「ひよ子」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ひよ子とは

2019-09-25

anond:20190925223341

現実人間自分人生選択肢として作り出した家族とは違い、いくらでも変更の余地のあるファンタジーひよ子家族ヘテロ性をあえて助長する表現糾弾対象になってもおかしくないからな。

2019-03-29

anond:20190328133339

ブコメに「東京銘菓 ひよ子」との指摘あり。全くだ!

長らく博多みやげの定番だったの、知っとうや?

2018-10-22

福岡銘菓ひよ子の目について

福岡お土産として日本中大人気のひよ子だが、あのつぶらひよ子の目は、わざわざ熱線で焼き印を入れて付けている

目を入れる専用の機械を使って!目があろうとなかろうとおいしさは変わりがないというのに!!

目に焼き印を入れる機械くんは、自分仕事をどう思っているのだろうか

福岡銘菓ひよ子の目について

福岡お土産として日本中大人気のひよ子だが、あのつぶらひよ子の目は、わざわざ熱線で焼き印を入れて付けている

目を入れる専用の機械を使って!目があろうとなかろうとおいしさは変わりがないというのに!!

目に焼き印を入れる機械くんは、自分仕事をどう思っているのだろうか

2008-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20081002223935

私は別の考え、と主張している。

「卵が先か鶏が先か」は「個体として卵が先か鶏が先か」ではないか、と言っている。

よって、個体として最初に区別できるのは卵であるから卵が先だ、っていう話。

って、コピペ改変なわけだが。もう一つ。

名古屋コーチンの卵は名古屋コーチンの卵であって鶏の卵とは呼べないかといえば、鶏の卵とも呼べるし鳥の卵とも呼べる。

ある卵の名称は唯一の名称をもつわけではない。鶏が産んだ卵を鶏の卵と呼べるように、鶏になるひよ子が孵化する卵を鶏の卵と呼んでも差し支えない場合もあるだろう。鶏が産んだ卵を鶏の卵ではなく腐った卵と呼ぶべき時もあるだろう。

さてもう一つ

「卵が先か鶏が先か」の鶏はどんな鶏だろうか。

親が鶏ではない鶏だろうか。しかし、鶏以外から鶏が生まれるのだろうか。

いや、鶏の親となるような鳥のどちらかは、はやはり鶏と呼ぶべき鳥ではないだろうか。

鶏の親は、それほどはっきりと鶏ではないと言える鳥なのだろうか。

全く別種の鳥から鶏とはっきり言えるような鳥が生まれるだろうか。

当時、鶏か否かははっきり区別できるような物ではなかっただろう。

だから、「卵が先か鶏が先か」はそもそろ論ずることができない。

さらにもう一つ

鶏とはいつ発生したのだろうか。

鶏とは鶏という概念が生み出された時、鶏が鶏となったのである。

そのとき、卵はなかっただろうか?おそらくあっただろう。

よって、鶏と卵は同時に発生した。

というのは、実はどうでも良くて。

「卵が先か鶏が先か」の鶏とは鶏の卵から生まれた鳥と定義し、卵とは鶏がうんだ卵と定義する。

すると、どちらが先であるか結論をだす事ができなくなる。

この言葉は、その結論の出せない状態を言い表す言葉であり、結論のでる条件ではこの言葉意味をなさない。

したがって、「卵が先か鶏が先か」との問は結論がないのが正解。

http://anond.hatelabo.jp/20081002214805

比内鶏名古屋コーチンを掛け合わせた卵は、メスが比内鶏なら「比内鶏の卵」?メスが名古屋コーチンなら「名古屋コーチンの卵」?

食べるならそうなるだろうが、育てるなら「比内鶏名古屋コーチンを掛け合わせた卵」だろう。

以上が、場合により名称が変わる例。

もう一つ別の考え方

鶏の親子はそれぞれ別の個体である。

ひよ子が成長し、鶏になった時、そのひよ子とそれが成長した鶏は別の個体ではなく同じ個体である。

さて、卵は?生きている、孵化しえる卵も一つの個体ではないか?

胎児も、母親依存してはいるが生命体としては母親とは別の個体と見なされる。

そして、卵から孵化したひよ子は、その卵から成長した同一の個体である。

そう考えれば、一番最初の鶏の個体はまず卵であった、つまり卵が先といえるのではないだろうか?

ま、「一番最初の卵/鶏」という考え方がそもそも間違いだと思うわけだけど。

ちなみに無精卵を考えた場合、それは生理時に排卵される卵子のような物と見るべきか、無精生殖による卵で一生を終る別個体なのかという話は別の話。

2008-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20080702205604

ん? なんだかちょっと変な感じ。

つまり、個々の労働者消費者としての側面があり、また資本家だけでなく他の労働者とも利害対立の関係にあるから、

赤の他人労働者の権利が侵害されてようが、安く買い物できればいいってのが世の常だってこと?

一方、もとのエントリは、

労働者の権利を不当に侵害する風潮はよろしくないから、いち労働者としてお前らももっと怒れよってのをひとりごちたんだ。

2つのエントリの論の前提として、

一方は、個々の労働者と他の労働者資本家との間では利害が対立しあうから、労働者というカテゴライズでの団結は不可能だと。

で、もう一方では、「万国の労働者よ団結せよ!」ってそこまで大げさじゃないけど、労働者同士の団結はできるんじゃないかなぁと。

ここらへんで食い違ってるから、なんとなくちぐはぐなトラバになったんじゃないかなぁ?

だからどうしたんだって話だけれども。

それにしてもヤマダのことよりイタリア落書きに目くじら立てる奴らが多いなんて、

日本人民族的にマゾ気質なのかもしれないね

こういうことを言てるけど一体どうやって人数数えたんだろ。少なくとも自分の周りにはイタリア落書き批判してる人は皆無。ネットでは落書きより経団連とか経営者のほうがよほど叩かれてるのをよく見かけると思うんだけどね。おそらく日本人衆愚批判したいがために見たいものばかり見てるんだろうけどね。

んー、巡回してる先で体感的に多いなぁと思っただけだから、これといったソースはないのよね。

強いて言うなら痛いニュース米欄の伸び具合程度で。

で、ちょっと気になってみたからググってみた。

google:ヤマダ 排除命令

google:大聖堂 落書き

批判と擁護の比率まではさすがにわからんけど、

反響の多さや関心の高さじゃ落書きのほうが多いってことにならないかなぁ?

これがソースてんじゃダメかな?

ダメならこんどは増田の所にも話を聞きに行くから、冷たい麦茶でも用意して待っててね☆

あ、お菓子ひよ子でいいです。。

追記

あれ?ヤマダの記事のほうが多い?

僕の見てたネットは偽者だったみたいです。。。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん