はてなキーワード: 疑心暗鬼とは
それ昔アンビリバボーでやってた話と似てるな。
知人達が結託して、何もおかしくないはずのピアニストにおかしいおかしいって言い続けて、精神的に追い込んでホントに仕事続けられなくさせるやつ。
安倍さんの「将棋はいいのか」発言、蓮舫さんの「2位じゃ駄目なんですか」発言並みの迷言だと思ってるし、
もうそろそろ安倍さんにはご退場頂いても良い頃合いなんじゃないかと思っているのだけれど、
それはそれとして「首相は利害関係者と交遊を持ってはいけない」という論調にも正直思う所がある。
1. 相手が組織の長でなくとも「友人が所属している会社・業界だから優遇したんですね」と言われることまで考慮するなら、
一国の首相ともなれば「利害関係者」とは即ち国民のほぼ全員な訳で、
瓜田李下を忌避するなれば首相在任中はほぼ全ての交友関係を断たなければならないことになる(同職の国会議員のみセーフ?
2. しかしながら、政治を行う上ではただ首相という立場から、上から目線で俯瞰やヒアリングなどをするのみならず、
同じ立場・目線から、各業界の事情や現場の本音を耳にすることも非常に大切なことでは?
政治家批判の常套句として「現場のこと、業界のことを分かってない」というのがあるけれど、
それを知るために大切な 「人脈」 を首相在任中は断てというのは、杓子定規にして机上の空論を助長しかねない。
(現在含め歴代首相がどれだけ現場の声を反映できてきたかは兎も角。「更に悪化」と言った方が良いかも。)
また、よく「経営者は孤独」と言うけれど、一国の首相にはそれ以上の孤高を求めるというのは、
首相も首相である前に一人の人間な訳で、精神衛生上、ホントにそれが正しい政治判断力や国民の益に繋がるのか疑問。
3. 加えて、『瓜田李下』と言うならば『疑心暗鬼を生ず』とも言う訳で、人の疑念というのは何処にでも生じ際限がないもの。
加計問題にしたって極端に言えば、例え友人優遇であろうとも、それが国民にとっても益になる政策ならば然程問題は無く、
まとも(そう)な彼氏ができました。
20歳の時に二股かけられて、男からは嘘つかれ本命彼女には死ぬほど罵倒されて以来、既婚者に騙されること2回(うち1回は弁護士案件)、婚約者に浮気され捨てられること2回、8股かけられたりDVされたり金の無心されたり強姦されたり音信不通で逃げられたり家のもの盗まれたりモラハラ受けたりと出会う男本当に奇抜な方ばかりだった。というか100%奇抜だった。
友達からはもはや男運がレジェンド級と讃えられ、見える友人からは女の生霊移されてると言われ気付けば30歳。
32-34歳あたりで死のうかなと思ってゆるゆる準備進めてた。
真面目に付き合いたいからと指一本触れない健全なデートを重ね、付き合い始めてからも私の予定や体調を真っ先に気遣い、順序があるからと未だに体の関係もありません。
私の部屋に入ろうともしないし、私をないがしろにする人にはプリプリ怒る。
休日は私のために予定を空けてくれるし、今夜来てよとか唐突な誘いも絶対しない。
苦節10年、ようやく人間として見てくれる人と出会えた気がする。
こんなこと無かったから、自分でもどうしていいか分からない。極限まで自己肯定がすり減っているから、実は全部嘘で、またゴミみたいに捨てられるんじゃないかと疑心暗鬼になる時もある。
でもとりあえず、大切にしてくれる人とあえて本当に良かった。死なずに生きててよかった。
「国民の相互扶助の精神をかん養するための寄付の促進及び規制等に関する法律」、通称「投げ銭法」。
この制度が導入された経緯は、単純ではない。
プライマリーバランスの悪化、生活保護受給者に対するバッシング・自己責任論の台頭、新たな天下り先を確保したい財務官僚の思惑、利権の匂いをかぎつけた政商の働きかけ、歴史に名を残したい政治家のスタンドプレー、「普通の」国民による与党への盲目的な支持、そして何より、圧倒的多数の国民が政治に無関心だったこと。
様々な要因が絡み合い、比較法的にも特異なこの制度は誕生した。
当初、努力義務だった規定は、罰則付きの義務となり、寄付すべき収入の割合は、いつのまにか増加していった。
「全て国民は、収入の一定割合を他人に寄付しなければならない。」
芸能人の出演料は、低下の一途をたどる。
やがて、ほとんどの出演者は、テレビ局に金を払って「出演させてもらう」存在に成り下がった。
また、貧困層への寄付も––法律の(建前上の)目的に沿って––盛んに行われた。
有志が寄付募集用ウェブサイトを立ち上げ、多くの貧困者が、実名・顔出しで寄付を募ったのである。
もっとも、寄付が集めたのは、寄付する者にとって「分かりやすい」「心地よい」者だけだという指摘もある。
知的障害者よりも身体障害者の方が、容姿の醜いものよりも美しい者の方が、多額の寄付を集めた。
制定当初から、制度の潜脱を防ぐための以下のような規制は存在した。
・過去に自分又はその親族に「投げ銭」をした者への「投げ銭」の禁止
・過去10年以内に「投げ銭」をした相手への再度の「投げ銭」の禁止
制度の抜け穴を探す者とこれを規制する者のいたちごっこにより、その他の禁止事項は膨れ上がっていった。
彼らは、非合法的に、相互に投げ銭をするシステムを構築していった。
ある年、AさんはBさんに、BさんはCさんに、……と寄付し、ZさんはAさんに寄付する。
翌年以降は、これを少しずらして行う。
密告、司法取引、報奨金などの制度により、取締りが図られているが、宗教、人種、地域などに根付いた狭いコミュニティによる互助会は、なかなか根絶しなかった。
だが、この互助会も、ある女性の起こした事件をきっかけとして、姿を消すことになる。
