はてなキーワード: 父の日とは
父です。
お義父さんのために焼酎を買っておきました。
でも、それを嫁さんに伝えるのはなんだか催促してるみたいで気が引けました。
その日、君が実家に子どもたちを連れて帰ることは知っていたので、焼酎を用意してあることを伝えたのが迎えに行く朝だったのはそのためです。
当然父の日だからとはメールに書かなかったけど、普段買っていくことなんてない焼酎をどうして買ったのかを考えてくれても良かったと思います。
父の日はお義父さんの実家に行くことが決まっていたなら、べつにその時にしてくれても良かったと思います。
無理してまでやってほしいなんて言いません。ただちょっと、父であることを実感したいだけです。
気づかれないように用意した子どもたちからの手紙に加えて、一週間前からさりげなくリサーチをした君が欲しがっていたワイヤレスイヤホンをプレゼントしました。
子育ても少しずつ手が離れれてきて、しばらく楽しめなかった大好きな音楽をちょっとでも楽しめるようにと送ったものだけど、別にいいのにと言いながらも喜んでくれて良かったです。
僕が父の日に使った別にいいのには、君が「忙しいから何も用意できてなかった」に対する返答でした。
その後には何も言葉が続きませんでしたけど、今頃用意をしてくれているのでしょうか。
彼女が小学生だった当時、サンタさんが届けてくれた「毛糸のカービィ」を期に、カービィ沼に填まり始めた娘も、この春から高校生になってしまった。表現が「なってしまった」と残念形である点は父親共通ではないだろうかと思う。
一軒家で物置になってる部屋が3つほどある我が家なので、ちゃんと整理すれば子供部屋が作れるんだが、(ギャグではないが)今は居間が彼女の部屋となっていて、ピンク色をした球体が増える一方である。
高校生にもなると父親と出歩きたがらなくなるという風評を耳にするので、いつ我が身に降り注ぐことになるか心配で仕方ないのだが、そんな娘にせがまれて大阪までカービィオーケストラを観に行くことになった。会場は別であるものの、そう遠くないところで「プププトレイン」という物販イベントも開催されていて早い時間から並びたいという。
関ヶ原のあたりで車の調子が異常になるというアクシデントに見舞われつつも、米原駅前の打止め駐車場に車を捨て置き新快速で入阪を果たし、物販イベントの会場である毎日放送の社屋へ移動する。
ところで米原に着く前、助手席の娘に電車の時間検索を依頼したところ、「14000円もかかるんだって、どうしよう!」って困惑していて、聞けばマイバラがマエバラに聞こえたらしく、千葉の前原を起点にしたせいというオチだったんだが、中部地方に住む身として交通の要所たる米原くらいは覚えなさい。
開店(入店)まで90分くらい待つ羽目になったが、何とかお目当てのグッズが手に入って娘は御満悦の様子。それはそれでいいんだが、会場に多数潜伏しているらしいカービィクラスターのフォロワーさんを見つけようと、手にしているタブレットからメンションを飛ばしているのは画面を見ていない私からでも分かり、それがまた不安で仕方ない。
キリがないので「オーケストラに間に合わなくなるぞ」と引き剥がし地下鉄に潜る。本町が最寄駅なので、梅田から御堂筋線で2駅だ。
工夫すれば近い出口まで地下で行けるみたいだが、後ろ寄りの車両に乗ってしまったことに加え土地勘もないため、自動的に出口④に排出される。ちょうど娘と同じくらいの女の子が一人で駅員に道を尋ねていたので、「おまえの同業じゃないのか」と耳打ちすると「ちょ黙って」と叱られた。娘からはカービィの映ったスマホの画面が見えたらしいので、同業であることは確定なはずだが、見ず知らずの人に声をかけること(相手からみたら声を掛けられること)自体が「不審者」という認識らしい。
とりあえず、その女の子が先行したので、距離を置いてついて行くわけだが、中央大通りを横断することなく彼女は左折してしまう。「おーい、そっちじゃないぞー」と大声を出そうとするも、またや娘に制止される。今どきの若者の心理構造は昭和世代には理解し難しい。
開演の30分も前に着いたんだが、会場前の公園に入場待ちの列が既に何重にも出来ており、「開演まで30分も前」じゃなく「開演まで30分しかない」に変わり、付近でランチを取る作戦は未遂に終わった。
昭和世代のお節介焼きとしては、さっきの女の子が気にかかるところだが、スマホがあるのだから徒歩ナビできるだろうし、道に迷いながらも辿り着くというのも後になれば良い思い出になろうと、自分を納得させる。
一応は今回のコンサートに備えて過去のゲームを予習しておくべく、2週間ほど前からゲームボーイを手にして夜な夜な挑み、なんとか初代と2はコンプリートしておいた。2の最後のデデデをどうしても倒せず娘に攻略法を聞くと私がコピー能力という機能を使っていなかったせいだったことが判明。つまり、デデデよりも前のボスまでは全て吸って吐くだけで倒してきたということになる。
オーケストラの内容については、語れるほどの知識を持ち合わせていないので割愛するが、幾度かコックリしそうになりかけたということは内緒である。たぶん気がつかれていまい。
初めてお目にかかったカービィの父親たる桜井氏は私の同じ歳か一つ年上くらいの、ほぼ同年代の方で、初期のカービィのプログラミング上の技(メモリー節約術)を講話して下さった。PC-8001mk2からパソコンに触れていた私にとっても、その話は非常に懐かしいものがあり頷きながら聞いていた。ゲームボーイは背景との重ね合わせ処理をハード側でやってくれていたようだが、それを手動で(マスク用のビットマップ用意した上で)やっていた世代からするとちょっと羨ましい。
コロコロカービィだったっけか、カセットの中にモーションセンサーを内蔵した型破りゲーム。ゲームボーイアドバンスで遊びにくいということで、娘に頼まれてICの天地反転をやってあげたが、最近のゲーム筐体ではあーいう着眼が不可能になっている点、21世紀になって失った物の一つに数えられる気がしてならない。
アンコールが終わりウルウル感動している娘の横顔を見ていると、それだけで幸せな気分になるものの、会場を出たら、先ほどの物販イベントと時と同じようにメンションを飛ばし始め、父親としてはなかなか辛い。女性フォロワーさんはともかく、男性フォロワーさんにまで「会いたい」は自制してほしいと父親としては強く要望したいが、中学4年生と言っていい田舎の天然系女子高生が納得する説教を垂れる自信もないので、眼球の隅で監視するに留める。
昼夜2回公演の夜の部を待つ人が会場に吸い込まれてから公園は落ち着きを取り戻し、先ほどまで長蛇の列だった撮影向けオーケストラの看板の周囲は片手で数えられる人しかいない。看板をバックに記念写真を口実に公園から踏みだし、乗じて地下鉄の駅に足を向かせることに成功した。
さて、これからどうするか。娘としては難波・心斎橋あたり徘徊したいみたいだが、強い希望はないようなので、父親が主導権を握る。ずばり、海遊館だ。結婚前に嫁と来たことがあるが、今度は娘を海遊館に誘う。
大阪港駅から随分と(15分くらいだが)歩くのは予想外だったが、特徴ある外観は20年以上たった今でも鮮明に覚えていた。
館内では、タブレットを使って水槽の中を撮る娘 を撮る父親、の構図であったが、傍から見て親子に見えたかどうかは興味深い。(年の離れた兄妹 もしくは カップル くらいに見られていたのだとしたら嬉しいところだが、さすがにそれは自惚れすぎか)
エイやサメに触れるコーナーでは、一瞬だけ小学生に戻った娘を見れた気がする。
見て回るのに2~3時間かかるという前評判とは裏腹に1時間ちょっとで退出。母親への土産を買うというので「あいつはジンベエザメが気に入ってる」と助言してやったが、これは感謝されてよいと思う。ただし支払いは私だ。
まずは梅田に戻るわけだが、朝から食べ物を全く口にしていないことに気がつく。
もし米原に置いた車が動かないとなったときに備えて、車が使えずとも終電まで家に着ける時間を逆算すると、あまりゆっくりしていられないのではあるが、駅ビルの中の「カフェ ラ・ポーズ」で少し小腹を満たす。なぜその店であるかの説明も割愛するが、嫁とはファミレスや定食屋ばかりで、いわゆる「カフェ」には行ったことない気がする。
20時台の新快速は朝と違って凄い混んでいたが、長浜行きのその電車は米原に近づくにつれて空席が目立つようになる。「駅に着いたら運転なんだからパパは寝てて。起こしてあげるから。」と最初は気丈だった娘だったが、草津に差し掛かるよりも前にウトウト始め、ついにはオーケストラの続きを見始めてしまった。長浜まで行っちゃうと後がないのだが。
「絵師は幼い頃に頭を強打している」みたいな都市伝説を耳にしたことがあるが、この娘も小1の時に家族での登山中に滑落した経験が幸いしてか、今は絵師の端くれをしているようだ。一ノ越から黒部平に向けてタンボ平を下山中、先頭でハシゴを登っていた娘があと数段のところで手を滑らせて崖側に転落したのだ。学生時代から山をやっていた私はとっさに死を覚悟し、気を失いそうなくらい動転したが、落石の音が止んだと同時に泣き声を発してくれたのだ。1ミリたりとも動くな、と声をかけて落ちていった場所に近づく。ちょうど2階建の屋根から落ちたくらいの高さだったが、付近は鋭利なガレが窪地を埋め尽くしていて、重登山靴を履いてるからこそ何とか歩けるような状態。そんな中に半畳だけ、あきれかえるほど平らな岩があって、その平らな岩の上に娘が倒れていた。これまでに見たことのない巨大なタンコブを額に作っていたが、出血もないしタンコブが出来るのは大丈夫な証拠でもある。平らな岩がなかったら、落ちた場所が50cmでもズレていたら、尖った岩々が確実に娘の頭蓋骨を叩き割っていたはず。
黒部平のロープウェイの駅まで1時間ほど負ぶって下山し大町の病院のCTで異常なしを確認。翌日は包帯を巻いたまま登校し、そのまま9年間無欠席を続け義務教育期間皆勤賞を得るに至ったが、あのとき奇跡が起きてなかったら、いまこうして電車に乗ってることもなかったのだと思いふけっているうちに長浜行きは米原駅に滑り込んだ。
駅に置いた車は何とか動きひとまず安堵だが、また調子が悪くなるといけないので、深夜の名神はトラック並のスピードで。そういえば、嫁と結婚する前は、やたら高速をゆっくり走っていたなぁ。いまなら2時間のところを当時は3時間かけて。
父の日おめでとう。
今年はお父さんが私の父になって30年目の記念の父の日です。
お祝いにはウイスキーを手配しています。去年は竹鶴だったけど、今年はまた少し値上がりしてたからマッカランにしたよ。喜んでくれると嬉しいな。
今年は定年の年ですね。これからも元気に過ごしてください。
私はこれを書いている今も、この手紙をお父さんに渡しても良いものか、決めかねていて、今も迷いながら筆を動かしています。
お父さん、高校生まで一緒に暮らした中でお父さんは私をずっと虐待してきました。お父さんはしつけと呼んでいたけれど、大人になった今、私は強く強く確信しています。あれは確かに虐待でした。
殴られたことは数え切れないけど、
私が最も印象深く覚えてるエピソードを3つだけ、ここで振り返らせてください。
私が小学生のとき、隣のみんなが庭でBBQをしていて私はそれを物干し竿にぶら下がりながら眺めていました。隣の幼馴染と一言二言言葉を交わし、〇〇ちゃんもおいでよー!と誘われ、行く行くー!と答えた瞬間でした。私は頭に強い衝撃を感じて目がチカチカして気づけば地面に頭を抱えてへたり込んでいました。後ろを振り向くと真っ赤に顔を上気させたお父さんがゲンコツを握り締めたまま何かを怒鳴っていました。
あ、私殴られたのかー。前触れもなく突然殴られると、殴られたことに気づかないんだー。ショックのあまりでしょうか、的外れなことについて考えていたのを覚えています。
隣のみんなも暴力行為に怯えてシーンと水を打ったように静まり返ってしまっていました。私はその時は体と心の痛みよりも、殴られたことを他人に見られたことがとにかく恥ずかしかった。今解析すると、恥ずかしい、というのは「こんなに雑に扱われている価値のない私」であることがみんなにバレてしまって恥ずかしい、「こんな酷いことを出来るお父さんが私のお父さんであること」が恥ずかしいということです。当時は後者しか思いいたりませんでしたが。
私が小学生のとき、6、7人くらいの大勢が私の家に集まってワーワーキャーキャー騒いでいました。平日の疲れを取ろうと遅くまで寝ていたお父さんをうるさくして起こしてしまったのでしょう。見るからに不機嫌な顔で二階から起きて降りてきて、廊下で私たちとすれ違いました。
不機嫌なお父さんの顔を見て友達が私に聞いてくれたのです。お家の人、大丈夫?と。友達の前でカッコつけたい私はこのようなことを言いました。全然平気だし!お父さんがちょっとぐらい、うるさがろうが気にしないで大丈夫だし!
まさか階段を降りてすぐの洗面所でお父さんがその返事を聞いてるとも思わずに。お父さんはすぐに怒鳴りました。「おい、〇〇!!今すぐ降りてけ!!」そして洗面所で私を殴りながら叱ります。「わいのあん親をナメくさった態度はなんよ!ふざくんのも大概にせぇ!!」友達にもすぐ帰って貰えと言われ、私は泣きじゃぐりながら二階に上がり友達に「もう今日はやっぱり帰ってだって」と伝えに行きました。恥ずかしかったです。友達の私を哀れむ目が私をより一層惨めにさせました。
私が高校卒業式の日。卒業式を終えて父兄と一緒に生徒が最後のホームルームをクラスで受けていた時。私はガムを噛んでいました。バレないように奥歯で。悲しくて泣いてしまいそうで、わざとハスに構えた態度でそれを誤魔化したくてガムを噛んでいました。
お父さんは後ろから見てそれに気づいていたんですね。ホームルームが終わり、外廊下にいたお父さんとお母さんのところに駆け寄った私を躊躇なく殴りました。平手打ちかゲンコツかは忘れましたが頭部を殴りました。少し小声で、でもしっかりと怒鳴ります。「わいは先生をなめちょんのか。ガムなんか食いやがって。」教室の中から美人なサッカー部のマネージャーの〇〇ちゃんが目撃して目を丸くしています。私は恥ずかしくなって一言も言葉を発しないまま逃げました。追いかけてこないだけの分別がお父さんにあの時あって本当に良かったです。
....書いていて疲れてきました。とにかく私は、お父さんに何度となく虐待を受けたきましたし、かつそれを今日でもありありと覚えています。
そう、覚えているのです。はっきりと、まじまじと。暗黙の了解として、虐待なんてまるでなかったかのように過去の虐待のことも一度も我が家では会話に出ません。
でも、私は覚えています。お父さんも覚えているでしょ?
....虐待を受けながら育ったことで、私の中でとても大きく何かが損なわれてしまった。きっとお父さんが想像してる以上に私はとっても傷ついたし、歪んでしまった。でもね、私はそれをいびつな形だけどなんとか修復できたの。周りのサポートも借りた。自分自身も努力した。私は今や人並み以上の生活を手に入れた。
それでいいと思ってた。もう過去のことは忘れて老い先短いお父さんに表面上優しくしてあげればいいって。お父さんのことを許す必要はないけど、どこかで区切りを付けて前を向いて進んで行かなきゃ仕方ないじゃん、って。暴力を受けたことじゃなくお父さんが私にしてくれたことに目を向けようって。今私がこうしているのもお父さんが大学まで出してくれたお陰だよね。ありがとうって。
あぁ本当に心の底からそう思えたなら。そしたらこんな手紙私はお父さんに渡す必要はなくて....とりあえず最後まで書いてから決めるね。
心理学者の河合隼雄先生の本に書いてあったんだけど、「人を殴るのはいけないよ」と言われながら、でも殴られて育った子はやっぱり人を殴るんだって。子供は親の言葉じゃなくて行動を見てるから。私も〇〇ちゃんをいずれ殴る日が来るのかな。そんな日絶対来ないって誓ってるけどでも、私は怖い。自分自身が信用出来ないから。
お父さんに今聞いて意味があることはなんで殴ったのか?じゃなくて、「今、私のことを『大切で尊重されるべき人間』だと感じてくれていますか?」かな。
あとはやっぱり謝ってほしい。無かったようなふりをしないで、出来ればタイムワープして過去の小さな私に謝ってほしい。貴方をないがしろにしてごめんって。粗末に扱って「「こんな理不尽な扱いを受けるのは自分自身に価値がないからなんだ」って思い込ませてゴメン。大切で尊重されるべき〇〇ちゃんをそんな風に扱ってしまったこと、本当にゴメン」って。
あぁもうまとまりもないし何が伝えたいのか、これじゃわからないね。書けば整理できるかと思ったんだけどますます混乱してしまった。
急にこんなこと伝えられてびっくりした?悲しくなった?それともまた昔みたいに怒ってる?怒ってももう私のことは殴れないよ。残念?
