってバレたりみたいなことになったらキミはただ一瞬で冷めるだけでレイシストの自分を恥じたりとかしないっしょ?
いいんじゃないの治さなくて。類友が集まってきてきっと楽しいよ。
蛇足だけど、これだけ長文連ねてる俺は韓国嫌いだしキムチは食わないしギャラクシーよりiPhone使いたいガラケーユーザーだけど「経済打撃でざまあw」とまでは思わないっす。まとめサイトとかで面白おかしく編集されてるの見て笑ってたことはあったけど自分が就活で地獄見てからは足洗った。
新政権が中韓に厳しく行ってる(らしいの?よくシラネ)のも別に爽快とまでは感じない。国家として筋通るようにやってよねって程度。某ツイートの「日本人化」とかには脱力して「脳みそ煮えてんじゃねーの」と思ったりはする。不用意にも程があるっしょ…。
あと朝鮮学校にはマジで補助金出さないとヤバイんじゃないかとは思う。
かわいそうとかいう感情的な話じゃなく、単純にダブスタすぎて日本側の神経疑われるレベル。
「国の基準満たした教育やってないからカネが出ねーんだよ」って言ってる奴いるけど、なんか他の国のインターナショナルスクールとかは国の基準満たした教育やってなくてもカネ出すことにしてんだっていうじゃん。
もしそれがホントなら「法治国家の取る態度ですかそれが?」って詰められたらぐうの音も出ないし正直ニッポン人であることが恥ずかしい。とても誇れない。