その女性は、手練手管で数々のコミュニティに入り込み、数百に登る互助会に名前を連ねることに成功したのだ。
数回は、互助会の趣旨に従って寄付を行ったものの、その女性は、あるとき、全ての互助会の取り決めを無視して姿を消す。
この事件が知られると、多くの互助会は疑心暗鬼に陥って崩壊した––それゆえ、この女性を政府関係者と疑う向きもあるが、政府はそこまで有能ではないとの反論もある。
のちに「詐互嬢(さごじょう)」と呼ばれるこの女性。
おれ、24歳まで童貞で、中学の頃から童貞捨てるまでは「セックスしてみてぇ~」と思いながら猿のように毎日オナニーしていたんだ。
感触が何もない。何コレ?って感じ。
AVを見ると性的に興奮したままオナニーできるのに、いざ生身の女性が目の前で裸になっても何とも思わない。
いや、正確には「する前」までは興奮するんだ。
これからこの女の子とエロいことできるのかー、生きててよかったー!くらいまでは思うんだ。
で、キスはめちゃめちゃ興奮する。世の中にはこんな気持ち良いことがあるんだ!ってくらい。
だけど、そこから彼女が「胸触って」と言い出して、いざ触ると、急激に興奮がおさまる。なんつーか、それまで酔っぱらってたのにトイレに行ったり居酒屋から出たりすると急に我に帰る感覚に近い。
けど、相手の身体を触って「いざこれからセックスだ!」みたいな流れになると急に冷めて、「俺、一体何やってるんだろう?」と思ってしまう。
そもそも童貞捨てるまで異性からとにかく嫌われる人生で、学生時代は女友達なんて一人もいなかったし、教室で女子生徒と目が合うだけで悲鳴をあげられていたくらいだ。別に何とも思ってねえ、喋ったこともねえ女から唐突に「ウチお前と付き合う気なんかないから!生理的に無理」などと、告白してもないのにフラれるということは多々あった。
男からは別に嫌われていない。なんなら学年で一番モテるイケメンとも仲良かったくらいなんだけど、とにかく異性には嫌われた。
そんなんだったから、自分に彼女ができるとか、セックスできるとか、そんな想像一切したことなかったし、一生童貞だと思ってた。ただぼんやりと、セックスしてみてぇ~とか、マンコ見てみてぇ~とか思うだけ。
友人に彼女ができても、あぁ、おめでとうと思うだけで、まぁ自分には何の関係もないことだなぁ~としか思わない。
帰ったあとに彼女が「あんな奴と友人関係なんか今すぐやめて!もう二度とアイツと会わせないで!」って言うらしい。
友人の彼女どころか、会社の先輩お気に入りのキャバクラに連れていかれたときは、俺についたキャバ嬢がちょっと俺に挨拶しただけで、後はあからさまに俺の事無視して他の客としか会話しねえの。
こっちだって客だぞ、金払ってるんだぞ、と思いながらも会社の人と来てるので大人しくしてみんなの会話聞くだけでカネ払って帰った(先輩が誘ってきたのに奢りじゃねえのかよ)。
で、次の日会社に行くと誘ってきた先輩から「昨日お前についたコいたじゃん!あの後、そのコから『あの人二度と連れてこないで』ってメール来たんだけど、お前何も喋ってないのになんでそんな嫌われてんの?」って言われたときは俺ってプロにすら嫌われるのか、とけっこうショックだった。
なぜ俺がここまで女性に嫌われるのか?と会社の先輩や友人に聞いてみたところ、おそらく女性の前で挙動不審になってただの不審者みたいになるんだろう、とのことだった。
たしかに、女性を目の前にすると「どうせ俺のこと気持ち悪いと思ってるんだろうな」と考えてしまって、申し訳無くなってしまうし、緊張してまともに会話ができない。
ただ、それはプライベートだけであって、仕事で女性と商談だったら普通にできる。むしろ女性から契約取ることのほうが多い。
そんな俺が24歳の時にどうしてセックスできる関係になるまでの彼女が作れたのか、俺もハッキリと覚えていない。
みんなで遊ぶときに友人が連れてきて、気がついたら二人っきりで遊びに行く関係になってた。お互い告白なんてしていない。
なぜか彼女にだけは「どうせ俺なんて」なんていう被害妄想は生まれなかったし、普段男友達と喋るように自然に冗談も言えた。
趣味もあうし、何を喋っても彼女となら盛り上がる。はじめて俺を受け入れてくれる女性ができたと有頂天だった。毎日が楽しかった。この人と結婚するんだ、と思ってた。
ただひとつ弊害なのが、これを読んでいたらわかると思うが、俺は元来のナメられやすい体質なので、
彼女と二人っきりで歩いているとエグザイルみたいな見た目の知らない男に「そんなクソみたいなヤツより俺と遊ぼうよ!」と彼女が腕を引っ張られて連れ去られそうになったり、「テメエ女連れて調子こいてんじゃねえぞ!」と追っかけられたりした。
漫画とかドラマでしか見たことのない光景だが、現実で自分が体験するなんて思ってもみなかった。
あと、不安だったのが俺はとにかく女性から片っ端から嫌われるので彼女の友達が「あんな男と別れるべき」とか余計なこと言い出したらどうしよう、と過剰にビビっていたが聞いてみると、特にそんなことは言われていないようでホッとした。
で、とにかく彼女のことが好きで毎日一緒にいたい、と思うのに、ハグしたりキスするとめちゃくちゃ興奮するのに、いざセックスとなると急激にさめてしまう。
どうにか勃起を維持して挿入しても、何も気持ちよくないし、ただ体力を消耗するだけで何も楽しくないのですぐに中折れしてしまう。
というのも、俺はナイナイ岡村さんや爆笑問題田中さんみたいなチビで、小学生以来チンポが全く成長していない。
おそらく、その辺の小1のチンポと比べても違いは毛が生えてるかどうかくらいしかない。
つまり、勃起しても手の小指くらいの大きさしかなく、挿入しても彼女の入り口だけをコチョコチョするだけで「入る」という感覚がなく、彼女も何も気持ちよくないんだと思う。
よくネットの記事などで「実は女性はセックスはそんなにしたくないが、男がしたがるのでイヤイヤ付き合ってあげているだけ」「挿入でイク、というのはAVの中だけであって、実際腟というのは鈍感なので挿入されても何も気持ちよくない」というのをよく目にするが、あれは嘘だ。
そりゃあどう考えたってチンポがデカイに越したことはないし、女性だって彼氏ができたらセックスはしたいのだ。
結局これだけ好きだった彼女とセックスしても、俺も気持ちよくないし、彼女も気持ちよくないし、だんだん彼女が不機嫌になってしまってダメだ。
俺はもう申し訳ないのでセックスしたくないのに、しばらくしないでいると彼女がしびれを切らして誘ってきて、断るのも可哀想なのでするにするが結局ダメで彼女が不機嫌になって…
あれだけ仲良くて、一緒にいるだけで楽しかった、人生で唯一俺を受け入れてくれた彼女も、いつしか連絡がとれなくなり、音信不通になってしまった。
俺のチンポが小さすぎて身体の相性が悪かったというのももちろんだろうが、
彼女は俺を受け入れてくれた唯一の女性だ、心から信頼できるとか思ってたくせにいざセックスになると「本当は彼女はイヤイヤ俺とセックスしてるんじゃないだろうか?」などという謎の疑心暗鬼にかられるし、そもそも一生童貞だと思ってた俺がセックスをするという、想像もしてなかった事態が現実感がなさすぎて、乗れなくなってしまうのだ。
やっぱり、俺は彼女を作ったりセックスしたりしてはいけない人間なのだ。
「身体の相性が悪かった」といっても、俺のチンポはついてるんだかついてないんだか、無いのと同じなのでどんな女性だろうが俺との相性があうことはないだろう。
彼女と連絡がつかなくなってから、「誰でも良いからセックスしたい」みたいな、ちょっとヤバめな女性に誘われて、
セックスなんて一生しないでおこうと決めたのにバカだから下心が勝って一回したことがあったが
やっぱり「セックスしたい」と思うのにいざコトが始まるとやっぱり冷めて我に帰って中折れして、
試しに大人の玩具使ってみても全く興奮しなくて、相手を落ち込ませてしまった。
きみに魅力がないとかじゃない、ただ俺が悪いだけなんだ。
25歳くらいの頃は、なぜか女性にデートに誘われたり、「このままいけばセックスすることになるんだろうな」なんて流れが2、3回あったが、俺はバカだからデートなんかしたらすぐ好きになっちゃうだろうし、セックスなんてしてもお互い良いことはないのでひたすら逃げた。
童貞を捨てたとはいうが、俺のチンポが小さすぎてそもそも腟に入っているかどうかも怪しいので、厳密に言うと童貞を捨てたうちに入らないかもしれない。
けど、セックスっぽい経験をしてからは、それまで猿のように毎日AV見てオナニーしてたのにAV見ても勃起しないし、オナニーもできなくなってしまった。
でも結局週に1回くらいは無性にムラムラしてAV見ながらオナニーするんだ。自分でも意味わからん。
で、27歳になった頃にはまた女性とは無縁の、ただ女性に嫌われるだけの状態に戻ってしまった。
少し寂しい気もするが、これで良い。
セックスは二度としない、と誓ったはずだが
半年に1回くらいのペースで無性にムラムラして「やっぱセックスしたいわ」「今ならセックス気持ちよく思えるかも」ってなって風俗に行っては、
直前まで興奮してるのにいざ裸を見ると冷めてしまって、中折れして、風俗嬢に謝られてしまう。
毎回ただ申し訳無く、なんでこうなるのわかってるのに来ちゃったんだろ、と後悔して帰るだけだ。
中には「射精まで導けなかった私が悪いのでお金はいただけない」というプロ根性をみせる風俗嬢もいるが、
射精しようがしまいが働いた事実には変わりないので絶対対価として支払う。
風俗嬢は俺よりも気持ち悪い男としてるんだから、俺なんてまだ良いほうだろう、と都合よく思い込むことにしてる。でも、やっぱりダメなんだ。
風俗嬢は優しくしてくれるけど、キャバクラはダメだね。キャバクラはやっぱりあしらわれる。
自分でも何書いてるのかわかんなくなってきたな。もう俺30だけど、バカだから変わらず半年おきに風俗は通い続けるだろうけど、
彼女作ることはこの先一切ない。
ただでさえ女性に嫌われるし、今は全く縁がないし。
29歳婚活おじさんは語る。
交際相手から突然のドタキャンを喰らい、そして同時に交際終了を告げられた。
お見合いで出会い、そこから仮交際に進んで、1ヶ月ほどの付き合いのあった女性である。
その女性は誠実そうで、顔は美人とは言いがたかったが、性格が気持ちが良かったので、おじさんは好印象を持っていた。
これまでのデートでは、ずっとおじさんがリードをしてきたし、レストランは相手の好みに合わせて選び、必ず予約をした。
会話も、お互い不器用ながらそれなりに弾んでいた(と思う)。もちろん割り勘などしない(させない)。
だから正直かなりショックを受けている。
おじさんは、相談所というシステムをよく識らない。入所して最初に紹介された女性だったからなおさらである。
それでも、彼女の対応に、おじさんはどうしてもひととしての不誠実さを感じてしまった。
おじさんは泣いた。その失望した相手は、おじさんが少なからぬ好意を寄せていた相手だったからだ。
直接対面でお別れを言いたいという、彼女の優柔不断さ故の行為とも言えるのだろうが……
それとも、もしおじさんが女性経験豊富なおじさんだったのなら、このような目に遭ってもサッと新たな出会いに切り替えられたのだろうか?