お母さんを大事にしてね。
それでは。
父の日ってことでプレゼントを購入しようとして手続き画面に移行してたら、
1クリック設定にもしてないし、プライム選択する場所もちゃんと避けて押してたはずなのに
プライム登録仕様になっててプライム無料登録のメールを送られてきて驚いてキャンセルした。
キャンセルしたら登録したことは取り消されなくて1ヶ月後に終了することになるって、
これで気づかずに初月が終了したら勝手に月額課金されていくのか?
たぶん父の日を狙って、わざと一般会員は有料の日時指定を選択させて
twitterで検索するとけっこう同じような人がいるみたいだけどAmazon大丈夫かよ・・・
Amazonは法的にグレーゾーンを攻めるプログラムで動いているってはてなでみたことが
あるけど本当にこれ法的に問題ないの?
PCデポでもやらなかったことをやっているわけで
http://www.meti.go.jp/press/2016/12/20161212001/20161212001.html
1. プレミアムフライデーとは
個人が幸せや楽しさを感じられる体験(買物や家族との外食、観光等)や、そのための時間の創出を促すことで、
(1) 充実感・満足感を実感できる生活スタイルの変革への機会になる
(2) 地域等のコミュニティ機能強化や一体感の醸成につながる
(3)(単なる安売りではなく)デフレ的傾向を変えていくきっかけとなる
といった効果につなげていく取組です。
ここで注目するのは(3)つまりは、安売りで集客するなと明言してます。
現実は…
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/022400589/
・社食では割引セールを実施。果たして、早上がりして社食に向かう社員がどれほどいるのか?
・なんと!思いっきり混み合う社食。350円のビールのほか、ハイボールも100円になるなど、大幅割引で強力に後押した効果絶大。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170224-00119150-diamond-bus_all
https://premium-friday.go.jp/activity/
“『プレミアムフライデー』はいしむらで カットケーキのタイムセール開催!!”
はい、出ました。割引
(その2)日付(日付のタイミング)が悪すぎる点
2月… 2月24日 → 給料日25日として、前倒し支給の会社なら良いが27日支給の会社だと給料日前
しかも2月は28日と普通より2~3日短い為、月末に向けて仕事の調整が大変。
3月… 3月31日 → はい、年度末の月末日です。ダブルパンチPart1
4月… 4月28日 → おっと、ゴールデンウイーク直前&月末のダブルパンチPart2
5月… 5月26日 → やっと狙ってた感じになったぞ。しかし、その頃には浸透しているのか否か…
6月… 6月30日 → またまた月末日。月末は忙しいってあれほど…。
7月… 7月28日 → 学生は夏休み。まあまあ狙ってた感じ。日も伸びてきてるし。
という感じで、2,3,4月の日程が悪すぎてスタートダッシュに失敗する感じが見えてます。。。
サービス業界が主体で色々とキャンペーンを出していかないとそうとう厳しい感じがします。
(その3)設定日がわかりにくい。
毎月最終金曜日という設定がわかりにくい。 母の日とか父の日と似た設定方法ですが、
母の日や父の日は年に1回。プレミアムフライデーは月1回。頻度が違います。
しかも「フライデー」と付けてるために「ん?毎週金曜日なのか?」と勘違いしてしまう。
これだったら、母の日のように年1回または年2回くらいにして、しかも日本語で設定した方が良いと思った。
例えば、はんどんの日 とか(笑)
父の日に、娘が自分の貯金からネクタイをプレゼントしてくれたとする。
それがもしも安物で、下手したらキャラクターが入ってるような柄物で、派手だったとする。
大事な取引先には付けて行けないかもしれない。銀行の融資を申し込みに行くときも外すかもしれない。
でも、そのネクタイが自分の普段のスタイルに合わないからと言って、嬉しくなかったり、惨めな気持ちになるだろうか?
お父さんは赤いネクタイは似合わないんだと言ってたのによりによって赤かよ、コイツほんとダメだな、と思うだろうか?
普段会社につけていけないから困ったな、とは思うかもしれない。
でもそれは「貰っても嬉しくない」とは、違うんじゃないか?
「こいつこれが会社につけていけるネクタイだと思ってんのか?常識ないのか??」と思うだろ。
さあ、楽しいクリスマスが目の前だ。
トイアンナ氏が4℃を好む女性をdisってほんまチョロいわーとかホクホク顔してるだろうから、カウンターを当てておこう。
きちんと解説するから、「なるほど、メリークリスマス!」と言って笑って忘れよう。
さて、あの記事は狙って公開している。
今年は、23(金)、24(土)、25(日)の連休になってる。
そうすると、2016年12月22日(木)はいわゆる週末になる。
すると、まさにドンピシャでホッテントリ入りして目に触れさせるなら、前日夜公開が良い。
だから、2016/12/21(水)に記事を公開し、はてブが集まって22日(木)の祝前日にトップに躍り出た。
通勤中、昼休み、帰宅時、全てのタイミングで呪いをかけようという執念を感じる。
相手と一緒にプレゼントを選ぶって人以外は、大抵は既に買っている。
当然、読む人の中には4℃のアクセサリーを買ってる人も多いでしょう。
「オトコも何も考えずに買えるから楽で良いよね」
「チャラい男がチョロい女に買ってやるプレゼントで喜べるのって幸せよね~」
既に、買ってしまっている。
違うのに買い直す時間もない。
プレゼントする方は「相手を思って選んだけど、NGなの?」と後悔し、
プレゼントされる方は「もしかして適当に選んだのかな?」と疑念を抱く。
狙った相手だけを仕留めるテロとしてパーフェクト。素晴らしいです。
disるときのテクニックとして、オススメを言わないってのがある。
例えば「4℃のアクセサリーは無いわ。せめてヴァンドーム青山ぐらいは」と書くと、共感を得られない。
どんなアクセサリーでも必ず嫌いな人がいるから、そのセンスもどうよ?って言われちゃうとバズれない。
だから、「どんな服にも合うとは言わせない」という強い意志でもってハート型をdisっていく。
そんなアクセサリーが似合うのは、ピンクとか女子大生とか、若くて可愛い子よね、と誘導する。
そして、そういうの私には似合わないわと普段から思っている人の共感を得ようとする。
これは、浅ましいのではなく、「私は特殊ではなく、そういう人も多いよね?」という叫びなのだ。
そういった自分の同類を巻き込まないように、ワリと丁寧にあのエントリは書かれている。
もちろん、仲間になって欲しい人を巻き込まない配慮もあるだろう。
でも、「あのブドウはきっと酸っぱい!」と言う時には、ブドウの描写はあまりしない。
「羨ましい」「妬ましい」「あの光景に入りたい」と「思われないように」クリスマスの風景を排除している。
さて、たぶん例のエントリで嫌な気持ちになった人は結構な数いるだろう。
なぜならば、4℃は店舗数が多く、ラインナップが揃っていて、店員の質も高い。
店員の質とは「慣れない人にも自分が選んだと満足して帰ってもらえる」という練度のことだ。
選びたい人には選び方を付き合ってくれ、決めている人にもそれなりに勧めることが出来る。
4℃でプレゼントを選んでおけば、悲惨なことになることは、まず無い。
(「彼女は花が好きだって言ってた」と仏花を買ってしまうみたいなミスをしないって意味だ)
まだ不安だろうか?