予兆はどこにあったのかと、女々しいながらもおじさんは疑心暗鬼になった。
2週間前のデート終了時、そのとき彼女は確かに乗り気だったはずだ……
デートのお礼がてら、次は水族館に一緒に行きませんか、とベタなデートコースをおじさんは提案した。
彼女は都合の良い日時を具体的に教えてくれた。
演技だったとしても、振るつもりの相手にわざわざ自分のスケジュールを教えるだろうか。
スケジュールを確認して、後日お誘いのメールを送った。「今度の週末にお会いできませんか」。
「急に用事が入った」「連絡を取らなくて御免なさい」と返事。デートはそのまた次週に先延ばしとなった。
やがて電話を掛けても留守番にしか繋がらず、1時間以内には返信が返ってきていたメールは、数日空けてのやり取りとなっていった。
その頃に本命のお相手と進展があったのだろうね、とおじさんは言う。
我々は、いつ何時もあらゆる観点から、結婚相手として相応しい人格の持ち主であるかどうかを評価されている。
素敵なお相手には甲の評定が下され、キープ扱いのおじさんは丙であった。それだけのことだ。
…………なお、その評定のパラメータは、我々には公開されていない。
前売りで購入した水族館のチケット(土日は売場が混雑するからね)は駅のゴミ箱に捨てた。
そのまま電車に乗り、まっすぐ帰宅する。予定よりずっと早い。まだ夕刻ともいえない時間だ。
いま、いろいろなものが信じられなくなりつつある。
https://anond.hatelabo.jp/20180417001503
を書いた増田です。今回は前の記事の続き。愚痴にならないように頑張るよ。というか前の愚痴記事にすごい勢いでブクマついたので意図的に期間をおいてました。繁忙期だったのは確かだったんだけど感情に任せて書きすぎたなあと反省してたのです。感情的には今でも大差ないんすけど言葉遣い悪かったよねえ、ごめんなさい的な気持ちです。
前回の記事はあれはあれで追加すべきところは特にないんだけど、何点か先へ続く話題があるのでその辺を書こうかと。自分だけじゃなくてこの辺の記事に有用性がある気がするので。
ある意味正論で、もちろん出来る限りはやってます。軽減されたダメージも皆無ってわけじゃないっす。
しかしながら業界的にそこまで贅沢な組織になっていることは非常にレアで、現状それが解決になってる事例を増田個人は知りません。編集者は偉大だっていうコメントがトップで、それそのものは増田も否定しないし、知り合いの出版社の方は非常に勤勉で偉いと思ってるんですが、その一方で「作者は自分でTwitterに露出して書籍宣伝する時代なんだから積極的に発信しないとだめだよ」なんていう出版社側の発言がニュースになる時代でもあるわけですよね。つまりそれは出版社とか「編集ー作家」って言うシステムがそこまでバリアにならない時代の証左でもあるわけだとおもいます。
また、「nという工夫をすればいいじゃないか」っていうのは結局「nという工夫をすれば(その工夫で意見の取捨選択して俺たちユーザーの意見を聞き続られるので)いいじゃないか」であって、その本質は「公式は追加コストを支払って意見の取捨選択をしろ」なわけです。
商売なので、そういう意見は(前回記事基準で言えばなりかけモンスターだとは思いますが)それはそれでいいです。
一方で、じゃあ、そのコストは誰が払うのかって話なんですが、結局そのコストってサイレントで善良なユーザーが支払うことになるんですよ。前回記事では触れられなかった視点なのですが、これが本当は、一番きついです。
商売的な話で言うとクリエイターは金のために作品を作ってるんですけれど、精神的な部分でいえば善良な大多数のユーザーに喜んでほしくてモノをつくってるわけですよね。にも関わらず、利益の少なからぬ割合が、大きな声でゴネるユーザーの対策費として消費されていて、本来できるはずのクオリティアップやコンテンツ追加っていう恩返しに使えていないって言う事実が、めっさ精神を削るのです。「わいは一体誰のためにモノ作ってるのか」みたいなのは作る上でなんのプラスにもならないので封印するわけですが、じゃあそういう疑問や失意を感じないのかといえば多分みんな多かれ少なかれ感じていると思います。
ほんと。楽しいとか美しいとか格好いいとかすごいとかそういうコンテンツを全力でブッパして「わーたのしかったよ」でいいんですよそういうのがやりたいんですよ。にも関わらず、変なユーザーに配慮したりカスタマーに予算吸い上げられたり「公式はゴネたユーザーにたいしてのほうが手厚い世話を」ってなってしまう事実そのもので、購入してくれて無言で応援してくれる皆様に対して罪悪感をおぼえるのです。
なんか愚痴っぽくなってしまった。すんません。要するに「対策nをすればいいじゃないか」ってのは、現実的にはそれしかないんですけれど、もうすでに対策した時点で負けというか、精神的にはいろいろキツイとこがあるという話です。
そうして対策をしたとしても、防げるのは公式に対する一部のファンの凸だけであって、本当に狂ったファンがファンコミュニティで大暴れして他の善良なファンの人を傷つけるのは防ぐどころか関与もできません。ひとりの気の利いたファンの人が100人のユーザーを増やすことは至難ですが(それでもファン活動を通してそれをやり遂げる偉大なファンはいます)、ひとりの狂ったファンが呪詛と瘴気をまきちらかして100人のユーザーをその作品から離れさせることは、その何倍も何十倍も簡単です。