父の日に、娘が自分の貯金からネクタイをプレゼントしてくれたとする。
それがもしも安物で、下手したらキャラクターが入ってるような柄物で、派手だったとする。
大事な取引先には付けて行けないかもしれない。銀行の融資を申し込みに行くときも外すかもしれない。
でも、そのネクタイが自分の普段のスタイルに合わないからと言って、嬉しくなかったり、惨めな気持ちになるだろうか?
お父さんは赤いネクタイは似合わないんだと言ってたのによりによって赤かよ、コイツほんとダメだな、と思うだろうか?
普段会社につけていけないから困ったな、とは思うかもしれない。
でもそれは「貰っても嬉しくない」とは、違うんじゃないか?
(なお、逆の場合だと「贈り物」と「欲しいものを買ってもらう」ことの違いを理解するのは子供によって段階が違うので見極めは必要)
トイアンナ氏が4℃のアクセサリーを貰って喜ぶ女性をチョロいと感じるのと同じように、
今まで男から貰うプレゼントに満足したことがなくて可哀想だなと憐れむ必要はない。
今年のクリスマスは、きっと良いことがあるよ、と心から祝福しよう。
人類学者であり心理学者であるポール・エクマンは、洋の東西や文化を超えて、人間には普遍的な感情があると実証した。
人類は、怒り、嫌悪、怯え、喜び、寂しさ、驚きという感情を持ち、同じような表情をする。
だから、呪詛に呪詛を返す必要はない。喜びは万人に共通のものだ。
たまには、笑っても良いじゃないか。
俺だって、道徳として、親には感謝をするべき、親孝行するべし、っていうのは分かる。
けど、やっぱり過去のいざこざや、あの時どうして理解してくれなかったのか、どうして俺のことを否定したのか、
みたいな疑問や不満が渦巻いて、素直に感謝の気持ちを持つことができない。
周りには、母の日、父の日、親の誕生日を大切にしてて、親に迷惑や心配をかけないように配慮したりして、
”親を大切に”を実践してる人もいる。そういう人は、自然に親に対して感謝しているように見えるし、
それが当たり前のように振舞っている。大人になっても、両親も一緒に幸せそうな家族写真を撮ってたりもする。
酷い虐待やネグレクトを受けた訳でもないし、人並みに育ててもらったとは思ってるし、それについては感謝もある。
けど、そうやって家族写真を撮ろうとか、両親にプレゼントを贈ろうとか、そういう気持ちはどうやっても湧いてこない。
今年珍しく母の日ギフトを買おうかとも思った時も、昔母の日に贈り物を送ったらそんなことより
勉強や家事をしろと怒られたことが頭をよぎり結局やめてしまった。
よく考えたら、親戚一同の旅行はあっても、家族旅行はしたことないな、なんてことも思い出してしまった。
最後に家族写真を撮ったのはいつだったか。記憶にあるのは小学6年生だが。
実家にお中元は贈るけど、今年も帰省する気にもあまりなれていないし帰省しないと思う。
親に感謝するって何なんだろう。
どうやったら、当たり前のように親孝行をしたりできるのか。
そもそも何が親孝行なのか。そろそろいい歳だけど、俺にはまだよく分かっていない。
東京市部に住んでいる。
妻や子供は食事を終えていたが、妻が父の日だから、とお寿司を出してくれた。
駅前の有名商業施設の地下食料品売り場で買ってきてくれたものだ。
そこのお寿司はお菓子のように個別に一貫ずつ透明のラップのようなもので包装してあって、自分で好きなものをバイキング形式にて選んで購入することができるものだ。
食卓についた私は一気に包装紙を剥がすようなことはせず、食べたいネタをそのつど一枚づつ包装紙を剥がして食べ始めたのだが、3貫目で包装紙を剥がす手が止まった。
私はひどく驚いて、素っ頓狂な声をあげた。何事かと覗き込んだ妻もわぁっと驚きの声をあげる。
だってひどい話ではないか。私は既に2貫ほど食しているし、妻や子供は完食しているのである。
私はまず妻にレシートを出すように言う。
その間にインターネットで商業施設の電話番号を調べて電話をかけ、受付の女性に要件を伝える。
5分ほど待たされたあと、すぐにかけ直すので待つように言われる。
私はこのような場合、だいたいすぐに電話はかかってこないものだと思っているが、それでも「すぐにですね?」と尋ねると「はいすぐに折り返します」と言うから電話を切って待つ。
15分たってもかかってこない。すぐにとはいったいどれくらいのことなのか。
その間、私は空腹のままである。生来短気である。かけ直すと先ほどの受付けの女性がとる。
かかってこないがどれくらい待てばよいのか再度たずねる。
「ですからすぐにです。」ああ、やや苛ついた感じである。「この電話を切ったらすぐにかけ直します」
彼女は怒っている。だが私も内心は怒っている。だから待たされるのが我慢ならないのだ。しかも空腹である。
彼が言うことを要約すると、『要件はわかった。(施設内の売り場)店舗から電話させる。謝罪させる。』ということだった。
ここで違和感である。まず店舗の責任なのか?商業施設としては謝罪無し?
その男性は店長でもなければ責任者でもない。その人間にとりあえず弁償させておしまいにさせようと言うのである。しかもお店には今自分しかいないから閉店まで待てという。
ふざけている。この辺りでかなりフラストレーションがたまってきたのだが、その後、その男性に店長に電話させるように言って、かけてきた店長のあまりのいい加減ぶりに堪忍袋の尾が切れた。
非通知で着信がある。
店長「えっとー、こんかいはほんとすみませんでしたー。とりあえずー、営業おわったらスタッフをあやまりにいかせますんでー。」
私「いやまってください、スタッフに回収させてお金払って終わりにする気ですか。私は弁償してくれなんて一言も言ってませんよ。それに私が嘘いってたらどうするんですか。まずは事実確認をするのが
店長がさえぎって「じゃぁどうすればいいんですかー。とりあえずあやまりにいかせますってー。あなたが言うように確認しないとわかんないじゃないですかー。」
私「とりあえずで謝ってなんて頂きたくありません。妻も子供ももう食しているんですよ?あなた来たらいいじゃないですか。」
店長「ちょっとむりですねー。通勤に三時間かかるんでー。いけないっすwwwwははは」
私「はい?あの、弁償していただかなくても結構なので、今後の対応をおしえてください」
もう我慢の限界だった。とりあえずとか一応とかそもそも食品を扱う会社で使って良い言葉ではない。
週一回の清掃が多いのか少ないのかもわからないが、個人的にこいつ(店長)は許せんと思った。
私「わかりました。あなたの対応について思うところがありますので、会社の電話番号を教えて下さい。この件は他の方と話させて頂きます。」
私「はい?ちょっとよくわからないんですけど、会社の電話番号ですよ?教えていただけないんですか?」
店長「ムリですねー。てかあやまってるじゃないですかー。とりあえずスタッフいかせますんでー」
私「わかりました。来ていただかなくてけっこうです。○○さん(商業施設)の方に問い合わせます。」
録音しておけばよかったと後悔している。
一言一句同じではないが、だいたいこのような内容の人をバカにしたようなやりとりがあった。
多少面倒くさい相手と認識されたか、対応はひどく丁寧であるが、やはり責任を店舗側へ押し付けようとしてる感が強い。とりあえず店長の件は重ねてクレームを入れた。
商業施設から、当該店舗本社へ明日(本日月曜の朝)電話をかけ、この件を報告して協議し、再度朝に電話をかけ直すということで私は溜飲を下げた。
そして今朝、商業施設から連絡があり、次いで本社取締役という方から連絡があって対応の悪さを丁寧に謝られた。
間に商業施設をたてたことが功を奏したようだった。
今夜その取締役と商業施設の人間で自宅にお詫びにいくと繰り返すが、そもそもまず事実確認でしょうと何度言っても通じないのがひどく残念ではあるが、しょうがない。
どの段階で異物が混入したか、他にもあるのか、どのような管理なのか、そもそも本当にゴキブリなのか。まずは調べるべきであると思うが、その辺をあまり気にして無くて、とにかく謝って済ませようとしている感じが一貫していて気に入らない。
以上は今朝までの話である。
以下雑感。
今夜の対応はどうすればいいのか迷っている。件の店長はこなくて良いと伝えた。
家に上げる気はないし、妻や子供を会わせたくないので玄関先での対応となると思う。
写真は撮ってあるが。
私としては、今回の登場人物の誰ひとりとして、今後の対応を検討するそぶりを見せなかったことが本当に残念である。
まず自分が商業施設側の人間なら、誰よりも先に事実確認を行い、問題があると認識すれば、営業を停止させて清掃業者を入れて、ペナルティを与えるくらいのことはすると思うが、その商業施設側の対応のぬるさに違和感を感じずにはいられない。他人事である。
正直だれとも会いたくはないし、家にも来てほしくはないんだが、まぁ自分でここまでひっぱってしまったのでしょうがない。
読んで分かる通り、私は非常に面倒くさい性格をしている。
ゴキブリはいっとるやんけー!わびにこーい!弁償じゃー!で、済むような性格ではないのである。
一番の被害者は妻であるのに、私に詫びる妻を見て悲しい気持ちになった。
せっかくの善意を台無しにしてしまった。今週末はうまいものでも食べに行こうと思う。
国とか、地方の議員みてると、だいたいおっさんと言うより、老人。
3分の1ぐらいは認知の低下がみられ「俺の若いころは...」と壊れたラジオみたいに古臭い価値観を振りかざしてる。8分の1ぐらいはガチの認知症だと思う。
親父はもう70近くになるが、金もなくひまそうだが、たまに釣りに行ったりしてまあ老人らしい生活をしている。
あんまりいい父親じゃなく、マジ死ねとか思ってた時もあったけど、まじめに働いてたし3Kの肉体労働だから親父は親父でいっぱいいっぱいだったんだろうと思ってる。
安い発砲酒を飲むのがささやかな楽しみなんだろうから、父の日にスーパードライプレミアムを送っておいた。そろそろ届く頃かな。
それにくらべて、あいつらいったいいつまで権力にしがみ付いてるんだろう。クソだった親父がまともに見えてくる。
そんな事を思う父の日であった。
犯罪者になってたら、まぁ、確実に親不孝だろう。
「親に悲しい思いをさせてたら」とかいうけど、親が変人だったり子供に過度な期待をしてるような親だったら、何とも言えない。