10年以上の経験から言うと、最もいいのは予防です。「雰囲気の良いファンコミュ」ってのが一番効果があります。
ファンコミュの雰囲気が良くて「俺らはそんな馬鹿なことをするファンはいない」「もしいたら一声かける」「同じファンである俺たちは作品のどこを愛するかという点で意見の相違があっても分断しないしされない」「好きなものを好きとつぶやいても俺たちは同じファンを叩いたりしないし、むしろ褒めるし、どんどん発言していこうとする」。
そういう雰囲気を持ったファンコミュは強いですし、そういう支援を受けたコンテンツは栄えるし寿命が伸びます。
公式に凸をするような狂ったファンは多くの場合、視野狭窄で公式が絶対悪にみえてます(じゃなきゃ自分が神に見えてるか)。
それはなぜっていえば孤独で疑心暗鬼が膨らんじゃってるからです。業界人として語りますが、ファンのみなさんがコンテンツに対して(アニメや漫画やラノベの物語展開や人間関係に対して、ゲームなどはシステムや新規要素の導入に関して)「公式の邪悪な陰謀で――」と語っているとき、そこに陰謀なんてないです。皆無です。
30%くらいはそもそもただの取捨選択の結果(ヒロインAがBより出番が多いのはただの選択)ですし、30%くらいは他の要素からの玉突きでそこにどうしようもなく歪が出ちゃったせい(設定Aはたしかに変だけど設定BとCとDが先行であるのでこうするしかなかったんや!)ですし、30%はリソースの不足(予算が仮にあったとしても指揮ユニットの数は希少なのでそんなに追加コンテンツばかすか作れないねん)ですし、30%くらいは需要の見切り(その要望を上げてる人は特定ユーザーから見て全員に近く見えてるかもしれないけれど、実際にはほんの僅か数%にすぎない)ですし、30%くらいはうっかりミスとかよく考えないでそうしちゃっただけです。足し算が溢れちゃってる部分は二個以上の重複だということにしてください。いま頭悪くてすいません。
まあとにかく、そんな邪悪なプロデューサーがユーザーを虐待してせせら笑うためにわざとそうしてるとかないです。見たことありません。どっちかっていうと被害担当のプロデューサー(とかDとか脚本とか原作者とか)がインタビューとかで、引っ込みがつかなくなってイキリ系の発言をしたのが炎上になってるくらいです。これはもうほんとすんません。シルバーアクセとかこれみよがしにつけてるやつがいてすいません。
てなわけで、柔らかくて暖かく、好き好き発言が自由なファンコミュが、凸ユーザーの抑止には一番効果があります。陰謀論とか視野狭窄による孤独の時点で緩和されます。公式がいったんボケナスなことをしちゃったときも「続報まとうか、続報でもボケナスだったとき改めて意見表明してもいいやろ」くらいの信頼感を公式が持っている意味は、ユーザーのみなさんが思うよりとてもとても、重いです。
前回記事へのコメで「自分もクレイジー側だったらどうしよう?」と言うものがありましたけれど、これが答えでもあります。公式への最低限の信頼感が残っているうちはクレイジーではありません。また信頼感が残っていないので離れるという判断ができればクレイジーデーはありません。公式は信頼してないし大嫌いだけど絶対に離れない、というのがクレイジーです。
こういうことを言うと反発を受けるかもしれなくて怖いのですが、公式が「この作品はユーザーに恵まれている」「ファンコミュがいい雰囲気で助かる」という発言をする事例がありますよね? あれはもちろん本音でもあるのだと思いますが、本音以上でもあるんです。ちょっと汚いたとえ話ですけど、トイレに「キレイに使え」って書くよりも「キレイに使ってくれてありがとう」って書くほうが、結果としてきれいになるように、あれは「ファンの大多数は、ファンコミュの雰囲気を柔らかく暖かくすることに協力してくれてありがとう。今後も頼む!」という意味の発言なのです。もちろん増田個人も公式側の人間として、そういうコミュづくりへ支援していきたいと思っています。たぶん多くの運営公式はそう思ってるんじゃないかと思う……たぶん。
――前回は精神的にこう……アレな時期だったせいで、対策の部分でちゃんとした説明をできなくて申し訳ない。ブコメしてくれた人、励ましてくれた人、ありがとうございました。繁忙期ぬけました。また頑張ってやっていきます。本日の記事は以上です。
自分は顔も性格もいい方とは言えないが、男性の集団に混ざることが多いせいか、友達だと思っていた人から告白されるパターンが数回はあった。
別にそんなつもりが全くなかった相手でも、断ることがとても悪いことに感じてしまう。
思い切り下げたハードルで、成功率95%と踏んで行った告白を断るのはあまりにも相手のプライドを傷付けるのではないかと考えてしまう。
でも付き合った結果、余計に疑心暗鬼になって相手を突き放してしまうだけだった。
そもそも異性を好きになるという感情を経験できていない。付き合えば解るようになるのかと思ったがそうでもない。
ただ生殖行為をするためにホルモンが作用してるだけに思えるし、本能に支配されてるようで非常に不快感がある。
天の邪鬼なだけなのか、性嫌悪というやつなのか、それとも性別違和なのかそれすらもわからない。
女性というのは男性に好意を示されるものであり、可愛いと言われたら喜ぶべきである。異性は好き合うものである。という世の中の当然に適応することができない。
男女というのはある程度仲を深めたら恋愛感情に発展しなければいけないのか???