孫の顔を見せること、とか言うが、別に親孝行のために孫を産むわけじゃない。
私自身はめったに帰省しないし、子供いないし、親に帰ってこいと言われても土日はほとんど旦那とでかけてて予定が空いてないからという理由で帰らないし、母の日父の日もなにもやらないし、
自分のことしかやらない自己中で、親不孝なのかはわからないけど親孝行はしてないと思う。
が、だからといってやりたくもないのに帰省したり、プレゼントあげたり、子供を産んだりするほうがよっぽど親不孝な気もする。
やりたくてやる親孝行はすばらしいけど、
私はそこらへんに転がってそうな普通のアラサ―OLだが、ここ数年で人様に物をあげなきゃいけないシーンが爆発的に増えた。
同期にあげるプチギフト、先輩に渡すお土産、彼氏の誕生日プレゼント、友達へのお祝い、父の日、母の日、親戚や恩師に贈るちょっと値の張る品など。
ぶっちゃけ毎回考えるのが面倒くさい。かといって一つの商品を色んなイベントに使い回すのも面白くないし、ちょっと冷たい気がする。
若い女性は「貰った物」「あげた物」の話をあまりしない。良いものの話は自慢になり、悪いものなら悪口になるからだ。だからリアルではなかなか情報を得られない。
Google先生に助けを求めても、「女友達が絶対喜ぶ!厳選プレゼント〇品!」と銘打つクソみたいなまとめ記事や、知恵袋の過去質問、「プレゼントに最適!」な文句付の楽天商品(品質も謎…)ばかりが表示され、全くアテにならない。
口コミサイトは様々なジャンルに広がっているのに、何故「贈り物」に特化した使い勝手の良い口コミサイトが無いのか甚だ疑問である。
という訳で、贈り物口コミサイトで、あれば便利なのに、と思った機能をつらつら書いていく。
ネットのことはサッパリ分からないので専門家の誰かさん、作って下さい。てか似たようなサービスがあれば誰か誘導して下さい。たのんます。
実店舗商品でもネット販売でもお取り寄せでも何でも構わない。(ただし混ざらない様に詳細検索などで個別に表示できるようにして欲しい)
とりあえず基本情報+ユーザーの口コミ(☆数)が見られる。イメージは食べログ。
大事なのは、その商品を貰った側と、あげた側の口コミを分けて見られるようにして欲しい。
(例:この口コミ投稿した人友達に似てるなぁと思ったら、その人の投稿履歴を見たりして今後のプレゼントの参考にできる)
あげた側は商品が手に入るまでのコスト(価格、時間、ラッピング等のサービス)と反応を投稿する
→その商品の使い勝手がすぐに分かる。(例:そんなに親しくない相手にとりあえず何か贈らなきゃいけない時に便利)
勿論ランキングも貰った側/あげた側で表示されると良い。両者の☆数を合算したランキングがあっても良いと思う。
各ユーザーがざっくり年代、職業、収入…を登録しておいて(公開範囲は選べる)、投稿した全ての口コミにそれらが暗に紐付けされる。
トップの検索窓は「商品」×「イベント」とでもしておき(例:万年筆×バレンタイン、万年筆×進学 等)
詳細検索で更に厳選できるようにしておく。(予算や手に入るまでの日数、地域、相手の性別や年齢など)
(例:「ブーケ ピンク ピアノ」と検索したら、ピアノの演奏会に出た人に渡したピンクの花を使ったブーケの口コミがズラッと出てくる)
更に言うと、検索結果は自分のプロフに沿ったもののみ表示してくれたら尚助かる。
(高校生が「プレゼント バッグ」と検索したとして、高級ブランドバッグが表示されてもあんまり意味がないと思うので)
旅行先でお土産を買う時に便利。現在地から検索し出てきた実店舗一覧から、詳細検索で、お土産をあげる相手にぴったりな店を探すことが出来る。(箱詰め、熨斗、地方発送対応の可否もその場で確認できる)
営業先で小マシなものをすぐ用意しなきゃいけない時にも使えると思う。
予算と状況を設定すると、物を複数組み合わせて提案してくれる機能。
ヤフー知恵袋みたいにカテゴリマスターを置いても良いかもしれないし、
企業とコラボして「予算〇円!新商品△△とコーディネート」みたいな企画でコンペをやっても楽しいかもしれない。
とまぁ、ざっくり思いついたのを適当に書いてみたが、どうだろうか。
ぶっちゃけネットを知り尽くしている専門家達は何千回も思いついているサービスの筈だ。
それでも無いということは、こういうサービスは儲からない何かがあるんだろう。それに個人がすぐ特定されちゃいそうだし。
要は何が言いたいかというと、
相手が喜んで、自分もちょっとだけ満足できて、できればお財布に優しくて、華があって、でも嫌味にならないプレゼントを毎回考えるのにもう疲れたので
誰か代わりに考えて下さいってこと。それだけです。
そいで、最近お父ちゃんめっちゃ冷たい。どうしたのってくらい冷たい。
まず、彼氏の名前を呼ばない。彼氏の名前を横山ってすると「横なんちゃら君」って呼ぶ。もしくは「なんちゃら山君」。「彼の名前ちゃんと覚えてるんでしょ!いい加減にして!」って怒ったら「嫌にきまってるだろうが!」って逆ギレ。何がそんなに嫌なの?極めつけに「彼氏」という言葉は意地でも使わない。「その…あの男はどうなんだ」って感じで。容疑者っぽい。
この前「結婚の挨拶に行くよ。その後、隣県の友達の結婚式に行くよ」って父に話したら「結婚の挨拶は、友達の結婚式のついでか!」って静かに怒ってる。面倒くさい…生理中の女の子よりめんどくさい。怒るポイントがつかめない感じ。すごい気を遣わざるを得ない。