普通に友達として接していたのにそういう風に思われていたなんてショックだ、という気持ちと、好意なのだから受け止めなければ、という気持ちとで揺れる。
といっても男になりたいというわけでもなくて、むしろ生きる上で性別を意識したくない。でもそんなわけにはいかないしどうすればいいのか。
同種の悩みを持つ人がいるのかどうか知りたい。
かっこいい四字熟語を作りたい。そのために、字面がよさそうなかっこいい四字熟語を集めてみた。これらから漢字を選べばそれなりの四字熟語になるのではないか
AVのタイトルのようだが本当にあった話だ。そしてヤリマンは周囲を不幸に陥れがちだ。もし周りにヤリマンがいるのなら即刻距離を取るべきだろう。以下詳細。
好きになった子がヤリマンだった。付き合った頃はそんなことは知る由もなく、後になってから俺の友人達と関係を持っていたことが発覚した。俺と付き合う前ではあったが1、2ヶ月で複数人の男とセックスしていた。期間も被っていた。それを知った後も彼女のセックスが良過ぎたので別れなかった。後から考えるとヤリマンはセックス経験が豊富なので男の喜ばせ方を知っているんだと思った。彼女がヤリマンと知ってからは悲惨だった。彼女と連絡が取れなくなるたびに他の男とセックスをしていることを疑うようになった。特に友人達を疑うようになってしまった。もし彼女が普通の貞操観念の持ち主であればそこまで疑う必要はない。ただし彼女はヤリマンだ。暇さえあればセックスするのだろうと思わせてしまう悲しさがある。また彼女の俺への気持ちも疑うようになった。もしかすると付き合っている時は本当に俺のことが好きがったのかもしれないが、ヤリマンのレッテルのせいで俺とのセックスに愛情はあるのか?という疑問が生じるようになってしまった。
もし彼女が普通の貞操観念の持ち主であればそこまで疑う必要はない。ただし彼女はヤリマンだ。愛情なんてなくてもセックスできるのだろうと思わせてしまう悲しさがある。
裏返して考えるとヤリマンは幸せになれない。ヤリマンゆえ周りから男が離れていくからだ。なぜ離れていくかと言えば上で書いた通り男側が疑心暗鬼に陥るからだ。ヤリマンの事実を周囲にひた隠すことができれば問題ないのかもしれない。ただ彼女は身近なコミュニティで男を漁った。このケースはいずれ確実にバレる。ゆえにヤリマンは幸せになれない。もしこれを読んでいるヤリマンがいるのなら上で書いたような男側の視点を持つ必要がある。ヤリマン行為は将来の幸せを前借りしているということを肝に命じて楽しんでいただきたい。
中学・高校と私のクラスでは男女間で仲良くするという発想が全くと言っていいほどなく、男女間で完全に分かれて、悪く言えば分断されていた。
人生の中で一番多感な時期だから、お互いに異性のことが疑心暗鬼になっていたのかもしれない。
今考えてみると、男子は女子のことを、女子は男子のことをお互いにバカにしたり攻撃し合っていたと思う。
当時は、テレビでもネットでも男女論争が最盛期だった頃であり、私たちもそれらの影響を受けていたということだろうか。
ミサンドリーやミソジニーと言った負の感情は、この時期に形成されるものであり、その後20代・30代になってもその感情はずっと変わらないのだと思う。
特にひどかったのが、ブスや不細工な女子や男子たちだった(私の主観ね)。
ブスな女子は、今時のモテない女の論理そのままな、わかりやすい男叩きをしていた。ブスだからモテない、かといって自分は勉強して男を見返してやるという根性もなく、ひたすら他人頼み・男頼みなブス。女性の社会進出や女性の権利向上には過敏に反応しつつも、責任は負いたくないというダメな女。
不細工な男子については、昔の男社会の価値観の生き残りみたいな男子。これについては、今更説明は不要だろう。
あの当時の男子や女子の思想信条が変わらないまま大人になっていたとしたら、そりゃあまあ日本は非婚化・少子化一直線だと思う。
隊長のふとした一言と某隊員の熱望により、ついに実現したツアーといえば、「第一回東京ブラックツアー」で決まりである。東京のディープスポットを探訪していくという、とてもわかりやすいコンセプトが唯一の自慢である。今回は初回であるし、ディープな場所から抜け出せなくなることを避けるため、ツアーは昼間に行われることに決まっていた。それなのにそれなのに、予想通りというべきかいつもどおりというべきか、隊員の集まりは悪い。全然時間どおりに集まらない隊員、この先の我々の運命を暗示するかのような曇天、どんどんと下がるテンション、等々の様々な悪条件の中、我々は出発した。その出がけ、玄関で見知った顔を見つける我々3人。当然のごとく強制参加させ、隊員の数は4人に急増した。4人といえばSPEEDと同じ人数だ、これでもう心細くないね!
曇天の上野公園、しのばず池にいる鳩や鴨達も心なしかブラックに見える気がしてならない。今にもあの平和の使者である鳩が俺達を襲うのでは?、と意味不明の疑心暗鬼が次々とわき上がってくるほどに気分はダークである。目的地へ近づくにつれ、隊員の緊張は見てとれるほどになり、武者震いなのだろうかしきりと震えだす隊員もでる始末。そう、例の場所に向かう我々の姿を客観的に見れば、怪しい4人組=おやじSPEED(暗黒)といっても過言ではなかっただろう。目指す場所は上野某所の映画館である。「ほら、あそこだよ」という隊長の言葉に、なんともいえない緊張のさざ波が隊員達を駆け抜けた。その場所は、少し歩けば大通りに出てしまうくらい人通りは激しい所だった。
その映画館はそこにあった。紛れもなく、そこに。映画館は2階らしい。あせるな、と思いつつ上映時間を確認する我々隊員。まだ上映開始まで時間があるようだ。合議の結果、若者が集うゲームセンターで時間をつぶすことになった。しかし、どの隊員も緊張のせいかゲームには手を出さない。いや出せなかったのだ。あと数分後に行かなければならないあの場所のことを思うと。上映時間が近づき、なにはなくともとりあえずトイレを希望する隊員が続出する。しかし、京成線の駅のトイレには紙がなかった。とても嫌な予感がする。嫌な予感がビンビンするよ!
トイレの事は諦めて、我々はその映画館へ向かった。ちなみに映画は2本立てである。これから約2時間の長丁場である。しかし、隊員1号はそのことを知らなかった。このことがあの悲劇の序章だったとは、全隊員露ほども思っていなかっただろう。年季の入った階段を縦列に並んで登る途中にも、映画を見終わった人達だろうか、次々と人が階段をおりてくる。もう誰も信じられない、あの人もこの人もそういうのなのだ、そうなんだあの中ではすざましい饗宴が繰り広げられているんだ、と思いながら階段を登っていくと、「ヤング薔薇族ショー」という看板が突如現れる。ますます下がるテンション。ふと階段の上を見ると、そこにはいかにもなもぎりのおばちゃんがいた。一番最初に階段を登り切った一人の隊員が、おばちゃんに近づくと、何かを指さすおばちゃん。そうである、自動販売機で切符を買うのである。ハイテクである。自動販売機へ向かった隊員へ、たたみかけるようなおばちゃんの言葉が襲いかかる。「どっち?薔薇族?学生さん?」。思わず「は、はい」と答えてしまう隊員だった。実はそこには劇場が2つあり、切符売り場は共通だったのである。もうひとつの映画館はピンク映画館だった。次々と無言のまま切符を、学生の切符を買う我々隊員であった。血の契りを交わしあい、相当に団結しているはずの隊員達であったが、その時には既に他の隊員を省みる余裕はなかったようで、会話を交わすこともなくなっていた。そして、ひとかたまりにはならずに、ひとりひとり左奥にある劇場へ向かうのであった。
妙な圧迫感。第一印象はこれにつきている。72席あるという座席は、ぱらぱらとしか埋まっていない。それなのに、壁際にたつ人が異常に多い。なぜだ。と、座席を見渡して、先に着席していた隊員を見つけると、思わず安堵の息をもらしてしまう自分がいじらしい。あれ、でも、事前のミーティングでは一番後ろに座ろうと決めたはずじゃあ。。。何故か入り口のすぐ側の列、後ろから4列目ほど、に整列して座っている隊員達であった。その顔は暗い。その場の嫌な感じに、その顔は真っ暗であり、しかも皆うつむいていた。一番最後に劇場入りした隊員1号は、既に着席していた某隊員の左隣に座った。隊員1号の左隣は一番端の席である。そう、その時点ではスクリーンに向かって一番左の端の席が空いている状態だった。ふと嫌な予感、突然の頭の回転、第六感で席をうつる。当然、左端にである。それは、隣を空席にしておくのは危険すぎるという判断からだった。身の安全を確保したあと、少し落ち着いて上映開始を待つ間、なにか生暖かい気がしてならない。しかもポマードなのかなんなのか、嫌な匂いがエアコンから暖風とともに排出されているようだ。もうテンショメーターは左に振り切れ、ほぼ0になっていた。
ブザー、暗転、上映開始。まわりは気にせず映画に集中しよう、と心に決めて観賞を開始する。初っ端から、現代映画とは思えないチープ感が漂っている。なんなんだあの貧相な女優は。と思っている間に、例のシーンに。変則的な格好に思わず心の中で笑ってしまう。これがそうなのか、と訳も分からず納得している自分。そしてストーリーは展開を見せはじめるのだが、映画に集中などできなかった。ストーリー自体のしょうもなさもさることながら、それよりも気になったのはまわりの人間達、隊員以外の動向だった。のれん状のカーテンが掛かっているだけの、ドアのない入り口のすぐそばに座っているせいか、上映中にも頻繁に出入りする人々が気になるのである。そして、席に座ったとたんに立ち上がって壁際に立ったと思ったらすぐに別の席に座る客が気になるのである。そして、壁際に立つ人の後ろに立って腕を前の人にまわしている人が気になるのである。その場所で、落ち着いて映画を見ることは不可能であった。このくだらない映画はいつ終わるのか、そんなことばかり考えはじめたのは、まわりの人間模様が気になりはじめたのと同時だったかもしれない。その間にも、入り口付近では相も変わらず人が頻繁に出入りし、通路に出て奥にあるトイレの方へ向う人あり、がら空きなのに人の隣に座る人あり、映画よりもその様子が気になってしようがなかった。いつか、それは我慢の限度を超えるほどに。