で、結婚の挨拶行くでしょ。そしたら、妙によそよそしい。連れてきたフィアンセが非の打ちどころのない好青年だからびっくりしたんだろうとニヤニヤしてたら、出会いがしらいきなり頭を下げて「うちの娘でもよろしいんでしょうか…」って。いきなり弱気になったから本当にびっくりした。お父ちゃん、自分の娘にもっと自信持ってください…。あと、情緒不安定にも程があると思う。
そんなうちの父だけど、別に私のことを溺愛してきたわけではないんですよ、コレが。逆に仕事一筋で本当に私のこと構ってくれなかった。運動会に来たのはたった1回。参観日の参加は0回。部活でやってたテニスの試合は珍しく2回来たけど、どっちも溜息をついて帰って行った。あとで聞いたら運動音痴が遺伝したのが嫌だったんだと。無礼失礼極まりない。高校生の時は反抗期で、一年くらい話してない時もあった。美大への進学を父に大反対されて、諦めたこともあった。あの決定は、今となっては良かったのかもしれないと薄々最近気付き始めた。けど、「お前の絵はグッとこない!」という一言は未だに根に持っている。大学進学を機に、一人暮らしを始めて、もう長らくたったから、私がいない生活にも慣れているはずだ。父に電話するのは年に2回(父の日と父の誕生日)。父からの着信は覚えている限り1回、保険関係の話だった。私が帰省しても、時々いないことがある。飲み会、ゴルフ、仕事>娘なのだ。よくわかってるし、いまさら怒りはしない。
そんな中で、私の父がいきなり、「結婚する前の娘を持つ父親」らしく振舞い始めたのが、本当に違和感しかないわけですよ。どうしたっていうんだ、という感じ。まあ、それ以前に、父親が結婚する娘をひきとめたい気持ちが正直なんでかわからないのだ。娘は娘のままですよ?結婚したって何がどうなるってわけでもない。
娘は確かに嫁に行って名字が変わる。だけど、家族は家族なわけでしょう。やっぱり年2回は連絡とるし、お盆やお正月、GWとか仕事が休みの時も帰る予定だし。私たちのために働きづめでここまでやって来た父を尊敬し続けるし、父の日には美味しいお酒を送り、誕生日にはシャツを送ろう。年をとれば、必ず帰ってきて面倒見ると約束する。名字は変われど、私たちはやっぱり家族なのだと、私は高らかに主張したい。
もし、お父ちゃんがなにか家族の形が変わることを恐れているなら、何も変わらないと答えるし、逆に、結婚せずに父親の元にずっといることが幸せなのか?と問えば、多分私のお父ちゃんはうーん、とうなるだろう。だって、私は確かにフィアンセと一緒に居て幸せだし、きっとそのことをよく知っているのもお父ちゃんでしょう。お母ちゃんのこと大好きで、影で結婚して良かったって繰り返し言っているのを知っている。結婚とは、悪いものではないのだ。
びっくり。
スーパーで父の日フェアをやっていて、築地の卵焼きというのが売っていた。
巨人・大豊・卵焼き世代の父親向けかー、でもネギ入りでうまそうと思って購入。
築地の、っていう響きもなんかウマそう。
しかし食べてびっくり。
甘い。
もう、ケーキ並みに甘い。
寿司のたまごと同じ甘さ。伊達巻より控えめだけど方向性は同じ。
あーたまご大好きで楽しみにしてたのに。
そういえば母の日もなにもしなかった。
父の日、母の日になにか特別なことをするという家庭で育たなかったので、いまさら両親にプレゼントなどするのもあまり気が進まない。
子供が大きくなったら父の日にネクタイをくれるだろうか、母の日にカーネーションを買ってくるだろうか。私から子供にやれとは言えないし、自発的になにかするのなら構わないけど、やっぱり我が家では父の日母の日は特になにもないんだろうな。
私が生まれて2ヶ月後に交通事故で亡くなったと聞かされていたが、名前も知らず、写真1枚もなく、お墓参りもしたことがなかった。
それが当たり前で生きてきたから、不思議に思うことはなかった。
1つ上の姉は、私よりは父と過ごした思い出があるからなのか、中学生頃から父のことが気になり、調べていたらしい。
姉は幼い頃から絵を描くのが好きで、家にこもってよく絵を描いていた。
高校生になり、元々こもり気味だった姉が高校を辞め、部屋に引きこもって絵を描くようになった。
母と妹(私)は同じ家族、私は父方だ、というような内容の文章を書くこともあった。
あまり気に留めていなかったし、当然私は父のことなどさっぱり知らなかったので、はてなが浮かぶばかりだった。
成人する歳になり、姉も家を出て働き出すようになったころ、何度目かの帰省時に母から話があると言われた。
父の話だった。
会社勤めでありながら画家をしており、絵で食べて行きたかったため、収入面で祖父と喧嘩し別れるに至ったとのこと。
その後、交通事故で亡くなったこと。
成人してから話そうと決めていたということ。
多分、名前はどうでもよくて、どんな人であるとか、何が好きだったとか、そういったことが私にとっては大事だったんだと思う。
その夜は母と姉と3人で号泣して、泣きすぎてティッシュが足りないね、って笑った。
私がこれまで生きてきた20数年間で、父のことを考えたのはたった数時間に過ぎない。
だからせめて父の日だけは、顔も知らない名前も知らない父のことを考えようと思い、これを書いている。
今年も、お母さんは元気に生きています。私も。