1本目と2本目の休憩時間に他の隊員と一緒に抜け出そう、と決めた。その時決めちゃったのである。とにかくこの場所から早く抜けだしたかった。いつだいつだいつ終わるのだ、と思っているうちに、映画はどうにかスタッフロールまでたどりつく。当然普通の映画館でよく見られるような、スタッフロールで立ち上がり帰る客はいない。いつもはそんな客を苦々しく思っていた隊員1号も、この時ばかりは一刻も早く立ち去りたかったのはいうまでもない。終了。「1999(映倫)」の文字に驚愕する。最新の映画だったのだ。あの映像感で。それよりも、ようやく帰る事ができることが嬉しいかった。しかし、ライトよ早くつけ、と熱望しているのに、なかなか客席のライトはつかない。ライトがついたら全員で帰ろう、と思っていたのにライトはつかない。そう、その時、次の映画がはじまってしまった。2本立てなのだから当然である。軽い衝撃を受けつつ、あと1時間我慢するか、いますぐ立ち去るか、立ち去るなら他の隊員にはどう伝えるか、数秒の間に色々な考えが渦巻く。そもそも、大抵の映画館なら休憩時間におしゃべりしているうるさいカップル等が必ずいるものだが、この映画館には言葉が存在しない。無言のコミュニケーションがその場を支配している。とても他の隊員に話しかけられるような状況ではなかった。もし、今左端に座る自分がいなくなると、某隊員の左隣には二つの空席ができてしまう。それはきつい。自分だったらそんな状況は嫌だ。でも、この生暖かい嫌な雰囲気にあと1時間は耐えることはできない。すまない、と心の中でつぶやきつつ、他の隊員には無言で席を立ち、もぎりのおばちゃんの前を抜け、逃げ去るようにその場を立ち去った。つらい選択であった。すまん。
しばらく映画館の付近で待つが、他の隊員が出てくる気配はない。あと1時間耐えることを決めたのだな、と判断して、ツアーからひとりぼっちの帰還を果たした。なんともいえない疲労感をかかえつつ。その頃、あの映画館では、左端に二つの空席を抱えこんだ某隊員に緊急事態が起きていた。その列の左端に座る見知らぬ人。この時点でおかしい。席はがら空きである。そのうち席をひとつ右に移る見知らぬ人。完全におかしい。席を移る意味がわからない。そして、見知らぬ人の右手が某隊員の左膝に。。これ以上は詳細不明のため描写できないが、その隊員が無事帰還したことだけは記録しておきたい。
脱力感、疲労感、倦怠感。どうやら全員無事帰還した我々隊員は、今日の日の事を忘れたくても決して忘れられないだろう。そして、この記録をここに残すことによって、あなたの心の中にもいつまでもこの体験は残り続けるだろうし、どこかの誰かによって語り継がれていくだろう。疲れた。
旦那32 私28。最近やたらと旦那が、大切な友人とやらに会わせたがる。
旦那が言う大切な友人のスペックが、高身長で自営業・年齢は39歳。独身。
その人は友人ではあるが、尊敬する先輩であり、ぜひとも嫁(私)を紹介したいんだと。
尊敬する友人なのに私達の結婚式も出ていないし、今まで一度もその人の話を旦那から聞いていない。
先々週の日曜に、次の日曜に友人がこちらに来るから昼飯よろしく~と言われたんだけど、
前日になって、私のパート先(スーパー。フルタイム)で急病人が出て代わりに出勤する事が決まった。
私のパート先のスーパーは、オープンしたばかりで人手が足りず、1人病欠すると結構大変。
元々休みだった人が出勤する事が多々ある。今回もまさにそんな感じで、代わりに出勤するのが私しかいなかった。(他の休みの人は法事で有給、もう1人はお子さんと前々から計画していた鼠の国)
その事を旦那に伝えたら、鼠の国に行った奴を出勤させろよと愚痴。いちいち何をするにも当てつけのように溜め息をつく。
そんなに会わせたい友人なのかと思いながら謝ったんだけど許してくれず。
フラっと我が家に寄った義母にこのことをそれとなく話したら、顔を真っ青にしながら、
「その友人、旦那君が20代前半のときに絶縁したはずの農家の息子さんよ! 確かに絶縁前は仲良かったけど、コトメ(旦那妹)を嫁に迎えたいと言って通学時に待ち伏せして襲ったんよ!」と言った。
農家、れ●ぷ未遂。こんな人間を私に会わせるなんて嫌な予感しかしない。
私と義母で、その友人には死んでも会わないと宣言したらふて寝。
こりゃ離婚かも。友人にその気はないと言われても信じられるわけがないだろう。
友人は更生した!お前は最低だ!とこちらを悪く言っているらしいが、知るかよそんなん。
れ●ぷだぞれ●ぷ。
その友人の外見は写メを見る限りでは、仲村トオル系の割と良い感じに年を重ねてるように見えた。
実際芸能人では仲村トオルや唐沢くんみたいな年代の人が好きだし、